2012年05月02日

初めて

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怪我をしてから
初めて ペンを持って
初めて 字らしきものが 書けた時

初めて 両手で顔が洗えて
初めて 両手で化粧水がつけられた時

初めて ハサミが使えて
初めて 拍手ができて
初めて ジャンケンだって できるようになって
初めて 愛する人の左手と 私の右手をつないで 歩けるようになった時

そんなたくさんの「初めて」を覚えている。

まるで 赤ん坊が せいいっぱい延ばした腕で 命を感じ
まるで 小さな子どもが
ひとつずつ 言葉を覚えて
少しずつ 少しずつ
リトルバイリトル
世界を 広げていくように

私の世界も 少しずつ 少しずつ 
リトルバイリトル 広がっていった
長い長い間 あたりまえのように 馴染んでいたはずなのに
喜びにいざなわれた 
明るい新世界となって     (2012年3月 ワシントンDC)


格子にからんだキャロライナジャスミンが、雨の中で満開です。
せっかく春を待って咲いた花たちを、なるべくたくさん見てあげたくて
少しばかり切り取ってテーブルの上に飾ってみました。
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By 池澤ショーエンバウム直美



――――――――――
昨日のグローバルキッチンメニュー http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
5月1日(火): 残り物のお弁当だって
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:58| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月29日

そう、花や木の鼓動を感じて

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 4年に一度しかやってこない特別な日が白く覆われました。37日前のあの日よりも、もっと厚く、もっと白く。

 滑って転んだあの雪の日の怪我で装着されたギプスが、あれから初めて降った雪の日に、外されました。コチコチに固まった石膏が、心もとない身には爆音とも聞こえる電動カッターでパクリと割られて、右腕が出てきました。

 竹の中のかぐや姫のように光輝くどころか、何だか情けないほどに萎んで、あちこちに痣を残して、ふにゃふにゃして頼りない右腕でした。すっかり代謝が衰えてしまった手のひらも甲も、5本の指も、白くなった皮膚がポロポロと剥けてきます。

 固い筒の中から躍り出た右腕は、さぞかし解放感の喜びに溢れるだろうと思いきや、不安でますます萎縮して、閉じ込められていたのではなく、実は守られていたことに気づくのでした。そしてサポーターを巻かれ、150日間のリハビリの第一歩を踏み出すこととなりました。
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 待合室のテレビには、京都の山里で暮らすベニシアさんが映っています。音は消されて映像だけが流れています。ベニシアさんの言葉は、画面の下にテロップで表れます。心に響く言葉があっても、今の私はメモを取ることもできませんから、必死に頭と心に刻みつけます。

「花や木の鼓動を感じひとつになることができると、ストレスや不安が消えて溶けていく。単純なことを通じて地球との繋がりで感謝を知る。」

「人は家族の中で成長する。子供として親として、最後には老夫婦として。威厳と知恵と思いやりで生きる親を見れば、子供は成長する。」

「人生の嵐から守ってくれるのも、素晴らしい出来事を生んでくれるのも笑顔。これが美しく生きるヒント。」

 どれもが私自身が感じ、考えてきたことと重なって、裸の腕で世界に向かっていかなければならなくなった寄る辺ない身へのエールになりましたけれど、やはり最も心に刻まれたのはこんな言葉でした。

「Difficulties make you jewel.」
(困難があなたを宝石にする。)

 とは言うものの、「運動器リハビリテーション総合実施計画書」なるものによれば、屈曲度は正常な左手の4分の1、伸展度は3分の1、握力にいたっては100分の1でした!!

 焦らず焦らず、気長に気長に、そう、花や木の鼓動を感じて、、、、、、、
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(2) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月21日

「当たり前」が「特別」

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 怪我をしたり、病気をしたりの友人たちと、不便の数々をあげては、相憐れみながら交わす会話の中で、最近一番多いのがこんなことです。

「まあ、辛いことは山山あるけれど、こんなことでもなければわからなかったことがたくさんあるもんですよね。そういう意味ではいい経験をさせてもらってると思います。」

 本当にその通り。
 当たり前だと思っていたことが、全然当たり前ではなくて、
 何てことのない日常生活が、実はとてもありがたいことで、
 自分のからだを意識しないですむ時間というものが、どんなに特別なことで、
 家族や友人の存在が、どんなにたいせつなことかということ。

 ゆっくりと歩む時間の中では、今まで見えなかったことだって見えてきます。
 人情の機微もこれまで以上に感じられるようにもなり、
 自分にとって本当に大切なものがおぼろげにわかるようになりました。
 だから毎日「ありがとう」ばかり呟いています。

 たとえば今朝だってこんなことがありました。
 こちらは火曜日が、瓶や缶や古紙、段ボールの回収日。
 1週間分のたくさんの空き缶と空き瓶を左手だけで分別していると、「お手伝いしましょうか。」と声をかけてくださって、ワンちゃんのリードをしっかりと手首に巻きつけてから隣にすわってくださったのは近所のご婦人。一昨年大病を患って以来、リハビリを兼ねて、毎日愛犬のモモちゃんと一緒にゆっくり、ゆっくりと歩いていらっしゃいます。

 100%あきらめていた今月の「グローバルキッチン」も、毎日たくさんの方に助けられて、今日、最後の会を開催することができました。窓いっぱいに差し込む春の光も嬉しいことでしたし、賑やかな笑い声も、真面目顔での語り合いも、共に作り、共に食べる時間も、本当にうれしいことでした。

 こうして、たとえそれぞれが様々な問題を抱えていようとも、同じ時、同じ場で心豊かな時を共有できたということは、当たり前に予定されていたことのように見えて、実はどんなに特別なことだったでしょうか。

 食卓のバラを新しくさしかえました。と言ったって、これだって今の私にはできないこと。
 ありがとう。
 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:23| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月13日

私のスローライフ

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 朝目覚めた時から私のスローライフが始まります。ぬくぬくと心地よいお布団の中でからだを伸ばそうとして、自分の右腕を思い出します。そして、新しい一日にすることをゆっくりと考えます。たくさんのことができなくなってから、たくさんのことをしないことが快適になってきました。これがもしかしたら、友人たちが言うあの言葉なのでしょうか。

「ナオミさん、これまで忙しすぎたから、きっと神様が『少しお休みしなさい』と言っているんですよ。」

 初めのうちは、できなくなったこと、諦めねばならなくなったことを数えては、そんな言葉がかえって辛く聞こえたこともありましたけれど、たくさんのことをしないことが快適になっていくのにつれて、ありがたく受け入れられるようになりました。

 左手で、ゆっくりと着替えをし、ゆっくりと脱いだものをかたづけ、ゆっくりとベッドを直し、ゆっくりと顔を洗い、ゆっくりと化粧水をつけ、ゆっくりとコーヒーを入れます。そして、その後に続くすべてのことがゆっくりと進められていきます。

 そうしているうちに、思考もゆっくりになっていき、以前だったら気になっていたようなこともあまり気にならなくなってきました。もちろん情けなさとはいまだに共存していますけれど、不思議なもので、「できないものはできない」と、いったん潔くきらめてしまえば、忙しくしていた時よりもイライラしたり、せかせか焦ったりすることが少なくなりました。

 こんな日々の中では、ちょっとペースを上げて頑張ってしまうと、ひどく疲れます。

 同じ日に足を骨折した友から、折しも昨夜、こんなメールが届きました。足をついてはいけない暮らしをしている友は、「仕事はあまり動かなければ行ってもよいが、雨や雪の日はだめ」とお医者様に言われ、先週半ばから午前中だけ近くの職場に出勤を始めました。

 「午前中だけでも疲れてしまい、一日仕事はまだ無理だなと思いました。どうしてもやらなければいけない事だけして帰ってきています。あとはいつ手術になっても構わないように身辺整理でもぼちぼちしておこうかなと思っています。ナオミさんも、いろいろあるかと思いますが、あまり無理しないでくださいね。

 からだは、悪いところを、からだ全体で一生懸命治そうとしているそうです。だからとても疲れるのだそうです。今まで以上に疲労感があると思いますが、当たり前なので、焦らないでゆっくり休みましょう。

 けなげに頑張っている左手さんも、必要以上に動かすと腱鞘炎になってしまいもっと大変ですので気をつけてくださいね。私は、両手が動かせるので、ひたすら編み物していたのですが、両手が疲れてしまい松葉杖をつけなくなるといけないと思い、ひかえることにしました。毎日、松葉杖を頼りに、ゆっくりゆっくり、よちよちと歩いてます。」

 本当にその通り。昨夜あんなに疲れてしまって、もうPCすら開ける気力もなくソファーに崩れこんでしまったのも、良き友や家族に助けられながらとはいえ、ちょっと頑張りすぎてしまったからなのでしょう。いつもなら何でもないことなのに、確かに、「からだは、悪いところを、からだ全体で一生懸命治そうとしている」ようです。

 それでも、本当にいい会ができました。私自身は一切手を出さずに、口だけでアレコレ言うという前代未聞の試みでしたが、前菜からデザートまで8品ものギリシャ料理を皆様に召し上がっていただくことができました。そして正直に白状すれば、ミチヨさんと娘が私の手となって作ってくれたムサカも、牛肉とペコロスのシチューも、豆のトマト煮も、私が作る以上においしくできたのです。スパナコピタという、ほうれん草と山羊のチーズのパイに至っては、これまで何十回と作ってきたどれよりも美しくできました。
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 プレゼンも無事終わりましたし、今回の会の発起人でもあるギリシャ政府の友が選んで運んでくれたギリシャワインの美味なるテイストに誘われて、食事とおしゃべりの饗宴は、外が暗くなるまで続きました。
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 さあ、今日はまたスローライフに戻ります。
 ゆっくり、ゆっくり、なんでもゆっくり。
 動くことも、考えることも。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:17| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月10日

そんなものです、愛情なんて

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 先日登場した「ぶっとびエミさん」は、ポンポンと小気味良い言葉の羅列の中に、時折とてもしおらしい部分が表れて、それがまた可愛らしいのです。例えばこんな言葉。

 「いつも思うのだけれど、まぁ、子供や孫になにかあるより、私に何かあるほうが幸せ!」

 もちろんこれは、彼女流、私への励ましメッセージです。「たしかにそう」と、家族や友人たちの顔をひとりひとり思い浮かべては、うなづいています。仕事に、子育てに忙しい娘たちは、もしも突然右手が使えなくなったらどんなに困るでしょう。夫だって息子だって仕事に支障が出るでしょう。孫ならば、自分の状況を理解することも難しいでしょう。美容師のリサさんはどうやってハサミを使い、書家のキミエさんはどうやって筆を握り、レーサーのオダさんはどうやって車を走らせたらいいのでしょう。

 エミの言うように、大切な人たちが痛くはないか、困ってはいないか、落胆してはいないか、と想像を膨らませる辛さよりは、それが自分である方がよっぽど気楽で幸せです。

 ただひとつ悲しいことがあるとしたら、こんな私では、彼らが必要とする時に、守ってあげることも、手助けをしてやることもできないことです。

 ですから、毎朝、私は祈ります。

 「どうか大切な人たちをお守りください。
  そして大切な人たちを守ることができるように、この私の心とからだをお守りください。」

 でもきっと今だって、もし何かがあれば、私は自分の状況のことなどすっかり忘れて、迫りくるモノの前に両手を広げて立ちはだかって、愛する人たちを守ろうとしてしまうのでしょう。そんなものです、愛情なんて。

 お花が届いて、部屋のあちこちが春になりました。
 出かけてみれば、いつもの並木道だって、どこかに春が隠れているようです。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:50| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月06日

なんとありがたいこと〜雨の日に地球を歩く

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 怪我以来、定期便で毎朝電話をかけてくれる友が今朝まず言ったことは、

 「今日は雨が降る。明日も雨が降る。」

 いつもなら「ふうん、そうなの」ですむ言葉なのに、ちょっと動揺しました。電話を切ってまず最初にしたことは、我が家の傘立てを確かめることです。だって今日はお医者様に行く日でしたし、明日の午前中はまた2時間の講義があるからです。

 案の定、探していたものはありませんでした。傘というものは、なぜにエイヤっとばかりにいいものを買うと電車の中に忘れてきたり、デパートのトイレに置いて来たりするのでしょうか。いつの頃からか「傘は天下のまわりもの」と考えることにして、潔く後を振り返らないことにしましたが、それにしてもひどすぎます。傘立てに鎮座しているのは、コンビニで買ってはいつの間にやら増殖してしまったビニール傘ばかり。中には一見立派に見える傘があっても、ワンタッチでは開けません。

 気が付きませんでした、傘ですら開けない身だったなんて。
 だって、あの日からこのかた、雨が降ったことなんて一度もなかったのですもの。
雨が降り出す前に、まずは大急ぎ、片手で開ける傘を買いに行きました。
 ついでに、背負うことのできるバッグも探してみましたが、近場では見つけられませんでした。

 新しく買ったワンタッチの傘が子供みたいに嬉しくて、広げた傘の下で大地を踏みしめ歩いてみれば、病院通いだって何だかウキウキしてきます。あれ以来、私は「歩く」ということを随分と意識するようになりました。もう二度と滑らないように、しっかりと歩いています。そしてそれは時として、大地のもっと先にある地球を感じさせます。こんなことが起きなければ知らずにいた感覚かもしれません。なんとありがたいことでしょう。

 医院の待合室で隣に座ったのは、きちんと背広にネクタイを締めた50代ぐらいの男性。左足が靴も靴下も履いていません。しばらくたって診察室から出てきた時はぐるぐる巻きの包帯で松葉杖に支えられていました。

 外は雨。慣れぬ松葉杖で表に出た男性が、ものの1分もしないうちに戻ってきて、

 「駄目です。すみませんが車を呼んでください。」

 私はと言えば、そっとコートに手を通し、三角巾を頭からかぶって、右腕を通し、鞄を左肩にかけて、おニューの傘をポンと開いて、地球の上を踏みしめながら歩いて行ったのでした。なんとありがたいことでしょうか。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:33| Comment(2) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月05日

祈れるようになりました。

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 早いものであの事故の日から指折り数えて(左手なら数えられます!)、13日もたちました。今の心境を一言で言えば、「ふがいない」と「なさけない」と「もどかしい」を足して、混ぜて、3で割った感じでしょうか。

 沈み込んでいる私を見かねて、家人が色々なプランを考えてくれます。でも、どこへ行くにしても、まともに着られる服がありません。こんな状況になって初めて気づきましたが、おおかたの服は袖口が狭かったり、腕を曲げなければ着られなかったり、ジッパーがあったり、片手では絶対無理なボタンやフックやリボンが付いています。何とか着られる服は恐ろしく昔の時代遅れのモノだったりします。しかも、大妥協してそんなアウトオブファッションを身に着けても、ストッキングを履くのがまた困難なのです。何しろ左手だけでむやみに引っ張り上げねばならないものですから、途中でピリッと切れてしまったりもします。あげく、時間ばかりがかかって、お洒落とはほど遠い様になります。夫との釣り合いもとれません。

 出かけたら出かけたで、これがなかなか怖いのです。転んだらどうしようと階段を上り下りするのにもびくびくし、混んだ電車には怖くて乗れません。えいやっと乗ったら乗ったで、左手でしっかり吊り輪につかまって、右腕をかばいながら電車に揺られなければなりません。今まで当たり前のようにやっていた社内読書など、とんでもありません。

 たまたま4人掛けの優先席の前に立ってしまったって、若い人はほとんど寝ていたり、携帯電話の画面をいじったり、お化粧に余念がありません。そのうち、優先席に座る権利が十分にありそうなお年を召した方が、申し訳なさそうに立ち上がって席を譲ろうとしてくださったりもするのです。昨晩もそうでした。そんなことがたび重なれば、かえって申し訳なくて、優先席からはあえて遠い所に立つようになります。

 そんな装いと覚悟で出かけた金曜日の夜は、上野での安田正昭さんのピアノリサイタルでした。私はこのピアニストの奏でる音が好きで、日本にいる時にコンサートがあれば、まず駆けつけています。今回は、ベートーヴェン最後のピアノソナタ3曲、席はたまたま彼の背中と右手が見える、舞台に向かって左側。

 安田さんの右手は、雷雨のように激しく鍵盤をたたくかと思えば、まるで微風のように動きます。そして聞く者の心を容赦なくつかみます。人間の右手にこんな力があったことを、私はあらためて動かぬ右手で思います。

 曲が終わるごとに大きな拍手が鳴り響きます。私は拍手ができません。ただ心の手を叩くだけです。ここでもまた、「ふがいない」「なさけない」「もどかしい」思いでいっぱいになります。

 けれども、今朝、いいことがありました。手を合わせて祈ることが出来るようになったのです。まだまだおかしな恰好ですが、私は今、手と共に祈ることができます。まずはそれができるようになったことを感謝し、良きことのために、大切な人たちのために、愛する人たちのために、苦しむ人たちのために、そして自分のために祈ることができました

 大きな進歩です。
 嬉しい進歩です。


 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:06| Comment(4) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月02日

2がたくさんの冬晴れの日

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 骨折の事故以来、一日も欠かさず書いてきたブログが昨日はぬけてしまいました。さきほど、仕事に出かける途中の友人から、「どうかしたの?」と言う電話。「何かあったんじゃないかと心配して。」

 ありがとうございます。大丈夫です。元気です。
 「弱り目に祟り目」と不運を恨む選択肢もありましたが、却下しました(笑)。

 実は、ふだん使っている2台のコンピュータのうち、新しい方の一台で突然メールが開けなくなりました。他のサイトには繋がるのにホットメールに入れないのです。一昨日PCデポに駆け込んだのもそんなトラブルからでした。

「大丈夫ですよ。」と言われて、一安心して帰ったところが、やっぱり駄目なのです。青年PCにはしばしお休みしてもらい、年季の入った古株に頑張ってもらっていたのですが、今度はこちらも同じ症状になってしまいました。まるでこの小さな書斎に、いたずら者の小鬼がかくれているかのようです。あるいは、PCだけに感染するX型スペシャルインフルエンザとか(笑)。

 というわけで、昨日もまた、今度は予備の予備の最古参まで一族郎党引き連れてPCデポへ行かねばならなくなりました。本来だったら何てことなくささっと車で行けるのですけれど、それができないのが辛いところ。しかも両手で荷物が持てません。1台なら電車で何とか運べても、3台は無理というものです。

 そんな時に友人が車を出してくれて、ついでにランチまで一緒にしてしまって、いったい本来の目的は何だったかしら、と思い出さねばならないぐらいに、アレコレと話し込んでしまいました。おたがいの今年の旅行の話、家族の話、やりたいことの話、、、、、気づけば全部が未来形。同時通訳でもされていたら、きっと、willとshallとbe going toばかりだったにちがいありません。

 どんな状況でも、あっけらかんと希望の未来を語り合える友は貴重です。

 帰ってからは、仕事帰りに材料持参、キッチン労働付きの鍋パーティーに駆けつけてきてくれる家族たちのために、初めての左手掃除。掃除機を組み立てるのには手こずりましたけれど、掃き掃除も拭き掃除もできました。私の左手はこの時とばかりに一生懸命働いてくれます。

 できないからと放っておいたことも、娘たちが目ざとく見つけて、頼みもしないのに手際よく助けてくれます。咲き切った百合の花が捨てられて、もぬけの殻となった花瓶は中までゴシゴシと洗われて、捨てるにはまだ惜しい花たちが小さな花瓶に移されました。

 たとえ三角巾で釣られていたって、走り回る孫息子と遊ぶことぐらいはできます。台所から漂う暖かな空気と、料理の匂いがひたひたと居間全体に広がっていく中で、私は何度、「もういいか〜い」「まあだだよ〜」と叫んだことでしょうか。

 相変わらずメールを読むことも書くこともできません。
 この不可解な状況の解明と修復に、あるいは小鬼の捕獲に(笑)、日曜日の朝、スペシャリストの方が出張してくださることになりました。それまではまるで、右手の使えぬロビンソン・クルーソーのようです。

 最後に読んで、お返事を書けぬままになってしまった、エミさん、チヨミさん、ノブコさん、ミキさん、ノリコさん、サツキさん、モリゾーさん、カズコさん、マサオさん、トールさん、、、、、そしてその後にメールをお届けくださった皆様、しばらくの失礼をどうぞお許しください。もしお急ぎの方は、ご遠慮なく私の携帯に連絡してください。

 2012年2月2日、2がたくさんの冬晴れの日、皆様どうぞ優しい一日を!
 こんな日には、良いことを考えたいですね。
 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:01| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月31日

次はしっかりと送り手に

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 全てのお料理ができないわけではありません。包丁を使わないものなら、片手で何とかできる場合もあります。ただし、あとの洗い物を左手だけで頑張る気力があるのなら。

 昨日は、いろいろな野菜を切って焼いて冷凍したものをイタリア食材の店で見つけ、たっぷりのオリーブオイルで炒めて片手でスープを作ってみました。数種類のチーズと果物とパンをテーブルの上で切るぐらいは連れ合いにもできます。加えて、おいしいビールとワインと会話があれば、何の文句が言えましょう。とはいうものの、、、、、、

 日々困るのは、料理よりも、字が書けないことです。今日だってとても困りました。突然メールが開けなくなったPC の具合を見てもらおうと、いつもの店に駆け込んだのはいいものの、差し出された紙に記入することができません。名前も日付も電話番号も、症状の説明も、メールのIDも。

 当たり前だったことが、実は全然当たり前ではないのです。もしも包丁も使え、字も書けて、好きな服が着られて化粧もできて、運転をすることも泳ぐことも、両腕で荷物も持てる日々が再び戻って来てくれたなら、私はそうしたごく当たり前のことを、どんなにありがたく思うでしょうか。そして、季節の移ろいや、風や光や雨をどんなに愛おしく思うでしょうか。

 私などとは比べ物にならないほどの大怪我を負った友が言いました。

「ゼロというかマイナスからのスタート。全く歩けない状態からのリハビリ通いはきつかったけれど、ふだん接する事のない人々との出会いは貴重でした。感謝・感謝の一年間でした。」

 たかだか1週間だって、痛みと不便さと、焦りと情けなさの中で、いろいろな発見がありました。こんなことがなければ一生わからなかったことかもしれません。そして、もし「感謝指数計」でもあれば、こんな日々ですら、いえ、こんな日々だからこそ、指数系の針はプラスの方向に揺れっぱなしです。

 玄米おにぎり、ライスバーガー、ソース焼きそば、中華丼、海鮮ちゃんぽん、オニオンスープ、パンプキンスープ、きのこのクリームスープ、ビーフカレー、豚丼の具、はるさめの炒め、味付けビーフン、カルボナーラ、ナポリタン、太巻き、細巻き、鶏ごぼうご飯

 
 今日、大きな段ボール箱一杯に冷凍食品の救援物資がが届きました。ひとつひとつの名前を呪文のように唱えれば、それはまるで「サラカドゥーラ メチカブーラ ビビディバビディブー」
 カボチャだって馬車に変身しそうです。

 左手で使える「エジソンのお箸」を送ってくださった方もいらっしゃいます。
 励ましやお見舞いの言葉もたくさんいただきました。
 私にできる恩返しがあるとしたら、次はしっかりと「送り手」になることです。

 ありがとうございました。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:22| Comment(2) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月30日

Shall We Dance? 〜私の新世界

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 いよいよ装着してきました。先週の金曜日のはずでしたが、腫れがひかないため延期になったのです。何しろ生まれて初めての経験です。動転して、私のグルグル巻きの右腕の下にあるものが「ギプス」だとばかり思っていたら、いえいえそれは単なる「副え木」というものでした(笑)。

 副え木を外して腕を覆うことになったギプスは、面白いほどにコチコチです。相変わらずできないことだらけですが、嬉しいことに指が全部出るようになりましたし、大太巻きが中太巻きぐらいにはなりました。これで少しは着られる服もあるかもしれません。

 たくさんの友人が自分自身や身の回りの「骨折体験」と、不便生活の知恵を教えてくれました。私のように、手術ではなくギプスを選んだ友も多く、過去にそんな経験があったことなど初めて聞いて驚いた方も、一人や二人ではありません。

 ノリコさんにいたっては、「自慢ではありませんが、骨折は先日のあばら骨で6回の経験があります。」と冒頭からショッキング。

 「腕もありますが、何より大変だったのは右足首と左足の小関節の骨折を2年おきにした時でした。結局手術は一回もせず、全てギプスで我慢生活。。。」

 これがマイブランドの化粧品を作っているエレガントなノリコさんの言葉だとは!
 何だか元気になるじゃありませんか。

 新進気鋭の大学教授ケイコさんは、お正月に転んで右腕を骨折しました。休講にしたくなくて、やはりギプスを選びました。「そりゃ不便ですが、ま、何とかなるもんですよ。」

 加えてサチさんは、お母様のこんな素敵な「できごと」を知らせてくれました。

 70代前半で自転車で転倒して腕の骨を折ったサチさんのお母様は、手術をせずに、前から決まっていた家族旅行に参加したのだそうです。もちろん今の私と同じような姿で。なんだかそのお気持ち、とてもよくわかります。

 「ちょうどナオミさんと同じポーズの写真があったのを思い出します。」というサチさんの言葉の後に続くのは、もっと嬉しいこんなもの。

 「その後、母は、大好きな社交ダンスにも復帰して何不自由ない生活に戻ったと記憶しています。」

 ノリコさん、ケイコさん、サチさん、待っててください。
 Shall We Dance?
 いつか一緒に踊りましょう!

 コチコチ腕で初めて表に出たら、夕日が家々を染めようとしています。何てことのない見慣れた風景なのに、なんだか初めて見るように新鮮でした。こうして私の新世界が始まりました。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 20:37| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月29日

涙は優しさのために

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 せめて左腕だったらどんなによかったのに、と愚痴をこぼしたくなるほどに、不便です。これ一行書くのだって、いつもの5倍以上の時間とストレス。「じゃ、書かなきゃ?」と思っても、こんな状況では、じっと黙って耐えているのもストレス(笑)。

 服を着替えるのだって、そろそろそろりと、優にいつもの5倍。お化粧も満足にできないし、髪の毛だってブローできない。片手でやっていると思っていた多くのことが、実はもう一方の手が支えていたことを知りました。同じように、ひとりでやっていると思っていたことの多くも、気持ちの上でも実際にも、実は誰かの支えがあってのことでした。

 こうしてポツポツとキーボードを打ちながら、今日はお世話になった方々に手紙を書きましたけれど、封筒に宛名を書くことができないことに気づき、隣人に頼みました。

 せめて左ではなく、右が使えればどんなによいのに、と思ったって無理な話です。私は右利きですから、滑ったからだを受け止めるのは、当然ながら、けなげな右手の出番です。

 それでも文句は言えません。私は自由に歩けます。家の中の階段をいつもと変わらず上がったり下りたりしていますし、電車に乗って出かけることだってできます。今夜だって仲良しの友人夫婦と食事に出かけました。行った先では、お箸も使えませんし、ナイフとフォークできちんと食べることもできませんが、いつもと変わらず楽しい時間を過ごしました。

 だからどんなに情けなくても泣きません。

 元の職場の親友は、一昨年、足に大変な骨折をしました。長い病院生活の後には松葉杖暮らしとリハビリが待っていました。その後、ようやく松葉杖もステッキも必要ない日常生活に戻り、職場に復帰したと思ったら、今度は私と同じ日にお風呂場で滑って、またギプスと松葉杖の身となりました。どんなに無念なことでしょう。

 「2本の松葉杖でこの体重(笑)を支えて右足を着かないように歩くのは大変。階段も無理。両肩や両脇など右足以外のあちこちも、だんだん痛くなってきます。」

 それなのに、友はこんなことを言います。

 「泣きだい時はがまんしないで泣いてもいいと思います。私は2回目で慣れているけどナオミさんは骨折初めてなんですもの。やはり我慢はいけないと思います。私は、前回は痛いのは我慢しましたが、優しくされた時は何回か泣いてしまいました。涙って嬉しい時は我慢できないものですね。」

 素敵なメッセージです。

 光と影が織りなす美しい昼間でした。こんな状況にあっても、それを美しいと思えるなんて、なんとありがたいことでしょうか。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:02| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月28日

割れてくれなかった「身代わり札」

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 物に対しても、おそらく人に対しても、およそ執着心というもののない家人がよく言います。「世の中には自分でコントロールできることも、できないこともある。できないことには、だいじな心を使わないことだ。」

 今回の事故で打ちひしがれている私にも、あっけないくらいにけろりと言います。「起こってしまったことを悔やんでもしょうがないじゃないか。」

 「君が不注意だったからだ。」とか、「そんな靴、履いて行かなきゃよかったのに。」などとなじることもありません。これには助かります。だって、誰よりもそれがわかっているのは、当の本人なのですから。

 それなのにやっぱり私は、ついくよくよと、あきらめねばならなくなったたくさんのことを考えてしまうのです。こうしている今だって、こんなことにさえならなければ、家族全員が集まって「おとうさん」のお誕生日祝いをしていたはずなのです。プレゼントもとっくに用意していましたし、築地での買い出しの予定だって、それぞれの持ち込み料理の段取りだって、準備万端整って、みんな、それはそれは楽しみにしていたのです。

 お正月に同じ面子で繰り出した初詣で買った「身代わり札」だって、いつも鞄に入れていました。もちろんあの、滑って転んだ日にだってちゃんと。持ち主に降りかかる災厄を、割れたり、なくなったりすることで代わりに引き受けてくれるはずの札です。話が違うではないですか!

 けれども、割れもせず、破れもせぬ姿で依然として私の目の前にあるということは、、、
 つまり、これは「災厄」ではないということ?
 そう、きっとどこかで、いいことに繋がっているのかもしれませんね。
 お札が守ってくれなかったと恨むよりは、そう考えた方がずっと素敵。

 とは言え、やっぱりみんなでわいわい、鮑シャブシャブが食べたかったかも(涙)。
 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 19:18| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月27日

To be, or not to be〜手術? ギプス?

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 考えて考えて、泣きたくなるほど考えて、自分で結論を出したはずなのに、また揺らぎ始めてかなり辛い状況です。

 娘たちの骨折には何度も立ち会ってきましたけれど、わが身にとっては初めてのこと。母として一生懸命冷静に対処することはできても、自分のこととなると、もう本当に情けないぐらい。

 動かせなくなった右手を守りながら、タクシーでなじみの整形外科に駆け込んだのが3日前のこと。レントゲンを何枚も撮って、「いいですか、我慢してくださいよ。こうするかどうかでその後の経過が違うんですからね。」と先生に言われ、「はい、どうぞやってください!」と答えるやいなや、処置室で横になった私の腿の上に乗っかって、折れた部分を力いっぱい上下にひっぱる先生。

 診察室ではレントゲン写真を見ながら、「物書く人でしたよね。手術しちゃったほうがいいかもしれないなあ。でもともかく明日、この病院の専門の先生のところに行ってください。」

 翌日、紹介状とレントゲン写真を持っていけば、大病院の先生は、手術とギプス、それぞれのリスクを説明したあとで、「どっちにするかよく考えてお昼までに決めてください。手術なら金曜日入院で月曜日。入院はだいたい1週間。ギプスなら5週間ぐらい。」

 病院の外でぶるぶる震えながら、家族と親友に長電話をしました。それでもまだ決められません。もう一度先生にお会いし、正直にそんな思いを口にすると、先生は、からりと、

「そんなに迷うんなら手術はやめなさい! いつかは骨もくっつくんだから。」

 というわけで、ようやくきっぱり決断をしたというのに、、、、、

 今日、最初のドクターの所に戻ったら、今度はこんなことを言われてしまいました。

 「手術にしたほうが良かったと思いますよ。でもまあもう決めたことなんだから、後悔しない! 月曜日にきちんとギプスをはめましょう。1週間後にレントゲンを撮って、様子次第で手術ということにしたらどうですかね。」

 かくして私はまたもや先行きも見えぬ霧の中。「自分で決めてください。」ではなく、「僕は手術を勧めます。」とただの一言ででも言ってくれれば、迷いもなく今日入院していたのに、、、、、などとつい思ってしまって、、、

 2週間前には固い蕾だった百合がこんなに開きました。
 残る蕾は、ひいふうみいよお、あと4つ。
 蕾がひとつ開くたびに、肩の荷がポロッとひとつ軽くはならぬものでしょうか。

 明日は穴をあけられない講義がひとつ。
 ホワイトボードは左手でチャレンジするとしても、
 いったい、何を着ていったらいいのかしら。
 ストッキングはうまくはけるかしら(涙)。
 

 

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 18:38| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月26日

ポカポカのポッカポカ

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今や良くも悪くも、情報の広がり方と言ったら驚くばかり。

「だぶだぶ袖」の」ことを書いて、ものの1時間もたつかたたないかのうちに、ピンポンとチャイムが鳴りました。待っている本が届いたのだろうと思えば、そこに立っていたのは、大きな紙袋を持った明美さんです。

 袋の中には、ポンチョのような千鳥格子のかぶりものと、グレイのグラデーションが美しい大振りのセーター。どちらも、すぐに羽織って出かけたいぐらいに素敵です。しかも「どこまでだぶだぶ?」と言いたいほど。

 仕事場でたまたま「だぶだぶ袖」のことを書いた私のブログを読んで、急いで家に戻り2着を届けてくださったのです。「これならきっと着られるだろうと思って」と。

 まだ雪が溶けきらぬ道を仕事場へと大急ぎで自転車を走らせる明美さんの後姿にポカポカと暖められて、明美さんの前で着込んでみせた二着を脱ぐのがもったいなくて、私は今、心もからだもポカポカのポッカポカ。

 そんなところに届いたのが転倒の日にアマゾンに注文していた本です。
 何度も読んだはずなのに、また読みたくなって、ポカポカのポッカポカのだぶだぶ袖三角巾姿の私は、これからしばらく「ノアノア」と一緒にタヒチへと逃避行。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:43| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

転倒不便生活3日目

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 転倒不便生活も3日目となりました。ああ、こんなこともできないんだ!と日々発見の連続です。それでも、一昨日は介助なしでは着られなかったコートに何とか自力で手を通せるようになりましたし、固定された右腕の肘と二の腕の内側、そして唇と歯を使うことを覚えました。たとえば、、、、、

 コーヒーカップを左手に持ったままドアノブを右肘にひっかけてドアを開ける方法とか、瓶を二の腕とからだの間にはさんで固定して左手で蓋をあける方法とか、、、、ハサミで切りたいところを右肘でボール紙の上に押し付けて左手でカッターナイフを使う方法とか、、、、

 それでも昨日、どうしてもできずにあきらめたことがありました。

 病院からの帰り道、恵方巻きのように太くまかれた右腕でも袖を通せる服を買いに行きました。だって昨日の私といったら、何着も取り出してはあきらめたあげく、結局、フレンチスリーブの夏物姿。

 「寒くないの?そんな恰好で」と診察室で言われ、
 「しょうがなかったんです。着られるものがほかに見つからなくて」
とうなだれて、「そうか、なるほど」とお医者様を妙に納得させてしまったぐらい。

 だぶだぶ袖の服を2着見つけて、レジでカードを出しました、いつものように。
そこではたと気が付きました、いけない、サインができないんだ!(笑)

 かくかくしかじか、かなり漫画的な日々となりました。
 このくらいまで書いただけでけっこう疲れます。
 しばらくはショートショートでいくしかなさそうです。

 一休みして、あとでまた書きます。
 だってまだ、手術か長期ギプスかの重大決断のお話しをしていなかったですものねえ。



posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:18| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月25日

初めてのことだらけ

左手さんがどんなに頑張ってくれても、日常生活の中で、できないことがこんなにたくさんあることに驚きました。突然の事故でしたから、準備もなく、ごく普通のことができないことに直面しても、ではどうしたらよいかの知恵も働きません。

昨日困ったこと。これはまだきっと序の口。

料理ができない。
レストランでお箸が使えない。
朝着たセーターの袖が太巻きギプスを通らず脱げない。
ミラノで思い切って買ったカシミヤなのに切るしかない。
鋏で切ろうと思っても鋏を使えない。
リボン結びができない。
ペンダントができない。
化粧水を手の上に出せない。
クリームの蓋をあけられない。
指輪が外せない。
時計も外せない。
ブラのフックも外せないし、とめられない。
トイレには余裕を持っていかないといけない。

まだまだたくさんあったはずですのに、なにせ字を書くことができません。
メモがとれないのです。

これから病院に行ってきます。

ところで、打った右腕は1時間後にはこんなに膨れ上がり、
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待っている間に重い氷を載せられました。
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何もかも初めてのことだらけ。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:45| Comment(2) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月24日

頑張れ、私の左手

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 10時の歯医者さんの予約に間に合わせようと、足早に歩いていたら、凍っていた道で滑って転びました。私のからだの重さを支えようとした右手首に激痛が走りました。整形外科で何枚ものレントゲン写真が撮られ、かなりひどい骨折をしていることがわかりました。明日、紹介状を持って大きな病院に行きますが、そのうち手術をすることになりそうです。

 痛みはなんとか我慢していますが、とにかく不便です。右腕がギプスで固定されていて、全く使えません。これだけ書くにも左手で一苦労。三角巾なんて初めてです。

 しばらくは、ぼちぼちと、悲劇の主人公ではなく漫画のヒロインにでもなったつもりで、日々の不便生活を綴ります。メールのお返事なども滞ることと思いますが、どうぞお許しください。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:59| Comment(4) | 不覚の骨折顛末記