2012年01月18日

「約束されていない明日」を疑いもせず。

 
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「本を読むのが好きです。」などと、私の何倍もの本読み家族の中で言うのもおこがましくて、ずっと黙っていましたけれど、実は好きです。最近ではそれが頓に高じて、鞄の中に読むものが入っていないと落ち着きません。電車に乗れば、待ってました、とばかりに、ごそごそと本や新聞を取り出します。

 それは、おそらく、これからどうあがいても、読みたかった本、読みたい本を読み切ることなどできはしないことがわかっているからでしょう。毎日東京タワーが見える所で暮らしている人が、「どうせいつでも上れるのだから」とさして気にも留めずにいたのが、急に引っ越しをすることになってちょっと慌てているようなものでしょうか。

 最近、親友のジリーが白内障の手術を受けただの、学生時代の仲間たちが「飛蚊症でね。」「僕もだよ。」などと話すの聞いていると、視力の衰えばかりはいやでも認めなければならない私は、いきおい焦ります。

 うちのロフトには、世界文学全集がずらりと並んでいますし、地下の書庫には処分できなかったたくさんの本が眠っています。私の小さな仕事部屋の本棚にだって、いつか読もうと取り寄せた本が、まだまだたくさん積まれています。限られた時間の中で、ついついすぐに役立ちそうな実用書やハウツー物に先を越されて、じっと「いつか」を待っている健気な本たちです。

 私の夢は、いつか心置きなくこれらの本を読みふけること。けれども、いつか、いつかは曲者であることも十分わかっています。だから少々焦っているのです。朝日新聞の昨日の夕刊にだって、こんな詩が載っていたではありませんか。

 たしかにいつも明日はやってくる
 でももしそれがわたしの勘違いで
 今日で全てが終わるのだとしたら
 わたしは今日
 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

 そして わたしたちは 忘れないようにしたい
 若い人にも 年老いた人にも
 明日は誰にも約束されていないのだということを
 愛する人を抱きしめられるのは
 今日が最後になるかもしれないことを

 明日が来るのを待っているなら
 今日でもいいはず
 もし明日が来ないとしたら
 あなたは今日を後悔するだろうから
          (「最期だとわかっていたなら」
            ノーマ・コーネット・マレック作 佐川睦訳)

 とは言いながら、今日も私は、ある方が書いた分厚い原稿の束をひっつかんで鞄に入れ、電車に飛び乗ります。3月に出版される大変面白い、そして実に役に立つハウツー本です。明日の会合までにこれを全部読まなければなりません。

 「眠ったまま待っている本たちよ、もう少し待っていて。」と、「誰にも約束されていない明日」が来ることを疑いもせず。
 
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1月16日(月):出版感謝会のスペシャルランチ
1月17日(火):夫のおみやげ「シャクシュカ」のレシピ
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2012年01月17日

アッシジのオバサンと、明治神宮のオバアチャン

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 そうそう、昨日の続きで「ほっこり」のお話でした。

 私たちがアッシジ駅に下り立ったのは、12月11日の日曜日、どんより曇った朝でした。アッシジは12世紀に聖フランチェスコが生まれたとされる町。今でも世界中からたくさんの巡礼者が訪れています。

 山の斜面に建つ町までは、電車の駅からバスに乗らねばなりません。バスの時刻表を見ていると、そばに近づいてきて一緒に見始めたのが、化粧っ気のない日焼けした肌に、まるで昼間からお酒でも飲んだのでは、と思わせるほどに、赤い頬をしたオバサンでした。男物のような大振りのネルシャツにジャージ、そして履き古されたスニーカー、いえ運動靴と言う言葉の方が似合いそうないでたちです。ガラガラと引きずる小さなキャリアに、大きくはみだした荷物を括りつけています。その上にはまた、風呂敷のようなものに包んだたくさんの荷物。そんななりで、目を近づけるようにして時刻表を読もうとしているのです。どこからどう見ても初めてアッシジにやってきた「田舎のオバサン」にしか見えません。

 袖擦り合うも何とやら、で、私たちはどちらからともなく言葉を交わすようになりました。おばさんはドイツから電車を乗り継いでやってきたとのこと。これから1か月滞在する場所の住所が書かれた紙を握りしめています。そして、そこにちゃんと辿り着けるかどうかをとても心配しています。第一バスの切符をどこで買ったらよいのかも知りません。

 私たちは、知っていることを教え、同じバスに乗り、一緒に終点で下り、私がおばさんの荷物を引き、夫が地図を広げ、あっちへこっちへと歩き回り、ようやく目的の家を見つけました。ドイツ訛りの英語で「ありがとう」を繰り返すおばさんが、ここで初めて「あなた達、サン・フランチェスコ聖堂にいらっしゃるの?」

「はい、もちろんです!それがこうしてアッシジに来た大きな目的ですから。」と答えると、鞄にかけられた紐を解き、中から何冊かの本を取り出しました。そして、驚いたことには、饒舌な言葉ではありませんが、要点要点をしっかりと説明しだしたのです。それには、ふつうのガイドブックには書かれていないこともたくさんありました。

 ここで、いきなり立場が逆転しました。旅慣れないおばさんに親切にしていたつもりの私たちが教えに耳を傾ける生徒になったのです。最後に聞いてみました。

「失礼ですが、どうしてそんなにお詳しいのでしょうか?」

 するとリンゴのほっぺのオバサンが、にこっと笑ってこう答えたのです。

「私は聖フランチェスコの修道女で、医者なんです。ここに来たのも病める人たちを助けるためです。今日は助けてくれてありがとう。」

 時は移って、まだ松の内のこと。小さな少年を連れて娘と出かけた明治神宮への初詣。少年は境内の飴屋さんの前で動きません。いろいろな色の小さな飴玉がビーズのように長く長く紐につながれて、お日様の中でキラキラしています。飴玉のように甘いグランマはもちろんお財布を取り出して、、、、、

 事件はその後しばらくして起こりました。少年が首からかけていた飴玉ビーズがいつの間にやら姿を消して、バギーに絡まりついてしまったのです。バギーは立ち往生。進むも戻るもできません。ひっくり返してよくよく見れば、これはもう手におえる状態ではないほどに、がんじがらめに前輪に飴が絡み付いています。

 娘が社務所にハサミを借りに走る間、私は不器用ながらも一生懸命に絡まった紐をほどこうとしていました。そこへ近づいてきた、年のころはとうに80を越えていそうな腰の曲がったオバアチャン。

「どうしたの?」と言うなり、ペタンと座り込み、丁寧に、丁寧に、絡まった糸を少しずつ少しずつほどいていくのです。少年もその根気から感じるものがあったのでしょう。邪魔ひとつせずじっとオバアチャンの手元を見つめています。

 10分以上がたったでしょうか。最後の最後で、オバアチャンは娘が借りてきたハサミを使って絡まりをプツンと切りました。歓声をあげる我々。にこっと満面の笑みを浮かべるオバアチャン。費やしてくれた時間と努力に何度もお礼を言うと、オバアチャンの顔が笑顔でますます皺くちゃになります。

「ありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそありがとうね。楽しかったよ。」

 と、言って、人ごみの中へ消えていったオバアチャン。

 アッシジのオバサンも、明治神宮のオバアチャンも、心の中の「ほっこり引出し」以外ではたぶん二度と出会うことはできない人たち。けれども、不思議なことに、そこでは、時として、アッシジのオバサンがバギーに絡み付いた紐を解き、大荷物を持った明治神宮のオバアチャンが、私たちに聖フランチェスコとその聖堂について優しく教えているのです。二人は仲の良い友達に違いありません。などと思えば、ますます「ほっこり」してしまいます。

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2012年01月07日

やっぱり私はお魚

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 「寒いから」とか、「きっと水が冷たいから」とか、「ちょっとやることがあるから」とか、なんだかんだの口実をひっぱってきては怠けていたスイミング。結局、昨年の泳ぎおさめは、ペルージャのホテルのプールになってしまいました。とういうことは半月も間があいてしまったわけです。

 「これはまずい、かなりまずい」と反省し、新年になるやいなやせっせと泳ぎ始めました。元日から、1、2、3、、、、、指折り数えて今日で6日目。行きつけのプールは、朝の9時から夜の9時まで開いているのですから、その気になれば行って帰って1時間ぐらいの時間、どこかで捻出できないわけがありません。そうして怠け癖から抜け出して、再び水に触れさえすれば、そこはやっぱり「私の場所」なのです。心の形が一気に自分らしくなったような気すらしてきます。

 調子に乗って、なんだか海のそばに行きたくなって、今日は南へと車を走らせてしまいました。

 私は神奈川県の横須賀という町で生まれ育ちました。海と山にはさまれたこの町は、「急な坂道 駆けのぼったら 今も海が 見えるのでしょうか ここは横須賀」という山口百恵さんの「横須賀ストーリー」そのままに、坂の多い町です。私の家も高台にありました。それだからでしょうか、海からの風を感じながら、海はいつも私のすぐそばにありました。

 昨年、面白いことがありました。自他ともに認めるひどい方向音痴の私が、ニュージーランドのオークランドでは、全く道に迷わなかったのです。私は、夫が大学で教えている間、毎日口笛のひとつも吹きたいほどの気分で、ひとり軽々と町を歩き回っていました。

 後から気づけば、オークランドは私の故郷の横須賀と、ある意味とても似ていました。海があり、山があり、坂道があったのです。ですから無意識のうちに私の中の羅針盤は海を感知し、地図に頼らずとも自分のいる位置がわかったのでしょう。

 加えて、私は、海の近くにいれば確実に幸せになれます。それが発展して、今や水辺は私のヒーリングスポットです。プールはもちろん、お風呂だって、台所のお皿洗いだって、水に触れ、水の音を聞いていると心癒されるのです。

 それだからこそ、昨年の震災は大きな衝撃でした。私の愛する海が、水が、豹変してしまったのですから。今日、観音崎で長いこと眺めていた海は、水面に大小たくさんの船を走らせる穏やかな海でした。

 海から帰って、プールに行くまでの間に引出しの整理をしていたら、自分でも判読できないような走り書きのメモが出てきました。ある仕事の場に留まるかどうかでひどく悩んでいた時に、友人に紹介されて会いに行った方からいただいたアドバイスが、ギッシリと書かれています。その中に、かろうじて読めるこんな箇所がありました。

「あなたにとって一番大切なものは海です。あなたを守ってくれるものは海であり水です。あなたは水と光で輝く人です。海の絵をお部屋のどこかに置いておくといいでしょう。」

 長らく忘れていたことでしたが、なるほど、やっぱり私はお魚でした。

 どんな所にいると安心するか、何のそばにいると幸せに感じるか、それは人それぞれによって違います。けれども、もしそれを知っていれば、生きていくことが随分楽になるような気がします。辛い時にはそこに逃避ができますし、癒しが必要な時にはそこに出向くことができます。優しく受け入れてもらい、明日を生きる力を授けてもらうことだってできます。

 あなたは山ですか、海ですか?
 川ですか、湖ですか?
 人のたくさんいる場所ですか、誰もいない場所ですか?
 それとも?
 

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1月2日(月):光の中のお正月ランチ
1月3日(火):正統派お節も加わった今年のお正月
1月4日(水):大行列の先は?@成田山
1月5日(木):超簡単なギリシャのお正月ケーキ
1月6日(金):いつだって大好きなレストラン〜観音崎の海と風
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2012年01月06日

セイタカアワダチソウとコキ蛙君

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 出かける前にごそっと鞄に入れた新聞を電車の中で読んでいたら、昨日の新聞のこんな見出しの記事に目がひきつけられました。

「さらばセイタカアワダチソウ」

 茨城県つくば市にある農業環境技術研究所が、全国に広がっている外来植物のセイタカアワダチソウを駆除する方法を開発したというのです。ということは、当然ながら「セイタカワダチソウ」なる物は、やっつけなければいけない敵だということです。

 記事中にある写真を見れば、何だかとても懐かしい風景です。白い雲を浮かべた青空の下で、背の高そうな黄色い花が美しく茂っています。どうやら、もともとは北米から何かの拍子に紛れ込んだものが、その適応性と生命力から日本中に広まったようです。そして、広まりすぎたあげくに、在来植物の存続に影響を及ぼしているとのこと

 「この懐かしさは何だろう?」としばし考えていたら、電車が目的地に着いたところではたと思い出しました。昨年9月の末に訪れたインディアナ州の「ブラウン群州立公園」で、山の斜面一面を黄金色に染めていた花のことを。
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 あまりに見事なので、「何の花かしら?」と呟くと、花の名前などまずもってきちんとは答えられないパートナーが、この時ばかりは得意そうに答えました。

「ああ、あれはね、『ゴールデンロッド(Golden Rod)』だよ。アメリカ中西部のシンボルさ。きれいだろう?」
http://blog.platies.co.jp/article/48259900.html
 森という共同体〜ブラウンカウンティー)

 気になって今しがたちょっと調べてみたら、たしかに「セイタカワダチソウ」と「ゴールデンロッド」は学名が同じでした。太平洋のこちら側では駆除実験が繰り返され、向こう側ではシンボルフラワーとして旅情を誘い、郷愁を誘う、、、、、

 そういえば、こんなこともありました。
 
 プエルト・リコで毎晩聞いていた「コキーッ コキーッ」のコキは、たかだか25セントコインぐらいの大きさの、小さなソプラノの美声を誇る蛙君です。そしてプエルト・リコのアイドルです。

 島の人たちが愛するコキ君の鳴き声は、何種類ものCDになっていますし、その姿は縫いぐるみにも、キーホルダーにも、栓抜きにも、マグネットもなっています。この家にも、ひたすら45分間「コキーッ コキーッ」を繰り返すCDがありますし、冷蔵庫にはコキ君の栓抜きマグネットが貼りついています。
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 ところがコキ君とプエルト・リコで出会った2か月後にハワイに行ってみれば、なんとホノルル空港の一角にコキ蛙君の指名手配書が貼られているではありませんか!コキ君はハワイでは、生態系を脅かし、人々の健康と生活に巨大な悪影響を与える悪者なのです。
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 プエルト・リコから植木鉢の中に隠れてハワイ島に上陸したコキ君は、瞬く間に繁殖し、どうも今では騒音公害を起こしているらしいのです。カリブ海の島ではうっとりと聞かれていたロマンチックな鳴き声が、太平洋の真ん中では「うるさい!」と嫌われて、ハワイの不動産価値を下げてしまいました。あげく2006年には、とうとうハワイ州政府がコキ君を「害虫」として正式登録してしまったのです。かくして、さまざまな方法で「害虫駆除」が始まりました。

 セイタカアワダチソウも
 コキ蛙君も
 なかなか大変です。

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2012年01月01日

Welcome, 2012!


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 あけましておめでとうございます。
 明るい陽射しにあふれた2012年最初の日、皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。
 思えば、私の記憶の中の元日はいつだって晴天。雨が降っていたことはただの一度もないような気がします。もっとも、すべての元日に日本にいたわけではありませんが、、、

 家族が集まって新年最初の食卓を囲みました。急な仕事で1月最初の週にどうしてもワシントンにいなければならない夫とは、受話器をリレーのようにまわして、全員が電話で話しました。アンカーは3歳7か月の少年です。

「グランパおめでとう!待ってるきゃらね。じゃあね、バイバイ。」

 新年の抱負のひとつも語りたいところなのですが、目下こんな状態です。
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 泊り客もいます。思いはまた明日ゆっくりと、、、、

 皆様の2012年が、どうぞ心安らかに、心優しく、そして時に心ときめく年になりますように。
 Welcome、2012!
 
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1月2日(日)予定:光の中のお正月ランチ
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2011年12月31日

皆さま、ありがとうございました。

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 いよいよ2011年最後のブログとなりました。本当にいろいろなことのあった年でした。ニュージーランドでは、クライストチャーチに入る前日に地震が起こりました。私たちが滞在するはずだったホテルは大きな被害を受けました。

 日本に戻ってくれば今度は1週間後にあの日が来ました。私ごときが愚痴を言っていいものかと思う気持ちから、あまり人にも言いませんでしたが、あの後、アメリカで始まった左腕から指先までの痺れは結局半年近く続きました。検査をしても原因はわかりませんでした。秋には突然正座ができなくなりました。レントゲンを撮っても悪いところは見つかりませんでした。たぶんそれらは「共感症」と呼ばれるものかもしれないと、つい先日、医者の友人から聞きました。同じように、あれ以来、被災者でなくとも、いろいろな原因不明の症状に悩まされている人たちがいるのだそうです。私たちの心というのは、自分自身が思っている以上にヤワなのです。

 被災者の人たちの悲しみを思うにつけ、自分がこんなことをしていていいのだろうか、という自責にも似た気持ちに苦しめられました。楽しい、嬉しい、そう感じることさえためらわれた時もありました。それなのに、気づけばもうほとんど忘れかけて、平気で日常生活を送っている自分にまた腹を立てました。

 誰にとってもつらかった2011年がいよいよ終わろうとしています。
 今日、春に咲く花々が、もうこんな蕾をつけて準備を始めているのを見つけました。
 春はまたやってきます。

 皆様どうぞ良いお年をお迎えください。
 私たちの2012年がたくさんの希望の光にあふれますように。

 この1年の皆様の暖かいお気持ちと励ましに、心から感謝を申し上げます。皆様のおかげでここまで歩いてくることができました。ありがとうございました。

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12月26日(月):我が家の今年の持ち寄りクリスマス
12月28日(水):遅れた報告〜我が家の持ち寄りクリスマス
12月29日(木):みんなで飾ったスペシャルなクリスマスケーキ
12月30日(金):ビルボード東京のクリスマスプレート
12月31日(土):バークハイアットのアフタヌーンティー
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2011年11月21日

飄々と粋に「今」を生きる

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 定年を迎えアロマテラピーを勉強し、インストラクターとセラピストの資格を取った友がいます。銀行の後に転職した大学で長年仕事をした後に、「アロマ」と言う全く異分野の道を選び、癒しのボランティアとして、老人ホームや介護施設などで奉仕をしています。そんな友が最近、日曜日と月曜日だけのアロマトリートメントのサロンを始めました。

 東京郊外の一軒家の、手入れの行き届いた庭では、秋の花々が風に揺れています。玄関を一歩入れば静かにBGMが流れ、馥郁とした香りに包み込まれます。友は私の好きな香りのオイルを調合し、うつぶせになった私の身体に、流れるように手をすべらせていきます。一生懸命に、真面目すぎるぐらいに、そして時に緊張をして、、、、

 私たちの間には、同じ職場で働いていた16年という月日があるのに、私たちはほとんど昔を語ることはありません。その分、謙虚に今を語り合います。昔、どんな役職に就いて何をしようが、そんなことは私たちの「今」ではありませんから。

 先日、このブログでご紹介した写真家の友も同じです。彼女もやはり私たちと同じ大学の同僚でしたが、ブータンに惚れ込み、その地を何度も訪ねては、76歳の身で、「ブータン〜祭りと人と〜」という写真展を銀座で開きました。彼女もまた、昔の仕事を語ることはありません。なぜって「今」を生きているのですから。

 かと思えば、いまだに過去をひきずり、過去にすがって生きている人たちもいます。何かと言えば、とっくの昔に辞めた会社の名前を口の端にのせては自分を語ろうとします。名刺をいただいたら、「元XX会社XX部長」とか、「元XX大学XX室長」などと書いてあるのを見て、驚くと同時に、何だか哀れになったことがあります。だって、それが20年も前のことだったのですから。

 もちろん、今ここにいる私たちは、過去の私たちがあってのこと。けれども、そんなことをことさら言わなくたって、今の私たちを表現することはできるはずです。いえ、それができなければなりません。過去の栄華や権力を言わねば自分を伝えられないとしたら、それはどちらかと言えば「ダサい」と思うのです。

 かくいう私もつい、「○○で仕事をしていた時には」、「私が●●のXXだった時には」などと言ってしまうこともありますが、最近は口にしてしまった後で、何やらばつの悪さを覚えるようになりました。

 いつか名刺を持たずにすむようになりたいと思います。あるいは、ただ自分の名前だけが書いてあるごくシンプルな名刺を持つようになりたいと思います。それが「粋」というものです。そして、どうせ年をとるのなら、年をとればとるほど飄々と粋に生きていけたらと思うのです。

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11月22日(火)予定:ホワイトハウスの殺風景チキンパテ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(6) | その他メッセージ

2011年11月01日

「地中海39」より

 ちょっと立て込んでます。明日中にお渡ししなければいけない原稿があるのに、まだ半分しか終わっていません。しかも明日は午前中から出かけなければなりません。ということは?ええ、それしかありません。夜なべ仕事。

 そんな状況ですので、本日はピンチヒッターの登場です。ひそかに書き溜めてきた「地中海39」という詩集らしきもの(笑)の中から、ふたつひっぱりだしましょう。本当は3つ、4つ、いえ39全部を並べ書きしたいところなのですけれど、またいずれこんな状況に陥った時のために出し惜しみ。

で、君はどうしたいの?
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で、君はどうしたいの?
あなたと一緒に年をとりたい
叶わなかった夢
若すぎたから

で、君はどうしたいの?
あなたと一緒に年をとりたい
現在進行形の夢
もう充分に若くはないから      
(Ennaにて)


リポン (それでは)
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教会の鐘の音に
イネ ゾデカ イオラ
あら、もう12時

えへんと咳払いをするように
リポンとつぶやいて
昼餉と それに続くまどろみへと
立ち上がる人々

人生 そんな風に仕切れたら
きっと 楽になるのに、、、、、
(Neapolisにて)

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10月30日(日):マダム・リーの魔法の手さばき〜手打ちパスタ
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2011年10月03日

水平線と船

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 10月1日に書いたブログに、とてもありがたいコメントをいただきました。地平線を見ながら内陸を走ってきた後だったからか、「Horizon」をてっきり地平線だろうと解釈してしまったのですが、実はどこか釈然としない思いがありました。それがいただいたコメントで、一瞬に目の前の霧が晴れたように、イメージがまるで絵のようにくっきりと感じられるようになりました。たった一言の言葉が持つ深さをあらためて感じています。そしてそれは、新たに水平線の向こうから顔を出す船への希望とつながります。

 早速、ブログのタイトル、「地平線はただ見えないだけ」を「それは水平線に過ぎない」と改めさせていただくと共に、墓碑の日本語の部分を改めさせていただきました。

 ありがとうございました。いただいたコメントをそのままご紹介させていただきます。

「ここのホライズンは地平線ではなくて水平線です。船が遠ざかって行って水平線の向こうに見えなくなる。船が小さくなるように見える、そして、とうとう、消えたように見える。けれどもそれはそう見えるだけ。船の大きさは自分が最後に見たときと変わっていない。自分の視界から完全に失われてしまったのも船の側にそのような性質が内属しているわけではない。そうではなくて、自分の側の話。自分の視界から船が消えた正にその瞬間、別の人々が喜びに叫ぶ−−船が来たぞ!と。死は私たちの視界の限界である水平線に過ぎない…という文脈。水平線(死)は(他の)なにものでもない、単に私たちの視界の限界に過ぎない…というお話です。」

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:38| Comment(11) | その他メッセージ

2011年09月30日

森という共同体〜ブラウンカウンティー

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 アメリカには大小取り混ぜて50の州(State)があります。そして、州の下に郡(County)と呼ばれる行政区画があります。その数たるや、一番小さな州で3郡、最大の州になると254群と言いますから、平均値を取ればひとつの州に62の郡があることになります。

 私が今滞在しているインディアナ州にも92の郡があります。そして、ここ、ブルーミントの町はモンロー郡(Monroe County)に属しています。そういえば、中年男女の4日間の恋で観客の涙を誘った「マディソン郡の橋(The Bridges of Madison County)」と言う映画がありましたよね。あのマディソン郡はアイオワ州です。

 ここインディアナ州モンロー郡の北東、車で1時間ほど走った所に「ブラウン郡州立公園(Brown County State Park)」があります。ここはインディアナ州最大の公園で、広さは1万5千776エーカーですから、何と63.85平方キロメートル。ここで一昨日の昼間を過ごしました。

 公園と言っても、それは管理のもとに自然を保護された森林地帯です。人も車も影すら見えない道に、標識と共に小さな木の小屋がポツンと立っています。私たちの車が近づくのを見ると、中から年のいった男性が出てきました。ここで車一台につき7ドルの入山料を払い、地図をもらいます。わからないことにはとても丁寧に説明をしてくれます。

 4月に同じように車を走らせたり歩いたりしたプエルト・リコの熱帯雨林のように、舗装道路の上を走ればぐるりと一周をすることができます。同時に車では入れないトレイルがたくさんあります。管理された保護区と言うのが、いったい良いものか悪いものかは論議を要しますが、手っ取り早く自然に触れるにはこうした森林は最適です。

 とにかく誰もいません。とにかく静かです。とにかく空気が澄んでいます。草原にも山の斜面にも、アメリカ中西部の秋のシンボル、ゴールデンロッド(Golden Rod)が秋風に黄色の花穂を揺らしています。女郎花(おみなえし)によく似た花です。
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 鳥が鳴き、リスが走り、ウサギが飛び跳ね、鹿がゆっくりと目の前を歩いて行きます。こんな固い緑の実が頭上から落ちてきたりもします。これはクルミです。RIMG12442.JPG

 けれども、目に見えるものはごく一部、ここには750以上の種が生息しているといいます。鳥も蝶も蛇もキツネも、鹿もリスもウサギもネズミも、亀も蛙も虫もみなこの森の住人です。そして、無数の木々たちと、草花、きのこたちが、それらの動物たちと自然のバランスの中で共生しています。

 しかし、それが入念に計算され、ハイテクで管理されたバランスであることを思う時、いったいそれを「自然のバランス」と呼んでいいものかどうかにためらいを覚えます。そして、見晴らしの良い一角に書かれたこんな言葉を目にする時、もはや人の手を加えなければ、私たちの美しい共同体を保つことができないのだろうか、と複雑な気持ちにとらわれるのです。

Fortunately much of the Brown County Hills Regions is protected. In addition to publically owned property, many private landowners responsibly manage their land for the good of the larger ecosystem. By doing so the vistas seen by our ancestors will be the vistas seen by our descendants.

幸いにもブラウン郡の丘陵地帯の多くは保護されている。公共の土地ばかりでなく多数の個人地主たちも生態系を維持するために努力をしている。そうすることによって初めて、我々の祖先が見た風景が我々の子孫が見る風景になるのだ。
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9月26日(月):陶芸展のビュッフェメニュー@フィラデルフィア
9月27日(火):変てこ?芸術的?なカプレーゼ@フィラデルフィア
9月29日(木):フィラデルフィアでジャパニーズ
9月30日(金):アジア通り発見!@ブルーミントン
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2011年09月29日

失敗もまた楽し〜フィラデルフィアのワークショップ

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 忘れないうちに、やはり5日前のワークショップのことを書いてしまいましょう。フィラデルフィアのクレイギャラリーで行われたものです。そうでもしないと、私の「留めておきたい記憶」は、日々次々と積み重なる新しい記憶に上書きされて、いつのまにやらおぼろげになっていきますから。

 8名の陶芸作家の作品展「Five by Eight: New Art from Japan」のオープニングの翌日は、3人の作家の方々によるワークショップ「Blue White Porcelain Workshop」でした。これは実にみごとな企画だったと思います。あらかじめ申込みをして参加した30〜40名の方々の満足度もかなり高かったことでしょう。

 まずは、白地に青で絵を描く「Blue White」を作風とする小枝真人さんが、どのように筆を使い、どのように描いていくかのプレゼンテーションがあります。みな、身を乗り出しながら真剣です。

 そして、前田正剛さんが椅子に腰を下ろして、ロクロをまわしながら大きな壷を作る実演がありました。何もかも初めて目にする私は、時として通訳という自分の役割を忘れてしまうほどに夢中に見入ってしまいます。

 それにしても「モノを創る人」と言うのは、男女を問わずなんて素敵なんでしょうか。藍色の作業着を着て、集中して描き、まわし、創る人の放つ魅力には抗えません。

 ところが、ロクロの上で、思いもかけぬハプニングが起こりました。ただの塊りだった粘土が魔法のように形になっていく途中で、質問を投げかけた女性に一瞬気を取られた作家が、ほとんど完成形に近づいた回転する壷を爆発させてしまったのです。それはまさに「爆発」という言葉そのものの、目を疑うような一瞬のできごとでした。作家も驚き、まわりで食い入るように見ていた私たちも声をあげ、ざわめきます。

 けれども、ロクロをまわしていた前田さんは、「時々こういうことがあるんですよ。そういう時はまた初めからやればいいんです。」とにこやかに、さりげなく言って、見守る人々の心を解きほぐし、また散らかった粘土を塊りにして同じ作業を始めました。そしてこんな言葉を付け加えました。
「アメリカと日本ではロクロのまわる方向が逆なんです。日本でも北と南で違うんですよ。」

 あとから一人の参加者が私に言いました。

「熟練の作家にも、一瞬にああしたことが起こることを知って、いかに集中を必要とする仕事かがわかりましたよ。けれども、ゼロから戻ってやり直せば、それは失敗ではないということもわかりました。もしかしたら、ミスター・マエダは僕達にそんなことをわからせるために、わざとやってくれたのでしょうか。」

 その後、参加者たちはいくつかのグループに分かれて作業に入りました。各グループに私たち通訳が一人ずつ付き、作家の方々が目を配り指導をします。まず紙にシャープペンシルで下絵を描いてから、それを焼きあがった白い皿にトレースします。そして細筆を使って青い染料で輪郭を取ります。次に、染料がにじみ出ないように固い芯のシャープペンシルで輪郭線をなぞってから、ダミと呼ばれる特別な太筆で色をつけ始めます。ダミは、直接に筆先で描くのではなく、色を施す場所の上で染料を指で絞り、それをまた吸収するのに使われます。

 どの人たちも真剣そのものです。男も女も、若い人もそうではない人も。そして、時に失敗もします。ロクロのように。

 けれども彼らは失敗の修復の仕方も学びます。たとえば、藍色を濃く厚くしすぎてしまった時にはナイフで削ればいいとか、白地につけてしまった汚れは練り消しゴムでポンポンと叩けばいいとか、、、、、

 3時間半後に描き終わったお皿の裏側にそれぞれのサインをして、全員が実に満足げな顔で、使った筆と染料や器などの器具を袋に入れて工房を後にします。残された皿とカップは乾いた後に、釉薬に浸され、炉に入れられて作品となります。

 こうして、全く無知だった世界をひょんなことから覗き見られたことは、本当に貴重な経験でした。そして形あるものを創る人への憧憬がますます大きくなりました。私に少しでも創れるものがあるとしたら、それは形のないものばかり。いつの日か、小さな皿を作ることができたらと思うばかりです。

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9月26日(月):陶芸展のビュッフェメニュー@フィラデルフィア
9月27日(火):変てこ?芸術的?なカプレーゼ@フィラデルフィア
9月29日(木):フィラデルフィアでジャパニーズ
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2011年09月13日

中秋の名月〜陸前高田とDCと

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 昨日12日は中秋の名月。と言っても、もうじき14日の日付に変わる日本の皆様にはちょっと古い話でしょうか。

 友人たちから、「ナオミさあん、もうすぐお月見ですよォ」とか、「今夜は中秋の名月を楽しみます。」などとメールをもらって、それならばここでも名月を楽しまずになるものか、と、昨夜の夕食の後に中秋の名月鑑賞散歩に出かけました。

 食事をしている時に見えた窓の向こうの空の月はもはやなく、しばらくは満月を探してのウロウロ歩き。そして見つけました、ビルの合間に煌々と輝くお月様を! ちょっとした間にも地球は確実にまわっていたのです。

 いつも不思議な感じがします。私が朝日を見る時には、日本のみんなは夕日を眺め、私が夕日を眺めている時には、昇る朝日を見ているなんて。昨夜だって、私たちが中秋の名月を愛でているのに、日本の家族も友人たちも、もうとっくに朝日とともに新しい日を迎えているなんて。

 友が息を呑むほど美しい写真を送ってきてくれました。こんなコメントつきです。

「昨夜は素晴らしい満月を観ました。DCではこれから始まるのですね!晴れているのでしたらススキとお団子で観月してください。どちらも手に入りませんか?写真を撮ってお送りしようとしましたが、暗い夜の空の月を撮るには三脚が必要なようです。DCでも、日本でも名月は同じでしょう。日本のテレビでは画面いっぱいに大写しされたので、月面がくっきり見えました。」

 残念ながらススキとお団子は手にはいりませんでしたし、三脚もありませんでしたけれど、それでも十分に素敵なお月見でした。

 送っていただいた写真は、新聞に載っていたという陸前高田の名月です。「奇跡の一本松」が満月の明かりに照らされ、その静謐な光が海に映っています。そしてその反射がまた空に浮かぶ月を照らしているようです。美しい写真です。そして哀しい写真です。

 たくさんあった松の木がすべて津波になぎ倒され、たった一本残ったこの松の木も、9月4日の調査では、震災後にいったん出た新芽が枯れて、松ぼっくりも変色していたそうです。松ヤニもしみ出ず、葉全体も茶色くなっていたとのこと。

 しかも、根が傷んで養分を吸い上げる力を失い、猛暑にも適応できず、現時点では手の打ちようがないというのです。

 もしかしたら来年の中秋の名月にはもう見られないかもしれないこの松の木が、月光の中で凛として立つ美しい姿を心に焼き付けて、いつまでもいつまでも覚えていたい。もし為すすべがないのなら、私たちにできるせめてものことは忘れないことです。

 (ホウレンソウ話、またできませんでした。またあらためて。)

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9月11日(日):オバマバーガー?
9月12日(月):巨大マッシュルーム登場!
9月13日(火):つい寄ってしまうDCヌードル

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2011年09月09日

真夜中のパリはマジック〜Midnight in Paris

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Paris in the morning is beautiful.
Paris in the afternoon is charming.
Paris in the evening is enchanting.
But Paris after midnight is magic.

午前のパリは美しい。
午後のパリはチャーミングだ。
夕方のパリは魅惑的だ。
けれども真夜中のパリはマジックだ。

この気のきいたセリフは、ウッディ・アレンの話題作「ミッドナイト・イン・パリ(Midnight in Paris)」の予告編から。

私がワシントンを後にした約2週間後の5月20日に全米公開されたこの映画は、とうとうアメリカ国内だけでも興行収入が約40億円を越えて、これまでのアレン監督の数々のヒット作を越えたメガヒットとなりました。カンヌ国際映画祭で上映されたとは言え、初めから鳴り物入りだったわけでもなく、最初はわずか6館での上映から、口コミで評判が広がって、とうとう1000館を越す映画館での上映となったようです。

と言ってもさすがに公開以来はや4ヶ月近くたつとあって、「先週はたしかにかかっていたから」と行ってみたら、もう終わっていた、などということもありました。昨日夕方5時の回に行ったのは、DCのど真ん中にある「E-Street Cinema」です。けっこう古くからあるシネコン型の映画館ですので、ロビーからたくさんの部屋に分かれています。「ミッドナイト・イン・パリ」はNo.2の部屋。ところが、ドアを開けて中に入れば、驚いたことに観客はたった1人。予告編が始まってから入ってきた一組をあわせても、大きな映画館を独り占めならぬ五人占め。しかも大好きなベルギーの白ビール「Blue Moon」つきです。

映画は耳に心地よいシャンソンが流れ、パリの街が映し出されます。まるで一級の観光ビデオのように、ムーランルージュ、シャンゼリゼ、セーヌ川、モンマルトル、ノートルダム、エッフェル塔、凱旋門、オペラ座、、、、、雨が降り、また雨が止み、、、、

ストーリーは奇想天外。フィアンセとその両親と共にアメリカからパリにやってきた、若き男性作家に起こる、クラクラするようなファンタジー。いとも華麗で、いとも美しく、いとも退廃的な、、、、

ベル・エポック(Belle Epoque)と呼ばれるパリが一番華やかだった戦前の時代に足を踏み入れた現代青年の前に現れるのは、、、、、

ヘミングウェイ、スコット&ゼルダ・フィッツジェラルド、ダリにピカソにマティスにゴーギャン。ドガもロートレックも。そして何と、若き芸術家たちの守護神であったガートルード・スタイン!深夜のサロンでピアノを引きながら歌うのはコール・ポーター。

女たちは短い髪にパーマをかけ、帽子をかぶり、美しく化粧を施し、ストンとしたワンピースで、キセルにつけた煙草をくゆらす。その何とエレガントで何とコケティッシュなこと!

とにかくこの映画、もし、ガートルード・スタインやコール・ポーター、フィッツジェラルド、、、、、が誰なのかをを少しでも知っている人にとっては、極上の娯楽作品です。悪く言えば、知的Snobbery(知的気取りというか、もっと悪く言えば俗物根性)を完璧に満足させる映画です。

最後は真夜中のパリ。
セーヌ川に降る雨。

日本での封切りがいつになるかはまだ未定のようですけれど、もしあなたが私のように知的スノブならお薦めです(笑)。生きていたい、人生を楽しみたい、燃焼させたい、、、、、そんな気持ちにさせてくれます。そして、たまらなくパリに行きたくさせます。

ウッディ・アレン 76歳、やるじゃありませんか!

映画はアメリカ暮しのベネフィットの一つ。
こうして日本で公開される前の新作が、ガラガラの劇場で、たった8ドルで見られます。
しかもビールを飲みながら。

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9月5日(月):炊飯器で簡単!ひよこ豆ライス@プエルト・リコ
9月6日(火):謎の調味料ソフリート@プエルト・リコ
9月7日(水):お米とチキンのシチュー@プエルト・リコ
9月8日(木):困った時のHANA頼み@ワシントンDC
9月9日(金)予定:HANAから始まる手巻き寿司
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2011年09月08日

自然の呼び声 ただしパンダを除く

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 日本では台風12号が大きな被害をもたらし、ここ、アメリカでも地震、ハリケーン、山火事と、自然の災害が相次いでいます。つい先日、アイリーンが東海岸を通り過ぎていったばかりなのに、今度はリーが南部のルイジアナ州に上陸。豪雨や水害をおこしました。

 今日も朝から一日雨です。いつもはくっきりと見える窓の外の景色も、霧にかくれたようにぼんやりとしています。気温も一気に下がり、時折雷の音も聞こえます。これも北に抜けて行くリーの置き土産なのでしょう。

 8月23日にワシントンを襲ったM5.8の地震は、地震といういものめったに起こらぬ地であっただけに、いまだにワシントニアンのホットな話題となっています。友人同士が会えば、まずは「あの時」の話で始まります。と言っても、私たちの3・11とは比べようもないぐらいのものなのですが。

 地震発生後3日目、26日のワシントンポストに、早速こんな記事が載りました。ゴリラの写真付きです。

    Call of the wild (except the pandas) 
          (自然の呼び声 ただしパンダを除く)

 ワシントン国立動物園で哺乳類の飼育を担当するブランディー・スミス氏へのインタビューです。パンダで有名な動物園で、「ただしパンダを除く」と言うのがなんともおかしい話なのですが、、、、ちょっとかいつまんでご紹介しましょう。

Q:なぜ動物は人間にはない地震の予知能力があると言われているのでしょう? 私たち人間も動物なのに、どうして私たちにはそれがないのでしょう?

A:動物は我々人間よりもずっと周囲の環境に敏感です。敏感であるかどうかが彼らの生存を左右するからです。

Q:ある種の動物は、地震の起きる15分ぐらい前に奇妙な行動を起こしたと言われていますが、そうした能力を私たち人間が地震予知として利用することはできないでしょうか?

A:たしかにキツネザルの一種は、あの地震が起きた15分ぐらい前に奇声を発し始めました。大変興味深い行動でした。まだまだ研究の余地がありますが、15分前では私たちへの予知としては短すぎますね。地震が起きる少し前に、ゴリラの母親も赤ん坊をかかえて一番高い所に上りました。

Q:ワシントン動物園で一番の人気と言われるジャイアントパンダの反応はどうっだのでしょう?

A:私たちのパンダは地震の前には何にも変わったことはありませんでした。いつものように裏庭のドアのあたりで寝転んでいましたが、地震が起きるや二匹とも飛び上がって、あわてて走って行きましたね。

Q:動物たちはもう平常の状態に戻ったのでしょうか。それとも私たち人間のように、まだ多少は怯えているのでしょうか?

A:私たちの動物たちは地震の後、比較的すぐに落ち着きました。そして通常の行動をとり始めました。

 この世はまだまだわからないことだらけ。
 でも、地震直前まで悠然と寝ているなんてパンダややっぱりパンダです。

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9月8日(木)予定:HANAで買ったもの
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2011年09月03日

悲しき熱帯 悲しき地球

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 60年前にはこの地球上に40億エーカーもあったものが、23年前の1988年にはその約6割、25億エーカーになってしまったものがあります。エーカーと言っても、私たちには全くピンとこない大きさですが、これを平方キロメートルに換算すれば、延々とゼロが付くものですから、ますますもってわからなくなります。要するに25億エーカーというのは、地球の約7%です。けれども、そのたった7%の場所に、地球の生命の約半分が住んでいたと言うのです。

 その場所はその後も年々減り続けています。いったいどこだと思いますか?
 それが、Tropical Rain Forest=熱帯雨林です。

 As these unique forests disappear, so do a countless kinds of plants and animals. Many species are lost before they are ever discovered by scientists.
(これらの貴重な森が消えていくにつれて、無数の動植物たちも消えていく。まだ科学者たちが発見すらしないうちに。)

 これは、先週土曜日に一人過ごしたボルティモア水族館で学んだことです。しかも、

 70% anti-cancer properties are found only in rain forest.
(抗癌作用のある物質の70%は、熱帯雨林でしか見つけることができない。)

 とも。

 最初の世界地図のうち、黄色く塗られた部分が、現在、熱帯雨林がある所です。黄色い点が密集しているのはニューギニアです。そしてカリブ海にも、3つだけ点があります。右側がプエルト・リコ、左側の2つがドミニカ共和国です。トプエルト・リコの首都サン・ファンから43キロほど南東にある「El Yunque」と呼ばれる熱帯雨林には、ついこの4月に行ったばかりです。

 世界地図をつぶさに見れば、私が歩き馴染んだ太平洋の小さな島々にもその点が置かれているのがわかります。熱帯も、熱帯雨林も、私の長い人生の中で、たくさんの思い出を占める場所です。だからこそ、こんな現実に向き合わされると、切なくてたまらなくなります。

 そもそも熱帯とは単に地理的な括りです。北回帰線から南回帰線までの間の帯状の区域です。そのまん中に赤道があります。具体的には北緯23度26分22秒から南緯23度26分22秒までの間。

 そこは日射量が多いために一年中高温となり、上昇気流が多量の雨をもたらし、その下に熱帯雨林が作られます。豊かな雨は地を潤し、動植物を育み、また空に昇り、再び雨となって戻ってきます。自然の変異がない限り、そして人間がなんらかの方法でこれを壊そうとしない限り、この連鎖は永遠に続くはずです。

 Without firing a shot, we may kill one-fifth of all species on the planet in the next 20 years. (Russell Train 1988)
(拳銃に頼らなくとも、今後20年で私たちはこの惑星の5分の1の種を途絶えさせてしまうだろう。

 せめて心の中に熱帯雨林を残しながら、私はこの地球を歩き続けます。

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8月29日(月):青バナナのモフォンゴ登場!
8月30日(火):青バナナのチップス
9月 1日(木):水花火の夜のお弁当
9月 2日(金):これはどこのお弁当?
9月 3日(土):焼きピーマンのサラダ


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2011年08月05日

出会いの不思議 ご縁の恵み

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我が尊敬する師にして、勝手に姉のように慕っているアイさんのことは、これまでも何度かこのブログで書かせていただきました。不思議なもので、さして長いお付き合いでもないのに、アイさんと一緒にいるといつも、自分の素の部分がホッコリと顔を出してくるのです。しかも自分が好きな方の素の部分。まさに人をたくさん育ててきた方だけのことはあります。

しかも私たちにはたくさんの共通点があります。まず第一に好奇心と発想と行動パターン。良く言えば実行力、悪く言えば乗りやすいところ(笑)。 海外暮らしが長いことも共通点のひとつです。ですから、いつだってご一緒に過ごす時間は楽しく過ぎていきます。

先日、連れ合いを大学に車で送り届けて、一人キッチンでコーヒーなど飲んでいたら、やおら当のアイさんから電話がはいりました。

「ナオミさん、お待ちしてるんだけど、、、、」

真っ青になった私。だってこちらからのお願いごとでお忙しいアイさんとのアポを取らせていただいたのですから。あわてて手帳を開けば、確かに、その日の欄に、「11時30分 アイさん 六本木」と大きく書いてあるではありませんか!

平謝りに謝って、結局、その翌日の水曜日の同じ時間にお訪ねさせていただくことになりました。と言ってもさすがのアイさん、私のドジかげんについても十分に把握していらっしゃいますから、さもありなんと、柳に風のごとし。救われました、本当に。

そしておうかがいした20日の水曜日。ヒルズの素敵なレストランで長いランチタイムをご一緒させていただいている間も、話はこちらからあちらへ、またその先へと留まるところを知りません。いったいどこから始まったのでしょう。今思い出してもどうしてもわからないのですが、なぜかこんな話題になりました。

「私の古くからの友人が、今日から青山の画廊で陶芸展をやってるの。」

まあまあ、それがどうしたことでしょう。気づけばすごいことになっていたのです。これがアイ&ナオミのマジックです(笑)。

まずその前に、この「陶芸展」について簡単にお話しさせていただかなければなりません。
これは8名の作家が5点ずつを展示した「Five by Eight」と言うもの。青山での展示はすでに終了してしまいましたが、実はこの展示は、9月23日から10月30日まで、アメリカのフィラデルフィアで開催される「渡米への序章」だったのです。

レセプションは初日の9月23日、会期中には作家達がロクロの実演をするワークショップもあれば、日本のティーセレモニー(お茶会)もあります。アメリカの美術館の名門中の名門、フィラデルフィア美術館は、染付け体験の会と、美術館内の茶室での茶会を主催してくれます。

なんと、アイさんと私は六本木のランチタイムが終わる頃には、すでに二人してフィラデルフィア行きを決めてしまったのでした。「手伝いに行きましょう!ついでに二人で遊んじゃいましょう!」

以来、あれよあれよと言う間に、実行力あるアイさんが次々とプランを考えてくれます。
私は今月後半からまたワシントン暮らしになりますから、まずアイさんが、「Five by Eight」の開催直前にワシントンまで飛んできます。そして足掛け3日間を二人でワシントンで過ごした後、わが家から歩いて5分の駅から、アムトラックの電車に乗ってフィラデルフィアに入ります。

アイさんはともかく、不器用な私に何が手伝えるのかは疑問ですが、それでも通訳ぐらいはできるでしょう。そのためには一生懸命、日本の陶芸について勉強をします。

ところがここで思わぬ障害が(笑)!
「僕も一緒に行っていい?」と言う夫。
「アムトラックでガタゴト行くより、僕の車で行ったほうが向こうでも動きやすいと思うよ。」

「あ、あ、あの、もちろん大歓迎だけど、私たち女同士でちょっとすることもあるしィ。ホテルも、アイさんが大きなダブルベッドが二つあるお部屋を取ってくれているしィ。」
と、先制をする私。

今まさにタイミングよく流れてくるのは、香港で買った3枚100ドル(約千円)のCDの1枚、百恵ちゃんの「さあさあ、はっきりカタをつけてよ」(絶体絶命)。あまりのタイミングにひとり笑っております。

さあさあ、どんなカタがつくことですか。
いずれにしても、日本の陶芸を海外に向けて発信していきたい、というコーディネーターの真木まき子さんのお働きと、8人の作家たちの志に少しでも関わらせていただけるのは、私にとって本当に嬉しいこと。

これもみなアイさんとの出会いとご縁。
しかも、アメリカでの陶芸展という夢のようなことが実現できたのは、真木さんと、フィラデルフィア美術館東洋美術部長のフェリス・フィッシャーさんとの、ふとしたことから生まれた長い友情の流れの中でのことだそうです。

出会いは不思議。
ご縁は恵み。


しばらくはこのバナーを置かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。何せ人手不足です。司会も私が勤めさせていただきます。
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8月2日(火):自宅がお鮨屋さんに早変わり その1
8月5日(金):大将、その大トロ握ってくれる?〜自宅が鮨屋に2
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2011年08月01日

良い言葉だけを書いていきたい

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昨日、7月の最後は小雨模様の涼しい締めくくりとなりました。
そんな中、いつもお世話になっているミチヨさんが、訪ねてきてくれました。
実は、先日、私が出かけていた折に、帰ったとたんに夫が、「君を訪ねて素敵な女性がやってきたよ。また来ると言っていた。」。このくらいの日本語は理解できるのです(笑)。

ミチヨさんは私よりもずっと年下。それなのにものすごくお世話になっているのです。というか、もっと正直に告白すれば面倒を見てもらっているのです。たぶん彼女から見たら私のドジ、よく言えば天然ボケが心配で見ていられないようなのです。

ある時は、グローバルキッチンの当日、出勤前に砥石持参で突然やってきて、10本の包丁を全部研いでいってくれました。また今年のお誕生日には、「ナオミさんはいつも何かを探しているから。」と言って、「バッグインバッグ」というものをプレゼントしてくれました。「必要なものをそこに入れておけば、たとえ持ち歩くバッグが変わったとしても、それごと移せますからね。」と言って。またある時は、出かける直前の私の前で突然笑い出したと思ったら、「ナオミさん、そのセーター裏表が逆ですよ。」と言って着替えさせられました(笑)。

もともとは私の保険を一切おまかせしている会社の方だったのが、いつの間にやら、姉妹のようになりました。これまで彼女の優しさにどれだけ救われてきたかしれません。私も彼女の前では気取ることなく、ドジ全開で、すっぴんで話しこんでいます。

そんな彼女が長らく仕事をしていた会社を退職することになりました。詳しい理由は聞きません。でも、おそらく随分悩んだあげくのことでしょう。ですから、ただ一言こんなメールを携帯に送りました。

「私はミチヨさんのどんな決断も応援します!」

訪ねてきてくれた彼女は、左手に小さめな紙袋を持って立っています。
「ナオミさん、私、箱根に行ってきたんです。これ、美術館で見て、どうしてもナオミさんに使ってもらいたくなって。」

と、紙袋を差し出します。中から出てきたのは、細長い箱。開けてみれば思わず息を呑むほどに美しく繊細なガラスのペンです。ペン先がまるで南の海の貝のように巻かれています。そうしてインクをためて、細くも太くもいい具合にペン先に下りてくるような仕組みになっているのです。

あまりの美しさに溜息をつきながら、「早速、インクを買いにかなければ。」と言えば、「袋の中を見てください。」とミチヨさん。中には黒と青のインク瓶がしっかり入っていました。
早速目の前でためし書き。もちろん、最初の言葉は「みちよさん、ありがとう。直美」です。

思えば、こうしてインク壷からインクにひたしたペンで文字を書いたことなんて、いったい何年ぶりのことでしょう。中学校に入学したお祝いに、父がパイロットの万年筆を買ってくれたのが最後だったかもしれません。その万年筆も今はどこへ消えたのか、いつのまにか、落とそうが、失くそうが大して気にもならない安物のボールペンばかりを使うようになってしまいました。

何とかにつける薬はない、という言葉は私のためにあるのかと思うほどに、あいも変わらず、落し物と失くし物と忘れ物の名人です。ですからこの美しいガラスのペンだけは決して持ち歩かないつもりです。そして自分自身に誓いました。このペンでは良い言葉だけを書こうと。

良い言葉ってどんな?と言われれば、それはたぶん、競わず、比べず、卑下も誇張もなく、正直で、けれども傷つけず、優しい言葉たち?



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8月2日(火):自宅で鮨屋その1
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2011年07月22日

朝の素敵なお客様

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 いつものように朝起きるやいなやパソコンのスイッチを入れて、起動するまでの間にちょっとキッチンにコーヒーを取りに行っていただけなのです。それなのにカップを片手に戻ってみたら、私のPCの上に小さな小さなお客様がいました。それはそれは可愛いカマキリの赤ちゃんです。こんなに小さな子、見たことがありません。

 就職面接の定番質問、「あなたの強みはなんですか?弱みはなんですか?」
 私の限られた強みと、たくさんの弱みを統合してみれば、胸を張って言える「強みにして弱み」がひとつあります。(ま、胸を張るほどのことでもありませんが。)

「はい、私の強みはどんな動物でも虫でも好きになれることです。弱みはそれがたとえ悪い奴でも、可愛そうでやっつけられないことです。」などと言いながら、さすがに蚊ぐらいはたたけますけれど(笑)。

 そんな生き物好きのDNAは、みごとに娘たちにも受け継がれました。彼女たちが子供の頃は、さすがの私も用心をしなければならないほどに、机の引き出しの中には色々なものが棲息していました。たしかイモリをペットにしていた時代もあったように覚えています。私の育児方針はただひとつ。男だから、女だからと言う縛りで好奇心の芽を摘まないことでした。

 だから上の娘の引き出しには色々な昆虫が住んでいましたし、下の娘はトカゲに夢中になりながらも、男の子の中でただ一人、サッカーチーム「ペガサス」でボールを蹴っていました。ある時、チームの男の子たちが集団でやってきて、真剣な顔で私に言いました。「おばちゃん、今日は本当のことを教えてほしいの。○○ちゃんは男なの?女なの?」

 いまだに私の「くくられアレルギー」は続いています。「何だから何」という思い込みは心底苦手です。「男だから」「女だから」「アメリカ人だから」「日本人だから」等々、、、、

 朝一番のお客様は、もう本当に愛らしくて、しばらくPCの上で遊ばせてしまいました。ひとりで慈しむのはもったいなくて、お客を驚かせないようにそっと夫を呼びに行き、「見て見て!」と言ったら、いつもは家の中で虫を見ればすぐに退治しにかかろうとする夫が何と言ったと思います?

「かわいいねえ。マンティスだよ。Praying Mantisと言ってね、これはベネフィシャル・インセクト(益虫)なんだ。ほら、祈る(pray)ような仕草をするだろう?だから、きっといいことが起こるよ。君の願いが叶うかもしれない。」

 加えてこんなことまでも教えてくれました。

「マンティスの語源はね、たぶん古代ギリシャ語で神託をする預言者から来ていると思う。」

 かくして私たちの素敵な朝のお客様は、そっと私の手のひらに乗せられて、夫が開けた庭へ続く窓から、静かに優しく草の上に戻されたのでした。

 めでたし、めでたし。
 でも、いったいあの小さな美しい子はどこから来たのでしょう。謎です。

「地球の並外れた美しさは、生命の輝きに満ち、花びらの一枚一枚に新しい思考をもたらす。美しさに心奪われるとき、それは私たちが本当に生きている唯一のときである。あとはすべて幻想、あるいは忍耐でしかない。」(リチャード・ジェフリーズ)


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7月21日(木):奇跡のパーティーの行方1 
7月23日(土)予告:奇跡のパーティーの行方2〜土佐編
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2011年07月21日

ゴチャゴチャの机の上からの思い  

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 なんだか急にいろいろなことがいっぺんに押し寄せてきて、ちょっとアップアップです。3月のあの日以来、どうしても書き残しておきたいことができて、そのためには集中してクリエイティブな部分をフル回転させねばならないのですが、そこに持っていくまでには、不器用な私には助走時間が必要です。グルグルと山の麓を歩き回って、目指す頂上の景色を思い描き、そこへ登るための入り口を探さなければなりません。いったん登り始めればしめたものなのですが。

 それなのに目下、全く別な雑多なことにけっこうな時間をとられてしまっています。8月のチャリティーコンサートでもまだまだ細かなツメが必要ですし、皆様へのご案内もあります。そのために出かけることも多くなっています。家族との生活もだいじ、大切な友人たちとの時間もないがしろにできないとなれば、私の小さな頭はまさに大混乱状態です。あっちに手をつけたかと思えばこっちに手をつけ、ますます収拾がつかなくなる状況に陥っています。

 こんな時には感情も脆くなっていて、ちょっとのことに涙が流れたりもします。今日も、気持ちを落ち着けようと読み始めた本の冒頭で、涙が止まらなくなって、これではいけないと、昼日中からお風呂につかって泣くことになりました。

 ちなみにこれは私がよくやる手。水の中ならどんなに泣こうが誰にも怪しまれませんから(笑)。飼っていた猫を亡くした時にも、昼休みになるまでじっと我慢をして、12時になるやいなや、仕事をしていた大学のプールに飛び込んで、ひたすら泣きながら泳ぎました。母が逝ってしまった時にも、近くの区民プールの水の中で泣いていました。

 今日、やられてしまったのは「レーチェル・カーソン」の遺稿集「失われた森」です。私は科学的なことや論理的なことはからっきし駄目なのですが、レーチェルの書くものは、科学を通り越して私の情緒的な部分にまっすぐ訴えてくるのです。今、書き進めているあるものは、彼女の「センス・オブ・ワンダー」がきっかけでした。この小さくて薄い本はきちんとした海洋生物学の本なのに、私にはまるで詩のように優しく、哀しく、叙情的に感じるのです。この本だけは、世界中どこへ行く時にも鞄の中に入れていきます。

 57歳で亡くなったこの女性は、わずか4冊の著書をしかこの世に残しませんでした。そのうちで最も知られたものと言えば、もちろん1962年に書かれた「沈黙の春」でしょう。
今日読み始めた彼女の遺稿集は、著書に収まりきらなかった彼女の原稿を全て集めたものです。

 編者の序文にはこんなことが書かれています。

「1930年代後半から、カーソンは母と姉を経済的に支え、姉が死んだ後には二人の姪を養い、1957年には姪の息子を養子にした。15年間にわたった公務員生活は、自然界での経験を深め、自然保護に積極的にかかわる意志を強めたものの、執筆にあてられる時間は平日の夜と週末の雑事の合間だけに限られた。」

「『われらをめぐる海』の成功で経済的な基盤を得たカーソンは、1952年に職を辞し、ようやく執筆に専念できるようになった。だが、自由な時間を満喫できたのはほんの数年で、まもなく母親が健康を害し、さらに姪のマージョリーが死去したため、遺された五歳の息子ロジャーを育てねばならなくなり、創作のための時間は再びけずられることとなった。

 さらに晩年の五年間は、病気を抱えて、まさに時間との競争だった。彼女は乳がんと闘い、治療の副作用に耐え、『病気のカタログ』と表現したほど矢つぎばやに襲ってくる病魔の攻撃に耐えながら、『沈黙の春』を書きあげ、そのうえ産業界からの批判を受けて闘った。」

 レーチェルは、死ぬ前に少なくともさらに4冊の本の構想を持っていたそうです、子どもと一緒に自然界を探求する本に着手していたとも言います。

 私が今日お風呂で泣いたのは、書きたくて書けなかった彼女の無念さを思ってのことでした。もちろん能力的に書けないというのではなく、書くための思考はすべてそろっていながら、生命の時間が足りなくなってしまった無念さに対してです。

 かたや思い出すのは、アメリカの女性詩人、エミリー・ディキンソンのことです。彼女はその56年の生涯の間、ほとんど故郷のマサチューセッツを出ることもないままに、実に1800篇もの詩を書きました。私は、3ヶ月前の遅い春に彼女の住んでいた家を訪ねました。そこで1時間半のレクチャーを受けて、エミリーという女性詩人の詩と、彼女の生活の一部を知りました。

エミリーの一日は朝起きて、カマドに火を起こし、パンを焼くことから始まりました。そして几帳面に家の中を掃除し、通りを見下ろす小さな部屋の、小さな真四角な机で、毎日詩を書きました。机の引き出しの幅と言ったらほんの50センチぐらいです。そこで彼女は、世界について、そして人の心の中の大きな宇宙について、詩を書き続けたのです。

 もちろんこの私には、レーチェルのような洞察力も文章力もありませんし、エミリーのような美しい言葉を紡ぎだす力もありません。だからと言って、「忙しいから」だとか、「机が散らかっているから」だのと言って、書くことから逃げるわけにはいきません。やはり私は、今、次の世代に向けて、このゴチャゴチャの机の上でどうしても書き残しておきたいことがあるのです。


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2011年07月20日

BRAVO シルバーイーグルズ!

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 パーティーが続いて、書く側もちょっと混乱気味ですが、今日は『家がお寿司屋さん』ではなくて、『奇跡の出会い』(http://blog.platies.co.jp/archives/20110717-1.html)の方の続きです。

 実はまたしてもやってしまいました。先方にはまだご連絡していませんので、今頃は、「いったい誰の忘れ物?いまだに言ってこないなんてよっぽど暢気な人ねえ。忘れたことも忘れているのかしら。」とでも思っていらっしゃると思うのです。何を忘れてきたかと言いますと、1に日傘、2に帽子、3にデジカメのケースです。一度に3つも置いてきてしまうなんて、我ながら相当の快挙(笑)。3はともかく、1の日傘は最近買った小ぶりのベージュのお気に入り。2の帽子は髪の毛の隙間からかなり見え始めた地肌を日焼けさせないための夫の必需品(笑)。

 もっとあきれられるのを承知の上で白状すれば、実はまだあるんです。駅に着いたところで、だいじなだいじなメモ帳を置いてきてしまったことに気づいて、電話をしたら、(なぜかこの時は日傘と帽子とデジカメケースのことは頭になかったのです!)、急いで自転車を飛ばして持ってきてくれた好青年の息子さん。ところが、これがまた、よそ様の立派な皮の手帳だったものですから、「す、す、すみません。これじゃあないんです。もう表紙がとれかかっていて、中にめちゃくちゃな字が書いてあるやつです。」と言ったら、「わかりました、ちょっと待っててください!」と、青年はまたしてもまだ暑さの残る宵に自転車を走らせて、ボロボロの私のノートを持って走ってきてくれたのでした。

 繋がっていたいご縁のために、もしかしたら無意識のうちに忘れてきたのかしら?などと考える相変わらずの能天気。けれどもそれは、そう言いたくなるほどに、本当に素敵な集まりだったのです。まずはそこらへんを書いてしまわなければ、「あのお、忘れ物をしまして」などとは言い出せない気がして、、、、

 数々の素晴らしいお料理のことはグローバルキッチンブログ」の方でご紹介することにして、今日お伝えしたいのは、「シルバーイーグルズ」というグループのことです。バンジョーとギターとフィドル(バイオリン)とマンドリンとベースとオートハープの6楽器、6人組のブルーグラスバンドです。「シルバー」という名前から押して知るべし、皆様本当にすてきな60代。とは言えバンド歴はかなりの長さ。6人のうちの3人は学生時代から一緒にバンドを組んでいたというのですから。

 皆さん、リタイアしてからは2週間ごとに集まっては練習をして、今回のようにパーティーで奏でたり、フェスティバルで演奏をしたりしているとのこと。

「ブルーグラス」というちょっと聞きなれないジャンルの音楽は、もともとは1950年代にアメリカ南部を中心として湧き上がったアメリカンルーツミュージックですが、今や全米にファンがいます。

我がパートーナーなども、「僕はカントリーウェスタンは苦手だけど、ブルーグラスは好きだなあ。」とウットリ聞き惚れるぐらい。そしてそのうち手拍子を取り出して、とうとう出ました、「ブラボー!」が。

 パーティーは2ステージ。最初のステージが始まる前のひと時は、キッチンでは高知から直送されたばかりの魚たちを女性陣がさばいたり、煮たり、盛り付けたり。その間に「The Silver Eagles」の面々は思い思いに広い木のバルコニーで自分のパートを練習していたかと思えば、全員中庭に集合して蚊取り線香と一緒にリハーサル。

 素晴らしい演奏でした。そして演奏と同じぐらいに素晴らしかったのは、メンバーの皆さんの粋心でした。皆さんそれぞれに現役時代は各分野でご活躍の方々でしたのに、誰一人過去の栄光を自慢げに語るわけでもなく、「シルバーイーグルス、バンジョー担当の○○です。」ってな具合です。いただいた名刺にだって、よくあるような「元○○」などと書いてあるわけでもないのです。

 ただ一言、「かっこいい!」
 そしてもう一言、「BRAVO!シルバーイーグルズ」

 私もまた、ジャズピアノを始めたくなりました。まだ間に合うでしょうか。

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7月21日(木)予定奇跡のパーティーの行方 
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