2013年02月16日

日本式&アメリカ式バレンタインデー

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一昨日のバレンタインデーに運転しながらラジオを聞いていたら、最近では女同志でチョコレートを贈り合ったり、自分へのご褒美として贅沢チョコを買ったりすることも増えてはいても、まだまだ「女性→男性」というのが主流だとか。となれば、この日本的戦略にまんまと乗せられて、贈られたチョコの数を数えながら一喜一憂する方々も多々いらっしゃるということでしょうか。

ある青年からユーモアたっぷりのこんなメールが届きました。私の親しい友人の息子さんです。

「お母さん以外からチョコをもらえませんでしたので、ナオミさん、もしよろしければ僕にチョコをくださいませんか。」

数年前に初めてお会いして以来、「颯爽とした素敵な女性だなあ」と、ひそかに憧れていた方が、偶然にも長いことワシントンDCに暮らしていたことがわかりました。となれば、おたがい何となく親近感が増すもので、彼女が早速、自著の「アメリカの心と暮らし」(木村恵子著、2008年、冨山房インターナショナル)を送ってきてくれました。表紙はワシントンの町のイラストです。

私のようにフラフラと行ったり来たりばかりしている者とは違って、ご家族ともども22年もアメリカで暮らしてきた方です。腰のすえ方が違えば、見えてくるものの広さ、深さも違います。

「30代から50代という人生の成熟期をアメリカで過ごせたことは、私にとってなんと幸運なことだったでしょう。私はアメリカ社会の中に住んで、まるで水を得た魚のように自由に、楽しく暮らしてきました。アメリカという国が移民で成り立った国であるために、私のように肌の色が違い、まともな英語も話せないような者でさえも『仲間』として受け入れてくれる、おおらかさがあったからです。」

そんな彼女が書いた本はみずみずしい感性に溢れ、アメリカという国に根付いて暮らした者だけが持つ視点に、「なるほど、そういうことだったのか!」と学ぶことだらけです。「そう、そう、その通り!」と共感することだってたくさんあります。

バレンタインについて、恵子さんはこんな風に書いています。

「アメリカでは老若男女関係なく、みんながこの日を祝います。幼児から老人まで、みんながバレンタインのカードを交換するので、アメリカではこのバレンタインの日が、一年で一番カードが売れる日なのです。

子供たちはクラス全員とカードを交換するので、前日はカード書きに大忙しです。(中略)チョコレートやお花を贈る人もいます。でも義理チョコなんていうのはありません。」

たしかに、私のアメリカの友人たちも、バレンタインには夫婦でプレゼントを交換したり、家族で特別な食事に出かけたりしています。私たちも一緒にいる時には、そうした「アメリカ式両面通行バレンタイン」の習慣に則っています。たまたま離れている時には、朝一番に夫から「Happy Valentine's Day!」の電話が入ります。バレンタインデーとはどうやら、男も女も関係なく360度に愛情や友情を表す日のようです。

とはいうものの、女→男の「日本式一方通行バレンタイン」にだって良いところもあります。お世話になっていながらなかなかお礼の気持ちを表す機会がない方々に、バレンタインにかこつけて、本命チョコでも義理チョコでもない「ありがとうございますチョコ」をお贈りすることができるのですから。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2月16日(土):タパス タパス タパス〜今年最初のグローバルキッチン
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2013年01月16日

ホイットニー・ヒューストンの「Dignity」

小学生の時、国語の授業で宿題が出ました。
「自分の好きな詩を書いてくること」

何を書いていいかわからなくて、母に聞きました。
「ねえ、おかあさん、おかあさんの好きな詩ってなに?」

母が恥ずかしそうにつぶやきました。
「山のあなたの空遠く さいわい住むと人のいう、、、、、、、、、、」

結局、私は宿題に何を書いて出したのか、かんじんなことは覚えていないのに、そんなことばかりが記憶に残っています。

カナダの高校に留学していた娘に宿題が出ました。
「あなたの好きな詩を書きなさい。」

娘は、私になど何ひとつも聞きもせず、ホイットニー・ヒューストンの「The Greatest Love of All」を書きました。枠におさまるのではなく、枠から飛び出ることを教えるリベラルな教育の中では、そんな選択も可能だったのでしょう。

あとから聞いてその偶然に驚きました。なぜならこの歌、いえこの詩は私にとっても特別なものだったからです。苦しい時、悲しい時には、いつも心の中で唱えていました。それを娘に語ったことなどただの一度もなかったはずでした。

I decided long ago
Never to walk in anyone’s shadow
If I fail, if I succeed,
At least I will live as I believe
No matter what they take from me
They can’t take away my dignity

ここにもまた「dignity」という言葉が出てきます。

「失敗しようが成功しようが、私は自分が信じた道を行く。
 ほかの何を奪われようとも、誰も私の『dignity』 を奪うことはできない。」

この「dignity」という言葉、いったい何と訳したらいいでしょう。
誇りでしょうか、尊厳でしょうか、自分が自分であるための揺るぎなき根拠でしょうか。

ところで、昨年2月に48歳の若さで急逝したホイットニー・ヒューストンですが、その半年後に公開された映画「Sparkle」がアメリカで大ヒットを記録しました。ホイットニーが演じるのは、スターを目指す3人娘の母親であり、元歌手であった女性の役です。母との葛藤の中で挫折しながら、輝く将来を信じて歩き続ける娘たちはみごとに美しく、ホイットニーもまた、諦めと寂しさを身にまといながらも、「dignity」を持ち続ける中年女性をみごとに演じています。教会での彼女のゴスペルは圧巻です。日本で公開になりましたらぜひご覧ください。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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1月16日(水):これなら許せる?100%オリーブオイルのポテトチップス
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2013年01月15日

「Dignity」についての第一章〜昨日に続いて

大学時代の親友とぶらぶら歩きのおしゃべりは、いっくら歩いても途切れることはありません。

「定年を延長をする選択肢もあったのだけれど、、、、、」

と言う彼女は、昨年3月に長年携わってきた仕事を辞めて、多忙だった年月にはできなかったことをゆっくりと楽しんでいます。それでも時に迷いも出るようで、先日会った時には珍しく気弱な様子で言いました。

「今でも毎日出勤してお給料をもらっている昔の同僚のことを考えると、はたして自分の選択が正しかったのかどうかわらかなくなる時がある。」

年季のはいった友情に裏付けられた私は、こんな問いを投げかけます。

「ねえ、それって代われるものなら代わりたいってこと?」

すかさず彼女が答えます。

「違う! 代わりたくない! 今の私でいい!」

そして、照れくさそうに続けます。
「なあんだ、結局そういうことだったんだ。ああ、すっきりした(笑)。」

よく似たことは私にもありました。あまりに馬鹿げたことに悩まされて、つい愚痴をこぼしてしまったら、まっすぐに私の目を見て夫が言いました。

「じゃ君は、もし神様がその人と交換してくれると言ったなら、そうしてもらいたいってこと?」

考える間もなく答えていました。

「No, never!  代わりたくない! 今の私でいい!」

映画「雨に唄えば」の冒頭で、ジーン・ケリー扮するダンがインタビュアーの質問に答えて言った言葉、「Dignity」というのは、友がすかさず叫んだ「違う!」であり、私が考える間もなく口にした「No, never!」ではないかと思うのです。


P.S. 横浜でお仕事の打ち合わせがありましたので、終わった後、ずっと気になっていた弘明寺の観音様を拝観してきました。縞模様のようにノミで彫った跡が見られる平安時代の重要文化財です。誰もいない内陣で、ふっくらとしたお顔の観音様と向き合っていると、心の埃がふうっと払われていく気がします。「静謐」という言葉が良く似合う時間でした。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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1月15日(火):ドライブインにもオリーブがたくさん!@スペイン


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2013年01月14日

「Dignity」についての序章

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いくつかのとても好きな古い映画があります。1952年に公開された「Singing in the Rain(雨に唄えば)」もそうです。

嬉しいことに、昨秋、全日空国際線の機内上映プログラムにも入っていて、行ったり来たりするたびにいつも楽しむことができました。

最初のシーンはハリウッドのチャイニーズシアターです。クラシックな車から降りてレッドカーペットを歩くスターたちを見るために、大勢の人たちが待ち構え、インタビュアーたちが機会を狙います。

「ベーコンエッグと同じで、世界中で人気があっても当然」という大スター、ダンとリナが登場するや、ギャラリーは総立ちで拍手を送ります。一歩でも近づこうと押し合いになり、実物を見て興奮のあまり失神する女性もでます。

インタビュアーがマイクを向けてたずねます。

「若い人たちへの刺激になるような成功物語を聞かせてください。」

ジーン・ケリー扮するダンが艶やかな笑顔で答えます。

「今でも僕はモットーを守っているんです。
 Dignity, always dignity!
自分を決しておとしめないこと。」

印象的な場面です。

「Dignity」という言葉は、「Discipline」と並んで、私が大切にしている言葉です。けれどもそれを適切な日本語の単語に置き換えることはむずかしいのです。辞書に見られるような「尊厳」や「気品」では、そのニュアンスを完全には伝えきれないように思います。「Dignity」とは、ある種の毅然とした心の持ち方ではないかと思うのです。

そんなことも書き残しておきたいことのひとつです。
あまり長くなってもいけませんので、今日はイントロだけにして、続きは明日にいたします。咄嗟に口をついて出た我が言葉、友の言葉、そしてホイットニー・ヒューストンの歌などから、「Dignity」について考えてみるつもりです。

天気予報通りに雪になって、午前中に降り出した大きな花びらのような雪が、ふわふわと地面を覆い始め、お昼前にはもう白い世界となりました。予定もすべて中止になって、雪だけがしんしんと降り続きました。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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1月14日(月):おまけについてきた二人分ミニおせち
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2013年01月04日

三が日も明けて

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三が日も明けて、お仕事に戻るという方もいらっしゃることでしょう。
電車も今日からは平日ダイアですね。

まだまだスペインについての書き残しがたくさんありましたし
もし明日から書くことができなくなったとしたら
今のうちにやはりこれだけは書いておきたい
という年末の思いもたくさんありましたけれど
勢い、あわただしくなって果たせませんでした。

三が日は家族一緒に過ごす時間がいとおしくて
PCはなるべくさわらないようにしました。
年初の思いもたくさんありましたけれど
これもまた、そんな思いのひとつに繋がる方向でした。

そんな
書けなかったたくさんの思いを
少しずつ書き残していきたいと思っています。

たとえば
私の羅針盤について
私の役割について
覚悟について
ディグニティーとディシプリンという2つの言葉について
そして2013年の歩き方について。

今ここで思うのは
2012年という年は、決して最悪ではなかったことへの感謝です。

骨折した時には
まさか字を書いたり、料理をしたりという
私の日常生活の中での喜びが
遠い夢、もしかしたらもう叶わぬ夢にすら思えましたけれど
今ではまだ多少の支障はあるものの
ほとんどのことができるようになりました。
ずっしりと重くなった孫息子を抱き上げることだってできます。

夫の急病の時には
すでに計画されていたほとんど全てをあきらめる覚悟まで
ふたりでしましたけれど
そのおおかたは中止もせずに実現することができました。

たいせつな人たちに舞いかかったトラブルに
たいそう心を痛めはしましたけれど
幸いそのどれもが大事にはいたらずに
ここまで一緒に歩いてくることができました。

最悪!
とでも呟こうものなら
本当に最悪になるかもしれません。

でも、
最悪ではない!
と感謝をするならば
最悪ではなくなるかもしれません。

ところで年末の29日、
とんだアクシデントがありました。
携帯電話をポケットに入れたままエプロンを洗濯してしまったのです。
おかしな音に気付いてすぐに取り出しましたが
全く使えなくなっていました。
急いで地元のソフトバンクまで走りながら
「最悪ではない!」と
最悪ではない理由をたくさん考えて感謝をしました。
結局、昨年7月のデータまでは残っていました。
最悪ではありませんでした。

同じ29日の朝に届いた百合が
6日間の間にひとつ、またひとつと、11も蕾を開きました。
明るい光に溢れた三が日でした。
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By 池澤ショーエンバウム直美

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1月3日(木):今年も賑やかに変形おせちで
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2013年01月01日

あけましておめでとうございます。

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あけまして
おめでとうございます。

2013年の夜明けが
皆様のもとに
たくさんの希望の光を
届けてくれますように。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

By 池澤ショーエンバウム直美
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2012年12月26日

もしも一年中がクリスマスだったら

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(グラナダのクリスマス、アルハンブラの庭)

昨日のクリスマスの朝、最初の電話が鳴りました。

「グランマぁ、サンタさんがきたんだよ!
 自転車持ってきてくれたんだよ!
 サンタさん、ケーキも食べてくれたんだよ!」

孫息子が嬉しくてたまらない様子で話します。
朝起きたら自転車があって、しかも寝る前にお皿に載せておいたケーキがなくなっていたのですから、たしかに嬉しいことでしょう。

祖父母たち全員で結託してサンタさんになろうと決めたのはもう随分前。補助なし自転車に乗れるようになって以来、ずっとほしがっていた自転車を贈ることになりました。祖父母サンタからの自転車は、大きな段ボールごと、絶対に見つからないベランダの隅に隠されて出番を待っていたのです。

早速初乗りに出かけたという知らせに、ジジババたちの間にニコニコメールが飛び交いました。

無垢な心は、周りにいる人たちをも無垢にします。
悪意など知らない心は、大人たちの心をも洗い清めてくれます。
誰しもみんながそんな力を持っていたはずなのに、どうしていつの間にか素敵な力をなくしてしまったのでしょう。
そして、たがいに傷つけ合ったり、いがみあったり、憎しみばかりを育てたりするのでしょうか。

大好きな友が7才のクリスマスの思い出を話してくれました。

おばあ様の様態が悪くなり、ご両親が急ぎ駆けつけることとなりました。
風邪をひいて熱を出していた友は、クリスマスにひとりでお留守番をすることになりました。ご近所のおばさんが時折様子を見に来てくれました。

ご両親は帰ることができなくなって、友はイブの夜をひとりで眠ることになりました。
でも、おばあ様の無事を祈りながら寂しさを我慢していました。

クリスマスの朝、枕元にはずっとほしかったお人形がありました。
「おとうさん、おかあさんはいなかったけれど、サンタさんは来てくれたんだ!」
と嬉しくて、何度も何度もお人形を抱きしめたと言います。

だいぶ大きくなってから友は、サンタさんが実はご両親がお頼みしたご近所のおばさんだったことを知りました。

お誕生日もクリスマスもお正月も優しさが似合う時。
もしも一年中がクリスマスだったら、世界が少しは変わるのでしょうか。

今日26日は「Boxing Day」と呼ばれる日。
カナダもイギリスもギリシャも祭日です。
イタリアでも「Santo Stefano」という祭日でした。
アメリカは祭日ではありませんけれど、「Boxing Day Sale」で買い物客が賑わいます。

2012年もあと6日。
昨夜、今年最後の仕事を終えて、
大掃除、年賀状書き、そして家族たちとの優しい時間が始まりました。

By 池澤ショーエンバウム直美


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12月26日(水):お皿に惚れたクリスマスの銀座
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:49| Comment(0) | その他メッセージ

2012年12月25日

Merry Christmas!

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Merry Christmas!
冬の光に溢れたクリスマスをお元気でお過ごしでしょうか?

昨日の夕方、デパートの地下を通り抜けようとしたら、「通り抜ける」なんてことがほとんど不可能なぐらいに、たくさんの人でごった返していました。あちこちにたくさんの行列ができています。

何とか1階に上がってみたら、今度はジュエリーのショーケースの前が、若い男女でいっぱいです。

やっと通りに出てみたら、目の前をオートバイに乗ったサンタさんたちが手を振りながらびゅんびゅんと通り過ぎて行きました。

日本のクリスマスって、こんなに賑やかだったでしょうか。

それにひきかえ、ギリシャ、アメリカ、その他の国々を思い出してみても、クリスマスと言う言葉から思い起こされるイメージは「静かな日」です。ギリシャに住んでいた時は、一年のうちで一番寂しい日がクリスマスでした。仲の良い友人たちはみな故郷や実家に帰ってしまいますし、お店も博物館もお休み。夜ともなれば、静まり返った町の家々の窓からは、この日のために集まった家族たちが織りなす明るい光と華やぎの声が届きます。

まだこのブログを始める前のこと、ある新聞社のウェブサイトで小文を書いていたことがあります。久しぶりにそんな昔の記憶をたぐってみました。

「イブの空港の風景はいつもとは全く違います。バラの花や風船を持って今か今かと家族が出て来るのを待っている人たちがたくさんいます。アメリカ人ばかりではありません。サリーを着た人も、いかにもギリシャ人とわかる髭を伸ばした人も、お祖父さん、お祖母さん、孫たちも一緒に待っている中国人の大家族もいます。サンタクロース姿で出迎えている人もいます。あちらこちらで歓声と抱擁が繰り返され、いろいろな国の言葉が聞こえてきます。

駐車場のゲートでいつものようにお金を払おうとすると、「No toll today. Merry Christmas!」(今日は駐車場代はただよ。メリークリスマス!)と、肌の黒い女性が白い歯を見せて微笑みます。

家までの道はガラガラ。東京のイブの喧騒とは大違いの静けさです。ただ一か所だけ、車の長い列が見られる所がありました。郊外のショッピングモールの前です。夫が言いました。『大急ぎでプレゼントを買いに来た人たちだね。Last minutes shopper(最後の駆け込み客)と言うんだよ。』 (2007年12月28日「14時間遅れのクリスマス」)

「私たちも郊外の妹夫婦の家で七面鳥を食べながらイブを祝うのが定番となっています。毎年クリスマスの1週間前になると、半階段を上がった居間の決まった場所に2メートルもの本物のモミの木が森から運び込まれ、ありとあらゆる飾りが付けられます。日本ではまず考えられないようなゴムでできた茹であがりロブスターなどもぶら下がっています。。

これはラリーの両親からもらったもの、これはドリーのひいおばあちゃんが大事にしていたもの、これは二人で行ったニューオーリンズで買った路面電車の模型、これは長女が赤ん坊の時にベッドで抱いていたスヌーピー、これは長男が幼稚園で作ったお星さま、これはサンフランシスコの、、、、これはトロントの、、、、、と、いったんその謂れを尋ねようものなら大変です。何しろクリスマスツリーの上には家族の全歴史が飾られているようなものなのですから。
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ある枝にはプラスチックの飾りばかりが見られます。
『戦時中は金属がなくて、プラスチックしか手に入らなかったんですって。』
そんな言葉にあらためて眺めて見れば、家族の歴史ばかりでなくアメリカという国の歴史までもが1本のクリスマスツリーの上に表れているようです。思い出がたくさん飾られたクリスマスツリーは1月6日のエピファニーまで人々の心を暖め、その後は枝を切って森に戻されます。

ファミリーディナーに続いてしばらくは、親しい友人たちを招いたり招かれたりの日々が続きます。クリスマスは、愛する人たちと共に、過ぎ去ろうとするこの一年に感謝をし、新しくやってくる一年を静かに語り合う季節です。」(2007年1月19日『静かなクリスマス』)

Merry Christmas!
愛と優しさに包まれた時間が流れますように。

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By 池澤ショーエンバウム直美


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12月25日(火):プロヴァンスの香り〜ジョエルデュランのチョコレート
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2012年12月23日

幸福って何だろう〜小林直樹先生をお迎えして その2

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幸福とは何だと思いますか?
どんな時に幸福を感じますか?
あなたにとって幸福の条件はどんなことですか?

会の世話人から事前に出された3つの質問に寄せられたたくさんの答の中から、共感できるものをいくつかあげるとすれば、、、、

*心が愛で満たされた状態
*愛する人がいて愛される人がいること
*守りたい人がいること
*憎まずにいられること
*常にあった痛みが一時的に消えた時
*自然の美に気づいた時、たとえば夕焼けの雲の変化
*自然の偉大さの前で、人間の小ささを思うこと
*自分が宇宙や地球生物の一員であると感じられる瞬間
*思わぬ作曲家の音楽が心に浸みわたった時    等々

小林直樹先生は、そうしたそれぞれの幸福についての思い、そこに達することができない状況や心の葛藤をお聞きくださり、ご自身の経験や考えを話してくださいました。その全部をお伝えすることはとてもできませんが、心の奥底に今もなお響く言葉を書き残します。

「仕事の達成や、家族や友との交わり、心満たされた状態がずっと続くこと、などが通常考えられる幸福感でしょう。けれども、私に関して言えば、ここに私として生きているということこそが幸福です。それは非常な偶然です。奇跡としてしか考えられない偶然です。父と母が出会い、そのまた両親が出会い、そのまた、、、、という具合に、たくさんの偶然が積み重なった結果です。ほんのちょっとしたことが狂ったり、たった一つの偶然が欠けても、私はここにいることはなかったでしょう。我々ひとりひとりの存在そのものが奇跡なのです。存在そのものが幸せなのです。」

無数の偶然が組み合わさって今ここに生きていること、集っていること、存在していることこそが幸福であるという先生のお言葉は不思議に清々しく、今いる自分をそのまま受け入れられそうになります。苦しんでもいいんだ、悲しんでもいいんだ、存在していることが幸せなんだから、と思えば、先回書いたように、自分の中に滞留していた重いものがふーっと軽くなるようにすら感じます。

先生の言葉を受けて、こんなことを言った方々がいました。

「ここにいない可能性も無数にあって、ほんのちょっとのことで今の人生がある。そう思えば少しでも役に立てることをしたくなります。それが存在することへの感謝です。」

「幸せか不幸かなんてあまり考えてこなかった、ということが幸せだったということなんでしょうね。」

小林先生のお話は言うに及ばず、こうして、「偶然」居合わせた人たちが率直に言葉を交わす場を持てたこともまた嬉しいことでした。

先生は、昨年の会でもこんな言葉を私たちの胸にお残しになりました。

「生命を与えられたこと自体が奇跡です。ある世代に生まれたこと自体が偶然です。生きていること自体が幸福です。もちろん人生には数々のアクシデントがあります。けれどもそれらの運命をどう受け止めるか、それらとどう向き合っていくかが、幸不幸の分かれ目ではないでしょうか。」

師走も残すところ8日。クリスマスイブを前にして、JAL時代の親友たちとの恒例の忘年会トークに、みながみな時間のたつのも忘れて慌てて腰を上げた帰り道、マフラーをしめなおして真冬の夜空を仰げば、澄みきった空にふっくらと膨らみ始めた半月がかかっていました。その静謐な光のなんと神々しかったことでしょう! 古今東西、朝には太陽が、夜には月が昇るという、何があっても変わらない自然のゆるぎなさの中では、私たちの存在など大海の一波にもなりません。それもまた幸せな感覚です。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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12月23日(日):シンプル デリシャス オレンジサラダ
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2012年12月21日

幸福って何だろう〜小林直樹先生をお迎えして その1

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昨日、91歳を迎えられた憲法学者の小林直樹先生が、穏やかな語り口の中にも、まっすぐに私たちを見据えるような眼差しで、「幸福」についてお語りくださいました。

「『幸福』って何だろう〜小林直樹先生をお迎えして考えます。」という世話人からの案内には、手書きでこう書かれていました。

「2012年秋季講座では真の幸せを生きる人間像を能と聖書の中に求め、底流で響き合う魂に心と耳を澄ませてきました。今期の仕上げとして、憲法学の頂点に立つ東大名誉教授、小林直樹先生を三たびお迎えして『幸福とは何だろう?』をテーマに考えます。」

これは、能と聖書の共鳴を国内外で説いていらっしゃる湯浅裕子先生のもとで、一見異なる世界と文化の分かち合いを学ぶ「能と聖書の響き合い」という講座です。尊敬する湯浅先生との出会いや、講座が生まれた経緯などについては何度か書いたことがありますのでここでは触れませんが、2006年の9月に銀座の教室で産声をあげた講座です。

3年4か月後、2009年末にこの教室が閉じられてからは、継続を望む人たちの努力によって、新たな場所で自主的に運営されてきました。関わる方全員の善意の上に成り立っている講座と言ってもいいでしょう。皆がそれぞれの役割を暗黙の了解のうちに担い、助け合っているのです。怒ることが苦手な私ですが、もしこの会を営利目的だのなんだのという卑しい言葉で貶めるヤカラがいたとしたら、私は本気で怒るかもしれません。

先生は毎月京都からおいでくださいます。
昨日も朝、新幹線に乗られて、会が終わってもう外が暗くなり始めた頃にまた東京駅に向かわれました。

厳しい懐の中で世話人が用意した茶菓がテーブルの上に置かれれば、これも、これも、と、皆様がお持ち寄りになった果物やケーキでテーブルが埋まります。先生までもが京都のお菓子を前もってお届けくださいました。

私に与えていただいた役割は、小林先生と湯浅先生、そして皆様が気に入っていてくださるこの家を自由に使っていただくこと、そしておいでになる方々が居心地の良い時間を過ごして下さるように精いっぱい心を配ること、加えて先生方と20名の受講生たちとの間を繋ぐ進行役をつとめることでした。皆様にはあらかじめ、幸福に関するいくつかの質問が与えられ、その回答が配られていました。

世話役からの案内文にはこんなことも書かれています。

「今回の会では、難しい議論ではなく、今すぐにも思い浮かんでくる、いわば草の根の日常的な幸福感を基本に話し合えればと願っています。皆さんのざっくばらんなフリートーキングとともに、憲法学の立場からのお話もうかがえるでしょう。

きりのいいところでティーブレークにします。さらに気楽な雰囲気の中で、せっかくの機会ですから『第二部』は人生の先達であり森羅万象に造詣の深い小林先生に何でもうかがって下さい。きっと楽しいやりとりになるでしょう。」

小林先生は同じ場に集った人たちひとりひとりの「幸福感」に耳を傾け、ある時はそれを受けてご自身の経験を語り、ある時は助言をくださり、ある時は思いをただ受け止めてくださいました。自分の中に滞留していた重いものが、ふーっと軽くなったように感じたのは、たぶん私だけではなかったはずです。

素晴らしい会でした。先生のお言葉についてはまた次回にお伝えさせていただければと思います。

By 池澤ショーエンバウム直美


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12月21日(金):ちょっと素敵なティーパンチ


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2012年12月17日

大人の遊び 学びの恵み 集いの喜び

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2012年もあと半月になってしまいました。今年はいつも以上に、心配事や辛いことが多かったような気がします。それでも、いいこと、嬉しいことも、その分たくさんありました。そのひとつがこれでしょうか。

私たち、と言っても私はほんの新参者ですが、日本国際観光学会のメンバー有志が「旅と食文化研究会」を立ち上げたのは今年の2月12日でした。キックオフ記念として皆様に地中海ダイエットのお話をさせていただきながら手づくりのギリシャ料理をお作りするはずが、思いもかけぬ怪我で買い出しも料理もできぬ口だけの身となりながらも、友人の助けで何とか乗り切って、無事に船出ができました。その時は6人でしたのに、、、、、

その後、4月には「ワインのい・ろ・は」に集い、7月には「ギリシャ視察後の最新事情報告」に集い、私は参加できなかったものの、8月には皆さんで浅草の町歩きと観劇を楽しまれ、10月には「蕎麦談義」と「クレタの食文化」、、、、、こうして、その都度、旅と食文化をテーマに共に学び、遊んできました。それはまさに大人の遊びと言う言葉がぴったりの楽しい時間でした。誰もが陽気になり、誰もが饒舌になり、誰もが屈託なくよく笑いました。今年最後の会の名は「旅と食文化研究会お寿司忘年会」と決まり、会場は、皆様がお集まりやすく、くつろいでいただけることから、またしても我が家になりました。

「ナオミさん、スクリーンを作ろうと思うのだけれど、窓の寸法と床からの高さを測って教えてくれる? ついでに窓の写真も撮って添付して。」

スペインから帰った翌朝のそんな電話からまだ何日もたたないのに、昨日の朝、メンバーのひとりが手作りスクリーンを持ってやってきました。そして、器用に窓に取り付けました。次に、配布資料が組まれ、椅子が並べられました。

今回のテーマは「江戸の食文化ビジネス」です。「食文化ともてなし」がご専門のミエコ教授が、次々と手製スクリーンに貴重な映像を映されて、興味深いお話と共に11人の聴衆の身を乗り出させます。

皆様、大学や観光業界、政府筋の一角の方々ですのに、「なるほど〜」「う〜ん」「ほおっ〜」とうなづいたり笑ったりしながらの聞き上手。大人の話し上手と大人の聞き上手が組み合わされれば、いやが上にも場は盛り上がります。

その間に、いつもの寿司屋の若大将が魔法のようにテーブルを寿司カウンターに変えて、氷を敷いてネタを載せていきます。ふと気づけば、若大将も夢中になってミエコ先生の話を聞いているではないですか。
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聞いて、学んで、考えて、
食べて、飲んで、おしゃべりをして、
笑いころげたり、真剣な顔で討論をしたりしているうちに
日が暮れ始めて、それでもまだ続きます。
ミエコ先生の第二弾もあれば、「ギリシャQ&A大会」の余興もあります。
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第一団がお帰りになって、
第二団がお帰りになって、
最後に残った6名が、すっかりリラックスして、また尽きぬ話を続けます。
会の大御所が言いました。

「いいねえ、ビジネスもお金もからまない大人の遊びって。まるでヨーロッパのサロンだねえ(笑)。あまり広げ過ぎずに育てていこうよ。」

そしてまた、今度はサロン文化についての話に花が咲きます。
次回は桜が咲いた頃、大御所教授の大学院での教え子を特別講師に、日本酒を学び、銘酒を味わう「利き酒の会」に決まりました。

電話で夫に報告したら「僕も出るからね。」
大人の遊び、学びの恵み、集いの喜びは続きます。
まめなメンバーが会報も作ってくれました。
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By池澤ショーエンバウム直美


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12月16日(日):仲良し二人がケーキになって
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2012年10月07日

時が流れる中で、ああ、みんな生きているんだ!

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お客様をお迎えするのに、部屋の中に秋を置きたくなりました。
まるで紅葉が始まりかけたかのように。

この花瓶には、花よりも、こんな風に枝物を無造作に活けるのが好きです。
何の心得もありませんから、本当に無造作にさしこむだけですが、この場所に生きているものがあるか、枯れてしまったものがあるか、それとも何にもないかは、大きな違いです。

大雑把にたくさん投げ入れると、水の量がどんどんと減っていくのがわかります。毎朝まずすることは、減った分の水をジョウロで花瓶の口から足すことです。驚くほどにたくさん給水しなくてはなりません。

そのたびに思います。
「ああ、みんな生きているんだ!」と。

毎朝水を足していても、いずれは枯れて散り始めますけれど、それでも家のどこかで、一緒に生きている物があると言うのは愛おしくも嬉しくて、そんな思いのために花や枝を飾るのかと思ってみたりもします。

そして、だんだんと萎んだり、枯れたりしていく花や枝を見ながら、「ああ、時はこうして流れているんだ!」と思ってみたりもします。

お客様がお帰りになる頃、こちらは大雨になりました。お一方、携帯電話をお忘れになって、雨の中、スカートの裾も足もびしょ濡れのまま駅まで走りました。陶然とするほどに美味しい日本酒や、ギリシャのワインをご一緒に飲み興じていましたので、車を運転することはできなかったのです。

雨は止みましたが、雲が厚く、月は見えません。
昨夜は、澄んだ空に欠け始めた月がかかり、そのすぐ左側に星がきらめいていました。
ふと、「1Q84」の二つの月を思ったほどに、それはミステリアスな光景でした。
私のカメラでは、その模様をお伝えできないのが残念ですが、またしても夜空を眺めて随分長い時を過ごしました。
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「マイブーム」などと言う言葉はかなり時代遅れの気もしますけれど、最近の私は月光浴がマイブーム。欠けていく月、満ちていく月に、「ああ、時はこうして流れているんだ!」と思ってみたりもしています。

皆様、どうぞ良い連休を!
私も、会いたい人たちに会うために、明日は早起き鳥で出かけます。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月6日(土):第一部は手打ち蕎麦、そして、、、、、
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2012年10月01日

それぞれのアイデンティティー

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イツコと最後に会ったのは一作年の春のこと。
夫が合流するまでのしばらくの間、シアトルの彼女の大きな家に居候をさせてもらいました。一緒に買い物に行ったり、お料理を作ったり、庭仕事をしたり、語り合ったり。

以来、会うことはできなくとも、ワシントンとシアトルの電話おしゃべりは続いています。
同じアメリカでも、東のワシントンと西のシアトルでは時差が3時間。私たちが遅い夕食を終えた頃がイツコとジムのディナータイムです。ですからどちらからかけるのも、うまく時間を選ばなければなりません。だって長話になることはわかっているのですから。

先日のおしゃべりは、どちらからともなくこんな話題。
いえ、よく思い返してみれば、私が口にした質問から始まったのかもしれません。

「ねえ、いつかもし一人になったらどうする? その大きな家に一人で住む?」
「もちろんそうするわ。日本には戻らない。だってここが私の国で、ここが私の町で、ここが私の家ですもの。」

そんなイツコの潔さがどこから出るのだろうと正直にたずねたら、すぐさまこんな答が返ってきました。

「ナオミとの違いは、ここで子供を産み、ここで子供を育てたことかもしれないわね。子供のいる所が私の母国なのよ。」

同じことを、日本に戻る飛行機の中で、となりに座ったキョウコさんも言いました。アメリカ人のご主人様が亡くなられた後、独立した3人の息子さんと、お孫さんたちに囲まれながらも、おひとりで暮らしています。ついこの間、孫娘の大学の卒業式に出席したと嬉しそうに語るキョウコさんは75歳。日本で知り合ったご主人と一緒に渡米して早50年。アメリカのパスポートを持っています。けれども、決して英語が流暢というわけではなく、後ろの席の息子さんとの会話の中に、時折日本語が混じったりもします。今回の帰国は、弟さんのお見舞いということでした。

「私、耳が遠いから大きな声で話してね。」というキョウコさんと話がはずみ、また同じような質問をしてしまいました。「ずっとアメリカにお住まいになるのですか?」

すると、寸分もあけず、またしてもこんな言葉が返ってきました。そんな質問自体が彼女にとっては不思議だったのかもしれません。

「もちろんそのつもりですよ! だってそこが私の国であり、私の居場所ですもの。アメリカで産んで、一生懸命育て上げた息子たちがいて、今ではその家族がいるのですからね。」

成田空港ではキョウコさんのための車椅子が用意されていました。長く坐っていると歩きづらくなるのだそうです。荷物が運ばれてくるターンテーブルまで彼女の車椅子を押しながら、私たちはずっと言葉を交わし続けました。別れ際に、キョウコさんが電話番号を書いたメモを握ららせて、こう言いました。

「ナオミさん、次にアメリカに来たら会いましょうね。メリーランドからあなたの家まで車で迎えに行ってあげるから、一緒においしいものでも食べましょう。」

これが75歳のキョウコさんの言葉です。ふがいない私は、どっちつかずに行ったり来たりしながら、メリーランドからアレキサンドリアまでなんて、とてもじゃありませんが一人で車では行けません。

6月のブログでも書いたイシドラのことを思い出します。外交官の両親のもと、セルビアで生まれ、小学校から高校までの教育をイタリアで受け、大学と大学院はイギリスの名門、ケンブリッジ。卒業した今は、世界的に知られたローファームのロンドン事務所で働く28歳の弁護士です。母語はイタリア語とセルビア語ですが、英語だってほとんど母語なみ。そんな美女にして才女のイシドラにたずねました。

―自分にとってどこが母国だと思う?
―どこであろうと、母のいる場所が私の母国です。

さてさて、どっちつかずの我がアイデンティティ-の行方はいかに、、、

今日もまた、満月の何と美しいことでしょう。
その美しさに誘われて、バルコニーに椅子を持ち出して、ワインを飲むことにしました。
屋根のひさしと桜の木の間から、眩しいほどの月が見えます。
虫の音がひびき、涼風が爽やかです。
気づいたらかれこれ1時間も月の光を浴びていました。
なんだか、何かが変わったような不思議な気がします。
心が軽くなって、わけもなく幸せなのです。
これがルナパワー? 
月の力?

心が良きことへとサワサワとそよぐ
素敵な夜です。
By 池澤ショーエンバウム直美


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10月1日(月):45度のマジック

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2012年09月18日

目くらましの蜃気楼?〜ディズニーシー

これは、カナダのメープル街道でしょうか。
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これは、イスタンブールのブルーモスクで
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これは、チュニジアのどこかの町。
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これは、リオのカーニバルで
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これは、南イタリア、アマルフィの夜。
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これは、ニューイングランドのナンタケットで
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これは、メイン州ポートランドの灯台にちがいありません。
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それならこれは、アーカディア国立公園のトレイルで
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これは、プエルトリコの熱帯雨林。
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そしてこれは、きっとポナペ島、リトゥトゥーニヤップの滝壺へと続く道。
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いつのまにやら日が短くなって
ファンタズミックが始まる頃にはもう真っ暗
地中海という名の水の上で繰り広げられる壮大なショーは
息もつかせぬファンタジー
流れ続ける歌は
イマジネーション イマジネーション イマジネーション、、、、、
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くらくらとする陶酔は、時差ぼけ、それとも
目くらましの蜃気楼?

たいせつな人たちと過ごす幸せな時間は、
まるで幻、、、、、
                               By 池澤ショーエンバウム直美


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9月17日(月):帰りました!そして娘の手料理
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2012年08月30日

未来に問いかける

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早いものであれからもう、ひと月以上が過ぎました。あの朝、一人ではどうにも心細くて、誰かに電話をしたかったのです。それがジリーでした。前の晩遅くにアラスカの旅から帰ってきたばかりというジリーは、それから1時間後には私たちのそばにいました。

「ごめんなさい、ひどい頭でしょう? 美容院に行くつもりだったから。でもちょうどよかった。一日遅かったら私たち、まだバンクーバーだったもの。」

ターバンで髪をまとめたジリーを見るのも、お化粧もしないジリーを見るのも初めてでした。それでもジリーはいつもと変わらず、美しくエレガントでした。

彼女はテキパキと必要な所に連絡を取り、私たちを病院に運んでくれました。そして、全ての予定をキャンセルし、一日中一緒に病室で過ごし、私には難しすぎる医者との会話をこなし、同情したり慰めたりするのではなく、未来を問うことで病人を元気づけてくれたのです。

「次の本はいつ出るの? それはどんな本?」
「次の旅はどこ?」

これら全てが、どんなにありがたかったことでしょうか。

その後しばらくして、今度はジリーのご主人のレイが腰の手術を受けることになりました。私のできることなどたがか知れていますけれど、じっとしているわけにはいきません。家の鍵を預かり、何か必要な物があれば病院に届ける役目を引き受けました。

出番は一度しかありませんでしたけれど、本やら書類やらメモ書きやらを病室に届けた後で、翌朝の手術を控えて少々神経質になっているレイに未来を問いかけるのは、今度は私の役目でした。

「サントロペの家にはいつ移るの?」
「ボツワナの旅は予定通り?」

手術は無事に終わり、レイは4日目に退院し、今ではもう杖なしで歩けるようになりました。そして昨日、、、、

今度はジリーの目の治療のために、ボルティモアの病院まで同行することになりました。ボルティモアまでは高速で約1時間半。レイにはまだ長時間の運転は無理ですし、目の治療をするジリーも運転はできません。私たちは、運転と付き添いという役割のもと、終日、ボルティモアの病院で過ごすことになりました。

誰かに頼られたり、誰かの役に立てることは、人を元気にするものです。ジリーのためにハンドルを握って高速を飛ばす夫は、いつのまにやらサングラスのよく似合う、きりりとした、頼りがいのある男性になっていました。

治療も終わり、ひどい渋滞に巻き込まれながら、ようやくレイが待つ家まで彼女を送り届けたのは、もう夕闇に包まれる頃でした。大きかろうが小さかろうが、それぞれに一つの山を越えた私たちは、行きつけのレストランで、問いかけられた未来を話しながら乾杯をしました。

恩を返すことも叶わずに、あるいはやっとこれからという時に、亡くなってしまった人たちもいます。時に無念に、時に自責の念の中で思うことは、2度と同じ過ちを繰り返さぬこと、そして果たせなかった思いを、せめて別の誰かにお返しできるようになりたい、ということです。

       By 池澤ショーエンバウム直美

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8月30日(木): ル・パン・コティディアンの夏サラダ
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2012年07月16日

風景も、風も、椰子の葉も、百合の花も

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この暑さでは、花を飾ってもすぐに開いて色を変え、しんなりとしてしまいます。花のために誰もいない部屋に冷房をかけておくわけにもいきませんから、自然のままに任せていますけれど、まるで生命の速度に拍車がかかったかのようです。

香港に発つ前々日のパーティーでいただいた、しっかり固い緑色の蕾をつけた6本の百合は、3つの花瓶に分けられて、留守の間に一輪また一輪と大きな花を開かせました。1本に7〜8個は蕾が付いていますから、開くべき花の数は優に40を超えています。それらがひとつずつ押し合いへし合いしながらも、愛でる人がいようがいまいが関係なしに、きちんと律義に咲いていくのです。そして嗅ぐ人がいようがいまいがどこ吹く風で、朝の光の中で、夜の闇の中で、その馥郁たる香りを放つのです。

夏の暑さがスピードを早め、冬の寒さが多少はそれを遅らせようと、組み込まれたDNAにただ誠実に、きちんとおのが務めを果たします。雑念を振りきれないわが身とは比べようもありません。

そんな時にいつも口をついて出るのは、私の好きな詩の中の、最初の2行と最後の2行です。

人の目が見ていなくても
風景はあるものだろうか

人の耳が聞かなくても
風は椰子の葉を鳴らす 


風景も、風も、
椰子の葉も、百合の花も、
たいしたものです。
どう頑張ったってかないやしません。

百合はまだ7つ、蕾が残っています。
                    By 池澤ショーエンバウム直美

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7月16日(月): 最初の夜の丸投げ香港ディナー@采蝶軒

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2012年05月26日

SleepyもLazyも

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ワシントンでも メインでも
ひたすら 本を読んでいた
いろいろな種類の
いろいろな本を
たくさん たくさん

日本語の本も 英語の本も
時にギリシャ語の本も

どこにいても 
ノスタルジックに
センチメンタルに
思いを馳せる地がふたつあって

そのひとつについて書かれた大きな本を開いたら
冒頭に出てきた言葉に
いきなりノックダウン

「Lazy dreaming in taverna」

私の心はフワフワと漂い始めて
いつしか あの地中海の国の
あの小さな村のタベルナの 
豊かに緑の影を落とす 葡萄棚の下

ゆっくりと ゆっくりと
流れる時間
何もしない 何も考えない 
起きているのか 眠っているのかさえも
定かではないような あの至福のlazy time

次に開いたのは 南の海の写真集
私の心は またフワフワと漂い始め
ずっとずっと昔の あの島に行った

そこにたった1軒あったのは
「Sleepy Lagoon」という名前のバー
一日中 ひたすら眠っているような 礁湖に誘われて
足を踏み入れたが最後 二度と出ては来られないという

「だからあそこには行ってはいけないよ」
と 言われれば 言われるほどに
あの木の扉を開けて入ってみたかった

美しい礁湖と一緒に 一日中 眠っていられるのなら
どんなに素敵だろうと 思いながら

lazyも
sleepyも
いまだに そのロマンチックな牽引力で
魔法のように 私をひきよせる
とりわけ こんな美しい5月の週末には

By 池澤ショーエンバウム直美



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5月26日(土): バトラーサイモンが開いた「菜紋」

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2012年05月08日

メインの春に 指折り数えて

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3月
メインの春は まだ始まったばかり
毎朝 小さな木の橋を渡って
鳥のさえずりを聞きながら 林を抜けた
ひそやかに春を告げる ヒヤシンスを踏まないようにして

川岸を覆うのは 無数のタンポポの花
川岸で憩うのは 旅の途中の渡り鳥

川が 海へと流れ込む 砂の上で
まだ冷たい水に はだしの足をひたして
もう一度
たいせつなものを 5つ
だいせつな人を 10人
指を折りながら 数えてみた

人生なんて 案外 そんな少しのもので
充分 幸せになれるのかも しれない
と 思いながら

By 池澤ショーエンバウム直美



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5月7日(月): KOMBUCHA? この摩訶不思議な飲み物@USA
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:11| Comment(0) | その他メッセージ

2012年04月16日

冬から春へ


長らくお休みをしている間に、桜が咲いて、桜が散って
ダウンのコートを着ることもなくなって
季節が変わっていきました。

私の季節も冬から春になりました。
週3回のリハビリで、できることがひとつずつ増えています。

体力も気力もようやく自分に近づいて
きっともうすぐ書き始められるだろうと思います。
メモが書けない間にも
一生懸命心にきざみこんだことたちを
とてもとても書きたいのです。

まずは現場復帰へと慣らし運転
数日前から「グローバルキッチン」ブログを始めました。
こちらは、食文化とお料理専用ですけれど
これも私です。
よろしかったらどうぞご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku

「ナオミライクな日々」第2幕は、ちょっとスタイルを変えて
フワフワと時空を行き交いながら
良き思いを書きつづっていきたいと思います。

どうぞもうしばらくお待ちください。

たくさんの感謝をこめて

By 池澤ショーエンバウム直美


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:58| Comment(7) | その他メッセージ

2012年03月01日

センス・オブ・ワンダーを探しに

 
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 新しい月になりました。1月から2月に変わるよりも、3月から4月に変わるよりも、なぜか2月から3月に変わる時が好き。たぶん、春へと向かう感じ、そして区切りがついて何かが終わる感じがするせいでしょうか。私の小さな庭でも水仙が花開き、よく見れば桜の枝がもう蕾を抱いています。

 始まりかけたこの美しい季節を後に、しばらく日本を離れます。当初の予定ではすでに発っているはずだったのですが、怪我のせいで遅れました。友人の娘さんの結婚式に、オバサントリオで「What a Wonderful World」を演奏するはずだったのも降板しました。それに、間に合ったところでピアノが弾けるはずもありませんから。

 まずはギプスが外れるまで待って出発することにしました。リハビリはアメリカのトレーナーのもとで続けます。行けば行ったで、旅ではなく、日常であり、生活ですから、さまざまなことが待っていますけれども、今回はメインの自然の中で静養を心がけます。

 なぜメインなのかを手短かに言えば、年を取るにつれて「自然」に惹かれるようになったからでしょうか。きっかけはもちろんレイチェル・カーソンです。どんな時だって彼女の本を開きさえすれば、広い世界へ飛翔して、くよくよしたり、めそめそしたりしている自分が馬鹿らしくなります。あげく、自然の神秘や不思議に目を見張る「センス・オブ・ワンダー」をもう一度取り戻したくなるのです。

 「地球の美しさと神秘を感じ取れる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることは決してないでしょう。たとえ生活の中で苦しみや心配ごとに出会ったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たな喜びへ通ずる小道を見つけだすことがきると信じます。地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をた持ち続けることができるでしょう。」 

 そんなレイチェルが、「うっそうと木々が茂り、トウヒの森に覆われた謎めいた小島で、風が梢を鳴らし、夕暮れ時にはチャイロツグミが神秘的な歌をさえずり、桟橋に寝そべっていればミサゴが入り江に舞い降りていくのが見える」自然の美しさに魅せられて、土地を買い、家を建てたのが、メイン州シープスコットだったのです。

 ワシントンの暮らしも東京の暮らしも快適ですが、いつも心にひっかかっていたのが「レイチェル」の場所でした。そんなところに、今回の右腕事件が思わぬ朗報を届けてくれました。

「ナオミ、よかったら私たちのメインの家を使って。どうせ5月までは行かないから。レイチェルが住んでいた場所からも近いし、森も海もある。鳥も魚もいる。自然の中でゆっくり静養しなさい。」

 大喜びしたら、とんだおまけがつきました。

「ただし、ネットは使えないわよ。というか、あえて使えなくしてあるの。私たちにとってあそこは休息の場所だから。」

 一瞬ひるみましたが、これも神様がくれた機会。よくよく思い返してみれば、こんな時代になる前は、ニューギニアの山奥だろうが、南太平洋の小島だろうが、1か月いたって、2か月いたって全く平気でした。もともと繋がる手段がないのですから、繋がっていなくたって、心配したり不安になったりすることもありませんでしたし、むしろ今よりもずっと屈託のない時間を過ごすことができたように思います。自分自身の内面と向き合うこともできました。

「そうだ、あの頃に帰ってみようか!」と覚悟を決めれば、鳥のさえずりで目を覚まし、森を抜けて海へ出て、夜ともなれば満ち欠けする月と満天の星を眺める、、、、、そんな自然のワンダーの中で暮らす日々も悪くはないどころか、胸が高鳴るではありませんか。きっと、地球の神秘と美しさをたくさん発見するでしょう。

 加えて、予想外のことが起こりました。右手が使えなかった間に酷使された左腕が腱鞘炎になってしまったのです。重い荷物が持てません。ドクターに怒られましたが、仕方がありません、覚悟を決めて、本も資料も、先ほど郵便で送ってしまいました。必要最小限の品ならばワシントンの家に置いてあります。足りなければ向こうで買えばいいのです。そうと決めればすっきりです。ということで、この際、限りなく手ぶらで行くことにしました。明朝土壇場で決めますけれど、たぶんPCも置いていきます。

 まあ、腹を括ればこうも思えます。
 その方が断然「センス・オブ・ワンダー」を感じられる!

 あれ?
 ってことは?
 これも書けないの?
 えっ〜、どうしよう。
 ま、いいか、これもまたわが人生のギャップイヤー。

 皆様、すぐ近くまで来ている春をどうぞお楽しみくださいね。
 Saving all my love for you!
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2012年02月27日

閉じ込められた時 閉じ込められた春

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明るい日差しは春なのに、外へ出てみれば思わず身をすくめる寒さでした。
もうすぐ3月なのに。

友からの朝一番の報告は、
小松菜、京菜、春菊、サニーレタス。

11月に蒔いた種が冬の間に小さな芽を出して、ひたすらじっと冬を越え、まだまだこんなに冷たい空気なのに、葉っぱがだんだん大きくなって、昨日初めて収穫したのだそう。
気温は冬でも、土の中には春が閉じ込められているのでしょう、と語る友が、こんな言葉を続けました。

「季節を食べる、時間を食べる。
自然と共に生きる、時のサイクルを感じて生きる。
そんな喜びは、ほんの数坪からだって。」

娘が親しい友人たちを招いた土曜日のお茶会では、素敵な紅茶の先生が言いました。

「お茶は時間を閉じ込めています。お湯をかけて出てきたエキスを取り、閉じ込められている時間を解き放ち、元に戻すのです。乱暴に時計を進めて行き急いではなりません。時間を待つのです。そうしてゆっくり待ちながら時間と向き合っていると、地球がまわっているのがわかります。ゆっくり感じられるか、すぐに過ぎると思えるか、『まだ』か『もう』かで自分がわかります。不調な時には、すぐに過ぎると感じます。」

いつもなら大賑わいという日曜日の公園は、東京マラソンの交通規制で出控えた人たちが多かったのでしょうか、ガラガラでした。雨こそ降らないものの、どんよりと曇った空の下は、今日のように震える寒さでしたけれど、心通わす人たちが集まれば、憂いですらいつの間にやら優しさと笑い声に変わって、そこだけが春になります。そして、次の約束と、その次の約束と、そのまた次の約束がかわされて、私たちは私たちの時間を、まわる地球の上で一緒に歩いていくのです。
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2012年02月26日

意外性のドキドキ

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 目下ちょっとした贅沢中。厚さにして優に2センチ、ページ数にして170ページの本になる前の原稿を毎日少しずつ読み進めているのです。

 目先のことを忘れて、あるいはほったらかして、とにかく最後まで一気に読みふけってしまうものもあれば、「いつか読むんだ!」と意気込んで買ってはみたものの、その「いつか」となかなか巡り合えなくて、横目でちらちら我慢と共に眺めているものもあります。そんな場合、「いつか」は往々にして、飛行機の中や旅先になったりします。

 そして、そのどちらでもなく、毎日のご褒美に、少しずつ読み進めていくものがあります。最初にあげたのはこれです。

 たまたま知人でもあるこの著者の文体と世界観がとても好きで、それを素直に伝えたら、なんと先日、まだ未発表の原稿が届きました。琉球を舞台にした壮大な歴史小説です。世に出る前に読めるなんて、ますますもって贅沢!

 この物語のきっかけは、学生たちと訪れた那覇の書店でたまたま見つけた琉球史の本の立ち読みだったそう。そんな言葉からもわかるように、この方、本業、本名の世界では著名な国際法学者です。

 こうした方々に出会う度に、まさかの意外性にドキドキしてしまいます。ライブハウスでジャズピアノを弾く弁護士さんにも、編み物上手な女医さんにも、モネのようなタッチの絵を描くお巡りさんにも、突然海のダイバーになるお茶の先生にも、、、

 シャネル日本法人社長のリシャール・コラスさんが、昨年11月、4冊目の著作になる短編小説集「旅人は死なない」を刊行なさいました。それだけだって驚くのに、来月には、震災後のボランティア体験を元にした本をフランスで出版するなどと聞けば、いったいどうやって時間を作り、どうやって頭を切り替えるのかを知りたくもなります。いつだったかの新聞にこんな言葉があったのを思い出します。

 「歩きながら、ミーティングしながらメモをとる。書くのは鎌倉の家で、掘りごたつに自分を差し込んで。東京のデスクでは書けない。僕が分けているのは場所だけ。」

 一緒にお仕事をさせていただいた時以来、コラスさんに惚れ続けていますが、またしてもガツーンとやられた感じです。「旅人は死なない」は、本当は一気読みをしたいところを我慢して、機内用の鞄に入れました。

 一気読みも、我慢読みも、ご褒美読みも、みんな贅沢。
 とりわけそこに意外性のドキドキがあるならば。

 http://blog.platies.co.jp/article/33235959.html
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2012年02月20日

旅暮らしの面白さ

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 空気はまだ肌に冷たいものの、窓ガラスの向こうの日差しはまるで春のようでです。時に寒さがもどったり、時に冷たい風が吹いたりしながらも、地球はまわりながら動き続けて、季節が変わっていきます。四季がある国に生まれた私たちの喜びです。そして、そんな地球の上の私たちの人生の季節も、まわる地球とともに四季を繰り返しているように思えることがあります。

 乾季と雨季のふたつの季節しかない貿易風の島に暮らしていたことがあります。ここでは思考はもっとシンプルに、人生の季節ももっとシンプルに感じられました。

 一年前の今日、私がいたのはニュージーランドのオークランドでした。サマータイムでしたから時差は4時間。今でしたらさだめし夕方になろうとするところ。気温はもっと高くても、日差しはまるで今日のようでした。私は小さな船に乗って対岸の「デポンポート」という古い町を訪ねました。夕方の今頃はきっと、海岸に沿った通りを歩いている頃でしたでしょう。小さな美しい町でした。そして、不思議なことに、そこは冬の終わりでも春の始まりでもなく、夏が終わり秋になろうとする場所だったのです。

 あの南半球の国では、思考も、人生の時間の感じ方も、春と秋が両方訪れたかのような不思議な感覚でした。そんなことが、旅暮らしの面白さのひとつかもしれません。

 昨日、グローバルキッチンの2回目が、無事に楽しく終了しました。
 陽だまりの中でケーキの台が作られて、昨日もこんなにおいしそうに焼きあがりました。
 ありがとう!
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2012年02月15日

戻ってきた感動〜ハレアカラ火山

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 長女に生まれたせいもあって、どこかで、「ここで私が弱音を吐いたらいけない」とか、「家族のために頑張らなきゃ」などという意識が心の底にあったようで、すっかり甘え下手に育ってしまいました。「こんなことお願いしたら申し訳ない」と、なかなか人様に甘えることができません。可愛げないことは十分承知の上なのですが(笑)。

 でも、今度ばかりは、なるべく素直に家族や友人たちに甘えることにしました。その結果、しょっちゅう誰かしらが連絡をしてきてくれて、「近くまで行くから洗い物やってあげる。ついでに何か買っていくものない?」とか、「頼まれた品が手に入ったから持っていきます。」とか、「おいしい肉じゃがを作ったから」と鍋ごと運んでくれたりしてくれるようになりました。小学校の遠足以来リュックサックに縁のなかった私が、手に持てないものを背中で運ぶようになったのも、友が貸してくれたリュックサックのおかげです。

 
 
 定期便で顔を出してくれる友は、ためておいた「できないこと」を次から次へと手際よく片付けてくれます。今日ももう少ししたら「災害時避難用持ち出しセット」と、切れてしまったプリンターのインクを届けに来てくれて、ついでに私のPCのメモリーを外付けのハードディスクに移していってくれる友が来ます。

 昨日、「今から行っていい?」と飛んできた友は、手を通さずに頭からすぽっとかぶれるマルチマジックマフラーなる便利なものを持ってきてくれました。ついでにおしゃべりを楽しんだかと思えば、彼女の恋愛相談に乗ったりして(笑)。
 
 「ねえねえ、ハワイの写真見せて」と言われて、調子に乗ってPCでスライドショーを始めたら、忘れていたいろいろな光景と思い出が戻ってきました。感動してしまうシーンがいくつもあります。たとえば、マウイ島のハレアカラ火山での写真。

 「ハレアカラは火口の底に大小11個の火口丘を持つ火山です。高さは3千メートルと、富士山より776メートルしか低くないこの山に、驚いたことにてっぺんまで、完璧に舗装道路が続いています。ハレアカラとはハワイ語で『太陽の家』という意味。午前3時に出て朝日を眺めるか、午後4時に出て夕日を眺めるか、、、、私たちは当然、夕日という楽な方を選びました。」

 「どんな言葉でも語ることはできないほどの、壮大な地球のパノラマ。厚い雲海が色づき始め、雲の合間から眩しい光が射し出でて、白い雲を茜色に染めていき、沈む太陽は、最後の一射しまでをも惜しげもなく、神々しいほどの神聖さで私たちに投げかけて、、、、、

 地球が動いていること、私たちと同じように動き呼吸をしているとことを圧倒的な威力で見せつけて、そこに寒さで震えながら立つ者たちの無力さをいやというほど感じさせて、
半時間のページェントが幕を閉じました。」(2011年6月のブログより)

 そうか、私たちが住んでいる地球はこんなに美しくて、こんなにすごいものだったんだ、、、と、ついつい目先、いえ手先のことにばかりとらわれてばかりいた最近の日常の視界が、すーっと広がっていくような気がしました。

 元通りのからだに戻ったら、もう一度この山の上に立って、まわる地球と、その上で営まれる無数の生命のワンダーを、心とからだいっぱいに感じたい!!

 そんな思いになれたのも、たぶん素直に甘えることができるようになったから。
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2012年01月18日

「約束されていない明日」を疑いもせず。

 
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「本を読むのが好きです。」などと、私の何倍もの本読み家族の中で言うのもおこがましくて、ずっと黙っていましたけれど、実は好きです。最近ではそれが頓に高じて、鞄の中に読むものが入っていないと落ち着きません。電車に乗れば、待ってました、とばかりに、ごそごそと本や新聞を取り出します。

 それは、おそらく、これからどうあがいても、読みたかった本、読みたい本を読み切ることなどできはしないことがわかっているからでしょう。毎日東京タワーが見える所で暮らしている人が、「どうせいつでも上れるのだから」とさして気にも留めずにいたのが、急に引っ越しをすることになってちょっと慌てているようなものでしょうか。

 最近、親友のジリーが白内障の手術を受けただの、学生時代の仲間たちが「飛蚊症でね。」「僕もだよ。」などと話すの聞いていると、視力の衰えばかりはいやでも認めなければならない私は、いきおい焦ります。

 うちのロフトには、世界文学全集がずらりと並んでいますし、地下の書庫には処分できなかったたくさんの本が眠っています。私の小さな仕事部屋の本棚にだって、いつか読もうと取り寄せた本が、まだまだたくさん積まれています。限られた時間の中で、ついついすぐに役立ちそうな実用書やハウツー物に先を越されて、じっと「いつか」を待っている健気な本たちです。

 私の夢は、いつか心置きなくこれらの本を読みふけること。けれども、いつか、いつかは曲者であることも十分わかっています。だから少々焦っているのです。朝日新聞の昨日の夕刊にだって、こんな詩が載っていたではありませんか。

 たしかにいつも明日はやってくる
 でももしそれがわたしの勘違いで
 今日で全てが終わるのだとしたら
 わたしは今日
 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

 そして わたしたちは 忘れないようにしたい
 若い人にも 年老いた人にも
 明日は誰にも約束されていないのだということを
 愛する人を抱きしめられるのは
 今日が最後になるかもしれないことを

 明日が来るのを待っているなら
 今日でもいいはず
 もし明日が来ないとしたら
 あなたは今日を後悔するだろうから
          (「最期だとわかっていたなら」
            ノーマ・コーネット・マレック作 佐川睦訳)

 とは言いながら、今日も私は、ある方が書いた分厚い原稿の束をひっつかんで鞄に入れ、電車に飛び乗ります。3月に出版される大変面白い、そして実に役に立つハウツー本です。明日の会合までにこれを全部読まなければなりません。

 「眠ったまま待っている本たちよ、もう少し待っていて。」と、「誰にも約束されていない明日」が来ることを疑いもせず。
 
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1月16日(月):出版感謝会のスペシャルランチ
1月17日(火):夫のおみやげ「シャクシュカ」のレシピ
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2012年01月07日

やっぱり私はお魚

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 「寒いから」とか、「きっと水が冷たいから」とか、「ちょっとやることがあるから」とか、なんだかんだの口実をひっぱってきては怠けていたスイミング。結局、昨年の泳ぎおさめは、ペルージャのホテルのプールになってしまいました。とういうことは半月も間があいてしまったわけです。

 「これはまずい、かなりまずい」と反省し、新年になるやいなやせっせと泳ぎ始めました。元日から、1、2、3、、、、、指折り数えて今日で6日目。行きつけのプールは、朝の9時から夜の9時まで開いているのですから、その気になれば行って帰って1時間ぐらいの時間、どこかで捻出できないわけがありません。そうして怠け癖から抜け出して、再び水に触れさえすれば、そこはやっぱり「私の場所」なのです。心の形が一気に自分らしくなったような気すらしてきます。

 調子に乗って、なんだか海のそばに行きたくなって、今日は南へと車を走らせてしまいました。

 私は神奈川県の横須賀という町で生まれ育ちました。海と山にはさまれたこの町は、「急な坂道 駆けのぼったら 今も海が 見えるのでしょうか ここは横須賀」という山口百恵さんの「横須賀ストーリー」そのままに、坂の多い町です。私の家も高台にありました。それだからでしょうか、海からの風を感じながら、海はいつも私のすぐそばにありました。

 昨年、面白いことがありました。自他ともに認めるひどい方向音痴の私が、ニュージーランドのオークランドでは、全く道に迷わなかったのです。私は、夫が大学で教えている間、毎日口笛のひとつも吹きたいほどの気分で、ひとり軽々と町を歩き回っていました。

 後から気づけば、オークランドは私の故郷の横須賀と、ある意味とても似ていました。海があり、山があり、坂道があったのです。ですから無意識のうちに私の中の羅針盤は海を感知し、地図に頼らずとも自分のいる位置がわかったのでしょう。

 加えて、私は、海の近くにいれば確実に幸せになれます。それが発展して、今や水辺は私のヒーリングスポットです。プールはもちろん、お風呂だって、台所のお皿洗いだって、水に触れ、水の音を聞いていると心癒されるのです。

 それだからこそ、昨年の震災は大きな衝撃でした。私の愛する海が、水が、豹変してしまったのですから。今日、観音崎で長いこと眺めていた海は、水面に大小たくさんの船を走らせる穏やかな海でした。

 海から帰って、プールに行くまでの間に引出しの整理をしていたら、自分でも判読できないような走り書きのメモが出てきました。ある仕事の場に留まるかどうかでひどく悩んでいた時に、友人に紹介されて会いに行った方からいただいたアドバイスが、ギッシリと書かれています。その中に、かろうじて読めるこんな箇所がありました。

「あなたにとって一番大切なものは海です。あなたを守ってくれるものは海であり水です。あなたは水と光で輝く人です。海の絵をお部屋のどこかに置いておくといいでしょう。」

 長らく忘れていたことでしたが、なるほど、やっぱり私はお魚でした。

 どんな所にいると安心するか、何のそばにいると幸せに感じるか、それは人それぞれによって違います。けれども、もしそれを知っていれば、生きていくことが随分楽になるような気がします。辛い時にはそこに逃避ができますし、癒しが必要な時にはそこに出向くことができます。優しく受け入れてもらい、明日を生きる力を授けてもらうことだってできます。

 あなたは山ですか、海ですか?
 川ですか、湖ですか?
 人のたくさんいる場所ですか、誰もいない場所ですか?
 それとも?
 

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1月2日(月):光の中のお正月ランチ
1月3日(火):正統派お節も加わった今年のお正月
1月4日(水):大行列の先は?@成田山
1月5日(木):超簡単なギリシャのお正月ケーキ
1月6日(金):いつだって大好きなレストラン〜観音崎の海と風
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2012年01月06日

セイタカアワダチソウとコキ蛙君

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 出かける前にごそっと鞄に入れた新聞を電車の中で読んでいたら、昨日の新聞のこんな見出しの記事に目がひきつけられました。

「さらばセイタカアワダチソウ」

 茨城県つくば市にある農業環境技術研究所が、全国に広がっている外来植物のセイタカアワダチソウを駆除する方法を開発したというのです。ということは、当然ながら「セイタカワダチソウ」なる物は、やっつけなければいけない敵だということです。

 記事中にある写真を見れば、何だかとても懐かしい風景です。白い雲を浮かべた青空の下で、背の高そうな黄色い花が美しく茂っています。どうやら、もともとは北米から何かの拍子に紛れ込んだものが、その適応性と生命力から日本中に広まったようです。そして、広まりすぎたあげくに、在来植物の存続に影響を及ぼしているとのこと

 「この懐かしさは何だろう?」としばし考えていたら、電車が目的地に着いたところではたと思い出しました。昨年9月の末に訪れたインディアナ州の「ブラウン群州立公園」で、山の斜面一面を黄金色に染めていた花のことを。
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 あまりに見事なので、「何の花かしら?」と呟くと、花の名前などまずもってきちんとは答えられないパートナーが、この時ばかりは得意そうに答えました。

「ああ、あれはね、『ゴールデンロッド(Golden Rod)』だよ。アメリカ中西部のシンボルさ。きれいだろう?」
http://blog.platies.co.jp/article/48259900.html
 森という共同体〜ブラウンカウンティー)

 気になって今しがたちょっと調べてみたら、たしかに「セイタカワダチソウ」と「ゴールデンロッド」は学名が同じでした。太平洋のこちら側では駆除実験が繰り返され、向こう側ではシンボルフラワーとして旅情を誘い、郷愁を誘う、、、、、

 そういえば、こんなこともありました。
 
 プエルト・リコで毎晩聞いていた「コキーッ コキーッ」のコキは、たかだか25セントコインぐらいの大きさの、小さなソプラノの美声を誇る蛙君です。そしてプエルト・リコのアイドルです。

 島の人たちが愛するコキ君の鳴き声は、何種類ものCDになっていますし、その姿は縫いぐるみにも、キーホルダーにも、栓抜きにも、マグネットもなっています。この家にも、ひたすら45分間「コキーッ コキーッ」を繰り返すCDがありますし、冷蔵庫にはコキ君の栓抜きマグネットが貼りついています。
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 ところがコキ君とプエルト・リコで出会った2か月後にハワイに行ってみれば、なんとホノルル空港の一角にコキ蛙君の指名手配書が貼られているではありませんか!コキ君はハワイでは、生態系を脅かし、人々の健康と生活に巨大な悪影響を与える悪者なのです。
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 プエルト・リコから植木鉢の中に隠れてハワイ島に上陸したコキ君は、瞬く間に繁殖し、どうも今では騒音公害を起こしているらしいのです。カリブ海の島ではうっとりと聞かれていたロマンチックな鳴き声が、太平洋の真ん中では「うるさい!」と嫌われて、ハワイの不動産価値を下げてしまいました。あげく2006年には、とうとうハワイ州政府がコキ君を「害虫」として正式登録してしまったのです。かくして、さまざまな方法で「害虫駆除」が始まりました。

 セイタカアワダチソウも
 コキ蛙君も
 なかなか大変です。

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1月2日(月):光の中のお正月ランチ
1月3日(火):正統派お節も加わった今年のお正月
1月4日(水):大行列の先は?@成田山
1月5日(木):今年の幸運は誰に?@ギリシャのお正月ケーキ
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2012年01月01日

Welcome, 2012!


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 あけましておめでとうございます。
 明るい陽射しにあふれた2012年最初の日、皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。
 思えば、私の記憶の中の元日はいつだって晴天。雨が降っていたことはただの一度もないような気がします。もっとも、すべての元日に日本にいたわけではありませんが、、、

 家族が集まって新年最初の食卓を囲みました。急な仕事で1月最初の週にどうしてもワシントンにいなければならない夫とは、受話器をリレーのようにまわして、全員が電話で話しました。アンカーは3歳7か月の少年です。

「グランパおめでとう!待ってるきゃらね。じゃあね、バイバイ。」

 新年の抱負のひとつも語りたいところなのですが、目下こんな状態です。
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 泊り客もいます。思いはまた明日ゆっくりと、、、、

 皆様の2012年が、どうぞ心安らかに、心優しく、そして時に心ときめく年になりますように。
 Welcome、2012!
 
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1月2日(日)予定:光の中のお正月ランチ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | その他メッセージ

2011年12月31日

皆さま、ありがとうございました。

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 いよいよ2011年最後のブログとなりました。本当にいろいろなことのあった年でした。ニュージーランドでは、クライストチャーチに入る前日に地震が起こりました。私たちが滞在するはずだったホテルは大きな被害を受けました。

 日本に戻ってくれば今度は1週間後にあの日が来ました。私ごときが愚痴を言っていいものかと思う気持ちから、あまり人にも言いませんでしたが、あの後、アメリカで始まった左腕から指先までの痺れは結局半年近く続きました。検査をしても原因はわかりませんでした。秋には突然正座ができなくなりました。レントゲンを撮っても悪いところは見つかりませんでした。たぶんそれらは「共感症」と呼ばれるものかもしれないと、つい先日、医者の友人から聞きました。同じように、あれ以来、被災者でなくとも、いろいろな原因不明の症状に悩まされている人たちがいるのだそうです。私たちの心というのは、自分自身が思っている以上にヤワなのです。

 被災者の人たちの悲しみを思うにつけ、自分がこんなことをしていていいのだろうか、という自責にも似た気持ちに苦しめられました。楽しい、嬉しい、そう感じることさえためらわれた時もありました。それなのに、気づけばもうほとんど忘れかけて、平気で日常生活を送っている自分にまた腹を立てました。

 誰にとってもつらかった2011年がいよいよ終わろうとしています。
 今日、春に咲く花々が、もうこんな蕾をつけて準備を始めているのを見つけました。
 春はまたやってきます。

 皆様どうぞ良いお年をお迎えください。
 私たちの2012年がたくさんの希望の光にあふれますように。

 この1年の皆様の暖かいお気持ちと励ましに、心から感謝を申し上げます。皆様のおかげでここまで歩いてくることができました。ありがとうございました。

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12月26日(月):我が家の今年の持ち寄りクリスマス
12月28日(水):遅れた報告〜我が家の持ち寄りクリスマス
12月29日(木):みんなで飾ったスペシャルなクリスマスケーキ
12月30日(金):ビルボード東京のクリスマスプレート
12月31日(土):バークハイアットのアフタヌーンティー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:54| Comment(5) | その他メッセージ

2011年11月21日

飄々と粋に「今」を生きる

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 定年を迎えアロマテラピーを勉強し、インストラクターとセラピストの資格を取った友がいます。銀行の後に転職した大学で長年仕事をした後に、「アロマ」と言う全く異分野の道を選び、癒しのボランティアとして、老人ホームや介護施設などで奉仕をしています。そんな友が最近、日曜日と月曜日だけのアロマトリートメントのサロンを始めました。

 東京郊外の一軒家の、手入れの行き届いた庭では、秋の花々が風に揺れています。玄関を一歩入れば静かにBGMが流れ、馥郁とした香りに包み込まれます。友は私の好きな香りのオイルを調合し、うつぶせになった私の身体に、流れるように手をすべらせていきます。一生懸命に、真面目すぎるぐらいに、そして時に緊張をして、、、、

 私たちの間には、同じ職場で働いていた16年という月日があるのに、私たちはほとんど昔を語ることはありません。その分、謙虚に今を語り合います。昔、どんな役職に就いて何をしようが、そんなことは私たちの「今」ではありませんから。

 先日、このブログでご紹介した写真家の友も同じです。彼女もやはり私たちと同じ大学の同僚でしたが、ブータンに惚れ込み、その地を何度も訪ねては、76歳の身で、「ブータン〜祭りと人と〜」という写真展を銀座で開きました。彼女もまた、昔の仕事を語ることはありません。なぜって「今」を生きているのですから。

 かと思えば、いまだに過去をひきずり、過去にすがって生きている人たちもいます。何かと言えば、とっくの昔に辞めた会社の名前を口の端にのせては自分を語ろうとします。名刺をいただいたら、「元XX会社XX部長」とか、「元XX大学XX室長」などと書いてあるのを見て、驚くと同時に、何だか哀れになったことがあります。だって、それが20年も前のことだったのですから。

 もちろん、今ここにいる私たちは、過去の私たちがあってのこと。けれども、そんなことをことさら言わなくたって、今の私たちを表現することはできるはずです。いえ、それができなければなりません。過去の栄華や権力を言わねば自分を伝えられないとしたら、それはどちらかと言えば「ダサい」と思うのです。

 かくいう私もつい、「○○で仕事をしていた時には」、「私が●●のXXだった時には」などと言ってしまうこともありますが、最近は口にしてしまった後で、何やらばつの悪さを覚えるようになりました。

 いつか名刺を持たずにすむようになりたいと思います。あるいは、ただ自分の名前だけが書いてあるごくシンプルな名刺を持つようになりたいと思います。それが「粋」というものです。そして、どうせ年をとるのなら、年をとればとるほど飄々と粋に生きていけたらと思うのです。

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11月22日(火)予定:ホワイトハウスの殺風景チキンパテ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(6) | その他メッセージ

2011年11月01日

「地中海39」より

 ちょっと立て込んでます。明日中にお渡ししなければいけない原稿があるのに、まだ半分しか終わっていません。しかも明日は午前中から出かけなければなりません。ということは?ええ、それしかありません。夜なべ仕事。

 そんな状況ですので、本日はピンチヒッターの登場です。ひそかに書き溜めてきた「地中海39」という詩集らしきもの(笑)の中から、ふたつひっぱりだしましょう。本当は3つ、4つ、いえ39全部を並べ書きしたいところなのですけれど、またいずれこんな状況に陥った時のために出し惜しみ。

で、君はどうしたいの?
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で、君はどうしたいの?
あなたと一緒に年をとりたい
叶わなかった夢
若すぎたから

で、君はどうしたいの?
あなたと一緒に年をとりたい
現在進行形の夢
もう充分に若くはないから      
(Ennaにて)


リポン (それでは)
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教会の鐘の音に
イネ ゾデカ イオラ
あら、もう12時

えへんと咳払いをするように
リポンとつぶやいて
昼餉と それに続くまどろみへと
立ち上がる人々

人生 そんな風に仕切れたら
きっと 楽になるのに、、、、、
(Neapolisにて)

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月30日(日):マダム・リーの魔法の手さばき〜手打ちパスタ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:38| Comment(0) | その他メッセージ

2011年10月03日

水平線と船

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 10月1日に書いたブログに、とてもありがたいコメントをいただきました。地平線を見ながら内陸を走ってきた後だったからか、「Horizon」をてっきり地平線だろうと解釈してしまったのですが、実はどこか釈然としない思いがありました。それがいただいたコメントで、一瞬に目の前の霧が晴れたように、イメージがまるで絵のようにくっきりと感じられるようになりました。たった一言の言葉が持つ深さをあらためて感じています。そしてそれは、新たに水平線の向こうから顔を出す船への希望とつながります。

 早速、ブログのタイトル、「地平線はただ見えないだけ」を「それは水平線に過ぎない」と改めさせていただくと共に、墓碑の日本語の部分を改めさせていただきました。

 ありがとうございました。いただいたコメントをそのままご紹介させていただきます。

「ここのホライズンは地平線ではなくて水平線です。船が遠ざかって行って水平線の向こうに見えなくなる。船が小さくなるように見える、そして、とうとう、消えたように見える。けれどもそれはそう見えるだけ。船の大きさは自分が最後に見たときと変わっていない。自分の視界から完全に失われてしまったのも船の側にそのような性質が内属しているわけではない。そうではなくて、自分の側の話。自分の視界から船が消えた正にその瞬間、別の人々が喜びに叫ぶ−−船が来たぞ!と。死は私たちの視界の限界である水平線に過ぎない…という文脈。水平線(死)は(他の)なにものでもない、単に私たちの視界の限界に過ぎない…というお話です。」

                          By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:38| Comment(11) | その他メッセージ

2011年09月30日

森という共同体〜ブラウンカウンティー

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 アメリカには大小取り混ぜて50の州(State)があります。そして、州の下に郡(County)と呼ばれる行政区画があります。その数たるや、一番小さな州で3郡、最大の州になると254群と言いますから、平均値を取ればひとつの州に62の郡があることになります。

 私が今滞在しているインディアナ州にも92の郡があります。そして、ここ、ブルーミントの町はモンロー郡(Monroe County)に属しています。そういえば、中年男女の4日間の恋で観客の涙を誘った「マディソン郡の橋(The Bridges of Madison County)」と言う映画がありましたよね。あのマディソン郡はアイオワ州です。

 ここインディアナ州モンロー郡の北東、車で1時間ほど走った所に「ブラウン郡州立公園(Brown County State Park)」があります。ここはインディアナ州最大の公園で、広さは1万5千776エーカーですから、何と63.85平方キロメートル。ここで一昨日の昼間を過ごしました。

 公園と言っても、それは管理のもとに自然を保護された森林地帯です。人も車も影すら見えない道に、標識と共に小さな木の小屋がポツンと立っています。私たちの車が近づくのを見ると、中から年のいった男性が出てきました。ここで車一台につき7ドルの入山料を払い、地図をもらいます。わからないことにはとても丁寧に説明をしてくれます。

 4月に同じように車を走らせたり歩いたりしたプエルト・リコの熱帯雨林のように、舗装道路の上を走ればぐるりと一周をすることができます。同時に車では入れないトレイルがたくさんあります。管理された保護区と言うのが、いったい良いものか悪いものかは論議を要しますが、手っ取り早く自然に触れるにはこうした森林は最適です。

 とにかく誰もいません。とにかく静かです。とにかく空気が澄んでいます。草原にも山の斜面にも、アメリカ中西部の秋のシンボル、ゴールデンロッド(Golden Rod)が秋風に黄色の花穂を揺らしています。女郎花(おみなえし)によく似た花です。
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 鳥が鳴き、リスが走り、ウサギが飛び跳ね、鹿がゆっくりと目の前を歩いて行きます。こんな固い緑の実が頭上から落ちてきたりもします。これはクルミです。RIMG12442.JPG

 けれども、目に見えるものはごく一部、ここには750以上の種が生息しているといいます。鳥も蝶も蛇もキツネも、鹿もリスもウサギもネズミも、亀も蛙も虫もみなこの森の住人です。そして、無数の木々たちと、草花、きのこたちが、それらの動物たちと自然のバランスの中で共生しています。

 しかし、それが入念に計算され、ハイテクで管理されたバランスであることを思う時、いったいそれを「自然のバランス」と呼んでいいものかどうかにためらいを覚えます。そして、見晴らしの良い一角に書かれたこんな言葉を目にする時、もはや人の手を加えなければ、私たちの美しい共同体を保つことができないのだろうか、と複雑な気持ちにとらわれるのです。

Fortunately much of the Brown County Hills Regions is protected. In addition to publically owned property, many private landowners responsibly manage their land for the good of the larger ecosystem. By doing so the vistas seen by our ancestors will be the vistas seen by our descendants.

幸いにもブラウン郡の丘陵地帯の多くは保護されている。公共の土地ばかりでなく多数の個人地主たちも生態系を維持するために努力をしている。そうすることによって初めて、我々の祖先が見た風景が我々の子孫が見る風景になるのだ。
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                             By 池澤ショーエンバウム直美
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9月26日(月):陶芸展のビュッフェメニュー@フィラデルフィア
9月27日(火):変てこ?芸術的?なカプレーゼ@フィラデルフィア
9月29日(木):フィラデルフィアでジャパニーズ
9月30日(金):アジア通り発見!@ブルーミントン
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 20:25| Comment(0) | その他メッセージ

2011年09月29日

失敗もまた楽し〜フィラデルフィアのワークショップ

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 忘れないうちに、やはり5日前のワークショップのことを書いてしまいましょう。フィラデルフィアのクレイギャラリーで行われたものです。そうでもしないと、私の「留めておきたい記憶」は、日々次々と積み重なる新しい記憶に上書きされて、いつのまにやらおぼろげになっていきますから。

 8名の陶芸作家の作品展「Five by Eight: New Art from Japan」のオープニングの翌日は、3人の作家の方々によるワークショップ「Blue White Porcelain Workshop」でした。これは実にみごとな企画だったと思います。あらかじめ申込みをして参加した30〜40名の方々の満足度もかなり高かったことでしょう。

 まずは、白地に青で絵を描く「Blue White」を作風とする小枝真人さんが、どのように筆を使い、どのように描いていくかのプレゼンテーションがあります。みな、身を乗り出しながら真剣です。

 そして、前田正剛さんが椅子に腰を下ろして、ロクロをまわしながら大きな壷を作る実演がありました。何もかも初めて目にする私は、時として通訳という自分の役割を忘れてしまうほどに夢中に見入ってしまいます。

 それにしても「モノを創る人」と言うのは、男女を問わずなんて素敵なんでしょうか。藍色の作業着を着て、集中して描き、まわし、創る人の放つ魅力には抗えません。

 ところが、ロクロの上で、思いもかけぬハプニングが起こりました。ただの塊りだった粘土が魔法のように形になっていく途中で、質問を投げかけた女性に一瞬気を取られた作家が、ほとんど完成形に近づいた回転する壷を爆発させてしまったのです。それはまさに「爆発」という言葉そのものの、目を疑うような一瞬のできごとでした。作家も驚き、まわりで食い入るように見ていた私たちも声をあげ、ざわめきます。

 けれども、ロクロをまわしていた前田さんは、「時々こういうことがあるんですよ。そういう時はまた初めからやればいいんです。」とにこやかに、さりげなく言って、見守る人々の心を解きほぐし、また散らかった粘土を塊りにして同じ作業を始めました。そしてこんな言葉を付け加えました。
「アメリカと日本ではロクロのまわる方向が逆なんです。日本でも北と南で違うんですよ。」

 あとから一人の参加者が私に言いました。

「熟練の作家にも、一瞬にああしたことが起こることを知って、いかに集中を必要とする仕事かがわかりましたよ。けれども、ゼロから戻ってやり直せば、それは失敗ではないということもわかりました。もしかしたら、ミスター・マエダは僕達にそんなことをわからせるために、わざとやってくれたのでしょうか。」

 その後、参加者たちはいくつかのグループに分かれて作業に入りました。各グループに私たち通訳が一人ずつ付き、作家の方々が目を配り指導をします。まず紙にシャープペンシルで下絵を描いてから、それを焼きあがった白い皿にトレースします。そして細筆を使って青い染料で輪郭を取ります。次に、染料がにじみ出ないように固い芯のシャープペンシルで輪郭線をなぞってから、ダミと呼ばれる特別な太筆で色をつけ始めます。ダミは、直接に筆先で描くのではなく、色を施す場所の上で染料を指で絞り、それをまた吸収するのに使われます。

 どの人たちも真剣そのものです。男も女も、若い人もそうではない人も。そして、時に失敗もします。ロクロのように。

 けれども彼らは失敗の修復の仕方も学びます。たとえば、藍色を濃く厚くしすぎてしまった時にはナイフで削ればいいとか、白地につけてしまった汚れは練り消しゴムでポンポンと叩けばいいとか、、、、、

 3時間半後に描き終わったお皿の裏側にそれぞれのサインをして、全員が実に満足げな顔で、使った筆と染料や器などの器具を袋に入れて工房を後にします。残された皿とカップは乾いた後に、釉薬に浸され、炉に入れられて作品となります。

 こうして、全く無知だった世界をひょんなことから覗き見られたことは、本当に貴重な経験でした。そして形あるものを創る人への憧憬がますます大きくなりました。私に少しでも創れるものがあるとしたら、それは形のないものばかり。いつの日か、小さな皿を作ることができたらと思うばかりです。

                           By 池澤ショーエンバウム直美

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9月26日(月):陶芸展のビュッフェメニュー@フィラデルフィア
9月27日(火):変てこ?芸術的?なカプレーゼ@フィラデルフィア
9月29日(木):フィラデルフィアでジャパニーズ
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2011年09月13日

中秋の名月〜陸前高田とDCと

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 昨日12日は中秋の名月。と言っても、もうじき14日の日付に変わる日本の皆様にはちょっと古い話でしょうか。

 友人たちから、「ナオミさあん、もうすぐお月見ですよォ」とか、「今夜は中秋の名月を楽しみます。」などとメールをもらって、それならばここでも名月を楽しまずになるものか、と、昨夜の夕食の後に中秋の名月鑑賞散歩に出かけました。

 食事をしている時に見えた窓の向こうの空の月はもはやなく、しばらくは満月を探してのウロウロ歩き。そして見つけました、ビルの合間に煌々と輝くお月様を! ちょっとした間にも地球は確実にまわっていたのです。

 いつも不思議な感じがします。私が朝日を見る時には、日本のみんなは夕日を眺め、私が夕日を眺めている時には、昇る朝日を見ているなんて。昨夜だって、私たちが中秋の名月を愛でているのに、日本の家族も友人たちも、もうとっくに朝日とともに新しい日を迎えているなんて。

 友が息を呑むほど美しい写真を送ってきてくれました。こんなコメントつきです。

「昨夜は素晴らしい満月を観ました。DCではこれから始まるのですね!晴れているのでしたらススキとお団子で観月してください。どちらも手に入りませんか?写真を撮ってお送りしようとしましたが、暗い夜の空の月を撮るには三脚が必要なようです。DCでも、日本でも名月は同じでしょう。日本のテレビでは画面いっぱいに大写しされたので、月面がくっきり見えました。」

 残念ながらススキとお団子は手にはいりませんでしたし、三脚もありませんでしたけれど、それでも十分に素敵なお月見でした。

 送っていただいた写真は、新聞に載っていたという陸前高田の名月です。「奇跡の一本松」が満月の明かりに照らされ、その静謐な光が海に映っています。そしてその反射がまた空に浮かぶ月を照らしているようです。美しい写真です。そして哀しい写真です。

 たくさんあった松の木がすべて津波になぎ倒され、たった一本残ったこの松の木も、9月4日の調査では、震災後にいったん出た新芽が枯れて、松ぼっくりも変色していたそうです。松ヤニもしみ出ず、葉全体も茶色くなっていたとのこと。

 しかも、根が傷んで養分を吸い上げる力を失い、猛暑にも適応できず、現時点では手の打ちようがないというのです。

 もしかしたら来年の中秋の名月にはもう見られないかもしれないこの松の木が、月光の中で凛として立つ美しい姿を心に焼き付けて、いつまでもいつまでも覚えていたい。もし為すすべがないのなら、私たちにできるせめてものことは忘れないことです。

 (ホウレンソウ話、またできませんでした。またあらためて。)

                             By 池澤ショーエンバウム直美

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9月11日(日):オバマバーガー?
9月12日(月):巨大マッシュルーム登場!
9月13日(火):つい寄ってしまうDCヌードル

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2011年09月09日

真夜中のパリはマジック〜Midnight in Paris

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Paris in the morning is beautiful.
Paris in the afternoon is charming.
Paris in the evening is enchanting.
But Paris after midnight is magic.

午前のパリは美しい。
午後のパリはチャーミングだ。
夕方のパリは魅惑的だ。
けれども真夜中のパリはマジックだ。

この気のきいたセリフは、ウッディ・アレンの話題作「ミッドナイト・イン・パリ(Midnight in Paris)」の予告編から。

私がワシントンを後にした約2週間後の5月20日に全米公開されたこの映画は、とうとうアメリカ国内だけでも興行収入が約40億円を越えて、これまでのアレン監督の数々のヒット作を越えたメガヒットとなりました。カンヌ国際映画祭で上映されたとは言え、初めから鳴り物入りだったわけでもなく、最初はわずか6館での上映から、口コミで評判が広がって、とうとう1000館を越す映画館での上映となったようです。

と言ってもさすがに公開以来はや4ヶ月近くたつとあって、「先週はたしかにかかっていたから」と行ってみたら、もう終わっていた、などということもありました。昨日夕方5時の回に行ったのは、DCのど真ん中にある「E-Street Cinema」です。けっこう古くからあるシネコン型の映画館ですので、ロビーからたくさんの部屋に分かれています。「ミッドナイト・イン・パリ」はNo.2の部屋。ところが、ドアを開けて中に入れば、驚いたことに観客はたった1人。予告編が始まってから入ってきた一組をあわせても、大きな映画館を独り占めならぬ五人占め。しかも大好きなベルギーの白ビール「Blue Moon」つきです。

映画は耳に心地よいシャンソンが流れ、パリの街が映し出されます。まるで一級の観光ビデオのように、ムーランルージュ、シャンゼリゼ、セーヌ川、モンマルトル、ノートルダム、エッフェル塔、凱旋門、オペラ座、、、、、雨が降り、また雨が止み、、、、

ストーリーは奇想天外。フィアンセとその両親と共にアメリカからパリにやってきた、若き男性作家に起こる、クラクラするようなファンタジー。いとも華麗で、いとも美しく、いとも退廃的な、、、、

ベル・エポック(Belle Epoque)と呼ばれるパリが一番華やかだった戦前の時代に足を踏み入れた現代青年の前に現れるのは、、、、、

ヘミングウェイ、スコット&ゼルダ・フィッツジェラルド、ダリにピカソにマティスにゴーギャン。ドガもロートレックも。そして何と、若き芸術家たちの守護神であったガートルード・スタイン!深夜のサロンでピアノを引きながら歌うのはコール・ポーター。

女たちは短い髪にパーマをかけ、帽子をかぶり、美しく化粧を施し、ストンとしたワンピースで、キセルにつけた煙草をくゆらす。その何とエレガントで何とコケティッシュなこと!

とにかくこの映画、もし、ガートルード・スタインやコール・ポーター、フィッツジェラルド、、、、、が誰なのかをを少しでも知っている人にとっては、極上の娯楽作品です。悪く言えば、知的Snobbery(知的気取りというか、もっと悪く言えば俗物根性)を完璧に満足させる映画です。

最後は真夜中のパリ。
セーヌ川に降る雨。

日本での封切りがいつになるかはまだ未定のようですけれど、もしあなたが私のように知的スノブならお薦めです(笑)。生きていたい、人生を楽しみたい、燃焼させたい、、、、、そんな気持ちにさせてくれます。そして、たまらなくパリに行きたくさせます。

ウッディ・アレン 76歳、やるじゃありませんか!

映画はアメリカ暮しのベネフィットの一つ。
こうして日本で公開される前の新作が、ガラガラの劇場で、たった8ドルで見られます。
しかもビールを飲みながら。

By 池澤ショーエンバウム直美


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9月5日(月):炊飯器で簡単!ひよこ豆ライス@プエルト・リコ
9月6日(火):謎の調味料ソフリート@プエルト・リコ
9月7日(水):お米とチキンのシチュー@プエルト・リコ
9月8日(木):困った時のHANA頼み@ワシントンDC
9月9日(金)予定:HANAから始まる手巻き寿司
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2011年09月08日

自然の呼び声 ただしパンダを除く

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 日本では台風12号が大きな被害をもたらし、ここ、アメリカでも地震、ハリケーン、山火事と、自然の災害が相次いでいます。つい先日、アイリーンが東海岸を通り過ぎていったばかりなのに、今度はリーが南部のルイジアナ州に上陸。豪雨や水害をおこしました。

 今日も朝から一日雨です。いつもはくっきりと見える窓の外の景色も、霧にかくれたようにぼんやりとしています。気温も一気に下がり、時折雷の音も聞こえます。これも北に抜けて行くリーの置き土産なのでしょう。

 8月23日にワシントンを襲ったM5.8の地震は、地震といういものめったに起こらぬ地であっただけに、いまだにワシントニアンのホットな話題となっています。友人同士が会えば、まずは「あの時」の話で始まります。と言っても、私たちの3・11とは比べようもないぐらいのものなのですが。

 地震発生後3日目、26日のワシントンポストに、早速こんな記事が載りました。ゴリラの写真付きです。

    Call of the wild (except the pandas) 
          (自然の呼び声 ただしパンダを除く)

 ワシントン国立動物園で哺乳類の飼育を担当するブランディー・スミス氏へのインタビューです。パンダで有名な動物園で、「ただしパンダを除く」と言うのがなんともおかしい話なのですが、、、、ちょっとかいつまんでご紹介しましょう。

Q:なぜ動物は人間にはない地震の予知能力があると言われているのでしょう? 私たち人間も動物なのに、どうして私たちにはそれがないのでしょう?

A:動物は我々人間よりもずっと周囲の環境に敏感です。敏感であるかどうかが彼らの生存を左右するからです。

Q:ある種の動物は、地震の起きる15分ぐらい前に奇妙な行動を起こしたと言われていますが、そうした能力を私たち人間が地震予知として利用することはできないでしょうか?

A:たしかにキツネザルの一種は、あの地震が起きた15分ぐらい前に奇声を発し始めました。大変興味深い行動でした。まだまだ研究の余地がありますが、15分前では私たちへの予知としては短すぎますね。地震が起きる少し前に、ゴリラの母親も赤ん坊をかかえて一番高い所に上りました。

Q:ワシントン動物園で一番の人気と言われるジャイアントパンダの反応はどうっだのでしょう?

A:私たちのパンダは地震の前には何にも変わったことはありませんでした。いつものように裏庭のドアのあたりで寝転んでいましたが、地震が起きるや二匹とも飛び上がって、あわてて走って行きましたね。

Q:動物たちはもう平常の状態に戻ったのでしょうか。それとも私たち人間のように、まだ多少は怯えているのでしょうか?

A:私たちの動物たちは地震の後、比較的すぐに落ち着きました。そして通常の行動をとり始めました。

 この世はまだまだわからないことだらけ。
 でも、地震直前まで悠然と寝ているなんてパンダややっぱりパンダです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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9月8日(木)予定:HANAで買ったもの
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2011年09月03日

悲しき熱帯 悲しき地球

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 60年前にはこの地球上に40億エーカーもあったものが、23年前の1988年にはその約6割、25億エーカーになってしまったものがあります。エーカーと言っても、私たちには全くピンとこない大きさですが、これを平方キロメートルに換算すれば、延々とゼロが付くものですから、ますますもってわからなくなります。要するに25億エーカーというのは、地球の約7%です。けれども、そのたった7%の場所に、地球の生命の約半分が住んでいたと言うのです。

 その場所はその後も年々減り続けています。いったいどこだと思いますか?
 それが、Tropical Rain Forest=熱帯雨林です。

 As these unique forests disappear, so do a countless kinds of plants and animals. Many species are lost before they are ever discovered by scientists.
(これらの貴重な森が消えていくにつれて、無数の動植物たちも消えていく。まだ科学者たちが発見すらしないうちに。)

 これは、先週土曜日に一人過ごしたボルティモア水族館で学んだことです。しかも、

 70% anti-cancer properties are found only in rain forest.
(抗癌作用のある物質の70%は、熱帯雨林でしか見つけることができない。)

 とも。

 最初の世界地図のうち、黄色く塗られた部分が、現在、熱帯雨林がある所です。黄色い点が密集しているのはニューギニアです。そしてカリブ海にも、3つだけ点があります。右側がプエルト・リコ、左側の2つがドミニカ共和国です。トプエルト・リコの首都サン・ファンから43キロほど南東にある「El Yunque」と呼ばれる熱帯雨林には、ついこの4月に行ったばかりです。

 世界地図をつぶさに見れば、私が歩き馴染んだ太平洋の小さな島々にもその点が置かれているのがわかります。熱帯も、熱帯雨林も、私の長い人生の中で、たくさんの思い出を占める場所です。だからこそ、こんな現実に向き合わされると、切なくてたまらなくなります。

 そもそも熱帯とは単に地理的な括りです。北回帰線から南回帰線までの間の帯状の区域です。そのまん中に赤道があります。具体的には北緯23度26分22秒から南緯23度26分22秒までの間。

 そこは日射量が多いために一年中高温となり、上昇気流が多量の雨をもたらし、その下に熱帯雨林が作られます。豊かな雨は地を潤し、動植物を育み、また空に昇り、再び雨となって戻ってきます。自然の変異がない限り、そして人間がなんらかの方法でこれを壊そうとしない限り、この連鎖は永遠に続くはずです。

 Without firing a shot, we may kill one-fifth of all species on the planet in the next 20 years. (Russell Train 1988)
(拳銃に頼らなくとも、今後20年で私たちはこの惑星の5分の1の種を途絶えさせてしまうだろう。

 せめて心の中に熱帯雨林を残しながら、私はこの地球を歩き続けます。

By 池澤ショーエンバウム直美


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8月29日(月):青バナナのモフォンゴ登場!
8月30日(火):青バナナのチップス
9月 1日(木):水花火の夜のお弁当
9月 2日(金):これはどこのお弁当?
9月 3日(土):焼きピーマンのサラダ


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2011年08月01日

良い言葉だけを書いていきたい

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昨日、7月の最後は小雨模様の涼しい締めくくりとなりました。
そんな中、いつもお世話になっているミチヨさんが、訪ねてきてくれました。
実は、先日、私が出かけていた折に、帰ったとたんに夫が、「君を訪ねて素敵な女性がやってきたよ。また来ると言っていた。」。このくらいの日本語は理解できるのです(笑)。

ミチヨさんは私よりもずっと年下。それなのにものすごくお世話になっているのです。というか、もっと正直に告白すれば面倒を見てもらっているのです。たぶん彼女から見たら私のドジ、よく言えば天然ボケが心配で見ていられないようなのです。

ある時は、グローバルキッチンの当日、出勤前に砥石持参で突然やってきて、10本の包丁を全部研いでいってくれました。また今年のお誕生日には、「ナオミさんはいつも何かを探しているから。」と言って、「バッグインバッグ」というものをプレゼントしてくれました。「必要なものをそこに入れておけば、たとえ持ち歩くバッグが変わったとしても、それごと移せますからね。」と言って。またある時は、出かける直前の私の前で突然笑い出したと思ったら、「ナオミさん、そのセーター裏表が逆ですよ。」と言って着替えさせられました(笑)。

もともとは私の保険を一切おまかせしている会社の方だったのが、いつの間にやら、姉妹のようになりました。これまで彼女の優しさにどれだけ救われてきたかしれません。私も彼女の前では気取ることなく、ドジ全開で、すっぴんで話しこんでいます。

そんな彼女が長らく仕事をしていた会社を退職することになりました。詳しい理由は聞きません。でも、おそらく随分悩んだあげくのことでしょう。ですから、ただ一言こんなメールを携帯に送りました。

「私はミチヨさんのどんな決断も応援します!」

訪ねてきてくれた彼女は、左手に小さめな紙袋を持って立っています。
「ナオミさん、私、箱根に行ってきたんです。これ、美術館で見て、どうしてもナオミさんに使ってもらいたくなって。」

と、紙袋を差し出します。中から出てきたのは、細長い箱。開けてみれば思わず息を呑むほどに美しく繊細なガラスのペンです。ペン先がまるで南の海の貝のように巻かれています。そうしてインクをためて、細くも太くもいい具合にペン先に下りてくるような仕組みになっているのです。

あまりの美しさに溜息をつきながら、「早速、インクを買いにかなければ。」と言えば、「袋の中を見てください。」とミチヨさん。中には黒と青のインク瓶がしっかり入っていました。
早速目の前でためし書き。もちろん、最初の言葉は「みちよさん、ありがとう。直美」です。

思えば、こうしてインク壷からインクにひたしたペンで文字を書いたことなんて、いったい何年ぶりのことでしょう。中学校に入学したお祝いに、父がパイロットの万年筆を買ってくれたのが最後だったかもしれません。その万年筆も今はどこへ消えたのか、いつのまにか、落とそうが、失くそうが大して気にもならない安物のボールペンばかりを使うようになってしまいました。

何とかにつける薬はない、という言葉は私のためにあるのかと思うほどに、あいも変わらず、落し物と失くし物と忘れ物の名人です。ですからこの美しいガラスのペンだけは決して持ち歩かないつもりです。そして自分自身に誓いました。このペンでは良い言葉だけを書こうと。

良い言葉ってどんな?と言われれば、それはたぶん、競わず、比べず、卑下も誇張もなく、正直で、けれども傷つけず、優しい言葉たち?



しばらくはこのバナーを置かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。何せ人手不足です。司会も私が勤めさせていただきます。
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8月2日(火):自宅で鮨屋その1
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2011年07月22日

朝の素敵なお客様

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 いつものように朝起きるやいなやパソコンのスイッチを入れて、起動するまでの間にちょっとキッチンにコーヒーを取りに行っていただけなのです。それなのにカップを片手に戻ってみたら、私のPCの上に小さな小さなお客様がいました。それはそれは可愛いカマキリの赤ちゃんです。こんなに小さな子、見たことがありません。

 就職面接の定番質問、「あなたの強みはなんですか?弱みはなんですか?」
 私の限られた強みと、たくさんの弱みを統合してみれば、胸を張って言える「強みにして弱み」がひとつあります。(ま、胸を張るほどのことでもありませんが。)

「はい、私の強みはどんな動物でも虫でも好きになれることです。弱みはそれがたとえ悪い奴でも、可愛そうでやっつけられないことです。」などと言いながら、さすがに蚊ぐらいはたたけますけれど(笑)。

 そんな生き物好きのDNAは、みごとに娘たちにも受け継がれました。彼女たちが子供の頃は、さすがの私も用心をしなければならないほどに、机の引き出しの中には色々なものが棲息していました。たしかイモリをペットにしていた時代もあったように覚えています。私の育児方針はただひとつ。男だから、女だからと言う縛りで好奇心の芽を摘まないことでした。

 だから上の娘の引き出しには色々な昆虫が住んでいましたし、下の娘はトカゲに夢中になりながらも、男の子の中でただ一人、サッカーチーム「ペガサス」でボールを蹴っていました。ある時、チームの男の子たちが集団でやってきて、真剣な顔で私に言いました。「おばちゃん、今日は本当のことを教えてほしいの。○○ちゃんは男なの?女なの?」

 いまだに私の「くくられアレルギー」は続いています。「何だから何」という思い込みは心底苦手です。「男だから」「女だから」「アメリカ人だから」「日本人だから」等々、、、、

 朝一番のお客様は、もう本当に愛らしくて、しばらくPCの上で遊ばせてしまいました。ひとりで慈しむのはもったいなくて、お客を驚かせないようにそっと夫を呼びに行き、「見て見て!」と言ったら、いつもは家の中で虫を見ればすぐに退治しにかかろうとする夫が何と言ったと思います?

「かわいいねえ。マンティスだよ。Praying Mantisと言ってね、これはベネフィシャル・インセクト(益虫)なんだ。ほら、祈る(pray)ような仕草をするだろう?だから、きっといいことが起こるよ。君の願いが叶うかもしれない。」

 加えてこんなことまでも教えてくれました。

「マンティスの語源はね、たぶん古代ギリシャ語で神託をする預言者から来ていると思う。」

 かくして私たちの素敵な朝のお客様は、そっと私の手のひらに乗せられて、夫が開けた庭へ続く窓から、静かに優しく草の上に戻されたのでした。

 めでたし、めでたし。
 でも、いったいあの小さな美しい子はどこから来たのでしょう。謎です。

「地球の並外れた美しさは、生命の輝きに満ち、花びらの一枚一枚に新しい思考をもたらす。美しさに心奪われるとき、それは私たちが本当に生きている唯一のときである。あとはすべて幻想、あるいは忍耐でしかない。」(リチャード・ジェフリーズ)


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7月21日(木):奇跡のパーティーの行方1 
7月23日(土)予告:奇跡のパーティーの行方2〜土佐編
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