2010年09月02日

隙間ってやっぱり素敵

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 9月に入って2日目。
朝刊を開くまでもなく、飛び込んできたのは、『暑い夏 113年間で1番』 という一面の見出し。気象庁が明日、専門家を集めて「異常気象分析検討会」を開くことを決めたというのですから、我々素人が肌で感じている以上に、この夏のこの気候は異常なのでしょう。

 そんな鬱陶しい季節に、立て続けに爽やかな女性たちにお会いしています。男性には失礼ながら、どうも最近はダンディーな男よりも、ダンディーな女の方が増えてきたように感じます。この 「ダンディ」 という言葉、わかったようでわからない言葉の一つですが、もともとの「 男性の洗練されたお洒落」 という意味からちょっと飛躍して、男であれ女であれ、その人のかもし出すある上質の存在感、と言うのが私なりのダンディでありダンディズム感です。かなり勝手な解釈?(笑)。

 女の方が何々とか、男だから何々とか、そうした括りにはめっぽう弱くて、すぐにアレルギー反応を起こしてしまうたちなのですが、そのくせ、ある種の潔さ、あきらめの良さ、しがみつかない生き方を選択する勇気と知恵を持った「ダンディーな女の方が増えてきたように思う」のです。

 若いうちならば、あきらめずにドンドンと前へ進むパワーは眩しいくらいに美しいのですけれど、我々世代になるとちょっと違ってきます。それはたぶん、客観的な是非ではなくて、私自身の生き方や価値観や、大げさな言葉で言えば美学が年と共に変化をしているからなのだろうと思います。

 日曜日に我が家にいらしたエミさんは、一線から退くにはまだまだ早い若干50歳。傑出した日本人女性です。アメリカでパイロットの資格を取り、女性パイロットとして活躍し、自分の会社を作り大成功させました。見た目だって本当にチャーミングです。驚いたことに彼女がこんなことを言いました。

「私は夢のためにも働いたし、お金のためにも働いた。
あとは主婦として夫と静かに生活をしていく中で、できる範囲で社会にお返しをしていきたい。
頑張らずに、肩の力を抜いてゆるりと心地よく。
昔は何とかだった、何を成し遂げたなんてこと、誰も知らなくていい。」

 月曜日のマツコさんは、

「今やっている仕事?お金のことを考えたら馬鹿らしくなるけど、でもね、みんなが喜んでくれているしね、自分だからできることだしね。たぶんこの先もずっと続けると思うよ。」

 火曜日にランチをしたチエコさんは、もう長い間、赤坂で旅行代理店を経営しています。私の航空券は全て彼女にまかせています。

「63歳になったらね、随分色々なことが変わってきた。60とは大違いよ。景気が低迷しているってこともあるけれど、時々本当に仕事がきつくなってきた。以前ならすぐに取り掛かって片付けられた仕事も何だか億劫になったり。最近、どうやってきれいに撤退するかを考え始めたのよ。若い人たちのためにも、どこかできちんと線を引かなければね。」

 もう一人だけ続けましょう。昨夜お会いしたサチコさんは横浜で小さなギリシャ料理のレストランを持って、自らも台所に立っています。まだお若い方です。

「6年目になりましたけれど、正直難しいですね。でも、今は悪くても、次は良くなると信じてやってきました。きっとお客さんも戻ってきてくれるって。それにこれが私の好きなことで、これが私にできることですから、たとえテーブルが埋まらなくても幸せです。」

 銀座に出る機会があってミキモトの前を通ったら、つい6日前までは素敵な秋の庭だった場所がこんな花畑に変わっていました。足を止めていつまでも眺めていたいのは、不思議なことに花いっぱいの庭ではありません。隙間ってやっぱり大切ですよね。
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9月2日(木):丸ズッキーニ登場!
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2010年09月01日

月初めのセプテンバーマジック

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 9月です!
 心なしか今朝は暑さもちょっとばかりおさまったように感じるのは、「9月だ!秋の始まりだ!」 という単純な思い込みのせいでしょうか。

 新しい月が来るたびに、何だか新しい自分になれるような気がします。

 たとえば今朝の私は、暑いからとか、夏休みだからとか、アメリカから帰ってきたばかりだからとか、ウダウダと言い訳がましく自分を納得させていた自分ではありません。怠け者の自分を後ろめたく思う気持ちを快刀乱麻きり捨てて、けっこう 「しっかり者」になっています(笑)。 

 やりたいこともたくさんありますし、行きたい所もたくさんあります。
 やらねばならないこともたくさんありますし、行かねばならない所もたくさんあります。
 読みたい本もたくさんあります。読まねばならぬ本もたくさんあります。

 そんなことが、突然億劫でなくなって、何だか楽しくてしょうがなくなってきたのは、まさに月替わりのマジックでしょう。1年が12に区切れていて本当に良かったと思うのは、まさにこんな時です。

 これが上半期・下半期では長すぎるし、24節気では短すぎます。ましてや1年に52もある1週間では、あわただしくて変身などできるわけもありません。リセットボタンを押して、気持ちを新たにするには、12ぐらいがちょうどいいのです。

 いつまでこんな 「月初めマジック」の効力があるのかは、毎度の経験からいささか不安がないわけではありませんが、それでもたとえ月始まりの何日かだけだって、こんな風に新鮮な気持ちになれるのはいいものです。

 ギリシャにいれば、月の最初の日には、会う人ごとに声を掛け合います。
「ΚΑΛΟ ΜΗΝΑ!」(いい月を!)

 花瓶の中身を取り替えて、緑にしてみました。
 部屋の一角に爽やかな高原の風が吹き渡るようです。
 小さな花瓶のほうはちょっと冒険でしたけれど、南国にふわっと貿易風が頬をなでていく感じが気に入っています。

 こんなことをする気になったのも、月初めのセプテンバーマジック?
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9月1日(水):秋茄子が出る前に2〜サルタンのお気に入り
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2010年08月27日

はぎ ききょう、、、、銀座に咲く秋の七草

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 「炎暑延々」
 新聞を開くまでもなく、一面にこんな特大文字が目に飛び込んでくる今年の夏。
 立秋も処暑も過ぎたと言うのに、秋の兆しもどころか、暑さはいっこうに衰える気配も見せません。

 そんな炎天下、銀座のまんまん中に秋を見つけました!
 銀座に通っていた4年間、毎日足を止めるのが楽しみだった、ミキモトの正面玄関横の空間です。昨年の夏は、たしか無数の風鈴が銀座を渡る風に揺れて、チリリンチリリンと道行く人たちに涼を届け、秋に近づく頃には、一足先に中央通りの一角が、薄桃色のコスモス畑になりました。

 今そこは、水音さえ感じるような空間に、秋の七草が生えています。

 はぎ ききょう すすき なでしこ おみなえし
 くず ふじばかま 秋の七草

 子どもの頃は、こんな風に唱えながら七草の名を覚えたものでした。けれども、それら7つの草花を一度に見たことは初めてです。またしてもミキモトの粋な計らいに心を掴まれてしまいました。

 この日、銀座に出かけたのにはもちろん理由があります。尊敬するお二人の方をお繋ぎしたのです。個人会員500名、法人会員180社を抱く日本秘書協会の石川理事長と、430年の伝統を持つ 「香十」 の稲坂社長です。近しいご縁をいただいて、これまで私はどれだけのことをお二人から教えていただいたことかしれません。

 つい2週間前のことです。理事長がこんなことをおっしゃいました。

「ナオミさん、月例会にどうしても稲坂社長にご講演いただきたいのだけれど、ご紹介してくださらない?」

 その一言で、あれよあれよと言う間に事が動き始め、講演の日取りも内容も、お二人がお会いする前に全てが決まり、この日は糊役の私が理事長をお連れして、銀座まで社長をお訪ねしたのでした。

 このお二人には大きな共通点があります。とにかく仕事が速い、決断が早いのです。決して 「それについてはちょっと考えさせてください。」 とか、「持ち帰って社内で検討します。」 とか、「では折をみて」 とか、「善処しましょう。」 のような言葉は使いません。目の前でポンポンと自己裁量と自己責任で諸事万端決まって行く様は、秋の七草が揺れるミキモトの前庭のように爽快です。こんな時、私は、わが身が糊どころか、まるで素敵な化学変化を起こさせる触媒になれたようで嬉しくてたまりません。

 稲坂さんがまたしても素敵な言葉をくださいました。さすが脚本家としても活躍なさった方です。

「僕は大学も演劇専攻で、もともとは台本を書いていましたから、自分の人生の台本も書いているんです。何章まで書けるかなと思いながら、20代には20代の、50代には50代の台本を書いてきました。そうすると人生、けっこう台本通りに動くもんなんですよね。」

 ミキモトの秋の庭がことさら涼やかにすがすがしく感じられたのは、そんなお二人にお会いした直後だったからかもしれません。
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8月27日(金):ギリシャ〜トルコ〜レバノン みんな隣組
8月26日(木):5品目の15分サラダ
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2010年08月23日

人前には現れない小さな少年

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 手元に、と言っても、遠い遠い場所の小部屋の中のどこかに、その本はあります。
 子どもが持つにはずっしりと重く、それなのに小さな少年の宝物で、何度も何度も繰られたページには丁寧に丁寧に書かれた小さな文字の書き込みが見られます。

 6歳の子どもが読むにはかなり難しかっただろうと思わせる、その淡々としていながら精緻な文体は、ところどころに美しい絵をはさんで、どこまでも続きます。少年は、どこに何が書いてあるかがすぐにわかるように工夫して、巻頭に自分で索引を作りました。毎朝、まだ日が昇り始める前に双眼鏡を手にそっと家を抜け出して、川岸まで自転車を走らせました。

 少年の頭には、ほとんど全ての鳥の産卵時期も、孵化時期も、渡りの時期も頭に入っていました。姿は見えなくともその鳴き声を聞き分けることができました。毎朝、川から帰ってきては、見た鳥、聞いた鳥を索引で引き、開いたページを読みふけりました。

 少年は大きくなるにつれて、ほかにやらねばならぬこともたくさん出てきて、いつしか川岸へと自転車を走らせることもなくなってしまいました。転々といくつもの場所へ移るうちに、川辺は遠い思い出の中の場所となってしまいました。

 ほかのたくさんの知識を身につけて、社会の中で一角の人間として生きていくためには、当然たくさんのモノを捨ててきました。モノにこだわらない、という知恵も学びました。大人になった少年が書く文字は、忙しさに追われる者が書きなぐる文字になりました。けれども、たとえ何回引越しを繰り返そうと、何回生活が変わろうとも、何でも捨てる人が、この重い本だけは捨てませんでした。

 クリスマスのプレゼントにようやく買ってもらった鳥類図鑑を手にした時の飛び上がらんばかりの喜び、早朝の川辺で過ごす至福の時間、鳥たちとの会話、それを確かめるために真剣に宝物の本に向かい合う少年、、、、、そんな姿は今のその人からは一片だって見られません。そんな少年がいたことなど誰も知りません。

 でも、私は知っています。その人の中にいた小さな少年を。
 そして時折、本当に時折、姿を現すその少年を。

 この夏も、私は夫にお願いをして、あの本を見せてもらいました。美しい本でした。美しいページでした。60年以上もの年代を経て、大切に扱われてきたモノだけが持つ気品に満ちていました。

 ある時、こんな質問をしたことがあります。

「今の仕事に就いていなかったとしたら、何になっていたと思う?」

 それにはしばし答えられなかった人が、「じゃあ、何になりたかった?」という質問には、すぐさまこう答えました。

「鳥の学者かなあ、、、、、」

 昨日書いたように、「らしくない別世界」 を持っている人もそうですけれど、男女を問わず惚れてしまうのは、人前には現れない小さな少年や少女を、心の中に住まわせている人です。
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8月23日(月):またまた登場 春巻きの皮
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2010年08月22日

らしくない別世界

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 職業を表す 「profession」 という言葉。もともとの西欧社会では、3つの職種がそれを代表していました。医者と弁護士と聖職者です。特別な勉強をしなくては就けない仕事であり、特別な訓練が必要であり、資格を取らねばならず、社会になくてはならぬ仕事であり、世のため人のためになるはずの仕事であることから、いつの時代も、色々な意味で憧れの対象でもあった 「profession」 です。

 今や私たちの社会はそうそう単純ではなくなって、仕事の種類もどんどんと増えてきました。私たちの目を釘付けにした、村上龍さんの 「13歳からのハローワーク」 には514の職業が紹介されていましたし、それから7年たって今春出版された新しい版には、さらに89の仕事が加わりました。

 その公式サイトの 「人気職業ランキング」 には、1位から1024位まで、ありとあらゆる職業が列挙されていて、その 「職業名」 を眺めているだけでも、世相がわかって面白いのです。刺青師、マタギ、パチプロ、傭兵、クワガタ養殖なんていうのだって出てきます。

 今年の7月の最新ランキングの一位から五位までには、保育士、パティシエ、プロスポーツ選手、中学・高校教師、ファッションデザイナーという職業が並んでいます。「これぞprofessionである」 とされていた医師は7位、弁護士は42位、聖職者にいたっては、1024もの順番をつぶさに見るのも目が疲れて、あきらめました。

 昨夜、我が家に遊びにやってきて、飲んで食べておしゃべりをして、ふと気づけば夜も更けかかっていたというカップルは、弁護士さんとお医者様です。つまり、古来からの名誉あるプロフェッションのご夫妻。それなのに、全くもって 「らしくない」 のです。もちろん、仕事の場にいれば押しも押されもせぬ、堂々としたプロフェッショナルなお二人。けれども、、、、、

 二人が出会ったのは都内のジャズバー。ジャズピアノの腕だってちょっとした彼と、華奢な身体で小気味良いドラムを叩く彼女が、即興の組み合わせで演奏をしたことがそもそもの始まりでした。ジャズばかりか、南の海という同じ目線を持つこともわかりました。となれば、それはもう単なる偶然ではなく、きちんと仕組まれて、出会うべくして出会ったのでしょう。

 忙しい仕事の合間で、時間さえあれば南の島に飛んでいく二人は、つい何日か前にフィジーの島から帰ってきたばかりです。昨夜は、海の中にいれば何時間だろうが退屈しないという二人が私たちに見せるために、撮りたてホヤホヤの映像を持ってきてくれました。そして、今回の旅で初めて使ったというコンパクトな水中デジカメを、慣れた手つきで我が家のテレビにつないで、本邦初公開の映画が始まりました。

 珊瑚の林の上を魚たちと一緒に泳ぐ二人、夕陽の浜で遊ぶ二人、サメを見つけてカメラで追っていく二人、、、、、、画面の中の二人の笑顔と来たらとびっきりに素敵ですし、映像を解説してくれる二人と来たら本当に楽しそう。それなのに、また明日になれば、スーツと白衣に身を包み、厳粛な顔に戻っているのでしょう。

 たとえ 「profession」 と格付けされてきた仕事であろうがなかろうが、たとえ1024番目にランクインしている仕事であろうが、たとえランキングのどこにも出てこない仕事であろうが、全ての仕事はあまねく良い仕事です。自分がその仕事を愛し、働くことに誇りを持っていさえすれば。

 そして、どんな仕事をしていようが、「らしくない別世界」 を併せ持っている人たちは、いつだって、とっても格好良く、とっても素敵に見えます。

 写真がピンボケな理由は、カメラのせいでも、カメラマンのせいでもありません。「メールで送ってあげますから」 と言うのを待ちきれずに、南の島とくればすぐに夢見る目になってしまう私が、待ちきれなくてテレビ画面を撮ったからです(笑)。著作権侵害になっていたらゴメンナサイわーい(嬉しい顔)
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8月20日(金):気分はトロピカル
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2010年08月21日

会いたい人がいる幸せ

1P7236728.JPGP8183924.JPG 今週は旧交週間です。
 昨日も、ランチタイムにゆっくりポカポカ旧交を温め、夜は馴染みの居酒屋でくつろぎながらのフンワリタイム。

 最近は、「会ってよかった」「 会えてよかった」の確率が良い辺りで安定してきました。組織の中で役割を担っていれば、たとえ「何となく気が進まないなあ」と思っても、決められた方とお会いしないわけにはいきませんが、そんな時代も過ぎ去って、人生もほどよい所まで来てみれば、残された貴重な時間の中で、「会いたい人に会う」 という一見ごく当たり前のようなことが、実はどんなに贅沢なことかもわかるようになります。

 冷静に思い巡らしてみれば、「会いたい」 とは逆に、何となく気が重くなってしまうケースには、いくつかあるように思います。

 まず、会話が成り立たない場合。一見こちらの話を聞いているかのように見えて、実はまるで聞かずに、自分のことだけを話し続けている場合。仕事がら 「聴く」 のは得意な方だと思ってはいても、聴き疲れをしてしまうことだってあります。

 次に、愚痴が多すぎる場合。
 そして、人様の批判や悪口が多すぎる場合。
 最後に、未来を語らず過去ばかりを語る場合。
 もう一つ加えれば、根掘り葉掘りの質問が多すぎる場合。

 不思議なことに、最近はちょっとしたセンサーが働くようになりました。そんないくつかの 「場合」 を事前察知してくれて、渋滞を避けて道を選んでくれるナビのようです。というか、だんだんと我が儘になってきたと言う方が正しいのかもしれませんが、どちらのおかげにせよ、最近は嬉しい機会ばかりです。

 昨日のランチタイムのムツコさんは、ジャーナリストとしての決してぶれない視点を持っている人です。30年近い付き合いですが、それは決して揺らぐことがありません。困難の中にいても明るく乾いた愚痴で笑い飛ばし、一緒に明日を語ることができます。そんなムツコさんのアドバイスはいつだって的確です。

 なかなか思うように進まない仕事について、「打ち合わせがまた先に延びちゃってがっかりしてるの。」 と言ったら、

「良かったじゃない。それは時がまだ熟していないということよ。ナオミさんの準備がまだ不足だっていうこと。時間が与えられたわけなのだから、じっくり取り組んで、きちんといいものをプレゼンできるようになったわけでしょう?がっかりすること、ちっともないじゃない。」

 こんな具合に素敵な視点で、私の目の前の薄雲を払ってくれます。

 夜にお会いした政治学のシン先生は、いつだって温厚誠実。どんな時だって、決して人の悪口を言いません。たとえ、10人のうち9人が悪く言っているような人の中にも、ちゃんと良い部分を見つけては、「僕は彼のそんな所を尊敬してるんですよ。」 などと言います。もちろん目の前にいる人を褒めるのもとても上手です。

 シン先生と過ごす時間はいつだって暖かく過ぎていきます。

 会いたい人がたくさんいます。
 マユミさん、タカコさん、ノリコさん、キキ、ユーコさん、ケイコさん、ヒメコさん、、、、、、、
 もちろん男性にだって。

 会いたくない人の100倍も会いたい人がいるというのは、何て幸せなことでしょう。

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8月20日(金):気分はトロピカル
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:27| Comment(0) | その他メッセージ

2010年08月18日

何がしたい? 何ができる? 何をするべき?

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 自分の娘たちよりも若い学生たちからアドバイスを求められて、年相応の経験と、自分が属してきた世界での知恵を使って答えながら、時に冷水を浴びせられたように、はっとする瞬間があります。

 自分がいつの間にか失ってしまったものに気づく時です。
 固定観念からは自由でいるつもりだったのに、世の中の常識や慣習に沿った楽な道に逃げようとしていた自分を知る時です。

 どうせ駄目に決まっている、とか
 そんな恥ずかしいことはできない、とか。

 昨日もそうでした。アメリカの州立大学での1年間を終えたミエさんが、より困難な環境の中で自分を成長させるために、天下の名門、ハーバード大学へ転入したいと言うのです。今の大学で、この1年間本当によく頑張って、GPA(成績の平均値)もトップクラスに入り、大学を代表して、ハーバードでの学生会議に派遣されました。その時に、「ここだ!これこそ私が勉強をしたい所だ!」 と、全身に電撃が走ったと言うのです。

 けれども、アメリカの私立大学の授業料は、いわゆる名門大学であればあるほど、半端な額ではありません。ミエさんは、親にこれ以上の負担をかけたくないという思いから、東京の、ある大きな外資系会社の社長に、学費の補助を求める手紙を書くことにしました。なぜなら、その会社が高校生のアメリカ留学に奨学金を出していることを知っていたからです。

 「読んでみてください。そしてどう思うか教えてください。」 と、A4,4枚にびっしりと書かれた手紙を目の前に差し出されて、正直、私は読む前から随分と引いていました。

 「そんなこと、いかに何でも無理でしょう。」
 「あんな大会社の社長が読んでくれるとも限らないし。」
 「仮に読んでくれたところで、社長一人の意志でどうにかなるものでもないでしょう。」

 そんな 「大人の良識」 と言うフィルターで目を通し始めた4枚の書面は、少々ごたついてはいるものの、最初の一行から最後の一行までが、彼女の熱意にあふれていました。読み終わった後に、私は自分自身の先入観や良識が恥ずかしくなりました。そして、ミエさんと同じ年頃だった自分の姿を思い出していました。

 私はやたら元気よく、
 私はやたら勇敢で、
 私はやたら大きな夢を持っていて、
 私は何だってできるような気がしていました。
 自分の目の前に広がる広大な未知の世界は、きっと自分に味方をしてくれるはず、と信じていました。

 ミエさんと同じ状況だったら、きっと私も彼女と同じことをしたに違いありません。

 そう気づいた時に、私はこう言っていました。
「やってみようか、やらなければ何にも起こらない。駄目でもともと。それに撒いた種はいつか芽が出るかもしれないしね。」

 そして、その為に必要な6つのアドバイスをしていました。

@ 半分ぐらいに短くすること。
A 言い足りないのなら、この1年間に成し遂げたことなどは、別紙に箇条書きで書くこと。
B 言いたいことを最後に書くのではなく、一番最初に書くこと。
C なぜハーバードなのか、そこで何をしたいのか、を具体的に書くこと。
D 求める援助の内容と、自分自身の経済的状況をきちんと数字で提示すること。
E Give & Take のバランスを忘れないようにすること。自分は援助のお返しに何ができるのか、受け取った 「take」 を、将来どのような形で社会に 「give」 できるのかをきちんと書くこと。

 ミエさんはもう一度よく考えて、社長宛の手紙を書き直すことでしょう。
 そうするために、もう一度、じっくりと自分自身に向かい合うことでしょう。
 何がしたいのか、何ができるのか、何をしなくてはいけないのか、、、、、、、、

 それは私自身への課題ともなりました。
 私は今、何がしたいのか、何ができるのか、何をするべきなのか、、、、、、、

 まさかと思っていた玄関前の小さなオリーブの木が、小さな小さな緑の実を2つ結びました。この実だって、秋が深まる頃には黒く熟しているのかもしれません。
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8月18日(水):我が家の「土用の丑の日」
8月17日(火):初めての出会い ドーナツピーチ
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2010年08月16日

Over the Rainbow

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 お祝いされるのはありがたくて、嬉しいのですが、時に気恥ずかしいこともあります。
 でも、お祝いするのならいつだって、どこでだって大好きです。
 どうしたら喜んでもらえるだろうと計画を進める過程は、創造と想像の宝庫です。

 昨日は連れ合いの誕生日。しかも、二つのめったにないことが重なりました。
 一つは、ちょうど日曜日だったこと。
 そしてもう一つは、何十年の人生の中で初めて、東京で迎えた誕生日だったこと。

 となれば、ひっそりと祝うよりは、賑やかに楽しく祝うに越したことはありません。
 年を重ねていけばいくほど、お誕生日と言うのは重みを持っていくものですし、まるで損益分岐点のように、ある辺りからは、過ぎたお誕生日の回数よりも、迎えるお誕生日の数のほうが明らかに少なくなってしまうのです。

 昨日、私が計画したのはちょっとした変化球。家でのパーティーでもなく、レストランでの食事でもなく、東京湾の船の上。嬉しいことに年々拡大してきた家族10人が集まるにはちょうど良い大きさの個室です。

 船は竹芝桟橋を出て、レインボーブリッジの下をくぐり、お台場を抜け、東京第二トンネルを越え、羽田空港を過ぎたあたりでぐるりと大きく旋回して、元来た航路を辿ります。プライバシーが完全に保たれた個室の窓は、水面と、その向こう側の景色を一面に映し、ほとんど揺れもせずに静かに進んでいきます。

 栓を抜かれたシャンパンと、家族たちからの大きな百合の花束と、夫の好きな藍色のポルトガルのお皿たち、最年少の少年からはグランパに小さなブーケ。続く宴の食卓も楽しく、騒々しく、そして美味しく、、、、、

 最後のコーヒーが終わってアッパーデッキに出てみれば、クラクラとするぐらいに眩しい太陽が大きな船を包んでいます。2度目にくぐるレインボーブリッジにさしかかる頃合を見計らって、流れてくる 「Over the Raibow」 を、橋の下=Under the Rainbow で聞きながら(笑)、家族たちの素敵な笑顔の中で、こんなことを思っていました。

 たとえ損益分岐点をとっくの昔に通り越してしまっても、虹の向こうにはまだ素敵な何かが待っているかもしれない、、、、、、と、思えるような、、、、、、そんな風に年を取っていきたい、、、、、そんな風に年を取ってもらいたい、、、、この日、お誕生日を迎えた人にも。

Somewhere over the rainbow
Bluebirds fly.
Birds fly over the rainbow.
Why then, oh why can't I?
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2010年08月15日

睡眠不足 七つの大罪

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 帰ってきてから4夜目にして、初めて朝まで眠ることができました。久しぶりにさわやかな目覚めです。

 「時差ぼけはあまり関係ない体質」 などと言っていたのですが、寄る年波のせいでしょうか(笑)、ストンと眠って、きっかり3時間後に目が覚めてしまう夜が3日続きました。そのあげくどういうことになったかと言えば、、、、

その1:当然ながら昼間はボーっとしています。
その2:ついつい思考が後ろ向きになってしまいます。つまりふだんなら何でもないことや、楽しんで取り組めることも何となく面倒くさくなります。
その3:出不精になります。アポをキャンセルしたりします。
その4:集中度が落ちて、一つのことにやたら時間がかかるようになります。
その5:優柔不断になって、決断にも時間がかかります。
その6:「自分なんかもう世の中から忘れられてるんだ!」などと、なぜかひがみっぽくなります(笑)。
その7:根暗になります。

 つまり、これが身を持って体験した 「睡眠不足あるいは睡眠障害における七つの大罪」。
 やはり眠りというのは私たちの身体ばかりでなく、心の状態にも大きな作用を持つようです。

 「眠れた!」 と言う自己暗示も手伝ってか、今朝は朝からすっきり、前向き志向で色々やりたいことがたくさん、この暑さの中でも外に出たくてたまらないし、人に会いたくてたまらないし、家事でもメールの返事でもキビキビと処理し、延ばし延ばしにしていた決断もさきほどからさっさと片付けています。そして、変なひがみからも解放されて、何だかやたら根明 (ネアカ) です(笑)。つまり本来の自分が戻ってきた、ということ。

 実は昨夜、「七つの大罪」 が働いて、迷いに迷ったことがありました。何せ面倒くさくて、色々理由をつけてはネガティブな方向に持っていこうとする自分がいます。絵に描いたような優柔不断さの中で何とか自分自身を叱咤激励して、ようやく一つの決断に達した後でも、こんなことを思うのです。

「もしかしたら閉まっているかもしれない、お盆だもの。
うん、閉まっているに違いない。」

 明らかに、「行くつもりだったのに閉まっているから行けなかった」 と他人のせいにして、怠け者の自分を正当化しようとしています。ふだんはまず取らない思考法です。全く持って、睡眠不足のなせるわざ。

 さて、そんな葛藤の後で、結局は閉まっていなかったある場所に行ったのですが、それはいったいどこだったのでしょう。そして、それこそがたぶん、健全な睡眠へと結びつく鍵となったのです。

 スイミングです。閉まる直前のプールで、まだ面倒くさい、という気持ちを引きずりながら、とにかく泳いできました。とにかく早く切り上げたい (これも七つの大罪の余波?) 一心で、ひたすら1、2、3、、、と数を数えて16往復=800メートル。

 あがってみれば何かが違う、もやもやしていた雲海の合間からちょっと光が差してきたような、、、帰ってからのビールも夕食も何かが違う、、、

 思えば今までもずっとこうして水に救われてきました。
 水の中で数を数え続けることで、マイナスの思いを水に流し、プラスの思いを育ててきました。

 ところで、先日まで居たワシントンでは、「毎日同じ距離を泳ぐ」 ことを自分の日々の 「discipline(規律)」 にしてみました。「くたびれた」 「忙しい」 「雨が降りそうだ」 など、何だかんだと理由を見つけてきてはさぼらせようとする自分と喧嘩をしながら、初めての連続記録を達成しました。途中の小旅行が邪魔をしましたけれど、それでもやりました!「連続17日スイミング」 です!

 効果ですか?明らかに身が軽くなりました。
 短い時間でもよく眠り、7つの大罪とも無縁な、軽やかな心でいられました。

 私にとってはたまたま 「水」 ですが、何でもいい、何か一つそうしたものがあると楽ですよね。 
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8月14日(金):お気楽 おひとり様ランチ&おやつ
8月13日(木): 今お気に入り! マウイ島のビール
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2010年08月14日

母からの最後の贈り物

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 最近は英語でも 「Bon Week」 などと言う言葉を聞くほどに、私たちの生活の中に定着した「お盆」。本来の宗教的行事は別にしても、この時期は里帰りや、旅行へと、ゴールデンウィーク夏版のように人の動きが活発になります。

 キュウリの馬と茄子の牛を飾り、家の前でオガラを燃やす母の手。
「ほら、煙に乗ってご先祖様が帰ってきてくれるのよ。」 という母の声。

 いつもとは違う人混みの中で、はぐれないようにぎゅっと握っていた母の手。
 揺ら揺らと揺れる蝋燭の炎が暗い水面に映って、怖いぐらいに美しかった灯篭流しの夜。
「ほら、ご先祖様がお帰りになるのよ。」 という母の声。

 遠い思い出の中の母は、はつらつと若く、綺麗で、
 そばにいる私は、おどおどと小さく、無力で、、、、、

 亡くなった母の新盆に、故郷に帰りました。
いつもは人影もまばらな大きな公園墓地は、車も列を作り、お線香の匂いと一緒に、人のさんざめきが風に運ばれてきます。墓石には花が飾られ、さっきまでそこにいた人たちの息吹がまだ残っているようです。アメリカから、当初の予定を早めて帰ってきたのも、新盆に間に合わせるためでした。

 昨年秋、母の死はあっけないほどに早くやってきました。連絡を受けて駆けつけた時には、もう母はそこに静かに横たわったまま、私の呼びかけに応えることもありませんでした。在宅介護の域を超えてからは専門家の手に介護をゆだねることにしていましたが、それでも私と妹は交代で、定期的に母のもとに通っていました。毎週行ける時もあれば、2週間に1度しか行けない時もありましたけれど、どこにいても母のことは心の中にありましたし、すぐには駆けつけられない場所に長く滞在しなければならない時には、ひたすら何も起こらないことを願いながら暮しました。

 夫が日本の大学での定年を迎える2010年を前に、私たちは毎日のように、私たちのそれ以降のライフスタイルのことを話題にしてきました。けれども、夫の言葉をうなづきながら聞いてはいても、心の中ではいつもこう言っている自分がいました。

「それはとても素敵だけれど、できないかもしれない。
 そんなに頻繁に日本を離れることも、そんなに長く母から離れることも私には無理。」

それが何ていうことでしょうか。今、私はこんなにも自由になってしまいました。
 灯篭流しの時にぎゅっと握ってくれていたあの母の手が、ふっと離れてしまったかのように。

 墓前で手を合わせていたら、母がにっこりと微笑んだような気がしました。
 そして気づきました。
 この寄る辺ない自由は母から娘への最後の贈り物だったことに。

 おかあさん、私はあなたからの贈り物をしっかりと受け止めて、いただいた自由な時間を、一生懸命私らしく生きていきます。見ていてくれますか?

 花屋の店先で、母の大好きだった葉鶏頭がこんなに美しく色づいていました。
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8月14日(金):お気楽 おひとり様ランチ&おやつ
8月13日(木): 今お気に入り! マウイ島のビール
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2010年07月30日

人は見た目が勝負でしょうか

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 耳にすると、気持ちが引いてしまう言葉たちがあります。
 「cliché (クリシェ)」 と呼ばれる「使い古された陳腐な決まり文句」です。特に、話し手の気合が感じられてしまったりすると、ますます居心地が悪くなって引いてしまいます。

 その一つが、「メラビアンの法則」 というヤツです。きっとどこかで一度や二度は目にし、耳にしたこともおありでしょう。人の印象は、視覚が55%、聴覚が38%、残る7%が話の内容だというものです。結果、「人は見た目が大事」「人は見た目が9割」 と単純に解釈されて、就職活動の面接対策で 「見た目が大事。だから髪はこうして、化粧はこうして、服はこうして、カバンはこうして、靴はこうして、、、、、、、」 という、まるで制服をまとわせるような指導が行われてしまいます。

 もちろんそれが全て間違っているわけではありません。
 同じ内容を持っている2人がいたとしたら、襟の汚れたシャツと泥で汚れた靴を身につけて、下を向いてボソボソと面白くなさそうに話す人よりは、そこそこに清潔な身なりで、背筋を伸ばし、相手の目を見てニコヤカに明るくハキハキと話す人の方が、同じ内容のことを話しても、俄然印象がいいでしょう。
 
 けれども、決して、「何を話すかなんてたった7%、それよりは見た目を磨いて、話し方のコツを身につける方が得。」 ということではないのです。私はやはり「 話す内容ありき」 だと思っています。内容がしっかりしていてこそ、それをどのように伝えるかにおいて、視覚や聴覚が意味を持ってくるのではないでしょうか。

 大学で学生たちの就職支援をしていた時代に、外部講師を招いて色々な講演をしてもらいました。その中で必ずいらっしゃったのが、「皆さん、メラビアンの法則というのをごぞんじですか?」 で始める方々。  

 その後に続く年月、大人のためのセミナーを企画・開催していましたが、マナー関係の講師の方々の中にはやっぱりいらっしゃるのです。「皆さん、メラビアンの法則というのをごぞんじですか?」

 そして、必ずその後に続くのは、「人は見た目がだいじなんですよ。第一印象は何を話すかではなくて、見た目で決まってしまうんですよ。ですから、、、、、」

 その度に、私は引いてしまうのです。

 こちらに来る前日に、ある新聞社の方から電話で 「メラビアンの法則についてどう思うか?」と聞かれました。私が答えたのは、ここに書いた通りのことです。 

 そして、偶然同じ日に、就職活動中の学生にビジュアルな部分のガイダンスをしている団体から、200字ぐらいの簡単なメッセージを書いてくれないかと頼まれました。飛行機の中で書いて、こちらに着く早々送ったのは、こんなメッセージです。

「もちろん見た目が全てではありません。けれども、同じぐらい素晴らしい中味でも、私たちが手にしたくなるのは、きちんとしたマナーで清潔に、自分の側だけでなく相手の立場にも立ってプレゼンされたモノの方ではないでしょうか。あなたが伝えたいメッセージを、どうぞ最も効果的な方法で相手に届けてください。社会はそんなあなたを待っています!」

 けっこう気の弱いところのある私は、メラビアンの法則を片手に、一生懸命見た目の指導をしている方々に対して、そのご尽力もわかるだけに、これが精一杯でした。

 ところで、これもまたこちらに来る直前の話です。

 大きなドラッグストアに旅発ちのための買い物に寄りました。常備薬やら化粧品のスペアやら、長いリストを手にあちこちの棚を探している私の横で、すらりとした足を惜しげもなく出した若い女性が、試供品の化粧品を試しています。よくあることですので、初めは気にも留めなかったのですが、ファンデーションから、眉描きから、アイシャドウ、アイライン、マスカラ、口紅、、、、とにかくフルコースの化粧を、あちらの棚、こちらの棚へと移りながら、食い入るように鏡をのぞいて、念入りに、念入りにしているのです。

 客も、店の人も、あきれた顔で見つめていても全く我関せず。そうしてたっぷり30分、お試し用の化粧品で完全武装した美女は、鏡に向かって満足そうに微笑んで、高いハイヒールで颯爽と店を出ていきました。

 話が少々飛躍しましたが、いくら見た目が完璧な美女でも、私には決して美しい人とは思えませんでした。

 ちなみに、「メラビアンの法則というのをごぞんじですか?」 に加えて、「ホウレンソウ」(報告、連絡、相談)とか、「アンキンタン」(安近短)とか、「メイゲンソ」(明るく、元気に、素直に)などという、言葉を縮めたクリシェもちょっと苦手です(笑)。
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7月30日(金):サーディンのパスタ
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2010年07月28日

年金よりもいい積み立て貯金

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 東京から、先日こんなメールが届きました。

「こんばんは!こちらは日曜日の朝です。ニュースで99歳になるという方の詩がいくつか紹介されていました。柴田トヨさんという方です。その詩によって元気をもらったという28歳の看護士さんの話なども数分報道されました。紹介されたいくつかの詩は私にとっても慰められる詩でしたので、すぐに検索をしてみると、なんと、もともとは自費出版だったものが今では1万部以上も売れていることがわかりました。詩を書くのに年齢は関係ないのだなあ、と思うと同時に、99歳だからこそお書きになれる詩なのかなあ、とも思いました。」

 私はもちろんテレビは見ていませんが、柴田トヨさんのことは日本を発つ前の新聞のコラムで目にしていました。そこで引用されていた詩があまりに素敵でしたので、切り抜いて東京の部屋の引き出しにちゃんとしまってあります。

 優しく話しかけてくるようなその詩は、今でもよく覚えています。たしか 「貯金」 という題でした。

   私ね 人から
   優しさを貰ったら
   心に貯金をしておくの
   さびしくなった時は
   それを引き出して
   元気になる
   あなたも 今から
   積んでおきなさい
   年金より
   いいわよ

 「年金より いいわよ」 という最後の2行が何とも軽妙でウィットがあって、やたら同感したことを思い出します。

 「優しさ貯金」 の利子は優しさです。
 「ありがとう貯金」 の利子は 「ありがとう」 です。
 「愚痴貯金」の利子は愚痴ですし、「憎しみ貯金」 の利子は高利回りの憎しみで す。

 どうせ貯金をするならば、素敵な配当がある方がいいですよね。

 こちらは一時の異常な暑さがだいぶ落ち着いてきました。
 朝起きて一番先に目にしたのは、こんな楽しい空でした。まるで綿片を敷き詰めたよう。
 表に出たらこんなきれいなダリアのそばで、こんな大きなヒマワリが咲いていました。
 
 私の 「嬉しい貯金」 の残高がまた増えました。
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7月28日(水):続いてクラブスープのことも
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2010年07月16日

シューカツはショーカツ?

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青い空に浮かぶ白い雲がことのほか美しい、けれどもひたすら暑い夏の日でした。

夏の旅立ちを前に、いくつかの用件を片付けるために都心へと向かう電車の中で、若い男女と隣り合わせました。

初めは本に集中していたのが、トーンの高い早口の若者言葉にさえぎられ、あきらめてページを閉じると、こんな言葉が聞こえてきました。

「今日、朝マック全部食べた?」
「マミさ、ホットケーキにさ、お茶こぼしたら全部吸い込んじゃってさ、、、」
 
二人の話は朝食に始まって、次第に就職の話に移ります。

「エントリーシートなんてさあ、『野球鑑賞』 とか書いとけばいいじゃん。おまえ女だからさ、結構意外に思われて突っ込まれるじゃない?そしたらさ、言えばいいんだよ、『見るだけじゃありません、自分でもやります!』 って。そうすりゃ 『えっ〜、女で?』 と来てさ、一発よ。やったことにすりゃあいいんだから。」

「言える、言える。○○君だってさ、特技のところ、スペゴとかチャイゴとか書けばいいんじゃないの?面接で聞かれたら 『スペイン語の辞書を持ち歩いています。』 とか言ってさ。ばれやしないよ。もしさ内定したら、それからちょっと勉強すればいいじゃ?」

どうやら、スペゴはスペイン語、チャイゴは中国語らしきこともわかりました。それにしても何と言うあっけらかんとした学生たちでしょう。

先日、シューカツ (就活) はショーカツ (将来に向けた活動) と言う女子学生の話を書きましたけれど、こうなるともう、シューカツはショーカツ (ショー活動) です。

舞台の上では、できるだけきらびやかにショーを演じる。たとえ、現実とはかけ離れていようとも、シナリオ通りにうまく演じることができれば勝ち、とでも考えているようです。

「君たち、大人をあなどるんじゃないよ。」 と小言の一つも言いたくなりながらも、「これはこれで一つの能力なのかしら」 などとも思えてきます。もしも、面接官の目をだませればの話ですけれど(笑)。

こんな学生たちが増えてくれば、面接をする大人たちの目も試されるというものです。

驚きました。天下の 「なだ万」 が、8月末までの平日、就職活動中の学生には通常の半額で懐石料理を提供するそうです。名づけて 「リクルート懐石」。対象は、大学3、4年生と、高校3年生、そしてその同伴者3人まで。

シューカツは、大人たちをも巻き込んで、もはや一つの文化現象です。

明日、太平洋を渡ります。ちょっと時間が空いてしまうかもしれませんけれど、マイナス14時間の町からおしゃべりを続けます。

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7月16日(金):ベジタブルカービング
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | その他メッセージ

2010年07月14日

ヒクソン先生の「Very nice rest of life」

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 昨年暮までの4年間をコンサルタントとして働いていた学園の本部には、会議やらイベントなどのたびにしばしば足を運んでいました。エレベーターを3階で下りれば、小さな部屋の中には私の机もありました。

 しばらく行くこともなかったその場所へと商店街を歩けば、懐かしい店々の間に、新しくできた見知らぬ店や、テナントを求める貼紙が貼られたガランとした店に出会いました。朝早く通れば、小さな豆腐屋さんでは 「おから」 がまだ湯気を立てていて、一声かけようものなら、白い上っ張りのおじさんが、「持ってきな」 とビニール袋にたくさん入れてくれるような昔ながらの商店街も、時の流れの中で少しずつ姿を変えています。

 学園のホールで14時から始まった 「ビル・ヒクソン先生によるレクチャー&デモンストレーション」 は、終了予定を30分過ぎても、先生の熱意あふれるパフォーマンスで、会場の私たちを最後まで惹き付け続けました。

 大柄で陽気なヒクソン先生はいかにも古き良き時代のアメリカ人と言う風貌。

 14の年から花に向かい、今ではもう81歳。伝統的なヨーロッパのフラワーアレンジメントと日本の生け花を、現代の感覚の中に巧みに融合させてきた方です。ホワイトハウスのクリスマスの装飾や、国賓の方々のためのパーティーの装飾なども手がけてきまた。

 日本との繋がり、学園との繋がりは、1966年に初めて来日されて以来、もう40年以上にわたります。

「初めて日本に行ったときはたった一度だけのつもりだった。
 何たってボクの視線はヨーロッパを向いていたからね。」

という先生が、なぜか日本にとっぷりと漬かることになり、こうしてこの時期になると毎年アメリカのクリーブランドからおいでになります。

 2時間の間に、私たちの目の前でお作りになったのは、それぞれに異なる個性を持つ15のアレンジメントです。先生のマジックハンドにかかれば、あっと言う間に、モネの睡蓮の庭もできれば、ゴッホのヒマワリもできます。

 どんな時代にどこに住もうが、たとえ食費を削ろうが、花だけは切らしたことがない暮らしをしてきた私にとって、今日の講義&デモは、「ヒクソン先生の創造力あふれるダイナミックかつ繊細なアレンジメントの数々は、あなたに新たな 『美』 と 『個性』 を気付かせ、多くのインスピレーションを与えてくれることでしょう。」という、ご案内通りのものとなりました。

 アレンジメントそのものの勉強もさることながら、先生の言葉の数々も深く印象に残っています。

「辞書で 『美』 をひいたら、『完成された形。割合、優美さ、色において整備されたもの』 と出てきてボクはショックを受けたね。『美』 というのは定義しにくいもの。でも、見ればわかる、そんなものだと思う。しかも人によって違うんだ。受け取る側がそれぞれの美を感じればいいんだ。」

「ボクはもう81歳だけど、今だって勉強していて面白いし楽しいね。時代とともに我々の生活様式も変わってきているのだから、アレンジメントだって変わらなければいけないんだ。」

「ボクは今、『very nice rest of life (人生の残りの最高の時) 』の中にいる。毎日、ありがたくて仕方がない。ドライブしたって道しか見ない人も多いけれど、ボクには道端の枝や小さな花が見える。冬の間だって、葉を落とした枝の美しさを見ることができるんだ。」

「豊かな人と言うのはお金をたくさん持っている人ではないんだよ。たとえばゴッホの絵があるとしよう。『こんな高いものをボクは持ってるんだ。これを手に入れるのにいくら払った。』 ではないと思う。高価な絵が買えなくたって、美術館でいくらだって鑑賞できる。お金のない人こそ、鑑賞を楽しめる豊かな心を持っているとは思わないかい?」

 「こんな風に年を取りたい」 と言う道を示してくださった先生の言葉でした。

 ちなみに、私が一番好きだったのは、「モノクロマティック」 という手法を使った緑色だけのアレンジメントでした (最後の写真)。最近はとみにシンプルなものの中に美しさを感じるようになりました。

 ヒクソン先生ならきっとこう言ってくれるでしょう。
「それでいいんだよ。美しさは人それぞれ、人生の歩みと共に変わっていくものなんだから。」 と。
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7月15日(木):男の料理〜想像力と創造力と遊び心
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2010年07月11日

都心の小さなグローバル空間

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 昨夜のイベントの後片付けも、疲れも残っている中で、目覚まし時計にたたき起こされ、しばしぼんやりしていると、電話が鳴りました。急いで受話器を耳にあてれば、一声、「ンママ!」

 冷水を浴びせらるよりも早く目が覚めました。キッチンのお皿とゴミの山をどうしよう?とか、大勢の来客ように変えてしまった部屋のレイアウトを元通りにしなければ、とか、「ああ、疲れた」 などと言っている場合ではありません。初めて電話口で名前を呼ばれたグランマは、浮き足立っていそいそと出かける支度を始めます。

 「ンママ!」 と呼ばれたとたんに、昨夜のいちおうキリリとした仕事人の顔から、ユルユルのグランマ顔に変身して、「まっててね、グランマしゅぐいくからね。いいこにちてまっててね。」 などと答えます(笑)。

 今日はかねてからの約束通りに、孫息子の体操教室の参観です。駆けつけた先は、都心のとある一角。ちょっと早く着いてみれば、前のクラスの大きな子供たちが歌を歌ったり、駆け回ったりのミニ運動会の真っ最中。

 月齢別のこの体操教室、かなり面白い!
 カリフォルニア発、世界に200箇所以上もある0歳から13歳までの子供たちのためのフィットネスクラブです。Playerと呼ばれる先生たちは、元気一杯、ハイテンションの若者たち。全員が英語のネイティブスピーカーです。

「子供は英語が全く話せないのですが急に英語だけの環境に入れてしまって大丈夫なのでしょうか?」 という質問には、「全く問題ありません。子供は言葉の意味がわからなくても他の子供やプレイヤーの真似をしながら自然と体で言葉を吸収していきます。」

「まだ言葉も発しない月齢ですが、英語の環境に入れることで何か変わりますか?」 という質問には、ずばり、「乳幼児からネイティブスピーカーの発音を聞くことで、英語で入れて、英語で考え、英語で出すという英語脳が身につきます。」

 そんなQ&Aなんかあろうがなかろうが、とにかく楽しいプログラムがてんこ盛りで、1時間があっという間に過ぎました。傍観者のはずのグランマも、一緒になって歌って踊って、人生初体験のトランポリンまでやってしまいました(笑)。

 優れているのは、ただ遊ばせるだけではなく、それぞれのプログラムにきちんとした裏づけがあることです。

 たとえば、子供たちだけが円陣の中に入って、親は遠くに離れて行われるものは、子供の自立心を育むため。動ばかりではなくプレイヤーの話を聞く静の部分が盛り込まれているのは、わかろうがわかるまいが子供に人の話を聴く姿勢を身につけさせるため、、、、、

 プラスチックの小さなテニスラケットは、赤、青、紫、緑と色を確認させた後で、目玉焼きを焼くフライパンにもなったり、ビーバーの尻尾にもなったり、、、、、

 色々な国の子供たちが混ぜこぜになって、中には泣き続ける子や、我関せずと全く別のことに夢中になっている子もいたりする中で、元気一杯のお姉さん、お兄さんが素晴らしいチームワークで次々と趣向をこらした遊びを展開していきます。

 時代は変わったものです。私たちの年代にはこんな体験を子供にさせることはできませんでした。

「グローバルとは何でしょう?」 とはよく聞かれる質問です。

 世界9カ国に住み、30カ国で仕事をしてきたアメリカ人の夫は、こう言います。

@ 異文化経験 
A 自分と異なる考え方を受容すること
B 他者への好奇心
C 母国語に加えて、英語、中国語、スペイン語のうち少なくともひとつを話せること
D これら4つのことを楽しむ能力

 でも、私はこう考えています。
「グローバルとはごちゃ混ぜ。グローバルとは寄せ鍋。」

 単に英語ができるとか、外国に住んでいたとかではなく、内側の視点。どのような視野でどのように自分のまわりと関わっていくかというスタンス。どこに住んでいようがグローバル。

 自分と異なる人たちを理解し、受け入れ、好奇心を失わず、「どうせ○○」 とか 「○○に決まってる」 とかいった類の思い込みや偏見の壁を突き破ってみるところから始まるものだと思っています。
 
 都心のフィットネスクラブの子供たちも大人たちもまさにごちゃ混ぜ。楽しく快適なグローバル空間でした。
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7月12日(月):中世の町のレストラン1位〜Laconda
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2010年06月24日

ほどよきにて

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 8人のお客様と、アシスタントのカズコさんで総勢9名。雨が降ったら傘立てが大混乱という心配も外れて、梅雨の中休みの美しい初夏の日となりました。これだけの人数が、キッチンに大集合し、オーブンと4つのバーナーをフル回転させれば、2台のエアコンも追いつかないほどに熱気が増します。

 加えて笑い声が拍車をかけて、暑く賑やかに、グローバルキッチン6月の会 「TOFU Quick & Easy〜西洋人の目から見た豆腐」 の楽しい時間が過ぎていきました。11時から始めたはずなのに、皆様がお帰りになったのは夕方の5時。女が10人も集まれば、おしゃべりは尽きません。

 何たって楽しいのは数々の失敗です。

 たとえば、ブルスケッタを担当したアケミさんは、オーブンに入れる前にかけるべきパルメザンチーズを忘れて、出来上がったお皿の上に必死にすりおろし、、、、、

 TOFUディップのスティックサラダを担当したキミエさんは、レモン汁大匙1杯というのを、丸々1個のレモンを絞って加えてしまったり、、、、、、、

 カレーを担当したサツキさんは、小麦粉の量を間違えてどうやっても固まらず、まるでスープカレーのよう。救いの神は片栗粉。

 キッシュを担当したヒデコさんとイクコさんの2人組は、あっと思ったら塩がドバッ。洗うわけにもいかずに、急遽玉ねぎを足して味を拡散させました。

 ガスパチョを担当したヤスコさんは、スープではなくまるで細切れ野菜のトマト煮のようになってしまって、あわててトマトジュースを追加。

 デザートのアップルケーキを担当したカヨコさんは、ベーキングパウダーを入れ忘れて、最後の最後で慌ててイン。

 そんな失敗も、不思議なことにみんな最後には美味しい仕上がりになるのです。

 先日切り抜いた新聞の料理ページに素敵なことが書いてありました。

「実は江戸時代の料理本には分量の指示がなく、材料だけが書かれている。『ほどよきにて』といった表現だけが頼りだ。」

 大雑把な私には嬉しい言葉でした。やれ、何々は大匙すりきり一杯、何々は125CC、何々は175度のオーブンで35分。そんなレシピは私のサロンにはありません。一応の目安はありますけれど、適当にやって、みんなで味見をして、何かが足りなければ足すだけの話。まさに 「ほどよきにて」 なのです。

 だからいつも笑い声。みんなの失敗をみんなで解決し、結局はちゃんとおいしい料理ができあがります。

 たぶん私たちの人生でも大切なのは 「ほどよきにて」。
 そんなアバウトさと、「ほど」 を知る感覚さえあれば、なかなか楽しく過ごせるものです。

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24日(木):いよいよ開幕!6月のグローバルキッチン
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2010年06月22日

世界一の修道院 モンテカッシーノからアメリカのアーリントンへ

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 その昔、Casinumと呼ばれる古い町がありました。ローマ時代には随分栄えていた町でした。その町の一番高い所、昔々のアクロポリスがあったアポロンの聖域に、世界一と言われる修道院、「The Abbey of Montecassino」 が建っています。なにゆえに 「世界一」 といわれるのか、おそらくそれにはいくつもの理由があるのでしょうが、天にも届きそうな高みから町に君臨するかのようにそびえたつ大きな修道院の存在感だけでも、「世界一」 と言わせる一つの理由なのかもしれません。ローマからもかなり離れた不便な所なのに、たくさんの観光バスが止まっています。

 529年に聖ベネディクト本人によって建てられたこの壮大な僧院は、その後、、4つの大きな試練を通り抜け、その度に作り直されます。9世紀のサラセン人の侵略や14世紀の地震、、、中でも一番大きな被害は、1944年2月、第二次世界大戦中のことでした。ローマに駐屯していたドイツ軍がここ、モンテカッシーノ修道院に拠点を置き、そこをアメリカ軍が攻撃して来たのです。

 現在の息を呑むような建築は1956年に再建されたものです。しかし、高い天井にはあるべきはずの絵がありません。

 ここでもまた、不思議な繋がりがありました。

 昨年の夏、ふとしたことから私たちは、ワシントンDCからポトマック川を西に渡ってすぐのアーリントンに、ある老夫婦を訪ねることになりました。アナスタシアはギリシャ人、ショーンはアメリカ人です。

 二人が出会ったのは今から50年以上も前、1959年のことでした。場所はギリシャのアクロポリス。アナスタシアはまだ十代の可愛いギリシャ娘、ショーンはアメリカ空軍の将校でした。兵役の途中で立ち寄ったギリシャの、神殿の石段で二人は恋に落ちました。

 二人は4年後にギリシャの教会で結婚式をあげ、以来アーリントンの緑に囲まれた静かな家で暮らすことになります。2人の子どもと3人の孫に恵まれ、アナスタシアはギリシャへの郷愁を胸に秘めながらも、幸せに暮らしていた7年前、夫ショーンが脳卒中で倒れます。一命をとりとめ、再び平穏な生活が始まって2年、またしてもショーンが脳卒中で病院に運ばれます。この2度目の不運は、戦場で怪我を負ったショーンの左半身に大きな打撃を与え、左目の視力を奪い、左半身を動かぬ身としてしまいました。

 その戦場というのが、まさに、この修道院の立つ場所だったのです。動かなくなった首を一生懸命私たちの方に向けて、ショーンがそんな思い出を話し始めた時、私たちはまさか1年もたたないうちに、その場所に立つことになるなんて、これっぽちも思いませんでした。

 修道院のミュージアムには、色薄れた戦場の写真と、若い兵士たちの写真がありました。もしかしたらその一人がショーンだったかもしれません。故国でもなく、敵国でもない場所で戦い、その後の人生を左右するような大きな怪我を負い、あのクチナシの香りに満ちたアーリントンの家で静かに余生を暮らすショーンに、私たちの旅のことを話したら、いったいどんな顔をするでしょうか。来月になったら私はまた、アナスタシアとショーンを訪ねます。その時にもし勇気があれば、私たちのモンテカッシーノの旅のことを話すつもりです。

 きらびやかな装飾や、天にも伸びる建物は美しいとは思っても、私の心の奥には届きません。いくら 「世界一」 と言われようとも、いにしえの人たちの声や、建物が奏でる音を聞くことができるのは、なぜか誰もいない小さな教会だったり、荒れ果てた遺跡だったり、白一色の神殿だったり、素朴な石の修道院だったりします。

 そんなことも、アナスタシアとショーンと一緒に話せたらと思います。

 去年の夏の二人との思い出は、http://blog.platies.co.jp/archives/20090817-1.html
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22日(火):海辺のレストラン第一位〜La Spiaggetta
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2010年06月04日

私たちの世代の役割

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 先生の夢は「サロン」を作ることでした。「サロン」 という言葉のもともとの意味は、自宅に人々を招く私的な集まりの中で、それぞれがそれぞれの持ち味を生かして、知的交流をはかるものでした。文学者が自作を朗読したり、音楽家がピアノを演奏したり、知が泉のように沸きあがり、溢れ、流れ、交錯する場所でした。

 私たちが作り上げた銀座4丁目のセンターは、知的交流という意味においては、充分に 「サロン」 としての機能を果たしていました。あるいはもっと謙虚に言えば、そのように育ちつつありました。

 けれども、諸般の事情により、道半ばにしてその場所を閉鎖しなくてはならなくなった時、現場で働く私たち以上に無念な寂しさを感じたのは、もしかしたら、あの場所を作った時に、学園長という立場にいらした先生なのかもしれません。

 年齢も立場も越えて、長い年月信頼し合う友であり、今でも変わらぬ 「同志の絆」 を持ち続けている先生とは、あの場所がなくなってからも、しばしばお会いして、この20年間いつもそうであったように、私たちの夢や理念を語りあいます。

 先生がおっしゃいました。

「近頃はデパートに行っても何にも欲しいものが見つからない。
ますます形のないものの価値にばかり心惹かれるようになった。」

 そんな 「形のないものの価値」 のひとつが、知的喜びだと言います。そしてそんな喜びを交換しあうことが 「サロン」 だと言います。

「イギリスに住んでいた頃は面白かったなあ。あちこちの家でサロンが開かれていて、そこに集まった人が今度は自分の家でサロンを開く。話す側であった者が、聞く側になり、聞く側であった者が次には話し手になる。まさに 『知』 が交流していたなあ。まるで輪がどんどんと繋がっていくように。日本にはどうしてこういう場がないんだろう。」

 そして珍しく先生にほめられました。

「君がやろうとしていることはとても意味がある。そのうち、連鎖的にどんどん広がって行くといいねえ。」

 私が今やっていることは、たしかに一つのサロンかもしれません。けれども、私にとっては 「サロン」 などという大それたものではなく、ひと時の楽しい時間を共有し、知的好奇心を行き交わせる 「プラティア(広場)」 です。

 嬉しいことは、今、広場が広場を産んでいることです。ひとつの広場がもう一つの広場につながって、その広場がまた別の広場に繋がっていくことです。それはもしかしたら、先生の言う、イギリス風の交流なのかもしれません。

 たとえば火曜日の「日銀ツアー」。
 これはもともとは、昨年銀座で開講していた「女性のためのやさしい経済学」の生徒さんたちのために、講師の松子先生が企画したものでした。その松子先生が実は私の「グローバルキッチン」の皆勤賞を誇る生徒さんです。当然ながら2つの輪が繋がって、12名の参加者のうち、5名がグローバルキッチンからの方々となりました。

 こうして輪が段々と広がっていきます。
 広場が色々な所に生まれていきます。
 これが先生の言う 「サロンを育てる」 「人を繋げる」 と言うことなのでしょうか。

 もしそうだとしたら、それこそが私たちのような年代の者が、次代の人たちのためにできることの一つなのかもしれません。
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2010年05月29日

1編ずつの幸福を束ねて

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 「私はもう70歳だから、朝11時半に悲しい気分でも、午後の3時半には幸せな気分に戻れる、そんな小さな1編ずつの幸福を束ねて生きている。」

 これは最近見つけた素敵な言葉です。
 言葉の主は、「イパネマの娘」 を作詞したブラジルの詩人、ビニシウスの娘、スザーナさん。

 父親のビニシウスは、そんな彼女とは対照的に、66歳で亡くなるまで、たくさんの恋をし、その都度真剣に夢中になり、9回の結婚をし、奔放に、情熱的に行き続けた芸術家でした。

 スザーナさんと同じ年まで生きていたとしたって、決して、「そんな小さな1編ずつの幸せを束ねて生きている。」 などとは言いやしないでしょう。

 どちらの生き方も素敵です。
 どちらが格好良い、格好悪いというようなものでもなく、ただ単に、どちらが自分にとって快適かどうかだと思います。

 猛烈な受験勉強の後に大学に入学して、「さあ、思いっきりぐれてやる(笑)」 とばかりに、何となく文学青年に憧れて、最初のボーイフレンドはエリートが集まるある大学の文学サークルの、通称 「詩人さん」。

 いつとはなしに私もそのサークルに出入りするようになったある日のこと、やけにアンニュイな (こんな言葉も当時は格好よく思えたものです。)、年上の美人の女子学生が、タバコをくゆらせながらの一言に、びっくり仰天すると共に、何だか大人の世界を垣間見てしまったようにドギマギしました。

「私は快か不快かで生きてるの。」

 あれから早40年以上たって、ようやくそんな言葉を受け入れられるようになってきた気がします。もちろん20代そこそこの詩人女学生が意味したこと同じはずはありませんが、小さな1編ずつの幸せを束ねることが快ならばそれはそれでいいことですし、生涯、より新しい幸せを情熱的に追い求めるのが快ならばそれはそれでいい、ということ。定規はいくつもあるのですから、自分の定規で人を測ることはできません。

 傘をさしたり、ささなかったりの一日。
「面倒くさいな」 などと思いながら会合のためにしぶしぶ足を運んだ浅草。
 行ったら行ったで、人力車が走り、小さな店が軒を並べる別世界は面白く、
 大好きな友に会えたことが嬉しくて、
 帰り道で見つけた雨に濡れた花々は美しく、、、、、
 
 昨夜、友からもらったギリシャのオペラ歌手、アグネス・バルツァのCDを聞きながら更けていく夜は静かで、
 耳になつかしいその国の言葉は遠い思い出を呼び起こし、、、、

 こうして小さな1編ずつの幸福を束ねた私の一日がもうすぐ終わろうとしています。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:43| Comment(0) | その他メッセージ

2010年05月20日

特別な特別な日

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 太陽が顔をのぞかせなくても、何だか暖房が恋しくなるぐらいに肌寒くても、今日はやっぱり特別な日。私から娘へ、娘から息子へと、繋がった小さな命の2回目のお誕生日だからです。

 1年前の今日は、初めてのお誕生日と、遅くなった結婚式の両方を祝うために、常夏の島に家族たちが集まりました。その日のブログには、こんな感動を記しています。

「300のプルメリアの花が散りばめられたガゼボへと続くヴァージンロードを、花嫁が父親と腕を組んで歩き始めるのを待っていたかのように、太陽の輝きが増し、海が光の中で揺れ、風はより優しく吹き始めました。私のスカートをつかんで世の中を恐々とのぞき見ていた小さな娘が、私よりもずっと大きくなり、まっすぐ前を向いて毅然として一歩ずつ歩いて行く姿は、私の目には世界で一番美しい花嫁に見えました。
今日この日に満一歳のお誕生日を迎えた花嫁と花婿の息子は、小さなアロハを着込み、首にレイをかけてパパとママの結婚式を見守りました。」 
http://blog.platies.co.jp/archives/20090522-1.html

 2年前の今日は、よく晴れた暖かい日でした。夜には澄んだ空に大きな満月が輝きました。

 まだ、このブログを始める前のことです。
 ちょっと感傷的にこの2年を振り返りながら、あの夜に書いたものを探してみました。
 恥ずかしながら公開させていただきます。
 なぜって、思いは今もちっとも変わらないからです。


満月がつれてきたベビーへ

 5月の満月が ベビーを連れて来た
10ヶ月もの間 今の今まで 
羊水という 小さな宇宙の 海のお魚だった子が
大きな宇宙の空気を 初めて小さな肺に吸い込んで
ぬれたからだで 私たちの世界の仲間になった
2936グラムという重さを与えられて
一人前に小さな爪を持った5本の指で 空をつかんで
世界の大きさを実感した
まだ見えるはずもない目を 精一杯に開いて
キョロキョロと 世界を見まわした
やわらかな肌は 泣き声をあげるほどに
薄桃色に染まった

こうしている今も 世界ではたくさんの命が生まれている
生まれながらに 困難を背負っていたり
歓迎されずに生まれてくる命もある
けれども 君はたくさんの たくさんの人たちから
祝福を受けて この世に生まれ出てきた
それを感謝する心を 忘れないでほしい

私は見てしまったよ
君のママが 長く伸ばして いつもきれいに飾っていた自慢の爪を
短く切って 君を迎え入れる 準備をしていたことを
口数少なく いつも冷静な 君のパパが
生まれたばかりの君の 小さな額と頬に たくさんのキスをしていたことを

レーチェル・カーソンという作家が言っている
この世界は ワンダーに満ちている、と
この世界、君の生まれてきたこの地球は
人間だけではない たくさんの生命が織りなす 
蜘蛛の糸のようなネットで覆われている、と

たとえば鳥の渡り 潮の満ち干
自然が繰返す リフレイン
夜の次に朝が来て 冬が去れば春になるという 確かさ
君にはそんな地球のワンダーを感じる心を 
いつまでも持ち続けてほしい
この地球に生まれたことを 誇りに思ってほしい

そして レイチェルが 友人への最後の手紙に書いたように
君への願いがあるとしたら
私がいなくなった後
美しく 愛すべきものを見た時に
私を 思い出してほしい
私のパパとママと 君のママが
最後の時まで 私の心の中に やさしく生き続けるように
私も いつまでも 君の記憶の中で 生き続けたいと思うよ
それが命を繋ぐということ

君の住み始めた地球が
いつまでも いつまでも 美しくあるように!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:24| Comment(0) | その他メッセージ