2011年08月31日

あと一日の怠け者

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大型ハリケーン「アイリーン」が立ち去った後には、涼しさが運ばれ、空は青く澄み渡り、太陽が眩しく輝く日々が戻ってきました。昨日はまだ少しばかり残っていた風も、今日は高い木のてっぺんの葉を揺らすだけです。

視界は珍しいぐらいに遠くまで開けています。今、ここで、これを書いている私の部屋の窓からは、キャピトルと呼ばれる国会議事堂の白いドームも、モニュメントと称されるワシントン記念塔の白いオベリスクもよく見えます。その向こうに連なる緑の帯は、メリーランドの山々です。そんなよく澄んだ空に向かって、飛行機が昇っていきます。

昨日もまた、夫の講演の付録でボルチモアに行きました。ボルチモアは、お隣りメリーランド州最大の町。ブルークラブと呼ばれる青い蟹で知られるチェサピーク湾に面した港町です。私の家からはすぐにハイウェイに乗れますので、渋滞さえなければ1時間ちょっと。もちろん電車でも簡単に行けます。

土曜日のボルティモは、ハリケーンの襲来を前に振り出した雨と強まる風で、歩き回ることもためらわれましたが、昨日は日焼けを気にしながらも、ひとり気持ちよく町を歩く最適の日和となりました。

この町は、手元のガイドブックによれば、

「ボルチモアは、長い間、水路の要地として繁栄し、その栄華の面影を残すインナーハーバーは、全米でもトップクラスの美しさ。北米大陸最初の鉄道がこの地に敷かれたこと、アメリカ国歌の誕生地であること、マチスのコレクションで名高いボルチモア美術館や、癌研究で著名なジョンズ・ホプキンス大学病院などがある。」

とのことですが、どうやら日本の観光客が一番多く立ち寄る所は、野球界のヒーロー、ベーブ・ルースの生家&博物館のようです。

けれども、たくさんある私の音痴項目のひとつはスポーツ。加えて、美術館は月曜日が休館なこともあり、特に名所旧跡を訪ねるわけでもなく、ただブラブラと水辺を歩き、町を歩き、太陽を浴び、風の音を聞き、匂いを嗅ぎました。

結局はそれで良かったのだろうと思っています。ただひたすら魚や動物を見ながら過ごしていた土曜日も、ただひたすらブラブラ歩いては、時々カフェで休んでいた昨日も。

8月後半頃からやけに疲れを感じるようになりました。こちらに移ってからも、たいしたこともしていないのに、ちっとも頭が冴えません。おまけに困ったことには、やたら眠いのです。昨夜ボルティモアから帰ってから、郊外の友人の家にディナーに出かけた時も、行きは隣に座った親友のジリーと、「えっ、もう着いちゃったの?」と言うぐらいに、外の景色も見ずにおしゃべりに夢中になっていましたが、帰りの車の中では、賑やかな3人の中で、一人眠りこけていました。

朝も上手に起きられません。目覚ましが鳴る前に起きて、さっさと動き回っていた私はいったいどこへ行ってしまったのでしょうか。今朝など最悪でした。7時にかけた目覚ましには確かに誰かが止めた跡。針がさすのは目を疑う12時です。家の中はガランとし、コーヒーマシーンのコーヒーは冷たくなっていて、夫はすでに大学へ出かけた後。

失った時間ばかりは、どうあがいても取り戻すことはできません。狂ってしまった一日の予定に焦り、怠け者となってしまった自分に失望し、一方では最近急に入院をすることになってしまった2人の親友を思い、「私もどこか悪いのでは?」などと思い、少々うなだれていたら、昨夜のジリーから電話がかかってきました。

「ごめんなさい、たくさん話したいことがあったのに、帰りはすっかり寝てしまって。」
と、言ったら、「ナオミ、疲れがたまっているのよ。からだがそれを必要としている時には素直に従うべきよ。しばらくは焦らずにリラックス、リラックス。」

仕事から帰ってきた夫に、「こめんなさい、『行ってらっしゃい』も言えなくて。」と言ったら、「時差ボケだよ、全然気にすることないよ。」と、変な慰め方をしてくれたものですから、「でも、これ、東京にいる時からなの。」とは、言えなくなってしまいました(笑)。

ハリケーンも過ぎてしまえば、こんなに美しい日が戻ってきます。
私のこの怠け病も、また元気な日々に戻るための通り道。

ものは考えよう。
1を出したかったら1を、3を出したかったら3を、思い描いたサイコロは、きっと羅針盤になって導いてくれるはず。

悪いことはなるべく考えないこと。
嬉しいことを見つけること、どんな小さなことでもいいから。

折も折、あと1日で8月も終わり。
9月には、また新しい風が吹き始めることでしょう。
と決まれば、ようしあと一日、思いっきり怠けてやります(笑)!

と書いて、キッチンにコーヒーを取りに行ったら、冷蔵庫とオーブンに虹が出来ていました。嬉しい!
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停電もなく、音楽がいつものように家中に流れています。嬉しい!

By 池澤ショーエンバウム直美


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8月29日(月):青バナナのモフォンゴ登場!
8月31日(水):青バナナのチップス
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2011年08月29日

はてしなく変化しつづける大パノラマの、ほんの一場面

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ハリケーン一過、空気の汚れも洗われたように、部屋の中にまで西日が入り込み、空がこんなに美しく染まったというのに、まだまだ完全に元に戻ったわけではありません。昨日の日曜日の午後2時35分、突然画面が暗くなりました。机の上のスタンドも、ロッキングチェアの脇の読書灯も全て消えて、流れていた音楽もパタリと止まりました。深夜に引き続いて、2度目の停電です。

窓から外を見下ろせば、機能をしなくなった信号機の前で、おまわりさんが二人、手を振りながらの交通整理です。

幸い約2時間後には復旧しましたが、私のPCの書きかけだった文書は消えてしまいました。中から見る限りは良いお天気なのに、まだ多少風が残っているせいか、プールも終日閉ったまま。停電もプール閉鎖も、もちろん、アイリーンの落し物です。

一昨日のボルティモアの水族館の話をしましょうか。
水族館と言っても、ここは海のお魚たちばかりではなく、鳥も爬虫類も両生類もたくさんいます。
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アマゾンのジャングルには、小さくても強力な毒をもつ色あざやかな蛙たち、オーストラリアの砂漠にはとぐろを巻く大きな蛇たちや襟巻きとかげ、大きな水槽には、たくさんのサメたちと大小さまざまな魚たちが共生しています。

熱帯雨林には懐かしい植物たちが繁り、大きなプールにはエイたちや、海亀たちが、気持ちよさそうに泳いでいます。時々、酸素タンクをつけたダイバーたちも一緒に泳ぎます。ちなみに実際の海水が使われているこのプール、水量は98万リットルで、エイの展示としてはアメリカ最大だとか。
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哺乳類パビリオンに行けば、どうやらイルカ君たちが数々の芸当を披露してくれているようですが、限られた時間です、ゆっくりと海の中を見、熱帯雨林の中を歩く方を選びました。立ちすくんで見入っていれば、私はいつの間にか彼らと一緒に泳ぐ魚となります。そして、ひとり至福の喜びにひたります。

出口までの、長いらせん状のスロープを歩けば、そこはまるで本物の海の中の道を歩いているようです。遠く水平線が見え、空は青く、雲は白く、広々とした光景が広がります。
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与えられた時間は3時間。私にとっては、ショッピングモールを歩くその何倍も幸せになれる場所でした。

「海水は大地と大気から元素を受けとり、それを貯蔵する。春になり、太陽のエネルギーをいっぱいあびて眠りから覚めた植物が、これらの物質をさかんに吸収して育つ。腹を空かせた動物プランクトンの群れは、この豊富な植物を食べて成長し、数を増し、それを魚の群れが餌にする。そして最後には、すべてのものが、海が定める厳然たる掟にしたがって、みずからの生命を構成する物質をばらばらにして海へかえす。一つひとつの元素はいったんは目に見えなくなるが、やがて、それらが持つ永遠の生命は、姿を変えてくりかえしこの世に現れる。想像もおよばないはるか昔、太古の海に生命のはじまりとなる原形質を誕生させたのと同じような力が、今もなお、膨大なはかりしれない働きをつづけている。この無限の働きが背景にあると思えば、個々の植物や動物の一生は、それ自体で完結するものではなく、はてしなく変化しつづける大パノラマの、ほんの一場面でしかないのだろう。」    (レイチェル・カーソン「海のなか」より)
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ところで、幼少の頃の私が「急ぎチャンク」と間違えて覚えていた「イソギンチャク」は、英語で言えば「アネモネ(anemone)」。何て素敵な名前でしょう。本当に海に咲く春の花のようです。
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ついでに言えば、アネモネは、ギリシャ語の「ΑΝΕΜΟΣ(アネモス)」から来た言葉。アネモスは風。アネモネは、一度目の風で花が咲き、二度目の風で花びらが落ちるという、まるで紙のように薄くはかなく美しい花。

そして、私たちが見る海のアネモネも、陸のアネモネも、「はてしなく変化しつづける大パノラマの、ほんの一場面」。

By 池澤ショーエンバウム直美


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8月30日(火)予定:青バナナのチップス

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2011年08月28日

知らないうちにアイリーンが通り過ぎて


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こちらは日曜日の朝が始まったところです。遅い目覚めの後に、ぼやっとした頭でキッチンに行ったら、コーヒーはかろうじてあと1杯分が残されているだけ。

「おはよう。君のために残しておいてあげたからね。何にも気づかなかった? 夜中に風雨がひどくなって2時頃から7時まで停電してたんだよ。」と言う夫。

最後の一杯のコーヒーを持って、テレビの前にすわれば、暴風雨の中で現場中継をする人たちや、市長や州知事たちが登場しては、大型ハリケーン「アイリーン(IRENE)」についての報道をえんえんと続けています。

その下にテロップで、全く別のニュースが流れていきます。ハリケーンの映像に見入っていれば、まったく目に入らぬほどの小ささと、速さです。「日本の首相が辞任」などという文字もちらりと見えました。

アイリーンは深夜にワシントンを通過、HURRICANEからTROPICAL STORMへとダウンサイズはしたものの、北上を続けながら、ニューヨークを筆頭に多くの都市を脅威にさらしています。テレビで見る映像は、私たち日本人には決して珍しいものでありません。マイクを握って、レインコートを頭からかぶり、踏ん張って吹き飛ばされないように立つレポーター、その後ろでは木々が大揺れに揺れ、川面が橋に届くほどに荒れています。浸水した町の模様も映し出されます。ニューヨークでは、グラウンドゼロの前からの中継もありました。

アイリーンがすでに過ぎ去ったここワシントンでは、雨も風もおさまり、静けさが戻ってきました。メトロも動き始めましたが、なお3万6千所帯が停電しているとのことです。市長がテレビで言います。

「月曜日に学校が始まったと思ったら、火曜日に地震が起こり、そしてハリケーン。全くなんということでしょうか。」

ニューヨーク市長が呼びかけます。こちらは周辺空港も含めて9000便が欠航となり、いまなお300万所帯が停電しています。

「みなさん、最悪の事態は過ぎました。避難をするのではなく、なるべく外に出ずに家の中にいるようにしてください。」
 
幸か不幸か寝呆けていて、最悪の事態の証人にはなりそこないました。昨日のボルティモア行きも、ハイウェイを走る車もいつもより少なく、雨も風もそこそこで運転に支障があるわけでもありませんでした。ただ、歩きまわるのにふさわしい天気とは言えません。水上タクシーも運休です。

私は夫が会議に出ている間、たとえピッカピカの上天気であっても行きたかった場所、「ナショナル水族館」に足を向けました。「本日はハリケーンのために6時で閉館をします!」と、入り口でオジサンが叫び続けています。いつもなら8時まで開いているのです。

3時間半後、まだまだ居足りない思いで、外界とは無縁な別世界を後にしたのが、夕方の4時でした。さすがにこの頃は、傘をしっかりと握って歩かねばならないほどの風にはなっていましたし、小雨とは言え風に運ばれて、足もともスカートもかなり濡れました。ハーバーの水面は揺れ、道ばたの花の中には風で倒れているものもありました。

ハリケーンが近づきつつある中での「水族館至福の喜び体験」については、また次回にでもご報告しましょう。ボルティモアは、もし天気がよければ、海に面した、とても美しい町だったはずです。

ワシントンに戻ってみれば、家の駐車場へ入るための踏み切りのようなバーが、取り外されていました。ふだんなら、セキュリティーのために、居住者が登録した車から出される信号によってのみ、自動的に開くようになっているバーです。おそらく予想される強風のために取り外されたのでしょう。

「きっと今日の午後からは太陽が戻ってくるよ。そしてプールの扉も開くと思うよ。」
「きっと明日のボルティモアは、気持ちよく町歩きを楽しめると思うよ。」

こうして、アイリーンは、少しずつ力を弱めながら北へと向かっています。
窓から見える空が随分と明るくなってきました。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2011年08月27日

ワシントン到着第一報〜サンセットスイミング

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無事、到着しました。クローゼットを開ければ、ここでしか着ない服や、ここでしか履かない靴があり、引き出しをあければ、やはりここでしか使わないものたちがあります。それらのものを身に付け、それらのものを使いながら、だんだんと自分が変わっていきます。

それはまるで言葉と同じようです。基本にある思いも、コミュニケーションにとって大切なルールも同じはずなのに、使う言葉によって少しばかり思考法が変わるような気がします。もちろん話せる言葉の数などごくごく限られていますから、無鉄砲を承知の上での話です。でも、日本語を口にする時よりは、ギリシャ語で話す時の方が、全体に「ま、いいんじゃない?」みたいな緩さが出てきますし、英語を使っている時は、あなたも、おまえも、あんたも、君も、お宅様も、全部がYOUである文化の中で、英語力のコンプレックスから一生懸命表現をしようとするがあげくに、かえって饒舌になります。

今年の夏は、猛暑がこたえ、体調もイマイチのままに忙しく過ぎていき、珍しく疲れを感じる日々が多くなりました。昨夜は結局2時間しか眠れませんでしたけれど、飛行機の中では、きちんと食べて、きちんと飲んで(笑)、きちんと映画を1本見た以外は、ずっと寝ていましたのに、着いてもまだ眠くて、だるくてなりません。これまではどこへ行こうと、すぐに現地時間で動けましたのに、こんなことは初めてです。とは言え、まずは荷物をほどいて、大きなスーツケースをクローゼットのすみっこに置いて、見えないようにしないことには、日常生活が始まりません。

本当はそこで横になって眠りたかったのですが、こんな時にはむしろ逆療法。本を読みながら、日が沈み始めるのを待って、水着に着替えてプールに下りていきました。いつだってここのプールはガラガラです。真昼間だって、パラソルの下で本を読んだり、眠っている人たちはいても、私のように、ひたすら往復をくり返している酔狂者などいやしません。

私が一番好きなのはサンセットスイミング(と、勝手に名づけています)です。
何しろ距離は泳ぎますが、下手な自己流です。二かきごとに顔を上げる平泳ぎと、同じく二かきごとに右側に顔を上げるクロールを混ぜ合わせて、ただ数を数えながら泳ぎ続けます。途中では休みません。余計なことも考えません。いやなことがあれば、二かきごとに消していきます。

サンセットタイムには、こちら側からあちら側へと泳ぐ時には、左後ろに、沈んでいく太陽を感じます。けれども、あちら側から戻る時には、顔をあげるたびに、一日の最後の太陽が見えるのです。オレンジ色の光が私の顔を照らします。その一瞬が嬉しくて、私は泳ぎ続けます。往復を重ねるごとに、太陽が下がっていくのがわかります。そして姿が消えます。

部屋に戻って、今まで泳いでいたプールを見れば、もう水の中からライトの光が見えます。日が沈んでから水中ライトと一緒に泳ぐ、ナイトタイムスイミングもなかなか乙なものです。自分が魚になったような気がします。けれども、プールのドアが閉まるのは9時。こちらは日が沈むのが遅いので、ナイトタイムスイミングを楽しめるのはほんの1時間ちょっとだけなのです。

テレビでは、大型ハリケーンについてのニュースが流れ続けています。ノースカロライナを襲い、ゆっくりと東海岸沿いを北上しているこのハリケーンは、今、ニューヨークに向かっています。すでに空港閉鎖のニュースが報じられる中、ワシントンへの上陸も予想されていましたが、なんとか免ねるようです。

明日から、世界中から人が集っての国際水域についての国際会議が、ここから車で2時間ばかり北の町、ボルティモアで始まります。私もパートナーの付録で助手席に乗ります。ハリケーンが気まぐれを起こさないように願いつつ。

By 池澤ショーエンバウム直美



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2011年08月26日

イチモクさんに頑張らねば

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南欧への旅行を計画している方々向けの、「オリーブオイルとアンチエージング」についての講演をして、大急ぎで走り回って買い物、その他もろもろ。いつものことながら、まだ荷造りが3分の2までしか終わっていません。

午前中の便に乗るためには、かなり早朝に出なければなりません。でも、いいんです。
飛行機の中で大曝睡をするつもりですから(笑)。

アメリカへ持参する買い物をたくさんして駅に下り立ったら、こんな声が聞こえてきました。

「ママ、イチモクさんて誰? ねえ、イチモクさんて誰のこと?」

振り返ってみれば小さな女の子が、聞いています。
残念ながらお母さんの答を聞くことはできませんでしたけれど、きっと、お母さんは、となりのお友だちとの会話の中に、「一目散に」と言う言葉を使っていたのでしょう。なんだかほほえましくて、早足で歩きながら、ひとりでクスクスと笑ってしまいました。

さて、私もこれからイチモクさんに頑張らねば、、、、
次は地震の後のワシントンDCからです。
週末には、大型台風までもやってくるようです。

By 池澤ショーエンバウム直美



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2011年08月25日

水花火の夜

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雨音が聞こえます。けれども、昼間はよく晴れて、暑さも戻り、とびっきりの夏の日となりました。

娘から言われたことがあります。
「ママ、毎日ブログが書けなくたって、言い訳がましいことを言わない方がいいんじゃない?」

でも、少しだけ言い訳。
時として、「ナオミさん、いいわねえ。いろいろな所に行けて」と言われることもあります。けれども、実はこれ大間違い(笑)。何箇所かでの暮しや、いわゆる「国際結婚」と言うものにはそれなりの苦労があります。良き妻でもありたい、良き母でもありたい、そして今や、良きグランマでもありたい、というせめぎ合いの中での暮しには、けっこう辛いものがあります。

まず第一に、東京にいる間に、いろいろなことをいっぺんに詰め込まなければなりません。会いたい人たちも、やりたいことも、しなければならないこともたくさんあります。結果、いつになっても私の東京暮しは、せわしなく、時間に追われ、いやがおうにもストレスがたまっていきます。

加えて、加齢による心身の変化もあります。若いうちならたやすくできたことでも、なかなかそうは行かなくなりました。特に、昨秋のミラノ暮しの間に、長いこと痛みと戦うことになった帯状疱疹の勃発以来、3月の震災も手伝って、私の心も身体が変わってきているような気がします。

一昨年83歳で亡くなった母が、よく言っていました。
「ナオミ、60代は一番いい時代よ。まだまだ健康で、子供たちの心配もなくなって、自分の好きなことができるようになった。」

それはたぶん、母から私への励ましのメッセージだったのでしょう。
そんな言葉を励みに、一生懸命、自分の役割を果たそうとしていますが、これがけっこう難しいのです。

アメリカ暮しの日々が目前に迫ってきました。それなのに、まだやり残していること、しなければならないことが山のようにあります。

そんな時に必要なのは、一種の潔さです。
「え〜い、何とかなるわい」と見切りをつけて、「できないものはできない」と観念し、今日は一番会いたい人に会いに行きました。

東京ミッドタウンの芝生広場で、今、水花火イベントが開催されています。19時10分からと20時からの一日2回、1回60リットルもの水が、60メートルの高さまで打ち上げられます。水は虹のようにもなるかと思えば、空にきらめくたくさんの星のようにもなります。

小さな少年と一緒に、隣接された公園の滑り台やブランコで遊び、かくれんぼをし、娘が作ったお弁当を食べ、芝生に敷いたマットの上に寝転んで、空を見上げました。スタッフのお兄さんがしきりに言います。

「今日の風向きは、水が皆様の方に飛んできますので、どうぞ後方にお下がりください。」

でも、かまいやしません。水しぶきを頭からかぶりながら、美しい夜空のページェントを楽しみました。東京のど真ん中で、寝ころがって夜空を見上げるなんて、いったい何年ぶりでしょう。そして何という幸せでしょう。

あくせく、せこせことしている日々の自分がなんだか馬鹿らしくなってきました。
「ちゅごいねえ」という小さな少年と一緒に驚き、感動し、水に濡れました。

調子に乗って、ブランコや滑り台で遊びすぎたせいもあって、帰るやいなやダウン。
あげくこんな時間に明日の朝のミニ講演の準備に焦っていますけれど、たとえ寝る時間が削られようと、今の私に一番必要なのは、こうした家族との時間でした。

ミッドタウンの「水花火(Midtown Water Woks)」は、たぶんもうすぐ終わりになります。
お勧めです。東京も捨てたもんではありません。

さあ、もう一頑張り。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2011年08月21日

今日もみんなに助けられて

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アメリカへ移る日がせまってきました。その前にまだグローバルキッチンが2回と、講演が1本あります。実は私、アメリカの美容院もネイルサロンも、一度痛い目に会って以来全く信用していません(笑)。ですから、どうしても出発前に身支度を整えておかねばならないのです。

でも、どう知恵をふりしぼっても、美容院に行く時間がありません。すると、今ではすっかり友人となった店長のリサさんに、一昨日ばったり出会いました。

「開店前に来てください。早く終わらせましょう。」

と言うわけで、今日は明日のグローバルキッチンの諸々の準備に取り掛かる前の早朝、特別に髪を切ってもらい、パーマをかけてもらい、カラリングもしていただけました。

私がかなりへたっているのを知っているノリッツオさんが、ラベンダーとベルガモットとローズのアロマオイルを届けてくれました。両の腕に一滴ずつたらすだけでも、気持ちが安らぎ、元気になるような気がします。

お助けマンのノボルさんが、差し入れをもってきてくれたついでに、割れたワイングラスを丁寧に接着剤でくっつけ、洗濯機にたまった糸くずを器用な手つきでヒョイヒョイと取り除いてくれました。

コンサートにも来てくださったミツコさんから、桃が一箱届きました。中をあけてみれば、見事に美しく大きな桃が6つも入っています。福島の桃「まさひめ」です。桃と一緒に入っていたのは、福島市長からのメッセージ。

「東日本大震災による地震被害と原発事故による放射能問題という二重の困難に直面している福島市ですが、市民が一丸となってこの未曾有の困難に立ち向かい、普段どおりの生活を取り戻すべく懸命の努力を続けています。
このような中、農家の皆さんは、今年も自慢のおいしい果物や野菜を全国の皆様にお届けできるよう農作業に励んでいます。現在、福島市の農産物は、福島県が実施しているモニタリング調査の結果、国が定めた暫定基準値を下回ったものだけを消費者の皆様にお届けしています。どうぞ安心して、福島の農産物をお召し上がりください。丹精こめて育てた農産物を皆様にご利用いただくことが、農家の皆さんにとってはこの上ない励ましとなります。これからも福島の農業を応援してくださいますようお願いいたします。
あわせて、福島市へのお越しを心よりお待ちしております。平成23年8月 福島市長 瀬戸孝則」

いただいた桃は、むいているうちから汁が滴り落ちるほどにジューシーで、甘くおいしいものでした。

今日もまた、友人たちの優しさに助けられながら、元気をもらって、一日が終わろうとしています。今日もまた、たくさんの「ありがとう」を!

By 池澤ショーエンバウム直美



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8月15日(月):思いっきり手抜き
8月16日(火):そうだガスパチョだ!
8月17日(水):まさかの遭遇 香港で「COVA」に
8月20日(日):青バナナのロマン

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2011年08月20日

コキ蛙が似合う夏の雨の日

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あんのじょう失敗しました。3つも目覚まし時計をかけたのに、魔の手が止めてしまったらしく、気づいたら予定よりも2時間も超過。焦りまくって、掃除もほどほどに、準備も完璧とはいいがたい初日のグローバルキッチンでした。

しかも初めての雨。雷さえも騒ぐほどの。
不思議なことに、昨年の1月に始めて以来、ただの一度も雨というものに降られたことがなかったのです。

ところが、みんなが傘をさしながら歩いて来なければならなかったというのに、いい所だってちゃんとあったのです。

まず第一に、今朝ばかりは、庭でいつもの水やりをする時間がありませんでした。
何しろ焦りまくっていたのですから。「ごめんなさい、夜まで我慢してね。」と呟いていたら、恵みの雨が降り出しました。

第二に、今月のテーマは、「コキの鳴くカリブ海の島〜プエルト・リコ」。
コキ蛙君については、前にも何度か書きましたので省略しますけれど、はしょって言えば、プエルト・リコではアイドル、ハワイに行けば害虫ならぬ害蛙として指名手配をされている小さな蛙です。小さなからだからよくこんなに大きな声が出ると思うぐらいに、「コキ〜ッ、コキ〜ッ」と言うテノールがくり返されます。

そして第三に、雨が涼しさをくれました。

グローバルキッチンは、お料理だけでなく、その前段のお話、テーブルセッティング、そしてBGMまでを全部合わせた試みです。もちろん、今日のCDは「コキ蛙君」の鳴き声です。45分間ずっと「コキ〜ッ、コキ〜ッ」だけの見事に単調なCDなのですが、最後の数分だけ熱帯雨林の雨音と雷の音が入ります。

これがまあ、今日の天気になんとよくマッチしていたこと!
「コキ〜ッ、コキ〜ッ」はまるで外から聞こえてくるようで、雨と雷は本物なのか、CDなのかが区別がつかないほど、今日の私たちはのっけからプエルト・リコでした(笑)。

そんな雨模様のキッチンに咲いたエプロンの花もまた、まるでプエルト・リコの豊穣な色彩を思わせました。

ものは考えよう。
晴れればよし、そして雨もまたよし。

昨日の夜も、今日の朝もあんなに疲れていたのに、今はとても元気です。
心通じる友たちとたくさん一緒に笑って、たくさんの元気をもらったからでしょうか。

みんな、ありがとう。
雨もコキもありがとう。

By 池澤ショーエンバウム直美



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8月15日(月):思いっきり手抜き
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2011年08月19日

お酒は百薬の長?

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暑く、長い一日でした。今ようやく明日の「グローバルキッチン」のレシピを書き終えました。全部で、写真17枚付き、全11ページです。

今回のテーマは『コキの鳴くカリブ海の島〜プエルト・リコ』です。昨年1月から色々な国をテーマにやってきましたけれど、これほど苦労をしたのは初めてです。

まず第一に、とりかかる時間が全くありませんでした。日曜日まではチャリティーコンサートでかなりの時間をとられてました。加えて想定外の事態が起こりました。プエルト・リコの料理には欠かせない青バナナの入荷が遅れてしまったのです。日本のお盆にかかって通関に時間がかかり、結局明日はメニューの見直し&試作を余儀なくされました。

第二に、諸々の家族の事情で、どうしても時間をさかねばならず、今日は朝から取り組もうと思っていたスケジュールが大幅に遅れました。

それでも何とか、何箇所もまわって買い物をすませ、花もいけ、たった今、レシピを書き上げることもできました。明日から一日おきに3回開催しますが、ありがたいことにいつも満席です。仕方がない、掃除やテーブルセッティングは明日にまわします。目覚ましを4時間後に合わせました。

時に、「何でこんなことをやってるのだろう?」と、思う時があります。でも、これはたぶん私だからできること。いえ、料理の腕のことではありません。これだけウロウロして暮らしているから、ということです。今では、たくさんの仲間たちが、次の回を待っていてくれるようになりました。そして、私自身も変わりました。どこへ行って、何を食べても、たくさんのことを考えるようになりました。作り方が想像できない時には、厨房のドアを叩くようにもなりました。

たぶん、この「グローバルキッチン」がなかったら、ただ漫然と国々、土地土地のおいしいもの、珍しいものを食べて、すぐに忘れてしまうことでしょう。けれども、今は一生懸命メモをとって、写真を撮ります。たくさんの本も買います。そうでもしなければ、このザル頭、片っ端から忘れてしまうのです。当然、アンテナも高く伸ばすようになりました。

仲間たちも次第に増えて、仲間同士がまた繋がっていくまでに成長してきました。まさに当初私が目指していた『広場=プラティア』ができました。たとえば日曜日のチャリティーコンサートでも、たくさんのグローバルキッチンの仲間たちが、ボランティアとして働いてくれました。

あんまり疲れたので、ビールとワインに助けてもらっています。
少々反省していたら、大学時代に太平洋諸島を一緒にほっつき歩いた仲間のひとりから、タイミングよく、「酒飲みさんへ」というメールが仲間たち全員に届きました。「不養生のすすめ」と題する医学博士、柴田博さんのエッセイです。かいつまんで言えば、

「ビールがうまい季節だ。酒は百薬の長という。酒飲みの願望がこめられた言い回しではあるが、それを差し引いても、酒には諸々効能がある。国内外のデータをみても、だいたい二合ぐらいまでの飲酒は長生きに役立つとするのが一般的だ。

かつて男女422人の追跡調査をした結果、一番早死にするのが酒をやめた人たちだった。飲む人は体を良く動かす傾向が見られた。スポーツの習慣をもっていて、さらには人との付き合いも多い。一方やめた人は、ライフスタイルが一変することになる。社会的な交流が減少し、身体的にも不活発になる傾向が見られた。

アルコールは最も副作用の少ない鎮静剤。精神の緊張をほどき、適量ならば血圧も下がる。」

として、ブランデーを飲みながら研究室で仕事をする恩師の話を引き合いに出しています。この先生、八十代の後半まで毎年富士山に登り、93歳で大往生を遂げたとか。

結論がふるっています。

「何より大事なのは、楽しんで酒を飲むことだろう。何を飲めば長生きするとかしないとか、そんなことをいじましく考えてはいけない。飲むときは浮世の憂さを忘れて、大いに楽しく飲むべし。」

とはいえ、今日はちょっといけません。疲れを吹き飛ばして勢いをつけるために、飲みすぎています。楽しくないわけではありませんけれど、かなり非社交的です。でも、さすがに限界。あとは目覚ましを3つかけて、明日の朝、頑張ることにします。

おやすみなさい!


By 池澤ショーエンバウム直美


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8月15日(月):思いっきり手抜き
8月16日(火):そうだガスパチョだ!
8月17日(水):まさかの遭遇 香港で「COVA」に
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2011年08月17日

蝶々とイモリと、そして蜘蛛の巣

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ようやく少しばかり涼しくなってきたでしょうか。エアコンを切って、窓を開けると昼間とは全く違う空気がはいってきます。それにしてもこの暑さはこたえます。毎年毎年、何十年と馴染み、覚悟もできているはずなのに、どうしてでしょう。今年は特に疲れます。食べるのも面倒くさいほどに、珍しくばてています。

3ヶ月以上もの間、けっこう忙しく準備をしていたチャリティーコンサートも終わって、そろそろ心身を切り替えなくてはなりませんのに、予定していたことも進まないままに、時間がどんどんと過ぎて行きます。まるでどこかに時間泥棒がいるようです。

余裕を作るためにひたすら頑張れば、その余裕はまた手の届かない所に逃げてしまいます。
実際、公私ともども、いっぺんに色々なことが重なって、今日はだいぶまいっています。

どうして、トラブルや心配ごとって、いっぺんに一緒に起きるのかしら、と、ある時、二人の娘たちそれぞれに聞いたことがありました。すると奇しくも同じ答が返ってきたのです。

「ママ、考えてごらんよ。いっぺんに来ちゃう方がずっと楽じゃないの。飛び飛びに来られたらたまったもんじゃないわよ。」

そんな言葉を思い返し、窓の外の空気をふーっと吸い込んで、「これを抜ければ楽になるさ」と呟き、「結局はいいところに繋がってるはずなんだから。」といつもの楽天性を取り戻し、今日一日の嬉しかった光景を一生懸命なぞっている深夜です。

朝の水やりの後で、蝶々が舞っているのを見つけました。
時に花に止まって羽を休めています。
そっと、窓を開けて写真を一枚。もう少し近づいて撮ろうとしたら、遠い空に飛んでいってしまいました。

植えたばかりの杉の木が陰を作る壁に、小さな黒いイモリが貼りついていました。涼を求めてでもいたのでしょうか。そのすぐ横で、蜘蛛の巣がキラキラと輝いていました。

ハイビスカスが新しい花を開いてくれました。

そんな発見が、たとえつかの間でも、心をふっと暖かく取り戻してくれたりもするものです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2011年08月16日

佳紀君の夢 そして私たちの責務

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帰省ラッシュの渋滞情報が伝えられる中、2100人以上の方々が亡くなったり、いまだに行方不明のままでいる陸前高田市の気仙川で、昨日、お盆の恒例行事「川開き」が行われたと、いう記事を読みました。

津波で家族を亡くした遺族の方々も参列し、故人の名前が書かれた1500もの灯籠が、瓦礫の残る川に浮かべられたそうです。

私が生まれ育った町にも、この季節には「灯籠流し」という行事がありました。迷子にならないように父と母の手を握って、大きな蛍のような灯籠が、ゆらゆらと揺れながら海を漂い、次第に小さくなり、やがて闇の中に消えていくのを見ていました。

「ほら、仏様方がお帰りになるのよ。」
「おじいちゃんも? おばあちゃんも?」
「そう、みんなまたずっと遠い所に戻っていくの。」

と、母に言われ、子ども心に、小さな恐怖心と共に不思議な世界にたゆたいながら、流れ行くいくつもの光に魅入っていました。

日曜日のチャリティーコンサート「港北から東北へ〜願いは音にのせて」では、陸前高田でボランティア活動を続けている私たちの仲間へのインタビュー形式で、現地の様子を生の声で語ってもらいました。

その時、私がどうしてもご紹介したかった本がありました。文藝春秋が8月臨時増刊号として出した被災地の子ども80人の作文集「つなみ」です。そして、その中の一人の少年が書いた作文を読ませていただきました。

この本は、コンサート開催の直前に、娘が幼少の頃にお世話になっていた保育園の保母さんが送ってきてくださったものです。どのページをあけても涙をこらえずに読み通すことはできません。私が会場で読ませていただいたのは、陸前高田市高田小学校3年生の及川佳紀君のものでした。皆様に聞き取りやすいように、少しばかり整理をさせていただきましたが、ここではそのままの形でご紹介します。

「まつの木一本
 3月11日ぼくたちをおそった東日本大しんさいと波大きなじしんぼくは、そのじしんのまえ学校でべんきょうをしててと中で大きなじしんがおこりました。それでぼくたちわ、こうていにひなんしあぶないから中にわに上ってつなみがきたのでぼくわ、たかだいににげるときによこを見たらつなみがそこまできていてぜんりょくで走りました。それがこんな、りくぜん高田になってあんなにいっぱいあったまつの木も一本だけのこってあとわがれきでした。ぼくはこんなにつなみがおそろしいとはじめてしりました。」

この原稿用紙の下につけられたコメントをいったい私たち大人はどう受け止めるべきでしょうか。涙を流すばかりですむことでしょうか。

「『津波と追いかけっこしたもんね』と語る佳紀君の体験は、その口調と裏腹に壮絶だ。海から3キロ離れていた自宅は、津波に呑まれ、両親が流された。4月下旬、父の徳久さんの遺体が発見されたが、火葬を終えた佳紀君は『オレ、安心したよ』と涙をみせなかった。母の昇子さんは依然として行方不明である。弟の晴翔君と祖母と暮らす佳紀君の夢は『どんな津波からもみんなを守る堤防をつくること』だという。」

この本に出てくる子どもたちの写真は、みな笑っていたり、Vサインをしたりしています。それがよけいに涙を誘います。

表紙をめくれば前文を塩野七生さんが書いています。これもまた、ぜひここでご紹介させていただきたいと思うのです。

「イタリアの週刊誌に、被災地の子供三人を写した写真が載っていた。
一枚は、福島の原発の近くに住んでいたらしい二歳にもならない男の子で、放射線測定機を突きつけられても堂々と両手をあげてそれに対している写真。
もう一枚は、陸前高田で写したというもので、ピンクの防寒着に身のまわりの物をつめこんだピンクの袋を肩に、昴然と瓦礫の間を歩く五、六歳の女の子。
最後の一枚は気仙沼で見たという少年で、十歳かそれより少し上と思われる年齢だが、こちらは避難所でもらったのか、だぶだぶのグリーンのジャンパーにピンクの長靴という出で立ち。両手に持つのは大きなプラスティックの酒用のボトルだが、酒ではなくて水が入っている。避難所に飲料水を運ぶ途中でもあるのか。少年は口をきつく結び、伏目で歩いているのも、足許に散乱する瓦礫に注意してのことだろう。

この三枚の写真につけられていたイタリア人の記者のコメントは次の一行だった。
『面がまえがいい。日本は必ず再興する。』

泣くにも泣けない被災者が多いのは、私でも想像できる。だが、この子たちのために被災地を再興するのも、われわれ日本の大人たちの責務ではないだろうか。ゆえに再興は、以前の状態にもどすことではなく、この先に長い人生が控えているこの子たちが、安心して喜んで住める町にすることではないかと思う。」

下手なコメントはつけません。その通りだと心深く思っています。

私たち、先日のコンサートを開催した仲間たちは、これからも陸前高田でボランティアとして働き続けます。出発は金曜日の仕事が終わった夜、帰りは翌日土曜日の深夜です。まだまだ人手が必要です。次回は9月2日(金)〜3日(土)です。お問い合わせ等はどうぞこちらまで。(jimukyoku@vsc)。

By 池澤ショーエンバウム直美



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8月15日(月):思いっきり手抜き
8月16日(火):そうだガスパチョだ!


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:25| Comment(0) | 地震

2011年08月15日

ご報告:「港北から東北へ〜願いは音にのせて」


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昨日、「チャリティーコンサート〜港北から東北へ 願いは音にのせて」を無事終了させていただくことができました。何しろ素人です。一生懸命準備をしてきたつもりでも、至らぬ点が数々ありましたが、猛暑の中、予想以上にお集まりくださったたくさんの皆様、朝早くから揃いのTシャツを着て立ち働いてくださったボランティアの皆様、そしてここに至るまで思いをひとつにして一緒に動いてきてくれたスタッフの仲間たちに、心から感謝を申し上げます。

プログラムは次のようなものでした。

〔第一部〕
1.オープニング: 県立港北高校吹奏楽部
    (フルートアンサンブル ハナミズキ他、金管アンサンブル ルネサンス舞曲他)
2.会代表挨拶
3.ギリシャ政府観光局ご挨拶
4.RIVERSIDE SINGER
    (@RIDE, RIDE, RIDE AOH, MICHAEL BJULIANNE CMIGHTY MISSISSIPPI)
5.陸前高田の今 報告会

〔第二部〕
6.大崎龍治
    (@I wish in a mid-summer  AForever and ever)
7.MuM (ムーム)
      バイオリン:浅井眞理、渡邊麻衣  ピアノ伴奏:加畑嶺
    (@タイスの瞑想曲  A浜辺の歌  Bライムライト)
8.池澤春菜  伴奏:大崎龍治
    (朗読:「星の王子さま」より
     歌 :@Over the Rainbow  A君をのせて〜空の城ラピュタ主題歌)
9.フィナーレ  伴奏:加畑嶺
  出演者全員と会場の皆様全員で歌いました。
     (@ふるさと  A上を向いて歩こう)

やはり駄目でした。前半最後の「陸前高田の今」と題した現地ボランティアへのインタビュー形式の対話で涙を押さえきれなかったのです。

入場券をお買いになってくださった皆様なのに、ロビーの募金箱にはたくさんの募金が集まりました。ロビーで販売をしたベトナムストリートチルドレンが作業所で作った品々は完売しました。当日は所用で来られない、病気で動けずに足を運ぶことはできないけれど、チケットだけでも買わせてください、という優しいお申し出もたくさんお受けしました。

私たちはまだあたふたとしていて、きちんと整理ができていませんが、こうした皆さまのお心は、必ず私たちの手で、陸前高田に届けます。

昨夜から今朝にかけて、労をねぎらってくださるたくさんのメールをいただきました。ありがとうございます。こらえきれずにウルウルとしてしまった自分と同じく、ウルウルとしてくださった皆様がたくさんいらしたことを知りました。いただいたメールの中から、本日は取り急ぎ、ご報告を兼ねて、まずは2通をご紹介させていただきます。

「今日は素晴らしいチャリティーコンサート有難うございました。高校生のブラスバンドに明日の希望を見、熟年のおじさん、おばさんの楽しい演奏に元気を貰い、池澤さんとボランティアの方のトークについこちらもウルウルしてしまい、ピアノとバイオリンのメロディーに乗せて祈りを捧げ、春菜さんの歌と朗読にまたまたウルウルしてしまい、(私は『星の王子様』の結末がハッピーエンドとは知りませんでした。)、ドミンゴさんと九ちゃんを思い出しながら声を張り上げ、そしてまたまたまた、不覚にもウルウル。どうもこの頃涙もろくなりました。きっと、池澤さんはじめこのコンサートの実現に全力投球された方々、そして会場に集まった方々の思いは通ずると確信しています。」

「昨日まで本当にお疲れ様でした。大変素晴らしいコンサートになり、スタッフ、出演者の皆様のご奉仕に心から感謝が尽きません。私の方は何もご協力できずに、申し訳ない限りです。久しぶりに、感動の涙が止まらず…、皆さんも同様だったでしょう。「君をのせて」にも、朗読にもとっても感動してしまいました。最後に全員で立ち上がって歌いながらも涙が止まりませんでした。」

ババ馬鹿承知の上でもうひとつ。
いつもは「グランマ、ヘン(変)」とばかり言っている孫息子が、昨日は遠くから舞台上の私を見て「グランマ、カワイイ」と言ってくれたとのこと。(笑)一生懸命な姿が小さな子にも伝わったのでしょうか。こんな一言ですら、頑張ってきた甲斐があるというものです。

このブログを読んでくださっている皆様にも、心から感謝を申し上げます。
ありがとうございました。

規則で写真撮影ができませんでした。第一、司会をしながら撮るわけにもいきませんね(笑)。代わりに、今、水をたっぷりやってきたばかりの花々の写真を載せさせていただきます。

最後の殺風景な木、実は先日の庭師の方々がかけてくださった殺虫剤のせいか、翌日にはもののみごとに枯れてしまいました。夫が「もうこれは死んでしまったよ。新しい木を買いに行こう。」と言うのを、私は必死に止めてきました。なぜなら一箇所だけ緑の葉っぱが残っているのを見つけたからです。そして思い切ってカサカサになってしまった茶色い葉をすべて切り落としました。それから1月、毎朝毎晩水をあげ続けていたら、少しずつ小さな緑の葉っぱが出てきたのです。この子はきっと生き続けて、いつか葉をたっぷりと繁らして、安らぎの木陰を作る大きな木になるにちがいありません。

By 池澤ショーエンバウム直美


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8月15日(月):思いっきり手抜き
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2011年08月13日

いよいよ明日!「港北から東北へ〜願いは音にのせて」

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今日も朝の儀式をし、私のスピリチュアルスポットでブッダ様にご挨拶をし、木と花たちにたっぷりと水をやり、スプレー式の虫除けスプレーの隙間をたくさん蚊に食われてしまう朝で始まりました。

ネガティブなことを書いてもしょうがないと、明るくふるまってはきましたが(笑)、かなり疲れています。でも、倒れることもなく、一時はどうしようかと悩んだ問題も、結局は一番いい形に落ち着いて、明日のコンサートを迎えることができるまでになりました。これもまた、きっと、「マイスピリチュアルスポット=マイパワースポット」のおかげでしょうか。

昨日、朝早くから夜遅くまで、会場でのリハーサルがありました。出演をお受けくださった方々のご都合はまちまちですから、結局私たちスタッフは一日仕事です。それでも誰ひとり文句を言うでもなく、冗談で疲れを吹き飛ばします。

今日も仲間たちがそれぞれの役割を担いながら明日のために動いています。私は昨日の通しのリハーサルの中から、何箇所か、はしょったり、付け加えたり、言い換えたりしなければならない部分のために、台本のリライトです。そしてそれを、このザル頭に叩き込まねばなりません。

でも、こんなのはたぶん一番楽な仕事。今も外で働いている仲間たちや、明日10時には集まってくれる20名近いスタッフたちのことを考えたら、座って考えて、書いて叩き込む仕事なんて、楽なものです。(そう思って頑張ります。)

問題は、司会をする私自身がどこまで涙を押さえられるかということです。昨日のリハーサル中も、陸前高田へ通っているボランティアの方との対談の最中で、どうしても涙を押さえることができなくなってしまいました。こんなこと、決してプロの方ならしないでしょう。

こんなにしんどくて、こんなに疲れていても、嬉しいことだってその倍ぐらいたくさんあります。励ましの手紙やメール、届けてくださるお心の数々、、、、「どうせならいつもの飲み会の前に男共で繰り出します。」と言ってくれたノリッツオさん。「前日ですが、今日の月例会で皆さんに呼びかけます。」と自らも早々にチケットを予約してくださった神奈川県善意通訳者の河合会長と菅田リーダー、、、、

遠くカイロからは、これまでに何度も世界中の素敵な方々をご紹介くださり、いろいろとお助けをくださり、2月にカイロで起きた政変の時には生のレポートを日々お届けくださったNHKレポーターの中野眞由美さん。この素敵なご夫妻には、昨年の4月、アイスランドの火山灰で閉じ込められたウイーンのホテルのロビーで偶然お会いしただけですのに、こうしてありがたいご縁が続いています。

ご夫妻は、「私達カイロに縁のあった人達が、直美さんのコンサートに向け熱くなって来ております。」と言う、ありがたいお言葉と共に、カイロにゆかりの方々を7名もご紹介してくださいました。そしてその言葉の通り、7席のご予約のお電話がはいりました。

中には、たまたま11月に陸前高田でご講演をなさる考古学者の方、NHKの中東解説委員の方、カイロ元駐在員の方、元ユネスコでエジプトのストリートチルドレンをご担当していらした方、来年カイロ公共楽団とご共演なさる気鋭のピアニスト、そして、水の専門家としてカイロにご赴任中のご夫妻など、、、、、、びっくりするような方々が、中野夫妻のご尽力、いえそのお人柄で、私たちの小さな活動に足を運んでくださいます。

眞由美さんは、最後に、つい最近私が書いたブログの言葉を引用してくださいました。
「出会いの不思議 ご縁の恵み」

本当に本当にその通りです。
そうしたもろもろの不思議と、たくさんの恵みを受けて、今、私は、今の私にできることをします。

正直、これほど体力と時間を使うものだとは思っていませんでした。
来年だったら、もう心身ともに無理だったかもしれません。
そう思えば、いくら疲れたって、朝になればまた動ける恵みに、感謝をしたくなります。

誠意をこめて頑張ります。
よろしかったら、どうぞふらりとおいでください。
当日券もご用意しています。


明日までこのバナーを置かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。何せ人手不足です。司会も私が勤めさせていただきます。
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By 池澤ショーエンバウム直美


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8月2日(火):自宅がお鮨屋さんに早変わり その1
8月5日(金):大将、その大トロ握ってくれる?〜自宅が鮨屋に2
8月9日(火):自宅でお鮨屋閉店〜ホームパーティ最終章
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2011年08月11日

私のスピリチュアルスポット


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「本当は『私のスピリチュアルスポット』について書くつもりで始めたのですが、いつの間にやら話題があらぬ方向に行ってしまいました。実は、この家の中にも、私が『スピリチュアルスポット』と信じている一角があるのです。それについてはぜひまた明日。」

などと言いながら、お約束を守れませんでした。昨日は暑さの中、朝から晩までちょっとばかり忙しく外を駆けずり回っていたせいもあって、かなりへたりました。夜遅くに車でスーパーに行って、とにかく簡単にできる料理を考えて、作って、食べて、洗って、、、、という主婦業もあります。第一、「疲れてるなら外に食べに行こうか?」と、言われたって、本当に疲れている時は、せっかく帰って来たのに、また着替えて外に出かけるのも億劫です。

今朝、素敵なことがありました。

木々たちと、花々たちにたっぷりと水をやっている最中のこと、柵があって届かない紅葉の木に、ホースの口をすぼめるように手で押さえて、シャワーのように水を飛ばしていたら、目の前に虹がかかったのです。小さいけれど、くっきりとした美しい虹でした。

しばし陶然として、それから急いでカメラを取りに行って、また同じことをしてみましたが、もう虹は現れてくれません。一瞬の光の加減と、一瞬の空気の重さの、妙なる組み合わせだったのでしょう。

さて、いよいよ宿題に入ります。

最近はやりの「スピリチュアルスポット」あるいは「パワースポット」と言う言葉。どうやら心身を癒し、守ってくれるような何かを感じる場所を言うようです。最近ではそうした場所を紹介したガイドブックまであります。

我が友にも、風水手帳を見ながら、東がいい、とあれば東に向かい、北は避けろ、とあれば頑としてその日は北には行かない、という者もいれば、つい先日、結婚のために仕事を辞めた若い友人のように、「明治神宮ってすごく感じますよォ。あそこ行ってからどんどんツキが上がって、結局今の彼と出会って、結婚することになっちゃってぇ、」と満面の幸せ顔で語る人もいます。

信じる、信じないはともかくとして、そんな「マイスピリチュアルスポット」「マイパワースポット」を持っていることは、決して悪いことではなさそうです。

なにせ私たち人間には自己暗示力というものがあります。心落ち着く場所のひとつふたつを持って、「自分は運が良い。ありがたい。」と信じて、口角を上げていれば明るい顔つきになりますし、逆に「自分は何て運が悪いんだろう。世の中は不公平だ。」と眉根を寄せていれば暗くなります。人が一緒にいたい、近づきたいと思うのは、いったいどちらでしょうか。神様だって同じはずです。

わが家のスピリチュアルスポットはここです。他の家族はいざ知らず、少なくとも私にとっては、大切な場所です。家に帰って来るやまず目に入るこの場所で、張り詰めていた心がほっと緩み始めます。朝晩手を合わせることで、恵みをいただき、守られているように感じます。

私はいつも「ブッダ様」と呼びかけているこの仏像、実はちょっとした由来があります。
元々は夫がイギリスのオックスフォードの骨董屋で見つけたものです。細面の顔立ちと、切れ長の目は、私たち日本人が馴染んできた仏様の顔とは随分違います。けれども、一目見た時から、私はこのブッダ様に惚れてしまいました。

オックスフォード大学で教えていた夫が、かの地を気に入って、庭が小川につながった家を買ったのは、私と結婚する前のことでした。彼はここを終の棲家とするつもりだったのでしょう。オックスフォードの駅からも、大学からも歩いて行ける所なのに、ほどよい庭があって、目の前には大きな野原が広がる家でした。決して大きな家ではありませんでしたが、春には水仙でいっぱいになる、私の好きな家でした。

けれども、イギリスで暮す機会が限られてきて、私たちはその家の管理を地元の不動産屋に託さざるを得なくなりました。大学の教授一家が住んでいたこともありますし、ロシア人の家族が住んでいたこともありました。その都度、家主は報告を受けますが、もちろん住まう人たちにお会いすることはありません。

そんな年月が続いた後に、私たちはこの家にいつか住む夢をあきらめて、家具ごと売りに出すことに決めました。一枚一枚集めた絵、ひとつひとつ吟味した家具や絨毯やランプ。夫には多くの未練があったことと思います。

けれども、諦めの良さと、形ある物への執着のなさと言ったら、私がどう逆立ちをしてもかなうものではありません。もっとも、運動音痴の身、いまだに逆立ちなど一度も出来たためしがありませんが(笑)。

全てを他人の手に委ねる決意をした時に、ひとつだけ、どうしても残しておきたくない物がありました。そして、私は、その物を大事に毛布にくるんで、抱きながら飛行機に乗ったのです。それがブッダ様でした。そして、今の私たちのこの家は、初めからブッダ様の居場所を決めて設計されました。

朝に晩にブッダ様にご挨拶をします。優しく微笑んでくれるように見える時もあれば、キリリとした表情で私を諌めるように見据えてくる時もあります。その度に私は、フワッと守られて、勇気を与えられる気がするのです。

そんな私のブッダ様が、玄関先に鎮座しています。人の出入りの多い家です。中には困った人もいますし、困ったことになりそうな人もいます。けれども、ふと気づくと、そういう方々は何となくフーッと縁遠くなっていくのです。その分、たくさんの素晴らしいご縁に恵まれるようになりました。

もう一つのスピリチュアルスポットについては、またいずれ書きましょう。

良いことは感謝すべし。
悪いことは気にせざるべし。
口角はあげるべし。
眉根は寄せるべからず。

私のスピリチュアルスポットのブッダ様の教えです。

By 池澤ショーエンバウム直美




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2011年08月09日

ナオミライクなアニミズム

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信心深いか、深くないか、と問われれば、信心深い方でしょう。では何に?とさらに問われれば、いったいどう答えるべきでしょうか。

毎朝必ず、世界中のどこにいても行う、ある儀式があります。両手を合わせて、目を閉じて、大切な人たちの顔を一人ひとり思い浮かべながら、無事な一日を祈ります。私たちが歩く道を、勇気と優しさで良き所へと導いてくださるように祈ります。そして変わらぬ感謝の言葉を捧げます。おおかたは窓のそばに立って、空に向かって祈ります。もしそれが「祈り」と言えるものならば、の話ですが。一日の終わりには、「ありがとうございました。」という感謝の言葉を唱えてから眠りに就きます。

それは、空へ、雲へ、海へ、風へ、太陽へ、木々へ、花々へと、、、、そして私に命を授けてくれた父と母、そのまた先へ先へと続く人たちに向けて捧げられます。

夫が3年前に出版した本、「Keeping The Faith〜Religious Belief in an Age of Science」は、何せ全ページが英語ですからいまだにきちんと読んではいませんが(笑)、これは数多くの彼の本の中で、唯一、私に献呈されているものです。強いて日本語にしてみれば、「信念を貫くこと〜科学の時代の中での宗教心」のようなことになるでしょうか。序文の後、目次が始まる前の真っ白なページに、ただ一言、「To Naomi」と記されています。

国際法学者がこんな本を書くきっかけは、たぶん不可解な私との生活があったからではないでしょうか。何しろ、私と来たら、彼と一緒に道を歩いていても、車を運転していても、お地蔵様でもあろうものなら、必ず会釈をして、生きていることの感謝と、生きることへのお守りを呟いてしまうのですから。

そのくせ、ヨーロッパの教会建築の美しさに圧倒され、ギリシャの神殿にひざまずき、イスラムのモスクでは靴をぬいで神妙な顔になるのですから。彼にとっては、もっとも身近にいながらも、この「Faith」についてだけは、恐らく最も理解不能な人物の一人でしょう。

実際、なかなか面白いこの本は、宗教と言うものの発生から始まって、星の神話がもたらしたもの、ダーウィンの進化論との相克までをも分析しています。そして宗教は、文化であり、哲学であると語ります。第四章の「世界の宗教」では、仏教を含め、ありとあらゆる宗教の概略が説明されていますが、「ナオミ教」はありません。おそらく言葉にするには、あまりに混沌としていたのでしょう(笑)。

我が身のこんな「Faith(信心)」は、自分では万物に霊が宿るとする原始宗教「アニミズム」に近いと思っています。

今朝も、木々と花々に水をたっぷりやりながら、彼らに語りかけ、襲撃してくる蚊にさえ話しかけてしまいました。先日、飛び込みの庭師集団をつい信頼して仕事をお願いしてしまったら、私が大事に大事に育てていたオリーブの木まで小さく刈り込まれてしまって、かなりうちひしがれていたのですが、今朝、ブツリと切られた小枝からこんな若葉が育っているのを見つけました! 思わず「ありがとう」と手を合わせてしまったのは言うまでもありません。アニミズムと言うにはおこがましいほどの節操のなさですが、これが私の「Faith」です。

ところで皆様、庭師を選ぶ時にはくれぐれもご注意ください。また別の機会に書かせていただきますが、とんでもない目に会いました。

本当は、「私のスピリチュアルスポット」について書くつもりで始めたのですが、いつの間にやら話題があらぬ方向に行ってしまいました。実は、この家の中にも、私が「スピリチュアルスポット」と信じている一角があるのです。それについてはぜひまた明日。

さあ、暑いなんて言ってられません。出かけなければ。
だって、暑いのは木だって、花だって、空だって、風だって、動物だって、虫だって、お地蔵様だってみんな同じなんですから。

やっぱりこれってナオミライクなアニミズム?

By 池澤ショーエンバウム直美



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8月5日(金):大将、その大トロ握ってくれる?〜自宅が鮨屋に2
8月8日(月):100点満点ホームパーティーの前準備
8月9日(火):自宅でお鮨屋開店〜ホームパーティー最終章 
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2011年08月08日

時代は変わる〜海と一緒のウエディング

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私をこの世に送ってくれた父も母も、もうそこにはいませんけれど、故郷へ続く道はいつだって、私をいろいろな思い出で満たし、心を弾ませたり、しっとりさせたりします。今でも私は、生まれ育った三浦半島が大好きです。ぐるりと海に囲まれているのに、中に入れば緑の森が広がります。

第三京浜から横浜横須賀道路へと走り、逗子インターで下り、逗葉新道へと入り、葉山国際村の緑の中を抜けていけば、海に面した134号線に出ます。昨日、ここの、海を見晴らす高台の「葉山テラス」で、結婚式がありました。生まれた時から何度も何度もこの手で抱いて、手をつないでは歩いた甥っ子の結婚式です。小さな時から穏やかで優しかった子は、そのまま、人の心がよくわかる優しい青年になりました。

大学生になれば、アルバイトで得たお金で、「ばばちゃん、ご飯食べに行こうか。」などと、亡くなった母をよく食事に連れ出しました。母の記憶が曖昧になってからも、孫の写真はいつもベッドの上に貼られていました。

青年は、子どもの頃からの夢を叶えて、小学校の先生となりました。それは誰一人として意外に思わぬほどに、彼らしい選択でした。

式は海に向かった外の席で行われました。眩しいほどにたくましくなった青年は、美しい花嫁がバージンロードを歩いて来るのを、光り輝く太陽の下で待っています。誓いの言葉、新郎新婦のキス、フラワーシャワー、広く高い空へと放たれる風船、、、、私の娘たちと孫、そして夫も一緒に、祝福の時を共に分かち合います。

新郎と新婦はすでに昨年の8月に結婚をしました。けれども事情があって、1年間もこの日を待っていたのです。結婚をする前から、この場所で式をあげる日を夢見ていたと言います。結婚生活を送るようになってからは、この日のお客様への感謝のためにと、新婦は1年間もピアノ曲を練習してきました。そして長いベールのまま、私たちの前で華麗にグランドピアノを響かせてくれました。

純白のクリームで丁寧に覆われた大きなウェディングケーキは、3時間をかけて新婦のサトミさんが作りました。そしてそこに私たちが一人ずつ、苺をのせたり、梨やパイナップルをのせたりしながら、みんなで仕上げていきました。

食事の後、暮れ始めた大きなバルコニーに出た私たちに、そんなケーキを切り分けてくれたのは、いつの間にか帽子をかぶりコックさんに変身をしたショウタと、真っ白いエプロンが初々しいサトミさんでした。

ダンサーへの道を歩んでいるショウタの妹が、踊りました。
長いことやっているサトミさんの弟が、サックスを吹きました。

最後に、生まれた時から今に至るまでの、それぞれの写真が大きく壁に映し出された中に、小さな私の娘を見つけました。30年近く前の写真です。私の娘たちは、弟分のショウタとよく一緒に遊んでいたのです。

お開きに、新郎の父親、つまり私の義弟が思いを語りました。ふだんは無口な彼がこんなにたくさん話すのを聞いたのは、これまでで初めてのことでした。その中でこんな言葉が引き合いに出されました。学生時代に音楽バンドでよく歌っていたという、ボブ・ディランの『The Times They Are a-Changin’』(時代は変わる)の一節です。

Your sons and your daughters
Are beyond your command

いろいろな解釈があるでしょうが、私は勝手にこんな風に考えています。そしてたぶんそれが義弟の言いたいことではなかったかとも思うのです。

「息子だって娘だって、じきに俺たちの手の届かない所にいくものさ。」

娘たちと孫と夫を全員乗せて、暗くなってから葉山を出発したものの、ナビの電池が切れていることがわかり、帰りはさんざんな目にあいましたが、それでもやはり素晴らしい一日でした。

こうして、時代は確かに変わっていきます。

By 池澤ショーエンバウム直美




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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:07| Comment(0) | 日本ライフ

2011年08月07日

優しい風に乗って届く手紙たち

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「忙しい!」なんて言うのはちょっと野暮じゃない?などとじっと我慢していますけれど、実は今ちょっと忙しい、そして、かなり消耗気味です。昨日の土曜日も朝から終日、都内某所の一室で、三人で顔を突き合わせていました。14日のチャリティーコンサートの進行の詰めと、台本の詰めです。

朝のコーヒーを飲みながら、期間限定東京暮らしのパートナーが言います。
「空海展に行きたい!」
私はまたしても、申し訳なさでいっぱいになって答えます。
「ごめんなさい。今日も一日中打ち合わせがあって出かけられないの。来週必ずどこかで行きましょうね。」

「港北から東北へ〜思いは音にのせて」チャリティーコンサートの開催も、いよいよ1週間後となりました。できるだけ経費を節約して、できるだけたくさんの支援金を現地にお届けするために、みんなで一生懸命動いています。

先週も大変でした。「明日の4時までに入稿すればプログラムが安く印刷できるけれど、その後になると値段が上がってしまう!」と、デザイナーのゲンちゃんが大慌てで仕事を進めます。私も足りない情報を集めます。ポスターを貼ってくださったり、ちらしをたくさん置いてご協力してくださった所のお名前も記載させていただきました。ボランティアを申し出てくださった、たくさんの方々のお名前も列記させていただきました。

やっとここまで歩いてくることができました。
そして今、毎日のように優しい風が運んでくれるお便りに、泣くことが多くなりました。
できればまとめて泣いてしまおうと、なるべくお化粧をする前に泣くようにしていますが、そうそううまくはいきません。最近の私の顔は、疲れ+寝不足+マスカラにじみ の三重苦。ひどいものです(笑)。

たとえば昨日、出かける直前に届いたファックス。
1989年、私が大学に転職をすることになって、どうしても車での通勤が必要になった時に、思い切って通った教習場で出会ったフサコさんのものでした。毎年の年賀状の往復だけで、一度としてお会いしたこともないのに、なぜか忘れられない、同年配の美しい人でした。たまたま横浜にお住まいだったので、お手紙と共にコンサートのちらしをお送りしたのです。手書きのファックスには丁寧な字でこう書かれています。

「お手紙ありがとうございました。私どももあの地震以来心を痛めております。私など何のお役に立てず申し訳ありません。せめて、もし、パンフレットがあまっておりましたら、知り合いに送りたいと思います。10枚ほど送っていただけないでしょうか。

私は、あの日、3月11日に乳癌の診察に東京の病院へ行っていました。やっと名前が呼ばれて診察室に入ったとたんにグラグラと揺れ始めました。ものすごい揺れでした。その日はすべて電車はストップ。横浜へ帰ることができず、病院のソファーで一晩明かし、翌朝帰宅しました。

案の定、乳癌で、4月11日に入院、全摘をしました。現在は元気になってまいりましたが、リンパを取りましたので怪我と風邪をひかないよう気をつけております。」

そんなフサコさん、この22年間一度もお会いすることもなかったフサコさん、しかも闘病中の彼女が示してくれた思いに、いったい泣かずにいられましょうか。

私はすぐさまファックスでこんな手紙を送り返しました。

「たまたまご一緒に運転を習って以来、早22年。その間にお会いする機会もないままに、私たちはそれぞれの道をつまずいたり転んだりしながら、一生懸命歩いてきました。お気持ち、ありがたくてなりません。ご自身のおからだのことだけでも大変でいらっしゃいますでしょうに、こうして他者のことをお気遣いになってくださる、、、、

今日もこれから終日、コンサートの台本作りに出かけます。めったに東京に居ない夫に何もしてあげることもできず、疲れとプレッシャーで時折つぶれそうになります。けれども、私がそんな愚痴をこぼしていたらバチがあたります。フサコさん、これから郵便局の本局に行って、案内を10部速達でお送りします。

どうぞおからだをだいじになさって。
いつかあまりおばあさんになる前に、一緒に高速ぶっ飛ばしましょうね!」

「帰省中で行かれないけれど」「予定があっておうかがいできませんが、気持ちだけでも参加させてください。」「これは私たちの職場の人たちからの応援です。」「切符代を送ります。お釣りはいりません。」などなどと、泣かせるお金が封筒の中に入って届けられます。

すぐ隣の若い4人家族は全員で来てくださいます。「暑い中すみません。」と言えば、涼やかな顔をした素敵な若奥様が言ってくれます。「とんでもない、みんなで楽しみにしてるんですよ。帰りに中華街で食事して帰ろうねって。」

まだまだとてもご紹介しきれませんが、昨夜遅くに帰って郵便箱に見つけた、こんもりとした濃い黄色の分厚い大きな封筒の話で、とりあえず本日は閉めることといたしましょう。

差出人の名はありません。あまりにこんもりしすぎています。明らかに何かが入っています。しかも手触りからして尋常でない何かが(笑)。開けるのを手伝おうとする夫を脅しました。「気をつけて、爆弾が入っているかもしれないから。」

中から出てきたのは、手作りの梅干と、被災地のこども80人の作文集「つなみ」(文藝春8月臨時増刊号)でした。これはもう、覚悟しなければ読めません。一字一句を真剣に読みたい言葉たちです。それでも表紙に映っている7人の子どもたちの笑顔の何という明るさ!

そして送り主は、なんと、長女がお世話になっていた大倉山保育園の保母さんだったのです。しかも昼間の保母さんではなく、時間外保育の保母さん。娘の年から考えても、もう随分のお年になっていることでしょう。この方とも、東京に引越しして以来、もう30年もお会いしたことがありません。爽やかな空色の2枚の便箋に、流れるような文字で書かれています。

「本当になつかしいですね。○○ちゃんのなんてかわいらしかったこと!あっという間に時間は過ぎていきます。大震災はXXの生家が宮城県ですので、他人事ではありませんでした。大倉山でも立っていられない位に揺れたのです。宮城とは4日間連絡がつかず、5日目にようやく連絡がとれて、家も人も無事でほっといたしました。

原発事故もあって、3月11日から5ヶ月、この国がどうなっていくのかがわかりません。政治は丸っきり駄目ですし、ただ、私たち普通の日本人の持っている力だけが頼りです。

同封の『つなみ』は私がとても感激した本です。どうぞご覧になってください。梅干は、庭の一本の梅の木に60キロの実がなりました。不ぞろいでこわれたりもしていますが、無農薬、無消毒です。この暑さに負けないよう、ママも○○ちゃんも頑張ってくださいね。当日のコンサートには、ジジもババも応援に行きます!!」

いけない、いけない、また目の前が霞んできました。
今日は葉山で甥っ子の結婚式。パンダ顔では出席できません。
まずは泣くだけ泣いてしまってから化粧を始めましょう。

皆様、優しいお気持ちを届けてくださり、本当に本当にありがとうございます。
どんなに励みになることでしょうか。
疲れた!なんて言ってる場合じゃありません。

By 池澤ショーエンバウム直美



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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:12| Comment(0) | 地震

2011年08月04日

月の下で花と木に囲まれて、ビールが飲めれば、、、、、

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今朝も出遅れました。3月のアメリカ以来、いまだに左腕から指先への痺れが続いています。だいぶ軽くはなったものの、筋肉の緊張をとる薬と、心の不安を取り除くという2種類の薬を投薬されています。眠気につながるからという理由で、これを飲むのは夜寝る前。

真面目な患者ですから忘れずに飲みますけれど、意志の弱い患者ですので、2つの目覚まし時計プラス携帯電話のアラームの3つを使っても、シャキッと起きられません。目下、公私ともどもあまりにいろいろなことが重なって、時間勝負状態ですので、昨夜だって「うん、5時間寝ればいいな。」と指折り数えて5時にセットしたのですけれど、、、、、(涙)

いったんは起きあがって、ちょっとだけバタリのつもりが気づけば6時を過ぎていました。というわけで、今日も朝から焦っています。だって本当にあれも、これも、今日こそはやらねばならないことがたくさんあるのですもの。

でも、思いなおすことにしました。いつものあれです。
「ま、いいか。通勤時間がない分、ほら6時半から机に向かえたじゃないの。」と。

つい先日の新聞の健康欄に大きく、「共感疲労」という言葉が出ていました。3月の震災で、たとえ直接に被害を被ったわけでもない人たちの上にも、さまざまな兆候が表れているとのこと。私もこれに当たるのかもしれません。

何もできない自分に対して自責の念にとらわれたり、普通の生活をすることを後ろめたく思ったりする結果、不眠や嘔吐をくり返す人たちが多く見られるというのです。これを専門用語で「共感慰労」と呼ぶらしいのです。要するにストレスの一種。

医療・福祉職では新人時代に、感情を制御するための訓練を受けるといいます。いまだにちょっとしたことで心を揺り動かされている自分などは、決して専門職にはつけません。医師が語っています。

「一般の人々にも広がった共感疲労は、時間の経過とともに自然に癒えていくので、特に治療が必要なわけではありません。自分の心の揺れが『共感疲労』だと分るだけで落ち着く面があります。他者への共感はむしろ大切な能力です。」

私のこの疲れも、痺れも、その「共感疲労」という奴かもしれません。昨夜なんて、ちょっと仕事の合間に床の上に横たわったら、もう動くのが面倒くさくなってそのままじっと、アルマジロ状態でした。眠っているわけではないのに動けないのです。夫が見つけてくれなかったらいったいどうなっていたことでしょう(笑)。

さすがに言いました。
「ごめんなさい、今日は買い物に行く気力も料理を作る気力もなくて。外食でもいい?」

夫がすかさず答えました。こういう時の連れ合いの言葉にはいつも救われています。
「もちろんだよ。それも素敵だね。どうせなら歩いて行けるおいしい所にしよう!君がリラックスできる、いいワインのある所。」

休息第一とは言われても、それができないからますますストレスがたまっていく、という悪循環に陥っている気がします。「ナオミが花が好きだから」と、毎日のようにたくさん花の苗を買ってきて蚊と戦いながら庭に植えてくれている優しい人を、どうしてほうっておけましょう。一緒にシャベルを握ります。朝晩には必ずたっぷりと水撒きをします。

人間ドックに入るとなれば、通訳代わりにずっと付き添わねばなりません。夕食だって、きちんとバランスを考えたメニューを作らねばなりません。昨日だって、都心で仕事を終えて帰るやいなや、車で区役所まで外国人登録証の手続きに行かねばなりませんでした。この国には、日本語の読み書きができない人には無理な、さまざまなことがありすぎます。

若い頃には当たり前のことのように、2人の子どもを保育園に連れて行き、仕事に向かい、また帰りには2箇所の保育園をまわり、買い物をして、夕食を作り、夫と話し、本を読みながら娘たちを寝かしつけ、一緒に眠ってしまってはガバッ、と起きてうず高く積もったキッチンの洗い物を片付けて、保育日誌を書いて、翌朝の用意をして、やっと眠る頃はもうかなりの深夜。子どもが熱を出す時もしょっちゅう、怪我だって何度したか数え切れやしません。救急車も入院も全て経験済み。

それでも若い私には、それら全てが当たり前、のことで、時にはご飯を食べながら寝てしまうほどに疲れる日があったとしても、「疲れた」と愚痴をこぼすことなど思ってもみない日々でした。

つくづく思います。子どもに限ったことではありません。犬でも猫でも小鳥でも、たとえ庭の草花だって「育てる」「共生する」という行為が与えてくれる優しさと慈しみが、きっと私たちに力を与えてくれるのはないでしょうか。

植木屋さんが、伸び放題の雑草や枯れかけた木を根こそぎ取ってしまって何にもなくなった庭が、夫の決して向いているとは思えない不器用な努力で、今朝はこんなになりました。まずはみんなに水をたっぷりあげて、それから、できればどこかで小さな木の丸テーブルと、簡単な椅子を2脚買ってきたい。そこでまわり中に蚊取線香を焚きながら、お月様の下で、育っていく花に囲まれてビールを飲みたいなあ、と、実はかなり真剣に願っている朝です。そうすれば、私の「共感疲労」だか、単なる「老齢疲労」だかも、案外解消してしまうかもしれません。

By 池澤ショーエンバウム直美



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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:15| Comment(0) | 暮らしの知恵

2011年08月02日

まんまと仕組まれた「東京湾ミニクルーズ」

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のっけから質問です。これ、どこだと思います?
ハワイ? グアム? はたまたカリブ海?

いえいえ、ここは東京のど真ん中。
たいしたものです。東京という町も、なかなかやるじゃありませんか。

実はまんまと一杯食わされました(たぶん)。日曜日の朝に娘から飛び込んできたこんなメールがそもそもの発端です。宛先は当然ながら、自称&通称「バアバズ」です。

「おはようございます。雨の軽井沢にいます。寒かったのか、○○がお熱です。明日までに下がるようにも思えません。明日の都合はいかがでしょうか。」

娘はかなりハードなワーキングマザーです。朝早くから息子を保育園に連れて行き、大集中して修羅場を乗り切り、それでも時には深夜の帰宅になります。うまい具合に夫婦で連携プレーを取ってはいますが、父親の方も忙しい仕事。当然ながら両親だけでは無理です。ですからわが孫息子は産休明けから、園のお迎えは3人のシッターさんに交互にお願いしています。幸い素晴らしい方々に恵まれて、パパ&ママ&シッターさんの見事なチームワークでここまで来ることができました。

元気一杯、好奇心一杯の孫息子は3歳と2ヶ月。それでも時々、こうしてSOSコールがかかります。子どもというのは、全くなぜか突然熱を出すものなのです。わが身の子育て時代を振り返ってもそうでした。

娘のSOSメールにすぐさま反応したのは、さすが「バアバズ」の相棒さん。
「朝一でいける準備をしておきます!」

負けてはならじと、私も手を挙げます。
何たってこの季節労働者、日本にいる時にしか役に立つことができません。たとえ何があろうが万難を排して飛んで行かねばなりません。

「グランマも待機可能ですから安心していてください。明日は一件、お仕事がらみのランチがありますが、変更可能です。」

そして届いたのが案の定、相棒さんからのこんなメール。そうだと思ってました。そして、そうなればいいな、と思ってましたよ。

「明日はバアバズで出動しちゃいませんか?8時前には着く予定で頑張ります。夜まで頑張っちゃいましょう!」

実はこの後、とんだどんでん返しがありました。当の本人がまさかの平熱に戻ってしまったのです。けれども、「お熱があるから、あちたは保育園にいかない。」と言い張って、結局は、、、、、

相棒さんいわく、「○○&バアバズのチャンスを○○がプレゼントしてくれたのかな?明日は何をしようかネットで検索中。午前中は安静にしていて、何でもないようだったら3人で遊びに出ましょう。」

いいでしょう、このセンス。わが相棒さん最高です!

ということで、私はどうしてもやらねばならないはずだった仕事を全部投げ打って、昨日の朝は、ギュウギュウすし詰め状態の電車に飛び乗ったのでした。でも、もしかしてお昼寝をする間にちょっとぐらいは仕事ができるかも、などという、せこい考えを捨てきれず、結局キャリーバッグにPCと書類をたっぷり詰め込んで。

どうなりましたかって?
孫息子は絶好調。食欲もあるし元気だし、熱も全くありません。昼寝をさせようと思ったら、逆に私が寝かしつけられてしまいました。仕事どころじゃありません(笑)。

結局、相棒さんがネットで調べてきてくれたプランのひとつ、水上バスでプチクルーズをすることにしました。これ、とても素敵です。かなりお勧めです。子どもばかりか大人も十分に楽しめます。
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いくつかの路線がありますけれど、私たちが乗ったのは芝浦アイランドからお台場までの最短コース。それでも東京湾を涼風を受けて進む30分は、単に「移動」というよりはれっきとした「船旅」です。お値段だって、千円札を出せば二人分でもお釣りがきます。3歳児は無料です。犬も乗れます。

すっかり気分爽快な旅気分になった三歳ボーイとバアバズは、お台場の海浜公園のプルメリアが香る中、南国気分でアイスクリームなどを食べ、砂浜を歩き、帰りは「どうしてもあれに乗りたい!」と言い張る子に負けて、二階デッキのある船に乗るためだけに、なんと日の出桟橋まで行ってしまったのでした。
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それでもその快適なことと言ったら、、、、
と同時に、身を乗り出しすぎて海にでも落ちたらどうしようと気が気ではないバアバズにとっては、考えたくとも仕事のことなど考えられるべくもありません。まったく、こんなに朝から晩まで、非クリエイティブな頭の使い方をした日って、いったいいつが最後だったかしら。

家の書斎であれこれしている以上にとっぷりと疲れました。
けれども、何て幸せな疲れでしょう。
今だけに許された「疲れ」なのですから。
バアバズが二人とも健康で、まだまだ好奇心も旺盛で、SOSが出れば飛んでいけて、小さな少年はまだ一緒に遊んでくれる、、、、、

でも、冷静になって考えてみれば、これって、もしかしたらまんまと少年に仕組まれた?
お熱騒ぎのおかげで、東京湾ミニクルーズができちゃったんですから。
かくいうバアバズも、こんな企みならいつだって乗っちゃいますから(笑)。



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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:41| Comment(0) | グランマ

2011年08月01日

良い言葉だけを書いていきたい

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昨日、7月の最後は小雨模様の涼しい締めくくりとなりました。
そんな中、いつもお世話になっているミチヨさんが、訪ねてきてくれました。
実は、先日、私が出かけていた折に、帰ったとたんに夫が、「君を訪ねて素敵な女性がやってきたよ。また来ると言っていた。」。このくらいの日本語は理解できるのです(笑)。

ミチヨさんは私よりもずっと年下。それなのにものすごくお世話になっているのです。というか、もっと正直に告白すれば面倒を見てもらっているのです。たぶん彼女から見たら私のドジ、よく言えば天然ボケが心配で見ていられないようなのです。

ある時は、グローバルキッチンの当日、出勤前に砥石持参で突然やってきて、10本の包丁を全部研いでいってくれました。また今年のお誕生日には、「ナオミさんはいつも何かを探しているから。」と言って、「バッグインバッグ」というものをプレゼントしてくれました。「必要なものをそこに入れておけば、たとえ持ち歩くバッグが変わったとしても、それごと移せますからね。」と言って。またある時は、出かける直前の私の前で突然笑い出したと思ったら、「ナオミさん、そのセーター裏表が逆ですよ。」と言って着替えさせられました(笑)。

もともとは私の保険を一切おまかせしている会社の方だったのが、いつの間にやら、姉妹のようになりました。これまで彼女の優しさにどれだけ救われてきたかしれません。私も彼女の前では気取ることなく、ドジ全開で、すっぴんで話しこんでいます。

そんな彼女が長らく仕事をしていた会社を退職することになりました。詳しい理由は聞きません。でも、おそらく随分悩んだあげくのことでしょう。ですから、ただ一言こんなメールを携帯に送りました。

「私はミチヨさんのどんな決断も応援します!」

訪ねてきてくれた彼女は、左手に小さめな紙袋を持って立っています。
「ナオミさん、私、箱根に行ってきたんです。これ、美術館で見て、どうしてもナオミさんに使ってもらいたくなって。」

と、紙袋を差し出します。中から出てきたのは、細長い箱。開けてみれば思わず息を呑むほどに美しく繊細なガラスのペンです。ペン先がまるで南の海の貝のように巻かれています。そうしてインクをためて、細くも太くもいい具合にペン先に下りてくるような仕組みになっているのです。

あまりの美しさに溜息をつきながら、「早速、インクを買いにかなければ。」と言えば、「袋の中を見てください。」とミチヨさん。中には黒と青のインク瓶がしっかり入っていました。
早速目の前でためし書き。もちろん、最初の言葉は「みちよさん、ありがとう。直美」です。

思えば、こうしてインク壷からインクにひたしたペンで文字を書いたことなんて、いったい何年ぶりのことでしょう。中学校に入学したお祝いに、父がパイロットの万年筆を買ってくれたのが最後だったかもしれません。その万年筆も今はどこへ消えたのか、いつのまにか、落とそうが、失くそうが大して気にもならない安物のボールペンばかりを使うようになってしまいました。

何とかにつける薬はない、という言葉は私のためにあるのかと思うほどに、あいも変わらず、落し物と失くし物と忘れ物の名人です。ですからこの美しいガラスのペンだけは決して持ち歩かないつもりです。そして自分自身に誓いました。このペンでは良い言葉だけを書こうと。

良い言葉ってどんな?と言われれば、それはたぶん、競わず、比べず、卑下も誇張もなく、正直で、けれども傷つけず、優しい言葉たち?



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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:34| Comment(0) | その他メッセージ