2013年02月18日

女たちのカーラー論争

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気心知れた女たちが5人も集まれば、「姦しい」など通り越して「女女姦しい」おしゃべりが途切れることもありません。ひとつの話題から次の話題へと連歌のように連なって、しんみりしたかと思えば大笑いしたりして。

中でもとりわけ盛り上がったのはこんなこと。
「カーラーを巻いて人前に出られる?」

いつの間にやら、YES-NOの大論争になっていました(笑)。

東の横綱は、毎朝ホットカーラーを20本巻くという艶やかな美女。
パートナーの前だろうが、宅急便のお兄さんの前だろうが全く平気だと言います。

かたや西の横綱は、4本のカーラーをご主人の足音が聞こえたらすぐに外すという、これまた美しい人。宅急便のチャイムがなった日には大慌てで頭からむしり取ると言います。

東の横綱さんにしてみれば、「カーラー姿も見せられないような緊張した関係なんておかしい!」になりますし、西の横綱さんにしてみれば、「そういう緊張感がだいじ!」となります。

どちらが正しくて、どちらが間違っているという問題でもありませんが、論争の間に頭をよぎったのは、アメリカと日本の夫婦の在り方の違いでした。

先回も書いた「アメリカの心と暮らし」の著者によれば、

「日本社会では夫婦はしっかり一体です。ですからお互いを褒める必要もないし、きれいに見せようなどという努力もしなくていい。夫は暑ければ妻の前でステテコ姿でもいられるし、妻も夫の前では化粧もしないし、おしゃれもしなくていい。なにせお互いに分身なのですから。

妻が書類に夫のハンコを押したり、夫の名前を署名しても別段不思議に思いません。だって夫婦一体なのですから。

ところが、アメリカ人の夫婦ではそうはいきません。メリーとビルが結婚しても、二人はメリーとビルのまま。それぞれ別の個人として、お互いに尊重し合っているので、メリーは夫の前ではいつもきれいにお化粧をしているし、ビルも妻の前で下着姿になることはありません。どんなに暑くても、たとえ家の中に二人しかいなくてもちゃんとシャツを着て、ズボンをはいています。お互いに違う人格の男と女としてふるまっているのですから、当然のことなのです。

もしメリーがビルの文書に署名をしたら、偽造罪になってしまいます。たとえそれが簡単な子供の学校宛ての連絡の手紙であっても、相手の名を署名することはありません。メリーはメリー、ビルはビルだからです。」

ということは、さだめし東の横綱は日本カルチャー代表、西の横綱はアメリカカルチャーの代表?

かくいう私は、たぶん、半分日本、半分アメリカ。
素顔のままでいることには抵抗ありませんが、カーラー姿で夫の前に出ることはできません。ちなみに5人の仲間たちは、CANが2人、CAN’Tが2人、残る1人は「カーラーなんて巻いたこともないから想像もできない!」でした(笑)。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2月18日(月):二種類の生ハムとチョリソーのバラ園
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:47| Comment(2) | パートナーシップ

2013年01月06日

私の役割 その1〜共に年を重ねる中で

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昨年はそれぞれに思いもかけないアクシデントがあって、語っていた近未来のさまざまなことを一度はあきらめました。けれども、それは意外なことに、思っていたほどに辛いことではなく、そういうものだと一旦覚悟をつけてさえしまえば、担うべき役割として受け入れることができました。いくら不運を嘆いたところで、怪我をする前の自分に戻ることはできませんし、病気になる前の自分に戻ることもできないのですから。

東京の病院で、そしてワシントンの病院で、検査から検査への移動に夫の座った車椅子を押しながら、私は何年も前のあることを思い出していました。

出会ってしまって、年甲斐もなく恋などしてしまって、自分が進むべき道を迷い悩んでいた時のことです。アメリカ人のご主人と何十年もの結婚生活を営んできた同い年の友人に正直に迷いを打ち明けました。その裏には、「大丈夫よ」とばかりに肩をポンと押してくれるだろうという期待があったのかもしれません。

ところが彼女が間髪を入れずにこう言ったのです。

「あなた、年を考えなさいよ。結婚をするということは幸せばかりではない。どちらかが明日病気になって介護が必要になるかもしれないリスクも併せ持っているのよ。あなたできるの?車椅子を押したり、おしめを交換したり。」

予想を裏切るシビアな意見でしたけれど、自分でも驚くぐらいに咄嗟に口をついて出たのがこんな言葉でした。

「わたし、他の誰かにそれをやらせたくない。私が車椅子を押して、私がおしめを交換したい。」

すると、彼女が静かに微笑んで言いました。もしかしたら大学の先生の彼女は、私に試験を与えていたのかもしれません。

「じゃ、さっさと結婚することね。」

あの時思わず口から出た思いは、今でもちっとも変わりません。むしろ共に過ごす日々を重ねれば重ねるほど、それが誇りと共に担うべき「私の役割」だと感じるようになりました。

幸い大事には至らず、残りの2012年の計画を予定通りに進めることができたことをありがたく思いながら、2013年初めての朝にさりげなく夫にたずねてみました。

「私の車椅子を押してくれる?」
「Why not! I will take you wherever you want to go.」

今朝、数えてみたら百合が20輪も開いていました。
漂う香りの中で、まだ11も蕾が残っています。

By 池澤ショーエンバウム直美


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1月5日(土):ふうふう わいわい がやがやの新年お鍋

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:55| Comment(0) | パートナーシップ

2012年08月17日

世界に一つしかないカップに入れる、世界に一つしかない石鹸

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1年に1度の特別な「8月15日」が終わりました。
どんな日だって1年に1度、どんな日だって特別な日に変わりないはずですが、この日はちょっとだけ違います。

日本史を習った時も、この日は特別な日でしたし、
ギリシャでも、この日は「Assumption(聖母被昇天)の日」と呼ばれる特別な休日でした。
そして、この日は夫の誕生日です。

いつでも、男の人へのプレゼントには苦労をします。
特に、何でも持っていそうな大人の男性や、身のまわりの物に主義やこだわりを持っている人、あるいは形ある物への関心があまりないような人の場合には。

出会って最初のお誕生日のことを思い出します。二人で散歩をしていて、ふらりと入ったオールドタウンの骨董品屋で、年代物のちょっと変わったランプを見つけました。その人は、明らかに関心がある様子でじっくりと見ています。私は心の中で「どうか買いませんように」と祈りながら、そわそわと素知らぬ顔を装います。

祈りが通じて、手ぶらで帰った家でまずしたことは、親友のジリーへの秘密の電話です。翌日、私たちは、いたずらを企てたお茶目な女学生のように、ひそかにその店へ行き、そのランプを買い、ジリーの車で持ち帰り、夫の留守中に、私の部屋のクローゼットの一番奥に隠し入れたのでした。段ボールを持ち上げながら、早く早く、と運んだあの時のドキドキした感じを思い出しては、今でも二人でよく大笑いをします。

お店の女主人までもが、いつしかいたずら女学生仲間に加わって、「ええ、わかったわ。ご主人が買いにいらしても、『あら残念ですこと、つい昨日、ニューヨークのお客様がお買い上げになってしまいましたわ。』とでも言っておきましょう。まかせて。」などという具合。

そんな女たち3人の連携プレーが功を奏した最初のお誕生日から、早いものでもう何年も過ぎたのに、いまだに私は毎年、難解な、けれども楽しいパズルに取り組んでいます。今年はひそかにこんな計画を進めてきました。名づけて、「世界に一つしかないカップに入れる、世界に一つしかない石鹸計画」。

4月に有田焼の窯元へ名前を入れたマグカップを頼み、
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5月に手作り石鹸作りのプロの友人に、届いたマグカップを渡して、どんな香りのどんな色の、どんな感触の石鹸にするかをわくわくと打ち合わせました。
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油や香りの配合を決めた友が、6月半ばに石鹸を仕込みました。
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練りこまれた石鹸は、1月以上寝かされて、ようやく7月30日に解禁になりました。
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それを、今回の短い東京滞在の間に受け取って、スーツケースにだいじにしまって、ここまで持ってきました。

どうでしょうか、これ、100%手作りシェービングソープです。使い手になる人が好きなブルーのイメージで、使い手になる人が好きな香りになるように、3分の1ずつ3つの香りを組み込んでもらいました。シダーウッドと、ペパーミントと、スイートオレンジです。
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気を利かした友が、同じ色の同じ香りの固形石鹸を4個も作ってくれました。うちひとつは私の洗顔用。成分も作り手もわかった、安心して使える石鹸です。
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ブラシは銀座の三越で買いましたが、髭を剃ったことなど生まれてこのかたないものですから、驚きました。今の時代、ブラシを使って髭を剃ること自体が、どうやらものすごく時代遅れなのですね(笑)。松屋には「お客様、残念ながら当店ではお扱いしておりません。」と言われてしまいましたし、三越でもたった2種類のイギリスブランドの物があるだけでした。けれども、よくわからないながらも、その2種類はたぶんとても良質の物だったはずです。
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等々、時間がかかったり、あわてたりもしましたけれど、頼りがいあるプロ友との連係プレーのおかげで、昨日、無事にプレゼントの儀式をおこなうことができました。もちろん、とても喜んでもらえました。友よ、ありがとう! 今朝そっとのぞいてみたら、ちゃんと使ってくれた跡もありましたよ。
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こんなことのひとつひとつが、今まで以上に嬉しく思えます。
お誕生日が来るなどという、ごくあたりまえのことが、なんだかとても特別に思えます。
そして、それを祝えることにひたひたと感慨を覚え、
愛と感謝を伝えることができることに、とても感謝したくなります。

「世界に一つしかないカップに入れる、世界に一つしかない石鹸」は、まだ商品化はされていませんけれど(笑)、もしもご希望の方がいらっしゃればご連絡くださいね。私の大好きなプロ友をご紹介いたします。

少年の頃には本気で鳥の学者になりたいと思っていたという夫のために、「世界に一つしかないカップに入れる、世界に一つしかない石鹸」にこんな本もつけました。6月のメイン州オガンクィットの、海を見下ろす美術館で見つけた「MAINE BIRDING TRAIL〜The Official Guide to More Than 260 Accessible Sites」です。自然の宝庫メイン州の鳥跡とでも言えばよいでしょうか。260もの鳥それぞれについて、出会える場所を詳しく紹介しています。
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By 池澤ショーエンバウム直美
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8月16日(木) やっぱりブルークラブよりは日本の蟹
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 07:02| Comment(2) | パートナーシップ

2012年08月05日

ΛΟΓΙΚΟ ΖΩΟ(ロギコ ゾー)の発端

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さて、何故に「ロギコ ゾー」などという言葉がいきなり太平洋を越えて行き交うようになったのか、という前回の続きです。

入院をする日の朝、慣れないながらも想像力を駆使してあたふたと鞄につめこんだのが、タオル、歯磨きと歯ブラシ、下着の換え、フェイスタオルとバスタオル、スリッパ、ティッシュペーパーボックスでした。もっともこのうち、タオルや歯ブラシやティッシュは病室に備え付けられていることが行ってみてからわかったのですが。

ここに夫が、「これも」と手渡したのが、1冊の分厚い本でした。「快適な入院ライフを過ごすために」などというすぐに役立ちそうな実用本でも、専門分野の本でもなく、おそらくはまるで役には立ちそうもない「Ancient Religions」という本でした。表紙には古代ギリシャらしい人々の絵が描かれています。

結局、入院中は点滴に繋がれて本を読むこともままなりませんでした。寝台を45度ぐらいに起こしては左手でリモコンを持ち、テレビを見ることぐらいがやっとだったのです。サイドテーブルに置かれた本が一度も開かれた様子がないのを見るのは、本の虫、あるいはビブリオマニアである彼を知る者としては、ひたひたとせつなくなることでした。

「ナオミ、ワシントンポストを買ってきてくれないか」と頼まれ、お財布を握りしめて探しまわり、やっと見つけた新聞を枕元に運べば、ちらりと目をやるだけで読み始める風情もありません。終日ただベッドの上にだけいることで、気力はかくも衰えるものでしょうか。

こんな書物の山を事前に送り届けては、一つの地から次の地へと移動をする人です。そんな人の、初めて目にする姿に動揺しても、私以上に彼自身が感じているであろう辛さや情けなさを思えば、何も言わずに、あるがままをそっと受け入れるしかありません。
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ところが、いざ退院をして家に戻るや、書斎の長椅子に横たわって一心に本を読み始めたのです。「Ancient Religions」も、私が様子を見に行くたびにページが進んでいます。

そしてその翌朝、私が、まだ無理と止めるのもきかずに、「急ぎのことだけ片付けてすぐに帰るから心配しないで。」と、本をかかえて大学の研究室に出かけました。その姿は、前日までの老いた病人ではなく、その目の輝きも、広い世界を見ているような深い眼差しも、背筋の伸びた凛とした姿勢も、長い間私が慣れ親しんできた大切な人のものでした。

けれども、具合が悪くなってこのかた、まともな食事も摂っていません。何かあればすぐに駆けつける態勢でオロオロと待っている私に、奇しくも東京の友が様子を気遣う連絡をくれました。それが、前回登場した「ギリシャ古典の若き学者」だったのです。

心配を伝える私に、夫をも良く知る彼は、すぐさま「ロギコ ゾー」という言葉を口にし、自らの体験を語り始めました。そしてこんな風に励ましてくれたのです。

「大丈夫ですよ。先生のような人は知的なものを食とすることができるのです。病室に閉じ込めておくよりは、広く知の世界に放ってあげた方が回復に向かうはずですよ。」

以来、たしかに夫は日一日と彼らしくなり、まだまだ今までと同じ生活はできないものの、今日初めて、「お腹が空いた」という言葉を口にしました。

知の食は、からだに力を与え、
時にからだは、パンよりもロゴスを必要とする。

そんなことを、16日間の修行の旅で実感した友の深遠さにはほど遠いながらも、この日常の中で感じ入っています。
By 池澤ショーエンバウム直美

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8月4日(土): 病人も健康人もバナナシェーキで
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 07:59| Comment(0) | パートナーシップ

2012年08月03日

ΛΟΓΙΚΟ ΖΩΟ(ロギコ ゾー)

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柄にもなくへこみ始めてから、ありがたいことに、家族や友人たちや書物の中の言葉に救われることが多くなりました。苦しい時ほど、良くも悪くも知覚が鋭敏になって、言霊というものがあるのだとしたら、それを受け容れられるようになるのかもしれません。

つい昨日、弟とも兄とも思えるギリシャ古典の若き学者が、こんな素晴らしい言葉をプレゼントしてくれました。これによってどんなに気持ちが楽になったことでしょう。

長い付き合いなのに初めて聞く話でした。20年前の夏、彼を含む12人の仲間たちが、二人一組になって、町から町へ、村から村へと16日間の修行の旅に出たのだそうです。お金も持たず、着替えも持たず、ただ聖書と讃美歌だけを持ち、志賀高原から高い山々をいくつも越えて、伊奈までの旅だったと言います。

最初の9日間は恵んでもらった3食だけで1日20キロを歩きました。衣服が汚れれば川で洗い、木の枝で乾かしました。最初の3日は歩けなくなるほどにからだ中が苦しかったそうです。そして4日目には、苦しみは動くこともできないほどに達しました。

けれども、何とか1週間目にたどり着くや、精神が研ぎ澄まされていくのが感じられるようになり、不思議なことにからだが動き始めて、いくらでも歩けるようになったとのこと。その時、ギリシャ古典に通じる彼が、あるひとつの言葉を身をもって理解したと言います。

それが、「ΛΟΓΙΚΟ ΖΩΟ」(ロギコ ゾー)というアリストテレスの言葉でした。
「ロギコ」とは「ロゴスの」という意。古代ギリシャでは「ロゴス」とは霊であり魂(スピリット)を意味しました。「ゾー」は実存であり生活のことです。つまり、私たちのからだは、食物からの栄養だけではなく、知識や教養という霊的な栄養によって生かされるという意味なのです。

このことを別の信頼する友に語ったら、さらにまた知識を与えてくれました。同じようなことが、悪魔の誘惑の話として、聖書のマタイによる福音書第4章に書かれているのだそうです。それが私たちもどこかで聞いたことのあるこの言葉につながります。

「人はパンのみに生きるにあらず。神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる。」

なぜ太平洋を越えてこんな会話が始まったか、その発端についてはまた次に。
学生たちのエントリーシートや面接指導で、何百回、いえもしかしたら何千回も言ってきましたから。「言いたいことは最初に」「まずは結論から」と(笑)。

日が少しばかり陰ってから、二人で、中庭を歩くだけの小さな散歩に出ました。とうに盛りを過ぎて干からびた花々の中に、生まれたてのように初々しい薄ピンクの紫陽花が咲いていました。

By 池澤ショーエンバウム直美

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8月3日(金): まるで機内食!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 06:35| Comment(0) | パートナーシップ

2012年07月27日

「いつか」なんて風のひと吹きで

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日本は金曜日の朝があけたところですね。
こちらは今、木曜日の夕方。窓の外はまだ眩しい日差しが勢いを弱める兆しもありません。遠く、まるで風のようにアムトラックの電車音が聞こえます。北へ上ればニューヨークを通ってボストンへ、南へ下ればフロリダまで行くことができます。

飛行機なら国内線でひとっ飛びの区間を、いつかガタゴトと長い時間をかけて、北から南への電車の旅をしてみたいという思いは、いまだ消えたわけではありません。昔見たテレビドラマを思い出しながら、今はなき「ルート66」を東から西へと走る夢だってまだあります。

けれども、ひとつ知恵がついたとしたら、「いつか」ほどはかないものはない、ということでしょうか。それらは、風のひと吹きで、いとも簡単に遠くへと逃げ去ってしまうのですから。

長い時間でした。独楽鼠(こまねずみ)のように、と言っても独楽鼠が動き回る様など見たことはありませんが、ひっきりなしに動いていたような気もしますし、検査やら、診断やら、また検査やらをいつもひたすら待っていたような気もします。あるいは、長い点滴や吸引の時間をただ呆然と夫のそばにいただけのような気もします。混乱しています。

いつものような週末の後に、それは突然、本当に突然やってきました。

土曜日の夕方にはギリシャ政府の友と3人で、真剣にギリシャという国の未来を論じ、夜には表参道の洗練されたイタリアンで、積年の友人夫妻とその立派に成人した子どもたち6人で楽しいテーブルを囲みました。共に過ごす時間が嬉しくて、みんなでいったい何本のワインを空けたことでしょう。特別の時間でした。

日曜日にはスコップやホースやごみバケツなど、ごく普通のものをごく普通に買いに行き、ごく普通に一緒に庭で働きました。こちらの端と向こうの端に蚊取り線香を置いて、しめった土から雑草を引っこ抜き、新しい花の苗を植えました。とりとめもないおしゃべりをしながらの協働作業は、とりわけ何と言うことはないのに、なんと心弾む時間だったでしょうか。

夜には、私はいつものようにキッチンに立ち、いつものように料理を作り、いつものようにビールで乾杯をし、いつものようにワインのコルクを開けました。そうやって「いつものように」が線路のようにつながっていったのに、それが突然やってきたのです。夫が急病になりました。

月曜日、火曜日と日本の病院で検査をし、応急処置をしてもらい、水曜の早朝に東京を発ち、ここワシントンへと飛んできました。12時間を越えるフライトの後、荷物を家に置いてすぐに、東京から何度も電話をして手はずを整えていたアメリカの主治医のもとへと急ぎました。

主治医のオフィスから、大学病院へと移り、長い長い時間を過ごした後、どうしても家へ戻りたいと言っては譲らない夫を連れて、真夜中のタクシーで昨夜この家へ帰ってきました。

この先どうなるのかはわかりません。
電話で主治医と繋がっては指示は受けているものの、このままでいいはずがありません。物を食べられない夫の体力は日に日に衰えているように見えます。なぜ、あのまま押さえつけてでも日本に居る道を選ばせ、すぐに入院をさせなかったのかと、わが身の不甲斐なさが悔やまれます。ここでは私のできることは限られています。

切り詰めた睡眠の中でさまざまな思いが去来します。おさえてきた愛や怒りや悲しみが頭をもたげます。決して書くまいと思ってきたやるせなき思いに急かされもします。もう充分にわかっていたはずの本当にたいせつなことが、ますます鮮やかに浮かびもします。

そして、また、自他共に天然楽観能天気を認めていた私が、「しょせん『いつか』なんて風のひと吹きさ」と、珍しく厭世的になっています。と、同時にこんな言葉を呟いてもいます。ということは、ありがたいことに土台はやっぱり天然楽観能天気なのかもしれません。ユーミンこと松任谷由実さんがデビュー40周年を迎えての言葉です。

「でも険しい道を乗り越えてたどり着いた場所から見る景色は、美しくないはずがないから。」

たとえ短くとも、また、書ける時に書きます。
書くことで不安な気持ちが少し整理されます。
物理的にも、精神的にも、書けること自体がとてもありがたいことに思えます。

                           By 池澤ショーエンバウム直美

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7月27日(金):素敵な友人宅での典型的アメリカンディナー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:25| Comment(0) | パートナーシップ

2011年07月19日

競わず張り合わず、心地よく

 しばらくはこのバナーを置かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
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 昨日朝一番に飛び込んできた携帯メールは6時52分。内容はと言えば、
「ナオミさん、おはようございます。素晴らしかった!興奮、感動、サッカーで世界一!」

 私はそ知らぬ顔で、「録画しておいてあげたわよ。見る?」
 いつもなら朝の散歩もかねて駅までJAPAN TIMESを買いに行く夫も、昨日ばかりはソワソワと一言、「見る!」。

「結果知りたい?」
「知りたくない。教えないで。」

 というわけで、お昼からのパーティーに備えてガアガアと掃除機をかけまわり、ゴシゴシと床をふきまわり、重い花瓶を落とさないように運んでは花を生ける私の汗水たらしての苦労など、まるで目に入らぬかのように、(ええ、確実に目に入ってはいませんね。掃除機の音も聞こえてはいませんね。)寝起きのままの甚平姿で長い足をソファの上に投げ打って、夢中になってテレビの画面に見入る人。時々聞こえてくる、「Oh My God!」という溜息や、「Great!」「Good Job!」などという叫び声。

 邪魔にならないように合間を見計らって、そっと聞いてみました。
「正直に教えて。あなたはどっちのチームを応援してるの?」
 その答たるや間髪も入れずに、
「もちろんNADESHIKOに決まってるじゃないか!!!」

 私は時間を気にしながらひたすらパーティーの準備です。機械音痴に加えて、スポーツ音痴の私には、いったい決着が付くまでにどれだけの時間がかかるのかもわかりません。もしもこのままお客様が来てしまったらと、甚平姿で毛むくじゃらの足を投げ出しているパーティーの主役であるべき人を横目で見ながら、気が気ではありません。

 幸い、大きな拍手と供に、なにやらメガネを外して目頭を拭いている人は、席を立って自分の部屋に戻って、お客を迎えるべく身支度を始めてくれました。

 お誕生日祝いに家族全員が大集合するというのに、ソワソワするでもなく、神経質にウロウロするでもなく、私が掃き残した床のホコリを指でつまむでもなく、いつものように悠然としているマイペースの人との共同生活にも、もう大分慣れました。あせったりイライラすることをやめて、そんな泰然自若さに慣れてしまえば、それはそれで心地良いもの。「ナオミ、ここ、もう少しきれいにしたら」などとも言わずに、だいたいのことは大雑把に、「部屋がきれいになったね。花もきれいだね。今日はきっといいパーティーになるね。」と言ってくれる人の大らかさ。

 この人と暮すようになってから、なんと言ったらいいのでしょうか、とても楽になりました。大らかさも、それなのにいざと言う時に見せる信じられないほどの集中力も、「自分でコントロールできないことは忘れることさ」という潔さも、知識も、思考力も、論理性も、私がどう頑張ったって真似のできないもの。

 競うことも張り合うことも、全てを放棄してしまえることがこんなに心地良いものだとは、これもまた、年を重ねて教えられた知恵の恵みかもしれません。

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7月19日(火)予定: 奇跡のパーティーの行方 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:51| Comment(0) | パートナーシップ

2011年06月05日

ライバルになんてなれやしません。

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 今日は特別な日。

 1年ぶりに再会した友と、新しく加わった仲間を交えて、グローバルキッチンの最後の会を無事に楽しく終えることができました。夜にはまた別の仲間たちが集まって、同じテーブルを囲み、同じ料理、と言えば聞こえはいいのですけれど、要するに残り物(笑)を食べながらのプロジェクト会議。同じ星を見ながら過ごす時間は、課題は山積みながらも心豊かに流れて行きます。

 そして今日は、私たちの結婚記念日です。
 それなのに私はひとり、いるべき人がいません。

 「Thank you for understanding and letting me do this.
I will call you when I arrive.」
 (理解をしてくれてありがとう。我が儘を許してくれてありがとう。着いたら電話をする。)

 と言うメールがワシントンから届いたのは、日本時間の5月20日の深夜でした。その人はその晩、マドリッドに飛び発ち、あろうことか、2週間80時間のスペイン語学校に入学してしまったのです。そして、自分よりもはるかに若い人たちと机を並べて、毎日スペイン語を勉強する学生になってしまいました。

 しかもこの、海事法を専門の一つとする国際法の学者は、前日まで例のメキシコ湾原油流出事故の日本側の弁護士をしていたのです。三井物産とイギリスの大手石油会社BPとの間で和解の目処が立つやいなや、携帯電話も持たず、コンピューターも持たず、ふらりとマドリッドで学生になってしまいました。

 この年で? いったい何のために? それが残りの人生に何の役に立つというの?
という陳腐な言葉が喉元まで出ながらも、私には止めることなどできません。その人にとっては、何の役にも立たない知的好奇心を満足させることこそが、きわめて個人的な、至上の喜びであることを、もう十分に知っているからです。

「I understand and let you do this.」
(わかりました。どうぞお好きなように。)

 と言うほかはありません。そんな自分勝手なところに惚れたのは、ほかならぬこの私なのですから。たとえ、結婚記念日にひとりであろうとも、それをなじることはできません。

 この春、ワシントンで知り合った、若く有能な女性が言いました。夫婦共に活躍するジャーナリストでありながら、ご主人の海外赴任に際して退職の道を選んだ人です。

「ナオミさん、夫婦はライバルにならない方がいいの。夫婦で競ってはだめ。私は夫のために現場を退いたけれど、これはこれで貴重な経験。後になったらきっとこの価値がわかり、感謝をするようになる。」

 逆立ちしたってかなわない相手。競うことなど、はなから考えたこともない私にも、彼女の言葉は深く心に刻み付けられました。

 PCを持たなくとも、学校やホテルのPCから毎日メールが届きます。

「This is a good experience to broaden my life.」
(これは僕の人生の巾を広げる素晴らしい経験だ。)

 などと言う言葉を聞くたびに、「こりゃもう好きなことをさせておくしかない。」と、半ばあきらめながも、自分には決してできないことをサラリとやってしまう人の我が儘を、やっぱりすごいと思うのです。ライバルになんて、なりたくてもなれやしません。

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6月6日(月)予定:カヌーに乗って運ばれたクマラ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(2) | パートナーシップ

2011年04月23日

アメリカ社会のパートナー文化

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 先週プエルト・リコから帰って来るや、なんだかんだと忙しい日々が続いています。パートナー文化が定着しているここ、アメリカでは、当然のことのようにカップルでの参加が求められる場合が多く、招く側に立った時も、招かれる側に立った時も、疲れているから、めんどうだからと言ってひっこんでいるわけにはいきません。きちんとした場に出れば出るほど、身も心も引き締まると同時に、知識の浅さや、マナーの至らなさ、語学力の貧しさなどに赤面をします。

 それでもここ数年、そうしたいわゆる「社交」(この言葉はどうも好きにはなれませんが)の場を経て、少しずつ度胸がついてきました。どういう場にはどういうものを着て、どういうことをどういう具合に話せばよいかについても、何となくわかってきました。

 そう思えばこれもまた良い機会。パートナーをサポートするための仕事のうちと割り切って、たくさんの恥をかきながら、学び、成長させてもらうにこしたことはありません。

 ただこれが重なると、時としてとても疲れます。今の私がまさにそうです。たとえば、、、、、

 食べることもコミュニケーションです。立席のパーティーならまだ誤魔化しがきいても、フォーマルな着席の場となると、見苦しくお皿に食べかけのものを残すわけにはいきません。特に、招いたホステスが料理人の場合にはなおさらです。

 こうした機会がたまたま一日のうちに昼と夜に続いたとしたらどうなるでしょう。どんなにおいしい食事でも空腹でなければ食べるのは辛いものですし、とりわけ今のこの時期にそうした食べ方をすることはひどく気が引けるものです。

 そうした機会が重なってとうとう胃がストライキを起こし始めました。朝起きるとすでに車酔いのような感じです。それが昼日中ずっと続き、食欲が全くありません。食べることを考えるとますます酔いが激しくなります。困ったものですけれど、今夜もまた、これから出かけなければなりません。

「具合が悪い」と言えば周りの方に気を使わせることになりますし、「食べてきたばかりで」などと言えば「何て計画性のない!」とあきれられるでしょうし、「これこれのお昼の会食があって」などと本当のことを言えば、自分の一日の予定を事細かに他人に語る人のように、とても野暮です。結局は胃薬の力を借りながら、ほどよく上手に切り抜けなければなりません。これもまた知恵とスキルのひとつです。

 ところでこのパートナー文化、面白いのは別段、夫婦でなくてもかまわないということ。結婚をしてなくたってパートナーはパートナー、誰も何とも言いません。しかも昨年と違う人と一緒だからと言って、これまた誰も何とも言いません(笑)。ここらへんがアメリカ社会の実に大らかなところです。

 帰りがけに市場を通ったら、農家の方が春らしい花束をたくさん並べていました。今夜はこれを抱えて出かけます。ついでに言えば、招かれた場合に手ぶらというのもまた無粋。花かワインかチョコレートボックス、というのがこちらの定番アイテムです。

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4月20日(水):プエルト・リコの市場フォトツアー
4月21日(水):まさかの天ぷら 青バナナ
4月22日(金):メキシコからタイへ〜石臼トントンの思い出
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 06:30| Comment(5) | パートナーシップ

2011年02月10日

パートナーの条件

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 昨日、一昨日と2日間にわたって、カイロから中野眞由美さんの言葉をお伝えしました。ここでいったん、臨時ニュースで切り替わった画面を戻すことにいたしましょう。

 春を待つ2月にはたくさんの嬉しい記念日と、お祝いをしたいたくさんのお誕生日があります。2月8日の「出会い記念日」もその1つ。記念日は、日常生活からはなれてちょっと特別なことをするには、いいExcuseとなります。お気に入りのレストランに食事に行ったり、ずっと我慢をしていた何かを買ったり。でも、記念日のもっと良いことは、過去を振り返って優しい気持ちになれることです。記念日はたくさん作ってしまうに越したことはありません。

 今年の「出会い記念日」はマウイ島にいるはずでした。それが、いまだに解決を見せぬメキシコ湾原油流失事故のせいで、国際法を専門とする相方の仕事がたてこんでしまい、予定を返上せざるを得なくなってしまったのです。

 長年ひどい花粉症に悩まされている水泳仲間の先生は、今年はとりわけひどく飛びそうだという花粉を回避して、医者の勧めでマウイ島に転地療養に行くことになりました。けれども、私たちは幸いなことに花粉症とは縁がありません。それなのに、なぜマウイ?

 なぜならば、昔むかしは鳥少年、将来は鳥類学者になるのが夢だった相棒が、マウイでバードウォッチングをしたい、と言いだしたからなのです。内心あきれながらも、そしてそのためにあきらめなければならないたくさんのことを数えながらも、残る人生の長さを思えば、いつもの「ま、いいか」モードになって、私は私でマウイでの日々を、そして「出会い記念日at Maui」をけっこう楽しみにしていたのです。

 けれども、駄目になれば駄目になったで、それもまた「ま、いいか」。与えられた東京での日々を有難く思えるようになりました。ここらへんが私の大雑把で能天気なところです。

 けれども、どこにいようと記念日は記念日。過去を振り返りながら、パートナーというものについて考える日となりました。そして折も折、そんな時に大好きな小島貴子さんのブログで、面白い言葉に出会いました。

「世の中で長く活躍していて、周囲に素敵なサポーターが集まっている人の共通性がありますなぁ〜。」と、ユーモラスなキャッチで、実に的確にその共通性を語っています。

「人を区別、差別せずに常にフェアー。
 面白いこと、知らないことが大好き。
 大人の顔と子供の顔がちゃんとある。
 とても正義感があって、正直。
 とても常識的であって、スマート。
 シャイだけど、感情表現を惜しまない。
 WIN WINでなくても、ちゃんと自分が引き受ける。
 潔いけど、諦めの悪さがある。だからやり遂げる。

 そんな人とお付き合いをしていると、自分の猫背がすっとするような気持ちになるから不思議。」

 貴子さんは、これらの要素を備えた人を「ひとたらし(女たらし&男たらし的な表現で全方位的)」と呼んでいます。

「出会い記念日」の勢いに乗って恥ずかしながら言ってしまえば、相方はもしかして「ひとたらし」かも(笑)。なんたって突然鳥少年に戻ってしまうのですから。そのくせ、私が「◇◇少女」に戻る時には、きちんとそれに付き合ってくれ、私が途方もない夢を語る時には、「BRAVO!」とやたらおだてて励ましてくれるのですから。

 ハーバード大学のファウスト学長がこんなことを言っています。ファウストさんは、370年あまりに及ぶハーバード大学の歴史の中で、初めて学長に選ばれた女性です。

「女性にとって重要なのはいいパートナーを見つけること。私も、いくつかの失敗を経て、料理もしてくれる、自分にとって理想の相手にめぐり合った。あなたの能力を信じ、目標を支えてくれる人を見つけるべきで、自分のことばかり優先する男性はダメ。女性を付属品としか見てない男に振り回されてはいけません。」

 この言葉、「女性」を「男性」に置き換えたって、「友人」に置き換えたって十分に通じるものです。けだし名言!
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2月11日(金)予定:とっさのお客料理〜スティファド(ギリシャのビーフシチュー)
2月10日(木):夜だってちょっと一息
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2010年12月03日

共同生活はシーソー遊び

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 オフィスがあってちゃんと出かける場所がある夫と、どこにもない私。
 やることがたくさんあって忙しい夫と、実はそうでもない私。
 何度目かの滞在で町をよく知っている夫と、知らない私。
 イタリア語ができる夫と、できない私。
 次から次へと新しい計画を考える元気いっぱいの夫と、帯状疱疹あがりの私。

 その他にも、たくさんの「あるvsない」「できるvsできない」があって、ここでの私はだいぶ気弱です。あんなにしつこく残っていた痛みだって消えて、そろそろ1人で遠くの町まで探検に繰り出したっていいのに、寒いからとか、雨だからとか、果ては「今日中にこれを片付けなければならないから」とか、何だかんだの理由をつけては出不精になっています。そのくせ退屈したりしているのですから、まるで私らしくありません。独立独歩のはずがとんだ依存症です。

 昨日、仕事から帰ってきた夫が、「ナオミ、痛み止めもってきてない?」

 初めて聞くそんな言葉とつらそうな様子に、いったいどうしたのかとたずねれば、背中の筋肉が痛いとのこと。もっと詳しく聞いてみれば、痛みの場所は左後ろのウエストあたり。一緒に生活するうちに次第に似てくる夫婦がいるとは聞きますけれど、まさかアレではないでしょう、と思いながらも、数週間前の我が身におきたできごとをなぞり始める私。あの時は、私もただの筋肉痛かと思っていたのです。

 ここらへんから私はムクムクと元気になり、それまでのダラッとした様から、テキパキと采配をふるうまでに大変化。

 「休んでいてね、ほら、ソファーで楽にしててね。
  急いで薬屋さんまで行ってくるから。アスピリンよりはイブプロフェインがいいわね。
  胃にも優しいっていうでしょ?」

 と、脱兎のごとく飛び出したのでした。買ってきた薬をすぐに飲ませて、ひとまず安静にさせて、今度はもうすっかり暗くなってしまった町へと再び買い物に走りました。外で食べる予定だった夕飯をキャンセルし、暖かくて消化が良いものを求めて、何と電車に飛び乗ってしまったのです。行き先は2つ先の中央駅。そこまで行けば、アジアの食材を売っているお店があって、
ウドンでも、お豆腐でも手に入ることがわかっていたからです。

 かくして、昨夜の夕飯は、煮込みウドンと、青梗菜のあんかけ豆腐、オクラのトマト煮、白菜と大根の即席漬けと言う、「おふくろの味」となりました。「おいしい、おいしい」と食べる夫の姿を見ながら、気分はたしかに「おふくろ」(笑)。そして気づけば、けっこうシャンとして、いつもの私に戻っているのですからおかしなものです。

 共同生活はギッタンバッタンのシーソーゲーム。向こうが上がればこっちが下がる、こっちが上がれば向こうが下がる、、、、

 そんな上がり下がりもなかなか楽しいですけれど、やっぱりシーソーの一番の醍醐味は、同じ高さでつり合って将来を語る時でしょうか。

 朝早く、夫は薬を持って仕事に出かけました。今の所は帯状疱疹の兆しはありません。
私は、突然目覚めた保護本能に勢いを得て、午前中に今日のノルマの仕事を手際よく片付けて、湧いてくるアイディアをどんどんと書き留めました。

そしてこれから、1人で町歩きに出かけます。地図を読むのが下手なので、紙に文字で道順を書きました。目的地はナヴィリオ運河です。どうしても水が見たくなりました。

(行ってきました。寒くて途中で毛糸の手袋を買ってしまいましたけれど、3時間近く歩きまわりました。やっぱり行ってよかった、、、、、)
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12月2日(木):香りウットリ ポルチーニ茸のリゾット
12月3日(金)予告:グローバルキッチンのお助け部隊

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2010年11月08日

今、アオスタで、この人と

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 お昼ちょっと過ぎに、アオスタという北イタリアの小さな町に着きました。周り中が山、しかも雪を抱いた高い山に囲まれています。しかも、ただの山ではありません。山音痴の私でさえ名前ぐらいは知っている山々です。モンブラン、マッターホルン、モンテ・ローザ、、、、、スイスもフランスもトンネルで繋がってすぐそこです。ここで3日間を過ごします。

 なかなか回復に向かわない帯状疱疹やら、インターネットトラブルやら、鍵の行方不明事件やら、停電やらでかなり閉塞状況に陥っていたミラノから抜け出しました。今週末も小雨模様となったミラノを後にして高速に乗ったのが朝の10時。これでは、せっかくアオスタまで行って、部屋のバルコニーから雪の山々を見渡せるホテルに着いても、何一つ見えないのではないかと心配になるぐらいに、走っても走っても霧に包まれています。

 かなり絶望的になって来たところでうまい具合に雨が止み、少しずつ視界が広がってきました。目に映るのはそびえ立った山々と、小山の上に立つ13世紀〜14世紀の城砦。麓の山々は黄色く染まり、草原では牛や羊がのんびりと草を食むという、まさに牧歌的な風景。

 「はて、ここはどこだったかしら?」と、アルプスの少女ハイジがいつ出てきてもおかしくないような、勾配の大きな屋根の、山小屋風の家々が山の斜面に建ち並んでいます。もう少しすれば、この山の麓の町も雪で覆われるのでしょう。

 最後まで誰にも会わなかった町の博物館で、古代ローマの遺物の中を歩き、古い古い昔の町の模型の前で、しばらく座っていながら、思いました。

 私はなぜアオスタではなく、日本で生まれ、
 私はなぜ古代ではなく、今の時代に生きているのだろう。

 ホテルに戻れば、私たちだけのために暖炉に薪がくべられて、暖かいお茶とケーキの準備ができています。静寂の中、ただパチパチと木々が燃える音。ぬくぬくと温められていきながら、思いました。

 私はなぜ今、ここにいて、
 私はなぜ今、この人と一緒にいるのだろう。

 46億年前に誕生したこの惑星の上で、今、
 大きな大きな地球の上の、北イタリアの小さな町で、
 69億人もの人が住んでいると言うのに、この人と、、、、、、

 これが単なる偶然ではなく、何とは知らぬ大きなモノの意志だとしたら、
 これが私の使命。

 それにしても、インターネットがごく普通に繋がるというだけで、どうしてこんなに安心するのでしょうか。このバルコニーからの夜景と、天蓋付きのベッドと、猫足のお風呂と同じぐらいに嬉しいなんて、ずいぶん情けなくなったものです。

 明日、天気がよければ、アルプスのフランス側へ車で登ってみようかと思います。
 痛みはまだまだ消えませんが、今日は少しばかり楽になりましたから。
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11月8日(月)予告:トリュフ最新事情
11月9日(火)予告:女3人のミラノポットラック
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2010年11月04日

ジュリエットの胸、触れますか?

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 ミラノは4日ぶりに太陽が顔をのぞかせて、寒さも和らぎ、美しい秋の水曜日となりました。
 毎度毎度の帯状疱疹話で恐縮ですが、、、、、

 忘れもせぬ10月25日、月曜日の発症の日、ガルダ湖という大きな湖に面したRiva Del Gardaという旅先の町の、雨に濡れて駆け込んだ小さなクリニックで、ドクター・アイコが言いました。

「そのうち赤い色が紫色に変わるからね。それまでの我慢だよ。」

 そばで私よりも真剣にうなづいていた夫(笑)。以来いったい何日たったでしょうか。
週も変わり、月まで変わったと言うのに、私の症状はちっとも変わりません。それが今朝、、、、、

 鏡に映る右の背中の 「発症第一号」 が、明らかに他とは違う色合いになっているのです。「来た、紫が来た!」 とばかりに、夫に報告すると、何と言ったと思います?

「スゴイ(ここは日本語で)! Perfect! Great! Teriffic!」

 いえ、決してからかっているのではなく、きちんと真面目に、まっすぐに。
 「いやあ、それほどでも」 などと照れながらも、言われたこちらは、まるで良い成績を取って先生に褒められているような気分。この時ばかりは、痛みもどこかに吹き飛んだようでした。

 こういうのって、共同生活をしていく上でやっぱりいいですよね。中には、いそうじゃないですか。

「遅いねえ、まだ直らないの? どこか悪いところでもあるんじゃないの?」 とか、
「つくづく運が悪いねえ。 ふつうだったらもう直ってるところだよ。」 とか、
「君のおかげで予定が随分狂っちゃったよ。」 とか、、、、、

 何の気なしに発している、そんなネガティブ言葉。知り合いにもいます、います。
 会うなり 「大丈夫ゥ?何か随分疲れてるみたいだけど。」 これなんかも、言われるたびにドドッと疲れます。私なら、別れ際にさりげなく言います。「じゃ元気でね。疲れがたまらないようにね。」

 ところでもう一つ、共同生活に案外必要なものは 「恥らい度数」 がなるべく近いことだと思うのです。何が良い、悪いというのではありませんけれど、人にはそれぞれ恥ずかしいことがあります。

 たとえば、発祥の地ならぬ発症の地ガルダ湖から東に30キロ、中世の古都ヴェローナ。
ここにロミオとジュリエットが恋を語ったというバルコニーを持つ 「ジュリエットの家」 があります。小さな中庭にはブロンズのジュリエット像が立っていて、人が行列をなしています。

 次から次へと、ふくらんだジュリエットの胸にわが手を当てては、にっこりと微笑んで写真を撮ってもらう人、また人!。男女が両側から胸を片方ずつ触ってパチリ!などと言うのも日常茶飯事な光景。どうやら、ジュリエットの胸を触ると恋が叶ったり、願い事が叶ったりすると信じられているようなのです。

 ちょっと考えれば随分矛盾しています。ジュリエットと言えば叶わなかった悲劇の恋のヒロイン、どうしてそれがこんな風に変わってしまうのでしょう(笑)。

 私は、行列に並んで順番を待ち、ジュリエットの胸をさわりながらニコリと微笑んで、写真を撮ってもらうことはできません。そういう乗りが何だか気恥ずかしいのです。夫もそうですし、一緒に居たマークもジュディーも同じです。私たちは、記念写真を撮る人たちでごった返す 「ジュリエットの庭」 に居ることすらも何だか気恥ずかしくて、早々に退散をしたのでした。もちろんそんな気恥ずかしさ、誰も一言も口にはしませんでしたが。

 ここで4人の中の1人が、「待って、どうしてもジュリエットと一緒に写真を撮る!」 とでも言い張れば、私たちはとても居心地の悪い思いをしたに違いありません。

 「ローマの休日」 で人気に火がついたサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の 「真実の口」 なんかも弱いですね。別に手が抜けなくなるのを恐れているわけではありませんけれど、やっぱり長蛇の列の中に身を置いて、誰もが必ずやりたがることをするのが気恥ずかしいのです。

 行く先々で、「はい、ポーズ」 とばかりに記念写真をたくさん撮られるのも気恥ずかしくて困ります。ましてやVサインはできません。今回の4人旅行にしたって、夫もマークも一切カメラというものを持たない人、ジュディーは時々景色をパシャリ。私はブログ用にパシャリ、パシャリ。全員集合の写真も、自分自身の写真もほとんどありません。

 まあ、心地よい共同生活、旅仲間の条件は人それぞれ。
 それでもやっぱり、ネガティブ言葉をなるべく使わないことだとか、恥らいの感覚が似ていることなどは、けっこう大切な要素ではないでしょうか。

 紫色になったというのに、まだキリキリ、シクシクです。
 今夜はスカラ座でバレー 「オネーギン」。
 朝から我慢していた痛み止め、勢いつけて飲んじゃいます。

PS.一目惚れして以来ずっと惚れ続けている、無敵の貴子さんにも弱みがあったことを発見。
鳩ですか、鳩ですか、鳩なんですか。懐から鳩を出すマジシャン修行でもしましょうかしら(笑)。弱みのある貴子さんてますます可愛くてチャーミングです!(http://fellowshipxxx.blog35.fc2.com/blog-entry-186.html
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11月3日(水):貴族の食卓〜クラウディオとジュリアの場合
11月4日(木)予告:トピナムブル この不思議なモノ
11月5日(金)予告:ヴェローナのオペラ付きレストラン
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2010年06月28日

同じ方向を見つめて

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 今日もまた何と言う蒸し暑さ!昔、南洋のポナペという島に父と呼ぶ人がいました。父がよく言っていたものです。「熱帯夜なんておかしな言葉だね。熱帯の夜はこんなにさわやかで気持ちがいいのに。」、、、、、、とにかくこの湿気にはまいります。しかも今日は晴れていたかと思えば雨が降り出し、また上がり、日傘が雨傘になって、また日傘に戻りました。

 あの日のことを思い出します。
 翌日にはイタリアを発つという最後の日に、私たちは目一杯のものを詰め込みました。見落としていた所をなるべく網羅しようと、東西南北を車で走り回りました。そして、翌朝便利なように、ローマ空港のホテルに一泊することにしたのです。

 海岸線に下りて、ローマを目指して一路西へと走っていた時に、信じられないことが起こりました。雨とは無縁のはずの地中海性気候の夏に、突然、雷鳴が轟き始め、強風と豪雨に襲われたのです。車を走らせることもできないほどに視界がさえぎられ、それまで静かな海で海水浴を楽しんでいた人たちが、いっせいに海から逃げ出し始めました。海岸線に沿って立ち並ぶ夏の間だけの仮設のカフェやバーは、半裸の避難客で溢れかえりました。海には大きな白波が立ち、車の外に出ようものなら風で吹き飛ばされそうです。

 そんな状況が30分ほど続いた後、風は止み、雨は止み、またあの眩しい太陽と青空が戻ってきました。南イタリアで出会った初めての雨でした。

 それでも、いったん荒れた海はなかなか静まることもありません。泳ぐことをあきらめた人たちが帰り支度を始めます。そんな中で、浜に戻り、まるで何もなかったかのように悠然と本を読み始めた男と女の二人組。そして波が静まるのを待つようにじっと砂浜に腰を下ろす別の二人組。

 どちらの二人も同じ方向を見つめています。こんな風景に出会うたびに、何だかとても心動かされます。見詰め合う二人もいいけれど、並んで同じ方向を見ているカップルはもっと素敵です。とりわけあんな嵐の後には、、、、、、、

 さあ、いよいよ明日は中央区のシニアカレッジです。
 70名のシニアの方々を前に講演をします。テーマは「はじめようアンチエイジング〜生活にオリーブオイルを」。皆様に同じ方向を見ていただけるよう頑張らなければ!
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28日(月):TOFU Quick & Easy 〜TOFUディップのスティックサラダ
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2009年02月10日

ごく普通の会話ができる幸せ

 生まれてから結婚前日まで親元で過ごした私が憧れていたものに 「一人暮し」 がありました。大学時代、地方から出てきて一人で下宿生活をしている友人の 「自由」 がどんなにうらやましく思えたことでしょうか。時がめぐり、そんな私が、人生の変わり目の何年かを一人で暮すことになりました。仕事にも恵まれていましたし、男女を問わずたくさんの良き友にも恵まれていました。やりたいことはたくさんありましたから退屈など感じる暇もありませんでした。ようやく手に入れた憧れの一人暮しを充分に謳歌していたのです。

 そんな晩冬の日のことです。ハイヒールを履いてお気に入りのコートをはおり、背筋を伸ばして颯爽と駅までの桜並木を歩きながら、頭の中では一日の仕事と、友人たちとの夜の集まりの段取りを考えていました。そんな私のすぐ前を同じ年恰好の夫婦がゆっくりと歩いていきます。ごく普通の服を着て、ごく普通の靴を履き、ごく普通に話をしながら。急ぎ足で追い抜いた私の背中に届いたのは、「寒いね」 「うん、寒いね」 「早く春になるといいわね。」 「うん、そうだね。」 「今日のご飯何にする?」 「何でもいいよ。」 「何でもいいじゃわからないじゃない。」 「そうか、じゃ、すき焼きにでもするか。○子も帰ってくるというし」。。。

 そんなごく普通の夫婦の、ごく普通の会話を聞いて、なぜか突然、無性に寂しくなりました。文学や、音楽や、絵画や、政治や、ビジネスや、哲学や、生き方を語り合う最高の友人達との時間は、素敵な知的満足感をもたらしてくれますし、啓発もしてくれます。刺激的で、ワクワクして、ドキドキして、楽しい。そんな贅択を持ちながら、あろうことか、ごく普通に見える夫婦のごく普通の会話がとてもうらやましく思えてしまったのです。

 そんな青天の霹靂からまたしても時がたち、大きな巡り会わせで、共に年を重ねて行く人と出会いました。家の中でも再び知的な会話ができるようになったのは嬉しいことですが、それにもまして幸せなのはごくごく普通の日常生活の会話ができる人がいることです。

 「おはよう!いい天気ねえ。」 「おはよう!いい天気だねえ。」 「コーヒーができてるよ。」 「ありがとう。」 これが本日最初の私たちの会話です。
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2009年02月07日

6年前の偶然

 6年前の今日、自分が着ていた服をつぶさに覚えています。どんな靴を履き、どんな髪型をしていたかもはっきりと思い出すことができます。

 6年前の今日、その人が身につけていたセーターもズボンも、そしてその人と初めて交わした言葉も、まるで大好きな映画のシーンのように蘇らせることができます。

 入学試験が行われる日は、いつものように大学の正門から車で入ることはできません。この日に限って、教職員は決められた時間に決められた入口から、検問をくぐって入構しなければなりません。そして決められたルートを辿り、決められた場所に駐車してから試験会場に入ります。そんなことを16回も繰り返してきたのですから、今朝だって同じことをするのはいとも簡単なことでした。一つ違うのは、助手席に座る人がいて、私はその人を車から降ろした後にユーターンをしてすぐに帰ってきたことです。

 その人に出会ったのは受験生の緊張と熱気に満ちた大きな教室でした。そのたった2ヶ月前にアメリカからやってきて日本の大学に就任したばかりの人を、たとえ同じ大学で仕事をしていたとは言え、知る機会もありませんでした。その人と私は、いくつもある試験会場の同じ教室に割り当てられた8人の試験監督たちの2人だったのです。出会ってすぐに、何だか大変なことになりそうな、自分の運命が変わってしまうような直感がしました。

 そんな2月7日から6年目の今日も穏やかな初春の日差しに恵まれました。まるで長年連れ添った夫婦のような阿吽の呼吸の会話の後に、「行ってらっしゃい!」 と、今は夫となったその人を車の中から見送り、慣れ親しんだキャンパスの中を通り抜けて、不思議な感動でハンドルを握って帰ってきました。あの朝には、自分の人生にこんなことが待っていようとは露ほども思っていなかったのですから。

 長い人生にはたくさんの偶然がありました。けれども、それら全ての偶然は、何かは知らぬ大いなる意思によって初めから組み込まれていたのかもしれないと思うことがあります。私があの大学で仕事を始めた偶然は、今の私に至る必然だったのかもしれません。もしそうだとしたら、そんな粋な計らいをしてくれた大いなる力に謙虚に感謝をしたくなります。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | パートナーシップ

2009年01月30日

「暖かいね」と話しかければ。。。。。。。

「ただいまあ!」 と勢いよくドアを開けると、玄関ホールは冬の世界から一転して蝶々が飛んでいそうな春の陽気。それもそのはず、暖房をつけた部屋のドアが開けっ放しです。「お帰りなさい!」 という声のする方に階段を上がっていくと、そこに待っているのは常夏の世界。床がぬくぬくと暖められている上に頭上にはエアコンの暖気が回遊しているのです。「暖かいね。でもちょっと暑すぎない?」 と床暖房のスイッチを切ろうとすると、「いや、寒い。」 と答える人。
 
 暖められた部屋の扉を開けたまま玄関を暖かくするのも、たぶん後から帰ってくる私への思いやり。「物騒だからちゃんと鍵をしめておいてね。」 と言っても、玄関の鍵をしめないのも、たぶん私への思いやり。と、考えればそれも嬉しく思えますが、一方では誰も居ない家に帰っても家中が適切な温度に保たれているアメリカのセントラルヒーティングシステムと、犯罪率の高さゆえにメインエントランスも各人の住まいのドアも内側からは施錠しなくてもすむアメリカのセキュリティーシステムが身についてしまっているだけなのかもしれません。

 そんな暑さ寒さの感覚や、安全性の感覚にズレがあっても、やっぱり「ただいま!」 と言って「お帰り!」 と答える人がいて、「ただいま!」 の言葉に「お帰りなさい!」 と答えることができるのは幸せなことだと思います。たとえ「暖かいね。」 と話しかければ「寒いよ」 とチグハグな答が返ってきても、そんな日々の何気ない会話ができるのは幸せです。

 《「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ》 (俵万智)
 《「暖かいね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ》 (池澤直美)
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2009年01月27日

ヒーローはお茶を入れる

 最近の報道写真で一番印象的だったのは、真冬のハドソン川に浮かんだ飛行機の左右の翼の上に155人の乗客が立つ姿でした。エンジンが故障した機体を冷静な判断で着水させ、最後まで全員の無事を見守ってから脱出した機長が、24日に初めてサンフランシスコ郊外の自宅に戻った時、3000人の人たちが出迎えたと言います。町の広場に集まった人たちは手に手に星条旗と機長の写真を掲げ、マーチングバンドの演奏と共に熱烈な歓迎ぶりを見せました。「実にアメリカだなあ」と思います。

 かの地で映画を見ていると、トレイラーと呼ばれる予告編の中にしばしば遭難救助の広告がはさまれます。災害にあった人たちを救助する場面の後で、「This is America’s DNA!」という言葉が画面いっぱいに映し出されます。人を助けることが英雄としてたたえられる良きアメリカのセンティメントは、まさにスーパーマンを生み出した国です。

 「ハドソン川の奇跡」の機長はかくして国民のヒーローとなりました。そんな英雄の奥様が、「でも、私にとっての彼は、毎朝私にお茶を入れてくれる人です。」と述べた言葉も、まさにアメリカ的でした。冷静な判断で多くの人の命を助けた英雄が、実は良き夫でもあるという構図です。「パパは何でも知っている」、「うちのママは世界一」などの1950年代にアメリカから輸入されていたホームドラマを彷彿とさせます。

 我が家でも毎朝コーヒーを入れるのは夫の仕事です。早朝から自分の仕事部屋に閉じこもっている私の耳に、ようやく外が明るくなった頃、2階のキッチンからコーヒーを挽く音が届きます。それからしばらくすると、ドアがノックされ、なみなみとコーヒーが注がれた大きなマグカップが私の机に配達されます。二つのマグカップで両の手がふさがっている時には、「ナオミ!」と尻上がりで私の名が呼ばれ、それを合図に私はドアを開け夫を招き入れ、それまでには充分に暖めれらた部屋で私たちの朝の会話が始まります。

 ノックをすることの意味、部屋を閉めることの意味、プライバシーの感覚についても書きたいことはたくさんあります。が、また次回に譲るとしましょう。
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