2013年01月27日

Short Short Spain 25

グラナダのカテドラル
ステンドグラスとゴールドに彩られて
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By 池澤ショーエンンバウム直美
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2013年01月20日

Short Short Spain 22

歴史博物館のテキスタイルコーナー
色も模様も大好きです。(バルセロナ)
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By 池澤ショーエンバウム直美
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2013年01月10日

自分のための時間に入る

ついこの間新年を迎えたばかりと思っていたら、あらあらもう10日もたってしまったなんて、、、、これまででしたら、いったい私、何をしていたのかしら、あれもできてない、これもできてない、とばかりに小さな焦りを感じたり、怠けてた?などと自問自答をしながら反省をしたりするのが常でしたけれど、なんだか何かが変わったような気がします。大切なことの優先順位が変わってきたのかもしれません。

考えようによれば、何かができなかった分、ちゃんとほかの何かができていたわけですし、その「ほかの何か」の方がだんだん心地よくなってきたのなら、それを素直に楽しむべきでしょう。

2013年という年は、私にとってひとつの区切りの年になるような気がします。
占いにはあまり頼りませんけれど、ただひとつ、この人の、悪いことをも良きことへと結びつけるみごとな表現力に惹かれて、ついつい見てしまうものがあります。それが、石井ゆかりさんの星占いサイトなのですが、そこに書かれた「2013年うお座の空模様」の冒頭にこんなことが書かれていました。

「誰かのために、あるいはみんなが集まる『場』のために、精力的に活動を続けた後で、こんどは自分のための時間に入る。」

「自分のための時間に入る」、、、それは何も自分ひとりで過ごす時間ということではなく、その時々の自分の価値観、優先順位にきちんと気づいて、それに正直に従うということなのだろうと思います。たいせつな人たちと一緒に過ごすこととか、本当にやりたいことをすることなども含まれるでしょう。今はまだ恥ずかしくて言えませんが、そんな「自分のための時間」のために、2つの大きな決断をしました。

年末の29日にいただいた百合が、ひとつ、またひとつと大きな花弁を広げる影で、まだ7つも蕾が残っているのを見つけました。毎朝ジョウロで水をあげていますが、驚くほどたくさん注ぎ足さねばなりません。
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一昨日、諏訪から「未来へのあこがれ」という花言葉を持つアルストロメリアがたくさん届きました。こちらも花瓶の中の水が一日でずいぶん少なくなります。
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暮れに夫が植えた2本の椿の苗の1本が、この寒さの中で、今朝ピンクの花を咲かせました。
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人も花も、
みんな一緒に呼吸をして、
みんな一緒に生きています。
そんなことを感じるのもまた、「自分のための時間」なのかもしれません。

        
By 池澤ショーエンバウム直美


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1月10日(木):黄身ひとつでこうも違う?@スパナコピタ
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2012年10月24日

いい時間だったねえ〜ハロウィンのフラワーアレンジメント

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ハロウィンまでちょうど1週間となりました。いつの間にやらすっかり定着したこの行事。私が住む町でもあちこちでカボチャや魔女の飾り付けが見られ、毎年イベントが開かれます。私たちの国の、良くも悪くも面白いのはこんなところ。ハロウィンだろうが、クリスマスだろうが、その大元の宗教的意味合いから離れた「お祭り」を、みんなで楽しんでしまえるのですから。

午前中、「Happy Halloween!!」というフラワーアレンジメントの講座に行ってきました。先生は仲良しの友人ですし、共にテーブルを囲む人たちも知った仲。おしゃべりもはずめば、笑い声も絶えません。

先生のお話によれば、ハロウィンとはそもそも紀元前5〜6世紀のアイルランドの習慣に始まっているとのこと。古代ケルト歴では10月31日が1年の終わりの日、つまり大晦日だったそうです。この日には死者の悪霊が地上に戻ってきて、生きている人たちに悪戯をしたり悪運をもたらすと信じられていました。

その後、カトリック教会が11月11日を全ての聖人と殉教者を記念する万聖節(All Saints’ Day)として以来、その前夜祭がハロウィンとなったそう。

「All Saints’ Day」と言って思い出すのは、一昨年のミラノ暮らしです。ハロウィンの前日のブログにこんなことを書いていました。

「ところで、こちらは11月1日が『All Saints’ Day』と呼ばれる大きな祝日です。日本語では、『諸聖人の日』とか、『万聖節』などと称されるようですが、要するに全ての聖人と殉教者を記念する日です。どうも、毎日がそれぞれの聖人に捧げられているぐらいに、この国には聖人が数え切れないぐらいいるようなのです。それらをまとめて一度にお祝いしてしまおうというのもなかなか合理的(笑)。今年は土日月とロングウィークエンドにつながって、とりわけ人々がソワソワとしています。友人のネリーナも、クラウディオも、朝早く湖畔の家へと出かけました。

 そういえば確か、神無月(10月)の由来も、日本全国津々浦々の神様方が、出雲大社に大集合するからではなかったでしょうか。所変われど、どこか似ているような気がします。」

そんな由来はさておいて、不器用な私にとっても、何かを作るというのはやはり楽しいものです。できあがった作品を大きなバッグに入れての帰り道、友とのランチテーブルでこんな会話が弾みます。

「せいぜいもっても1週間から10日でしょう? それを思うと贅沢なお金の使い方かなとも思うけれど、作っている過程が楽しいんですものね。」

「本当にそう、私、2時間の間、気が付けば全くほかのことは考えてなかった。」

「私もそう。気にかかっていることなんて全部忘れてた(笑)。」

「いい時間だったねえ。」

「ほんと、いい時間だった。楽しかった。」

たしかに、こんな物が、こんなになるんです。
楽しくないわけがありません。
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ところで今年のハロウィンはアメリカで迎えます。こんなにしょっちゅう往復しているのに、思えばハロウィンに居合わせるのは初めてです。アメリカのハロウィンっていったいどんななのでしょう。その模様については来週ご報告いたしますね。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月24日(水):世界に一枚しかないお皿
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:49| Comment(0) | 日記

2012年10月22日

世界中の子供たちが 一度に笑ったら

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理不尽なことを避けてばかりもいられまいと覚悟をつけたら、不思議なことに急に風向きが変わり始めたような気がします。何とかの法則とやらにはあまり頼らない身ですが、ふと関西に嫁いでいった若いネイリストのお嬢さんの言葉を思い出しました。

「引き寄せの法則ってあるじゃないですか。私、結婚したい、したいと思っていたんですよ。そしたら出会っちゃって、結婚することになって。。。。」

その真偽はともかくとして、覚悟をつけたことで、心のバリアがなくなって、風通しがよくなったからなのかもしれません。良いニュースが次々と飛び込んできます。昨夜は、たまたま開けたシチリアの白ワインがめっぽう美味しかったこともあって、秋空の半月を愛でながらちょっとばかり感動の涙にむせんでいました。

今は立派な社会人になった教え子の結婚の知らせ。
「来年2月に式を挙げます。出席していただけますか?」
あの突っ張っていた男の子が結婚?と思えばなんだかうるうる。

スペインに行ったまま、長い間行方がわからなかった友からの電話。
「スペインで定年を迎えたの。ちょっとだけ日本に帰ってきたけれどまたすぐに戻ります。」
折しも私たちは11月の半ばからの3週間をスペインで過ごすことになっています。
すぐにマドリッドでの逢瀬が決まって、あまりの偶然になんだかうるうる。

「アドバイスをいただいた企画、通りました!」
とは、若い人たちのグループから。
彼らが大志をいだき、どんなに頑張っていたかを知っているだけに、嬉しくてうるうる。

そして、きわめつけは娘が送ってきてくれたYou Tubeです。
そこに映っていたのは、「お祭のステージ、センターで張り切ってました!」という言葉と共に、小さな少年が一生懸命に踊る姿でした。緑のポンポンを両手に持ち、リズムを取って足踏みをし、片手を突出し、両手をあげて、飛び上がって、、、、、周りの友達との輪と和の中で、誇らしげに堂々と。いつの間にやらこんなになって、と思ったらやっぱりうるうる。

以来、You Tubeから流れてきた歌がいまだにグルグルとまわり続けています。
その詞にもまたうるうる。

世界中の子供たちが 一度に笑ったら
空も笑うだろう ラララ 海も笑うだろう

世界中の子供たちが 一度に泣いたら
空も泣くだろう ラララ 海も泣くだろう

広げよう ボクらの夢を
届けよう ボクらの声を
咲かせよう ボクらの花を
世界に虹をかけよう


オリーブが実を結びました。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月22日(月):失敗は成功のもと?〜カボチャのファルシー

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2012年10月19日

今しかできないこと 今だからできること 

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みんながここにいなければできないし
誰かが怪我をしていたり
誰かが病気でもできやしない。

もしもそれら全てが叶えられたとしたって
○才と ▽才と □才と ◇才と、etc. etc.
そんな組み合わせは 
今しかありえない一期一会のようなもの。

「いつか」という便利な言葉で先送りしてしまったら
「いつか」なんて来ないかもしれないと
口には出さなくたって
みんな たぶんわかっているから
幸運な偶然に「ありがとう」と呟きながら
今しかできないことのために
一生懸命 時間を作る。

かたや「今だからできること」というのもあって
これは「今しかできないこと」とは
似ているようでいて 実は全く違う。
どう違うかといえば、
点と線。

長い道のりを歩いてきて
そこそこに知恵もついてきて
ようやく担えるようになった役割が
「今だからできること」

たとえば
次世代の人たちのキャリアを手助けすること。
彼らにバトンを渡し
彼らが表舞台に立つための黒子になること
あるいは 彼らが夢を叶えるために
ちょっとだけ後ろから背中を押してあげること。

昨日もそんな時間があって
二台のパソコンをフル回転
もう大丈夫、彼女はきっといい本を書けるはず。
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今しかできないこと と
今だからできること で
なんだかけっこう忙しい。

By 池澤ショーエンバウム直美

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10月17日(水):葡萄の葉でまいても キャベツでまいても
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2012年09月16日

もう1月半? まだ1月半?〜今年のハロウィン

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ハロウィンまで1月半となりました。
まだ1月半もある! なのか、もう1月半しかない!
このどちらかによって、今年の自己分析ができそうです。
いえ、たぶんできると思います。

一昨年の今頃も書きましたけれど、やはり野田秀樹さんのこの言葉は面白い!

「グラスに半分注がれているワインを、『まだ半分入っている』 と思うか、『もう半分しか入っていない』 と思うか、、、、
『今年ももう終わりだね』は、人間の楽観性を探る尺度になるか。
11月の末くらいから言い始める人がいるけれどそれはちょっと人生を損するよっていう感じ。10月くらいで言っちゃう人もいるんだろうな。」

野田さんは、「まだ派」の方が、絶対に南国の楽園で幸せに暮らせるとおっしゃいます。それなのに今年の私はどうでしょう。南国の楽園こそが我が人生のゴールのはずなのに、どうもいけません、「もう1月半でハロウィンだ!」などと心中呟いているのですから。しかもため息までつきながら。

さて、今年のハロウィンですが、どうも例年とは様子が違うような気がしてなりません。昨年は9月半ば頃からハロウィンディスプレーになったお店が、真夏の8月に飾り付けを始めました。完全に「もう派」です。

加えて、どうも今年の品ぞろえは何だか怖いのです。定番の愛嬌のあるカボチャさんを押しのけて、骸骨やらゾンビやらが囚人やらが幅を利かせています。ちょっと写真を見てください。冒頭の可愛らしいものとは大違い。
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やっぱり理由はあれかしら?
http://blog.platies.co.jp/archives/20120821-1.html
8月17日に公開されるやけっこうな話題を集めた映画、「ParaNorman」です。
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好奇心を抑えきれず、私も見に行きましたけれど、子供映画かと思えばとんでもない、小さな子が見たらうなされそうなほどのゾンビ映画でした。もちろん最後はみんなが幸せになるハッピーエンドでしたけれど、やっぱり人形でも怖いものは怖いのです(笑)。

さてさて、皆様は「もう1月半?」
それとも「まだ1月半?」
                          By 池澤ショーエンバウム直美


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9月15日(土):オリーブの目方売り〜マイミックスを作りましょ!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:28| Comment(0) | 日記

2012年08月31日

そんな発見が面白くて

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これ、先日ふらりと入ったオールドタウンのレストラン
「ASIAN BISTRO」のテーブルの花。
どのテーブルにも小さな花が飾られています。
濃いピンクだったり、白だったり、黄色だったり。

私のテーブルに咲いていたのは
小さな黄色い蘭の花。
よく見たら、花の中に小さな可愛いオウムさんがいました。
ね、どう見たってオウムでしょう?

そんな発見が面白くて
思わず口元がほころびます。

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これ、先日ふらりと通りかかったスミソニアンの彫刻の庭。
インディアン博物館のカフェで食事をして
アフリカ美術館の特別展「African Cosmos: Stellar Arts」に
向かう途中でした。

彫刻の庭では
16の彫刻が噴水のまわりの木の間に点在していますけれど
これは庭に下りる前の入り口に立っていた
なんだか懐かしいような像。
今まで気づかずに通り過ぎていましたけれど
ね、どう見たって小学校の校庭の二宮金次郎さんでしょう?

そんな発見が面白くて
思わず口元がほころびます。

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これ、昨日の夕方の台所。
クランベリーとヒマワリの種
カボチャの種と胡麻とブラウンライスシリアル
そしてたっぷりの蜂蜜で
クランベリーバーを作っている最中でした。

ふと気づけば
冷蔵庫とオーブンに
小さな虹がかかっていました。
ね、どう見たって虹でしょう?

そんな発見が面白くて
思わず口元がほころびます。

こちらはようやく31日の朝になったところですけれど
日本はもうじき新しい月ですね。
カロミナ!
良い月を!というギリシャ語の挨拶です。

もう少ししたらチェサピーク湾沿いの美しい町まで
ちょっと遠出をします。
きっとまた
たくさん口元がほころぶ発見があるでしょう。

                        By 池澤ショーエンバウム直美

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8月31日(金): ル・パン・コティディアン物語
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 20:46| Comment(0) | 日記

2012年08月28日

日々の小さなほのぼの時間

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東京を発つ前の最後のリハビリで言われました。

「右腕の筋肉を鍛えてくださいよ。包丁を使うのも、荷物を持ち上げるのも、手首ではなく腕を使うこと!」

雪の日の骨折事件からもう7か月もたつと言うのに、私の右手はまだまだ不完全です。ワインのコルクが開けられないのはとても困りますし、固いねじ蓋も駄目です。重い物を下から持ち上げる時には用心しなければなりませんし、荷物を両手で下から支えて飛行機のラックにしまうことなどはまず無理です。バッグの底からお財布を取り出して、急いでお金を数えて支払わねばならない時などは、自分のもたもた加減が情けなくなります。

それでも随分、普通のことが普通にできるようになりましたし、何にもなければほとんど忘れていられるようにもなりました。常にからだのどこかの部分が気になっているのはとても煩わしいものです。その反対に、自分のからだを意識しないですむのは、とても嬉しいことです。

というわけで、リハビリという名目でせっせと毎日泳いでいます。時にさぼりたい時もありますが、自分に課した一種の規律ですので仕方がありません。夜に出かける用事があれば、昼のうちに日に焼けるのも厭わずに背中を太陽に向けてひたすら往復しますし、そうでなければ夕飯の支度を終えてから、夕日と共に泳ぎます。気づけばこれが、身体のリハビリばかりでなく、心のリハビリにもなっています。

昨日、日が沈んだ後に水から上がってエレベーターに乗ろうとしたら、男の子が二人、スクーターを蹴りながらやってきました。年のころは5歳と3歳ぐらいの兄弟でしょうか。若いお父さんと寝る前の散歩を終えてきたところのようです。先に乗った私がエレベータのOpenボタンを押して待っていると、少年たちが二人そろって、「Thank you!」

エレベーターが動き出すと、小さい方の坊やがまじまじと私を見て、

「Did you wash your hair?」

と、舌足らずの英語でたずねます。日本語ならばさだめし「おばちゃん、髪ありゃったの?」とでも言うところなのでしょうが、この年頃の子供の言葉は、日本語であれ英語であれ、思わず聞き手を微笑ませるマジックパワーを持っています。だって、どう聞いたってこんな風なんですもの。

「ディジュ(ここで大きな息継ぎ)ウオッチャア?」

「No, I was swimming.  Do you like swimming?」と聞けば
「ンノ、アイドンライシュイミン」

小さなほのぼの時間にきっと口元も目元も緩んでいたのでしょう。
家のドアを開けると、家人がすかさず言いました。

「Did you have anything good? You look happy.」
何かいいことでもあったの?と、こちらはきちんと大人の発音で(笑)。

何にも特別なことはなくたって、ほんの小さなほのぼの時間がありさえすればハッピーにだってなれます。

ヒマワリの後に、またアルストロメリアを活けました。今度は真紅です。この花も元々は夏の花ですが、ヒマワリや紫陽花のような季節感もなく、一年中出回っているような気がします。けれども、これはいつ活けてもまず様になります。しかも蕾は確実に開きますし、けっこう長持ちもします。ヒマワリのように首が重くて倒れる心配もない優等生です。

枯れかけたヒマワリも、まだ捨てることができなくて、サンルームに移しました。別の花瓶に移された紫陽花もいまだに頑張っています。茎がへなへなになってしまったガーベラとカーネーションはチョキンと切って小さなガラスの器に浮かべました。花があるだけで家の空気が違います。これもまた日々の小さなほのぼの時間です。
                              By 池澤ショーエンバウム直美

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8月27日(月): レモネードが爽やかなお酒に変身
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:32| Comment(0) | 日記

2012年08月23日

橋を渡る

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昨日、橋を渡りました。
メリーランド州チェサピーク湾にかかる全長4.3マイル(約7キロ)のベイ・ブリッジです。高速道路の一部ですから、両側に海を見ながらも早いスピードで走りすぎなければなりません。もう少し車高が高ければもっと海が見えるのに、と思っても無理な話です。一度は歩いて渡ってみたいと思っても、そんなことができるわけもありません。

10年以上も前、橋を渡りました。
長い間憧れていた橋でした。
フロリダ半島の南端からメキシコ湾を越えて、ヘミングウェイの愛したキーウェストへと連なる列島を繋ぐ橋です。42の橋の中で一番長いのが7マイル(約11キロ)の「セブンマイル・ブリッジ」です。360度どこをみまわしても青一色の海上道を、ひたすら走ります。

40年以上も前、橋を渡りました。
東カロリン諸島のポナペという島の、こちらの部落からあちらの部落を結ぶたった一つの木の橋でした。月明かりの中で橋の真ん中に立てば、前にも後にも椰子の影が幾層にも重なって、魚の跳ねる音だけが耳に届きます。そして、暗闇の中をイランイランの香りがただよいます。いつまでもいつまでもそこに立っていたくたって、こちらかあちらか、どちらかへ行かねばなりません。

橋はもちろん渡るためのもの。
成田空港から飛び立つ日にはいつでもレインボーブリッジを渡り、
成田空港に降り立った日にもまた、レインボーブリッジを渡ります。

どんな小さな橋でも、橋は2つの離れた場所をつなぐもの。
そんなことを考えていたら、なんだかセンチメンタルになって、山口百恵さんのあの歌などが頭の中をまわり始めました。

橋の名は愛染橋
ただ一度渡ればもう戻れぬ
振り向けばそこから想い出橋

そう言えば、三島由紀夫さんの「橋づくし」という短編小説もありました。中秋の名月の夜、黙ったまま7つの橋を渡ると願いが叶うという言い伝えの通りに、願懸けをしながら橋を渡る4人の女性たちの物語だったように覚えています。

今年の中秋の名月は9月30日の日曜日だとか。
私はいったいどこにいるのでしょう。
そこに7つの橋はあるでしょうか。
                          By 池澤ショーエンバウム直美

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8月23日(木): デラウェアのファーマーズマーケット

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2012年08月15日

私のギャップタイム

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映画を5本見て、ビールを1缶、白と赤のワインを交互にタイミングよくグラスに注いでもらっていれば、張りつめていた気分は次第に緩んでいって、気づけば着陸まであと1時間。「えっ、もう?」というぐらいに、13時間なんてあっという間です。

これがいつもの私の「トランジションタイム」。
またの名を「ギャップタイム」。

今年に入ってから、東京⇔ワシントンの往復はこれで4回目。後半もまだまだ続くでしょうけれど、おそらく滞空時間がたった数時間だったなら、思考も気持ちも、東京の物をそのまま持っていかねばなりません。けれどもうまいことに、映画を5本も見ることのできる時間というのは、元居た場所から居るべき場所へ、属していた時間から属するべき時間へと移行するためにはちょうど良い長さなのです。これはもちろん、逆方向の場合も同じです。

思い悩んでいたことは、悩み続けること自体が面倒くさくなりますし
淀んでいた水は、サワサワと動き始める気がします。
空を飛ぶ飛行機の中には、継続している時間という面はありますが、今この瞬間が何時何分かという時刻のアイデンティティーがありません。なぜってタイムゾーンを越えて飛行しているのですから。

加えて言えば、今、私はどこの国の何という町に居るのか、という地理的アイデンティティーもありません。なぜって地図の上を飛行しているのですから。

そんな自由な時空に身を置くことで、私はこちら側からあちら側へ渡る心身の準備をしているのだと思います。ですから、日本での具体的なことはあえて考えないようにしています。同時にアメリカでの具体的なこともあえて考えないようにします。フワフワして、自由気ままな時間は、一言で表せば、「寄る辺なく浮世離れした時間」と言えるかもしれません。それが「トランジションタイム」と「ギャップタイム」が与えてくれる、次の暮らしへの導入なのです。

成田空港には1時間半で着いてしまいました。出発までの長い時間をどう過ごそうかと思っていたら、ロビーに足を踏み入れるや否や、それが大きな間違いだったということがわかりました。かつて見ないほどの人がいます。チェックインカウンターはどこも長蛇の列です。「飛行機に乗り遅れる!」と騒ぎ出す人たちがいます。気づけば今日はお盆休暇のまっただなか。これから週末にかけて海外で過ごす人たちがたくさんいらっしゃったのです。

荷物をカートに載せて、チェックインの列に並ぶ前に化粧室に行っておくことにしました。第一ターミナル出発ロビーには、いくつかのトイレがあります。ぐるりと見回して、なんとなく一番最初に目についた所に足を向けました。ここも行列です。ようやく順番が来て空いた所に入り、ドアを開けて出ようとすると、すぐ隣のドアがほぼ同時に空きました。

誰かが叫びました。「ナオミさん!」

あまりに驚いて、一瞬、自分が今どこにいるのかもわからなくなりました。
だってそれは私の古い友達だったのですから。昔は机を並べて仕事をしている時もありましたが、今ではそれぞれの場所で全く別の仕事をし、時にメールのやりとりがあって、時にどこかで会ってそれぞれの近況報告をすることぐらいはあっても、今回のゴタゴタについての話をする機会はありませんでした。

彼女もどこかに旅発つのかと思いきや、なんとご家族でスイスの旅から帰ってきたところでした。それなのになぜか到着ロビーではなく、出発ロビーの同じトイレで、隣同士になっていたのです。1分違ってもすれ違っていたことでしょう。

立ったまましばらく話が弾んだ後で、「そこに主人と息子もいるのよ。」と、今度はご家族とご一緒に、四方山昔話に花を咲かせることになりました。小児病院に見舞った小さな少年は一眼レフを首から下げてひとかどの青年になっていました。社会人になってもう何年かが過ぎたはずです。礼儀正しく応対する様は、12年前に、娘が住んでいたバンクーバーまで母子で遊びにきた内気な子とは思えません。

再会に後ろ髪をひかれながらも、またの逢瀬を約束しながら別れを告げて、チェックインの列に並びました。

こんな偶然があるなんて信じてもらえないかもしれないと、いえ、実際この私ですら「もしかしたら夢だったのかもしれない」などと思うぐらいですから、夫に見せるための写真を撮りました。

最近、こうした「出会いの妙」が増えてきました。
不思議なことにそれらがみな嬉しい出会い、会いたかった人との出会いなのです。
同じ確率で、会いたくない人にも出会ってしまうのではないかと恐れもするのですが、今の所それはありません。それに、会いたい人の方が会いたくない人よりも断然多いのですから(笑)。

トランジションタイムも
ギャップタイムも
会いたい人との偶然の出会いも
みんな神様の知恵
神様からの贈り物

1週間ぶりの我が家は、花こそいけられていないものの、窓から見る景色は寸分変わらぬものでした。プールには珍しく人がたくさんいます。週に一度のエアロビクスのクラスです。ということは、ここは火曜日の夜7時。日本はもう水曜日の朝のはずなのに、、、
一見得したように思える13時間ですけれど、いずれは返さねばならない13時間です。

おかげさまで、夫は随分元気になりました。

By 池澤ショーエンバウム直美

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8月15日(水):江戸時代の鮨
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2012年08月11日

 降って湧いた贅沢時間に

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1,2,3,4と弾みをつけて、順番に予定を片付けて、
5つ目の目的地は大手町にある運転免許更新センター。
8月半ばに失効してしまう国際免許を、更新しておかねばなりません。
待つのを覚悟で余裕を持って行ったら、あっけないほどに早く済んでしまいました。
さてどうしましょう。
次の約束までにはまだずいぶん時間があります。

こんな風にふっと湧いた時間は、まさに降って湧いた贅沢時間。
張りつめていた心が、ふわりと柔らかくなる時です。
時計を見て考えます。
どこに行きましょう、何をしましょう。
どこなら行けるかしら、何ならできるかしら。

さして迷いもせずに足を向けた先は、大手町からならたったの2駅、湯島です。
そこにあるのが、学生時代からの私の駆け込み場所。
大きくもなく、きらびやかでもなく、小ぶりの地味な神社です。
大波がたって心が遭難しそうになった時、誰にも言えない言葉を願いという形で口にしたくなった時、何となくここの境内を歩きます。
苦しい時には祈りと共に、嬉しい時には感謝と共に。

梅の季節には混み合う境内も、真夏の午後には人影もありません。
かと思えば、いつの間にやってきたのか、湘南の海辺の方がずっと似合いそうな逞しい青年が、もう随分長い間、本殿の前で頭を垂れて一心に手を合わせています。

私も祈りました。
お守りも買いました。
そして絵馬を2つ、結んでしまいました。

祈っても、祈っても
聞き届けられやしなかったからといって
良き人のために、良きことのために祈るのを
やめることはできません。
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By 池澤ショーエンバウム直美

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昨日のグローバルキッチンメニュー
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8月10日(金):アーミッシュのコーンプディング
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2012年08月09日

夏祭と海

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開け放った窓から、涼しい風が吹き込んできます。
つい先ほどまで、風に乗ってお祭りのお囃子の音と、聞き覚えのある節々の曲が届いていました。きっとどこかで盆踊りでもやっていたのでしょう。

浴衣を着せられて、金魚のように結ばれた帯に小さな団扇をさして、はずむ心で町内のお祭りにでかけた頃を思い出します。緒明山(おあきやま)と呼ばれる坂の途中の広場で、盆踊りの櫓が組まれて、祭の夜ともなれば、たくさんの提灯に火がともされます。父と母の間で私と妹が手を繋ぎます。広場に近づくにつれて、太鼓や笛の音が大きくなり、小さな胸がドキドキと波打ちます。

踊りの輪に入って、見よう見まねで踊るうちに、梯子を上った高い舞台に乗せられそうになるのがいやで、輪を抜けて光の届かない暗闇に逃げ出します。誰かがアイスキャンディーを持たせてくれて、小さな私はまたいつの間にか光の中に戻ります。そんなことを繰り返しながら、祭の夜は更けていきます。

最後の踊りが終わって、人々が退散をし始め、灯りが消され、静寂が戻ります。子供心に「楽しいことは続かないんだ。」「お祭はいつかは終わるんだ。」という、その後に続く人生の機微を垣間見る時でした。

限られた短い間にしなければいけないことを、走り回るようにしてひとつずつ片付けています。毎朝、A4の紙に、やらねばならないことを列記して、ひとつ終わるごとに○を●にしています。

急ぎ足で駅へと向かう途中で追い抜かした親子連れの、お父さんとお母さんと手を繋いだ少年が大きな声で歌う歌が背中に届きます。

海は広いな 大きいな
月がのぼるし 日が沈む
海にお舟を浮かばして
行ってみたいな よその国

私は魔法をかけられたように、小さな自分に戻ります。
海辺の町で生まれた私は、いつも海を感じながら育ちました。
そして、水平線を見ながらこの歌を歌いました。
よその国というのが、いったいどこにある、どういう国であるのかもわからぬままに。
世界の事なんて何にもわからないくせに。
それでも、多少なりともわかってしまった今よりは、純粋に幸せだったような気がします。

聖路加病院に入院する知人を見舞い、隅田河畔を歩きました。
またあの歌が頭を巡ります。

海は広いな 大きいな
月がのぼるし 日が沈む
海にお舟を浮かばして
行ってみたいな よその国

海を見ることはできなくとも、高いビルの影を映し、水上バスを走らせる広い川は、海へと流れているのがわかりました。祭が終わろうが終わるまいが、川は流れ続け、私たちは歩き続けます。

By 池澤ショーエンバウム直美

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8月9日(木):帰国前のキッチンワーク
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:48| Comment(0) | 日記

2012年07月29日

不遜にも不実にも気づかなかった幸運

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喉がかわけば 水を飲み
お腹がすけば ごはんを食べる
それらは
喉から食道へと下りて
小腸へ進み 大腸を抜けて
からだの外へ出ていく
そんなこと 考える必要もないほどに
あたりまえのことだった

けれども 目の前にいる愛しい人は
乾いた喉をうるおすのに
水を飲むことも許されず
いつまでも 溶けきるまでいつまでも
小さな氷の塊を 口の中でころがすばかり

人間のからだっていうのは
精密に組み合わされた部品の集まり
何億ものピースが織りなすジグソーパズル

たったひとつ 悪くなったり
たった一か所 かみ合わなくなっただけで
からだが いつものからだではなくなってしまうなんて
ふだんは考える必要もなかった

などということが
実はどんなに不遜なことだったか

部品も
ピースも
どれだけ健気に頑張っていたかしれないのに
それらに感謝することもせず
あたりまえのように生きてきた

などということが
実はどんなに不実なことだったか

そして
不遜にも 不実にも
気づかないでいられたということが
実は どんなに幸運なことだったか

(アレキサンドリア INOBA HOSPTALの病室にて)
By 池澤ショーエンバウム直美

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:10| Comment(0) | 日記

2012年07月18日

おかげで、、、、、

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ついてないと言えば ものすごくついてない
でも、「おかげで」とつければ ものすごくついている

昨日から続く一連のアクシデント
トイレのひとつの 自動洗浄がうまく働かない
修理をよばなきゃ
でも、おかげで あふれかえる前に気が付いた

環八から首都高に入る信号で
慣れている道なのに 暑さで判断力が鈍っていたのかしら
赤信号で進入したらしく
白バイにつかまった
でも、とても優しいおまわりさんで
思わず「暑いのに大変ですねえ」と言ってしまった
結局、9千円の罰金
でも、おかげで この先しばらくはとても注意深くなる

新宿で 素敵な打ち合わせが終わって
脇目も振らず帰ったのは
慣れない灼熱の中 熱射病にでもなったらと心配な
夜の会合に出席する夫を 車で送るため
でも、おかげで 車の中でいろいろな話ができた

送り届けた先は 気づけば
私の車のディーラーのそば
BASなどという わけのわからないアラームが突然出てきてしまったものだから
ついでだからと 寄ってみたら
夜にもかかわらず いつものように親切なメカニックの人たちが
丁寧に点検してくれた
結局、ちょっとシリアスな問題が見つかって
車を置いて 電車で帰らねばならなくなったけれど
おかげで 事故にも遭わずにすんだ

送ってもらった最寄駅は
何があったのか ホームに人があふれかえり
下りホームでは 松本行きの特急あずさが 止まったまま
上りホームでは いつ来るかわからない 電車を待つ人たちが
やり場のない鬱憤を閉じ込めている
でも、おかげでふだん見ることのできないような
ヒューマンウォッチングが楽しめた

立川と日野の間で 異音がしたための安全チェック
という放送が 何度も繰り返された後
ようやくやってきた上り電車に乗り込んで
思ってもみないほど 帰るのに時間がかかってしまったけれど
おかげで 本がたくさん読めた

車がないから 夫を迎えに行くこともできなくて
おかげで ビールを我慢する必要もなくなった
その喉越しの涼やかさ

ああ、長い不運の一日の
ああ、「おかげで」のおかげで
何とありがたかったこと!

これは、一昨日の天声人語。

辛い話も、見方を変えれば幸せの種になる▼思い出したくない過去の一つや二つ、誰にもあろう。心優しき人ほど、悲しいこと悔しいことを引きずるものだが、辛い記憶ばかりため込んでは人生もったいない。▼朝日新聞の新刊「すりへらない心をつくるシンプルな習慣」(心屋仁之助著)に、「嫌な出来事のあとに『おかげで』をつけてみる」という助言があった。あの失敗のおかげで今がある、とういう風に▼

                         By 池澤ショーエンバウム直美
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7月18日(水): お魚団子とスイカジュース〜おひとり様フリータイム
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:05| Comment(2) | 日記

2012年06月26日

私の小さなハッピーモーメントたち

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お風呂場から聞こえてくるのは
まず最初に ジャージャーと蛇口から湯が流れる音
その次に ちゃぽんと誰かが入る音
その次に その誰かさんの鼻歌
ちょっと調子っぱずれだけれど
なんだかとってもご機嫌そう

窓の外を見下ろせば
ドッグランで ワンコたちが走り回っている
それを見守る人たちが
男も女も 老いも若きも一緒になって
立ち話に興じている
何を話しているのかは聞こえなくても
なんだかとってもご機嫌そう

部屋の中では ずいぶん前に花瓶にさした牡丹の花が
まだ美しく咲いていて
歩きまわれば ふっと香りを感じる場所がある
どこへ行っても牡丹の花が咲いていた メインの町を思い出し
友が庭から届けてくれた 白い牡丹を思い出し
私はなんだかとってもご機嫌

私の
小さな小さな ハッピーモーメントたち

幸せって 
面ではなく 点だと思う
今 この瞬間に なんだか幸せ
それでいいのだと思う

そんな点を たくさん持てば
点と点がつながって
線になる

そんな線をたくさん持てば
線と線がつながって
面になる
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月25日(月): プリティー ファンシー エレガントな「Pier 1 Import」
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:00| Comment(0) | 日記

2012年05月12日

自分へのお誕生日プレゼント

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どんな日だって 一年に一度しかやってこないのだから
どんな日だって 特別なはずなのに
その中でも もっと特別な日というのが あって
それは とても公平に
誰にでも 与えられている

DCで迎えるその特別な日に
自分で自分に プレゼントを贈ることにした

それが スミソニアンの
オールデイセミナー 「神話学」

夜のうちに お弁当を作って
目覚まし時計を2つかけ
ノートと筆記用具を しっかり持って
「行ってきまあす!」と
急ぎ足でメトロの駅へと向かった朝は
珍しく雨模様だった前日とは うって変わって
まぶしい光にあふれていた

私の大学時代、 教室は静まり返って
誰一人として 質問という形で
考えを表に出したりはしなかった
のに

この教室では 講義が終わるたびに
たくさんの手が あがる
時に 問いかける者の言葉が曖昧ならば 
教師はそれに 鮮明なイメージを与え
時に 問いかける者の思考がもつれていれば 
教師はまるで 糸をほぐすように 筋道をつけていく

もちろん全てを理解することなんて できるわけもなく
他の誰もが大笑いをしているのに
自分ひとりが ポカンとしていることもあったけれど
それでもそんな経験は 美しい宝石以上に素晴らしい
自分への贈り物だった
と思う

By 池澤ショーエンバウム直美



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5月12日(土): 大満足のイタリアおばんざい食堂 「addu mamma」
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:34| Comment(8) | 日記

2012年05月07日

春草や兵どもが夢の跡

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ゴールデンウィーク最後の昨日、まさかの出来事がありました。空がにわかに暗くなり、瞬く間に地面が真っ白になったのです。

重い腰もあげたくなるほどに心地よいお天気に誘われて、庭仕事をすることにしたのが午後3時。軍手をはめて、ゴム靴を履き、汚れてもよい恰好で、まずは庭一面にはびこってしまった雑草を抜き取るところから始めました。雑草とは言え、あまりにみごとに咲いていた薄紫の花大根の花も、盛りを過ぎて散り始めてきたからです。

夫は向こうから、私はこちらから。何とか半分きれいにしたところで、突然、雷がとどろき始め、ほどなくして雨粒が、、、、

雷鳴はますます大きくなり、強まる雨脚に稲妻までが伴走をし始めた頃、カタコトと不気味な音があたり一面から聞こえてくるようになりました。それが大粒の氷の塊だとわかった時にはどんなに驚いたことでしょう。

軒下に避難をした私たちの目の前で、まるで白いビー玉のような氷の塊が地面を覆い始めました。雑草を抜いた後の平地はあっという間に真っ白になり、まるで白い玉砂利を敷きつめられたようです。シクラメンの赤が、白い地面によく映えます。

いったいどのくらいの時間、私たちは呆然と軒下にたたずんでいたのでしょう。たった5分のようにも30分のようにも思えます。やがて、天から落ち続けるビー玉は勢いを弱め始め、また何事もなかったかのような静かな午後が戻ってきました。

あわてて家族の無事を確かめると、「こちらはよく晴れてます。」「雷?雹?なんのこと?」などと言う返事に、まるで夢を見ていたのではないかと外を見れば、溶けた氷はもうほとんど後を残さず、庭には抜かれた雑草の山ばかり。

まるで、「春草や兵どもが夢の跡」とでも呟きたくなるように、、、、、

つくば市の竜巻と言い、同じ日の午後のこの異変と言い、いったい全体どうしたことと言うのでしょう。

By 池澤ショーエンバウム直美



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5月6日(日): ナプレでお外ごはん
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 17:17| Comment(2) | 日記

2012年04月26日

いろいろな形の春

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事件は、遡ること5か月の、11月も終わりに近づいたある夜の、東京メトロ、霞が関の、乗り換えエスカレーターで起きました。六本木で、柄にもなく「春を待つ寄せ植え〜小さな花を集めて」などという特別講習会に参加した後のことでした。

「ミニチューリップやムスカリなどの小球根、春の一年草や小花が可愛い宿根草を寄せ植えします。春が来るのが待ち遠しくなります!」

この文句に誘われたのです。

教えていただいた通りに一生懸命。
鉢に土を入れて、小石を広げ、また土を入れ、小さなスミレと、春になればこぼれるように小さな青い花が咲くというベロニカの苗を植えました。そして、その周りには、地中海色の花を咲かせるはずのムスカリと、赤いミニチューリップ、黄色いミニ水仙の球根をたくさん埋め込みました。不器用ながらに、なかなか楽しい作業でした。
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ところが、できあがった大きな鉢を入れた手提げ袋があまりに重かったものですから、ついついエスカレーターで前の段に置いてしまったのです。そして、、、、、気が付けば私のからだよりも先に一番上に到着した袋がひっかかって、あっという間に上下がさかさま!

鉢はみごとにひっくり返り、せっせと埋め込んだ球根たちはコロコロと駅の床に転がりだして、中には踏まれてしまったものもあり、、、、、大慌てでとにかく袋に戻しましたけれど、家に帰ってから、新聞紙をしいて土いじりをする深夜、「春なんか、春なんか、来るものか」と、だいぶいじけておりました。実際、その後も、春の来る気配なんてちっともありませんでした。
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それなのに、、、、、

アメリカから帰ったらこんなに水仙が咲いていたのです!
あの時、たしかに植えたミニ水仙の球根が、土の下で着々と準備をしていてくれたなんて、どうして知ることができましょう。
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水仙の後にはムスカリが咲きました。思っていたよりもずっと淡い色でしたけれど、まぎれもなくムスカリでした。
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そして今度は、いつの間にやら茎を伸ばしていたチューリップが蕾をつけて、まるでトルコの細長いチューリップのような花を開かせたのです。細長いと思っていた花弁は次にはまるでクロッカスのように丸く花開き、春がやってきました。
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おまけに、どこからか風に乗って運ばれてきた花大根の種までが一緒になって薄紫に春を彩ってくれたのです。

ついでに言えば、植えた覚えもないこのなかなか美しい花は、怪我と不在でほったらかしにされていた小さな庭を、今では一面に覆い尽くしています。
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「自然の生命力を感じます。」というのもありきたりですし、
「たとえひっくり返っても花は咲く。」などというのも分別くさいですし、
「誰にでも春は来る。」となればもっと気恥ずかしい。

となれば、ここはひとつ、これでしめましょうか。

起こってしまったことは悔やまない。
できないことは仕方がない。
ま、おおかたのことは何とかなるものです。
春だっていろいろな形があるのですから。

By 池澤ショーエンバウム直美


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4月26日(木):ルネ・バルビエ氏の生産者ディナー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 20:22| Comment(0) | 日記

2012年02月11日

Yes We Can? Yes We Can!

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 まさか雪が降って、まさか凍りついた地面で転倒して、まさかこれほどひどい骨折をするなんて思ってもいませんでしたから、渡米を控えた2月にはいろいろなことを詰め込んでいました。それでも何とかできることもありますし、どう考えたってできるはずのないこともあります。

 できるはずのないこととは、「グローバルキッチン」のように、どうしたって両手が必要なものです。最初の難関はどんどんと近づいてきます。心配して飛んできてくれた信頼する2人の片腕に、「ここはもう迷惑をかけるのは百も承知の上で、頭を下げて中止させていただくしかない。」と告げると、いつもは奥ゆかしい二人がそろって、「大丈夫、できます!私たちが前日から手伝いますから予定通りやりましょう!ナオミさんは口だけ出してください。私たちが手を出しますから。」と力強い言葉。

 「そんなこと言ったって本当にできるのかしら」と不安でいっぱいな中での最初の難関は、明日の日曜日の「地中海ダイエット研究会」キックオフ記念会です。プレゼンに加えて、ギリシャ料理のフルコースを準備しなくてはなりません。お集まりになる方々は、各界ご重鎮の皆様。両手両足をフルに使えたって緊張しますのに、こんな不自由な身では身が縮むというものです。ところが、、、、、、

 本当に次から次へと助っ人が登場してくれたのです。運転をしてくれて、何か所もの買い物を手伝ってくれて、掃除をしてくれて、料理をしてくれて、洗い物をしてくれて、重い物を運んでくれて、段ボールをしばってくれて、花をみごとに生けてくれて、届いたワイングラスに貼りついたラベルを丁寧に取ってくれて、プレゼンのためのプロジェクターとPCの設置を済ませてくれて、、、最後に出前の釜めしで遅い夕食のテーブルを囲んだのは、男が3人、女が3人。そんな夕食の何て暖かく、何ておいしかったこと!、

 そして気づけば、いつの間にやら、「Yes We Can?」が「Yes We Can!」に変わっていたのでした。みんな、素晴らしいチームワークと、優しさと、労働を本当にありがとう。明日はきっといい日になるよ、Yes We Can!
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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | 日記

2012年01月22日

そんな寒い雨の、私の、たくさん歩いた愛しい土曜日

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 雪は降りやんだものの、冷たい雨の降る土曜日となりました。カナダ人の心理学者の友人は、長年、お天気と心の関係を研究していますけれど、そんな研究結果を詳しく聞いてみたいぐらいに、こんなに寒い雨の日には、気持ちも何だかしぼみます。加えて、浮かない事の原因だって、実際いくつかあります。

 そんな日の過ごし方は、、、、

 朝10時からの1時間番組、レインボータウンFMの「まじかる☆ママ」のゲストに呼ばれて、「元祖ワーキングマザー」として、「現役ワーキングマザー」たちを励ましてきました。「元祖」などというのはもちろん大袈裟ですけれど、行きがかり上そんな表現で紹介されてしまって、2人の現役ワーママと、1人の現役ワーパパのパーソナリティーと一緒におしゃべりをする、面映ゆくも楽しい1時間。これまでずっと考えてきたことを、言葉という形でマイクの前で表現することもできました。またあらためて書かせていただければと思います。

 ちょっと元気になって向かった先は、丸の内の三菱一号館美術館です。ここで17日より、「ルドンとその周辺〜夢見る世紀末」が開催されています。けれども、「黒の画家」とも呼ばれるルドンの絵をこんな日に見るのは、正直なところあまりふさわしいとは言えません。元気になった気分が再びへこみます。ただ、こんな日だからこそ、人も少なく、ゆっくりと見ることができます。

 黒の時代を過ぎて、ようやく色の時代へ入っても、「ハムレット」の中の美しいオフィーリアは、鮮やかな緑色が縁どる絵の中で死に顔ですし、一際眼立つ真紅のマントをはおって棒を振り上げるカインは、裸の弟アベルの息の根を今まさに止めようとしています。バラ色の岩は孤独ですし、春のような柔らかな色彩の中では殺されたオルフェウスが横たわっています。

 ちなみに、第一部「黒のルドン」は68点、第二部「色彩のルドン」は20点が展示されています。次に展示は「ルドンの周辺」と題して、象徴主義の画家たちの作品50点に移ります。聞きなれない名前も多い中で、ムンクやゴーギャンなどの作品も見られます。タヒチを描くゴーギャンの水彩画で、沈み込んだ気分がようやく上向きになって外に出てみれば、まあなんという美しさでしょう。建物も中庭の木々も花も、時折そこを抜けていく人もみな雨に濡れ、これもまた絵を見ているようです。煌々と照る太陽の下で人々の賑わいを見せている時とはまた別の、深々とした佇まいです。そして気づけば、時代を潜り抜けてきた本物の絵が持つオーラを浴びた心も、まるで雨にでも濡れたように潤っています。

 この美術館、もとはと言えば、イギリスの建築家の設計によって明治時代になってまもなく、丸の内の真ん中に立てられた古い建物です。なぜか落ち着く、私の好きなスポットの一つです。

「この建物は老朽化のために1968(昭和43)年に解体されましたが、40年あまりの時を経て、コンドルの原設計に則って同じ地によみがえりました。今回の復元に際しては、明治期の設計図や解体時の実測図の精査に加え、各種文献、写真、保存部材などに関する詳細な調査が実施されました。また、階段部の手すりの石材など、保存されていた部材を一部建物内部に再利用したほか、意匠や部材だけではなく、その製造方法や建築技術まで忠実に再現するなど、さまざまな実験的取り組みが行われています。19世紀末に日本の近代化を象徴した三菱一号館は、2010(平成22)年春、東京・丸の内のアイコン、三菱一号館美術館として生まれ変わりました。」   (三菱一号館美術館HPより)

 遅い昼食には、いつもミラノで飲んでいた「Moretti」ビールと、なつかしいシチリアの「Messina」、続くワインは12月に訪れたトスカーナ州モンテプルチャーノの赤。

 長い間会えなかったギリシャ時代の旧友の作品展は、日本橋高島屋で始まったばかり。丸の内から雨の中を日本橋まで歩くのも、また乙なもの。

 遅い夕食のBGMは、たまたま手に触れたエディット・ピアフ。
 フランス語はわからないけれど、
 Un refrain courait dans la rue
「街には歌が流れていた」
 一日の最後に、リフレインが心地よく響きます。

 別に特別な日ではなかったけれど、なんだかいつまでも覚えていたい、期間限定の東京暮らしの中の、寒い雨の、私の、たくさん歩いた愛しい土曜日。
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1月16日(月):出版感謝会のスペシャルランチ
1月17日(火):夫のおみやげ「シャクシュカ」のレシピ
1月19日(木):まるで暗号「アーミッシュの帆立貝コーン」
1月20日(金):予定外の超特急ディナー@フィッシュログ
1月22日(日)予定:マッカッカのビーツサラダ

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:37| Comment(2) | 日記

2012年01月20日

サモア島の消えた12月30日

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 一つだけ外で片付けなければならないことがありますけれど、時間の決まったアポではありません。要するに開いている時間に行けばいいだけの話。その後予定していることだって、何も今日絶対しなくてはいけないことでもありません。

 外を見れば、怠け気分を後押ししてくれるかのように雪が降り続いています。深く積もる気配はないものの、すでに庭の一部はうっすらと覆われています。何年も前の雪の日、通勤途中でスリップして車のフロント部分を大破して以来、雪となるとかなり臆病になってしまいます。「様子を見て、車が出せるようになるまで待ちましょう」と、自分に言い訳をしながら、午前中は、PCもなるべく触らず、ヌクヌクと暖かな部屋にこもって、好きなBFMを小さく流して、コーヒーを飲みながらの読書タイムと決めました。なんという贅沢! なんという幸せ!

 こんな時は、思い切って現実からなるべく遠い世界に遊ぶことです。仕事がらみで読み進めていた2冊の本は見えない所に置きました。
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 そして取り出したのはこの2冊です。こんなお天気の日にはとりわけ、南太平洋のあの風景の中に帰りたくなりますし、行ったこともない古代ギリシャを彷徨いたくもなります。
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 −島は夜空にただ一際黒い塊になって横たわっていた。星がひどく美しかった。聞こえるものといっては絶え間なく砕ける波の音だけだ。

 −それに多分この南海の浪漫的な島々が彼の骨身に浸み込んでしまったのだ。この南海という奴は、時々人を奇怪な魅惑の虜にしてしまう、そして一旦こいつにやられたが最後、蜘蛛の巣にかかった蠅も同然だ。

 −海は濃紺青で、それが日没には、ホーマーの描いたギリシャの海さながらに、葡萄酒の色に変わるのだ。だが礁湖(ラグーン)の中は、藍玉(アクアマリーン)、紫水晶(アメシスト)、翆玉(エメラルド)、それこそ無限の変化を示すのだ。そして落日はたちまちそれらを一面の金色の海にかえて見せた。それにまだ褐色、白、淡紅、真紅、紫、とりどりの珊瑚の色があり、更にその形状に至ってはただ驚くよりほかはない。まるで魔法の庭だ。                                      (モーム「赤毛」より)

 モームが描くサモア島の浪漫の中で、いきなりホーマーの葡萄酒色の海が出てきて、私は無限空間をあっちへこっちへと、ますますたゆたい始めます。ふと正気に返れば、現実世界の外では、花弁のような雪がまだひらひらと舞い落ちています。そして、もう少し、もう少し、外に出るのはやめましょうか、と、またページを開きます。

 ところで、これは現実世界での話。とは言え、まるでファンタジーのように不思議な話。

 ごぞんじだったでしょうか。サモア島がつい先日、日付変更線を移動させてしまったことを。これまで島の西側を通っていた変更線がなんと東側に引き直されてしまいました。この結果、これまで「日付が最も遅く変わる国」だったのが、「早く変わる国」に一転し、結局サモア島から2011年12月30日が滅失してしまいました。12月29日の翌日は31日だったわけです。

 地図読みとメニュー読みが大好きな私は、地図帳の中でもおよそ一番好きなページに引いてしまった日付変更線の赤い線を、どうやって引き直そうかと目下思案中です。
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 雪は降り止まぬものの、積もる気配はなさそうです。そろそろ本も地図帳もパタンと閉じて、重い腰をあげましょうか。

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1月16日(月):出版感謝会のスペシャルランチ
1月17日(火):夫のおみやげ「シャクシュカ」のレシピ
1月19日(木):まるで暗号「アーミッシュの帆立貝コーン」
1月20日(金):予定外の超特急ディナー@フィッシュログ
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2012年01月19日

移行期のリスク

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(摩訶不思議! 確かに出かける前にアップしたはずのものがされていませんでした。 ということで、だいぶ間が抜けてしまいましたが再度おのせします。今度は大丈夫かな?)

 同じ時間を眠るのにも、リスクの度合いはまちまちです。

 イタリアから戻ってきて以来、何時になろうがどんと構えて、深夜までとことんパッチリ、「きりのいいところでそろそろ眠りましょうか。」という時間に一定数(私の場合は6です。)を足して目覚ましをかけていた生活から一転して、早寝になりました。まず12時前には寝てしまいます。共同生活の恵みにして弊害です(笑)。

 フクロウ族仲間のさつきさんからの昨日のメールは、珍しいことに日付が変わる直前の深夜。さつきさんにとってはまだ宵の口のはずです。ところが、「こんばんは。お世話になります。」で始まる深夜メールの結びの言葉は、「明日は朝から晩まで予定があるので、今夜は早く寝ようと思いま〜す! お先にお休みなさい〜★」
 
 私とくれば、その頃はすでに熟睡中。「お先にお休みなさい〜★」どころか、とっくに休んでいたのです。当然ながらメールを目にしたのは朝のこと。しかも、またしても大失敗の朝でした。冒頭に言った「リスク」というのが実はこれです。

 深夜型時代と同じように、昨夜だってきっかり6を足して目覚まし時計をかけたはずなのに、気づいてみればすでに7時。時計にはたしかに誰かが止めた跡が、、、、「4時に起きれば昼までには余裕で終わるだろう」と思う仕事があってのことですから、失われた3時間に焦ることしきりです。これこそが、フクロウ型からアーリーバード型への移行期につきもののリスクです(笑)。

 とは言え、猛烈に頑張ったら、ほとんど終わっちゃいました。やればできるもんです。こうしてブログを書く時間だってできました。そして相変わらず能天気に、「予定以上にたくさん眠れたんだから、なんてラッキー!」なんて思っています。

 こんな風に、日々、良くも悪くも時間に翻弄されている私のことなど意にも関せず、二階では、予定された時間の中で、百合が一輪ずつ開いています。「しまった、咲きそこなった」もなければ、「いけない、早まった」もなく、悠然と、着々と、、、、

 とうていかなうものではありません。
 
 いけない、急いで出かけなければ。
 今日はちょっと楽しみな対談があります。
 遅れたら大変です。予定の電車に間に合うかしら。。。

 と、また、時間に翻弄され始めた私です。
 行ってまいります!

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1月16日(月):出版感謝会のスペシャルランチ
1月17日(火):夫のおみやげ「シャクシュカ」のレシピ
1月19日(木):まるで暗号「アーミッシュの帆立貝コーン」
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2012年01月13日

名前を呼ぶ声という愛

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 ワシントンからのANA直行便が成田に着くのは、毎日きっかり同じ時刻。
 のはずなのに、昨日は30分も遅れ、 
 そのために、参宮橋での人身事故にひっかかって、小田急線のダイヤは予測不能。
 携帯電話を持たない人を、風が吹き抜ける駅の改札口で1時間半も待って、
 その間に、担架ごと救急車で運ばれる人も見たし、
 若い男女の痴話喧嘩にも居合わせた。
 昔の同僚らしき人たちが、「今、こんなことをやってます。」と、名刺交換をした後に、連れだって飲み会に繰り出す後姿だって見送った。

 からだが冷え切って、「そうだ、あそこのカウンターなら改札口が見えるかも」と入ったカフェのカウンター席は、たしかにガラスのすぐ向こうに、入る人も出て来る人も見えるけれど、自動扉のすぐ近くだから、開いたり閉まったりするたびに、冷たい風が入ってきて、コートを脱ぐこともできやしない。

 車を駐車場にとめてフラリと迎えに来ただけだから、本も持ってないし、ノートも手帳も持ってない。もちろんPCなんか持ってるはずもない。よしんばそれらのどれかを持っていたって、窓ガラスから目を離すわけにはいかないのだから、たぶん手持無沙汰は変わらない。

 電車が着いたらしい人群れを注意深く目で追ってはがっかりし、
 駅の事務室には見知らぬ人たちの長蛇の列。
 それならせめても写真でも撮ろうかと思ってもカメラさえない。

 やっと出てきたその人は、あんなに長い時間を待っていたのに、
まるでついさっきまで一緒だったかのように、ふわりと私の「日常」が始まった。

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 光に溢れた「日常」の朝は、二階からガガガガーとコーヒー豆を挽く音が聞こえ、「ナオミッ〜!」「ナオミ?」と私を呼ぶ声がします。一緒に食べる、同じ時間に眠る、という共同生活のルールは、気ままにやっていたのとは全く異質の時間を作ります。「まとめて片付ければいいや」と、ほったらかしの散らかし三昧にすることもできなければ、「面倒くさいからコンビニで食べ物買ってきちゃおう」と手抜きもできなければ、深夜にワイングラスを手元に置きながら、いい感じでブログを書くこともできなくなりました。

 それでも時折やってくるこんな時間は、いったいどうしてこれほどに心地良いのでしょう。

 今年になってから見始めた星占いのサイトの、魚座の週間天気予報には、こんなことが書いてあります。ピタリと核心をついてくるようです。

「肩の力がふわっと抜けて、ちょっとリラックスできる週です。とはいえ、リラックスしたところで『休憩!』となるのではなく、新しいやる気が湧いてくるのが面白いところだと思います。今までは『これもしなきゃ!』『あれもしなきゃ』と若干、追い詰められ気味だったかなと思うのですが、今週から少し時間的に余裕が出てきたところで、『さあ、あれもこれもやりたい!』というふうに、違った意欲が満ちてくるのです。

 また、今週は『愛』もテーマとなっています。
 この『愛』はまったく型にはまっていないので、もしかすると、『愛』ではなく別な呼び名がふさわしいのかもしれません。たとえば『援助』とか『きっかけ』とか『名前を呼ぶ声』とか『時間』とかそんな名前の方がぴんと来るのかもしれませんが、そこには間違いなく、愛情としか呼べないものが潜んでいて、あなたの心のどこかがそれにハープのように共鳴するのだろうと思います。」 
                   (石井ゆかりさん 魚座2012/1/9-1/15の空模様より)

 前半はまさにその通り。面倒くさくてさぼった年末大掃除の代わりに、昨日一日中、モノをどんどん捨ててかたづけまくっていたら、家の中がすっきりしてきました。一歩入るなり、「グランマぁ、すこしはおかたづけしたら?」と、お正月に小さな少年から言われた私の書斎でさえも、同じことを夫に言われたくないがために頑張って片付けたら、歩き回るスペースもできて、いとも快適になりました。調子に乗って、ディフューザーとアロマオイルを買いにひとっ走り。今ではすっかり片付いたカーペットの上に置かれた香炉から、ジャスミンの香りが部屋中に漂っています。ふと、気づけば、「もっともっとやりたい、あっちも片付けたい、こっちも片付けたい」状態(笑)。
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 後半もまさにその通り。助け合い、考えるきっかけを与え合い、名前を呼び合い、共に過ごす時間の中で、「愛情としか呼べないもの」がゆったりと流れ始めています。
 
 お正月の百合の蕾がひとつ、またひとつと開いて、満開になりました。大きな花瓶にいけた新年の枝ものも、まだしばらく持つでしょう。チューリップは昨日やってきた新しい仲間です。

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1月8日(日):ペルージャから運んできたものは?
1月9日(月):オリーブの木のロマン
1月10日(火):オリーブ物語その2
1月11日(水):時には蕎麦でなくSOBAはいかが?
1月13日(金)予告:めちゃ地中海ダイエット
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2012年01月11日

一緒に行こうか?〜George Harrison Living In The Material World

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 今日の映画は男も女も圧倒的に一人客ばかり。年の頃はと言えば、たぶん私と似たり寄ったりでしょう。若い人たちの華やぎはまるでなく、全席指定の、さしては広くない劇場にポツンポツンと座っています。それだけにいっそう、ある種の連帯感を感じるという不思議さ。「ああ、皆さんもあの時代を通って大人になったんですね」的な。

 それに、いくらあの時代を通ったからと言ったって、予告編に始まって、第一部、休憩、第二部の全部を合わせれば4時間もの長丁場です。よほど酔狂な御仁でなくては、そんなに長い時間、画面に魅入っていたりはしないでしょう。ここでもまた「ああ、皆さんもお好きなんですねえ。」的な静かなる連帯感。

 「George Harrison Living In The Material World」が、ロンドンでプレミア上映されたのが昨年の10月2日。その2日後にはアメリカで公開され、日本では11月19日から12月2日までの期間限定上映のはずでしたが、上映期間が延長になり、今週の金曜日、13日までとなりました。ここで戸惑っていては後悔します。

 映画は、ジョージの生涯の足跡を彼自身の言葉と、彼のたくさんの仲間たちへのインタビューによって構成するドキュメンタリーです。ストーリーらしくするための作為もなければ、説明を施すナレーションもありません。ただ淡々と、「せりふ」ではない言葉を紡いでいきます。それらの言葉を繋げるのが、耳に馴染みある50を超す挿入曲です。ポールはもちろん、エリック・クラプトンも語れば、ボブ・ディランも、ラビ・シャンカールも語ります。オノ・ヨーコさんまで、インタビューに答えています。それらの咀嚼は、我々見る側に完全に委ねられています。感情移入をするも、しないも全くの自由です。

 Sunrise doesn’t last all morning,
 A cloudburst doesn’t last all day
 Sunset doesn’t last all evening,

 夜明けは続かない
 土砂降りも続かない
 夕焼けだって続かない   〈All Things Must Pass〉

 Here comes the sun
 Here comes the sun and I say
 It' s all right

 ほら太陽が顔を出した
 ほら太陽が顔をだした 言っただろ
 もう大丈夫さ       〈Here Comes the Sun〉

 1943年に生まれたジョージは、「晩年は」などと言うにはまだ早すぎる時期に、肺癌で亡くなりました。今からおよそ10年前のことです。58歳でした。スイスの病院で最期を迎えようとしている時に、見舞った友が「娘が脳腫瘍になってボストンに飛ばなければならない。」と言うと、ジョージはもう起き上がれなくなった身体でこう言ったそうです。

「Do you want me to come with you?」
 (一緒に行こうか?)

 新年早々の4時間の贅沢でした。
 「George Harrison Living In The World」は、13日まで、12時半と17時半の一日2回、ビックカメラ上の角川シネマ有楽町で上映されます。

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2012年01月08日

北極星の物語

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 都心での夕方からの仕事の打ち合わせが、興に乗ってついつい長引いて、帰り道はとっぷりと星空の下。澄みきった冬空はたくさんの星を浮かべ、たくさんの星たちの真ん中には、まん丸のお月様が煌々と光り輝く、とびっきり美しい夜でした。いつも同じ所に明るく輝くのは北極星に違いありません。

 亡くなったポナペ島の父親が、星を見ながらよく言いました。あの島では、星はまるで、熱帯に降り散る雪のように、夜空を覆っていたものでした。

 「ほら、あれが北極星。あの星を目印に、私たちの祖先は、真っ暗な海をカヌーで渡って行きました。」

 そんな北極星が、実は永遠に同じ星ではないことを、ごく最近になって知りました。
 今、私たちが見上げる空に輝く北極星は、小学校の理科の時間に習ったように、小熊座のポラリスです。ついでに思い出せば、私たちは北極星の探し方も学びました。柄杓の形をした北斗七星の頭の2つの星を繋いで、それを5倍に延ばせとか、カシオペア座のWの両端の2辺を延長し、、、、、、云々とか。

 けれども、紀元前1100年ごろには一代前の北極星が、天の北極に輝いていました。こぐま座はこぐま座でも、コカブという別の星です。日本では縄文時代の真ん中です。

 私たちが見上げる北極星も、西暦4100年にはケフェウス座のエライという星になると言います。何千年かごとに移り変わる北極星の座は、なんと1万3千7百年ごろには、こと座のベガが占めるようになるとのこと。ベガと言えば七夕の織姫星。そしてこの星は、今からおよそ1万3千5百年前にも北極星として天空に君臨していました。

 巡り巡る天空で不動の星であるかのように見える北極星が、実は何千年か毎に、次の走者いえ輝者にバトンを渡しているなんて、まあ、なんという壮大な話でしょう。しかも、面白いことには、私たち人間の誰一人として、それらを見届けた者はいないのです。それとも、たまたま王座を交代する時に生き居合わせた人が、毎日毎晩夜空を見上げていれば、予定されたドラマを見ることができるのでしょうか。

 遠い昔の、そして遥か彼方のそんな事どもを知ることのできる人間の頭脳に、あらためて畏敬の念を覚えます。と同時に、そうした悠久の時の流れの中のたかだか一瞬の人生に、泣いたり笑ったりしながら一生懸命生きている人間が、とても愛おしく感じられます。


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1月2日(月):光の中のお正月ランチ
1月3日(火):正統派お節も加わった今年のお正月
1月4日(水):大行列の先は?@成田山
1月5日(木):超簡単なギリシャのお正月ケーキ
1月6日(金):いつだって大好きなレストラン〜観音崎の海と風
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2012年01月04日

2012年の空模様

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 とうとう三が日が終わってしまいました。

「三が日」と呼ばれる一年最初の3日間は、たとえ朝寝坊をしたって、だらだらしたって、仕事を忘れて遊んだって、食べ過ぎたって、飲み過ぎたって、「だって三が日だもの、だって特別だもの」とか、「三が日ぐらいいいでしょう?」と、自分を許してしまいます。けれども、もう4日目ともなれば、お祭気分からもそろそろ抜け出して、少しはシャンとしなければなりません。三が日を一緒に過ごした家族たちだって、3日の成田山初詣でいちおう一区切り。息子と娘は今日が仕事始めです。

 いつの間にやら立場がすっかり逆転し、この3日間、娘たちには、いろいろ教えられました。お料理もお掃除も、お化粧もファッションも、人生を歩む知恵ですら、、、、

 中でもちょっと面白かったのは、何だかやたらフムフムと納得し、やたら励まされる星占いのサイトです。同じ星座の人なんて、この世の中に、それこそ星の数ほどいるでしょうに、まるで私に特別に語りかけてくれているように感じるのです。別の星座の娘も同じように感じる、というのですから不思議です。

「2012年 魚座の空模様」は、今年もまた、これまで以上に旅人になりそうな私の心にグサリと来る、こんな言葉で始まります。まるで私の心の中を見透かされたようです。

「人はなぜ旅に出るのでしょうか。」

 これによれば、今年の魚座の世界では、「自分を知る」作業が多方面に展開し、急ピッチで進むとのこと。そして、知るだけでなく知り得た自分を最大限に生きようとするスイッチが入るのだそうです。

「これは、小さく自分の世界に縮こまる行為ではなく、外の世界に打って出るために自分のコアを固め、その上で遠い世界に出ていく、ということなのだと思うのです。旅に出る目的は旅先にあるのではなく、自分の心の中にあります。」

 わかるようで、わからない、でも何だかフムフムとしてしまいます。「自分はこの天地において何者なのか、ということを、ファンタジーではなく現実の世界の中に、確かな手応えのもとに掴み出す作業が忙しく進んで行く年が2012年です。」(フムフム)

 まだまだフムフムは数多くあるのですが、それよりも皆様自身の星座の空模様の方がよっぽど関心がおありでしょう。

 http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/b2012/brightgreen_wk_mny.html
 石井ゆかりさんと言う占星術の方のサイトです。

 成田山でひいた御神籤にもなかなか含蓄のある言葉が書かれていました。今年は、きっと良い年になることでしょう。ええ、そう信じましょう。そう信じることです!!

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2011年12月28日

「行ってらっしゃい!」X3のヌクヌク効果

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 「ナオミさ〜ん、今年もあと3日ですよ。今日、街なかで本当に走っている人を見ました。師走ですねえ。」

 こんなメールが届いて、思わず笑ってしまうほどに、いよいよ大詰めの気忙しさがやってきました。いまだに年賀状書きが終わっていない私は、大掃除にはまだまだ行き着かないものの、車のガソリンを満タンにして、玄関前のポットに植え替える花を買い込み、土仕事をすませ、銀行に行って送金をし、お金をおろし、郵便局に行って手紙や荷物を出し、足りなくなった年賀状を買い、書き損じた年賀ハガキを取り替えてもらい、またせっせと年賀状を書き、、、、、思い返せば、やっぱり小走りでした。

 夕方の約束に合わせて家を出たら、駅まで続く道に面した家の庭先で、せっせと植木の世話をしているおじさんがいます。目が合ったので「こんにちは!」と声をかければ、「ちょっとご覧になりませんか。これ、何の花かわかります?」と、嬉しそうに話しかけてきます。「まあ、とっても清楚できれいな花ですこと。」と言えば、ますます嬉しそうに、「そうでしょう?これ、野生の撫子なんですよ。僕が見つけてきてね、ここでほら、こうして育ててるんです。」

「こんな寒さの中でもこうして美しく咲くんですね。」
「そりゃあなた、撫子ジャパンですからねえ。あなたも撫子ジャパンになって、さ、行ってらっしゃい!この子のことも時々見に来てやってくださいね。」

 おじさんとのこんな会話にヌクヌクと暖められて、先を急げば、信号を渡ったところで、また話しかけてくる人がいます。今度は同年輩の女性です。

「もしかしてXXちゃんのママ?ほら私、◇◇の、、、、」
 
 確かに私はXXの母親なのですけれど、どうしてもどなただか思い出せません。失礼のないようにさりげなく聞けば、下の娘と保育園と小学校が同じだったお嬢さんのお母様。
「◇◇も去年結婚して、、、、」「私は年のせいか最近、、、、、、」「あの頃ほら、、、、、」等々、時計を気にしながらも立ち話につきあっているうちに、おぼろげながらも記憶がよみがえって来るような来ないような、、、、

 「行ってらっしゃい!」と見送られて、電車に乗ってから、娘に、「◇◇ちゃんのお母さんという人に会ったけれど、覚えてる?」とメールを送れば、「うん、覚えてるよ。農場を越えた辺り、ラーメン屋の向かいぐらいに住んでた。なぜか家で鶏飼ってた。」と、まるでセピア色の写真のような思い出が届きました。

 そんなやり取りにまたまたヌクヌクと暖められて、都心へ向かう電車の席で小さく新聞を広げると、左隣りの老婦人がいやにこちらを見ています。その見方たるやまさにジロジロ。「いけない、これはきっと新聞を広げたのが迷惑だったのかも」と、読み始めた新聞を鞄にしまえば、それが合図のようにご婦人が話しかけてきました。

「その青いマフラーすごく素敵。よくお似合いですけどどこでお買いになったの?」に始まって、結局終点の駅に着くまでずっと、その方とお話をすることになりました。40年も前にフラワーアレンジメントを習って講師の資格を取ったこと、しばらくはお花の仕事をなさっていたこと、手先仕事が好きで編み物もよくなさること、お孫さんの話、亡くなったご主人の話、、、、、、電車から降りたホームで、「おかげさまで楽しかったわ。私も毛糸屋さんに行って毛糸を探してみるわ。行ってらっしゃい!」

 3人目の「行ってらっしゃい!」にますますヌクヌクと暖かくなって、ホームに立ったまま、マフラーを編んでくれたキッコさんにすぐにメールを出しました。

「電車の中で隣に座った方の強烈な視線。??と思ったら首に巻いていた青いマフラーをめちゃめちゃ褒められましたので、バアバズの自慢しちゃいました(笑)。」

 バアバズとは孫息子のもう一人のグランマとの超仲良しユニットです。最近の私の首には、これか、RIMG7610.JPG
これか、RIMG7609.JPG
これRIMG7611.JPG

のどれかが必ず巻かれています。みんなキッコさんが編んでくれたものです。(不器用な私は編み物なんてとてもできません。)

 真冬のささいな日常の中にも、ヌクヌクはたくさんあります。そして、それに出会うのは、決まって、こちらの心がフワフワ柔らかく、フクフク優しくなっている時です。心に棘のある時には、ヌクヌクにはなかなか出会いません。

 それにしても私たちの住む国は、都会にだってまだまだこんな「ヌクヌク」と、こんな「行ってらっしゃい!」があるのです。捨てたものじゃありません。

 帰りの夜道で、おじさんの真っ白な撫子の写真を撮りました。

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12月26日(月):我が家の今年の持ち寄りクリスマス
12月28日(水):遅れた報告〜我が家の持ち寄りクリスマス
12月29日(木):みんなで飾ったスペシャルなクリスマスケーキ


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:28| Comment(2) | 日記

2011年12月26日

胃腸炎の大嵐も何とか過ぎて

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 怠け者のわが身に言い聞かせていることがあります。
「胃カメラは半年ごと、乳がんの検査は1年ごと、大腸カメラは2年ごとに」
その最後の「2年ごと」が今年に当たりました。胃カメラはすでに今年の分を2度済ませました。乳がんのマンモグラフィーも先月済ませました

 けれども、なんだかんだと理由をつけては延ばし延ばしになっていたのが、最後の大腸カメラでした。検査そのものは眠っている間に終わりますからなんてことはないのですが、検診当日の朝5時に起きて、2時間で2リットルの腸内洗浄剤を飲むのがきついのです。娘たちから「サボテン人間」などと呼ばれたこともあるほどに、ふだんからあまり水を飲まない身です。

 などと言っているうちに、今年も刻々と最後の日に近づいていきます。わが身に言い聞かせた以上、逃げるわけにはいきません。意を決して一昨日の土曜日に大腸の内視鏡をやってきました。

 幸い、胃にも乳房にも大腸にも異常は見られませんでしたが、とんだおまけが付きました。逃げていたバチが当たったのでしょうか。大腸検診が終わった後も一日中、ゴロゴロと音が聞こえるほどに動き回っていた私の腸でしたが、昨夜になって突然、今度はひどい吐き気と下痢が始まったのです。家族全員でのファミリークリスマスの余韻の中で、何とかハンドルを握って帰り着きはしましたけれど、七転八倒というにはちと大げさ過ぎますが、胸はむかむか、お腹はきりきり、おまけにものすごい寒気です。昨夜はブログを書くどころか、一晩中お布団から出たり入ったり、結局ほとんど熟睡することができませんでした。

 ノロウイルスでしょうか、ロタウイルスでしょうか。何にも食べたくないのですが、水分がからだから出ていきますので、やたらと喉が渇きます。けれどもそれを飲めばまた、、、の悪循環。
 
 とにかくこのままではいけません。時間が空いた夕方にクリニックに飛び込みました。待合室で待たされること2時間半、名前を呼ばれて診察室に入って、「あのお、吐き気と下痢がひどくて」と言うと、「じゃ薬出しておきますからね。」

 診察室に入ってから出るまでものの1分足らず。とは言え、薬が早速効きだして、吐き気はおさまってきましたが、まだお腹が音を立ててグルグルまわっています。

 ノロだかロトだかわかりませんが、こうした胃腸炎が目下大流行しているようです。上の娘も私より1日早く苦しんでいましたし、朝、孫を保育園に送りにいった下の娘からも、「なんかみんな胃腸炎。先生もいなかった。」という短いメールが届きました。

 これ、とにかく何の前触れもなく突然やってきます。もしも皆様の中で苦しんでいらっしゃる方がいましたら、「我慢、我慢、大嵐は一日。」とだけお伝えしておきます。

 ところで診察の後に薬局に薬を取りに行ったら、おばあさんの患者さんが薬剤師さんに大真面目に聞くこんな言葉が聞こえてきて、なんだかほほえましくて、隣に座っていた方とニコリと顔を見合わせてしまいました。

「私ねえ、食間っていうのがいつかわからないんですよね。だってカリントウとか食べるでしょう。食間っていうのがないんですけど、この薬いつ飲んだらいいんでしょうかねえ。」

「このお薬飲むと異常に食欲出ちゃうんですよ。何でも食べたくなって。特にお饅頭系。ほらこれからお正月でしょう?お餅6個も7個も食べちゃうし、数の子もきんとんも、、、どうなっちゃうかわからないので、お薬、お正月が過ぎるまではやめさせてもらえませんかねえ。」
 

 昨夜、東京タワーにハートがついていました。

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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | 日記

2011年12月22日

クリスマスには優しい微笑み

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 雨に濡れて冷えきったからだを少しでも暖めたくて、傘をすぼめて飛び込んだアレッツォの古い建物。アレッツォは、古くはエトルリアの町として、トスカーナ一帯で最も栄えた町でした。

 幾星霜を経て、1500年代には再び繁栄を迎え、多くの芸術家が活躍をしました。町にはこの時代の建物がたくさん残っています。私が飛び込んだのもそんな建物だったのかもしれません。

 誰もいない薄暗いロビーに、大きなモミの木が立っていました。それはまるで、短冊を抱く七夕の笹のように、あるいは御神籤が結ばれた梅ノ木のように、たくさんの紙で覆われていました。見ればどの紙にも、意味のわからぬイタリア語が書かれています。

 入ってきた扉から再び雨の中に出ようとすると、奥から初老の婦人が出てきて私を引き留めます。そして、ツリーを飾る紙と同じ紙片とペンを手に持たせます。七夕流に解釈すれば、きっと、「何か願い事を書いてモミの木に結んでください。」ということなのでしょう。

 こんな咄嗟の時にはなかなか気の利いた言葉が浮かびません。一足先に出て行った夫の後を追いかけねば、と焦ってもいます。とにかく書いて、モミの木にひっかけました。あとから写真を見れば、ほとんど判読不能な日本語で、こんなことが書かれているではありませんか。

「メリークリスマス どうかたくさんの良きことと、優しい微笑みを!
 直美 東京 Dec.12, 2011」

 クリスマスには優しい微笑みがよく似合います。
 
 今日、東京ミッドタウンの「ビルボード」で、「スタイリスティックス」のライブがありました。謳い文句によれば、

「ビルボード東京のクリスマス・ウイークといえばスタイリスティックス!1971年の『ゴーリー・ワウ』、『ユー・アー・エヴリシング』をはじめ、『誓い』『16小節の恋』などの珠玉の大ヒットナンバーは現在も愛され続けているソウルのスタンダード。スイート&メロウなクラシックスに酔い、華やかなナンバーにクラブが輝きだす恒例のクリスマス・パーティー!」

 年季入りのエンターテイナーたちが、耳に心地よい数々の曲を聞かせてくれたステージが終わって、いったん引っ込んだ四人が、拍手に迎えられて再びステージに登場した途端、後ろの幕が静かに上がり始めました。

 そこに広がるのはまるで小さな宇宙。ガラスの向こうに広がるスターライトガーデンのクリスマスイルミネーションに、室内の灯りが重なって、青、黄、紫、緑の星となります。ステージの上の4人がパープルに染まりました。そして響き始めたのは、この上なく美しいハーモニーが奏でる「Silent Night, Holy Night, All is Calm, All is Bright,,,,,,,,,,,」

 さっきまでリズムを取りながらからだを揺すっていた人たちの顔に、優しい微笑みが浮かびます。そして、それがどんどんと広がっていきました。

 クリスマスにはやっぱり優しい微笑みがよく似合います。

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12月19日(月):ポットラックパーティーの楽しみ
12月20日(火):何でもありがポットラックの楽しさ
12月21日(水):シフォンケーキも苺大福も
12月22日(木):ペルージャvs御殿場 朝ごはん対決

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2011年12月06日

行ってきます!

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 これは昨日の風景。同じ場所で、同じ太陽と風の中で時を数える銀杏が、こちらはまだまだ黄金色の葉を豊かにまとい、あちらはすでに丸はだか。枝の隙間から昼間の月をのぞかせたりして。

 日本の季節からしばらく離れます。
 行ってきます!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 05:32| Comment(0) | 日記

2011年12月02日

わかって煩悩? 表現煩悩?

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 ペルージャ行きを前にして、しかも予定より突然一日早まってしまったために、繰上げ、繰上げのバタバタが続いています。しかも時は師走。他に11も月がある中で、これほど気持ちの急く月もないでしょう。眠りのたびに残り少なくなっていく2011年の朝を迎えるたびに、「ああ、あと○日か、、、」と溜息まじりにつぶやいては、実は他の月と全く同じスピードで過ぎているはずの12月マジックにはまります。

 一昨日は横浜から帰る途中で、吊り皮につかまったまま眠ってしまったら、乗り換え駅をはるかに通り越してしまいました。深夜近くで接続も悪く、乗り換えてからは、今度は座れた心地よさもあって、またもや下りるべき駅を寝過ごしかけました。病身の友の思いのほかに元気な姿に嬉しくて、どうも飲みすぎたようです。ようやく帰り着いたのはシンデレラタイム。それでもブログを書きました。だって書きたかったからです。

 昨夜も前々からの楽しみな約束で、20歳も若い友との早めの忘年会。彼女の仕事が終わるのを待って乾杯のグラスを手にしたのは、すでに9時に届く頃。当然ながらそぼ降る雨の中の遅い帰宅となりました。やっぱり書きたくて、PCへ向かう前に、まずは夕刊を読んでいたら、こんな記事に出会ってしまいどことなく金縛り状態。

 お寺の住職さんの小池龍之介さんが書いている連載記事です。小池さんの視点はいつでもとても斬新で面白いのです。昨日の朝日新聞の夕刊から、ちょっとだけ転載させていただきます。

「インターネットを通じて『人とつながりたい』という気持ちの裏にも、『自分をわかって』という煩悩はまぎれこみます。ネット上では日記や片言のつぶやきから、匿名掲示板での他者への批判、悪口、陰口にいたるまで、膨大な量の言葉が吐きちらかされていますよね。それらの書き言葉が昔の個人的な日記と決定的に異なりますのは、他人に見てもらいたいという衝動が働いていること。自分の日記や片言が見られることを通じて、『自分ってこんな人なんだよ』とわかってもらおうと、誰もが実はさびしくあがいているのです。」

 この後がまた具体的で、シビアに面白い。

「たとえば、『今日の私の誕生日は、友達が赤坂のホテルでお祝いをしてくれてフレンチでした』と、みんなからもらったプレゼントの写真つきで、なぜに書きたくなるのか。それは『みんなから祝ってもらえたりプレゼントをもらえたりして、こんなに大事にされる、ステキな私なんだって、わかってほしいよ』という思いからなのです。

 小池さんによれば、匿名掲示板での誹謗中傷なども、誰かが見ていてくれて反応してくれていることを通じて「自分はじょうずに他人を批判できる」ということを他人にわからせようとしているからだそう。ゆえに、誰も反応してくれず、誰も見てくれなければやる気は失われると語ります。

 深夜のほろ酔い頭でこんなことを読めば、「う〜ん、私って『わかって』煩悩にとらわれているのかしらん。」とばかりに、キーボードを叩く手も止まります。そして実際止まってしまいました(笑)。

 私自身は、若い時ならともかく、もう今となっては「わかってほしい人たちがわかってくれていればいい。」と一種潔く開き直っていますし、「わかってほしいと思っていても、わかってもらえないこともあるだろう。」とこれまた潔く諦めてもいる身です。加えて、深層心理はいざ知らず、書くことは「表現煩悩」だと思ってきました。さらに加えていえば、書かなければうたかたのごとく消えてしまう記憶や思いを、せめてどこかに留めるための縁(よすが)であることも確かです。

 2012年のページがそろそろ必要になってきて、昨日、新しい手帳を買いました。何となくゲンを担いで、毎年「大安」の日を選んでは、自分で選んだ手帳を買うようにしています。

 「あ、そんなこといつか書いたかなあ」などと思って、自分で自分の書いたものを検索してみたら、やっぱり見つかりました。2008年11月11日のブログです。この頃は写真もなく、かなり短かく終わっていたこともわかりました。書かれていることも昨日の私の思いと全く同じだということもわかりました。
http://blog.platies.co.jp/article/22747847.html

 これもまた「吐き散らかされた」言葉の効用です。
 
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11月27日(日):アシエット再び
11月28日(月):コタキナバルのマギーとクノール
11月29日(火):ヒラリー・クリントンのチョコチップクッキー
12月 1日(木):銀座でアフタヌーンティー
12月 2日(金):インスタントなMYアフタヌーンティー
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2011年11月30日

号外! 見つかりました、あれが。

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「こんな美しい季節に気の重いことがあります。日曜日以来、私の大切なメガネが行方不明なのです。」

 これは12日前の11月17日のブログ、「ありえない捜索願い」で書いたこと。17日といえば木曜日ですから、すでに事件が発生してから5日間がたっていたことになります。以来皆様にお気遣いをいただきながらも、捜索は難航。

「ハサミを片手に持って探すと見つかるそうですよ。」と聞いて、家の中、どこへ行くにも探知機のようにハサミを握り締めていた日々もありましたが、、、、あきらめました。だってありとあらゆる所を探したってないのですもの。床に這いつくばってソファーの下を覗くことも1度や2度ではありません。ふだん使っているすべての引き出しを毎日開けては毎日落胆し、最後には「きっと神隠しにあったのか、ゴミと一緒に捨ててしまったのか、トイレに流してしまったんだろう。」とまで思うしかなくなって、、、、

 結局、あまりの不便さと捜索のストレスに、19日の大雨の日、メガネ屋さんへと走りました。「タイの洪水のせいでレンズの納品が滞っています。できあがりまでに少々お時間をいただくことになりそうです。」などと言われていたのが、思いのほかに早く仕上がり、新しいメガネを手にしたのが25日の金曜日。

 実は、こんなことはもう二度とないようにと、いえいえ、こんなことがまた起きてもあわてないようにと(笑)、いっぺんに3つのメガネを作ってしまいました。遠近両用と、遠くを見るため用と、近くを見るため用のもの。そして捜索は中止しました。

 それからまた3日たった今日、友人が食事にやってきました。本当はお昼ご飯のはずが、あろうことか電車の網棚にお財布から免許証、クレジットカードに家の鍵など一切合財を入れたカバンを置いたまま下りてしまいました。ご主人様はゴルフ旅行中ですから、もしも見つからなければ家に入ることもできません。「ナオミさ〜ん、メガネまだないの?」などと言っていた友が、今度は真っ青になって捜索願いです。

 幸いカバンは無事見つかりました。けれども、保護されたカバンを受け取りに、終点の遠くの駅まで行かなければなりません。おかげで、昼食の予定が夕食になってしまいましたけれど、築地で買ってきてもらったお魚とお野菜でおいしい料理を一緒に作り、さて、そろそろという時。

 余った金目鯛の煮付けと、お野菜を持って帰ってもらおうと、めったにあけない引き出しを開けました。なぜならそこに、紙袋がたくさん突っ込まれているはずだったからです。

 開けると同時に私は何やら叫んだようです。友があわてて飛んできました。
「ど、ど、どうしたの!?」

 行方不明のメガネがそこに“居た”のです。どうして?どうして?どうして?
 いまだにどう考えてもわかりません。だって本当に、めったに開けない引き出しですし、あの日私がこの引き出しを開ける理由などなかったはずなのですから。

 友が言いました。「きっと毎日、見つけてくれ、見つけてくれ、ここにいるよ、と叫んでいたんでしょうね、気の毒に。」

 気の毒なのはどうも私ではなくメガネさんのようです(笑)。

 というわけで一件落着。お騒がせいたしましたが、捜索願いを出していた私のメガネは本日無事に戻ってまいりました。

 この一件で今や恐ろしいことになりました。なにせあまりの落胆に3つも作ってしまったんです。見てください、似たようなものがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ!!
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 けれども、これで当分は安心できそうです。
 友のカバンと言い、長期行方不明の私のメガネと言い、まずはめでたし、めでたし。

 皆様、ご心配をおかけしました。
 そして、ありがとうございました。

 教訓?
 棚からぼたもち、引き出しからメガネ。

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11月27日(日):アシエット再び
11月28日(月):コタキナバルのマギーとクノール
11月29日(火):ヒラリー・クリントンのチョコチップクッキー
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2011年11月29日

悪い連鎖はどうかもう、、、、、

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 3月11日の津波は、三陸沿岸から約4千キロも離れた北太平洋のミッドウェー諸島にまで繋がりました。ミッドウェーとは、小笠原諸島とハワイ諸島の中間よりもう少し東に寄った所です。

第一波が襲来したのは日本時間で午後7時36分。その後、第四波までが確認され、高さは最大1メートル50センチにも達したそうです。その結果、諸島中2番目に大きいイースタン島の60%が冠水してしまったというのですから、大変なことです。

 容易に波にのまれる平らな島々に住むのは多数の鳥たちでした。この珊瑚礁の島々は数々の海鳥の生息地として知られています。クロアシアホウドリの世界一の繁殖地ですし、ミッドウェイの旗に登場するコアホウドリも数多く生活しています。

 そこを東日本大震災の津波が襲ったのです。コアホウドリやクロアシアホウドリのヒナ達はあっと言う間に流されて、11万羽ものヒナが犠牲になりました。生き残ったヒナたちは、散乱する漂着ゴミの中で暮らしていると言います。

 外来種の侵入が生態系を崩し、狩猟がその数を減らし、絶滅した種類の鳥さえいるところにもってきて、津波の被害は甚大です。

 ギリシャに始まった財政危機もまた、ひたひたとヨーロッパに冠水し、いっこうに水が退く気配を見せぬどころか、ますます水勢を高めているかのようです。今やお隣のイタリアも水浸し。

 今朝、突然こんな緊急連絡が飛び込んできました。もう随分前に予約していた来週のローマ行きアリタリア便が運航停止になったというのです。私の予約は、こちらの意向を確かめる前に、勝手に午後便に変えられていました。

 天候のせいだとか、機体トラブルだのと、空港でいきなりフライトキャンセルになって慌てたことは何度かありますけれど、こんな風に何日も前にいきなり欠航なんて、いったいどうしたというのでしょう。まず思うのは、午前便に乗るはずだったお客が全員、午後便におさまったのだろうか、という疑問。これにはエージェントの方がこう答えました。「十分に移せたようですよ。それでもまだガラガラのようです。」

 なるほど、ガラガラの午前便とガラガラの午後便を2機も飛ばすなんて、この不況の中ではいかになんでも効率が悪すぎます。素人だって、1+1=1にした方が無駄がないことぐらいは察しがつくというもの。とはいえ、実に困りました。着いた日にどうしてもウンブリア州のペルージャという町に行かなければならないのです。午後の便ではローマに着くのが夜の7時。それからの移動は無理です。

 かくなる上はダメ元で、一日早い便への変更を交渉するしかありません。だって完全に航空会社側の都合なのですから。すると、ほどなく返事が来て、「どうぞお移りください。」。つまりそれができるほどに、前日の飛行機にも空席があったというわけです。それも1席や2席どころではない様子。

 エージェントの方が言います。「ギリシャばかりじゃありません。イタリアに行くお客様も随分減ってしまいました。いつまで続くんですかねえ、こんな状況が。」

 かくして私は、一日早まってしまった出発に、ねじり鉢巻をしめねばならぬ身とあいなりました。

 良いことならば、まわれ、まわれ、繋がれ、繋がれ。
 でも、悪い連鎖はどうかもう、、、、、、
 もうすぐクリスマスなんですから。

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11月27日(日):アシエット再び
11月28日(月):コタキナバルのマギーとクノール
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2011年11月23日

I am a thousand winds that blow〜千の風になって

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 年賀はがきの発売から早3週間以上がたち、ポツポツと喪中のお知らせが届く頃になりました。年末までのこの時期は、忘年会やらクリスマスの賑わいの中で、悲しさも一緒に走り抜ける季節です。

 年賀状の習慣のない海外では、喪中はがきが届くこともありませんが、その時その時にご家族や友人がこんな知らせを寄越します。今の時代は、メールで一斉配信という形が多くなりました。悲しみの報せには、すぐにお悔やみのメールをお出しします。

 今朝一番に飛び込んだのはこんな訃報でした。

Dear Colleagues,
It is with a heavy heart that I have to advise you that Bob died early this morning at his home here in Hilton Head Island. We will all miss him and his generous hospitality but will be thankful for having spent many enjoyable times in his company.  Warmest wishes to you all.    Larry
(親愛なる同僚たちへ  ボブが、ここ、ヒルトンヘッドアイランドの自宅で、今朝早朝に亡くなったことを謹んでお伝えします。私たち皆が彼と彼の寛容なホスピタリティーを慈しみ惜しむことでしょう。そして彼の仲間として共に過ごしたたくさんの楽しかった時に感謝をするでしょう。皆様へ心をこめて。  ラリー)

 アメリカ内での発行部数で言えば5番目、約66万部のワシントンポスト紙は、創刊以来134年の歴史を持つ日刊新聞です。そして、その名の示す通り、ワシントンDCの地方紙です。ですから、DCに滞在している時はまずこの新聞に目を通します。

 日本の新聞よりはだいぶ縦長の紙面いっぱいに、ほぼ毎日のように掲載されているのが、「IN MEMORIAM」と、「DEATH NOTICE」です。前者は、その日に命日を迎えた故人へのメッセージ、そして後者が訃報です。もちろん圧倒的に訃報の方が多く掲載されています。亡くなられた方の写真が付いたものと、文字だけのものとが半々ぐらいでしょうか。写真のおおかたは幸せそうな笑顔です。
 
 とりわけ目を引くのは、小さな子どもの写真です。何となく東京まで持ってきてしまった紙面には、1994年のこの日に8歳で亡くなったポメランツ君へのオマージュが書かれています。この欄だけが他と違うのは、文字が右から左までを埋めずに、両端に空白を残したままセンタリングになっていることです。

 ちょっとここに転記させてください。

ANDREW MARK POMERANZ
January 19, 1986 – September 3, 1994
IN LOVING MEMORY

Do not stand by my grave and weep;
I am not there. I do not sleep.
I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn rain.
When you awake in the morning’s hush,
I am the swift uplifting rush,
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft star that shines at night.
Do not stand by my grave and cry;
I am not there. I did not die.
We love you and miss you,
Dad, Mom and The Family


 何度読んでもやはり涙で目が曇ります。
 お気づきの方もいらっしゃるでしょう。日本でも何年か前に大ヒットをした「千の風になって」です。

私のお墓の前で泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風になって あの大きな空を吹き渡っています


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11月22日(火):ホワイトハウスの殺風景チキンパテ
11月23日(水):殺風景チキンパテの変身
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2011年11月20日

Oh, what a beautiful morning!


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 一夜あけたら、まあ、何と言う美しい秋の日でしょうか。昨日あれほど降り続いた雨が、木々や花々ばかりではなく、天空の埃までをも洗い流したかのようです。

 口をついて出るのはあのメロディー。

 Oh, what a beautiful Mornin’ ♪
 Oh, what a beautiful day♪

 古いミュージカル「オクラホマ」の中の美しい歌です。

 こんな日に会いたい人は二人。
 会えたら渡そうと思ってためておいた物たちは、会えなかった時間の分だけズシリと重くなりました。飛び乗った電車は休日なのに混んでいて、空いている吊り皮はただひとつ。

 私が捕まった吊り皮近くに立っているのは、子供連れの若夫婦です。母親はクルリと長いマツゲエクステにきれいなメークで、むずがる男の子を抱いています。年の頃は2歳ぐらいでしょうか。大きな鞄とたたんだバギーを両手に持つ父親は、シルバーのチェーンに半袖のTシャツ姿。タトゥーが袖に見え隠れしています。足元には利発そうな女の子がぴたりとからだを寄せて立ち、電車が揺れるたびに父のパンツをしっかりと握りしめます。

 11月も後半だというのに混んだ車内は汗ばむほどで、母親の腕の中の小さな男の子は居心地の悪さにぐずり始めます。もがくように空に伸ばした小さな手が偶然私の釣り皮に触れると、今度はそれを掴もうと一生懸命です。けれども、電車の揺れと供に、吊り皮は遠ざかり、それがまた男の子の不機嫌に拍車をかけます。

 私は自分の吊り皮を放棄することに決め、男の子の手に吊り皮を渡しました。すると、まだ言葉も話せない子が、むずがるのを止めて、私の顔を見てニカーッと笑うのです。揺れが吊り皮を手から離してしまうと、今度は今にも泣きそうな顔で私に救いを求めます。そのたびにまた、私は吊り皮を彼の手にもどし、気がつけば二人で同じ吊り皮を持ち、ユサユサと揺らして遊んでいました。

 こんな時の私は人目も何もあったものではありません。子どもと動物にはからっきし弱いのです。若い親たちも、周りの乗客も「変なおばさん」と白い目で見ていたかもしれません。でも、たとえ10分間でも私と少年はノンバーバルコミュニケーションを楽しんでいました。

 急行が停車し、たくさんの人と一緒に、若夫婦と二人の子供たちが下り支度を始めました。少年が一瞬私の方を見、私は小さく手を振りました。ドアが開き、人群れが流れ始めるや、少年の父親と母親がくるりと後ろを振り向いて、深々と頭を下げました。

「ありがとうございました。お騒がせいたしました。」

 まさか、見られてはいまいと思っていた私たちの秘密の遊びを、彼らはちゃんと見ていたのです。そして、マツゲエクステの母と、シルバーチェーンの父が、実に礼儀正しくきちんと言葉で御礼を表したのです。

 私の頭の中で再び朝のあのメロディーが回り始めました。

 Oh, what a beautiful Mornin’ ♪
 Oh, what a beautiful day♪

 こんな出来事で始まった一日が、悪い日のわけがありません。

 PS. たくさんの皆様からメガネの行方を案じる暖かいメールをいただきました。ありがとうございます。実は今もって見つかっておりません。狐につままれた思いとはまさにこんなことを言うのでしょうか。昨日あきらめてメガネ屋に行き新しいメガネを作りました。けれども、できあがるまでに10日から2週間かかるとのこと。どうやらタイでメガネのレンズを作っていたようなのです。こんなところにも地球の異変が影響をしているのですね。

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11月14日(月):色は地味でも心はフルカラー@娘の夕食
11月15日(火):クイックアスパラガスキッシュ@ホワイトハウス
11月16日(水):こんなに簡単でいいのでしょうか〜ズッキーニのスープ@ホワイトハウス
11月18日(金):はまってしまった権八のまるまるきゅうり
11月19日(土):フェイの冷凍コールスロー@ホワイトハウス
11月20日(日):最近お気に入りの居酒屋「てんまみち」
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2011年11月07日

質問は体をあらわす?

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 例年なら今頃は黄金色に染まっているはずの銀杏並木が、まだ緑のままで晩秋の季節を迎えています。この並木を抜けたところに成城大学の正門があります。正門を抜けたキャンパスで、昨日、オープンカレッジが開講されました。数百人は入るかと思うホールはほとんど満席です。大学生らしき若い青年たちもいれば、かなりお年を召した方々もいらっしゃいます。こうしたごちゃ混ぜがオープンカレッジの面白さです。

 この大きなホールをいっぱいにしたのが、ソニーの社長・会長を歴任し、現在はクオンタムリープ(株)代表取締役である出井伸之氏でした。演題は「グローバル化とイノベーション〜次世代型人材と成城学園」です。成城生まれの成城育ち、中学までを成城学園で学んだ出井さんです。聴衆の中にお姉さんを始め、知り合いがたくさんいるのでやりにくい、などと開口一番に言っては笑いを誘います。その知的風貌と語り口、鋭い眼光はとても70代半ばには見えません。それにしても知的文化人というのは、どうしてみなさんタートルネックがよくお似合いなのでしょうか。

 小澤征爾さんと一緒に映った写真などもまじえて語る学園時代の思い出話も面白ければ、震災によってあらためて向かい合うことになった「自然と共生する日本」の話も大変興味深いものでした。そしてまた、発見力X解決力Xユニーク=創発力、異分野の掛け算で新しい価値を生み出す=創発発想力、異文化の人や異なる価値観の人を束ねて構想を推進する=創発実動という図式から「今は異端がたいせつ」という論は、まさに出井さんらしいものでした。

 東京エンターテインメントシティーの構想を語る時の出井さんは、ただでさえ射すくめるような視線がますます鋭くなったようでした。けれども、それらと同じように面白かったのは、最後に与えられた30分間の質疑応答でした。質問というのは、答える以上に難しいものかもしれません。時としてそれは答を求めるというよりは自分自身の薀蓄を述べるだけのものだったり、いかにもの陳腐なものだったりして、聴衆と同じく、問われた人をもうんざりとさせます。

 さてさて、挙手をした方々の質問とはどんなものだったでしょうか。実際には12人の方が質問をなさったのですが、そのうちお二人は結局最後まで何を聞きたいのかがわかりませんでしたので、10例だけをご紹介(笑)。

@スティーブ・ジョブズさんとの思い出を教えてください。

A「日本の再生」という言い方には抵抗があります。再生ではなく変革と言うべきではないでしょうか。エンターテインメントシティーというのも環境破壊だと思います。(かなり長い質問というよりは自論展開)

Bとんがった人材にはどう対処したらよいのでしょうか。

C今、面白いと思っていることはなんですか?

D奥様とのなれ初めを教えてください。

Eパナソニックとソニーの大きな違いはなんですか。

F10年先、20年先を見据える政治家がいません。この先ちゃんとした人が出てくるでしょうか。

G他の国は、政府と企業が一緒になって国を伸ばしているように見えますが、日本は?

Hソニー時代に一番負けたくなかった会社は?

I多忙な中で気をつけていることは?

 出井さんは潔いほど聴衆に媚びません。「それはAERAで話してます。」「先生と言うのだけはやめてください。」「あなたは何を言っても否定的にとられる方のような気がします。」「すみません、ポイントだけをお願いします。」のような具合に、小気味よい言葉がぽんぽんと飛び出ます。

 ちなみに、今一番面白いと思っていることは、着物を着ること、そして着物を通じて日本の伝統と文化を見直すことだそうです。パナソニックとソニーの大きな違いはないとのことですし、ソニー時代に負けたくなかった会社などもなかったとのこと。そして、ご多忙な中で気をつけていらっしゃることは、自らを称して「健康おたく」というぐらいに、自分の体と会話をしていることなのだそう。

 それにしても、限られた時間の中で、私たち日本人というのはどうしてこうまで丁寧で謙虚なのでしょうか。ほとんどの方が質問の冒頭で述べる言葉は、「本日はありがとうございました。とても勉強になりました。」

 おひと方などは、「産業界の巨人に対して巷の凡人がこんなことを言うのはおこがましいのですが、先生におかれましては、、、」という長い枕詞。これに対しては明らかに不機嫌になられた出井氏、強い口調で「先生だけはやめてください!」

 ちょっと忙しかったものですから、よほど休憩時間をはさんでの質疑応答の前に席を立とうかと思っていたのですが、立たなくてよかったと心底思うぐらいに面白い30分でした。それにつけても「名は体をあらわす」、いえ、「質問は体をあらわす」。
 
 気をつけねば、、、、

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:46| Comment(0) | 日記

2011年11月02日

美しい秋の日に観音巡礼など始めて

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 美しすぎるぐらい美しい秋の日に、私は5ヶ月前からずっと考えていたあることに、最初の一歩を踏み出しました。

 懐かしい横須賀線にゴトゴト揺られて下り立ったのは、昔と寸分も変わらぬ小さな北鎌倉の駅。中学は鎌倉でしたし、大学時代は横須賀から東京まで、毎朝毎夕この線を使って通学していたのです。懐かしくないわけがありません。
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 一般公開はしていない長寿寺には、素朴な木彫りの観音様がおわします。よく手入れをされた美しい庭は、人の目があろうがなかろうが、そんなことは気にも留めずにそこに存在しています。
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 「竹の寺」とも呼ばれる報国寺は、その見事な竹林に息を呑みます。掃き清められた庭に座って寺の向こうの山を眺めれば、静寂の中で聞こえてくるのは、小川のせせらぎと、鳥の声と、植木職人のハサミの音だけです。けれども、心を空っぽにすれば、寺のすぐ向こうにせまる山から、ひたひたと「山の音」が聴こえてくるような気がします。
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 次に足を向けたのは、いよいよ坂東三十三ヶ所の第一番札所、「杉本寺」です。ここは古都鎌倉にあって最古の寺と伝えられている所。開創は734年のこの寺には、11の顔を持つ観音様がおいでです。足を踏み入れることのできない苔の石段が、歴史の香りを漂わせます。ここで、納経帳と呼ばれる綴り本を購入して、目の前でご朱印をいただきます。
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 二番札所の「岩殿寺」の山門は、家々にはさまれた細い道の突き当たりにありました。そこから120段あまりの石段を登らなければなりません。息を切らして登ってみれば、逗子の町の展望が待っています。
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 三番札所の「安養院」は、北条政子がここの観音様に祈願して頼朝と結ばれたという逸話から、縁結びの寺とも言われています。

 静かな寺々の後は、四番札所の賑やかな「長谷寺」です。本堂の十一面観音の大きさ、きらびやかさには、好き嫌いは別にして圧倒されます。紫陽花の潅木の間を縫って散策路を巡れば、由比ガ浜の海岸が一望のもとに見渡せます。

 これらは、坂東三十三ヶ所観音巡礼の最初の4つです。その名の通り、全部で33もある巡礼寺は、神奈川に9ヶ所、東京に1ヶ所、埼玉に4ヶ所、群馬に2ヶ所、栃木に4ヶ所、茨城に6ヶ所、そして千葉に7箇所の計33箇所。もしこれら全部をまわるとすれば、全行程は1300キロになると言います。

 そして、もしも33箇所全てを訪れ、納経書の全てのページが朱印で埋まったとしても、まだまだ秩父に34、西国(関西)に33のお寺が待っています。

 多分にミーハーですが、若い時から、「ピルグリム(巡礼)」というものに一種の憧れを持っていました。それは不謹慎ながら、とりたてて宗教的なものではなく、哲学であり文学であり、あるいは物見遊山の旅人としての「ピルグリム」でした。ですから、それはイギリスであろうと、スペインであろうとよかったはずなのですが、年を重ねるうちに、なぜか心惹かれるのは日本のお寺になりました。

 幸い、今日のイニシエーションには、すでに坂東、秩父、西国100箇所全ての観音巡礼を済ませた師が同行をして、諸々の手ほどきをしてくれました。この良い所は、思い立ったが吉日、いつでもできることです。コンサートや観劇などと違って、予約をする必要もありません。たまたま天気が良かったらフラリ、たまたま行き詰ったらフラリ、たまたま仕事の手が空いたらフラリ。昨日まであんなにストレスの最中にいた自分が信じられないぐらいに、心が穏やかになっているのですから、「ピルグリム」は、たとえ単なるスタンプラリーであったとしても、それなりのことはありそうです。それに、歩き、巡る間に、来し方行く末を考えたりもしますし、一足ごとに、染み付いた垢がとれていくような気すらするのですから。

 まだたったの4ヶ所。あとは自力で追々まわります。
 新しい楽しみが増えました。

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10月30日(日):マダム・リーの魔法の手さばき〜手打ちパスタ
11月 1日(火):食いしん坊さん用手打ち麺 木こり風
11月 2日(水):うるわしの金目鯛蒸し焼き
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | 日記

2011年10月30日

たとえカボチャの馬車だって

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 明日、10月31日はハロウィーン。最近では日本でもすっかりお馴染みになりました。いえ、もしかしたら日本の方がよっぽどブームかもしれません。昨年の今頃はミラノにいましたけれど、たいしてそれらしい飾りもなければ、特別な催しもありませんでした。

 アメリカでは、9月第一月曜日のLabor Day(労働祭)で始まった秋は、10月最終日のハロウィーンで終わります。ハロウィーンが終われば季節は冬になり、11月末の感謝祭、12月のクリスマスへと一気に年末のお祭モードに向かって行きます。ワシントンでは、今日、小雪が降って、この季節初めての暖房を入れたという報が届きました。

 夫が子どもの頃には、兄弟姉妹全員で母親手づくりの服を着て、お菓子をもらいにご近所の家々をまわるのが慣わしだったと言います。今では、店に行けばズラリとハロウィーン用の仮装服が並んでいますし、インターネットでも簡単に買うことができるようになりました。親の興味を一手に引き受けることになった少子化時代の子どもたちは、兄から弟へ、姉から妹へと順繰りに回されていく服を身につける代わりに、毎年毎年違う姿に変身します。

 東京でもこの週末はまさかと思う所で、仮装をした子供たちの行列に出くわしました。静かな住宅街のごく普通の家の窓や塀が、オレンジ色のカボチャで飾られていたりもしています。

 そんなお祭騒ぎにちょっと加担するのも楽しそう、とばかりに、今日はお台場で開催された「ハロウィーン100人パーティー」に遊びに行ってきました。お祭好きDNAがしっかり受け継がれてしまったらしい娘の企画によるものです。ピエロさんも来れば、お笑い芸人さんもパフォーマンスを繰り広げます。

 二人のグランマ「バアバズ」は揃いで魔女になり、長女はなにやら鼓笛隊の隊長風、次女は「目玉の親父」?かと思ったらマイクというヤカラ、息子はバンパイアで、孫息子はモンスターズインクのサリー。まあまあ何たる家族でしょう。いったい何ていう乗りでしょうか(笑)。

 見まわせば、親子スーパーマンも、親子バズも、駅長さんもトランプも、お姫様も魔法使いも、蝶々さんも蜂さんも、海賊だって悪魔だって、、、、

 けれども、たとえ一時の現実逃避、たとえ12時の鐘が鳴るまでのタイマーつきカボチャの馬車だって、シンデレラで居続けるよりは楽しいではありませんか。それに、ハロウィーンだろうがなんだろうと、みんなと一緒に楽しめるお祭り日がひとつでも増えるなら、それはそれでいいことではないでしょうか。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月30日(日):マダム・リーの魔法の手さばき〜手打ちパスタ
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2011年10月26日

移ろう時を数えて  

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 ワシントンを発つ前々日のこと、14階から眺めるすぐ下の地面の一角に、青い袋をたくさん積んだ小型トラックが止まりました。そして男たちが荷台に載った袋を担っては歩いて行きます。袋はさほど遠くはない目的地に置かれ、また新たな袋が同じように運ばれて行きます。

 こんなことが何度か繰りかえされて、荷台が空っぽになると、どこからともなくまた青い袋を満載したトラックがやってきます。それは太陽が天高く昇るまで繰りかえされて、ドッグパークに新しい土が敷かれました。

 出発の日、完成された朝日の中のドッグパークには、早起き犬とその飼い主たちが集まって、秋の爽やかな空気の中でモーニングコミュニティーが作られました。

 時計などなくたって、空を仰いでお日様の移ろいで時の流れを知ることもあれば、日時計を見るように、影の変化で時を知ることもあります。子どもの頃には匂いでそれを知りました。朝には朝の匂いがし、夕方には夕方の匂いがありました。

 ドッグパーク〜日本語ではドッグランですが英語ではドッグパーク〜の土の色で、刻々と流れる時を知ることがあるなんて思ってもみないことでした。同時に、飽きもせずにそれを見ていた自分の、あの時の心の伸びやかさを懐かしく思い出しています。温度と湿度と風向きと、心模様が作る組み合わせでした。

 今日クーちゃんが来ました。いつものように私の膝でイビキをかき、時に目覚めては私の腕に前足をかけて仕事の邪魔をします。この小さな黒い子の途方もない魔法で、私の心の角がとれて、まあるく、まあるくなっていきます。

 私は眠るのが惜しくて、膝の重さと、腕の重さと、この子のイビキと共に、静かに移ろう時を数えています。できることなら、この子を抱いて一ッ飛び、あの緑に囲まれたドッグパークで一緒に走りたいと思いながら。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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10月23日(日):秋はやっぱり外テラス@ワシントン
10月24日(月):やっぱりこれが一番?娘の料理@TOKYO
10月25日(火):デラックス家庭科調理室@TOKYO
10月26日(水):シニアカレッジの2品@TOKYO
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