2013年01月28日

垣根のない心地よさ〜「それはおしゃれなコンサート」

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昨日、調布のグリーンホールで素敵なコンサートがありました。
その名も「それはおしゃれなコンサート」。
1994年以来、もう19回目になります。今年は実力派青年3名からなる「ESCOLTA(エスコルタ)」のステージでした。大ホールの席はほぼ満員です。

拍手もあります、笑い声もあります、手拍子もあります。
もし普通のコンサートと違うところがあるとしたら、時折聞こえる唸るような声とか、ひっきりなしに体を揺する観客とか、客席にくっつけるようにおかれた移動ベッドなどでしょうか。けれども、そんなことはちっとも特別なことではありません。誰も気にも留めやしません。それが、ごくごく当たり前に会場の空気になっているのですから。

それが長年続いている「それはおしゃれなコンサート」です。主催は「社会福祉法人 調布を耕す会」です。障碍のある人たちが地域社会で個性豊かに生き生きと暮らすための場やしくみを創るために働いています。

「さまざまな文化活動、例えば演劇や展覧会、あるいは音楽会に、たまにはちょっとおしゃれに出かけたりして、暮らしにうるおいをもちたい。だけど、料金が高かったり、会場が遠かったり、敷居が高かったりでなかなか機会がない。そんな人、意外と多いのではないでしょうか。

 とりわけ障碍のある人たちにとっては、まっだまだそのような文化活動の『場』に、気軽に出かけて行ける土壌はできていないのが現実です。

 そこで今年も、すばらしいゲストを迎え、『音楽会』という手法を取り入れ、だれもが参加できる『場』を身近な地域に企画しました。障碍のある人も、ない人も、ちょっぴりおしゃれなコンサートで、ゆたかな歌声からひろがる新しい世界を、どうぞごゆっくりお楽しみください。」 (「それはおしゃれなコンサート」パンフレットより)

日本にいさえれば、できるだけその「場」に気軽に出かけるようにしています。障碍があろうがなかろうが、それはたまたまのことであって、何も垣根で分け隔てをするものではない、そんな「場」がとても居心地が良いのです。

唸り声をあげようが、からだを揺すろうが、チューブをつけてベッドに横たわろうが、あるいはたまたまそのどれにも当てはまらなくたって、みん同じに美しい音楽を聞いて、みんな同じに楽しんでいるのですから。

カーテンコールでは、場合によっては「障碍」というくくりの中に入ってしまう人たちが舞台に登り、「エスコルタ」の三人に誇らしげに花束を渡しました。何も特別のことでない、ごく普通の風景として。

初心声を上げた時に産院に飛んで行った子も今ではもう20代後半。
昨日は花柄のスカートでおめかしをして、とびっきりの笑顔で花束を持って舞台に上がりました。そして、わが子を遠くで見守る親友夫妻もまた、ヒマワリのように明るいとびっきりの笑顔で輝いていました。

いいコンサートでした。
帰りの寒さなんて一瞬のうちに吹き飛ばすような暖かい「場」でした。

雪に埋まっていた小さな椿の苗が、最初の蕾を開きかけています。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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1月28日(月):今や我が家のお茶係り〜まわるまわるよ 時代はまわる
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:47| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2013年01月27日

オノ・ヨーコさんの「仕事力」

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明るくおだやかな日差しに満ちた、1月最後の日曜日です。
ちょっとあわただしい日が続いていて、昨夜も遅かったものですから、今日はゆっくりと目覚めたら、まだ郵便受けに新聞を取りに行く前に友からの着信がありました。

「読みました?今朝の『仕事力』。今朝の紙面の中でとても印象に残りましたよ。最終回なのが残念。」

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ夫妻が東京滞在中に、よくホテルからタクシーで乗り付けてはモーニングコーヒーを飲んでいた、という築地の店をご贔屓にしている友ですから、「仕事力『心の光を消さないで』〜オノ・ヨーコが語る仕事」は日曜朝の楽しみだったのでしょう。

「仕事力」には、これまでにもいろいろな方々からのメッセージが掲載されてきましたし、すでに、白、青、紅、金と表紙の色を変えて書籍としても出版されています。さまざまな分野で活躍する方々の自らの経験や人生をふまえての言葉は、これから社会に出る人も、目下仕事の渦中にある人も、リタイアを考えている人も、すでにリタイアをした人も、その人なりに心を打たれる言葉に出会うことでしょう。

時として、それは、「人生力」と置き換えてもいいほどに、生きていくことへのたくさんの示唆を与えてくれます。

初回から最終回の今日まで、もう一度読み返してみれば、不思議なことに、前回とは心に残る箇所が少しばかり違っていたりするのもまた面白いところです。

*「一人で見る夢はただの夢」だけれど、「みんなで見る夢は現実になる」。私もそうやって仕事を実現してきました。(1月6日)

*境遇には恵まれていなくても、大変な環境に置かれていても、それをクリエーティブに変えていくのは「誇り」と言う力です。人間は、誇りを持たなかったら駄目になる、惨めになる。(1月13日)

*私は30歳前後でした。すでに平穏な人生ではなく、自分の仕事の展望にもプライベートにも確かな見通しはありませんでした。現在のあなたと似ていますか?ただ一つ問いただしたのは、「自分らしいか」ということでした。どんな時でも自分らしくいることが私には一番大事でした。(1月20日)

*私の夫ジョン・レノンは、息子のショーンを育てたいと主夫になりました。英国の保守的な環境で成長したジョンには、葛藤のある決断だったはずです。でも、自分にできる新しい役割を見つけ出したことは、とてもクリエーティブな生き方だった。(1月27日)

数年前のあるパーティーで、ヨーコさんにお会いしたことがあります。宇宙飛行士を思わせるような銀色の服をまとって、大きなサングラスをちょっとずらしたように顔にのせるヨーコさんは、もう70を越えたというのに、圧倒的な存在感で周囲の空気を「ヨーコ色」に染めていました。近づけば発散されるパワーが伝わってくるかのようでした。言葉を交わした夫が、帰り道で敬意をこめて言いました。「あんなに小柄なのに、あんなに強くて、あんなにクリエイティブでいられるなんて、、、、なんていう偉大な生き方、なんていう魅力的な人なのだろう!!」

ヨーコさんも来月でもう80歳。
そんな言葉がこれほど似合わない方も珍しいのではないでしょうか。

By 池澤ショーエンバウム直美


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1月27日(日):娘の食卓〜まわりまわるよ 時代はまわる

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:53| Comment(2) | 本、映画、コンサートなど

2013年01月22日

シャボン玉 ルルルルルルル その2

ふわふわと飛ぶシャボン玉の向こう、満開の桜の下でシーソーに興ずる白い帽子の少年たち。その笑い声が遠い記憶を呼び起こします。

おばあさんがひとりで店番をしている煙草屋さんがあって、路面電車が走り、勝鬨橋を夕日が照らし、子供たちがおませな会話をしています。

「いよいよ来年、東京オリンピックだって。楽しみだなあ」

ダッコちゃんを腕につけて遊ぶ少女たちに、お母さんの声が届きます。

「ごはんよ〜。シャボン玉ホリデーが始まるわよ〜。」

舞台は一転して、日曜日6時半の「シャボン玉ホリデー」になります。1800名ものシンガーがカバーをしたと言うスタンダードの名曲「スターダスト」のイントロが流れます。60年代のあの時代を知る者は、それだけで「元いた場所」に戻ります。

テレビではアメリカのドラマが全盛でした。ララミー牧場、ローハイド、拳銃無宿、ペリー・メイスン、サンセット77、パパは何でも知っている、うちのママは世界一、、、、それらのシーンが大画面に次々と映し出されます。

ドラマばかりではありません。当時のヒットソングのほとんど全てが、アメリカンポップスに日本語の歌詞をあてたものでした。虎姫たちがメドレーで歌い、踊ります。

悲しき雨音
ルイジアナママ
ヘイポーラ
バケーション
ロコモーション
レモンのキッス
砂に消えた涙
月影のナポリ、、、、、、、、、、

そして時は次の時代へと移ります。ザ・ピーナッツに扮した二人が、アメリカンポップスではなく、オリジナルの和製ポップスを歌います。

恋のバカンス
ふりむかないで
ローマの雨
モスラ
若い季節
ウナセラディ東京
情熱の花
恋のフーガ、、、、、、、

あの時代へのセンチメンタルジャーニーは、今自分が置かれている「現在」を完全に忘れさせます。だからでしょうか、この昭和歌謡レヴュー「シャボン玉だよ!牛乳石鹸!!」にはリピーターが多いと聞きます。今回の4人組も、おひとりにいたってはなんと4回目。かくいう私も、「あの人をお連れしたい」「この人も喜びそう」などと、次から次へと同じ世代の友人たちの顔が浮かびます。夫にも見せたくて早速予約をしました。

虎姫一座の魅力は、そのパフォーマンスもさることながら、浅草という場所柄がかもしだす何とも言えない庶民的な距離感です。舞台が終わると9名全員が廊下でお客様を見送って、話しかけたり答えたりのフロアーコミュニケーションが始まります。

乗りのいい仲間が「さあ、みんな並んで並んで」と号令をかけたら、照れくさいながらもこんな写真になりました。
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すぐには現代に戻れなくて、みんなでブラブラ歩き回っていたら、空が茜色に染まり始めました。東京はまだまだ美しく、浅草はまだまだ面白い町です。
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昨年、ワシントン〜成田の機内で見た映画「ALWAYS 三丁目の夕日‘64」もまた、オリンピックの時代の東京でした。売れない作家を夫に持ち、苦労が絶えない貧乏暮しの妻が、最後にこんなことを言います。

「幸せって何? お金? 出世?
 ちがう、好きな人と一緒にいることだと思う。」

夕日が美しかったあの時代には、そんな言葉がやけにしっくりときます。

By 池澤ショーエンバウム直美


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1月22日(火):スペインのローズマリーチーズから始まるハーブの世界
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:39| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2013年01月21日

シャボン玉 ルルルルルルル その1

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シャボン玉 ルルルルルルル
シャボン玉 ラララララララ
ロマ〜ンチックな夢ね
まる〜いすてきな夢ね
リズムに乗って 運んでくるのね
ホリデー ホリデー シャーボン玉
シャボン玉 ホリデー

この文字を読みながら、もしもついついメロディーをつけて歌ってしまうなら、ぜひお勧めしたいものがあります。ええ、もちろん私も「歌ってしまう派」ですから、もうとことん共感して、次から次へと出て来る歌を知らず知らずのうちに全部一緒に口ずさんでいました。

ほら、よく言うではありませんか、「まるで走馬灯のように」と。
本当にまるで走馬灯のように、いろいろな思い出がまわりまわりました。
それにしても、あの頃聞いた歌がまだこんなにも心の奥にしまわれていただなんて、、、、、

幕開けは舞台の上に舞う本物のシャボン玉。
幕切れも舞台の上に舞う本物のシャボン玉。

「虎姫一座」の昭和歌謡レヴュー「シャボン玉だよ!牛乳石鹸!」は、浅草六区の小さな劇場で見られます。あの時代など知るはずもない9名の若者たちが、あの時代に私たちを連れていき、あの時代に私たちをとっぷりと浸らせてくれます。歌も踊りもなかなか優れたエンターテインメントです。

ステージの大きな画面では、要所要所で小倉久寛さんが昭和の歴史を語り、実際の映像が流れます。そんな演出もよくできていて、歌って踊ってのレヴューを見に来たつもりが、いつの間にかしっかり勉強までさせられています。

NHKと日本テレビが開局したのが1953年。
1955年にはラジオ東京テレビが
1959年にはフジテレビと日本教育テレビが開局しました。

歴史をたどる中で、NHKと民放の違いも教えてくれたかと思えば、舞台は一転してなつかしいコマーシャルソングの再現になります。「カステラ一番 電話は二番 三時のおやつは文明堂」では白クマさんたちが足をあげます。

虎姫たちが歌い踊ります。

「伊東に行くならハトヤ、、、、」
「僕の名前はヤンボー、、、、」
「チョコレート、チョコレート、チョコレートは、、、」
「ドライブウェイに春がくりゃ、、、」 etc.etc.

時は進み、皇太子様のご成婚パレードの映像が大きな画面に映し出されれば、安保闘争も、東京オリンピックも、大阪万博も映ります。昭和の歴史とテレビ文化が重なります。それぞれの人たちの、それぞれの思い出が重なります。そしてふと思います。

「いろいろあったけれど、結局はいい時代を生きてきたのかなあ。」

(次回に続きます。)

By 池澤ショーエンバウム直美


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1月21日(月):魔除けのオレンジポマンダー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:10| Comment(2) | 本、映画、コンサートなど

2013年01月08日

日本でも社会現象になる?〜フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ

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一昨日、日曜日の朝日新聞の読書ページで目にしたのはこんな記事。

売れてる本   
■フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ
 E. L. ジェイムズ<著>
マミーポルノに日本の壁


昨年春にアメリカで大ブレイクを起こしたこの本については、9月にこのブログでも書かせていただきました。(http://blog.platies.co.jp/article/58467341.html

「4千万部を超えるメガヒットだとか、ハリー・ポッターシリーズ全7冊の売上額を抜いたとか、映画化が着々進行中とか、この本は発売後もう何か月もたつというのに、まだまだホットな話題の渦中にあります。」

「遅かれ早かれ日本語訳も出ることでしょう。その時にはいったいどんな名前になるのか楽しみです。」

などと言っていたら、11月2日には早川書房から翻訳が出版されて、1月6日には新聞で「売れてる本」として紹介されることになりました。しかも、書名はそのまま「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」です。「売れてる本」ではありながら、精神科医の斎藤環さんは、

「果たして本作は、日本でも社会現象となるだろうか。結論から言えば、それは考えにくい。」

として、その理由を、主婦層に圧倒的な人気を呼んで社会現象とまでなった英米と比べて、この手の分野における女性向け市場が日本では「はるかに成熟し、充実している」からだとしています。

さてさて今後どのような展開を見せるものやら、、、

ちなみに「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」は、「フィフティ・シェイズ・ダーク」と「フィフティ・シェイズ・フリード」に続く「THE FIFTY SHADES TRILOGY」という三部作の第一作目です。

ところで、先日のスペインでも、あちこちでこの本に出会いました。
たとえば、これは新幹線が発着するマドリッドの駅構内の本屋さん。
題名は、そのままずばりのスペイン語、「Cincuenta Sombras de Grey」です。
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バルセロナに着いて、目抜き通りの本屋さんに入ったら、ここでもまた華々しく陳列されていました。
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「昨年来、英語圏で『ハリー・ポッター』や『ダ・ヴィンチ・コード』をしのぐ勢いで売れている”マミーポルノ“」(朝日新聞)は、翻訳というプロセスを経て、いまや軽々と英語圏を飛び越えてしまったようです。

そうそう、このバルセロナの本屋さんの入り口を入って左、いやがおうにも目につく場所にこんな本がありました。質感と言い、色合いといい、まるで一時代前の雑誌の写真のような半裸の日本女性が大きく表紙を飾ります。書名は「CINE EROTICO A LA JAPONESA〜日本のエロチックな映画」。
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パラパラとページをめくってみれば、まさにこの日本語通りの写真が満載です。とは言え、面白半分の書物ではなく、どうやらきちんとした真面目な研究書のようなのです。「Cincuenta Sombras de Grey」になった「Fifty Shades of Grey」との出会いは十分に予想していたことでしたが、まさかバルセロナで「A LA JAPONESA」(日本女性)に出会うとは、、、、、、
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By 池澤ショーエンバウム直美

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1月7日(月):まるで友のようなパウンドケーキ

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:26| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年12月05日

開けてびっくり玉手箱〜Silvia Perez Cruz & Javier Colina

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バレンシアのバルカス通りにちょっと気になる建物がありました。
よくよく近づいてみたら、何と劇場でした。表から見ただけではそんな風にも見えないのですが、ウィンドウに公演の案内が貼られています。「Teatre Principal(プリンシパル劇場)」です。

12月2日には「SILVIA PEREZ CRUZ & JAVIER COLINA」と書かれています。それが何かも全くわからないというのに、何だか二人して同時に呟いてしまいました。

「行ってみようか。」
「行ってみましょうか。」

とは言え、いつ行っても劇場の扉は閉まっています。何とか開演3時間前に切符を買うことができましたが、この時点でだって、いったいシルヴィア何とかとハビエル誰それがどんな人たちで、歌を歌うのか演奏をするのか、それともおしゃべりをするのか、全くもってわかりません。けれどもあえて調べずに行くことにしました。当たりか外れか、いずれにしても「開けてびっくり玉手箱」にしてみたかったのです。時には予備知識ゼロ、先入観ゼロの遊びも楽しいではありませんか。

かくして私たちは、開演8時半の10分前に劇場の入り口に立つことになりました。
そして驚いたことには、びっくり箱から宝物がぞくぞく出てきたのです。

まず第一に、表からみる限りただの古い建物だったのが、中に入れば美しい劇場でした。マドリッドでオペレッタを見た「サルスエラ国立劇場」を小ぶりにしたような感じです。

第二に、素晴らしい歌と演奏でした。

舞台の上には左にピアノ、右にドラムセット、真ん中にベース、そしてそれぞれの演奏者たち。前触れもなく奏で出したのは、初めて聞く曲ながらも、ビル・エヴァンスを思わせる心地よいジャズです。

そして登場したのが、胸の大きく開いたシンプルな黒のワンピースに、長い髪を波打たせる以外にはただひとつのアクセサリーも身に付けぬ、美しい女性でした。彼女が歌いだしたとたんに鳥肌が立ちました。

ここらへんからやっとわかってきたのです。シルビア・ペレス・クルスというのがこの若いシンガーであり、真ん中に立つベーシストがハビエル・コリナだということが。そして、この二人を中心とするユニットが類まれなる音を創りだすということが。

どちらかと言えばハスキーな声なのに、高域に差しかかれば驚くほどに澄み渡り、荒々しく猛り狂うかと思えば、まるで静かに細く月の光のように私たちを包み込み、ビル・エヴァンス風のジャズがあったかと思えばブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブを彷彿とさせるキューバ音楽になり、今にもフラメンコの踊り手が出てきそうにもなれば、教会のミサになる、、、、陽気なボサノバも、もの哀しいファドも、、、、この若き歌い手は、諸々の境をいとも簡単に超えて観客の心を鷲掴みにしていきます。まるでデルフィの神殿の巫女のようです。

休憩もまじえずに2時間。最後には会場を埋め尽くした人たちが総立ちで拍手を送り、久方ぶりに夫の「ブラボー!」を聞きました。

これもまた、紛れもなくキャリアカウンセリングの理論で言う「計画された偶発性(Planned Happenstance)」でした。@好奇心を持ち Aあきらめず B柔軟に C楽観的に D失敗を恐れずに、偶発的な出来事を力に換えるというものなのですが、今回の「開けてびっくり玉手箱」に置き換えてみれば、、、、

@ふと通りがかった建物に好奇心を持ち A翌朝早い出発だったにもかかわらずあきらめず B何だかわからないけれど行ってみましょうか C面白いかもしれないから D外れたとしたってそれはそれでいい経験 の5ステップです。

日本に戻ったら早速、「Silvia Perez Cruz & Javier Colina」のCDをアマゾンで注文するつもりです。思いもかけぬ素晴らしい出会いでした。

By 池澤ショーエンバウム直美


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12月4日(火):160円の絞りたてジュースはオレンジ6個

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:01| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年11月12日

たった一つの出会いから〜エドナ・セント・ヴィンセント・ミレーの物語

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ひとつの言葉が別の言葉へと繋がって
ひとつの思い出は別の思い出へと繋がります。
まるで連歌のように。

サンドラ・デイ・オコナーというアメリカの「傑出した女性」について書いている途中で、私の頭の中を何回かよぎったのは、エドナ・セント・ヴィンセント・ミレー(Edona St.Vincent Millay)という詩人のことでした。彼女もまた、ある意味で「傑出した女性」でした。

9月の初め、私たちはメイン州バーハーバーから、いくつもの小さな町や村を抜けて海沿いに南へと走りました。最後の目的地はロックランドでした。

1892年、ロックランドの貧しい家庭で、エドナという女の子の赤ん坊が生まれました。父親は漁師でしたし、母親は洗濯屋でした。小さなエドナは成長して、女性詩人として初めてのピュリッツァー賞の受賞者、エドナ・セント・ヴィンセント・ミレーとなりました。今ではその名前を知る人も少ないでしょうが、20世紀前半には最も人気のある詩人のひとりだったと言います。

これは、その昔、エドナの妹がウェイトレスとしてアルバイトをしていたカムデンのホテルのロビーです。いつしか姉のエドナも妹を手伝って、ホテルのお客様のおもてなしをするようになりました。まだ16、17歳、高校生の頃でしょう。彼女は、ピアノを弾き、自分の書いた詩を読みました。
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そこには、暑さから逃れて夏を過ごすニューヨークやボストンの富裕層たちが滞在していました。その中のひとり、ニューヨークから来ていたお金持ちの婦人が、エドナの詩に心を打たれ、驚くような申し出をしたのです。

「私が学費と生活費の全てを出すから、あなたは好きな大学で勉強をしなさい。」

これは、大学で学ぶことなど考えられもしなかった境遇のエドナにとっては、まさに夢のような話でした。エドナは名門、Wasser大学を選び、そこで最高の教育を受ける機会に恵まれます。そして後に社会に影響を与えることになるようなたくさんの人たちに出会います。卒業後は故郷に戻らずグリニッジヴィレッジで暮らすようになった彼女の才能はますます輝き、多くの詩を発表します。

初めて会った少女の才能を信じて、無償の助けを申し出たこのご婦人がいなければ、エドナ・セント・ヴィンセント・ミレーという詩人は存在しなかったことでしょう。夫がぽつりと言いました。

「No one would do that today.」

今でも、高校生の彼女が自作の詩を読んだ小さなホテルの部屋は、「エドナ・セント・ヴィンセント・ミレーの部屋」として保存されています。彼女が弾いたピアノに誰でも触れることができ,そこで育まれた芸術と夢と善意が、100年たった今でも部屋の中に漂います。
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これは、その壁にかけられた、215行にも及ぶ彼女の代表的な詩「Renascence」の最初の4行です。
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All I could see from where I stood
Was three long mountains and a wood;
I turned and looked the other way,
And saw three islands in a bay.

私がそこから見ることができたのは
連なる3つの山々と森
振り返れば
湾に浮かぶ3つの島

カムデンの町の小さな古本屋で、偶然にもエドナの詩集を何冊か見つけました。今ではなかなか買うことができない本です。そして、何とその1冊は初版でした。そして別の1冊には表紙を開けると様々な字体のたくさんの名前が書かれていました。おそらく、結婚や出産などのお祝いに、友人たちが連名で誰かにプレゼントをしたものなのでしょう。
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こうして、我が家の本棚には、エドナ・セント・ヴィンセント・ミレーという、今ではあまり思い出す人もいなくなってしまった女流詩人の詩集が5冊も並ぶことになりました。もう少し余裕ができたら、毎日少しずつでも読んでみたい、、、私のウィッシュリストの新項目です。

By 池澤ショーエンバウム直美

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11月11日(日):鳩とオリーブのランチョンマットに一目惚れ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:49| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年10月21日

Going home, going home

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行きの鞄の中は日本語の本がたくさん。
帰りの鞄の中は英語の本がたくさん。
時として絵や写真の美しさに惹かれて、読めもしない言葉の本が混じりこむこともあります。

人も出会いなら、本も出会いです。
「ああ、あの時どうして買っておかなかったのだろう。」と後になって悔やむことも、「ああ、あの時どうしてもっと話を聞いておかなかったのだろう。」と悔やむことも似ています。

先回のアメリカでも、随分と良い出会いがありました。
場所は本屋さんとは限りません。友人の家だったり、ミュージアムショップだったり、大学の売店だったり、ごく普通のスーベニアショップだったり、レストランやカフェだったりもします。そうそう、小さな田舎町の、見落としてしまいそうな入り口の、薄暗く埃臭い古本屋でまさかの出会いをしたこともあります。

これは、9月のメイン州、アーカディア国立公園のインフォメーションオフィスで出会った本、「Going Home」。著者は自然を愛するMarianne Berkesさん。長年教師をしていた方です。著者の紹介文にはこんなことが書かれています。

「She hopes to open kids’ eyes to the magic found in our natural world.」
(彼女が望むのは、私たちの自然界のマジックに子供たちの目を開かせることだ。)

これまで何度も書いてきた、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」に共通するものがあります。

「Going Home」と題するこの本は、「The Mystery of Animal Migration」という副題が示すように、海亀、蝶、マナティー、ハチドリ、鮭、雁、鯨、カリブー、あじさし、ペンギンの10の動物を取り上げて、その「migration(渡り)」の神秘を、心地よいリフレインに始まるたった8行の短い言葉で、子供たちに伝えます。それを声に出して読んでみれば、そのフワフワとした優しい揺らぎは、まるで詩のように、私たち大人の心をも癒すばかりか、時には人生についての思わぬ含蓄を感じさせたりもします。

今日は、最初のページをご紹介させていただきます。
どうぞ声に出して読んでみてください。
私の勝手な和訳は適当に流して、皆さんの言葉でどうぞ。

Going home, going home,
We feel the urge to go.
It’s time for us to travel on,
It’s something we just know.
Many of us look for food,
Others find a mate.
And then the weather starts to change,
There is no time to wait.

おうちに帰ろう おうちに帰ろう、
そうしなくちゃならないんだ。
旅立つ時が来た、
それがぼくらの知っていることさ。
食べ物を探すためだったり、
仲間を探すためだったり。
天気が変わり始めたよ、
もう待ってなんかいられない、帰らなきゃ。

こんな具合に、それぞれの動物の言葉で語られていきます。
「日本に帰ったらブログで紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」の問いかけに、「Certainly!」と二つ返事で答えてくれたオフィスの方に感謝して、不定期ではありますけれど続けさせていただきます。

金木犀が香り、光が揺れる美しい日曜日です。
早起きして仕事を片付け、掃除と洗濯も終えました。
さ、これから光の中へ出かけます。
皆様もどうぞ素敵な日曜日を!

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月20日(土):スープの出前はいかが?
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:52| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年10月04日

ラフカディオ・ハーンのアイデンティティー(2)〜雑司ケ谷墓地に眠る

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ラフカディオ・ハーンは、イオニア海に浮かぶギリシャの島、レフカダで生まれ、2歳までをそこで過ごしました。父親はアイルランド人(当時はイギリス国籍)で、ギリシャに駐在していたイギリスの軍医でした。母親はギリシャ人です。

けれども、物心がつく前にギリシャを離れ、父親の母国、アイルランドで子供時代を過ごし、19歳で移民船に乗り、大西洋を横断してアメリカに渡ります。そして、20年に及ぶアメリカ暮らしの間に、編集者、ジャーナリスト、作家としての才能を開花させました。本を出版し、作家としてのキャリアを作ったのもこのアメリカ時代です。

思うところがあってのことでしょう。なじんだアメリカを捨て、日本に来たのは40歳の時でした。ハーンは、英語教師の職を得て松江に住み始め、そこで妻となるセツと出会います。以来、54歳で亡くなるまでの最後の14年間を、日本人の家族と共に、日本人として、日本で暮らしました。日本に帰化して、小泉八雲と改名したのは46歳の時でした。

「LAFCADIO HEARN-----A Greek View」(1997年10月)の論文を書いたギリシャ人のコンスタンティノス・ヴァシス氏はこう書いています。

「問題は、それではハーンはいったいどこの国の文学に属するのかということだ。きちんと習ったことのないギリシャ語では書いていないのだから、ギリシャ文学ではあるまい。作家として何の活動もしなかったアイルランドでもあるまい。日本で書いたものとて日本語ではないのだから、日本文学と言い切るのも無理がある。強いて言えば、最も長く出版に関わっていたアメリカだろうか。

けれども彼自身は、自分をアメリカ人と感じていたわけではないし、アメリカ人となったわけでもない。彼が日本に来た時にはイギリスのパスポートを持っていた。

おそらくハーンは、日本を崇拝するギリシャとアイルランド出身のアメリカ人作家と定義づけられるのだろう。あるいは、外国の出処と外国の言葉を持つ日本人作家であると。」

ちなみに、ヴァシス氏によれば、ギリシャ人はハーンをギリシャの作家とはとらえていないそうです。近年になって、ハーンの生まれ故郷のレフカダ島で、日本大使館の力添えによってハーンの胸像が立てられたそうですが、ハーンの生家をミュージアムにする計画はいまだ実現はしていないとのこと。

いったい、ハーン=小泉八雲のアイデンティティーはどこにあったのでしょうか。ヴァシス氏はこうも語ります。

「4才で生き別れて以来、二度と会うことのなかった母親ではあったが、ハーンは母を愛し、自身のギリシャとの繋がりを誇りに思っていた。感情的には、父の国アイルランドよりもずっとギリシャに近かった。」

ちなみに、我が夫は、ハーンはアメリカのジャーナリストであり作家であると教えられたそうです。日本に住み、日本で最期を迎えたことを知ったのもだいぶ後になってからだと言います。

7月19日、私たちは俳優座劇場に、そんなハーンの物語「日本の面影」を見に行きました。2週間の公演中、この日は英語の字幕が付く日だったからです。ハーンを演じたのは草刈正雄さん、セツは紺野美沙子さん。なかなか素晴らしいお芝居でした。絶望の中で、草刈さんのハーンが最後に言った言葉が忘れられません。

「日本はもう私のような人間をいらないのです。単純、温和、丁寧、親切、ほほえみ、幽霊、そんなものを愛する人間は、いらないのです。。。。。。日本は機械と科学の道を行き、傲慢で利己的な、固くて乾いた魂しか持たない人間でいっぱいになるでしょう。」

日本を愛し、日本に帰化し、日本名に改名したハーン=八雲を、最後にはそんな悲しみに沈ませたのだとしたら、いったいハーンのアイデンティティはどこにあったのでしょうか。

1904年(明治37年)9月26日午後8時、心臓発作のために急逝したラフカディオ・ハーンこと小泉八雲は今、雑司ケ谷墓地に眠っています。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月3日(水):13種類の○○バー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:18| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年10月02日

ラフカディオ・ハーンのアイデンティティー(1)

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月並みですが、読書の秋です。
暑さを気にせず何かに集中できるこの快適さ。

講義を1本終えて、ちょっとした解放感でブラブラ銀ブラ。
あまりに気持ちが良いものですから、もっとブラブラしていたかったのに
そういうわけにもまいりません。

まずは、散らかり放題になっている私の書斎でも片付けようかと、倒れた本をまっすぐに起こすところから始めたら、分厚い本の間からこんな小冊子が出てきました。行方不明になっているうちにいつしか忘れてしまったコンスタンティノス・ヴァシス氏のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)についての小論文です。

LAFCADIO HEARN
-----A Greek View-----
Constantinos VASSIS

ヴァシス氏などと他人行儀に呼ぶのはかえって気恥ずかしいヴァシス氏は、元在日ギリシャ大使です。その頃お会いしていたら、私はきっと緊張して、「Yes、Excellency.」(はい、閣下)などと言っていたかもしれません。男性の大使の敬称は、Mr.でもなくPresidentでもなく、Dr.でもなく、ましてやProfessorでもなく、His Excellency、略してH.E.と言います。ですから、ヴァシス大使なら、「H.E.Ambassador Vassis」が正式な呼び方。

彼が大使として日本に赴任してきたのは、すでに私がギリシャ大使館を去った後でした。それなのに、ひょんなことから夫人と親しくなりました。大使夫人としての公務に忙しかった時には叶えられなかった夢を叶えたくて、彼女が日本語を学ぶためにやってきたのです。それが当時私が仕事をしていた大学でした。

まさかギリシャ語で話せる相手がいるとも思えずやってきた彼女と、まさかギリシャ人が日本語コースに入学するなどと思わぬ私は、すぐに親しくなりました。そして元大使夫人のマダム・カティアはただのカティアとなって、ただのナオミと一緒に国内を旅行しました。

彼女が帰ってしばらくして、今度はご主人の元大使が、リサーチプロフェッサーとしてやってきました。そして、何か困ったことがあれば私のオフィスを訪ねてくるようになりました。その時に書いた論文が、このラフカディオ・ハーンについてのものだったのです。驚いたことに、彼は、世界各地で大使を歴任している間も、ギリシャ生まれの作家、ラフカディオ・ハーンの研究を進めていたのです。

まさか、と思うような不思議な縁はまだ続きました。その後、私の夫となった人が、偶然にもH.E.Vassisの友人だったのです。ここで、ようやく私も、背筋を伸ばして「Yes、Ambassador!」だの「Yes, Excellency!」だのと言わずにすむようになりました(笑)。

こうして私たちは、それぞれに、「ナオミ!」「トム!」「コスタ!」「カティア!」と呼び合いながら、アテネで、東京で、ロンドンで再会を重ねてきました。

さて、そんなコスタ(コンスタンティノス)の論文が出てきたのですから知らん顔をしているわけには行きません。

幸い読書の秋です。
幸い一仕事を終えた後です。
幸い13頁です。

ということで、片付けは明日にまわして読みふけってしまいました。それがまた何という偶然でしょうか。だって、それは、ラフカディオ・ハーンの「アイデンティティー」についてのものだったのです。アイデンティティーについては、私も昨日のブログでちょっと書いたばかりです。

ここらへんを一気に書いてしまおうと思ったのに、ちょっと長くなり過ぎました。
続編は明日に致します。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月1日(月):45度違いのテーブル
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:52| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年09月24日

「FIFTY SHADES OF GREY」というメガヒット

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今、私の目の前にあるこの本は、514ページものペーパーバックです。
そして、これが後に続く2冊を合わせて「THE FIFTY SHADES TRILOGY」と呼ばれる三部作の第一冊目、「FIFTY SHADES OF GREY」です。

ちなみに残りの2冊は、「FIFTY SHADES DARK」と「FIFTY SHADES FREED」です。
遅かれ早かれ日本語訳も出ることでしょう。その時にはいったいどんな名前になるのか楽しみです。

この小説を最初に知ったのは、ボストンに住む日本人の友人からでした。たしか5月の初め頃だったと思います。東京暮らしの時でした。

「ナオミ、とにかく物凄い小説が出たの。ニューヨークタイムズでもう連続7週間もトップよ。とにかく凄いから読んでみて。」

ということで、すぐに日本のアマゾンに注文したらすぐに届きました。以来、アメリカ人の友人たちからもこの本の噂を聞くようになりましたが、実は読もう読もうと思いながら、まだようやく4分の1ぐらいしか読めていません。持ち歩いて読むにはちょっと厚すぎるのです。

まずは第一部を読んでから、その感想も含めて書こうと思っていたのですが、あまり時流に遅れぬうちに、今日はちょっとだけ。

4千万部を超えるメガヒットだとか、ハリー・ポッターシリーズ全7冊の売上額を抜いたとか、映画化が着々進行中とか、この本は発売後もう何か月もたつというのに、まだまだホットな話題の渦中にあります。どんな本なのかは、ほんの少ししか読んでいない私が言うのは差し控えますけれど、「FIFTY SHADES OF GREY」で検索していただければ、たくさん出て来ます。一言で言えば、初心な女子大生と、大人の男性との間のかなり官能的な恋愛物語です。

驚くのは、E L JAMESという著者についてです。

「元テレビ会社に勤めていたE L JAMESは、ウェストロンドンに住む妻であり二人の子供の母である。幼少の頃から、彼女の夢は読者が恋に落ちながら家族や仕事について考えるような物語を書くことだった。そして、とうとう勇気を奮い起こして初めての小説を書いた。それがこの『FIFTY SHADES OF GREY』である。」

とは、この本の最初のページに出て来る作者の紹介です。初めての小説で4千万部!
しかもすでに37か国に翻訳権が売られたとか。
まあまあ、世の中にはこんなこともあるのかと、驚くばかりです。

そんな飛びぬけたベストセラーの一環をお見せいたしましょう。

これはお堅いはずのジョージ・ワシントン大学ロースクールの学生用の売店です。専門書や古典がずらりと並ぶ本棚の一番目につく所に、この三部作が並んでいます。しかも背表紙ではなく表紙を見せる形で。別のコーナーでは何と、スティーブ・ジョブズさんのお隣りです。
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そしてこちらはメイン州バンガーの小さな空港です。本屋さんなんてありません。キオスクのような小さな雑貨屋さんが申し訳程度に何冊かの本を置いているだけです。その大半を占めているのが、この三部作でした。
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こちらも空港ですけれど、バンガーよりはだいぶ大きなワシントンダレス国際空港です。成田と同じようにお店がたくさん並んでいます。通りがかった本屋さんの店先は、やはりこんなでした。
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さてさて、私が3部作全部を読み切るのと、和訳が出るのとでは、いったいどちらが早いでしょう。あるいはもたもたしているうちに、映画だって封切られてしまうかもしれません(笑)。そろそろ本気になって読まなければ、、、

                               By 池澤ショーエンバウム直美


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9月23日(日):クイック&イージーのシチリア風蛸サラダ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 00:17| Comment(2) | 本、映画、コンサートなど

2012年08月06日

終わりにはよくなる〜The Best Exotic Marigold Hotel

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あれやこれやと思い煩うことばかりの空の上で、疲れているはずなのに眠ることもできないままに、大して期待もせずにチャンネルを合わせたのが、第二の人生を求めて、あるいは第一の人生からの逃避のために、インドへと飛ぶ同じ飛行機に乗り合わせた、もう決して若くはない7人の男女の物語でした。

その題名を「The Best Exotic Marigold Hotel」という、2時間を超えるイギリス映画です。アメリカでは同じタイトルで、5月中頃に封切りになりました。日本では、どんなタイトルでいつ頃公開になるのでしょうか。

病気やら、夫婦仲やら、孤独やら、忘れられない思いやら、夫との死別やら、さまざまな理由で残りの人生に不安を抱える彼らが、こんな謳い文句に惹かれて、期限を決めぬインドへの長期滞在の旅に出るのです。

「あなたの晩年の人生を輝かす宮殿。イギリス式のマナー、開放的な中庭と屋根付きのバルコニー、その歴史的雰囲気の中でくつろげば、きっとあの時代に戻ることでしょう。」

パンフレットを見る限り、それは宣伝文句通りの豪華なホテル。しかもとても安価です。ところが、それを信じてはるばるジャイプールまでやって来た彼らを待っていたものは、若い青年が一人てんてこまいで運営する、崩壊寸前の埃をかぶったホテルでした。この映画はそうした失望から始まります。そして帰ることもできずに、そんなおんぼろホテルで暮らす中から芽生えたものや、失ったものや、壊れたものや、再生したものやらが綴られていきます。そして、紹介文によれば、「They begin to see things in a new light.」(そして彼らは新しい光の中で物を見始めた。)ということになるのです。

結局2度見てしまいましたが、2度目でようやく彼らの相互関係や心の機微が掴めてきて、今では、あれは実によくできた素晴らしい映画だと思っています。と思うのもまた、知らず知らずのうちに自分自身を彼らのうちに投影させているからなのでしょう。10年早く見ていたらまだ共感など得られなかったかもしれませんし、20年早く見ていたら、まるで他人事だったでしょう。

この映画の中で、繰り返されるフレーズがあります。

「終わりには良くなる。
 良くないのであれば、それはまだ終わりではない。」

またひとつ、心に残る言葉に出会いました。
By 池澤ショーエンバウム直美

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8月5日(日):いつかきっとのワインテイスティング@ホールフーズ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:02| Comment(1) | 本、映画、コンサートなど

2012年07月22日

たった一枚のほんとうのその切符

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ギリシャ→七夕→天の川とつながって、また急に読みたくなった本を引っ張り出して、「銀河鉄道の夜」のページを開けました。本というのは不思議なもので、それが面白さだとも思うのですが、その時の読み手の心や、とりまく周囲の状況で、微妙に読み方が変わるのです。

この本だって、私はいくつもの線を引いてはいますけれど、それらは繰り返し読みながら増えていったものです。

たとえば、、、、、

「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸いになるなら、どんなことでもする。けれどもいったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸いなんだろう。」

「ぼくはわからない。けれども、だれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸いなんだねえ。だからおっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う。」

「あなたがたは、どちらへいらっしゃるんですか。」
「どこまでも行くんです。」

「その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍りつく湖水や、激しい寒さとたたかって、だれかが一生懸命はたらいている。ぼくはその人にほんとうに気の毒で、そしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらよいのだろう。」

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでも、それがただしいみちを進む中のできごとなら、峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」

「どうして僕はこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。」

「ああマジェランの星雲だ。さあもうきっと僕は僕のために、僕のおっかさんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ。」

こうして、その時々に、異なる言葉が心の奥底にまで届きます。

けれども、いつどんな時でも、最後にここに行きつくと、涙がこぼれます。今日だって台所でブリと大根を煮ながら、簡易椅子を出して読んでいたら、毎度の事なのに心が震えて、くすんくすんとなりました。

「さあ、切符をしっかり持っておいで。おまえはもう夢の鉄道の中でなしに、ほんとうの世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つのほんとうのその切符を決しておまえはなくしてはいけない。」

私たちは誰もが、大股にまっすぐに歩く「命の切符」を持っています。たとえ目にすることはなくたって、みんな同じように一枚の切符が与えられているのです。今日、台所で涙していたのは、その切符を途中で捨ててしまった少年を思ってのことでした。

主人公のジョバンニは、病気の母親の世話をし、いつかお土産にラッコの上着を持って帰ってきてくれるはずの父親を待って暮らしています。そして、学校では馬鹿にされ、いじめられ、仲間外れにされています。けれども、銀河鉄道の旅の最後に与えられた切符をしっかり握りしめて、優しく、しっかりと生きていくのです。決して誰かを苛めたり、そねんだり、故意に傷つけたりはせずに、おっかさんの喜ぶようにまっすぐと。

切符は一枚しかありません。
                          By 池澤ショーエンバウム直美

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7月22日(日): 思いはイエメンのサーモンフィッシュンぐ

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 20:38| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年07月05日

The Bucket List〜棺桶ではなくバケツなら

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帰りの飛行機の中で見た映画は4本
「ヘルプ〜心がつなぐストーリー」と
「マーガレット・サッチャー〜鉄の女の涙」と
「ALWAYS 三丁目の夕日 ‘64」
そして
「最高の人生の見つけ方」

何ていうグッドタイミング
だってこの映画の原題は「The Bucket List」(バケツリスト)

「あなたのバケットリストはなに?」
そんな問いの意味がわからずにいる私に
みんなが説明してくれたのは
6月初めのパーティーでのこと

「バケットリストとはね、死ぬ前にどうしてもしたいことを言うの。
ほら、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの映画があったじゃない。
余命半年を宣告された二人の男の話。」

モーガン・フリーマン演じるカーターは
歴史学の教授になりたかった夢をあきらめて
45年間も自動車の修理工をしてきた男

入院先の病室で隣り合った男は
ジャック・ニコルソン演じるエドワード
巨万の富を持つ大富豪

「おい、なに書いてるんだ。」とエドワード
「ただのメモだ。」と答えるカーター

そこに書かれていたのはこんなこと

100万ドル稼ぐ
黒人初の大統領になる
見ず知らずの人に親切にする
スカイダイビング
涙が出るほど大笑いをする
荘厳な景色を見る
マスタングに乗る
世界一の美女とキスをする
入れ墨をする、、、、、、、、、、

「リストは単なるたとえとして書いただけだ」
と紙をまるめるカーターに
「いや、できる。俺たちは同じ船に乗ったんだ。」
というエドワード

そして二人は病院を抜け出して
途方もない旅に出る
バケットリストをひとつずつ叶えるための

フランス、エジプト、インド、中国、ネパール、、、、、

アフリカの大草原でジープを走らせながら 
「ライオンは寝ている」を声張り上げて歌う二人の男の
何という笑顔

「すまんがあとは頼む」と最後の息で言うカーターに
エドワードが答える
「ふたりでやらなきゃ意味がない。」

「自分の人生に喜びを見いだせたか。
 他者の人生に喜びをもたらしたか。
 それによって天国の扉が開くかどうかだ。」

これは確か、
あれほど傲慢だったエドワードの言葉

「バケットリスト」
映画の字幕で使われていたのは「棺桶リスト」

棺桶リストを書くのにはまだ抵抗があるけれど
バケットリストなら
書いてみたくなる

http://blog.platies.co.jp/archives/20120605-1.html

                   By 池澤ショーエンバウム直美

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7月5日(木): 本当にクイック〜クイックコーンプディング
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:18| Comment(3) | 本、映画、コンサートなど

2012年06月28日

アメリカの悲しき恋人〜ジュディー・ガーランド

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その日もよく晴れた初夏の日でした。開始時刻は18時45分だというのに、明るい青空が真っ白な国会議事堂を美しく映し出しています。サマータイムを取り入れている国にいると、時々まるで一日が長くなったかのような錯覚にとらわれます。

とりわけ、週末に入る前の金曜日の明るい夕方は、いつも以上に人々が華やいでいるようです。レストランは外テラスから一杯になりますし、町のどこかしらで無料の野外ライブが行われています。

たとえば、公園の野外劇場の週末コンサートシリーズなら、

場所:Carter Barron Amphitheatre
時間:午後7時開場 午後7時半開演
入場無料、チケット不要、先着3700名まで

演目は、ジャズナイトの翌週はレゲエナイト、その次はブルースナイトで、またその次はソールナイト、、、、、

さて、18時45分、国会議事堂を間近に見る「国立アメリカン・インディアン博物館」で始まった催しに戻りましょう。タイトルは「Judy Garland America’s Sad Sweetheart」、あの「オズの魔法使い」のドロシー役で知られる大女優ジュディー・ガーランドの生涯をたどる講座です。これもまたスミソニアンが日々開催している講演や授業、ワークショップなどのひとつです。

美貌も才能も名声も富も、そのすべてに恵まれたかのように見えるジュディー・ガーランドが、なぜ「アメリカの悲しき恋人」と呼ばれるのか、その謎が映像や歌と共に次々に解明されていきます。そして最後には、47歳で寂しく亡くならねばならなかった彼女を思い、なんともやりきれない気持ちになるのです。

何千回も歌われたというあの名曲、「Over the Rainbow」が流れれば、目頭を押さえる人たちも見られます。

Somewhere over the rainbow
Way up high
There’s a land I heard of
Once in a lullaby

Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true

空高く虹の向こうに 子守唄で聞いた土地がある。
空青く虹の向こうに あなたが見ていた夢が叶う場所がある。

ぎっしりと埋まった会場にすわるのは、だいたいが年配の方々。
そしてひっそり涙をぬぐうのは、おおかたは年配のご婦人たち。
もちろん私もそのひとり。

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月27日(水): ポテチの誘惑
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:45| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年06月19日

日本を描いた二つの映画〜「Jiro Dreams of Sushi」と「I Wish」

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今、ちょっと話題になっている映画があります。あるいは、「やっと来たか」の映画と言った方がいいでしょうか。初めて公開されたのは3月のニューヨークでした。ハリウッドスタイルとは対極にあるような地味な映画なのですが、ニューヨークでは公開前から話題になり、実際、興行収入も上々だったようです。

ニューヨークに端を発したこの映画は、次にはロサンゼルスで公開され、カリフォルニア、オレゴン、テネシー、、、、へと広まり、ここアメリカの首都ワシントンDCにようやく到来しました。

その題名を「Jiro Dreams of Sushi」と言います。最初に知った時は、当然日本映画だろうと思いましたら、実はアメリカ人の監督が作った映画でした。けれども、描かれているのは日本と日本人です。言葉は日本語で、英語の字幕が入ります。

これは、ミシュランで三ツ星を取った銀座のお寿司屋さん、「すきやばし次郎」のドキュメンタリー。主役は85歳の店主、小野二郎さんです。折々に料理評論家の山本益博さんの語り、いえ賛辞が入ります。

たった10席のカウンターだけ。値段は最低3万円から。お寿司以外には何もなし。それなのに世界中から予約が入り続けるとか、、、

面白かったのは、映画そのものではなく、文化の違いの方だったかもしれません。私たち日本人から見れば、映画というよりは何となくテレビをつければやっていそうなドキュメンタリー番組。確かに画面にアップされるお寿司はおいしそうですけれど、それを見ている隣の若いお嬢さんも、後ろのご婦人も、前の紳士も、大きなカップからポップコーンを口に運び続けながら、時折これまた大きなカップでコーラを飲んでは、どうして笑うのかわからないところで笑いころげたりするのです。耳で聞く日本語と字幕との間に誤差があるのかもしれません。

山本益博さんが言います、成功するには5つの条件を満たさなければいけないと。
1にまじめ、2に向上心、3に清潔感、4に短気(わがまま)、5に情熱。
これもまたなんとなく陳腐なような気がしないでもありません。

ワシントンポストでも堂々の4つ★評価を獲得したこの映画の日本上映は未定のようですが、日本で公開されたらどういう評価を得るのでしょうか。ちょっと楽しみです。

ワシントンDCではウェストエンドシネマという小さな映画館で上映されています。どのくらい小さいかと言うと、昔の小学校の幻灯を思い出すぐらいです。
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もうひとつ、最近、こちらは普通に大きい老舗の映画館で、正真正銘の日本映画を見ました。これも4つ★評価です。2011年の邦画「奇跡」です。英語のタイトルは「I WISH」。奇跡を信じる子どもたちの冒険旅行の話です。4つ★にも関わらず、場内は私たちのほかには数えるほどの人たちしかいませんでしたけれど、いい映画でした。
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日本では気づかずに見逃してしまった名画や、日本ではもしかしたら見られないかもしれない、あるいはだいぶ先になるかもしれない、そんな映画を楽しめるのもここでの暮らしの面白さです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月18日(月):日本食お客様ディナー何作る?〜ハード篇
       
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:00| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2010年01月09日

20年たった今も、彼女たちはあなたを呼んでいる。

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 昨年12月初めから、新聞で見つけた小さな記事の切り抜きを手帳のポケットに入れて眺めながら、とうとう新しい年になってしまいました。「好きな映画を5本あげてください。」 とでも問われようものなら、絶対にこの映画が入るでしょう。これからたくさんの映画を見続けても、この映画はたぶんその場所を占め続けることでしょう。

 「Bagdado Cafe」、原題は「Out of Rosenheim」。あの心の奥底まで染み入るような切なく美しい名曲、「Calling You」が流れる映画です。「♪ア〜〜〜イ ア〜ム コー〜〜〜リン ユー」 と言うサビは初めて聞いた時から、あの埃っぽい砂漠の情景と一緒に、20年以上も変わらず私の中で流れ続けてきました。

 それが、今、渋谷の小さな映画館で、監督自らが再編集した 「ニューディレクターズカット版」 として、一日に2回だけ上映されているのです。しかも、この三連休が終われば夜9時からの1回のみになることを聞きつけ、あわてて今朝早くに都心へ出て、10時きっかりに銀幕の前に座りました。

 やはり素晴らしい映画です。コーヒーマシーンが壊れてしまった寂れた砂漠のカフェに、スーツを着込み、ハイヒールを履き、羽飾りのついた帽子をかぶって、重いトランクを引きずりながら迷い込んできた太ったドイツ人の中年女性ジャスミン。彼女が踏み入れた場所は、生活に疲れた黒人女性、ブレンダの 「バグダッドカフェ」。そこは、アメリカンドリームからは外れてしまった人たちの吹き溜まりでした。

 怒鳴り声、罵倒、あきらめ、そんなものしかない所で、ジャスミン自身も大きく変わりながら、次第次第に周りの人たちの心を変えて行くという、よくあるテーマにすぎないのですが、私たち観客はその変貌を見ながら、私たち自身も、囚われていた何かから自分を解き放っていくのです。絵のモデルを頼まれたジャスミンが、自らの意志で一枚ずつ衣服を脱ぎ捨てていくように。そして、登場人物の過去も未来も描かず、余計なことは一切言わないままに、人生のマジックを見せてくれるのです。よくできた映画です。

 この映画が好きなのは、出てくる人たちが、時間の流れと共に、みんな一緒に幸せになっていくところ。おんぼろピアノで絶望的に一日中バッハを引き続けていた青年が、最後には自信堂々、嬉々としてお客の前でピアノを奏で、それに合わせてジャスミンとブレンダが踊り歌う最後のシーンは何度見ても感動的です。

 「Calling You」は最初にも、途中にも、最後にも流れてきます。

 「この歌ができた時、最初の印象はどのようなものでしたか?」という質問に、アドロン監督はこんな風に答えています。

 「曲を聴きながら涙が止まらなかったよ。僕だけじゃなく、その場にいたスタッフ全員、皆が泣いたよ。」

 ストーリー、映像、音楽ともに素晴らしい!こんな映画が再び上映されているのですから、見逃す手はありませんね。

A deseert road from Vegas to nowhere
Some place better than where you’ve been
A coffee machine that needs some fixing
In a little café just around the bend

I am calling you
Can’t you hear me
I am calling you

ラスベガスから何処へ続いているのかもわからぬ砂漠の道
それでもこれまで居た所よりはいいに決まっている
そこをちょっとまわった所にある小さなカフェ
壊れたコーヒーマシーン

あなたを呼んでいます
聞こえませんか?
あなたを呼んでいるんです

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、映画、コンサートなど

2009年02月09日

人は人、自分は自分、でも、うらやましい。。。。。

 さほど期待していたわけでもないのに、時折、素晴らしい番狂わせをくらうことがあります。
昨晩、渋谷で見た「ロシュフォールの恋人たち」 もそうでした。40年以上も前の映画ですのに、音楽も、踊りも、ストーリーも、一言で言えば実におしゃれでかっこいい!登場人物のファッションも大好きです。主人公の双子の姉妹が着る服も帽子も靴も、明日からでも真似をしたいぐらい。姉妹の母親がつけている造花も素敵、髪型も素敵。脇役で出てくる人たちもみな素敵!バービー人形のような人たちが、すらりと伸びた足を惜しげもなく見せて、踊り歌う最高に楽しいミュージカル映画です。

 双子のブロンドの方はカトリーヌ・ドヌーブ。栗色の髪はドヌーブの本当のお姉さんのフランソワーズ・ドルレアック。何とこちらの役は当初オードリー・ヘプバーンとブリジッド・バルドーに声がかけられたというのですから、もしどちらかで実現されていたとしたら、これはまたすごい見ものになったことでしょう。

 スパッと惚れ惚れするような足の上げ方に見覚えがあると思ったら、何と「ウエストサイド物語」 で不良グループシャーク団のリーダーだったジョージ・チャキリスでした。甘いマスクに見覚えがあると思ったら「雨に歌えば」 の俳優ドンのジーン・ケリーでした。どこから見ても双子姉妹の母親には見えないほど若づくりのカフェのマダムは「うたかたの恋」 の悲恋の令嬢のダニエル・ダリューでした。かくかくしかじか、この映画には大俳優たちがたくさん登場して、ドヌーブとフランソワーズの美人姉妹を盛り立てています。

 映画を見た後に衝撃的な事実を知りました。1歳違いのドヌーブの姉、フランソワーズは映画が完成した翌年に、ニース空港に向かう途中の事故で25歳の命を落としているのです。ジーン・ケリーも、10年以上も前に亡き人となりました。それなのに、2人とも銀幕の中では、歌い、踊り、笑い、悲しみ、恋人同士として生き続けています。たとえ私たちが皆いなくなった100年後にだって、この映画を見る人たちに喜びを与えているのでしょう。

 人は人、自分は自分、人の職業をうらやむことはあまりありませんが、こんな時ばかりは彼らがうらやましくなります。

 「ロシュフォールの恋人たち」、お勧めです!ただし、翌朝から音楽が頭から離れなくなります。


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、映画、コンサートなど

2009年02月02日

回る回る「シェルブールの雨傘」

 昨日2月1日は60歳のシニアでなくても、50歳以上の夫婦がそろわなくとも、老若男女だれでもが1000円で映画を見られる「映画の日」、しかも日曜日が重なりました。大混雑なのを覚悟して早めに劇場に行き、座席指定のチケットを買い求め、カフェで時間をつぶすこと1時間、開演直前に劇場に戻ってみると、なんと場内のあちこちに空席があるではありませんか!座っているのは大半が私たちぐらいのノスタルジー世代。中にポツポツと若い人たちの姿が混じります。面白いのは、彼らが、一歩外を出た所であふれかえっている若者たちの群とは明らかに異なっていること。予告編が始まるまでの間、静かに本を読んでいるのです。

 場所は渋谷。お目当ての映画は『シェルブールの雨傘』。今から45年前に作られた「映画史に残る永遠の恋愛ミュージカル映画」 のデジタルリマスター版 (意味がよくわかりませんが)。パンフレットには「世界で一番美しい人、ドヌーヴ!恋、音楽、ファッション、すべての女の子の原点がここに!」 とあります。いいんですか?いいんですか?見なくても、と言いたくなるような謳い文句です。

 始まりました。冒頭からあの切なくも美しいテーマミュージックが流れてきます。フランス北西部の小さな港町シェルブールの海沿いの通りを行き来する人たちを、雨の視線になったカメラが頭上から映し出します。赤い傘、青い傘、黒い傘。。。。人の姿は見えず動くのは傘ばかり。美しい幕開けです。

 撮影技術を駆使したスピード感溢れる映画とは全く違って、恐ろしくオールドファッションで、少々退屈でした。全ての言葉が音楽に乗っているなんて実に不自然でした。でも終わった時に、控え目な拍手が私たちの斜め後ろから聞こえてきました。思わず目をやると、70は越えているだろうと思われる老婦人がひとりで、パチパチと手を叩き続けているのです。つられて私もパチパチと叩いたら、今度は開演前にじっと本を読んでいた隣の若い男の子がパチパチパチ。たとえ退屈でもこんな嬉しい連鎖反応を起こすほど、じんわりと心に染み入る、とてもフランス映画らしい映画でした。

 連れ合いは何度目かだというのに再び感激して、売店でサウンドトラックのCDを2枚も買い込みました。「ナオミ、この映画の素晴らしいところはね、悪い奴が一人も登場しないところなんだよ。みんないい人たちなのに、すれ違ってしまう。それでもみんな、それなりに新しい場所で幸せに暮らしているんだ。」

 なるほどと思いながら眠りに就き、一夜明けたら困ったことに「シェルブールの雨傘」のメロディーが頭の中をぐるぐると回っていました。せっかく「ポーニョ ポーニョ ポニョ さかなの子」が消えてくれたと思ったのに(涙)。。。。。。
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2009年01月26日

街はストーリー、人生もストーリー

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 今年3度目の映画は「パリ(PARIS)」。ジャパンタイムズの映画評に誘われて何度か渋谷へ足を運んでみたのですが、126席のル・シネマはいつも満席でチケットが買えませんでした。となると余計に見たくなるのが人間の常。三度目の正直で、早めに窓口でチケットを購入してから、街を歩き回ることにしました。インターネットで事前予約もできたのですが、当日にならないと予定がはっきりしなかったのです。しかも本来、映画と言うのは、前々からこの日と決めて切符を購入するコンサートや芝居と違って、フラリと思い立って足を運べるのが魅力なのですから。

 正直なところ、よくわからない映画でした。でも、わからない詩を読んだ後に、わからないけれど何となく不思議な余韻が残っていることがあります。しいて言えばそんなところでしょうか。
パンフレットを買ったら、解説にこんなことが書いてありました。

* 病から死を考えざるを得なくなったダンサーと彼の姉を中心に、パリで暮す人々の何気ない日常の哀歓を優しい眼差しで見つめています。
* まるでモザイクのようにストーリーを構築していきます。
* いろいろな人々の断片を追うスタイルで、街角ごとに違った表情があるというパリの多様さ、多彩さを存分に伝えてくれます。

 何となくわかったような、まだわからないような気持のまま、かじかんだ手をポケットに入れて歩きながらパートナーに感想を聞いたら、「Slice of lifeでしょ。」と一言。なるほど、人生のスライスか!と、なぜか納得して、謎が解けたような気持になりました。モザイクでもない、断片でもない、まさにスライスという言葉がこの映画を表すには最適の言葉かな?

 外に出れば、行き違う人たちがみなそれぞれのストーリーを持っているように見えてきますから不思議なものです。そんな言葉を伝えたら、連れ合いいわく、「PARISだってTOKYOだってどこだって」と。

 街はストーリー、人生もストーリー。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、映画、コンサートなど

2009年01月16日

夢はいくつになっても叶うもの

 予定がひとつキャンセルになってぽっと空いた時間のおかげで、見たかった映画を滑り込みセーフで見ることができました。「マルタのやさしい刺繍」が、シネスイッチ銀座で今日までだったのです。

 「パリに住んでいた頃シャンゼリゼに店を持ちたかったの。」
 「気に入らないなら自分で縫ったら?」
 「この年で下着ショップを始められるかしら。馬鹿げた話よね。」

 これらは未亡人となった80歳のマルタと、同齢の3人の仲間達との会話です。(正確に言えば一人は同齢というにはちょっと若いのですが。)村人たちの轟々たる非難の中で、マルタとその仲間たちは、手づくりのランジェリーショップを本当に開いてしまうのです。途中一人が心臓発作で亡くなりますが、一人はそのために車の運転を習い、一人はそのために老人達のパソコン教室に通って、見よう見まねで手刺繍が美しい下着の写真をインターネットに載せるまでになりました。

 一心に針を動かしてセクシーで美しい下着を作るマルタ、嫌がらせで捨てられてしまった下着たちが入った大きなポリ袋を、ゴミ箱から抜き足差し足で取り戻しにいく夜中の四人組、「聞いて聞いて、インターネットに載せたら27件も問合せがあって8件も注文があったのよ!」と興奮して飛び込んでくるフリーダ、、、、、「その気になれば夢はいくつになっても叶うもの」というストーリー自体は顛末を予想させる平凡なものですが、とにかく皺皺のおばあちゃんたちがメチャクチャ可愛いのです。実際マルタ役のシュテファニー・グラーザーという女優さんは88歳、しかもこの作品がスクリーン初主演というのですから、まさに「夢はいくつになっても叶うもの」。

 見回してみれば私の友人たちの中にもたくさんの「未来のマルタ」たちがいます。でも、不思議なことにみんな女性。どうも年をとるにつれ女達はより潔くより雄雄しく、男達はよりチマチマとより女々しくなっていくような気がするぐらいに、私の周りは元気で魅力的な女たちでいっぱいです。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、映画、コンサートなど

2009年01月11日

感動菌の培養は暗い箱の中で

 今年最初の三連休とは言うものの、昨年秋から開講していた生け花の講座の最終回に立ちあわなければならなかったため、銀座でウロウロする日と決めました。銀座は1丁目から8丁目までがほどよい大きさで広がっているために、昨日のように天気の良い日には格好のお散歩場所です。中央通りは歩行者天国となり、広い車道にテーブルと椅子が並べられ、人々が談笑する様はギリシャのプラティア(広場)のようです。赤ちゃんがバギーの中で眠っていたり、リードのついたワンちゃんたちがお行儀よくご主人様の足元に寝そべっていたり、サックスを吹く青年がいたりという風景は、渋谷でも新宿でもない銀座だからこそ似合うもので、この慣れ親しんだ街にはいつもある種の品格と余裕を感じます。

 講座を終え、ミーティングを終え、ビックカメラでの買い物を終えれば、昼間は暖かかった街にも薄暗闇と共に冷たい風が吹き始めました。さあ、いよいよこの日最後の楽しみへと出動です。

 銀座にはいくつか大きな映画館がありますが、私の好きなのは表通りから一本入った所にひっそりとたたずむシネスイッチ銀座です。ここではマイナーだけれど秀作という作品が選ばれて上映されることが多く、映画好きには見逃せません。今かかっている2本とも東京ではここだけでしか見られないもの。さてさて、「マルタのやさしい刺繍」にしようか「そして、私たちは愛に帰る」にしようか迷ったあげくに昨夜選んだのは「そして。。。。。」の方でした。

 ドイツとトルコの共同制作で作られたこの映画は、トルコ人の父と息子、同じくトルコ人の母と娘、そしてドイツ人の母と娘の3組が、ブレーメンとイスタンブール2000キロにわたってすれ違いながらもタペストリーのようにそれぞれの運命が横糸と縦糸で繋がり、まっすぐに向けられない愛から大切な者を失い、そして失ったことを受け入れることから新たな希望へと向かって歩み出すという話。ハリウッド映画のように派手な作りではありませんが、映画が終わって何だかよくわからない気持で席を立ったあたりから、ジワジワと、本当にジワジワと感動が生れてくる不思議な映画です。秀作です。

 映画はいいです。でも感動を直球で受けとめて純粋培養するにはきちんと劇場で見なければいけない、というのが私の持論です。あの閉ざされた暗い箱で、じーっと座っていなければ感動菌は充分に繁殖しません。レンタルで借りてきて家のテレビ画面で見始めても、途中でお茶を入れに台所に立ったり、電話がかかってきて中断されたりで、結局はストーリーを追うだけになってしまいます。加えていつでも見られるという手軽さがいけません。先週久しぶりに3本も借りて来たのですが、1週間もあるのだからと思っているうちに結局期限切れとなってしまい、1本見ただけで返却する羽目となりました。

 昨夜の感動の余韻の中でもう一度言います。映画はいいです。でも劇場で見なければいけません。そして映画は癖になります。いったん見始めるとまた行きたくてウズウズしてきます。今年はこのウズウズを継続させていくつもりです。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、映画、コンサートなど

2009年01月10日

マンマ・ミア(おやまあ)!やっと今頃?

 探しているCDがあって銀座の山野楽器の地下売り場をウロウロしていたら、どこかで聴いたABBAのあの曲が流れてきました。しかも聴いた途端に一緒に口ずさんで踊りたくなるような。しばらくは思い出せなかったのが、歌の中で繰返される言葉で、目の前一杯に、眩しい太陽を浴びたエーゲ海の小島が蘇りました。Mamma Mia! Mamma Mia!………
 
 昨年の7月、ワシントンDCにいる時に、家から歩いて5分のシネコンの大きな画面で見たのがメリル・ストリープ演じる「Mamma Mia!」でした。カロケリ(夏)という架空のギリシャの小島を舞台にしためっぽう楽しい映画でした。この作品については劇団四季がロングランで上演していますので名前だけは知っていましたし、ブロードウェイを歩いている時も看板に心惹かれていました。でもこれがギリシャを舞台にしたものだとは全く知りませんでした。だって、Mamma Mia!は明らかにイタリア語。ギリシャの話だったのなら劇団四季だろうがブロードウェイだろうが早く見に行けばよかった、とギリシャひいきの私は映画を見た後で痛く後悔をしたのでした。「マンマ・ミア!」というこの言葉、たぶんこんな時に使うんですよね。「マンマ・ミア!(あらまあ、何てことでしょう!)、今まで見過ごしていただなんて!」

 さて、この映画、アメリカで公開されてから半年以上もたってようやく1月30日に日本でも上映が始まるとのこと。あちこちでプレブームが起き始めています。娘からも先日、「ねえ、ママ、マンマ・ミア!が来たら一緒に見に行かない?」と言われました。「とっくに見たわよ。」とちょっとばかり自慢げに言ってから、あわててフォローして、「でも、また行きたい。一緒に行こうね。」
 
 というわけで、目下公開を待っているところですが、この映画の見所はとにかくメリル・ストリープ演じるギリシャの小さなホテルの女主人ドナと、彼女の娘の結婚式に出席するためにやってきた親友のターニヤとロージーという熟年女性3人組です。団塊世代3人組と言えばもう少しイメージが湧くでしょうか。ストーリーを話すことは控えて、まあ、とにかく楽しく元気になる映画であることは間違いありません。ちなみに私が一番好きなのは、桟橋の上で、家から飛び出てきた島のギリシャ人たちが普段着で踊りまくるところです。

 でも残念なことも一つあります。せっかく美しいギリシャの島を舞台にしているのに、いくら耳をそばだてても1時間48分という心躍らす別世界で、一言もギリシャ語が聞こえてこなかったことです。ギリシャ政府観光局の友人に聞いてみたら、この映画、たしかにギリシャのスキアソス島で撮影されたということなのですが。

 昨年公開されて以来早半年、映画「Mamma Mia!」は、イギリスでは歴代ゆるがなき1位の座を守っていた「タイタニック」の興行収入を抜いて、10年ぶりに記録を更新したそうです。そんなことを聞くにつれ、またしても思うのは、「いったいなんで半年遅れ?」。映画に関して言えば、残念ながらまだまだ日本は陸の孤島ならぬ海の孤島のような気がします。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、映画、コンサートなど