2011年11月30日

号外! 見つかりました、あれが。

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「こんな美しい季節に気の重いことがあります。日曜日以来、私の大切なメガネが行方不明なのです。」

 これは12日前の11月17日のブログ、「ありえない捜索願い」で書いたこと。17日といえば木曜日ですから、すでに事件が発生してから5日間がたっていたことになります。以来皆様にお気遣いをいただきながらも、捜索は難航。

「ハサミを片手に持って探すと見つかるそうですよ。」と聞いて、家の中、どこへ行くにも探知機のようにハサミを握り締めていた日々もありましたが、、、、あきらめました。だってありとあらゆる所を探したってないのですもの。床に這いつくばってソファーの下を覗くことも1度や2度ではありません。ふだん使っているすべての引き出しを毎日開けては毎日落胆し、最後には「きっと神隠しにあったのか、ゴミと一緒に捨ててしまったのか、トイレに流してしまったんだろう。」とまで思うしかなくなって、、、、

 結局、あまりの不便さと捜索のストレスに、19日の大雨の日、メガネ屋さんへと走りました。「タイの洪水のせいでレンズの納品が滞っています。できあがりまでに少々お時間をいただくことになりそうです。」などと言われていたのが、思いのほかに早く仕上がり、新しいメガネを手にしたのが25日の金曜日。

 実は、こんなことはもう二度とないようにと、いえいえ、こんなことがまた起きてもあわてないようにと(笑)、いっぺんに3つのメガネを作ってしまいました。遠近両用と、遠くを見るため用と、近くを見るため用のもの。そして捜索は中止しました。

 それからまた3日たった今日、友人が食事にやってきました。本当はお昼ご飯のはずが、あろうことか電車の網棚にお財布から免許証、クレジットカードに家の鍵など一切合財を入れたカバンを置いたまま下りてしまいました。ご主人様はゴルフ旅行中ですから、もしも見つからなければ家に入ることもできません。「ナオミさ〜ん、メガネまだないの?」などと言っていた友が、今度は真っ青になって捜索願いです。

 幸いカバンは無事見つかりました。けれども、保護されたカバンを受け取りに、終点の遠くの駅まで行かなければなりません。おかげで、昼食の予定が夕食になってしまいましたけれど、築地で買ってきてもらったお魚とお野菜でおいしい料理を一緒に作り、さて、そろそろという時。

 余った金目鯛の煮付けと、お野菜を持って帰ってもらおうと、めったにあけない引き出しを開けました。なぜならそこに、紙袋がたくさん突っ込まれているはずだったからです。

 開けると同時に私は何やら叫んだようです。友があわてて飛んできました。
「ど、ど、どうしたの!?」

 行方不明のメガネがそこに“居た”のです。どうして?どうして?どうして?
 いまだにどう考えてもわかりません。だって本当に、めったに開けない引き出しですし、あの日私がこの引き出しを開ける理由などなかったはずなのですから。

 友が言いました。「きっと毎日、見つけてくれ、見つけてくれ、ここにいるよ、と叫んでいたんでしょうね、気の毒に。」

 気の毒なのはどうも私ではなくメガネさんのようです(笑)。

 というわけで一件落着。お騒がせいたしましたが、捜索願いを出していた私のメガネは本日無事に戻ってまいりました。

 この一件で今や恐ろしいことになりました。なにせあまりの落胆に3つも作ってしまったんです。見てください、似たようなものがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ!!
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 けれども、これで当分は安心できそうです。
 友のカバンと言い、長期行方不明の私のメガネと言い、まずはめでたし、めでたし。

 皆様、ご心配をおかけしました。
 そして、ありがとうございました。

 教訓?
 棚からぼたもち、引き出しからメガネ。

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11月27日(日):アシエット再び
11月28日(月):コタキナバルのマギーとクノール
11月29日(火):ヒラリー・クリントンのチョコチップクッキー
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2011年11月29日

悪い連鎖はどうかもう、、、、、

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 3月11日の津波は、三陸沿岸から約4千キロも離れた北太平洋のミッドウェー諸島にまで繋がりました。ミッドウェーとは、小笠原諸島とハワイ諸島の中間よりもう少し東に寄った所です。

第一波が襲来したのは日本時間で午後7時36分。その後、第四波までが確認され、高さは最大1メートル50センチにも達したそうです。その結果、諸島中2番目に大きいイースタン島の60%が冠水してしまったというのですから、大変なことです。

 容易に波にのまれる平らな島々に住むのは多数の鳥たちでした。この珊瑚礁の島々は数々の海鳥の生息地として知られています。クロアシアホウドリの世界一の繁殖地ですし、ミッドウェイの旗に登場するコアホウドリも数多く生活しています。

 そこを東日本大震災の津波が襲ったのです。コアホウドリやクロアシアホウドリのヒナ達はあっと言う間に流されて、11万羽ものヒナが犠牲になりました。生き残ったヒナたちは、散乱する漂着ゴミの中で暮らしていると言います。

 外来種の侵入が生態系を崩し、狩猟がその数を減らし、絶滅した種類の鳥さえいるところにもってきて、津波の被害は甚大です。

 ギリシャに始まった財政危機もまた、ひたひたとヨーロッパに冠水し、いっこうに水が退く気配を見せぬどころか、ますます水勢を高めているかのようです。今やお隣のイタリアも水浸し。

 今朝、突然こんな緊急連絡が飛び込んできました。もう随分前に予約していた来週のローマ行きアリタリア便が運航停止になったというのです。私の予約は、こちらの意向を確かめる前に、勝手に午後便に変えられていました。

 天候のせいだとか、機体トラブルだのと、空港でいきなりフライトキャンセルになって慌てたことは何度かありますけれど、こんな風に何日も前にいきなり欠航なんて、いったいどうしたというのでしょう。まず思うのは、午前便に乗るはずだったお客が全員、午後便におさまったのだろうか、という疑問。これにはエージェントの方がこう答えました。「十分に移せたようですよ。それでもまだガラガラのようです。」

 なるほど、ガラガラの午前便とガラガラの午後便を2機も飛ばすなんて、この不況の中ではいかになんでも効率が悪すぎます。素人だって、1+1=1にした方が無駄がないことぐらいは察しがつくというもの。とはいえ、実に困りました。着いた日にどうしてもウンブリア州のペルージャという町に行かなければならないのです。午後の便ではローマに着くのが夜の7時。それからの移動は無理です。

 かくなる上はダメ元で、一日早い便への変更を交渉するしかありません。だって完全に航空会社側の都合なのですから。すると、ほどなく返事が来て、「どうぞお移りください。」。つまりそれができるほどに、前日の飛行機にも空席があったというわけです。それも1席や2席どころではない様子。

 エージェントの方が言います。「ギリシャばかりじゃありません。イタリアに行くお客様も随分減ってしまいました。いつまで続くんですかねえ、こんな状況が。」

 かくして私は、一日早まってしまった出発に、ねじり鉢巻をしめねばならぬ身とあいなりました。

 良いことならば、まわれ、まわれ、繋がれ、繋がれ。
 でも、悪い連鎖はどうかもう、、、、、、
 もうすぐクリスマスなんですから。

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2011年11月28日

今日も「マタドジ物語」

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 毎日滞りなく終わった一日など、まずありません。クロークに預けた際に渡されたプラスチックの札が見つからなくて、カウンターの上でバッグの中身を洗いざらい出してみたり、行く先の地図を入れたつもりで入れてなかったり。

 家の中でメガネを探すのも日常茶飯事なら、急いでいる時に「やったあ、ラッキー、間に合った!」と飛び乗った電車が、下りたい駅には止まらない快速急行だったり。

 大雨の日の電車の中には傘を忘れ、いただいたばかりの素敵な手編みのマフラーを首に巻いてパーティーに出かけたら、お気に入りのトルコ石のネックレスにひっかかって、、、、

 会場はオープニングのスピーチが始まっていて、それなのにマフラーを外すことができなくて、いよいよ乾杯の時となってワイングラスが配られて、それでも私は格闘中。

「皆様のおかげで無事に終了いたしました。ありがとうございました。そして、お疲れさまでございました!」などと乾杯の音頭が取られ、ああどうしよう、と焦りながらマフラーを引っ張ったら、ひっかかったネックレスのチェーンがあらぬ所で切れてしまって、、、

 これらはみんなこの1週間以内に起きたこと。
 そのたびに運の悪さを恨むでもなく、「セラヴィ」とばかりにあきらめて、ドジな自分と何とか折り合いをつけて生きています。

 反省をしないわけではありません。番号札はどこにしまったかちゃんと覚えておこうとか、必要なものは紙に書いて、出かける時にはひとつずつ指差し確認でもしよう、とか。

 それなのに今日もまた、ドジをやってしまいました。かなり大物のドジです。おかげで私は深夜に新聞を広げて、家の中で土いじり。

 夕方から六本木の恵泉園芸センターで、素敵な特別講習会がありました。その名も「春を待つ寄せ植え〜小さな花を集めて」。私にとっては長い間ご縁のあった場所ですし、「ミニチューリップやムスカリなどの小球根、春の一年草や小花が可愛い宿根草を寄せ植えします。春が来るのが待ち遠しくなります!」などと聞けば、居ても立ってもいられずモソモソ。震災以来、私はちょっとした趣味人になって、好奇心をまめに行動に繋げるようになりました。明日の保障がないならば、今という点をつないで未来にしていくしかないからです。

 不器用ながらに、教えていただいた通りに鉢に土を入れ、小石を広げ、また土を入れ、紫色に咲いているビオラと、春になればこぼれるように小さな青い花が咲くというベロニカの苗を植えました。そして、そのまわりに、地中海色の花を咲かせるムスカリと、赤いミニチューリップ、黄色いミニ水仙の球根をたくさん埋め込みました。

 それは、ずしりと重い「春待ちポット」を大きな手提げ袋に入れて、「春待ち気分」で地下鉄のエスカレーターを上っている時に起こりました。あまりに重いので一段前の階段に下ろしてつい油断をしていたら、エスカレーターはすでに一番上に到着。袋はひっかかってヒックリ返り、あわてて持ち上げて中をのぞけば、ああ、、、、、、、、、

 ポットが逆さまになっていて、あんなに一生懸命土の中に隠したはずの球根たちが、コロコロところがり出しているではありませんか。石も土もひどいカオスの中です。もう家に着くまで袋の中を見ないことにしました。考えないことにしました。そしてずっと本を読んでいました。逃避行です。

 けれども、いつまでも現実から逃げているわけには行きません。朝になる前に、苗も球根も救い出して、「大物ドジ」を修復しなくてはなりません。まずはビールで景気をつけて、床にたくさん新聞紙を敷いて、深夜の土いじりを始めることとなりました。

 始まりはかなり悲惨な面持ちでしたが、土に触れているうちにだんだんと面白くなってきて、最後にはこう思いました。「大物ドジのおかげで二度楽しめた!」

 こうして私は今日もまた、運の悪さを恨むでもなく、「セラヴィ」とばかりにあきらめて、ドジな自分と何とか折り合いをつけています(笑)。一度放り出された球根たちが、ちゃんと芽を出し、春には花を咲かせてくれることを信じながら。
 
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11月22日(火):ホワイトハウスの殺風景チキンパテ
11月23日(水):殺風景チキンパテの変身
11月25日(金):最近はやりの朝御飯
11月27日(日):アシエット再び


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2011年11月27日

謎解きパズルの後の風景〜村上陽一郎先生のお話の後に

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 昨日、今日と二日続きでものすごい贅沢をしています。昨日は小さなノートに9ページ。ロイヤルホストでフライドポテトをつまみながら、雄弁と多弁について、古代ギリシャから現代史までの家庭教師ならぬファミレス講義です。教師はわが大親友にして尊敬する元国際基督教大学(ICU)学長の大口先生。

 これについてはまたあらためて話します。独り占めするにはあまりにもったいない、血湧き肉踊るお話でした。

 そして今日は、横浜共立学園での村上陽一郎先生のご講演。コーディネーターとしての務めを忘れて、すっかり「知の喜び」に酔ってしまいました。ごぞんじの方も多いことと思いますが、村上先生は東大とICUの名誉教授であり、今は東洋英和女学院大学の学長をつとめておいでです。加えて言えば、いつお会いしても見惚れてしまう素敵な方です。

 今、一番嬉しいのはこうした「知的興奮」であり、「知的感動」です。新しいことを知ること、すでに知っていたこと同士が結びつくこと、その思いもかけぬ繋がりを発見すること、、、それらは珠玉の喜びであり、私にとってはいくつもの宝石以上に価値あるものです。知識の断片が繋がることを、私は「チリンギング」(知の連環)と勝手に名づけては楽しんでいます。(http://blog.platies.co.jp/archives/20100619-1.html

 「科学・技術と社会」と題する村上陽一郎先生の講演は、科学と技術の違いについてから始まりました。それらは似ていたり、重なる所はあっても違うもの。だから科学技術ではなく科学・技術だとおっしゃいます。

 道具の話では、道具を使うのは人間だけではない、鳥でさえ道具を使って生きていると。ダーウィンがガラパゴス島で発見した「つまようじフィンチ」という鳥は、小さな小枝を嘴でくわえて、木の皮と幹の間に差し込みます。すると幹の中から小さな虫が出てくる、フィンチはそれをついばむという図式です。

 ワシントンの家の書庫には、「子どもの頃は鳥類学者になりたかった」と言う夫が集めた鳥類図鑑がたくさんあります。この夏、なぜか私はひとりで書庫に入って、よく図鑑を眺めていました。そこでフィンチ(Finch)の名前を知りましたが、ダーウィンにも、ガラパゴスにも気づきませんでした。それなのに、なぜか全く別の理由から、「そうだ、ガラパゴスに行こう!」などと考えていたのですから不思議です。

 先生が言います。「哲学=フィロゾフィーとは知を愛するという意味です。」
 ここで初めて気づきました、「あっ、そうか、そうだったんだ!」。なんで今まで気づかなかったのかが不思議なぐらいです。だって、ギリシャ語でフィロとは友人や友愛のことですし、ソフィアとは知恵のことなんですから。

 いったん気づけば思考は発展していきます。9月に行ったフィラデルフィアは、フィロ+アデルフィではないですか!アデルフィはギリシャ語で兄弟ですから、フィラデルフィアとは兄弟を愛すること。そう言えば、誰かが言っていました。「フィラデルフィアは兄弟愛の町です。」と。

 こんな風にひとつの気づきがどんどんと広がっていくのは、まるで謎解きパズルのような面白さです。

 技術と科学の違いに始まって、科学の特徴、科学の変質、国家と科学、政治課題としての科学、科学の新しい社会的意義へと、先生の話は進みます。最後に投げかけた専門家の資質についての言葉はずしりと重く響きます。

「専門家と非専門家の間の橋渡しをする人材が社会の中で育たなければならない。そうしたコミュニケーション能力を持った人たちが育つように、社会リテラシーと科学リテラシーの2つのチャンネルを高等教育で作らねばなりません。」

 講演も、花束贈呈も、サイン会も、記念撮影もすべて終了し、ほっと見あげた窓の向こうの風景の、何という広がり!新しい何かを知った後の景色は、いつだって少しばかり違って見えます。

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2011年11月25日

障害という文化 手話という言語

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 公開シンポジウム「ことばのバリアフリーを目ざして」が開催されたのは先月末、日本社会事業大学でのことでした。斉藤くるみ先生による30分の基調報告の後に、3人のパネリストによるパネルディスカッションが行われたのですが、日本大学の渡部淳先生と国際基督教大学の槻舘尚武先生の隣にちょこんと座っていたのがなぜかこの私でした。

 そして、このシンポジウムのテープ起こし原稿の校正締め切りが今日だったのです。時間にしてたった1時間半が、紙になればA4でぎっしり28ページです。出かける前に終わらせようと早朝から集中して読み込んでいて、2つのことを大発見。

 まず悪い方の発見から言えば、まあまあ自分自身の言葉の何と、、、、。
この「、、、、」の部分には、拙いとか、論理性の欠如とか、表現がくどいとか、、、色々なものが入ります(泣)。話している時には全く気づかない自分の話し癖が、テープで起こされるとこうも如実に露見してしまうのですから残酷なものです。何たって話し言葉は書き言葉と違って、言ってしまったが最後、もはや訂正はできません。

 そんな私にひきかえ、斉藤先生以下、3人の先生方はさすが日ごろ大学で講義をなさっているだけあって、話し言葉も整然としています。

 次に良い方の大発見。

 斉藤くるみ先生の基調講演を活字で読ませていただき、またしても心を打たれました。「またしても」と言うのは、そもそもこのお仕事を引き受けようと思ったきっかけが、この大学の「日本語でも英語でもない手話で学ぶ教養がここにある」という姿勢と、「手話は弱者のための言語ではない。障害はひとつの文化であり、手話というのはその文化の中の言語だから、世界にたくさん存在する少数言語のひとつに過ぎない。」という先生の考え方に大変感銘を受けたからなのです。

 ちなみにこのプロジェクトは文科省の助成によるものです。シンポジウムの中で先生が語りました。

「障害というものが、一般の方より何か欠けていて、一般の人に近づけるように支援する、あるいは、それを補ってあげるといいう考え方ではなく、障害を文化と見る考え方がイギリスで生まれた障害学です。」

「本学では、外国語科目として『日本手話』を置きました。それは、日本で最大の数を持つマイノリティーということで日本手話を位置づけること、それから日本手話者の権利を守ること、日本手話の言語性を認めるという考え方でした。担当するのは、日本手話を母語とするろう者の先生=ネイティブスピーカーです。」

 障害を文化とし、手話をマイノリティーの言語とし、手話によって会話をするろう者の先生をネイティブスピーカーと呼ぶ、、、、

 そういうことをごく普通に行っている所があるのです。そんな場所で仕事をさせていただけたことを誇りに思います。

 暗くなった帰り道、街灯に照らされた銀杏並木の何と美しかったこと!
 夜桜が美しいなら、夜銀杏だって美しい!

By 池澤ショーエンバウム直美



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2011年11月24日

時空を越えての再会〜Isn’t it gorgeous?

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 ハリケーンが去った後の9月初めのワシントンの町は、とりわけ美しく輝いて、スーザンが両手を広げて空を見上げ、息を深く吸い込んで言いました。「Isn’t it gorgeous?」(最高じゃない?)
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 4人でぞろぞろと出向いた先のレストランの外テーブルは、夕方の風があまりに心地よくて、スーザンがまた言いました。「Isn’t it gorgeous?」(最高じゃない?)

 すると私の左隣りにすわったマーティンが呟きました。「Yes, indeed.」(本当だ。)
 まず初めはカリフォルニアのピノノワールでした。4人で乾杯をして、みんなが一緒に言いました、「Isn’t it gorgeous?」
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 スーザンとマーティンが東京にやってきました。毎年この時期にはジョージワシントン大学ロースクール恒例の「Thanksgiving Celebration」があるのです。100名はいるという日本人卒業生たちが招かれて親交を深めます。副部長のスーザン教授と、重鎮のマーティン教授は毎年の常連です。この輪の中になぜか毎年、私も加わっています。今年は青山の「青山ロビンズクラブ」が会場でした。カナダ大使館と同じビルにある洗練されたクラブです。

 集まった人たちの中には懐かしい顔がたくさん見られます。卒業生たちの要とも言える国際弁護士のハギは1968年の卒業生。私たちの大切な友人です。9月には会議でご夫妻でワシントンにやってきて、スーザンと一緒に我が家に食事にいらっしゃいました。夕焼けのきれいな晩でした。
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 4月のワシントンで食べたり飲んだりの楽しい時間をご一緒した某大学の藤川先生は、相変わらずのダンディーです。

 さつきさんに初めて会ったのは、2006年の冬でした。スーザンの家に集まってから、他の国の留学生たちと一緒に食事に繰り出しました。さつきさんが裁判官だなんて、今もって信じられないぐらいに清楚で美しい女性です。

 こんな風に、時空を越えての再会は、あちらからこちらへ、こちらからあちらへと動きながら暮している者たちにとっての、心躍る喜びのひとつです。

 黒いスーツのさつきさんが、隣りでチラチラと腕時計に目を走らせ始めました。スーザンとマーティンのスピーチが終わると、「すみません。私、お先に失礼をしなくてはなりません。」 

 裁判官のさつきさんは、2歳半の坊やを持つワーキングマザーでもあるのです。

 ずっと気になっていた、着物を粋にお召しになった美しい女性は、会社法を専門とする弁護士でした。駅までご一緒に歩きながら、「どちらまでお帰りですか?」とたずねると、「はい、これから会社に戻ります。」

 時計はすでに9時近く。
 後ろからスーザンが追いかけてきて言いました。
「Naomi, wasn’t it gorgeous? When and where are we going to see next time?」
(ナオミ、最高じゃなかった? 次に会うのはいつどこでかしら?)

 女たちは実にしなやかに、それぞれの役割を全うしています。

 ところで、ふと気づいてみたら、レストランの外テーブルでのディナーも、我が家でのディナーも、そして今夜も、スーザンは同じジャケットに同じスカート。学生たちのことはとことん世話を焼くけれど、自分のことは気にしない、、、、こんなところが太っ腹のスーザンらしくて大好きです(笑)。

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11月22日(火):ホワイトハウスの殺風景チキンパテ
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2011年11月23日

I am a thousand winds that blow〜千の風になって

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 年賀はがきの発売から早3週間以上がたち、ポツポツと喪中のお知らせが届く頃になりました。年末までのこの時期は、忘年会やらクリスマスの賑わいの中で、悲しさも一緒に走り抜ける季節です。

 年賀状の習慣のない海外では、喪中はがきが届くこともありませんが、その時その時にご家族や友人がこんな知らせを寄越します。今の時代は、メールで一斉配信という形が多くなりました。悲しみの報せには、すぐにお悔やみのメールをお出しします。

 今朝一番に飛び込んだのはこんな訃報でした。

Dear Colleagues,
It is with a heavy heart that I have to advise you that Bob died early this morning at his home here in Hilton Head Island. We will all miss him and his generous hospitality but will be thankful for having spent many enjoyable times in his company.  Warmest wishes to you all.    Larry
(親愛なる同僚たちへ  ボブが、ここ、ヒルトンヘッドアイランドの自宅で、今朝早朝に亡くなったことを謹んでお伝えします。私たち皆が彼と彼の寛容なホスピタリティーを慈しみ惜しむことでしょう。そして彼の仲間として共に過ごしたたくさんの楽しかった時に感謝をするでしょう。皆様へ心をこめて。  ラリー)

 アメリカ内での発行部数で言えば5番目、約66万部のワシントンポスト紙は、創刊以来134年の歴史を持つ日刊新聞です。そして、その名の示す通り、ワシントンDCの地方紙です。ですから、DCに滞在している時はまずこの新聞に目を通します。

 日本の新聞よりはだいぶ縦長の紙面いっぱいに、ほぼ毎日のように掲載されているのが、「IN MEMORIAM」と、「DEATH NOTICE」です。前者は、その日に命日を迎えた故人へのメッセージ、そして後者が訃報です。もちろん圧倒的に訃報の方が多く掲載されています。亡くなられた方の写真が付いたものと、文字だけのものとが半々ぐらいでしょうか。写真のおおかたは幸せそうな笑顔です。
 
 とりわけ目を引くのは、小さな子どもの写真です。何となく東京まで持ってきてしまった紙面には、1994年のこの日に8歳で亡くなったポメランツ君へのオマージュが書かれています。この欄だけが他と違うのは、文字が右から左までを埋めずに、両端に空白を残したままセンタリングになっていることです。

 ちょっとここに転記させてください。

ANDREW MARK POMERANZ
January 19, 1986 – September 3, 1994
IN LOVING MEMORY

Do not stand by my grave and weep;
I am not there. I do not sleep.
I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn rain.
When you awake in the morning’s hush,
I am the swift uplifting rush,
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft star that shines at night.
Do not stand by my grave and cry;
I am not there. I did not die.
We love you and miss you,
Dad, Mom and The Family


 何度読んでもやはり涙で目が曇ります。
 お気づきの方もいらっしゃるでしょう。日本でも何年か前に大ヒットをした「千の風になって」です。

私のお墓の前で泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風になって あの大きな空を吹き渡っています


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2011年11月22日

世代を超えて伝わっていくもの

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「虫取りや川遊びといった自然体験が豊かな親がいるほど、子どもの自立心は高い」

 これは、先日、国立青少年教育振興機構が発表した調査結果です。
「自然と触れ合うことによる好影響が、世代を超えて伝わっていくことが初めて示された」とのこと。

 具体的な説明によれば、中学生までに海や川で泳いだり、夜空の星を見たり、昆虫をつかまえるなどの体験をたくさんした人たちの子どもの63%は、同じ体験を何度もしているそうですし、もっといいことには、そうした自然体験の豊かな子どもほど、自立的行動習慣を身に付けているそうなのです。

 体育の通信簿はいつも「3」。これでもたぶん相当のおまけ(笑)。
 そんな私でも、海も川も星も昆虫も大好きでした。「男の子らしく」という意味も、「女の子らしく」という意味もよくわかりませんでしたし、もしわかっていたとしても、全然気になんかしなかったことでしょう。父も母もその点ではなかなかリベラルな人でした。

 そうしたDNAは確実に娘たちに引き継がれました。加えて言えば、彼女らの父親は私に輪をかけての冒険家であり、私と違って自然科学にも通じた人でしたから、娘たちの「自然体験」はかなり豊かで、かなりユニークなものとなりました。うっかり机の引き出しをあけようものなら、ペットのイモリが飛び出してくることなどは日常茶飯事でした。小さな娘たちを連れて、家族4人で、ポンペイ島からコスラエ島まで、何日も何日も貨物船に乗って航海をしたこともあります。昼は大海原に糸を垂れ、荷物を下ろす小さな島々で身体を洗う水を借り、夜は豚や鶏と一緒に満点の星を見ながら甲板で眠りました。島に着けば着いたで、マングローブの中の水路を、小さなボートで進みました。

 大人になった娘たちは、時にポツリと思い出の断片を語ることはあっても、そんな体験がどのような形で心に留まっているのかを知ることはできません。

 先にあげた教育振興機構の調査を読んで、そんなことをつらつら考えていたら、「ちょっとコタキナバルに行ってくる。」と言う連絡が娘からはいりました。「どうしてそんな所に小さな息子と二人で?」と、自らの昔の日々をすっかり忘れてうろたえる私に、娘が平然と言います。

「XXにジャングルでカブトムシを見せたいから。カヤックに乗ってマングローブの林の中で蛍を一緒に見たいから。星をたくさん見せたいから、、、、、」。こんな具合にまだまだ続きます。ふと気づけば、まるで昔の私です。

 1週間の自然体験から帰ってきた小さな少年は、グランマの欲目でしょうか、一まわりしっかりと、2本の足で堂々と大地を踏みしめているようにすら見えます。

 この調査に関わった千葉大学の明石要一先生の言葉は、子育て中のお父さん、お母さんにはぜひ心に留めていただきたい言葉です。

「子どもに自立的な行動習慣を身につけさせるためには、厳しいしつけより、親子で自然体験をした方が漢方薬のようにじわじわ効くはずだ。」

 日一日と秋が深まり、私の町の銀杏並木が美しく染められ、色づいた落ち葉が足元の地面を覆うようになりました。もうすぐ12月。ちょっと早いのですが、大きなカブトムシを掴めるようになって、暗闇も怖くなくなった少年は、今夜、クリスマスオーナメントに灯をともしました。

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11月22日(火):ホワイトハウスの殺風景チキンパテ
11月23日(水)予定:一工夫の殺風景チキンパテ
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2011年11月21日

飄々と粋に「今」を生きる

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 定年を迎えアロマテラピーを勉強し、インストラクターとセラピストの資格を取った友がいます。銀行の後に転職した大学で長年仕事をした後に、「アロマ」と言う全く異分野の道を選び、癒しのボランティアとして、老人ホームや介護施設などで奉仕をしています。そんな友が最近、日曜日と月曜日だけのアロマトリートメントのサロンを始めました。

 東京郊外の一軒家の、手入れの行き届いた庭では、秋の花々が風に揺れています。玄関を一歩入れば静かにBGMが流れ、馥郁とした香りに包み込まれます。友は私の好きな香りのオイルを調合し、うつぶせになった私の身体に、流れるように手をすべらせていきます。一生懸命に、真面目すぎるぐらいに、そして時に緊張をして、、、、

 私たちの間には、同じ職場で働いていた16年という月日があるのに、私たちはほとんど昔を語ることはありません。その分、謙虚に今を語り合います。昔、どんな役職に就いて何をしようが、そんなことは私たちの「今」ではありませんから。

 先日、このブログでご紹介した写真家の友も同じです。彼女もやはり私たちと同じ大学の同僚でしたが、ブータンに惚れ込み、その地を何度も訪ねては、76歳の身で、「ブータン〜祭りと人と〜」という写真展を銀座で開きました。彼女もまた、昔の仕事を語ることはありません。なぜって「今」を生きているのですから。

 かと思えば、いまだに過去をひきずり、過去にすがって生きている人たちもいます。何かと言えば、とっくの昔に辞めた会社の名前を口の端にのせては自分を語ろうとします。名刺をいただいたら、「元XX会社XX部長」とか、「元XX大学XX室長」などと書いてあるのを見て、驚くと同時に、何だか哀れになったことがあります。だって、それが20年も前のことだったのですから。

 もちろん、今ここにいる私たちは、過去の私たちがあってのこと。けれども、そんなことをことさら言わなくたって、今の私たちを表現することはできるはずです。いえ、それができなければなりません。過去の栄華や権力を言わねば自分を伝えられないとしたら、それはどちらかと言えば「ダサい」と思うのです。

 かくいう私もつい、「○○で仕事をしていた時には」、「私が●●のXXだった時には」などと言ってしまうこともありますが、最近は口にしてしまった後で、何やらばつの悪さを覚えるようになりました。

 いつか名刺を持たずにすむようになりたいと思います。あるいは、ただ自分の名前だけが書いてあるごくシンプルな名刺を持つようになりたいと思います。それが「粋」というものです。そして、どうせ年をとるのなら、年をとればとるほど飄々と粋に生きていけたらと思うのです。

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11月22日(火)予定:ホワイトハウスの殺風景チキンパテ
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2011年11月20日

Oh, what a beautiful morning!


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 一夜あけたら、まあ、何と言う美しい秋の日でしょうか。昨日あれほど降り続いた雨が、木々や花々ばかりではなく、天空の埃までをも洗い流したかのようです。

 口をついて出るのはあのメロディー。

 Oh, what a beautiful Mornin’ ♪
 Oh, what a beautiful day♪

 古いミュージカル「オクラホマ」の中の美しい歌です。

 こんな日に会いたい人は二人。
 会えたら渡そうと思ってためておいた物たちは、会えなかった時間の分だけズシリと重くなりました。飛び乗った電車は休日なのに混んでいて、空いている吊り皮はただひとつ。

 私が捕まった吊り皮近くに立っているのは、子供連れの若夫婦です。母親はクルリと長いマツゲエクステにきれいなメークで、むずがる男の子を抱いています。年の頃は2歳ぐらいでしょうか。大きな鞄とたたんだバギーを両手に持つ父親は、シルバーのチェーンに半袖のTシャツ姿。タトゥーが袖に見え隠れしています。足元には利発そうな女の子がぴたりとからだを寄せて立ち、電車が揺れるたびに父のパンツをしっかりと握りしめます。

 11月も後半だというのに混んだ車内は汗ばむほどで、母親の腕の中の小さな男の子は居心地の悪さにぐずり始めます。もがくように空に伸ばした小さな手が偶然私の釣り皮に触れると、今度はそれを掴もうと一生懸命です。けれども、電車の揺れと供に、吊り皮は遠ざかり、それがまた男の子の不機嫌に拍車をかけます。

 私は自分の吊り皮を放棄することに決め、男の子の手に吊り皮を渡しました。すると、まだ言葉も話せない子が、むずがるのを止めて、私の顔を見てニカーッと笑うのです。揺れが吊り皮を手から離してしまうと、今度は今にも泣きそうな顔で私に救いを求めます。そのたびにまた、私は吊り皮を彼の手にもどし、気がつけば二人で同じ吊り皮を持ち、ユサユサと揺らして遊んでいました。

 こんな時の私は人目も何もあったものではありません。子どもと動物にはからっきし弱いのです。若い親たちも、周りの乗客も「変なおばさん」と白い目で見ていたかもしれません。でも、たとえ10分間でも私と少年はノンバーバルコミュニケーションを楽しんでいました。

 急行が停車し、たくさんの人と一緒に、若夫婦と二人の子供たちが下り支度を始めました。少年が一瞬私の方を見、私は小さく手を振りました。ドアが開き、人群れが流れ始めるや、少年の父親と母親がくるりと後ろを振り向いて、深々と頭を下げました。

「ありがとうございました。お騒がせいたしました。」

 まさか、見られてはいまいと思っていた私たちの秘密の遊びを、彼らはちゃんと見ていたのです。そして、マツゲエクステの母と、シルバーチェーンの父が、実に礼儀正しくきちんと言葉で御礼を表したのです。

 私の頭の中で再び朝のあのメロディーが回り始めました。

 Oh, what a beautiful Mornin’ ♪
 Oh, what a beautiful day♪

 こんな出来事で始まった一日が、悪い日のわけがありません。

 PS. たくさんの皆様からメガネの行方を案じる暖かいメールをいただきました。ありがとうございます。実は今もって見つかっておりません。狐につままれた思いとはまさにこんなことを言うのでしょうか。昨日あきらめてメガネ屋に行き新しいメガネを作りました。けれども、できあがるまでに10日から2週間かかるとのこと。どうやらタイでメガネのレンズを作っていたようなのです。こんなところにも地球の異変が影響をしているのですね。

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11月14日(月):色は地味でも心はフルカラー@娘の夕食
11月15日(火):クイックアスパラガスキッシュ@ホワイトハウス
11月16日(水):こんなに簡単でいいのでしょうか〜ズッキーニのスープ@ホワイトハウス
11月18日(金):はまってしまった権八のまるまるきゅうり
11月19日(土):フェイの冷凍コールスロー@ホワイトハウス
11月20日(日):最近お気に入りの居酒屋「てんまみち」
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2011年11月19日

ああ 5X8は 今日も雨だった♪♪♪

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 私たちがワシントンからフィラデルフィアへと向かう車に乗り込んだのは、9月23日朝のことでした。すでに降り出していた雨は時間とともに雨脚を強め始め、ペンシルベニア州に入る頃には、大雨と霧で2メートル先すら見えない状況となりました。

 予定よりも大幅に時間を取られ、目的地のフィラデルフィアに到着したのは、ワシントンを出てから6時間もたった夕方でした。同じ日の6時から、日本からの8人の作家による陶芸展「Five by Eight」のプレビューとレセプションが予定されていたのです。私たち、愛さんと私の役目は、お客様方と作家の方々との間を取り結ぶ通訳でした。

 「ナオミさんも着物をきていただけますか。」とプロデューサーのまき子さんに言われ、いちおう母の形見の着物などを車に積んではいきましたけれど、ハリケーンの豪雨は夕方になっても勢いを弱める気配も見せぬままに、私は着物を着ることをあきらめました。いえ、正直に言えば、まき子さんに着付けをしていただくことをあきらめました。車を降りてギャラリーに入るちょっとの間にも、びっしょりと濡れてしまうほどの豪雨だったのですから。

 そう、まるで今日のように。

 あれから2ヶ月たった大雨の今日、東京のイタリアンレストランで、先月末に38日間の展示を終えたばかりの「Five by Eight」の報告会が開催されました。まき子さんご夫妻を、日本各地から飛んできた8人の作家の皆さんが囲み、フィラデルフィアで大成功をおさめたこの陶芸展に所縁のある人たちが集まりました。

 そして、たった今、まき子さんから、5X8を代表して、こんなメールが届いたところです。

「皆さん、本日は雨の中、私たちの為に報告会にご参加下さいましてありがとうございました。おかげさまで楽しく皆様とフィラデルフィアでの日々を語る事ができました。本日が新たな出発点と思える記念の写真を送らせて頂きます。2009年のスタートの会は11名の記念写真でしたが、今日はたくさんの仲間と集う事ができました。これからも人の輪を繋げ、広げていけるような活動を続けていきたいと思います。楽しいひとときをありがとうございました。    5X8一同・真木まき子」

 このメールの背景には実は大変感動的な秘話があります。夢をかかげて集まった最初の会は、まき子さんが言うように2009年のこと。それが今日と同じ、小田急線沿線の住宅街の中にひっそりと立つレストランでした。そこで撮られた集合写真は、まき子さんの友人であるフィラデルフィア美術館の東洋美術部長、フェリス・フィッシャーさんのオフィスに2年以上もの間ずっと貼られていました。今だって貼られているかもしれません。
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 まき子さんと若い作家たちがこの写真を胸に、2年間をかけて夢を実現へと向けて努力をしている間、フェリスさんも同じ志をもって、この写真と共に同じ時間を送っていたのです。陶芸展が終わった今、8人の作家たちの作品はフィラデルフィア美術館に収蔵されることにもなりました。

 感動はそればかりではありません。会の最後になって、作家たち全員からまき子さんへサプライズの目録が手渡されたのです。まき子さんの軽井沢の家で使ってもらうための、8人の作家それぞれの作品を、代表の作家が読み上げます。彼らはこれからまき子さんご夫妻のための製作にはいります。いわばこれは約束手形のようなもの。納期は来年の8月です。
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 そして、皆さんが今日の日のために作ったフォトブックがまき子さんに献上されました。日本での準備風景からフィラデルフィアでの陶芸展の様子、折々のスナップ写真がセンスよく並べられた一番最後のページに映されていたのは、もちろんあの、出発点の11人の写真です。
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 雨は降り続き、思いは未来へと引き継がれ、
 感謝の気持ちは約束となり、
 報告会は、再び始まりの会になりました。

 ふとしたご縁で、そんな場に立ち合わせていただけたことを本当に嬉しく思います。
 あの日と同じに服も頭もいやというほど濡れましたけれど、あの日と同じに素敵な素敵な雨の日でした。
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2011年11月18日

インディアナの武満徹

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 武満徹さんの没後15年の追悼コンサートが、明日19日、彼が生まれ育った町、文京区のシビックホールで行われます。ふだんお付き合いのあった人ならともかく、お名前や作品だけは知っているというような場合ですと、時としてまだご存命のような錯覚に陥ることがあります。けれども、もう15年もたつのですね。生きていらっしゃれば、81歳におなりでしょう。

 明日は、NHKラジオのために録音した「音の四季」が初披露をされるそうです。元々は「秋」をテーマに書き始め、小鳥の声や水車の音などを入れながら1955年にラジオで放送した作品だと言います。

 そんな記念すべきコンサートのおよそ2ヶ月前、私はインディアナ州のブルーミントンという大学町で、満場の拍手に包まれた「武満体験」をしました。町じゅうがキャンパスと言ってもいいようなこの町の大きな総合大学には、歴史と伝統を誇る音楽学科があります。それがインディアナ大学の「JACOBS SCHOOL OF MUSIC」です。そして、そこには、大学のホール?と驚くほどに立派な音楽ホールがあります。

 このホールで、毎晩のように何かが開催されています。コンサートだけでではありません。オペラもバレーも。演じるのは日々練習に励んできた学生たちです。それが全ての人たちに無料で開放されているのです。大きなバスを仕立てて、ちょっと遠くの町から集団でやってくる人たちもいれば、近くの老人ホームからの来訪者たちもいます。正装をしたカップルもいれば、足の悪いパートナーを支えてゆっくり歩く老夫婦もいます。その間には、次に自分が立つことになるかもしれない舞台を、緊張した面持ちで眺めているたくさんの学生たちがいます。

 9月28日、水曜日、夜8時に始まったのは、イスラエルの名指揮者、ウリエル・セガル率いるシンフォニーオーケストラでした。ニューヨークフィルの副指揮者としてバーンスタインのもとで研鑽を積んだセガルは、一本の指揮棒でまるで魔法でもかけたかのように、居並ぶ学生たちを操って、統制のとれたシンフォニーを奏でます。彼が左手で音を掴むや、ピタリと一糸乱れぬ静寂が訪れます。

 舞台の上には、大きな学生も、小さな学生も、黒い髪も、茶色い髪も、金色の髪も、太った学生も痩せた学生もいます。男性は黒い蝶ネクタイと白いシャツ、黒のスーを身につけ、女性は黒いロングスカートまたはパンツをはいています。アジア系の華奢なポニーテールの女子学生が大きなコントラバスを弾く横で、大柄な白人男性が小さなフルートを吹いたりもしています。

 この日の演目の一曲目が、なんと、武満徹さんのレクイエムだったのです。プログラムにはこう書かれています。

 Requiem (1957)……………………Toru Takemitsu (1930-1996)

この、素人の耳にはとても難解に聞える曲を、学生たちは実によく演奏しました。そしてそれを受け止めた聴衆たちが「ブラボー」の掛け声と共に大きな拍手で彼らを包み込みました。

 こうした場を与えられる学生たちは幸せです。
 彼らは最高の教育を授けられ、練習の機会を与えられ、地元の人たちに育てられます。
 そして、そうした場に臨み、たくさんの声援で学生たちを育むことのできる地域の人たちも、また幸せです。

 金髪の義理の娘は今、この大学でバスーンを勉強しています。来週は黒いパンツと白いシャツでベートーベンのシンフォニーを吹くとか。いつか世界のTEKEMITSUを演奏する日だって来るかもしれません。

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2011年11月16日

「ジュニアソムリエコース」って?

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 12日に点灯式が行われて3千個ものランプが灯されたミキモトのクリスマスツリーが、今年もまた銀座を照らし始めました。今年で34本目の樅の木は、まるで何事もなかったかのように、これまでのたくさんの年と同様、道行く人々を染め、しばしその足取りを緩めさせます。

 昨夕、乗っていた銀座線が銀座で止まってしまったために、慣れ親しんだ道を京橋まで歩きました。おかげでミキモトのツリーを見ることができたわけですから、こういうのを「塞翁が馬」とでも言うのでしょうか

 向かう先は「日本オリーブオイルソムリエ協会」、目的は、「ジュニアソムリエコース」第一回目の講義です。

 オリーブやオリーブオイルについては、これまでも何度もおしゃべりをしてきましたし、私がソムリエになろうと思った理由ついてもお話ししてきました。けれども、「ジュニアソムリエコース」とは何なのか、については書いたことがなかったと思います。

 これは、オリーブオイルソムリエを目指す人たちの入門コースです。と、同時に「ソムリエほどにはプロフェッショナルにならなくても、オリーブオイルについて勉強をしたい。」という一般の方にも最適なコースです。全6回の講義はそれぞれにテーマがあります。

第一回:オリーブオイルの起源と歴史〜神話と文明
第二回:オリーブオイルの規格と風味〜テイスティング技術の基礎
第三回:オリーブオイルを作る工程
第四回:世界のプレミアムオイルの数々
第五回:おいしくて体に良いオリーブオイル料理
第六回:アンチエイジング/心臓病予防などの健康効果

 講義の後では毎回3種類以上のオイルのテイスティングをし、テイスティング技術の基礎を身につけます。

 ソムリエになるためには、ジュニアソムリエコースで基礎を学んだ後、「ソムリエコース」に進んでかなり専門的な勉強を続けなければなりません。栽培学もあれば、品種についての勉強、最新の栄養学や食品衛生学、オイルの製造法なども含めて全10回。かなりたたきこまれます。もちろんテイスティング技法もより専門的なものになります。こうした勉強を全て修了し、筆記試験に合格をすれば「オリーブオイルソムリエ」として認定されることになります。ちなみに私は第一期生のソムリエです。

 昨晩の講義「オリーブオイルの起源と歴史〜神話と文明」には、NHKの撮影が入りました。講義も撮影も無事終了し、片付けをしながらクルーの方々が言いました。

「いやあ、皆さん楽しそうでしたねえ。」

 ええ、そうなんです。古代から現代まで、オリーブオイルを視点にして眺めた世界史はワクワクと面白く、旧約聖書やギリシャ神話のエピソードには浪漫が膨らみます。パピルス文書も出てくれば、アリストテレスもマホメットも出てきます。

 講義が終わった後のインタビューで、「オリーブオイルの魅力は何ですか?」と聞かれ、答えたことは、「もちろん健康効果もありますが、浪漫とストーリーを併せ持っていることでしょうか。」

 咄嗟の答えでしたが、あながち外れてはいないはずです。オリーブオイルは、一つの食品素材としては異例とも言える歴史を担っているのですから。

 放映日が近づきましたらまたお知らせいたしますが、番組名はNHK「あさイチ」です。

 ところで、この「ジュニアソムリエコース」が、11月26日(土)・27日(日)の土日短期集中講座として、初めて名古屋で開講されます。定員までまだもう少し空きがあるとのこと、名古屋方面にお住まいの方、オリーブオイルの世界へ旅立ってはみませんか?
http://www.oliveoil.or.jp/content/portfolio/jsom20111126

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2011年11月14日

出会いが作る運命

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 昨日、今月の「グローバルキッチン」の最終回が終わりました。「今月の」と言っても実質上は「今年最後の」です。ちょこちょこ移動が入ったりしますので、次回は2月後半の「アーミッシュの世界」です。すでにあらかた埋まった予約表を見ながら、「どうしよう、まだ中身が何にも決まっていないのに。」と呟いたら、みんなが大笑い。私も嬉しい大笑い。

 
 どんな仕事の時も、振り返ってみればいつだって、よき仲間たちに恵まれ、助けられ、励まされてきたように思えます。とりわけこの「グローバルキッチン」は、来て下さる皆さんが一緒にここまで育ててくれました。友が友を連れ、仲間が仲間をよび、偶然が素敵に重なって新しい出会いとなり、女たちの連帯が広がり、深まってきました。きっとこれからも、こうして繋がり続けていくのでしょう。

 もちろん往々にしてピンチはあります。今年だって、3月の大震災が予定の仕切り直しを余儀なくさせましたし、8月には入荷待ちだった食材が、やはり震災の影響で船のスケジュールが狂って届かなくなりました。しっかり人数分の用意をしていたら、ご家族やご自身が怪我をしたり病気になったりして、突然いらっしゃれなくなった、などと言うことだってままあります。

 今回も、最初からずっと手伝ってくれていたカズコさんが、モンテカルロからクルーズシップに乗って地中海を旅する洋上の人となってしまいました。「どうしよう、一人でできるかしら?」と悩んでいたら、これまでずっとお客様として来ていたミチヨさんが助っ人を申し出てくれました。そして、3回とも、実に心配りあふれるアシスタントとして、すべてをてきぱきとこなしてくれたのです。私が皆さんの前で話をしている間には、ご自宅から持ってきた包丁研ぎで、何本もの包丁をせっせと研いでいてくれていたことも、後から知りました。さらに嬉しかったのは、どの回でも、初めての彼女を、皆さんがさりげなく手助けしてくれていたことでした。

 早くから駆けつけてきてくれたミチヨさんが、朝日の差し込む部屋の日溜りの中でペタンと腰を下ろし、床に広げた資料を黙々と組んでいる姿を見ながら、なんだかこれまでの歩みが思い起こされて、キッチンの隅っこでひとりセンチメンタルジャーニーをしながら、1週間前の「100歳記念特別講演」での日野原重明先生の言葉を噛みしめていました。

「人は自分の運命を作り出すことができます。もちろん生まれながらの遺伝子もありますけれど、自分が身を置く環境が新しい自分を作るのです。そして人間との文化的出会いが私たちの運命を作ります。運命をデザインするのはどういう人に出会うかです。」

 人生、ここまで歩いてくれば、そんな言葉の意味もしみじみとわかるようになります。

 ミキさんがピンクで彩られたアレンジメントを抱え持ってきてくれました。テーブルの上に置けば、まるで予定されていたかのように色も形もぴたりとはまります。どうして私がピンクを基調にテーブルを作っていたことがわかったのでしょう。

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2011年11月12日

当世肥満考

 
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 雨の日とグローバルキッチンはちっとも似合わないのに、今日は一日中雨。傘を片付けて傘立てを空っぽにし、玄関にたくさんタオルを用意して、今季最初の床暖房のスイッチを入れてお客様をお迎えすることから始まりました。それでも、共に過ごす時間が流れ始めれば、外が雨だろうが何だろうが全く気にならなくなります。加えて言えば、寝不足だろうが何だろうが、全く忘れてしまいます。

 と、再び静寂の戻ってきた真夜中にここまで書いて力尽き、ダウン。気付けばPCの前で眠っていたようです。前夜の睡眠不足がたたったのでしょう。気を張っているうちは元気いっぱいだったのですが、だんだんと無理がきかなくなりました。

 一夜明ければ、まあ、何と言う美しい朝でしょう!
 昨日一日中降り続いた雨が、明るい光の中で透明なガラス玉のように輝いています。
 私はふーっと伸びをして、小さな庭を歩き回り、草花の上に雨からの贈り物を見つけます。そして、今日のエネルギーが再びチャージされていくのを感じます。こうして、また明日にはたくさんのお客様を迎えます。

 いろいろな国と地域、様々な食文化をテーマに続けている「グローバルキッチン」ですが、面白いのは使う食材の色取りです。毎回、お料理ごとに材料をカウンターの上に並べるのですが、イタリアやギリシャなどの時には、赤や黄色や緑の豊かな色に溢れます。それが同じヨーロッパでも中欧になると、トマトやパプリカの場所をジャガイモや玉ねぎが占めて、色取りはとても地味になります。あんなにふんだんに使ったオリーブオイルの消費量も格段に減ります。

 ニュージーランドやプエルト・リコではココナッツミルクの缶詰がたくさん並びましたし、タイでは赤や緑の香辛料がアクセントを沿え、香菜の香りがキッチンを満たしました。

 それではアメリカはどうでしょう。これまで、「TOFU Quick and Easy」、「アメリカ風15分クッキング」、そして今回の「ホワイトハウスのテーブル」とテーマを変えてやってきましたけれど、もしもカウンターの上に特徴があるとすれば、やはりバターが多いことでしょうか。

 アメリカの人たちもそんな傾向に気付いていて、脂肪の取りすぎに対して注意報を出してはいます。たとえば、ホワイトハウスのレシピでも、バターではなく低脂肪のマーガリンやベジタブルショートニングを使うようにしていますし、チェダーチーズは無脂肪のものを指定し、牛乳ではなくスキムミルクと表記したりもしています。

 加えて言えば、コレステロールに対しても、卵黄を含まない「Egg Substitute」なる玉子の代用品を使わせています。缶詰のコーンは「無塩の物」という但し書きがあります。

 たしかにアメリカ人の肥満度は並ではありません。アメリカで暮らすようになってあらためて、「どうしてここまで太ることができるのだろう?」と驚く光景にしばしば出会うようになりました。OECD加盟国のうち30の国の15歳以上の人たちを対象にした肥満率の最新調査で、堂々第一位を占めているのもアメリカでした。なんと、30位の日本の3.4%に対し、10倍の34.3%の数値が発表されています。

 そんな風潮の中で、肥満は病気に繋がり、国家の財政にも影響を与える、という観点から考え出されたのが「脂肪税」です。つい先月、肥満率22位のデンマークが、バターやチーズ、肉などの脂肪に多い「飽和脂肪酸」を一定量以上含む食品に課する税金を導入しました。ピザなどの加工品も含め、飽和脂肪酸1キロ当たりに16クローネ(約230円)の税金がかかるそうです。これにより、デンマークでは約310億円の税収が見込まれるとのこと。

 ハンガリーも9月から、ポテトチップス100グラムに約7円が課税される「ポテチ税」を始めたといいますし、フランスやアイルランドでも、肥満につながる糖分の多い清涼飲料への課税を検討しているようです。ジェントルマンの国イギリスですら脂肪税の導入に前向きの姿勢を示していると聞きました。

 大の国家がこんな形で喧々囂々と「肥満と財政」を論じているのも面白いことですが、実はかねてから絶対に理不尽だと思い続けてきたことがあります。

 小柄な私の体重は42キロです。その私の前で、チェックインをしようとしている空港カウンターの大きな男性は、どうみても100キロ近くありそうです。運ぶ荷物の重さが同じ22キロだとしたら、飛行機への荷重は私が64キロ、男性が122キロです。それなのに同じ料金?それなのに預ける荷物の重量制限が同じ?

 ね、絶対おかしいと思いません?

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11月7日(月):お寺の中の五つ星レストラン〜石釜ガーデンテラス
11月9日(水):酒とバラの日々〜ホワイトハウスのテーブル
11月10日(木):Pier One Importの素敵な小物たち
11月11日(金):スイート&スパイシーキャロット@ホワイトハウス
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2011年11月11日

 ++でラッキー

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 気を抜けない仕事が2つ重なって、こっちをやったかと思えば、あっちへ移り、またこっち。両方とも明朝までに仕上げねばなりません。フラフラしてるつもりも、さぼっている覚えもないのに、時間がどんどんと過ぎていき、気が付けばもう深夜。溜息は我慢して、こんな時に考えることは例のアレ。

「ああ、いっぺんに来てよかった。いっぺんに苦労すればいっぺんに楽になるもの。ラッキー、ラッキー。」
「ま、いよいよとなれば寝る時間を削ればいいだけ。幸い寝不足には強い方だし、ラッキー、ラッキー。」

 この土壇場思考は、ポジティブ寄りかネガティブ寄りかと考えれば、もちろん前者でしょう。ポジティブかネガティブかという対極的思考法、いえ、思考習慣は実はなかなか複雑で、一見ポジティブ、けれども実はネガティブだったり、ちょっと目にはネガティブだけれど中味はポジティブなどということが往々にあります。ポジティブを+、ネガティブを−とすれば、その組み合わせは、++、+−、−−、−+の4通り。

 先日、車の中でラジオを聞いていたら、「あなたはポジティブですか?ネガティブですか?」という特集がありました。リスナーの皆さんの声を聞けば、++の人も、その逆の人もいる中で、何だか消化不良を起こしてしまったのは次のようなコメントでした。

「僕は完全にポジティブ派です。このろくでもない世の中、いやなことだらけだから、ポジティブに生きたほうが断然得ですよ。」

 何でだろう?と考えながら走っていたら、レインボーブリッジの真上でハタと気付きました。本当にポジティブな人だったら、「世の中いやなことだらけ」なんて思うかしら。この人はたぶん、+−タイプ(笑)。

 知人にこんな癖のある人がいます。開口一番、「ねえねえ、この間XXさんとYYさんに会ったらね、あなたのことこんな風に言っていたわよ。ひどいわよねえ。許せないわよねえ。でも、ま、気にしないことよ。どーんとポジティブに行くことね!」

 こんな調子で次々に矛先が変わっていき、その都度、「ひどいわよねえ。誤解よねえ。でも、ま、くだらないことは忘れて、私みたいにポジティブに行きましょう!」

 と言われたって、言われた人たちはみんなちょっとばかり落ち込みます。それを見るやますます元気になって、「そんなに落ち込むことないわよ。どうでもいいことなんだから気にしない、気にしない。ポジティブ、ポジティブ!!」

 ん? ちょっと待ってくださいな。それならそんなどうでもいいこと、わざわざ言わなくてもいいんじゃありません? ということで、このタイプも実は+−。

 −+の例も書きたいところなのですが、今夜はちょっと時間切れ。
 さあ、もう少し頑張らねば。
 苦あれば楽あり、ゆえに苦もまた楽し。いえいえ、単に2つが重なっただけで、それはそれなりに楽しいんです。

 これぞまさしく++?
 ラッキー!

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2011年11月09日

真冬のギリシャから晩秋のホワイトハウスへ

コピー 〜 PB084613.JPGPB084614.JPGRIMG13512.JPG
 真冬のギリシャ→オスマントルコ→タイ→地中海→ウイーン→TOFU→シチリア→アメリカ→ミラノ→地中海ダイエット→ニュージーランド→プエルト・リコ。

 この何の関連もない地名の羅列がグローバルキッチンの足跡です。そして、私自身の航跡です。それぞれの固有名詞の後には、「料理」がついたり、「台所」や「テーブル」や「キッチン」「食卓」、あるいは「クッキング」「メッセージ」などが付く場合が多いのですが、「〜の風の中で」だの、「〜を越えて」だの、「〜の鳴く島」などと、ちょっと気取ってみることもあります。なぜか、途中に一つだけ地名でないものが混じっているのは、「TOFU QUICK & EASY」という「豆腐」ではなく「TOFU」を使った西洋の豆腐文化についてのものでした。

 移動が多くなって、なかなか毎月の開催は無理になりましたけれども、どんどんと素敵に膨らんで行く広場で出会った人たちは、それぞれの世界を呼応させて、またまた新しい輪を広げていきます。そんな様子を見る喜びと、次の集まりを楽しみに待っていてくれる人たちがいる嬉しさが、私に「次」を考えさせる原動力になっています。それに、これは私自身にとっても自分を成長させてくれる大切な広場なのです。

 真冬のギリシャ料理から始まった私の旅は、いろいろな国々、いろいろな歴史、さまざまな文化を経て、昨日、晩秋のホワイトハウスに到着しました。

 きっかけは春のワシントンでした。会合で立ち寄ったのが、世界から国賓級のゲストたちを受け容れてきた伝統あるホテルでした。そこのショップでたまたま見つけたのが、「White House Cook Book」という1冊の本でした。ページをパラパラとめくってみれば、これがまあ、実に面白いのです。1894年のクリーブランド大統領時代のホワイトハウスのしきたりや、実際のメニュー、そのレシピと共に、それらが私たちの時代へとどう変化をしてきたかを見ることができます。

一番新しいのは、ヒラリー・クリントンのオリジナルレシピ、「チョコチップクッキー」ですし、その次のページにあるのはバーバラ・ブッシュのオリジナルレシピ、「スコットランド風ショートブレッド」です。しかもこれらの新しいレシピでさえ、10年以上もたった今では、健康に対する考え方の点で、若干時代遅れに見えるのです。

こんな面白いものを独り占めしていいものでしょうか。すぐに考えたのは、ホワイトハウスをテーマにグローバルキッチンを開催できないか、ということでした。

 となればアンテナはどんどんと伸ばされます。たまたま親友夫妻がホワイトハウスの着席ディナーに出席していましたし、夫はビュッフェに招かれたことがありました。彼らから根掘り葉掘りを聞くうちに、次第に私の中でラフな構図が組み立てられていきました。

 そうなれば、たとえフラリと入ったインテリア雑貨の店でも見えるものが違ってきます。いつの間にやら日本へ帰るスーツケースの中に、イメージに合うようなマットやナプキン、ナプキンリングが混じりこむようになりました。

 これら一連のことは、もし「グローバルキッチン」という場がなければ、私の記憶にも思考にも留まらずに、全て素通りしていったことでしょう。別段、ホワイトハウスでの晩餐会のルールなど知っていたって、実生活には何の役にも立ちません。けれども、そんな非日常的ことを、秋の明るい日差しが差し込む部屋で、のんびりと、ゆったりと、時にはみんなで大笑いをしながら一緒に学んでいくなんて、これはやはりとても贅沢なことだと思うのです。

 共に作り、共に食べるテーブルは女達の饗宴です。みごと、ワインソムリエとなった仲間が、ホワイトハウスで飲まれているワインをセレクトしてくれました。私たちは昨日もまた、再会を喜び、近況を報告し合い、笑い、喜び、飲んで食べました。ことさら嬉しかったのは、皆と一緒にソムリエ誕生の祝杯を挙げられたこと、そして、9月末にフィラデルフィアで一緒に仕事をした仲間が3人、今度は東京のキッチンにそろって立ったことでした。

 二回目は2日あけての金曜日。今日はちょっとだけ中休み。
 次回はたまたま新しい方が4名もおいでになります。
 こうして、また輪が広がっていきます。
 言いだしっぺたる者、やっぱり根を上げるわけにはいきません。

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今週のグローバルキッチン http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
11月7日(月):お寺の中の五つ星レストラン〜石釜ガーデンテラス
11月9日(水):酒とバラの日々〜ホワイトハウスのテーブル
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:17| Comment(0) | グローバルキッチン

2011年11月07日

日野原先生の「逆風歓迎論」

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 秋です、学びの季節です。そして私は、最近やたらと「学びの秋」にいそしんでいます。理由はいろいろありますけれど、私のお財布と同じで、出るばかりで入るものがなければだんだん空っぽになってしまうことへの恐怖。そして、そうでもしなければドンドン出不精になってしまうことへの恐怖。

 いえ、も少しポジティブな理由だってあります。好奇心で遊ぶことの楽しさと言ったらいいでしょうか。加えて、日本での暮らしだからこそできる醍醐味と言ったらいいでしょうか。

 いえいえ、単純に一言で言えば、知らないことを知るのはやっぱり面白いから。面白さのためならば多少の面倒も厭いません。

 今日のこの時間を作るために、明日の準備の大方を昨日のうちにすませました。お誘いした相方は一緒にいて文句なく楽しい友。それだけだって心浮き立つのに、銀座ランチの後で向かった先は、なつかしの「銀座ブロッサム」です。ここはかつて「大銀座学」なる、まさかの講演会シリーズを実現させた場所。シャネルのコラス社長と、ミキモトの森田社長、そして資生堂の福原会長にお出ましいただいて。

 今日、銀座ブロッサムで、東京銀座新ロータリークラブの主催による、日野原重明先生の「100歳記念特別講演」がありました。先生のお話を聞き、みんなで先生の100歳を祝い、講演の後には音楽まで、しかも最前の何列かにおすわりになっているのは福島県の被災者の皆様です。そう、この催しのもう一つの目的は東日本震災復興支援だったのです。

 「立って動いて話すから演台は要らない。ピンマイクだけは用意して。」と、おっしゃったという日野原先生は、つい先日100歳のお誕生日を迎えられたばかり。数年先まですでにして予定がいっぱいだそうです。

「私の様子を見て100歳に見えますか? 見えないでしょう。私自身100歳という実感がないんですよ。」とは開口一番の先生の言葉。「耐えて生きることから生じる喜び」について、会場の笑いを誘うユーモアを散りばめて、ステージを歩きながらお話しなさる様は、全く100歳になんて見えやしません。なんという格好良さ!

 若い時に大病を患った先生は、医者を育てる時に言うそうです、「君たち、死なない程度の病気をしたほうがいいよ。僕だって逆風を受けたことがあるから、ヨットを風上に向けて走らせることができるのだから。辛い経験をすれば、もっと辛いことを経験している人のそばにいて支えることができる。」

 これは日野原先生が何度も強調していらした、いわば「逆風歓迎論」。
 人は逆風の力を利用して目ざす航路のゴールに達することができる、という。

 ところで先生の健康長寿の秘訣とは、、、

 「一万歩を歩くことです。」と、おっしゃって、胸の内ポケットから取り出した万歩計を見て「だめだ、今日は1416歩しか歩いていない。」(この素敵なウィット!)

 加えて言えば、なるべく速く歩くことだそうです。階段は二段おきに上がって、かかとで歩くようにすれば絶対に若く見えるとのこと。寝る時はうつ伏せ。うつ伏せ寝は肩こりも腰痛も胸焼けも防ぐそう。面白かったのは、ちょっと元気が出るこんな言葉。

「安静は良くない。たとえ下痢だろうが、たとえ熱があろうが、風邪に効く薬なんて何にもない。治る時には治るんです。安静は害です。」

 まあまあ、途中で銀座で取れた蜂蜜を使って作られたバースデーケーキのロウソクを吹き消したり、命の連鎖を伝えるミュージカル「葉っぱのフレディ」の子供たちに壇上に引っ張り出されたかと思えば一緒にステップを踏んで踊り出すわで、、、、、

 こんなこと、とても不謹慎なことを承知で言わせていただけば、とてもとても可愛くてチャーミングな方でした。先生が会長をなさっている「新老人の会」に入会してしまいたいぐらいに。この会、75歳以上が「シニア会員」、60歳〜74歳が「ジュニア会員」、そして20歳から59歳までが「サポート会員」です。
 
 入っちゃおうかしら。

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11月7日(月):お寺の中の五つ星レストラン〜石釜ガーデンテラス
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:18| Comment(0) | 暮らしの知恵

質問は体をあらわす?

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 例年なら今頃は黄金色に染まっているはずの銀杏並木が、まだ緑のままで晩秋の季節を迎えています。この並木を抜けたところに成城大学の正門があります。正門を抜けたキャンパスで、昨日、オープンカレッジが開講されました。数百人は入るかと思うホールはほとんど満席です。大学生らしき若い青年たちもいれば、かなりお年を召した方々もいらっしゃいます。こうしたごちゃ混ぜがオープンカレッジの面白さです。

 この大きなホールをいっぱいにしたのが、ソニーの社長・会長を歴任し、現在はクオンタムリープ(株)代表取締役である出井伸之氏でした。演題は「グローバル化とイノベーション〜次世代型人材と成城学園」です。成城生まれの成城育ち、中学までを成城学園で学んだ出井さんです。聴衆の中にお姉さんを始め、知り合いがたくさんいるのでやりにくい、などと開口一番に言っては笑いを誘います。その知的風貌と語り口、鋭い眼光はとても70代半ばには見えません。それにしても知的文化人というのは、どうしてみなさんタートルネックがよくお似合いなのでしょうか。

 小澤征爾さんと一緒に映った写真などもまじえて語る学園時代の思い出話も面白ければ、震災によってあらためて向かい合うことになった「自然と共生する日本」の話も大変興味深いものでした。そしてまた、発見力X解決力Xユニーク=創発力、異分野の掛け算で新しい価値を生み出す=創発発想力、異文化の人や異なる価値観の人を束ねて構想を推進する=創発実動という図式から「今は異端がたいせつ」という論は、まさに出井さんらしいものでした。

 東京エンターテインメントシティーの構想を語る時の出井さんは、ただでさえ射すくめるような視線がますます鋭くなったようでした。けれども、それらと同じように面白かったのは、最後に与えられた30分間の質疑応答でした。質問というのは、答える以上に難しいものかもしれません。時としてそれは答を求めるというよりは自分自身の薀蓄を述べるだけのものだったり、いかにもの陳腐なものだったりして、聴衆と同じく、問われた人をもうんざりとさせます。

 さてさて、挙手をした方々の質問とはどんなものだったでしょうか。実際には12人の方が質問をなさったのですが、そのうちお二人は結局最後まで何を聞きたいのかがわかりませんでしたので、10例だけをご紹介(笑)。

@スティーブ・ジョブズさんとの思い出を教えてください。

A「日本の再生」という言い方には抵抗があります。再生ではなく変革と言うべきではないでしょうか。エンターテインメントシティーというのも環境破壊だと思います。(かなり長い質問というよりは自論展開)

Bとんがった人材にはどう対処したらよいのでしょうか。

C今、面白いと思っていることはなんですか?

D奥様とのなれ初めを教えてください。

Eパナソニックとソニーの大きな違いはなんですか。

F10年先、20年先を見据える政治家がいません。この先ちゃんとした人が出てくるでしょうか。

G他の国は、政府と企業が一緒になって国を伸ばしているように見えますが、日本は?

Hソニー時代に一番負けたくなかった会社は?

I多忙な中で気をつけていることは?

 出井さんは潔いほど聴衆に媚びません。「それはAERAで話してます。」「先生と言うのだけはやめてください。」「あなたは何を言っても否定的にとられる方のような気がします。」「すみません、ポイントだけをお願いします。」のような具合に、小気味よい言葉がぽんぽんと飛び出ます。

 ちなみに、今一番面白いと思っていることは、着物を着ること、そして着物を通じて日本の伝統と文化を見直すことだそうです。パナソニックとソニーの大きな違いはないとのことですし、ソニー時代に負けたくなかった会社などもなかったとのこと。そして、ご多忙な中で気をつけていらっしゃることは、自らを称して「健康おたく」というぐらいに、自分の体と会話をしていることなのだそう。

 それにしても、限られた時間の中で、私たち日本人というのはどうしてこうまで丁寧で謙虚なのでしょうか。ほとんどの方が質問の冒頭で述べる言葉は、「本日はありがとうございました。とても勉強になりました。」

 おひと方などは、「産業界の巨人に対して巷の凡人がこんなことを言うのはおこがましいのですが、先生におかれましては、、、」という長い枕詞。これに対しては明らかに不機嫌になられた出井氏、強い口調で「先生だけはやめてください!」

 ちょっと忙しかったものですから、よほど休憩時間をはさんでの質疑応答の前に席を立とうかと思っていたのですが、立たなくてよかったと心底思うぐらいに面白い30分でした。それにつけても「名は体をあらわす」、いえ、「質問は体をあらわす」。
 
 気をつけねば、、、、

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:46| Comment(0) | 日記

2011年11月05日

ブータン〜子供たちの笑顔

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 月曜日より銀座のギャラリーで「ブータン〜祭りと人と〜」という写真展が開催されています。随分前から、私の手帳の31日(月)に大きな○がつけられていたのですが、なかなか行くことができず、とうとう昨日になってしまいました。しかも駆けつけたのは、もう外が暗くなり始める頃。

 登代子さんは私が長年働いていた大学の同僚でした。とは言え、いったいおいくつになられたのかも定かでないのです。なぜなら初めてお会いした時からちっとも変っていないように見えるからです。直接お年を聞くのもはばかられて、一計を案じ、極彩色の祭りの写真の前でさりげなく聞いてみました。

「大学を定年でおやめになったのは何年でしたっけ?」

 その答が1997年ということは、すでに75歳〜76歳ということになるのです。けれども、心臓のご病気のある方が、そのお年でどうしてあちこちへと自由に出かけ、いろいろなことに好奇心を持ち続けていられるのでしょう。あげく、銀座のギャラリーで写真の個展まで開いてしまうのですから。

 私がグローバルキッチンを始めた昨年の1月から、ずっと皆勤賞で通ってくださっていますし、8月の横浜でのチャリティーコンサートにだって、一声おかけしたら、たくさんのご友人を引き連れて、あの猛暑の中、足を運んでくださいました。そのフットワークの軽さは見事なものです。

「私はねえ、ひとり暮らしだから、明日何があってもいいように、やりたいことをどんどんやって生きているの。」

 そんなことを飄々とおっしゃいます。

「ブータンとの出会いは、1979年にニューデリー空港でインドに留学する若者を見た時でした。まるで日本の『どてら』に似た着物を着た若者の一行を見て何処の国から来た人か聞いて『ブータン』を知りました。それ以来『魅せられた国』ブータンへ1984、1990、2008、2010年と訪れました。この時に撮ることのできたブータンの『ハレ』の見られる祭礼の写真でこの写真展を組み立てました。」

 これはギャラリーの入り口のパネルの中の作者のご挨拶です。長年のお付き合いなのに、そんな計画を饒舌に語るのでもなく、自分の「やりたいこと」のためにコツコツと歩を進めてきた友を誇らしく思います。批評をしたり、愚痴をこぼすのは簡単です。けれども、そうした人たちのいったいどれほどが、自分の思いを何らかの形にしているでしょうか。

 残念ながら写真展は本日まで。子供たちの笑顔を見るだけでも価値があります。いえ、子供たちばかりではありません。大人たちのたたずまいだって、とうの昔に私たちが忘れてしまった何かを思い出させるようです。

 今年は叶いませんでしたが、ブータンはなるべく早いうちに行きたいと思っている国です。けれども、五木寛之さんが「ブータン百寺巡礼」の中でこんなことを語っているのを読んで、少々怖気づいていました。

「今回、ブータンに旅立つ前に、二つの目標を立てた。一つは、なんとか高山病をうまくかわし、体調を維持すること。ついでにトウガラシづくしの食事に慣れること。」

 たしかに、ブータンという国は、ただ一つの空港、パロでさえ標高2300メートル。しかも、この山国では、この程度では高地にも入らないらしいのです。五木さんが続けます。

「それでも、標高が低い日本から来ると、2300メートルでも確実に酸素は薄く感じられる。気圧はかなり低そうだ。ふらつく足を踏みしめてターミナルに入ると、、、、」

「思わず早足になったとたんに、ふわっと上体がゆれた。こころなしか頭がぼうっとなるのを感じる。呼吸が苦しいほどではないが、なんとなく手足がだるい。」

 そうして高山病についてさんざん脅かされ、「高山病は死に至る病である。」などと言われると、正直なところひるむ気持ちが頭をもたげてきます。昨日、そんな不安を伝えたら、四捨五入すれば80にもなろうという写真家に叱られました。

「何言ってるのよ。ワタシなんかニトロを首から下げる身なのに、4回も行ってたんだから。やりたいことはやらなきゃ。行きたいところは行くことよ。ワタシ、まだまだ行くわよ。」

 とうとう本日が最終日になってしまいましたが、もし銀座方面にいらっしゃる方がおいででしたら、ぜひお立ち寄りになってみてください。それだけの価値はあります。

「ブータン〜祭りと人と〜」
田中登代子 写真展 (無料)
2011年10月31日〜11月5日 10:00〜17:00
ギャラリー・アートグラフ (中央区銀座2−9−14 写真弘社フォトアート銀座内)
Tel. 03-3563-0372

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今週のグローバルキッチン http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
10月30日(日):マダム・リーの魔法の手さばき〜手打ちパスタ
11月 1日(火):食いしん坊さん用手打ち麺 木こり風
11月 2日(水):うるわしの金目鯛蒸し焼き
11月 3日(木):ほくほく秋の収穫祭デザート
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:42| Comment(0) | 友人