怪我以来、定期便で毎朝電話をかけてくれる友が今朝まず言ったことは、
「今日は雨が降る。明日も雨が降る。」
いつもなら「ふうん、そうなの」ですむ言葉なのに、ちょっと動揺しました。電話を切ってまず最初にしたことは、我が家の傘立てを確かめることです。だって今日はお医者様に行く日でしたし、明日の午前中はまた2時間の講義があるからです。
案の定、探していたものはありませんでした。傘というものは、なぜにエイヤっとばかりにいいものを買うと電車の中に忘れてきたり、デパートのトイレに置いて来たりするのでしょうか。いつの頃からか「傘は天下のまわりもの」と考えることにして、潔く後を振り返らないことにしましたが、それにしてもひどすぎます。傘立てに鎮座しているのは、コンビニで買ってはいつの間にやら増殖してしまったビニール傘ばかり。中には一見立派に見える傘があっても、ワンタッチでは開けません。
気が付きませんでした、傘ですら開けない身だったなんて。
だって、あの日からこのかた、雨が降ったことなんて一度もなかったのですもの。
雨が降り出す前に、まずは大急ぎ、片手で開ける傘を買いに行きました。
ついでに、背負うことのできるバッグも探してみましたが、近場では見つけられませんでした。
新しく買ったワンタッチの傘が子供みたいに嬉しくて、広げた傘の下で大地を踏みしめ歩いてみれば、病院通いだって何だかウキウキしてきます。あれ以来、私は「歩く」ということを随分と意識するようになりました。もう二度と滑らないように、しっかりと歩いています。そしてそれは時として、大地のもっと先にある地球を感じさせます。こんなことが起きなければ知らずにいた感覚かもしれません。なんとありがたいことでしょう。
医院の待合室で隣に座ったのは、きちんと背広にネクタイを締めた50代ぐらいの男性。左足が靴も靴下も履いていません。しばらくたって診察室から出てきた時はぐるぐる巻きの包帯で松葉杖に支えられていました。
外は雨。慣れぬ松葉杖で表に出た男性が、ものの1分もしないうちに戻ってきて、
「駄目です。すみませんが車を呼んでください。」
私はと言えば、そっとコートに手を通し、三角巾を頭からかぶって、右腕を通し、鞄を左肩にかけて、おニューの傘をポンと開いて、地球の上を踏みしめながら歩いて行ったのでした。なんとありがたいことでしょうか。

