2012年08月03日

ΛΟΓΙΚΟ ΖΩΟ(ロギコ ゾー)

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柄にもなくへこみ始めてから、ありがたいことに、家族や友人たちや書物の中の言葉に救われることが多くなりました。苦しい時ほど、良くも悪くも知覚が鋭敏になって、言霊というものがあるのだとしたら、それを受け容れられるようになるのかもしれません。

つい昨日、弟とも兄とも思えるギリシャ古典の若き学者が、こんな素晴らしい言葉をプレゼントしてくれました。これによってどんなに気持ちが楽になったことでしょう。

長い付き合いなのに初めて聞く話でした。20年前の夏、彼を含む12人の仲間たちが、二人一組になって、町から町へ、村から村へと16日間の修行の旅に出たのだそうです。お金も持たず、着替えも持たず、ただ聖書と讃美歌だけを持ち、志賀高原から高い山々をいくつも越えて、伊奈までの旅だったと言います。

最初の9日間は恵んでもらった3食だけで1日20キロを歩きました。衣服が汚れれば川で洗い、木の枝で乾かしました。最初の3日は歩けなくなるほどにからだ中が苦しかったそうです。そして4日目には、苦しみは動くこともできないほどに達しました。

けれども、何とか1週間目にたどり着くや、精神が研ぎ澄まされていくのが感じられるようになり、不思議なことにからだが動き始めて、いくらでも歩けるようになったとのこと。その時、ギリシャ古典に通じる彼が、あるひとつの言葉を身をもって理解したと言います。

それが、「ΛΟΓΙΚΟ ΖΩΟ」(ロギコ ゾー)というアリストテレスの言葉でした。
「ロギコ」とは「ロゴスの」という意。古代ギリシャでは「ロゴス」とは霊であり魂(スピリット)を意味しました。「ゾー」は実存であり生活のことです。つまり、私たちのからだは、食物からの栄養だけではなく、知識や教養という霊的な栄養によって生かされるという意味なのです。

このことを別の信頼する友に語ったら、さらにまた知識を与えてくれました。同じようなことが、悪魔の誘惑の話として、聖書のマタイによる福音書第4章に書かれているのだそうです。それが私たちもどこかで聞いたことのあるこの言葉につながります。

「人はパンのみに生きるにあらず。神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる。」

なぜ太平洋を越えてこんな会話が始まったか、その発端についてはまた次に。
学生たちのエントリーシートや面接指導で、何百回、いえもしかしたら何千回も言ってきましたから。「言いたいことは最初に」「まずは結論から」と(笑)。

日が少しばかり陰ってから、二人で、中庭を歩くだけの小さな散歩に出ました。とうに盛りを過ぎて干からびた花々の中に、生まれたてのように初々しい薄ピンクの紫陽花が咲いていました。

By 池澤ショーエンバウム直美

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8月3日(金): まるで機内食!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 06:35| Comment(0) | パートナーシップ
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