明るく美しい朝を迎えました。6時に目が覚めてしまったら、外はもう光り輝く世界になっていてびっくり。
それにしてもなんと言う蒸し暑さでしょうか。常夏のハワイでも、熱帯のプエルト・リコでも、真夏のニュージーランドでもかかなかった汗を、この3日間、いやというほどかいています。それでも冷房が苦手な私は、一人の時には節電もあって、窓を開け放っています。かといって貿易風の地のように、サワサワと風が通り抜けるわけでもないのですが。
こんな時に聞きたくなる音楽はいくつかありますけれど、今日は朝からIZ(イズ)をかけながら仕事をしています。蒸し暑さですら、心地よさに変えるIZの歌力に頼りながら。
時としてIZの歌はまるで祈りのように、ひたひたと哀しみで、しんしんと喜びで、心の奥底を揺らします。2年前、ホノルル郊外、カハラホテルの祝宴の席で、人々のざわめきと、寄せては返す波音の合間に心地よく流れていたのが、彼の歌でした。以来、私は、何かにつけては、その声を聞くようになりました。こんな蒸し暑い日にも、たとえ寒さに凍える日でも、そして悲しみに沈む時も、喜びに心躍る時も。
「IZ」、ごぞんじでしょうか。本名は「Israel Kamakawowo’ ole」という、やたら長い名前のハワイの伝説のシンガーです。なぜ伝説かと言えば、今はもういないからです。人が「伝説の人」になるのは、いつだってこの世での役目を終えた後ですから。
340キロを超える巨体から、わずか38歳の若さで亡くなった14年前、ハワイ全州は深い悲しみに包まれたと言います。彼の葬儀には2万人を超える人たちが参列しました。
今、流れているのは、リズムを刻むウクレレのイントロに乗せて、IZのハミングで始まる「Over the Rainbow」です。
いけません、目の前に虹がかかってきました。本当は別のテーマの予定でしたのに、急遽おしゃべりを変更します。
最後に虹を見たのは、ホノルルのダウンタウンへと車を走らせている途中でした。左手の山肌をも虹色に染める大きな虹でした。「あっ!虹!」と叫ぶと、生まれて初めて虹を見た小さな少年が言いました。「ニジ? に・じ。きれい。」
着いた先で、今しがた見たばかりの虹の話をすると、ハワイに住んで長い知人がさらりと言いました。「ここでは毎日のことですよ。」。そう、たしかにハワイは「虹の州」(State of Rainbow)と呼ばれて、車のナンバープレートにも虹がかかっています。
その前に虹を見たのは、ニュージーランドのクイーンズタウンから、湖の間の山道を走っている時でした。左側の湖面からずっと遠くの湖面にまで、文字通り「bow」(弓)のように大きく、くっきりとかかる虹でした。
クレタ島の山間の村々を訪ねた後で、高速道路を下り立った夕方のイラクリオンの町では、ぐるりと円を描くような虹が私たちを出迎えてくれました。
旧約聖書の「創世記」の中では、40日40夜続いた洪水が地上の生き物を滅ぼしつくした後で、空に虹がかかります。それはノアとその子孫たちに対する神様からの約束でした。もう決してこのような大洪水は起こさないと言う、、、
行く先々で虹に出会うたびに思います。
「これは神様からのプレゼント。きっといつかまたこの地に戻れることの約束。」と。
Somewhere over the rainbow
Way up high
There’s a land I heard of
Once in a lullaby
Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true
空高く虹の向こうに子守唄で聞いた場所がある。
空青く虹の向こうに夢が叶う場所がある。
CDの最後の曲が終わってちょっとした沈黙の後、IZが何かを呟いています。聞き取りにくい言葉を何度も聞いてみれば、こんなことを言っています。
「僕みたいに大きな人間は、たくさん酸素がいるんだ。歩く時にも、何をする時にも酸素がたくさんいるんだ。」
そうしてIZは、私たちを虹のこちら側に残したままで、酸素のたくさんある虹の向こうに旅立ってしまいました。
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今週のグローバルキッチン http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
6月20日(月):宴会の始まり始まり@マウイ
6月21日(火):宴会はたけなわ@マウイ
6月22日(水):宴会の終わり@マウイ

