2012年06月30日

石鹸は生きている

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石鹸が大好き!と言っていた友が、何と自分で石鹸を作り始めてしまいました。「物作りなんてとんでもない、こんなに不器用なのだから」と思っていたのが、石鹸への恋心に負けて、石鹸作りの学校に通い始めてしまったのです。

聞けば、初めての試作は昨年7月とのこと。以来、こつこつと勉強をし続けて、今は1年間の石鹸コースの上級まで行きました。そして私が渡米する直前に、自作の石鹸を4つも持ってきてくれました。

「化成ソーダとオイルで石鹸素地から作るの。ハーブの効能を生かすために熱は加えずにね。ひたすら手で練って、練って、練って40分。途中で休んではだめ。手を休めたら乾燥してしまうから。マニキュアもはがして、爪も短く切るの。」

「練り上げたらね、暗くて風通しの良いところに寝かして置くの。毎日ひっくりかえして最低1か月。石鹸って生きてるのよ。」

彼女が持ってきてくれたのは4種類の石鹸です。それぞれ形も色も匂いも違います。そしてそのひとつひとつにこんなことが手書きで書かれています。

解禁日 5月1日
オリーブオイル、ひまし油、パームオイル
香り:ペパーミント、シダーウッド

解禁日 6月1日
ココナッツオイル、シアバター、パームオイル
香り:プレグレイン、クローブ、ペパーミント

解禁日というのは、練られて、寝かされて、ひっくりかえされてきた石鹸が、使用可となる(なった)日のことです。つまり産声をあげた赤ん坊が、いよいよ歩き出す日、歩き出した日、とでも言えばいいでしょうか。

そんな彼女の石鹸を大事に包んでアメリカまで持って行きました。使う度にほのかな香りが漂って、柔らかく溶けて行く石鹸はたしかに生きています。そして今、私は8月の夫の誕生日のために、世界にひとつしかない石鹸を作ってもらっています。

ところで、これは我が家の家宝です(笑)。もったいなくて、あだやおろそかに使えぬままに、早30年近くがたちました。昔はポナペと呼ばれていた島で作られていた石鹸です。島の父がいつも帰り際に持たせてくれました。くらくらするようなイランイランの香りです。柔らかく溶けていく様は、友の手作り石鹸によく似ています。PCP(Ponape Coconut Products)という、島の小さな工場で作られていましたが、今では、たぶんもうないと思います。
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その昔、お風呂場でこんな声が聞こえてきました。私の、たいせつな、たいせつな、スイートメモリーです。

「おねえちゃん、ピーシーピーってなあに?」
「ええと、ええと、ポナペ・ココナッツ・ペッケンだよ。」
「ペッケンてなあに?」
「ええと、ええと、石鹸のことをポナペ語でペッケンって言うんだよ。」
「ふうん。」
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月28日(木): ほうれん草サラダ松の実ドレッシング
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:00| Comment(0) | 友人

2012年06月29日

Every age is a great age!

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「アメリカの悲しき恋人〜ジュディー・ガーランド」でお隣にすわった年配のご婦人が、休憩時間にこんなことを言いました。

「ねえねえ、あなたたち、ビビアン・リーを知ってるでしょう?彼女もガーランドと同じぐらい悲しい人生だったのよ。亡くなったのだって53歳。ガーランドの2年前だった。二人ともあんなに素晴らしい女優だったのに、、、、」

「ビビアンの妹がね、この近くに住んでいたのだけれど、今週亡くなったの。94歳だったそうよ。」

夫が言いました。「94! It’s a great age!」

すると婦人が毅然として言いました。「Every age is a great age!」

「94! それはグレートな年ですね!」
「あら、どんな年だってグレートですわよ!」

二人のなんとなくボタンを掛け違えたような会話が面白くて、笑いをこらえていたら、二人もなんだかおかしいことに気が付いて、みんなで一緒に大笑いしました。そして異口同音に言いました。

「Young or old, every age is a great age indeed!」
その通り。若かろうが年を取ろうが、何歳だってみんなグレート!

そう思えば、時に辛すぎる人生の旅も少しばかり気が軽くなります。
だって、いくつだろうが、一生のうちに一度しかない年なのですから。
それだけだって十分にグレートです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月28日(木): ほうれん草七変化
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:15| Comment(0) | エイジング

2012年06月28日

アメリカの悲しき恋人〜ジュディー・ガーランド

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その日もよく晴れた初夏の日でした。開始時刻は18時45分だというのに、明るい青空が真っ白な国会議事堂を美しく映し出しています。サマータイムを取り入れている国にいると、時々まるで一日が長くなったかのような錯覚にとらわれます。

とりわけ、週末に入る前の金曜日の明るい夕方は、いつも以上に人々が華やいでいるようです。レストランは外テラスから一杯になりますし、町のどこかしらで無料の野外ライブが行われています。

たとえば、公園の野外劇場の週末コンサートシリーズなら、

場所:Carter Barron Amphitheatre
時間:午後7時開場 午後7時半開演
入場無料、チケット不要、先着3700名まで

演目は、ジャズナイトの翌週はレゲエナイト、その次はブルースナイトで、またその次はソールナイト、、、、、

さて、18時45分、国会議事堂を間近に見る「国立アメリカン・インディアン博物館」で始まった催しに戻りましょう。タイトルは「Judy Garland America’s Sad Sweetheart」、あの「オズの魔法使い」のドロシー役で知られる大女優ジュディー・ガーランドの生涯をたどる講座です。これもまたスミソニアンが日々開催している講演や授業、ワークショップなどのひとつです。

美貌も才能も名声も富も、そのすべてに恵まれたかのように見えるジュディー・ガーランドが、なぜ「アメリカの悲しき恋人」と呼ばれるのか、その謎が映像や歌と共に次々に解明されていきます。そして最後には、47歳で寂しく亡くならねばならなかった彼女を思い、なんともやりきれない気持ちになるのです。

何千回も歌われたというあの名曲、「Over the Rainbow」が流れれば、目頭を押さえる人たちも見られます。

Somewhere over the rainbow
Way up high
There’s a land I heard of
Once in a lullaby

Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true

空高く虹の向こうに 子守唄で聞いた土地がある。
空青く虹の向こうに あなたが見ていた夢が叶う場所がある。

ぎっしりと埋まった会場にすわるのは、だいたいが年配の方々。
そしてひっそり涙をぬぐうのは、おおかたは年配のご婦人たち。
もちろん私もそのひとり。

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月27日(水): ポテチの誘惑
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:45| Comment(0) | 本、映画、コンサートなど

2012年06月27日

犬のあくび

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メトロの駅の入り口にずらりと並んだボックスの中に入っているのは、新聞や雑誌です。ほとんどが自由に取れるフリーペーパーですが、ワシントンポスト紙やUSA TODAYなどはコインを入れないと扉が開きません。

フリーの方は、仕事、健康、不動産、育児、観光、ファッション等々、さまざまなカテゴリーで、ちょこっと持って電車に乗ればなかなか良い暇つぶしと情報収集になります。

新しい号が入っていようものなら必ず手に取ってしまうのが、「novadog」という犬についての雑誌です。犬好きにとっては写真を見るだけでも楽しくてしかたがありません。ここで面白い記事に出会いました。

Dogs Find Human Yawns Contagious,

イギリスの科学者の報告によれば、犬には感情移入や共感の初歩的能力があり、何と人間のあくびが移るのだそうです。あくびをする動物はたくさんいますが、「あくびが移る」、つまり誰かがあくびをするのを見て自分もあくびが出るのは、人間とチンパンジーだけとされてきました。ところが、人間のベストフレンドである犬にも人間のあくびをとらえる能力があって、観察の結果、72%のワンちゃんにあくび移りの現象が見られたそうです。

科学者たちが、あくびをし合いながら、真剣になって犬のあくびを待っている姿を想像すると、なんとも言えず心がふんわりしてきます。できればそんな科学者たちの間にもぐりこんで一緒にあくび待ちをしたいぐらい(笑)。

それにしても、私、どうしてさっきからあくびばかりしてるのかしら。
あくびって、もしかして、「あくび」っていう文字からも移るのですか?
あるいはワンちゃんがあくびしている写真から?

バンクーバーの親友が、クマとカリの写真を送ってきてくれました。小さい方がお姉さんのクマです。二人は(愛犬家というのは、どうしても二匹という言葉がつかえなくて、、、、)ノースバンクーバーの自然の中で暮らしています。たぶんあくびを移しっこしながら。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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6月26日(火): コーンの季節です!@USA
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:36| Comment(0) | ペット、動物

2012年06月26日

私の小さなハッピーモーメントたち

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お風呂場から聞こえてくるのは
まず最初に ジャージャーと蛇口から湯が流れる音
その次に ちゃぽんと誰かが入る音
その次に その誰かさんの鼻歌
ちょっと調子っぱずれだけれど
なんだかとってもご機嫌そう

窓の外を見下ろせば
ドッグランで ワンコたちが走り回っている
それを見守る人たちが
男も女も 老いも若きも一緒になって
立ち話に興じている
何を話しているのかは聞こえなくても
なんだかとってもご機嫌そう

部屋の中では ずいぶん前に花瓶にさした牡丹の花が
まだ美しく咲いていて
歩きまわれば ふっと香りを感じる場所がある
どこへ行っても牡丹の花が咲いていた メインの町を思い出し
友が庭から届けてくれた 白い牡丹を思い出し
私はなんだかとってもご機嫌

私の
小さな小さな ハッピーモーメントたち

幸せって 
面ではなく 点だと思う
今 この瞬間に なんだか幸せ
それでいいのだと思う

そんな点を たくさん持てば
点と点がつながって
線になる

そんな線をたくさん持てば
線と線がつながって
面になる
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月25日(月): プリティー ファンシー エレガントな「Pier 1 Import」
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:00| Comment(0) | 日記

2012年06月24日

最高のおばあちゃんだったよ

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5月17日に亡くなった義妹のジュディーの追悼式がシカゴで行われたのは、その1週間後のこと。出ることができなかったその集まりの場で、参列者に渡された小冊子がここにあります。中綴じのA5サイズで12ページです。

表紙に印刷されているのは、若かりし頃のジュディーが花のように微笑む写真、生まれた赤ん坊を抱く横顔と、健康を謳歌していた頃のバカンス写真、そして手術後の彼女にカメラを向けた弟に、ふざけてマックのPCで顔を隠す、生前最後の写真の4枚です。最後の写真だけがカラーです。

写真の間には彼女の名前と共に、生まれた日と亡くなった日が書かれています。その表現が素敵なのです。こんなところにも文化の違いは表れます。

Born to Life September 11, 1943
Born to Eternal Life May 17, 2012

現世に生まれた日と、永遠の人生に生まれた日、つまり2つのお誕生日が並んでいるのです。

ページを開けば、いくつかの美しい詩が並び、また何枚かの写真が並び、また詩と写真。引用された詩もあれば、家族が書いた詩もあります。妹のコニーが書いた詩はとりわけ美しく響きます。

私たちが覚えているのは楽しかったことばかり
いつも一緒に登っていたリンゴの木
苺がのったアイスクリームコーン
ギリギリとねじを巻いては
ずっと止まらなければいいのにと思っていたオルゴール

目の前の風景は時間と共に薄れていっても
一緒に居た心の中の風景は
どんなに時間がたったって消えやしない


けれども、それにも増して心を打つのは、小学生になったばかりの小さな孫が書いた、たった9行の作文です。隣のページでは、Mema(おばあちゃん)に抱っこをされた少年が、動物園で真剣に象に見入っています。

My Mema 
Mema was really nice to me and my brothers.
She would play basketball and baseball and
games with us and took us to fun places. She
would joke around with us and make us laugh.
We had sleepovers with her and we would watch
funny movies and she would take us to the park.
She was the best Mema ever and we love her
very much.

(おばあちゃんはいつだって僕と弟たちにとても良くしてくれた。一緒にバスケットボールもしたし、野球もしたし、面白い場所にもたくさん連れて行ってくれた。冗談を言ってはいつも僕たちを笑わせた。お泊りをした時には、笑える映画を見て、公園にも連れて行ってくれた。最高のおばあちゃんだったよ。大好きだよ。)

嬉しくて、若い頃の写真のように笑うジュディーが見えるようです

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月23日(土): やっと対面レイニアチェリー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:05| Comment(0) | 家族

2012年06月23日

大人気ヴェラさんに勇み足

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ここでは、宅配便は「ピンポーン」ではなく、こんな形でやってきます。1階のエントランスホールの壁に大きなテレビ画面のようなものがあるのです。病院の会計待ちのように、ここに部屋番号と荷物のしるしが出ていれば、宅配便が届いているということです。待っている荷物を見つけたら、あとはコンシェルジュオフィスに行って受け取るだけ。何度も再配達願いをする手間もなく、とても実用的で便利です。

この電光掲示板には、荷物ばかりでなく、毎日の予定もアップされます。たとえばこの日なら、ブリッジクラブと2つの会合のあることがわかります。
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こうして手元にやってきたのが上の写真の段ボール。中を開けば、ぺたんこになったバッグがたくさん。

これが今アメリカで大人気の「Vera Bradley」です。30年前に二人の女性がそれぞれ250ドルを持ち寄って、自宅の地下室で作り始めたバッグです。それが今や全米で40もの直営店と3000を超す取扱店。どこの州のどの空港でも、どこの駅のどの通りでも、まず誰かが持っていそうな、そんなブランドにまで育ちました。HP(ヒューレット・パッカード)の女性版とでも言いたいぐらい(笑)。

そこまでの存在感になったのは、「あ、ヴェラだ!」と一目でわかる色と模様のキルト素材、そして、何といってもその価格と使いやすさのせいでしょう。

最初に知ったのは数年以上前。娘がアメリカで見つけてきました。その頃はまだこれほどのブームにはなっていませんでした。そして最初に自分で買ったのはそのしばらく後のハワイです。この頃にはすでにアラモアナショッピングセンターの中に店舗がありました。これが私の初代ヴェラです。
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使ってみれば、軽さばかりでなく、内にも外にもいくつものポケットがあって実に勝手がよいものですから、いつのまにやらすっかりヴェラファンになってしまいました。しかも、最近は家族、友人の顔を思い浮かべてはつい注文してしまうという困った癖が、、、(笑)

あげく、グランマ同士がおそろいで同じバッグを持って出かけたり、
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メガネケースもコンピュータケースも
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ところでこのメガネケースですが、両方とも一見してヴェラです。けれども上が本物、下は限りなく似ていますがヴェラではありません。偶然なのかもしれませんが、こんな品まで出回るようになりました。
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今は夏色のこんなヴェラを使っています。メインコーストの誰もいないビーチの砂に置いたまま、裸足で走りまわってしまいました。自然の中でもよく似合うカジュアルなバッグです。
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ところで、日本へのおみやげに同じタイプのバッグを4つもネットで買った後に見つけてしまいました。今や日本にもヴェラ・ブラッドリーの店舗があるではありませんか。しかもお値段だって何倍もするわけではありません。これなら何もスーツケースの中にぎゅうぎゅう押し込まなくたって、、、と思っても後の祭。好きこそものの上手なれ、もとい、「好きだからこそ勇み足」の巻でした(笑)。

女性専科の話題になってしまいましたが、最後に面白フォトツアー。ワシントンで、そしてメインで出会ったヴェラたちのごく一部です。
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By 池澤ショーエンバウム直美

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6月22日(金): 簡単にこにこブラウニー

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:16| Comment(0) | ファッション、流行

2012年06月22日

母のいる場所が私の母国

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毎度定例のようになってしまったスーザンとの夕食会。今回もまずは彼女の家でおしゃべりをしてから、ご近所のレバノン料理のレストランに繰り出しました。

大学でもとりわけ面倒見の良いことで知られる人気教授のスーザンは、たいていは誰かを引き連れてきます。一番多いのは海外からロースクールに来ている若手の研究者たちですが、シンガポールの大学の学長夫妻だったり、日本の大学の先生だったり、地元アメリカのジャッジ(裁判官)だったりと、決して若いとは言えない人たちのこともあります(笑)。

この日のお仲間は、ロンドンから派遣されて、ワシントンの弁護士事務所で働くイシドラです。今日はちょっと彼女の事を。。。

天は二物を何とやら、と言いますけれど、彼女のような若い人を見るたびに、いったい天はいくつの物を与えているのだろうと思います。イシドラは外交官の両親のもと、セルビアで生まれ、小学校から高校までの教育をイタリアで受けました。大学と大学院はイギリスの名門、ケンブリッジです。そして卒業してからは、世界的なローファームのロンドン事務所で弁護士として働いています。

それだけでもなかなかないようなキャリアですのに、加えてはっと息を吞むような美人です。浅黒い肌に漆黒の髪、キラキラと輝く大きな黒い目は、まるでイタリア映画に出て来る情熱的な女優のよう。仕事帰りだというのに、途中で着替えてきたのでしょうか、胸の大きく開いた黒いドレスは、女性にとっても十分すぎるほどに魅惑的です。しかも、話の受け答えのマナーも、食事のマナーも満点です。それなのに、たかだか28歳。その年頃のわが身とは比べようもありません。こうして国境を越えて活躍する若き女性の姿を見ることは、なんとも頼もしく嬉しいことです。

そんな彼女に、ちょっとこんな質問をしてみました。

―母国語は?
―イタリア語とセルビア語です。

―自分にとってどこが母国だと思う?
―(ちょっと遠くを見るように考えた後で)どこであろうと、母のいる場所が私の母国です。

「母のいる場所が私の母国」、そんな言葉がイシドラの口から出たことにちょっと驚きながらも、華々しい教育や仕事のキャリアを持つこと以上に、そんな彼女が素敵に思え、共感を覚えました。

 親子以上に年の差がある私たちが、その後もメールを取り交わすようになったのは、たぶんそんな思いがきっかけとなってのことでしょう。

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月21日(木): ワシントン夫人のレモネード
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:15| Comment(0) |

2012年06月21日

適度なストレス 良いストレス

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女の厄年なんてとうの昔に越えたはずなのに、まあまあ、今年に入ってから、まさかの医者のはしご、あるいはドクターサーフィンです(笑)。小さくとも丈夫なだけが取り得だったのに、思えば不運の始まりは一昨年の北イタリアあたり。

アメリカから飛んできた友人夫婦との旅の途中、風光明媚なはずのガルダ湖で発症したのが運のつき。これがかなりたちの悪い帯状疱疹で、残りのミラノ暮らしの間中しつこくつきまとって、ひどい時には息をするのも痛いほど。そろそろ、しずしず休みながら、ふだんなら5分で走って行けるスーパーに30分もかかるていたらく。

けれどもひとたび直れば、けろりと忘れるのが人間の常。再び「丈夫が取り得」などと思っていたらとんでもない。あっちもガタガタ、こっちもガタガタ。整形外科に内科に歯医者に目医者に皮膚科。

低血圧で要注意だったのが、今度は高血圧で注意をされるようになって、毎朝毎晩バンドを巻いて血圧を測っては「管理手帳」なるものに記入をしなければならなくなりました。そういえば、朝起きて何だか目が回るような気がしないでもありません。
おまけに何でしょう、この胸の締め付けは、、、というわけで、お守りにニトロまで携帯することに。
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ところがこちらに来て以来、信じられないことに、血圧がほとんど普通の数値に戻ったのです。胸の痛みも起こりません。どうしてだろうと医者の友達に聞いてみました。「気圧の違いのせいかしら?電圧だって違うのだから。」

こんな馬鹿げた質問にまじめに答えようとしてくれるところが彼のいいところ。
「いやあ、日本とここの気圧は○○□□△△(要するにチンプンカンプン)、、、ゆえに場所が違うからと言って☆☆★★(またチンプンカンプン)、、、」

つまりは、別段場所が変わったせいではなさそうなのです(笑)。
「ストレスがなくなったせいかもしれないよ。日本に帰ったらまた高く戻る可能性がある。」とこれまたまじめに言うドクタージョン。

ええ、たしかにおっしゃる通りかもしれません。何せ今の私ときたら、、、

いいのか悪いのか、目覚ましをかけても必ずその前に目が覚めて、早朝から一仕事。出勤があるわけでもありませんから、集中してやればおおかたのことはお昼前にすんでしまいます。それからどこかに出かけます。人に会ったり、スミソニアンに行ったり、オールドタウンをぶらぶらしたり。そんな時は、帰ってから夕飯の下準備を終えた後に夕日と共に泳ぎます。

夕方や夜に出かけなければならない時は、昼間のうちに泳いでしまいます。だいぶ焼けましたけれど気にしないことにしました。泳いだ後には冷えたビールが待っていますから。

裏庭の木陰のベンチは読書をするのに最適ですし、ジムもあればテニスコートもあります。誘われてもまだこの腕ではテニスはできませんが、ワンコと一緒にドッグランで遊ぶことならできます。シネコンにも歩いて行けますし、スーパーマーケットは飽きることがありません。次から次へと料理のアイディアが浮かんできます。空はやたらにきれいですし、花もやたらときれいです。この時期はあちこちでみごとな紫陽花とグラジオラスが見られます。

こんなまったり生活を送っていたら、ストレスなんて言葉すら忘れてしまいます。それが驚きの血圧正常化へと繋がったのでしょうか。血圧のためにも、ずっとここに居続けたいぐらい(笑)。

とはいえ、ドクタージョンがこんなことも言いました。
「でもね、ストレスがないのも実はよくないんだよ。適度なストレスと良いストレスが頭にはいいんだ。」

どきっ。
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月20日(水):残り物「まかないご飯」ごっこ       
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:00| Comment(1) | 暮らしの知恵

2012年06月20日

その分いいことに時間を使わなければ〜ロングフェロー家の老婦人

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メイン州ポートランドの中心部からさほど離れてはいない所に、アイリスとライラックと、牡丹と白い山吹が美しく咲く庭があります。そして、それを隠すようにして、18世紀に建てられた古いレンガの家が建っています。

そこが、19世紀にポートランドで生まれ育ったアメリカが誇る大詩人、ロングフェローが暮らしていた家です。家自体は彼の母方の祖父によって建てられました。

いちおう英文科でしたから、その名前ぐらいは頭に残っていましたけれど、恥ずかしながら作品を読んだことはありません。アメリカの人たちならば、そのひとつや二つは学校で習い覚えていると言います。200年目のお誕生日を祝して、2007年には39セント切手になったぐらいです。
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この建物は今では一般公開されて、ガイドの案内のもと、内部をくまなく見ることができます。ロングフェローについてほとんど知らない不肖の見学者は、もっぱら庭歩きを楽しみ、室内ではガイド役の老婦人のウィットにあふれた巧みな話術に惚れ惚れとしていたのでした。

1階と2階の見学が終わって自由解散になった時、たまたま隣にいた婦人と、どちらからともなく言葉を交わすことになりました。そして、よく通る声と、絶妙な間の取り方で聞く者を魅了したそのご婦人が、89歳でいらっしゃることを知ることとなりました。

「長い年月、海外で暮らしていたけれど、年金生活に入るのを機にここに戻ってきました。私もここで生まれ育ったんです。大学もロングフェローと同じブランズウィックのボードンカレッジですよ。ですからこの詩人にはとても親近感を感じていましたし、偉大な詩人だと誇りに思っています。

夫は亡くなりましたし、子どもたちも独立して遠くに暮らしています。妻としても母としても、仕事人としても、もう充分に役目を果たしただろうと思い、最後に我がままになることに決めました。自分の好きなことを好きなようにやりたいと。お金のためにはもう働きたくないと。

週に3日ですが、こうしてここで初めてお会いする皆さんに話をするのは、私の生活に張りを与えてくれるのですよ。まだまだ役に立っているのだなと。そんな張りが、何を聞かれてもいいように、もっともっと勉強しなければという気持ちにさせます。そして、勉強をするのがとても楽しいの。若い頃には決して味わえなかった贅沢です。

ロングフェローよりも、もう14年も長く生きているのだから、その分いいことに時間を使わなければね。あなたが私に会ったことをきっかけにロングフェローの詩を読もうと思ってくれたら、そんなことだって、私にとっては『いいこと』のひとつなの。」

続く何日間かの間に、私たちは色々な所でロングフェローの碑に触れることになりました。たとえば、彼の母校、そして老婦人の母校である大学のキャンパスで。
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崖の上に立つ灯台の足元で。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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6月19日(火):日本食お客様ディナー何作る?〜ソフト篇
       

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2012年06月19日

日本を描いた二つの映画〜「Jiro Dreams of Sushi」と「I Wish」

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今、ちょっと話題になっている映画があります。あるいは、「やっと来たか」の映画と言った方がいいでしょうか。初めて公開されたのは3月のニューヨークでした。ハリウッドスタイルとは対極にあるような地味な映画なのですが、ニューヨークでは公開前から話題になり、実際、興行収入も上々だったようです。

ニューヨークに端を発したこの映画は、次にはロサンゼルスで公開され、カリフォルニア、オレゴン、テネシー、、、、へと広まり、ここアメリカの首都ワシントンDCにようやく到来しました。

その題名を「Jiro Dreams of Sushi」と言います。最初に知った時は、当然日本映画だろうと思いましたら、実はアメリカ人の監督が作った映画でした。けれども、描かれているのは日本と日本人です。言葉は日本語で、英語の字幕が入ります。

これは、ミシュランで三ツ星を取った銀座のお寿司屋さん、「すきやばし次郎」のドキュメンタリー。主役は85歳の店主、小野二郎さんです。折々に料理評論家の山本益博さんの語り、いえ賛辞が入ります。

たった10席のカウンターだけ。値段は最低3万円から。お寿司以外には何もなし。それなのに世界中から予約が入り続けるとか、、、

面白かったのは、映画そのものではなく、文化の違いの方だったかもしれません。私たち日本人から見れば、映画というよりは何となくテレビをつければやっていそうなドキュメンタリー番組。確かに画面にアップされるお寿司はおいしそうですけれど、それを見ている隣の若いお嬢さんも、後ろのご婦人も、前の紳士も、大きなカップからポップコーンを口に運び続けながら、時折これまた大きなカップでコーラを飲んでは、どうして笑うのかわからないところで笑いころげたりするのです。耳で聞く日本語と字幕との間に誤差があるのかもしれません。

山本益博さんが言います、成功するには5つの条件を満たさなければいけないと。
1にまじめ、2に向上心、3に清潔感、4に短気(わがまま)、5に情熱。
これもまたなんとなく陳腐なような気がしないでもありません。

ワシントンポストでも堂々の4つ★評価を獲得したこの映画の日本上映は未定のようですが、日本で公開されたらどういう評価を得るのでしょうか。ちょっと楽しみです。

ワシントンDCではウェストエンドシネマという小さな映画館で上映されています。どのくらい小さいかと言うと、昔の小学校の幻灯を思い出すぐらいです。
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もうひとつ、最近、こちらは普通に大きい老舗の映画館で、正真正銘の日本映画を見ました。これも4つ★評価です。2011年の邦画「奇跡」です。英語のタイトルは「I WISH」。奇跡を信じる子どもたちの冒険旅行の話です。4つ★にも関わらず、場内は私たちのほかには数えるほどの人たちしかいませんでしたけれど、いい映画でした。
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日本では気づかずに見逃してしまった名画や、日本ではもしかしたら見られないかもしれない、あるいはだいぶ先になるかもしれない、そんな映画を楽しめるのもここでの暮らしの面白さです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月18日(月):日本食お客様ディナー何作る?〜ハード篇
       
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2012年06月18日

屈託のないアメリカの父の日

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日本はもうとっくに新しい週が始まった時間でも、13時間遅れのここはまだまだ日曜日。
そしてちょっと特別な日曜日、「父の日」です。

14日のワシントンポストの全面を使って、こんなメッセージ広告が載りました。

This Father’s Day get it off your phone and into his hands.

父の日は携帯電話ではなく子どもの手を握ろう、というメッセージです。そして何だかノスタルジーにかられるような父と子の写真がたくさん掲載されています。広告主がヒューレット・パッカードというのも何やら面白いところです(笑)。

アメリカでは1週間前ぐらいからあちこちで「父の日」の文字が目に付くようになりました。新聞を広げれば、毎日必ず「Father’s Day Sale」です。父親へのギフトアイテムに乗じて、ちゃっかり全く対象外の物までセール品になっています。

そんな「父の日」って、いったいどこからどうして始まったのかしら、と調べたら、なるほど、こんなことでした。本家本元はやっぱりアメリカだったのです。

「1909年にアメリカ、ワシントン州スポケーンのソノラ・スマート・ドッドが、彼女を男手ひとつで自分を育ててくれた父を讃えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。」

「最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた。当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、『母の日のように父に感謝する日を』と牧師教会へ嘆願して始まった。」

「1916年、アメリカ合衆国第28代大統領ウィルソンは、スポケーンを訪れて父の日の演説を行い、これにより父の日が認知されるようになる。1966年、第36代大統領ジョンソンは、父の日を称賛する大統領告示を発し、6月の第三日曜日を父の日に定めた。1972年、アメリカでは正式に国の記念日に制定された。」 (以上「ウィキペディア」より)

知りませんでした。ちなみに母の日が言わずとしれたカーネーションなのに対し、父の日はバラだそうです。

面白いのは、アメリカでも日本でも6月第三日曜日の「父の日」が、国によってばらばらであることでした。1月のセルビアから12月のタイ、ブルガリアまで、毎月どこかの国で必ず「父の日」があります。けれども、一番多いのはやはり6月の第三日曜日で27カ国でしたけれど。

子どものいない人はいても、父と母がいない人はいません。たとえずっと昔に亡くなっていようが、たとえ確執を抱えていようが、たとえ悪い思い出ばかりだろうが、誰にでも父がいて母がいます。数ある記念日の中でもこの二つは実に公平な記念日です。

私も今日はたくさん父との思い出をなぞりました。心の中で何度も「お父さん!」と呼びかけ、「ね、お父さん、これってどう思う?」とか、「ね、お父さん、、これで間違ってない?」などとたくさんの対話をしました。

私の父は53の若さで急逝しました。穏やかで、ただニコニコと笑っている父の姿が、一番父らしい姿です。子どもから見ても人が良すぎるのではないかと思えるぐらいに、自分のことはさしおいても、家族や他人を思う人でした。その落ち着いた低い声は、今でもくっきりと私の耳の中に残っています。

短い間でしたし、寡黙な人でしたが、多くのことを教えてくれました。私がいじめられて泣いていれば、「いじめた子はおまえよりもっと辛いかもしれないよ。」と言い、「憎むということは憎まれるより苦しいんだよ。君が同じことを返したら、それはどんどん繋がっていって、君はますます苦しくなる。」と、小さな私には難しいことを言いました。

「誰だって間違いをするもんさ、人間なんだから。知らず知らずのうちに人を傷つけてしまうこともある。それはそれで仕方がない。反省をして、二度と同じことをしないように心をしっかり持つこと。そして、故意に人を傷つけることだけは絶対にしないこと。」

お父さん、ありがとう!

ところで、くだんのワシントンポスト紙ですが、「携帯電話より子どもの手を」の裏は、同じく一面を全部使ってのスマートフォンの広告です。やっぱりアメリカのこの屈託のなさって面白い!
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By 池澤ショーエンバウム直美


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6月17日(日):ワカモレ実演
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:00| Comment(0) | 家族

2012年06月17日

175歳、万歳!!のコンサート

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ご丁寧な手書きでその手紙が届いたのは、ゴールデンウィークが明けた頃だったと思います。それは、6月9日の土曜日に行われる「175歳コンサート」へのご招待状でした。差出人は、私が数年ほどコンサルタントとして仕事をしていた先の理事の方です。

いつも大きなお部屋におひとりで執務をなさっていて、たまにお昼の食堂で同じテーブルについて四方山話を交わす程度でしたが、その素敵に飄々としたお人柄が大好きでした。ですから、ご家族やご友人ばかり50人ほどの内輪の機会に、お声をかけてくださったことをとても嬉しく思いました。

昭和4年のお生まれですから、今年でもう83歳になられます。数々のご要職を歴任なさった後に、65歳からヴァイオリンを始められました。ヴァイオリンばかりではありません。歌もお歌いになるのです。

もうお一方の素敵な紳士は、さらに遡って大正9年のお生まれですから、92歳になられます。大学時代にヴァイオリンを始め、卒業してからは大手商社に入社なさり、海外での長期勤務を繰り返す人生を歩まれました。1952年には、煙草の葉の買い付けで1ヶ月も北部ギリシャに滞在なさった、というほどのツワモノです。

さて、お気づきになりましたでしょうか。
83+92=175、そう、ちょうど1週間前の土曜日に都内のホールで開催されたのは、このお二人のジョイントコンサートだったのです。

ところが、私は日本におりません。なんとも残念な気持をお伝えすると、すぐにこんなお返事をいただきました。

「それでは、よろしければ最終リハーサルにおいでになりませんか?」

ということで、出発前日の昼間、年長の紳士のご自宅で、まずはご一緒にお食事をし、リハーサルに立ち会って、午後のティータイムでは焼いて持参したケーキを召し上がっていただくという何とも贅沢な時間を頂戴することとなりました。

もちろん当日のプログラムに沿ってのリハーサルです。2台のヴァイオリンの二重奏に始まって、それぞれの方々のソロ演奏、また2台のデュエットがはいり、、、、と繰り返される中で、83歳の紳士が、ピアノの伴奏で、オペレッタ「ミカド」の中の曲や、フォスターの曲を歌います。朗々としたテノールです。

友人が、大成功に終わった9日のコンサートの模様を、写真つきで報告してくれました。
それがこちらの写真です。
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その報告によれば、

「コンサートはご家族が総出でサポートをされ、ご長女の婿さんが司会。お嬢様たちが、始まる前の受付やパーティの準備。出された食べ物は、ご自宅の畑のえんどう豆など、ほとんど手作りのものでした。お土産にはかわいい袋に入ったクッキーが一人ひとりに渡されました。心温まるコンサートでした。」

ヴァイオリンのことを初めてお聞きして正直に賞賛の念をお伝えしたら、こんなお言葉が返ってきたのを思い出します。

「所詮は『年寄りの道楽』です。私は何の才能もありません。ただ人間様と音楽に興味があるだけです。」

175歳、万歳!!

リハーサルで聞かせていただいた「懐かしき愛の歌」という歌がとても美しいメロディーと歌詞でしたので、終わってから83歳のテノール歌手にお聞きしてみたら、J.A.Molloyの「Love’s Old Sweet Song」という曲に、ご自身で翻訳した詞をつけたとのことでした。

なつかしのはるけき日
霧わきて霞む頃
夢に浮かぶ思い出の
甘き愛の歌の声
(略)
二人の影揺れ揺れて
心ふさぎ悲しき日
なおも聞こゆ愛の歌
今もなお

なんだかほかっと癒されます。

175歳、万歳!!
こんな風に年をとれたら、、、、
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月16日(土):メイン最後の夜のこと
       

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:11| Comment(0) | エイジング

2012年06月16日

心の中の避難所

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右側に2席、左側に2席、一番前から一番後ろの乗客までも簡単に見渡せる小さな飛行機が、機首を下げて着陸態勢に入りました。雲の合間から視界がどんどんと開けていきます。青空に向かってまっすぐに伸びた純白のモニュメントが遠くに見えます。機体が高度を下げるに連れて、眼下の景色が大きくなります。

見慣れた丸屋根の国会議事堂が見え、ホワイトハウスが見え、ずっと遠くに私たちのコンドミニアムが見えれば次はポトマック川、そしていよいよ着陸です。「ああ、帰ってきたなあ」という安堵感が、次には嬉しさに変わります。気がついてみたら、いつの間にやら私はすっかりこの町が好きになり、この町での暮らしが東京と同じ、あるいはそれ以上に心地よいものになっていました。こんな風になるまでにいったい何年かかったことでしょう。

つい夢中になって、昨日、一昨日と2日にわたって「Rachel Carson National Wildlife Refuge」のことを書いてしまいました。「Refuge」という単語から最初に浮かぶ日本語はやはり「避難所」でしょうか。でも、私はあえて「保護区」としました。

話は飛びますが、娘に教えられて以来、ひそかに励まされているのが、石井ゆかりさんの天気予報です。と言っても、気象予報士ではなく占星術のプロフェッショナル。読みようによれば、よくも悪くもとれるのですが、だからこそどんなメッセージも前向きに取ることができて、とても元気になるのです。読む人みんなが「いい人」になれるような、そんな心の空模様です。

たとえば私の魚座なら、今週は「自分の心が望むことにじっくり耳を傾け、自分の心身が生きていける素晴らしい庭園をここから自分の意志で創造できる時期に入っていきます。」と結んでくれますし、来週ならば「自分の手で生み出したけれども、やはり天からもたらされたように思える喜びというのはたしかにあって、今週以降そういう喜びが静かに増えていくだろうと思います。」と慰めてくれます。

石井さんがだいぶ前に書かれた「心の中の避難所」というタイトルの文章には、苦しんでいた時だっただけに涙が出るほど感じ入ってしまって、以来プリントアウトしたものを目の前に貼ってあります。今、傷つき悩み、苦しんでいる方々へ、かいつまんでお贈りします。
…………………………………………………………………
心の中の避難所 (石井ゆかり)
たしか、スコット・ペックの著書だったと思うが、「大人は、他人の言葉に傷つけられないという権利を持つ」というような文書を読んだことがある。
他人の言葉に傷つけられない権利。これは、他人が自分を傷つけるような言葉を言うことを妨げる権利、ということではない。何か言われてもそれを真に受けないとか、心の中にまでそれを入れない権利、ということだと思う。

……………………………………………………………….
加えて石井さんは、ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」を引き合いに出しています。釈迦の一生についてドイツ人であるヘッセが書いたこの小説は、少々退屈ではありますが、時として鮮烈に心に響く言葉に出会わせてくれます。私の薄い文庫本のページは、こんな風にたくさんマーカーが引かれています。
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石井さんがあげていたのは、この部分でした。主人公のシッダールタ(釈迦)が、愛人であるカマーラに語る言葉です。

「シッダールタ」(ヘッセ/高橋健二訳 新潮文庫) 79ページ
あなたの内部には静かな避難所があって、あなたはいつでもそこへ入って、そこを家とすることができます。私もそうすることができます。だが、そういうところを持つ人はほとんどありません。実際はだれでも持ちうるはずなんですが。」
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目下私の避難所は快適です。

石井ゆかりさんの星座の空模様を見るにはこちらです。
http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index.html

By 池澤ショーエンバウム直美



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6月15日(金):メイン最初の夜のこと
       
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:00| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年06月15日

レイチェル・カーソンの小道2

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「Rachel Carson National Wildlife Refuge」(レイチェル・カーソン国立自然保護区)は今では7600エーカー(30.76平方キロ)にまで広がり、そこは10の区画に分かれて、それぞれの生態系が保たれています。

海水の湿地帯には森林から真水が流れ込み、そこにしか育たない植物が繁殖します。大洋へと流れ込む川は潮を受け、入り組んだ静かな水の中では、たくさんの貝や魚たちが育っています。そして、無数の昆虫と海鳥が、その魅力的な場所に魅かれてやってきます。

保護区には250種以上もの鳥が生息し、北から渡って来る鳥たちと、北へと渡る鳥たちが羽を休める場所ともなっています。哺乳類も爬虫類も両生類もみんな保護区の住人であり仲間です。

おじろ鹿も、へら鹿も、カワウソも、ビーバーも、狐も、ハーバーシールも、海亀も、
川蛙も、陸蛙も、、、、、、春の宵にはそんな仲間たちのコーラスがしんとした空間に響き渡ると言います。保護区のフライヤーによれば、

たとえば6月。
おじろ鹿が夜明けと日暮れ時に姿を現します。
引き潮になればアザラシたちが岩の上で横たわり、渡り鳥たちが帰り支度を始め、陸や湿原で雛鳥たちが見られるようになります。

7月になれば、海鳥たちが南米へと渡る旅を開始し、シギが干潟やビーチで雛たちに餌を与え、羽の生えそろった幼鳥たちが巣を飛び立ち始めます。

そうして、この大きな地球の中の小さな世界の1年が、予定された調和の中で過ぎて行きます。生きることも死ぬことも、育つことも朽ちることも、みな自然の調和の中でのごく普通のできごとです。人間世界のように、そねんだり、ひがんだり、足をひっぱったりもありません。

“There is something infinitely healing in the repeated refrain of nature − the assurance that dawn comes after night, and spring after the winter.”

自然が繰り返すリフレイン
-夜の次に朝が来て 冬が去れば春になるという確かさ-の中には
かぎりなくわたしたちを癒してくれるなにかがあるのです。
−レイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」

一言申し添えれば、「センス・オブ・ワンダー」を始め、カーソンの著作のいくつかを訳していらっしゃる上遠恵子さんの日本語は、原文の美しさを充分に生かした素晴らしいものです。いつかお会いしたい方のひとりです。
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月14日(木):こんな所でまさかのギリシャ
       

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:53| Comment(0) | メイン州

2012年06月14日

レイチェル・カーソンの小道1

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もしももう一度生まれてくることができるなら、次は文化人類学者か海洋生物学者になりたいと思います。もう随分長い間ずっとそう思ってきました。本を読んでは外に出て、衰える視力に合わせて次々にメガネを変えて、紫外線が残すシミが増えていくのも厭わずに。

ですから、レイチェル・カーソンと言う一人の女性の潔い生き方に魅かれ、彼女がこの地球に向けて発するメッセージのいくつかにいたく感銘を受けたとしても、ちっとも不思議なことではありません。もちろん彼女の著作を全部読んだわけではありませんし、専門的過ぎる部分は理解することもできません。けれども、文化人類学者でも海洋生物学者でもない素人の私の心にも届く言葉がたくさんあるのです。それが私に「グランマからの手紙」を書かせる動機のひとつとなりました。

メイン滞在記の最後は、そんなレイチェルのことで終えたいと思います。

レイチェル・カーソンは1907年にペンシルベニアで生まれました。幼少期にすでに、海とそこに棲むさまざまな生き物たちの神秘に心をとらわれていたと言います。とりわけメイン州の海岸地帯=メインコーストは彼女に多くの気づきを与えました。

その生涯は決して順風満帆ではありませんでした。家族の問題もありましたし、社会からの攻撃もありました。けれども、書くものが認められ始め、いつかメインに家を持ちたいという夢がようやく叶う時がやって来ました。レイチェル45歳の時でした。彼女はメインコーストの南側、サウスポートアイランドで夏を過ごすようになり、1955年には「The Edge of the Sea」(「海辺」)を書き上げました。

どこに居ようと私の手元にある「Sense of Wonder」(センスオブワンダー)も、メインの海と森の中を甥っ子のロジャーと歩きながら、57歳で亡くなる直前に書かれたものです。

サウスポートアイランドに行くのは難しくとも、誰にでも開かれている素晴らしい場所があります。それが、レイチェルの名前を冠した自然保護区「Rachel Carson National Wildlife Refuge」です。入り口は、先日書いた美しいミュージアムのあるオガンクィットと海沿いに並ぶ町、「Kennebunkport」(ケネバンクポート)にあります。

ここはレイチェルの死後、まもなくしてメイン州の力添えで保護区となりました。目的は、この類まれな海水の湿原を維持し、自然林を守り、渡り鳥たちのための河口を守ることです。

メイン州の海岸線に広がる保護区は、少しずつ広げられて、今では7600エーカー(30.76平方キロメートル)が10の区画に分かれています。海岸と森の間に植物と動物の貴重な生態系を作っている素晴らしい場所です。レイチェルが生きていたら、どんなに喜んだことでしょう。

この保護区の中に、「The Carson Trail」と言う1周1マイルのループロードがあります。左側に広大な湿地帯を見、右に鬱蒼と茂る林を見ながら歩く小道です。たかだか1マイル(1.6キロ)ですから、子どもでも充分に歩けますし、犬のお散歩も許されています。トレイルに入れるのは何時から何時までと時間に決められてはいません。規則は「from dawn to dusk」(明るくなってから暗くなるまで)です。たった1マイルの間でも、色々な発見があり、出会いがあり、ワンダーがあります。

もしも近隣に住んでいたならば、日の出とともに、真昼に、あるいは夕暮れ時に、きっと毎日トレイルを歩くことでしょう。 (明日へ続きます。)

By 池澤ショーエンバウム直美


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6月13日(水):食は冒険 ドレッシングも冒険
       

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:00| Comment(1) | メイン州

2012年06月13日

灯台と管制塔

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メインの長く入り組んだ海岸線には60もの灯台があります。あるものは見晴らしのよい高台に、あるものは小さな島の隆起した岩の上に。

このテクノロジーの時代では、それらはもう実用的な役割を担うわけでもなく、ただ
人々のノスタルジーのために存在しているようなものですけれど、それでも灯台というものは、なぜかどこの国のどんなものでも美しく、まるではるか昔の旅人にでもなったように私たちを仰ぎ見させます。

高台にすっくと立つ姿は、たとえ周囲で観光客たちがざわめいていようとも、静けさの中で孤高の光を放っているようです。

今もなお残る全米の灯台の中でも、1790年にジョージ・ワシントン初代大統領によってその任務を命じられたポートランドの灯台は、メイン州の灯台の中で最も古いものです。今ではもう灯台守も居らず、24時間、機械によって自動的に光が点滅しています。眩しい太陽に向かって光を発したところで、何の役にも立たないでしょうし、誰も気づきはしないでしょうけれど、それでも灯台はなぜかいまだに光を放ち続けています。

灯台の中は、小さな部屋が歴史を展示してはいますが、螺旋階段を上がって上に登ることはできません。

歴史は灯台の外でも語られています。1836年のクリスマスイブの夜、灯に導かれ、もうあとわずかと言う所で座礁をしてしまった船とその乗組員たちを悼む碑があります。
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アメリカの子どもなら学校で必ず習うという19世紀の詩人、ロングフェローについてのこんな石碑もあります。

「Henry Wordsworth Longfellow often walked from Portland to visit this Lighthouse. The keepers were his friends and it is believed he sat here for inspiration for his poem.」
(ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローは、しばしばポートランドからこの灯台まで歩いて来た。灯台守たちは友人だったし、ここに座って詩のインスピレーションを得たと言われる。)
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かたやこちらは、ポートランドの見張り台です。町で一番高い丘の上に立つ八角形の建物は、1807年に建てられました。ここに引退した船乗りのキャプテン・ムーディーが一人立てこもり、望遠鏡で入港してくる船を観測しては、どこに荷揚げをさせるかなどの指示を出していたのです。管制塔のような役割でしょうか。ムーディーはこの仕事で一儲けをしたと言います。
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こちらは6階まで続く階段を登って、最上階まで行くことができます。たしかに見晴らしは素晴らしく、出入りする船の動きをすべて見てとることができます。最上階の天井には、美しい方位盤が描かれていました。
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こんな風に、灯台の光が歩く道を照らしてくれて、
こんな風に、方位盤が歩くべき方向を指し示してくれたならば
どんなにいいことでしょう。
By 池澤ショーエンバウム直美


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6月12日(火):ポートランドのクラクラマッシュルームスープ
       
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:41| Comment(2) | メイン州

2012年06月12日

ギリシャ人のみ駐車可

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橋を渡って ポートランドの南に行って
灯台と大西洋と
波の音とハマナスの香りをまとって歩いたら
あら もう12時

ケープエリザベスへの途中で見つけた
まるで村の寄り合い所のような構えの家
星条旗の間に 堂々と書かれた字を追えば
「A quarter century of feeding friends and neighbors」
 (友人たちと隣人たちを食べさせてきた四半世紀)

となれば ますます村人たちの集会所
よしんばそれがレストランだとしても
名前なんてどこにも書いてありゃしない

だからよけいに気になって
近づいてみたら こんな警告

「PARKING FOR GREEKS ONLY
ALL OTHERS WILL BE TOWED」
 (ギリシャ人のみ駐車可。他の車はレッカー車で牽引します。)

いくら落ち目になったって 気分は今でもギリシャ人
である私たちは
だから車を止めたくなった

扉を開ければ そこは
古代アゴラでもなければ 神託を聞く神殿でもない
人々が集まって食事を楽しむシンポシオン(饗宴)だった

ちょうど窓ぎわのテーブルが空いていて
3分の1まで開け放たれた窓から
心地よい風が吹き込んで
運ばれたのは 土曜日の12時15分前だというのに
まだ朝食のメニュー

大きなマグカップに
たっぷりのコーヒーがそそがれて
なんてことのないごくシンプルな朝ごはんを
家ではなく 外で楽しむ人たちがいて
家族連れや若いカップル 老夫婦や友達同士まで
みんなの間を公平に ゆっくりゆっくり 時間が流れていく
頼んでもちっとも運ばれてこない注文を
誰一人として 急かすわけでもない
これもまた 幸せの形

ウェイトレスのお姉さんに
「どうしてギリシャ人だけ駐車できるの?」
と聞いたら
「ただのジョークよ」と言って 行ってしまったけれど
やっぱり違うと思う
だって

帰り際に席を立つ時に
マグカップを落としてしまって
幸い割れなかったからよかったものの
誰かがあわてて飛んできたのだもの

「Excuse me!」
と謝って 顔を上げると
そこにいたのは 店のオーナーらしきおじさんで
その顔は なんだかやたら懐かしくて
「エクスキューズミー」ではなくて
「メシンホリッテ」(ギリシャ語で「すみません」)と言えばよかった
と 悔やまれたのだもの

出口に置いてあるカードを一枚ポケットに入れて
「ギリシャ人以外は駐車禁止」の前で
メガネをかけてよくよく見たら
こう書いてあった

「the good table restaurant
lisa kostopoulos」

ほうら やっぱりそうだったんだ
コストプロスおじさんの店だったんだ
と、ギリシャにいるたくさんのコストプロスおじさんの
顔を思い浮かべた

これもまた幸せの形
By 池澤ショーエンバウム直美



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6月11日(月):メイン州の牡蠣はいつでも旬
       

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:58| Comment(0) | アメリカライフ

2012年06月11日

鳥を見る 空を見る 海を見る

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ポートランドからカスコ湾にかかる橋を渡って車で30分ほどの海を見下ろす丘の上に、レジデントでなくては乗り入れることのできない一角があります。その名を「Prout Neck」と言います。木々が林となり涼しい影を作り、鳥が歌い、ライラックが香り、シャクヤクが咲き誇る庭が続きます。

ここに1836年に生まれ、絵描きとしての生涯を1910年に終えた画家、ウィンスロー・ホーマーの家があり、仕事場があります。身辺の生活や、自らをとりまく自然を描いたホーマーは、19世紀のアメリカを代表する画家のひとりです。

そこに行けば何らかの標識があるにちがいない、もしかしたらその家が記念館として保存されているかもしれない、などと思っていたのです。

車を置いてバーの隙間をくぐり抜け、広々とした敷地の中、家と家の間の広い道を先へ先へと進みます。人の手が入った部分と、手つかずの自然とがほどよいバランスで心地よいハーモニーをかもしだしています。謙虚に暮らす満たされた人たちだけが持つ、あの静謐な品格が漂っています。

海からの風が時に人声らしきものを運んではきても、人影は見えません。そして、どこまで歩いても、「ホーマーの家」らしきものはありません。あきらめて戻ろうとしたちょうどその時、「31」の家の庭から一人の華奢な女性が出てきました。その姿を私は一生忘れはしないと思います。

左手には庭から切り取ってきたばかりのみずみずしい藤の花が入った籐のバスケット、化粧気のない顔をおおうサングラス、頭には大きな麦わら帽子をかぶり、首からは立派な双眼鏡をかけていたのです。

「すみません、ウィンスロー・ホーマーの家はどちらでしょうか。」

と尋ねると、驚くような答が返ってきました。

「ここです。私がホーマーの家に住んでいます。でも、ホーマーは自分で建てた家に結局は住まなかったんですよ。まっすぐに行くと出口の少し左側に17番の札がかかったチョコレート色の家があります。そこが彼のスタジオだったんです。ホーマーはそこで暮らしていたんです。」
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時間にしたらたかだか2〜3分の立ち話だったでしょう。それなのに彼女は圧倒的な存在感を残し、籐の籠と共に海へと続く斜面を下っていきました。あの双眼鏡でいったい何を見るのでしょうか。

部屋に飾るために庭の花を籠に入れ
海の音を聞きながらテラスで本を読み
大きな麦わら帽子をかぶり
化粧もせず
良質で清潔な服を着て
きちんと食べ
サングラスが必要なぐらいに眩しい日差しの中で
海岸へ下りて
鳥を見る、空を見る、海を見る

何て素敵な暮らしでしょうか。
名前も知らないその女性と会って以来、私は勝手に想像する彼女の暮らしにひたすら憧れています。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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6月10日(日): 「Japanese」の発見
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:44| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年06月10日

世界で一番素敵なミュージアム?

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メイン州ポートランドから1号線を海岸沿いに南東へと下れば、1時間ちょっとでニューハンプシャー州との州境に着きます。その途中、だいぶニューハンプシャーよりの所に、「Ogunquit」という美しい町があります。最初に耳から覚えた町の名は「オガンクィット」でした。

ガイドブックにはこんな紹介文があります。

「夏にはたくさんのツーリストや芸術家たちを魅了する美しく上品なビーチタウン。」

そして、そんなオガンクィットにある美術館が、「the best small museum in America」と称される「Ogunquit American Art Museum」です。

展示されているのは主として、メインにゆかりのアメリカの作家たちの作品です。たとえば、Neil Welliver(1929-2005)、Charles H. Woodbury(1864-1940)、Marsden Hartley(1877-1943)、、、、、私にとっては初めて聞く名前ばかりでしたけれど、その中に「Kuniyoshi Yasuo(1889-1953)」という名を見つけました。

絵の下の説明文を読めば、「17歳でアメリカに渡った。妻はKatherine Schmidt。夏の多くをオガンクィットで過ごした。」とあるではありませんか! そう言えば「国吉康雄」という画家の作品をどこかで見たことがあったはず、と頭を巡らしながらも、それがどこで、どのようなものであったかが思い出せません。

時として、予想もしない場所で、予想もしない時にこうした出会いがあります。そしてそれはいつも、遠い記憶を一生懸命たどらせようとします。

さて、この美術館は、「the best small museum in America」という謳い文句通りに、私にとってはとても素晴らしい美術館でした。

その入り口は緑の中に、入り口のガラスを透かして見えるのは海。
ドアを開けて中に入れば、窓の向こうは美しい庭と、庭につながる海です。庭には風景の一部のように彫刻が点在しています。

ちょっとご一緒に庭に出てみませんか?
潮風を受け、太陽を浴び、木々の匂いを嗅ぎながら庭を歩いてみませんか?
きっとわかっていただけるだろうと思います。
この美術館が、アメリカ中の美術館を見たわけでもないのに、
そして美術品の価値などたいしてわかりもしないのに、
私にとっては、「the best small museum in America」のように思えたことを。

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By 池澤ショーエンバウム直美


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6月9日(土): またまた新顔ロブスター君
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:07| Comment(0) | アメリカライフ