2012年10月16日

和を以て尊しとなす〜セイタカアワダチソウとススキ

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いつもと違う道を通って帰ってみたら
バス通り沿いにあった家が取り壊されたあとの空き地を
セイタカワダチ草が覆っていました。
ところどころでススキが頭を伸ばしています。
小さな秋の野原でした。

ここに建っていた家がなくなったのは
そんな前ではなかったような気がしますのに。

この、見様によっては美しい花については、これまでにも書いたことがありますが、要するに、日本では駆除すべき外来植物であり、アメリカではノスタルジーもあいまって、中西部のシンボルフラワーともされる「Golden Rod(ゴールデンロッド)です。

以前、碩学の読者からこんなコメントをいただいて、いたく感じ入ったことがあります。

「五木寛之さんが書いておられます。

『線路わきに青い草が群生しているのが見えた。秋風にゆれる背の高い草のあいだに、ススキが5、6本、かたまって白い穂をもたげている……そのススキの周囲におい茂っている草を見て、一瞬、おや、と思った。ススキより頭ひとつ低く、さも仲がよさそうに寄りそっている草たちは、なんとセイタカアワダチソウではないか』

 その昔、セイタカワダチソウが日本に上陸して、ありとあらゆる空き地を占拠する勢い、ススキは全滅してしまうのではないかと危惧されたわけです。高さも2mとかあったわけですね。なのに、おや、と思ったわけです。

 『セイタカアワダチソウの一族は、かつての猛々しい姿をやつして、なで肩でススキとしおらしく共生している。植物も、文化も、このようにして根付くものなのだろうか。馴化、という生物学で習った言葉を、ふと思い出す』

 和を以て尊しとなす」

たしかに、今日見た空き地でも、セイタカアワダチソウとススキは、平和に共生しているように見えました。

限られた日本時間が刻々と過ぎる中、公私ともども忙しい日々が続いています。
だからこそ、今の自分の役割がより明確になってきたような気もします。

1日は24時間、1週間は7日。
ならば、捨てる物は捨て、あきらめるものはあきらめて
本当に大切なものだけを残しましょうか。
良き思いのためにだけ時間を使いましょうか。
そんな取捨選択は、同時に、心地良い自由でもあります。

By 池澤ショーエンバウム直美

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10月15日(月):高尾山の麓で食べた天狗焼き

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 07:44| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年10月15日

ゆるやかに歩く森の中のトレイル〜高尾山

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二人、三人、二人で乗ったリフトで運ばれた先は
山頂への登り口
大して高い山でもないのに
何だか少しだけ空に近づいたような気がします。

一番楽に歩けそうな4号路
そして帰りは3号路。
山登りなどという大それたものではなく
ゆるやかに歩く森の中のトレイルです。

いつものようにおしゃべりに夢中になろうが
いつものように笑おうが
自由です。

しりとり遊びをしたり
歌ったり
春や夏の名残りを見つけ
木々に葉に花に実に、ようやくやってきた秋を見つけます。
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巨大ミミズにも
小さな蛇にも
キラキラ輝く網の真ん中で、長い足を延ばした美しい蜘蛛にも出会います。
斜面にはさまざまなキノコたち。
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何かに出会おうと思いさえすれば
いろいろなものに出会えます。

思い込みを捨てて
いったん心をまっさらにしてみれば
いろいろなワンダーに出会えます。

そんな場に
愛する人たちと一緒にいられることが
決して当たり前のことではなく
とてもとてもありがたいことだと感謝をすれば
優しい時間の中で
ますます素敵なものが見えてきます。

自然の中を歩くにも
町を歩くにも
良い季節となりました。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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10月14日(日):高尾山の頂きで食べたもの
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:03| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年10月13日

奇跡と偶然と幸福〜小林直樹先生の言葉

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秋色を見つけにふらりと歩いてみたくなるような爽やかな週末、皆様はいかがお過ごしでしょうか。時に歩き、時に立ち止まり、どうぞ素敵な秋を見つけてください。

年の瀬も迫った12月に、91歳の憲法学者、小林直樹先生を囲んで平和と幸福について語り合う会が開かれることになりました。企画人によれば「前回充分とは言えなかった膝付き合わせた話し合い」にしたいそうで、私はコーディネイターをおおせつかりました。つまり交通整理のおまわりさんのようなもの(笑)?

企画人は、元朝日新聞社のデスクにして小説家。8月にシリアで取材中に亡くなられた山本美香さんのお父様とは親しい記者仲間だった方です。そんな彼が、今再び「平和」について考えたいとの思いから、「何かをしなければ、何も始まらない!」と企てたのが、この会です。

ちょうど1年前の今頃、震災から7か月たった頃にも、先生を囲んで「幸福」について考えました。今、その時の記憶を自分のブログで辿ってみれば、小林先生はこんなことをおっしゃっています。

「生命を与えられたこと自体が奇跡です。ある世代に生まれたこと自体が偶然です。生きていること自体が幸福です。もちろん人生には様々のアクシデントあります。けれども、それらの運命をどう受けとめるか、それらとどう向き合っていくかが、幸不幸の分かれ目ではないでしょうか。」

何度も聞いても、何度見ても、心の奥に染み入ります。

まだ90歳だった先生は、車でお送りする途中で、健康の秘訣についての私の質問に、こうお答えになりました。これもまた、座右の銘にしたいほどのお言葉です。

「後ろを振り向かないことでしょうか。そりゃ生きている以上いろいろなことがありましたけれど、僕はなるべく前を見るようにしています。何時に起きて何時に寝るかですって? けっこう夜更かしですよ(笑)。読みたい本がたくさんありますからね。宇宙の本も、時代小説も。」

かたや目の前にあるこちらは、3日前の天声人語。
例の、他人のパソコンから遠隔操作で犯罪予告をした事件についてです。

「生活感の乏しい部屋で、陰々と悪意を『培養』している輩(やから)に言いたい。人生は短い。他を陥れる暇と知恵があるなら『自分の今』を楽しまないか。」

しかり。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月13日(土):家族の食卓大賑わい
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:33| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年10月12日

お金には代えられないもの、どうせ駄目だと思わぬこと

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美しい季節になりました。
もちろんどの季節だってそれぞれに美しいのですけれど、とりわけこの時期は、出会う人ごとに、「やっといい季節になりましたねえ」などと、おだやかな微笑みが交わされます。

もっとも、猛暑の真夏にだって、「暑いですねえ」
厳寒の真冬にだって、「寒いですねえ」
と行き交う挨拶を思えば、それは、私たち、四季の変化の中で暮らす者たちに与えられた優しさの恵みなのかもしれません。

それにしても、今朝はとびっきりの美しさです。
大きなテーブルクロスを洗って干したら、時折、草や花々と一緒に、あふれる光の中で風にそよぎます。

心がやけに爽やかなのは、朝の美しさのせいばかりではありません。
この3〜4日、ずっと迷って決めかねていたことの答を見つけて、実行に移したからです。
私のメンターでもある長年の友が、自身に最近起こったエピソードを引き合いに出して、2つの助言をくれたおかげです。

「一生に一度しかないかもしれない時間や経験は、お金には代えられない。
 本当に駄目かどうかもわからぬうちに、どうせ駄目だと勝手に思わぬこと。」

残り少なくなってしまった今年ですが、まだアメリカへの1往復とヨーロッパへの1往復をしなければなりません。アメリカの方は、中途半端にポツポツと入っている予定を、キャンセルしたり、あきらめたり、という作業をしながら、ある程度の長さのまとまった時間を見つけなければならなくなりました。

同じように、アメリカ側での予定もあります。こちらを取れば、あちらが駄目、あちらを生かせばこちらをギブアップ、というような難しいパズルに時間を取られているうちには、空席もなくなって虻蜂取らずになってしまいます。

結局、思い切って設定した日程は、11月5日、ワシントンDCの最高裁判所で行われるあるセレモニーをあきらめて、日本で前々から依頼されていたセミナーに合わせて帰国をすることでした。

なんだか、話がごちゃごちゃしてきましたので(笑)、先を急ぎましょう。結局、このセミナーは事務局の都合でつい先日、別の日程となり、「5日のセレモニーに出られる!」という選択肢が突然浮上してきました。

ここからが第二弾の迷いでした。
ネガティブな部分から言えば、「今になって別の日に空席何て見つかるわけがない。」、「仮に見つかったって、いったん購入した切符をキャンセルして新たに買い直すには何万円かのチャージがかかる。」、「帰ってくるつもりの日に合わせて、また新しい予定を入れてしまった。」等々。

さてどうしようと、堂々巡りを繰り返していた時に、前へ進ませてくれたのが先ほどの友の言葉でした。

    
「一生に一度しかないかもしれない時間や経験は、お金には代えられない。
 本当に駄目かどうかもわからぬうちに、どうせ駄目だと勝手に思わぬこと。」

結果、運よく1席空いていた便を見つけ、新しくチケットも買い直し、日本側ともアメリカ側とも先ほど調整がつきました。というわけで、単純ですが、心がやけに爽やかな秋の日なのです。

さあ、出かける準備をしなくては。

昨日はお花に囲まれた良い一日でした。
今日もきっと良い一日になるでしょう。
By 池澤ショーエンバウム直美


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10月11日(木):ニコニコスイートポテトにニコニコ


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2012年09月27日

「中途半端でも、半分でも、ゼロよりは」という覚悟

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「ママぁ、○月○日、日本にいる?」
「ナオミさん、○月はどこにいますか?」
「池澤さん(時にナオミ先生)、○月の○週あたりは東京でしょうか?」

最近とみにこんな出だしで始まる連絡が多くなりました。
そしてそれに正比例するように、

「残念! いないの。」
「残念ながら今回は参加できないけれど、みんなによろしく伝えてね。」
「すみません、お受けできないのは甚だ残念ですが、またの機会がありましたらぜひ。」
「ごめんなさい、お役に立てなくて残念です。」

などと言う返事も多くなりました。

同じことはアメリカでも起こります。
ついこの間だって、あちらを発った日と、その翌日に、夫婦そろって出かけたい、ちょっと素敵なパーティーがありました。

日本人講師が家庭の事情で突然帰国をすることになり、困りはてた大学から1学期間だけ代理をしてくれないか、と頼まれた時だって、「残念ながら、、、、」。

いくら自ら選んだ道とは言え、こんな風にどっちつかずの身がなんとも寄る辺なく、「残念」を繰り返す身の寂しさにしょんぼりとすることも多々あります。

でも、覚悟をするしかありません。アメリカではアメリカでできることを精いっぱい、日本では、日本でできることを精いっぱいやりましょう!と。家族とたくさん一緒に過ごして、会いたい人たちにたくさん会って、こんな自分でも役に立つことがあれば喜んでお受けして、たとえ中途半端になったって学びたいことがあれば臆せず学びましょう!と。

ということで、先日申し込んだ講座は全6回。とは言え、そのうち出席できるのは半分だけです。それでも「半分聞ければ、全く聞けないよりもずっとまし」と思うことにしました。

今日から月に一度のフラワーアレンジメントの講座にも通い始めました。と言ったって、これもまた、来年3月までの6回のうち、出席できるのは今日を含めて3回です。それでもやっぱり思ったのです。「半分でもゼロよりはまし」と。

今日のテーマは「お月見の花」。
移り変わる季節を感じながら、すすき、りんどう、トルコ桔梗、羽毛鶏頭、われもこう、ドラセナ、秋の花を飾って、和紙でくるりとくるみました。

オアシスの使い方も、オアシスへの挿し方も、デザインの基本も、知らないことだらけでした。いくつになったって、知らないことを学ぶのはワクワクと心躍ります。

自分で作ったアレンジメントを大事にかかえて持って帰りました。
今年の中秋の名月は9月30日。今度の日曜日です。
気温も下がってしのぎやすくなりました。教えていただいたように、毎日きちんとオアシスに水をふくませれば、きっとそれまで美しくもってくれるでしょう。
もしも澄んだ夜空に満月がかかったら、アレンジメントをお供えしましょう。
ついでに心通う人たちと一緒にお月見ができたなら、また何と素敵なことでしょう。

By 池澤ショーエンバウム直美


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9月26日(水):グローバルキッチン3つの楽しみ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 00:14| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年08月20日

マイキッチンセラピー

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午前中の買い出しから帰って以来、6時半にお客様をお迎えするまでの間、ずっとキッチンにいたような気がします。東京でもワシントンでも、キッチンで解放され、キッチンで思索し、かと思えば無になって、また、好きな形の自分に近づいていきます。

台所が好きというのも、料理が好きということも、思えば随分ありがたいことです。何を作ろうかに始まり、思いを巡らし、献立を作り、食材を調達し、台所に立つ、考えたかと思えば、無心になり、遠く水平線の彼方に思いを馳せたかと思えば、目の前の鍋の中身だけが世界になる、、、そんなプロセスの後には、できあがった料理を食べてもらえる、喜んでもらえる、という幸せが待っています。

ですから、私はひそかにこれを、「マイキッチンセラピー」と呼んでいます。
実は、ほかにもたくさんマイセラピーがあります。

たとえば、
読めてよかった「読書セラピー」
飲めてよかった「ビール&ワインセラピー」
泳げてよかった「スイミングセラピー」

まだまだありますけれど、これらは様々な悩みや不安や後悔を抱えながらも、なんとか身を軽く、気持ちを軽く持ち直すための処方箋のようなものかもしれません。

昨日はクレタ島の料理をフルコースで作りました。パンも焼きましたし、お菓子も焼きました。ぐつぐつ時間をかけて煮る鍋の前では、本を読み、一息入れたくなった時にはお気に入りのSamuel Adamsチェリー味を飲み、メインディッシュがオーブンに入っている間には黙々と1キロを泳ぎました。
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気づいてみれば、セラピー四重奏。
まあ、なんて贅沢なことでしょう。
腕を怪我していた時には、そのうちの2つはできなかったのですから、
まあ、なんてありがたいことでしょう。

ところで、遅ればせながら、「TQ84」を読み進めています。文庫化されたおかげで、持ち歩くのに便利になりました。全6冊の4冊目、「BOOK2 後篇」の18章で、天吾がふかえりと二人で食べる夕食を準備する場面が出てきます。

天吾は『マザーズ・リトル・ヘルパー』や『レディー・ジェーン』を聴きながら、ハムときのことブラウン・ライスを使ってピラフを作り、豆腐とわかめの味噌汁を作った。カリフラワーを茹で、作り置きのカレー・ソースをかけた。いんげんとタマネギの野菜サラダも作った。料理を作ることは天吾には苦痛ではない。彼は料理を作りながら考えることを習慣にしていた。日常的な問題について、数学の問題について、小説について、あるいは形而上的な命題について。台所に立って手を動かしていると、何もしていないときよりうまく順序立ててものを考えることができた。

加えて、日本の友からこんなメールが届きました。テレビの番組からのようです。

もう一つ良いニュース。
昨夜、脳を活性化する、生き生きさせるにはという5項目をお医者様が挙げられていましたが、その5つ目は料理をすることでした。認知症にならないためには自分で料理をするのが良いのだそうです。


そうだ、そうだ、そうなんだ、とばかりに、私の「キッチンセラピー街道」にポッと小さな花が咲きました。
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By 池澤ショーエンバウム直美

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8月19日(日):超簡単な???のワイン蒸し
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 02:55| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年08月13日

幸せ瞬間首飾り〜花火大会の夜

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一体全体、花火というのは古今東西どうしてこんなに私たちを夢中にさせるのでしょうか。キャンバスに描いた絵や、瞬間を切り取った写真と違って、一瞬のうちに消えてしまうものだからでしょうか。

昔、ポナペと言う島にひんぱんに「里帰り」をしていた頃、
島の父がいつもローマ字書きの電報を送ってきました。
なぜか、花火はいつも「HABI」でした。

「HABI MOTTE KITE KUDASAI」

あの頃は花火を飛行機に載せることもできたのです。
私たちは、夜ともなれば真っ暗闇にとざされる庭や空き地で、大騒ぎをして花火に興じました。

イラリア アグネス ケシウス マリア
イラリオ マルクス トニー ティオ
島の兄弟姉妹に娘たちが加わって、最後の花火が消えるまでの宴が続きます。

今年の東京湾大華火祭は一昨日の夜でした。
たまたま東京に居ることになりましたので、夫以外の家族全員が勢揃いして、動いていく時を一緒に過ごす場に加わることができました。

それにしても、ものすごい人出でした。
昨年が中止になった分、2年分の熱気が集まったかのようです。

お料理も運ばねばなりませんし、愛犬も一緒。とても電車は無理ですので車で行きましたけれど、荷物を下ろしてからが大変でした。あんなに駐車場所を探して彷徨うなんて、いったい誰が予測をできたでしょう。

かろうじて滑り込めたのは、ちょっと脇道にそれたタイムズの駐車場。
驚いたことに20分で600円です。5時間とめれば9千円。
今まで見た中で一番高いタイムズです。
それともこれ、花火ナイト用の特別料金だったのでしょうか。

時間とともに空の色が変わります。
空と一緒に海の色も変わります。
明るくきらきらしていた風景が、夜の闇へと向かう束の間にだけ訪れる、あの特別な青に染まります。

そして7時。最初の花火が暗い海の真ん中から空にむかって打ち上げられます。その息を吞むような瞬間を、内で外で、船上で、無数の人たちが一緒に待っています。そして、海の上の夜空に華麗に開いた大輪の花に、歓声と、ため息が捧げられます。ため息というのが、思い悩む時以外にだって出ることを実感する時です。

80分の間に打ち上げられた花火は、1万2先発だったといいます。

隣で肩を並べて見る友は、思ってもみなかった悲しみの中を歩いている人です。その美しい顔が、心なしかやつれたように見えます。ドーンという音の中で、ポツリとこんな言葉を口にしました。

「今この瞬間て、とても幸せですよね。暖かくて優しくて、大切な人たちとこんな時間を持てて。こういう瞬間に感謝して、こういう瞬間を大事にして、たとえとぎれとぎれでも、こういう瞬間を首飾りのようにかけて歩いていきたいですね。」

花火の夜のまだ冷めやらぬ感動と、幸せ瞬間首飾り、
何処に居ても何があっても変わらない、愛する人たちとの絆を力に換えて
しばらく日本を離れます。
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By 池澤ショーエンバウム直美

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8月11日(土):アブゴレモノでほっと一息
8月13日(月):東京湾大華火大会ポットラックパーティー
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2012年08月07日

If there is no other option〜ほかに選択肢がなければ

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ご心配をおかけしましたが、夫の状態は少しずつ快方に向かっています。食べた物もお腹におさまるようになり、顔色もよくなってきました。そして、まだまだいつものレベルにはほど遠いものの、少しずつ「気力」が戻ってきています。

ギリシャの友人たちなら、きっとこう言うことでしょう。
それが彼らの口癖なのですから。

ΣΙΓΑ ΣΙΓΑ
ΒΗΜΑ ΒΗΜΑ

シガシガ
ビマビマ

ゆっくり ゆっくり
一歩 一歩

あまりに突然でしたので、たくさんのことを中途半端にしたまま飛び発ってしまいました。夫は日本の大学での特別講義の途中でしたし、出席しなければならない重要な会合もありました。私もお受けしていた授業を他の方に代講してもらうことになったり、大切な打ち合わせを延期してもらったりと、ご迷惑をおかけしてしまいました。二人で楽しみにしていたたくさんのことも諦めましたし、無駄にしてしまった切符もあります。私の右腕のリハビリも、進行中の歯の治療も、計画が狂ってしまいました。家の修理も休止したままです。

それら全てを取り戻したり、軌道に戻すことはできるわけもありませんが、それでも宙ぶらりんにしてはおけないことがあります。夫の名代で出向かねばならない所もあります。会いたい人たちもいます。

心は残りましたが、夫の容体が安定してきたのを見届けて、とんぼ返りの帰国をすることにしました。またすぐに戻らねばなりませんが、幸い、イタリアの大学院でのコースを終えた娘がワシントンに戻ってきました。私が留守の間は、彼女が役割を担ってくれるでしょう。

ワシントンダレス空港に向かうタクシーの運転手さんは、ちょっとばかり訛った英語を話す浅黒い肌の人でした。物憂げな顔の私に心を配って、うるさくない程度に話しかけてくれます。そんな会話の中から、彼が祖国エチオピアを離れて8年たつこと、子供が2人いることを知りました。

―帰りたいという気持ちになったことはありませんか?

―それはあります。でも、子供たちはここの生活に馴染んでいるし、私もこうしてここで仕事を見つけました。もうここで暮らすしかありません。アフリカへの望郷は心の中に永遠にあるでしょうけれど、今はここが私の国です。

―お聞きしたいことがあります。私は2つの国の間を揺れ動いて、いまだに覚悟をつけられないどっちつかずの人間です。どうしたらあなたのようになれるのでしょう。

しばらく沈黙したあとで、彼がこんな言葉を放ちました。

「If there is no other option, you will be used to, and you will be.」
(ほかに選択肢がなければ、慣れるものですし、なれるものです。)

何て素晴らしい言葉!
何ていう啓示でしょう!
By 池澤ショーエンバウム直美

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8月7日(火):病人食の進歩
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:44| Comment(1) | 暮らしの知恵

2012年08月01日

ケアレス ケアフル ケアフリー

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ケアレス ケアフル ケアフリー
なにやら魔法の呪文のようですけれど、まるで引いては寄せる波のごとくに繰り返される、いまだ未熟者の人生の軌跡です。

2012年は辛い年です。その中でも今が一番辛いように思えます。

おのが「ケアレス」(不注意な、軽率な)をその度ごとに深く反省し、後悔し、自己嫌悪すらして、何度もタイムスリップしてやり直せたらと思いながら、一生懸命「ケアフル」に(注意深く、慎重に)、同じ過ちを二度と繰り返すまいと心して過ごします。そしてその緊張に疲れて、ケアレスもなく、ケアフルも必要のない、ケアフリー(屈託のない)な日々をひたすら夢見るのです。

長い人生の節々に、そうした時代がなかったわけではありません。それらが私の宝です。眠れない夜にじっとそうした時代の、完璧にケアフリーだった場面を描きます。けれどもそんな魔法は長く続きはしやしません。

仕方がなく、私は「きゅっ」と口角に力を入れて、唇を横に長く伸ばします。これも一時は効果があります。しかもかなりの効果があります。これまでも随分これで乗り切ってきました。たとえば家を出る時に、「きゅっ」として、たとえ向こうから来る人に変な人と思われようがそのまま駅までの道を歩いたとします。たとえ5分、たとえ10分でも、駅に着いた時にはそれまでと違う自分になったように気持ちが前向きになっています。口角の「きゅっ」は、擬似的に笑顔を作るからです。

それとは逆に、もしも「きゅっ」と眉根を固く寄せていれば、気持ちはどんどん暗くなります。まるで何一つ救いがないようにすら思えてきます。眉根の「きゅっ」は、擬似的に悲しみや怒りの顔を作るからです。

眠れぬ夜にむさぼり読んだ本たちの中のどれかで、誰かがこんなことを書いていたのを思い出しますが、それがいったい誰が書いた何の本だったかは、今の混乱頭ではわかりません。「笑顔の餌をふりまけば、笑顔の鳥が集まってくる。」

「口角きゅっ」も「眉根きゅっ」も、たぶんそんなことなのでしょう。

家に荷物を取りに帰ってみたら、アルストロメリアの花がみごとに咲き開いていました。
「どうせ誰も見やしないのに」などと思いながらも、それでも急いで花を買ってきて花瓶にさして出かけたのです。まだ一輪も開いていないアルストロメリアでした。香りなど何にもない花ですが、偶然にも素晴らしい花言葉があることをたった今知りました。「未来への憧れ」だそうです。

こんな小さなことひとつでも、今は少しばかり元気になるのです。
そして、隙間の時間にこうして表現をすることもまた、滞った澱のようなものを取り除いて、少しばかりの元気をくれるのです。おわかりいただければ幸いです。

By 池澤ショーエンバウム直美

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8月1日(水):アレクサンドリア・カフェは病院食堂
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 07:31| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年07月04日

持つことの重さ 持たぬことの軽さ

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昨日まで3回続けて、アメリカメイン州ポートランドの不動産事情についてお話をしてきました。何もメインに限ったことではなく、おそらくアメリカという国全部について言えると思うのですが、日本との一番の違いは新築の少なさでしょう。

地震が少ないこともあるのでしょうが、基本的には家というものは、手を加えて住み続けるものだと考えられています。ですから、ちょっと目には、ほとんどの家々が、1950年代のアメリカ映画やテレビドラマに出て来るものとさして変わりません。

とは言え、「同じ家に一生は住まない」と言うのも彼らのスタイルです。ですから、上手に手を加え、住みやすくした状態で、次の受け手にバトンを渡すのです。

私の住むアレキサンドリアには、「歴史保存指定」の家々がたくさんあります。築200年を越える家々が、「中は自由に変えてもいいけれど、外観は変えないこと」という約束をきちんと守りながら、幾世代にもわたって住み継がれています。 

趣きの異なる6件の家々を見て回り、さまざまな思いの中で、もう一度私たちの人生について考えました。限られた残りの人生の中で、いったい私たちはどこにどれだけ住むことができるのでしょう。ワシントンと東京を拠点に、世界あちこちへと移動をしなければならない今のようなライフスタイルの中で、さらにもうひとつの拠点を持つことが本当に必要なことでしょうか。

それが家族のため、友人のため、私たちのため、と大義名分を掲げたところで、冷静に考えてみればいったい一年のうちどれほどをそこで過ごせるというのでしょう。物を持つということは、それだけ重荷を背負うことです。壊れれば修理もしなければなりません。それが大切であればあるほど、壊れたらどうしよう、なくなったらどうしよう、何かあったらどうしよう、と、心配事を背負いこまねばなりません。所有するためにはまとまったお金も必要です。

もし仮に宝くじにでも当たったとして、そんなお金があったとしても、持たない自由に身を徹する方がよほど気楽ではないでしょうか。たとえばメイン州の海岸に夏の3か月を住み、そこに家族や友人を迎えるならば、長期滞在用のホテルだって、貸家だってあります。持たない自由があるならば、いろいろな所を転々と渡り歩くこともできます。思いっきり不便な岬の先にだって、人里離れた林の中でだって暮らすことができます。

ワシントンに戻ってから、エージェントのリサとナンシーにそんなことを率直に告げて、もう少し考えさせてもらうことにしました。もう一度、「年々と短くなる残りの人生の幸せ」について話し合わねばなりません。けれどもたぶん私たちは、持つことの重さよりも、持たないことの軽さを選ぶだろうと思います。

オックスフォードで教えていた時代に夫が住んでいた家は、小さくとも、小川に面した心地の良い家でした。春になれば土手が水仙で覆われ、しだれ柳が川面を覆う姿は、イギリスの童話「Wind in the willow」を思わせました。あの時だって十分に話し合い身軽になる道を選んだはずです。

今回の家めぐりはとても面白い経験でした。そして、それは、大切なことを再び思い起こさせるよいきっかけとなりました。
                         By 池澤ショーエンバウム直美

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7月4日(水): ナプキンリングでワシントン夫人の食卓を
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2012年06月21日

適度なストレス 良いストレス

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女の厄年なんてとうの昔に越えたはずなのに、まあまあ、今年に入ってから、まさかの医者のはしご、あるいはドクターサーフィンです(笑)。小さくとも丈夫なだけが取り得だったのに、思えば不運の始まりは一昨年の北イタリアあたり。

アメリカから飛んできた友人夫婦との旅の途中、風光明媚なはずのガルダ湖で発症したのが運のつき。これがかなりたちの悪い帯状疱疹で、残りのミラノ暮らしの間中しつこくつきまとって、ひどい時には息をするのも痛いほど。そろそろ、しずしず休みながら、ふだんなら5分で走って行けるスーパーに30分もかかるていたらく。

けれどもひとたび直れば、けろりと忘れるのが人間の常。再び「丈夫が取り得」などと思っていたらとんでもない。あっちもガタガタ、こっちもガタガタ。整形外科に内科に歯医者に目医者に皮膚科。

低血圧で要注意だったのが、今度は高血圧で注意をされるようになって、毎朝毎晩バンドを巻いて血圧を測っては「管理手帳」なるものに記入をしなければならなくなりました。そういえば、朝起きて何だか目が回るような気がしないでもありません。
おまけに何でしょう、この胸の締め付けは、、、というわけで、お守りにニトロまで携帯することに。
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ところがこちらに来て以来、信じられないことに、血圧がほとんど普通の数値に戻ったのです。胸の痛みも起こりません。どうしてだろうと医者の友達に聞いてみました。「気圧の違いのせいかしら?電圧だって違うのだから。」

こんな馬鹿げた質問にまじめに答えようとしてくれるところが彼のいいところ。
「いやあ、日本とここの気圧は○○□□△△(要するにチンプンカンプン)、、、ゆえに場所が違うからと言って☆☆★★(またチンプンカンプン)、、、」

つまりは、別段場所が変わったせいではなさそうなのです(笑)。
「ストレスがなくなったせいかもしれないよ。日本に帰ったらまた高く戻る可能性がある。」とこれまたまじめに言うドクタージョン。

ええ、たしかにおっしゃる通りかもしれません。何せ今の私ときたら、、、

いいのか悪いのか、目覚ましをかけても必ずその前に目が覚めて、早朝から一仕事。出勤があるわけでもありませんから、集中してやればおおかたのことはお昼前にすんでしまいます。それからどこかに出かけます。人に会ったり、スミソニアンに行ったり、オールドタウンをぶらぶらしたり。そんな時は、帰ってから夕飯の下準備を終えた後に夕日と共に泳ぎます。

夕方や夜に出かけなければならない時は、昼間のうちに泳いでしまいます。だいぶ焼けましたけれど気にしないことにしました。泳いだ後には冷えたビールが待っていますから。

裏庭の木陰のベンチは読書をするのに最適ですし、ジムもあればテニスコートもあります。誘われてもまだこの腕ではテニスはできませんが、ワンコと一緒にドッグランで遊ぶことならできます。シネコンにも歩いて行けますし、スーパーマーケットは飽きることがありません。次から次へと料理のアイディアが浮かんできます。空はやたらにきれいですし、花もやたらときれいです。この時期はあちこちでみごとな紫陽花とグラジオラスが見られます。

こんなまったり生活を送っていたら、ストレスなんて言葉すら忘れてしまいます。それが驚きの血圧正常化へと繋がったのでしょうか。血圧のためにも、ずっとここに居続けたいぐらい(笑)。

とはいえ、ドクタージョンがこんなことも言いました。
「でもね、ストレスがないのも実はよくないんだよ。適度なストレスと良いストレスが頭にはいいんだ。」

どきっ。
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月20日(水):残り物「まかないご飯」ごっこ       
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2012年06月16日

心の中の避難所

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右側に2席、左側に2席、一番前から一番後ろの乗客までも簡単に見渡せる小さな飛行機が、機首を下げて着陸態勢に入りました。雲の合間から視界がどんどんと開けていきます。青空に向かってまっすぐに伸びた純白のモニュメントが遠くに見えます。機体が高度を下げるに連れて、眼下の景色が大きくなります。

見慣れた丸屋根の国会議事堂が見え、ホワイトハウスが見え、ずっと遠くに私たちのコンドミニアムが見えれば次はポトマック川、そしていよいよ着陸です。「ああ、帰ってきたなあ」という安堵感が、次には嬉しさに変わります。気がついてみたら、いつの間にやら私はすっかりこの町が好きになり、この町での暮らしが東京と同じ、あるいはそれ以上に心地よいものになっていました。こんな風になるまでにいったい何年かかったことでしょう。

つい夢中になって、昨日、一昨日と2日にわたって「Rachel Carson National Wildlife Refuge」のことを書いてしまいました。「Refuge」という単語から最初に浮かぶ日本語はやはり「避難所」でしょうか。でも、私はあえて「保護区」としました。

話は飛びますが、娘に教えられて以来、ひそかに励まされているのが、石井ゆかりさんの天気予報です。と言っても、気象予報士ではなく占星術のプロフェッショナル。読みようによれば、よくも悪くもとれるのですが、だからこそどんなメッセージも前向きに取ることができて、とても元気になるのです。読む人みんなが「いい人」になれるような、そんな心の空模様です。

たとえば私の魚座なら、今週は「自分の心が望むことにじっくり耳を傾け、自分の心身が生きていける素晴らしい庭園をここから自分の意志で創造できる時期に入っていきます。」と結んでくれますし、来週ならば「自分の手で生み出したけれども、やはり天からもたらされたように思える喜びというのはたしかにあって、今週以降そういう喜びが静かに増えていくだろうと思います。」と慰めてくれます。

石井さんがだいぶ前に書かれた「心の中の避難所」というタイトルの文章には、苦しんでいた時だっただけに涙が出るほど感じ入ってしまって、以来プリントアウトしたものを目の前に貼ってあります。今、傷つき悩み、苦しんでいる方々へ、かいつまんでお贈りします。
…………………………………………………………………
心の中の避難所 (石井ゆかり)
たしか、スコット・ペックの著書だったと思うが、「大人は、他人の言葉に傷つけられないという権利を持つ」というような文書を読んだことがある。
他人の言葉に傷つけられない権利。これは、他人が自分を傷つけるような言葉を言うことを妨げる権利、ということではない。何か言われてもそれを真に受けないとか、心の中にまでそれを入れない権利、ということだと思う。

……………………………………………………………….
加えて石井さんは、ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」を引き合いに出しています。釈迦の一生についてドイツ人であるヘッセが書いたこの小説は、少々退屈ではありますが、時として鮮烈に心に響く言葉に出会わせてくれます。私の薄い文庫本のページは、こんな風にたくさんマーカーが引かれています。
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石井さんがあげていたのは、この部分でした。主人公のシッダールタ(釈迦)が、愛人であるカマーラに語る言葉です。

「シッダールタ」(ヘッセ/高橋健二訳 新潮文庫) 79ページ
あなたの内部には静かな避難所があって、あなたはいつでもそこへ入って、そこを家とすることができます。私もそうすることができます。だが、そういうところを持つ人はほとんどありません。実際はだれでも持ちうるはずなんですが。」
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目下私の避難所は快適です。

石井ゆかりさんの星座の空模様を見るにはこちらです。
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index.html

By 池澤ショーエンバウム直美



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6月15日(金):メイン最初の夜のこと
       
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:00| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年06月11日

鳥を見る 空を見る 海を見る

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ポートランドからカスコ湾にかかる橋を渡って車で30分ほどの海を見下ろす丘の上に、レジデントでなくては乗り入れることのできない一角があります。その名を「Prout Neck」と言います。木々が林となり涼しい影を作り、鳥が歌い、ライラックが香り、シャクヤクが咲き誇る庭が続きます。

ここに1836年に生まれ、絵描きとしての生涯を1910年に終えた画家、ウィンスロー・ホーマーの家があり、仕事場があります。身辺の生活や、自らをとりまく自然を描いたホーマーは、19世紀のアメリカを代表する画家のひとりです。

そこに行けば何らかの標識があるにちがいない、もしかしたらその家が記念館として保存されているかもしれない、などと思っていたのです。

車を置いてバーの隙間をくぐり抜け、広々とした敷地の中、家と家の間の広い道を先へ先へと進みます。人の手が入った部分と、手つかずの自然とがほどよいバランスで心地よいハーモニーをかもしだしています。謙虚に暮らす満たされた人たちだけが持つ、あの静謐な品格が漂っています。

海からの風が時に人声らしきものを運んではきても、人影は見えません。そして、どこまで歩いても、「ホーマーの家」らしきものはありません。あきらめて戻ろうとしたちょうどその時、「31」の家の庭から一人の華奢な女性が出てきました。その姿を私は一生忘れはしないと思います。

左手には庭から切り取ってきたばかりのみずみずしい藤の花が入った籐のバスケット、化粧気のない顔をおおうサングラス、頭には大きな麦わら帽子をかぶり、首からは立派な双眼鏡をかけていたのです。

「すみません、ウィンスロー・ホーマーの家はどちらでしょうか。」

と尋ねると、驚くような答が返ってきました。

「ここです。私がホーマーの家に住んでいます。でも、ホーマーは自分で建てた家に結局は住まなかったんですよ。まっすぐに行くと出口の少し左側に17番の札がかかったチョコレート色の家があります。そこが彼のスタジオだったんです。ホーマーはそこで暮らしていたんです。」
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時間にしたらたかだか2〜3分の立ち話だったでしょう。それなのに彼女は圧倒的な存在感を残し、籐の籠と共に海へと続く斜面を下っていきました。あの双眼鏡でいったい何を見るのでしょうか。

部屋に飾るために庭の花を籠に入れ
海の音を聞きながらテラスで本を読み
大きな麦わら帽子をかぶり
化粧もせず
良質で清潔な服を着て
きちんと食べ
サングラスが必要なぐらいに眩しい日差しの中で
海岸へ下りて
鳥を見る、空を見る、海を見る

何て素敵な暮らしでしょうか。
名前も知らないその女性と会って以来、私は勝手に想像する彼女の暮らしにひたすら憧れています。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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6月10日(日): 「Japanese」の発見
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:44| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年06月08日

毎日が贈り物

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時々現れては消える逃げ水を
待っては追いかけながら
ハイウェイを走る

最初の料金所では1ドル紙幣
次の料金所では1ドル紙幣と一緒に、10,35,40,50、、、
と数えながら75セント

最初の目的地は、ルイストンのベーツ大学
10時の約束を待っていたプロフェッサー・サラは
満面の笑みとほとばしる言葉で出迎えて
私たちは、まだまだ話し足りない思いをたくさん残したまま
次へと続くに違いない「さようなら」を口にした

北東へと進路を向けた先は
メインで一番古いボウドイン大学の町、ブランズウィック
ノンアルコールビールで喉を潤してから
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ミュージアムを2つ見て
足取り軽く緑のキャンパスを歩いた
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修理中の船が並ぶシップヤードの町、バースを抜けて
ずんずんずんずん林の間を
半島の先まで走れば
そこに待っていたのは、私の場所
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カモメのほかには誰もいない引き潮の砂浜に
大西洋の波が音を立てる
決して居丈高ではなく、むしろ優しく
リズミカルに
誘うように

だから私は
砂と同じ色のサンダルを脱ぎ捨てて
裸足になって駆け出した
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うすいベージュの、絹のようになめらかな乾いた砂は
きっとさっきまで波をかぶっていたにちがいない湿った砂へと続き
もう足跡を残すことのできない海となる

スカートの裾を濡らしながら
大きく息を吸い込んで
どこまでも続く明るい空を見上げれば
それはもう、いつものように
そう、まるで予定された儀式のように
私のからだを節々まで目覚めさせ
崩れかけていた私の心の形を整える

生まれ変わった心とからだで
最後に立ち寄ったのは
メインで一番きれいな町と言われるウィスカセット
一杯のコーヒーと
海を眺めながら食べるブルーベリーチーズケーキの
何ておいしかったこと
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そして私たちは 再びハイウェイに乗って
今度は南西に進路を向けた
沈み始めた太陽を右に見ながら

昨日訪ねたメイン大学ロースクールのプロフェッサー・ローゴフは72歳
働き盛りで心臓病に倒れてから
毎日こう呟くと言う

「Everyday is a gift. Thank you!」

そう、生きている者にとっては
毎日が贈り物
だから毎日「ありがとう!」

By 池澤ショーエンバウム直美



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6月7日(木): アメリカのデザートと言ったらやっぱりこれ!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:26| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年05月28日

物ではなく時間を

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発展途上国支援のNPOで働く74歳の友が、昨日こんなことを言いました。
長年、いわゆる大企業で敏腕をふるいながら定年まで勤め上げた人です。

「僕がほかで働けば、きっと時給でこのくらいにはなるだろうと考えれば、ここでボランティアとして働くことは、『時間』という、『物でないお金』を寄付していることになる。そう思って一生懸命やってるんだよ。」

かたや、先週、急逝した大学時代の級友のお墓参りに行ったら、一緒に行った積年の友がぽつりと言いました。今年の春、長い間の教師生活に定年を迎えた人です。

「他校で、これまでやってきたように教鞭を取る道もあったけれど、週に3回、月火水の夜だけ予備校で教える道を選んだの。ひとつには、誰かの役に立ちたい思い、そしてもちろん、年金と貯蓄だけではやっぱり不安な生活への思い。」

そしてこんな言葉を付け加えました。

「月火水だけ。
あとの時間は私が買ったの。
それにはお金がかかるから、ちょっと切り詰めるのは当たり前。」

物ではなく、時間で与え、
物ではなく、時間を買う。
どちらも素敵な考え方。

By 池澤ショーエンバウム直美



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5月28日(月): ドギーバッグって?〜「アウトバック」の場合
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:41| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年05月10日

暮らすように旅をする、旅をするように暮らす

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ワシントンDCの中心部、丸い屋根の白亜の国会議事堂から、空に向かってすっくと伸びるリンカーンモニュメントの間に、約3キロにわたって細長く広がる美しい芝生の地帯があります。これが「モール」と呼ばれる公園です。ジョギングをしている人もいれば、愛犬との散歩を楽しむ人、芝生にすわって本を読む人、保母さんに守られた園児たちの行列、、、、、、そんなワシントニアンたちの日常に、世界各地からの観光客が入り混じります。

モール周辺に点在するのが、世界最大のミュージアム群と言われる「スミソニアン」です。その数たるや全部で18、いつもどこかで特別展が開催されていますし、嬉しいことにそのほとんどは無料です。

たとえばハチ公の前で会うように、人々はミュージアムの入り口や、ロビーを使います。そしてたいていはこんなことになります。ミュージアムはワシントニアンの生活の一部です。

「ランチの前にちょこっとゴーギャンを見ない?」 とか、
「ランチの後で今やってる特別展を覗いてみない?」とか。

スミソニアンは展示だけではありません。いつもどこかで、何かしらの講座や、パフォーマンスやイベントを開催しているのです。

たとえば、3月号のフライヤーに掲載されているのは、ざっと数えて100以上。
歴史も美術も文学も、考古学も園芸も音楽も哲学も、宗教も科学も映画の講座もありますし、クラシックやジャズの公演もあります。絵や写真、折り紙などのワークショップだってあります
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最後のページには、ちょっと遠出をして、美術や庭園や歴史を一日がかりで学ぶスタディーツアーが10種類も掲載されています。

たとえば、アマゾンの生態系を写真とレポートで探る「An Amazonian Odyssey(アマゾンの旅)」なら平日の夜の2時間で、会員ならば30ドル、シニア会員なら27ドル、一般は40ドル。同じ平日夜でも、「コンスタンティノープルの発掘について」でしたら、1時間半で、会員15ドル、シニア13ドル、一般20ドルでした。

週末の朝から夕方までの一日コース「Myths to Live By: From Homer to Steve Jobs(生きるための神話:ホメロスからスティーブ・ジョブズまで」なら、会員85ドル、シニア77ドル、一般120ドルでしたし、スミソニアン室内楽団のコンサートでしたら、週末の夜で会員22ドル、シニア20ドル、一般28ドルでした。

このように、テーマも講師も時間も価格も、開催場所もまちまちな講座や催しの中から、予定や予算やその時々の興味に照らし合わせて、個別に申し込んでいくのです。たいへんよくできたシステムだと思います。とりわけ、自由になる時間がたくさんあって、学び欲旺盛なシニアの人たちにとってはありがたいことです。

もしもワシントンDCにいらっしゃる機会があれば、ぜひ一つや二つ、気楽に覗いてみてください。たとえ英語が苦手であろうと、束の間学生気分に浸るのは楽しいものですし、いっとき留学生気分になれるのもまた、心ときめくことでしょう。大丈夫、皆さんよく質問はしますけれど、先生の方から生徒を指すようなことはまずありませんから(笑)。

よほどの人気講座ででもなければ、たぶん当日だってエントリーできるはずです。スミソニアンのどこのミュージアムにも講座案内のフライヤーがありますし、WEBでもおおよそのことはわかります。

「旅をするように暮らす」のも、
「暮らすように旅をする」のも、
どちらもとても面白いもの。

By 池澤ショーエンバウム直美


 
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5月9日(水): 洋食には白ご飯?〜大正14年創業の「香味屋」
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:36| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年05月06日

GWの過ごし方その6〜光と影とディスカバリー

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林の中の山荘にいる友からの早朝の連絡は、

「今、散歩から帰ってきました。突然の雷と早朝の雨もじきにやんで、森は一段と緑を増したようです。葉っぱの上に残った雨粒が、お日様の中で宝石のように輝いています。桜もようやく数輪咲き始めました。あんずの花も咲きました。野生の黄水仙が群生している場所も見つけました。どの季節もみんな美しいですけれど、とりわけ美しい季節が始まりました。」

たしかに東京でさえ、ゴールデンウィーク最後の日は、友の言葉を復唱したくなるほどに、美しい季節の、美しい朝となりました。鯉のぼりにも,もうしばらくの間、空を泳いでいてもらいたいもの。

昨夜、スーパームーンが明るく照らした小さな庭は、今朝は光が一面にあふれています。光があれば影があります。木々の葉や草花が風に揺れるたびに、影も一緒に揺れ動きます。いつまで見ていても飽きない光景です。

そんな庭でちょっとした発見をしました。

こんなに大きなクモの巣がキラキラと輝いていたのです。
風に合わせてゆらゆら揺れて、万華鏡のように色と形が変わります。
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庭のすみっこの隠れた場所では、いつのまにやらシクラメンが咲いていました。あまりにひっそりと咲いていたので、満開を見過ごしてしまったようです。それでも可憐な花を枯らしてしまう前に、かろうじて間に合いました。
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昨年、苗木を植えたハナミズキは、今年初めての花を咲かせています。大きな木の上でたわわに咲き誇る華やかな花々とちがって、おもわず手をさし延ばしたくなるような、まだまだ歩き始めたばかりの子供のような風情です。
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光は家の中にも差し込んで、影を作り、影をゆらし、移ろわせていきます。
桜が咲き始めた林の中を歩くことはできなくても、どこにでも喜びの発見はたくさんあります。これもまた「心ひとつでエンドレスディスカバリー」。
そして、こんな何でもないことだって、きっとゴールデンウィークの素敵な過ごし方。

窓を開け放ちました。
光と影の音が聞こえます。

By 池澤ショーエンバウム直美



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5月5日(土): 新発見のインスタントクスクス

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:26| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年05月04日

GWの過ごし方その5〜心ひとつでエンドレスディスカバリー

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3月11日のワシントンポスト紙の「TRAVEL」は
全部で8ページ

特集は ピッツバーグから この国の首都までの
300マイルの サイクリング

春の息吹の森を抜け
朝日が染める川を越え
古い橋で海を渡り
トラックが走る国道を横切ったら
また 林の中の小道を ひたすらどこまでも
上りも下りも
整備されたサイクリングロードも
石ころだらけのごつごつ道も

ピッツバーグからボストンへ
ボストンからオハイオパイルへ
オハイオパイルからキュンバーランドヘ
キュンバーランドからシェパーズタウンへ
シェパーズタウンからリーズバーグへ
リーズバーグからワシントンへ

呪文のように 土地の名前を口にすれば
点は線になり
ふわふわしたロマンに包まれる
300マイルも 自転車なんてこげないくせに

別のページには
この忘れてならない特別な日を期して
日本からのメッセージ

冬の日本は 春の日本へ
春の日本は 夏の日本へ
夏の日本は 秋の日本へ
そして 秋の日本は また 冬の日本へと

四季の美しさがめぐりめぐる国
それが日本
どの季節だろうと元気で 美しい国
日本で終わりのない発見、エンドレスディスカバリーを

私たちのアメリカの友へ
1年前のあの日からたくさん届けてくれた
優しい心と支援にありがとう
日本は今 再建に向かっています
私たちのもてなしの心は 変わりません
あなた方のおいでを お待ちしています。


アメリカだって
日本だって
どこだって
心ひとつで エンドレス・ディスカバリー

By 池澤ショーエンバウム直美



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5月4日(金): ごはんか パンか クスクスか
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:33| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年05月03日

GWの過ごし方その4〜シャボン玉はいかが?

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もしも明日、晴れたなら
シャボン玉はいかがでしょう。

ゆっくり息を吹き込めば
大きなシャボン玉が風に乗って、ふわりと飛んでいきます。

タコの足のように切って開いたストローを
ふっと一気に噴き出せば
小さなシャボン玉がいくつも空にあがります。

もしも明日、お日様が戻ってきたら
シャボン玉を追いかけてみたらどうでしょう。
うまくいけば
景色を閉じ込めることだってできるかもしれません。

By 池澤ショーエンバウム直美



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5月2日(水): 緑がいっぱい お弁当がいっぱい
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 19:52| Comment(2) | 暮らしの知恵

2012年05月01日

みどりのそよ風 いい日だね

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5月です。
つい、こんな歌を口ずさみたくなるのですけれど
それにはちょっと曇り空
それでも5月です。

みどりのそよ風 いい日だね
蝶々もひらひら 豆のはな
七色畑に 妹の
つまみ菜摘む手が かわいいな

みどりのそよ風 いい日だね
ぶらんこゆりましょ 歌いましょ
巣箱の丸窓 ねんねどり
ときどきおつむが のぞいてる


この歌詞を目で追いながら
ララララ ラララ〜ラ
ラ〜ララララ
と 自然にメロディーがついてしまう方って
どのくらいいらしゃるのでしょう。

でも 詞も旋律も とても素敵な歌だと思います。
見たこともないのに 光景が浮かびます。
妹がいない人だってそうでしょう。
遠い昔に置いてきてしまったような光景です。

今 再び口にしてみれば
「みどりのそよ風 いい日だね」と言う最初の言葉が
その先の のびやかで 心安らぐ世界への繋がりを予感させていることに気づきます。

「いい日だね」と言えば 本当にいい日になりそうな気になりますし
「悪い日だね」と言えば 本当に悪い日になりそうな気持にとらわれるのは
眉根を寄せてしかめっ面をしている人よりも
にこにこしている人の方に 人が集まるのと 同じかもしれません。

ですから 新しくやってきたこの月も
「みどりのそよ風 いい月だね。」
で始めましょう。

実際 ギリシャでは 新しい月を迎える挨拶は 
「ΚΑΛΟ ΜΗΝΑ!(カロ ミナ!)です。
まさに「Good month! いい月を!」という意味。
今日だってみなが口々にこの挨拶を言い合うのでしょう。

とりわけ5月は特別です。

春を喜び 美しく輝く季節を祝福するために 
人はみな野原に繰り出し 花を摘み リースを作り
家のドアに飾るという古くからの習慣があるのです。
これが「プロティ マイウ」(5月1日)の行事です。

と言っても 都会ではちょっとやそっとで野の花など摘めないのは いずこも同じ。
アテネの友人たちは 花屋さんで買ってきた花に ちょっとだけ自然の花を足してリースを作ったりしています。

総選挙の投票開始まであと5日。
予断を許せないギリシャですけれど いつものように家々のドアに花が飾られ
「カロ ミナ」の声が響き合う日であるように祈っています。

私も今朝 この部屋のドアに リースをかけました。
「よい季節」「よい月」「よい日」のために。
いえいえ 野に出て摘んだ花ではありません。
去年 娘が母の日に贈ってくれたプリザーブドフラワーです(笑)。
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By 池澤ショーエンバウム直美



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4月30日(月): そっくりさんのズッキーニスープ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:56| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年04月30日

GWの過ごし方その3〜ふらり気楽に日帰り温泉

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いくら仲の良い女友達とだって
家族を置いての一泊旅行は気がひける時
こんな手があります。

巷のスーパー銭湯とはちょっと違って
自然の中で静かな時間を過ごせる
日帰りお気軽温泉です。

たとえば私たち
12時に小田急線の鶴巻温泉駅で待ち合わせ
向かった先は老舗旅館の「陣屋」さん。

太鼓で迎えられて 踏みいれた広い庭園を
最後の桜と 椿と 石楠花が彩ります。

母屋はひとまず後にして
坂道をずんずん上って行けば
菜の花 菫 シャガ、そして
蕗がおおう 人影もない野原です。
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さらに石段を上がって
ちょっと色あせた小さな赤い鳥居をくぐれば
そこにあるのは「湯の上稲荷」様。
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思い思いに手を合わせ
下へ下へと歩いていけば 時はそろそろ1時半
昼食タイムの始まりです。

この宿の歴史を映し出すような建物の
鯉が泳ぐ庭園に面したテーブルで 
ええ、久しぶりに会えたのだから まずはやっぱり白ワイン。
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たっぷり食べて
たっぷり飲んで
あとは たっぷり温泉三昧 おしゃべり三昧

湯上りビールで
またまた乾杯などしているうちに
とうとう 庭に かがり火がともされて
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もう5時?
いえ、まだ5時よ、と、言いたい気持ちをおさえながら
来た時よりは ずっと心もからだも軽くなって
ゆったり時間に別れを告げるのでした。

「桜が咲き、沢蟹がたわむれ、蛍が舞い、鳥がさえずる。
一万坪の庭園に息づく自然に護られるように、
いくつもの物語が、陣屋には集います。」(「陣屋」パンフレットより)

なにもここに限ったことではありませんし
なにも、ゴールデンウィークに限ったことではないのですけれど
ふらり気楽に行ける静かな日帰り温泉って
やっぱりいいですよね。

そしてもちろん
「ね、行く?」「ン、行こうか。」
そんな「ふらり」の女友だちがいるってことも。

それにしても「陣屋」さんの日帰りプランって、かなりお得な感じです。
http://www.jinya-inn.com/

(でも、GW中はやっぱり混んでいるのかしら。私たちが行ったのは、4月17日のことでした。)

By 池澤ショーエンバウム直美



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4月29日(日): こんなスープがおいしい季節
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:50| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年04月29日

GWの過ごし方その2〜外で映画を見る

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DCの家からは
歩いて5分もしないところに 映画館があります。
しかも、同時にいくつもが上映されるシネコンスタイルです。

たとえば今日なら
「タイタニック3D」版を含めて14本。

これだけだって充分嬉しいのに
さらに嬉しいことは
日本よりもずっと安く見られることです。
8ドルと言えば、映画の日よりも、シニア料金よりも
夫婦50よりも安いんですから。

まだあります。
日本で封切りになる前に、いち早く見ることができるのです。
もう一度東京で見たくて 今か今かと待ちながら
半年後にやっと、なんてこともありました。

映画はマジック
映画の始まりは 別世界への入り口
予備知識とともに 狙い定めるのもいいし
ふらりと出かけた町の 知らない映画館に入るもいいし
シネコンの切符売り場で どれにしようか 直感で選ぶのも面白い。

この春の アメリカでの収穫の第一は
「アーティスト」でした。
今年のアカデミー賞で5部門を受賞し
日本のメディアでも あちこちで取り上げられていますから
説明は控えますけれど とても楽しめる映画です。

人間たちと一緒にうなだれ 悲しみ 喜び 励まし
ご主人様の危機を知らせに ひた走る
ラッセルテリアのアギーの名演も
数々の映画賞に輝きました。

しかもこの愛らしいワンちゃん
生後8か月で捨てられてしまって 安楽死をさせられるところを
訓練士のオマールさんにもらわれるところから始まった人生 いえ犬生。
一日15分の訓練を続けて大スターになりました。

この映画、最初から最後まで 黒と白だけ。
しかも音声のセリフがひとつもなくて
言葉はすべて文字からです。
不思議なことに それだからずっと理解しやすいものがあるのです。

アメリカではもう終わってしまいましたけれど
日本では 今、いろいろな場所で上映中。

昨日たまたま入った都心のタリーズで
「ご自由にお取りください」と書かれたフリーペーパーの
最後の一面もこれでした。
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ところで、私が行きつけのDCのシネマでは
壁を大きく飾るのは、マリリン・モンローとジェームス・ディーンです。
悲劇は英雄伝説にも変わるのでしょうか。
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お天気も最高のゴールデンウィークの始まりに
ふらりと映画はいかがですか?
かくいう私は これから仕事です(涙)。

By 池澤ショーエンバウム直美


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昨日のグローバルキッチンメニュー http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
4月28日(土): ルネ・バルビエ氏の生産者ディナー〜お料理の巻

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:00| Comment(6) | 暮らしの知恵

2012年04月27日

ブラームスはお好き?〜GWの過ごし方その1 家で映画を見る 花と共に

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今晩8時から いい映画があるよ
Amez-vous Brahms
食事はその後にしようか

Amez-vous Brahms?
どんな映画?

英語のタイトルは
たしか Goodbye again

Goodbye again?
どんな映画?

中年の男と 中年の女と
若い男の 恋物語

午後8時
小さなテレビ部屋の
小さなテレビの前の
小さな椅子に
二人でぴったりくっついて腰掛けた

白黒の画面が描き出す世界は
40年以上も前のパリ
手動のタイプライターが
ことこと かたかた 音を立て
回転するレコード盤が
ブラームスの交響曲第3番を 奏でる世界

シートベルトのない車で街を走り
男も女も 当たり前に煙草をくわえ
チャールストンを踊って
恋をする

「男」を演じた イヴ・モンタンも
「女」を演じた イングリッド・バーグマンも
「若い男」を演じた アンソニー・パーキンスも
現実の世界では もういないけれど
あの古いパリでは まだ生きている

Aimez-vous Brahms?
ブラームスはお好き?
原作はサガン
昔読んだその小説を
もう一度読みたくなって
柄にもないと照れながら
今また 読み始めた
ブラームスを聞きながら

Aimez-vous Brahms?
Oui

By 池澤ショーエンバウム直美


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本日のグローバルキッチンメニュー http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
4月27日(金): ルネさんとワインの歴史@スペイン
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 20:02| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年02月18日

失われた私の「キッチンセラピー」

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 「料理というのは、手紙のようなものだと思う。がんばってね、ありがとう。そんな気持ちを込めて作った料理は、きっと食べる人の心に届く。」と言うのは、作家の小川糸さん。

 反対に、もしも怒りながら作った料理にはイライラのエネルギーが込められ、悲しい気持ちで作った料理は、食べる人を悲しくさせる。だから、料理を作る時は明るく幸せな心持ちでいたい、と言います。

 ふむふむ、なるほど。
 そう、そうなんです。

 加えて言えば、
 優しい手紙を書けば、書いた方もふんわり優しくなるように、
 ぷんぷん怒りながら料理を作れば、できあがった頃には怒りが発散されて、気持ちがすっきりするように、
 悲しくて泣きながら作る料理がいつのまにやら涙を吸い取ってくれるように、
 「料理を作る時は明るく幸せな心持ち」でなくたって、往々にして、大切な人たちのために料理を作ることが、明るく幸せな心持ちをもたらしてくれるのです。

 これは人呼んで、いえいえ私が勝手に言うところの「キッチンセラピー」、「料理セラピー」というやつです。

 だから私はどんな時にも台所に立ってきました。台所は自分の気持ちを整理したり、浄化したりするには恰好の場所でした。

 悲しいことに今はそれができません。包丁もハサミも使えませんし、牛乳やジュースのパックを開けることもできませんし、両手で鍋を持つこともできません。愛しい人たちのために料理を作ることもできません。私のできることと言ったら、せいぜいレトルトを暖めることか、冷凍食品を解凍することか、買ってきたものを並べること。それだって片手では、袋を切ることも、パッケージを開けることも、瓶の蓋を開けることも、輪ゴムをかけることもできません。何て悲しく、何てふがいないことでしょう。

 そんなふがいない私のために台所で働いてくれる娘たちや友人たちにはどんなに感謝しているかしれませんけれど、早く包丁を握りたい、刻んでちぎって、炒めて煮込んで、焼いて和えて、盛り付けたい、、、、、「おいしい?」と聞いて、「よかった」と胸をなでおろし、ふつふつと平凡な日常の幸せを噛みしめたい、、、、

 などと願いながらも、不便生活の知恵を少しずつ身につけています。少しはお役に立つこともあろうかと、そのうちの少しばかりをご紹介します。

 石鹸が使えません。友が持ってきてくれたネットは片手でモニョモニョするだけで泡がたって、とても助かっています。
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 何とか顔は洗っても、化粧水を瓶から手のひらに取ることができません。娘が小さなスプレー容器を買ってきてくれて、動かせる左手で直接顔にスプレーができるようにしてくれました。とても助かっています。
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 とにかく蓋が開けられません。開けてもらった蓋は閉まってしまわないように、ティッシュペーパーを挟んでいます。見栄えは悪いですけれど、とても助かります。
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 それにしても、私の「キッチンセラピー」はいつになったら始められるのでしょうか(涙)。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:28| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年02月14日

Happy Valentine’s Day!

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 今にも雨が降り出しそうなどんよりとした空模様。こんな日は気分もどことなく沈みがち。そんな今年のバレンタインデーです。特に今年は人混みが立ち入り禁止ゾーンになってしまいましたので、チョコレート売り場の華やぎとも無縁です。それにもう、そんな「イベント」が少々気恥ずかしい年にもなりましたし、ある特定の場所に通勤していた時と違って、ご挨拶代わりのいわゆる「義理チョコ」の必要もなくなりました。

 そんな私ですが、夫にだけは毎年、アレにしようか、これにしようかと、迷って選んだチョコレートを渡します。と言っても、今年は非常事態ですので手抜きです(笑)。ネスプレッソというスイスのコーヒーカプセルをたくさん注文したら、期間限定のバレンタインギフトが付いてきました。実はここのチョコレートがなかなかおいしいのです。というわけで、今年はこれ。

 毎年この日に消費されるチョコレートが、年間消費量の2割とも4分の1とも言われる私たちのバレンタインデーですが、左手で遊んでいたら、日本チョコレート協会の「バレンタインデーシーズン販売額(推定)」なる統計に遭遇しました。これによれば、1981年は300億円の売り上げだったのが、多少増えたり減ったりはしながらも、概ねなだらかな上昇曲線を描いて、2005年には530億円になりました。と言ったって、物価も変化しているわけですから、数字にきわめて弱い私はこの統計をどう読んだらいいのかはわかりません。

 けれども、ひとつ気づいたことがあります。25年間で一番販売額の少なかった年は、1995年、阪神大震災の年でした。あの悲劇が起きたのが1月17日であったことを思えば十分に納得ができます。今年はいったいどうなのでしょう。

 最近では日本でも「友チョコ」なる言葉を耳にするようになりましたが、もともとこの日は、女性から男性ばかりでなく、男性から女性、男性同士、女性同士、つまり360度で愛情や友情を伝え合う日です。

 夫と出会って初めてのバレンタインデーを思い出します。張り切って手作りチョコを用意して、渡すタイミングをうかがっていたら、「Happy Valentine’s Day!」とプレゼントを渡されて、完全に先手を取られてしまいました。以来、私たちはこの日も記念日に加えて、お気に入りのレストランや、行ってみたかったレストランを予約するようにしています。

 「バレンタインデー」とは、何も女性が男性に思いを伝える「告白の日」に限ったわけではなく、「あなたは私にとってたいせつな人」という気持ちを素直に伝える「表現の日」と考えれば、この一年に一度の特別な日は、たとえこんなどんよりとした空模様だろうと、優しく輝き始めます。

 ちなみに、「夫婦力を磨く」と題するつい先日の新聞記事によれば、夫婦の間で一番大切なことは、「ありがとう・ごめんなさい・愛してる」という3つの言葉だそうです。これはつまり「表現の力」。そして、この表現力は、なにも夫婦に限ったことではなく、親子でも、友人同士でも、とても大切なことのはず。

 とはいえ、「I love you!」のように、「愛してる!」「大好き!」と言えないのは、良くも悪くも私たちの文化と言語です。ならば、せめてバレンタインに勢いを借りて、今日ぐらいは感謝をこめて表現しちゃいませんか?

 話は180度変わりますが、おかげさまで手術をしなくてもよいことになりました。昨日、ギプスを物凄い音のする電気鋸のようなもので切り開くという「恐怖の初体験」をした後で、衰えてしまった筋肉に合わせて新たなギプスを付けました。同時にリハビリも開始しました。目下、おっかなびっくりイチニ、イチニとやってます。

 こんな姿のバレンタインデーはこれが初めてで、これが最後。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:09| Comment(2) | 暮らしの知恵

2012年01月23日

ケサパメラの失敗

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 忘れ物名人の私が、出かける前に呟く言葉は「ケサパメラ」。
一時はギリシャ語の「さあ、行こう=パメ」にこじつけて、「ケサパメ=今朝行こう!」だったのですが、いつの間にやら「ラ」が増えました。
絶対忘れてはならないアイテムです。

 ケは携帯電話
 サは財布
 パはパスモ (今はスイカですけれど)
 メはメガネ
 ラはカメラ

 けれども、毎度呟くにも関わらず、非常にしばしば失敗をやらかします。一番多いのは「メ」でしょうか。昨日もそうでした。ちょっとした打ち合わせがあって、電車の中で下準備をするべく書類とメガネケースを取り出したのですが、、、、、

 パチンと開いたケースの中はまさかのもぬけの殻でした(涙)。あとはもう、ひたすらうつむくばかり。

 きちんと中身の入った「メ」をバッグの中に入れて出たところで、出先で性懲りもなくアクシデントを引き起こします。最近一番真っ青になったのは、昨年暮れの事でした。昔の同僚夫妻との忘年会で、あっという間に過ぎてしまった楽しい時間を惜しみながら、さてお勘定という時になって、どこをどう探しても、私の大きな紫色のお財布がないのです。バッグをひっくり返しても、薄暗い居酒屋の床を這いつくばるようにして探しても、どこにもありません。とりあえず、飲み代と、帰りに必要となるかもしれないお金を友に借りて急ぐ家路、頭の中はちょっとしたパニックです。だって、たくさんのカードと運転免許証と健康保険証とありったけの現金、全てが入っていた長四角のものが、手品のように消えてしまったのですから。

 呆然と帰ってみたら、深夜に留守電が点滅しています。

 「落し物のお財布を当方でおあずかりしております。明日の開店時間は9時でございます。ご連絡をお待ちしております。」

 何と、居酒屋に向かう前に寄った薬局からでした。そのまた前に立ち寄ったクリニックでの処方箋に電話番号が書いてあったのでしょう。アメリカの夫にすぐさま事の顛末を電話したら、ただ一言。

 「う〜ん、ありえない。さすが日本だ!」

 すぐに、心配をかけた友に報告のメールを出したら、翌日になって奥様からお返事が届きました。

 「財布がすぐに見つかりよかったですね。きっと、今年の厄落としを 財布がして戻ってきてくれたんですよ。昔は神社からいただいた晦日の大祓いの人形に息を吹きかけて、『今年の厄を払うのよ』とやっていました。」

 なるほどお財布の厄払いトラベル。でも、もし出て来なかったとしても、優しい彼女はきっとこう慰めてくれたんでしょう。
 
 「きっと、来年の厄落としを先立ってやってくれたんですよ。よかったですね。」
 
 それにつけても、手厳しいのはわが娘。元旦早々言われました。暮れのお財布トラベルについては秘密にしておいたはずなのに。
 
 「ママ、今年はもう少し物に注意を払いなさいよ!」
 「ハイ、気を付けます!」
 と、私はまたしてもうつむくばかり。

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1月23日(月): 大切な人に食べてもらいたいチャウダー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:35| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年01月16日

心の中は無限大でも

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 決してきちんと整理されているわけではないけれど、心の中にだいじにしまわれた、たくさんの場面。それは写真のように静止したものだったり、動画だったり、音だったり、匂いだったり、触れた感じだったり、もちろんそれら全てが混ざり合ったものだったり。

 引出や戸棚と違って心の中は無限大。とは言ったって、あまりにギュウギュウでは、おぼろげな形になったり、変形したりして、そのうち忘れてしまうものもある。あるいは、自分でコントロールできなくなった時に、びっくり箱のように何が飛び出してくるかわからない。

 認知症だった母は、年々、記憶が心から去っていって、最後の最後に残ったことは2つになりました。それを何度も何度も繰り返しながら日々を送っていました。

 「8時15分、階段の下ね。」
 「明日、コーラスあるかしら。」

 デイケアに通うことを楽しみにしていた時の、バスがお迎えに来る時間と場所。
 歌うのが大好きだった母が通っていたコーラスの集いのこと。
 どちらも、人が好きで、友だちがたくさんいた母らしい「最後の記憶」でした。

 泉鏡花の「外科室」という短編小説があります。
 心に秘密を持つ美しい貴婦人が、意識が制御できないところでその秘密を口走ることを恐れ、がんとして麻酔を拒み、麻酔なしで胸を切り開く手術を受けるという、壮絶にして耽美的な話です。

 どちらからも思うことは、いくら無限大とは言え、やっぱり心に残すのは、できればいい思いにしたいということ。失った人を嘆き悲しむ思いを、その人との幸せな時間の記憶に変えることができたらということ。辛い思い出は、できれば長期保存、ましてや永久保存はしておきたくないということ。空いたスペースに、これから起きるはずのたくさんの、優しく、ふんわり、ほっこりするものが入って来られるように。

 あらあら、最近「ほっこりスペース」に入ってきたアッシジでの一件と、明治神宮での一件について書くつもりが、またしても前書きが長すぎました(笑)。
 明日にしましょうか。

 今日締切のちょっと面白い仕事がありますのに、「グランマぁ、みちゅけてくれてありがと。すぐ持ってきて。すぐね。かなりゃじゅね。」という小さな少年のために、あとでひとっ走りしなくてはならなくなりました。お気に入りの黄色いミニクレーン車をどこかに忘れて大捜索中だったのが、なんと、ふだんはほとんど人の出入りもない我が家のロフトで発見されたのです(笑)。これまた「ほっこりスペース」に入れなくては、、、、

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1月16日(月)予告:出版感謝会のスペシャルランチ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:35| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年01月09日

目下の我が家の三美神

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 好きな数字をあげなさい、とでも言われれば、とりたてて理由があるわけでもないのですが、3と7でしょうか。7ならばラッキーセブン、七色の虹、七転び八起き、七生、七福神、、、、、新年にもふさわしい言葉が次々と出てきます。

 3に至ってはまさにマジックナンバー。3つの願い、三種の神器、三が日、三高、三人よれば何とやら、、、、など、ある種類のものを括る時にしばしば使われる数です。

 そうそう、三美神などというのもありました。英語で「Three graces」と呼ばれる女神たちです。ギリシャ神話にもローマ神話にも登場する3人組です。ほら、ボッティチェッリの名画「春(プリマヴェーラ)」の中にも描かれていますよね。まんなかに首をかしげてたたずむヴィーナスの左側で、手を取り合って踊る美しい女性たちです。彼女らが司るのは、愛、慎み、そして美。ギリシャ神話ではまたちょっと違うのですけれど、いずれにしても、3つの良きことの象徴です。
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 今日の新聞では、義務教育初の民間人校長、藤原和博さんがこんなことを語っています。

「僕が今、変えたいと思って闘っているのはこの『正解主義』、それから『前例主義』『事なかれ主義』の三点セットです。」

 これらは三美神とは反対に、悪い物セット。

 先日、大好きな友が言い放った胸のすくような言葉もそうでした。「嫉み(そねみ)と妬み(ねたみ)と僻み(ひがみ)は三姉妹!」。確かにこの姉妹たちは持ちつ持たれつの依存関係(笑)。そしてこれまた決して美しいとは言えない三姉妹。

 お正月に大輪のピンクの百合をたくさんいただきました。大きな花瓶がすでにふさがっていたものですから、3つの色違いのガラス花瓶にさしました。朝には美しい影を作り、昼には艶やかに咲きそろい、夜になればひそやかに香りを放ちます。これが目下の我が家の三美神です。

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1月2日(月):光の中のお正月ランチ
1月3日(火):正統派お節も加わった今年のお正月
1月4日(水):大行列の先は?@成田山
1月5日(木):超簡単なギリシャのお正月ケーキ
1月6日(金):いつだって大好きなレストラン〜観音崎の海と風
1月8日(日):ペルージャから運んできたものは?
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2012年01月02日

2012年の額縁の絵

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 大晦日の夜に見る夢でもなく、元日の夜に見る夢でもなく、なぜか今夜、これから見る2日の夜の夢がもっぱら初夢と称されているようです。まさか、「一富士二鷹三茄子」を見ることなどまずないでしょうけれど、それでもどんな夢を見るのかは気になるところです。しかも、初夢が今年の吉凶を占うとあれば、、、、

 夢は自分自身の意志ではコントロールできない意識下のもの。それならばいっそのこと、「額縁の絵」を描いてみたらどうでしょう。
 
 これは、5年以上も前に、わが尊敬する師、湯浅裕子先生に教えていただいたこと。

「能と聖書の響きあい」という先生の講座に初めて出た時のことです。突然こんなことを言われて、私たち生徒は面食らいました。

「皆さん、少しばかり時間を差し上げますから、自分の将来の夢を頭の中で絵に描いて額縁に入れてください。あとで一人ずつ発表してもらいます。」
 
 けれども、前もって準備ができない「突然」だからむしろよかったのです。何の作為を施すこともできず、恰好をつけることもできずに慌てて浮上してきた絵は、今から思えば私たちの深層心理だったような気がします。しどろもどろに描いた5年前の私の「額縁の絵」とは、こんなものでした。

「大きな台所でコトコトとシチューの鍋が湯気を立てています。開け放たれた窓からはオリーブの林と黄色い実を付けたレモンの木々、そしてそのむこうにキラキラと光る海が見えます。私は心地良い風を受けながら、鍋のそばのテーブルでなにやら書き物をしています。かなり集中している様子。お昼を告げる鐘の音に我に返ったかの如く、『あら、もうこんな時間!』と、テーブルの上を片付け始め、出来上がったシチューの火を止めます。そして、『ご飯ですよ〜』と誰かに呼びかけています。絵の中の私は皺も白髪もだいぶ増えてはいますけれど、とても穏やかな笑顔を浮かべています。」

 あれから5年あまり、私は少しずつ、少しずつ、私の「額縁の絵」に近づいているように思えます。

 今年もまた、初夢を見る前に、5年前に描いた絵にちょっとだけ筆を加えた「額縁の絵」を描きました。今年は特に2つの決意と願いを加えました。ひとつは大切な家族との関係、もうひとつは今年どうしても書きたい本。

 自分の夢を描いて額縁に入れてみる、なりたい自分の姿を描いて額縁に入れてみる、、、、それはなかなか良い羅針盤になって、岐路に立った時に無意識のうちに、私たちを額縁の方角に向けてくれるように思います。

「額縁の絵」描いてみませんか?

 新しい年2日目。今日も明るい日差しがさしこんで、床に素敵な影ができました。
 
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1月2日(日):光の中のお正月ランチ


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:53| Comment(0) | 暮らしの知恵

2011年12月20日

愛と心配の法則

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 長女が生まれて母になり、際限なく膨らんでいく愛情に驚きながら、次に二女が生まれることになった時、膨らんだ愛情が半分ずつになってしまうのかしら、と、とても不安になりました。それなのに、生まれてみたら、1÷2=0.5 ではなく、1X2=2 になったのです。その時に知りました。愛と言うのはいっくらでも膨らんで、いっくらでも量が増えていくものなのだと。

 けれども、愛する人がいればいるほど、大切な人がいればいるほど、愛情と一緒に、心配事も増えていきます。時に、誰一人愛する人も、誰一人大切な人もいなければ、きっとどんなに気楽だろうと思えるほどに。

 それでも、「どちらでも好きな方を選びなさい」と神様に言われれば、たくさんの愛とたくさんの心配の方を選んでしまうでしょう。

 もっと景気のいいことを書くつもりだったのに、今日はちょっとしょぼくれています。2011年のゴールまでたった11日だというのに。でも大丈夫、一晩たてばきっとまた元気になるでしょう。いいことだけを考えて眠りに就けば。

 忙しい一日でした。久しぶりにガラガラとキャリーバッグを引きずって、京橋、銀座、新宿、渋谷、、、、、中身がだんだん減って行き、最後には軽々と持てるようになりました。その分なんだか心が重くなりました。結局プラスマイナスでゼロ。

 今日、友と一緒に見た景色を思い出しています。

 パークハイアット41階から見る「下界」は、無数の建物がひしめき合い、そこでは無数の人々が今を生きています。誰にでも平等に与えられた12月20日という時間を、笑ったり泣いたり、幸せと思ったり不幸せと思ったり。希望があれば失望もあり、愛の数だけ心配の数もあり、、、、、 日がだんだんと沈んでいき、暗闇がまた朝になる、、、たぶん、それが「生きている」ってことなんでしょう。

 水平線に救われることもあれば、高いところから見る景色に救われることだってあります。

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12月19日(月):ポットラックパーティーの楽しみ
12月20日(火):なんでもありがポットラックの楽しさ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:41| Comment(0) | 暮らしの知恵

2011年12月19日

generosity(気前の良さ・寛容)が成功の鍵

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 ぺルージャからフォリーニョで乗り換えたテルミニ行きのユーロスターの中で開いた新聞は、14日付けのヘラルド・トリビューン。いつものように小難しいところはすっ飛ばし、面白そうな見出しの記事だけを拾い読みします。

‘Breakfast in bed today, honey?’
 「ねえ、朝ごはんはベッドで食べる?ハニー」

 何やら意味深なこの見出しですが、「幸せな結婚」についての研究結果をふまえた真面目な考察です。

 部族民だろうが、億万長者だろうが、博愛主義者だろうが、それぞれの社会において同じように大切なものは「generosity」。「generosity」とは、物惜しみをしない気前のよさ、そして寛容。

 こんなことが結婚生活についても言えることが、ヴァージニア大学の調査でこのほど明らかにされました。研究チームが、2870人もの男女の聞き取り調査をしたところ、、、、、

 良いことをたっぷりとパートナーに与えているという自覚を持つ「寛容指数」の高い人ほど、「very happy」と答える「幸せ指数=結婚の成功率」も高いことがわかりました。もっとも「良いことをたっぷり」のうちには、「毎朝コーヒーをいれる」なんてことまでも含まれているようです。

 そして、天下のヘラルド・トリビューンが真面目くさって言うのです。

「これまで成功する結婚の鍵として考えられてきたセックスや献身、コミュニケーションに、今や『generosity(気前の良さ、寛容さ)』が加えられた。」と。ところが、この「generosity」たるや簡単なようでいてなかなか難しいようで、研究員の一人、ジョン・ゴットマン氏がこんな提案をしています。

「相手の悪いところ一つに対して、少なくとも5つの良いところを見つけなさい。」

 それを、表題の「「ねえ、朝ごはんはベッドで食べる?ハニー」に当てはめるとしたら、さだめしこんなもの? ベッドで食べたがるのが男性の場合なら、

X: ベッドで朝ごはんなんてだらしないわ。お布団が汚れたらどうするのよ。

O:@まあ、たまには許してあげましょう。毎日のことではないのだから。
  Aこのところ仕事が忙しかったから疲れているんでしょう。
  Bトレイごと食事を運ぶなんて、まるでフライトアテンダントになったみたいで楽しいわ。
  Cしめしめ、今日は一人で本を読みながら朝ごはんが食べられる。

 む、むずかしい。5つ目がどうしても浮かびません。
 「generosity」とはかくも難しいもの(笑)。

 昨日、下北沢の教会堂で、鳴瀬速夫さんと中園康介さんのハーモニカコンサート「バッハと世界の名曲」が開催されました。ステンドグラスを通して入ってくる西日が、白い壁を美しく染めました。鳴瀬さんのハーモニカは3オクターブ、中園さんのクロマチックハーモニカは4オクターブ。たった20センチの小さな箱の中に、こんなにたくさんの音が入っているなんて、そしてそれを自由自在に操れるなんて、、、、まさに感動の驚きでした。
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 途中の休憩時間に、「グランマからの手紙」をすでにお読みくださっていた鳴瀬さんが、会場を一杯に埋める皆様に、本を手にその感想をお伝えしてくれました。感動のgenerosityをありがとうございました。
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12月19日(月):ポットラックパーティーの楽しみ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | 暮らしの知恵

2011年12月03日

待っている人がいる人

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 どうしてもワシントンを離れられない仕事をかかえていた夫と、どうしても東京に戻らねばならなかった私。一緒にいることが当たり前だった暮らしの後には、、、、、

「誰もいないのについ『ただ今!』って言っちゃうんだ。言ってしまってから気づいて、急に寂しくなる。」と夫。「ほんとかしら、間違って『お帰りなさい!』なんて言ってるのではないかしら。」と私。時折、日本語の混乱を起こす連れ合いは、実際、東京の家の玄関を「お帰りなさい!」なんて言いながら帰ってくることがあるのです(笑)。

 そんな私もしばらくは、コーヒーを挽く音が聞こえぬ静寂の朝に慣れることができません。おたがい「不在」に慣れるには、一緒に居た時間が長ければ長いほど、しばらくの時間が必要です。

 生活評論家の吉沢久子さんは、1918年生まれですから、とうに90歳を越えていらっしゃいます。そして、「ひとり暮らしだけれども、ひとりぼっちではない。」という素敵な生き方をなさっていますが、そんな彼女でさえこんなことを言っています。

「ただね、自分を慎まなくてはいけないこともあります。ひとり暮らしだと、だんだん自堕落になることもある。なんとなしに散らかって、生活が汚らしくなっていく。戒めるためには、何か自分に課すものがあった方がいい。私はメダカを飼っているんです。世話をする生命がいる、面倒をみる責任がある、それが自分に緊張感を持たせてくれるのです。」

「犬は感情の賢者」と言う哲学者の鷲田清一さんは、愛犬との生活の中で、「待たれているのは幸せやね。」と語ります。

「アウシュビッツで生き延びた人はどんな人か?『自分を待っている人がいる人』だったと、心理学者のフランクルが書いていますね。『待たれる』ことは、それぐらい人を支えるんですね。」とも。

 たとえメダカだろうが、たとえ犬だろうが猫だろうが、たとえ草花だろうが、慈しみ世話をすれば私たちを待っていてくれます。それは、大好きなお皿やカーテンなど、生き物ではない物質だって同じだと思います。そして「待たれる」ことは実は「待つ」ことかもしれません。

 「ただいま!」と帰るのは、待っていてくれる者や物がいる(ある)からですけれど、実は自分もそれらの者や物に再会するのを待っています。たぶん、「待つ」ことも「待たれる」ことも、同じように素敵なこと。

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11月27日(日):アシエット再び
11月28日(月):コタキナバルのマギーとクノール
11月29日(火):ヒラリー・クリントンのチョコチップクッキー
12月 1日(木):銀座でアフタヌーンティー
12月 2日(金):インスタントなMYアフタヌーンティー
12月 3日(土):こちらも超インスタント@家族会議ランチ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:00| Comment(0) | 暮らしの知恵

2011年11月28日

今日も「マタドジ物語」

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 毎日滞りなく終わった一日など、まずありません。クロークに預けた際に渡されたプラスチックの札が見つからなくて、カウンターの上でバッグの中身を洗いざらい出してみたり、行く先の地図を入れたつもりで入れてなかったり。

 家の中でメガネを探すのも日常茶飯事なら、急いでいる時に「やったあ、ラッキー、間に合った!」と飛び乗った電車が、下りたい駅には止まらない快速急行だったり。

 大雨の日の電車の中には傘を忘れ、いただいたばかりの素敵な手編みのマフラーを首に巻いてパーティーに出かけたら、お気に入りのトルコ石のネックレスにひっかかって、、、、

 会場はオープニングのスピーチが始まっていて、それなのにマフラーを外すことができなくて、いよいよ乾杯の時となってワイングラスが配られて、それでも私は格闘中。

「皆様のおかげで無事に終了いたしました。ありがとうございました。そして、お疲れさまでございました!」などと乾杯の音頭が取られ、ああどうしよう、と焦りながらマフラーを引っ張ったら、ひっかかったネックレスのチェーンがあらぬ所で切れてしまって、、、

 これらはみんなこの1週間以内に起きたこと。
 そのたびに運の悪さを恨むでもなく、「セラヴィ」とばかりにあきらめて、ドジな自分と何とか折り合いをつけて生きています。

 反省をしないわけではありません。番号札はどこにしまったかちゃんと覚えておこうとか、必要なものは紙に書いて、出かける時にはひとつずつ指差し確認でもしよう、とか。

 それなのに今日もまた、ドジをやってしまいました。かなり大物のドジです。おかげで私は深夜に新聞を広げて、家の中で土いじり。

 夕方から六本木の恵泉園芸センターで、素敵な特別講習会がありました。その名も「春を待つ寄せ植え〜小さな花を集めて」。私にとっては長い間ご縁のあった場所ですし、「ミニチューリップやムスカリなどの小球根、春の一年草や小花が可愛い宿根草を寄せ植えします。春が来るのが待ち遠しくなります!」などと聞けば、居ても立ってもいられずモソモソ。震災以来、私はちょっとした趣味人になって、好奇心をまめに行動に繋げるようになりました。明日の保障がないならば、今という点をつないで未来にしていくしかないからです。

 不器用ながらに、教えていただいた通りに鉢に土を入れ、小石を広げ、また土を入れ、紫色に咲いているビオラと、春になればこぼれるように小さな青い花が咲くというベロニカの苗を植えました。そして、そのまわりに、地中海色の花を咲かせるムスカリと、赤いミニチューリップ、黄色いミニ水仙の球根をたくさん埋め込みました。

 それは、ずしりと重い「春待ちポット」を大きな手提げ袋に入れて、「春待ち気分」で地下鉄のエスカレーターを上っている時に起こりました。あまりに重いので一段前の階段に下ろしてつい油断をしていたら、エスカレーターはすでに一番上に到着。袋はひっかかってヒックリ返り、あわてて持ち上げて中をのぞけば、ああ、、、、、、、、、

 ポットが逆さまになっていて、あんなに一生懸命土の中に隠したはずの球根たちが、コロコロところがり出しているではありませんか。石も土もひどいカオスの中です。もう家に着くまで袋の中を見ないことにしました。考えないことにしました。そしてずっと本を読んでいました。逃避行です。

 けれども、いつまでも現実から逃げているわけには行きません。朝になる前に、苗も球根も救い出して、「大物ドジ」を修復しなくてはなりません。まずはビールで景気をつけて、床にたくさん新聞紙を敷いて、深夜の土いじりを始めることとなりました。

 始まりはかなり悲惨な面持ちでしたが、土に触れているうちにだんだんと面白くなってきて、最後にはこう思いました。「大物ドジのおかげで二度楽しめた!」

 こうして私は今日もまた、運の悪さを恨むでもなく、「セラヴィ」とばかりにあきらめて、ドジな自分と何とか折り合いをつけています(笑)。一度放り出された球根たちが、ちゃんと芽を出し、春には花を咲かせてくれることを信じながら。
 
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11月22日(火):ホワイトハウスの殺風景チキンパテ
11月23日(水):殺風景チキンパテの変身
11月25日(金):最近はやりの朝御飯
11月27日(日):アシエット再び


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2011年11月11日

 ++でラッキー

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 気を抜けない仕事が2つ重なって、こっちをやったかと思えば、あっちへ移り、またこっち。両方とも明朝までに仕上げねばなりません。フラフラしてるつもりも、さぼっている覚えもないのに、時間がどんどんと過ぎていき、気が付けばもう深夜。溜息は我慢して、こんな時に考えることは例のアレ。

「ああ、いっぺんに来てよかった。いっぺんに苦労すればいっぺんに楽になるもの。ラッキー、ラッキー。」
「ま、いよいよとなれば寝る時間を削ればいいだけ。幸い寝不足には強い方だし、ラッキー、ラッキー。」

 この土壇場思考は、ポジティブ寄りかネガティブ寄りかと考えれば、もちろん前者でしょう。ポジティブかネガティブかという対極的思考法、いえ、思考習慣は実はなかなか複雑で、一見ポジティブ、けれども実はネガティブだったり、ちょっと目にはネガティブだけれど中味はポジティブなどということが往々にあります。ポジティブを+、ネガティブを−とすれば、その組み合わせは、++、+−、−−、−+の4通り。

 先日、車の中でラジオを聞いていたら、「あなたはポジティブですか?ネガティブですか?」という特集がありました。リスナーの皆さんの声を聞けば、++の人も、その逆の人もいる中で、何だか消化不良を起こしてしまったのは次のようなコメントでした。

「僕は完全にポジティブ派です。このろくでもない世の中、いやなことだらけだから、ポジティブに生きたほうが断然得ですよ。」

 何でだろう?と考えながら走っていたら、レインボーブリッジの真上でハタと気付きました。本当にポジティブな人だったら、「世の中いやなことだらけ」なんて思うかしら。この人はたぶん、+−タイプ(笑)。

 知人にこんな癖のある人がいます。開口一番、「ねえねえ、この間XXさんとYYさんに会ったらね、あなたのことこんな風に言っていたわよ。ひどいわよねえ。許せないわよねえ。でも、ま、気にしないことよ。どーんとポジティブに行くことね!」

 こんな調子で次々に矛先が変わっていき、その都度、「ひどいわよねえ。誤解よねえ。でも、ま、くだらないことは忘れて、私みたいにポジティブに行きましょう!」

 と言われたって、言われた人たちはみんなちょっとばかり落ち込みます。それを見るやますます元気になって、「そんなに落ち込むことないわよ。どうでもいいことなんだから気にしない、気にしない。ポジティブ、ポジティブ!!」

 ん? ちょっと待ってくださいな。それならそんなどうでもいいこと、わざわざ言わなくてもいいんじゃありません? ということで、このタイプも実は+−。

 −+の例も書きたいところなのですが、今夜はちょっと時間切れ。
 さあ、もう少し頑張らねば。
 苦あれば楽あり、ゆえに苦もまた楽し。いえいえ、単に2つが重なっただけで、それはそれなりに楽しいんです。

 これぞまさしく++?
 ラッキー!

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11月7日(月):お寺の中の五つ星レストラン〜石釜ガーデンテラス
11月9日(水):酒とバラの日々〜ホワイトハウスのテーブル
11月10日(木):Pier One Importの素敵な小物たち
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2011年11月07日

日野原先生の「逆風歓迎論」

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 秋です、学びの季節です。そして私は、最近やたらと「学びの秋」にいそしんでいます。理由はいろいろありますけれど、私のお財布と同じで、出るばかりで入るものがなければだんだん空っぽになってしまうことへの恐怖。そして、そうでもしなければドンドン出不精になってしまうことへの恐怖。

 いえ、も少しポジティブな理由だってあります。好奇心で遊ぶことの楽しさと言ったらいいでしょうか。加えて、日本での暮らしだからこそできる醍醐味と言ったらいいでしょうか。

 いえいえ、単純に一言で言えば、知らないことを知るのはやっぱり面白いから。面白さのためならば多少の面倒も厭いません。

 今日のこの時間を作るために、明日の準備の大方を昨日のうちにすませました。お誘いした相方は一緒にいて文句なく楽しい友。それだけだって心浮き立つのに、銀座ランチの後で向かった先は、なつかしの「銀座ブロッサム」です。ここはかつて「大銀座学」なる、まさかの講演会シリーズを実現させた場所。シャネルのコラス社長と、ミキモトの森田社長、そして資生堂の福原会長にお出ましいただいて。

 今日、銀座ブロッサムで、東京銀座新ロータリークラブの主催による、日野原重明先生の「100歳記念特別講演」がありました。先生のお話を聞き、みんなで先生の100歳を祝い、講演の後には音楽まで、しかも最前の何列かにおすわりになっているのは福島県の被災者の皆様です。そう、この催しのもう一つの目的は東日本震災復興支援だったのです。

 「立って動いて話すから演台は要らない。ピンマイクだけは用意して。」と、おっしゃったという日野原先生は、つい先日100歳のお誕生日を迎えられたばかり。数年先まですでにして予定がいっぱいだそうです。

「私の様子を見て100歳に見えますか? 見えないでしょう。私自身100歳という実感がないんですよ。」とは開口一番の先生の言葉。「耐えて生きることから生じる喜び」について、会場の笑いを誘うユーモアを散りばめて、ステージを歩きながらお話しなさる様は、全く100歳になんて見えやしません。なんという格好良さ!

 若い時に大病を患った先生は、医者を育てる時に言うそうです、「君たち、死なない程度の病気をしたほうがいいよ。僕だって逆風を受けたことがあるから、ヨットを風上に向けて走らせることができるのだから。辛い経験をすれば、もっと辛いことを経験している人のそばにいて支えることができる。」

 これは日野原先生が何度も強調していらした、いわば「逆風歓迎論」。
 人は逆風の力を利用して目ざす航路のゴールに達することができる、という。

 ところで先生の健康長寿の秘訣とは、、、

 「一万歩を歩くことです。」と、おっしゃって、胸の内ポケットから取り出した万歩計を見て「だめだ、今日は1416歩しか歩いていない。」(この素敵なウィット!)

 加えて言えば、なるべく速く歩くことだそうです。階段は二段おきに上がって、かかとで歩くようにすれば絶対に若く見えるとのこと。寝る時はうつ伏せ。うつ伏せ寝は肩こりも腰痛も胸焼けも防ぐそう。面白かったのは、ちょっと元気が出るこんな言葉。

「安静は良くない。たとえ下痢だろうが、たとえ熱があろうが、風邪に効く薬なんて何にもない。治る時には治るんです。安静は害です。」

 まあまあ、途中で銀座で取れた蜂蜜を使って作られたバースデーケーキのロウソクを吹き消したり、命の連鎖を伝えるミュージカル「葉っぱのフレディ」の子供たちに壇上に引っ張り出されたかと思えば一緒にステップを踏んで踊り出すわで、、、、、

 こんなこと、とても不謹慎なことを承知で言わせていただけば、とてもとても可愛くてチャーミングな方でした。先生が会長をなさっている「新老人の会」に入会してしまいたいぐらいに。この会、75歳以上が「シニア会員」、60歳〜74歳が「ジュニア会員」、そして20歳から59歳までが「サポート会員」です。
 
 入っちゃおうかしら。

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11月7日(月):お寺の中の五つ星レストラン〜石釜ガーデンテラス
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2011年10月23日

失くし物も忘れ物も「何てラッキー!」

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 布でできていますので軽い上に、多少不格好に膨らもうが、何でもかんでも押し込められて、しかもポケットの数たるや表に5個、中に4個。あまりに多すぎてしょっちゅうどこのポケットに入れたかを探し回るぐらいのこの鞄ですが、かなり重宝しています。

 アメリカでは最近大人気。町でも随分見かけるようになりました。お値段も安いので、ついいくつか色や形の違ったものを持ちたくなりますが、何しろこの柄です。着るものを選びます。柄物の服を着た日には大変です。ブランド名はVera Bradley (ベラ・ブラッドリー)と言います。

 初めて知ったのは、2年前にアメリカで発見した娘から。その後、ハワイのアラモアナで買ってみたのがこのバッグ。ついでにメガネケースも買いました。そしてワシントンでも毎日使っていたのですが、、、、

 ふと気がついたらメガネケースが鞄の中にありません。けれども、これしきのことにはびくともしません。なんたって落し物と、失くし物と、忘れ物にかけてはひとかどのキャリアがありますから(笑)。すぐに思いました。「あ、逆じゃなくてよかった。ケースを開けたらメガネがない!だったら大変なところだったもの。何てラッキー!」

 そして、ネットで調べて、車で1時間の大きなショッピングモールの直営店まで買いに行きました。何を?って、もちろんメガネケースです。失くしてしまったソフトタイプのものはなかったのですが、幸いよく似た柄でハードタイプのものがありました。そこで切り上げるはずだったのですが、、、、

 結局なんだかんだで大小取り混ぜ10点以上。とは言え自分用には、メガネケースとPCケースとバッグが1点。あとはみんな友人たちへのお土産です。

 日本へと飛び立つ前日に、ギューギュー荷造りをしていたらジュディーからの電話。

「ハーイ、ナオミ、今朝ね、掃除をしていたらね、ソファーの下からあなたのメガネケースが出てきたのよ。この間、ウチに来た時に落としていったのね。あなた、確か明日帰るんでしょう?私も明日からバンクーバーだから、ちょっとだけでも今日会わない?メガネケース届けついでにお茶でも飲みましょうよ。」

 まさかの報でした。だって、郊外にあるジュディーの家にディナーに招かれて行ったのは8月も末のこと。それから1月以上もたっての発見だったのですから。きれい好きのジュディーがまさか1月以上も掃除機をかけないはずがありません。ということは、私のメガネケースはソファーのずっとずっと奥の方に隠れたままでいたのでしょう。

 かくして私は荷造りの手を休め、いそいそと「失われしケース」の奪取に出かけたのでした。

 会えば会ったで嬉しくて、メガネケースはどこへやら、おしゃべりにいつもの花が咲きまくります。昨秋一緒に旅をした北イタリアの思い出話は、いつのまにやら来年の旅行計画へと発展しています。

 おたがい出発前のあわただしい一日に、たとえ2時間でもこんな時間が持てたのは、これもまた「何てラッキー!」。メガネケースの一件さえなければ、ありえなかったことですから。

 こういう時の癖で私はすぐに思ってしまいます。「きっと神様がわざと私に忘れさせたのね。」と。全く持って能天気。あるいは暮らしの知恵?

 それにしても、二つ並んだベラのメガネケース、以来必ずどちらかが空っぽのままです。(笑)。
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10月23日(日):秋はやっぱり外テラス@ワシントン
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2011年10月22日

一位じゃなきゃダメなんです。

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 昨日の朝日新聞投書欄の37歳の母親からの言葉、「1位じゃなきゃダメなんです。」
 運動好きな両親から生まれたのだから当然、初めての運動会のかけっこは1等賞だろうと、5歳の息子に期待していたという母親。なんとか息子の自信あふれる姿を見たかったという母親。

 ところが、本番は親の期待を大きく裏切って、みごとに最下位。「最後まで走れたことを褒めてやるべきなのだが、どうしても悔しい。当の本人に、ちっとも悔しがるところがないのも、情けない。」という母が言います。

「たとえ幼稚園でも、狙えるものならば全力を注いで一位を狙いたい。周りと争う力のある子どもに育ってほしい。来年の運動会が、今から待ち遠しい。」

 ちょっと待ってください、おかあさん。それって誰のためなのでしょうか。
「なんとか息子の自信あふれる姿を見たかった。」と言ったって、自信って一位にならなければ得られないものなのでしょうか。それって、おかあさんのプライドと価値観を子どもに押し付けているだけではありません?

 一番になることが一番いいことだと繰り返し吹き込まれて育った子どもが、どんなに頑張っても一番になれなかったとしたら、あなたは「何てダメな子だろう。」と思うのでしょうか。そうして育てられた子どもは、一番になれなかった自分の価値をどこに見つけたらよいのでしょうか。あるいは、もしも一番になれたとしても、なれなかった他の子どもたちを自分より劣っている者、価値の低い者として見下すのだとしたら、おかあさん、それがあなたが息子に望む姿なのでしょうか。それに、大人のあなたは十分知っているのではありませんか。一番なんてどこの世界でだって長くは続かないということを。

一番はまわりもち。
みんな一番。
一番だからって、何も特別なことじゃない。

争う力があるならば、争わない力だってある。
それを知らずに大人になってしまったおかあさん、なんだかあなたが哀れです。

最近、ブログを読んでくださっている方から、素晴らしい言葉を教えていただきました。仏説阿弥陀経からだそうです。

池中蓮華、大如車輪。青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光、微妙香潔。

(池の中の蓮華、大きさ車輪のごとし。青き色には青き光。黄なる色には黄なる光、赤き色には赤き光、白き色には白き光あり。微妙香潔なり。)

 このブログも昨日でまる3年。今日から4年目に入りました。書き続けてきて本当によかったと思うのは、言葉を紡ぐことによって私の心が整理されること、そして、薄れてしまう記憶を言葉によって留めることができることです。書き始める前に比べたら、日々の感受性のアンテナが随分鋭敏になったとも思います。この3年間のブログはまるで、私という人間を自分で知るための辞書のようにも思えます。

 背伸びをせず、無理をせず、書き続けてまいります。
 これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 雨上がりの小さな庭で、青い花が蜂を招いていました。それを囲むように、あちこちでまだ雨露をつけた花々が色とりどりに咲いています。苗を買ってきて植えた花もあれば、自然に生えてきたものもあります。どれが一番だなんてどうして言えましょう。

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10月16日(日):軍配はナポリタンにあり
10月17日(月):日曜日のピクニックランチ
10月18日(火):ティロピタキアでピクニック?
10月19日(水):インディアナでインディアン
10月21日(金):飲んだ後にはお酢で乾杯
10月22日(土):雨の赤坂大人気分
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2011年09月20日

予想外の夏炉冬扇

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 こちらに来る時のスーツケースの中には、いざと言う時のお土産がたくさん入っています。初めから特定の機会や特定の誰かを想定した場合には、TPOで一点物になりますけれど、どう使うか、誰に渡すかわからない場合には最大公約数です。

 私の部屋の大きなクローゼットの中のラックのうち、2段はこうした「いざと言う時」用品で占められています。以前からの古株に毎回新入りが加わるものですから、初めのうちは明らかに入超。それがうまい具合に出ていって、帰る頃にはおおむね元のバランスに戻ります。

 ところが、私の目論見違いで、今回ばかりはちょっとした異変が起きつつあるのです。

 「いざという時」用品は毎回異なりますけれど、この夏は、@軽い Aかさばらない B実用的 C季節感たっぷり D値段も手ごろ という5点に目をつけて、銀座の鳩居堂でたくさんウチワを買いこんできました。ところが、ものの見事にCでひっかかってしまったのです。

 思えば9月にここに居るなんて初めてのこと。てっきり東京と同じようにまだまだ残暑が続くものと思っていたのが、9月の声を聞くやいなや、急に秋風が吹き始めて、冷房も要らなくなりました。特にこの何日かは、町に出てもセーター姿の人が目に付きます。ウチワなんて「季節感たっぷり」どころか、まるで「季節はずれ」なのです。

 昨夜夕食にやってきた若いカップルがおりました。ジェシカは才色兼備の女性で、アメリカ政府の弁護士をしながら、夫の執筆のアシスタントをしてくれています。彼女には、それこそTPOで一点物のギフトを持ってきていたのですが、目下大学院で経済学のPhDの最終段階にいるご主人のチャンドラーがあまりに感じのよい人だったものですから、どうしても何かをあげたくなりました。と言っても、目下の在庫はウチワのほかは女性物ばかり。

 仕方なく、「これ、来年の夏にでも使ってください。」と紺色の朝顔のウチワをさしだすと、「いえ、来年でなくてもニューオーリンズで使わせていただきます。ぼくたち来週ニューオーリンズに行きますので。あそこは蒸し暑いんですよ。」と、みごとな受け答え。まさか、本当にニューオーリンズまでウチワを持っていくとは思えませんけれど、こちらを後ろめたくさせない心配りは、さすがにチャンドラーです。

 このたくさんのウチワは今や「夏炉冬扇」。

 ところで私のクローゼットのラックには、「冬扇」のほかに目下どんなものがあるかと言いますと、、、、、、日本から海外へのお土産の参考にしていただければと公開いたします。

★ 和紙のランチョンマット・・・一つが4枚入りですので、プレゼントには2つ単位でさしあげます。
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★ 和のテイストたっぷりの紙ナプキンRIMG12037.JPG

★ 着物の生地で作った巾着や小物入れや風呂敷RIMG12039.JPG

★ ミニチュアの着物と着物かけ・・・RIMG12040.JPG
こんな風になります。RIMG12041.JPG
これは春に持ってきた5点のうちの最後のひとつ。

 やっぱり軽くてかさばらない紙や布物が多くなりますけれど、ちょっとしたお煎餅の詰め合わせなども喜ばれます。ディナーに招かれた時などに、ワインと一緒に持っていくのに最適です。今回持ってきた分はすでに出払ってしまいました。

 仕方がありません。ウチワは来年の夏までとっておきます。湿気るものでも、腐るものでもありませんから(笑)。
                            By 池澤ショーエンバウム直美
                         

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9月18日(日):ホワイトハウスのコールスロー
9月19日(月):ホワイトハウスのアスパラガスキッシュ
8月20日(火)予告:法王のランチと大統領のバーガー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:49| Comment(2) | 暮らしの知恵

2011年09月07日

おもしろ自己分析

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 毎回、こちらへ移動するたびに、かなりの本や書類をキャリーバッグで運びます。
一つには、東京での仕事を継続するために必要なものだからです。おおかたのものはインターネットさえ繋がれば何とかなる時代にはなりましたけれど、やはり紙で必要なものもまだまだあります。

 二つ目は、こちらにいる時のほうが本を読む時間を取れるからです。土壇場でここぞとばかりに突っ込みます。と言っても、もちろん運べる量には限界がありますから、同じ本を繰り返し読んだり、これまでに持ち込んだ本を読み直したりしています。いよいよとなれば、何か面白そうな本を物色しに、本屋さんに出かけます。

 実は、この「ここぞとばかりに突っ込んで」というのが曲者。
 移動前のゴタゴタで、たいして吟味する時間もないままに、大急ぎでアマゾンで取り寄せたり、空港の本屋さんで買ったりの手当たり次第のバタバタなのですが、まるで自分の深層心理が表れているようです。この「ここぞとばかりに突っ込む」という行為、けっこう自己分析のツールになるかも(笑)。

 ふとそんなことに気づいて、今回運んできた本をグループ別に分けてみました。その結果が、、、、、、(あなおそろしや)。

第一グループ: この2冊はどこへ行くにも必ず持っていく常備薬。
レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」と「失われた森」です。

第二グループ:地球の歩き方最新版 @ワシントン、ボルチモア、アナポリス、フィラデルフィア Aブータン Bモロッコ

第三グループ:「なぜ『これ』は健康にいいのか〜副交感神経が人生の質を決める」と「『地中海式和食』のすすめ」

第四グループ:「婦人公論9月7日号『特集 私らしい最期を迎えたい』」、「タオ〜老子」、そして「二つの祖国を持つ女性たち」

第五グループ:「A Guide to Pohnpei」と「White House Cook Book」

 第一はまあ、その名の通りで私の常備薬。世の中のゴタゴタで擦りへりそうになった時の特効薬です。なりたい自分を取り戻せます。

 第二は、ひどく実用的な理由から。こちらの書庫にあるワシントンのガイドブックは03〜04年版。いくら馴染んだ町とは言え、やはりいざと言う時には必要です。けれども、町は年々変わっていくというのに、いまだに03〜04年版に頼るのもおかしいと、11〜12版に更新しました。それにこのガイドブックには、DCばかりではなく、ボルチモアとフィラデルフィアの紹介も少しばかり含まれているのです。

 着いてすぐにボルティモアに行かねばならなかった時にも、とても役に立ちました。9月23日からは、「Five by Eight」という日本の陶芸展をちょっとだけお手伝いするためにフィラデルフィアに行きます。そのためにも必要な本です。

 ブータンとモロッコは来年計画をしている旅です。

 第三は、思えば昨年秋の帯状疱疹に始まって、震災後の共感症、この夏の東京の猛暑の中で動きすぎての疲弊状態からくる健康への不安。いえ、なんとか調子を取り戻さねばという一種の焦燥感。

 第四は、その書名が示す通り、年齢を重ねていく過程での私の迷い。「婦人公論」は出発の2日前に、バアバズの相棒きっこさんからいただきました。さすが気心知れた仲、今の私の悩みにずばりはまりました。

 そして第五は、原稿を書くための仕事本です。とは言え、面白くも切なくて、今日は「Guide to Pohnpei」を読みながら、けっこうセンチメンタルになりました。ちなみに、ポンペイとは南イタリアのポンペイではありません。ミクロネシアのポナペ島です。これらは両方英語本。

 これに、加えてこちらに来てから買った本がすでに3冊。全部雑誌のような料理本です。いったい何冊買えば気がすむのか、、、、でも、スーパーに行くたびについ手を伸ばしてしまうのです。だいたいが1冊7ドル〜8ドル。恰好をつければ勉強のため、と言えないわけでもありませんけれど、半分以上は、「ああ、今日は何を作ったらいいかしら」のお助け本です。

 かくして、今の私は、健康に不安を覚えながら、これからの人生を過ごすための哲学を模索し、覚悟をつけなければと思い、それでも旅と仕事を続け、妻としての日常生活との両立に苦労して、結局はレイチェル・カーソンの世界に逃げこむ、、、、と言ったところでしょうか。

 ほら、なかなかの自己分析でしょう(笑)?

By 池澤ショーエンバウム直美


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9月5日(月):炊飯器で簡単!ひよこ豆ライス@プエルト・リコ
9月6日(火):謎の調味料ソフリート@プエルト・リコ
9月7日(水)予定:お米とチキンのシチュー@プエルト・リコ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:25| Comment(2) | 暮らしの知恵

2011年08月17日

蝶々とイモリと、そして蜘蛛の巣

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ようやく少しばかり涼しくなってきたでしょうか。エアコンを切って、窓を開けると昼間とは全く違う空気がはいってきます。それにしてもこの暑さはこたえます。毎年毎年、何十年と馴染み、覚悟もできているはずなのに、どうしてでしょう。今年は特に疲れます。食べるのも面倒くさいほどに、珍しくばてています。

3ヶ月以上もの間、けっこう忙しく準備をしていたチャリティーコンサートも終わって、そろそろ心身を切り替えなくてはなりませんのに、予定していたことも進まないままに、時間がどんどんと過ぎて行きます。まるでどこかに時間泥棒がいるようです。

余裕を作るためにひたすら頑張れば、その余裕はまた手の届かない所に逃げてしまいます。
実際、公私ともども、いっぺんに色々なことが重なって、今日はだいぶまいっています。

どうして、トラブルや心配ごとって、いっぺんに一緒に起きるのかしら、と、ある時、二人の娘たちそれぞれに聞いたことがありました。すると奇しくも同じ答が返ってきたのです。

「ママ、考えてごらんよ。いっぺんに来ちゃう方がずっと楽じゃないの。飛び飛びに来られたらたまったもんじゃないわよ。」

そんな言葉を思い返し、窓の外の空気をふーっと吸い込んで、「これを抜ければ楽になるさ」と呟き、「結局はいいところに繋がってるはずなんだから。」といつもの楽天性を取り戻し、今日一日の嬉しかった光景を一生懸命なぞっている深夜です。

朝の水やりの後で、蝶々が舞っているのを見つけました。
時に花に止まって羽を休めています。
そっと、窓を開けて写真を一枚。もう少し近づいて撮ろうとしたら、遠い空に飛んでいってしまいました。

植えたばかりの杉の木が陰を作る壁に、小さな黒いイモリが貼りついていました。涼を求めてでもいたのでしょうか。そのすぐ横で、蜘蛛の巣がキラキラと輝いていました。

ハイビスカスが新しい花を開いてくれました。

そんな発見が、たとえつかの間でも、心をふっと暖かく取り戻してくれたりもするものです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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8月15日(月):思いっきり手抜き
8月16日(火):そうだガスパチョだ!
8月17日(水):まさかの遭遇 香港で「COVA」に
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | 暮らしの知恵