2013年03月01日

南洋ポナペの女t書

(昨日の続き)
友が見つけてくれた貴重な絵葉書が手元にあることを思い出しました。
「行発屋葉二ペナポ」(ポナペ二葉屋発行)の日本時代の南洋ポナペ島の「女t書」です。
全11枚のうち、取り急ぎいくつかご紹介します。
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南洋群島始政十年記念
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長官舎ノ庭
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ジョカージヲ背景ニシタ椰子
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ポナペ海岸通ノ一部
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ナンマタール城址全景
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By 池澤ショーエンバウム直美




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2011年02月09日

悠久のナイルのほとりで紡がれている歴史のひとコマ〜中野眞由美さんレポート2

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 中野眞由美さんは、今日もまた、「今日は一昨日よりさらに熱気にあふれていました。」というタハリール広場から帰ってきました。足を運ぶたびに、さまざまな感動を覚えて帰ってくると言います。

 カイロに長く住み、エジプトもエジプト人も愛する眞由美さんだからこそ見聞きすることのできたたくさんのエピソードは、遠い土地にいる私の心をも揺さぶります。言葉を表現の手段としてきた方の言霊でしょうか。これを私ひとりの胸に留めておくわけにはいきません。このブログを読んでくださっている皆様にも、ぜひお届けしたいのです。そしてご夫妻には、変革の流れの中、歴史の証人として、無事に、すくっと立ち続けていただきたいのです。
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中野眞由美さんカイロレポート 2
何度かぶつかり合いがあり、あれだけの人々が集っていたのに、広場の中はきれいに掃除されており、きちんと秩序が保たれていたことには、本当に驚きました。また、エジプト人特有のノクタ(ジョーク)で、ムバラクを批判しているのには思わず噴出してしまいました。

たとえば、かたわらにうず高く積み上げてあるゴミ袋の山には「ムバラク国立公園」!
広場を行きかう人たちが掲げているプラカードには、「エジプトは今、産みの苦しみにある。難産かもしれない。だが子どもの名前はもう付けた。『自由』という名の子どもだ!」

シュプレヒコールも、「我々はムスリムだ! 我々はコプトだ! 我々はクリスチャンだ! そして我々はエジプト人だ!!」

それだけではありません。コプトとムスリムが同じエリアの左右に分かれて、このデモで亡くなった方達の追悼礼拝を、互いの宗教を越えて一緒に捧げていました。広場には多くの人が出入りをして、女性達は食事を、夜は毛布を差し入れ、みんなで穏やかにデモを遂行しています。雰囲気はデモというより、お祭に近いかもしれません。女性だけで参加していたり、家族連れで来たり、小さな子どももお父さん、お母さんと一緒に参加しているんですよ。とにかくそこに集う人がその人なりにできることでエジプトを変えようとしているんです。

今日のタハリールは一昨日よりさらに熱気にあふれていました。相変わらずエネルギッシュでユーモアがあって、ものすごいパワーを発しています。

今日印象に残ったのは、このデモでお子さんを亡くされたお母さんの言葉でした。

「私は子供を犠牲にしました。でもムバラクは国民を犠牲にしました。私が子どもを犠牲にしたように、ムバラクが作り上げた偽りの世界を亡くしてください。」

同行した日本語ガイドの一人が言いました。

「今まで古代遺跡の前では誇りを持つことができました。でも、今のエジプトやエジプト人となると恥ずかしくてうつむいてしまったものです。今日タハリール広場に来て、私のエジプト感は変わりました。エジプト人であることが大切に思えます。今私は、顔を上げて『私はエジプト人です。』ということができます。」

タハリール広場を後にしてタハリール橋を渡っている時に感じたナイル川の風の気持ち良いこと! その時にふと思いました。これも悠久のナイルのほとりで紡がれている歴史のひとコマなんだということを。

せめて今日のタハリール(解放)のこの高揚感をナイルの風に乗せて飛翔させて欲しいと思わずにはいられませんでした。

毎日様子が変わります。明日はどうなるかわかりません。でも、何とか一歩でもエジプトが理想の国に近づければ、と願っています。私ができることはほんの少しで、大手メディアには叶いませんが、エジプト人の気持ちを伝えていきたいと思っています。
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中野眞由美さん次回ラジオレポート:
NHKラジオ「深夜便」
2月18日(金)0:13〜  〔17日(木)深夜ですのでお間違いなく!〕

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グローバルキッチン http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
2月10日(木)予定:夜だってちょっと一息
2月9日(水):カプチーノでちょっと一息
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2011年02月08日

カイロ発 中野眞由美さんレポート

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 2月はたくさんの記念日があります。お誕生日を迎える友人たちもたくさんいます。中でも今日は私たちの「出会い記念日」。これまでの日々を振り返りながら、パートナーというものについて書こうかと思っていたところに、カイロから「今」を伝えるニュースが到来しました。時を逃せば「旬」も「旬」ではなくなります。

 ということで、今日は予定を返上して、メディアを賑わしている「急変するエジプト」のレポートをお届けします。MHKラジオ深夜便のカイロレポーター、中野眞由美さんからのものです。

 ともすれば暴徒の街と化したかのような不穏なニュースばかりが届く中、中野さんご夫妻の身を案じていたところでしたが、「今日もタハリール広場に出かけ、彼らの様子に何というか、感動して帰って来ました。」という眞由美さんの言葉に、何だか先に待つ光を垣間見たようで、ほっと胸を撫で下ろしています。

 ご夫妻については、このブログでも何度か書かせていただきましたが、始まりは昨年4月のウイーンでのことでした。アイスランドの火山灰騒ぎで足止めをくらっていた私たちは、同じく動きが取れなくなっていたご夫妻に、小さなホテルのロビーで出会いました。お二人のかもしだす素敵なたたずまいに惹かれて、「これはただ者ではないぞ」という直感が働いて、思い切って声をおかけしてしまったのです。長い間エジプトにお住まいの、カイロからいらしていたお二人でした。嬉しいことに、以来ずっとご縁が続いています。

 政治音痴の私です。下手な主観ははさまずに、ご了解を得た上で、中野眞由美さんからの「今」のレポートをそのままお届けいたします。ぜひお読みください。まず第一部として、今日は、眞由美さんが一昨日の「NHKラジオ深夜便」で語った、ここ数日間のカイロの様子です。明日は、眞由美さんからの心に響くメッセージをお届けします。
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中野眞由美さんカイロレポート
3時間前にタハリール広場の中から戻ってきました。お伝えしたいことはいろいろありますが、まずはエジプトの様子が急変した1月28日(金)からの私の回りのことをお話しましょう。

インターネットと携帯電話の回線がエジプト政府によって切られたことに加えて、銀行は閉まり、ATMによる現金自動引き出しが止まり、カードでの買い物もできなくなりました。夜間外出禁止令が出たのもこの日からです。

治安は急速に悪くなって行きましたが、幸い私が住んでいる地区はナイル川の中洲、ザマレクという島の中で、他に比べて治安は比較的良く保たれています。日頃から食料や備品の買い置き、まとまった手持ちの現金を必ず用意しておくのは、まだ不便だったエジプトに住み始めた頃の習慣で、それが幸いしてこのような事態でも特に困ることもなく過ごせています。もちろん自宅の固定電話、電気・ガス・水道は現在でも問題なく通じています。一番緊張したのは1月28日からの5日間でしたが、危機感を感じずに過ごせたのは、ザマレクでは昼間はスーパーマーケットをはじめ八百屋も肉屋もガソリンスタンドも毎日必ず店を開けていたことと、2,3日閉まっていたお茶屋(エジプト風喫茶店)やクリーニング屋など生活に密着した店舗が営業を再開したことが大きいです。

2月4日(金)から状況は極めて落ち着いてきて、5日(土)には銀行が開きカードも使えるようになりました。でもこの間何が一番実感できたか、というと車が極端に減って空気がきれいになったことです。一昨日はお湿り程度に降った雨も手伝ってしっとりとさわやかな美味しい空気を感じました。あと、日頃カイロの騒音にすっかり慣れていて気にもならなかったのですが、車が極端に少ないということはやはり静かで、夜はぐっすり眠ることができました。

ところでデモの中心地となっているタハリール広場は、ザマレク島からナイル川を東に渡ったところにあります。私の家から歩いて20分〜30分で行ける場所なんですね。デモに参加しているエジプト人の友人も居ますし、すぐ近くに住んでいる友人もいますので、私も今日を含めて5回、様子を見にタハリール橋を渡ってタハリール広場の西の入り口付近まで行きました。行くたびにそこに集まってくる人々の雰囲気が変わっているんですね。家族連れや女性だけでタハリール広場にやってくる人たちも結構います。とりわけ昨日、今日はそういった女子供の姿が多く見られました。

3日前から軍の兵隊が広場の中の治安を確保するために広場に入る前の検問を設けているんですが、その検問の外でも反ムバラク・親ムバラクそれぞれに喧々諤々議論を交わしています。また日頃順番待ちをしないエジプト人が検問通過のためにきちんと列を作っているのには、正直驚いています。

一昨日は広場の外にいる若い女性達がどのように考えているか伺ってみました。2,3歳の子供を抱っこした若いお母さんは、「夫は怖がってタハリールには来ないけれど、私は危険を感じていないし、以前から自由に意見を言える場を願っていたので、これから中に入ります。」

地質学を専攻して大学を出たばかりという女性と中学生の弟は、「お父さんがすでに広場の中にいるので、私たちもこれから中に入ってデモに参加します。」

初めてタハリールに来たという20代半ばのおしゃれな若いカップルは、「いろいろな情報がありすぎて全くわからないし、まだ自分自身の考えもまとまらないのでとにかく来てみた。」

20代後半で知的な感じの女性は、「2月1日まではタハリールの中にいました。その後広場を出て今日再び、家族は家にとどまりましたが私は独りで来たところです。ムバラク政権は退陣すべきですが、任期が終わる秋まで待ってもいいと思う。今でなくてはいけない、という理由を探しに来てみました。」

共通しているのは皆さんエジプトが好きでエジプトを良くしたいと思っているんですね。28歳という二人連れの女性の片方がこんなことを言いました。「私が今まで口を開くのは歯医者に行ったときだけだったの、でもこれからはいつでも口を開いて言いたいことを言うわ。行動を起こしてみたら少しづつでもエジプトは変わってきてるから。」

ちょうど昨日の夕方エジプトの各地で活動していたJICAの青年海外協力隊の方々39名が成田に到着しています。カイロ出発前のホテルのロビーで皆さんにお話を伺いましたところ、活動されていた地域によってムバラク大統領退陣要求デモによる混乱の影響を大きく受けた方と、それほど影響のなかった方といらっしゃいましたが、皆さん一様に状況が許せばすぐにでもエジプトに戻りたい、と話されていました。

エジプト人、日本人共に若い方の熱い思いでエジプトを理想の国に少しずつでも近づけていけることを願わずにはいられません。明日はどうなるかまったくわかりませんが、エジプトをサポートする協力隊の皆さんの帰りと、皆さんを受け入れられるエジプトの安定を私も待っています。

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2月9日(水)予定:カプチーノで一息
2月8日(火):「Oli」のカプチーノは双子アザラシとウサギと?
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2011年01月14日

点と点が線になり、線と線が面になる瞬間

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 プーリア州アンドリアの駅から何とかバスらしきものが出るのは、1年のうちに夏場の3ヶ月だけ。しかも日に3本。それ以外の季節はまさに陸の孤島とも言うべき丘の上に、不思議な建物が周囲を威圧するようにそびえ建っています。それがユネスコの世界遺産にも登録されている「カステル・デル・モンテ」という城です。

 オリーブやブドウの木に覆われた丘陵をいくつも走り抜けて、ようやくたどり着いた城は薄暗く、日がな一日めったに来ない客人を待ち続ける受付さえ通り抜ければ、あとはもう人影を見ることもありません。私たちの足音だけが怖いほどに響きます。

 この城が異彩を放っているのは、その形です。外壁も、吹き抜けの中庭を取り囲む内壁も、几帳面なほどの八角形なのです。ここは、13世紀初めに神聖ローマ帝国の皇帝になったフリードリッヒ2世によって建てられた城です。

 8つの部屋を持つ1階から、暗い螺旋階段を上ってみれば、2階の窓から臨む景色は遥かに続く林です。6ヶ国語を話し、学問にも秀でていた皇帝が愛してやまなかったのは、故郷ドイツではなく、この南イタリアでした。この城で彼はいったい何を思い、どのような日々を過ごしていたのでしょう。

 フリードリッヒ2世が初めてプーリアを訪れたのは皇帝に即位した翌年、1221年のことでした。
その2年後にはシチリア島のパレルモに移ります。パレルモの大聖堂の霊廟には、皇帝自身ばかりか、皇帝の妻と母の石棺までもが天蓋の下に安置されています。

 歴史に弱い私の知識は断片にしか過ぎません。けれども、たまさか点と点が繋がって線をなし、線と線が繋がって面をなすことがあります。線になった瞬間、面になった瞬間は、まるで冷水を浴びたように背筋が震えます。

 昨年6月にシチリアを訪れて、パレルモの大聖堂で見たあの石棺に眠る人が、12月に訪れたこの八角形の城を建てたのと同じ人であったなんて、、、、、、、ある意味それは、正確な鳥瞰図と共に全てを心得て、繋がる線を確かめて歩く連れ合いと違って、無知なる者の新鮮な驚きであり、点と点を繋げることの素人の喜びです。

 私の旅の醍醐味はそんな所にあります。
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1月14日(金)素敵なレトロ〜日本の洋食屋さん
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2011年01月05日

美術館の番人に

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 昨日ちょっと言いかけた「美術館の番人」の話をすませてしまいましょう。

 イタリア暮らしの間に、随分たくさんの美術館を訪ねましたけれど、おおむねどこもガラガラ。観光シーズンともなれば長蛇の列で入場を待たねばならないフィレンツェのウフィツィ美術館だって拍子抜けするぐらいに、1分と待たずに入ってしまいました。

 ウフィツィには何度か行っていますので、今回は「ボッティチェルリの間」に直行です。「ボッティチェルリの間」と言うからには、もちろん壁にかかる全ての絵画がボッティチェルリです。室内は薄暗く、ぬくぬくと暖かく、静かで人声もありません。

 部屋の隅っこに置かれた椅子では、首からIDをかけた「番人」つまり監視役の婦人が一人、ペンを片手に難しそうな本に夢中です。いえ、そう見えたのですが、、、、、

 歩きながらそっと覗いてみたら、何と「SUDOKU」でした。ほら、あの9X9の正方形の中に1から9までの数字を入れていくパズル、「数独」。私の一番苦手な類のものですけれど、ご婦人は名画に目を投じる暇もないほどに一生懸命です。

 所変わってタラントの国立考古学博物館では、紀元前のいとも美しい金細工コレクションの部屋のすみっこで、「番人」の老婦人が実に気持ち良さそうに、コックリコックリと船をこいでいました。お昼寝には最高の環境です。

 こう来場客が少ないと、お目付け役が暇をもてあましたとしても当然です。

 ところが、それが困った場合に繋がることがあります。それが、オートラントという小さな町の美術館でのことでした。よほど客人を待ち焦がれていたのでしょう。受付のオジサンが持ち場を離れ、ガイドに転じてしまったのです。しかもかなりおせっかいなガイドです。じっと我々の後ろに立ち、別の部屋に行こうとすれば、「いや、そっちではない。」とばかりに腕を引っ張って他の所に連れていきます。要するに、全部の物を順番通りにきちんと見なければ許してくれないのです。

 このオジサン、困ったことに「鳴る靴」を履いていて、歩くたびにキシキシと大きな音がします。気に入った展示品に見入っていようものなら大変です。こちらの壁からあちらの壁へ、あちらの壁からこちらの壁へと、キシキシキシキシ歩き回るのです。時に鼻歌など歌いながらご機嫌の良い様子を見ている限りは、別段歩き回って私たちを急かしているわけでもなさそうです。まるでお客が来たのが嬉しくてはしゃいでいる子供のようです。

 あまりにキシキシが気になって集中できないでいると、突然音が止みました。逆に気になって振り返ってみれば、何とオジサン、これまた紀元前の大神ゼウスの彫像に、恐れ多くも片足を乗せて靴紐を結んでいるではありませんか!!いい具合に結べたのか、ますますキシキシの間隔が狭まります。

 SUDOKUの番人も、居眠りの番人も何の害もありませんでしたけれど、このキシキシオジサンにはまいりました。腕をひっぱられる通りに全部をくまなく見せられて、ようやく解放される段になったら、今度はドッサリと山のような本やらパンフレットをカバンの中に詰め込まれました。全部イタリア語。もらっても困ります。カバンはパンパン、重くてたまりません。

 それでも有難くお礼を言って、美術館を後にすると、オジサン、やおら外に出てきて、扉に「CHIUSO」の札を貼り付けました。「閉館」です。「今日は大仕事をしたからもう閉めて家に帰っちゃおう」なのかもしれません(笑)。

 あれやこれやそんなことを全部ひっくるめて、やっぱり美術館巡りはやめられません。
 そして思うのです。次に生まれて来たら、美術館の「番人」になりたいな、と。
 歴史を通り抜けてきた本物の芸術品に囲まれて、苦手なSUDOKUに挑戦し、居眠りをし、キシキシ歩きたいな、と。
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1月6日(木)予告:ジュリオの手さばき〜サーモンのタルタル


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2010年12月13日

縁は異なもの味なもの〜ウイーン発電車が走り続けて

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 霧もなく、雨もなく、気温は低いながらもお天気の良い日が続いています。夕日と朝日がこんな風に部屋の窓や壁を彩るなんて、こちらに来てから初めてかもしれません。

 時はしばし遡り4月のウイーンでのこと。アイスランドの火山灰騒ぎでヨーロッパの空港が閉鎖され、私たちもハンブルグ行きをあきらめてしばしウイーンに篭城することになりました。その時にひょんなことから出会ったのが、カイロに住む中野夫妻だったのです。

 いつもなら、たとえ日本人らしき方とは言え、お声をかけることなどもめったにないのですが、この時ばかりは違いました。宿泊していた古いホテルの小さなロビーにたたずむお二人に、まるで磁石に引き寄せられるように近づいてご挨拶をしてしまったのです。お二人のかもしだす雰囲気が、普通の旅行者とは違う「素敵な何か」を持っていたせいかもしれません。

 たったそれだけの出会いがそもそもの始まりとなりました。この夏、ワシントンDCで暮らしている時に、「ぜひご紹介したい素晴らしいご夫妻がいる」と、カイロからご連絡をいただき、日本の新聞社の支局長ご夫妻を我が家にお招きして、それは楽しい夕餉を過ごさせていただくことになりました。

 そしてまた、今回のミラノでも、、、、、

「マントヴァに活動根拠をおいている吉田裕史さんをご紹介させていただきたいと思い、メールいたしました。吉田さんは、今週29日、ミラノからほど遠からぬマントヴァ歌劇場でヴェルディ作曲のオペラ『リゴレット』を指揮します。イタリアの歌劇場で初めて音楽監督となった吉田裕史さんの監督としての最初の取り組みです。

 吉田さんは、数年前カイロのオペラハウスで同じヴェルディ作曲の『アイーダ』を指揮されたのですが、これが実に素晴らしく、観客や楽団員もすっかり魅了されてしまいました。指揮者としてばかりでなく個人としても、イタリア的な磊落をお持ちの魅力的な方です。魅力的な方々は、互いの磁力で惹き合うという法則がありますので、ひょんなことから池澤様ご夫妻と知り合うことにもなろうかと思い、お知らせいたしました。」

 こんな嬉しいメールをカイロから頂戴したのは、10月最後の週のことでした。私たちが魅力的であるかどうかはさておいて、ご紹介された吉田さんのHPやブログを拝見する限り、確かにすぐにでもお会いしたい魅力的な若い指揮者です。

 その後、吉田さんご自身との間で何度かメールが行き交うようになりました。マントヴァ歌劇場を皮切りに、ベルガモ、ルッカ、サルディニア島のサッサリへと続く公演にご招待をいただいたにもかかわらず、何をどうしても私たちの予定との折り合いがつかず、「今回は」泣く泣くあきらめました。

 今頃は、昨夜のサルディニアでの最後の大仕事を終えて、長い間の緊張の後でのほっとしたひと時を過ごしていらっしゃることでしょう。

 こうして今では、「公演の指揮を振るのは日本人アーティスト、Hirofumi Yoshidaである。イタリア在住のマエストロは、特にマントヴァ歌劇場の音楽監督に就任して以来、密かに、しかし急激にキャリアを築きつつある。」などと、現地の新聞や雑誌に紹介されるようにまでなったマエストロにも、実はこんな時代があったことを知って、ますます心を揺り動かされました。

 つい先日滞在していたシエナでいただいたメールです。

「シエナは20代の頃にキジアーナ音楽院にて指揮の講習を受けた想い出の地です。夏の間毎日、カンポ広場の前に立つ劇場に通って講習を受け、いつの日かヨーロッパでオペラを指揮することを夢見てスコアの勉強に励む、そんな充実した日々でした。」

 連続演奏会を終えて、今週末にミラノに立ち寄るという彼とせめてランチでもご一緒できれば、と思ったのですが、これもまた、私たちのプーリア行きの予定と重なってしまい、あきらめざるを得なくなりました。

「いずれにしても、お互い飛び回っているようですので(笑)、近い将来に、この地球上のどこかで必ずお会いいたしましょう!」

 度重なる失礼の後でのこんな彼の言葉になんだかとても救われて、地球上のどこかでお会いする日を待ち続けています。

 縁は異なもの味なもの。
 中野さん、ウイーン発の電車はゴトゴトと走り続けていますよ。
 ありがとうございました。(http://blog.platies.co.jp/article/40057812.html

 吉田裕史さんのHP、ブログはこちらです。
 http://www.hirofumiyoshida.com/
 http://www.hirofumiyoshida.com/blog/
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12月13日(月):ロケーションという最高の味付け
12月14日(火)予告:マクドナルドか地下鉄か

 
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2010年12月12日

南極にも、豊州にも〜現代の繋がり方

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 深夜に鳴る携帯電話の着信音。夜中の3時にかかる電話なんてめったにあることではありません。同じタイムゾーンの中にいる国々からのわけもありません。となれば日本?アメリカ?寝ぼけまなこで電話を探しているうちに着信音が切れてしまいました。発信元は不明。家族に何かあったのでは、などと要らぬ想像が膨らみます。

 そしてまた翌日、同じように鳴り響く真夜中の電話。今度ばかりは逃してなるものかと、しっかり受話器を掴んでみれば、聞こえてきたのは義理の娘のセシリアの声。会うたびに新しい夢を語る彼女が今居るのは、なんと南極大陸です。アメリカ国内でトレーニングを受けた後、ニュージーランド経由で大陸へ下り立ち、そこからまたヘリで3時間というアメリカの観測基地で事務処理をしています。

 南極大陸と言えば、地球上で最も南に位置し、地球上で最も寒い大陸。
 98%が氷に覆われ、人間が一度も永住したことのない唯一の大陸。
 そしてどの国にも属さない場所。

 昨年大学を卒業した彼女が、ようやく得たワシントンDCの法律事務所での仕事を辞めて、南極行きに応募すると聞いた時、夫は「それも若いうちだからできるいい経験だから。」と言い、私は彼女の将来のキャリアを考え、たった3ヶ月という期間限定のいわば派遣職に少々難色を示しました。

 ともあれ、彼女は意志を通し南極へと旅立ち、インターネットも携帯電話も使えない場所で、40数名の人たちと寝起きを共にし、あっけらかんとした声で、「ハロー、元気?」と、ようやく使用が許されたサテライトフォンで電話をしてきたのです。しかも時差の計算を間違えて(笑)。
ちなみに、南極大陸の彼女がいる場所と、ここミラノの時間は正反対の12時間。こちらが日曜日の朝の10時なら、あちらは日曜日の夜の10時です。ちなみに日本は夕方の6時。

 かたやこれまた昨日の話。
 声が聞きたくなって、こちらに来てから初めて孫に電話をしてしまいました。最近では随分おしゃべりも達者になった様子です。いったい何を話そうかと、初恋の相手に電話をするようにドキドキしていたら、

「グリャンマー? うん、元気。」

 と、いとも素っ気無い返事。そばにいる娘があわてて、「今、クリスマスの買い物中。そばにゲーム機があるもんだからそっちに夢中でごめんね、またね。」

 はいはい、グランマよりはゲームでしょう、と、少々いじけながらも、家族たちの元気な声を聞けただけでも嬉しくて、、、、、、娘たちが買い物をしていたのは豊州の「ららぽーと」。そういえば、だいぶ賑やかな様子が電話口から伝わってきました。

 手の中に入る小さなものが、南極大陸の観測基地にも、豊州のショッピングモールにも繋がっているなんて、今さらながらに現代の「繋がり方」に驚いてしまいます。

 ミラノは3日続きで上天気。家の窓から飛行機雲が見えました。
 せっかくの良い天気の日曜日、これからプッブリチ公園に行ってみます。毎週、金土日だけ開かれる映画博物館があるのです。いにしえの映画のセットなども再現されていると聞けば、映画好きにはたまりません。
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12月13日(月)予告:ロケーションという最高の味付け
 
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2010年11月11日

帰ります!

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 空港からです。空港はまずどこでも無線が繋げるので助かります。

 ミラノ滞在パート1を終えて、東京に戻ります。パート2までの短い間に、かねてから予定されていた様々なことを片付けます。講演が2つ、講義が1つ、学生のガイダンスが数件、春から準備をしていた大きな講演会のコーディネーターとしての仕事が1件、何件かのビジネスミーティング、プレゼン、そしてグローバルキッチン(ミラノ料理)を3回。

 このほか、友人たちとのプライベートな集まりもありますし、夫の名代で出なければならないレセプションもあります。それに、何と言っても家族に会いたいのです。加えて、ミラノパート2に備えて色々準備をしなければならないこともあります。

 何て言うと、「うわあ、忙しそう!」 と思われるかもしれませんが、いえいえ、「緩」 のあとの 「急」 なだけの話です。移動生活の身には、緩急のバランスを取って生活をすることなどは願っても叶わぬ遠い夢。多忙度指数なんていうものがあったとしたら、かなり激しい折れ線グラフができることでしょう。ある時はモンブラン、ある時は太平洋。けれども、たぶん年間平均指数は世の平均をかなり下回っているかもしれません(笑)。

 できることはできる、
 できないことはできない。

 やりたいことはしたい、
 やりたくないことはできればあまりしたくない。

 できることが何なのか、やりたいことが何なのか、が、だいぶ分かってきたこの年になれば、そんな我が儘だって許されていいのでは?と、都合の良い解釈をしています。

 長い人生、できないことをガムシャラに頑張ってみたり、やりたくないことを一生懸命我慢してやってきたりもしましたけれど、そろそろいいかな、無理をしないで。

 自分だからできることを、自分らしくしたい。
 やりたいことを、自分らしくしたい。
 ポータブルに、どこにいても。

 搭乗案内が聞こえます。失礼します。

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11月11日(木):ポレンタ〜昔は貧乏人の食べ物でも
11月12日(金)予告:苦肉の策の日本食ディナー
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2010年11月10日

小さな揺らぎがくれる力

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 ミラノは今日も朝から霧が立ち込めています。「女心と秋の空」だの、「お天気屋」などと言う言葉が浮かんでくるぐらい、やっぱり天気と心はどこか繋がっているようで、お天気次第で気の持ちようが随分と変わります。カナダ人の心理学者の友人は、「お天気心理学」を研究しているぐらいです。

 霧はいけません。初めはロマンチックかと思っても、あまりに続くと心が霧に閉じ込められます。しかも、いまだに復旧しないネット接続が、深い霧となって、ますます視界を塞ぎます。

 昨日、アルプスを臨む町、アオスタから帰ってきました。スイスとの国境に立つ、頂上が雲で隠れるモンテ・ローザを仰ぎ見ながら、Gressoney渓谷に沿って奥へ奥へと車を進めました。小さな町は標高2千メートルを越えている所もあります。車を降りれば寒さで身がすくみます。一杯のコーヒーで暖を取りたくても、この時期は開いている店を探すのも一苦労です。

 クロスカントリーで知られたこの一帯は、もう少し立てば雪に覆われて、ホテルもレストランも、閉ざしていた扉を開けてスキーヤーたちを迎え入れるのでしょう。「12月になれば様変わりするよ。」と言う土木工事のおじさん達は、作業服の上に手袋とマフラーと毛糸の帽子を身にまとい、もうすぐやってくる華やぎの時のために、山道の両端にせっせと煉瓦を埋め込んで歩道を作っています。

 毎日たくさんの美しい風景に出会い、歴史に触れ、思いを縦にも横にも膨らませても、ふと足を止めていつまでも見入っていたいものは、案外小さな小さな揺らぎだったりします。

 たとえば、まだ緑色の先端を残したままに黄金色に染まった木々の葉が、光の中でチリチリと揺れている風景。まるで風鈴の音が聞こえてきそうです。誰ひとり見る者がいなくても、木々たちは時の移ろいと共に姿を変えて生きていきます。

 山の斜面に立つ粗末な小屋からは、揺れる煙がもっと高い空に向かって昇っていき、洗濯物が揺れています。

 10代最後の頃に、小さな飛行機でニューギニア高地のジャングルの上を飛んだ時、樹海の中から立ち上る一筋の煙を見た時の感動と同じです。

 いつどんな所でも生活している人たちがいることを知ることは、まさに旅の喜びであり、生きることへの力になります。何がなくたって、何を知らなくたって、ちゃんと暮らしている人たちがいるのです。ニューギニアの裸族の人たちと、たかが霧に閉じ込められて、インターネットが繋がらないことでこんなに落ち込んでいる自分の、いったいどちらが心満たされているのでしょう。わが身がどうしようもなく未熟で小さな存在に思えます。

「醤油は○○のでないと使わないの。」
「靴は○○のしか履かないことにしています。」
「○○以外は車じゃあないね。」
 
 時折、こんな排他的な物言いをしている人たちに会うと、高山の斜面に住む人たちよりも、ジャングルの裸族たちよりも、ローカルで不自由な種族のように思えて気の毒になることがあります。
人間誰しも好みはあって当然ですから、せめて「私は○○の醤油が好きで使っています。」「○○の靴が好きなので履いています。」「○○の車が好きなので乗っています。」という言い方にならないものでしょうか。
 
 ここまで書いてきてだんだん元気になってきました。霧だろうが、ネットに繋げなかろうが、帯状疱疹だろうが、大したことじゃありません。何があろうがなかろうが、おおかたのことは何とかなりますし、後になって思えばみんないい経験。ま、いいか、と、片手に気楽さ、片手にPCを持って、ちょいとそこらを一回りして接続ポイントを探してきます。
 
 地下鉄の出口で捕まえました。雨がぽちぽち降り出しました。どうしよう、早くアップしなかや、、、、ほんと、綱渡りです(笑)。
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11月10日(水):ルリコさんのティラミス
11月11日(木)予告:ポレンタ〜昔は貧乏人の食べ物でも
11月12日(金)予告:苦肉の策の日本食ディナー
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2010年11月09日

冬を待つ場所〜千の光からモンブランへ

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 滞在しているホテルは「Milleluci」(ミレルッチ)と言います。どんな意味かと言えば「千の光」。それを納得したのは、昨夜、日が落ちた時でした。部屋のバルコニーから見える山々の姿が消えて、夜の闇に浮かび上がってきたのが無数の蛍のような光だったのです。

 この山の中腹のホテルについては、また改めて書きましょう。それだけの価値があるホテルですから。

 今日の予定はちょっと欲張って、二つの村の中世のお城、モンブランのイタリア側の入り口であるクールマイユー、そしてグラン・パラディーゾ国立公園。ところで、モンブランのイタリア語での呼び名はモンテビアンコ。こちらの響きもなかなか素敵です。

 朝9時に車に乗り込めば、フロントガラスはバリバリに凍り付いています。気温表示は2度。それなのに、この26日間のイタリアでの日々で一番の好天気となりました。白い雲がよく似合う青空に、雪を抱いた山々が誇らしげに輝いています。

 驚いたことに本当に空気がおいしいのです。最初に触れる冷たい外の空気は、口を大きく開いて何度も吸い込んで、パクパクとかみ締めたくなるぐらいです。これが山の空気と言うものでしょうか。

 モンブランの麓の町、Courmayeur (クールマイユール)まではアオスタから高速で1時間ちょっと。7つの長い長いトンネルを、次から次へと抜けて行きます。短いものでも2290メートル、長いものは3360メートル、大雑把に、平均を2500メートルとしても7つ繋げれば何と17キロ半。私が16年間車で通っていた三鷹の大学は、家から10キロちょっとでしたから、家から大学の先の先までずっとトンネルが繋がっているようなものです。

 ちなみに、クールマイユールから、フランス側のシャモニーまでは11.6kmのトンネルでアルプス越えができます。今日はちょっとそこまでの余裕はありませんでしたけれど、と言うよりは、正直に白状すれば、長すぎるトンネルは怖いのです。8本で17キロなら大丈夫でも、1本で11キロは想像しただけで震えが来る閉所恐怖症の身です(笑)。

 今年の冬は温暖化の影響で雪も遅いようで、スキーヤーの到来があってこそ賑やかになるクールマイユールの町は、ホテルもレストランも店も、みんな閉まってひっそりとしています。グラン・パラディーゾ国立公園内の小さな町も静まり返り、インフォメーションセンターも博物館も、華やぐ季節を前に扉を固く閉ざしたままです。

 3月のギリシャを思い出します。ケルキラ島の村々をクネクネと車で走っていた時も、クレタ島の海沿いの村々を通り抜けていた時もそうでした。村々は静かなまどろみの中で、春を、そして来訪客で賑わう夏を待っていました。

 春を待つ場所もあれば、夏を待ち、秋を待ち、冬を待つ場所もあります。
 乾いた季節を待つ所も、雨の季節を待つ所も。
 私たち人間もそうです。

 朝から晩まで山ばかり見ていたというのに、気づけば私は海のない場所で、海を待っています。
山々はあまりに美しく神々しく、威厳と共にそびえ立ち、離れた所から畏敬の念で仰ぎ見ることしかできません。海ならば、いつも同じ目の高さで、こんな私をも優しく包んでくれます。山は天へと近づき、海は見えない遠い世界へと広がります。

 11.6キロのトンネルの先に待っているものが、もしも海だったなら、私は閉所恐怖症をじっと我慢してでも通り抜けていたかもしれません。

 ところで、東京の友からこんなメールが、、、

「帯状疱疹は大変だねー。僕も一昨年の暮れに、帯状疱疹になり、一ヶ月半会社を休みました。痛いのはもうすぐ治ると思います。が、問題はその後余り調子が出ないことで、これは、何かをすると悪くなるとか、良くなるとかはないみたいで、時間の経過を待つしかないんだよね。でも基本は良く寝ることです。お大事に。」

 一ヶ月半!に驚き、なあんだ、私の半月なんてまあだまだ、と、変に励まされ、
 痛いのはもうすぐ治る、という言葉に安心し、
 時間の経過を待つしかないのなら、はい、そうします、と素直にうなづき、
 しばらくはコヤツと共生する覚悟ができました。

 昨夜寝る前に書いたものをアップできなくて、実は今、火曜日朝の6時半。外はまだ真っ暗。「千の光」が揺れています。今日またミラノに帰ります。そして、また接続の喜びから、ネット接続不可の不安へと戻ります。
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11月9日(火):女3人のミラノポットラック
11月10日(水)予告:ルリコさんのティラミス
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 16:17| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年11月06日

流浪の民の冒険の日々

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 どんなに長逗留でもホテルに泊まる旅ならば、こんな風に流浪の民にも冒険者にもならずにすむはず。けれども、月ぎめで住む場所を借りて、旅でもなく、かと言って完全に根を下ろした生活でもない曖昧な生活をしていると、途方に暮れるような予期せぬできごとが、しょっちゅう起こります。 

 時には眠りを妨げられるような痛みからいまだに解放されぬ身には、そんな一つ一つのトラブルがよりいっそう応えます。能天気な私もさすがにちょっと気弱になり、珍しくひがみっぽくなったりもします(笑)。

 「大学に行くよ。仕事があるし、家ではインターネットも繋がらないから。」

 そう言って出て行く夫の「行き先のある身」がうらやましく、私は相変わらず、ネットに突然繋がらなくなってしまったPCを前に、かなり途方に暮れながら、せっせと原稿を書いています。もう少ししたら雨の中、PCを抱えて外をウロウロしながら、無線がキャッチできるポイントを探し回らねばなりません。

 スターバックスでもあればまだしも救われたのでしょうが、なぜかここでは一軒も見当たりません。せめて雨が降っていなければ、あちこちの公園のベンチに腰を下ろして試してみることもできるのでしょうが、それもできません。とは言え、メトロに乗って昨日と同じホテルのティールームに行くのも気がひけますし、今日はそんな時間もありそうもないのです。夜のお客料理の買出しと仕込みが控えています。

 昨夜だってとんでもないことが、、、、、

 夕飯の支度をしながら、仕事から帰った夫と、それぞれの一日について報告し合っていたら、
突然真っ暗闇になってしまったのです。他の家は煌々としているところを見ると、どうやら我が家だけヒューズが飛んでしまったよう。

 スイッチがたくさん並んだボックスがどこにあるかもわかりません。何とか手探りで探し当てたはいいものの、どこをどういじってよいやらもわかりません。何やらたくさん書いてあるイタリア語を夫が必死に読もうとするのですが、何せ頼るはライターの灯りだけ。かなり絶望的状況です。

 「ナオミ、何かした?」

 した?と聞かれたって、洗濯機を回しながら料理を作っていただけなのです。

「もしかして、洗濯機使ってる? もしかしてオーブン使ってる?」

 はい、両方使っていますとも。取り替えたシーツを洗っていますし、オーブンにはギリシャ料理のスパナコピタ(山羊のチーズとほうれん草のパイ)が入っています。それが何か?

「Oh my God! ここは日本と違うんだよ。洗濯機とオーブンは一緒に使っちゃいけないんだ。」

そんなこと、どうしてわかるでしょう。誰も教えてくれなかったじゃありませんか。
東京だったら、ガンガン洗濯して、電子レンジもオーブンもガンガン使って、エアコン何機もフル回転して、音楽をかけて、あっちもこっちも電気つけていたって大丈夫じゃないですか。

 とは言え、わが身の無知を後悔したところで、電気が戻るわけでもありません。できることはただ一つ。遠くの管理オフィスに電話をして助けてもらうことだけ。時はすでに8時です。
いったい電話が繋がる可能性なんてあるでしょうか。

 運が良いことに、担当のアレキサンドラがつかまって、夫が携帯電話を握り締めて、リモートコントロールであっちへウロウロ、こっちへウロウロ。結局は肝心の配電盤は地下室にあることがわかったものの、どうやって地下室へ行くのかもわからずに、ますますウロウロ。そこへたまたま通りかかった方が地下室へと案内をしてくれて、、、、、ようやく我が家に灯りがもどったのでした。

 一事が万事こんな風。洗濯機だってオーブンだって、いちいちアレキサンドラに聞かなければ使い方がわかりません。だって想像できます?洗濯物は、引っ掛け棒で物干しをおろしてきて、そこに掛けたらまた引っ掛け棒で引き上げて、、、、、、ああ、お日様がいっぱい当たる庭に乾したい、と思ったってそんなことは遠い夢。洗濯機の上の小さなスペースに濡れた洗濯物が乾されています。ドアを閉めてしまえば見えはしませんけれど、何だかやっぱり釈然としません。

 ああ、日本が恋しい、アメリカが恋しい、ギリシャが恋しい、、、ホテル暮らしが恋しい、、、、
 いつになく弱気な私です。

 さて、うまい具合に雨が止んだようです。これから私はPCを持って流浪の旅に出かけます(笑)。ついでに週二回立つ青空市場で明日からの小旅行用の安い防寒具を買って、夕飯の食材の残りを買い込みに、、、、、 

 いつまで続く冒険と流浪の日々。

(やっと見つけました。メトロのZARA駅前の路上でネットにつなげています。
 皆様から相当不振げに見られています。なんせ、道路の脇の巾10センチのところに腰をのせて、膝の上PC。許してください、冒険中ですので。)


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11月8日(月)予告:トリュフ最新事情
11月9日(火)予告:女3人のミラノポットラック
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:38| Comment(0) | その他の国ライフ

厄日もしくは休養日

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 朝起きたら、何と突然インターネットが繋がらなくなっていました。となると、一転して陸の孤島に漂流したような寄る辺なさです。今書いているものだって、いったいいつ日の目を見ることやら。とは言え、いつかは回復するはず、と闇雲に信じるところがナオミ流。帯状疱疹の痛みだって、いつかはきれいさっぱり消えるはず、と、信じるところもナオミ流。

 これ、こちらに来る直前に行った恵比寿のネイルサロンで、娘よりも若いネイリストの愛さんから教えてもらったことでもあるのです。若い愛さんは、私には真似をしろと言ってもできない日本語を使います。

「道端ジェシカっているじゃないですかァ。」

 のっけから???だったのですが、ニコニコうなづいて聞いていると、

「どこかで道端ジェシカが『面白い』と言ってた本があってェ、なにげに買ってみたらチョー面白くてェ、友達なんかにも言ったら、みんな買っちゃって、なにげに今流行ってるんですよぉ。何てったかな、名前は忘れちゃったんですけどォ、、、、」

 愛さんが教えてくれたことによると、この世の中は「引き寄せの法則」と言うので成り立っているそうなのです。悪いことを考えると、それを引き寄せてしまう。逆にいいことを考えれば、それが引き寄せられる、それは人間界を遥かに越えた宇宙のなんとやらだとか、、、愛さん自身もそれを実践し始めたら、毎日随分いい感じになってきたと言います。

 まあ、何と言う単純な法則!要するにポジティブシンキングの勧めと言ったところでしょうか。読んでみたわけでもありませんから何をか言わんやですけれど、この手の思考法は古今東西延々とありました。けれども、愛さんとその若い友人たちにとっては、「引き寄せの法則」と名づけられて、宇宙の神秘をも感じさせるこの法則は、とても新鮮でロマンチックに思えるのでしょう。

 私も目下、彼女たちと同様に、一生懸命いいことばかりを考えています。と言っても、いまだに繋がらないし、いまだに痛くて仕方がないのですけれど(笑)。

 ところで昨夜のスカラ座はちょっとしたものでした。夜8時の開演時間の30分ぐらい前から、きちんと身なりを整えた人たちが、次から次へと吸い込まれるように美しい建物に入って行きます。世界に名だたる音楽の殿堂と言われるだけあって、一歩中に入ればその美しさ、その豪華さは息をのむほどです。

 昨夜の出し物は、バレー「ONEGIN」。あまり馴染みのない演目ですけれど、ロシアの大作家プーシキンの詩を下敷きに、1965年にジョン・クランコがバレー作品に仕上げた、大変美しい一品です。ヒロイン タチアナの心を踏みにじるオネーギンのふてぶてしさ、そして最後のタチアナの哀しみと気品、輝くような美しさ。三幕が終わった10時半、あちこちから沸き起こる「ブラビー!ブラビー!」の歓声。(ブラビーとはブラボーの複数形だそうです。)

 もちろん良いものを見たり聴いたりするのは至上の喜びですけれど、同じように嬉しいのは、こうした空間に居合わせて、こうした空気をまとって歩けることです。決して形として残るものではないけれど、それは贅沢な潤いです。

 女性たちのほとんどは黒のドレスに身を包み、ほどよいアクセサリーを身に付けて、町をブーツで闊歩していた身から転じてハイヒール。日本ではあまり見られないことですけれど、小さな子供たちでさえお洒落をして、大人たちと一緒に上質の舞台を鑑賞する機会を与えられています。ボックス席でおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に開幕を待っている姿などを見ると、何て素敵な文化なんだろう、と思います。
 
 それにしても困りました。一向に回復の兆しはありません。
 それなら、いっそ外へ散歩にでも出ようかと思って支度をしたら、夫が私の鍵まで持っていってしまったことに気づきました。鍵がなくては、玄関も閉められませんし、エレベーターも使えません。

 三重苦の厄日、あるいは、覚悟を決めて退屈な休養日?

(ミラノ在住のシヅさんに助けてもらって、カブールホテルのティールームに居座って、ここの電波を拝借しています。とりあえずアップできそうですが、明日はどうなることでしょう、、、、)
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11月4日(木):トピナムブル この不思議なモノ
11月5日(金)予告:ヴェローナのオペラ付きレストラン

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2010年11月03日

3分1万2千円のお仕事

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 三連休明けの今日もミラノは朝から雨。これでもう3日続きの雨です。
 そしてもう9日続きの痛みです。

 「一晩眠って朝になったらきっと、、、」 と言う期待に裏切られ続けて、この2〜3日は本当にひどいものでした。一番近いスーパーへ行くのにも、ふだんならものの5分ですむのが、ソロリソロリと15分。おまけに帰ってくるやバタンと倒れて、しばらくそのまま動けません。

 「1週間で終わるはずではなかった?これはきっと何か大変な病気に違いない。」 と、私にしてはかなりネガティブ思考。と、なると、痛みもますます痛く感じます。

 今朝もそう。目が覚めるやいなやまたあの痛みが始まって、ベッドの中にPCを持ちこんで、関連サイトをあちこち探しました。課題はただ一つ 「いつまで痛みが続くのか?」

 その結果、1週間で終わる人ばかりでないことがわかりました。「まあ、2週間は見ておいてください。」 という言葉にめぐり合って、救われました。「なあんだ、痛くて当たり前なんだ」 と思ったら、現金なもので、だいぶ気楽になり、雨の中、町へ出たくなりました。

 病は気から、いえ、痛みも気の持ちよう。

 出かけた先はまずドゥオモ。「ちょっと大学に資料を取りに行ってくるから20分後にまたここでね。」 と言う夫と別れて、1人、雨の広場で鳩と遊んでいると、とんでもないことが、、、、、

 鳩に向けて差し出した私の手のひらに、誰かが固いトウモロコシの粒々を。
 それを目がけて寄って来る鳩、鳩、鳩。頭にも肩にも、手の上にも、、、、、

「カメラ、カメラ、カメラはないの?撮ってあげるよ。」 と、言われて気づけば、目の前にニコニコと立ちはだかる男が二人。これはおかしい、、、カメラ泥棒かもしれない、、、でもまさかこんなにたくさんの人がいる公共の場で、、、、人を容易に信じるのもいけないけれど、容易に疑うのもよくない、、、、いっそ見届けてみるのも面白いかもしれない、、、、

 と一瞬の間にくるくると考えながら、思い切ってカメラを渡してみると、自分の傘を投げ捨てて、雨の中、鳩だらけになった私を色々な角度から映します。

 「ありがとうございました。」 と、お礼を言ってカメラを受け取ると、来ました、来ました、案の定来たのです。

 急に怖い顔になったお二人さん、「10枚撮ってあげたからね、100ユーロ(1万2千円)!」

 ここで慌ててはいけません。おじけづいてもいけません。心の動揺は隠して、平然とにこやかに、

「大変なお仕事だと思うけれど、ちょっと高すぎません?
 それに私は小銭しか持ち歩いてないんです。100ユーロなんて大金、残念ながら持ってません。」

 敵もさるもの、「それじゃあ、いくらなら払えるの?お釣りもあるからさあ」 と、ひらひら見せる20ユーロ札。その手には乗るものですか。

 カバンの底のお財布を手探りで開けて、たまっていた小銭をつかんで、

「これ、全部お礼にさしあげます。あ、ちょっと待って、まだありそう。」 と、またカバンの中に手を入れて、「まだあったァ、良かった。さあ、どうぞどうぞ。待って、まだあるかもしれないから。」

 と、再びカバンに手を入れようとすると、ジャラジャラと小山になった1セントと2セントの銅メッキ硬貨にうんざりしたのか、「OK,OK」 と退散する二人組。

 さあて、本日の教訓です。

@ 目の前に差し出されたトウモロコシを決して受け取ってはいけません。
A 仮に受け取ってしまっても、写真を撮ってもらってはいけません。

 鳩と遊びたければ、自前のトウモロコシまたはパン屑を持って行くこと。
 写真を撮ってもらいたければ、連れがいる時だけにすること。
 ピンチに追い込まれても、決してオタオタせずに、にこやかに平然としていること。
 間違っても、敵の前でお財布を見せないこと。

 一難去って、ドゥオモの前で夫を待ちながら遠目で二人組を観察していると、凝りもせず次から次へと同じことを繰り返しています。狙われているのは、一人でゆっくり歩いている女性か、子供連れの家族。

 まあ、確かに大変な仕事かもしれません。キョロキョロとカモを探し、雨に濡れながらシャッターを押しまくり、、、でも、それにしたってたった3分で100ユーロと言うのは、あまりにあまりの商売じゃありません?

 メトロのコンコースの床に1本5ユーロの傘を並べて客を待っているお兄ちゃんたちの方が、よっぽど役に立つ地道な仕事をしていると思うのですけれど。

 写真は本来ならば一枚につき1200円のもの。ただし、本日はたぶん一枚10円?
 そして水色の帽子が、まさにお仕事中のオニイサン。
 そして絶対にオニイサンたちのいない秋雨の静かな公園。

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11月2日(火):南北ピザ紀行
11月3日(水)予告:貴族の食卓〜クラウディオとジュリアの場合
11月4日(木)予告:トピナムブル この不思議なモノ
11月5日(金)予告:ヴェローナのオペラ付きレストラン
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2010年11月01日

伯爵の日時計

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 こちらは今日から冬時間になりました。そんなこと、全く知らなくて、朝一番にメールで友人から教えてもらって助かりました。「時計の針を1時間戻してくださいね。」

 何だか1時間得した気持ちになるから不思議なものです。この分、ちゃんと来年のどこかで取り戻されるのですけれど(笑)。

 「どこかで」 などと曖昧なことを言うのもおかしいと、今しがた調べてみたら、イタリアのサマータイムとは3月の最終日曜から10月の最終土曜日までとのこと。ということは、報復されるのは来年の3月27日の日曜日。

 ついでに言えば、アメリカが今年時計の針を戻すのは、11月最初の日曜日、とっぷり遅れて7日の午前2時です。サマータイムに戻るのは3月の第二日曜日午前2時と決まっています。今年はたまたま、時計の針を進めるサマータイムの始まりの時に、シアトルに居合わせました。

 夜中に居候先の居間で本を読んでいたら、ご当主のジムがノソリとやってきて、

「ナオミ、今晩2時にサマータイムに変わるからね。明日の朝起きたら時計の針を1時間進めるんだよ。」

 色々な所で得をしたり損をしたりしてますけれど、結局はどこかで辻褄が合っているのでしょうね。深く考えないことにいたします(笑)。

 三連休中日の今日は朝からずっと雨が降り続いています。それなのに町は人でいっぱい。ドゥオモの前も人、人、人。中へ入る人たちが傘の長い列を作っています。レストランやお店も閉まっている所が多いだけに、行き場所が限られているせいでしょうか。フランス語やドイツ語の会話なども人群れから聞こえてきたりして、他のヨーロッパの国々からの観光客も行き場を探しているようです。

 そんな中を横切って向かった先は、ポルディ・ペッツォーリ美術館です。19世紀のミラノ貴族、ポルディ・ペッツォーリ伯爵の邸宅が、莫大な資産を投じて収集した数多の絵画や家具や食器、宝石などと共に、今では一般に公開されています。伯爵の死後、この邸宅が収集品ごと正式にミラノ市に寄贈されるに際しては、伯爵が残した厳しい条件がありました。それが、内装を一つも変えずにそのまま保存し、公開することだったのです。

 時々こうした美術館や博物館に出会います。きちんとそのために設計された機能的な空間と違って、あちこちの小さな部屋をクネクネと見て周る不便さの中で、その昔、その場所で「生活」をしていた人たちの息吹を感じます。目を閉じ、耳を澄ませば、私たち普通の人間から見ればいとも優雅に見える王侯貴族たちの、人間としての喜びや苦悩のため息が聞こえてきそうです。私の好きなタイプの美術館です。

 絵画ばかりか、家具にも、食器にも、アクセサリーにも心動かされるものがたくさんありました。中でも随分長い間、立ち止まって見ていたのは、他の人たちがさして気にも留めないある物のコレクションです。

 めっぽう機械音痴の癖に、なぜか昔からこの手のものが好きでたまりません。いえ、機械音痴だからこそ、こうした単純にアナログな世界に惹かれるのかもしれません。

 「日時計」です。数えてみれば100ぐらい。
 写真は、船の形をした日時計と、象牙でできた箱型の日時計です。

 伯爵はいったいどうして、こんなモノをこんなにたくさん集めたのでしょう?
 サマータイムにもウィンタータイムにも調整できないモノ、太陽の光がなければ決して役には立たないモノになぜそんなに惹かれたのでしょう。そしてそんなにたくさんの日時計をいったいどこに置いて、どのように使っていたのでしょう。あるいはただ飾って眺めていただけなのでしょうか。

 とは言いながら、私には何となく伯爵の気持ちがわかるような気がするのです。
 私もそんな風に時の流れの中に身を置いてみたい、、、、、
 たった一つの日時計でいい、日がな一日それを眺めていたい、、、、、と思うから。

 さて閉めはいつものあの話(笑)。 Bad-worse-worstの比較級・最上級変化を口にしたくなるほどに、さきおとといよりも一昨日が辛く、一昨日よりもまたさらに昨日が辛く、一時は脂汗状態だったのですが、今朝から幾分楽になりました。はい、雨の中、美術館に行ける程度に。

 今日で1週間。きっと明日は嘘のように痛みが消え去っているかもしれません。
 すみません、今日初めてお読みくださった方のために申し添えれば、帯状疱疹です。
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11月1日(月)予告:どこまで載せる?ノセノセピザ
11月2日(火)予告:南北ピザ紀行
11月3日(水)予告:貴族の食卓〜クラウディオとジュリアの場合
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2010年10月30日

Happy Halloween & Happy All Saints' Day!

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 東京は朝から大荒れだったようですね。
 こちらは、ほどほどに太陽が顔をのぞかせた、風もない土曜日です。「冬は寒くなりますよ。」 と脅かされてはいますが、まだまだ薄手のコートで十分です。それでも女性たちの足元には、ブーツが多く見られるようになりました。

 明日のハロウィーンを前にして、今頃は、東京でもワシントンでも、あちこちがオレンジ色と黒のツートンカラーに彩られていることでしょう。そうそう篭城してばかりもいられないと、今日は覚悟を決めて中央駅周辺の探索に行きましたが、カボチャや蝙蝠や、蜘蛛の巣や魔女たちで飾られたウィンドーを見ることはありませんでした。雑貨小物などのお店に入れば、隅っこの方に、ハロウィーン用の小さなグッズなどが置かれてはいますが、ひっそりとしたものです。

 3月のシアトルでは、居候をしていたシンプソン家のイツコが、ウフフと笑いながら、

「ねえねえ、私、今年は何になると思う?」

 何かと思えば、7ヶ月も先のハロウィーンの話。仕事先の日系老人ホームで、毎年老人たちのために大きなハロウィーンパーティーを開くのだとか。たしか昨年は 「雪女」 になったはずのイツコです。今年はさだめし 「夕鶴」?などと、どこから見ても美しく整ったイツコの顔を眺めながら勝手に想像していると、

「ウフフ、セクシー忍者!」

 やられました!さぞかし美しく、さぞかし艶やかな網タイツの忍者姿で、入居者の皆様を喜ばせてくれるのでしょう。「どこでもドア」 があったなら、明日はちょっとばかりシアトルに覗きに行きたいところです。

 いまやハロウィーンはアメリカに限ったことではありません。クリスマスがすっかり日本の風習になってしまったように、ハロウィーンだってかなりの認知度で日本に根付きつつあります。孫息子は昨年はテントウ虫になりました。パーティーに招かれて行ってみたら、ピーターパンや、海賊や、お猿さん、お姫様に、羽の生えた妖精さん、歩くバナナまで勢ぞろい。

 この際、由来も理由もウンチクもいりません。ハロウィーンがなんだろうと、カレンダーに、みんなと一緒に楽しめるお祭がひとつでも増えるなら、それはそれでいいことですもの。明日は台風一過、秋晴れの日にたくさんの楽しい集いが開かれますように。

 ところで、こちらは11月1日が「All Saints’ Day」と呼ばれる大きな祝日です。日本語では、「諸聖人の日」とか、「万聖節」などと称されるようですが、要するに全ての聖人と殉教者を記念する日です。どうも、毎日がそれぞれの聖人に捧げられているぐらいに、この国には聖人が数え切れないぐらいいるようなのです。それらをまとめて一度にお祝いしてしまおうというのもなかなか合理的(笑)。今年は土日月とロングウィークエンドにつながって、とりわけ人々がソワソワとしています。友人のネリーナも、クラウディオも、朝早く湖畔の家へと出かけました。

 そういえば確か、神無月(10月)の由来も、日本全国津々浦々の神様方が、出雲大社に大集合するからではなかったでしょうか。所変われど、どこか似ているような気がします。
 
 さてさて、本日で6日目の帯状疱疹ですが、なかなかどうして曲者です。だんだんと痛み止めの薬も効かなくなってしまいました。右側のお腹と背中に、たくさんの針を刺されているような痛みが、日がな一日続いています。今だってそう。この額の汗が、いったい暖房のせいなのか、それとも冷や汗なのかもわからなくなってきました。

 それでも、ゆっくりと、ゆっくりと町を歩いてみれば、あちこちで色々な発見があります。
 中央駅のそばで見つけた「International Foodstore」には、小さな空間に日本、韓国、インド、タイなどの食材が大集合。アジア系の人たちの、さまざまな言葉が行き交って、ミラノの普通のスーパーとはまるで違った熱気です。

 ついつい色々買い込んでしまって、メトロに飛び乗ったら、乗客の1人にこんな子がいて、しばらく無言の会話を楽しみました。お行儀のいい黒いワンコです。

 本日の癒しは、ワンコとカップラーメンと枝豆(笑)!
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10月29日(金):どっちが本家?〜仔牛のカツレツ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:48| Comment(0) | その他の国ライフ

ベッドの上から繋がる広い世界

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 つけっぱなしのラジオから、オペラの合間にクリスマス音楽が流れてくるようになりました。
 ホワイトクリスマスだったり、聖者の行進だったり、アヴェマリアだったりと、こればかりはユニバーサル。どこにいても変わりません。

 今日は中休み。帯状疱疹の痛みがちっともおさまらないので、断固篭城を決めました。
 ベッドボードに背もたれを作って、半身を起こしてパソコンを使い、本を読めるような小さな書斎を作りました。右手にコーヒー、左手に書類の山、なかなか快適です。痛くなったらたった1秒でゴロンと横になれます。

 こんな珍しいスタイル、自分ですら驚いているぐらいですから、夫はもっと驚いて、おっかなびっくりコーヒーカップを運んできてくれたり、「か、か、買い物に行くけど、何か欲しいものある?」などとやたら親切。「花を飾りたい!」と言ったら、こんな可愛いバラを買ってきてくれました(笑)。

 一日3回8時間おきに7日間飲むようにと渡された薬は、今しがた12錠目を飲み終えました。
 ということはあと9錠。「なあんだ、もう六合目まで来たじゃないの。」と思ったら、何だか太っ腹になって、すぐさま篭城生活に見切りをつけて外に出たくなるのをぐっと押さえて、今日はやっぱりこの小さな小さな書斎でじっと過ごします。

 日が傾きかけたら、そろそろと近くのスーパーに買出しに行って、キッチンに立ちますけれど、せめてそれまでは、こうして思いっきり出不精生活。

 と、ここでちょっと中断しました。スカイプで娘とおしゃべり。

 いつの間にやらすごい世の中になったものです。パソコンさえあれば、ベッドの上が広い世界に繋がります。朝から今までいったいいくつのメールをやり取りしたことでしょう。東京、横浜、ベニス、ミラノ、タンパ(フロリダ)、アテネ、ニース、ワシントン、、、、、仕事の段取りのほとんども、家族や友人たちとのコミュニケーションも、ベッドの上からできるのです。知りたいことがあったって、重い百科事典を持ち歩く必要もありません。

 携帯電話には、「今晩銀座のシグナスでライブをします。久しぶりにおいでになりませんか?」などというジャズピアニストの友人からの連絡メールが入ったり、、、、、

 夕方4時半の鐘が鳴り始めました。
 何だかちょっとだけ篭城生活から抜け出したくなって、玄関のドアを開けてみたら、日溜りの中で、近所の黒猫ちゃんがじっと鐘の音を聞いていました。

 たとえ痛かろうが、こんな何てことのない日の、なにげない優しさが嬉しくてたまりません。

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10月29日(金):どっちが本家?〜仔牛のカツレツ
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2010年10月29日

ふっー痛い、でもラッキー!

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たぶんあと10分もすれば楽になるはず、、、、、

チクチク、ツンツン、キンキン、ブスブス、、、、
クシャミをしても、咳をしても、笑っても、、、
しまいには息を吸っても痛くって、歩くのもそろりそろり、、、、
手を上げるのもつらくって、、、、、

何て言うのでしょうか。
運動会で夢中になって走って、横腹が攣り続けているような、、、、、

ドクターが言いました。
「アンチウイルスの薬は必ず8時間おきに。
でも、痛み止めは耐えられない時だけ。最短6時間は間を置くように。」

その言葉を律儀に守って、これぞ、と言う時の前にだけ薬にすがってきました。
飲めば30分で嘘のように楽になります。
でも、だからこそ怖くって、じっと我慢をして痛みに耐えています。
それにたとえ楽になってもせいぜい3時間で効果が切れるのです。

本日1回目の薬は1時に飲みました。
ひょんなことから知り合ったミラノ在住のシズさんとルリコさんに、カフェでお会いする約束があったからです。この素敵な二人にはどうしても会いたかったのです。

そして2回目の薬を、夕食を終えた20分前に飲んだところです。

潜伏期はさておいて、帯状疱疹4日目にして、痛みは最強になりました。
これが世に言う「あの痛み」。

静かに静かに息をして痛みを我慢しながら、思っています。
陣痛にも似たこの痛み、女なら耐えられます。

「ああよかった、夫じゃなくて」

60を越えて俄然多くなるというこの病気。
しかも1度かかれば、もう二度とはかからないというこの病気。

「ああよかった、免罪符を手にいれた以上、残る人生もう安心。」

夫の祖母は80を越えてからかかり、それはそれは大変だったとか、、、、
父親に連れられて見舞いに行ったのに、「子供には合わせられない」と言われてずっと車の中で待っていたとか、、、、

「ああよかった、早いうちにやっちゃって」

痛くてフーフー言いながらも、そんな風に思っては、「私ってラッキー!」と思う私は、本当に得な性分(笑)。

痛み止めがまだ効いてきません。
すみません、明日はもう少しましなことを書きます。

それにしても、ふーっ、痛い、、、、
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10月28日(木):どっちが本家?〜仔牛のカツレツ
10月27日(水):まさかの1キロ70万円
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2010年10月27日

帯状疱疹すらも流れて

1RIMG1114.JPG3RIMG1118.JPG1RIMG1119.JPG2RIMG1116.JPG1RIMG1120.JPG1RIMG1123.JPG 
 ご心配をおかけしています。

「○○さんが3年ほど前に重症の帯状疱疹になり、休んだことののない仕事を1週間も休んで心配したことがありました。原因は色々あるようですが、ストレス、免疫力低下もあるそうです。少しはお仕事、息抜きしてゆっくり楽しんでください。」

 こんな暖かい言葉は、仲良しのババ友。

「会社の人の同級生は、帯状疱疹を甘く見ていて入院したそうです。早急な処置をされたので、本当に良かったです。」

 ほっと胸を撫でおろさせてくれたのは若い友人。

「病は気から、というだけあって、きっと吹っ飛んでしまうとお事と思います。でもでも、ご無理なさらないでください。」
 
 と、気遣ってくれたのは、同じく頼もしい妹分。

「もし私にもブログに紹介されたような経緯が生じたら、医者に早めに行くことができるのでありがたい情報です。」

 と、お褒めの言葉をくださったのは、長い付き合いの仕事仲間。

 痛いです。何と言うか火傷のピリピリした痛みと、ひどい筋肉痛がいっぺんに襲ってきたようです。加えて時折、身体がピクリと動いてしまうような電気ショック的刺激。それでも、「気のせい、気のせい」 と思いながら何とかやり過ごせていますので、幸いごくごく軽症の部類なのでしょう。

 ミラノ行きを前に、かなりピッチをあげて色々なことを片付けていましたので、ストレスも高じていたのだと思います。平均睡眠時間も随分短かったはずです。加えて、移動先が初めての地、言葉もわからない国となれば、いやが上にも負のテンションが高まります。そんな所にまさに虚を衝かれたのでしょう。

 今朝、ベローナ駅でマークとジュディーと別れ、9時32分発の急行列車に乗ってミラノに帰ってきました。涙ながらに硬く抱き合った友たちは、そのまま車での旅を続けて、4日後の日曜日から、ベニスでクルーズシップに乗船します。

 私たちの乗った電車は、予定時刻よりも30分遅れてベローナを出発し、雪をかぶった山々と、キラキラと輝く湖水を遠くに見ながら、葡萄畑の間を進みます。一等車を取りましたので、私の短い足をどんなに延ばしたって、前の座席には届きません。

 人でごった返すミラノ中央駅のホームに降り立ったのが11時半。車で行けばあんなに時間がかかった所から、わずか1時間半で帰ってきてしまいました。

 不思議なものです。まだ半月しかたっていないのに、ガチャガチャと鍵を開ければ、そこは旅先のホテルではなく我が家なのです。24時間暖房の暖かい空気に出迎えられて、いつもの場所に落ち着けば、「帰ってきたなあ」 というくつろぎ感に満たされます。

 痛む右腹をなだめながら、前かがみでスーパーまで買出しに出かけ、夕食の支度をしなければならないことすらも、何だかごく普通の日常に戻ったような気がしてほっとするのです。大好きな友人たちとのあんなに楽しかった旅が終わってしまったにもかかわらず、、、、、

 こうして、旅と日常を繰り返しながら、私たちの日々が流れていきます。
 帯状疱疹すらも、共に流れていきます。
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10月27日(水):まさかの1キロ70万円
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:46| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年10月22日

See you in Milano!

RIMG0846.JPGRIMG0850.JPGRIMG0834.JPGP7256873.JPG「お近くにおいでの際はぜひお立ち寄りください。」

 引越しの案内状によく見られるこんな一文。
 もしも真に受けて本当にドアを叩いてしまったら、いったいどんなことになるでしょうか?

「そのうちまた一杯やりましょう!」

 よほどの強いベクトルでも働かなければ、「そのうち」 がきちんとした期日に変わることはありません。

 3ヶ月前の7月25日、ワシントンDC郊外の 『ルチア』 というイタリア料理のレストランで、おいしいワインと食事とおしゃべりに酔いしれて表にでた私たち6人の上にかかっていたのは、昨夜と同じ大きなまあるいお月様でした。

 世界中に散っている我々が、次に会えるのはいつどこになるかもわかりません。別れ際はいつも納豆のように糸を引きます。あの夜もそうでした。背を向けて、3方向に歩き出さねばいけないのに、どうしてもそれができません。満月の下で、いつまでもいつまでも立ち話が続きました。

 そんな私たちの背中を押すように、最後に交わされた言葉がこれでした。

「See you in Milano!」 (ミラノで会いましょう!)

 あの時、いったい、誰がそんな言葉を本気にしたことでしょう。ところが何と、それが実現してしまったのです。

 マークとジュディーが、昨日、ニューヨーク経由でミラノにやってきました。ベニスからクルーズシップに乗って地中海の長旅をする前の5日間を私たちと一緒に過ごすために、本当に来てしまったのです。

 私たちは、それがワシントンでもニューヨークでもなくミラノであることを、信じられない思いのまま、連れ立って石畳の町を歩きました。3ヶ月のブランクは、私たちの言葉を豊穣にし、留まることを許しません。いつの間にか男たちは肩を抱き、女たちは腕を組んでいました。

 トリュフと魚料理で知られた裏通りのトラットリアのテーブルを囲んで、私たちは7月25日のあの夜と同じように、飲んで食べてしゃべりました。そして、店の人に撮ってもらった4人の写真を、ジュディーが、もう一組の私たちの大切な友、レイとジリーに送りました。

メールの件名は、

「Beautiful start to our time together!」

 レイとジリーは、今、南フランスにいます。レイが癌の最前線の治療の半分をフロリダで終えて、11月に再び後半を開始するまでの間を、お気に入りの南仏の家で過ごしています。それだけの移動ができたということは、とりもなおさず治療が順調に進んでいることなのでしょう。

 信頼と優しさと愛情で繋がったこの素敵な繋がりは、元々は3人の男たちの仕事上の付き合いから始まりました。三人がたまたま弁護士であったのです。そして、この数年の間に、偶然にも、前立腺癌という同じ病を通り抜けてきました。加えて、ジュディーは3年前に乳癌の手術を受けました。

 だからこそ、私たちは今生きていることに感謝をしながら、今できること、今したいことへの思いを形にしているのです。「そのうち」と言う曖昧な言葉に、日付を与えているのです。

 ドゥオモの上にかかる満月が美しい夜でした。
 日曜日からは、4人で車を借りて3泊4日の小旅行へ出かけます。
 行く先はコモ湖とベローナ。
 いたずら好きのジリーとレイが、もしかしたら私たちをコモ湖で待っているかもしれません。
http://blog.platies.co.jp/archives/20100726-1.html

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10月22日(金):ミラノの秋市場散歩
10月21日(木):才女ネリーナの晩餐
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2010年10月20日

時差混乱の大失敗

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 ウロウロ度数が高まるにつれて、「時差ぼけ」 に悩まされることも少なくなりました。というか、東京で暮らしていても、やたら早朝に目が覚めてしまうような 「時差ぼけ」 現象も起こったりして、要するに年がら年中時差ぼけ状態という均一化になっただけなのかもしれませんが(笑)。

「東京時間は忘れなさい。」 と家人によく言われますが、忘れるわけにはいきません。世界のどこにいようとも、今、東京は何時だろう?と頭の隅っこでいつも考えています。それに合わせて仕事をし、大切な人たちを思っています。

 ところが、時折、混乱して計算間違いで大失敗をします。ヨーロッパの場合は、マイナス7時間とか8時間で、まだしも引き算が楽なのですが、アメリカはいけません。しかも東と西とハワイではまるっきり違います。

 計算に慣れてきた頃には、今度はこんな落とし穴が待っています。

 たとえばどうしても6時には起きなければいけない時、そしてたまたま目覚まし時計がない時は、携帯電話の目覚まし機能を6時に合わせます。ところが鳴らないのです!当然ですよね(笑)。
この場合は、何時に起きなければならないか、よりは何時間後に起きなければならないか、が計算のベースになるのですから。

 ミラノ生活5日目が終わろうとしています。近隣を動き回るのにもだいぶ慣れてきて楽になりました。毎日色々な人たちにお会いしています。今日は、若い日本の女性たちからたくさんのことを学びました。そんなことをまだ印象も新しいうちに書いておきたいと思いますのに、突然、気づきました。

 このブログ、たしか20日の水曜日の14時から21日木曜日の14時まで、メンテナンスのために使えなくなるんでした。書くのもだめ、見るのもだめなようです。

 ということは、、、、ええと、、、、7を引いて、、、、、、
 水曜日の朝7時から木曜日の朝7時まで?
 ただ今、夜の11時半。ということは、、、、、ええと、、、、7を足して、、、、
 日本は朝の6時半?

 ということで、やっぱりちょっと混乱しながら留守になりますが、お許しください。
 大丈夫、元気にやっておりますので。

 ミラノも日一日と秋が深まっていくようです。家の前の木々がうっすらと色づき始めました。
 待っていた暖房も昨日から入るようになりました。
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10月20(水):ミラノ最初の夜に食べたものは
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2010年10月19日

ミラノの家その2〜それでも足りなかった物

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 昨日の続きです。さて、必要最小限のものがそろっているはずの家で、私たちがどうしても買い足さなければならなかった3つの物とはいったい何?

 まずはこれ、コーヒーメーカーです。

 もともとキッチンに付いていたのは、2番目の写真のような一品。上と下がネジで繋がっていて、下部は水を入れる部分と、コーヒーの粉を入れる部分に分かれています。水を入れて、コーヒーを入れて、上の部分をグルグルとまわして固定させたら、火の上にかけます。グツグツという音と共に、水が温められて細い管の中を上って行き、上の部分に茶色の液体がたまっていくサイホン方式です。

 質感もレトロ感もとても気に入っているのですが、残念ながら保温もききませんし、朝から何杯も飲みたい私たちにはちょっと不便です。というわけで、いつもながらのコーヒーメーカーを買ってしまいました。

 次はこれ、最小限のオーディオ機器です。
 生活の始まりにコーヒーが必要なように、音楽も必要です。テレビの音は音楽ではありません。

 そして三番目は、、、、お花。
 まだご近所に花屋さんを見つけていないのですが、とりあえずレストランで、客席をまわっては売り歩く花売り娘ならぬ花売り少年から買いました。

 コーヒーと音楽と花。
 これで、味覚と嗅覚、聴覚と視覚が何とか整いました。

 こんな風に、それぞれが大事にする生活スタイルに合わせて、いくら家具付きのアパートでも、買い足していかなければならないものがあります。引き上げる時には誰かに譲ってきたり、そのまま残してこなければいけませんけれど、移動生活などというものは元来がそんなもんです。執着は一番似合いません。

 さてそれではガチャガチャとついている4本の鍵の使い道とは?

 まず使うのは薄紫色の中サイズの鍵。これは表玄関のドアを開けるのに必要です。
 中庭を抜けて、次に使うのは一番小さなエレベーター用の鍵。
 これをさしこまなくてはエレベーターが動きません。
 エレベーターと言ったって、小さな箱のような本当に簡素なもの。

 5階で下りればすぐ目の前が我が家です。
 ここには鍵穴が2つあって、一番大きな鍵と、中サイズの鍵を2本使って、家の扉を開けます。
 つまり二重ロックなのですが、面倒くさいので大きな鍵しかかけませんから、開けるのにも大きな鍵しか使いません。(笑)。

 こんな古い建物なのに、これだけのガードがかかっているのは、やはり安全性に対する意識の違いでしょうか。逆に言えばそれだけ気をつけなければ安全ではないということ?

 2日間降り続いていた冷たい雨があがって、お日様が顔を覗かせました。こんな日には、「ガチャガチャ鍵束」 をしっかり持って、お散歩にでも行きたくなります。
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10月18日(月):石榴と生姜のパンチ
10月19日(火)予告:Myミラノキッチン
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2010年10月18日

ミラノの家その1

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 昨日から雨が降っていて、何だか急に寒くなりました。全ての部屋に設備は整ってはいるものの、いまだに暖房がはいらず、少々震え気味です。先ほど、管理会社のヴァレンティナにメールを出したら、すぐさまこんな返事が届きました。

「ご不便をおかけしてまことに申し訳ありません。金曜日に担当者に連絡した時には、その日のうちに暖房が入るということだったのですが、、、、、本日は日曜日ですので、明日の朝、もう一度連絡を入れて、結果をご報告します。」

 しょうがない、先ほどアンプロジアーナ絵画館に行った帰りに、地下鉄の駅の露店のお兄ちゃんからスリッパと三足組の厚手のソックスを買いました。アジア系、アラブ系の若い男の子たちが、構内のあちこちの床に品物を並べては、傘と靴下とスリッパ、毛糸のマフラーや帽子を売っています。こんな風にうすら寒い雨の日は、まさに稼ぎ時なのでしょう。

 ところで、カバンにたくさん詰め込んできた本や書類の中に、こんな1冊があります。

 「海外ステイのすすめ」 と題する、シニアのためのハウツー本です。簡潔に要領よくまとめられているこの本の著者は、先日の「家の中でも千鳥足」の仲間、長谷川華さんです。
http://blog.platies.co.jp/article/40784920.html

 冒頭に掲げられているのは、ロングステイ財団による、ロングステイと呼ばれるための5つの条件。大雑把に言えば、ロングステイとは2週間以上にわたり、海外における日常生活体験を目的とし、キッチンなどが整っている宿泊施設や、適切な「住まい」を保有、または賃借する場合を言うとのこと。

 いつかはロングステイをと、考えていらっしゃる方々のために、今日は、「住まい」の部分についての実用的なお話を。

 ここは、Borsiere 通りに面した便利な所にあります。すぐ隣が、ジャズクラブの「Blue Note」です。ミラノのシンボルとも言われる大聖堂、ドゥオーモまでも地下鉄で5駅です。古い建物の5階ですが、セキュリティーはきちんと守られていますし、ドアを開ければ、白と焦げ茶色に統一されたモダンで機能的な空間が待っています。真っ赤なティーテーブルとベッドサイドランプ、ヴィヴィッドなオレンジ色のベッドカバーが、いかにもミラノ的です。

 ベッドルームが2つ、トイレも2つ、お風呂も2つ、ゆったりした居間と、コンパクトなキッチンとダイニングルームに加えて、至る所に収納場所があります。家具もシーツもタオルも、食器も台所用品も全部そろっています。アイロンもアイロン台も電気掃除機、乾燥機付きの洗濯機も、大型テレビも備わっています。ただし、電話はありません。ほとんどの人が携帯電話を持っているこの時代には、固定電話は必要ないと言うことなのでしょう。2つのベッドルームは、そのまま十分にそれぞれの書斎にもなります。

 つまり、すぐに日常生活が始められるわけです。もしも、掃除やシーツの取替えが面倒くさければ、オプションでそれらの仕事を誰かに代行してもらうこともできます。

 こうした「Furnished apartment house (家具付きアパート)」は、今やネットで簡単に探すことができます。部屋の写真や間取りなども出ていますから、いくつかの物件を比較して、予算に合わせて選ぶだけ。だいたいは月決めの家賃ですが、多少割高にはなっても、週単位で借りることもできます。ネットで何度かやり取りした後、実際の契約は現地で行います。

 具体的に言えば、私たちがこの家を借りることに決めたのは、遡ること半年ぐらい前でした。ただその時点では、ミラノ大学の学期に合わせて、10月1日から12月31日までの丸々3ヶ月を借りるつもりでした。ところが、その後、夫のアメリカでの仕事との折り合いがどうしてもつかず、結局、開講を半月延ばしてもらい、住み始めるのが半月遅れとなりました。家賃は半分無駄になりました。

 現地に着いてまずしなければならないのは、管理会社に連絡をすることです。時間と場所を決めて、契約書にサインをし、鍵をもらい、住まい方のルールを説明してもらわなければなりません。

 先ほどお話しした部屋数の家で、家賃は毎月、2000ユーロです。ここに初回だけ、120ユーロの登録料と、1000ユーロの前金が上乗せされます。2000ユーロと言えば、今のレートで約23万円。水道光熱費は含まれています。

 これを高いと見るか、安いと見るかは、それぞれの価値観によるかと思いますが、ロケーションの良いミラノのホテルで、そこそそこに広く快適な部屋を2部屋、1月にわたって借りれば、優に100万を超えてしまうでしょう。

 もちろん、これが東南アジアの国だとしたら事情は大違い。たとえば、前述の『海外ステイのすすめ』の中にはこんな記述が見られます。もっとも、この本が書かれた2007年と今ではまた経済事情も違ってはいるでしょうが、、、、

『たとえばタイやマレーシアなど物価の安い国では、月3万円台の家賃で、生活費もさほどかかりません。』

 さて、そんな風に何もかもそろっている家で、私たちがどうしても買い足さなければいけなかった3つの物とは? そしてガチャガチャと4つもついている鍵束の使い道とは?

 そんな続編はまた明日。
 今日もよく出たり入ったりした日でした。
 これも便利な所に住んでいるからできることなのでしょう。
 おやすみなさい。

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2010年10月16日

まさかのジョブシャドウイングINミラノ

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 地下鉄のドゥオモ駅を下りて、人も鳩もいっぱいの広場を通り抜けてしばらく歩いた所に、ミラノで一番古い大学、Universita degli Studi de Milano (ミラノ大学) があります。世界最古の大学と言われるボローニャ大学 (イタリア) の1088年、オックスフォード大学 (イギリス) の1209年などの前では、1924年の創立なんてまだまだヒヨッコですが、なかなかどうして面白い歴史を持っています。

 正面入り口横の、なんとも風格のある赤茶けた建物は、もともとは1456年に建てられた名門 「マッジョーレ病院」 でした。それが、第二次世界大戦時の空爆で大破したことをきっかけに、ミラノ大学に譲られることになったのです。以来、ミラノ大学は医学部も薬学部も文学部も法学部も経済学部をも持つ、大規模な総合大学へと発展していきました。

 門をくぐり、趣きのある建物の中を歩く時、世界中の 『学びの場』 だけに許されたあの懐かしい荘厳な空気がとりわけ濃厚になります。学生たちのざわめきの中、歩を進めれば、背筋は自然と伸びて、顎を引き、まっすぐに前を向いて、こつこつと整然としたリズムで歩きたくなります。

 ミラノに到着した翌日、家人の最初の授業が行われました。ミラノ大学法学部の、今期2つの特別講義の一つです。授業は12月末までの毎週木曜日と金曜日に行われます。実は、これが、今回のミラノ暮らしの理由の一つです。

 友人のネリナ教授にご挨拶をしたらすぐに外に出て、夫の講義が終わるまで町をブラブラしようと思っていたのに、あてが外れました。

「ナオミ、一緒に教室に入るでしょう?」

 そ、そんな、と、予想外の展開に慌てて、「ご迷惑をおかけしたくありませんので、私は外で、、、、、」と言いかけると、すかさずネリナが言いました。

「せっかく来たんだから初回ぐらい見届けなさいよ。
 それに、久しぶりに学生に戻るのも悪くはないんじゃない?」

 というわけで、私は広い教室の一番後ろの隅っこに小さくなってすわって、先生とは決して目が合わないように下を向いて(笑)、とうてい理解できない講義を聴きながら、始まって10分で劣等生の身となったのでした。

 けれども、これはこれでまた、はるか昔の、娘たちの授業参観のように、ドキドキする楽しい経験となりました。

 たまには、家族や友人の仕事の顔を見るのもいいものです。
 寝起きのボサボサ頭でコーヒーを入れている人も可愛らしいですけれど、仕立てのいいスーツを着こなして、大勢の人たちの前で威厳と共に講義や講演をする姿には、緊張感を覚えながらも惚れ直します。

 先日、初めて訪ねた病院で、親友の白衣姿を見た時もそうでした。いつもは甘ったれのチャーミングな若い友が、大学病院で患者の前に立っている時の、同じ人とは思えぬ一種のオーラ。

 時折、上の娘の舞台やライブを見る機会がある時にも、ソワソワドキドキとしながら、夢中になって皆さんと一緒に拍手をし、純粋に 「すごいなあ、やるなあ」 と感心してしまいます。

 下の娘が社会人になって間もなくのこと、色々な大学の職業指導担当者のグループ研修として、彼女の勤め先を見学に行く機会がありました。待合室で緊張して待っていると、IDを首から提げて、 「お待たせしました!」 と颯爽とベージュのパンツスーツで入ってきたのが、何と当の娘でした!グループリーダーだった私は、いきなりオドオドと小さくなって、しどろもどろに、「す、す、すみません。どうぞよろしくお願いいたします。」 などと言いながら、内心では誇らしくて、嬉しくてたまりませんでした。

 「ジョブシャドウイング」 という職業教育があります。アメリカではかなり定着していますが、大人が仕事をする場に子供を立ち合わせて、仕事ぶりを観察させ、社会にはさまざまな仕事があることを学ばせるものです。小学生が父親や母親と一緒に会社に行って、一日、影 (シャドウ) のように付き添うことなども教育の一環として行われています。仕事観を育てるのに役立つばかりでなく、身内の人間が、家庭の中で見せるのとは全く違う顔で、凛として仕事をしている姿を見せることで、馴れ合った関係の中に、緊張感と尊敬の念が戻ってくるとも言われています。

まさか、ミラノで 「ジョブシャドウイング」 をするなんて、思ってもみませんでした(笑)。 
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2010年10月15日

「何とかなるさ」の劇的再会 in ミラノ

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 こんなにたくさんの荷物とともに、昨夕ミラノに着きました。と言っても日本との時差はマイナス7時間ですから、成田を発ってから12時間半後、日本時間では金曜日の午前1時ということになります。

 実は、今回ばかりはかなり不安でした。我々夫婦のような 「旅がらす」、いえ 「暮らす旅」を余儀なくされていると、いろいろなパターンがあります。ところで、この 「クラスタビ」 という名前、仕事仲間のユーコさんが付けてくれました。素敵な命名で気に入っています。

 たとえば、今年のクラスタビを思い出してみても、3月にはシアトルの友人の家で会って一緒に東京に戻り、4月には東京から一緒にウイーンへ飛び、また一緒にウイーンから戻り、6月には深夜のパレルモ空港で再会し、朝のローマ空港で別れました。私だけが先にギリシャに入り一晩を過ごし、アメリカから遅れて飛んでくる夫をアテネ空港で出迎えたこともありました。そうそう、ユーロスターの列車の窓越しに手を振ったこともあったような(笑)。。。。。。。いえいえ、ちっともロマンチックなんかじゃありません。どうしようもない選択肢なだけです。

 そんな出会いと別れには十分慣れているはずなのに、今回ばかりはかなり戸惑いました。曖昧さだらけだったのです。もしかしたらこの町で、私は夫と巡り合うこともできず、露頭に迷ったあげくに、大荷物をひきずりながら真夜中にホテルを探す羽目になるかもしれないとさえ恐れていました。

 ワシントンDCからミラノまでの直行便はありません。普通なら次の飛行機に乗り継ぐのですが、なぜか彼は別のルートを選びました。チューリッヒからミラノまでを3時間半かけて電車でやってきたのです。

 私が藁をもすがるように持っていた一枚の紙切れは、ミラノで私たちが借りたアパートの通りの名前と番地だけ。いったいその何階の何号室かもわかりません。おまけに、おたがいにその場所に到着する時間の見当もつきません。もひとつおまけに、夫は携帯電話も持ちません。こんな状況で、いったいどう再会をはたしたらいいのでしょう。しかも、ここは私にとっては初めての地ミラノ、右も左もわかりません。この日この時までに、毎日1章ずつマスターするはずだったイタリア語計画は頓挫したままです。

 あたりが暗くなり始めた頃、鍵がなくては入れない玄関の前で、大荷物と共に私は途方に暮れ始めました。たとえ途中で何かがあったとしたって、私はそれを知るすべもない、こうしてこのまま待っていることしかできない、、、、、けれども、「どうせならそんな事態をめったにできない冒険と思って楽しんでしまえ。」と覚悟を決めて、道行く人たちの観察を楽しみ始めた頃、通りの向こうから、ガラガラと荷物をひいて歩いてくる、慣れ親しんだ歩き方の、背の高い人の姿を見つけました。「劇的な再会」でした(笑)。

 起きては困る事態ばかりを考えてオロオロとするか、はたまた、それをまたとない冒険と思うか、2つの分かれ道のどちらを取るかで、人生の彩が変わってきます。そして、どうも、先のことをアレコレと思い悩むよりは、「ま、なるようになるさ。」と天命を待ちながら、冒険を楽しんでしまう方が、よい結果につながることが多いような気がするのです。
 
 再会を果たした場所、そして新しい暮らしが始まるこの場所は、なかなか面白い一角であることがわかりました。すぐ隣がなんと「Blue Note」です。その隣は昔ながらの八百屋さんです。夜には、人があふれ、道ばたにまでジャズが流れています。カフェもレストランもたくさんあります。それなのに家の中はとても静かです。

 建物も18〜19世紀の古いものなのに、部屋の中は実に現代的で、機能的です。

 これから少しずつ、そんな場所で繰り広げられる「クラシタビ」報告を綴って行きたいと思います。こちらは只今、金曜日のお昼です。
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10月15日(金):オートミールのクッキー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 19:56| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年09月25日

困りました!

 木曜日の早朝の飛行機で那覇に飛び、空港で待っていてくれた車に乗り込んで一路北へと40キロ。ここ恩納村の海岸にいます。
朝起きればすでに南の太陽が。
窓をあければ絶え間ない波音とともに、レースのカーテンを揺らす風が吹き込みます

 こんな贅沢な時間の中にいるのに、とても困った問題と格闘中です。ブログがどうしてもアップできないのです。

 たくさん感じて、たくさん思って、写真もたくさん撮りましたのに、何度やってもできません。

 「さくらのブログ」さん、いったいどうなっているんでしょう。せっかっくこんな素敵な場所にいて、こんなストレスに振り回されているなんて何とも馬鹿らしい話。

 いけない、エイの餌付けの時間です。
 写真なしの愚痴ブログですけれど、載るかそるか(笑)。
 だめならだめで「ま、いいか」。

 「どうにもならないことには、大切な心を使わないように」
 
 というパートナーの言葉を思い出しながら、PCを閉じます。
 
 そうそう、何とかアップできた24日のブログは、何と22日の
後に載ってしまいました。どうしても動かせません。
よろしかったら遡ってご覧ください。それとも22日を削除してしまえば時の流れに戻れるのでしょうか。


 あとでそちらもやってみます。
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9月24日(金):さあ、ここはどこ?
 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:19| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年06月16日

中世の町 Fiuggiから

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 関東地方もいよいよ梅雨入りしたとか。二人の友からそれぞれにこんなメールが届いたばかりです。

「今朝は、朝から一日雨という予報でしたが、お昼前からカンカン照りの暑さになってきました。ジメジメムシムシの上に日が射したもので、まるで蒸しあげられた焼売か、肉饅頭の気分です。」

「こちらは梅雨入りとなったらしいです。今日の水曜日は昼ごろになってお日様がカンカン。夕方はまた雨とか。」

 こちらも毎日カンカン照りです。
「夏は晴天が続き空気はカラリとし、雨は冬にまとまって降る。」
 そんなことを中学生の社会科で習いました。そんな地中海性気候そのままに、こちらに来てからは雨傘の存在など忘れたままです。毎日かなり動き回っていますので、予防はしているつもりでも随分手足も顔も黒くなってしまいました。それでも湿度が低い分、とても快適で、大好きな暑さです。

 実は1週間のシチリア暮らしに別れを告げ、先日から南イタリアのCiociariaという地域のFiuggiという小さな町にいます。ローマまで飛行機で飛び、空港で車を借りて、ナポリへ続く高速道路を飛ばしました。Fiuggi=フィユージは、ローマの南東、車で約1時間半です。たったそれだけで、ローマとは全くちがった世界が待っています。

 山間のため、朝晩の涼しさは心地よく、この美しい町が長い間、ローマ人たちの避暑地として栄えてきたわけもわかります。ミケランジェロも法王たちもお気に入りでした。

 しばらくはここを拠点に動き回ります。周辺には歴史を刻み続けてきた古い町や村がたくさんあります。それらの一つ一つを訪ね続けています。

 今暮しているのは、広大な敷地の森を抜けた中に建つ美しい館です。これが今の私の書斎です。窓はいつも開けておきます。たくさんの音を聞き、たくさんの風を感じたいからです。今は朝の9時になろうとするところ。昨夜遅くまで鳴いていたフクロウは眠ったのでしょう。まだ暗い早朝に鳴いていた仏法僧の声もなく、今届くのは名も知れぬ小鳥たちの合唱曲。時々カッコーの声がまじります。美しい朝です。

 シチリアについてもまだまだ書きたいことが残っています。少しずつ書かせてください。

 静かな山間の町を離れて、これから急いで車を走らせ、ローマに行かなければなりません。なんだか久しぶりに都会へ出る小ネズミのようで、ちょっとソワソワしています。

 行ってきます! 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 16:06| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年06月15日

シチリアンホリデイ処方箋

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 一通りのやれることはやってみて、それでもダメならどうしましょうか。実はここが、私たちの人生において、けっこう大切なポイントだったりしますよね。

 ひきずるか、ひきずらないか。
 考え続けるか、忘れるか。
 くよくよしたり、後悔したり、不運を嘆いたり、恨んだりするか、それとも、あっさりあきらめるか。

 周りを見まわす限り、楽しそうに生きているのはたいてい 「ひきずらない群」 の人たちです。忘れ上手のあきらめ上手は、そうではない人たちに比べて随分得をしているようにすら見えます。

 特にここはイタリアの南です。お天気はガンガンによく、風景はやたら美しく、ワインも食事もおいしいし、長い長い歴史が川の流れのように続いている所です。カメラケーブルを忘れただの、インターネットが繋がらないだのは、何ともちっぽけなトラブルに思えてきます。ひきずられるなんて、まるで似合いやしません。南欧続きのギリシャの友だってきっと言います、「アフティ イネ イ ゾイ (これが人生さ)」

 そんなわけで、潔くあきらめて、あきらめたら考えず、考えない以上はひきずらないことにして、その分、シチリアンホリデイを楽しむことに決めました。だって、ひきずったって何が変わるわけでもありませんし、第一、次にシチリアに来る時にネットが繋がらないなんてこと、まずあるとも思えません。世界は日進月歩です。と思えば、何とも貴重な経験ではありませんか。考えようによればこれぞ天の恵みです。

 「シチリアンホリデイ」の処方箋は次の通りです。

@ 朝は鳥の声が起こしてくれますので、目覚ましはいりません。

A 朝の空気を胸いっぱい吸ったら、静かな時間に、ネットに繋げない仕事をしたり、本を読んだりいたしましょう。

B 朝御飯はもちろん地中海式。オレンジとチーズとオリーブオイルにコーヒー。

C 今日の行き先を決めたら車を走らせましょう。迷ってもだいたいはたどりつけます。

D 遺跡は山のようにあります。それぞれに個性豊かな小さな村々もたくさんあります。何日いたって行き先には困りません。

E ランチはゆっくり食べましょう。山間のレストランの葡萄棚の下でも、海に面した所でも。

F 午後の予定はあまり欲張らずに、早めに戻りましょう。

G 9時ごろまでは明るいのです。長い一日、まだまだ色々できます。まずはプールサイドでのんびり読書、そして泳ぎます。海の音を聞きながらプールで泳ぐ心地よさ!スズメだってツバメだってトカゲだってやってきます。

H 水から上がった後には二つの選択肢が待っています。お昼寝 (お夕寝) またはネットに繋げないお仕事。

I お夕飯は早すぎてはいけません。8時に行ったって誰もいやしません。何とか8時半、あるいは9時まで待ちましょう。

J 今日一日をふりかえり、明日の計画を練りながら、ゆっくり食べましょう。ふだんからワインをお飲みの方には、シチリアはうってつけ。ホテルには大きなワインセラーがありますので、思い切ってボトルで頼んじゃいましょう。町のカジュアルなリストランテなら、ハウスワインをグラスで頼むもよし、デカンタで頼むもよし。案ずるなかれ、日本では考えられない安さです。

K 夜もふけて、昼間のうだるような暑さが嘘のように気温が下がってきました。最後はやっぱりこの言葉、「Grazie! Buona notte! ありがとう、おやすみなさい。」

 繋がってしまうまでの、3日間のシチリアンホリデイでした。それでもこの処方箋、けっこう効き目がありました。繋がった今でもけっこうフワフワ、ますます大雑把に暮しています(笑)。

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15日(火):パレルモの朝御飯
14日(月):最高のランチタイム〜チェファル
 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:34| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年06月12日

シチリア人の心意気その1〜10人寄れば文殊の知恵

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 よく、ギリシャ人には道を聞くな、と言われます。一人また一人、どんどん集まってきて、聞いた本人そっちのけで、あっちだ、こっちだ、やれ向こうだ、と路上議論が始まって収拾がつからなくなるから、と言うのがその愛すべき理由です。

 ここシチリアもよく似ています。とにかくみんなやたらと親切で、何かを聞けば一生懸命答えてくれますし、時にはおせっかいなぐらいに面倒見がいいのです。こちらに来てから何度もそんな 「愛すべき」 場に出会いました。

 昨日だってこんなことが。。。。。。

 オリーブオイルの製油所を訪ねるために、ジョルジョが書いてくれた紙切れを頼りに車を走らせましたが、何度行きつ戻りつしてもそれらしき曲がり角がありません。イタリアもここまで来ると、なかなか英語が通じないのですが、そんな時に便利なのは語学マニアの相棒です。イタリアの大学で教えていた時代に身につけたイタリア語が毎日、大活躍しています。

「ちょっと待ってて。道を聞いてくるから。」

 と車を降りて、向こうから歩いてきた男の人に紙を見せながら道をたずね始めました。
 ここからがちょっとした面白劇場。暑い車の中でなんか待っているよりは、男たちを見ているほうが楽しいに決まっています。

 まず最初は一人だったのが、二人になり、三人になり。。。。。。。

 すると今度は、「いったい何事なのだろう?」 と興味津々のスクーターのオジサンが現れ、スクーターを止めたまま、いつ仲間に入ろうかと機会をうかがっています。

 次にやってきたのが自転車オジサン。もう我慢できなくて自転車を下りて討論の輪に入ってしまいました。ボス格がやおら携帯電話を取り出し、どこかにかけ始めました。夫はちっとも解放されません。

 一人から最後には10人にまで輪が広がって、ようやく帰ってきた相棒が言いました。

「みんな本当に親切だ。色々な所に電話までかけてくれたよ。でもね、こんな小さな町なのに、みんな通りの名前を知らないんだ。パン屋の2軒となりだとか、八百屋の裏通りだとか、そんなのですんでるようだよ。どうやら僕たちの行き先の通りは、金物屋の三軒先の角を右に曲がった所らしい。」

 思い出しました。母が子供の頃に話してくれたことです。

「小さい時に自分の住所がわからなくて、友達に 『川の横、橋のある所』 と言ったらね、その人が封筒にその通り書いてポストに入れたのよ。そうしたらその手紙がちゃんと私の所に着いたの。」

 さて、10人の男衆の談合に導かれてたどった所は、どこまでも続くオリーブとレモンの畑の間の細い一本道の行き止まり。人の気配もまるでなく、鮮やかなブーゲンビレアの花におおわれたゲートを抜けて、廃墟のような建物のまわりをウロウロとしていたら、どこからかオジイサンが出てきて言いました。

「10月まではお休みだよ。」

 ここでは、オリーブは放っておいても花を咲かせ実をつけます。地中海の夏はこんなに晴天続きで、雨など全く降らないというのに、それでも秋にはちゃんと豊かに実ります。仕事が始まるのは収穫が始まる頃なんですね。そんなシンプルな労働の形に気付かずに、いったいそれまでどこで何をしているのかしら?とつい考えてしまう私に、広大なオリーブ畑を一緒に眺めていた相棒が呟きました。

「人生を楽しんでいるのさ。」
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11日(金):KiWi! 時々お肉 ニュージーランド
10日(木):美と食欲の国? 韓国
 9日(水):香港は美味しい!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:48| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年06月11日

パレルモからカシビレへの道

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 4日前からカシビレというレモンとオリーブの林に囲まれた村にいます。

 シチリア島第一の都市、パレルモから海岸沿いに東へ進み、途中で海を背に南下して内陸に入り、イオニア海にもう一歩という所です。こんな辺鄙な村に居る理由と、ここがどんな所なのかについてはまた先に譲るとして、、、、、

 まずはご心配をおかけしました。使えるはずと聞いたインターネットが全く接続できません。みんなが寄ってたかって2日間も私のPCをいじくりまわしてくれたのですが、それでもダメです。「古い屋敷で壁が厚いからねえ。」 と言われ、涙ながらにあきらめていたところに、もしかしたら、という朗報が届きました。教えられた通りにこれからやってみます。さてさてうまく繋がりますかどうか、、、、、

 写真の方は、カードリーダーを売っている所を見つけて何とかPCに取り込めるようになりました。こちらもご心配をおかけしました。

 まずはたまっているものから載せていきます。こちらの時間の火曜日に載せるつもりで書いたものです。賞味期限切れですが、ご容赦ください(笑)。うまく行っても行かなくても、昨日に引き続いてこれからまたシラキュースに出かけます。昔、世界史の授業に出てきましたよね、シラクサ。あそこです。
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何て気持ちがいいのだろう
優しくそよぐ風が影を揺らし
揺れた影の隙間をぬって
初夏の若い光が差し込んでくる
風は髪を揺らし 揺らした髪が頬をくすぐる

隣のテーブルの4人の男女は
小さな声で何かをささやき
その向こうの台所からは
共鳴箱のように 言葉の応酬が響き合う

わからない言葉たちは耳をそばだてる必要もなく
わからないからBGMのように心地よい

安っぽいプラスチックの 真っ赤な椅子とテーブルは
そんな場所に不思議に似合って
見かけよりもずっと快適で
ゆらゆら揺れる光と 鳥たちの歌声が
まどろみを誘う

ここは山に囲まれて眠る遺跡
古代ローマの貴族たちの別荘 ヴィッラ ロマーナカサーレ
40の部屋と3つの浴場
大狩猟の廊下と10人の娘の間
日ごと饗宴の舞台となった大きな食堂
噴水の後にはバシリカ
 
いけない、いけない、眠ってはいけない
眠ったらきっとあの時代に連れて行かれてしまう
でも、この人と一緒ならそれもいいかな、と
隣でずっと本を読んでいる人を見ながら思う

このままずっとこうしていたい
3時になんてならなければいいのに


小山に囲まれたピアッツァ・アルメリーナの旧市街から西へと5キロ。標識がわかりにくくて、途中で何人もに道をたずね、それなのに、あるいはそれだから?ますますウロウロと迷いながら走り回ってしまって、ようやっと探り当てた「カサーレの古代ローマの別荘」。古代ローマ時代、4世紀の遺跡です。

日本語のガイドブックにも英語のガイドブックにも、そんなことは全然書いてありませんでしたのに、かんかん照りの中、ようやくたどり着いてみれば、

「6月1日から9月30日までは
 月〜金 3時から8時
 土日・祭日は 9時から8時」

 私たちのように知らずに行った人たちが、山の中から帰るにも帰れずに3時になるのを待っています。誰一人文句を言うでもなく、とてもおだやかに、むしろ幸せそうに、突然与えられた予定外の時間を、木陰のカフェで過ごしています。静かにおしゃべりをしたり、本を読んだり、居眠りをしたりしながら。4世紀に建てられたこのヴィラで、古代ローマの貴族たちもこんな風に過ごしていたのでしょうか。

 シチリアはレンタカーで動き回るのがやはり便利です。私たちのフィアットは、朝8時半にパレルモを出発して、エンナ→ピアッツア・アルメリーナ→カルタジローネとそれぞれに個性の異なる美しい町々に寄りながら、西空が赤く染まり始めた9時前にカシビレという静かな村に着きました。ここでしばらく過ごします。レモン林の中の、驚くことばかりの古く美しい館です。致命的な大問題とも遭遇。これらについてはまた後日。(6月8日記)
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 16:15| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年06月08日

取り出せない一瞬たち

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 この小さな軽い箱の中に、たくさんの一瞬が入っているのに、
 美しいピースも、楽しいピースも、優しいピースも、哀しいピースも、光も影もたくさんたくさん入っているのに、
 今の私には出すこともできません。
 閉じ込められて、まるで世界と繋がっていないように孤独です。

 ドジ大賞があったらいつだって栄冠を獲得できそうな私は、また大ドジをしてしまいました。

 4月のウイーンでカメラのケーブルを忘れたことに気付いて、慌ててカメラ屋さんを走り回り、やっとピッタリ合う最後の1本を探し当て、難なきを得た苦い経験を繰り返してはならじと、移動用にスペアのケーブルを旅行鞄の奥底に眠らせておいたのです。あわただしい出発前にだって何度となく自らの手で確認したのです。誓っていいます、本当です。

 それがないのです。ありえないことに、どこにもないのです。
 そして、パレルモの町のカメラ屋さんにもPCショップにも私のカメラに合うケーブルがないのです。

 外に出たくてウズウズしていた「一瞬たち」は行き場を失ったままです。
 たくさんの写真を載せたかったのに、それもできません。
 写真なし、あるいは過去のフォルダーからイメージ写真を引っ張り出してきて、何とかしのぐことはできますが、問題はもう一つのお料理&食文化のブログです。こちらばかりはリアルな写真がなくてはお手上げです。

 やっぱり新しいカメラを買うしかなさそうです。

 と言っても今日は大移動の日。夜が長い分、すでに5時を過ぎたというのに外はまだ真っ暗です。もうしばらくしたら、すでにまとめた荷物を積んで南東の村へと車を走らせます。

 島と言ったってここシチリアは地中海最大の島。九州の約3分の2の大きさです。走ってみなければわからない、という相変わらずの大雑把さ、しかも途中で寄りたい場所がたくさんあると来ていますから、おそらく目的地のピアッツァアルゲリーナの宿にたどりつく頃は、すでに日も落ちていることでしょう。そこでしばらく過ごします。

 途中の風景を写真でお伝えできないのは残念です。
 途中で出会う人たちや、出会った物たちを見ていただけないのは残念です。
 カメラを買う機会は今日はないでしょう。

 昨日、電車で1時間半のCEFALU(チェハル)という小さな美しい町へ行きました。たった2つのものを見、たった1つのことをするために、、、、、

 ノルマン時代の傑作とも言われる大聖堂と、路地の途中にある小さな小さなマンドラリスカ博物館のアントネッロ・ダ・メッシーナ作の 「男の肖像」 を見るために。

 そして、この最高の季節に、大聖堂の下のリストランテの緑の木陰で、野菜とオリーブオイルがたっぷりのシチリア料理をゆっくり楽しむために。

 パレルモからチェハルまでは、左は海、右はオリーブの林と山々。

 海の色はと問われれば、「シチリアの色」 と答えるほかはなく、どんな山かと問われれば、「シチリアの山、山猫の映画に出てきたあの山」 と答えるほかはありません。67キロの電車の旅は、目的地で過ごした時間と同じぐらいに、洗われた心に爽やかな初夏の風がふきわたる素晴らしい時間でした。

 どんな風かと問われれば、「シチリアの風」 と答えるほかはありません。
 写真で残すことはできないものです。
 とは言うものの、やっぱりドジが悔やまれます。

 外がちょっと明るくなってきました。
 ダイニングルームで軽く朝食をしたら、いよいよ出発です。

 写真はシチリアではありません。同じ地中海ですがギリシャのケルキラです。しばらくはこんな風にイメージ写真で失礼します(笑)。
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7日(月):スミレの花の砂糖づけ
8日(火):パーティーの盛りたて役 ネスプレッソ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:22| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年04月26日

ジグソーパズルのもう一つのピース〜言語コミュニケーション

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 早いもので、今週半ばからはもうゴールデンウイークのスタートです。組織の中で、カレンダー通りに仕事をしていた時代と違って、今では平日も休日も祭日もさしたる変わりない身となりました。それでも、やはりこの季節の、この長い祭日を前にしては心も躍ります。

 おだやかで明るい日差しと共に新しい1週間が始まりました。
 光に映える新緑の美しい朝です。

 予定よりも長引いたウイーン滞在の最後に感じた、「いくつかのピースが見つからずにジグソーパズルを完成できないような気持ち」 については金曜日のブログでお話ししましたが、そんなもどかしさは、たぶん 「言語」 にもあるような気がします。

 ごぞんじのようにオーストリアはドイツ語です。ほとんどは英語と同じ文字が使われていますから、ちょっとした読み方の原則さえ覚えれば、音にすることはそれほど難しいことではありません。大学時代の一般教養で習ったことを必死に思い出せば、少しは意味のわかることもあります。けれども、文章で会話ができるか、と聞かれれば、答は 「Nein(ナイン)」 です。

 そして、信じられないぐらいに英語が通じない場が多いのです。

 たとえば、街角のお菓子屋さんで、棚の上から2番目の、右から3番目にあるチョコレートボックスが欲しいとしても、私はお店のおばさんに、「Welche?」 と聞かれて、小さな子供のように指でそれを指し示すことしかできません。

 ある時、お昼に立ち寄った居酒屋風レストランに忘れ物をしてきたことに気付きました。あわてて電話をしても電話口に出たお兄さんには私の言葉が伝わりません。「誰か英語で話せる人はいませんか?」 と言えば、何やら店内でゴソゴソしている雰囲気が伝わってきます。しばらくたって 「ハロー」 と語尾上がりの英語で出てきたのは、とんでもなく酔っ払ったお客。こちらが言いたいことに一切耳を貸さずに、とてつもなく下品なことをしゃべりまくります。情けなくなって電話を切りました。まるで自分が役立たずのお使いさんのようでした。

 結局、忘れ物はドイツ語を話す夫に付き添ってもらって取りに行きました。

 最小限の言語コミュニケーションができる土地かどうか、と言うのも、ジグソーパズルの重要なピースです。それができない場合は、何だか自分が卑小に思えて、小さなからだの私はますますオドオドとしてしまいます。そんな状況が心地よいはずもありません。

 そんないくつかのできごとの後で、粛々と、いえ縮々と町を歩いていたら、ようやく救いの場が見つかりました。ギリシャ正教の教会があったのです。中に入れば小さな礼拝堂の扉の前で、懐かしい響きの言葉で話している人たちがいます。階段を上れば、そこは子供たちとが賑やかに出入りをするお教室。

「何をおやりになっていらしゃるんですか?」
「ここはウイーンに住むギリシャ人の子供たちのための学校なんですよ。」
「何を教えていらっしゃるんですか?」
「ギリシャ語も歴史も地理も、、、、、250人の子供たちが週に2回通ってきます。」

「ウイーンはいかがですか?」
「そりゃギリシャとは何もかも違いますからねえ(笑)。ところであなたはどちらから?」
「東京からです。」
「ウイーンはいかが?」
「そりゃ東京とは何もかも違いますからねえ(笑)。」

 拙くとも、こんなさりげない会話をし、一緒に笑えることが嬉しくて、ふと思いました。

 1993年に6カ国で発足したEU(欧州連合)も、いまや27カ国。
 連合と言っても公用語は23言語。
通貨だってユーロばかりではありません。ポンドもあればクローネもあって、使われている通貨は12種類。ユーロを使うのは16の国だけです。

 文化はたぶん27通り。もしかしたら価値観だって27通り。歴史は確実に27通り。
 気候も違えば、咲く花も違うでしょう。当然味覚も違います。

 EUという大きなジグソーパズルのピースはいったいどのようにはめ込まれ、いったいどのように完成されるのかと、小さなパズルをはめそこなった私は妙に気になっています。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:59| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の国ライフ

2010年04月23日

アウフ ヴィーダーゼーエン!

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 空港が閉鎖を解かれて、毎日少しずつ平常に近づいています。
昨日は、何日ぶりかでドイツからの便が到着し、私たちがハンブルグで会うはずだった方々が、飛んできました。ハンブルグ会議がウイーン会議に転じたわけです。

思いのほか長逗留になったウイーンの町ともいよいよお別れです。
飛行機の出発時間までにはまだ5時間もあるのですが、いまだに混乱が続いている中で、安全を期するには早めに 「飛ぶ意思」 を表明しなければなりません。

 特に、我々のように、成田→ウイーン→ハンブルグ→ウイーン→成田 と、帰路をウイーンで乗り継ぎするはずだった乗客は、たとえ、すでにハンブルグ往復のキャンセル手続きをしたとは言え出発地のハンブルグから乗らなかったというだけで、その先の成田までの予約も取り消されてしまうリスクがあるのです。

 こうして、航空会社時代に覚えたことと、旅なれた夫の知恵を持ち寄って、今朝は朝食前の早朝に、荷物を持ってシティーターミナルに行き、早々とチェックインを済ませてきました。もう大きなスーツケースはありません。着替える服もありません。身軽になってこれから最後の町歩きに出かけます。

 バレーにもコンサートにも行きましたし、数え切れないぐらいたくさんの美術館にも足を運びました。土地の料理もたくさん食べました。美しいものもたくさん見ましたし、靴の底が随分減ったのではないかと思うぐらいにたくさん歩きました。ドナウ川の船旅もしましたし、遠く田舎の村にまで足を伸ばしました。予定していた取材もおおかた終えて、会うべき人にも会い、資料もたくさん手に入れました。

 こんなにたくさんの 「たくさん」 があると言うのに、それでも、いくつかのピースが見つからずにジグソーパズルを完成できないような気持ちが残るのはなぜでしょう。

 身軽になった身でそんなことを考えながら歩いていたら、突然、あることに気付きました。

「そうか、この国は海がないんだ!」

 閉所恐怖症転じて内陸不安症!

「長い坂道駆け上ったら 今も海が見えるでしょうか。ここは〜〜」 の土地で生まれ育った私には、やはり海に繋がっているかどうか、ということが大切なパズルのピースのようです。
しかも、それが南の海ならなおさらです。

 とは言え、贅沢は言いますまい。
 いい思い出、貴重な体験をありがとう。
 Auf Wiedersehen!
 さようなら、ウイーンの町!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の国ライフ

2010年04月22日

幸せの形〜市民公園の光と風の中で

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 ウイーンの町は、中心部の旧市街が、「リンク」 と呼ばれる環状道路で囲まれています。銀座の1丁目から8丁目までを歩くのと同じように、雨さえ降っていなければ、東西にも南北にも、歩いてまわることはちっとも苦にならないくらいのサイズです。

 幸い、このところずっとお天気に恵まれて、リンクの内から外へと、外から内へと歩き回っています。まだ観光シーズンには早く、観光客らしき姿もさほど多くは見られません。それでも、いわゆる名所旧跡などで、ドドドッとバスから降りてきて、駆け足で見て回った後に、急かされるように再びドドドッとバスに乗り込む姿などに出会うたびに、時には退屈すら覚える、こんな日常的な過ごし方ができることを幸せに思います。

 南東のリンクを横切ってすぐの所に、市立公園があります。
 お昼休みにオフィスから抜け出してきた人たちがベンチでサンドイッチを食べていたり、芝生で大の字になって昼寝をしていたり、リードを解かれた犬が走り回っていたり、木陰で語らう恋人たちがいたり、池のアヒルにパンくずを投げ与える老人がいたり、はたまた 「考える人」 のようなポーズでじっと動かぬままの人がいたり、、、、、

 まさに日常風景のコラージュのような場所です。
 決して大きくはないごく普通の公園なのですが、木々の間にいくつもの像が散在しています。
 シューベルトも居れば、ヨハン・シュトラウスも居ます。公園入り口のすぐそばの小さな緑地帯では、工事現場のクレーンを背景にベートーベンに会うこともできます。少し歩いた別の場所には、モーツァルトも居れば、ゲーテもシラーも居ます。

 像だけではありません。彼らが住んでいた家、数々の傑作を書いた場所、演奏をした場所、眠る墓地、などの足跡が数多く残っています。

 驚くことには、これら楽聖と呼ばれる音楽家や詩人たちの生涯は、今の私たちの平均寿命と比べればとても短いのです。たとえば、ベートーベンは37歳、モーツァルトは35歳、シューベルトは31歳で亡くなっています。77歳のハイドン、72歳のシュトラウスが大長寿と思えるほどです。

 さらに驚くことは、なぜそんな短い人生の間に、時を経てもなお私たちの心を揺り動かすたくさんの曲を作ることができたのか、ということです。コンピュータも、コピー機もない時代です。

 我が身の人生になぞらえてみれば、30代などまだほんの青二才、今だってまだまだ未熟者です。業績というほどのものもなく、一生懸命積み重ねてきたことも、みな風の前の塵のようです。

 これは音楽家に限ったことではありません。ハプスブルク家の歴史の中に登場する皇帝や皇后たちも本当に短命です。最初の皇帝となったルドルフ1世はわずか18歳で夭逝していますし、16人の子供の母でありながら国政を支配した女帝、マリア・テレジアも40歳でその命を終えました。

 数々の伝説で人々の心をいまだに捉えてやまない美貌の后妃、エリーザベトは61歳にして、旅先のジュネーブでイタリア人のアナーキストに暗殺されました。彼女と夫、フランツ=ヨーゼフ1世の間には4人の子供が生まれましたが、長女は2歳で亡くなり、長男で帝位継承者のルドルフは30歳で自らの命を絶ちました。

 巨万の富も、権力も、およそ我々凡人が憧れるものを全て所有していたかのような彼らの人生を思う時、それが決して 「幸せの形」 に繋がることにはならないことにも、気付かされます。

 長くなった人生を、自分らしい幸せの形で織りなしていくこと。
無理をせず、満足を知り、優しく、感謝と共に生きていくこと。
偉大な音楽家たちのように生きた証を残せなくとも、ハプスブルク王朝の人たちのように所有するものはなくとも、公園の緑と風と光と、一杯のビールで充分に幸せになれることを知る、、、、、

 市民公園の野外カフェの光と風の中で、ビールとスープの軽い昼食を取りながら、再び 「幸せの形」 について考えるひと時でした。
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グローバルキッチンお品書き
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16日(金):ウイーン最初の夜は300年のビアレストランで
19日(月):決して高くはないと思わせる「KORSO」レストラン
20日(火):ウイーンの市場より
21日(水):ホワイトアスパラガス三昧
22日(木):ヴィーナーシュニッツェル
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の国ライフ

2010年04月21日

火山灰疲れを吹き飛ばす「スミレの花の砂糖漬け」

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 3日間の欠航のあと、ようやく成田を飛び発ったオーストリア航空の飛行機が、昨日、こちらの時間の17時21分に無事ウイーン空港に着陸しました。同様に、昨日、東京へとウイーン空港を飛び発った飛行機も、ちょうど今頃成田に到着したはずです。

 私たちが乗るはずだったハンブルグ便は昨日も欠航。本日も欠航が発表されました。

 何しろ、ヨーロッパの国々は陸続きです。その気になれば陸路で移動できないわけではありません。たとえば鉄道を乗り継いでハンブルグに行くならば、ウイーンからチェコのプラハ経由でベルリンまで約9時間、そこからまたハンブルグまでが1時間半。乗り継ぎにかかる時間などを加えて、12時間あれば何とか到着できそうです。あるいはレンタカーという手だってあります。

 そんな陸路の旅もまた一興かもしれませんが、往路があれば復路もあることを考えると、短い間にそれだけの時間を取られることはできません。たとえ一日がかりでたどり着いたとしても、すでに予定の一部はキャンセルされていることになるでしょうし、、、

 こちらに来て、あちこちを動き回っている間に、久しぶりに世界史を勉強したくなりました。町の中心部にある王宮も、諸々の博物館や美術館も、昨日訪れた郊外のシェーンブルン宮殿も、650年にもわたるハプスブルク家の栄華と衰退の歴史をたどりながら歩を進めれば、壮大な物語が少しずつ繋がっていきます。

 点でしか知らなかった、マリア・テレジアや、マリー・アントワネット、后妃エリーザベト、ナポレオンなどの名前の間に線が引かれて行き、陸路の旅のように、少しずつ景色が見えてきます。
この町にいると、そんなことが面白くてなりません。

 15歳でオーストリア皇帝に嫁がされ、61歳で暗殺された美貌の王妃、エリーザベト(通称シシ)の物語は、誇張され、歪曲されているとは言え、まるで壮大な絵巻物を読むようです。きちんと知りたくなって、だいぶ本を買い込んでしまいました。

 ページをめくりながらしばしシシの世界に入り込んでいたら、娘からこんなメールが届きました。これまで、ハプスブルク家のことも、皇帝や后妃たちのこともただの一度だって一緒に話したことがないのに、いったい何と言う偶然でしょう!

 ウィーンにあるデメルというチョコレート屋さん
 もし前を通りかかったら「スミレの花の砂糖漬け」を買ってくれる?
 皇妃エリーザベトの好物だったんですって。
 ママも食べると良いかも
 スミレの花の効用は「完璧に幸せな気分」だそうです。
 火山灰なんてなんのその、よ。

 
 すぐさま走って買いに行きました。
 娘たちの分と、私自身の分と、大切な友の分。
 火山灰疲れも吹き飛ぶようなロマンチックな美しい円形の小箱!
 ドキドキしながらそっとリボンを外して、フタをあければ、中には小さなスミレたち。

 もったいなくて一花を口にしただけでしたけれど、完璧とは言わないまでも、フンワリ幸せな気分に包まれました。「スミレの花の砂糖漬け」 そのものの 「幸せ効果」 よりも、たぶん、こうして時空を超えて、大切なモノたちが私の中で繋がっていくことによる 「幸せ効果」 なんだろうと思います。

 決めました!5月の 「グローバルキッチン」 のテーマ。
 エリーザベトの物語と一緒に、ウイーンの料理を組み立てて見ます。
 ちなみに、4月の 「グローバルキッチン」 は、帰国後すぐに3回開催します。
 テーマは、「地中海のハーブ料理」。
 どちらも面白いですよお。などと、当事者本人が一番ワクワクしています(笑)。

 今日はウイーン大学の、ハプスブルク家ゆかりの教授とランチをします。教授も昨日、ロンドン行きをあきらめました。
 火山灰のおかげでです。
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グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
16日(金):ウイーン最初の夜は300年のビアレストランで
19日(月):決して高くはないと思わせる「KORSO」レストラン
20日(火):ウイーンの市場より
21日(水):ホワイトアスパラガス三昧
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2010年04月20日

抗えないものを穏やかに受け入れるのも勇気のひとつ

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 昨日はこちらに来てから初めてマフラーをせずに歩ける暖かい日となりました。身に着けるものがひとつ少なくなるだけで、心も一緒に軽くなるようです。空は青く、雲は白く、飛行機が飛ぶにはうってつけの日和ですのに、、、、、

 朝早く、エアターミナルに駆けつけました。チェックインカウンターの前にはほとんど人もいないのに、「ティケット」 と書かれたカウンターには長蛇の列。情報を求める人たち、予定通りに飛ぶことをあきらめて払い戻し手続きをする人たち、、、、、

 それらをたった一人の航空会社のスタッフが、疲れた顔で事務的にさばいています。もう少し大騒ぎ状態かと思っていたのが、なんだか拍子抜けするぐらいの素っ気なさです。出発便を案内する電光掲示板では、ほとんどの便が 「Ausfall(欠航)」 と書かれています。8時台、9時台で何とか飛べそうなのは、3時間遅れのイスタンブール行きとキエフ行き、ベロナ行きぐらい。お昼過ぎの東京行きはすでに欠航が決まりました。

 私たちの翌朝のハンブルグ行きについても、皆目状況がつかめません。
 まさに 「状況がつかめない」 ことを確認に行ったようなものです。

 とりあえずは夜まで忘れることにして、気温の上がった町を歩き回り、まだ見ていない美術館を訪れ、カフェだらけの町で何度もコーヒーを飲み、それでも残る 「先の見えない不安」 を取り除くために青空の下のテーブルでビールを飲みました。

 そして、遅い夕食の前に、再び 「状況がつかめない」 ことを確認するために、エアターミナルに足を運びました。

 電光掲示板の 「Ausfall」 の数は、朝に比べれば多少は減ってはいるものの、19時台に予定されていたフライトのうち3分の2はまだ欠航です。それでも国際便がボチボチ運航を始め、モスクワ、イスタンブール、アテネ、マドリッド、リスボン、カイロ、テルアビブなどに、時間通りではないにしても出発案内が出されました。

 これだって翌日になればどうなるかわかるものではありません。運よく運航が決まったとしても、予約を持っていない乗客が乗れる保証もありません。

 あと3時間もしたら乗るはずだった今日のハンブルグ便は、「おそらく欠航」 とのこと。私たちは、ハンブルグで予定されていた全てのことをあきらめて、ホテルをキャンセルし、ここウイーンで日本へ帰る飛行機を待つことに決めました。もう 「おそらく」 に振り回される時間はありませんでした。

 一昔前までは、出発前72時間以内に 「リコンファメーション」 をすることが常識でしたが、航空券すらも 「e-ticket」 という紙切れ一枚に変わってしまってからは、空の旅は驚くぐらいに簡素化されました。けれども、こうした不測の事態が起こった時には、初心に戻って 「リコンファメーション」 をすることがとにかく大事です。

 昨晩、椅子ひとつないエアターミナルで、足を棒にして1時間半も並びながら、とにかく日本へ帰る便の 「リコンファメーション」 をしたことは正解でした。

「あなた方の東京行きの便は予約の確認がされました。もし運航できる場合は、とにかく早めにチェックインをすませてください。たくさんのキャンセル待ちのお客様がいることをお忘れなく。」

 こんな言葉の裏には、「予約確認もせずに、いつもと同じような時間に行って、さあチェックインをしようとしたら席がなかった、と言う危険だってあるんですよ。」 という警告が含まれています。

 昼間、迷い込んだ小さな教会の誰もいない礼拝堂に、モーツァルトのミサ曲が流れていました。祭壇に向かって並んで座り、薄暗い中でただ黙って目を閉じているうちに、何だか覚悟ができました。

 いったん腹をくくれば、これもまた、おまけの時間が与えられたようなものです。やり残していたことだってできます。後になればこんな経験も、「あの時は」 の枕詞で始まる貴重な思い出に変わるでしょう。そして、共にあきらめ、共に決断しながら一緒に時を過ごした経験は、パートナーとの連帯感を深めることにもなるでしょう。

 抗えないものを穏やかに受け入れるのも、勇気のひとつです。
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先週のグローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
月曜日:フレンチキッチンの日焼けブランチ
火曜日:山うどの変身
水曜日:男のこだわり〜トムの場合
木曜日:男のこだわり〜ジムの場合
金曜日:ウイーン最初の夜は300年のビアレストランで
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2010年04月19日

風の向くまま 灰向くままに〜オペラ座の夜

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 こちらは日本との時差がマイナス7時間。ただいま朝の8時ですから、日本は7を足して午後の3時、ほっと一息をついていらっしゃる頃でしょうか。

 さきほど、オーストリア航空が次のような告知文を出しました。

「オーストリア時間06:00AM現在、ヨーロッパ内で火山灰の影響下にない一部のオーストリア航空の便の運航を再開します。就航路線は主にヨーロッパ東方と南方方面路線になります。火山灰の影響が大きいヨーロッパの西方・北方方面の運航の可否については、今後も注意深く分析してまいります。長距離路線は午後以降の運航の可否を判断いたします。」

 ほっとしていいものやら悪いものやら。
 何しろ 「風の向くまま 灰向くままに」 状態ですから、たとえ明日の朝、予定通りにハンブルグに飛べたとしても、今度はハンブルグで動きが取れなくなる可能性があります。または、大荷物と共にウイーン空港に行ったところで、突然、フライトキャンセル、ということだってあります。

 夫は昨日からハンブルグの講演先と連絡を取り合っていますが、先方にしても、「大丈夫、予定通り来てください。」 とも、「今回は残念ながら中止しましょう。」 とも決断できる状態ではありません。

 昨日、ホテルのカウンタで、中年の女性がレンタカーの手配をしていました。このはっきりしない状況に痺れを切らして、ウイーンからローマまで一人で運転して帰るとのこと。ヨーロッパが陸地で繋がっていることをあらためて実感しながら、それもできない我々はますます 「風の向くまま」 であることも同時に実感しました。

 さて、不穏な話題ばかりではありません。昨夜の感動をどうしてもお伝えしなければ。

 1869年にモーツァルトのオペラ 「ドン・ジョヴァンニ」 でその歴史の幕を開けたという国立オペラ座。昨夜は7時半からバレエ 「真夏の夜の夢」 最終回がありました。中に一歩足を踏み入れれば外からは見ただけではわからない圧倒的な存在感です。壁も床も天井も階段も、すべてが洗練されています。

 正装をしたカップルが腕を組んで静かに螺旋階段を上がっていく姿、音楽や芸術を日常的に身ににまとった人たちがかもしだすある種の雰囲気、気品。

 私も黒のフォーマルドレスを着て、9列3席のチケットを握り締めて席に着こうとすると、そこにはすでに7〜8歳ぐらいの小さな男の子が2人座っています。私がチケットを見せると、実に丁寧な子供らしくない物腰で、自分もチケットを見せます。たしかにどちらのチケットにも9と3という同じ数字が書かれています。詰襟型の白いジャケットをきちんと着こなした坊やが、私のチケットを見て、「マダム、(この後はドイツ語でしたのでわかりません)」、そして反対側を指差すのです。なるほど、同じ9−3でも右側と左側があるようで、私の席は舞台に向かって右側でした。この白い正装の少年の横には、やはり同じような年格好の坊やが座っていました。そして、こちらも黒の上下のスーツに赤い蝶ネクタイをして、きちんと背筋を伸ばして席に座っているのです。

 この少年たちばかりではありません。幕間には、ロングドレスを着た小さな少女たちもあちこちに見られます。こうして小さい時から、きちんとした場で、大人と同じ体験をさせて、空気を上手に身にまとわせていくのでしょう。

 バレエはただ一言感激でした。メンデルスゾーンを奏でるオーケストラの技量、見事に演出された 「真夏の夜の夢」 の幻想世界、ため息が出るほど美しいダンサーたちの羽のような身のこなしと表現力、、、、、、、人間のからだがこんなにしなやかで、こんなにたくさんのことを表現できるものだとは、、、、、、、、

 幕が下りたあと、再び姿を現したダンサーたちに湧き上がる 「ブラボー」 の洪水。
 慣れた手つきで 「ロージェ」 と呼ばれるボックス席から、身を乗り出して眼下の踊り手たちに花束を投げかけるタキシード姿の紳士たち。そしてそれを、また、慣れた手つきでキャッチする舞台の上の踊り手たち。

 気がつけば、頭上に高く覆いかぶさる火山灰のことを完璧に忘れていた2時間半でした。

 とはいえ、いつまでも夢の世界にたゆたっていることはできません。これから情報収集に空港へと行ってまいります。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の国ライフ

2010年04月18日

春の日の幸せ〜ドナウ川の流れと共に

11P4173766.JPG2P4173771.JPG3P4173786.JPG4P4173791.JPG5P4173804.JPG6P4173826.JPG7P4173819.JPG8P4173811.JPG 空はこんなに青く澄み渡っているというのに、アイスランドの火山灰はさらに高く空を覆っているのでしょうか。空港が閉鎖されたまま、先の見通しが立ちません。飛行機での移動をあきらめた人たちが、大きなスーツケースを持って、ウイーン西駅の国際列車の切符売り場に長い列を作っています。春の光も届かぬ駅舎の中で、この一角だけは閉塞感で息が詰まるようです。

 どうしようもできないことを案じるよりは、成り行きにまかせようと、ドナウ川流域のヴァッハウ渓谷の小さな町を訪ねることにしました。まずは混雑するウイーン西駅から、電車で1時間半、丘の上にそびえる壮大な修道院が中世の家並みを守るように君臨するメルクの町です。

 絢爛な装飾を施されたまばゆいばかりの教会内部よりも、心魅かれるのは、誰も足をとめないような静かな部屋が織りなす光と影のコントラスト、テラスから見晴らす川と町の眺望、そして足元に咲き始めた小さな野の花です。それらのものに、より一層、人々の喜怒哀楽と共に流れてきた、悠久の時の広がりを感じます。

 メルクの船着場から、午後の船に乗ってまた1時間半、降り立ったのは、イギリスのリチャード獅子心王が、十字軍遠征からの帰り道に幽閉されてしまったという、伝説の古城がそびえるデュルンシュタインの町です。町を囲むブドウ畑はタンポポに覆われ、陽だまりの中で飲んだビールの魔法も手伝って、石畳の狭い路地を歩く一足ごとに心が解き放たれていくようです。

 川沿いの道で、結婚式に向かう新郎新婦に出会いました。
 歴史の重みを受け継いだ小さな中世の町でも、人々はごく普通に生きています。

 ウイーンへの戻りは、デュルンシュタインからクレムスで特急列車に乗り換えて。

 点と点の飛行機の旅と違って、2つの点を線で引くような列車の旅や、船の旅は心が躍ります。ドナウ川は、苔のような深い緑の水をたたえて、空高い火山灰などには目もくれぬかのように、ゆったりとゆったりと流れていきます。

 川岸を走る自転車が、1、2、3、4、5、6台。
 そう言えば、メルクの町で借りた自転車をデュルンシュタインで返却することができると聞きました。川の流れと一緒に春の川岸を走るのは、また格別なことでしょう。

「次は自転車にしよう。」
「ええ、そうしましょうか。」

 こんな風にさりげなく「次」を口にできるのも、春の日の幸せです。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の国ライフ

2010年04月17日

大人の町でオロオロと

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 着いた日も、その次の日も、傘を手放せなかったのが、3日目にようやく太陽が顔を出しました。風は冷たいものの、お日様の光があるというだけで、こんなに心が伸びやかになるものでしょうか。人も花も鳥も、町でさえも、春への期待の中で浮き足立っているように見えます。

 顔を上げ、あたりを見回しながら、明るい光の中でゆっくりと歩いてみれば、雨の中を震えながら足早に歩いていた時には見えなかったものたちに出会います。公園ではチューリップが花開き、満開の木蓮の下のベンチでは本を読む人がいて、街角では鳩が羽を休めています。

 にわかに外に出始めた人たちを迎えて、町はソワソワとした活気を見せ始めました。寒さも厭わぬウイーン子たちは、外の光の中でお茶を飲み、食事をし、明日はまた隠れてしまうかもしれない太陽を目一杯いつくしんでいるようです。

 風船売りのピエロがいるかと思えば、ストリートダンスを披露する男の子たちがいます。どこにいてもどこからか音楽が聞こえてくるようなこの町で、前の日には雨をよけて軒下で歌を歌い、楽器を奏でていたストリートミュージシャンたちも、通りに出てきました。

 町のメインストリートに車の乗り入れが禁止されたのは、もう30数年前だと言います。摩天楼のようにそびえたつ高いビルもなければ、まっすぐに区画整理された道もありません。古い建物は古いままに町を作っています。「たたずまい」 という、そこはかとなく美しい言葉が似合い、栄華を経たものだけに許される、残り香をまとった大人の町です。

 どこに行っても、「この町に住んだらどうだろう?」 と考える癖のある私にとって、たったの3日で答を出すことはできませんが、この町は私にとっては大人すぎるような気もします。

 お日様のおかげでようやく軽やかな一日を過ごせたと言いますのに、昨夜、困ったニュースが飛び込んできました。アイスランドで起きた火山の噴火で、いよいよウイーンの空港も閉鎖されたというのです。3日後にはハンブルグに移らなければなりませんのに、全く先の見通しがつかなくなりました。

 アイスランド気象庁の専門官によれば、「前回から2世紀もたって起こったこの噴火活動は、数日から数週間続きそうだ」 とのこと。火山灰が風で流された地域は航空機の飛行が再開できますが、逆に、火山灰の移動とともに飛行ができなくなる地域も移動します。

 私たち人間の力ではどうにもできないこの大きな自然現象にまきこまれて、私はもうすでにオロオロと心配をしています。かたや、大きな仕事を控えているはずの夫は、相変わらず泰然自若として、

「クヨクヨしたってしょうがないよ、どうにもならないんだから。
 いよいよとなったらオリエント急行でイスタンブールまで行って、そこから飛んで帰るって手もあるだろう?それも面白い経験かもしれないよ。」

 日常生活でも、旅の途中でもこんな不測の事態が起きるたびに、つくづく二人一緒にオロオロ、クヨクヨせずによかった、と、この取り合わせに感謝をします。それにしても、いったいどうなってしまうのでしょう?

 「しょうがないよ。」 と言われても、「あれはどうしよう、これはどうしよう。」 と、公私にわたって、いろいろなことが気になってきて仕方のない小心者の私です。やっぱりこの大人の町には合わないのかもしれません(笑)。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の国ライフ

2010年04月15日

トウの立ったパレアナのピンチ

C~1.JPG ちょっとピンチに陥っています。

 思いっきり怠け者でいられる快適な空の旅のはずが、着陸30分前のアナウンスを聞きながら、突然、致命的な失態に気が付いてしまいました。大切なものを机の上に置いてきてしまったのです。

 デジカメとPCをつなぐケーブル。
 これがなければ、いくら写真を撮ったってPCに取り込めません。
 と言うことは、、、、、、

 そうなんです。いくらせっせと 「ウイーンの日常生活」 を綴ったところで、写真なし。
 かなり切羽詰って、暗い顔で考えました。
 飛行機を降りてからもずっと。

 もしも小さな救いがあるならば、携帯電話で撮ったピンボケ写真をPCに送って使うこと。
 でも駄目でした。なぜか送信不能。
 こういうハプニングが起こると、いきおい私のメカ音痴が露呈して、なすすべもありません。

 結果、久しぶりに 「パレアナ思考」 にすがることになりました。

 子供の頃の愛読書に 「少女パレアナ」 という本がありました。両親が亡くなり叔母に引き取られたパレアナが、数多の困難に陥りながらも、「喜びの遊び」 で元気を取り戻すというお話です。

 たとえば叔母さんにあてがわれた何にもない屋根裏部屋。

「片付けが早くすむからいいわ」
「鏡がないのも嬉しいわ。そばかすが見えないもの。」
「こんな素敵な風景が窓から見えるのですもの。絵なんかかけなくてもすむわ。」
「おばさんがこの部屋をくだすって嬉しいわ。」

 雨が降って楽しみにしていた外出ができなくなれば、「よかったわ。家にいればやりかけのことが片付きますもの。それに、次の晴れた日がよけい素敵に思えるでしょう?」。

 こんな具合です。要するに、どうにもコントロールできないことならば、「いっそ楽しんでしまった方が楽」 という圧倒的な楽観主義です。イソップの 「酸っぱい葡萄」 のキツネさんの心理にも通じるものがありそうです。

 だいぶトウが立ったパレアナが至った結論は、

 まあ、カメラそのものを忘れたのでなくてよかった。
 まあ、コンピュータが動いてくれるのだからよかった。
 まあ、ネットにも接続できるのだからよかった。
 まあ、たまには写真抜きも、手間要らずでいいかもしれない。

 とは言え、やっぱり 「○○のないコーヒーなんて」 状態。パレアナはまだまだへこんでいます。しょうがない、しばらくはウイーンとは関係のないお気に入り写真を貼ってみたり、無料のサイトからお借りしてきたり、で、しのぐと致しましょう。

 その代わり、戻りましたら、東京とはおよそ関係ないウイーンの写真ばかりが載ったりして(笑)。

 飛行機を降りると冷たい雨が降っていました。雨は夜中まで降り続き、晴れていたらさぞ美しいだろう街を歩きながら、靴の中までが冷たく濡れてきます。荷を下ろして、直行したのは国立オペラ座。オペラは完売でしたけれど、運よく、日曜日夜のバレー「真夏の夜の夢」が取れました。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の国ライフ

2010年03月22日

ホームカミングデイ〜ビクトリアへ

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 バンクーバーのダウンタウンから、だだっ広い空き地や、倉庫やコンテナーが並ぶトゥアッセンまでの1時間の道、、、、この埃っぽい道を、いったいどれだけ辿ったことでしょうか。

 トゥアッセンは、もう一足進めばアメリカとの国境です。ブリティッシュコロンビアの州都、ビクトリアに渡るためには、ここからフェリーに乗らなければなりません。船は島々の間を抜けて、鏡のような海を進みます。

 同じことがどんなに繰り返されても、いつだって一番最初の時だけは鮮明に覚えているものです。私にとっての 「一番最初」 は1995年の12月でした。それは、不安と期待が交互に押し寄せる中での、90分の船旅でした。

 当時まだ中学生の娘が、突然、留学をしたいと言いはじめました。初めは取り合わないどころか、何だかんだとネガティブな理由をつけては考えを変えさせようとしましたが、小さな娘の固い意志は変わりません。自分が中学生ならば、そんな大それたことは怖くて考えられません。そう思った時、逆に踏ん切りが付きました。

「たとえどんな困難が待ち受けていようとも、たとえ尻尾を巻いて帰ってくることになろうとも、やりたいならやらせよう。どうなるかわからない先のことをクヨクヨ心配することはない。本当に立ち行かなくなったら、その時にまたみんなで真剣に考えれがばいいんだから。」

 最後に出てくるのは、いつだってこんな私自身の楽観性です。

 けれども、楽観性の後に続くのは、やはり母としての思いであり、長い間仕事をしてきた私の一種の経験則でした。調べられる限りを調べた上で、母として、仕事人としての大人の知恵で、娘にとって一番良い場所を選びたいと思いました。

 そうして色々な方の助けを得て、最後に残った選択肢がビクトリアのハイスクールだったのです。その地にあるいくつかの学校を訪れた後、結論を出すまでに時間はかかりませんでした。私たちは、クリスマスだと言うのに、私たちのために扉を開けて待っていてくれたその学校で、迷うこともなく入学試験の願書を出してから日本に戻って来ました。

 次にビクトリアに渡ったのは、翌年夏の入学の時でした。以来、卒業式までの3年の間、何度もこの地におもむきました。娘が成長して行くスピードに比べたら、比較にならないほどのゆるやかなスピードでしたけれど、私自身も、泣いたり笑ったりしながら覚悟をつけて、一緒に成長していきました。

 最後に訪れてから10年近くの年月が流れました。ビクトリアの町は大きな変化も見せずに、昔と同じようにゆったりと穏やかに、この町ならではの懐かしい気品を漂わせています。

 町に着いてすぐに一番行きたかった場所に行きました。美しい郊外にあるあの学校です。丘の上から遠くに、その古い煉瓦の建物と広い芝生を見つけ、丘を下って校門の前を通り過ぎました。車を降りて、そこに入ることはあえてしませんでした。多すぎる思い出たちを、上塗りをせずに、そのままにしておきたかったのです。ゆっくりと 「通り過ぎる」 だけで、私にとっては十分な 「ホームカミング」 でした。

 バンクーバーとビクトリアをつなぐフェリーは随分変わりました。500台の車が載れるようになり、大型車用、普通車用の2つのデッキの上に、すわり心地の良い椅子が並ぶ乗客用のデッキが2つもできました。デッキからデッキへは、ゾーンごとに色が異なるエレベーターで移動をすることができます。

 驚いたことに、PCをつなぐブースまであって、90分の船上で勉強や仕事を続ける人たちの姿が見られます。

 夕日の最後のオレンジ色が、黒い島影の向こうに隠れました。船は、朝来た路と同じ路を、反対方向に向かって進んで行きます。たとえ忘れ物に気づいたとしても、大きな船が航路を変えることはありません。私も、また、思い出を再び大切にしまって、船と一緒に進みます。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | その他の国ライフ