2012年02月29日

そう、花や木の鼓動を感じて

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 4年に一度しかやってこない特別な日が白く覆われました。37日前のあの日よりも、もっと厚く、もっと白く。

 滑って転んだあの雪の日の怪我で装着されたギプスが、あれから初めて降った雪の日に、外されました。コチコチに固まった石膏が、心もとない身には爆音とも聞こえる電動カッターでパクリと割られて、右腕が出てきました。

 竹の中のかぐや姫のように光輝くどころか、何だか情けないほどに萎んで、あちこちに痣を残して、ふにゃふにゃして頼りない右腕でした。すっかり代謝が衰えてしまった手のひらも甲も、5本の指も、白くなった皮膚がポロポロと剥けてきます。

 固い筒の中から躍り出た右腕は、さぞかし解放感の喜びに溢れるだろうと思いきや、不安でますます萎縮して、閉じ込められていたのではなく、実は守られていたことに気づくのでした。そしてサポーターを巻かれ、150日間のリハビリの第一歩を踏み出すこととなりました。
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 待合室のテレビには、京都の山里で暮らすベニシアさんが映っています。音は消されて映像だけが流れています。ベニシアさんの言葉は、画面の下にテロップで表れます。心に響く言葉があっても、今の私はメモを取ることもできませんから、必死に頭と心に刻みつけます。

「花や木の鼓動を感じひとつになることができると、ストレスや不安が消えて溶けていく。単純なことを通じて地球との繋がりで感謝を知る。」

「人は家族の中で成長する。子供として親として、最後には老夫婦として。威厳と知恵と思いやりで生きる親を見れば、子供は成長する。」

「人生の嵐から守ってくれるのも、素晴らしい出来事を生んでくれるのも笑顔。これが美しく生きるヒント。」

 どれもが私自身が感じ、考えてきたことと重なって、裸の腕で世界に向かっていかなければならなくなった寄る辺ない身へのエールになりましたけれど、やはり最も心に刻まれたのはこんな言葉でした。

「Difficulties make you jewel.」
(困難があなたを宝石にする。)

 とは言うものの、「運動器リハビリテーション総合実施計画書」なるものによれば、屈曲度は正常な左手の4分の1、伸展度は3分の1、握力にいたっては100分の1でした!!

 焦らず焦らず、気長に気長に、そう、花や木の鼓動を感じて、、、、、、、
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(2) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月28日

友と葛藤が気づかせてくれた夢

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 先週のあの雨の日、本州のはじっこから会いに来てくれたのは一まわり以上も年下の友。もっともっと若かった頃、演劇をやっていた彼女の公演に何度も足を運び、仲間たちと一緒に何度も小さな旅に出たものでした。

 どうしているかと思いながらも、おたがいあっちこっちへウロウロしている間に、いつのまにやら音沙汰が途絶えてしまいました。ところが、何か月か前に、このブログを見つけた彼女が連絡をくれたのです。それが先週の25年ぶりの再会に繋がりました。

 嬉しくて、なつかしくて、たくさんの思い出をなぞり、空白だった時間を埋めながらワイングラスを重ねていくうちに、「私、雨女なんです。ごめんなさい。」という彼女の力不足だったのか、雨が止み、窓の向こうのオリーブの葉の滴が、光の中できらきらと光り始めました。私たちはその後も場所を移し、長いこと語り合いました

 彼女と会って以来、ずっと私の頭の中をぐるぐる回っていることがあります。
 時にはうっとりし、時には緊張し、時にはひたすら憧れて。

 「薬剤師として病院で働き、安定した暮らしをしていたけれど、いつも踏み込むことのできない限界を感じていました。私生活で転機があったこともあり、思い切って仕事を辞め、1年間予備校に通いました。」

 そんな彼女が踏み出した道は、医大で医師になるための勉強をすることでした。そして6年、必死に勉強した彼女はもうすぐ医師の免許と共に新しい人生のスタートを切ります。48歳の彼女だからこそできる分野で。4月2日から勤務する病院も決まりました。お祝いに杯を重ねたくなるのも当たり前。

 私の中でずっと回っている言葉というのは、彼女のこんな言葉です。

「ナオミさん、新しい何かを学ぶというのはなんて刺激的で、なんて心躍ることだったでしょう。しかも現実社会に出たら向き合わねばならない幾多のことから隔離され、守られていたのですもの。私の前には実際の患者さんがいたわけではありませんから、私はただひたすら勉強をし、知的好奇心を満たしていけばよかったのです。それまで居た世界とは全く違う幸せな別世界でした。最高に贅沢な6年でした。」

 実は私にも、若い時にあきらめた夢があります。勉強したい分野の学問があったのです。夢は休火山となり、とんでもない時に小さな噴火を起こします。昨年のニュージーランド暮らしでも、オークランド大学をウロウロしている間に大噴火がありました(笑)。

 これが18歳以来心に秘めた思いであるならば、もうひとつは、今、この私の年齢だからこそ学びたいものへの思いです。どちらも日本ではほとんど確立されていない分野の学問です。

 若い友のあの言葉を聞いて以来、私は、学生に戻った、あるいは大学院で学ぶ自分の姿を真剣に想像し続けています。実用的には今さら何の役にもたたない知識でも、それだからこそ最高の贅沢だとも言えるでしょう。そして、もしかしたら今こそが「ライトタイム」かもしれません。残り時間は限られているのですから。

 何がしたいのか、どう生きていきたいのか、何が大切で、何なら捨てられるのか、、、、、
 右手の自由を失って日常生活をも満足に送れないこのひと月間の葛藤が、たくさんのことを気づかせてくれました。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:57| Comment(0) | 友人

2012年02月27日

閉じ込められた時 閉じ込められた春

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明るい日差しは春なのに、外へ出てみれば思わず身をすくめる寒さでした。
もうすぐ3月なのに。

友からの朝一番の報告は、
小松菜、京菜、春菊、サニーレタス。

11月に蒔いた種が冬の間に小さな芽を出して、ひたすらじっと冬を越え、まだまだこんなに冷たい空気なのに、葉っぱがだんだん大きくなって、昨日初めて収穫したのだそう。
気温は冬でも、土の中には春が閉じ込められているのでしょう、と語る友が、こんな言葉を続けました。

「季節を食べる、時間を食べる。
自然と共に生きる、時のサイクルを感じて生きる。
そんな喜びは、ほんの数坪からだって。」

娘が親しい友人たちを招いた土曜日のお茶会では、素敵な紅茶の先生が言いました。

「お茶は時間を閉じ込めています。お湯をかけて出てきたエキスを取り、閉じ込められている時間を解き放ち、元に戻すのです。乱暴に時計を進めて行き急いではなりません。時間を待つのです。そうしてゆっくり待ちながら時間と向き合っていると、地球がまわっているのがわかります。ゆっくり感じられるか、すぐに過ぎると思えるか、『まだ』か『もう』かで自分がわかります。不調な時には、すぐに過ぎると感じます。」

いつもなら大賑わいという日曜日の公園は、東京マラソンの交通規制で出控えた人たちが多かったのでしょうか、ガラガラでした。雨こそ降らないものの、どんよりと曇った空の下は、今日のように震える寒さでしたけれど、心通わす人たちが集まれば、憂いですらいつの間にやら優しさと笑い声に変わって、そこだけが春になります。そして、次の約束と、その次の約束と、そのまた次の約束がかわされて、私たちは私たちの時間を、まわる地球の上で一緒に歩いていくのです。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:56| Comment(0) | その他メッセージ

2012年02月26日

意外性のドキドキ

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 目下ちょっとした贅沢中。厚さにして優に2センチ、ページ数にして170ページの本になる前の原稿を毎日少しずつ読み進めているのです。

 目先のことを忘れて、あるいはほったらかして、とにかく最後まで一気に読みふけってしまうものもあれば、「いつか読むんだ!」と意気込んで買ってはみたものの、その「いつか」となかなか巡り合えなくて、横目でちらちら我慢と共に眺めているものもあります。そんな場合、「いつか」は往々にして、飛行機の中や旅先になったりします。

 そして、そのどちらでもなく、毎日のご褒美に、少しずつ読み進めていくものがあります。最初にあげたのはこれです。

 たまたま知人でもあるこの著者の文体と世界観がとても好きで、それを素直に伝えたら、なんと先日、まだ未発表の原稿が届きました。琉球を舞台にした壮大な歴史小説です。世に出る前に読めるなんて、ますますもって贅沢!

 この物語のきっかけは、学生たちと訪れた那覇の書店でたまたま見つけた琉球史の本の立ち読みだったそう。そんな言葉からもわかるように、この方、本業、本名の世界では著名な国際法学者です。

 こうした方々に出会う度に、まさかの意外性にドキドキしてしまいます。ライブハウスでジャズピアノを弾く弁護士さんにも、編み物上手な女医さんにも、モネのようなタッチの絵を描くお巡りさんにも、突然海のダイバーになるお茶の先生にも、、、

 シャネル日本法人社長のリシャール・コラスさんが、昨年11月、4冊目の著作になる短編小説集「旅人は死なない」を刊行なさいました。それだけだって驚くのに、来月には、震災後のボランティア体験を元にした本をフランスで出版するなどと聞けば、いったいどうやって時間を作り、どうやって頭を切り替えるのかを知りたくもなります。いつだったかの新聞にこんな言葉があったのを思い出します。

 「歩きながら、ミーティングしながらメモをとる。書くのは鎌倉の家で、掘りごたつに自分を差し込んで。東京のデスクでは書けない。僕が分けているのは場所だけ。」

 一緒にお仕事をさせていただいた時以来、コラスさんに惚れ続けていますが、またしてもガツーンとやられた感じです。「旅人は死なない」は、本当は一気読みをしたいところを我慢して、機内用の鞄に入れました。

 一気読みも、我慢読みも、ご褒美読みも、みんな贅沢。
 とりわけそこに意外性のドキドキがあるならば。

 http://blog.platies.co.jp/article/33235959.html
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 21:34| Comment(0) | その他メッセージ

2012年02月24日

 アーミッシュの世界に揺さぶられて

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 自動車を所有することも、運転することも、
 電気、ガス、水道をひくことも、
 セントラルヒーティングを使用することも、
 絨毯を部屋いっぱいに敷き詰めることも、
 訴訟をすることも、
 飛行機に乗ることも、
 女性が化粧をしたり髪を切ることも、
 装飾品を身につけることも、
 離婚をすることも、
 写真を撮ることも撮られることも
 そして、
 コンピューターを所有することも。

 これらはみんなアーミッシュの人たちにとって、絶対にしてはいけない禁止項目。
 オルドゥヌンクとよばれる、口から口へと伝えられていく不文律。

 アーミッシュ(AMISH)とは、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパからアメリカへと移住してきたプロテスタントの人たちです。今月のグローバルキッチンはそんな彼らの文化や生活を取り上げてみましたけれど、これまでで一番、問いかけと話し合いがなされ、揺さぶられたテーマだったかもしれません。

 どうして、それほどまでに服従することができるのか、どうしてそれほどまでに自我も個性も捨てることができるのか。どうして外の世界、大きな世界を知らずに生きることができるのか、、、、しかも、彼らは情報社会の我々よりもずっと満たされて、ずっと心穏やかに、ずっと幸せにすら見えるのです。

 一度彼らの世界で暮らしてみたい、でも何日もちこたえられる?
 そんな素朴な「問いかけ」が、私たち全員に投げかけられました。
 仕掛け人の私自身にとっても、それは大きな課題となりました。

 梨園の友が春をかかえてきました。
 百合の最後の蕾が花開きました。
 時はこうして流れていきます。

 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:50| Comment(0) | グローバルキッチン

2012年02月23日

壊れたラジカセがもう一度気づかせてくれたこと

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 安物の割には随分と持ちこたえてくれた私の部屋のラジカセが、さすがにそろそろくたびれてきたようで、最後に入れたCDが取り出せなくなってしまいました。どうしても音楽がほしいものですから、昨日、新しいラジカセをアマゾンで注文しましたけれど、届くまでは中に入ったままのCDを何度もリピートして聞くしかありません。

 何のCDかと言えば、2009年の11月、気まぐれに銀座の山野楽器の店頭ワゴンで買った「Yes We Can! OBAMA CLASSICS」です。先ほどからもう5回も繰り返しまわっていますが、このCD、やっぱり面白い!

 オバマ大統領(もっともこの演説の時にはまだ大統領ではありませんでしたが)の「Yes We Can」の声に続くアトランタ五輪開会式の2004年ボストンでのファンファーレは広大な世界への旅立ちを表すようですし、オバマ氏自身が自らの生い立ちのストーリーを語った演説は実に見事に音楽に乗り、まるで彼の声までが音楽なのです。

 「私の父は留学で渡米してきた人間です。生まれ育ったのはケニアの小さな村です。山羊の世話をしながら成長し、トタン屋根の掘っ立て小屋に住んで学校に通いました。、、、、、、、、」

 何度も聞かざるを得ない状況の中で再確認したことは、オバマさんの話術でした。話力と言ったっていいかもしれません。、決して難しい言葉や表現を使わずに、歯切れ良い語り口と、各所に散りばめられた絶妙な間(ま)、そして、心地よいリズムとイントネーションで意図的に繰り返される言葉たち。聞く者の心を捉える何て巧みな技であり、何て巧みな説得力でしょう。

 ラプソディー・イン・ブルーと組み合わされた、これもまたボストンでの演説の冒頭は秀逸です。3度も繰り返されるフレーズを繋ぐ絶妙な間(ま)で、波のようにうねりながら、オーディエンスを感動へと運んでいきます。

 In the end,,,,,,in the end,,,,,,in the end, that’s what this election is about.
(最後に、、、最後に、、、最後にお話ししたいこと、それはこの選挙の主題についてです。)

 アメリカのパーティーの席でたまたま歴代大統領の話題になった時、誰が一番演説上手だったかを聞いてみたことがあります。そこで皆が異口同音に挙げた名前が、ジョン・F・ケネディーとオバマでした。

 昨年9月のワシントンポスト紙では、オバマ大統領のスピーチライターが演劇の世界へと突如転職してしまったことが大きく報じられていましたが、いくら有能なライターが付いていたところで、肝心なのは本人の表現力です。

 折しもアメリカは次期大統領選で大フィーバー。昨夜一緒に食事をした大学時代の親友に、「ねえ、どうなると思う?」と聞いてみたら、大学で国際政治を教えている彼女が迷うことなく言いました。「そりゃやっぱりオバマじゃない? あんな風に伝えられる人ってほかにいないもの。」

 政治音痴の私にはとんとわからないことですが、CDから流れてくる声は確かに大変魅力的です。

 彼がアメリカ合衆国第44代大統領となった年の数年前、友人の家のディナーパーティで彼と同じテーブルについたことがありました。大きなテーブルのずっと向こうにいる人がまさかプレジデントになるなんて思ってもみませんでしたけれど、あの時もやはり、とびぬけて魅力的な声で、とびぬけて魅力的に語る人でした。

 次期大統領の就任式は来年の1月20日。
 さてさてどうなりますことやら。

 それにしても、新しいラジカセ、早く届かないかしら。でなければ私、ずっとこれ、聞いてないといけない(笑)。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:44| Comment(0) | アメリカライフ

2012年02月21日

「当たり前」が「特別」

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 怪我をしたり、病気をしたりの友人たちと、不便の数々をあげては、相憐れみながら交わす会話の中で、最近一番多いのがこんなことです。

「まあ、辛いことは山山あるけれど、こんなことでもなければわからなかったことがたくさんあるもんですよね。そういう意味ではいい経験をさせてもらってると思います。」

 本当にその通り。
 当たり前だと思っていたことが、全然当たり前ではなくて、
 何てことのない日常生活が、実はとてもありがたいことで、
 自分のからだを意識しないですむ時間というものが、どんなに特別なことで、
 家族や友人の存在が、どんなにたいせつなことかということ。

 ゆっくりと歩む時間の中では、今まで見えなかったことだって見えてきます。
 人情の機微もこれまで以上に感じられるようにもなり、
 自分にとって本当に大切なものがおぼろげにわかるようになりました。
 だから毎日「ありがとう」ばかり呟いています。

 たとえば今朝だってこんなことがありました。
 こちらは火曜日が、瓶や缶や古紙、段ボールの回収日。
 1週間分のたくさんの空き缶と空き瓶を左手だけで分別していると、「お手伝いしましょうか。」と声をかけてくださって、ワンちゃんのリードをしっかりと手首に巻きつけてから隣にすわってくださったのは近所のご婦人。一昨年大病を患って以来、リハビリを兼ねて、毎日愛犬のモモちゃんと一緒にゆっくり、ゆっくりと歩いていらっしゃいます。

 100%あきらめていた今月の「グローバルキッチン」も、毎日たくさんの方に助けられて、今日、最後の会を開催することができました。窓いっぱいに差し込む春の光も嬉しいことでしたし、賑やかな笑い声も、真面目顔での語り合いも、共に作り、共に食べる時間も、本当にうれしいことでした。

 こうして、たとえそれぞれが様々な問題を抱えていようとも、同じ時、同じ場で心豊かな時を共有できたということは、当たり前に予定されていたことのように見えて、実はどんなに特別なことだったでしょうか。

 食卓のバラを新しくさしかえました。と言ったって、これだって今の私にはできないこと。
 ありがとう。
 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:23| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月20日

旅暮らしの面白さ

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 空気はまだ肌に冷たいものの、窓ガラスの向こうの日差しはまるで春のようでです。時に寒さがもどったり、時に冷たい風が吹いたりしながらも、地球はまわりながら動き続けて、季節が変わっていきます。四季がある国に生まれた私たちの喜びです。そして、そんな地球の上の私たちの人生の季節も、まわる地球とともに四季を繰り返しているように思えることがあります。

 乾季と雨季のふたつの季節しかない貿易風の島に暮らしていたことがあります。ここでは思考はもっとシンプルに、人生の季節ももっとシンプルに感じられました。

 一年前の今日、私がいたのはニュージーランドのオークランドでした。サマータイムでしたから時差は4時間。今でしたらさだめし夕方になろうとするところ。気温はもっと高くても、日差しはまるで今日のようでした。私は小さな船に乗って対岸の「デポンポート」という古い町を訪ねました。夕方の今頃はきっと、海岸に沿った通りを歩いている頃でしたでしょう。小さな美しい町でした。そして、不思議なことに、そこは冬の終わりでも春の始まりでもなく、夏が終わり秋になろうとする場所だったのです。

 あの南半球の国では、思考も、人生の時間の感じ方も、春と秋が両方訪れたかのような不思議な感覚でした。そんなことが、旅暮らしの面白さのひとつかもしれません。

 昨日、グローバルキッチンの2回目が、無事に楽しく終了しました。
 陽だまりの中でケーキの台が作られて、昨日もこんなにおいしそうに焼きあがりました。
 ありがとう!
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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:24| Comment(2) | その他メッセージ

2012年02月18日

失われた私の「キッチンセラピー」

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 「料理というのは、手紙のようなものだと思う。がんばってね、ありがとう。そんな気持ちを込めて作った料理は、きっと食べる人の心に届く。」と言うのは、作家の小川糸さん。

 反対に、もしも怒りながら作った料理にはイライラのエネルギーが込められ、悲しい気持ちで作った料理は、食べる人を悲しくさせる。だから、料理を作る時は明るく幸せな心持ちでいたい、と言います。

 ふむふむ、なるほど。
 そう、そうなんです。

 加えて言えば、
 優しい手紙を書けば、書いた方もふんわり優しくなるように、
 ぷんぷん怒りながら料理を作れば、できあがった頃には怒りが発散されて、気持ちがすっきりするように、
 悲しくて泣きながら作る料理がいつのまにやら涙を吸い取ってくれるように、
 「料理を作る時は明るく幸せな心持ち」でなくたって、往々にして、大切な人たちのために料理を作ることが、明るく幸せな心持ちをもたらしてくれるのです。

 これは人呼んで、いえいえ私が勝手に言うところの「キッチンセラピー」、「料理セラピー」というやつです。

 だから私はどんな時にも台所に立ってきました。台所は自分の気持ちを整理したり、浄化したりするには恰好の場所でした。

 悲しいことに今はそれができません。包丁もハサミも使えませんし、牛乳やジュースのパックを開けることもできませんし、両手で鍋を持つこともできません。愛しい人たちのために料理を作ることもできません。私のできることと言ったら、せいぜいレトルトを暖めることか、冷凍食品を解凍することか、買ってきたものを並べること。それだって片手では、袋を切ることも、パッケージを開けることも、瓶の蓋を開けることも、輪ゴムをかけることもできません。何て悲しく、何てふがいないことでしょう。

 そんなふがいない私のために台所で働いてくれる娘たちや友人たちにはどんなに感謝しているかしれませんけれど、早く包丁を握りたい、刻んでちぎって、炒めて煮込んで、焼いて和えて、盛り付けたい、、、、、「おいしい?」と聞いて、「よかった」と胸をなでおろし、ふつふつと平凡な日常の幸せを噛みしめたい、、、、

 などと願いながらも、不便生活の知恵を少しずつ身につけています。少しはお役に立つこともあろうかと、そのうちの少しばかりをご紹介します。

 石鹸が使えません。友が持ってきてくれたネットは片手でモニョモニョするだけで泡がたって、とても助かっています。
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 何とか顔は洗っても、化粧水を瓶から手のひらに取ることができません。娘が小さなスプレー容器を買ってきてくれて、動かせる左手で直接顔にスプレーができるようにしてくれました。とても助かっています。
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 とにかく蓋が開けられません。開けてもらった蓋は閉まってしまわないように、ティッシュペーパーを挟んでいます。見栄えは悪いですけれど、とても助かります。
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 それにしても、私の「キッチンセラピー」はいつになったら始められるのでしょうか(涙)。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:28| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年02月17日

今月初回のグローバルキッチンは「ありがとう」がたくさん!


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 よく晴れた日でした。額縁のような大きなガラス窓から豊かに差し込む光が、ピンクのチューリップの花を開かせてしまって、あわてて日の当たらぬ涼しい一角に移動させたぐらいに。

 今月の「グローバルキッチン」は「アーミッシュの世界」。ほとんど知りもしなかった世界でしたが、昨年の秋、フィラデルフィアに行く途中の豪雨の中、アーミッシュの村を通り抜けた時に出会ったバギーと呼ばれる四輪馬車がきっかけでした。以来、アメリカで取材をしたり、本を読んだりしながら、「アーミッシュ」と呼ばれる人たちの生活への関心が深まっていきました。

 アーミッシュとは、18世紀から19世紀にかけてアメリカへ移住してきたプロテスタントの教派の人たちです。最初の移住はペンシルベニア州でした。一般社会との接触を可能な限り避け、伝道活動はしませんが、入ってくる人を拒むこともしません。

 車も、電気も、ガスも、水道も使わぬ彼らの生活と、ゲラッセンハイトと呼ばれる哲学については、またあらためて書いてみたいと思いますが、まずは本日のメインテーマのお料理から。

 アーミッシュの料理は、基本的にはヨーロッパの伝統料理に新天地での食材をアレンジし、婦人たちのおしゃべりを通じて広まり、母から娘へと受け継がれていったものと言われています。

 面白いのはそのクックブックです。416頁にもわたる千種類以上もの料理が全て、○○州▽▽の誰それというレシピ提供者の名前が付記されているのです。さらに興味深いことには、冷蔵庫というものを持たぬ彼らが、このクックブックに記す「魚」のページは、たった2頁、料理はたった4種類。しかも、そのうち2種類は缶詰のツナを使ったものですし、もうひとつは缶詰の鮭を使ったもの、残るひとつがようやく生鱈を使う料理です。

 かくかくしかじか、面白いことがたくさん見つかりました。食文化というのはつくづく面白いモノ。そんな中で組み立てたコースはこれ。

 ■暖かい前菜〜スキャロップトコーン (コーンのスフレのような、、、、)
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 ■冷たい前菜〜フィッシュログ (ツナとクリームチーズのテリーヌのような、、、、)
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 ■スープ〜ベジタブルチャウダー (ジャガイモたっぷりのチャウダー、、、、)
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 ■サラダ〜ビーツとプルーンのサラダ (まさかの組み合わせ、、、、)
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 ■メインディッシュ〜オートミール入りミートローフ (ふんわりやわらか、、、、)
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 ■フルーツコブラー〜三種類のベリーの焼き菓子(ブルーベルーとラズベリーとストロベリー、、、、)
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 ありがたいことです。絶対無理だと思っていたのが、皆さんのヘルプのおかげでできました。そして、皆さんからたくさんの元気をいただきました。

 開いたチューリップが、冷たい暗闇で、広がった花弁をきゅっとしめてくれました。まだまだしばらくは持ちそうです。これもまたありがたいこと。ふうっ〜と深呼吸をしてみれば、ほかにもありがたいことがたくさん。

 ありがとう!
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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:51| Comment(2) | グローバルキッチン

2012年02月16日

鳥たちとの時間

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 私の家の小さな庭には、いろいろな鳥がやってきます。一日中うすら寒くどんよりと曇っていた今日もオナガが遊びにきました。随分長い間、桜の枝の上で羽を休めていた後に、アンテナの上に飛び移り、しばらく地上世界を観察していました。

 次にやってきたのは春告げ鳥の鶯です。この小さな愛らしい鳥は、オナガよりはだいぶ臆病らしく、窓ガラスのこちら側で私がカメラをごそごそしている気配を感じたのか、レンズを向けると同時に桜の小枝から飛び立ってしまいました。

 アメリカ、マサチューセッツ州の田舎町で1830年に生まれ、その55年の生涯を結婚をすることもなく、ほとんど町から出ることもなく生きた「エミリー・ディキンソン」という詩人がいます。生前はほとんど無名だったのに、今ではアメリカが生んだ最高の女性詩人とまで言われています。

 時に理屈っぽくも思える彼女の詩の全てが好きなわけではありませんが、いくつかの詩、とりわけ自然をうたった詩は好きです。そして、今日のように静かに鳥たちを眺める時には、いつも呟きたくなる詩があります。

If I shoudn’t be alive
When the Robins come,
Give the one in Red Caravat,
A memorial Crumb

If I couldn’t thank you,
Being fast asleep,
You will know I’m trying
With my Granite lip!

(わたしがもう生きていなかったら
駒鳥たちがやって来た時
やってよね、赤いネクタイの子に、
形見のパン屑を。

深い眠りにおちいって、
わたしがありがとうをいえなくっても、
分かるわね、いおうとしているんだと
御影石の唇で!)  〈亀井俊介編〉

 霞むような、という言葉がぴったりのマサチューセッツの美しい春、私たちはアマーストのエミリー・ディキンソンの生家を訪れました。そこで、2時間にわたって、彼女の生涯と作品に関する大変真面目な講義を受けた翌日、彼女が学んだ名門女子大学、マウント・ホリヨーク大学での会議に臨みました。
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 もしもその順序が逆だったら、あの荘厳な大学は、ただの古く美しい大学だったかもしれません。けれどもエミリーを少しでも知った後に歩くキャンパスは、私にとっては特別なものになりました。

 そこでは、あちらこちらでリスが遊び、梢から鳥たちの歌が聞こえました。赤いネクタイを締めた駒鳥にだって会うことができました。そして、あそこでも、あの霞む春に、私はあの詩を呟いていたような気がします。
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If I shouldn’t be alive
When the Robins come,
Give the one in Red Caravat,
A memorial Crumb

 今日も一日中、友に助けられて、まさか開催できるとは思えなかった明日のグローバルキッチンの準備を終えることができました。今月のテーマは「アーミッシュの世界」です。
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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:07| Comment(0) | アメリカライフ

2012年02月15日

戻ってきた感動〜ハレアカラ火山

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 長女に生まれたせいもあって、どこかで、「ここで私が弱音を吐いたらいけない」とか、「家族のために頑張らなきゃ」などという意識が心の底にあったようで、すっかり甘え下手に育ってしまいました。「こんなことお願いしたら申し訳ない」と、なかなか人様に甘えることができません。可愛げないことは十分承知の上なのですが(笑)。

 でも、今度ばかりは、なるべく素直に家族や友人たちに甘えることにしました。その結果、しょっちゅう誰かしらが連絡をしてきてくれて、「近くまで行くから洗い物やってあげる。ついでに何か買っていくものない?」とか、「頼まれた品が手に入ったから持っていきます。」とか、「おいしい肉じゃがを作ったから」と鍋ごと運んでくれたりしてくれるようになりました。小学校の遠足以来リュックサックに縁のなかった私が、手に持てないものを背中で運ぶようになったのも、友が貸してくれたリュックサックのおかげです。

 
 
 定期便で顔を出してくれる友は、ためておいた「できないこと」を次から次へと手際よく片付けてくれます。今日ももう少ししたら「災害時避難用持ち出しセット」と、切れてしまったプリンターのインクを届けに来てくれて、ついでに私のPCのメモリーを外付けのハードディスクに移していってくれる友が来ます。

 昨日、「今から行っていい?」と飛んできた友は、手を通さずに頭からすぽっとかぶれるマルチマジックマフラーなる便利なものを持ってきてくれました。ついでにおしゃべりを楽しんだかと思えば、彼女の恋愛相談に乗ったりして(笑)。
 
 「ねえねえ、ハワイの写真見せて」と言われて、調子に乗ってPCでスライドショーを始めたら、忘れていたいろいろな光景と思い出が戻ってきました。感動してしまうシーンがいくつもあります。たとえば、マウイ島のハレアカラ火山での写真。

 「ハレアカラは火口の底に大小11個の火口丘を持つ火山です。高さは3千メートルと、富士山より776メートルしか低くないこの山に、驚いたことにてっぺんまで、完璧に舗装道路が続いています。ハレアカラとはハワイ語で『太陽の家』という意味。午前3時に出て朝日を眺めるか、午後4時に出て夕日を眺めるか、、、、私たちは当然、夕日という楽な方を選びました。」

 「どんな言葉でも語ることはできないほどの、壮大な地球のパノラマ。厚い雲海が色づき始め、雲の合間から眩しい光が射し出でて、白い雲を茜色に染めていき、沈む太陽は、最後の一射しまでをも惜しげもなく、神々しいほどの神聖さで私たちに投げかけて、、、、、

 地球が動いていること、私たちと同じように動き呼吸をしているとことを圧倒的な威力で見せつけて、そこに寒さで震えながら立つ者たちの無力さをいやというほど感じさせて、
半時間のページェントが幕を閉じました。」(2011年6月のブログより)

 そうか、私たちが住んでいる地球はこんなに美しくて、こんなにすごいものだったんだ、、、と、ついつい目先、いえ手先のことにばかりとらわれてばかりいた最近の日常の視界が、すーっと広がっていくような気がしました。

 元通りのからだに戻ったら、もう一度この山の上に立って、まわる地球と、その上で営まれる無数の生命のワンダーを、心とからだいっぱいに感じたい!!

 そんな思いになれたのも、たぶん素直に甘えることができるようになったから。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:35| Comment(2) | その他メッセージ

2012年02月14日

Happy Valentine’s Day!

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 今にも雨が降り出しそうなどんよりとした空模様。こんな日は気分もどことなく沈みがち。そんな今年のバレンタインデーです。特に今年は人混みが立ち入り禁止ゾーンになってしまいましたので、チョコレート売り場の華やぎとも無縁です。それにもう、そんな「イベント」が少々気恥ずかしい年にもなりましたし、ある特定の場所に通勤していた時と違って、ご挨拶代わりのいわゆる「義理チョコ」の必要もなくなりました。

 そんな私ですが、夫にだけは毎年、アレにしようか、これにしようかと、迷って選んだチョコレートを渡します。と言っても、今年は非常事態ですので手抜きです(笑)。ネスプレッソというスイスのコーヒーカプセルをたくさん注文したら、期間限定のバレンタインギフトが付いてきました。実はここのチョコレートがなかなかおいしいのです。というわけで、今年はこれ。

 毎年この日に消費されるチョコレートが、年間消費量の2割とも4分の1とも言われる私たちのバレンタインデーですが、左手で遊んでいたら、日本チョコレート協会の「バレンタインデーシーズン販売額(推定)」なる統計に遭遇しました。これによれば、1981年は300億円の売り上げだったのが、多少増えたり減ったりはしながらも、概ねなだらかな上昇曲線を描いて、2005年には530億円になりました。と言ったって、物価も変化しているわけですから、数字にきわめて弱い私はこの統計をどう読んだらいいのかはわかりません。

 けれども、ひとつ気づいたことがあります。25年間で一番販売額の少なかった年は、1995年、阪神大震災の年でした。あの悲劇が起きたのが1月17日であったことを思えば十分に納得ができます。今年はいったいどうなのでしょう。

 最近では日本でも「友チョコ」なる言葉を耳にするようになりましたが、もともとこの日は、女性から男性ばかりでなく、男性から女性、男性同士、女性同士、つまり360度で愛情や友情を伝え合う日です。

 夫と出会って初めてのバレンタインデーを思い出します。張り切って手作りチョコを用意して、渡すタイミングをうかがっていたら、「Happy Valentine’s Day!」とプレゼントを渡されて、完全に先手を取られてしまいました。以来、私たちはこの日も記念日に加えて、お気に入りのレストランや、行ってみたかったレストランを予約するようにしています。

 「バレンタインデー」とは、何も女性が男性に思いを伝える「告白の日」に限ったわけではなく、「あなたは私にとってたいせつな人」という気持ちを素直に伝える「表現の日」と考えれば、この一年に一度の特別な日は、たとえこんなどんよりとした空模様だろうと、優しく輝き始めます。

 ちなみに、「夫婦力を磨く」と題するつい先日の新聞記事によれば、夫婦の間で一番大切なことは、「ありがとう・ごめんなさい・愛してる」という3つの言葉だそうです。これはつまり「表現の力」。そして、この表現力は、なにも夫婦に限ったことではなく、親子でも、友人同士でも、とても大切なことのはず。

 とはいえ、「I love you!」のように、「愛してる!」「大好き!」と言えないのは、良くも悪くも私たちの文化と言語です。ならば、せめてバレンタインに勢いを借りて、今日ぐらいは感謝をこめて表現しちゃいませんか?

 話は180度変わりますが、おかげさまで手術をしなくてもよいことになりました。昨日、ギプスを物凄い音のする電気鋸のようなもので切り開くという「恐怖の初体験」をした後で、衰えてしまった筋肉に合わせて新たなギプスを付けました。同時にリハビリも開始しました。目下、おっかなびっくりイチニ、イチニとやってます。

 こんな姿のバレンタインデーはこれが初めてで、これが最後。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:09| Comment(2) | 暮らしの知恵

2012年02月13日

私のスローライフ

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 朝目覚めた時から私のスローライフが始まります。ぬくぬくと心地よいお布団の中でからだを伸ばそうとして、自分の右腕を思い出します。そして、新しい一日にすることをゆっくりと考えます。たくさんのことができなくなってから、たくさんのことをしないことが快適になってきました。これがもしかしたら、友人たちが言うあの言葉なのでしょうか。

「ナオミさん、これまで忙しすぎたから、きっと神様が『少しお休みしなさい』と言っているんですよ。」

 初めのうちは、できなくなったこと、諦めねばならなくなったことを数えては、そんな言葉がかえって辛く聞こえたこともありましたけれど、たくさんのことをしないことが快適になっていくのにつれて、ありがたく受け入れられるようになりました。

 左手で、ゆっくりと着替えをし、ゆっくりと脱いだものをかたづけ、ゆっくりとベッドを直し、ゆっくりと顔を洗い、ゆっくりと化粧水をつけ、ゆっくりとコーヒーを入れます。そして、その後に続くすべてのことがゆっくりと進められていきます。

 そうしているうちに、思考もゆっくりになっていき、以前だったら気になっていたようなこともあまり気にならなくなってきました。もちろん情けなさとはいまだに共存していますけれど、不思議なもので、「できないものはできない」と、いったん潔くきらめてしまえば、忙しくしていた時よりもイライラしたり、せかせか焦ったりすることが少なくなりました。

 こんな日々の中では、ちょっとペースを上げて頑張ってしまうと、ひどく疲れます。

 同じ日に足を骨折した友から、折しも昨夜、こんなメールが届きました。足をついてはいけない暮らしをしている友は、「仕事はあまり動かなければ行ってもよいが、雨や雪の日はだめ」とお医者様に言われ、先週半ばから午前中だけ近くの職場に出勤を始めました。

 「午前中だけでも疲れてしまい、一日仕事はまだ無理だなと思いました。どうしてもやらなければいけない事だけして帰ってきています。あとはいつ手術になっても構わないように身辺整理でもぼちぼちしておこうかなと思っています。ナオミさんも、いろいろあるかと思いますが、あまり無理しないでくださいね。

 からだは、悪いところを、からだ全体で一生懸命治そうとしているそうです。だからとても疲れるのだそうです。今まで以上に疲労感があると思いますが、当たり前なので、焦らないでゆっくり休みましょう。

 けなげに頑張っている左手さんも、必要以上に動かすと腱鞘炎になってしまいもっと大変ですので気をつけてくださいね。私は、両手が動かせるので、ひたすら編み物していたのですが、両手が疲れてしまい松葉杖をつけなくなるといけないと思い、ひかえることにしました。毎日、松葉杖を頼りに、ゆっくりゆっくり、よちよちと歩いてます。」

 本当にその通り。昨夜あんなに疲れてしまって、もうPCすら開ける気力もなくソファーに崩れこんでしまったのも、良き友や家族に助けられながらとはいえ、ちょっと頑張りすぎてしまったからなのでしょう。いつもなら何でもないことなのに、確かに、「からだは、悪いところを、からだ全体で一生懸命治そうとしている」ようです。

 それでも、本当にいい会ができました。私自身は一切手を出さずに、口だけでアレコレ言うという前代未聞の試みでしたが、前菜からデザートまで8品ものギリシャ料理を皆様に召し上がっていただくことができました。そして正直に白状すれば、ミチヨさんと娘が私の手となって作ってくれたムサカも、牛肉とペコロスのシチューも、豆のトマト煮も、私が作る以上においしくできたのです。スパナコピタという、ほうれん草と山羊のチーズのパイに至っては、これまで何十回と作ってきたどれよりも美しくできました。
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 プレゼンも無事終わりましたし、今回の会の発起人でもあるギリシャ政府の友が選んで運んでくれたギリシャワインの美味なるテイストに誘われて、食事とおしゃべりの饗宴は、外が暗くなるまで続きました。
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 さあ、今日はまたスローライフに戻ります。
 ゆっくり、ゆっくり、なんでもゆっくり。
 動くことも、考えることも。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:17| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月11日

Yes We Can? Yes We Can!

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 まさか雪が降って、まさか凍りついた地面で転倒して、まさかこれほどひどい骨折をするなんて思ってもいませんでしたから、渡米を控えた2月にはいろいろなことを詰め込んでいました。それでも何とかできることもありますし、どう考えたってできるはずのないこともあります。

 できるはずのないこととは、「グローバルキッチン」のように、どうしたって両手が必要なものです。最初の難関はどんどんと近づいてきます。心配して飛んできてくれた信頼する2人の片腕に、「ここはもう迷惑をかけるのは百も承知の上で、頭を下げて中止させていただくしかない。」と告げると、いつもは奥ゆかしい二人がそろって、「大丈夫、できます!私たちが前日から手伝いますから予定通りやりましょう!ナオミさんは口だけ出してください。私たちが手を出しますから。」と力強い言葉。

 「そんなこと言ったって本当にできるのかしら」と不安でいっぱいな中での最初の難関は、明日の日曜日の「地中海ダイエット研究会」キックオフ記念会です。プレゼンに加えて、ギリシャ料理のフルコースを準備しなくてはなりません。お集まりになる方々は、各界ご重鎮の皆様。両手両足をフルに使えたって緊張しますのに、こんな不自由な身では身が縮むというものです。ところが、、、、、、

 本当に次から次へと助っ人が登場してくれたのです。運転をしてくれて、何か所もの買い物を手伝ってくれて、掃除をしてくれて、料理をしてくれて、洗い物をしてくれて、重い物を運んでくれて、段ボールをしばってくれて、花をみごとに生けてくれて、届いたワイングラスに貼りついたラベルを丁寧に取ってくれて、プレゼンのためのプロジェクターとPCの設置を済ませてくれて、、、最後に出前の釜めしで遅い夕食のテーブルを囲んだのは、男が3人、女が3人。そんな夕食の何て暖かく、何ておいしかったこと!、

 そして気づけば、いつの間にやら、「Yes We Can?」が「Yes We Can!」に変わっていたのでした。みんな、素晴らしいチームワークと、優しさと、労働を本当にありがとう。明日はきっといい日になるよ、Yes We Can!
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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | 日記

2012年02月10日

そんなものです、愛情なんて

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 先日登場した「ぶっとびエミさん」は、ポンポンと小気味良い言葉の羅列の中に、時折とてもしおらしい部分が表れて、それがまた可愛らしいのです。例えばこんな言葉。

 「いつも思うのだけれど、まぁ、子供や孫になにかあるより、私に何かあるほうが幸せ!」

 もちろんこれは、彼女流、私への励ましメッセージです。「たしかにそう」と、家族や友人たちの顔をひとりひとり思い浮かべては、うなづいています。仕事に、子育てに忙しい娘たちは、もしも突然右手が使えなくなったらどんなに困るでしょう。夫だって息子だって仕事に支障が出るでしょう。孫ならば、自分の状況を理解することも難しいでしょう。美容師のリサさんはどうやってハサミを使い、書家のキミエさんはどうやって筆を握り、レーサーのオダさんはどうやって車を走らせたらいいのでしょう。

 エミの言うように、大切な人たちが痛くはないか、困ってはいないか、落胆してはいないか、と想像を膨らませる辛さよりは、それが自分である方がよっぽど気楽で幸せです。

 ただひとつ悲しいことがあるとしたら、こんな私では、彼らが必要とする時に、守ってあげることも、手助けをしてやることもできないことです。

 ですから、毎朝、私は祈ります。

 「どうか大切な人たちをお守りください。
  そして大切な人たちを守ることができるように、この私の心とからだをお守りください。」

 でもきっと今だって、もし何かがあれば、私は自分の状況のことなどすっかり忘れて、迫りくるモノの前に両手を広げて立ちはだかって、愛する人たちを守ろうとしてしまうのでしょう。そんなものです、愛情なんて。

 お花が届いて、部屋のあちこちが春になりました。
 出かけてみれば、いつもの並木道だって、どこかに春が隠れているようです。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:50| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年02月09日

美しい朝と、晴れやかな昼と、おごそかな夜

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 何て美しい朝だったでしょう。私の部屋にすら光が影を織りなして。
 何て晴れやかな昼だったでしょう。高い空は眩しく輝いて。
 何ておごそかな夜だったでしょう。昇る大きな赤い月が下界を照らして。

 最近心打たれた言葉の2つ、いえ、2人の言葉。

 ひとりは89歳になったばかりの詩人で墨彩画家の加島祥造さん。信州・伊那谷に独居しています。

 
 「いつものように独り茶をして、まず玉露を淹れ、つぎに抹茶をのんでから目を外に向ける。(中略) 車とテレビと新聞はないし、耳が遠くなったので電話とラジオは役に立たない。コンピューターも使えない。このように言うと、まるでダルマみたいにただ坐って日々を過ごしているかのようですが、そうではないのです。補聴器で人と話せますし、読みたい書物は十分にあるし、今年からは電子書籍用のキンドルやアイパッドも使う。(中略) 文章を書くことや墨彩画を描くことは、一日に二、三時間しか続きません。朝食前の独り茶に一時間ほど坐る。来客に接する、午後の昼寝や夜の風呂までを加えると、忙しいと言えるほど一日が早く過ぎる。」 (「本の窓」2月号)

 もうひとりは93歳の日本画家、堀文子さん。69歳でイタリアの古都アレッツォ郊外にアトリエを構え、80歳を過ぎてからペルーやヒマラヤ山麓に取材に出かけています。

 「ヒマラヤの山麓に咲くブルーポピーを、どうしてもこの目で見たかったのです。もしもやりたいことがあるのなら、自分の力ですることです。人に相談してはいけません。『また今度』と言うと、二度とチャンスは来ないのです。私はやりたかった大抵のことはしましたので、悔いはありません。」

 「最近、『ニュートン』『ナショナルジオグラフィック』といった雑誌を読みふけっています。原子力発電に変わる新しいエネルギーの問題、アフリカの先住民の話題など、すべてが面白いのです。(中略) 自分が目減りしないように、ちょっとでもマンネリにならないようにと、常に驚いて不安で仕方のない人生を送ろうと心がけてきました。」 (「朝日新聞」1月27日)

 一見正反対にも見える加島さんと堀さんの生き方は、美しい朝と、晴れやかな昼と、おごそかな夜のどれもが素敵なように、、、、、、、素敵です。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:43| Comment(0) | エイジング

2012年02月08日

最高の人生をあなたと

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 ジャパンタイムズ紙の100点満点に近い映画評に惹かれて、4日の封切り日に駆けつけた映画は「最高の人生をあなたと」。さぞや混んでいるだろうと思ったのに、なんとガラガラです。

 解説によれば、「どのように年齢を重ねるのが最高の生き方なのかーーー高齢化が進む先進諸国に共通するこの命題を、本作はユーモアを交えながら軽快に紡ぎだします。そこには、年齢に逆らう(アンチ・エイジング)ではなく、年齢とともにしなやかに生きる(ウィズ・エイジング)効用が謳いあげられています。」

 中味は、老いを受け入れて生き方をそれらしく変えるべきだという60歳間近の妻メアリーと、「僕は変わりたくない。仕事をしたい。」と反抗する建築家の夫アダムとの物語。

 まあ確かに、若い世代には興味がないテーマでしょう。では、当事者世代には?

 面白いと言えば面白い、でも、正直、100点満点ではないなあ、と、言ったところでしょうか。根本にある葛藤が普遍的なものであるだけに、かえってシチュエーションの違いが気になって共感に繋がらなくなってしまうのです。

 それでも、同世代の人には、全く日本人らしくない表現方法を取る夫婦のあり方を見るだけでも、一見の価値はあるかもしれません。

 いくつかのシーンはとても印象的です。たとえば、医者に運動をしろと言われてプールでアクアビクスのクラスに加わるものの、ぴちぴちした若い女性たちの中で憮然とするメアリー。
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 鏡の前で老眼鏡をかけたり外したりしながらマスカラをつける彼女には、思わずわが身を重ね合わせてしまいますし、迷いの中でどうしてよいかわからずに呆然と頬杖をつくアダムは抱きしめたくなります。
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 そして、溝が深まった二人が、同じバスタブの中で向かい合うように体を伸ばし、目を閉じて湯につかる場面は素敵です。それは長い間、喜怒哀楽を分かち合ってきた者だけが持つことのできる時間です。

 最後はもちろんハッピーエンドです。だからこそ「最高の人生をあなたと」などと言うタイトルになるのでしょうが、私はどちらかと言えば、原題の「LATE BLOOMERS」(遅咲きの花)の方が好き。

 ちなみに、メアリーを演じるのは、大女優イングリッド・バーグマンとイタリア人のロベルト・ロッセリーニ監督の娘である、美女の誉れ高きイザベラ・ロッセリーニですし、アダムは「蜘蛛女のキス」でアカデミー賞主演男優賞に輝いたウィリアム・ハートです。

 なのに初日はガラガラ。

 ところで、松葉杖を電車の中に忘れて下りてしまった人の話を聞いたことがありますけれど、私、目下、愛用の三角巾が行方不明です。家のどこかにあるはずなのですけれど。仕方なく、スカーフを縛ってみたら、これがなかなか行けるのです。スカーフならば色とりどりのより取り見取り。しばらくは、三角巾でお洒落をします(笑)。
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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:19| Comment(2) | エイジング

2012年02月07日

よかった、よかった、ちょっと痛くて、不自由なだけ。

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 嬉しいことに、自慢したいぐらいに素敵な友人たちがたくさんいます。私の側の友人だったり、もともとは夫の側だったのがいつのまにやらこちら側の友にもなっていたり、夫婦づきあいだったり、家族づきあいだったり。

 そんな中でもぶっ飛んでいるのは、やはりハギとエミのカップルでしょうか。ポンポンと弾丸のように言葉が飛び出す、めっぽう威勢が良くて、めっぽうチャーミングなエミと、どこか私のポナペ島の父を彷彿とさせる南方系のイケメン、ハギ。二人の年の差はなんと23歳。

 もともとは男同士が友人でした。1968年、かなり初期の日本人留学生としてハギが太平洋を渡った先は、夫が現在席を置くアメリカのロースクールでした。二人ともいわゆる国際弁護士でもありますし、ハギが日本の大学の授業でテキストに使うのが夫の本だったりもして、男どもは男どもでしっかり繋がっているのです。

 とはいえ、女同志だって負けてはいません。真剣な話もバカ話もたくさん。男たちには内緒の話もたくさん。たとえば、ついこの間だってこんな具合。ほんと、素敵にぶっ飛んでるんです。

「今日は朝から、恵方巻きを作り、夫に朝ごはんとして食べさせ、出かける前に豆まきをして、年の数だけ袋に入れ、夫に事務所で食べるようにもたせました。
毎年やっているのに、夫ときたら『鬼は外、福は内』と言いながら、『鬼は外』で家の中に豆を撒き、『福は内』で外に豆を撒く全くのおばか。。
やり直させたら、今度はドアを閉めて『福は内』。。
恵方まきは、食べながらぼろぼろこぼすし。。
気がついたら、新年早々、怒ってばかり。。
これじゃあ、福がくるはずもない、と自分ツッコミをしていました(笑)。。」

 夕食に招かれて、「今ね、料理ができないじゃない。だから途中で何か買っていこうと思うのだけれど、デザートとお花とどっちがいい?」と聞いたら、帰ってきた答たるや、

 「花より、圧倒的に団子!!花は、散るから苦手なの。。」
 
 そんなエミとハギは、もうしばらくしたら日本を離れます。アメリカでパイロットをしていたエミが、免許更新のために2日ほどロサンゼルスの学校に入ったあとに、筆記試験に臨まなければならないのです。ハギも一緒に行き、その後は二人でハワイ島の家でしばらく暮らすとのこと。実はこの二人、「全くのおばか」などと言いながら、ほのぼのとした愛情が表れていて、とても仲が良いのです。そんなところも大好きなところのひとつ。

 エミが私の骨折を知ってまず言ったこと。

 「盗まれても、物なら代わりはいくらでもある!!怪我は、日数さえたてば治る!!
よかった、よかった。ちょっと痛くて、不自由なだけよ!!!」

 こんな「ぶっ飛びエミ」にいつも楽しく救われています(笑)。

 雨上がりの夕方、空は明るく輝き、梅の花はほころび、ヒヤシンスはうっとりするような春の香を運びます。

 よかった、よかった、ちょっと痛くて、不自由なだけ。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:13| Comment(0) | 友人

2012年02月06日

なんとありがたいこと〜雨の日に地球を歩く

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 怪我以来、定期便で毎朝電話をかけてくれる友が今朝まず言ったことは、

 「今日は雨が降る。明日も雨が降る。」

 いつもなら「ふうん、そうなの」ですむ言葉なのに、ちょっと動揺しました。電話を切ってまず最初にしたことは、我が家の傘立てを確かめることです。だって今日はお医者様に行く日でしたし、明日の午前中はまた2時間の講義があるからです。

 案の定、探していたものはありませんでした。傘というものは、なぜにエイヤっとばかりにいいものを買うと電車の中に忘れてきたり、デパートのトイレに置いて来たりするのでしょうか。いつの頃からか「傘は天下のまわりもの」と考えることにして、潔く後を振り返らないことにしましたが、それにしてもひどすぎます。傘立てに鎮座しているのは、コンビニで買ってはいつの間にやら増殖してしまったビニール傘ばかり。中には一見立派に見える傘があっても、ワンタッチでは開けません。

 気が付きませんでした、傘ですら開けない身だったなんて。
 だって、あの日からこのかた、雨が降ったことなんて一度もなかったのですもの。
雨が降り出す前に、まずは大急ぎ、片手で開ける傘を買いに行きました。
 ついでに、背負うことのできるバッグも探してみましたが、近場では見つけられませんでした。

 新しく買ったワンタッチの傘が子供みたいに嬉しくて、広げた傘の下で大地を踏みしめ歩いてみれば、病院通いだって何だかウキウキしてきます。あれ以来、私は「歩く」ということを随分と意識するようになりました。もう二度と滑らないように、しっかりと歩いています。そしてそれは時として、大地のもっと先にある地球を感じさせます。こんなことが起きなければ知らずにいた感覚かもしれません。なんとありがたいことでしょう。

 医院の待合室で隣に座ったのは、きちんと背広にネクタイを締めた50代ぐらいの男性。左足が靴も靴下も履いていません。しばらくたって診察室から出てきた時はぐるぐる巻きの包帯で松葉杖に支えられていました。

 外は雨。慣れぬ松葉杖で表に出た男性が、ものの1分もしないうちに戻ってきて、

 「駄目です。すみませんが車を呼んでください。」

 私はと言えば、そっとコートに手を通し、三角巾を頭からかぶって、右腕を通し、鞄を左肩にかけて、おニューの傘をポンと開いて、地球の上を踏みしめながら歩いて行ったのでした。なんとありがたいことでしょうか。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:33| Comment(2) | 不覚の骨折顛末記