2012年07月17日

人それぞれのライトタイム〜YUMI1とYUMI2と私

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誰でもそうでしょうが、何があっても決して変わらない友人たちというのがいます。年月というフィルターを経てもなお、男女を問わず、全幅の信頼を寄せることのできる人たちです。しょっちゅう会うわけではなくとも、いつもちゃんと繋がっている気がします。困っていればさりげなく助けてくれますし、こちらもまた、押しつけがましくならないように助けます。

香港へ発つ前に、立て続けに二人のYUMIと会いました。仮に一人をYUMI1、もう一人をYUMI2としましょうか。その二人とも、長年にわたる大切な友です。

YUMI1もYUMI2も、そして私も、それぞれに仕事の引き際について考えています。きちんと決められた定年がある仕事とちがって、私たちは自分の裁量で決めなければならないからです。

YUMI1は、私よりも一つ年下なのに、いつも私のメンターです。彼女の言葉はいつだってまっすぐに私の心に届きます。そして、漣が立った心の池を、また元通りの静かな水面に戻します。

品川での3時間、私たちは本当によくしゃべりました。彼女はもうずっと長いことカナダに住んでいます。そして、仕事で定期的に日本にやってきます。2つの国に文化的な架け橋を作る素晴らしい仕事です。YUMI1が言いました。

「『まだやってるんですか?』とは言われたくないの。『あら、もう辞められたんですか!』と言われたい。引け際を知っている人でありたいの。

お弁当を持ってクマ*とゆっくり散歩をし、森の中をどこまで行っても帰る時間を気にしないでいい生活。映画を見て、テレビを見て、友だちと会い、喧嘩もしない、いやなこともない。(*クマとは愛犬の名前です。)

私はこの仕事を始めてからもうすぐ38年になるの。他人からの『頑張ってますねえ』の評価ではなく、自分の生き方は自分が知っていればいい。誰かに誤解されたくない、わかってほしい、というのは、まだ相手に期待していることでしょう?

相手の気持ちはどうすることもできなくとも、自分の思いは自分でコントロールができる。
私たちのような大人はそれができなければいけないし、そうする権利があると思うの。

わかってほしい人には説明もするけれど、たとえわかってもらえなくたってそれでいい。そんな自分のありのままを見てくれる人たちがいるならば。私たちには家族がいて友人がいる。何があっても『きっと理由があったんだろう』とそっとそのまま受け入れてくれる。私はね、もうそれだけでいいと思うの。だんだんと物を持つことにも興味がなくなってきたし、いい感じで引け際に近づいていると思う。」

かたや、YUMI2の方も、30年以上ひとつの仕事の道を歩いて来た友。泣いたり笑ったりしながら、頑張って、頑張って、本当によく頑張ってきた彼女に、もうそろそろ、「よくやったよ。お疲れ様!」と、肩の一つもたたいてあげたいぐらいです。

けれども、YUMI2は言います。

「私はね、まだ夢に届いていないの。だからあと5年は今と同じように、ううん、もっと一生懸命働くの。そうしなければ、私、この道に踏み出したことをずっと後悔し続けるだろうから。」

「そうだね、それでいいんだよ。」とそれぞれの異なる思いを受け入れ、その決断に応援をしながらも、私は自分自身についてもまた、考え続けています。けれども、ひとつ確実に言えることは、「手帳のページが真っ白だと不安でたまらない」YUMI2とは全く反対で、今の私は真っ白な手帳のページを見つけると、本当にほっとして嬉しくなるのです。

人それぞれに「ライトタイム」というものがあります。
YUMI1も、YUMI2も、私も、その「ライトタイム」を正しく選択するために、ずっと一緒に歩いています。
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                   By 池澤ショーエンバウム直美

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7月17日(火): 最初で最後?ジャンボ・キングダム


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:19| Comment(0) | エイジング
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