2011年12月31日

皆さま、ありがとうございました。

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 いよいよ2011年最後のブログとなりました。本当にいろいろなことのあった年でした。ニュージーランドでは、クライストチャーチに入る前日に地震が起こりました。私たちが滞在するはずだったホテルは大きな被害を受けました。

 日本に戻ってくれば今度は1週間後にあの日が来ました。私ごときが愚痴を言っていいものかと思う気持ちから、あまり人にも言いませんでしたが、あの後、アメリカで始まった左腕から指先までの痺れは結局半年近く続きました。検査をしても原因はわかりませんでした。秋には突然正座ができなくなりました。レントゲンを撮っても悪いところは見つかりませんでした。たぶんそれらは「共感症」と呼ばれるものかもしれないと、つい先日、医者の友人から聞きました。同じように、あれ以来、被災者でなくとも、いろいろな原因不明の症状に悩まされている人たちがいるのだそうです。私たちの心というのは、自分自身が思っている以上にヤワなのです。

 被災者の人たちの悲しみを思うにつけ、自分がこんなことをしていていいのだろうか、という自責にも似た気持ちに苦しめられました。楽しい、嬉しい、そう感じることさえためらわれた時もありました。それなのに、気づけばもうほとんど忘れかけて、平気で日常生活を送っている自分にまた腹を立てました。

 誰にとってもつらかった2011年がいよいよ終わろうとしています。
 今日、春に咲く花々が、もうこんな蕾をつけて準備を始めているのを見つけました。
 春はまたやってきます。

 皆様どうぞ良いお年をお迎えください。
 私たちの2012年がたくさんの希望の光にあふれますように。

 この1年の皆様の暖かいお気持ちと励ましに、心から感謝を申し上げます。皆様のおかげでここまで歩いてくることができました。ありがとうございました。

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12月26日(月):我が家の今年の持ち寄りクリスマス
12月28日(水):遅れた報告〜我が家の持ち寄りクリスマス
12月29日(木):みんなで飾ったスペシャルなクリスマスケーキ
12月30日(金):ビルボード東京のクリスマスプレート
12月31日(土):バークハイアットのアフタヌーンティー
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2011年12月30日

おうちに帰ろう

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 年の瀬から新しい年に向かうこの時期の、この感覚は、やはりとても特別なものです。それは、節分や雛祭り、お花見、端午の節句、お盆やお月見など、この美しい四季の国に生まれた私たちが伝承してきたどれよりも、濃密な「家族の思い出」を宿しているように
思えます。

 もう何十年もたったいうのに、私はまだ少女時代のこの時期に戻ることができます。板張りの台所に並んで立つ割烹着の祖母と母の後姿を思い出すことができます。父は女たちの手の届かない所を掃除し、つき立てのお餅が届けば、その長四角の白い板のような餅を新聞紙の上に載せて、細心の注意を払って同じ大きさに切っていきます。几帳面だった父は、大工道具の箱から90度に折れた「差金」を出してきては、しるしをつけてから包丁を入れるのが常でした。父の真剣な顔は、今でもはっきりと描くことができます。そして、そんな父の手元をドキドキしながら見つめる私と妹の姿すら、まるで昨日のことのように思い出すことができます。

 おおかたの家庭がそうであったように、我が家もまた、正月は家族がたくさんの時間を一緒に過ごす特別な時であり、その前の数日は、その特別な時のために家族全員が心をひとつにして働く時でした。そんな協働作業を父母も祖母も私たちも、まるでお祭のように楽しんでいました。本当のお祭りはその後に来るのにもかかわらず。

 祖母が亡くなり、私たち姉妹も成長し、元旦だろうが店も開くようになり、年の瀬の高揚感は幾分薄れはしても、お正月はやはり家族が集まる場でした。

 それは結婚し、子供ができても同じでした。たとえ困難な中にいても、お正月はやはり家族が集まる場であり続けました。父が亡くなり、母が亡くなり、人数も編成も変わりましたが、今もまだ、家族が集う場であることに変わりはありません。

 つい先日の新聞の何気ない記事に、胸の中がじ〜んと熱くなって涙がこぼれそうになったのも、そんな背景があったからでしょう。

 震災で自宅が流され、気仙沼の仮設住宅で暮らす高校生の国淋さんと、その家族の話です。国淋さんの母、明紅さんは中国人。南三陸町の水産加工工場に出稼ぎに来ていました。そこで町職員だった17歳年上の日本人男性、康一さんと結婚したのを機に、国淋さんも13歳の時に初めて日本の土を踏みました。言葉の問題もあって、義理の父親との間には距離がありました。

 ここからは、新聞記事のままに書かせていただきます。

 3月11日は気仙沼近くのカラオケボックスにいた。防災無線に追われるように高台にある高校に逃げ、たき火に当たりながら校庭で夜を明かした。母は日本語が不得手で、康一さんはがんを患っている。離れてしまった両親のことが心配で眠れなかった。

 3日目の朝、康一さんが知人に借りた軽トラックで高校に迎えに来たとき、国淋さんは「お父ちゃん」と思わず叫んで飛び出した。泣き出しそうな娘に、康一さんは言った。
「おうちに帰ろう」

 国淋さんは、その言葉の意味がうまく理解できなかった。海沿いの自宅は津波で流されちゃったんでしょう?おうちなんて、もうないじゃない。

 康一さんは繰り返した。
「おうちに帰ろう」
 
 2人が軽トラックで向かったのは、明紅さんが待っている知人の家だった。国淋さんは、そのときの気持ちを私に話してくれた。

「日本語で『おうち』って、建物じゃないんだ、家族が待っている場所なんだ、って初めて知ったんですよ」
 

 お正月は「おうち」。
 家族が待っている場所。
 家族を待つ場所。
 心の中だって「おうち」になる。
 おばあちゃんだって、おかあさんだって、おとうさんだって、またみんな一緒。

 すぐそこまで来ているそんな特別な時のために、今日、玄関に飾りをつけました。
 そして花を植えました。

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2011年12月29日

ブランコをこぎ続ける少女〜アッピア街道のいたずら

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 Via Appiaという古い道のことをお聞きになったことがあるでしょうか。「すべての道はローマに通ず」のたくさんの道の中でもとりわけ賑やかだった道、ローマ帝国繁栄の礎ともなった「アッピア街道」です。人や物が行き交う主要ルートであったことから「街道の女王」とまで称されていました。
 
 起点はローマ、終点はアドリア海に面した南イタリアのブリンディシ。その距離はおよそ600キロです。イタリアを旅していると、この街道にバッタリと出会うことがしばしばあります。

 それは、傘のように大きな松がトンネルを作る立派な道だったり、「えっ?これが?」と驚くような狭い路地だったりします。そのいずれにしても、高速道路を走っていては決して味わえないロマンがあります。ゆっくり歩けば、その昔、そこを歩いた人たちの足音が聞こえてくるようです。

 ついこの間までいたペルージャの町はずれにも、アッピア街道を見つけました。紀元前3世紀、エトルリア時代に建てられたというアーチをくぐり、坂道だったかと思えば階段になり、階段を下りたと思えばまるで渡り廊下になったりしながら、古い町の中を抜けていきます。

 いったいどこから始まってどこで終わっているのかもわからないままに、街道を進んで北へと歩き続ければ、サンタンジェロ教会にたどり着きます。などと格好よく言っても、実際はかなり迷ったのです(笑)。けれども、迷ったおかげである忘れられない光景に出会うことができました。これについては最後にお話しするとして、、、
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 まずはサンタンジェロのことを少しだけ。これは5世紀末から6世紀初め頃に建てられた、ペルージャでは一番古い初期キリスト教の教会です。人の姿もなくひっそりとたたずむこの素朴な石の聖堂は、ゴシック時代のきらびやかなものとは全く異なり、その形はどこかギリシャ正教の修道院にも似ています。季節外れだったからでしょうか、それともそこはすでに教会としては使われていないのでしょうか。中に入れば、がらんとした聖堂は人のいた気配もありませんし、何の説明書きもありません。
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 それでも、いえそれだからこそ、糸杉にはさまれて立つ教会は、ただそれだけで圧倒的な存在感があるのです。

 ここに来る途中、私たちは時間が止まったような不思議な一角に迷い込みました。車も通らぬ細い泥道はオリーブの林に囲まれています。何の音も聞こえません。木々の間を抜ける風の音さえも。

 そこに、周囲を鉄柵で囲まれた大きな屋敷がありました。玄関には閂(かんぬき)がかかり、人の住む気配は全くありません。なぜか気になって柵に近づいて中を覗くと、オリーブの木の間に何かが下がっています。緑色の箱のようなそれは、周囲の光景の中にあまりに溶け込み過ぎていて、うっかりすれば見落としてしまいそうです。

 ブランコでした。誰も乗ってはいない止まったままのブランコでした。

 春がくれば、ここに人が戻ってくることがあるのでしょうか。庭に子供たちのはしゃぎ声が聞こえ、ブランコが木々の間を空に向かって揺れる時があるのでしょうか。夏には赤毛のアンのような読書好きな少女が、木陰のブランコにすわって夢中で本を読み続けるのでしょうか。そして秋になれば、金色に輝く髪をした妖精のような少女が、本物の妖精になりたくていつまでもいつまでもブランコをこぎ続けていたりするのでしょうか。

 そんなたくさんのイメージを抱きながら、迷路のような迷い道を何とか抜け出すことができました。あの静寂の庭をもう一度覗いてみたい、、、、そう思っても、私はたぶん二度と行くことはできません。だって、どこをどう迷ってあそこにたどり着いたのかも定かでなければ、あれが現実だったかどうかすらあやふやなのですから。
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2011年12月28日

「行ってらっしゃい!」X3のヌクヌク効果

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 「ナオミさ〜ん、今年もあと3日ですよ。今日、街なかで本当に走っている人を見ました。師走ですねえ。」

 こんなメールが届いて、思わず笑ってしまうほどに、いよいよ大詰めの気忙しさがやってきました。いまだに年賀状書きが終わっていない私は、大掃除にはまだまだ行き着かないものの、車のガソリンを満タンにして、玄関前のポットに植え替える花を買い込み、土仕事をすませ、銀行に行って送金をし、お金をおろし、郵便局に行って手紙や荷物を出し、足りなくなった年賀状を買い、書き損じた年賀ハガキを取り替えてもらい、またせっせと年賀状を書き、、、、、思い返せば、やっぱり小走りでした。

 夕方の約束に合わせて家を出たら、駅まで続く道に面した家の庭先で、せっせと植木の世話をしているおじさんがいます。目が合ったので「こんにちは!」と声をかければ、「ちょっとご覧になりませんか。これ、何の花かわかります?」と、嬉しそうに話しかけてきます。「まあ、とっても清楚できれいな花ですこと。」と言えば、ますます嬉しそうに、「そうでしょう?これ、野生の撫子なんですよ。僕が見つけてきてね、ここでほら、こうして育ててるんです。」

「こんな寒さの中でもこうして美しく咲くんですね。」
「そりゃあなた、撫子ジャパンですからねえ。あなたも撫子ジャパンになって、さ、行ってらっしゃい!この子のことも時々見に来てやってくださいね。」

 おじさんとのこんな会話にヌクヌクと暖められて、先を急げば、信号を渡ったところで、また話しかけてくる人がいます。今度は同年輩の女性です。

「もしかしてXXちゃんのママ?ほら私、◇◇の、、、、」
 
 確かに私はXXの母親なのですけれど、どうしてもどなただか思い出せません。失礼のないようにさりげなく聞けば、下の娘と保育園と小学校が同じだったお嬢さんのお母様。
「◇◇も去年結婚して、、、、」「私は年のせいか最近、、、、、、」「あの頃ほら、、、、、」等々、時計を気にしながらも立ち話につきあっているうちに、おぼろげながらも記憶がよみがえって来るような来ないような、、、、

 「行ってらっしゃい!」と見送られて、電車に乗ってから、娘に、「◇◇ちゃんのお母さんという人に会ったけれど、覚えてる?」とメールを送れば、「うん、覚えてるよ。農場を越えた辺り、ラーメン屋の向かいぐらいに住んでた。なぜか家で鶏飼ってた。」と、まるでセピア色の写真のような思い出が届きました。

 そんなやり取りにまたまたヌクヌクと暖められて、都心へ向かう電車の席で小さく新聞を広げると、左隣りの老婦人がいやにこちらを見ています。その見方たるやまさにジロジロ。「いけない、これはきっと新聞を広げたのが迷惑だったのかも」と、読み始めた新聞を鞄にしまえば、それが合図のようにご婦人が話しかけてきました。

「その青いマフラーすごく素敵。よくお似合いですけどどこでお買いになったの?」に始まって、結局終点の駅に着くまでずっと、その方とお話をすることになりました。40年も前にフラワーアレンジメントを習って講師の資格を取ったこと、しばらくはお花の仕事をなさっていたこと、手先仕事が好きで編み物もよくなさること、お孫さんの話、亡くなったご主人の話、、、、、、電車から降りたホームで、「おかげさまで楽しかったわ。私も毛糸屋さんに行って毛糸を探してみるわ。行ってらっしゃい!」

 3人目の「行ってらっしゃい!」にますますヌクヌクと暖かくなって、ホームに立ったまま、マフラーを編んでくれたキッコさんにすぐにメールを出しました。

「電車の中で隣に座った方の強烈な視線。??と思ったら首に巻いていた青いマフラーをめちゃめちゃ褒められましたので、バアバズの自慢しちゃいました(笑)。」

 バアバズとは孫息子のもう一人のグランマとの超仲良しユニットです。最近の私の首には、これか、RIMG7610.JPG
これか、RIMG7609.JPG
これRIMG7611.JPG

のどれかが必ず巻かれています。みんなキッコさんが編んでくれたものです。(不器用な私は編み物なんてとてもできません。)

 真冬のささいな日常の中にも、ヌクヌクはたくさんあります。そして、それに出会うのは、決まって、こちらの心がフワフワ柔らかく、フクフク優しくなっている時です。心に棘のある時には、ヌクヌクにはなかなか出会いません。

 それにしても私たちの住む国は、都会にだってまだまだこんな「ヌクヌク」と、こんな「行ってらっしゃい!」があるのです。捨てたものじゃありません。

 帰りの夜道で、おじさんの真っ白な撫子の写真を撮りました。

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2011年12月27日

うんこらどっこいしょ

RIMG7605.JPGRIMG7604.JPGRIMG7603.JPGグランマからの手紙.. - コピー.jpg

 まだむかむかは残っていますし、お腹の中では大きな池で蛙が遊びまわっているような音がします。突然やってきた胃腸炎の完全撤退までにはもう少し時間がかかりそうです。そういえば薬局でも言われました。「途中でよくなっても、4日分はちゃんと飲みきってくださいよ。」と。

 西宮の春美さんから「女へんろ元気旅〜天真爛漫な巡礼エッセイ日めくり」という何ともユニークなカレンダーが届きました。11月25日の朝日新聞阪神板が添えられています。

 新聞には、にっこりと笑う春美さんの写真と、日めくりカレンダーの写真。ざっと記事を要約してみれば、

「西宮市内でバー『曼陀羅』を経営する森晴美さんが、1991年から1400キロの遍路道を少しずつ歩いた道程をエッセー『女遍路元気旅』にまとめた。今回のカレンダーは、かつて作った日本語版の英訳版。長年温めていた構想を店の客が知り、翻訳に協力。カナダ出身の遍路研究者の大学教員も手伝った。」

 全く気負わず、一見誰にでも書けそうな言葉が、時々どきりと胸に刺さります。ある時は日本語を越えた力を英語が持っていますし、もちろんその逆の時もあります。そして、日本語と英語が相乗効果を発揮して輝きを増すこともあります。

 たとえば、

 遍路が
 教えてくれたように
 川の流れのように
 自然に
 素直に
 人生歩んでいけたら
 

 これが英語になるとこうなります。

 The pilgrimage has taught me
That I must live my life
In a humble way,
In a natural way,
Like the flow of a river.

 どうにも英語にできないものもあります。そんな時は無理やり英訳せずに、音感だけを残しています。たとえばこんな風に。

 とことことこ 
 トコトコトコ
 黙黙黙
 もくもくもく。。。。
 

 Toko, Toko, Toko
 Toko, Toko, Toko
Moku, Moku, Moku
Moku, Moku, Moku

そしてまた、「でかした!」と褒めたくなる英訳も。

 あと ひとふんばり 

 Almost there.

この日めくりエッセイ、実に素朴で、全く分別くさくないところがいいのです。たとえばこんな箇所だって、春美さんを直接知っている者から見れば、全くしたり顔には思えません。私はこれが一番好きです。そしてその英語版もとても好きです。

 この荒れた遍路道を
 歩き遍路が
 歩いて
 歩いて
 あとの人のために
 残していくのです
 

 Pilgrims walk and walk along the rough pilgrim path,
 Preserving it for those who come in the future.

 たった今、24時間開いている郵便局に行って、私の本「グランマからの手紙」を春美さんに送ってきました。

 思えば、2年8か月前の私たちの出会いは、まさに春美さんが言うように「必然 偶然 神がかり!」でした。それなのに、東京と西宮という距離もあってなかなか会うこともできず、おたがいが同じ頃に出版の準備を進めていたなんて全く知りもしませんでした。春美さんの「日めくりエッセイカレンダー」が発売された日の10日後に、私の本が発売されました。大きさも同じならば、値段も全く同じです。

 そしてまた、歩いて来た道は全く違えども、「遍路とは歩くことなり 人生とは遍路なり」という哲学も、「歩こう 先はまだまだやし うんこらどっこいしょ」の思いも、「何か 目に見えない おおきなものに 感謝したい」という気持ちも全く同じなのです。 

 「春美さん、いろいろあったけど、うちらやっぱり歩いていかなきゃね。」と呟きながら、心の中で問いかけています。
 来年はお会いできるでしょうか。

 http://blog.platies.co.jp/article/28546786.html

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12月26日(月):我が家の今年の持ち寄りクリスマス



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2011年12月26日

胃腸炎の大嵐も何とか過ぎて

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 怠け者のわが身に言い聞かせていることがあります。
「胃カメラは半年ごと、乳がんの検査は1年ごと、大腸カメラは2年ごとに」
その最後の「2年ごと」が今年に当たりました。胃カメラはすでに今年の分を2度済ませました。乳がんのマンモグラフィーも先月済ませました

 けれども、なんだかんだと理由をつけては延ばし延ばしになっていたのが、最後の大腸カメラでした。検査そのものは眠っている間に終わりますからなんてことはないのですが、検診当日の朝5時に起きて、2時間で2リットルの腸内洗浄剤を飲むのがきついのです。娘たちから「サボテン人間」などと呼ばれたこともあるほどに、ふだんからあまり水を飲まない身です。

 などと言っているうちに、今年も刻々と最後の日に近づいていきます。わが身に言い聞かせた以上、逃げるわけにはいきません。意を決して一昨日の土曜日に大腸の内視鏡をやってきました。

 幸い、胃にも乳房にも大腸にも異常は見られませんでしたが、とんだおまけが付きました。逃げていたバチが当たったのでしょうか。大腸検診が終わった後も一日中、ゴロゴロと音が聞こえるほどに動き回っていた私の腸でしたが、昨夜になって突然、今度はひどい吐き気と下痢が始まったのです。家族全員でのファミリークリスマスの余韻の中で、何とかハンドルを握って帰り着きはしましたけれど、七転八倒というにはちと大げさ過ぎますが、胸はむかむか、お腹はきりきり、おまけにものすごい寒気です。昨夜はブログを書くどころか、一晩中お布団から出たり入ったり、結局ほとんど熟睡することができませんでした。

 ノロウイルスでしょうか、ロタウイルスでしょうか。何にも食べたくないのですが、水分がからだから出ていきますので、やたらと喉が渇きます。けれどもそれを飲めばまた、、、の悪循環。
 
 とにかくこのままではいけません。時間が空いた夕方にクリニックに飛び込みました。待合室で待たされること2時間半、名前を呼ばれて診察室に入って、「あのお、吐き気と下痢がひどくて」と言うと、「じゃ薬出しておきますからね。」

 診察室に入ってから出るまでものの1分足らず。とは言え、薬が早速効きだして、吐き気はおさまってきましたが、まだお腹が音を立ててグルグルまわっています。

 ノロだかロトだかわかりませんが、こうした胃腸炎が目下大流行しているようです。上の娘も私より1日早く苦しんでいましたし、朝、孫を保育園に送りにいった下の娘からも、「なんかみんな胃腸炎。先生もいなかった。」という短いメールが届きました。

 これ、とにかく何の前触れもなく突然やってきます。もしも皆様の中で苦しんでいらっしゃる方がいましたら、「我慢、我慢、大嵐は一日。」とだけお伝えしておきます。

 ところで診察の後に薬局に薬を取りに行ったら、おばあさんの患者さんが薬剤師さんに大真面目に聞くこんな言葉が聞こえてきて、なんだかほほえましくて、隣に座っていた方とニコリと顔を見合わせてしまいました。

「私ねえ、食間っていうのがいつかわからないんですよね。だってカリントウとか食べるでしょう。食間っていうのがないんですけど、この薬いつ飲んだらいいんでしょうかねえ。」

「このお薬飲むと異常に食欲出ちゃうんですよ。何でも食べたくなって。特にお饅頭系。ほらこれからお正月でしょう?お餅6個も7個も食べちゃうし、数の子もきんとんも、、、どうなっちゃうかわからないので、お薬、お正月が過ぎるまではやめさせてもらえませんかねえ。」
 

 昨夜、東京タワーにハートがついていました。

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2011年12月25日

サイレンナイ ホーリーナイ、メリークリスマス!

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 皆様、2011年のクリスマスイブをいかがお過ごしでしたしょうか。

 私たちは明日の日曜日が、9人プラス2ワンコのファミリークリスマスです。女たちは、それぞれの得意料理を持ち寄ります。というわけで、私はこの深夜、スタイリスティックスのクリスマスCDをかけながらキッチンで働いています。ローストチキンの付け合せと、ムサカの中身が出来上がったところで、今、自分の部屋に下りてきました。

 料理はいいです。刻んだり、かきまわしたりしているうちに、気づけば無心になっています。そして料理は、次のステップに進むための想像力と創造力で遊べます。しかも、大切な人たちに食べさせたいと思えば、一生懸命に作ります。あげく、まるで「料理セラピー」と呼びたいほどに、些細なことが気になっていた自分の心が、すっきり軽くなっていくのがわかります。特に、うまく出来上がろうものなら、味見をしながらフフフと笑いたくなるほどです。

 決して家事が得意ではなかった義母が、生前よくこんなことを言っていました。同感です!

「料理はゼロをプラスにすることだからまだしも面白いわよね。でも、お掃除はいや。マイナスをゼロにするだけなんですもの。」

 おいしそうな匂いの中で更けていくイブの夜に、今、突然あることに気づいてしまいました。そうか、そうだったんですね。50年もの間、ずっと思い違いをしていました。

 あれはたしか小学校3年生の音楽の授業。いまだに口をついて出てくるぐらいですから、一列に縦並びをすれば前から3番目の小さな少女にとっては、かなり衝撃的だったのでしょう。

 音楽だけを教えに来てくれていた岡崎先生が言いました。

「みなさん、もうすぐクリスマスですね。今日は『きよしこの夜』を英語で歌いましょう。」

 そして私たち生徒に背中を向けて、白墨を持って、まるで呪文としか思えないカタカナの羅列を黒板に書き始めたのです。


 サイレンナイ ホーリーナイ (Silent night, holy night)
 オーリズカム オーリズブライ (All is calm, all is bright)
 ランジャバージン マザレンチャイ (Round your Virgin, Mother and Child)
 ホーリインファソ テンダレンマイ (Holy infant so tender and mild)
 スリーピンヘブンリ ピー (Sleep in heavenly peace)
 スリーピンヘブンリ ピー (Sleep in heavenly peace)

 そして私たちは、先生のオルガンに声を合わせて歌いました。
 サイレンナイ ホーリーナイ♪♪♪

 長らく私は、これを笑い話として自分の心の中にしまっておきましたけれど、もしかしたらこれこそ正しい英語ではないかということに今になって気づいたのです。岡崎先生はたぶん、耳から聞いたそのままをカタカナにしたのだと思います。さすが、音楽の先生です!

 昨日の孫息子の「クリスマス発表会」では、4歳児と5歳児が、英語劇「ピーターパン」を見事に演じました。ネイティブスピーカーによって口移しで学び覚えた子供たちの英語のセリフや歌は、実に「英語」でした。

 ピーラパ ピーラパ (Peter Pan, Peter Pan)
 ウィラーヨ (We love you)
 ラベリン ウォー (Travelling the world)

 それにひきかえ思い出すのは、先週の飛行機の中での会話です。アリタリア航空のフライトアテンダントがイタリアなまりの母音の強い英語で、乗客一人一人に聞いてまわります。

 What would you like to drink?

すると通路を隔てたお隣の席の中年夫婦が口々に答えました。

 ホワイトワイン!
 レッドワイン!

 さだめし昨日の子供たちなら、こう答えたことでしょう。

 ワイワイ
 ウレワイ

 どうぞ皆様、
 メリークリスマス! (日本語)

 
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12月19日(月):ポットラックパーティーの楽しみ
12月20日(火):何でもありがポットラックの楽しさ
12月21日(水):シフォンケーキも苺大福も
12月22日(木):ペルージャvs御殿場 朝ごはん対決
12月24日(土):クリスマスにはぜひこのクッキーを〜ギリシャのクラビエデス
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2011年12月23日

「グランマ」以外の何者でもなかった至福の2時間半

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 ついこの間まで美しい黄色の絨毯を歩道に敷き詰めていた私の町の銀杏並木は、今ではもうほとんどその葉を落としてしまいました。それなのに、早朝に訪れた都心の町は、いまだ見事な絨毯で私たちを迎えてくれました。

 一面に敷かれた「金色の小さき鳥」の上をサクサクと歩いて進めば、小さな少年の保育園の、クリスマス発表会の会場があるはずです。少年はたびたび立ち止まっては、金色の鳥を小さな手に集めます。そしてそれを私たちに渡してくれます。

 はるか昔の光景がよみがえります。娘が彼ぐらいに幼かった頃、銀杏の葉がたくさん載った小さな両の掌を私の目の前にさしだしました。

「ママ、はい。イチョウの薬。」
「?」
「だってママ、イチョウが痛いって言ってたでしょう?」

 時はいつのまにか流れゆき、銀杏を踏みしめて歩いた先の体育館の舞台の上で歌い踊るのは、そんな娘の息子です。同じクラスの子供たちと、手をたたき、足をトントンとならし、声張り上げて歌います。

 幸せなら 手をたたこう♪
 幸せなら 手をたたこう♪
 幸せなら 態度でしめそうよ♪
 ほら みんなで 手をたたこう♪

 幸せなら 足ならそう♪
 幸せなら 足ならそう♪
 幸せなら 態度でしめそうよ♪
 ほら みんなで 足ならそう♪

 みんなまだ、「幸せ」が何かもよくは知らないはずなのに、目をキラキラ光らせながら、一生懸命に態度で示します。

 3歳児のクラスの劇は「小人と靴屋」でした。一昨年の発表会では、舞台の上でただ棒のように突っ立っていたり、泣き出したり、親の姿を不安げに探してばかりいた子供たちが、今ではいっぱしに誇らしげに歌を歌い、劇らしきものをやるのです。

 靴屋のおじいさんもおばあさんも、小人たちも、靴を買いに来たお客様も、みんなが最後に手をつないで歌います。

 誰かが喜ぶことをする♪
 なんて嬉しいことだろう♪

 その意味なんてまだわかるはずもない小さな子供たちが、まるでわかっているかのように大きな声で歌うのです。でも、もしかしたら、誰かを喜ばせることも、誰かに喜ばされることも、どちらも何だかとても嬉しくなることだということを、理屈ではなくわかっているのかもしれません。夜の間に小人たちが作った靴を、朝になったらおじいさんとおばあさんがあんなに喜んでいたのですから。そうでなくては、どうしてあんなに瞳を輝かすことができましょう。

 この保育園では、季節ごとにいろいろな行事が行われています。春にはお雛祭りの発表会、夏には自分たちが育てた野菜を使って川辺でのバーベキュー、秋には運動会、そして冬にはクリスマス。一年中を日本で過ごすことのできないパートタイムグランマにとって、今日はとても貴重な至福の時でした。なんたって、9時半から12時までの2時間半、全く持って「グランマ」以外の何者でもなかったのですから

 パートタイムグランマの心にはホンワカ暖かな灯がともり、
 頑張った子どもたちは、サンタさんからプレゼントをもらいました。
 
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2011年12月22日

クリスマスには優しい微笑み

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 雨に濡れて冷えきったからだを少しでも暖めたくて、傘をすぼめて飛び込んだアレッツォの古い建物。アレッツォは、古くはエトルリアの町として、トスカーナ一帯で最も栄えた町でした。

 幾星霜を経て、1500年代には再び繁栄を迎え、多くの芸術家が活躍をしました。町にはこの時代の建物がたくさん残っています。私が飛び込んだのもそんな建物だったのかもしれません。

 誰もいない薄暗いロビーに、大きなモミの木が立っていました。それはまるで、短冊を抱く七夕の笹のように、あるいは御神籤が結ばれた梅ノ木のように、たくさんの紙で覆われていました。見ればどの紙にも、意味のわからぬイタリア語が書かれています。

 入ってきた扉から再び雨の中に出ようとすると、奥から初老の婦人が出てきて私を引き留めます。そして、ツリーを飾る紙と同じ紙片とペンを手に持たせます。七夕流に解釈すれば、きっと、「何か願い事を書いてモミの木に結んでください。」ということなのでしょう。

 こんな咄嗟の時にはなかなか気の利いた言葉が浮かびません。一足先に出て行った夫の後を追いかけねば、と焦ってもいます。とにかく書いて、モミの木にひっかけました。あとから写真を見れば、ほとんど判読不能な日本語で、こんなことが書かれているではありませんか。

「メリークリスマス どうかたくさんの良きことと、優しい微笑みを!
 直美 東京 Dec.12, 2011」

 クリスマスには優しい微笑みがよく似合います。
 
 今日、東京ミッドタウンの「ビルボード」で、「スタイリスティックス」のライブがありました。謳い文句によれば、

「ビルボード東京のクリスマス・ウイークといえばスタイリスティックス!1971年の『ゴーリー・ワウ』、『ユー・アー・エヴリシング』をはじめ、『誓い』『16小節の恋』などの珠玉の大ヒットナンバーは現在も愛され続けているソウルのスタンダード。スイート&メロウなクラシックスに酔い、華やかなナンバーにクラブが輝きだす恒例のクリスマス・パーティー!」

 年季入りのエンターテイナーたちが、耳に心地よい数々の曲を聞かせてくれたステージが終わって、いったん引っ込んだ四人が、拍手に迎えられて再びステージに登場した途端、後ろの幕が静かに上がり始めました。

 そこに広がるのはまるで小さな宇宙。ガラスの向こうに広がるスターライトガーデンのクリスマスイルミネーションに、室内の灯りが重なって、青、黄、紫、緑の星となります。ステージの上の4人がパープルに染まりました。そして響き始めたのは、この上なく美しいハーモニーが奏でる「Silent Night, Holy Night, All is Calm, All is Bright,,,,,,,,,,,」

 さっきまでリズムを取りながらからだを揺すっていた人たちの顔に、優しい微笑みが浮かびます。そして、それがどんどんと広がっていきました。

 クリスマスにはやっぱり優しい微笑みがよく似合います。

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12月19日(月):ポットラックパーティーの楽しみ
12月20日(火):何でもありがポットラックの楽しさ
12月21日(水):シフォンケーキも苺大福も
12月22日(木):ペルージャvs御殿場 朝ごはん対決

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2011年12月20日

愛と心配の法則

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 長女が生まれて母になり、際限なく膨らんでいく愛情に驚きながら、次に二女が生まれることになった時、膨らんだ愛情が半分ずつになってしまうのかしら、と、とても不安になりました。それなのに、生まれてみたら、1÷2=0.5 ではなく、1X2=2 になったのです。その時に知りました。愛と言うのはいっくらでも膨らんで、いっくらでも量が増えていくものなのだと。

 けれども、愛する人がいればいるほど、大切な人がいればいるほど、愛情と一緒に、心配事も増えていきます。時に、誰一人愛する人も、誰一人大切な人もいなければ、きっとどんなに気楽だろうと思えるほどに。

 それでも、「どちらでも好きな方を選びなさい」と神様に言われれば、たくさんの愛とたくさんの心配の方を選んでしまうでしょう。

 もっと景気のいいことを書くつもりだったのに、今日はちょっとしょぼくれています。2011年のゴールまでたった11日だというのに。でも大丈夫、一晩たてばきっとまた元気になるでしょう。いいことだけを考えて眠りに就けば。

 忙しい一日でした。久しぶりにガラガラとキャリーバッグを引きずって、京橋、銀座、新宿、渋谷、、、、、中身がだんだん減って行き、最後には軽々と持てるようになりました。その分なんだか心が重くなりました。結局プラスマイナスでゼロ。

 今日、友と一緒に見た景色を思い出しています。

 パークハイアット41階から見る「下界」は、無数の建物がひしめき合い、そこでは無数の人々が今を生きています。誰にでも平等に与えられた12月20日という時間を、笑ったり泣いたり、幸せと思ったり不幸せと思ったり。希望があれば失望もあり、愛の数だけ心配の数もあり、、、、、 日がだんだんと沈んでいき、暗闇がまた朝になる、、、たぶん、それが「生きている」ってことなんでしょう。

 水平線に救われることもあれば、高いところから見る景色に救われることだってあります。

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12月19日(月):ポットラックパーティーの楽しみ
12月20日(火):なんでもありがポットラックの楽しさ
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2011年12月19日

generosity(気前の良さ・寛容)が成功の鍵

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 ぺルージャからフォリーニョで乗り換えたテルミニ行きのユーロスターの中で開いた新聞は、14日付けのヘラルド・トリビューン。いつものように小難しいところはすっ飛ばし、面白そうな見出しの記事だけを拾い読みします。

‘Breakfast in bed today, honey?’
 「ねえ、朝ごはんはベッドで食べる?ハニー」

 何やら意味深なこの見出しですが、「幸せな結婚」についての研究結果をふまえた真面目な考察です。

 部族民だろうが、億万長者だろうが、博愛主義者だろうが、それぞれの社会において同じように大切なものは「generosity」。「generosity」とは、物惜しみをしない気前のよさ、そして寛容。

 こんなことが結婚生活についても言えることが、ヴァージニア大学の調査でこのほど明らかにされました。研究チームが、2870人もの男女の聞き取り調査をしたところ、、、、、

 良いことをたっぷりとパートナーに与えているという自覚を持つ「寛容指数」の高い人ほど、「very happy」と答える「幸せ指数=結婚の成功率」も高いことがわかりました。もっとも「良いことをたっぷり」のうちには、「毎朝コーヒーをいれる」なんてことまでも含まれているようです。

 そして、天下のヘラルド・トリビューンが真面目くさって言うのです。

「これまで成功する結婚の鍵として考えられてきたセックスや献身、コミュニケーションに、今や『generosity(気前の良さ、寛容さ)』が加えられた。」と。ところが、この「generosity」たるや簡単なようでいてなかなか難しいようで、研究員の一人、ジョン・ゴットマン氏がこんな提案をしています。

「相手の悪いところ一つに対して、少なくとも5つの良いところを見つけなさい。」

 それを、表題の「「ねえ、朝ごはんはベッドで食べる?ハニー」に当てはめるとしたら、さだめしこんなもの? ベッドで食べたがるのが男性の場合なら、

X: ベッドで朝ごはんなんてだらしないわ。お布団が汚れたらどうするのよ。

O:@まあ、たまには許してあげましょう。毎日のことではないのだから。
  Aこのところ仕事が忙しかったから疲れているんでしょう。
  Bトレイごと食事を運ぶなんて、まるでフライトアテンダントになったみたいで楽しいわ。
  Cしめしめ、今日は一人で本を読みながら朝ごはんが食べられる。

 む、むずかしい。5つ目がどうしても浮かびません。
 「generosity」とはかくも難しいもの(笑)。

 昨日、下北沢の教会堂で、鳴瀬速夫さんと中園康介さんのハーモニカコンサート「バッハと世界の名曲」が開催されました。ステンドグラスを通して入ってくる西日が、白い壁を美しく染めました。鳴瀬さんのハーモニカは3オクターブ、中園さんのクロマチックハーモニカは4オクターブ。たった20センチの小さな箱の中に、こんなにたくさんの音が入っているなんて、そしてそれを自由自在に操れるなんて、、、、まさに感動の驚きでした。
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 途中の休憩時間に、「グランマからの手紙」をすでにお読みくださっていた鳴瀬さんが、会場を一杯に埋める皆様に、本を手にその感想をお伝えしてくれました。感動のgenerosityをありがとうございました。
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12月19日(月):ポットラックパーティーの楽しみ
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2011年12月18日

身構えの悲しさ

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 水曜日、私が飛び立ったのは、フミチーノ空港12番ゲート、午後3時。
 同じ日、夫が飛び立ったのは、フミチーノ空港15番ゲート、午後3時。
 私はアリタリアの成田行き。
 夫はブリティッシュエアのロンドン行き。

 乗り継ぎの電車のスケジュールのせいで、早く着きすぎてしまった空港で、ビールを2本ずつ飲みながら、旅の日々を語り、明日からの日々を語り、「じゃあね。」と。あの人は左に、私は右に。

 ロンドンでの講演を済ませた夫が、ワシントンに戻りついたのは、日本時間の今朝のこと。ワシントンでは土曜日の夜。

「ミラノで財布を盗まれた後始末で、ロンドンの銀行に行ったら、なんと、ミラノの宝石店で1万ドルも使われていたよ。」

 1万ドルと言えば、今の円高レートに換算すればおよそ78万円ですけれど、円高で助かったという代物でもなく、1万ドルはやはり1万ドルです。確かお財布を奪われてすぐに、銀行カードもクレジットカードも止めたはずですから、宝石店で買い物をしたとすれば、それはもうほんの半時間の隙間をぬって計画的に行われたこと。しかも、一度に1万ドルもの買い物をカードでする時に、どうしてサインを照合しないのか、あるいはクレジットカードの持ち主であることを証明するIDを要求しなかったのかが腑に落ちません。「もしかしたら店ぐるみの組織的な犯行ではないだろうか?」と、疑いたくもなります。

 もちろん、使われた1万ドルは警察の盗難証明があれば保険で補償はされますけれど、そのためには、規定期間内に、実に面倒な手続きを踏まなければなりません。夫のロンドン滞在が1日伸びたのも、この手続きに予想外の時間がかかったためでした。

 ミラノのドゥオモの駅の階段を上がった所で起きたひったくり事件のすぐ後に、ミラノに住む友人からこんなメールが届きました。ご主人はイタリア人です。

「ご主人、ともかくもお怪我がなくて、それだけが何よりだったと思います。そうなんです、今時は誰も助けてくれないんですよ。これがたとえば、一人で転んだというのなら、必要のない手を貸してくれようとする親切な人は何人かいると思うのですが、どうも犯罪がらみの匂いがすると、皆さん怖くて近寄れません。私ですら、夫に倒れている人を見てもうかつに近寄るな、とか、死体を見たら速やかに逃げろ、と言われています。どうかすると警察にオマエが犯人にされる、と言うんですよ。だから関わるな、と。。。

アメリカ映画を見て青春時代を過ごした私達は、まだ正義のようなものを信じているように思うのですが、独裁と侵略の繰り返しだったヨーロピアンはそこまでの余裕はなく、自己防衛が基本、というのが鉄則。

最近またジプシーや難民が増えているミラノの治安は確かに悪化しています。でもDUOMOで、というのはさすがに私もショックです。」

 失速したヨーロッパ経済は、様々な場面で弊害をもたらしているようです。そして、それが悲しいのは、この能天気な私でさえ、好意や親切から近づいてきてくれる人に対して、過剰防衛をしてしまうことです。

 テルミニ駅での階段の上り下りに、重いスーツケースを持って立往生していたら、さっと手を差し伸べてくれた若い男性がいました。私のスーツケースを持ってトントンと階段を上って行きます。私は慌てて追いかけながら、一瞬スーツケースを渡したことを後悔し、最悪の事態まで予想してしまいました。

 こんな風に身構えなければいけないことは、やっぱり悲しいことです。

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12月19日(月)予告:ポットラックパーティーの楽しみ
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2011年12月17日

And Then There Were None〜そして誰もいなくなった

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 「どなたかクリスマスソングのCDをお持ちでしたらご持参くださいますでしょうか。わたし、どこにしまいこんでしまったやら、、、、見つかりません(涙)」

 こんなメールを全員にお出ししたら、かけきれないぐらいたくさんのCDが集まりました。でも、もしかしたらCDは不要だったかもしれません。なぜなら、お昼から5時過ぎまで、クリスマスソングも聞こえぬほどに、素敵な姦しさにあふれかえっていたからです。それもそのはずです。女たちが3人どころか15人も会していたのですから。

「グローバルキッチン」のスペシャルバージョンとして、クリスマスのちょうど1週間前の今日、一品持ち寄りで女たちのクリスマスパーティーが開かれました。参加する者が、手料理でもデパ地下でも、コンビニでも、何でも1品を持参するというのが「ポットラック」と呼ばれるパーティーです。これまで何度となくやってきましたが、不思議なことに、打ち合わせもしないのに、同じ料理や食べ物が重なったことは一度もありません。今日もテーブルの上に色とりどりの花が咲きました。

 20名が集まるはずだったこのパーティーでしたが、様々な理由から5人の方がいらっしゃれなくなりました。中には昨日の深夜に連絡が来て、「92歳の祖母が危篤です。これから車で福島まで駆けつけます。」という方もいれば、ご本人が体調を崩されたり、ご家族がお怪我をしたり、、、、、、

 ひとたび冷静に考えてみれば、今日集うことができたのは、決して当たり前のことではありません。起こりうるかもしれないたくさんのリスクを回避して、たまたま手にした幸運です。だとしたら、それをありがたく思わずしていいものでしょうか。

 15人のうち最年長の方がおっしゃいました。私の尊敬する先輩です。

「皆さん、できる時にしなければだめよ。面倒くさがって『いつかやろう』などと思っていたら結局はできなくなるんだから。私だって急に右膝が駄目になってしまって、やろうと思っては先延ばしにしていた山登りができなくなってしまったの。」

 どうしてこんなに笑えるのだろうか、と思うぐらいに笑い声が絶えなかった空間が、今では物音ひとつない静寂に包まれています。暗闇の中に残されたのは、たくさんの空き瓶と、栓が開いたスパークリングワインがまだ3本。3本とも残っているのは5センチばかり。
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 私は今、「そして誰もいなくなった」空間の中で、5センチをひとつずつ空にしています。そして、いい具合に酔いがまわってきた頭で思います。女たちの明るく華やかな笑い声の裏には、この1年、たくさんの涙を流し、悩み、苦しみ、それでも何とか歩いてきた道があったことを。
 
 だからより一層、今日の日を共に祝いたかったのです。
 真っ暗闇の中で、もう一度、キャンドルをつけてみました。
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12月11日(日):路地坂下の人気レストラン「LA TAVERNA」
12月12日(月):???のギリシャレストラン@ペルージャ
12月14日(水):素敵なスープブレイク@スポレート
12月15日(木):まさかのカニカマ@ローマ空港
12月17日(金):「グランマからの手紙」はレシピ付き!
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2011年12月16日

『グランマからの手紙』こぼれ話

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 いつもの成田空港の駐車場に、いつものように予約の電話をしたら、「あれれ、今回は随分短いんですねえ。」と言われたぐらいの不在でしたのに、帰ってみたら、季節がすっかり変わっていました。窓から見える庭一面に桜の落ち葉が広がっています。今年は紅葉しないのかとばかり思っていた玄関のモミジも、健気にもきちんと色付きました。あんなに眩しく黄金色の葉をまとっていた並木の銀杏も、もうほとんどその葉を落としていました。時の移ろいを知るのは、いつだってこんなことからです。

「グランマからの手紙」が産声をあげて2日目になりましたが、私自身の日常生活はちっとも変りません。それでも、このブログを見てくださる方の数が突然2倍以上になったり、私の小さな本を読んでくださって、「号泣しました」などと書いてくださっている若いママのブログを偶然見つけたりすると、何だかとても不思議な気持ちになります。

 今、アマゾンのサイトを見たら、「3,482% 12月16日付け本の売上ランキングで282位にランクインしました。」とか、「本 の ヒット商品 〜 売上ランキングで、過去24時間で最も売上が伸びた商品 42位」などと、何だかよく訳のわからないことが出てきました。

 わからないながらも、たぶんこれは、どなたかが読もうと思ってくださったのかと思うと、ありがたさで一杯になります。
 
 この本を書いた背景については、昨日詳しくお伝えいたしましたので、今日はちょっとだけこぼれ話を。

 当初は挿絵が入る予定はなかったのです。ところが、だいぶ原稿も進んだ頃に、相棒の和子さんが、興奮まじりにこんなことを言ってきました。

「ねえねえナオちゃん(和子さんは私のことをこう呼びます。)、これ見て、これ誰が描いたんだろう? 松子さんから借りたカレーの本の中にはさまっていたんだけれど、ねえ、すごくいいと思わない? ほんわかと優しくて心が癒される。『グランマ』の本にぴったりだと思うよ。」

 確かに、料理本にはさまっていた一枚のカボチャの絵は、何とも味わいのある絵でした。私はすぐに松子さんに聞きました。

「ねえねえ、松子ねえさん(私は松子さんのことをこう呼びます)、あのカボチャは誰が描いたの?」

 すると、松子さんが当たり前のようにこう答えました。

「私よ。」

 それが始まりでした。私は、大学で経済学を教えると同時に、日本語教授法の先生でもある超多忙な松子ねえさんに、新しい24色の水彩色鉛筆を押し付け、「グランマからの手紙」のチームに引き入れてしまったのです。以来、真面目な松子ねえさんは、時には原稿よりも先に、きちんきちんと、優しさに溢れる素晴らしい絵を描いてくれました。おかげで、私の文章が息づき始めました。

 書く側から言えば、これは読み聞かせができるように、「声に出して読む日本語」を念頭におきました。自分が書いた原稿を、立ったままでぐるぐると歩きながら、何度も何度も声に出して読んでは、手を加えていきました。時には、読みながら自分で泣いてしまうこともありました。

 今日、第三者のようにして再び読んでみて、あることに気づきました。この本には悪い人がひとりも出てきません。たとえ現実離れしていようと、人の悪口もないし、批判も非難もありません。耳にも目にも心地良いのは、言葉のリズムばかりでなく、そんなこともあるのかもしれません。

 明日はちょっと早めのクリスマスパーティー。20名近い女たちが、手に手に食べ物を一品ずつ持ってやってくるポットラックパーティーです。深夜のキッチンで、今しがた、ギリシャのクリスマスクッキー「クラビエデス」が焼き上がりました。
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2011年12月15日

本日発売になりました!〜「グランマからの手紙」

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 指折り数えてみれば、いえいえ指では数えきれないので、今ちょっと混乱しながら筆算してみたら、なんと35時間、横になっては寝ていないではありませんか!もちろん飛行機の中でウトウトはしていましたけれど、あれは縦寝ですから(笑)。タクシー→電車→電車→電車→飛行機→車というのは案の定、長旅でした。

 昨日、ペルージャを発つ前に、ちょっとお話しさせていただいた本のことを、今日はきちんとご報告します。「グランマからの手紙」という名の本です。

 この本への私の思いは「あとがき」に書きました。なぜ書こうと思ったのか、そしてそれはどんな本なのか、、、、何を伝えたかったのか、、、、長くなりますが、まず「あとがき」からお読みいただければと思います。
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 2011年3月11日午後2時46分、ニュージーランドから帰ってきたばかりの私は、6時にお迎えするはずの4名のお客様のために、台所の調理台をいっぱいにしている最中でした。ひよこ豆のペーストを作り、ニュージーランドで覚えたばかりのサツマイモのサラダを作り、スープのためのカボチャを茹でて、お肉をソースに漬け込もうとしていました。

 一瞬眩暈が起こったのかと思ったからだの揺れが、すぐに立っていられないほどの大きな揺れに変わりました。あわててガスの火を止め、階段を駆け下り、私の部屋の大きな机の下に身を隠しました。揺れが繰り返されるたびに、目の前で音を立てて、本や書類が崩れ落ちました。

 その後、連綿と続く悲劇の報道の中に身をさらしながら、心の奥の一番柔らかな部分がじわじわと変わり始めました。私たち人間の力をはるかに越える自然の脅威は、いくらひよこ豆のペーストを作ろうが、サツマイモのサラダを作ろうが、あたりまえのように食卓を囲み、あたりまえのように一緒に食べるという日常行為すらも、特別なことに変えてしまったのです。私たちはもう、今日と同じように明日があることを、信じることができなくなってしまいました。

 本の雨を机の下でよけながら、私の頭はある考えでいっぱいになりました。「もしもこのまま私の人生が終わってしまったとしたら、どんなに無念なことだろう。」と。そして、まだまだ言い尽くしていないメッセージがたくさんあることに気づき、愕然としたのです。

 それがこの本を書かせるきっかけとなりました。そして偶然にも、レイチェル・カーソンが『センス・オブ・ワンダー』の中で甥っ子のロジャーにたくさんのメッセージを書き残したように、私自身の目の前にもこの地球の未来を託したい孫息子がいたのです。

 この数年、私は世界の様々な国を旅してきました。そして、どこへ行こうと、美しいものや優しいものに出会う度に、遠くから小さな少年に語りかけている自分がいることに気付きました。『グランマからの手紙』は、そうした思いを、ザウという小さな少年に向けての手紙という形で書きました。けれども、ザウとは私の孫息子だけではありません。この本を手にとって読んでくださる方すべてが「私のザウ」なのです。

 私には苦手なものがたくさんあります。中でも一番苦手なのは、思い込みと偏見です。男だからこうしなければいけない、女だからこうしてはいけない、日本人はこうで、アメリカ人はこう。そうした考え方に出会うたびに、私は息苦しくて仕方がなくなります。たくさんのザウたちと、彼らを育むお父さん、お母さんたちには、そうした思い込みや偏見から自由になってほしいのです。

 そんなメッセージを伝えたくて、この本の中では二つの試みをしました。まずひとつは、挨拶と動物の鳴き声をその国の言葉で載せたことです。私たち日本人の耳にはあたりまえのような「コケコッコー」という鶏の鳴き声も、国によって「ココリコ ココリコ」だったり、「ウッウルルー」だったり、「クックアドゥールドゥ」になったりします。鶏が同じように鳴いても、いったん刷りこまれた言葉が、私たちの中に定着してしまうのです。時には、思い込みを取り払って、耳を自由にしてあげれば、もしかしたら「コケコッコー」ではない鶏が鳴くかもしれません。

 もう一つは、それぞれの国の、子どもでもできる簡単な料理を紹介したことです。それは、「料理は女性の仕事」「料理は女のたしなみ」のような思い込みに対する私の反抗であり、男の子だって女の子だって同じ、やってみたいことには何でも同じように挑戦してほしい、という私の願いでした。もし、「男の子だから料理なんてしなくてもいい」「女の子だから料理ぐらいできなくては」などと考えるお父さんやお母さんがいたら、その壁を飛び越えてほしかったのです。

 震災がもたらした「早くしなければ」という焦りの中で、すぐに浮かんだのは「さんこう社」の野島社長の顔でした。野島さんとのお付き合いは、私が長年仕事をしていた大学で知り合って以来、早20年近くが経ちます。その生真面目すぎるほどのお人柄と、職人のような仕事ぶりはよく存じ上げていました。けれども、「池澤さん、そろそろ本を書きませんか。」というお誘いに、「もう少し待ってくださいね。まずは他で実績を作りますから。」などと生意気な口をきいていたのです。

 けれども、もう悠長に時を待っている場合ではなくなりました。まごまごしていたら、時間はどんどん過ぎて行き、思いは風化して行きますし、ザウはどんどんと大きくなってしまいます。第一、明日は何が起きるかわかりません。私自身の良い所も悪い所もひっくるめて知っている野島さんに委ねることこそ、最短にして最良の判断であるように思いました。話をする際に、私はこんなお願いをしました。

 「ご存知のように、私はいつも良いチームに恵まれて仕事をしてきました。この本も個人プレーではなく、思いを共有する仲間たちとのチームプレーで作りたいのです。」
 
 そんな我が儘を快く受け容れてくださった野島さんは、以来定期的に行われる「グランマプロジェクト会議」にも欠かさず出席をし、出版社の社長というよりは、私たちチームの一員となってこの企画を進めてくださいました。

 書けない時には、「池澤さん、焦らないでいいですよ。書きたい時に書いてください。急がずにいい本を作りましょう。」という言葉がどんなに励みになったかしれません。ここであらためて御礼を申し上げると共に、私のたいせつな仲間たちをご紹介させていただきます。

 鈴木松子さんは、心がふんわりとする挿絵を描いてくださいました。そして、私の日本語の癖を直してくださいました。本当は経済学の先生です。

 吉川裕子さんは、若手代表として、抜きん出た企画力とセンスで、構成と編集にあたってくださいました。

 磯崎和子さんは、私の積年の片腕かつグランマ仲間として、今回も様々な面で助けてくださいました。

 吉川弦太さんは、「いつか料理本を出す時にはこの人と!」と私が思い続けてきたプロのカメラマンです。生来の優しさがにじみ出るような素晴らしい写真を撮ってくださいました。

 各国・地域の面積と人口は、「今がわかる 時代がわかる 世界地図2011」(成美堂出版)を参考にさせていただきました。

 2011年10月31日、世界の人口は70億人に達しました。けれども、この地球に住むのは70億の人たちだけではありません。陸上に650万種、海中には220万種の生物が住んでいるのです。そしてその9割近くは、私たちにとっていまだに未知な存在です。

 私たちは、たまたま人間として生命を授かっただけ。その「たまたま」に感謝をし、他の870万種の生物たちのためにも、この地球を守っていかなければなりません。

 ザウと一緒に成長しながら、グランマの旅はまだまだ続きます。
 いつの日か『グランマからの手紙その2』が出版できる日が来ることを願いつつ、
どうか皆様も、Bon Voyage!
2011年11月 東京
池澤ショーエンバウム直美
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 ありがたいことに、順調な滑り出しのようです。もしお手にとっていただければとても嬉しいです。書店にない場合はご注文いただければすぐに届くはずですし、アマゾンでも今日から受付を開始しました。もちろん出版社に直接ご連絡なさってもすぐに送ってくださいます。

 グランマからの手紙
 池澤ショーエンバウム直美 
 (株)さんこう社  電話0422-52-1133  E-mail: sanko@za2.so-net.ne.jp

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12月11日(日):路地坂下の人気レストラン「LA TAVERNA」
12月12日(月):???のギリシャレストラン@ペルージャ
12月14日(水):素敵なスープブレイク@スポレート
12月16日(金)予定:まさかのカニカマ@ローマ空港/span>
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2011年12月14日

この町に別れを告げて

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 最後の夜は、もう一度紀元前8世紀の遺跡の上で泳いでから、レンガを積み重ねた中世の建物の中にある大好きなレストランに行き、まるまる1週間を過ごしたこの町に別れを告げました。

 今は水曜日の朝6時になろうとするところ。外はまだ真っ暗です。何の音も聞こえません。そのうち、いつものように東側の空が染まり始め、バルコニーから見渡す町が姿を現し、教会の鐘がなり、幾筋かの煙が空に向かってたなびき始めるのでしょう。こうして、私がいなくなろうがなんだろうが、経済危機が刻々と深刻味を増し、朝から市庁舎前でデモが行われ、時に新聞が休刊になっても、煙が上る人々の日常は、あたかも前日と寸分変わらないかのように営まれていきます。

 今日の道のりはけっこう大変です。本を買うのも我慢して、荷物をなるべく軽くはしていますが、それでも駅の階段の上り下りはかなりの労力と時間を使います。来た時と違い、連れ合いがいますから少しは気持ちが楽ですが、一人の時にはトイレにさえ行けませんでした。

 7時20分に迎えにくるタクシーでペルージャの駅まで下りて、ローマ行きの列車に乗ります。ところがペルージャからの直行列車は本数が限られていて、この時間帯はフォリーニョで乗り換えなければなりません。そこからまた一路、ローマのテルミニ駅へ。テルミニからはまた空港までの電車に乗らねばなりません。やっと乗り込む飛行機が飛び立つのは、ここを出てからおよそ8時間後の予定。到着は時差マジックで、翌日の日付です

 12月15日は特別な日です。私の大切な人が、すぐとなりのギリシャの町で産声を上げました。そして、あの震災の翌朝から思いをこめて書き綴った私の本が、産声をあげます。

 これついては、また帰国したらご紹介をさせていただきます。私がこちらへ発つ直前に完成し、前夜の安田正昭さんのピアノコンサート「メシアン〜みどり児イエスにそそぐ20のまなざし」の会場ロビーでは、出版社のご配慮で、ご来場の皆様に手に取ってご覧いただく機会を持つことができました。
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 外はまだ真っ暗なままです。
 それでも確かに時間は流れています。
 そろそろPCをしまわなければなりません。
 
 ペルージャ、コロトーナ、モンテプルチャーノ、トラズィメーノ、アッシジ、アレッツォ、スポレート、、、、、、、ありがとう!

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2011年12月13日

わがアクシデントの日々

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「ナオミさんのブログを拝見していて、ナオミさんが海外で出会うアクシデントを皆さんにお伝えしていただきたいな、とつくづく思いました。なるべく早い時期にご予定を伺い、講演会など計画させていただければと思いますので、よろしくお願いいたします。」

 こんなありがたいメールをくださったのは、若い人たちの海外就職の機会を作るために、日夜努力をしている人材育成会社のサツキさん。

 何がありがたいかと言えば、アクシデントと言ってもその大半は、実は「ドジ」。そんな私の数限りないアクシデントでさえも、若い人たちのために役立たせてしまおう、というその気概です。

 今回だって、まだまだお話していないアクシデント=ドジ=不運がたくさんあります。

@何度かお話ししてきたように、まずもって予定していたローマ行きの便が欠航となりました。

A予定が大幅に狂って、あたふたとしながらマツエク(女性の皆様なら何だかわかりますよねえ)に駆け込んだら、帰りの電車の中で、左目にゴミが入ったようなゴロゴロとした異物感が始まって、帰り着く頃には白目が充血してしまいました。

Bけれども翌朝からは一泊家族旅行。週末開けの月曜日も一日中予定が詰まっていて、どうしても医者に行くことができません。結局、火曜日早朝に赤い目で成田へ向かい、空港の薬局で目薬を買いました。

C実は、目薬をさしたことがない身です。こわくてさせません。しかもきわめて不器用な身です。えいやっと覚悟をしても目の外に落ちます。結局こんな状態をずっとひきずっての旅となりました。

Dローマ空港からテルミニ駅へは何とか自力で到着したものの、テルミニからペルージャへの乗り継ぎでさんざんな思いをしたことはすでにご報告の通り。

Eあげく風をひきました。ポケットティッシュも使い果たして、一時はホテルのトイレットペーパーをロールごと鞄に入れておりました。

F馴染みのPCからどうしても無線ランがうまく繋がりません。繋がっても3時間カードは容赦なくすぐに切れてしまいます。接続をオンにしたりオフにしたりしながらの作業はかなりのストレスです。リチャージカードをもらいましたが、指示はすべてイタリア語。勘で作業を進めていたら、やっぱり間違ったらしく、何をどうやっても一切繋がらなくなりました。なぜだかわかりません。ホテルの人もわかりません。これまた途方に暮れるストレスです。

Gけれども、いざという事態のために、いつでも持ち歩いているもう一つの予備PCがあります。1年前に買ったばかりの新しいものなのですが、ついつい慣れている方に頼ってしまって、いつまでたっても「予備」のまま。仕方なく今回は予備軍に頼ることにしましたが、慣れない操作はこれまたストレスです。

Hまずは、馴染みのPCに入ったデータの一部を予備PCに移さなければいけません。メモリースティックが必要です。いつもは必ず持ち歩く「マイスティック」も、「どうせたいして長くはない旅だから」と今回ばかりは持ってこなかったのです。何とか店を探して、当座の使用に4ギガのものを買ってきたら、ああ、、、、、こんなことってあるのでしょうか。大き過ぎて入りません。結局15ユーロが水の泡(涙)。そしてまたまた大きなストレス。なんたって2台のPCを並べて、右のデータを見ながら、左のPCに同じものを打ち込まなければならないのですから。

Iやっと完了し、長い送り状を書いてまさに送ろうとした瞬間,「魔の3時間後」がやってきました。いきなり画面が消えました。

J傘を持たずに食事に行って、レストランを出てみたら大雨でした。びしょ濡れになりました。風邪なのに、、、、

K翌日は雨も降っていないのに傘を持って電車に乗ったら、みごと忘れて下りてしまいました。

L露店で買った一番安い傘をさして雨のアレッツォを歩いていたら、傘がなぜか壊れました。どうしても開かなくなってしまったのです。

M3日間オートマ車を借りました。ただし、今回はすべて私が運転をしなくてはなりません。なぜなら夫がミラノで免許証が入ったお財布を盗られてしまったからです。

一日目、走り出す朝はおっかなびっくりだったのが、夕暮れ時に帰る頃にはかなりの余裕ができていました。それなのに2日目の朝、夫が申し訳なさそうに言いました。「ナオミ、やっぱり車はやめようか。ほら、ここの道ってわかりにくいし、行った先で駐車場を探すのも大変だろう?」

かくして私はたったの1日でお役御免となり、レンタカーの2日分はこれまた水の泡。たぶんかなり冷や冷やした助手席の人の勇断だったのでしょう。

 14まで来ましたから、ここでひとまず終わりにしますけれど、とにかくまだまだ続くドジと受難の日々です。もうこうなったら笑い飛ばすしかありません。それにおおかたの事は、生きている限り、どこにいたって起きることなのですから。もちろん東京の日常生活の中でだって。

 昔の言葉で言えば、ドンマイドンマイ。ギリシャ人の口癖で言えばミピラージ。気にしない、気にしない。苦いお薬は良い薬。

 苦いお薬のおかげで、私はイタリアでの電車の切符の買い方も、乗り継ぎの仕方も覚えましたし、今では目薬もかなり上手にさせるようになりました。まずは十中八九大丈夫です。そして、ネット接続のリチャージも、イタリア語を正しい勘で読みながら問題なくできるようになりました。

 雨に濡れて飛び込んだ薬局で買った薬がめちゃめちゃ効いて、5錠飲んだら風邪がピタリと治りました。以来、外出から帰って夕食前にすることは、ブログを書くでもなく、本を読むでもなく、紀元前8世紀のエトルリア時代の遺跡の上に作られたプールで、透明なガラス底の下に眠る遺跡を見ながらフワフワと浮き、ゆっくりと泳ぐことです。この時間のためだと思えば、昼間の受難もなんのその。

 安物買いの銭失いということもあらためて学びました。いくら5ユーロでも、開かなくなってしまう傘は傘ではありません。

 充血はいつのまにかひいて、今朝はもう異物感もありません。

 昨日のアレッツォでは残念ながら「土地の精霊」には出会えませんでしたけれど、これからだってまだ、どこかで出会えるかもしれません。

 今日は、アペニン山脈の支脈の上に建つという小さな古都、スポレートに行ってみます。本来ならばここもまた車で行くつもりだった所ですけれど、ここ、ペルージャからなら電車でたった1時間。車だったらまた何度も迷ったことでしょう。

 帰ればまた不思議空間の水の中でのリチャージが待っています。

 かくして私のアクシデントに満たされた日々は、それなりになかなか楽しく過ぎていきます。
 
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12月11日(日):路地坂下の人気レストラン「LA TAVERNA」
12月12日(月):???のギリシャレストラン@ペルージャ
12月14日(水):素敵なスープブレイク@スポレート
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:00| Comment(7) | イタリアライフ

2011年12月12日

「土地の精霊」に迎えられて

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 どんな土地だって、いいところも、美しいところも、面白いところもあります。それを発見するために旅を続けているのかしら、と思うこともあるぐらいです。怪我をしたり、病気になったり、盗まれたり、落としたりしても、そこからまた見えてくる新しいものがあったりもします。

 そんな中でも、時に、ただ降り立っただけで、心の奥の泉がザワザワと動き出す場所に出会うことがあります。不思議なことは、きっとそうだろうと期待をしていても必ずしもそうではなく、全く期待などしていなかったのにそうだったりすることです。見たり聞いたり触れたりする前から、その場所を包む空気や流れる風に感動をしてしまうのですから、おかしなものです。それは、理路整然と説明ができるようなものではなく、全く不可解な感情に過ぎません。そんなことを何度か体験して以来、私はすっかり「土地の精霊」を信じる者となりました。

 ペルージャからそこまでは電車でたったの30分。この何日かたくさんの教会を訪れ過ぎて少々食傷気味でしたので、全くもって何の期待もしていませんでした。ただ、あまりにも有名な場所でしたので、せっかく近くにいるのだから、一度くらいは行ってもいいだろう、くらいの軽い気持ちだったのです。小雨模様のどんよりと曇った朝でした。

 駅前から乗ったバスは、ウンブリアの豊かな大地を下に見て、どんどんと坂道を上り始めました。そして、目的地のウニタ・イタリア広場に降り立った時に、あのザワザワが始まりました。広場からさらに坂道を登り始めるにつれて漣が広がっていきます。

 サン・フランチェスコ聖堂では、日曜日のミサが始まるところでした。「ミサの時間は観光客の内部見学は不可」などと聞いていたのですが、なぜでしょう、気づけば5人の神父のすぐ横の席に運ばれていました。荘厳な歌が混じる1時間のミサは、すべてがイタリア語ですから、もちろんわかるわけもありません。しかも私はクリスチャンでもありません。けれどもなぜか清々しく、なぜか心地よく、幸せだったのです。

 アッシジの「Basillica di San Francesco」(聖フランシスコ大聖堂)は、聖フランシスコを祀って、彼の死後2年たった1228年に建設が始められました。上部聖堂の壁面は、フランシスコの44年の生涯が描かれた大きな28枚のフレスコ画で覆われています。聖フランシスコは弟子たちにこう語っていたと言います。

「誰であれ、あなた方のもとへ来る者、たとえそれが友であれ、敵であれ、兄弟のように受け入れなさい。」と。

 元々は富裕な毛織物商人のひとり息子として生まれ、何不自由なく育った彼は、すべての所有を放棄し、世俗から離れ、修道の道に入りました。ある時、法王が彼にこうたずねました。「一切の所有を認めないというのは厳しすぎるのではないか。」と。するとフランチェスコはこう答えたと言われています。「けれども、何かを所有すれば、それを守る力が必要になりましょう。」と。

 フランチェスコに守られたこの町に下り立った時のあの漣は、まさに兄弟のように受け入れられたからだったのでしょうか。

 それにしてもこのロマネスク・ゴシック様式の下部聖堂のなんと美しいことでしょう。堂内に飾られている白い薔薇も、ピンクの大輪の百合も、紅色のダリアも、オレンジ色のガーベラも、赤い蝋燭を囲む緑の葉も、全部が本物です。天井は高過ぎず、ステンドグラスはきらびやか過ぎず、決して威圧的でなく、旅人だろうが、巡礼者であろうが、この町の住人であろうが、すべてを受け入れようとしているかのようです。

 そして、その壁や柱の抑えた色彩と幾何学模様のなんと美しいこと!とりわけその青の美しさは、私の心を、静かに、ひたひたと潤わせます。藍ほどには青くなく、空色ほどには明るくない青の、喜びも哀しみも全てを知り尽くした後のような色。

 外に出れば、聖堂の前の芝生の上の囲いの中に、たくさんの人たちが立ったりすわったりしています。近づけばそれは、一つ一つがすべて異なる表情を持っている等身大の人形です。厩では、すでにマリアがその時を待っています。
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「よく見てごらん。籠の中は空っぽだろう?クリスマスになれば幼子キリスト(バンビーノ)の人形が入るんだよ。」

 石畳の古い通りをコムーネ広場まで歩けば、サンタクロースがロバを連れています。
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 サンタ・キアーラ教会から再び広場に戻る帰り道では、突然からだを揺り動かしたくなるような音楽に出会いました。

 お揃いの黒いTシャツを着た年恰好もさまざまな男たちが、およそ15人ぐらいでしょうか、それぞれにいろいろな楽器を持って演奏をしながら歩いてくるのです。誰でも知っているようなジャズナンバーだったり、単に規則的なリズムセッションだけだったり、、、道行く人々はいつのまにかバンドの周りに群がり始め、彼らと一緒にステップを踏みながら歩き始めました。そして、昔よく遊んだ電車ごっこのように、知らない人同士が行列に連なり、踊り、笑い、それを整理するはずのお巡りさんも、そのお巡りさんに何かを尋ねる人たちも、その場に居合わせた人たちがみんな笑顔でいっぱいになったのです。

 いつのまにか、あんなに厚い雲と霧に覆われていた空が明るくなり始めました。
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 「土地の精霊」に迎えられたような気のする場所では、いつだって思ってもみなかった場面に出会います。

 今日は10時の電車でアレッツォに出かけます。そこでまた、「土地の精霊」に出会うことができるのでしょうか。

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12月11日(日):路地坂下の人気レストラン「LA TEVERNA」
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:22| Comment(5) | イタリアライフ

2011年12月11日

今を歩むモノの面白さ

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 思えば最後に風邪らしきものをひいたのは、3〜4年前の雨の高野山。以来、長旅の時には念のために日本の風邪薬を持ってはいくものの、一度も使ったことがありませんでした。そんな慢心から、「どうせ使わないんだから」「どうせ長くはないんだから」と薬を一切持ってこなかったら、まんまと隙を縫ってやられてしまいました。乾燥していた機内と、テルミニ駅でのハラハラドキドキの大汗がいけなかったのでしょうか。喉の痛みで始まった風邪は翌日には鼻に上り、いまだにズルズルしながら過ごしています。

 ここのホテルを選んだ理由のひとつは、透明の底の下にエトルリア時代(紀元前8世紀〜)の遺跡を見ながら泳げるプールがあることでした。ところが、こんな状態ではさすがに泳ぐことはできません。

 水の中が無理でも車の中ならいいだろうと、昨日は朝早くからレンタカーでお隣のトスカーナ州を訪れました。2つの谷に挟まれた丘の上のコルトーナは、エトルリア時代にまで遡る歴史を持つ古い町です。旧市街には中世の建物がそのまま残され、町から臨むトスカーナの丘陵地帯の美しさは、この冬枯れの季節でさえ息を吞むほどです。

 丘を下り、オリーブの林と葡萄畑の中を再び上へ上へと登れば、同じく高い丘の上に広がるのはモンテプルチャーノの町です。上質なワインの生産地としても知られるこの町の、くねくねと続く路地を歩けば、まるで中世にタイムスリップしてしまったかのようです。

 いくつもの美術館を訪ね、いくつもの教会を訪ねましたけれど、やっぱり面白いのはそんな古い町で暮らす人たちの人間模様です。古く美しいモノたちの記憶は、時にごちゃ混ぜになってしまうことがありますが、今を生きる人たちのスナップショットのような場面が、なぜか鮮明に残り続けることがあります。それが歩みを止めてしまったモノと、今を歩んでいるモノとの違いなのでしょうか。

 たとえば昨日、コルトーナへ行く途中の湖のほとりの誰もいないカフェで、ツンツルテンのシャツから下着をのぞかせて、なにやらイタリア語でジョークらしきものを連発しながら、上機嫌でオレンジを絞ってくれたおじさんの、太った後姿。
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 たとえば昨日、コルトーナの教会の薄暗闇の静寂の中、揺れる蝋燭の炎の向こうでひたすら祈り続けていた若い女性の後姿。
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 たとえば昨日、モンテプルチャーノの狭い急坂で、エンストしてしまった車を押していたたくさんの男たち。それを取り巻くギャラリーの声援。そして、ひとりまたひとりと抜けていき、最後に残った二人の男たちの後姿。
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 旅の面白さはそんなところにもあります。

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12月 7日(水):ローマ空港おひとり様ディナー
         ナイスタイミングのウエルカムプレート
12月 8日(木):まずはスーパーマーケット
12月10日(土):ちょっと一息3つのおやつ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:09| Comment(1) | イタリアライフ

2011年12月09日

人生はワンダー〜11月4日広場の大噴水にて

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 昨日のイタリアは「Immacolata Concecione」という祭日でした。シャッターを閉じた店も多く、午後からお休みになった美術館もありました。いったい何の祭日かといえば「聖母無限罪御宿りの日」だそうですが、そう言われてもわからないことに変わりはありません。

 けれども祭日は祭日。通りには人が繰り出し、すでにクリスマスツリーに彩られた目抜き通りでは、クレーンに乗った人が頭上を飾るイルミネーションを取り付けています。サンタクロースの恰好をしたギター弾きは、募金箱を前に演奏を続けます。人ごみから少しばかり離れた教会の前では、大きな白いリボンをつけた車が花婿と花嫁を待っています。

 至る所にピアッツァ(広場)があるイタリアのこの町で、中心にあるのが「Piazza IV Novembre」(11月4日広場)という名の広場です。そしてその象徴とも言えるのが、13世紀に作られたという噴水です。今では破損を防ぐために、周囲をぐるりと鉄柵が取り囲んでいます。柵の中で初冬のぬくぬくとした日差しを浴びながらくつろぐことができるのは鳩だけです。それでも人々は柵の周りをぐるぐるとまわり、入念に施された彫刻を見、何度も何度も空を仰いで、噴き出す水を眺めます。

 パートナーがしみじみと呟きます。

「最初にここに来たのは1966年の3月だった。あれからもう46年近くがたとうとしている。僕はアメリカから船で大西洋を渡り、ベルギーの大学で勉強する学生だった。おんぼろの車を借りて1か月、ひとりでイタリアを旅してまわったのさ。お金もなかったから町で一番安い宿に泊まりながらね。

 自分が将来どうなるのかもわからない不安をかかえていた。けれども、同時に頑張ればなんにでもなれると思える無鉄砲な力も持っていた。

 あの時は噴水のまわりに柵なんてなかったさ。僕もほかの人たちと同じように噴水のあの階段に腰を掛けて、まるで哲学者のようにいろいろなことを考えていた。46年後に、君と一緒にここに立っているなんてこれっぽっちも思わずにね。人生っていうのはつくづくワンダーに満ちたものだよ。」

 この噴水は、たとえ柵のこちら側からでも、たしかに、人生を考えさせます。丸い輪が何段も積み重なったような円柱の表面は、どこもかしこも美しいレリーフが施されています。

 1月から12月までの1年を表す絵は、それぞれの月が2枚にわかれて、月ごとの人間の営みを見せます。たとえば12月ならば、伝統的な方法で豚の喉をかき切って血を桶にためている男が左に描かれ、右は食用のために殺した豚を肩にかついで、足元にじゃれつく犬にも気を留めず、急ぎ足で歩く男に変わります。

 ライオンとグリフィンが向かい合っていたかと思えば、文法、論理学、修辞学、代数、幾何、音楽、天文学、哲学、という、リベラル・アーツを象徴する学問が、同じくそれぞれ2枚の絵によって描かれています。続いて目に入るのは聖書の中のさまざまな場面です。アダムとイブの失楽園の場面もあれば、サムソンとデリラも登場します。

 26の様々なモチーフによって作られたレリーフは、こちらの心に「見る余裕」さえあれば、多くのことを考えさせます。おそらく、13世紀から連綿と、私たち人間は同じようにこの噴水と向かい合ってきたのでしょう。

 それだけではありません。よく見れば、まるでアテネのアクロポリスのカリアティド(少女の柱)のような、人型の柱が24柱もあります。聖人だったり英雄だったりするようですが、一人一人、いえ一柱一柱、顔もからだも異なります。一番上の水盤と、頂上のブロンズのニンフ像はピサーノの作品です。

 私だって、前髪を切りそろえた高校生の頃、まさか自分が46年後に、クリスマスを迎える準備に浮き立つこの町で、13世紀の噴水のまわりを歩きながら連れ合いと空を見上げているなんてこれっぽっちも思いやしませんでした。

 人生とはつくづく、良くも悪くもワンダー(不思議な驚き)の連続です。
 
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12月7日(水):ローマ空港おひとり様ディナー
        :ナイスタイミングのウェルカムプレート
12月8日(木):まずはスーパーマーケット
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:56| Comment(1) | イタリアライフ