2011年09月30日

森という共同体〜ブラウンカウンティー

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 アメリカには大小取り混ぜて50の州(State)があります。そして、州の下に郡(County)と呼ばれる行政区画があります。その数たるや、一番小さな州で3郡、最大の州になると254群と言いますから、平均値を取ればひとつの州に62の郡があることになります。

 私が今滞在しているインディアナ州にも92の郡があります。そして、ここ、ブルーミントの町はモンロー郡(Monroe County)に属しています。そういえば、中年男女の4日間の恋で観客の涙を誘った「マディソン郡の橋(The Bridges of Madison County)」と言う映画がありましたよね。あのマディソン郡はアイオワ州です。

 ここインディアナ州モンロー郡の北東、車で1時間ほど走った所に「ブラウン郡州立公園(Brown County State Park)」があります。ここはインディアナ州最大の公園で、広さは1万5千776エーカーですから、何と63.85平方キロメートル。ここで一昨日の昼間を過ごしました。

 公園と言っても、それは管理のもとに自然を保護された森林地帯です。人も車も影すら見えない道に、標識と共に小さな木の小屋がポツンと立っています。私たちの車が近づくのを見ると、中から年のいった男性が出てきました。ここで車一台につき7ドルの入山料を払い、地図をもらいます。わからないことにはとても丁寧に説明をしてくれます。

 4月に同じように車を走らせたり歩いたりしたプエルト・リコの熱帯雨林のように、舗装道路の上を走ればぐるりと一周をすることができます。同時に車では入れないトレイルがたくさんあります。管理された保護区と言うのが、いったい良いものか悪いものかは論議を要しますが、手っ取り早く自然に触れるにはこうした森林は最適です。

 とにかく誰もいません。とにかく静かです。とにかく空気が澄んでいます。草原にも山の斜面にも、アメリカ中西部の秋のシンボル、ゴールデンロッド(Golden Rod)が秋風に黄色の花穂を揺らしています。女郎花(おみなえし)によく似た花です。
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 鳥が鳴き、リスが走り、ウサギが飛び跳ね、鹿がゆっくりと目の前を歩いて行きます。こんな固い緑の実が頭上から落ちてきたりもします。これはクルミです。RIMG12442.JPG

 けれども、目に見えるものはごく一部、ここには750以上の種が生息しているといいます。鳥も蝶も蛇もキツネも、鹿もリスもウサギもネズミも、亀も蛙も虫もみなこの森の住人です。そして、無数の木々たちと、草花、きのこたちが、それらの動物たちと自然のバランスの中で共生しています。

 しかし、それが入念に計算され、ハイテクで管理されたバランスであることを思う時、いったいそれを「自然のバランス」と呼んでいいものかどうかにためらいを覚えます。そして、見晴らしの良い一角に書かれたこんな言葉を目にする時、もはや人の手を加えなければ、私たちの美しい共同体を保つことができないのだろうか、と複雑な気持ちにとらわれるのです。

Fortunately much of the Brown County Hills Regions is protected. In addition to publically owned property, many private landowners responsibly manage their land for the good of the larger ecosystem. By doing so the vistas seen by our ancestors will be the vistas seen by our descendants.

幸いにもブラウン郡の丘陵地帯の多くは保護されている。公共の土地ばかりでなく多数の個人地主たちも生態系を維持するために努力をしている。そうすることによって初めて、我々の祖先が見た風景が我々の子孫が見る風景になるのだ。
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                             By 池澤ショーエンバウム直美
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9月26日(月):陶芸展のビュッフェメニュー@フィラデルフィア
9月27日(火):変てこ?芸術的?なカプレーゼ@フィラデルフィア
9月29日(木):フィラデルフィアでジャパニーズ
9月30日(金):アジア通り発見!@ブルーミントン
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2011年09月29日

失敗もまた楽し〜フィラデルフィアのワークショップ

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 忘れないうちに、やはり5日前のワークショップのことを書いてしまいましょう。フィラデルフィアのクレイギャラリーで行われたものです。そうでもしないと、私の「留めておきたい記憶」は、日々次々と積み重なる新しい記憶に上書きされて、いつのまにやらおぼろげになっていきますから。

 8名の陶芸作家の作品展「Five by Eight: New Art from Japan」のオープニングの翌日は、3人の作家の方々によるワークショップ「Blue White Porcelain Workshop」でした。これは実にみごとな企画だったと思います。あらかじめ申込みをして参加した30〜40名の方々の満足度もかなり高かったことでしょう。

 まずは、白地に青で絵を描く「Blue White」を作風とする小枝真人さんが、どのように筆を使い、どのように描いていくかのプレゼンテーションがあります。みな、身を乗り出しながら真剣です。

 そして、前田正剛さんが椅子に腰を下ろして、ロクロをまわしながら大きな壷を作る実演がありました。何もかも初めて目にする私は、時として通訳という自分の役割を忘れてしまうほどに夢中に見入ってしまいます。

 それにしても「モノを創る人」と言うのは、男女を問わずなんて素敵なんでしょうか。藍色の作業着を着て、集中して描き、まわし、創る人の放つ魅力には抗えません。

 ところが、ロクロの上で、思いもかけぬハプニングが起こりました。ただの塊りだった粘土が魔法のように形になっていく途中で、質問を投げかけた女性に一瞬気を取られた作家が、ほとんど完成形に近づいた回転する壷を爆発させてしまったのです。それはまさに「爆発」という言葉そのものの、目を疑うような一瞬のできごとでした。作家も驚き、まわりで食い入るように見ていた私たちも声をあげ、ざわめきます。

 けれども、ロクロをまわしていた前田さんは、「時々こういうことがあるんですよ。そういう時はまた初めからやればいいんです。」とにこやかに、さりげなく言って、見守る人々の心を解きほぐし、また散らかった粘土を塊りにして同じ作業を始めました。そしてこんな言葉を付け加えました。
「アメリカと日本ではロクロのまわる方向が逆なんです。日本でも北と南で違うんですよ。」

 あとから一人の参加者が私に言いました。

「熟練の作家にも、一瞬にああしたことが起こることを知って、いかに集中を必要とする仕事かがわかりましたよ。けれども、ゼロから戻ってやり直せば、それは失敗ではないということもわかりました。もしかしたら、ミスター・マエダは僕達にそんなことをわからせるために、わざとやってくれたのでしょうか。」

 その後、参加者たちはいくつかのグループに分かれて作業に入りました。各グループに私たち通訳が一人ずつ付き、作家の方々が目を配り指導をします。まず紙にシャープペンシルで下絵を描いてから、それを焼きあがった白い皿にトレースします。そして細筆を使って青い染料で輪郭を取ります。次に、染料がにじみ出ないように固い芯のシャープペンシルで輪郭線をなぞってから、ダミと呼ばれる特別な太筆で色をつけ始めます。ダミは、直接に筆先で描くのではなく、色を施す場所の上で染料を指で絞り、それをまた吸収するのに使われます。

 どの人たちも真剣そのものです。男も女も、若い人もそうではない人も。そして、時に失敗もします。ロクロのように。

 けれども彼らは失敗の修復の仕方も学びます。たとえば、藍色を濃く厚くしすぎてしまった時にはナイフで削ればいいとか、白地につけてしまった汚れは練り消しゴムでポンポンと叩けばいいとか、、、、、

 3時間半後に描き終わったお皿の裏側にそれぞれのサインをして、全員が実に満足げな顔で、使った筆と染料や器などの器具を袋に入れて工房を後にします。残された皿とカップは乾いた後に、釉薬に浸され、炉に入れられて作品となります。

 こうして、全く無知だった世界をひょんなことから覗き見られたことは、本当に貴重な経験でした。そして形あるものを創る人への憧憬がますます大きくなりました。私に少しでも創れるものがあるとしたら、それは形のないものばかり。いつの日か、小さな皿を作ることができたらと思うばかりです。

                           By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年09月28日

インディアナ点描 3つのビックリ付き

 
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 フィラデルフィアから戻ったまま、スーツケースの中味もそのままに、今度はまたバタンとフタをしめて、昨日のお昼の飛行機でDCを飛び立ちました。1時間半の飛行の後に着いたのはンディアナ州インディアナポリス。空港で乗り込んだレンタカーで、車通りも少なく、迷いようもない広い一本道を1時間ほど走って、ここブルーミントン(Bloomington)に来ました。ここに木曜日まで滞在し、金曜日にまた別の場所へと移ります。

 まだまだフィラデルフィアでのことを話し終えていないのですが、とにかく今日はインディアナについて少しだけ。写真ばかりのフォトツアーのようになりますけれど「目は口ほどにものを言う」ですもの。

 アメリカに50も州がある中で、インディアナと言っても「あれ、そんな州があることは知っているけど、いったいどこ?」と首をひねる方も多いと思います。私ももちろんその一人でした。というわけで、まずはインディアナの場所から。

 ここはイリノイ州とオハイオ州にはさまれた内陸の州。空港からブルーミントンへと南下する道は、見渡す限り山もない平らな土地が続きます。夏のトウモロコシの収獲が終わった後の畑のつらなりが、よけいにその起伏のなさを感じさせます。

 このところお天気に恵まれなかったのが、途中から明るい日差しにあふれてきました。これだけでも何だか心が弾むものです。

 ブルーミントンと言う町は、インディアナ大学があるキャンパスタウン。規模の大きなアメリカの大学はこんな風に町全体が大学になっています。あちこちに大学の建物が散在し、それらが「知と学びの場」という共通項でうまく括られて、小さな町全体の雰囲気を普通の町とはまるでちがうものにしています。どこへ行っても学生たちがいて、おしゃべりをしたり、本を読んだり、PCを広げたりしています。私たちが属する俗世界とは隔離されて、守られたサンクチュアリのような世界は、どこか伸び伸びとして、自由の風を感が吹き渡っているようです。キャンパスを歩き、キャンパスの空気を吸えば、たとえ一時ででも自分が開放されたように感じます。

 私たちが滞在しているホテルも、インディアナ大学のキャンパスの中にあります。古くとも設備が整ったコンベンションセンターの建物の一部がホテルになっています。ロビーも廊下も部屋も、小ぎれいで快適でです。賑やかさも華やかさもない代わりに、静けさと落ち着きがあります。今こうして使っているWi-Fiも、インディアナ大学のゲストとしてのアカウントとパスワードが与えれています。

 昨日の朝、夫がネットで天気予報を見て言いました。「ナオミ、あっちは随分涼しそうだから、セーターかジャケットを持っていくように。」

 その言葉通りに、ここはもう秋です。木々が美しく色づき始め、空気はさえわたり、学生たちはセーターを着てブーツを履いています。このホテルの窓から見える景色も、駐車場も秋色です。
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 所変わればなんとやらで、昨日一日だけでもたくさんのビックリがありましたけれど、最後に「なごみビックリ」と、「ひやりビックリ」と、「まさかビックリ」の代表選手をご披露します。

 ワシントンダレス空港で、前の乗客が、真っ白いワンちゃんを抱いて荷物検査とボディーチェックを受けていました。最初は赤ちゃんかと思いましたら、ワンちゃんでした。手にさげているのは持ち運び用のケージです。たぶん飛行機に乗り込む直前で入れて、一緒に機内に入るのでしょう。ワンちゃんは慣れたもので、じっと大人しくしています。

 インディアナポリスの空港のレンタカーオフィスへと通じる通路の自動扉で、思ってもいないことが起こりました。トイレに行った夫を待っている間、つい右手をガラスについてぼけっとしていたのです。ほとんど人通りもないような所です。そこへやってきたアメリカ人の初老のカップルは当然のことながら扉を抜けようとします。彼らが扉の前に立ったとたんにスーッと左側のドアが開き始め、その結果どうなったかといいますと、、、、、

 みごとに私の右手がドアとガラスの間にはさみこまれました。一瞬、中指の骨が折れたかと思いましたが、幸い痛みもすぐに消えて、普通に動かせるようになりました。

 驚いてスーツケースを投げ出し、動き始めた扉を必死に両手で押さえようとする男性、ひきこまれていく手に青ざめる私。「Are you all right? (大丈夫ですか?)」「Don’t worry. It’s my fault.(大丈夫です。私のあやまちですから。)」という会話のやりとりが何度か交わされて、自動扉を抜けていったご夫婦の後姿を見ながら思いました。逆の立場だったら、私はきっとあわてて、「I am sorry.(ごめんなさい。)」と言っていただろうな、と。さすが訴訟社会のアメリカ人。こんな時には決して「I’m sorry.」は言いません。

 これに懲りてしばらくは二度とこんな馬鹿な真似はしないでしょう。
 小さなお子さんをお持ちの皆様、どうぞ自動扉には気をつけてください。

 最後のビックリ。ホテルに向かう途中で寄った「CVSファーマシー」のいたる所にこんな紙が。
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 インフルエンザの予防接種の進めです。夫はすぐさま申込み、簡単に個人情報を書き込み、あっと言う間にファーマシーの片隅でこんな具合。しかもメディケアという保険制度と年齢のおかげで無料です。
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「君もやったら?」と言われて、私はあまりの大雑把さに恐れをなして、「あ、いえ、日本でやりますからどうぞおかまいなく。」(笑)

                          By 池澤ショーエンバウム直美 

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9月26日(月):陶芸展のビュッフェメニュー@フィラデルフィア
9月27日(火):変てこ?芸術的?なカプレーゼ@フィラデルフィア
9月28日(水)予定:フィラデルフィアでジャパニーズ
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2011年09月26日

「Five by Eight: New Art from Japan」での良き冒険

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 フィラデルフィアからの帰り道は、晴天とは言えないまでも、行きの大雨と霧を思えば文句は言えない曇り空でした。途中寄り道もせず一気に走りましたので、行きの半分、ものの3時間で帰宅です。

 23日の金曜日夜、一般公開を前に開幕した「Five by Eight: New Art from Japan」には、日本から8名の作家のうちの先発部隊3名と、プロデューサーご夫妻がプレビュー&レセプションに臨みました。

 驚いたのは、これほどたくさんの方々が日本の陶芸に関心を持っていることと、彼らの関心の深さ、そしてその知識の広さでした。もっとも、ご招待の皆様は、美術関係者やアーティスト、批評家やコレクターの方々が多かったせいも多分にあるでしょうが。

 廊下をはさんで二つの部屋に展示された作品に対する関心と共感は、一般公開前のたった2時間の間に、赤い小さなシールをつけ始めました。「SOLD」(売約済)のしるしです。

 実は私が止める間もなく、先鞭をきって第一号の買い手となったのが、わがパートナーでした。私たちは会場に入るまでは、作品は53日の間展示されるだけで、まさか購入できるとは思ってもいなかったのです。けれども、よくよく見れば、各作品のタイトルが書かれた紙のはじっこに、小さくドルマークと数字が書かれています。

 もちろん、買ったからといってすぐに手に入るわけではありません。会期が終わったあとの11月に木の箱に入れられて、届けられます。私は残念ながら、その場に居合わせることはできません。私自身もひそかに一目惚れしていたその作品に手を触れることができるのは、たぶん来年になるでしょう。

「ナオミが料理に使えるようにと思って。」などと冗談を言ってのける夫を、すかさず脅しておきました。「これはね、やっぱり飾って眺めましょう。私がキッチンで使ったら、それはそれは料理が引き立つでしょうけれど、ほら、知っての通りの粗忽ものでしょう?スルリと落として、ガチャンということにだってなりかねない。」

 ということで、この前田正剛(まえだせいごう)さんの作品「掛分黒釉描椿紋長皿(Plate with design of camellias)は、いずれクレイギャラリーの壁から、わが家の壁に移されます。それを目にするたびに、このフィラデルフィア体験をなつかしく思い出すことになるのでしょう。そして、前田さんの何とも素朴で暖かい雰囲気や、謙虚な立ち居振る舞いを思い、直接交わした会話の数々をなぞりながら、お客様にはそんな「ストーリー」を多少自慢げに嬉しく語ることになるのでしょう。中華街の飲茶でみんなで一緒に飲んで食べた時のことまでも(笑)。

 私などはまったくもって素人ですから、どの作品がどう芸術的に優れているかなどはわかりませんし、その価値もわかりません。ただ、好きかどうか、眺めていたいかどうか、だけは鑑識眼ではなく感性でわかります。けれども、そうしたごく主観的感性は、往々にして、作家と交わした言葉だとか、にじみ出ている人となりなどの、作品そのものとは違った部分に大きく左右されてしまいます。

 そういう意味でいえば、これが適切な買い物であったかどうかはわかりません。けれども、私よりはずっと客観的に物を見ることができるパートナーと、私の主観的好みが一致したわけですから、たぶん良き冒険だったのでしょう。

 ところで、この小柄なご婦人は、壷をはさんで立つ小枝真人(さえだまこと)さんの、ひときわ存在感を放つ「染付花器『翡翠』(Flower vase with underglaze blue decoration “Kingfisher”)に赤マークをつけた方です。その何と嬉しそうなお顔!こんな風に、気楽に写真を撮ったり撮られたりできるのも、プレビューの面白さです。第一号の人も実に満面の笑みで作品をはさんで作家と並んでいます。
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 しかも、これは彼女自身のためではなく、ニューヨークに住む収集家の友人に頼まれたとのこと。この友人は何かでこの作品がフィラデルフィアに来ることを知り、実物を見る前に、彼女に「とにかく駆けつけて誰にも買われないうちに買ってきてくれ。」と懇願したそうです。プロともなれば、作家個人を知らずとも、実物を見なくとも、こうしたことができるものなのでしょう。

 8名の陶芸作家のうち、椿の長皿を作った前田さん、私が翌日のワークショップで通訳を担当した渡辺国夫さん、そして後発隊でやってくる椎名勇さんの作品は、フィラデルフィア美術館にも収蔵されています。

 「Five by Eight: New Art from Japan」のプレスリリースはこちらでした。
http://www.theclaystudio.org/press/?item=2011fivebyeight

                             By 池澤ショーエンバウム直美

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9月26日(月):陶芸展のビュッフェメニュー@フィラデルフィア
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:58| Comment(1) | アメリカライフ

2011年09月25日

フィラデルフィアへ、そしてまたワシントンへ

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 珍しくちょっと間があいてしまいました。今こちらは25日、日曜日の明け方6時。と言っても、最近ではとみに日が短くなって、明け方と言っても、外はまだ朝日が昇る兆候もなく真っ暗です。

 ワシントンを車で出たのは23日の朝でした。すでに降りだしていた雨は時間とともに雨脚を強め、いつもなら見晴らしの素晴らしいブリッジの上も、晴れてさえいればどんなに美しいだろうと思わせる田園の光景も、大粒の雨と霧が視界を妨げます。時々、車が道端にたまった水溜りを噴水のように跳ね上げます。

 途中でアーミッシュの村を取材するつもりだった予定もあきらめて、大雨の中、ひたすら走り続けます。それでも時折霧の中から、今なお車を使わないアーミッシュの人たちが乗った馬車が幻想のように現われては消えていきます。一瞬小雨になって霧が晴れれば、農道にはガチョウが歩いています。これがフィラデルフィアへの道でした。

 予定よりも時間をとられてここに到着したのは、ワシントンを出てから6時間後の夕方でした。それからいろいろなことがありました。たくさんの出会いがありました。

 日本からの8人の陶芸作家による「Five by Eight: New Art from Japan」が始まりました。一昨日の夕方6時からはご招待者のためのプレビューとレセプション。昨日は、3時間半にもわたって、作家による絵付けと、ロクロをまわす実演がありました。

 ほとんど知らない未知の世界です。お客様と作家さんの間の通訳というお手伝いをしながら、私自身が心ときめかせ、知らなかったことをたくさん学びました。楽しくも貴重な経験でした。

 そして 今日、私はまたここを発ち、ワシントンへと戻ります。
 雨が止み、私たちの道に明るい日がさすようにと祈りながら。

                             By 池澤ショーエンバウム直美

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9月26日(月)予定:マウントバーノンの古き良きピーナッツスープ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 20:02| Comment(0) | アメリカライフ

2011年09月22日

小さなことですがウフフ

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 こちらは日本時間マイナス13時間。ということはほぼ昼夜が逆転です。私が朝起きる頃は日本ではもう夜。私が眠る頃にはもう次の日のお昼。頭の中にはいつも2つの時計が追いかけっこをしています。

 朝起きてまずすることはPCを立ち上げることです。私が眠っていた間に動いていた日本の時間を知るために、ネットで配信されるニュースを読み、メールをチェックし、無事を確かめるためにたいせつな人たちのブログを開きます。いつの頃からかこんな不思議な時代になって、声ではなく文字で話し合い、不特定多数の人に向けて書かれたメッセージから、特定の誰かの様子を知るようになりました。そうこうしている間に、頭もだんだん動き出して、私はキッチンにコーヒーを取りに行き、仕事を始めます。

 いかにも便利で効率的な時代のようにも見えますが、実はこれ、諸刃の剣。PCの不具合や、置かれた環境でネットに繋がらない時には、それこそお手上げです。何の情報も得ることができず、まるで孤島に漂流したロビンソン・クルーソーのような気持ちになります。

 シチリアの田舎のヴィラで、ミラノで借りたアパートで、いったい私は何度ロビンソン・クルーソーになったことでしょう。ここ、大国アメリカの首都でだって、なぜだかわからぬ理由で突然不具合が生じて、孤島に流されそうになることもあります。

 けれども、安定した環境にある時には、実に色々なことを知ることができます。娘たちが共にびしょ濡れになったり、帰れなくなったり、イカを飛ばされたことまでも(笑)。

 「今日の台風をナメておりました。台風さん、ごめんなさい。」と言う娘は、夕方のミーティングを終えて、デパ地下で家族が大好きなイカの一夜干しと、週末に友だちの家に持っていくケーキやフルーツを買い、ずっしりと重いデパートの紙袋を持って帰路に着きました。

 ところが駅を下りて歩き始めてものの3分で、衣服も紙袋もびしょ濡れ。暴風雨の中、途中で紙袋の取っ手が切れて、桃が転がり落ち、ケーキは横向きになり、仕方なく傘をたたんで拾い始めたところ、今度は何と真空パックのイカが飛んでいったというのです。さぞや慌てたでしょうに、「橋の上で空に舞うイカ、初めて見たわよ。」と言いながら、落ちてきたイカを5m先で冷静にキャッチした、と。そして一言。

「お帰り、イカ。港区でトラック横転したし、イカも飛んであたりまえね。」

 そんな彼女独特のユーモアで台風の被害を伝えながら、遠い所で心配していた母の心をなごませます。これが、「もう最悪!紙袋は破れて中味が散乱するし、服はびしょ濡れになって風邪ひくし、とにかくひどい台風だったのよ。日本中にたくさん被害が出て大変なんだから。」などと言われたら、何もできない母はなんだか申し訳なくて、小さくなったところです。

 このイカ騒動で、今朝は子どもの頃のはるかな記憶が蘇り、そのあまりのおかしさ、あの時代のなごやかさに、不謹慎ながらもウフフと笑ってしまいました。

 小さな女の子の私は、口の中に入れたイカがどうしても噛み切れなくて、お行儀悪くも、ポーンと窓の外に放り投げたのです。たぶん猫のタマにでもあげるつもりだったのかもしれません。それがどうしたことか弾みがついて、家の低い壁を飛び越えて、小さな路地の向こうのお宅の塀の内側に着地してしまったのです。

 そこにいたのは、私よりも年下の男の子。その後すぐに引越をしてしまい、あまり一緒に遊ぶことはありませんでしたが、たしかセイちゃんという名でした。

「おかあさ〜ん、イカがふってきたよ。」
「なに馬鹿なこと言ってるの。イカが飛ぶわけないじゃないの。」

 いえいえ、イカだって時には飛ぶのです(笑)。

 そして、イカだって飛ぶように、こんなちょっとしたエピソードや、ほんのちょっとした言葉が、私たちの澱んだ心の流れを変えてくれたりもするのです。小さなウフフで、大きな元気をもらうことだってあります。

 こちらは日一日と秋が深まっていくようです。あれ以来ハリケーンもやってきません。

                             By 池澤ショーエンバウム直美

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9月18日(日):ホワイトハウスのコールスロー
9月19日(月):ホワイトハウスのアスパラガスキッシュ
8月20日(火):法王のランチ
8月21日(水):大統領のバーガー
8月22日(木)予告:ハギのディナーメニュー

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2011年09月21日

お疲れ様 ボーダーズ!

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 「全米で二番目に大きな本屋さんと言えばボーダーズ。大きなというのは、その売り場面積だけではなく、チェーン店の多さという意味です。アメリカとの間を行き来するようになってから、町歩きの楽しみの一つがボーダーズとなりました。何となくおしゃれで、本の品揃えも良く、CDやDVD、文具などの雑貨まであるものですから、階段を上がったり下りたりしながらけっこう楽しめるのです。

 しかもこの本屋さん、やけに太っ腹で、立ち読みどころか座り読みもOKです。あちこちで床にペタンと座った人たちが本のページを開いて、なにやらノートにペンを走らせたりもしています。さらに嬉しいのは、どこの店にもカフェが入っていて、本を持ってすわって、コーヒーを飲みながら走り読みすることだってできるとくれば、まるで飲食解禁の図書館のよう。」

 こんな書き出しで始まったのは4月初めのブログでした。「ボーダーズが全部なくなるっていう噂があるよ。」と聞き、あわてて一番近い店に飛んで行ったことを思い出します。たしかに「もしかしたら?」と悪い予感を感じさせるほどに、店内には通常の値段の3分の1から4分の1で大安売りをしているコーナーがありました。

 予感が的中しないことを祈りながら、思い切って「このお店閉るんですか?」と聞いてみたら、「いえいえ、そんなことはありませんよ。」と笑い飛ばされて、「メンバーズカード作ります?ポイント貯めるとお得になりますよ。」と言われて、喜んでカードを作りました。

 それでも気になってネットで調べてみたら、ボーダーズは確かに今年の2月16日に、会社更生手続きの適用を申請していました。そして、経営の立て直しに向けて店舗数を30%減らすために、全米48州に644店舗あるうち採算性の低い店舗の閉鎖に向けて動き出すという公式発表がなされていました。それでもこんなことを言って、私たちボーダーズファンを安心させてくれていましたのに、、、、、

「このたび諸般の経済的事情で連邦破産法11条の申請をいたし、再建を図ることになりました。店舗はこれまで通り皆様のお越しを、今までと変わらぬ暖かさでお迎えし、皆様にリラックスしていただけるよう努めますので、どうぞ引き続きのご愛顧をお願い申し上げます。しかしながら、一部の店舗につきましては、今後数週間のうちに閉鎖をさせていただきますことをどうかご了承ください。」

 それがこの夏、とうとう再建のためのスポンサーが見つからず、店舗を全て閉じて撤退することが公けになりました。今月中には資産の清算を終える計画で、約1万700人の従業員が職を失うことになるとのことです。

 1971年の創業以来わずか40年。インターネット販売や、電子書籍の普及などの時代の流れに逆らって進むことができなかくなってしまったボーダーズ。それでもボーダーズは、この私にさえつかの間の安らぎを与えてくれる場所でした。アメリカばかりでなく、カナダでも、ニュージーランドでも。

 行く先々でスターバックスの看板を見て安心するように、ボーダーズのロゴを見つけるといつだってほっとしたものでした。私はひそかに、これを「ボーダーズキャナピー」と呼んでいました。キャナピー(Canopy)とは、天蓋のように気持ちを安心させてくれるもののことを言います。

 最後の日に行ったペンタゴンセンターのボーダーズは、通路に面したガラス窓に「$1.00ea」(全部1ドル)、「FINAL DAY!」(最終日!)の札がペタペタと貼られていました。中に入れば、もうあらかた何にもなくなったハダカの棚に、「2冊で1ドル」のピンクの紙だけが目に入ります。

 がらんとした広いフロアにまだしも人が残っていたのは、日本のアニメ本のコーナーでした。シリーズになった本を何冊も買っていく老婦人や、母親と一緒に真剣にのぞきこむ子供たちの姿が、やけに悲しさをつのります。

 おつかれさま、ボーダーズ!
 ありがとう、ボーダーズ!
                            By 池澤ショーエンバウム直美

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8月21日(水)予告:大統領のバーガー
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2011年09月20日

予想外の夏炉冬扇

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 こちらに来る時のスーツケースの中には、いざと言う時のお土産がたくさん入っています。初めから特定の機会や特定の誰かを想定した場合には、TPOで一点物になりますけれど、どう使うか、誰に渡すかわからない場合には最大公約数です。

 私の部屋の大きなクローゼットの中のラックのうち、2段はこうした「いざと言う時」用品で占められています。以前からの古株に毎回新入りが加わるものですから、初めのうちは明らかに入超。それがうまい具合に出ていって、帰る頃にはおおむね元のバランスに戻ります。

 ところが、私の目論見違いで、今回ばかりはちょっとした異変が起きつつあるのです。

 「いざという時」用品は毎回異なりますけれど、この夏は、@軽い Aかさばらない B実用的 C季節感たっぷり D値段も手ごろ という5点に目をつけて、銀座の鳩居堂でたくさんウチワを買いこんできました。ところが、ものの見事にCでひっかかってしまったのです。

 思えば9月にここに居るなんて初めてのこと。てっきり東京と同じようにまだまだ残暑が続くものと思っていたのが、9月の声を聞くやいなや、急に秋風が吹き始めて、冷房も要らなくなりました。特にこの何日かは、町に出てもセーター姿の人が目に付きます。ウチワなんて「季節感たっぷり」どころか、まるで「季節はずれ」なのです。

 昨夜夕食にやってきた若いカップルがおりました。ジェシカは才色兼備の女性で、アメリカ政府の弁護士をしながら、夫の執筆のアシスタントをしてくれています。彼女には、それこそTPOで一点物のギフトを持ってきていたのですが、目下大学院で経済学のPhDの最終段階にいるご主人のチャンドラーがあまりに感じのよい人だったものですから、どうしても何かをあげたくなりました。と言っても、目下の在庫はウチワのほかは女性物ばかり。

 仕方なく、「これ、来年の夏にでも使ってください。」と紺色の朝顔のウチワをさしだすと、「いえ、来年でなくてもニューオーリンズで使わせていただきます。ぼくたち来週ニューオーリンズに行きますので。あそこは蒸し暑いんですよ。」と、みごとな受け答え。まさか、本当にニューオーリンズまでウチワを持っていくとは思えませんけれど、こちらを後ろめたくさせない心配りは、さすがにチャンドラーです。

 このたくさんのウチワは今や「夏炉冬扇」。

 ところで私のクローゼットのラックには、「冬扇」のほかに目下どんなものがあるかと言いますと、、、、、、日本から海外へのお土産の参考にしていただければと公開いたします。

★ 和紙のランチョンマット・・・一つが4枚入りですので、プレゼントには2つ単位でさしあげます。
RIMG12036.JPGRIMG12038.JPG

★ 和のテイストたっぷりの紙ナプキンRIMG12037.JPG

★ 着物の生地で作った巾着や小物入れや風呂敷RIMG12039.JPG

★ ミニチュアの着物と着物かけ・・・RIMG12040.JPG
こんな風になります。RIMG12041.JPG
これは春に持ってきた5点のうちの最後のひとつ。

 やっぱり軽くてかさばらない紙や布物が多くなりますけれど、ちょっとしたお煎餅の詰め合わせなども喜ばれます。ディナーに招かれた時などに、ワインと一緒に持っていくのに最適です。今回持ってきた分はすでに出払ってしまいました。

 仕方がありません。ウチワは来年の夏までとっておきます。湿気るものでも、腐るものでもありませんから(笑)。
                            By 池澤ショーエンバウム直美
                         

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9月18日(日):ホワイトハウスのコールスロー
9月19日(月):ホワイトハウスのアスパラガスキッシュ
8月20日(火)予告:法王のランチと大統領のバーガー
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2011年09月19日

夢は時に多くのことを語り

futta2013s.jpgコピー 〜 P7083926.JPG 
 ケネディーセンターの栄誉ある賞を授与されることになった5人については、昨日お話しした通りです。そして、70歳になったニール・ダイアモンドが、「まっさきに母に伝えたい。」と言ったことも、62歳のメリル・ストリープが、「父母が生きていて、この知らせを聞いてくれたなら。」と語ったことも。そして、それが「愛されて育つ」ことなのだろう、と言うことも。

 さらに付け加えれば、私たちは、たとえ何歳になろうとも、父と母の子どもです。53歳で亡くなった父の年を、私ははるかに越えてしまいましたが、父を思う時の私は年齢に関係なく父の子どもになります。晩年の母はピンポイントの記憶のいくつかを断片的に残すのみで、混沌と曖昧の海にたゆたう幼子のようでしたが、それでも母を思う時、私は母を捜す小さな子どもです。

 毎朝、世界のどこにいようと、空に向かって「おとうさん!おかあさん!」と呼びかけます。嬉しいことがあれば、まっさきに父母に伝えようとします。苦しいことがあれば夫や娘たちに言って心配をかける代わりに、私は父母に「おとうさん、おかあさん、どうしたらいいだろう。」と問いかけます。それはたぶん、私が愛されて育ったからなのだろうと思います。そして、それは当たり前のようでいて、実はとても恵まれたことなのではないかとも思います。

 友人のヒサコさんは、「私は母に愛されていなかったと思う。だから必要最小限な時にしか会いに行こうと思わない。母がそれを求めていないことを知っているから。そして私は今の自分にどんなに嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても知らせようなどと思ったことがない。母にとってはどうでもいいことだから。」と、言います。

 ピーターは珍しく酩酊したある晩、涙で潤み始めた目を向けて、ポツリとこんなことを呟きました。おそらく本人は覚えてもいないでしょう。

「今、父が生きていたらなぐりつけてやりたい。僕らを押さえつけておいて、与えることより奪うことばかりしていた。今、長年の僕の夢が叶ったとしたって、一緒に喜んでもらおうなんてこれっぽちも思わないね。」

 私の父は寡黙で子煩悩な優しい人でした。地道に働き、家族と一緒に囲む食卓での毎晩の晩酌が、一番の幸せであるような人でした。

 私の母は、よく動き、明るく手先の器用な人でした。私が子どもの頃に身につけていた服の大半は母が型紙を書いてミシンで縫い上げたり、ジャージャーと右に左に行ったり来たりする編み機で編んだものでした。グレイの地に紺色のお魚のアップリケがついたワンピースや、セーターの胸の部分に果物籠の刺繍がほどこされたセーターは私の大のお気に入りでした。

 母はあろうことか、私が日本航空の最終面接に着て行く時のワンピースも縫ってしまいました。紺色のフレアースカートで、襟首に黄色の縁取りがありました。そんな服装でもちゃんと採用されたのですから、もしかしたら今よりもずっと自由な時代だったのかもしれません。ごぞんじの通り、今の就職試験というのは、まるで制服のようにみんなが同じスーツを着なければなりませんから。

 とにかく手が早く器用だった母は、その後、なんと私のウェディングドレスと、お色直しのピンクのドレスまで作ってしまったのです。しかも、私が着たウェディングドレスは、だいじに取って置かれて、私の娘たちの七五三のドレスになりました。

 父も母も大した学歴や職歴があるわけでもなく、とりたてて言うほどの実績もないごく普通の人たちでしたが、今思えば、ある種肝っ玉がすわったところがありました。

 私が将来の当てもない風来坊と結婚すると言い出した時も、初めは反対こそすれ、最後にはあきらめて、いったん許してからは私たちの結婚を受け入れ、喜んでくれました。

 私が身重のからだで、日本航空を辞めてギリシャに行くと言い出した時も同じでした。初めは反対しましたが、やはりあきらめ、許し、それ以降は愚痴ひとつ言うでもなく、せっせと毎週、励ましの手紙を届けてくれました。

 父にも母にも、たくさん聞いておきたかったことがあります。たくさん教えてもらいたかったことがあります。いっぱしに大人ぶっているうちに、二人とも帰らぬ人となってしまいました。不器用な私には、セーターを編むどころか、孫のエプロンすら作れません。

 メリル・ストリープとニール・ダイアモンドの言葉を思い出しながら眠りに就いた夜、こんなおかしな夢を見ました。

 私の実家に行くには、曲がった坂の途中にある71段の石段を登らねばなりません。同じように、通りをはさんだ向こう側にも石段があります。夢の中の母は昔のようにやたら軽やかで、通りを横切った向こう側の石段を、ピョンピョンと飛ぶように上がっていくのです。「おかあさ〜ん! おかあさ〜ん! 待って!」と、呼ぼうとするのに、どうしても声にならず、追いつくことができません。母はどんどんと遠くなって、私は階段の途中で一人で残されます。

 夢は時として、多くのことを語り、気づかせます。

                            By 池澤ショーエンバウム直美
 
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2011年09月18日

母へ、父へ〜ニール・ダイアモンドとメリル・ストリープ

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 ワシントンDCには、芸術の殿堂として名高い「ケネディセンター」と呼ばれる劇場があります。もちろん、1963年にダラスで暗殺されたアメリカ合衆国第35代大統領、ジョン・F・ケネディの「ケネディ」です。

 ポトマック川に面したこのセンターには、オペラハウスやコンサートホールなど6つの劇場があります。ケネディ大統領就任前にはすでに建設の具体案ができていましたが、着工は1966年、オープンは1971年でした。ということは、ケネディーは、完成どころか、着工すら待たずして命を絶たれてしまったわけです。

 このケネディーセンターが、先週水曜日の7日に、芸術に貢献した5人のアーチストを選出しました。いわば「2011年ベスト○○賞」と言ったところでしょうか。私たちにもお馴染みの顔が見られます。

 ヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma)
 メリル・ストリープ(Meryl Streep)
 ニール・ダイアモンド(Neil Diamolnd)
 ソニー・ロリンズ (Sonny Rollins)
 バーバラ・クック (Barbara Cook)

 記事は2面に分かれて掲載されていますが、5名の顔写真を載せた1ページ目に続くページで目に飛び込んでくるのは、「ジュリーとジュリア」の映画でジュリアを演じたメリル・ストリープのエプロンをかけた姿と、観客を前に両手をあげる、2005年のワールドツアーでのニール・ダイアモンドの大きな写真です。

 70歳になったニールが電話インタビューに答えて語ります。

「信じられなかった!僕が名誉あるケネディセンターの受賞者の一人に選ばれるなんて。正式に決まるまで黙っているように言われたけれど、これでやっと母に伝えることができる。母はもう90を越えたけれど、いまだに僕のコンサートに来てくれるんだよ。」

 そしてメリルが話します。

「受賞の知らせを聞いて本当に光栄に思いました。そしてすぐに、父と母が生きていて、この知らせを聞いてくれたなら、と思いました。私がここまで来られたのは、すべて両親のおかげです。授業料を払って教育を受けさせてくれて、声楽のレッスンにも通わせてくれて、働くことや、奨学金の応募締め切りを守ることや、人を愛することや、生きていく上での規律を守ること、、、そんな、私に与え、教えてくれたことの全てが、今、果実を実らせました。二人がまさか夢にも見なかったような素晴らしい果実です。」

 5人の受賞者のうち、2人が、父や母への思いを語っているのが心に残りました。子どもならまだしも、二人とも「いい大人」なんですから。でも、それが「愛されて育つ」と言うことなのだろうと思います。そして、たとえもうこの世にはいなくても、自分の喜び、自分の幸せを伝えたい誰かがいるというのは、とても幸せなことだと思います。

 そんな二人の言葉を思い出しながら眠りに就いたら、昨夜は珍しく母の夢を見ました。その余韻の中で、朝から母との思い出をなぞっていたら、水面下に眠っていた色々なことが思い出されてきました。そして、教えてもらうつもりでいたのに、果たせなかった事を数えました。そんな思いは、またあらためて書きたいと思います。

 授賞式は、12月の最初の週末に、国務省とホワイトハウスで行われ、全米にテレビ中継されます。

                          By 池澤ショーエンバウム直美

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9月13日(火):つい寄ってしまうDCヌードル
9月14日(水):DCヌードルvs讃岐うどん
9月15日(木):ジュディーの食卓
9月16日(金):カボチャの花畑!
9月17日(土):勘違いのケイジャン料理教室

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2011年09月15日

場違い&勘違いで気づいた我がアイデンティティー

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 始まりは9月7日づけ、ワシントンポスト紙で見つけた小さな小さな「お知らせ」でした。

 日本のように朝刊・夕刊を郵便受けに配達してもらうなどという習慣は一般的ではないこの国で、わが家の新聞入手法は夫の朝ランです。東京暮らしでは一度もしたことがないのに、なぜかここではよほどの雨でも降っていない限り、夫は短パンにスニーカー姿で、小銭をポケットに入れ、メトロの駅まで走ります。「ハシッテキマス。」と日本語で言ってから。

 走ると言ったって、たかだか10分もかからないところに駅があるのですから、たいして運動になっているとも思えませんが、もちろん本人にはおだててこう言っています。

「毎日の運動が大切ですものねえ。You are great! 行ってらっしゃい!」

 夫はそんなおだてに乗って、ますます勢いつけて走り始め、ポケットの小銭で毎朝新聞を買ってきます。駅には、日本のキオスクのようなものは全くありませんけれど、新聞だけは、お金を入れれば開く無人ボックスで買えるのです。出勤途中の人たちがみなこうして新聞をかかえてメトロに乗ります。

 買ってくるのは、Washington Post と、Herald Tribune。シャワーを浴びて、サンルームに陣取って、買ってきた新聞を広げるのが日課です。そして、必要な記事は容赦なく破いて切り取ってしまいます。

 結果、私のところにまわってくる頃には、時によってはビリビリ、ボロボロの新聞ですけれど、幸いなことに、夫が興味を示す領域の記事は、私には全く興味がありません。第一、読んだってちんぷんかんぷんです。あるいは、私が関心を持つ記事は、「えっ、そんな記事があった?」などと言うくらい、ほとんど彼の目には留まりません。ということで何とか共存しながら、それぞれの知識を蓄え、情報を取得しています。

 冒頭の小さな記事は、「ケイジャン料理」のお知らせ。ニューオーリンズ出身の著名シェフがケイジャン料理のデモンストレーションをするというのです。もっと詳しく知ろうとHPにアクセスし、心ひかれてすぐにエントリーしてしまいました。48ドルで講習とディナーとニューオーリンズのビールが含まれています。

 ここらへんで私の頭の中にできあがっていた構図は、エプロンをつけた女たちがレシピを見ながら、包丁をもち、鍋をまわし、料理を盛り付ける姿。その間をシェフがまわって教えていくという形。まるで私の「グローバルキッチン」。

 ところが迷いに迷ってやっとたどりついたそのレストランで繰り広げられていたのは、想像もしなかったものでした。思い込みってなんておそろしいのでしょう。私はしっかりバッグにエプロンを入れて行ったのに、そこでは誰ひとりエプロンなんてつけていやしません。しかも男と女のカップルがたくさん。

 胸に名札をつけて、「どこでも好きなところにおすわりください。」と言われて、まわりを見回せば、もう見事に白人ばかり。しかも、この料理サロンの常連さん達らしく、「ハイ、元気だった?」などとあちこちでおしゃべりに花を咲かせているのです。

 ポチポチと空席があったって、私はいったいどこにすわったらいいのでしょう。こんな小さな知らない日本女性なんて、まったく存在感もなにもあったもんではありません。
うろうろ、おどおどとしていたら、遠くに東洋人らしい女性がいるのを見つけました。しかもお相手はアメリカ人。ラッキーなことには4人がけテーブルの、彼らの前にはまだ空きがあります。

 自分でも気づかぬうちに、私の足はそのテーブルに向かい、「May I sit here?」

 というわけで、前のお二人と話し始めることになりました。とても71歳には見えぬ彼女はタイの方で、ここワシントン郊外でタイ料理のレストランを開いています。そして定期的にタイ料理の教室も開いています。「Iron Chef」(料理の鉄人)にも出たことがあるとか。いかにも人のよさそうなご主人の方は元外交官。中国、タイ、ラオス、ベトナムを歴任してきました。今は現役ではありませんが、それでもまだアメリカ政府の仕事で海外を訪れています。

 などなど、なかなか良い出会いだったのですが、、、、、

 面白いものですね。知らないところで、全く知らない人たちの中で、身の置き場もなくなった時に、ふーっと吸い寄せられるように足を向けたのが、東洋人の顔をした方のところ。もっと分析してみれば、アメリカ人のご主人を持っている東洋人の女性。

 本能的に私は自分の属性を感じ、アイデンティティに曳かれていったわけ。

 もうこれで、先日のジュディスの質問の答が出たようなものです(笑)。

「目の前にアメリカ人のグループと、イタリア人のグループと、ガーナ人のグループと、エジプト人のグループと、スイス人のグループと、インド人のグループと、中国人のグループと、日本人のグループがいて、だあれも知らなかったとしたら、ナオミ、どのグループに入る?」

 ちなみにこの話を夫にしたら、彼が言いました。

「僕ならきっと日本人のグループに入るよ。」

本当かしら。いまや日本語能力は完全に3歳4ヶ月の孫息子に先を越されてしまったというのに、、、、、、

 あ、この催し、シェフが目の前で説明つきでデモンストレーションする料理を、みんなで食べるだけでした。運ばれてくるお料理をただすわって食べるだけ。エプロンつけて、包丁握る気で行ったのに(笑)。この会のメンバーたちは、こうしていろいろなレストランで定期的に集まっては、食を楽しんでいるとのこと。場違い&勘違いでした。
                             By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年09月14日

ホウレンソウはやっぱりビタミンたっぷり

RIMG11710.JPGimagesポパイ.jpg
 なかなかできなかった「ホウレンソウ話」ですけれど、「明日はいよいよですか?」などと期待されるほどのものではないんです(笑)。最近あった嬉しいことを、ただちょっと書きたかっただけ。

@こちらで受けたアキコさんからのメールには、「会社で人手が必要になりました。どなたか英語かフランス語のできる良い方をごぞんじないでしょうか。」。これを受けてすぐに、アキコさんの了解を得て、地道に誠実に人材紹介のお仕事を続けているサチコさんにお繋ぎしました。

 すると双方から次々に連絡が。

「仲介ありがとうございました。ご人脈に感謝です。お手数をおかけしました。目下サチコさんからの電話待ちです。」(アキコ)
「本日、アキコさんと電話でお話しできました。ありがとうございました。」(サチコ)

A「嬉しい報告」と題したユキコさんからのメールが届いたのは、ほんの数日前でした。4月に社会人になったばかりのお嬢さんがかかえる職場での問題をお聞きして以来、共に心を痛めながらも励ましのメッセージを送り続けてきました。そんなひどいことはあってはならない!と、憤慨をしていたからです。

 メールには、「母親など無力ですねえ。ただ一緒に怒ったり、悩んだりするだけで・・・
見守るしかありませんでした。」と言う素直な母の気持ちと共に、急展開で問題が解決するにいたった経緯と、安堵の気持ちが書かれていました。

Bこちらへ来る直前に、フミコさんをある出版社の社長さんにご紹介しました。フミコさんには、モリオさんと一緒に出版を企画している本がありました。お話を聞けば、内容もしっかりしていますし、熱意も十分にあります。そんなフミコさんから次のような報告が届いたのは、ご紹介して間もない頃でした。

「本日、モリオさんと一緒にご紹介いただいた出版社に行ってきました。とても丁寧に接してくださりモリオさんも喜んでおりました。来年3月を目安に出版となりそうです。」

Cこちらはノリコさんです。「先日お会いしたヨウコさんから、あの時話題に上ったご本とクッキーとカードが届きました。息子たちは大喜びです。」

 そして、敬愛する大先輩のアコさんからまで、「今夕、スミコさんとユミコさんと3人でお食事をする約束をしました。」という嬉しいお知らせ。三人とも偶然に私のグローバルキッチンでお知り合いになった方々です。

 人と人を繋げていく喜び。輪がひろがっていく嬉しさ。しかも良き人同士の。
 自分の役割はそこまで、とは思っていても、こうしてご報告をいただけば、喜びもなおさらです。動き始めた流れがどうか良い方向へと向かうようにと、遠くから祈ります。

 たとえ「ホウレンソウ」という言葉にひそかにウンザリはしていても、やっぱり「ホウレンソウ」にはコミュニケーションビタミンがたっぷり。
                          By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年09月13日

中秋の名月〜陸前高田とDCと

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 昨日12日は中秋の名月。と言っても、もうじき14日の日付に変わる日本の皆様にはちょっと古い話でしょうか。

 友人たちから、「ナオミさあん、もうすぐお月見ですよォ」とか、「今夜は中秋の名月を楽しみます。」などとメールをもらって、それならばここでも名月を楽しまずになるものか、と、昨夜の夕食の後に中秋の名月鑑賞散歩に出かけました。

 食事をしている時に見えた窓の向こうの空の月はもはやなく、しばらくは満月を探してのウロウロ歩き。そして見つけました、ビルの合間に煌々と輝くお月様を! ちょっとした間にも地球は確実にまわっていたのです。

 いつも不思議な感じがします。私が朝日を見る時には、日本のみんなは夕日を眺め、私が夕日を眺めている時には、昇る朝日を見ているなんて。昨夜だって、私たちが中秋の名月を愛でているのに、日本の家族も友人たちも、もうとっくに朝日とともに新しい日を迎えているなんて。

 友が息を呑むほど美しい写真を送ってきてくれました。こんなコメントつきです。

「昨夜は素晴らしい満月を観ました。DCではこれから始まるのですね!晴れているのでしたらススキとお団子で観月してください。どちらも手に入りませんか?写真を撮ってお送りしようとしましたが、暗い夜の空の月を撮るには三脚が必要なようです。DCでも、日本でも名月は同じでしょう。日本のテレビでは画面いっぱいに大写しされたので、月面がくっきり見えました。」

 残念ながらススキとお団子は手にはいりませんでしたし、三脚もありませんでしたけれど、それでも十分に素敵なお月見でした。

 送っていただいた写真は、新聞に載っていたという陸前高田の名月です。「奇跡の一本松」が満月の明かりに照らされ、その静謐な光が海に映っています。そしてその反射がまた空に浮かぶ月を照らしているようです。美しい写真です。そして哀しい写真です。

 たくさんあった松の木がすべて津波になぎ倒され、たった一本残ったこの松の木も、9月4日の調査では、震災後にいったん出た新芽が枯れて、松ぼっくりも変色していたそうです。松ヤニもしみ出ず、葉全体も茶色くなっていたとのこと。

 しかも、根が傷んで養分を吸い上げる力を失い、猛暑にも適応できず、現時点では手の打ちようがないというのです。

 もしかしたら来年の中秋の名月にはもう見られないかもしれないこの松の木が、月光の中で凛として立つ美しい姿を心に焼き付けて、いつまでもいつまでも覚えていたい。もし為すすべがないのなら、私たちにできるせめてものことは忘れないことです。

 (ホウレンソウ話、またできませんでした。またあらためて。)

                             By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年09月12日

ホウレンソウとVSOP

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 かつて仕事をしていた所の週一の部内会議で、必ず部長が言いました。そのたびに、「あ、また出たか。」とちょっとウンザリ。「報告してください。連絡してください。相談してください。」と、ふつうに必要なことを伝えればいいのにと、思って聞いていた反逆児でした(笑)。

 それが「ホウレンソウ」。
「みなさん、仕事にたいせつなのはホウレンソウですよ、ホウレンソウ。わかってますね。」
 
 こうした流行の言い回しってありますよね。これも使い古されると陳腐な決まり文句になります。なにやら得意気に言っているように見える場合には、モゾモゾと居心地悪くなります。英語では「cliché」(クリーシェイ)と言います。アクセントは「シェイ」の部分。もともとはフランス語です。ほとんどが悪い意味で用いられます。

 先月、日本のとある場所で耳にしたのも、ある方のスピーチの中のこんな言葉でした。この時も、「ホウレンソウ」と同じに、ちょっとモゾモゾしてしまいました。

 「だいじなのはVSOPです。」

 もちろんここで間(ま)をおきます。VSOP? ブランデー? 鰻パイ? などと聴衆の関心をひきつけるために。そんな時の話し手って、どうしてもちょっと得意そうに見えてしまうのが面白いところです。話し手が続けます。

「VSOP、そうです。VはVitality、SはSpecialized、OはOriginality、そしてPはPersonalityです。すなわち、、、、、」

 どうもこの手のことは苦手です。

「たいせつなのは行動力と専門性と、独創性と人格です。もし覚えたければ便利な覚え方があります。英語の〜の頭文字をとってVSOPと。」

 ならば全然抵抗ないのですが(笑)、、、、

 そうそう、もう一つ苦手なものがあります。会話の途中でいちいち紙に字を書いてウンチクを述べられること。あまりに度重なると、少々興が冷めます。

「ほら、親と言う字は、木の上に立って子どもを見る、じゃないですか。」とか、
「姦しいという字は、ほら、女を三つ書くじゃないですか。」とか、、、、、

 これもまた「クリシェイ」です。

 かくいう私の口癖のひとつは、「すごく」という言葉でした。でも、友に指摘されるまでは全然気づかずに使っていました。教えられたら恥ずかしくなって、以後、言いそうになると自動的にブレーキがかかるようになりました。こうしたことをきちんと伝えてくれる友や家族は貴重です。たぶん、ほかにもきっと私の「クリシェイ」はあるはずですが、なかなか自分自身では気づかないものです。

 最近嬉しかった「ホウレンソウ話」をいくつかご紹介したかったのですが、前文が長くなり過ぎました。また明日にします。

 ハリケーンが良い季節を運んできました。暑くもなく、寒くもなく、「すごく」爽やかです。昨日のセプテンバー・イレブンの空も明るくすみわたり、飛行機が飛んで行く姿が見えました。

 人々は、ドッグランでワンコたちと遊び、テニスをし、夕暮れ間近の木陰でバーベキューを楽しみます。この典型的コンドミニアムには、いかにもアメリカらしく、プールやジムばかりでなく、ドッグランもテニスコートもバーベキューテーブルもあります。

 セプテンバー・イレブンを忘れることはできなくとも、こうして日常生活を楽しむこともまた、私たち生きている者のつとめ。

 ところで「ドッグラン」と言う言葉。これは夫に言っても??という顔をされる和製英語です。英語では「Dog Park」。面白いですね。
                          By 池澤ショーエンバウム直美

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2011年09月11日

セプテンバー・イレブンの朝

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夏に戻ったかのような太陽が眩しく照りつける9.11の朝を迎えました。
10年前のあの日もこんな朝だったのでしょうか。

テレビでは、朝早くからたくさんのチャンネルが、2001年に起こった同時多発テロの報道を続けています。けれども、どんな専門家の解説や、どんなコメンテーターの説明にも増して心を打つのは、何の字幕も何の補足もなく、ただ淡々とグラウンド・ゼロから写されている映像です。

遺族たちが一組になって立ち、延々とこのテロの犠牲者の名前を読み続けます。交互に読み続ける名前は10名ずつ、そしてそれぞれの最後に名前を読まれるのが、亡くなった父親であり、母親であり、子供たちであり、兄弟姉妹たちです。

「パパ、I love you. I miss you. 僕と弟はフロリダに移りました。僕は将来は科学者になるつもりです。パパにも僕が高校を卒業したことを一緒に喜んでほしかった。」

「ママ、I miss you. ママは永遠に私たちの心の中にいます。」

「私の息子よ、みんなおまえのことを愛しているよ。See you later.」

2人の読み手は次々に交代していきます。こうして2700名をも越える犠牲者一人ひとりの名前が読まれ続けます。カメラは時として、オバマ大統領夫妻と並んで立つ、ブッシュ元大統領夫妻の姿をとらえます。

ヨーヨー・マが陽射しの中でチェロを奏で始め、その響きの中で動き始めた人たちは、犠牲者の名前が彫られたグラウンド・ゼロを囲む石碑の中に、家族や友人の名前を見つけ、愛おしそうに手で撫でたり、写真におさめたりして、また涙を流します。

その間も、まだ名前は読まれ続けています。延々と淡々と。
口に上ればどれほど長い名前だって、たった5秒もかかりません。2秒で終わってしまう名前だってあります。けれども、それらの無機質なアルファベットの繋がりの中に、いったいどれほどの人生がつめられていたでしょう。私たちと同じように、笑って泣いて、食べて歩いて、愛し愛された人たちの一生を追悼するには、それはあまりに短すぎる時間です。

9時30分、場面はニューヨークから、ここワシントンDCのペンタゴンに移りました。
国歌が流れる中、右手を左胸に当てて背筋を伸ばす人たちが立っています。

10年前のこの日、この朝、9時38分に4機の飛行機のうちの1機がペンタゴンに突撃しました。10時10分には4階の部分が崩壊し、10時15分にはその建物が全壊し、189人の職員が亡くなったといいます。今、テレビから流れているのは、参列者が歌う「Amazing Grace」です。

あの時、私は東京にいました。マイナス13時間の東京は、11日の夜10時近くでした。
ふだんからテレビをほとんど見ない私が、それを知ったのは、私が家族のようにたいせつに思うまゆみさんからの電話でした。

「ナオミさん、大変なことが起こってますよ。テレビをつけてみてください。」

あの時、夫はジョージア大学で教壇に立っていました。まだ私と出会う前、まだこのワシントンに住み始める前のことです。

もしも、10年前に今のようにこの家に二人でいたなら、今頃は不穏な思いで、窓からペンタゴンの黒煙を見ていたのでしょう。

現在、こちらの時間で9月11日日曜日の朝10時45分。
式典は続いています。
                             By 池澤ショーエンバウム直美


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9月11日(日):オバマバーガー?
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2011年09月09日

ジュディスとの恒例「DCウォーキングツアー」

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 昨日、金曜日のワシントンは朝からどんよりとした空模様。11時30分出発の頃には、案の定、雨が降ってきて、10分もかからぬメトロの駅まで歩く間に、ジュディスのパンツも私のスカートも、二人の靴もびしょ濡れになりました。

 それでも一昨日の嵐のような土砂降りに比べたら、ずっとましでした。本当は木曜日の約束だったジュディスとの「DCツアー」も、この嵐と雷で、翌日に延期したのです。

 ジュディスはチューリッヒ生まれのスイス人。ドイツ語とフランス語が母語です。こちらで都市設計の大学院を出て、目下、なぜか食育をテーマに研究中。そして週に1〜2度は朝早くダウンタウンの教会に行き、何百人ものホームレスの人たちのための炊き出しをしています。もう一つ付け加えれば、完全なベジタリアンにして、オーガニック派です。

 夫のラミーンはチュニジア人の大学教授。電気工学が専門の男前です。二人のワシントン生活ももう10年になり、二人ともきちんとアメリカの市民権を持っています。年の頃は50代後半でしょうか。二人の間には子供はいません。そして二人は、このコンドミニアムの同じ14階、3軒先の住人です。

 ジュディスとは、私がこちらに来る度に、なぜか、必ず一緒に「DCツアー」をすることになっています。メトロに乗ってダウンタウンまで行き、旬のスポットを歩き回るのです。もちろん絶え間なくおしゃべりをしながら。

 一日延期になったツアーの行き先は、オバマ大統領夫妻もやってくることがあるという、今DCで人気の完全オーガニックのハンバーガーショップ「Good Stuff」→国会議事堂周辺のお散歩→彫刻庭園(National Gallery of Art Sculpture)のベンチで休憩→5月に開店したばかりのフランスからやってきた老舗ベーカリーの「Paul」でコーヒータイム→国立肖像画美術館(National Portrait Gallery)で開催中の「Little Pictures Big Lives」(小さな写真 大きな人生)を見る→また「Paul」に戻って夕飯用のパンを買う。

 と、いうものでした。もちろんいつだってジュディスが企画して、「これでどう?」と言ってきてくれます。私は、「うん、それでいいんじゃない?」と乗っかるばかり(笑)。

 午前中に振り出した雨はお昼過ぎまでしか続かずに、それぞれに普通のハンバーガーと、ベジタリアン用のハンバーガーを食べた後には曇り空、彫刻庭園まで歩く間にかんかん照りになりました。濡れた傘はここで日傘に早変わり。

 とにかくジュディスはいつだって好奇心満開のおしゃべりです。興に乗ってくると、足を止めてしゃべります。その度に私たちは道の真ん中で、ああでもない、こうでもないと、時に共感、時に論争をし続けます。

 ところがこれがまたけっこう疲れるのです。なぜならば、彼女にとっても私にとっても英語が母語ではないからです。ジュディスの英語は独仏なまり、私の英語は日本なまり。たとえばジュディスは、Impossibleを「アンポシブル」と言いますし、Sensitiveを「センシティーブ」と言います。

 そして話題は、地震のことから年金、医療制度、相続、旅行、料理、芸術と多岐に渡り、その質問はなかなかシビアです。たとえば、昨日も、アジアから移住したアーチスト6人の作品を見た後に、くたびれてすわった館内の石のベンチで、「アイデンティティー」についての大ディスカッションとなりました。疲れた時には重い話題です。

「目の前にアメリカ人のグループと、イタリア人のグループと、ガーナ人のグループと、エジプト人のグループと、スイス人のグループと、インド人のグループと、中国人のグループと、日本人のグループがいて、だあれも知らなかったとしたら、ナオミ、どのグループに入る?」

「9・11には何をするつもり?」

 こんな質問が矢つぎばやに飛んでくるのですから、たまったものではありません。しかも、私たちは同じ建物の同じフロアの住人。行きも帰りもとことん一緒なのです。

 お化粧もしないし、いつもパンツにペタンコ靴。そんなジュディスに「ナオミはどうして歩き回るのにもそんな靴を履くの?」と言われるほどに、決して似ているとはいえない私たちですけれど、そして時にコミュニケーションに支障をきたす私たちですけれど、
それでも私たちは、不思議と仲が良いのです。好奇心の領域が似ているのかもしれません。

 家に帰ったのは夜7時。長い「DCツアー」とおしゃべりで疲れましたけれど、やっぱりここは、歩き回るにはとても素敵な町です。町のまんなかの彫刻庭園で、噴水を見ながらベンチにすわれば、リスたちがすぐそばまで挨拶にきます。かんかん照りとは言え、まず汗をかくこともありません。そして、ほとんどの美術館は無料です。

 大討論になった「アイデンティティー」については、またあらためて、、、、
 何しろ重い話題ですから。

By 池澤ショーエンバウム直美


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9月 5日(月):炊飯器で簡単!ひよこ豆ライス@プエルト・リコ
9月 6日(火):謎の調味料ソフリート@プエルト・リコ
9月 7日(水):お米とチキンのシチュー@プエルト・リコ
9月 8日(木):困った時のHANA頼み@ワシントンDC
9月 9日(金):HANAから始まる手巻き寿司
9月10日(土):まずは三種のディップで
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真夜中のパリはマジック〜Midnight in Paris

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Paris in the morning is beautiful.
Paris in the afternoon is charming.
Paris in the evening is enchanting.
But Paris after midnight is magic.

午前のパリは美しい。
午後のパリはチャーミングだ。
夕方のパリは魅惑的だ。
けれども真夜中のパリはマジックだ。

この気のきいたセリフは、ウッディ・アレンの話題作「ミッドナイト・イン・パリ(Midnight in Paris)」の予告編から。

私がワシントンを後にした約2週間後の5月20日に全米公開されたこの映画は、とうとうアメリカ国内だけでも興行収入が約40億円を越えて、これまでのアレン監督の数々のヒット作を越えたメガヒットとなりました。カンヌ国際映画祭で上映されたとは言え、初めから鳴り物入りだったわけでもなく、最初はわずか6館での上映から、口コミで評判が広がって、とうとう1000館を越す映画館での上映となったようです。

と言ってもさすがに公開以来はや4ヶ月近くたつとあって、「先週はたしかにかかっていたから」と行ってみたら、もう終わっていた、などということもありました。昨日夕方5時の回に行ったのは、DCのど真ん中にある「E-Street Cinema」です。けっこう古くからあるシネコン型の映画館ですので、ロビーからたくさんの部屋に分かれています。「ミッドナイト・イン・パリ」はNo.2の部屋。ところが、ドアを開けて中に入れば、驚いたことに観客はたった1人。予告編が始まってから入ってきた一組をあわせても、大きな映画館を独り占めならぬ五人占め。しかも大好きなベルギーの白ビール「Blue Moon」つきです。

映画は耳に心地よいシャンソンが流れ、パリの街が映し出されます。まるで一級の観光ビデオのように、ムーランルージュ、シャンゼリゼ、セーヌ川、モンマルトル、ノートルダム、エッフェル塔、凱旋門、オペラ座、、、、、雨が降り、また雨が止み、、、、

ストーリーは奇想天外。フィアンセとその両親と共にアメリカからパリにやってきた、若き男性作家に起こる、クラクラするようなファンタジー。いとも華麗で、いとも美しく、いとも退廃的な、、、、

ベル・エポック(Belle Epoque)と呼ばれるパリが一番華やかだった戦前の時代に足を踏み入れた現代青年の前に現れるのは、、、、、

ヘミングウェイ、スコット&ゼルダ・フィッツジェラルド、ダリにピカソにマティスにゴーギャン。ドガもロートレックも。そして何と、若き芸術家たちの守護神であったガートルード・スタイン!深夜のサロンでピアノを引きながら歌うのはコール・ポーター。

女たちは短い髪にパーマをかけ、帽子をかぶり、美しく化粧を施し、ストンとしたワンピースで、キセルにつけた煙草をくゆらす。その何とエレガントで何とコケティッシュなこと!

とにかくこの映画、もし、ガートルード・スタインやコール・ポーター、フィッツジェラルド、、、、、が誰なのかをを少しでも知っている人にとっては、極上の娯楽作品です。悪く言えば、知的Snobbery(知的気取りというか、もっと悪く言えば俗物根性)を完璧に満足させる映画です。

最後は真夜中のパリ。
セーヌ川に降る雨。

日本での封切りがいつになるかはまだ未定のようですけれど、もしあなたが私のように知的スノブならお薦めです(笑)。生きていたい、人生を楽しみたい、燃焼させたい、、、、、そんな気持ちにさせてくれます。そして、たまらなくパリに行きたくさせます。

ウッディ・アレン 76歳、やるじゃありませんか!

映画はアメリカ暮しのベネフィットの一つ。
こうして日本で公開される前の新作が、ガラガラの劇場で、たった8ドルで見られます。
しかもビールを飲みながら。

By 池澤ショーエンバウム直美


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9月9日(金)予定:HANAから始まる手巻き寿司
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2011年09月08日

自然の呼び声 ただしパンダを除く

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 日本では台風12号が大きな被害をもたらし、ここ、アメリカでも地震、ハリケーン、山火事と、自然の災害が相次いでいます。つい先日、アイリーンが東海岸を通り過ぎていったばかりなのに、今度はリーが南部のルイジアナ州に上陸。豪雨や水害をおこしました。

 今日も朝から一日雨です。いつもはくっきりと見える窓の外の景色も、霧にかくれたようにぼんやりとしています。気温も一気に下がり、時折雷の音も聞こえます。これも北に抜けて行くリーの置き土産なのでしょう。

 8月23日にワシントンを襲ったM5.8の地震は、地震といういものめったに起こらぬ地であっただけに、いまだにワシントニアンのホットな話題となっています。友人同士が会えば、まずは「あの時」の話で始まります。と言っても、私たちの3・11とは比べようもないぐらいのものなのですが。

 地震発生後3日目、26日のワシントンポストに、早速こんな記事が載りました。ゴリラの写真付きです。

    Call of the wild (except the pandas) 
          (自然の呼び声 ただしパンダを除く)

 ワシントン国立動物園で哺乳類の飼育を担当するブランディー・スミス氏へのインタビューです。パンダで有名な動物園で、「ただしパンダを除く」と言うのがなんともおかしい話なのですが、、、、ちょっとかいつまんでご紹介しましょう。

Q:なぜ動物は人間にはない地震の予知能力があると言われているのでしょう? 私たち人間も動物なのに、どうして私たちにはそれがないのでしょう?

A:動物は我々人間よりもずっと周囲の環境に敏感です。敏感であるかどうかが彼らの生存を左右するからです。

Q:ある種の動物は、地震の起きる15分ぐらい前に奇妙な行動を起こしたと言われていますが、そうした能力を私たち人間が地震予知として利用することはできないでしょうか?

A:たしかにキツネザルの一種は、あの地震が起きた15分ぐらい前に奇声を発し始めました。大変興味深い行動でした。まだまだ研究の余地がありますが、15分前では私たちへの予知としては短すぎますね。地震が起きる少し前に、ゴリラの母親も赤ん坊をかかえて一番高い所に上りました。

Q:ワシントン動物園で一番の人気と言われるジャイアントパンダの反応はどうっだのでしょう?

A:私たちのパンダは地震の前には何にも変わったことはありませんでした。いつものように裏庭のドアのあたりで寝転んでいましたが、地震が起きるや二匹とも飛び上がって、あわてて走って行きましたね。

Q:動物たちはもう平常の状態に戻ったのでしょうか。それとも私たち人間のように、まだ多少は怯えているのでしょうか?

A:私たちの動物たちは地震の後、比較的すぐに落ち着きました。そして通常の行動をとり始めました。

 この世はまだまだわからないことだらけ。
 でも、地震直前まで悠然と寝ているなんてパンダややっぱりパンダです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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9月8日(木)予定:HANAで買ったもの
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2011年09月07日

おもしろ自己分析

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 毎回、こちらへ移動するたびに、かなりの本や書類をキャリーバッグで運びます。
一つには、東京での仕事を継続するために必要なものだからです。おおかたのものはインターネットさえ繋がれば何とかなる時代にはなりましたけれど、やはり紙で必要なものもまだまだあります。

 二つ目は、こちらにいる時のほうが本を読む時間を取れるからです。土壇場でここぞとばかりに突っ込みます。と言っても、もちろん運べる量には限界がありますから、同じ本を繰り返し読んだり、これまでに持ち込んだ本を読み直したりしています。いよいよとなれば、何か面白そうな本を物色しに、本屋さんに出かけます。

 実は、この「ここぞとばかりに突っ込んで」というのが曲者。
 移動前のゴタゴタで、たいして吟味する時間もないままに、大急ぎでアマゾンで取り寄せたり、空港の本屋さんで買ったりの手当たり次第のバタバタなのですが、まるで自分の深層心理が表れているようです。この「ここぞとばかりに突っ込む」という行為、けっこう自己分析のツールになるかも(笑)。

 ふとそんなことに気づいて、今回運んできた本をグループ別に分けてみました。その結果が、、、、、、(あなおそろしや)。

第一グループ: この2冊はどこへ行くにも必ず持っていく常備薬。
レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」と「失われた森」です。

第二グループ:地球の歩き方最新版 @ワシントン、ボルチモア、アナポリス、フィラデルフィア Aブータン Bモロッコ

第三グループ:「なぜ『これ』は健康にいいのか〜副交感神経が人生の質を決める」と「『地中海式和食』のすすめ」

第四グループ:「婦人公論9月7日号『特集 私らしい最期を迎えたい』」、「タオ〜老子」、そして「二つの祖国を持つ女性たち」

第五グループ:「A Guide to Pohnpei」と「White House Cook Book」

 第一はまあ、その名の通りで私の常備薬。世の中のゴタゴタで擦りへりそうになった時の特効薬です。なりたい自分を取り戻せます。

 第二は、ひどく実用的な理由から。こちらの書庫にあるワシントンのガイドブックは03〜04年版。いくら馴染んだ町とは言え、やはりいざと言う時には必要です。けれども、町は年々変わっていくというのに、いまだに03〜04年版に頼るのもおかしいと、11〜12版に更新しました。それにこのガイドブックには、DCばかりではなく、ボルチモアとフィラデルフィアの紹介も少しばかり含まれているのです。

 着いてすぐにボルティモアに行かねばならなかった時にも、とても役に立ちました。9月23日からは、「Five by Eight」という日本の陶芸展をちょっとだけお手伝いするためにフィラデルフィアに行きます。そのためにも必要な本です。

 ブータンとモロッコは来年計画をしている旅です。

 第三は、思えば昨年秋の帯状疱疹に始まって、震災後の共感症、この夏の東京の猛暑の中で動きすぎての疲弊状態からくる健康への不安。いえ、なんとか調子を取り戻さねばという一種の焦燥感。

 第四は、その書名が示す通り、年齢を重ねていく過程での私の迷い。「婦人公論」は出発の2日前に、バアバズの相棒きっこさんからいただきました。さすが気心知れた仲、今の私の悩みにずばりはまりました。

 そして第五は、原稿を書くための仕事本です。とは言え、面白くも切なくて、今日は「Guide to Pohnpei」を読みながら、けっこうセンチメンタルになりました。ちなみに、ポンペイとは南イタリアのポンペイではありません。ミクロネシアのポナペ島です。これらは両方英語本。

 これに、加えてこちらに来てから買った本がすでに3冊。全部雑誌のような料理本です。いったい何冊買えば気がすむのか、、、、でも、スーパーに行くたびについ手を伸ばしてしまうのです。だいたいが1冊7ドル〜8ドル。恰好をつければ勉強のため、と言えないわけでもありませんけれど、半分以上は、「ああ、今日は何を作ったらいいかしら」のお助け本です。

 かくして、今の私は、健康に不安を覚えながら、これからの人生を過ごすための哲学を模索し、覚悟をつけなければと思い、それでも旅と仕事を続け、妻としての日常生活との両立に苦労して、結局はレイチェル・カーソンの世界に逃げこむ、、、、と言ったところでしょうか。

 ほら、なかなかの自己分析でしょう(笑)?

By 池澤ショーエンバウム直美


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2011年09月06日

たわいない話で盛り上がれる友は貴重な存在

RIMG11569.JPGワシントン2011年8月・9月 270.jpgコピー 〜 20110904Jim&Kathy 2.jpg 
 レイバーデイ(労働者の休日)だというのに、珍しく朝早くからポンポンと調子よく仕事をしていたら、いきなり連れ合いがやってきたのが2時ごろのこと。

「ナオミ、今日は雨になるらしいよ。早めに行ったほうがいいよ。」

 ということで、「えっ、こんなに晴れているのに?」と半分疑いながらも、パタンとPCを閉じて、急いで水着に着替えて行ってきました。だって夏が今日で終わりになってしまうのですから。(本当は最後のサンセットスイミングの予定だったのですが、、、、、)

 案の定、4時頃から雲行きが怪しくなって、とうとう雨が降り始めました。ここのプール、雨粒がちょっとでも落ちてこようものなら、すぐさまドアを閉めて、ガードのお兄さんがいなくなってしまうのです。というわけで、滑り込みセーフをした今年最後の「私のプール」が、予定より5時間も早く2011年の幕をおろしてしまいました。雨は明日、明後日も降り続く模様です。

 昨日、紫陽花と向日葵を飾ったのは、自分のため、夫のため、そして夕飯にやってくるジムとキャシーのためでした。キャシーと出かけた郊外のレストランの、手入れが行き届いた庭に、私の顔よりも大きな向日葵がたくさん咲いていて、その下で二人で写真を撮りあった夏を思い出したからです。

 学生時代に知り合って結婚したという、キャシーの夫のジムは、これまた向日葵のような人。大学院を修了して以来35年もの間、ずっとNASAで仕事をし、アポロ計画にも加わっていた人です。大きなからだで、豪放磊落に笑い、「退職してからは、なんでもない日常を楽しむことが特技さ。」と言うジムは、夫の幼稚園時代からの親友です。育ったのは二人ともシカゴなのに、今はたまたまワシントン。となれば、当然のように、何かと理由をつけては集まりたがります。「ナオミが来た。」というのだって、その十分な理由になります(笑)。

 リーマンショックで、預けていた資産が紙くずのようになってしまった時には、さすがの向日葵ジムも落ち込んで、人が変わったように無口になりました。一人で家に閉じこもるばかりになってしまったジムは、まさに頭をうなだれて雨の中に咲く大きな紫陽花のようでした。けれども、献身的な妻キャシーと、医者の最新治療が効を奏して、今では全く変わらない昔の向日葵ジムに戻りました。「ナオミ、今日は何料理?」と言いながらやってきては、何料理だろうが楽しそうに食べつくしてくれます。

 ジムと夫の二人が話し始めると、もう私には耳が追えません。このほかにあと2人の幼馴染が加わった時など、すごいスピードで弾丸トークを繰り広げる彼らの英語に、途中からまるでついていけなくなりました。すっかり自信を喪失して、後から夫に嘆いたら、こんなことを言われたのを思い出します。

「わからなくて当たり前。みんな子供時代に戻ってるからね。」

 先日ダウンタウンの店でようやく日本の新聞を見つけました。日経の国際版(米州)です。日本にいたら飛ばし読みの新聞もここでは貴重品。丁寧に隅々まで読んでいたら、岸本葉子さんのコラムの中にこんな言葉を見つけました。8月31日の新聞です。

「私が十代の頃アイドルだった人の訃報に、接することが多くなった。自分たちより下の世代は、そういうアイドルがいたことすら知らない。『こんな歌が流行ったよね』と振り付けを交えて語り合える人は、この先どんどんと限られていくだろう。ささやかな共通体験で結ばれ、たわいない話で盛り上がれる友は、貴重な存在なのだ。」

 幸せな思い出は大切に。
 そうでない思い出は潔く忘れて。
 後ろを振り返って楽しめるかどうかの秘訣って、もしかしたらそんなこと?

By 池澤ショーエンバウム直美


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