2010年10月07日

それこそがエコロジーだと思いません?

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 昨日の後日談です。
 私とカズコさんの身に何が起こったかといいますと、、、、、

 ようやく2時に床に就き、3時間後に3台の目覚まし時計を3箇所に散りばめて、文字通り3箇所を這いまわりながら、何とか起き上がったのが午前5時。7時には仕事へと向かう娘との引継ぎができるように、5時半には家を出るつもりでした。

 ところが事態は二転三転。
本日のブログは、ちょっと趣向を変えて、行き交うメールのやり取りをそのまま実写してみます。臨場感がありません?(笑)。時間の経過を、同じ窓から写した3枚の写真と共にお送りします。

05:04(娘)「やはり微熱の37度5分。連れて行ってあずけられないのが一番困るのでお願いしてもいいでしょうか。」

06:38(娘)「36度6分。食欲旺盛」

07:17(カズコさん)「今朝、娘から『☆☆がまた37度8分あるのだけど、今日予定あるよね』との電話が!予定があっても、優先順位はこれですものね。今、スッピンで電車に乗って娘の家に向かっています。」

07:40(娘)「保育園でも36度4分。にこにこで登園しました。先生とも話し合い、お迎えはお昼寝後、おやつ後の15:30にしました。もちろん具合が悪くなれば連絡が来ます。またお昼寝前に様子を一度教えてくれるそうです。私は帰りが遅くなりますが、■■ちゃんが19時過ぎに仕事から帰ります。△△のおやつも夕飯もたっぷり作って冷蔵庫に入れてありますので、適当な時間に食べさせてください。ママの夕飯も 『変わりマーボー豆腐』 をタッパーに詰めておきましたので、持ち帰ってください。よろしくお願いします。」 

21:34(私)「カズちゃん、☆☆ちゃんのお熱はどうですか?私も今帰ってきたところです。これから明日のグローバルキッチンの支度を頑張ります。明日は大丈夫そうですか?」

21:36「☆☆の夕方の熱は36度8分でした。私も目まぐるしい一日でした。朝一で駆けつけたところ、大丈夫そうだとなり、保育園に預けることになりました。ほっとして帰宅したところ、園から38度に上がってぐったりしているとの連絡があり、再び駆けつけて、家で☆☆をみていました。でも、午後には熱も落ち着き機嫌もよくなりました。明日のグローバルキッチンは大丈夫だと思いますが、はっきりしたことは明日にならないとわかりません。朝7時前に連絡を入れます。」

21:38「お互い孫に振り回されてるね。でもこれって幸せなことだと思わない?。明日、☆☆ちゃんが元気で保育園に行けますように。」

21:40「はい、幼子が幸多かれと思うばかりです!」

 無事つとめを終えられたことにほっとして、ビール片手に新聞を読んでいたら、定年後の男の孤独に焦点を当てて書いたという渡辺淳一さんの新しい小説 「孤舟」 の紹介が目に留まりました。記事はこんな言葉で始まっています。

「男はかなしい。会社中心に暮らした結果、定年退職後の居場所はどこにもなく、あり余る時間に押しつぶされるように孤立を深めていく。」

 続いて渡辺さん自身が語ります。

「第二の人生の生き方は本当に難しい。男はプライドが高いから、本当はひまでも、忙しいふりをしてしまう。今の退職者たちが直面しているのは独居房に押し込められているかのような『過酷なひま』です。」

 「男だから〜」 とか、「女だから〜」 とかいう括りにはからっきし弱い私は、つい呟いてしまいます。「なにも、かなしいのは男だけじゃないんじゃない?」

 男だろうが女だろうが、もし本当に 「過酷なひま」 をもてあましているなら、その時間、その経験、その知恵を、綱渡りのような日々を送っている若いワーキングマザー、ワーキングファーザーたちのために使ってはいただけませんか?そんな仕組みができないものでしょうか。

 次世代、次々世代の人たちを守るためのエネルギーの利用促進、
 素材の再利用、再生と多様性、、、、
 それこそが「エコロジー」だと思いません?
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グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
10月8日(金)予告:シンコテーグ島のクラブケーキ
10月7日(木):アメリカ風15分クッキング〜サンドライドトマトのディップ
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2010年10月06日

今与えられた役割を

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 東京にいる間だけ、定期的いえ不定期に開催している「グローバルキッチン」。これ、実は大変なのです。中味を組み立て、レシピを作り、毎回10ページぐらいの写真付きテキストを書きます。単なるレシピだけでなく、その国の食文化、私自身のストーリーや経験なども織り込んで。

 とりわけ初日の前はかなりの大騒動です。資料の作成、買出しにお掃除、食材の下準備。時間がいくらあっても足りません。

 昨日も深夜までアタフタとしていたら、アシスタントのカズコさんから、メールが入りました。

「明日の準備で忙しくしているところにお邪魔してすみません。
○○が今日、熱を出して一日あずかったのですが、もしも明日も熱が下がらなかった場合は、キッチンをお休みさせていただいてもいいでしょうか。明朝また連絡します。」

 すぐに、「もちろんですとも!どうぞ○○ちゃんを最優先してください。」 と、返事を出したものの、正直かなり動転しました。カズコさんが来てくれることを当てにして準備を進めていたからです。

 そして迎えた今日早朝。
「お早うございます。平熱に下がりましたので伺います。」

 ○○ちゃんとは、カズコさんの1歳8ヶ月のお孫さんです。お嬢さんがフルタイムで仕事をしているために、保育園であずかってもらえない時は、カズコさんが面倒を見なければなりません。

 ほっとしたのもつかの間、今度はお昼時に私の娘から、二人の母たち宛にこんなメールが届きました。グローバルキッチン真っ盛り、たくさんの人たちの賑わいにあふれていた最中です。

「昨日からあやしいとは思っていましたが、△△がお熱という連絡が保育園からありました。明日のヘルプをお願いする可能性がありますが、ご都合はいかがでしょうか。」

 すぐさまYES!と答えたいところなのですが、明日は明日で、かなりやらねばならないことがあります。「半日なら午前でも午後でも大丈夫です。」 と答えながらも、さあ、明日のデューティーをいったいどうこなしたらよいだろうと、頭をフル回転させました。

 すでに深夜。明日の半日が使えないとすれば、今夜中にどうしてもやっておかねばならないことがいくつかあります。まだまだ眠るわけにはいきません。

 けれども、落ち着いて考えれば、これは今の私に与えられた役割。今の私にしかできない役割。そんな役割が割り当てられることは、重荷どころか、幸せなことです。それはカズコさんにとっても同じでしょう。

 そうだとすれば、そんな役割を誇りを持って、精一杯全うするしかありません。たとえ眠る時間が3時間になろうとも、明日の朝は5時に起きて駆けつけます。

 ワーキングマザーたちは、常にこうしたリスクと背中合わせです。同じ道を辿ってきた私たちは、次世代の彼女たちに出来る限りの支援を送らねばなりません。それが、私たち世代に与えられた、世の中へのお返しと感謝です。
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グローバルキッチンお品書き
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10月7日(木)予告:アメリカ風15分クッキング〜サンドライドトマトのディップ

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2010年09月05日

中途半端な仕事はしない! 中途半端な育児もしない!

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 子連れで仕事をする新しいワーキングスタイルを実践している会社や、会社の中に保育施設を備える企業も増えてきました。つい先日の新聞では、「議員会館を子トコトコ」 と言う見出しで、7月に開館した衆議院の第二議員会館内に、国会で初めての保育所がオープンしたという記事が見られました。私たちの時代には考えられなかったことです。

 それでも私たち、ジャパニーズウーマンの就業率をグラフにすれば、先進国の中では珍しい形になると言います。20代、40代は高い一方で、30代が落ち込む 「M字型」 になっているのです。

 いくら保育施設が増えても、働く母親にとって、仕事の上でも母性の上でも大きな足かせがあります。それが、保育施設に委ねることができないイレギュラーな事態です。たとえば、突然の残業を余儀なくされた時、子どもが突然熱を出した時、、、、、、

 私自身、信頼できる保育園がなければ、仕事を続けることはできませんでした。自分自身のキャリアを考えても、集団生活の中で育まれた子どもたちの自立性や協調性などを考えても、どんなに感謝をしているかしれません。けれども、保育園とは健康な子どもを託す場であり、たとえ元気でも37度の熱がある子どもをあずかってはくれません。

 働く母親、働く父親は、突然の残業も含め、こうした事態にいつでも対応できるような仕組みを作っておかなければいけませんが、それは決して簡単なことではありません。核家族化したこの時代、そして平均寿命ばかりでなく元気年齢も延びて、祖父母であろうと仕事を持つことも多くなったこの時代に、若い父母たちはいったい何に頼ったらいいのでしょうか。

 それでも彼らは、私たちの世代には全く欠けていた、あっけらかんとした見事なパワーで、窮状を乗り越えていきます。けれども、まだまだ足りません。「仕事として、働く親たちを支える仕事」 がもっとなくてはいけません。

 朝日新聞の夏の連載 「孤育て」 は、そうした視点から問題提起をした面白いものでした。そこには、幼い子どもが熱を出したり病気になったりした時に、自宅を訪ねて世話をする人たちを擁した会社を作った31歳の女性の姿も紹介されていました。自身も3歳になろうとする息子を育てる過程で、数々の困難に直面してきた働く母です。

 仕事をするもしないも自由です。どちらが良い悪いということでもありません。
 母になる、ならないも全くの自由です。どちらが良い悪いというようなことでは全くありません。けれども、若い女性たちが、夢や意欲をあきらめなくてもすむような仕組みが、もっともっとなければいけません。

「働く母親」 の娘もまた 「働く母親」 となりました。目下、2歳3ヶ月のヤンチャ坊主を相手に日々頑張っています。これはつい先日の彼女のブログです。まさに 「あっけらかんパワー」 ですが、母の私には、決して泣き言を言わない彼女の苦労もよくわかっています。だから心配でたまりません。

 昨日、急な発熱の子の世話に2人の祖母が駆けつけました。すれちがいざまに出ていく娘に、「よく元気に頑張ってるわねえ。よく疲れないわねえ。」 と馬鹿なことを言ったら、珍しくちょっと弱音を吐きました。「いやあ、この2週間は仕事の山で大変だった。半端じゃないぐらい疲れたわよ。」

 たいした手助けもできない母は、『中途半端な仕事はしない!でも、仕事を理由に中途半端な育児もしない!』 彼女たちの肩の重荷がもう少し軽くなるような社会になることを心から願っています。

 家の玄関でこんなバッタさんに遭遇しました。暑さに根を上げての避難でしょうか、それとも秋のメッセンジャーでしょうか。

今タクシーで西麻布へ向かっています
平日は週に2日ほど夜中まで仕事
そんな日はあらかじめ○○のご飯は用意
その他の日は帰ってから作るのです。

しかし今日の午後に上司に聞かれた一言。
「オマエ今日、夜出れる 」
私、気づいたら即答。
「行きます、よろしくお願いします。」
でも○○のご飯がないので、15分だけ帰宅
超特急でご飯を用意し、タクシーに飛び乗りました
一年前の私だったら、罪悪感から断ってたかも
でも今日の私はなんのためらいもなく、GOサイン
○○を理由に中途半端な仕事はしません
でも仕事を理由に中途半端な育児もしないぞ
子持ちはハンデじゃない、エネルギーだわよ
ワーママ道、わしわしどんどん進むわよ

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グローバルキッチンお品書き 
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku (土日閉店)
9月3日(金):横浜の小さなパルテノン
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2010年08月20日

夕方から始まる新しい一日に祝福を!

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 夕方6時を過ぎた頃、まだ明るさの名残をとどめる中で、若い男女がバギーを押しながら歩き始めます。手をしっかり握って歩いている親子もいます。仕事直帰の服装で、カバンを持ったママやパパたちに、もう一つ、園から持って帰る大きな袋が加わります。中味は着替えやら、食事のエプロンやら、連絡ノートやら、時には寝具まで。

 外のウッドデッキの片隅から、しばらくそんな光景を眺めていて思いました。

「何てみんなイキイキしているのだろう。
 この人たちと来たら、まるで、これからまた新しい一日が始まるようにキラキラしている!」

 長女と次女が5歳の開きがあった上に、今のように産前産後の休暇もきちんと取れるわけではなく、育児休暇など存在もしていなかった時代のこと、朝晩に2つの保育園を行き来しながら、足掛け9年近くも園のお世話になりました。朝起きて雨が降っていようものならしばし途方にくれ、まるで小さな幌馬車のようなバギーに下の娘を乗せ、上の娘の手をひいて歩きました。今思えば、どこに傘をさす手があったのかしら、と不思議に思います。

 こんなこともありました。随分無謀なことをしたものですけれども、あの線路沿いの道の親と子の光景は、「幸せ」 と言うタイトルをつけて額縁に入れて飾っておきたいぐらいです。あんなに大変だったはずなのに、人生っていうのは全く不思議なものです。

 自転車をこぐ夫、その前の小さな子ども椅子に、黄色い肩掛けカバンを斜めにかけてチョコンと座る小さな娘、夫の後ろには大きなお腹をしたマタニティードレス姿の私。まずは園で娘をおろし、それから大急ぎで、一人+お腹の中のベビー を最寄り駅まで連れて行くために、一生懸命ペダルを踏む夫の姿。

 私たちも、園仲間のお父さん、お母さんたちも、みんな一生懸命でしたし、みんなとても疲れていました。それでも、昨日、私が垣間見た若いママとパパのように、人から見たらそんな私たちだって、もしかしたらキラキラと輝いていたのかもしれません。

 シッターさんのお盆休みで、2歳3ヶ月の息子の保育スケジュールを組み直さなければならなくなった娘夫婦。昨日は、仕事を早めに切り上げて、娘が園に迎えに行くと聞いて、私のほうからこんなお願いをしました。

「6時半までに行くから、どうやって園に入り、どうやって挨拶をし、どうやって、、、、、
そういう 『どうやって』 を見せてもらいたいの。何かがあった時には、ママでもお迎えができるように。」

 これはたぶん、完全に私の勝手な理由。少しでも誰かの役に立つ自分でいたい、という(笑)。

 さて、そんな理由でソワソワと外で待機をしながら待っていると、スーツ姿の娘が飛んできました。一緒に中をのぞけばどうやらお夕飯を食べている最中のよう。娘の後に続いてロックのかかったドアをそっと開け、若く明るい先生方にご挨拶をし、一日の様子を聞いて、見えないところで静かに食事が終わるの待ちます。

 家では我が儘な孫息子も、きちんと 「お友達」 とテーブルにすわり、きちんと食事をし、しかも自分よりも小さな子の世話まで焼いてます。そんな自立した姿を見て、ホロホロとしていたら、食事の後の手洗いの場でとうとう見つかってしまいました。

 なぜ私が突然そこに居るのかを全く理解できないままに、一言、 「ンラマ?」
 けれども、グランマと認識されて大喜びしている私の後ろにママを見つけるや、もういけません。「ママァ!」 と飛んでいって、その後はひたすら抱っこ。グランマは忘れられました(涙)。

 そうこうする間にも、「おかえりなさい! 」と保母さん、保父さんに迎えられて、若いママやパパたちが次々と入ってきます。そして、歩ける子も、まだ歩けない子もみんなママとパパに飛びついていきます。それまでどんなに激務の中にいようが、その瞬間に彼らの顔は母になり父になり、両の手で受け止めた子どもたちと同じように、キラキラと輝き始めます。

 そうして、翌朝まで続く、彼らの新しい一日が始まります。
長い間繰り返されてきたことのはずなのに、自分自身だって通り抜けてきたことのはずなのに、そんなしなやかさが何だかひどく新鮮に見えて、彼らの新しい一日と、それに続くたくさんの日々を祝福していました。
                   By 池澤ショーエンバウム直美

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8月20日(金):気分はトロピカル

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:50| Comment(0) | ワーキングマザー

2010年02月07日

百合は百合 アマリリスはアマリリス

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働くことも、働かないことも。
働きたいから働くことも、働かなければならないから働くことも、
働きたいけれどできないことも。

結婚をすることも、しないことも。
したくないのにすることも、したいのにできないことも。

子供を生むことも、生まないことも。
生むつもりがなくて生まれてきたり、
生みたくたって生めなかったり。

いいんだと思います。そのどれだって。
何か正解で何が間違っているかなんてありません。
何が勝ち組で何が負け組かなんてことはくだらない価値論です。

結婚をして働いて子供を生む。
結婚をせずに働いて子供を生む。
結婚をして働かないで子供を生む。
結婚をせずに働かないで子供を生む。

働いて子供を生んで結婚をする。
子供を生んで結婚をして働く。

ちょっと考えただけだってすぐに6通り。
もっと考えれば組み合わせはたぶん無限。

私は、たまたま結婚をして、たまたま働いて、たまたま母になりました。その順番がどうであれ、要するに働く妻であり、働く母でした。

だいじなことはただ一つ。
こうと決めたら、潔く受け入れることです。
そうしなければならないのだったら、潔く受け入れることです。

「どうせあなたたち専業主婦に私たちの苦労なんてわかるわけないでしょ!」
「どうせあなたたちワーキングマザーと私たちとは違うのよ!」

「どうせ」 が出たらおしまいです。
なぜなら 「どうせ」 は、自分がいかに自分が置かれている状況に満足できていないかを露呈する言葉だからです。
「どうせ」 は 「ひがみ」 の仲間です。

働いているら、
結婚しているから、
子供がいるから、

働いていないから、
結婚していないから、
子供がいないから、

そんなジャンルに分けることで自分を括るのはやめましょう。
だってあなたは 「たまたま」 そうであるだけなのですから。
ほかのみんなが、「たまたま」 そうであるように。

人と比べるのはやめましょう。
だって、あなたは世界に一人しかいない大切なあなたなのですから。

潔く受け入れたら
自分を不運と決め付けず
しなやかに、あなたの立ち位置に立ってください。
決して自分と違う誰かの足を引っ張ったりせずに。

私はいつも居間の窓際に大きな白い百合を置いています。
でもなぜか、たまたま今日は大きな白いアマリリスです。

遠目には百合もアマリリスも同じように見えます。
一生懸命蕾を開いて、一生懸命咲いています。
でも、近くによればやはり百合は百合
アマリリスはアマリリス
でもそのどちらもそれなりに美しいのです。

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先週のグローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
月曜日:パーティー盛り上がりグッズ〜ネスプレッソ
火曜日:雪降る夜のフォンデュディナー
水曜日:スペアリブの黒酢&パイナップル煮
木曜日:ギリシャから届いたピスタチオ
金曜日:初めての築地体験〜カマの行方
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングマザー

2009年12月07日

「ビーマ ビーマ」最初の一歩〜頑張れ美保さん!

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 初めて見るお名前の方から、「ネーミングの相談」 と言う件名でメールをいただいたのは、11月28日のことでした。

「はじめまして」 ときちんとお名前を名乗ったあとで、

「池澤ショーエンバウム直美さんのブログの大ファンで、いつも日々の反省、元気や勇気をもらっています。そして、自分になにかできることはないかと考え出すきっかけにもなりました。」

 と嬉しい言葉が続きます、先を読み進めば、メールの主の美和さんは、7歳、4歳、1歳の3人のお子様のママということがわかりました。まずは私のブログをこんな若い方が読んでくださっていることに驚きました。目下子育て真っ只中の美和さんが、絵本の古書店ができないかと思案中のこともわかりました。

 子どもの頃におばあ様の家の屋根裏部屋で古い本に囲まれた時のこと。そこにはおばあ様の子どもたち、つまり美和さんのお母様やおじ様たちがいたずら書きをした本なども見つかって、まるで秘密の宝物を見つけたようにドキドキしたこと。

 そんな思い出から出発して、「おばあちゃんの屋根裏部屋」 のような落ち着いた場所で、ママがおいしいコーヒーを飲みながら、子どもたちとゆっくり時間を過ごせる場所があるといい、という思いが育まれていきました。そして 「お店を考えるきっかけとなった池澤さんにぜひお店の名前をつけていただきたいと思います。」 という嬉しいお願いにつながったわけです。

 すぐさま私の頭の中で、さまざまな言葉が回転木馬のように回り始めました。どこにでもある名前にはしたくない、小さな子どもにも言いやすい音にしたい、可愛らしいイメージを与えたい、けれどもしっかりしたコンセプトも欲しい、、、、そんなことを考えながら、私はいくつかのギリシャ語を美和さんに送りました。

 選択は美和さんに任せました。そして美和さんが選んでくれたのは、私が心中ひそかに 「これがピッタリ!」 と思っていた言葉でした。

 「BHMA BHMA(ビーマビーマ)」 はギリシャ語で 「一歩また一歩」 という意味です。ギリシャの日刊紙も 「ト ビーマ」、ギリシャの国民的歌手、ハリス・アレクシウーの持ち歌にも、「ビーマビーマ」 で始まる、切ない、けれども凛とした前向きの決意を歌う歌があります。

 思い出は誰にだってあります。思うことは誰にだってできます。でも、そこから最初の一歩を踏み出せる人が、いったいどれだけいるでしょうか。

 「BHMA BHMA」 は 「びーまびーま」 となって、早速、美和さんのブログのタイトルになりました。そして、こんな嬉しいことを書いてくれました。
http://blog.goo.ne.jp/ichika_002/e/ed589ea274f5302ec3a7d9b99840c8b9

 今、「びーまびーま」 は、九州は宮崎で、最初の一歩を待っています。

 美和さんがおずおずとたずねてきました。
「あのお、ネーミングって無料じゃあないですよねえ。」

 それに対してすぐにこんな返事を出しました。
 「ネーミングの件は無料です。
これから頑張ろうとしている美和さんへの私からのプレゼントと思ってください。」

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先週のグローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
月曜日:クレタ島のブルスケッタ
火曜日:ギリシャのクリスマスクッキー
水曜日:オリーブオイルのヌーヴォー
木曜日:日本人の季節感
金曜日:Peacockレストラン
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 21:25| Comment(1) | TrackBack(0) | ワーキングマザー

2009年11月01日

実りの秋のハロウィーンパーティー

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 もう少しで満月になりそうな最後の秋の月が、美しく輝くハロウィーンの夜でした。一夜明ければ、暦がめくられて、今日からは新しい月。今年も残すところ2ヶ月となりました。ハロウィーンと共に終わった季節は、今日からは冬へと名前を変えて寒さを深めていきます。

 昨日、大きなガラス窓の外に東京湾が広がるパーティールームに、ピーターパンや妖精やお姫様や海賊、お猿にパンダにテントウ虫にバナナさんまでが集まり、幸せな笑い声が部屋中にあふれました。お祭気分をいっそう盛り立てる室内の飾りつけ、趣向をこらした盛りだくさんのゲームとお料理。そんなパーティーの進行役は、スラリと延びた足の黄色い蜂と赤い蜂のお姉さんたちでした。お姉さんと言っても実は、テントウ虫君のママと伯母。このパーティーのプロデューサーたちです。

 若いワーキングマザーとワーキングファーザーたちは、何だかんだと機会をとらえては、こうして集まり、なんとも上手に遊んでいます。5月には同じ場所で、同じ仲間たちで、ベビーの合同お誕生日を祝うパーティーがありました。たった半年前なのに、あの時は青虫のように床を這い回っていたベビーたちが、今では行きたい所へと自分の意志で歩いて行きます。まだまだ言葉は出ないものの、小さな仲間たちはたがいに触ったり、オモチャを取り合ったり、話しかけるように顔を覗き込んだりしながら、コミュニケーションをするようになりました。

 大人たち全員がそれぞれのベビーの成長の証人であり立会人です。自分の子どもと同じように声をかけ、触れて、自分の子どもを撮るようにカメラを向けています。同じ時期に生まれたベビーたちが創る素敵なコミュニティーです。楽しい時間の共有だけでなく、彼ら、彼女らは、子育てのプロセスの中でのトラブルをも共有しながら、知恵を出し合い、助け合っているのでしょう。

 予定があって最後のプレゼント交換の前に会場を後にし、運河にかかる橋を歩きながら、爽やかな感動と共に、いつもと同じ思いを交わしました。

 「いつ見てもファッショナブルできれいな母親たちと、格好いい父親たちだ。ちっとも疲れたようにも見えないよ。すごいパワーだと思う。」
「ええ、私たちの頃には考えられなかった。あの頃は、仕事と育児に追われていつも溜息をついて、いつも疲れていたような気がするのに。」
「確実に新しい時代が来ているね。」
「ええ、新世代が、こうしてたくましく時代を切り拓いていくのでしょうね。」

 日々の困難や悩みをかかえながらも、こうしてしなやかに生きていく若い世代を見ることができるのは、バトンを渡した私たち世代に与えられた実りの秋です。

 ハロウィーンベビーズたちの写真は、ハロウィーンらしくマスクをかけていただきました。でも、これじゃあ、仮面どころか、インフルエンザ対策のアイマスク?(笑)

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先週のグローバルキッチンメニュー (http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
月曜日:海辺のランチ
火曜日:油の世界は奥が深い
水曜日:ころころカプレーゼ
木曜日:冬はショウガで乗り切りましょう
金曜日:幻の丸メンチ

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 07:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングマザー

2009年10月07日

安心して働ける仕組みを!

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 認可保育園に申し込んでも入れない待機児童が急増していると言います。横浜市では昨年より8割、東京23区では5割、都市部全体では3割増というその背景には、働くことによる女性の自立志向とともに、経済的不況で仕事に出る女性の数が増えたこととの両面があると思います。

 仕事仲間のカズちゃんにも2月に女の子のお孫さんが誕生しました。ママは目下育休中。来年4月に仕事復帰をするために保育園を探し始めたところが、れっきとしたフルタイムのキャリアウーマンにとっても壁は厚いようで、申し込んだ所は30人待ち。それを私の娘に言うと、「ママ、そんなのいい方よ。ウチなんか200人待ちだって!」

 かく言う娘は、出産をする何ヶ月も前から、生まれてくるベビーのための保育園探しを始めました。そして、「ここにあずけたい!」 「ここならあずけられる!」 とようやくめぐり合った保育園に合わせて引越しをしました。産後3ヶ月で仕事に復帰してからは2人のベビーシッターさんに支えられ、この4月にやっと念願の保育園に息子を入所させることができました。目下、保育園と2人の素敵なシッターさんに助けてもらいながら、ワーキングマザーとして頑張っています。保育園を探し、選び、申し込みをし、入園を待ち、10ヶ月半の息子を実際に受け入れてもらうまでに延々1年半!

 私も5歳離れた長女と二女を、足掛け10年近く保育園に通わせました。認可保育園には空きがなく、しばらくの間、近所の保育ママさんや、無認可保育園にあずけて順番がやってくるのを待ちました。そんな私の時代からもう30年もたったというのに、状況はちっとも変わっていないように見えます。

 ワーキングマザーたちは保育園を信じるしかありません。そこならばプロフェッショナルな人たちがいて、子どもの安全も確保され、子どもが幸せに過ごしてくれる、そう思わないことには仕事を続けられません。もしそこが、子どもたちの頭の上に重いキーボードが落ちてくるような場所だったら?もしそこが保母さんがちょっと目を離したすきに、子どもたちが外の通りへ出てしまうような所だったら?

 昨日、娘が珍しく取り乱して電話をかけてきました。1歳4ヶ月の息子が、落ちてきたキーボードで怪我をしたとの連絡を保育園から受けたとのこと。その際に伝えられたという「目と鼻の間が多少えぐれたから、形成外科に連れて行きます。」と言う言葉を聞いて、私は本当に驚きました。1つは安全が守られているはずの場所でどうしてそのようなことが起きるのか、という疑問。もう1つは様子のわからない親に向かってどうしてあえて不安を増長させるような言い方で伝えるのかという点でした。

 あわてた娘はすぐに会社を出て園に向かいました。不幸中の幸いで、傷は深くても眼球からは1センチほど離れていました。けれども、知らせを受けた時の娘の動揺、息子を実際に見るまでの娘の不安を考えると、私は不憫でたまりません。

 小さな息子が口にするもの、触れるもの、全てのものの安全に、人一倍気を使っている娘とその伴侶です。私がたまに会いに行く時も、孫を抱く前にまず言われるのは、「ママ、手をよく洗ってね。時計と指輪は取ってね。」 という言葉です。

 3人の孫がいる美しい私の親友が、「孫ってやっぱり可愛いもの?」 という私の陳腐な質問に、ある時、こんなことを答えました。今の私にとってはとりわけ心に染み入る言葉です。

 「う〜ん、小さな孫たちにもし何かあったら、と思うとオロオロしてしまうけど、それって何かあった時の娘たちの気持ちを考えちゃうからだと思う。と言うことは、やっぱり娘たちが可愛いってこと?」

 いまだに出産を機に7割の女性が仕事を辞めるという日本。7割を減らすことが難しいなら、せめて3割の女性たちが安心して働ける仕組みを作ってもらいたいと、新しい時代に心から願います。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングマザー

2009年09月14日

さつきさんがママになって

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 悪い癖があって、一度機を逸してしまうと、ずっと逸してしまうのです。その間、ずっと心の中で気にかかっているのに、時がたつほどますます、何だかんだと自分に言い訳をつけては延ばし延ばしにしています。

 さつきさんから、愛らしいベビーの写真付きで残暑見舞いの葉書が届いたのは、8月も末のことでした。

「7月28日に長男が生まれ、にぎやかな毎日を過ごしております。しばらくの間、育児休業をいただいております。仕事を離れ、子どもと向き合う生活はとても新鮮です。」

 「やったね、さつきさん、おめでとう!」 と思いながら、 「さて、働く母の大先輩としてどんな励ましの言葉を贈ったらいいかしら。何をお祝いにお贈りしようかしら。」 などと考えているうちに、時間がたっていきます。そのうちに、 「こんなに遅れたのだから、もう一日遅れたって同じようなもの、じっくり考えましょう。」 となり、あげくの果てに。。。。。

 この週末は、遠方からの千客万来、大忙しでした。朝から仕事に出ていた土曜日の夜、ユタの大学から来日した教授夫妻をおもてなしするためにご案内した銀座は、嵐のように激しく降る雨に見舞われ、食事の場所に着いた時には全員がびしょ濡れとなってしまいました。一夜明けた、秋晴れの日曜日、今度はシアトルからの客人を囲み、我が家にたくさんの人が集まりラウンドテーブルの会合となりました。ワイングラスだけでも3種類X8人分です。静けさの戻った中で、山のような洗い物と格闘していたら、夜もかなり更けてしまいました。

 昨日も果たせなかったことに、新しく始まる週の入り口で今度こそ向かい合おうと、さつきさんへの手紙を書き、彼女のために集めておいたワーキングマザー関連の資料を整理して、ベビーへのメッセージをカードに託し、小さなプレゼントと共に、今、郵便局に行ってきたところです。歩いても行ける郵便局の24時間対応には、いつもとても助けられます。

 さつきさんは、若く美しい裁判官です。何年か前に、著名な ロースクールの勇ましいヘッドである私たちの友人、Dean SusanのワシントンDCの家で、1年間の研修に来ていたさつきさんに初めてお会いしました。楚々として、どちらかと言えば内気な印象を与える彼女が、「Judge Satsuki」 と呼ばれるのを耳にした時、そのちぐはぐな感じに一瞬とまどいを覚えたことを思い出します。

 英語にも、Mr. やMiss, Mrs. の代わりに職業が頭につく呼び方があります。たとえば、Dr.=====,  Professor ====, Ambassador=====。。。。。多くは社会に奉仕する公職であり、敬意を払われているものです。President(学長)やDean(学部長)などもそうです。そして、裁判官もまた、どんなに若い研修の身であろうと、敬意と共に 「Judge Ito」 「Judge Satsuki」 のように呼ばれています。

 そうしたプロフェッショナルな仕事に就く女性たちが、子どもを産み、ワーキングマザーとして頑張っていく姿はとても素敵です。妻になることも、母になることも、仕事をすることも、すべてが自由な選択です。そしてそれらがどのように組み合わさってもいいのです。妻にならずに母になったり、母にならずに仕事をしたり、仕事をせずに妻になったり、妻で母で仕事人であったり、妻でも母でも仕事人でもなかったり。。。。。その組み合わせと、その色合いは、3人いれば3通り、100人いれば100通りでしょう。

 大切なことは、自分が選んだ組み合わせがいかに自らが主体的に選んだものであるかどうか、そしてその選択に誇りを持っているかどうかだけ。良い組み合わせも悪い組み合わせもありません。二者択一でも三者択一でもない柔軟な生き方を主体的に選び取ることの自由が、もっともっと当たり前の社会となることを願っています。

 さつきさんへの手紙の最後はこんな言葉で締めくくりました。

 「○○君と一緒に過ごす毎日は、さつきさんの宝物ですね。どうぞたくさんの発見をして、たくさんの感動をしてください。ママとしての成長は、仕事の上でもきっと役立つはずです。」

 秋風と共に、コスモスを飾りたくなりました。ついでに大きな花瓶も総とっかえ。
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2009年09月01日

ワーキンググランマの思い

P8300519.JPGP.JPG ワーキングマザーの娘を持つ私もまたワーキングマザーです。だってどんなに大きくなったって娘はいつまでたっても娘ですから。

 「私は生後6週間で保育園デビュー!!以来ずーっと鍵っ子。夜の7〜8時頃まで毎日お姉ちゃんと母の帰りを待っていました。そんな私が近所迷惑ぐらい大声で叫ぶわよ! どんなに離れていてもママが一番!
 ベビーがママを忘れること、絶対にありません。保育園に何時間いても、誰もママを越える存在にはなりません。
 鍵っ子時代の私、お小遣いは家族のプレゼントに費やしました。100円のお皿や、ビニール傘、普通のボールペンだったり。月500円のお小遣いですから、買えるのはこれが精一杯。そんなものでも本当に喜んでくれる母の顔がうれしくて、いつもそのボールペンを使ってくれる父の姿がうれしくて、いつの間にかそれが私の趣味になりました。
 子どもってそんなもんです。」

 これは私の娘の今日のブログからの抜粋です。量より質を信じ、どんな小さな声にも耳を傾けることを自分への約束とし、私は働きながら娘たちを育てました。

 そんな娘が出産をすることになった時、娘は納得の行くまで調べて自分で病院を選びました。入院している間は、毎晩一日たりとも欠かさず、母になった娘とその小さなベビーに会いたくて、私は仕事帰りに病院に寄りました。

 6日目にベビーともども退院することになった時、娘には世に言う「里帰り」の選択肢などもなく、まっすぐ自分たちの家に帰りました。そんな自立した強さはまさに母親譲りでした。 「出産は病気ではないんだから一人でも大丈夫」 と大きなお腹でギリシャに渡った25歳の私を思い出させました。

 ベビーが3ヶ月になるのを待って、娘は寸時の油断も許されない厳しい職場に戻りました。しかし、母というのは子どもが生まれて母になるのではありません。小さな命が自分の体の中に芽生えたのを知った瞬間から母になるのです。ですから、生後3ヶ月は13ヶ月でもあるのです。

 13ヶ月も母であった者が、自分がこの世に生み出し、守り続けてきた小さな命を人に託して外の世界に戻る時、その迷いを振り切るためにどんなに大きな勇気を必要としたことでしょう。

 復帰を前に 「リハビリ」 が必要でした。娘はベビーをシッターさんに預けて3時間だけ一人で外の世界を歩いてみることにしました。あんなに気もそぞろだった娘を見たのは初めてでした。ケーキを買いに出たらしく箱を持ってはいるものの、どんなケーキをいくつ買ったかも覚えていないのです。早く家に帰りたくて、赤信号にも気づかずに通りを渡ろうとします。心身ともに母となった娘を見て、この時、私も祖母となりました。

 女性が働くのが当たり前の世の中になってきたとは言え、働く母親の日々は戦いです。たとえ働く環境が整っている場所にいても、母であること自体が自分自身の足を引っ張ることもあります。加えて、定年まで、あるいはそれ以上働いている女性の姿も珍しいことではなくなったこの時代、昔は子育てを助けてくれた 「おばあちゃん」 が、自分と同じようにまだ現役で仕事をしているのです。若いワーキングマザーたちは、そんな 「おばあちゃん」 の邪魔をしないよう気を配りながら、情報と知恵の力を借りて、たくましく生きていかねばなりません。娘は今、2人のシッターさんと保育園に恵まれ、パパの協力、そしてワーキングマザーたちとの連携のもと、やんちゃ盛りの息子を一生懸命育てています。

 頼りにならないワーキンググランマでも、娘を思う気持ち、孫を思う気持ちは負けません。問題は、我が身の無力さへの後ろめたさから、孫息子についつい甘〜くなってしまうことです。アメリカにいた間も、小さな物ばかりが目に付いて、結局、こんなにたくさんのおみやげを買い込んできてしまいました。正直に告白すればこれはまだほんの一部(笑)。

 週末に遊びに来た15ヶ月のベイビーボーイは長いものが大のお気に入り。自分の背ほどもある傘をひきずりながら、ワーキングパパと手をつないでご機嫌で歩いて行きます。その後をワーキングマザー (働く母 )とワーキンググランマ (働く祖母) とワーキングアウント (働く叔母) がニコニコしながら歩いて行きます。新しい時代を感じます。
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2009年08月18日

何てたくましく、何てしなやかなワーキングマザーたち!

P8040370.JPG PCという玩具さえあれば退屈とも無縁になる半面、PCという仕事道具さえあれば、悲しいかな、どこにいても仕事モードから抜けられません。お盆休み期間の静かな1週間から打って変わって、今週はのっけからビジネスメールが忙しく飛び交っています。

 昨晩の14人ディナーで、ゲストの何人かが、 「こんなにたくさんのお料理さぞ大変だったでしょう。一日中台所にいらっしゃったのでは?」 とコック兼ホステスの労を労う言葉をかけてくださったら、すかさず連れ合いが、 「いやいや、ナオミときたら、台所に居たかと思うと自分の部屋のPCの前。神出鬼没で往復してましたよ。」 と笑いを誘ってくれました。本当にその通り、台所と仕事部屋を結ぶ廊下をいったい何十往復したことでしょう。料理の合間に仕事? 仕事の合間に料理? そしてそのまた合間に1キロスイミング? というボーダーレスな一日でした。

 予定通りに 「今日の料理」 と 「今日の仕事」 という2つの課題をちゃんとこなせるかしら?と不安になったり、焦ったりもする中で、一服どころか十服の清涼剤は、あるワーキングマザーのブログでした。

 「仕事復帰、やっぱり大変だったわよ!!」 と題する、いつもながらにウィットにあふれた洒脱で軽快なトークは、軽やかなようでいて、元ワーキングマザーの心をもガッツリ掴んでしまうサムシングに溢れています。悩みながらも、

 「そうだ、私、お仕事大好きなんだ!キャリア目指すんだ!
 ワーキングマザーへの道、ひたすらまっすぐ進むわよ。
 ザウ (彼女の15ヶ月の息子のニックネーム) は強い子。大丈夫。ザウとシッターさんを信じよう。」

 そんな潔さと、苦労を楽しみに転化してしまう楽天的な柔軟性は、たくさんのワーキングマザーたちを惹きつけ、今や彼女の周りには大きなコミュニティーが広がっています。自分たちのことを 「ワーママ」 と呼び、自分たちの歩く道を 「ワーママ道」 と気負わずに呼ぶ彼女たちを見ると、 「頑張れ! 頑張れ! ワーママたち! 君たちは君たちにしか持てない素晴らしい世界に生きているんだよ。」 と心から応援をしたくなります。

 加えて、仕事復帰をあきらめた仲間に対しては、 「専業ママほど大切なお仕事はないの!ママの代わりは誰もできないから。育児に熱中できるママは素晴らしいと思う。私にはちょっと無理だったみたいだけど。」 と優劣をつけずに受け止めるおおらかさは、専業ママや、将来のワーママたちにも輪を広げて行きます。

 「仕事復帰、やっぱり大変だったわよ!!」 には本当にたくさんのコメントが寄せられています。つらつら読んでみると、働くママたちの本音がわかると同時に、何てたくましく、何てしなやかな新しい世代が出現しているのだろうと、茨の道であり至福の道でもあった、元祖ワーママ道を通り抜けてきた我が身としては、眩しい感涙にむせびます。

 少しばかり、彼女らのコメントを紹介します。

・ 9月から復帰で色々考えていたら不安で心配で、、、、ふだんズボラな私が珍しく悩んでいました。でも、ザウママも同じ気持ちだったんだと思ってハッとしました。ありがとう。

・ ザウママも同じような苦しみを味わっていたんですね。ワーキングマザー万歳!!だね。

・ 8ヶ月で仕事復帰。子どもを置いて仕事へ向かう泣きそうな毎日でした。でも、保育園育ちの娘、案外たくましく、これで良かったんだ、と今は思っています。

・ ザウママ、すてきなブログをありがとう。感動で前が見えないYO。妊娠中からずっと産休明けで復帰すると決めていました。でも、復帰した時は焦りで一杯。今でもあんまりバリバリ働けないけど、長い目で頑張るつもり。そして娘もキャリアを追及する女性に育ってほしいな。。。。。

・ 仕事復帰して2週間、ベビーが手足口病に。仕事休みたくない!って思いながら、働いてこそ私かなぁって再確認。でも、気持ち切り替えてしっかり明日はベビーをケアして、あさっては仕事に集中したいと思います。

・ わたしもワーママですが、心折れまくり、てんぱりまくりな毎日で〜す(笑)。

・ 自分を奮い立たせて仕事、帰ってきたら愛する子どもと旦那さん。最高の人生だよね!一緒に頑張ろうね!

・ 仕事への復帰でいろいろもめていて。。。。。不安いっぱいの私に勇気をくれました。ありがとう。

 最後に、こんなムーブメントを起こしている張本人の言葉を引用して終わりにします。実はこれ、ワーキングマザーの背中を見ながら育った我が娘でございます。

人生、前進あるのみ!迷いや不安はみんなあるだろうけど、決めたら気持ち切り替えて進むしかないよね!

どんなに小さくても、何時間離れていても、
ベビーにとってはママが一番
黒ハート
がんばれ、全国のワーキングマザー達 exclamation×2
働くあなたは・・・かっこいいじょ ひらめき


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングマザー

2009年06月27日

頑張れ、ワーキングマザーたち 2

.JPG 2階のリビングの窓が桜の青葉で覆われる季節となりました。薄桃色の花々が窓一面に広がる季節も大好きでしたが、本格的な暑さを迎える前の初夏の風情も素敵です。昼間はうだるような熱気でも、深夜ともなれば、開け放たれた窓からさわやかな風が入ってきます。

 4年前に長野県の伊那市で一緒に仕事をしたサツキさんが、仕事の地盤を作るために東京に引っ越してきました。しかも私の住む町のすぐ近くに。伊那で会社を経営するサツキさんは、42歳とは思えぬほどに、しっかりした仕事ぶりと、細やかな気配りを見せる人です。

 何年ぶりかで会うことになったサツキさんと、まずは窓の青葉を見ながら私の家でたっぷりとおしゃべりをしてから、私の行きつけの居酒屋へと繰り出しました。私が口にするとりとめもない話や、思いつくままのアイディアも、若い彼女にかかると 「それ、秋にやりましょう。私が企画をして人を集めます!」 というポジティブ形に変化をします。彼女のことです。きっと本当に実現させてしまうでしょう。

 最近特にこうした若い人たちのエネルギーに圧倒されることが多くなりました。そのたびに思うのは、私たち世代の任務は、彼らがいだく夢を実現できるように、ちょっと背中を押してあげることではないかということです。適当な日本語が思いつかないのですが、英語の 「facilitater」 という言葉が一番それに近いような気がします。長い人生を歩んできた分だけ、私たちには失敗経験も成功経験もあります。そこから学んだ数々のことを生かして、次世代をサポートすることができれば、それこそが私たちをここまで導いてきてくれたものへの御礼ではないでしょうか。リレーのようにサポートバトンが渡されていけば、彼らがいつか私たちの年代になった時に、同じように次の世代への 「facilitater」 となるはずです。

 2人の息子を育てながら夢の実現に頑張っているサツキさんを見ると、まるで一昔前の自分の姿を見るようです。お腹いっぱい食べて、さてそろそろという段になって、サツキさんが、

「残ったもの、いただいて持ち帰ってもいいでしょうか。寝ないで待っている息子に食べさせてあげたいのです。」

 店からもらったプラスチックの折に、お弁当を作るように一つずつ丁寧に残り物を詰めているサツキさんの姿を見ながら、またしてもこんな言葉を呟きたくなりました。

「頑張れ、ワーキングマザーたち!」 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングマザー

2009年05月13日

パワフルワーキングマザーたちの最高のパーティー

P5100270.JPGP5100289.JPGP5100283.JPG  
 国際NGO 「セーブ・ザ・チルドレン」 が行った最近の調査によると、母親になるのにベストな国ランキングで、日本は158カ国中34位となりました。2006年には12位、昨年は31位でしたのに、年々順位が下がっています。15の指標を総合的に判断しての結果だそうですが、日本は子どもの就学率や栄養状況などの 「子ども指標」 では堂々8位、けれども、働く女性の子育て環境の 「女性指標」 では36位。それらの平均値が34位という数字につながりました。私の時代から比べたら、現在のワーキングマザーの環境はうらやましいほどに向上しているように見えますが、世界レベルでの順位がこうした数字になってしまうのは、たぶん、他の国々が、私たちの国以上に早いスピードで進歩しているからなのでしょう。ちなみに、1位、2位は言わずとしれた北欧の国々、スウェーデンとノルウェーです。

 それでも、私のまわりの若いワーキングマザーたちは頑張っています。しかも、歯を食いしばって疲れた顔で頑張っているのではなく、 「大変なのは当たり前でしょ。」 とばかりに、仕事と育児の両方をスマートに楽しんでいる人たちが 増えてきました。生活のために仕事をしているのではなく、好きだから仕事をしている、そして好きだから育児をしている彼女たちには、悲壮感など全くなく、どこから湧き出てくるのだろうかと思えるエネルギーで、仕事と育児の2つを自己表現と自己充実の場にしています。そうした新種族の登場に、旧ワーキングマザーの私は拍手喝采です。

 縁あって、10日の日曜日に1歳になる5人のベビーたちの合同バースデーパーティに招かれました。都心の高層マンションの海が見えるパーティールームは、ベビー一人一人の名前が入った大きなバルーンがゆらゆらと揺れ、この日のために借りてきたという小さな滑り台とブランコ。テーブルにはケータリングで取り寄せたお洒落な料理の数々。テーブルクロスから、食器、ナプキンなどの細部に至るまでママたちのアイディアが一杯です。掃除の行き届いた床ではベビー軍団が這い回り、それを見守る若く美しいママたちと、格好いいパパたち、そして幸せそうなおじいちゃん、おばあちゃんたち。

 ユニークなプログラムもたくさん用意されていました。ベビーを抱っこしてスタイと呼ばれるエプロン《昔は 「よだれかけ」 と呼んでいたものです。(笑)》 を首からかけたママたちが 「よーい、ドン!」 で哺乳瓶からカルピスを飲むママ競争、同じくスタイをつけたパパたちが、紙オムツに入ったゼリーを手を使わずに食べるパパ競争。一人一人の名前が入ったお餅の袋をベビーに背負わせての一升餅ベビー競争。ベビーたちが行き着く先には6つの品が用意されています。本、クレヨン、電卓、グローブ、お箸、お財布、どれを手に取るかでベビーたちの将来の職業を占うという一升餅将来占い。伝統を上手に遊びに取り入れたセンスには脱帽です。這い這いの途中で重い背中のお餅につぶされて床に顔をつけたまま泣きじゃくるベビーや、ゴールとは逆方向に高速這い這いを始めるベビー、かと思えば一目散に電卓を目指して突き進み、勝利の品を手にするやウットリと噛み始める未来の数学者。パパもママもジジもババも大爆笑でした。

最後は、ハッピーバースデーの歌に合わせてベビーも食べられるように卵とバターを使わずに焼き上げた大きなキャロットケーキが! ケーキの上には5人のべびーたちの名前が書いてありました。

この日の企画チーフは5人のワーキングマザーたちの中でもたぶん一番忙しいはずの外資投資銀行トレーダー。両手にたくさんプレゼントを持った笑顔一杯のパパ、ママたちを送り出し、黙々とパーティールームの最後の片付けをし、大きなゴミ袋をきちんと所定の場所に運び入れ、華奢なからだでブランコや滑り台をかついで歩く姿を見ていると、とうとうこんなパワフルな女の時代が来たのかと、ひたすら感動してしまいました。

 立役者の彼女から翌日届いたメールです。
「昨日は来てくれてありがとう!あれ以上ゴージャスで愛にあふれた1歳のパーティー、なかなかないよね。でもみんな本当に良いマミーズ&ベビーズで楽しかったね♪さぁ、2歳のバースデーは何しようかしら!」

 いいなぁ、こんな感覚。こんなスタンス。こうした若いママたちが増えていけば、きっとランキングだって上げられます! いえ、逆に、こうした若いママたちを一人でも増やすために、国も企業も、私たち先達も、もっともっと道を切り拓いてあげねばいけませんネ。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングマザー

2009年04月17日

あと一日! 頑張れザウルス、頑張れザウルスママとパパ

 食欲全開、好奇心全開、元気いっぱいのザウルス君(11ヶ月)のママから、 「ザウルス ダウン 熱 下痢 嘔吐」 という一昔前の電報のようなメールが届いたのが13日、月曜日の夜のことでした。4月から保育園生活をスタートさせたばかり、日一日と母子ともに新しい生活に慣れ始めた矢先のことでした。

 続いて、深夜、 「熱が39.2度まで上がってきたけど、なんとか寝てる。起こして救急に行くべきか迷っています。」

 そして翌火曜日早朝、 「熱一晩下がらず。やっぱり私がお休みとって病院に連れて行きます。」
 同10時半、 「熱は下がらず、解熱剤をもらうところ。待合室にもう一人、 『らっこ組』 のクラスメートがいた!0歳児には過酷な環境。」
深夜、 「聖路加の救急に行きます。」
続いて 「解熱剤飲んで水分補給するのみ。ウンチも持参したけどノロもロタも見つからなかった。もうしばらくの辛抱かな。」

 こんな具合にワーキングマザーとワーキングファーザー、そして遠くから心配するワーキンググランマの日々が過ぎて、ようやくもう一息で週末を迎えられるところまできました。幸い、ザウルス君はオデコに冷えピタを貼って哺乳瓶を一気飲みする桃太郎のような姿を、ママのブログで見せてくれるまでに回復しました。ザウルスダウンの報を聞くや、すぐに飛んできてくれた最高のベビーシッターさんに恵まれていたからこそ乗り越えられたワーキングペアレント初の難関でした。

 寿退社はもはや死語となり、妊娠、出産を壁とは思わずに働き続ける女性たちが増えています。企業の側も、育児休暇の充実や復帰後の勤務時間短縮、企業内保育所の設置などママたちが仕事を続けやすいように配慮をする所が増えてきました。そして、子育てを楽しみたいと考える父親も増え続けています。こうしたパパたちは、 「イマドキのパパ」 となかなか格好良いイメージで呼ばれ、 「子育てパパ力検定」 なるものまで登場しました。

 半面、50代、60代になってもまだまだ元気なこの時代、現役で働くお祖母ちゃん・お祖父ちゃんも当たり前となりました。私たちもワーキンググランマであり、ワーキンググランパです。ザウルス君とザウルスママの窮状を日々心配して、いつSOSが来ても飛んでいくつもりではいても、実際SOSが発令されたら、色々なところに連絡を取り、会合に欠席したり、中止したり、延期したり、仕事の締め切りを延ばしてもらったり、あるいは若い頃のように頑張ってどこかで徹夜でもしてメークアップすることになったでしょう。そんな状況の中では、若いワーキングママたちをサポートしてくれるプロフェッショナルな方々の存在がどんなにありがたいことかしれません。保育園は元気な子供を見てはくれます。でも、子供というのは数々の病気を通り抜けながら成長していくものです。

 日本の1.34を大きく上回る出生率2.02のフランスのように、国が子育て支援の豊富なメニューを用意し、保育ママや保育園にかかるけっこう大きな経費を肩代わりしてくれる時代が早く来るようにと、昨日届いたばかりの定額給付金支給のお知らせを手に、何やら複雑な気持の朝です。

 頑張れ、ザウルス! 頑張れザウルスママとパパ! 今日一日頑張れば明日は週末!

By 池澤ショーエンバウム直美

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングマザー

2009年03月05日

頑張れ、ワーキングマザーたち!

 大学を卒業した時も、結婚をした時も、最初の赤ん坊を産んだ時も、次の赤ん坊を産んだ時も、私には仕事をするか、しないか、という選択肢自体がありませんでした。私にとっての仕事とは、好き嫌い以前に、日々の食事や眠りのようにごく当たり前のものでした。

 アテネで生れた長女は、9時から14時までというギリシャ的労働時間のおかげで、随分助かりました。それでも熱を出したり、怪我をしたりするたびに、仕事と育児のバランスがガラガラと崩れました。娘を心配しながらの仕事は、さとられまいといくら頑張ってみても、おのずと顔に出てしまっていたのでしょう。無口な哲学者のような運転手のエウリピデスさんが、 「ナオミ、今だよ。」 と目で合図をして、仕事の合間に裏口からそっと私を車に乗せて家に連れ帰ってくれたことも一度や二度ではありません。

 「さあ、早く行っておいで。ベビーが心配なんだろ?」 と車のドアを開け、私が急ぎ足でアパートの階段を駆け上り、また早足で戻ってくるまでの間、ずっと私を車の中で待っていてくれました。そしてまた、エウリピデスさんは何事もなかったように私を大使館に連れ戻ります。

 日本で生れた二女の育児と仕事の両立は大変でした。産前産後の休暇などあってもないような組織の中で、出産直前まで出勤し、産後6週間で仕事に戻りました。たった6週間でも母親に抱かれ、母親の乳で育てられた小さな娘は、頑として哺乳瓶を受け付けず、保育所でひたすら母親の帰りを待って泣き続けました。

 仕事をするのは当たり前とは言え、娘たちに寂しい思いをさせてきたのではないかという自責の念は、彼女たちが大きくなってからも私の心から消えることはありませんでした。そんなある日、カナダの高校に留学していた二女が、心理学の授業で書いた 「仕事を持つ母親に育てられた子供と、専業主婦の母親に育てられた子供の比較論」 というレポートを私にプレゼントしてくれました。それを読み進むうち、「ありがとう、ありがとう!」 と涙が止まらなくなりました。レポートの最後の行は次のような言葉で結ばれていました。

 「『働く母親に育てられた子供は、保育園等の施設で、早くから子供同士の共同生活を強いられるため、そうではない子供に比べて自立心の芽生えが早く、他者への配慮に長けている。』 ということが○○博士の調査からも立証されています。私は働く母に育てられたことを誇りに思い感謝をしています。」

 いつも私のスカートをつかんでこわごわと世の中をのぞき見ていた小さな娘が、母となりました。そして、自らも働く母親の道を選んでいます。苦労を苦労とも思わず、働く母親であることを楽しみ、誇りに思いながら頑張っている姿に、今度は私が励まされています。

 青は藍より出でて藍より青し。頑張れ、ワーキングマザーたち!

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングマザー