2011年10月30日

たとえカボチャの馬車だって

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 明日、10月31日はハロウィーン。最近では日本でもすっかりお馴染みになりました。いえ、もしかしたら日本の方がよっぽどブームかもしれません。昨年の今頃はミラノにいましたけれど、たいしてそれらしい飾りもなければ、特別な催しもありませんでした。

 アメリカでは、9月第一月曜日のLabor Day(労働祭)で始まった秋は、10月最終日のハロウィーンで終わります。ハロウィーンが終われば季節は冬になり、11月末の感謝祭、12月のクリスマスへと一気に年末のお祭モードに向かって行きます。ワシントンでは、今日、小雪が降って、この季節初めての暖房を入れたという報が届きました。

 夫が子どもの頃には、兄弟姉妹全員で母親手づくりの服を着て、お菓子をもらいにご近所の家々をまわるのが慣わしだったと言います。今では、店に行けばズラリとハロウィーン用の仮装服が並んでいますし、インターネットでも簡単に買うことができるようになりました。親の興味を一手に引き受けることになった少子化時代の子どもたちは、兄から弟へ、姉から妹へと順繰りに回されていく服を身につける代わりに、毎年毎年違う姿に変身します。

 東京でもこの週末はまさかと思う所で、仮装をした子供たちの行列に出くわしました。静かな住宅街のごく普通の家の窓や塀が、オレンジ色のカボチャで飾られていたりもしています。

 そんなお祭騒ぎにちょっと加担するのも楽しそう、とばかりに、今日はお台場で開催された「ハロウィーン100人パーティー」に遊びに行ってきました。お祭好きDNAがしっかり受け継がれてしまったらしい娘の企画によるものです。ピエロさんも来れば、お笑い芸人さんもパフォーマンスを繰り広げます。

 二人のグランマ「バアバズ」は揃いで魔女になり、長女はなにやら鼓笛隊の隊長風、次女は「目玉の親父」?かと思ったらマイクというヤカラ、息子はバンパイアで、孫息子はモンスターズインクのサリー。まあまあ何たる家族でしょう。いったい何ていう乗りでしょうか(笑)。

 見まわせば、親子スーパーマンも、親子バズも、駅長さんもトランプも、お姫様も魔法使いも、蝶々さんも蜂さんも、海賊だって悪魔だって、、、、

 けれども、たとえ一時の現実逃避、たとえ12時の鐘が鳴るまでのタイマーつきカボチャの馬車だって、シンデレラで居続けるよりは楽しいではありませんか。それに、ハロウィーンだろうがなんだろうと、みんなと一緒に楽しめるお祭り日がひとつでも増えるなら、それはそれでいいことではないでしょうか。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月30日(日):マダム・リーの魔法の手さばき〜手打ちパスタ
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2011年10月29日

ことばのバリアフリーを目ざして

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 学園祭日和の週末となりました。
 この大学とこんなに深い関係を持つようになり、学園祭のメインイベントの公開シンポジウムでパネリストをやることになろうとは、どうして予測ができたでしょう。つい波に乗ってしまったら、着いた先がこんな面白い所だったというのが率直な思いです。

 シンポジウムのタイトルは「ことばのバリアフリーを目ざして〜高度なコミュニケーション能力を福祉教育に活かす〜」です。長らく関わっていたプロジェクトの目的地でもあり、私の任務の終了地点でもあります。けれども、卒業が始まり(Commencement)であるのと同じように、ひとまず終点に着いたこのプロジェクトは、おそらくここからまた新たな課題と共に次の発展段階に入るのでしょう。

 ことが進行している間は、自身に緘口令を敷いていましたが、公開シンポジウムが開催されて、その概要が公けに発表されたのですから、私もそろそろ口を開いてもいいでしょう。

 記憶を遡ってみれば、2009年の8月に、今にして思えば事の発端ともいえる1通のメールが届きました。差出人は、この大学の斉藤くるみ教授でした。そして、そこにはこんな質問が書かれていました。

「コミュニケーションを測る方法にはどんなものがありますか?」

 何度かの交信の後、翌年の1月半ばになって今度は、「文部科学省のGP(優れた取り組み)プログラムとして、基礎的なコミュニケーション力を測る問題を作りたいので手伝ってもらえないでしょうか。」という打診がありました。

 私自身が、この大学の「日本語でも英語でもない。手話で学ぶ教養がここにある。」という姿勢に感銘を受けていましたし、斉藤先生が日頃から口にしておられる「手話は弱者のための言語ではない。障害はひとつの文化であり、手話はその文化の中の言語であり、世界にたくさん存在する少数言語のひとつに過ぎない。」という考え方に、感動にも似た共感を持っていましたから、何らかの形で活動に関わることができるのは、とても嬉しいことでした。

 とはいえ、歩き始めてみれば、それはなかなかの茨の道でした。私たちはまず、コミュニケーション力を測るための筆記試験の問題作りからとりかからねばなりませんでした。何度も何度も試行錯誤をくり返した後で、127問に落ち着いたのは昨年の夏のことです。

 筆記試験が一通り完成した後に待っていたのは、その実践篇でした。学生たちとの面談を通して、彼らのコミュニケーション力を数値化する方策を練り出し、良い例と悪い例がきわだつようなDVDの製作に入りました。

 今日のシンポジウムでも、二人の手話通訳がすべての音声言語を通訳しました。それが、ふつうの通訳と違うのは、音声から音声への通訳ではなく、音声から手話への通訳であるだけのことでした。そう思えるほどに、ここでは障害は、異なる世代の人たちや、外国人が持つ文化と同じように尊重されるべき文化であるのです。そして、その間に存在するバリアを越える技術を身につけなければならないのも、全く同じことなのです。

 さらに私が学んだことは、社会福祉の現場には、従来のコミュニケーションだけでは説明できないコミュニケーションがたくさんあるということでした。たとえば、おたがいに全く関係のないことを言っていながらも、楽しくおしゃべりが続いている認知症の高齢者のコミュニケーションもあります。何にも話さなくともただそばに居てあげるだけで成り立つコミュニケーションもあります。

 シンポジウムを終えて外に出てみれば、秋晴れの下のキャンパスはお祭です。模擬店が並び、車椅子の人も、そうではない人も、お年寄りも、若者も、みんな一緒に祭を楽しんでいます。優しさと共に、同じ場に共に居ること、それだけだって、もしかしたら素敵なコミュニケーションなのかもしれません。

 たくさんの学びを与えられた仕事でした。
 申し遅れました。この素晴らしい取り組みをしているのは「日本社会事業大学」です。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月23日(日):秋はやっぱり外テラス@ワシントン
10月24日(月):やっぱりこれが一番?娘の料理@TOKYO
10月25日(火):デラックス家庭科調理室@TOKYO
10月26日(水):シニアカレッジの2品@TOKYO
10月28日(金):引き寄せの法則〜飲むお酢@TOKYO
10月29日(土):マダム・リーのお料理サロンは太陽がいっぱい@TOKYO
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2011年10月28日

力不足の身ですが?

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「力不足の身だが、難局に立ち向かう覚悟だ」
 これは最近、本格的に業務を開始した、原発事故関連のある組織の理事長に着任した方のお言葉。就職試験の面接で、「できる範囲で頑張ります。」という学生を思わせます。

 私たちが求めるのは、力不足な人ではなくて、これまでの知識と経験を最大限に活用して難局に立ち向かってくれる人です。そして、出来る範囲で頑張る学生ではなくて、出来ないことに対しても果敢に挑戦しようとする学生です。

 「お忙しそうですね。」と言われて、「いえいえ、大したことやってやしませんから。」とか、「木っ端仕事ばかりですよ。」と答えれば、それは仕事に対して失礼に当たるというものです。

 エミさんのハンサムなご主人は、アメリカ国籍の九州男児。エミさんが笑い話のようにこぼします。「彼、私のこと『うちの愚妻が』って言うのよ。」

 ある時、通訳を頼まれて、「たいしたおもてなしもできませんし、ぼろ家ですが、愚妻ともどもお待ち申し上げております。」と言われて、いったいどうやって相手の方にお伝えしようか困りました。そのまま英語に直訳してしまったら、「stupid wife」が「poor hospitality」で迎えてくれる「shabby house」になど、誰が意気揚々と行く気になれるでしょうか。

 私たちの日本語は実に謙遜な言葉です。謙虚さは美しい私たちの文化です。けれども、それもTPO。

 昨日からちょっと忙しい時間の中にいます。昨夜、拙宅で力不足の身で取り組んできた仕事の会合があり、明日は朝から木っ端仕事。ま、できる範囲で取り組みましょう。

 いえいえ、そんなことはありません。取り組んできたのは、たぶん私だからできる、自分らしいことですし、皆様をお迎えするために一生懸命掃除をし、お料理だって作りました。明日は学園祭のシンポジウムでパネラーを務めます。さっきまで登り口が見えずに呻吟していましたが、クーとのお散歩の途中でふっと光が差し込んで、登山道が見えてきました。できる範囲どころか、火事場の馬鹿力まで動員して頑張ります。だって、お受けした以上、木っ端仕事なんてひとつもありませんから。

 ゆっくりと歩くお散歩で、たくさんの秋を発見しました。
 急ぎ足で駆け抜けていれば見落としていたことでしょう。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2011年10月26日

移ろう時を数えて  

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 ワシントンを発つ前々日のこと、14階から眺めるすぐ下の地面の一角に、青い袋をたくさん積んだ小型トラックが止まりました。そして男たちが荷台に載った袋を担っては歩いて行きます。袋はさほど遠くはない目的地に置かれ、また新たな袋が同じように運ばれて行きます。

 こんなことが何度か繰りかえされて、荷台が空っぽになると、どこからともなくまた青い袋を満載したトラックがやってきます。それは太陽が天高く昇るまで繰りかえされて、ドッグパークに新しい土が敷かれました。

 出発の日、完成された朝日の中のドッグパークには、早起き犬とその飼い主たちが集まって、秋の爽やかな空気の中でモーニングコミュニティーが作られました。

 時計などなくたって、空を仰いでお日様の移ろいで時の流れを知ることもあれば、日時計を見るように、影の変化で時を知ることもあります。子どもの頃には匂いでそれを知りました。朝には朝の匂いがし、夕方には夕方の匂いがありました。

 ドッグパーク〜日本語ではドッグランですが英語ではドッグパーク〜の土の色で、刻々と流れる時を知ることがあるなんて思ってもみないことでした。同時に、飽きもせずにそれを見ていた自分の、あの時の心の伸びやかさを懐かしく思い出しています。温度と湿度と風向きと、心模様が作る組み合わせでした。

 今日クーちゃんが来ました。いつものように私の膝でイビキをかき、時に目覚めては私の腕に前足をかけて仕事の邪魔をします。この小さな黒い子の途方もない魔法で、私の心の角がとれて、まあるく、まあるくなっていきます。

 私は眠るのが惜しくて、膝の重さと、腕の重さと、この子のイビキと共に、静かに移ろう時を数えています。できることなら、この子を抱いて一ッ飛び、あの緑に囲まれたドッグパークで一緒に走りたいと思いながら。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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2011年10月25日

良い一日 良い仕事〜中央区民カレッジ

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 講義も講演も司会も、同じように人前で何かを伝える仕事のはずなのに、その規模に関わらず、終わった後に鼻歌の一つも歌いたくなるぐらいにいい気分になる時と、逆にこれと言ったわけもなく、何だか後味の悪い時もあります。もちろん我が身の至らなさに頭を垂れる時だって多々あります。

 今日の中央区民カレッジは、まさに鼻歌でした。60歳以上の中央区在住の方を対象としたこのコースはシニアコース1年生の必修講座です。10人の講師が週変わりで、それぞれの専門分野での講義をします。歴史もあれば文化もあります。からだや心の問題、シニアと呼ばれる年齢層の人たちがこれから向かい合っていかねばならない様々な課題も含まれています。

 たとえば第一回目は、元NHKチーフアナウンサーの田辺光宏さんが「三浦按針と日本橋」について語りましたし、先週は老年心理学がご専門の井上勝也教授が「認知症の予防」についてレクチャーをしました。来週は歌舞伎座舞台社長の金田栄一さんが「歌舞伎のいろは 大向こうさんとの対談」についてお話をなさいます。途中で新東京丸による「東京湾めぐり」などという課外授業も入ります。私も受講生になりたいぐらいに充実した内容です。

 私の担当は今日の第7回目。テーマは「地中海型しなやか健康ライフ」です。ゆっくりお風呂につかりながら、「どうしてだろう?」と鼻歌の理由を考えてみました。

 まずあげられるのは、余裕を持って臨めたことではないかと思います。なぜならこれは長年の経験を存分に生かせる分野です。加えてオリーブオイルソムリエとして新たに身につけた知識もありますし、昨秋のイタリア暮らしでの貴重な取材もあります。つまり、「これは私のオリジナル」という自信が、余裕に繋がりました。

 次に、残りの3分の1の時間で皆さんに包丁を握ってもらい、2品の簡単な料理を作ってもらったことです。これによって受講生同士の間に連帯感と対話が生まれました。そして私自身も皆さんの間をまわりながら、そんな連帯感と対話の仲間に入ることができました。

 もう一つ忘れてならないのは、中央区の方々、そして私の片腕、アシスタントのカズコさんとの素晴らしいチームワークがあったことです。

 これらのことが、私自身を含め、その場にいた人すべてに心地よい笑顔をもたらしました。その裏にはもちろん、一緒に作って一緒に食べるというシンプルな『幸せの法則』があったこともないがしろにはできません。

 良い一日、良い仕事でした。
 ありがとう。

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2011年10月24日

 日本語の妙ですわ。

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 今回のワシントン暮らしの間に読んだ本のひとつが、「二つの祖国を持つ女性たち」というものでした。祖国を出てアメリカに移住した13カ国の女性たちの生き方のレポートは、帯によれば「異色の比較女性文化論」ということになります。

 この本をわざわざアメリカまで持っていったのは、祖国を離れた女性たちが、どのように新しい土地と折り合いをつけ、そこで普通に暮らすようになったのかを知りたかったからです。私自身が抱えている問題の糸口だけでも見つけることができれば、という期待もありました。

 けれども、読み進めるうちに、困ったことに、内容以前にその文体にひどく違和感を覚え始めてしまいました。そして、問題がいつの間にか、翻訳の難しさにすり替わってしまったのです。

 この本の中で、洋裁リフォーム業のトルコ人女性ゼイネップは、「そして年を取ったら、トルコとアメリカとどっちがいいか決めますわ。」と話し、パレスチナから来た土木技師のライラは「間違った観念を広めようとしていますわ。」と言い、オランダ人の栄養学者エルスは「雨が降っていましたわ。」「雇われていましたわ。」「ここで働きはじめてもう5年になりますわ。」「ぜひともオランダに行かなくちゃいけませんわ。」と、インタビューに答えるのです。

 韓国人の大学付属研究所長のステファニーまで、「彼らに滅茶苦茶にされてしまいましたわ。」「ありとあらゆる科目を勉強しましたわ。」と話しますし、アルゼンチンの仕立て屋ノーマだって「ものすごいお金持ちみたいですわ。」と言い、中国人弁護士のグレイスは自分のことを「私は変わり者ですわ。」と呟き、フィリピン人の看護婦のマリエッタは「彼らを理解するのには苦労しますわ。」とこぼしながら、「フィリピンに住んで、アメリカに健康診断に来るかもしれませんわ。」などと語るのです。

 著者はロサンゼルスに住む日本人女性。インタビューに対して返ってきた英語の答が、著者の中で翻訳変換されると、こうした「〜ですわ。」になってしまうのです。もちろん間違っているわけではありませんが、もしも(そんなことは絶対にありえませんが)彼女たちが日本語で答えたとしたら、「雨が降っていましたわ。」などとは言わないように思えてしょうがないのです。ゼイネップは「どっちがいいか決めます。」と言ったかもしれませんし、エルスは「雨が降っていたんです。」と言ったかもしれません。

 私自身で言えば、「〜ですわ。」などという表現はまずしたことがありませんし、実際まわりで話される言葉の中にも「〜ですわ。」が登場したこともほとんどありません。

 同じようなとまどいは、しばしば直接話法で語られる時にも起こります。だいぶ前のブログにそんなことを書いたのを思い出しました。ちょっと引用させていただきます。

 朝早くから始まった会議が白熱してきた頃のことです。「池澤さんが 『準備したらどお?』 と言ったので。。。」と聞いて、「えっ?それって私のこと?私、そんな言い方してない。『準備をなさったらいかがですか?』 と言ったはずよォ。」と心中異議を唱えていました。

 こんな風に違和感を覚えることはしばしばあります。
 「直美さんが 『これ違うわよ』 って言ったから。。。。。」
 (うそォ、「これ違いますよね。」 って言いました!)
 「『いいわよ』 とおっしゃったので。。。。。。」
 (いいえェ、仕事の場ではそんな言葉は絶対使いません。『いいですよ。』 と言ったはず!)

 たぶんこんな現象は、話し手が、相手を自分のイメージの中の女性像、あるいは男性像に近づけてしまうから起きることなのでしょう。もしかしたら、私が 「はい、いいと思います。」 ときちんと言ったのに、「池澤さんが 『よくってよ。』 と言うので。。。。。」となることだってあり得ます。その場合、話し手はきっと、昔の小説に出てくるような山の手のお嬢さんスタイルがお好きなのでしょう(笑)。あるいは、女はこういう言葉遣い、男はこういう言葉遣いをするものだという話し手の深層心理のなせるわざかもしれません。
 

 言葉と言うのはまさになま物です。
 いえ、言葉というのはまさになま物ですわ。
 言葉というのはまさになま物だよ。
 言葉というのはまさになま物じゃねえか。
 言葉というのはまさになま物でございます。
 言葉ってなま物じゃん。 

 等々、延々と続きそうな言葉遊び。
 そのどれもが、英語に翻訳したら、おそらくみんな同じ表現になってしまうのでは、と想像する時、つくづく日本語の妙を思います。そして他国語から日本語への翻訳の難しさを思います。

 
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2011年10月23日

失くし物も忘れ物も「何てラッキー!」

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 布でできていますので軽い上に、多少不格好に膨らもうが、何でもかんでも押し込められて、しかもポケットの数たるや表に5個、中に4個。あまりに多すぎてしょっちゅうどこのポケットに入れたかを探し回るぐらいのこの鞄ですが、かなり重宝しています。

 アメリカでは最近大人気。町でも随分見かけるようになりました。お値段も安いので、ついいくつか色や形の違ったものを持ちたくなりますが、何しろこの柄です。着るものを選びます。柄物の服を着た日には大変です。ブランド名はVera Bradley (ベラ・ブラッドリー)と言います。

 初めて知ったのは、2年前にアメリカで発見した娘から。その後、ハワイのアラモアナで買ってみたのがこのバッグ。ついでにメガネケースも買いました。そしてワシントンでも毎日使っていたのですが、、、、

 ふと気がついたらメガネケースが鞄の中にありません。けれども、これしきのことにはびくともしません。なんたって落し物と、失くし物と、忘れ物にかけてはひとかどのキャリアがありますから(笑)。すぐに思いました。「あ、逆じゃなくてよかった。ケースを開けたらメガネがない!だったら大変なところだったもの。何てラッキー!」

 そして、ネットで調べて、車で1時間の大きなショッピングモールの直営店まで買いに行きました。何を?って、もちろんメガネケースです。失くしてしまったソフトタイプのものはなかったのですが、幸いよく似た柄でハードタイプのものがありました。そこで切り上げるはずだったのですが、、、、

 結局なんだかんだで大小取り混ぜ10点以上。とは言え自分用には、メガネケースとPCケースとバッグが1点。あとはみんな友人たちへのお土産です。

 日本へと飛び立つ前日に、ギューギュー荷造りをしていたらジュディーからの電話。

「ハーイ、ナオミ、今朝ね、掃除をしていたらね、ソファーの下からあなたのメガネケースが出てきたのよ。この間、ウチに来た時に落としていったのね。あなた、確か明日帰るんでしょう?私も明日からバンクーバーだから、ちょっとだけでも今日会わない?メガネケース届けついでにお茶でも飲みましょうよ。」

 まさかの報でした。だって、郊外にあるジュディーの家にディナーに招かれて行ったのは8月も末のこと。それから1月以上もたっての発見だったのですから。きれい好きのジュディーがまさか1月以上も掃除機をかけないはずがありません。ということは、私のメガネケースはソファーのずっとずっと奥の方に隠れたままでいたのでしょう。

 かくして私は荷造りの手を休め、いそいそと「失われしケース」の奪取に出かけたのでした。

 会えば会ったで嬉しくて、メガネケースはどこへやら、おしゃべりにいつもの花が咲きまくります。昨秋一緒に旅をした北イタリアの思い出話は、いつのまにやら来年の旅行計画へと発展しています。

 おたがい出発前のあわただしい一日に、たとえ2時間でもこんな時間が持てたのは、これもまた「何てラッキー!」。メガネケースの一件さえなければ、ありえなかったことですから。

 こういう時の癖で私はすぐに思ってしまいます。「きっと神様がわざと私に忘れさせたのね。」と。全く持って能天気。あるいは暮らしの知恵?

 それにしても、二つ並んだベラのメガネケース、以来必ずどちらかが空っぽのままです。(笑)。
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2011年10月22日

一位じゃなきゃダメなんです。

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 昨日の朝日新聞投書欄の37歳の母親からの言葉、「1位じゃなきゃダメなんです。」
 運動好きな両親から生まれたのだから当然、初めての運動会のかけっこは1等賞だろうと、5歳の息子に期待していたという母親。なんとか息子の自信あふれる姿を見たかったという母親。

 ところが、本番は親の期待を大きく裏切って、みごとに最下位。「最後まで走れたことを褒めてやるべきなのだが、どうしても悔しい。当の本人に、ちっとも悔しがるところがないのも、情けない。」という母が言います。

「たとえ幼稚園でも、狙えるものならば全力を注いで一位を狙いたい。周りと争う力のある子どもに育ってほしい。来年の運動会が、今から待ち遠しい。」

 ちょっと待ってください、おかあさん。それって誰のためなのでしょうか。
「なんとか息子の自信あふれる姿を見たかった。」と言ったって、自信って一位にならなければ得られないものなのでしょうか。それって、おかあさんのプライドと価値観を子どもに押し付けているだけではありません?

 一番になることが一番いいことだと繰り返し吹き込まれて育った子どもが、どんなに頑張っても一番になれなかったとしたら、あなたは「何てダメな子だろう。」と思うのでしょうか。そうして育てられた子どもは、一番になれなかった自分の価値をどこに見つけたらよいのでしょうか。あるいは、もしも一番になれたとしても、なれなかった他の子どもたちを自分より劣っている者、価値の低い者として見下すのだとしたら、おかあさん、それがあなたが息子に望む姿なのでしょうか。それに、大人のあなたは十分知っているのではありませんか。一番なんてどこの世界でだって長くは続かないということを。

一番はまわりもち。
みんな一番。
一番だからって、何も特別なことじゃない。

争う力があるならば、争わない力だってある。
それを知らずに大人になってしまったおかあさん、なんだかあなたが哀れです。

最近、ブログを読んでくださっている方から、素晴らしい言葉を教えていただきました。仏説阿弥陀経からだそうです。

池中蓮華、大如車輪。青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光、微妙香潔。

(池の中の蓮華、大きさ車輪のごとし。青き色には青き光。黄なる色には黄なる光、赤き色には赤き光、白き色には白き光あり。微妙香潔なり。)

 このブログも昨日でまる3年。今日から4年目に入りました。書き続けてきて本当によかったと思うのは、言葉を紡ぐことによって私の心が整理されること、そして、薄れてしまう記憶を言葉によって留めることができることです。書き始める前に比べたら、日々の感受性のアンテナが随分鋭敏になったとも思います。この3年間のブログはまるで、私という人間を自分で知るための辞書のようにも思えます。

 背伸びをせず、無理をせず、書き続けてまいります。
 これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 雨上がりの小さな庭で、青い花が蜂を招いていました。それを囲むように、あちこちでまだ雨露をつけた花々が色とりどりに咲いています。苗を買ってきて植えた花もあれば、自然に生えてきたものもあります。どれが一番だなんてどうして言えましょう。

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10月16日(日):軍配はナポリタンにあり
10月17日(月):日曜日のピクニックランチ
10月18日(火):ティロピタキアでピクニック?
10月19日(水):インディアナでインディアン
10月21日(金):飲んだ後にはお酢で乾杯
10月22日(土):雨の赤坂大人気分
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2011年10月21日

幸せの条件あれこれ〜小林直樹先生を囲む会

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 このところほったらかしになっていた部屋を丁寧に掃除して、隅々に秋を置き、32人のお客様をお迎えしました。

 昨日はちょっと特別な講座でした。憲法学界の第一人者とも言われる東大名誉教授の小林直樹先生を囲んで、私たちが今感じている様々な疑問や不安を話し合い、原発という目の前の重要課題だけでなく、「人としての幸福」についてを考えるための会だったのです。小林先生は、つい2週間前に90歳におなりになったばかり。総合人間学会の名誉会長でもあります。

 この会に至るまでにはこんな経緯がありました。

 2006年9月から2009年12月までの間、銀座センターで開講されていた講座のひとつに「能と聖書の響き合い」というものがありました。センターを閉じてからも、受講生たちの自主運営によって、その後も、場所を変えて継続されてきました。講師の湯浅裕子先生も、その都度、京都から出てきてくださいます。

 いくつかの講座が、今でもこうして存続されていることは企画者にとっての大きな喜びです。この湯浅先生の講座も初めは数名でスタートしたのが、次第に輪が広がって、昨日の特別講座への参加者はなんと30名を越すまでになりました。これもまた嬉しいことです。

 それだけの人たちが集まれば、当然ながらいろいろな方がいらっしゃいます。昨日もなかなかの論客がいて、事前に準備してきたお考えをとうとうと述べられます。しかも、かなり断定的な物言いをなさるものですから、私などは隅っこでヒヤヒヤし通しでしたが、小林先生は話し手をさえぎることもなく、黙ったまま全てをお聞きになり、おだやかに感想を述べられます。その後ろでは窓越しに、季節はずれの桜が咲いています。

 攻撃的な聞き手と違って、その物腰はいとも謙虚です。朝日新聞のウェブサイトで、先生をインタビューした記者の方が、「威厳ある紳士。鋭い眼光の奥には自由な精神の輝き。」と感想を述べていましたが、まさにその言葉通りです。

「幸福って?」という問いに対して、機械工学を勉強する大学三年生の青年が答えました。

「まわりに人がいることでしょうか。」

 ある高名な方の未亡人となられた女医さんは言います。

 「好きな本を読んで、好きなものを食べて、好きな時に看護をして、6時間寝られることでしょうか。私は40年の間、子どもを育てながら、3時間半の眠りで医者をやってきました。些細なことかもしれませんが、今はアクセクしないで生きられる、そんなことに幸福を感じます。亡くなった主人がたくさんの友達を残してくれたのも私の幸福です。」

 そして90歳の知の巨人が言いました。

「生命を与えられたこと自体が奇跡です。ある世代に生まれたこと自体が偶然です。生きていること自体が幸福です。もちろん人生には数々のアクシデントがあります。けれどもそれらの運命をどう受け止めるか、それらとどう向き合っていくかが、幸不幸の分かれ目ではないでしょうか。」

 尊敬する湯浅裕子先生が一言おっしゃいました。

「一人でいいから誰かを愛することです。愛されるかどうかは関係ありません。」

 会が終わって、車で駅まで先生をお送りする途中で、「先生がこうして健康でいられるのにはほかに何か秘策でもおありなのでしょうか。」と、思い切ってお聞きしてみました。すると、先生が少し間をおかれた後で、あの穏やかな口調で答えられました。

「後ろを振り向かないことでしょうか。そりゃ生きている以上色々なことがありましたけれど、僕はなるべく前を見るようにしています。何時に起きて何時に寝ているかですって? けっこう夜更かしですよ。読みたい本がたくさんありますからね。宇宙の本も、時代小説も。」

 もしも私が90になる時があるのなら、その時にはこんな風に呟いていたい、、、とつくづく思うお言葉でした。
By 池澤ショーエンバウム直美


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10月21日(金)予定:銀座で発見「お酢バー」
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2011年10月19日

銀座吉水閉店〜女将のヒッピー力

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 銀座3丁目に、たった11室ながら、大いなるこだわりを持って存在していた旅館がありました。そこそこのホームページはあるものの、宣伝広告費は一切なし。それでも、人づてに口から口へと伝わって、一昨年の9月には、テレグラフィック紙の「東京ホテルトップ5」の第二位にランクインしてしまいました。なんとマンダリンオリエンタルとリッツカールトンの間に挟まれての二位です。

 それが「銀座吉水」です。そして今の今まで、私は吉水がまだ銀座のあの場所に、あの竹がかぶる引き戸と共に存在していると思っていたのです。アメリカから来日する友人のために予約をしようと、そのホームページを見て、まさかの知らせを見つけるまでは。

 「誠に突然ではございますが、銀座吉水は平成23年6月30日をもちまして閉店することとなりました。」

 もしかしたら新聞などでも報道されていて、私ばかりが知らなかっただけなのかもしれませんが、信じられない思いばかりが先にたちます。

 2006年からの4年間、私は銀座の真ん中で仕事をしていました。今はなき「恵泉銀座センター」のコンサルタントとして、社会人のための講座の企画と運営に当たっていたのです。今思えば、随分面白い講座をたくさん開講できました。「まさかこんな方が?」と思えるような方々にも講師としておいでいただくことができました。中でも「銀座学」という講座は秀逸でした。講師は、地元銀座の老舗の社長さん方や店主の方々だったのですから。

 この講座の第14回目、2009年1月にお話をしてくださったのが、「銀座吉水」の女将、中川誼美さんでした。そして、全16回の講義を1冊の本として出版することになった時、ただ一人「NO」を唱えたのが中川さんでした。それは、「そうした形で表に出たくない」という、中川さんなりのこだわりでした。その結果、「新銀座学」(さんこう社、2009年12月)というユニークな本は、中川さん以外の15名の方々の講演集となりました。

 けれども、中川さんの講義は深く記憶に留まるものでしたし、その後も何度かお会いするにつけ、女将のこだわりには、誰にも邪魔されぬ太い筋が一本通っているのがわかりました。

 吉水の小さな客室には、冷蔵庫もテレビも電話もありませんでした。けれども、あの時だってマドンナの食事トレーナーが宿泊していましたし、ノーベル賞の受賞者だのアラブの大富豪なども常連さんでした。

「私たちはいっさい世話を焼かないんです。あえて何にも置いてません。自分で自分に付加価値をつけない限りは何にもないのと同じです。」

「ウチには白いお砂糖も白い粉も味の素も電子レンジもありません。でも、使っている素材は北から南まで私自身が走り回って見つけたものだけです。全部、作った人の顔を知っています。今でも、2〜3日で1500キロを走るなんてざらですよ。人様に乗せてもらうよりは自分でハンドルを握ってすっ飛ばしたほうが何倍も楽しいですからね。」

「結婚してすぐに住んだウッドストックが私の原点。私はヒッピーなの。」

 そんな女将の閉店の挨拶にはこんなことが書かれています。

「先日の東日本大震災直後の東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響を受けて、主たる顧客層のヨーロッパからの訪日外国人が激減したこと、そして今後も予想される事故の影響を考慮し、閉店という苦慮の決意を致しました。」

「東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて直ちに全ての予約がキャンセルとなり、その後は稼働率10%以下の日々が続きました。それは、私達が信じていた日本の技術力の高さと安全さが実際は無力に近く、一瞬で世界を恐怖に陥れてしまった瞬間を目の当たりにし、一企業経営者として考え方を改めさせられた日々でもありました。」

「銀座吉水」中川誼美女将こだわりのプロテストです。
 そしていまだに女将の中で生きている見事なまでの「ヒッピー力」です。
 大変残念ですが、拍手を送るしかありません。

By 池澤ショーエンバウム直美


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10月16日(日):軍配はナポリタンにあり
10月17日(月):日曜日のピクニックランチ
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2011年10月18日

みんないちばん!

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 最近ちょっと感動した話。
 孫息子の保育園で流行っている言葉が、「みんないちばん」。
 誰が勝ったも、誰が負けたもなくて、何番だったもなくて、かけっこも工作も「みんないちばん!」

 娘によると、この言葉は先生が教えたわけでもなく、3歳児クラスの子供たちがみんなで自然と言いだしたそう。先日の運動会でも、みんなが一等賞。たとえ遅れをとったって、たとえ失敗したって、「みんないちばん!」

 日曜日のピクニックでちょっと感動したシーン。
 「自転車だれが一番じょうずだった?」
 「みんないちばん!」

 3歳の保育園児は、私が不在の間にメキメキと語彙を増やし、言いたいことのほとんどを上手に表現できるようになりました。キャッチボールをしていて、ボールが知らないお兄さんとお姉さんの所に飛んで行ってしまったら、ボールを取りに行って、頭を下げて「ごめんなさい」。 お兄さんとお姉さんが恐縮して、「どういたしまして」。

 「ありがとう。」も、「行ってきます。」も、「さようなら。」も、「ごめんなさい。」も、しっかりTPO付きで体得しています。それなのに、お薬はいつまでたっても「オクルシ」だし、ヘルメットは「ヘメレット」。

 世の中にはなぜかいつまでたっても競う人がいて、自分と人の優劣を比べてばかり。
 比べては安心したり、焦ったり。時には焼餅、時には自慢。
 私はそうした面倒くさいことは、もう随分前に止めてしまいましたから、そうした人と一緒にいるとなんだか居心地悪くてたまりません。「いいんじゃない?そんなことどうだって」と内心あきれて呟きながら、人生の後半になってもまだ人と比べ、競う癖から抜けられない友を気の毒に思ううちに、気づけば距離も離れていきます。

 年と共に我がままになることがあるとすれば、もうあまり無理をせずに、内でも外でも心地良い時間を過ごしたいということでしょうか。内に目を転じれば、娘たちでさえ、とうに私を超えてしまいましたし、夫とは競ったところで勝ち目はありません。競う相手があるとすれば、それは自分自身です。それでも最近は、「ま、いいか」と、駄目な自分をゆるゆると受けいれています。そして、そんなこともそろそろ許されていい贅沢だろうと思っています。

 「みんないちばん!」の少年と、「ま、いいか、バアバズ」の相方キッコさんと過ごした秋晴れの日曜日は、なんだかとても楽チンで、気持ちが良くて、幸せでした。飾る必要も、虚勢も張る必要もなく、肩の力も思い切り抜いて、ドジ全開でもニコニコとありのままの自分でいられるというのは、本当に心地よいものです。

 だって、みんないちばんなんだもの、ネ。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2011年10月17日

一列になって走る自転車

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 昨日の日曜日、東京は気温も上がって、夏が再び戻ってきたかのような日和となりました。それでも、風はやはり秋です。

 一箇所で落ち着いて暮らすことができないのなら、あきらめるものは潔くあきらめて、手放すものは潔く手放して、本当に大切なものだけを心の中にとどめて、どこに行こうが、どこで暮らそうが、愚痴は言うまい。そうすればどこでだって自分らしく生きることができるはず、と「ポータブルライフ」を目ざしてはきました。とは言え、それはなかなか難しく、後ろ髪を引かれることが、まだまだたくさんあります。私の煩悩とも言えるでしょうか。

 その最たるものが、日本の家族と過ごす時間です。こればかりは日本にいなくては無理です。そして、エッフェル塔には上っても、いつでも登れる東京タワーにはまだ上ったことがない、などというのにも似て、そんな私の家族時間渇望度は年々アップ気味です。そして、それを知っている家族たちも、何かと言えば一緒に過ごす時間を企画します。

 帰国後第一弾は代々木公園ピクニック。

 よく晴れた青空の下、広い公園の中では、たくさんの人がいろいろなことをしています。私たちのように大きなマットを敷いてお弁当を広げている人もたくさん。その向こうには、どうやら友人に囲まれて結婚式をしているらしい国際結婚カップルの姿。芝生で一人ひたすら読書をしている人もいれば、伸びやかに昼寝をしている人。林の中ではトランペットの練習をしている人も、劇のリハーサルや撮影会をしているグループも。

 運動会も見つけました。保育園の子どもたちでしょうか。ヨチヨチ歩きの亀さんから、早足のウサギさんまで、年齢も違う子供たちが一緒になって、「よーい、ドン」と、紐で下がったパンを目ざして走ります。ちょっとレトロなパン食い競争の場面です。

 ここには、犬を連れた人たちもたくさん。
 いろいろな国の人たちもたくさん。
 それがとても心地良いのは、公園というキャノピー(天蓋のついた場所)に居るからでしょうか。それともお天気が良いからでしょうか。

 久しぶりでボール遊びに興じました。
 小さな少年とけっこう真剣に遊びました。

 2年半ぶりに自転車に乗りました。
 4台の自転車が同じ道を一列に並んで走るサイクリングロードの、なんと言う喜び。
 そのうちすぐに4台は5台になるでしょうし、5台が6台にも7台にも8台にもなることだってあるでしょう。

 余韻の中をフワフワと漂いながら、これではいけないと気合を入れて心機一転、月曜日の朝までに送ることを約束した原稿に必死に取りかかり始め、気づけばすでに約束の朝です。

 それでも、あんなに屈託のない時間をもらったのですから、このくらいの労働は当然です。などと言いながら、これからはもっともっと、母であり、グランマであり、そして妻でいたいかな、などと、わが晩年のワークアンドライフバランスを、一列になって走る自転車を思い浮かべながら、これまたけっこう真剣に考えている寝不足の月曜日です。
By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年10月16日

教えることは学ぶこと〜頭がオリーブ

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 陳腐な言い回しですけれど、教えることは学ぶこと、いつも本当にそう思います。
 もう何度もやったことだから、と、気軽な気持ちで臨んでしまえば、表にこそ出しはしませんが、内心ではドキドキとすることになります。逆に、初心に戻ってきちんと復習してから臨んだ時には、余裕しゃくしゃく、新しいネタなどを付け加えてはいい気分になります。

 昨日、日本オリーブオイルソムリエ協会ジュニアソムリエコースの第一回目の講座を受け持ちました。好きこそ物の上手なれ、で、私が得意とする分野はこの第一回目「オリーブオイルの起源と神話、歴史との関連」です。ギリシャ神話に登場するオリーブに関する様々な物語を話したくてウズウズとしながら、時計と睨めっこで講義を進めます。

 それでも途中でやはりドキドキしました。古代ギリシャやローマ文明についてはある程度は知っているものの、アッシリアだの、バビロニアだの、フェニキアだのになると、もしも質問でもされたならきちんと答える自信がありません。次回の講義に臨む時には、もう少し勉強をしなければと反省しました。教えることは、やはり、一番効き目のある「学びモティベーション」です。

 今日はオリーブオイルソムリエとして、これまでこのブログではあまり触れてこなかったことを手短かにお話しします。

 できることならどうか、オリーブオイルを摂取してください。ついこの間の6月15日にも、フランスのボルドー大学のチームが、オリーブオイルの脳卒中予防効果について発表したばかりです。オリーブオイルと脳卒中の関係を追跡調査したところ、オリーブオイルを日常的に摂取しているグループは、脳卒中のリスクが41%も低いことがわかりました。

 それだけではありません。これまでも様々な研究機関で、オリーブオイルの効能が確認されてきました。

 その発端とも言うべきは、1950年代に行われた、ミネソタ大学アンセル・キース博士が率いる7カ国調査でした。これは、過去10年から25年にわたって、発病と死亡率、そしてそこに住む人々の食生活の関係を調査したものです。

 その結果、驚くべき事実が明らかにされました。ギリシャにおける冠動脈疾患の死亡率は、何とアメリカの10分の1以下だったのです。キース博士自身も晩年の30年間はアメリカを離れ、南イタリアに暮しました。そこで自らオリーブオイルを基本に据えた地中海型食事法を実践し、7年前の11月に100歳の大往生を遂げました。

 その後も、世界中のいろいろなところで、オリーブオイルの効能が発表され続けています。昨年の4月には、コロンビア大学の研究チームが、地中海型食事を取りいれている人は、アルツハイマーになる危険性が40%も少なくなる、という研究成果を正式に発表しました。

 まだまだあります。2009年10月にはスペインのナバラ大学が、オリーブイオイルが鬱病の予防に効果があることを明らかにしました。

 そして、大詰めとも言える朗報が昨年11月にもたらされたのです。ナイロビで開催されていたユネスコの無形文化遺産選定会議で、地中海型食事(Mediterranean Diet)が無形文化遺産として正式に認定されました。

 これは、イタリア、ギリシャ、スペイン、モロッコの4カ国によって共同提議をされていたものでした。たまたま私たちの親友、ツーリオ博士が、イタリア代表としてこの会議に出席していましたので、たぶん私は真夜中の国際電話で、一番先にこの知らせを聞いた日本人の一人だったはずです。その後、決定に至るまでの裏話などもたくさん聞くことができました。とてもここでは書ききれません。

 最後に、昨年のクリスマスに、友人のオリーブ園で、オリーブの最後の収獲に立ち会った時の写真をご紹介します。南イタリアのプーリアです。木を揺らし、ネットで受けて収獲されたオリーブの実は、24時間以内に搾油されます。

 昨日の講義のおかげで、私の頭がかなりオリーブになっています(笑)。
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10月16日(日):軍配はナポリタンにあり
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2011年10月15日

ジュディスと私のノンバーバル・コミュニケーション

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 ワシントンを発つ日の朝は、明るい空と澄んだ空気が遠い景色を映し出し、14階の私の部屋の窓から、キャピトルと呼ばれる国会議事堂と、ナショナル・レーガン空港から、大空に飛びたった飛行機が見えました。視線を下に移せば、5月以来長い夏の日に雲を映していた水面には、覆いがかけられています。そうして私は、終わった夏を後に、西の空へと向かって飛びたちました。

 前の晩、私の家のドアにかかっていたものがあります。それは思ってもみなかったジュディスからの贈り物でした。
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 ジュディスは同じ階の3軒隣りに住むスイス人。ご主人はチュニジアから来てアメリカの大学で機械工学を教えているラミーンです。二人はワシントンに住んでもう10年になります。そして私たちの良き隣人であり、友人です。

 ワシントンに移って2週間後、ジュディスと私は恒例のワシントンツアーを企てました。その時々の話題のミュージアムや、人気のレストランを訪れながらDCの町を歩きまわるという私たちのツアーは、この数年、私がDCに行くたびに行われています。

 国会議事堂の南にあるレストランへと足を向ける途中で、ずっと気になっていたことをジュディスにたずねました。そのひそやかな香りが、14階のエレベーター前で会った時からずっと気になっていたのです。

「失礼だったらごめんなさい。あなたの香りがとても好きなの。それはガーデニア(クチナシ)かしら。」

 するとジュディスが驚きで目を見開いて答えました。

「こんなにほのかな香りなのに、私がコロンをつけていることがわかったのね。そしてどうしてわかったの?それがガーデニアだってことを。私、初めて言い当てられたわ。」

 私は、本当にその香りが好きだったのです。もしも嫌いな香りなら、ひたすら我慢して相手がまとっている香りのことなど決して口には出しません。ちなみに私はもう何年も前から香りを身につけるということを止めてしまいました。自分の好きな香りに出会うことがなかったからとも言えます。一時は好ましく思えても、時間がたつにつれてやけに人工的な香りに変わったりするものですから、せっかく買ったボトルのほとんどを手放してしまいました。

 けれども好きな香りは何年、いえ何十年たっても変わりません。それが、ガーデニアであり、ジャスミンであり、ジンジャーであり、イランイランなのです。これらの香りの前では私は全面降伏です。

 やっと出会った香りの中で、ジュディスにその名を聞いたことは言うまでもありません。そして次から次へといくつものデパートの化粧品売り場を訪ねては、「エリザベス・アーデン」の「ガーデニア」を捜し求めることとなりました。ところが「以前はあったんですけれどねえ、もう置いてなくて。」とか、「わかりませんねえ。」とか、「ここ(メーシーズ)ではなくノードストロームに行ってみたらあるかもしれませんよ。」などと、なんともいいかげんな答ばかり。

 結局あきらめていたのです、そこへ持ってきて帰国前夜のドアに、こんな紙袋がかかっていたのです。中を開ければ、手書きのカードが入っています。
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「ナオミ、いよいよ明日ね。ガーデニアを日本に連れて行ってね。」

 そして私が探しに探していた美しい瓶が入っていたのです。それを見て愕然としました。エリザベス・アーデンではなくて、エリザベス・テイラーの「ガーデニア」だったのです。これではいくら探したって見つかるわけがありません。
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 ジュディスの気の利いた計らいが嬉しくて、急いで返礼のカードを書いて、プレゼントと一緒に抜き足差し足、3軒隣りのドアにかけに行きました。私からの贈り物は、ペンシルベニア州ランカスターのアーミッシュ村で買ってきたキルティングの鍋つかみとコースターです。
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こうしている今も、私はガーデニアを身にまとっています。消え入りそうなほのかな香りですが、たしかにそれは私の好きなガーデニアの香りです。そして今頃は夕飯の準備に余念がない金曜日のジュディスは、きっとあの鍋つかみで大鍋を持ち上げていることでしょう。

 こうして、太平洋を越えたノン・バーバル・コミュニケーションは健在です。

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10月 9日(日):リユニオンのテント村@レインスレアー
10月11日(火):秋色簡単デザート〜アップルクリスプ
10月12日(水):年季入り同窓会パーティー@レインスレアー
10月13日(木):超手抜きのクラブスープ@ボルティモア
10月14日(金):1耳、2耳のトウモロコシ@アメリカ
10月15日(土):バカルディの夜@東京
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:00| Comment(0) | 友人

2011年10月14日

哀しみは 永遠(とわ)の眠りについたかい〜柳ジョージさんの訃報

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 起きるやいなや、いつものようにネットを立ち上げたら、目に飛び込んできたのは柳ジョージさんの訃報でした。コーヒーを作るのも忘れて呆然としていたら、娘からスカイプで送られてきたこんな文字。

「おはよう。柳ジョージさん残念ね。」

 そこで初めて気づきました。自分の混沌とした気持ちのわけに。
 私は途中で休学をしたままだったのです。いつか復学してちゃんと勉強しようと思っていたのに、突然退学を強いられてしまった学生のようです。実に残念です。

 ずいぶん昔、柳ジョージさんが好きでした。その太くしわがれたような低い声が好きでした。アメリカのブルースのようでいて、どこか演歌のようにも思えるその歌が好きでした。短く単純なのに、ストーリーを持っている歌詞も好きでした。そして、それらのいくつかは、まるで私の心を歌っているようにすら思えた時がありました。

「石畳の坂を昇れば 海のみえる丘に出た」私は、いつも海の向こうの世界を夢見ていましたし、基地の町に住む少女にとって、「高いFENCEを越えて観たAMERICA」こそが憧れの国でした。

 私が初めて一人で行ったコンサートは彼のものでした。雨の降る中、たくさんの傘の行列の中で、赤い傘をさして新宿駅からの道を歩きました。

 午前中に仕上げる予定の仕事が大幅に遅れるのもかまわずに、私は久しく聞かなかった古いCDをしまってあるはずの引き出しをいくつも探し始めました。けれども、あんなに聞いたCDがどこにもなく、ただ一枚見つかったのは、彼がアメリカの古いヒット曲をカバーした「Good Times Collection」だけ。整理下手な上に忘れぽい私のこと、きっとどこかにあるのしょうが、今日はちょっと忙しくて探す時間がありません。とりあえず、一枚だけ見つかったCDを朝からエンドレスにかけています。「サマータイム」が終わって、今「ドック・オブ・ザ・ベイ」に入りました。

 その聞き馴染んだ声の中で、心に眠っていたいくつかのフレーズがよみがえります。

 俺たちは ただの魚さ
 河の流れまではかえられない  (Coin Laundry Blues)

 夜が明けたら あきらめるか
 昨日までの俺を
 流れ続ける 水に光る
 星屑集め 空に投げつけ
 独り旅立つ    (さらばミシシッピー)

 After midnight
 哀しみは 永遠(とわ)の眠りについたかい
 After midnight
 哀しみは 海を渡っていったかい  (青い瞳のステラ、1962年夏…..)

                             By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年10月13日

一期一会の月光浴

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 昨夜、水泳を再開しました。昼間のうちにできるだけ予定を片付けて、こうしてプールが閉る直前に水に飛び込むのが、水にも時間の流れにも一番心地よく乗れるのです。髪も乾かぬ帰り道、夜空にぽっかりとまん丸のお月様が浮かんでいるのを見つけました。

 同じように満月の空を見上げたのは、9月12日のことでした。日本はすでに13日の正午に届く頃、私たちはワシントンのコンドミニアムの裏庭で、「中秋の名月」を愛でていたのです。あれからもう1ヶ月がたってしまいました。

 夜の空気があまりに清清しくて、満月があまりに美しくて、私はしばらく外で過ごすことにしました。折りたたみの椅子と小さなテーブルを庭に運び、缶ビールを傾けながら、桜越しに満月を眺めることにしたのです。小一時間もそうしていたでしょうか。枝と枝のまん中に輝いていたお月様を、いつの間にか枝がさえぎるようになりました。

 足もとには、ハイビスカスが好きだと言う私のために、夫が7月の暑い盛りに苗を買ってきては蚊の襲撃と戦いながら一株ずつ植えてくれた花が咲いています。本来ならば熱帯の島に似合うこの花は、今ではこの国でも、そしてこの季節になっても、朝ごとに蕾を開かせるようになりました。

 夜空の下では本を読むこともできませんけれど、ただじっとすわって、ひっそりと息をして、ゆっくりとビールを飲みながら夜の匂いを嗅ぎ、ハイビスカスのあざやかな赤と黄色が浮かび上がる闇の中で、桜の花越しに秋の月光を浴びる、、、なんと言う贅沢な月光浴だったでしょう。こんな組み合わせは一期一会、もうこれ一回きりのことかもしれません。

 10月13日、今朝もまた、桜の蕾が開きました。
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                            By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年10月12日

10月に咲いた「私の桜」

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 いったい何が起こったのでしょう。こんな不思議なことがあるものでしょうか。

 昨日の朝、庭に出てみたら、地面に薄いピンクの花びらを2〜3枚見つけました。灼熱の夏を越していまだに可憐に花開いている日々草の花弁かしら、それにしてはちょっと色が薄いようだけれど、と思いながらも、さして気に留めることもなく一日をスタートさせたのですが、、、、

 前日のお客様用に作ったアップルクランブルの残りがあったので、ティーブレークにミチヨさんをおよびしたら、届いたばかりの新米を持ってきてくれたミチヨさんが二階の窓から外を見るなり、

「ナオミさん、お庭で桜咲いてますよ〜っ!」

 言われてバルコニーに出てみれば、本当に、あっちにポツリ、こっちにポツリと桜の花が開いているのです。この桜の木とはもう28年の付き合いになりますけれど、こんなことは初めてです。けれども、実はもう一つ、今年は「こんなことは初めて」のことがありました。この木が秋に花開かせるのを見るのも初めてなら、春に開いた花を見ることができなかったのも、今年が初めてだったのです。

 愛でてあげられない桜の木に心を残しながらも、日本を離れなければならなかったのが3月の震災後すぐのこと。春が来て、ワシントンの桜も花開き、その下を歩くたびに、残してきた「私の桜」を思い、「ちゃんと咲けただろうか」とその身を案じ、「見てあげられなくてごめんね。」と語りかけていた桜の季節でした。

 もちろん帰ってきた5月には、もう残り花のひとつだってあるはずもなく、「私の桜」は緑の影を作り始めていました。

 そんな頃、お隣りの方が、カードを添えて「私の桜」の写真を届けてくれました。

「おかえりなさい!お疲れ様でした!お留守の間に咲いて、散ったお庭の桜がとても見事だったので、写真を撮ってみました。わが家の階段の窓からこんなにステキに見えるんです。 」

 そこには、1年に1度の晴れ舞台を華麗に勤める「私の桜」がありました。

 もしかしたら、この桜は私に晴れ姿を見せたいと、残りのエネルギーを振り絞って、今この時期に再び花を咲かせたのだろうか、と考えるのはロマンチスト?

 もしかしたら、私が一昨日のこのブログで、「おかあさん、桜がきれいだねえ」などと書いたから?と考えるのは神秘主義者?

 もしかしたら、地球温暖化が自然のサイクルを狂わし始めているのだろうか、と不安に思うのはナチュラリスト? エコロジスト?

 なんであろうと、いったいどうしたのだろうとオロオロ心配している私は、ただただこの木の母親のようです。
                                
                           By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年10月11日

交叉した長い道

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 9月最後の木曜日、私たちは滞在していたインディアナ州ブルーミントンから46号線を北西へと走り、Terre Haute(テレホーテ)という小さな町を目指しました。湖のそばを走り、煙突からモクモクと煙が噴き出すトラックを追い越して、単線の線路を渡り、川を越えて、2時間後に到着した目的地は、町から離れ、木々に囲まれる静謐なキャンパスでした。

 「Saint Mary-of-the Woods College」、通称「The Woods」と呼ばれるそのカレッジは、1840年にフランスのカトリックの修道女によって創立された非営利のリベラル・アーツカレッジです。ここで約350人の女子学生が学んでいます。最近では通信教育で男性も受け容れるようになりましたが、キャンパス自体はまだ緑と光に溢れ、信仰に守られた女の園です。とは言え、なかなかユニークな25の専攻科目が用意されています。「Equine Studies」などと言う「馬」を学ぶ学科もあり、広い敷地内には、馬やアルパカが飼われています。農業を学ぶためのオーガニックガーデンもありますし、6エーカーのサッカー場もあります。

 大きなバギーに何人も乗った子どもたちが、先生に押されて日溜りの中を通り過ぎていきます。その時だけは、静かなキャンパスが少しばかり賑やかになります。ここには、子どもを持つ学生たちのための保育所も併設されているのです。手入れの行き届いた木々の間には、白いマリア像が立っています。

 ここで50年もの間教鞭を取っているのが、シスター・エレンです。エレンは修道女であり、博士号を持ち数学を教える教授です。72歳になった今でも現役で教えています。そしてエレンは、夫の小学校時代のクラスメートでした。1年生から8年生までの8年間もの間、机を並べた仲です。その後、二人はそれぞれの道に分かれました。そして、アカデミアという同じ世界の道なのに、2つの道は交叉をすることもなく年月が過ぎました。

 肩を並べて歩くのは実に50年ぶりだと言います。私はそんな二人の邪魔にならないように後ろを歩きます。私たちは美しいカフェテリアで食事をし、エレンの案内でカレッジの内外を見てまわりました。まさにここは守られたサンクチュアリです。

 名残惜しく別れを告げるエレンに、最後に思い切って聞きました。

「シスター・エレン、一つだけ質問してもいいでしょうか。これは貴女にしか答えられないことなんです。トムはどんな少年だったのでしょうか?」

 すると大きな優しい笑みを浮かべたエレンが、ちょっとだけ遠くの方を見るような眼差しをした後で、答えました。

「He was a gentle smart boy. Then he becomes a gentleman.」

 私はその短い答を、エレンの言葉のままで受け止めて、そのまま心の中にしまいました。へたに日本語に置き換えたら、それはエレンの言葉でなくなってしまうような気がしたのです。

 50年間ずっと一つの町の一つのカレッジで教え続けてきたエレンは、今日もまたインディアナ州テレホーテの小さなカレッジで教えています。
 かたや9カ国に住み、35の国で仕事をしてきたトムは、今日はハンブルグの大きな大学院で教えています。

 次に2つの道が交叉するのはいつになるのでしょうか。
 2011年9月29日、何十年ぶりかに交叉した二つの道の証人としてその場に居合わせたことを、今日ここにいる私は、嬉しく、そしてありがたく思っています。

                             By 池澤ショーエンバウム直美

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10月10日(月): 秋にはやっぱりアップルクリスプ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:47| Comment(0) | 家族

2011年10月10日

おかあさん、秋だねえ

 母が行った空.jpg金木犀.jpgRIMG12822.JPGRIMG12823.JPG
 昨日は一日家にこもって書き物をしていたら、ドーンドーンと太鼓のような音が聞こえてきました。何が起こったのだろうとあわてて外に出てみれば、小さな山車をたくさんの子どもや大人がひいています。ドーンドーンという音の次に来たのは、ワッショイワッショイという掛け声が運ぶお神輿でした。こんな静かな住宅街の、こんなせまい道にもお祭はやってくるのです。だって秋ですから。

 ちょっと買い物に出たら、どこからか金木犀の香りが漂ってきました。2年前のあの時と同じように、空は高く澄み渡っています。だって秋ですから。

 母が水平線の向こうに行ってしまったのも、ちょうどこんな美しい秋の日でした。あれから2年と1日。それなのに私はまだ母と話してばかり。

 おかあさん、桜がきれいだねえ。
 おかあさん、なんて暑いんだろう。
 おかあさん、金木犀の季節が来たよ。

 母はたまたま触れることができなくなっただけで
 その気になれば見ることだって、聞くことだってできます。
 だからたぶん、よけいに悲しいのです。

 ワッショイワッショイ ワッショイワッショイ
 私たちの家の前の、車も上がれないせまい路地にも、お神輿はやってきました。

 おかあさん、私、ちょっとだけお祭に行ってくるけど止めないでね。
 大丈夫、もう迷子になったりしないから。
 ちゃんと帰ってくるから。

 おかあさん、秋だねえ。
                          By 池澤ショーエンバウム直美

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10月10日(月)予定: 秋にはやっぱりアップルクリスプ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:40| Comment(0) |

2011年10月08日

心地よく混ざり合う場所〜コスモポリタン・キャノピー

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 5月に戻った時には、あろうことか上手に眠れない日々が続いてかなりつらかったのですが、今回は時差も全くなく、ストンと眠ってストンと目覚めています。先回は帰るやいなや、やらねばならないことが山積みで、緩急もなく急急状態。一方、今回はいい具合の緩急度。そんなことも眠りの形に繋がっているのでしょうか。長い間の手のしびれも、アメリカにいる間に、気づいたら消えていました。それに何たっていきなりこんな素敵なお天気ですもの。ソフトランディングには好条件ばかり。

 秋晴れ三連休の初日の今日は、横浜まで講演に出かけます。神奈川県善意通訳の年次総会です。私の出番の前に、来賓の方々のご挨拶や、皆様方の活動状況をお聞きできるのも楽しみです。たくさんの皆様にお会いできるのもまた楽しみ。それに何たってこんな素敵なお天気ですもの。

 講演のテーマは「グローバルって何だろう」。
お話ししたいことはたくさんありますが、こんなことを基軸にして展開していくつもりです。

「『当社ではグローバルな人材がほしい。』『私は将来グローバルに働きたいです。』『うちの子はグローバルに育てたい。』などなど、最近はまるで流行り言葉のように使われるようになった『グローバル』という言葉。それではいったい『グローバル』って何なのでしょう。外国語ができることでしょうか。海外で暮らしたことがあることでしょうか。外国人の知り合いがたくさんることでしょうか。私自身はそのどれもが当てはまりますけれど、だからと言ってそれが『グローバル』であるとは思いません。

 だいじなのは、言葉や地理的な状況ではなく、私たちの内側の視点です。自分がどんな視点で、どのように自分を取り巻く環境と関わっていくかというスタンスの問題です。どこに住んでいようがグローバルになることはできます。あるいは、グローバルな人間ならどこに住むことだってできます。それでは、そんな『視点』とはいったいどんなものなのでしょう。『スタンス』とはなんでしょう。本物の『グローバル』とはどういうことなのでしょう。そんなことをご一緒に考えましょう!」

 ワシントンを発つ直前の10月2日の日曜日、ホワイトハウスからもそう遠くないペンシルベニア通りの一角で「Turkish Festival」が開かれました。今にも雨が降り出しそうな冷たい風の吹く日でしたが、たくさんの人の熱気にあふれました。トルコ料理の屋台が並び、手工芸品や本の店も並び、トルコ語やトルコ文化を勉強するためのコースの紹介などもなされました。

 広場のステージではトルコのダンスが繰り広げられています。見まわせば本当に色々な顔がいます。垂れ幕には「歓迎」という言葉が20以上もの国の言語で書かれています。私たちの前にすわっているのは、どう見てもアジア系の顔をした5〜6才の少年です。そしてその隣りにすわるのは黒い肌にカーリーヘアーの小さな女の子です。音楽に合わせてトルコの赤い小旗を振っている2人の子どもをニコニコと眺めているのは、いかにもアメリカ人という風情の若い両親です。養子縁組がごくふつうに行われているアメリカでは、こうした風景はさして珍しいことではありません。

 最近知った言葉に「コスモポリタン・キャノピー(Cosmopolitan Canopy)」というものがあります。これはエール大学のElijah Anderson教授が自著の題名に使って以来、よく引き合いに出されるようになりました。キャノピーあるいはキャナピーとは、ベッドの上にかかる天蓋や、建物のひさしのようなもの。つまり一種のシェルターです。アンダーソン教授は、コスモポリタン・キャノピーとは、多様なグループが心地よく混ざり合う所であり、自分とは違う経験や考え方のキャッチボールができる所だと言います。

 曇天下のTurkish Festivalは、そんなコスモポリタン・キャノピーに見えました。
 そして今日私の話を聞いてくださる通訳の皆様方には、二つの言語、二つの文化が交叉し、感応しあう心地よいキャノピーを作っていただきたいと思うのです。

 それでは、行ってまいります!
 皆様どうぞよい週末を!

By 池澤ショーエンバウム直美

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10月2日(日):やっぱり時にはカウントリー@ナッシュビル
10月3日(月):季節はずれのミルクシェーキ@ナッシュビル
10月4日(火):どこでだって懐かしい学食@テレホーテ
10月5日(水):夕日と一緒に空港ディナー@インディアナポリス
10月7日(金):瓜二つで大失敗@ワシントン
10月8日(土):アサイー実験室@ワシントン
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:27| Comment(2) | グローバル