2012年08月25日

パティオのある暮らし


橋を渡って行った先には、大西洋が開けていました。

まるでコニーアイランドのポスターのように色とりどりのパラソルの花が咲き、陽気な笑い声と太陽の下の伸びやかな肢体がよく似合い、若者たちがハンバーガーショップに列をなすビーチもあれば、
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長いボードウォークを歩いた先に待っているひっそりとしたビーチもありました。
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そのコントラストは、「もう私が属することはできない世界」と、「属したい世界」という比喩で言い換えられるかもしれません。

招かれ訪れた友人たちの家には、どこも椅子の置かれたバルコニーがあり、パティオがありました。けれども、買い物に行くには車が必要です。東京やワシントンの家のように、ふらりと歩いて夕飯の買い出しに行くことはできません。

彼らのほとんどは、リタイアを機にあえて都市型生活から遠ざかったか、あるいは2つの生活を行き来している人たちです。加えていえば、社会の中での立ち位置もしっかりと都市型生活を謳歌していた人たちです。それなのに、まず異口同音に言うのです。

「ちっとも不便だなんて思わない。今の僕たちには洒落たショッピングモールを歩くことよりも、森や海岸を歩くことの方が楽しいんだ。何が楽しいかなんて年と共に変わっていくものさ。あるいは、心の底にずっと眠らせておいたことを目覚めさせる我儘が許される時期になった、ということなのかもしれないけれどね。」

朝のコーヒーと、軽いランチはパティオに出て
昼にはバルコニーで本を読み
遅い午後には静かなビーチでただ海を見て
夕方には森を歩き
夜には星空の下、ワインを飲みながら
愛する人たちの声を聞いて

こんな風に、いつも外の空気と一緒に暮らせたら
そして、こんな窓から見えるのが
ただ海だったなら
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目覚めさせる必要のないぐらいに
もうずっと目覚めている
なのに、いつ許されるかもわからぬ私の我儘です。

早起きして一仕事を終えました。
これからポトマック川まで行こうと思います。
海に繋がる大きな川と、心地よい風と光と本
たぶんよく冷えた一杯のビール
だいぶ小ぶりな我儘ですけれど、

行ってきます!

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                         By 池澤ショーエンバウム直美

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8月24日(金): 12マイナス3は?〜カナディアンなデビルエッグ

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:13| Comment(0) | マイドリーム
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