2011年06月22日

ニジ? に・じ。きれい。

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 明るく美しい朝を迎えました。6時に目が覚めてしまったら、外はもう光り輝く世界になっていてびっくり。

 それにしてもなんと言う蒸し暑さでしょうか。常夏のハワイでも、熱帯のプエルト・リコでも、真夏のニュージーランドでもかかなかった汗を、この3日間、いやというほどかいています。それでも冷房が苦手な私は、一人の時には節電もあって、窓を開け放っています。かといって貿易風の地のように、サワサワと風が通り抜けるわけでもないのですが。

 こんな時に聞きたくなる音楽はいくつかありますけれど、今日は朝からIZ(イズ)をかけながら仕事をしています。蒸し暑さですら、心地よさに変えるIZの歌力に頼りながら。

 時としてIZの歌はまるで祈りのように、ひたひたと哀しみで、しんしんと喜びで、心の奥底を揺らします。2年前、ホノルル郊外、カハラホテルの祝宴の席で、人々のざわめきと、寄せては返す波音の合間に心地よく流れていたのが、彼の歌でした。以来、私は、何かにつけては、その声を聞くようになりました。こんな蒸し暑い日にも、たとえ寒さに凍える日でも、そして悲しみに沈む時も、喜びに心躍る時も。

 「IZ」、ごぞんじでしょうか。本名は「Israel Kamakawowo’ ole」という、やたら長い名前のハワイの伝説のシンガーです。なぜ伝説かと言えば、今はもういないからです。人が「伝説の人」になるのは、いつだってこの世での役目を終えた後ですから。

 340キロを超える巨体から、わずか38歳の若さで亡くなった14年前、ハワイ全州は深い悲しみに包まれたと言います。彼の葬儀には2万人を超える人たちが参列しました。

 今、流れているのは、リズムを刻むウクレレのイントロに乗せて、IZのハミングで始まる「Over the Rainbow」です。

 いけません、目の前に虹がかかってきました。本当は別のテーマの予定でしたのに、急遽おしゃべりを変更します。

 最後に虹を見たのは、ホノルルのダウンタウンへと車を走らせている途中でした。左手の山肌をも虹色に染める大きな虹でした。「あっ!虹!」と叫ぶと、生まれて初めて虹を見た小さな少年が言いました。「ニジ? に・じ。きれい。」
 
 着いた先で、今しがた見たばかりの虹の話をすると、ハワイに住んで長い知人がさらりと言いました。「ここでは毎日のことですよ。」。そう、たしかにハワイは「虹の州」(State of Rainbow)と呼ばれて、車のナンバープレートにも虹がかかっています。

 その前に虹を見たのは、ニュージーランドのクイーンズタウンから、湖の間の山道を走っている時でした。左側の湖面からずっと遠くの湖面にまで、文字通り「bow」(弓)のように大きく、くっきりとかかる虹でした。

 クレタ島の山間の村々を訪ねた後で、高速道路を下り立った夕方のイラクリオンの町では、ぐるりと円を描くような虹が私たちを出迎えてくれました。

 旧約聖書の「創世記」の中では、40日40夜続いた洪水が地上の生き物を滅ぼしつくした後で、空に虹がかかります。それはノアとその子孫たちに対する神様からの約束でした。もう決してこのような大洪水は起こさないと言う、、、

 行く先々で虹に出会うたびに思います。
「これは神様からのプレゼント。きっといつかまたこの地に戻れることの約束。」と。

  Somewhere over the rainbow
Way up high
There’s a land I heard of
Once in a lullaby

Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true

空高く虹の向こうに子守唄で聞いた場所がある。
空青く虹の向こうに夢が叶う場所がある。

 CDの最後の曲が終わってちょっとした沈黙の後、IZが何かを呟いています。聞き取りにくい言葉を何度も聞いてみれば、こんなことを言っています。

「僕みたいに大きな人間は、たくさん酸素がいるんだ。歩く時にも、何をする時にも酸素がたくさんいるんだ。」

 そうしてIZは、私たちを虹のこちら側に残したままで、酸素のたくさんある虹の向こうに旅立ってしまいました。

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6月20日(月):宴会の始まり始まり@マウイ
6月21日(火):宴会はたけなわ@マウイ
6月22日(水):宴会の終わり@マウイ
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2011年06月21日

コキ蛙君との再会

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 4月のプエルト・リコですっかり仲良しになったコキ蛙君と思わぬところで再会しました。仲良しと言ったって、いえ、夜な夜な声を聞いていただけで残念ながらただの一度も実物には出会えませんでした。とは言え、プエルト・リコのアイドル的存在のこの小さな蛙君は、縫いぐるみになったり、Tシャツに描かれたり、キーホルダーになったりと、いたるところで大活躍です。私もこんな栓抜きマグネットとCDまで買ってしまいました。
 
 そんなコキ君がいったいどんな風に鳴くのか、そしてコキ君のCDとはいったいどんなものなのかは、こちらをご覧ください。http://blog.platies.co.jp/archives/20110417-1.html

 「面白いもので、ちょっと調べてみたら、植木鉢に入っていたらしいコキがプエルトリコからハワイ島に上陸し、瞬く間に繁殖し、今では騒音公害を引き起こしているらしいのです。同じコキ君の鳴き声が、ハワイ島では『うるさい』と嫌われて、『ハワイの不動産価値を下げ観光業界が頭を悩めている。』とまで言われているとは!あげくのはてには、2006年にはハワイ州政府がコキを法的に害虫として正式登録をして、さまざまな方法で『害虫駆除』を始めたというではありませんか!長旅の末にようやく安住の地を見つけたコキ君にとっては、たまったものではありません。」

 などと書きましたけれど、いやはや本当でした。ホノルル空港の一角にこんな「手配書」を見つけてしまったのですから。

「Declare it for Hawaii
Help prevent invasions before they occur by declaring all plants, produce, animals, sand, and snail, when traveling to Hawaii. These items require inspection.」
(全ての植物、農産物、動物、砂、かたつむりの持ち込みは、申告して検査を受けてください。)

 そして、入国を固く禁じられているものの筆頭として、可愛らしいコキ君の写真が貼られていたのです。「コキはしばしば鉢植えの植物の陰に隠れています。」などと写真まで添えられて。

 長々と書かれた説明書きを要約してみれば、

「エイリアンはハワイ本来の生態系を脅かし、農業や商業、人間の健康と生活に巨大な悪影響を与えます。外界から孤立した島々は特に影響を受けやすいのです。とりわけハワイは、交通の要であり、観光地であることから、十分な警戒が必要です。」

 おやまあ、ご覧の通り25セント硬貨ぐらいのミニ蛙のコキ君が指名手配のエイリアンです。属州(コモンウェルス)とは言え、プエルト・リコもアメリカの島、ハワイだってもちろんアメリカの島。それなのにこんなに扱いが違うのですから、ここはもう声を大にしてプエルト・リコのコキ君たちに言いたくなります。

「ゆめゆめ脱出などたくらんではいけませんよ。冒険したくなっても、そこでいい子にしてらっしゃい。」

 ところで、ハワイ空港の警告書の最後がふるっていました。

「あなたのペットの蛇やトカゲもハワイには連れてこないでください!」

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6月20日(月):マウイ島の宴会メニュー1
6月21日(火)予告:マウイ島の宴会メニュー2
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:44| Comment(0) | ハワイ

2011年06月20日

再びそれぞれの日常に

 
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 家族8人そろっての「ハワイ一つ屋根の下暮し」も終わって、またそれぞれの日常が始まりました。もうみんな出勤をして仕事を始めた頃でしょう。日に焼けた小さな少年も、今頃は保育園で、先生やお友だちに、お魚になった思い出を、舌足らずな言葉で一生懸命話しているのでしょうか。私も襟を正して、再び日常の生活へと踏み出します。

 水曜日に一人発ち、
 木曜日に一人発ったはずが、あろうことか逆戻りし
 金曜日に二人、
 土曜日の朝に一人、
 そして土曜日の午後に四人が発ち、
 窓一杯に海と椰子の木々が見えた賑やかな集いの部屋は、誰も居なくなりました。それでも、風は同じように吹き、朝日も夕日も同じように美しく空を染めているのでしょう。

 私はあいも変わらず失敗ばかり。
 
 あまりに爽やかな空気に、ランランと広いバルコニーに出ようとしたら網戸に突撃してしまいました。憐れな網戸は穴こそあきませんでしたが、風が吹くたびにヒラヒラ揺れる暖簾となりました。「ご、ごめんなさい。メガネをかけていなかったもので、、、それにあんまり外の景色がきれいだったものでつい、、、」などという言い訳は許されるはずもありません。

 「グランマのチャチンとる!」と言う小さな少年にカメラを持たせたら、床に落ちてレンズが引っ込まなくなってしまいました。以来、私のデジカメは無用の長物。

 ホノルルに住む娘の友人の家にバーベキューパーティーに呼ばれて、いつものようにノートにせっせとメモを取っていたら、床に置いたまま忘れて帰ってきてしまいました。人様から見れば、何が書いてあるかわからないようななぐり書きのノートでも、私にとっては記憶がつまった大事な宝物です。途方に暮れました。

 母娘の口喧嘩もありました。

 それでも、ヒラヒラ揺れる網戸は、それはそれで酔狂なもの。
 カメラはすぐに相棒のキッコサンが、「ナオミさん、ないと困るでしょう。私は大丈夫だから私のを使って」と、ずっと貸しっぱなしにしてくれました。
 大事なメモ帳は、たまたま翌日、バーべキューの主催者夫妻とゴルフでチームを組んだ息子が回収してきてくれました。
 娘との口喧嘩だって、一緒にいるからできる幸せです。

 日常生活が始まった最初の朝なのに、私の耳には昨日までのみんなの声の余韻が万華鏡のようにグルグルとまわっています。「グランマぁ!」「ママぁ!」「ナオミさぁん!」、、、、、

 グランパとジイジは来られなくとも、小さな少年のまわりには、パパとママと、チットさんとトールちゃんと、ヨンミーとハーちゃん、そして失敗ばかりのドジグランマがいました。みんなが健康だったからこそできたこと。どんなにありがたいことでしょう。

 ところで、木曜日に発つはずが、7時間も空港で待たされたあげく出戻りして、結局は土曜日組になった一人。いったい何が起こったのかと言えば、、、、

 前の乗客が便器に紙おむつを流したために、全てのトイレが使えなくなってしまったのが原因とのこと。荷物も預け、搭乗を待っていた全員がホテルに振り分けられ、ミールクーポンを渡されて、翌日以降の空席を待つ羽目となりました。私たちのハーちゃんは、町なかのホテルに行く代わりにしっかりタクシー券を握って出戻りしました。そして紙おむつがポンと与えてくれた予想外の時間を、覚悟を決めて一緒に楽しむこととなりました。

 網戸も、デジカメも、ノートも、多少の口喧嘩も、紙おむつ事件だって、いったん起きてしまったことは元には戻せません。ならば、潔くあきらめて、後を引かずに過ごすことです。おおかたのことは何とかなるものですから。などと言いながら、私は自分の迂闊さをかなり反省しています。

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6月20日(月)予告:マウイ島の宴会メニュー1
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:49| Comment(2) | ハワイ

2011年06月18日

誰でもみんな今日が記念日〜一期一会の素敵なルアウ(宴会)

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 マウイ島の西、ラハイナ・キャナリー・モールの波打ち際に続く芝生の上で、毎晩開催されているのが、「オールド・ラハイナ・ルアウ」です。「ルアウ」とは、本来は「宴会」という意味。

 どうせ観光客用のお決まりのショーでしょう?などと思うなかれ。これはロケーションといい、演出といい、なかなかのものです。まだ明るいうちに門戸を開けられた空間には、「宴会」用のテーブルが、ステージとなる円形の芝生を取り囲んでいます。ウェルカムドリンクを手に、蘭のレイを首にかけたゲストたちが、次々とテーブルに案内をされます。

 あちこちで音楽が奏でられる宴会場には、小さな人の輪がたくさん見られます。地面にペタンと腰を下ろしてプルメリアの花の髪飾り作りを習う人たち、進行形でできあがっていく木彫りを取り囲む人たち、こんもりと盛られた土の下のかまどで、葉っぱにくるまれた豚が蒸し焼きにされていく様を見る人たち、、、、、

 水平線をオレンジ色に染めた太陽が姿を沈ませ、周囲の暗さに目が慣れ始めた頃、松明が灯され、歌と踊りの祭典が始まります。ビュッフェテーブルに並べられた数えきれないお皿は、伝統的な料理で美しく彩られます。バーとテーブルの間を行き来して、笑みとジョークを絶やさずに飲み物を運ぶのは、黄色い腰布を巻いただけの男たちです。腕も胸もお腹も、見事なまでに鍛え上げた筋肉と、美しい刺青で覆われています。

 ショーを取り仕切った、髪も姿も声までも美しい女人が言いました。

「この中にお誕生日の方はいますか?」

 すると、小さなどよめきの中から何人かの人たちが立ち上がりました。

「この中に結婚記念日の方はいますか?」

 するとまた、何組かのカップルが立ち上がりました。

「この中に記念日の方はいますか?幸せな記念日ならどんな記念日でもかまいません。」

 するとまた、何人もの人たちが立ち上がりました。

「今立ち上がった皆様、どうぞ海辺にお集まりください。そして特別な今日の日を祝して踊ってください。」

 音楽が奏でられ始め、集まった人たちが、砂の上で腕を組んで踊り始めます。

「お誕生日や記念日の人たちに『オメデトウ』と言いたい人はいますか?」

 すると一人立ち、二人立ち、三人、四人、、、、と、あちこちでたくさんの人たちが立ち上がり、この日、この場所で初めて会った人たちを祝って踊りの輪に加わりました。

 踊りの輪が次々に広がって、海風がサワサワと私たちの髪を揺らし、踊らない人たちの心も躍って、、、、そんな私たちを、まだ満月には届かないながらもふっくらとした月が照らします。

 お誕生日の人も、結婚記念日の人も、なんだかわからないけれど、とにかく記念日を迎えた人も、そして知らない人たちのそんな特別な日を一緒に祝いたい人も、みんなが一緒に優しい気持ちになった魔法の夜、一期一会の素敵な「ルアウ」(宴会)でした。

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6月13日(月):行列のできるヌードルレストラン@マウイ
6月15日(水):行列のできる島のレストランのオマンジュウ@マウイ
6月17日(金):いったいこれは何でしょう?@オアフ
6月18日(土):外はカリッと、中はモチモチのマラサダ注意報
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2011年06月17日

完全無欠な遊び〜オアフ3

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 マウイ最後の日、数々の伝説に彩られるイアオ渓谷の緑の中を散策しました。途中、滝壺で嬌声を上げて遊ぶ子供たちの姿を見て、隣りを歩いていた娘がポツリと言いました。

「子どもの頃、ポナペでこうして遊んでた。」

 ポナペとはミクロネシア、東カロリン群島のひとつ。北緯7度の、花にあふれた美しい熱帯の島です。当時は、国連の信託統治領でしたが、今では、トラック、ヤップ、コスラエと共に、ミクロネシア連邦を形成しています。当時私たちは深い縁があって、しばしばこの島での短い暮しを繰り返していました。

 すっかり大人になった娘が口にした「遊んでた」という言葉に、なぜか妙にカサコソと心の奥をくすぐられたまま、私は飛行機に乗りました。そしてずっと「遊ぶ」という言葉について考えていました。

 今日も朝からよく晴れて、爽やかな風が木々の葉を揺らす素晴らしい日となりました。海もプールも水面がキラキラと輝いています。いつまでたっても水から出ようとしない小さな少年のまわりでは、子どもたちが、追いかけっこをしたり、水をかけあったり、飛んだり跳ねたり、もぐったり、飛び込んだり、逆立ちをしたり、、、、

 誰一人として憂い顔をしている子などいやしません。みんな単純に、流れる時を楽しんでいます。うらやましいぐらい純粋に遊んでいます。

 疲れたからそろそろ上がろうかとか、
 これ以上いたら、次の予定に差し障るとか、
 こんなことをしてる場合じゃないとか、
 ああ、あれをいったいどうしたらいいんだろうとか、

 何であの人はいつもああなんだろう、と溜息をついたり、
 明日までに間に合うだろうかと焦ったり、
 水から出たらやらねばならないことを数えたり、

 来年の今頃はいったいどうなっているんだろうと哲学的になったり、
 こんな幸せが続くはずがないと懐疑的になったり、

 そんなこと、彼らにとっては知ったことではないのに、私たち大人といったらいったいどうでしょう。いつどこにいようとも、たとえそれが南国の楽園であったって、諸々の憂いを隠し持ったままでしか「遊び」を手に入れることができません。目の前の子どもたちが、完全無欠の形でらくらくと手にしている「遊び」は、いつしか私たちの手の届かない所に行ってしまいました。もうそこに戻ることはできません。

 大学に入ってすぐの英詩の授業は、ウィリアム・ブレークの詩集「Songs of Innocence」(無垢のうた)でした。一番初めに読まされた詩ばかりは、今でも深く記憶に刻まれていて、スラスラと口をついて出てきます。「Infant Joy」(子どもの喜び)というたった2節の短い詩でした。前半はたしかこんな言葉です。

“I have no name:
I am but two days old.”
What shall I call thee:
“I happy am,
Joy is my name.”
Sweet joy befall thee!

(私は名前がありません。まだ生まれて2日です。私は幸せです。喜びが私の名前です。)

 知ってしまった私たちは、もう二度と「Innocence」(無垢)には戻れません。もう決して目の前の子どもたちのように「完全無欠な遊び」をすることはできません。そして悲しいのは、誰も子どものままではいられないことです。憂いを知らない小さな少年だって、知恵と経験を身に付ければつけるほど、「Innocence」から遠くなっていくのです。人間というのは、時としてなんだか随分寂しいものです。

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6月13日(月):行列のできるヌードルレストラン@マウイ
6月15日(水):行列のできる島のレストランのオマンジュウ@マウイ
6月17日(金):いったいこれは何でしょう?@オアフ
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2011年06月16日

ALOHA for JAPAN〜心が一つになった日〜オアフ2

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 もともとがいわゆるブランドショップとかブランド品とは縁もなく、昨秋から冬にかけてのミラノ暮しの間でも、一度は「モンテ・ナポリターナ通り」を興味津々歩いてはみたものの、文字通り歩いただけで終わり。

 そんな私が、今日は家族たちに付き合って、郊外の大きなアウトレットに行くこととなりました。名だたる店に囲まれた広い空間は、さほど人出があるわけでもなく、青い空の下を歩きまわるだけで、心が伸びやかになるのがわかります。もちろん今日も文字通り歩きまわっただけです(笑)。

 帰ってから娘たちが買ってきた物を見せてもらったら、こんなTシャツがありました。フランスのブランド「BCBGMAXAZRIA」(ビーシービージー・マックス・アズリア)のものです。日本の地図が描かれて、ハートの中で蝶々が飛んだ後に「hope」という4文字が書かれています。シンプルですが、優しさが伝わってきます。

 マウイへの行き帰りに乗ったハワイアン航空の、小さな椅子ポケットに入っていた機内誌にも、「ALOHA for JAPAN〜心が一つになった日」と題する12ページもの特集記事がありました。心を打つ美しい写真がたくさん掲載されています。目を閉じてひたすら祈る人たち、あざやかな色のレイをつけて日本のためにギターを弾くバンダナの男性、「がんばれ日本」と言う文字を背中に、人混みの中で立ち上がる赤いTシャツの男たち、被災者のために黙々と花輪を作る人たち、、、、、、

 官民一体となったキャンペーン「アロハ・フォー・ジャパン」は、ハワイ州内の銀行275支店を窓口とする募金運動から始まりました。ワイキキのホテルの芝生広場では、4月10日、地元ミュージシャンと米本土のスターを集めて「コクア・フォー・ジャパン」という募金コンサートが開かれました。赤いTシャツを着たボランティアたちが、折鶴を吊るした網を持って、聴衆の間をまわりながら義援金を募り、総額160万ドルを集めたと言います。160万ドルといえば、いくら円高でも、日本円にして約1億3千万円です。

 これはほんの序の口で、他にもさまざまなイベントが開催されてきました。米国赤十字ハワイ支部によれば、東日本大震災のための寄付額は、すでにして、2005年にニューオリンズを襲ったハリケーン「カトリーナ」を上回ったということです。

「まだ景気後退から立ち直っていない時期にこれだけの反応があることは、日本に向けたハワイの人の気持ちがどれほど強いかを、明確に物語っています。」

 記事によれば、「アロハ・フォー・ジャパン」が様々な募金活動を通じて5月半ばまでに600万ドル以上を集める間、独立系の団体やグループも活発に支援活動を展開していたとのこと。

 たとえば、4月9日の夜には、東北大学病院の支援を目的として「ウィズ・アロハ」がホノルル市内のホテルで開かれ、何と2300人もの人が出席、15万ドルを超える寄付金の全額が病院に贈られたそうです。

 そんな記事でハワイアンスピリットを紹介する「ハワイアン航空」もまた、独自の企画で20万ドル以上を集めました。記事の最後はこんな言葉で結ばれています。

「19世紀に日本人移民が初めて渡航して以来、ハワイと日本の絆は形を変えながら、絶えることなく続いてきた。チャリティーウォークで1セントずつ募金した小学校の生徒たちから、数万ドル単位の寄付をした企業まで、『海の向こうの兄弟と姉妹たち』に向けた支援活動の参加者は幅広いが、『アロハ』(愛)と『コクア』(協力)の精神に基づくそれぞれの想いとメッセージは共通している。」

 同じアメリカでも太平洋を越えてずっと東の端、ニューハンプシャー州の片田舎で、つぶれかけた洗濯屋さんが貼り出した「Bottle Drive for Japan」といい(http://blog.platies.co.jp/article/44712410.html)、ハワイの人たちのこうした心意気と言い、小さなものから大きなものまで、いろいろな所に、私たちの国を思う人たちがいます。それらの想いを忘れずにいること、それが今の私たちにできる最初の恩返しでしょうか。

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6月13日(月):行列のできるヌードルレストラン@マウイ
6月15日(水):行列のできる島のレストランのオマンジュウ@マウイ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 21:23| Comment(0) | ハワイ

2011年06月15日

コオリナで始まった期限付き共同生活の心地良さ〜オアフ1

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 昨日夕方の飛行機で、マウイからオアフ島に移りました。そして、家族がまた3人増えて、ホノルル郊外、コオリナのコンドミニアムで、ますます賑やかな「一つ屋根の下暮らし」をしています。ドン(首領)は、もちろん3歳のリトルボーイです。

 今、こちらは水曜日に日付が変わったばかりの午前1時。リトルボーイを筆頭に5人はすでにそれぞれの部屋で眠りに就いて、残る3人は、居間の8人がけの大きなテーブルで各自のPCに向かい合っては指を動かし、同時に口も動かしています。私の左隣りは長女、真向かいは次女です。

 早朝から隣接するゴルフ場に出かける者もいれば、目星をつけていた場所にひとり向かう者、プールサイドで過ごす者、泳ぐ者、、、、8人がその都度、アメーバーのように形を変えて、くっついたり離れたりしながらも、安心して共同生活ができる心地よさ。

 コアの部分はしっかり集まって、共に同じ時間を過ごします。ミニバンのハンドルを握るのは息子。その右はオトーサン。二列目には二人の娘。一番後ろの列にはオカーサンと私ともう一人の娘、そして間にすっぽりはまったリトルボーイが、時速70マイルでハイウェイを走る心地よさ。

 家に戻れば、誰が言うでもなく分担作業が始まります。買い物を冷蔵庫に仕分けする人、料理を始める人、片付ける人、掃除をする人、リトルボーイをもう一度プールに連れて行く人、、、、、、そんな阿吽の呼吸の心地よさ。

 予期せぬできごとがあったって、一人ならオロオロとしてしまうことも、一緒にオロオロしているうちに何となく切り抜けられます。

 昨日の出発間際のマウイでもちょっとしたアクシデントがありました。空港に向かう途中でランチに立ち寄ったモールで、突然、車のリモートキーが効かなくなって、中に入れなくなってしまったのです。レンタカーの連絡先が書かれた紙も車の中です。もちろん荷物だって全部。時間は刻々と過ぎて行きます。飛行機が出る時間は刻々と迫ってきます。

 もしやと車のそばでリモートキーを押し続ける人、スターバックスを見つけてフリーWi-Fiでともかく連絡先のレンタカーオフィスの電話番号を調べる人、公衆電話用に25セント硬貨をかき集める人、電話をかける人、メモをとる人、そんな人たちの間を行ったり来たりしながらみんなの緊張をほぐそうと努める人、、、、

 結局、非常用の隠しキーが見つかって、私たちを乗せたB717は無事ホノルルへと向かいました。こんな時のチームワークの心地よさ。

 機械ものが大好きなリトルボーイに、早速、大事なデジカメを壊されてしまいましたし、パソコンのキーボードを早打ちされて、わけもわからず大きな画面になってしまって困ってますけれど(笑)、それらをみんな合わせたって、家族せいぞろいの「一つ屋根の下生活」は、嬉しい時間が過ぎていきます。期限付きの特別な時間だと思えばなおさらです。
 
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6月13日(月):行列のできるヌードルレストラン@マウイ
6月15日(水):行列のできる島のレストランのオマンジュウ@マウイ
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2011年06月13日

動く地球と共に〜マウイ2

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 集団行動をしていると、賑やかで楽しくて楽なのですけれど、なかなか一人になる時間がありません。

どのくらい賑やかかと言えば、目下一つ屋根の下に男性1人、女性が4名。
どのくらい楽しいかと言えば、一日中一緒にいても笑い声ばかり。
どのくらい楽かと言えば、今日の計画も運転もナビも全ておまかせ。

 かくして目下、日本では月曜日の夜8時でも、こちらは日曜日の深夜1時です。もうみんな、それぞれの部屋のお風呂にゆっくり入って、ちょっとおしゃべりに集合して、またそれぞれの部屋に入ったところです。

 私一人が、この物音1つしない大きな居間で、カタカタとキーボードを叩いています。とは言え、昼間よく動いて眠くなりました。ごくごく手短かに本日のメインイベントについて御報告してから、私も眠ります。

 ハレアカラは火口の底に大小11個の火口丘を持つ火山です。高さは3千メートルと、富士山より776メートルしか低くないこの山に、驚いたことにてっぺんまで、完璧に舗装道路が続いています。

 ハレアカラとはハワイ語で「太陽の家」という意味。
 午前3時に出て朝日を眺めるか、午後4時に出て夕日を眺めるか、、、、
 私たちは当然、楽な方を選びました。
 どちらですかって? もちろん夕日です。

 どんな言葉でも語ることはできないほどの、壮大な地球のパノラマ。
 厚い雲海が色づき始め、雲の合間から眩しい光が射し出でて、
白い雲を茜色に染めていき、沈む太陽は、最後の一射しまでをも惜しげもなく、神々しいほどの神聖さで私たちに投げかけて、、、、、

 地球が動いていること、
 私たちと同じように動き呼吸をしているということ、
 を、圧倒的な威力で見せつけて、
 私たち、そこに寒さで震えながら立つ者たちの無力さを、いやというほど感じさせて、
 半時間のページェントが幕を閉じました。

 明日の朝には、反対側の空で同じように華やかな舞台をつとめ、また夕方には今夜と同じように幾重にも積み重なった雲をかしづかせるのでしょう。私たち人間の世界に何が起ころうと、永遠に繰り返される偉大なリフレインです。

 ぐちゃぐちゃ小さなことで心を煩わせている自分が、全くもって、情けないほどに滑稽に思えます。今日あのハレアカラの頂上に共に立っていた人たちは、どこから来た人であろうとも、おそらくみな同じ思いでいたに違いありません。

 「地球はこうして動いている、何があっても。
 明日の自分は、今日までの自分とは違うかもしれない。」と。
 
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6月13日(月):行列のできるヌードルレストラン@マウイ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 20:39| Comment(0) | ハワイ

2011年06月12日

やっぱりロマンでしょうかねえ〜マウイ1

 
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 6〜7時間のフライトタイム、それなのに時差が15時間と言うのは長短それぞれ。まずは長の方から言えば、最初の日がやけに長くなって、まるで宝くじが当たったような気になります。

 たとえば、私が乗ったデルタ航空646便は成田発21時15分。17半頃まで掃除をしたり、荷造りをしたり、仕事を片付けることができます。最近では事前にインターネットで搭乗券を取れますから、「印刷して持っていけば、カウンターでは預ける荷物を渡すだけ。随分便利になったものです。

 けれども、その反面、簡単過ぎて「ロマン」というものがなくなってしまいました。ロマン?ちょっとレトロな言葉ですよね。

 ある時、珍しく大きな夢を見たことがありました。何十もの候補があった中から私たちのチームが最後の2つに残り、最終選考のプレゼンのためにセントルイスへ飛んだ時のことです。4人の仲間は私のほかに男が3人。成功を願って杯を乾した前夜、プロジェクトの総元締めとも言える最年長のリーダーに、私たちは聞きました。「社長はどうして、ここに私たちといるのですか?」

 たかが私たちの夢のために、なぜ大きなリスクをおかしてまで応援してくれようとするのか、その理由を聞きたかったのです。すると元々寡黙な彼が、ポツリと言いました。

「やっぱりロマンでしょうかねえ。」

 何となくキツネにつままれたような気がしながらも、「そうか、ロマンか、なるほど。」と変に納得してしまった我々でした。

 昔の飛行機の旅には、そんな「ロマン」がありました。まるで冒険旅行に出かけるようにワクワクと胸躍る感じがありました。飛行機切符だって航空会社のマークが入った小冊子のようなものでした。それが何たって今では、自分のPCでプリントアウトする紙切れ一枚です。私なんて昨日急いで印刷したら、裏が1週間分の料理の献立でした。これじゃあロマンも何もない日常です(笑)。

 長い一日は、長い分だけくたびれます。土曜日の21時15分に飛びたった飛行機がホノルルに着いたのは、時間が巻き戻されて、何と同じ土曜日の朝9時25分。それからマウイへと飛ぶB717の小さな飛行機を待ちました。それなのにまだ、お昼にマウイに着いてからあり余るぐらいにたっぷりと時間があります。なかなか日が暮れてくれません。

 行列のできるヌードル店で食事をし、途中のインテリアの店でたくさん買い物をし、スーパーへ寄り、コンドミニアムに着き、少し休んでから今度はビーチでのディナーショーへと繰り出しました。帰りにはまたスーパーでビールを買い込み、明日の朝御飯の買い物をして、ブラブラ帰ったところでまだ10時です。

 ここは大きな居間と、大きなキッチン、それぞれにトイレも浴室もついた大きなベッドルームが3室。それらがぐるりと広いバルコニーに囲まれています。開け放った窓からは木々に囲まれたプールが見えます。このコンドミニアムで、遅れて仲間入りをした私を含めて、大人たち5人が過ごしています。ホノルルのコンドにいるもう一家族とは月曜日に合流します。大家族旅行です。

 ところで、先月、ニューハンプシャー州で借りた車のナンバープレートには、「LIVE FREE OR DIE (自由か死か)」と言うたいそうな言葉が書かれていました。アメリカは州によってさまざまなデザインのプレートが使われています。白いハナミズキに赤い鳥(カーディナル)が描かれているものもあれば、ブルークラブと呼ばれる青い蟹がハサミを振りかざしているものだってあります。

 ここハワイ州は虹です。せっかく写真を撮ったのにうまく映っていませんでしたが、美しい虹がナンバーの上にかかっています。そんな「ロマン」あふれるプレートをつけて走っていたら、本物の大きな虹に出会いました。海辺のディナーショーでは、生演奏の合間に、大好きなIZの「Over the Rainbow」が何度も流れました。

 アメリカ50州の中でも、ここの「ロマン」はやっぱり飛び抜けています。
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6月10日(金):6月10日の「アシエットの芸術」
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 19:54| Comment(0) | ハワイ