2012年12月11日

水音と共に在る場所 アルハンブラ

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水の都といってすぐに思い浮かべるのはベニスでしょうか。けれども、私がこの先まず思いめぐらすのはアルハンブラかもしれません。

アルハンブラはベニスのように海上に浮かぶ都でもなく、むしろそれとは全く逆で、標高685メートルのグラナダの町を見下ろす高い丘の上に立っています。町から長い坂を上っていくと次第に空気が冷たくなっていくのがわかります。イスラム芸術の最高傑作とも、イスラム文明の輝かしいモニュメントとも、また幻惑の千夜一夜の世界とも言われるこの特別な場所は、アテネの町のアクロポリスのように、およそ町のどこにいても仰ぎ見ることができます。

そこではいつも水音が聞こえます。
どこを歩いていても、どこからか水音が聞こえるのです。

山から流れ込む大量の水が滝となって下り落ちる音であり、それらが丘の下へと流れる音であり、パティオの真ん中の池の音であり、宮殿のいくつもの部屋の中に作られた噴水の音であり、ライオンの口から流れる水の音です。

たとえホテルの部屋の中にいても、中庭からの水音が聞こえるような気がします。いつの間にかそれらの音は私たちの感覚の一部となり、水が流れていることすら忘れるぐらいに、それを受け容れ、静かに心地よく共に在ることに気づきます。

1238年、グラナダ王国がイベリア半島における最後の、そしてたったひとつのイスラム文化の都として大輪の華を咲かせ、13世紀の初代王から14世紀の7代目の王まで、歴代の王たちによってアルハンブラ宮殿という目も眩むような美しい世界が構築されました。

そこにいつも水が流れていたのは、乾いた国から来た民たちによって作られたからでしょうか。彼らにとって、水に触れ、水を感じ、水を聞くという暮らしこそが最高の贅沢であったからでしょうか。

これから私は何度も何度もこの地に思いを馳せることでしょう。
そしてそのたびに無意識のうちに水音を聞くことでしょう。

By 池澤ショーエンバウム直美


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12月10日(月):絶品びしょびしょパエリャ@グラナダのクニニ


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2012年12月09日

Short Short Spain 8

MUSEO NACIONAL DE CERAMICA
バレンシアの国立陶器博物館
上りは
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下りは
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同じ階段です。065.JPG

By 池澤ショーエンバウム直美
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2012年12月08日

グラナダへの道 その2

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あと200キロ。ツンツンと空に向かって細くまっすぐに伸びたものや、大きなおしゃもじに棘が生えたようなサボテンが斜面に見られるようになりました。

「ここはスペインで一番乾燥した一帯だよ。」

12時、アンダルシアに入りました。
12時半、グラナダまであと134キロです。
前方遠くに雪をかぶった白い山々が見え始めました。帯のように連なるシエラ・ネバダです。

「シエラは山脈、ネバダは雪。その名の通りだね。」

「グラナダ 134km」のすぐ後には、「コルドバ 302km、 セビリア 373km」が続きます。高速道路にはこうした標識が小まめに現れては、道行く者たちを助けます。私たちは134kmに力を得て、グラナダへの道、A-92Nをひた走ります。

グラナダはシエラ・ネバダ山脈の麓、標高685メートルに位置する町です。人口はマドリッドの13分の1以下。そして、あまりにも有名なアルハンブラ宮殿が象徴するように、キリスト教とイスラム教というふたつの宗教と文化が交錯し、しのぎ合い、きらびやかにして、もの哀しい歴史の光と影を織りなしてきた特別な町です。

高速を下りて、町を走り、トンネルを抜け、くねった坂道を上ればそこはアルハンブラ。その敷地に15世紀の修道院を改装したホテルがあります。40の部屋が、噴水の水音を従えたパティオ(中庭)を囲みます。

重い扉を開けると、机の上に置かれた小さなカードに書かれていたのは、Washington Irving(ワシントン・アービング)の小説、「Tales of the Alhambra(アルハンブラ物語)」の中の言葉でした。

「I have sat for hours at my window, inhaling the sweetness of the garden and musing on the chequered fortunes of those whose history is dimly shadowed out in the elegant memorials around.」

 私は何時間も窓辺にすわり、庭からの甘い香りを吸い込みながら、とりまく優美な追憶の中で歴史がおぼろげにほのめかす色とりどりの運命に思いを巡らしていた。(池澤私訳)

私たちのグラナダの日々が始まりました。

P.S. バレンシアのホテルからグラナダのホテルまでは、途中3箇所で休憩を入れて約8時間、走行距離にして435kmでした。

By 池澤ショーエンバウム直美


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12月8日(土):ドライブインでの懐かしい出会い
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:29| Comment(0) | スペインライフ

2012年12月07日

グラナダへの道 その1

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毎日たくさんの新しいものに触れ、出会い、感じ、整理をする間もない入超状態が続いています。話は行きつ戻りつしますけれど、これもまた書き留めておきたい「グラナダへの道」です。

マドリッドからバルセロナへも、バルセロナからバレンシアへも、新幹線のような列車で予定通りに快適な移動ができました。ところがグラナダへの移動でつまずきました。バレンシアからグラナダへの直行便は、夜12時に出て翌朝の8時半に着く寝台車しかなかったのです。

それもまた一興と思いましたが、夫が二の足を踏みました。若い時ならまだしも、いくら一等を取ったところで夜行の旅はきついだろう、それに翌朝着いてもすぐにホテルにチェックインできるわけではない、、、、そう言われればたしかにそうです。

となれば、選択肢はただひとつ。車を借りて自ら走ることです。夜行列車で8時間半もかかる所に車で?と不安に思いながらも、地元の人に聞いてみれば、「5時間もあれば大丈夫。」とのこと。それならば途中の町や村で休憩をしながら行くのも面白そうです。

ところが、ここでまた想定外のことが起こりました。オートマ車がないのです。いえ、より正確に言えば、バレンシアのAVISにその時あったオートマ車は、たった一台のミニバンだけだったのです。国際免許証、ドライビングシューズ、運転用サングラスという私の三種の神器は役立たずとなりました。恥ずかしながら、マニュアル車は習った覚えはあるものの運転できません。夫はと言えば、動じもせずに、「No problem! 君に運転をさせてあげられなくてごめんね。きっと快適なドライブだろうに」、、、、、

かくして8時10分、夫がハンドルを握る、私たちの「グラナダへの道」が始まりました。

車の旅はどこの国のどこの町でもそうですが、とにかく町を抜け出すまでが一苦労です。日本のようにちゃんとした標識がありませんから、一度や二度は必ず迷い込みます。けれども、いったん高速に乗ってしまえばあとは比較的楽です。とりわけ今回の「グラナダへの道」はそうでした。途中から目につくようになる「GRANADA」という文字を確認しながら、ひたすら走ればいいのですから。幹線はほとんどが3車線、制限速度は時速100〜120キロです。

バレンシアを抜けて、左側に海を見ながら走るアリカンテへの高速道路は、太陽がチリチリと左ほほにあたります。右側の空には、もうすぐ半月になろうとする白い月が斜めにかかります。

かと思えば、いつの間にか山間の日陰の道になって、オリーブしか生えていないごつごつとした岩肌を見せる山々が遠くに続き、そこからこちらに向かうオレンジ畑は今まさに豊穣の時を迎え、緑の葉が茂る中にオレンジ色を点在させています。だだっぴろい空き地は、夏にはヒマワリで覆われるのでしょうか。海から山へ、山から海へと上り下りするたびに、白いお月様も一緒についてきます。

MURCIA(ムルシア)という町にさしかかるあたりから、ようやく「GRANADA」の標識が見え始めました。最初に目にしたのは「GRANADA 305km 」でした。

ハンドルを握る夫が言いました。

「1972年にムルシアからグラナダまで走った。その時にはこのハイウェイはなかったから、途中で一泊したよ。あれから40年もたつなんて、、、そして今、こうしてグラナダへの道をこんな風に君と走っているなんて、、、人生っていうのは面白いものだね。もう一度走ってみたいとずっと思っていたのに、それをするには忙しすぎたんだ。」

「GRANADA 274km」の標識を通り越しました。西へ向かうグラナダへの道はまだまだ続きます。

私もまた、1977年の夏、コルドバからグラナダへと東に向かうバスの中にいました。まさか35年後にこんな風にグラナダへの道を走るなんて、これっぽちも思わずに。(続く)

By 池澤ショーエンバウム直美


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12月6日(木):「KAKI」と書いて牡蠣と読みます。


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 16:00| Comment(0) | スペインライフ

Short Short Spain 7

シエラ・ネバダ山脈
アルハンブラから、そしてグラナダ大学の塔の上から
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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 04:28| Comment(0) | スペインライフ

2012年12月06日

いいんでしょうか?の素敵なスペイン時間

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昨夜、グラナダ大学での2日間にわたる夫の講演が終わりました。英語はスペイン語に同時通訳をされヘッドギアを通して聴衆に伝えられ、スペイン語もまた英語となって必要な者の耳に届きます。

EUと一括りに言っても大から小まで27か国、公用語だって23言語もあります。イタリアでもギリシャでもオーストリアでも、そしてここスペインでも「こんなに英語が通じないのか!」と驚き、困り、わが身の無力を感じる場に数多く接してきました。

夫の講演の初日は近年の原油流出事故での海洋汚染と環境汚染、その国際法的な解決についてのもの、そして昨日は、より身近な課題である金融危機についてのものでした。「The Age of Austerity」という金融危機についての近著が9月にイギリスで、11月にアメリカで刊行されて以来、ご時勢も手伝ってこうした場が多くなりました。

たとえ英語であっても私には難しいものですし、何ができるわけでもないのですが、夫は当然のこととして私が一緒に居るものと思い、受け入れる側もごく当然のこととして二人一緒であることを想定しています。こうした場に居合わせる度に、欧米諸国と日本の「パートナーシップ」についての考え方の相違を感じます。これはまた大きなテーマになってしまいますのでここでは触れません。

かくして「ミセス○○」となった私の役割は、大きな場ではできるだけ目立たぬように一番後ろの隅っこで小さくなっていること、食事会などの小さな場では求められたことについてきちんと話すこと、さりとて調子に乗ってしゃべりすぎないこと、黙っている時にも笑顔で、どなたかが話している時にはきちんと聞き、軽くうなづき、相手を立て、会話の中にはほどよいユーモアも忘れずに、、、、

気づいてみれば、これらはキャリアカウンセラーの勉強の中でも叩き込まれた「傾聴」にも通じるところがありますし、長年就職活動中の学生たちに教えてきたことにも似ていますし、コミュニケーションの基本とも言えないわけでもありません。満足な役割を果たせることもありますし、後悔の念にさいなまれたり、思い出しては赤面することもあります。まだまだ勉強中の身とはいえ、それでも場数を踏むたびにだいぶ慣れてきました。

それにしても、「スパニッシュホスピタリティー」、あるいは「スペイン的暮らし」「スペイン的時間」というのは何と楽しく、何と居心地がよいものでしょうか。それを「居心地がよい」と思えるのもまた、私自身が多分に地中海的素質を持っているからかもしれませんが(笑)。

たとえばこの2日間はこんな風に時間が過ぎていきました。

一日目
13時〜15時:レストランにて大学関係者3名との計5名で会食。と言っても仕事の打ち合わせはほんの少し。もっぱら楽しい話題が続きます。講演を控えた夫はビールもワインも口にしません。私もそれにならいましたけれど、皆さん、いいんでしょうか、お仕事中にこんなに陽気に飲んじゃって(笑)。それでも全く変わらずにしっかりと仕事に戻るのですから大したものです。
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17時半:ホテルに車がお迎えに来ました。運転は先ほどお飲みになっていた教授です。いいんでしょうか(笑)。

18時半〜20時半:講演

21時〜24時:大騒ぎの陽気な夕食。総勢7名、いいんでしょうか(笑)。
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二日目:
13時45分〜15時:グラナダ大学ロースクール施設見学。DEAN(学部長)と面談。ふだんは厳重に施錠されている塔のてっぺんまでみんなでぞろぞろと88段の螺旋階段を上る、という特別サービス。いいんでしょうか(笑)。素晴らしい眺めでしたけれど、足が震えました。
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15時10分〜16時25分:DEANを交え総勢7名で昼食。仕事中の皆さんの旺盛な食欲に脱帽です、いいんでしょうか(笑)。私がスペイン料理を勉強中と知って、DEANまでもが「ほらほらナオミ、これも味見して」とご自分の取った料理を自分のお皿からスプーンで私のお皿に移します。すると他の面々も「これも、これも、ほらこれも」。いいんでしょうか(笑)。
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16時26分:迫りくる開演時間を気にする私に主催者のおひとりが「全く大丈夫ですよ、遅れたって」と満面の笑顔。いいんでしょうか(笑)。

16時35分〜18時30分:講演

一夜あけて今日は「憲法の日」という祭日です。もちらん大学もお休み。加えて8日も宗教的な祭日とあって、今日からはちょっとしたロングウィークエンド気分が始まるようです。5時半には二人の教授がご家族を連れて、アルハンブラの中にある私たちのホテルに遊びにいらっしゃいます。

どなただったか、食事をしながらこんなことをおっしゃいました。

「私たちは今、大変困難な状況の中にいますけれど、だからと言って人生を楽しんでいけないということではありません。食べて飲んで語り合いましょう!」

いいんでしょうか、いえ、いいんです、たぶんそれで。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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12月5日(水):なんて寛大なグラナダのタパス文化!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 16:30| Comment(0) | スペインライフ

2012年12月05日

Short Short Spain 6

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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:31| Comment(0) | スペインライフ

開けてびっくり玉手箱〜Silvia Perez Cruz & Javier Colina

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バレンシアのバルカス通りにちょっと気になる建物がありました。
よくよく近づいてみたら、何と劇場でした。表から見ただけではそんな風にも見えないのですが、ウィンドウに公演の案内が貼られています。「Teatre Principal(プリンシパル劇場)」です。

12月2日には「SILVIA PEREZ CRUZ & JAVIER COLINA」と書かれています。それが何かも全くわからないというのに、何だか二人して同時に呟いてしまいました。

「行ってみようか。」
「行ってみましょうか。」

とは言え、いつ行っても劇場の扉は閉まっています。何とか開演3時間前に切符を買うことができましたが、この時点でだって、いったいシルヴィア何とかとハビエル誰それがどんな人たちで、歌を歌うのか演奏をするのか、それともおしゃべりをするのか、全くもってわかりません。けれどもあえて調べずに行くことにしました。当たりか外れか、いずれにしても「開けてびっくり玉手箱」にしてみたかったのです。時には予備知識ゼロ、先入観ゼロの遊びも楽しいではありませんか。

かくして私たちは、開演8時半の10分前に劇場の入り口に立つことになりました。
そして驚いたことには、びっくり箱から宝物がぞくぞく出てきたのです。

まず第一に、表からみる限りただの古い建物だったのが、中に入れば美しい劇場でした。マドリッドでオペレッタを見た「サルスエラ国立劇場」を小ぶりにしたような感じです。

第二に、素晴らしい歌と演奏でした。

舞台の上には左にピアノ、右にドラムセット、真ん中にベース、そしてそれぞれの演奏者たち。前触れもなく奏で出したのは、初めて聞く曲ながらも、ビル・エヴァンスを思わせる心地よいジャズです。

そして登場したのが、胸の大きく開いたシンプルな黒のワンピースに、長い髪を波打たせる以外にはただひとつのアクセサリーも身に付けぬ、美しい女性でした。彼女が歌いだしたとたんに鳥肌が立ちました。

ここらへんからやっとわかってきたのです。シルビア・ペレス・クルスというのがこの若いシンガーであり、真ん中に立つベーシストがハビエル・コリナだということが。そして、この二人を中心とするユニットが類まれなる音を創りだすということが。

どちらかと言えばハスキーな声なのに、高域に差しかかれば驚くほどに澄み渡り、荒々しく猛り狂うかと思えば、まるで静かに細く月の光のように私たちを包み込み、ビル・エヴァンス風のジャズがあったかと思えばブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブを彷彿とさせるキューバ音楽になり、今にもフラメンコの踊り手が出てきそうにもなれば、教会のミサになる、、、、陽気なボサノバも、もの哀しいファドも、、、、この若き歌い手は、諸々の境をいとも簡単に超えて観客の心を鷲掴みにしていきます。まるでデルフィの神殿の巫女のようです。

休憩もまじえずに2時間。最後には会場を埋め尽くした人たちが総立ちで拍手を送り、久方ぶりに夫の「ブラボー!」を聞きました。

これもまた、紛れもなくキャリアカウンセリングの理論で言う「計画された偶発性(Planned Happenstance)」でした。@好奇心を持ち Aあきらめず B柔軟に C楽観的に D失敗を恐れずに、偶発的な出来事を力に換えるというものなのですが、今回の「開けてびっくり玉手箱」に置き換えてみれば、、、、

@ふと通りがかった建物に好奇心を持ち A翌朝早い出発だったにもかかわらずあきらめず B何だかわからないけれど行ってみましょうか C面白いかもしれないから D外れたとしたってそれはそれでいい経験 の5ステップです。

日本に戻ったら早速、「Silvia Perez Cruz & Javier Colina」のCDをアマゾンで注文するつもりです。思いもかけぬ素晴らしい出会いでした。

By 池澤ショーエンバウム直美


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12月4日(火):160円の絞りたてジュースはオレンジ6個

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2012年12月04日

Short Short Spain 5

着飾った女たち〜バレンシア
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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 05:27| Comment(0) | スペインライフ

2012年12月03日

それぞれのドミンゴ それぞれの幸せ

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日曜日(ドミンゴ)のバレンシアは、とりわけ明るいお日様の光に溢れました。コートをはおった人たちの中に、半袖姿もショートパンツ姿も入り混じります。レストランやカフェは外テーブルから埋まります。

今日からまた1週間、車を借りました。そして、光の中をバレンシアから北へ約1時間、コスタ・ブランカと呼ばれる海岸線沿いを走りました。目的地は、かつてはローマ帝国の町として発展し、今なお当時の壮大な遺跡を擁するサグントの町です。

夜の予定がありましたので早めに戻り、バレンシアのレストランでゆっくりとランチタイムを過ごせば、ひたひたと押し寄せるサグントの余韻が、心をふんわり漂わせます。そして、たまたま選んだレストランで流れるドミンゴの時間が、なんだか特別幸せに思えます。

ドミンゴのランチタイムはいつにも増した賑わいと、いつにも増した華やぎを見せています。それぞれのストーリーを背負った人たちが、いろいろな形の幸せでドミンゴの時間の中にいるようです。

大きなテーブルを囲む8人は、父親と母親と二人の子供、ひとりはまだ赤ん坊です。そして、彼らを囲むようにして、二人のグランパと二人のグランマがいます。泣き出した赤ん坊をみんなであやしたかと思えば、向き合った人たちや、隣り合った人たちが、それぞれの会話を楽しんだりもしています。

正方形のテーブルに向かい合った初老の男女は、長年連れ添った夫婦だけが持つ落ち着いた余裕の中で、静かに会話を続けます。ご婦人の首からかかる長いパールのネックレスと男性の首のネクタイは、ドミンゴだからでしょうか。

かと思えば、隅っこのL字型の席ではお年を召した男性がひとり、背中を丸めるようにしてフルコースのお食事を召し上がっています。ひとつお皿を終えると満足げにナプキンで口をぬぐい、次のお皿を待ちます。

若いカップルと母親の3人が囲むテーブルもあれば、父と娘が向かい合うテーブルもあり、女同志、男同士で興じるテーブルもあります。

ふわふわと漂う私は、大きなテーブルのグランマになったり、よりそう妻になったり、向かい合う母になったり、、、かと思えば、気心知れた友人たちの中にいたり、ひとりで静かに食事を楽しんだりもします。

ひとりだろうが、大勢だろうが、男と女であろうが、男同士、女同志であろうが、みんなそれぞれの幸せです。たとえ、長くは続かないものだって、たとえドミンゴだけだって、それらは幸せな、たいせつな時間です。

サグントの教会では、ミサを終えて出てきた男女5人がいつまでもたたずんで話を続けていました。私たちがコーヒーを飲んで戻ってみれば、まだ同じ場所に立って、楽しそうにおしゃべりをしています。

日常の生活からちょっとばかり解き放された自由な心は、いろいろな幸せの形を見つけます。

By 池澤ショーエンバウム直美

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12月2日(日):バレンシアと言えばやっぱりパエリャ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:14| Comment(0) | スペインライフ

2012年12月02日

Short Short Spain 4

バルセロナの港、コロンブスの塔からも近い海事博物館の外壁。
目下改装中。ごく一部の展示だけ見ることができます。
あと1年ぐらいはお休みだそうです。
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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:42| Comment(0) | スペインライフ

豊かな市場エンボリオンから眠る遺跡エンプリエスへの2600年

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ギリシャ人が、戦いのためではなく交易のために、海を渡ってこのイベリア半島北東の沿岸に小さな町を作ったのは、紀元前6世紀中頃のことでした。すでにこの頃には北アフリカからカルタゴ人たちも移住をしていましたし、地中海という陸地に囲まれた海はいわば貿易の場であり、豊かな市場でもあったのです。

このギリシャ人のネアポリス(新しい町)は、「Emporion(エンボリオン)」と名付けられました。その名前そのものが「商業」にちなんだものです。現代ギリシャ語でも、英語表記で「Empros(エンブロス)」と言えば商人を意味します。私が長年勤務していたギリシャ商務省は、「Ypourougeio Emporiou(イプルギオ・エンボリウー)」でしたし、その事務所は「Emporiko Grafeio(エンボリコ・グラフィオ)」でした。

実際、エンボリオンは交易によって発展し、文化的にも周辺に影響を与えるまでになりましたが、紀元前218年、ハンニバル率いるカルタゴ軍がローマに侵攻し、第二次ポエニ戦争が始まったあたりから、運命を狂わせることになります。18年にもわたる戦いでカルタゴは敗北、イベリア半島はローマが支配をすることとなりました。

紀元前195年、ローマはエンボリオンの港に軍のキャンプを置き、ギリシャ人の町は次第にローマ化されていきます。しかし、近隣のジローナやバルセロナ、タラコなどのローマ人の町が繁栄していくにつれて衰えを見せ始め、3世紀半ばにはすでにして忘れらた町へと変わってしまうのです。

1908年になってようやく始められた発掘調査は今もなお継続中ですが、明らかになったのはまだほんの25%とのこと。現在、私たちがギリシャ時代の遺跡として目にすることができるのは、敵の侵入を防ぐために築かれた壁の一部、薬学の神アスクレピオスに捧げられた治療院、女神イシスと大神ゼウスに捧げられた聖域、魚の処理場、冶金作業場や住居の跡、海の中の防波堤などです。

エンボリオン〜今ではスペイン語でエンプリエスと呼ばれています〜の遺跡は、1月1日と12月25日以外はいつでも開かれています。交通の便がよくありませんので、バルセロナから地中海沿いをレンタカーで行くのが良いと思います。距離にして約100キロ、時間の目安は2時間です。

By 池澤ショーエンバウム直美

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12月1日(土):これって飛行機?のスペイン超特急列車のおもてなし


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 04:37| Comment(0) | スペインライフ

2012年12月01日

Short Short Spain 3

賑やかな明るい大通り
向こう側の建物が映り込むLOEWEのウィンドーはバルセロナ

人けのない道で
暗闇だけを映すLOEWEのウィンドーはバレンシア
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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:59| Comment(4) | スペインライフ

悠久の大河の流れの一滴〜エンプリエスにて

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何となく車を止めて迷い込んでしまったのは、海へと続く林の中。
足を踏みしめながら歩かないと、吹き飛ばされそうな強風が吹き渡り、
うつむきながら歩かないと、小さな砂粒が顔に当たる林の中。
それでも一歩ずつ歩いていけば、波音も風音もますます猛り狂って、
そこはまるで別世界。

12時を刻む教会の鐘さえもかき消され、
子供なんてひとりもいやしない光の中のブランコとシーソーは、
まるで真夜中の遊園地。

なんだろう、なぜだろう、この急き立てられるようなざわめきは、
と、砂浜に出てみれば、怒る海を真っ向から受け止めて、
海の中にすっくと立っていたのは、
妙に懐かしい気がする石の壁でした。

林を越えて眠る遺跡が続きます。
いえ、深い眠りから引きずり出されて砂塵を巻き起こす、
怒る遺跡かもしれません。

これが、紀元前6世紀、ギリシャの商人たちによってイベリア半島に作られた小さな植民地、「Empuries(エンプリエス)」との出逢いでした。

コスタブラバとよばれる美しい海岸線を辿る私たちの旅の一番の目的は、この忘れられた遺跡を訪ねることにありました。けれども、目立つ標識があるわけでもなく、探しあぐねていた時に、たまたま車を止めた地点から迷い込んだのが、風が抜ける林であり、荒れる海であり、それらと共存するように広がる古代ギリシャの遺跡、「エンプリエス」だったのです。

旅の途中で、私たちはよくこうした、何かに引き寄せられるような不思議な経験をすることがあります。この「エンプリエス」だって、多少なりともギリシャに所縁のある私たちへ先達がもたらしてくれた恩恵なのかもしれません。

遺跡に立ち、歩くたびに思います。
私たちは悠久の大河の流れのただの一滴。
ひたすら降り続く雨のひとしずく。
だからこその感謝と、だからこその思い。

「エンプリエス」の歴史、そしてコスタブラバの息を吞むような美しい光景についてはまたあらためて書かせていただきます。

今日、特急列車で南へと3時間、バレンシアに移りました。
冬のはずなのに気温は16度、人々は外テーブルで食事を楽しんでいます。

By 池澤ショーエンバウム直美


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11月30日(金):コスタブラバでのお日様いっぱいシンプルランチタイム
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 03:04| Comment(0) | スペインライフ

2012年11月30日

Short Short Spain 2

29日
ホテルのバルコニーから見る朝焼けと
クリスマスの光と満月の夜
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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:59| Comment(0) | スペインライフ