2012年10月14日

霧の中のバービー

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あれは9月のメイン州
朝から深い霧のたちこめる日でした。
私たちは、「The Downeast Coast」と呼ばれる一帯の人気(ひとけ)のない村々を抜けて、左手にあるはずの海を見ることもなく、カナダとの国境に向けて走り続けていました。

霧が薄くなって、突然視界が開けることがあります。
何にも見えなかったのが、少なくとも何かが見えるのです。
それは、まるで蜃気楼のように幻想的な風景でした。

何度目かに現れた蜃気楼は、海沿いに並ぶ露店でした。
車を止めて歩いてみれば、不思議なものばかりが並びます。

石ころやガラス片
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古着や、半分こわれかけたような古いお人形。
セルロイドだったりゴムだったり。
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そして、、、、、、
出会ってしまったのです、このバービーたちに。
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ひとつひとつ手に取ってつぶさに見たいのに、
車の中で待つ夫が気になって
後ろ髪を引かれながらも、早々に切り上げました。
今思えば、どうして引き返してでも買って帰らなかったのかと思います。
ひとつ、いえ一人たったの2ドルです。

でも、なんだかこんな気もするのです。
車をUターンさせて戻ってみたら
ただの霧の中。
石も、セルロイドの人形も、
バービーも、みんなまぼろし蜃気楼。

ところで一世を風靡したバービー人形ですが、
調べて見たら初めて世の中に登場したのが1959年3月。
リカちゃん人形に押されて日本市場から撤退したのが1967年。
その後、1970年代後半に再上陸をしたそうですが、どうやら鳴かず飛ばずだったようです。

基地の町、横須賀で生まれ育った私にとって、バービーはごく身近にあるものでした。
お友達の家に遊びに行けば、ミシンのそばにバービーが着る小さなドレスがたくさんありました。外で仕事を持たない母たちは、内職でバービーの服を作っていたのです。

ドレスのそばにはいつも裸のバービーがありました。
その極端なまでに凹凸のついたボディーと、ポニーテールの髪は、小さな少女にとって「憧れのアメリカ」でした。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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10月14日(日):やっぱり賑やか朝ごはん
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 07:54| Comment(0) | メイン州

2012年10月05日

特別な時間、特別な場所〜海辺の小道

同じメイン州でも
9月のバーハーバーは、単に新しい記憶だからというのではなく
たとえそれが1年前のものであってもそうだろうと思うほどに
鮮烈な印象を残しました。

あの空気、光、風、匂い、音
五感に触れるすべてが心地よいものでした。

私たちが滞在していた真っ白な建物の
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部屋の外には海がひろがり
バルコニーの下には海に沿った散歩道が続いていました。
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ここは誰でもが歩くことのできる小道でした。
早朝のジョギングをする人も、
三脚を構えて朝日や夕日の写真を撮る人も
ゆっくりと散歩をする人たちも
そして私たちも
みんなが、海の匂いと波音の中で
いつもとは違う何かに包まれていました。

約1マイルの散歩道の途中に、こんな掲示板がありました。
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Shore Path
Circa 1880
Welcome to a stroll along the ocean's edge on a path more than a century old.

「海辺の小道  およそ1880年
 100年以上もたつ海辺の散歩道へようこそ」

Open to the pubic thanks to the generosity of bordering landowners.

「小道に接する寛容な地主の皆様のおかげで、この小道は全ての人に開かれています。」

そんな言葉の通り、この海沿いの道は、片側には海、反対側には広大な庭や林を持つ大きな邸宅が並びます。人気のない庭には、海に向かって並ぶ椅子。

「ああ、あそこに日がな一日座っていられたら」と思ったところで、私道に入ることはできません。
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それでも自分たちの簡易椅子を持ってきて
散歩道の端っこに座るのは自由です。

仲良く並んで一心に本を読んでいる老夫婦や
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海ぎりぎりの所で、図面に目を通しているキャリアウーマン風の女性。
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波が運んだ流木や
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潮風の中で実を結んだハマナス
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潮が満ちれば濡れてしまうのではないかと思えるほどの所に咲く
可憐な野の花たち
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カモメは羽を休め
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静かに時は流れ
西空に日が沈みます。
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スニーカーに履き替えては
この小道を歩きました。

引き潮時には
岩をつたって、靴が濡れるほどの所まで
下りて行きました。
そして、大きな石に腰を下ろして
ただ海を感じていました。

あそこで出会ったすべての物
本を読む老夫婦にも
図面を見る女性にも
野の花にも

岩場に動く小さな生き物にも
カモメにも
誰もすわらぬ椅子にさえ

今すぐ変わりたいほどに
特別な時間、特別な場所でした。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月4日(木):ビールで味付け?チェダーチーズスープ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:17| Comment(0) | メイン州

2012年09月14日

My favorite things in Maine

花に止まる蝶々や
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雨の滴を残したまま キラキラと輝く蜘蛛の巣
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林道に落ちた 近づく秋のメッセンジャー
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誰も見ていなくても 時が来れば美しく咲く野の花や
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潮風の中で健気に蕾をつける花たち
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空高く群れをなして飛ぶ鳥たちも
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キャディラック山の頂上までも高く飛ぶカモメだって
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静かな海
荒れ狂う海
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まだまだたくさん
この手に抱えきれないほどたくさんの
My favorite things in Maine
メインの私のお気に入り

「I simply remember my favorite things
 And then I don't feel so bad.」

それらを思い出すだけで
嫌なことなんか忘れられる
                              By 池澤ショーエンバウム直美

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9月14日(金):ダンキンのエッグホワイトフラットって?@USA
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:57| Comment(0) | メイン州

2012年06月15日

レイチェル・カーソンの小道2

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「Rachel Carson National Wildlife Refuge」(レイチェル・カーソン国立自然保護区)は今では7600エーカー(30.76平方キロ)にまで広がり、そこは10の区画に分かれて、それぞれの生態系が保たれています。

海水の湿地帯には森林から真水が流れ込み、そこにしか育たない植物が繁殖します。大洋へと流れ込む川は潮を受け、入り組んだ静かな水の中では、たくさんの貝や魚たちが育っています。そして、無数の昆虫と海鳥が、その魅力的な場所に魅かれてやってきます。

保護区には250種以上もの鳥が生息し、北から渡って来る鳥たちと、北へと渡る鳥たちが羽を休める場所ともなっています。哺乳類も爬虫類も両生類もみんな保護区の住人であり仲間です。

おじろ鹿も、へら鹿も、カワウソも、ビーバーも、狐も、ハーバーシールも、海亀も、
川蛙も、陸蛙も、、、、、、春の宵にはそんな仲間たちのコーラスがしんとした空間に響き渡ると言います。保護区のフライヤーによれば、

たとえば6月。
おじろ鹿が夜明けと日暮れ時に姿を現します。
引き潮になればアザラシたちが岩の上で横たわり、渡り鳥たちが帰り支度を始め、陸や湿原で雛鳥たちが見られるようになります。

7月になれば、海鳥たちが南米へと渡る旅を開始し、シギが干潟やビーチで雛たちに餌を与え、羽の生えそろった幼鳥たちが巣を飛び立ち始めます。

そうして、この大きな地球の中の小さな世界の1年が、予定された調和の中で過ぎて行きます。生きることも死ぬことも、育つことも朽ちることも、みな自然の調和の中でのごく普通のできごとです。人間世界のように、そねんだり、ひがんだり、足をひっぱったりもありません。

“There is something infinitely healing in the repeated refrain of nature − the assurance that dawn comes after night, and spring after the winter.”

自然が繰り返すリフレイン
-夜の次に朝が来て 冬が去れば春になるという確かさ-の中には
かぎりなくわたしたちを癒してくれるなにかがあるのです。
−レイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」

一言申し添えれば、「センス・オブ・ワンダー」を始め、カーソンの著作のいくつかを訳していらっしゃる上遠恵子さんの日本語は、原文の美しさを充分に生かした素晴らしいものです。いつかお会いしたい方のひとりです。
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月14日(木):こんな所でまさかのギリシャ
       

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:53| Comment(0) | メイン州

2012年06月14日

レイチェル・カーソンの小道1

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もしももう一度生まれてくることができるなら、次は文化人類学者か海洋生物学者になりたいと思います。もう随分長い間ずっとそう思ってきました。本を読んでは外に出て、衰える視力に合わせて次々にメガネを変えて、紫外線が残すシミが増えていくのも厭わずに。

ですから、レイチェル・カーソンと言う一人の女性の潔い生き方に魅かれ、彼女がこの地球に向けて発するメッセージのいくつかにいたく感銘を受けたとしても、ちっとも不思議なことではありません。もちろん彼女の著作を全部読んだわけではありませんし、専門的過ぎる部分は理解することもできません。けれども、文化人類学者でも海洋生物学者でもない素人の私の心にも届く言葉がたくさんあるのです。それが私に「グランマからの手紙」を書かせる動機のひとつとなりました。

メイン滞在記の最後は、そんなレイチェルのことで終えたいと思います。

レイチェル・カーソンは1907年にペンシルベニアで生まれました。幼少期にすでに、海とそこに棲むさまざまな生き物たちの神秘に心をとらわれていたと言います。とりわけメイン州の海岸地帯=メインコーストは彼女に多くの気づきを与えました。

その生涯は決して順風満帆ではありませんでした。家族の問題もありましたし、社会からの攻撃もありました。けれども、書くものが認められ始め、いつかメインに家を持ちたいという夢がようやく叶う時がやって来ました。レイチェル45歳の時でした。彼女はメインコーストの南側、サウスポートアイランドで夏を過ごすようになり、1955年には「The Edge of the Sea」(「海辺」)を書き上げました。

どこに居ようと私の手元にある「Sense of Wonder」(センスオブワンダー)も、メインの海と森の中を甥っ子のロジャーと歩きながら、57歳で亡くなる直前に書かれたものです。

サウスポートアイランドに行くのは難しくとも、誰にでも開かれている素晴らしい場所があります。それが、レイチェルの名前を冠した自然保護区「Rachel Carson National Wildlife Refuge」です。入り口は、先日書いた美しいミュージアムのあるオガンクィットと海沿いに並ぶ町、「Kennebunkport」(ケネバンクポート)にあります。

ここはレイチェルの死後、まもなくしてメイン州の力添えで保護区となりました。目的は、この類まれな海水の湿原を維持し、自然林を守り、渡り鳥たちのための河口を守ることです。

メイン州の海岸線に広がる保護区は、少しずつ広げられて、今では7600エーカー(30.76平方キロメートル)が10の区画に分かれています。海岸と森の間に植物と動物の貴重な生態系を作っている素晴らしい場所です。レイチェルが生きていたら、どんなに喜んだことでしょう。

この保護区の中に、「The Carson Trail」と言う1周1マイルのループロードがあります。左側に広大な湿地帯を見、右に鬱蒼と茂る林を見ながら歩く小道です。たかだか1マイル(1.6キロ)ですから、子どもでも充分に歩けますし、犬のお散歩も許されています。トレイルに入れるのは何時から何時までと時間に決められてはいません。規則は「from dawn to dusk」(明るくなってから暗くなるまで)です。たった1マイルの間でも、色々な発見があり、出会いがあり、ワンダーがあります。

もしも近隣に住んでいたならば、日の出とともに、真昼に、あるいは夕暮れ時に、きっと毎日トレイルを歩くことでしょう。 (明日へ続きます。)

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月13日(水):食は冒険 ドレッシングも冒険
       

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:00| Comment(1) | メイン州

2012年06月13日

灯台と管制塔

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メインの長く入り組んだ海岸線には60もの灯台があります。あるものは見晴らしのよい高台に、あるものは小さな島の隆起した岩の上に。

このテクノロジーの時代では、それらはもう実用的な役割を担うわけでもなく、ただ
人々のノスタルジーのために存在しているようなものですけれど、それでも灯台というものは、なぜかどこの国のどんなものでも美しく、まるではるか昔の旅人にでもなったように私たちを仰ぎ見させます。

高台にすっくと立つ姿は、たとえ周囲で観光客たちがざわめいていようとも、静けさの中で孤高の光を放っているようです。

今もなお残る全米の灯台の中でも、1790年にジョージ・ワシントン初代大統領によってその任務を命じられたポートランドの灯台は、メイン州の灯台の中で最も古いものです。今ではもう灯台守も居らず、24時間、機械によって自動的に光が点滅しています。眩しい太陽に向かって光を発したところで、何の役にも立たないでしょうし、誰も気づきはしないでしょうけれど、それでも灯台はなぜかいまだに光を放ち続けています。

灯台の中は、小さな部屋が歴史を展示してはいますが、螺旋階段を上がって上に登ることはできません。

歴史は灯台の外でも語られています。1836年のクリスマスイブの夜、灯に導かれ、もうあとわずかと言う所で座礁をしてしまった船とその乗組員たちを悼む碑があります。
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アメリカの子どもなら学校で必ず習うという19世紀の詩人、ロングフェローについてのこんな石碑もあります。

「Henry Wordsworth Longfellow often walked from Portland to visit this Lighthouse. The keepers were his friends and it is believed he sat here for inspiration for his poem.」
(ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローは、しばしばポートランドからこの灯台まで歩いて来た。灯台守たちは友人だったし、ここに座って詩のインスピレーションを得たと言われる。)
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かたやこちらは、ポートランドの見張り台です。町で一番高い丘の上に立つ八角形の建物は、1807年に建てられました。ここに引退した船乗りのキャプテン・ムーディーが一人立てこもり、望遠鏡で入港してくる船を観測しては、どこに荷揚げをさせるかなどの指示を出していたのです。管制塔のような役割でしょうか。ムーディーはこの仕事で一儲けをしたと言います。
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こちらは6階まで続く階段を登って、最上階まで行くことができます。たしかに見晴らしは素晴らしく、出入りする船の動きをすべて見てとることができます。最上階の天井には、美しい方位盤が描かれていました。
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こんな風に、灯台の光が歩く道を照らしてくれて、
こんな風に、方位盤が歩くべき方向を指し示してくれたならば
どんなにいいことでしょう。
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月12日(火):ポートランドのクラクラマッシュルームスープ
       
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:41| Comment(2) | メイン州