2012年11月10日

アメリカで最初の女性最高裁判事 サンドラ・デイ・オコナーという女性

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(1)、(2)に引き続いて第三弾は、セレモニーの後に開廷されたアメリカ最大のケーブルテレビ運営会社、コムキャストの価格設定をめぐる口頭弁論の模様などを書くつもりでしたのに、傍聴席に見つけたある女性が気になって調べているうちに、あまりに面白くて夢中になってしまいました。ということで、本日は予定外の差し込みです。

彼女の名前は「Sandra Day O’Connor(サンドラ・デイ・オコナー)」、アメリカ人ならおよそ誰でもが知る、合衆国最高裁判所で最初の女性判事です。そして、引退をした判事たちの中で、存命する3人のひとりです。51歳から75歳までの24年間、名判事として多くの案件を手がけたオコナーは、現在82歳です。

傍聴席にいたその女性はテキサスで生まれ、スタンフォード大学で経済学を学んだ後、同大学のロースクールに移り、卒業後はスタンフォードの「Law Review」の編集長をしていました。若い時の彼女が美しかったように、齢82歳の彼女もまた凛とした存在感を放っています。

オコナーは1952年、22歳で結婚、3人の息子に恵まれます。結婚後もアリゾナ州の弁護士として活躍し、1981年7月にレーガン大統領により最高裁女性判事第一号に指名されました。彼女についてのWikiには7月6日のレーガン大統領の日記が公開されています。
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"Called Judge O’Connor and told her she was my nominee for supreme court. Already the talk is starting and from my supporters, Right to Left people say she is pro abortion. She says abortion is personally repugnant to her. I think she’ll make a good justice."

(オコナー判事を呼んで最高裁判所判事に指名したことを告げた。私の支持者たちは、彼女は妊娠中絶に賛成していると言う。彼女は個人的には中絶は嫌いだと言っている。私は彼女が公平な判断のできる人だろうと思う。)

つまり、「法の上では認めるけれど、個人的には好ましいと思わない」という彼女の姿勢が、大統領をして公私をわきまえた判断のできる人だと思わせたのでしょう。

その7年後、オコナーは乳癌の手術をすることになります。以来、2006年に公職を引退するまでのおよそ17年間を、病の再発への不安を抱えながら任務を果たします。引退を決めて、時の大統領ブッシュに直筆で手紙を書いたのは2005年7月1日のことでした。
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「親愛なるブッシュ大統領へ
私の後継者の指名が確認され次第、現職を引退したいという私の決意についてお知らせします。」

7月19日、ブッシュ大統領がオコナーの後継者として指名したのは、現在のチーフジャッジ(長官)であるジョン・ロバーツでした。これをオコナーは釣りの旅から帰る車の中のラジオで聞いたと言います。そしてそれを最高の選択だと思う反面、後任判事が女性でないことに失望も覚えます。

ところが、ここでちょっとしたハプニングが起こりました。現職にあったチーフジャッジが急死したのです。ブッシュの筋書きが狂い、後任になるはずだったロバーツは、亡くなった長官の後釜に据えられ、新たにサミュエル・アリートがオコナーの後任として指名されました。

そんな経緯を経て2006年にオコナーが引退をした時、夫はすでにアルツハイマーを患っており、ほどなくして2009年に死去しました。

オコナーは語ります。「私が病気にならなければもっと長く、おそらく残る生涯の全てを最高裁の判事として勤め上げたことでしょう。道半ばでの引退は遺憾でしたが、おかげで夫の最後の時間を一緒に過ごすことができました。」

オコナーは、ご主人が亡くなった年に、オバマ大統領よりアメリカで最も名誉あるとされれる「Presidential Medal of Freedom」を授けられました。
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現在、82歳のオコナーは旅を楽しみ、家族と過ごし、最高裁判所の歴史を執筆し、ロックフェラー財団の理事をし、そして時としてあの日のように、以前とは別の場所から裁判を傍聴しています。

その心に去来するのはどんな思いなのでしょう。
アメリカが生んだ傑出した女性のひとりです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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11月10日(土):どうしたものでしょうかねえ、ペカンパイ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:25| Comment(2) | アメリカライフ
この記事へのコメント
1981年、30年以上前に司法の頂点と言えるポジションに女性を選ぶことが出来る人材教育の環境があったということを知り、ありがとうございました。

日本全体での女性登用の話題が、常に身近な子育てとかに振られ、また男性にはその意識があまり高くないのも一つの要因かもしれませんね。

最近ある講演で、多くの先進国での女性登用の比率が30〜40%に対し、日本や中国では10%前後と低いデータを示されました。10%UPするのには、教育・人材登用の環境を整備したとしても20年はかかるでしょうね。

日本に女性"オコナー”がうまれるのは何時のことになりますかね?
Posted by K at 2012年11月11日 08:46
コメントをありがたく拝読いたしました。ちょっと古いのですが、たまたま2年前の朝日新聞のきりぬきを見つけました。世界男女格差指数(GGGI)で日本は134か国のうち94位だったそうです。女性の力が発揮されにくい社会のありようを変えていくことができなければ、日本はますます息詰まるとして、この国のことを「女性活躍小国」と呼んでいます。2年たった今、どのくらい変化したかと考えると、あまり楽観的な答えは出せないかもしれませんね。kさんのおっしゃるように、日本にもたくさんのオコナーが生まれてほしいものです。
Posted by Kさまへ at 2012年11月12日 23:04
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