2011年05月31日

ミミ子さんの時間管理術

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 一日は公平に24時間しかないはずなのに、世の中には、「絶対にプラスアルファの魔法の時間を持っている」と思わせる人たちがいます。昼間の本業のほかに、いくつもの副業をクリエイティブにこなしているミミ子さんもそうです。いつ会ったってイキイキ溌剌、疲れている様子など見せたこともないミミ子さんは、驚いたことに、今、被災地へのボランティアに行く準備をしています。

 対して私は、まるで「マイナスアルファの魔法時間」があるとしか思えないほどの体たらく。震災によって、「明日何が起きるかわからない。」という事実を目の当たりに突きつけられて、どうしてもやりたいこと=やらねばならぬこと、が浮上してきたと言うのに、そこに向ける時間が上手にとれません。今だって、5月最後の日に突入して、あまりに早く過ぎ行く時間に少々どころか、かなり焦っています。

 先日、思い切ってミミ子さんに「時間管理術」を聞いてみたら、「私のいい加減な時間管理術なんてお粗末過ぎて言うほどのこともありませんが」などと謙遜しながら、こんな答が返ってきました。

その1:通勤1分、打ち合わせも滅多に出ませんし、夜はもう一つの仕事場でお篭りで書いているだけです。(ミミ子さんは何と通勤時間1分の所に住んでいます!)

その2:同じ時間に起きて、同じ時間に眠ります。

その3:ランチに家に戻ったら、夕方へ向けての準備をちょっとだけでもしてしまいます。

その4:「ながら」が多いんですよ。家事の途中の待ち時間を作らないというか、、、、3分その前で待っていなくちゃならないなら、その3分内にできることを探してやっつけちゃいます。

その5:洗濯は絶対に夜タイマーセットして、起きたらすぐに干しちゃう。

その6:家事は家族が死なない範囲でいい加減にやる(笑)。バカ丁寧にはやりません、掃除もすべて、、、、

その7:風呂場やワックスがけなど、時間を大幅に要するものはプロ任せです。

その8:買い物もネットが多いんです。猫の餌とかトイレのものとか、日用品をけっこうネットで片付けます。

その9:週のうちに一日だけ木曜日に何にも予定を入れてはいけない日を作り、今までにやり損ねた分をそこでできるだけ終わらせてしまうことを地道に繰り返しています。それでもギリギリになって大慌てはたくさんありますよ〜(泣)。

その10:デパートで贈り物を買う時には、次にデパートに行ける日までに何件贈り物をしなくてはならないシーンがあるかについてピックアップして、日持ちするものや、腐らないものを事前にまとめ買いします。だいたい2週間分をまとめて買います。だからデパートへ行くと、車とデパートを3往復は確実にします。そして、自宅に戻って、紙袋ごとに、○月○日 ○○さまへ、と紙を張っておきます。

「こんなことしかしてないんですよ、、、お粗末でしょ?それよりも時間管理の面白い本があるので、次回お目にかかった折にお持ちしますね。」

 お粗末なんてとんでもない、さすが、「プラスアルファの魔法時間」のミミ子さんです。

 10の管理術のうち、「その6」だけは私もすでに実行済み(笑)。次なる目標は「その2」なのですが、これがなかなかどうして、、、、、

 明日は3月に中止となった「グローバルキッチン」の再開です。一日中買い物に駆け回り、資料を作りまくり、テーブルをセッティングし、「あとは明日」とほっとしていたのに、いきなり思い出してしまいました。ひよこ豆を水に浸してなかった! お肉を半分漬け込んでなかった! またまた台所にカムバックです。かくして今日も「その2」を実行できずに夜が更けていきます。(泣)。

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5月29日(日):恒例の家族バーベキュー
5月30日(月):赤道を越えて〜ニュージーランドと太平洋の島々

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 01:15| Comment(2) | 暮らしの知恵

2011年05月29日

受け継がれていくものたち


RIMG9969.JPGRIMG10011.JPGRIMG10014.JPG 私は決して優等生の母親ではありませんでした。今だってそうです。不器用でしたし、大雑把でしたから、私の母が私にしてくれたように娘たちに服を作ってあげることも、セーターを編んであげることもできませんでした。ボタンでも取れようものなら、彼女たちは私を素通りして父親のもとに飛んでいきました。

 おまけにいつだって仕事をしていたものですから、娘たちは赤ん坊の頃からの保育園育ち。学校に行くようになったって、「お帰りなさい!」と出迎えることもできませんでした。

 それでも、「育児は量ではなく質」と自らに言い聞かせながら一生懸命に母親をしていました。たとえ食事の最中に居眠りをしてしまうほど疲れていても、台所にどんなに洗い物がたまっていようとも、娘たちが眠りに就くまではベッドのそばで本を読み、声色を変えては即興の物語を話しました。

 「女の子なのだから」という言葉は一切口にせずに、興味を持つことは何でもやらせてみました。娘たちの机の引き出しはいつだって捕まえてきた虫たちや、わけのわからないガラクタでいっぱいでした。男の子たちの間に混じってサッカーのボールを蹴ることも、本屋さんで立ち読みをしたまま家に帰るのを忘れてしまうことも、しょっちゅうでした。調理台に届かないぐらいに小さな頃から、台の上に載せて私の料理を見せました。「わたしもやる!」とでも言えば、内心はヒヤヒヤしながらも、包丁を握らせました。

 どんな時でも、彼女たちの質問には真摯に向かい合いました。「そんなこと大人になればわかるわよ。」とも、「あとで」とか、「忙しいんだからちょっと黙ってて」と言う言葉も言いませんでした。「こうしなさい。」と命令形で言うよりは、「こうしてね。」、「こうしようか。」と言う方が好きでした。

 先日、息子が3歳の誕生日を迎えた娘が、ブログでこんなことを書いていました。

「できる限りでいいんだ、完璧じゃなくてもいい。限られた時間を精一杯□□と過ごす、それでいいんだ。そう信じてこれからも□□と真正面から向き合います。」

「子供への愛情、それは受け継がれるものだから、My母が私を愛してくれたように、□□をしっかり可愛がります。私の子育て理念は変わりません。何事にも興味を持ち、恐れることなくチャレンジする子になってほしい。そのためには、なんでもまずはやらせます。包丁も持たせた、熱湯で料理もした、坂は転げなさい、虫は捕まえなさい、花をむしってもいい、砂場に埋もれてもいい、泡だて器をかじっても。『危ない!』『□□にはまだ無理!』はできるだけ言わない。□□が発するすべての『なんで?』に、ひとつひとつ真正面から考える。」

「私は日に焼けても、自分が怪我をしても、寝ずに□□の『なんで?』を調べます。その代わり、一生懸命な私に応えるぐらいの根性を持ってほしい。一生懸命の文字どおり、一生命を懸けてあなたを守り、育てます。育児奮闘中なんてよく言うけれど、奮闘するなんてお安い御用よ。それが母親の私にできる唯一のこと、そして貫くべき信念。

 さあ、□□、かかってらっしゃい。時々深呼吸、できる限りを忘れずに、パンクしない程度に相手になるぜ。」

 私自身の育児の理念や愛情を言葉にして伝えたことなんてほどんどないのに、不思議なものです、こうしてちゃんと知らない間に受け継がれている。上の娘も下の娘も、教えたわけでもないのに、強いたわけでもないのに、しっかりと、しなやかに、時に雄雄しく、自分の道を歩んでいます。働く母親に育てられてさぞかし寂しい思いもしただろうに、私以上にプロフェッショナルな仕事人をしているのです。

 いつのまにやら広がった大切な家族たちが河口湖に集まって、雨模様の週末を一つ屋根の下で過ごしました。名目はリトルボーイの3歳のお誕生日バーベキューですけれど、どんな理由だっていいのです。みんな一緒にいればいつだって、どこでだって嬉しいのですから。

 私たち大人の愛も優しさも、好奇心も勇気も、こうして受け継がれていくのでしょうか。

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5月29日(日):恒例の家族バーベキュー

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | グランマ

2011年05月28日

ここに繋がっていたなんて

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 どうしましょう、時間切れ。明日早朝に出発しなければなりません。PCを持たない決意と共に、台風に向かうように西へと。二つともなかなかの快挙、いえ冒険です。

 2月最初の土曜日のファッミレスランチ。いつものように颯爽と自転車で現われたリカさんと、いつものように不精をして車で出かけた私。長いランチタイムの最後に、リカさんがぽつり。「5月に息子とバンドネオンのコンサートに行くんです。小松亮太さんの。ほら、これが切符。先週買いました。」
 
 なぜでしょう、バンドネオンにもタンゴにもそれまでとりわけ興味を惹かれたこともない上に、小松亮太さんの名前すら知らなかったのに、どうしても行きたくなったのです。ランチの後にすぐに切符を買いに走り、運よく手に入れたのがリカさんの隣の席、今夜の「小松亮太&ラスト・タンゴ・センセーションズ」でした。

 時々、わけもなくこうした気持ちになる時は、理由など考えずになるべく素直に波に乗ることにしています。

 ピアソラが生きていたら今年で90歳。そんな彼を偲んだ曲が続きます。ピアノとギターとコントラバスとヴァイオリン、そして亮太さんのバンドネオンの五重奏。

 そのリズムと音色と音階に、こんな風に衝撃を受けるなんて思ってもみませんでした。あの時の「どうしても行きたくなった気持ち」の先がここに繋がっていたなんて。

 この衝撃=感動は、今日の気温と風向きと湿り気、そして今日の私の心と体、何通りもあるそれらの組み合わせの一つが招いたもの。あの時、「どうしても」の気持ちにさせたのは、すでに今夜のそんな組み合わせが予定されていたからなのでしょうか。

 バンドネオンの音がいざなったものは、かつて本当に愛した人たちへの思い。そして今、本当に愛している人たちへの思い。せつなくて、暖かくて、ちょっとばかり哀しいたくさんの思い。

 今夜はここで終わりますけれど、またいつか書きます。リカさんのことも、バンドネオンのことも、タンゴのことも。

 早くも梅雨入り。
 雨が降り出す前の薔薇の、何と美しかったことでしょう。

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5月24日(火):大人たちのポットラックレセプション 1
5月25日(水):大人たちのポットラックレセプション 2
5月27日(金):大失敗のパブロバ
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2011年05月27日

ゴーギャンの「こころざし」

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 フランス、タヒチ、ペルー、マルティニク、パナマ、デンマーク、マルケサス、、、、、
 この並びを見て気づく方がいるとすれば、かなりの■■通。

 午前中からいくつもの会合や用事を片付けて、帰りが深夜となりました。どうせ出るなら一度にやっつけてしまおう、という魂胆です。これも一種の省エネです(笑)。

 帰るやいなやのBGMはまたしてもこのCD。
何せ面倒くさがりやの私です。いったん気にいれば何度でもリピートして聞き続けます。

 「Bon Voyage」と言うフランスの旅立ちの歌に始まって、タヒチ、ペルー、マルティニク、パナマ、デンマーク、マルケサスの歌や曲が入り混じります。本当はマルケサスで終わるべきなのに、なぜかタヒチで終わります。

 実はこれ、「Gauguin and the Seven Seas」(ゴーギャンと7つの海)というCDです。ワシントンのナショナルギャラリーで買いました。画家ゴーギャンの足跡を音楽で辿るという面白いものです。

 2月27日にワシントンで開幕したゴーギャン展「Gauguin 〜Maker of Myth」(ゴーギャン〜神話の作り手)は、生涯パラダイスを探し続けた一人の天才画家の物語を、彼の絵によって紡いでいます。

 どこまでも、どこまでも、さらに文明から離れた地へと、まるで逃げるかのようにひたすら旅を繰り返したゴーギャン。けれども、パラダイスであるはずのタヒチでさえ、すでにそこは文明の波に洗われ、彼が夢見ていた地とは異なりました。パラダイスとは、「simply(単純)」で、「freely(自由)」で、「inhibitions(抑圧)」のない所でなければならないのに、彼がそこで見つけたものは、複雑な社会であり、困難な現実でした。

 彼は彼の「パラダイス」を自らの絵の中で描き続けました。ミュージアムの解説書によれば、それが「warmth(暖かさ)」であり、「abundance(豊穣)」であり、「love(愛)」であり、「Noa Noa(馥郁とした香り)」であり、「Sexual freedom(性的自由)」だったのです。

 ゴーギャン展には3度も足を運んでしまいました。日本と違い、おおかたの展覧会は無料です。見たければ何度でも見られるところが、アメリカの太っ腹です。

 ところが、ここでとんでもないことが起こりました。

 4月1日の金曜日、53歳のアメリカ人女性が、彼の傑作中の傑作とも言うべき「Two Tahitian Women」の絵にいきなり近づき、額ごと引き摺り下ろそうとしたのです。ニューヨークのメトロポリタンミュージアムが所蔵するこの絵は、価値にして8千万ドルと言われています。

 この事件は大きな話題となり、4月5日のワシントンポスト紙でも2面にわたって取り上げられました。幸いこの女性の企みは失敗に終わり、絵への損傷もなく、損害額は額や壁の傷の分だけ。たった200ドルですみました。

 ゴーギャンの絵の中でも、とりわけこの絵に心惹かれるという方はたくさんいらっしゃることでしょう。私もその一人です。

 二人並んで伏し目がちに立つ女性は、一人は両の乳房をあらわにし、もう一人は青い布で片方の乳房だけを隠しています。そのかんばせは気高く、美しく、ゴーギャンの「パラダイス」がそこに存在しているかのようです。

 スーザン・バーンズという女性は、「This is evil!」(これは邪悪だ!)と叫びながらこの絵に襲いかかったとのこと。

 ところで、昨日書いた「こころざしをはたして いつの日にか帰らん」について、素晴らしいコメントを頂戴しました。私だけの心に留めておくのはもったいなくて、ここでご紹介させていただきます。

「私は『志』を『天命を生きる決意』とだ思っています。与えられた命を、与えられた境遇を受け入れて、最後まで生きる意志。その志を果たした先に帰る場所は、命の源泉である故郷...天国。先に逝った愛する人々が待つ、本物の故郷。」

 ゴーギャンは、タヒチからさらに僻地の島、マルケサスに移り、2年弱をこの島で暮らし、ここで最期を迎えました。1848年にパリで生まれ、1903年、55歳にして南太平洋の孤島マルケサスで人生を閉じた彼の「こころざし」は、定められた天命と共に、彼の「パラダイス」へと帰って行ったのだと思えてなりません。

 ナショナルギャラリーの「Gauguin and the Seven Seas」は、6月5日まで開催されます。けれども、「Two Tahitian Women」がかけられていた壁は、そこだけがぽっかりと空いたままです。

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2011年05月26日

兎追いしかの山

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 あれはいつの水曜日だったでしょうか。今となってはもう定かではないのですが、2008年のどこかの月の、どこかの水曜日ではなかったかと思います。私たちが仕事をしていた銀座4丁目のオフィスの目と鼻の先、中央通りに面した「銀座十字屋」でのことです。

 そこでは水曜日のお昼時になるとハープやフルートの小さなコンサートが無料で開かれていました。私たちはよく仕事を抜け出して、30分の贅沢空間に身を置きにいったものでした。たくさんの水曜日の中のその日、私はジュンコさんと並んでハープの演奏を聴いていました。

 ジュンコさんは、大きな志を抱いて故郷の佐賀を離れ、寮生活を送りながら東京の高校を卒業し、そのまま東京の名門女子大に進みました。一人娘であった彼女を手放す時の親御さんの気持ちはいかばかりだったでしょう。

 そんなジュンコさんが面接にやってきて、こんなことを言いました。

「私は裏で皆さんを支えることが好きですし、得意です。」

 その言葉通りに、ジュンコさんはオフィスの仕事をテキパキと整理し、表に出る私を細やかな配慮で支えてくれました。休日のゴルフコースでクモ膜下出血で倒れ、病院に運ばれることになるなんて、いったい誰が想像をしたでしょう。

 長い入院生活を終えて戻ってきたジュンコさんは、まだまだリハビリを必要とする身でした。今度は私たちが彼女を支える番でした。彼女と連れ立って、水曜日の十字屋ランチタイムコンサートに出かけるのも、そんな「支え」のひとつでした。

 ある時、私の横で彼女がハラハラと涙を流し始めました。その日の最後の曲、「故郷」の途中でのことでした。ご両親も亡くなって、兄弟姉妹もなく、東京で一人暮らしをする病後の彼女と共に、私も泣きました。

 時は流れて先月23日の土曜日、よく晴れ渡った春のメリーランドで、在住の日本の方々による「SING OUT FOR JAPAN!〜To Support the Victims of the Japanese Earthquake and Tsunami」(歌でつなごう支援の心〜東日本大震災復興支援コンサート〜)が開催されました。思いを素直に伝える素晴らしいコンサートでした。

 その最後で、ステージの上の人たちと会場の人たちが一緒になって「Furusato」が歌われたのです。丁寧に作られたプログラムには、日本語と、そのローマ字表記と、英訳の3つが並んでいました。

 兎追いしかの山 Usagi oishi kano yama
 小鮒釣りしかの川 Kobuna tsurishi kano kawa
 夢は今もめぐりて Yume wa ima mo megurite
 忘れがたき故郷 Wasuregataki furusato

 That mountain where I hunted rabbits
 That river where I fished for carp
 They still run through my dreams
 I cannot forget my hometown

こうして3番まで続きます。

 私たちはそれぞれに、はるか彼方の故郷を思い、子供時代の思い出をなぞりながら、ハンカチで目頭を押さえました。途中で感極まって歌えなくなってしまった方々もいました。驚いたのは、私たち日本人と同じように、アメリカの人たちもまた涙を流していたことでした。

 そして今日、出かける支度をしていた私のもとに、ジュンコさんが電話をかけてきました。受話器の向こうからは何やらザワザワと賑やかな様子が伝わってきます。

「ジュンコです。今、十字屋さんから電話をかけています。今日は250回目の特別なランチタイムコンサートだったんです。最後にまた『故郷』が演奏されて、私、あの時と同じようにまた泣いちゃいました。一番と二番までは一生懸命我慢してたんですけれど、三番になったら涙があふれてきちゃって。私の『こころざし』ってどこに行っちゃったんだろうか、私、どこに帰ったらいいんだろうか、って。」

 こころざしをはたして
 いつの日にか帰らん
 山はあをき故郷(ふるさと)
 水は清き故郷(ふるさと)

 When I have accomplished my goals
 I will return again someday
 To the green mountains of my hometown
 To the clear waters of my hometown

 ジュンちゃん、私も同じだよ。
 
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5月24日(火):大人たちのポットラックレセプション 1
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2011年05月25日

NOと言えないから、、、、、


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 6時に約束の場所に着くためには、車なら40分。そんな段取りで今日は5時20分までは「こもり日」にしようと決めました。遅れている仕事や、来週から始まる仕事の準備を集中してやらねばなりません。そんなところに、午後、ミチヨさんから電話が入りました。

「ナオミさ〜ん、家にいます?うちの事務所でお客様のためにタロットカードの先生をお招きしているんですけれど、空いてる時間ができちゃって。よろしかったら20分ほどおいでになりませんか?」

 常日頃お世話になっているミチヨさんのそんな親切なお誘いを、「いえ、今日は『こもり日』ですから。」などと無下に断るわけにもいきません。それに、話には聞いていてもやったことのない「タロットカード」と言うのにも惹かれます。こんなところが私の困ったところで、なかなか「NO」とは言えないのです。

 予定を変更して飛んで行ったら、たくさんのカードを前に言われました。

「今、何が気になっていますか?」
「そうですねえ、体調のことと仕事のことでしょうか。」
「それではあなたの健康について見てみましょう。仕事は体調次第ですから。」

 と言うことになりました。そして、グルグルと時計回りに回したカードが開かれて行き、ご託宣がくだりました。

「いろいろなことをして忙しくしすぎていることから、ストレスがたまって体調を崩しています。リラックスする時間を持たねばいけません。頼まれても『NO』と言わなくてはいけません。そうすれば、総合的には『調和』のカードが出ていますから、必ず体調ももどり、仕事もうまくいくはずです。」

 わかったような、わからないような。
 あるいは、そんなことわかってる!と、口をとがらして言いたいような。
 それができないから悩んでいるんだ、と、もごもご呟きたいような。

 「NO」と言えないからやってきたのに、「『NO』と言わなくてはいけません。」だなんて(笑)。

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5月25日(水)予告:大人たちのポットラックレセプション 2
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2011年05月24日

たくさんのエミリーさんと たくさんの愛海ちゃんがいるのに

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 シアトルの友人経由でエミリーさんから手紙をもらったのは、ちょうど1ヶ月前のことでした。その間、何もしていなかったわけではないのですが、被災地に出入りしている方に手紙の内容を伝え、とにかく何をどうしたらよいのかを調べてもらうことにしました。エミリーさんはすぐにでも日本に飛んでくるほどの気持ちでいるのですが、ことはまだ進展しないままです。

 エミリーさんは、シアトルに住む49歳のアメリカ国籍のシンガポール人です。日本の大学を卒業し、日本の百貨店で仕事をしていました。滞日年数は8年にもおよびます。けれども、専門的に看護についての勉強をしたいという深い思いから、仕事を辞め、18年前に渡米し、ワシントン州の大学で勉強を始めました。

 エミリーさんは今、シアトルにある日系人ホームで看護士として働いています。日本語、英語の読み書きはもちろん、話すことにも不自由はありません。IT関連の会社に勤めるご主人との間には子供がいません。

 東北地方を襲った震災に心痛める日々を送りながら、「何とかして両親を失くした子供の親になれないだろうか。」と真剣に考えるようになりました。普通ならそんな気持ちを義援金のような形で表そうとするのでしょうが、エミリーさんはそれだけに留まらず、必死の思いでこんな手紙を書いてよこしたのです。

「孤児になった子供たちのひとりを私たちに育てさせていただくことはできないでしょうか。できれば2歳から5歳ぐらいまでの女の子を養子にしたいのです。私は日本語の文化の中で育ちました。そして日本を心から愛しています。もし娘ができるなら、私は彼女を日本語の幼稚園に入れて、日本語と日本文化に触れる機会を作り続けます。そして責任をもって、一生涯、彼女の良き母として生きていくつもりです。子供を育てた経験はありませんが、一人の日本の子供に幸せな将来を与えることは必ずできると信じています。」

 エミリーさんの気持ちはよくわかりますし、とてもありがたく思いますが、私ども素人ができる範囲を超えています。中途半端に動くこともよくないでしょう。とは言え、一人の幼な子の将来を、責任をもって引き受ける、と言い切るエミリーさんの覚悟を思うと、胸が痛みます。

 手元に5月10日の読売新聞朝刊の31ページがあります。見れば涙が出ることがわかっているのに、どうしても捨てられないのです。津波にさらわれながらも体が漁具に引っかかり、一人だけ助かった5歳の少女、愛海ちゃんの話です。

「ままへ いきてるといいね おげんきですか おりがみとあやとりと ほんよんでくれてありがと」

「パパへ あわびとか うにとか たことか こんぶとか いろんなのおとてね」

と言う両親への手紙の上で鉛筆を持ったまま眠ってしまう愛海ちゃん。行方不明のお母さんの写真を手に取って、「ママ、かわいいね」とつぶやく笑顔の愛海ちゃん。

 たくさんのエミリーさんがいて、たくさんの愛海ちゃんがいる。
 でもどうすることもできない。
 つらいです。

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5月23日(月):お誕生日おめでとう!みんなで作るケーキ

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2011年05月22日

こんな小さな場所から?

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 薫風という言葉がぴたりと当てはまるような、美しい5月の土曜日でした。昨年早々から関わっていた仕事が、今日、撮影を終了し、ひとつの大きな山を越えました。あとは7月のワークショップと10月のシンポジウムを残すのみ。一人ではとうていできることではありませんでした。途中、意見の衝突があったり、価値観の相克にとまどったりしながらも、とにかくここまで来ることができたのは、ひとえに一緒に携わってきた相棒のおかげです。不在の多い私に合わせた無理なスケジュールで、随分と迷惑をかけてしまいました。

 「やるべきことはやった。しばらくこの件は忘れよう。」と、久しぶりに閉館間際のプールに飛び込みました。

 不器用で面倒くさがりやの私が、唯一継続している運動は泳ぐことだけです。それも、海やお洒落なプールではなく、長い間慣れ親しんだごく普通のプールで黙々と泳ぐこと。もしかしたらそれが、心身の健康の鍵だったのかもしれません。

 春のワシントンでビジターでも泳げる室内プールを見つけるのは難しく、ようやく探し当てた所も、車がなくては行かれません。国際免許の更新もできずに急遽飛び立ってしまった私にはどうすることもできませんでした。

 そんな運動不足が腕から指先までの痺れの原因であるなどという短絡的なことは言えませんが〜そう言えたらどんなに気が楽になるでしょうが〜不調の原因は、解消の道を絶たれた心身のストレスもあったのかもしれません。

 いつもの楽観癖から、「大丈夫、きっと泳げば直るさ。」と日本に帰ってきましたが、翌朝飛び込んだ病院で、お医者様から言われてしまいました。

「まあ、大丈夫だとは思いますが、万一ということもありますからMRIの結果がわかるまでは運動は控えてください。水泳? あ、いけません。もし何でもないことが判明したら、それからはむしろドンドンと泳いでください。」

 日々たまるストレスを水に流すこともできず、検査の結果が届くのを怖さ半分で待ち侘びた昨日、先生が目の前に広げたのは、何枚もの「私の脳」の写真でした。ご心配をおかけした皆様にきちんと御報告すれば、私の脳は年相応に劣化(笑)はしていても、とりたてて心配することはないとのことでした。
 
 つまり、「泳いでいいですよ。」というお墨付きが出たわけです。とは言え、チリチリした痺れが消えたわけではありません。もうしばらく、ビタミンB1・6・12を飲み続けて様子を見ることになりました。これに加えて今日から早速始めたのが、自己流水泳療法と言うわけです。

 それにしても、自分の頭の中の写真はちょっとした衝撃でした。

「えっ、こんな小さな場所で笑ったり、泣いたり、クヨクヨ考えたりしているの?」と、思えば、なんだか一生懸命働いている小さな私の頭が健気に思えてきますし、

「えっ、こんな小さな場所からだって、思いは世界へも、宇宙へも広がっていくの?」と気づけば、なんだか物凄いものをからだのてっぺんに持っているように思えてきます。

 仕事をなし終えた開放感と久しぶりの運動で、いい感じの眠気に包まれています。この何日かの不眠の後では、何と言う健全な心地よさでしょう。

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5月16日(月):コキの鳴く夜
5月17日(火):なつかしのカリビアンスパイス
5月18日(水):ペンタゴンで禅?
5月19日(木):私のお気楽ランチ
5月20日(金):アメリカの首都ど真ん中の青空市場
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2011年05月20日

響き合いが泉のように 

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 銀座の真ん中、教分館書店のビルの6階のオフィスに、湯浅裕子先生がふらりと入って来られたのは、たぶん2006年の今頃のことではなかったかと思います。当時私はここに開設されたばかりの「恵泉銀座センター」が取り組むべき、社会人のための教育の企画と運営を担っていました。

 毎日同じ時間にオフィスにいるわけでもないのに、そこに先生が入っていらした時に、たまたま私がいたのです。お座りいただき、四方山話をし始めてすぐに、この方との出会いが何か特別なものであるような気持ちにとらわれました。不思議な感覚でした。

 そしてすぐにある決断をしました。今にして思えば随分無謀なことでしたが、私は自分の直感を信じました。何かひとつ新しいことが広がるというのは、往々にしてそんな無謀さからです。

 私は先生に9月から始まる講座で教えていただきたいことを伝え、先生は京都にお住みになっているにもかかわらず、二つ返事でご快諾をくださいました。

 以来、湯浅先生は毎月第三木曜日の午後には、一度もお休みなさることもなく、新幹線で上京してくださいました。十分な謝礼をお払いすることもできないのに、いやな顔ひとつせず3年以上もの間、私たちに知の喜び、考える楽しさと、多くの気づきを与え続けてくださいました。

 2009年末にこのオフィスを閉じねばならなくなった時に、何とか別の形で継続できないかという願いから、私はあちこちと画策に駆けまわりました。その結果、いくつかの講座を引き受けてくださる所が見つかり、別のいくつかの講座は受講生自らが自主的に運営をするという形で継続されることとなりました。

 それから早いもので2年半がたとうとしています。「能ドラマと聖書の響き合い」という湯浅先生の講座は、開催場所を秋葉原に移し、成城の私の家に移し、また秋葉原へと戻り、そして今月からは赤坂の霊南坂教会での開講となりました。

 さわやかな陽気に恵まれて、溜池山王の駅から桜坂を登っていけば、青葉が美しく薫ります。アークヒルズやアメリカ大使館があるこの一帯は、新旧が美しく調和している場所です。

 先生は昔とちっとも変わらずに京都から来てくださるのに、私はと言えば欠席の多い劣等生です。

 今日も2ヶ月ぶりに出かけてみれば、まあ、何とした事でしょうか、知っている顔のほかに新しい人たちの顔も見えて、数えてみれば20名。銀座の時代は数名だったものが、いつの間にやらこんなに大きな輪になっているのです。

 お一人お一人に目を移せば、懐かしい思い出と共に、人と人との連鎖が面白いように繋がっていることがわかります。全く別の機会に、たまたま知り合いになった方々が輪の中にいます。その方々がまたどなたかをお連れになっています。その隣りに私のグローバルキッチンの仲間たちがすわっています。

 今日のテーマは、「昇天と羽衣」。
「優れた文化の底流には、共通する魂が流れている。だから異文化同士の魂は必ず響き合える。」という信念を持つ先生が、今日も初めにこうおっしゃいました。

「いいところ同士を統合ではなく、響き合わせましょう。」

 響き合いは響き合いを呼び、その響きが泉のように新たな響きを湧きおこした今日、同じく京都からいらしてくださった観世流の舞い手の中島政子さんが、まさに羽衣をまとった天女のように舞ってくださいました。

 全てはたったひとつの偶然の出会いからでした。

〔ご報告:からだが小さいせい?薬慣れしていなかったせい?
 ともかく効き過ぎました。目覚ましを鳴らした3時間後にやっと目覚めました。
 起きてもまだ眠くて、午後までずっとボケ頭。もう懲りました。今夜からはたとえ眠れなかろうが、睡眠CDだけにします(笑)。〕
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2011年05月19日

明日が来るからつらいことも〜ノックダウンコミュニケーション

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 留守の間にたまった新聞の山を前に、フーッとため息をつきながらも、中も開かずに古紙回収にまわすのもはばかられて、毎日少しずつ過ぎた日に戻ってはページを開いています。これはこれで、起承転結の結から遡る面白さ、あるいは近未来を予言する占い師になったかのような不思議な気分になれるのですが、山を減らすもはなかなか大変な仕事です。なんたって、まずは日々運ばれて来る新しい新聞から読まねばならないのですから。

 今日電車の中で開いていたのは5月10日の新聞。精神科医の香山リカさんがこんなことを言っていました。こうした掘り出し物が埋まっているのですから、やっぱり無下に捨てられるものではありません。

「これまで2度、被災地に出向き、現地の人たちと言葉を交わしました。ひとりひとりが胸の中にそれぞれの悲しみ、苦しみ、今後の課題を抱えていました。その人たちに、『さあ、心をひとつにして復興ですよ。』などと言ってよいものかどうか。抱えている問題も人それぞれなら、立ち直りのペースも同じようにバラバラであるはずです。

 まだとても元気が出ない。歩き出したのに再び悲しみが襲ってきた。やる気はあるが、体がついて行かない。それはこくあたりまえのことです。一斉に立ち上がる必要はないし、復興への歩みもそれぞれのペースでいい。」

 本当にその通りだと思います。「さあ、心をひとつにして」と言われたって、それができる心でないから辛いのです。家族を失い、将来の希望も失った心は粉々に割れてしまって、そのかけらを拾い集めることすら難しいでしょう。

 同じようなことをアメリカに居た時にどこかで目にしました。励ましのつもりで口にする「大丈夫です。絶対に明日はやってきます。」と言う言葉が、どんなに絶望に上塗りをするか。むしろ明日がやってくるからつらいのです。

 安定した仕事を自ら辞してフリーになって歩き始めた頃の自分を思い出します。被災地の方々の絶望に比べたら、比較することなど本当に申し訳ないぐらいの小さなものなのですが、一時、失望に打ちのめされたことがありました。意気揚々と初めの一歩を踏み出したはずなのに、何をやってもうまく行かない。こんなはずじゃなかった、いったいどうすればよいのだろう、と悶々としながら眠りに就く日々が続きました。

 そんな時には決まって思ったものです。
「ああ、このまま眠って朝が来なければいい。朝が来るからつらいんだ。」と。

 「さあ、心をひとつにして」も、「大丈夫です。絶対に明日はやってきます。」も、想像力の問題です。
「こういう言葉をかけたら、今、目の前にいる人はいったいどう感じるだろうか。」、それを全く考えずに、みんな同じとばかりに十把ひとからげの安易な決まり文句を口にするよりは、何にも言わずにただ黙って相手の背をさすったり、手を握っていたりするほうがずっといい場合だって多々あります。あるいは、明日には触れずに、「とにかく今日一日を生きましょう。」と言ったほうがどんなに良いかしれません。

 想像力の欠如は時として、私たちの日常生活の中ですら、容易に相手をノックダウンします。たとえば、会えば必ずと言っていいほど、挨拶がわりにこう言う友達がいます。

「大丈夫ウ?何だかすごく疲れてるみたいよ。」
 
 出会いがしらにそう言われれば、言われた方は、「あら私疲れているのかしら。」と心配になり、「そんなに疲れて見えるのかしら。」と気持ちが落ち込みます。逆にもし、一見心配そうにしながら、相手に先制攻撃をかけるならこれほど適した言葉もありません。

 本当に友が疲れているようで心配だったら、別れ際に言うべきです。
「からだに気をつけてね。疲れすぎないようにね。」とさりげなく。

 最初に言う友とはだんだん会いたくなくなります。誰だって自分の気持ちを凹ませたくありませんから。逆に、最後に言ってくれる友にはまた会いたくなります。自分のことを心配してくれているのがわかるからです。

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2011年05月18日

これでお開き〜Reflectiveコミュニケーション

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 ちょっとしたきっかけでコミュニケーションについて書き出したら、どうしましょ、終わらない、止まらない状態で、3回続いて4回目。このままいったら本が1冊できそうです(笑)。

 とりあえずこのテーマについてはいったんお開き。「Guiltyコミュニケーション」、「Expressive コミュニケーション」、「Non-guiltyコミュニケーション」と続いてきたシリーズの最後は「Reflectiveコミュニケーション」です。

「Guiltyコミュニケーション」が相手を後ろめたく感じさせるものならば、気づかずに相手を辟易させているコミュニケーションもあります。なぜ気づかないかと言えば、優しい相手に恵まれてしまったから。

 心ある大人ならば、仮に内心では「ああ、またあの話か」、「ああ、また始まったか」とウンザリしていても、一生懸命話す相手を「guilty」にさせたくはありません。おおかたの場合はニコニコとしたり、一緒に悲しい顔をしたりしながら聞いています。あるいは、聞いているように見せかけて、全然別のことを考えていたりします。触れて欲しくないことを根掘り葉掘りと聞かれれば、小さなため息はついても、いちおう失礼のないように答えなければなりません。

 我が娘たちのように、「ママ、その話もう何度も聞いた!」とか、「くどい!」とか、「そんな話聞きたくないよ!」などと言う本音は口にしてくれませんし、こちらの質問に無愛想にダンマリを決め込むこともありません(笑)。

 最近とみに記憶力が乏しくなった私は、「前にお話ししたことがあったかもしれませんが」などと言って、それとなく相手の反応をうかがってから話を進めることが多くなりました。

 「くどい」「長い」については、なるべくそうならないように気をつけています。どんな良い話も長くなりすぎればウンチクの独壇場のようになり、キャッチボールができなくなります。

 難しいのはその話題が適切なものかどうかの判断です。たとえば、どの程度プライベートな話をしていいのか、どの程度昔の話をしていいのか、どの程度質問をしていいのか、、、、、
ここで効を奏するのが「Reflective コミュニケーション」というわけです。

 この名前、さっき桜並木を歩いて思いついたばかりの新造語、例のごとく私の勝手な命名です。「反射コミュニケーション」としてもよかったのですが、英語が続きましたので、何となく行きがかり上こんな名前になりました(笑)。

 相手が家族の話をすれば、家族の話もOKということ。
 相手が昔の仕事の話をすれば、こちらもOKということ。
 相手が質問を繰り返せば、こちらも同じようにしていいということ。
 そうでなければ、話したくても控えること。

 ね、簡単じゃありません?こうしてまずは相手の様子を見ながら、それに反射させるようにしていけばいいのです。そうすれば、ビジネスランチの場で周りが困っているにも関わらず、「息子がね」とか、「ワイフが言うんだけど」とか、「この間家族でどこそこへ行った時にね」などという話をしなくてすむのです。

 逆に、みんながそうした話で盛り上がっているならば、自分も堂々とエントリー。

 とは言え、難しいもんですよね、相手を後ろめたくもさせず、ウンザリともさせず、心地よくさせるコミュニケーションって。ま、総括として一言で言えば、場を読む力と、「こんなことを言ったら相手はこう感じるだろうな。」という想像力、そして相手の心を聴く力。
これはもう、親子だろうが夫婦だろうが友人だろうが、仕事の場であろうがみんな同じ。

 かく言う私もいまだ失敗と反省の繰り返しです(泣)。

 午前中に税理士さんをお訪ねし、決算を済ませてから、80年続く洋食屋さんでいつものランチタイム。家族の話も仕事の話も、おたがい公私入り混ぜて楽しく語り合い、共に同じぐらいの量の質問をし合う楽しいひと時となりました。今にも雨が降りそうな空の下で町を歩けば、懐かしい時代に戻ってしまったようです。

「福助せんべ以」の看板
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家の間に挟まれたお寺さん
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柳の向こうに見えるのは「婦人倶楽部」の看板です。なんと、「女のよろこび、、、妻のしあわせ」
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「美容室&かつら」はシャッターを下ろしたまま
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ほうきがずらりと並んで下がっている店には、「ゴム長靴」、「ねずみ取り」、「蝿帳あります」、「蝿取りリボン」、「雨合羽あります」、、、、、
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どこからどう見ても普通には着られないドレスが吊るされた店、しかも恐ろしく安値
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そして見事に古い家を彩る美しい白薔薇
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その向こうにJRがガタゴト走って行きます。
森の向こうは上野公園

 東京って大好き!

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2011年05月17日

関心コミュニケーション&さすがのNon-guiltyコミュニケーション

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 ピアノとバイオリンのデュオを組む若い男女と、マネジャーの方1人をお迎えして4人で囲む打ち合わせのテーブルは、ちょうどお昼時。ワシントンと東京で行ったり来たりのメールの後での、初めての顔合わせです。

「すみません、なかなか時間の調整ができなくて、12時に駅で待ち合わせをしてからうかがっていいでしょうか。2時半までには出なくてはなりませんのでよろしくお願いします。」

 と、言ってきたのは、この春、ボストンのバークリー音楽大学を卒業したばかりのタイチ君。「お昼はどうするのかしら?」と思いながらも、それを聞いたら若い彼らはきっと遠慮してこう言うことでしょう。

「あ、いえ、おかまいなく。適当にやりますから。」

 とは言え、どう考えたって、打ち合わせが終わって次のリハーサルに駆けつける間にお昼ご飯を食べる時間があるはずもありません。我々大人なら多少の空きっ腹には我慢できるとしても、若い彼らにはきついでしょう。

 そこで、昨日、一昨日と書いてきた「Guiltyコミュニケーション」を早速実践することにしました。

「簡単なお昼ご飯を作ってお待ちしています。作るのも食べてもらうのも私の楽しみですので、よければお付き合いいただけますでしょうか?」

 和やかに進むランチミーティングの途中で、時々話題がそれます。けれども、それもまたアイスブレーキング。氷が解けるように、本題へ戻った時間がますます和やかになって
効率よく進みます。

「あのお、お料理の写真撮ってもいいでしょうか。」とは、バイオリンのお譲さん。
「このシチュー、どうして酸っぱいんですか?この酸っぱさがおいしいです。」とは、ピアノの青年。

 ただ黙々と食べてもらうよりは、こうして質問と言う形で関心を表してもらえば料理人は嬉しくなります。「ああ、作ってよかった。喜んでもらえてよかった。」と、思えるからです。これは「guiltyコミュニケーション」の逆のもの。何と名づけましょうか、「non-guiltyコミュニケーション」?それとも「関心コミュニケーション」?

 あ、もちろん質問攻めはいけません。けっこういるんですよね、本人は気づかずに、質問を連続して、こちらをほとほとウンザリさせる人たちも。「あれ、もしかして私そうかしら?」と不安になった方がいらっしゃるかもしれないと、明日はちょっとばかり役立つスキルをお伝えいたしますね。

 さて、予定外に続いてしまった「コミュニケーション考」ですが、たった今、こんなメールのやりとりがありました。みごとな「non-guiltyコミュニケーション」です。

 この1週間、私たちが取り組んでいたことの一つは、今週末に撮影されるコミュニケーションビデオのシナリオ作り。良い例を2つ、悪い例を2つ書かなければなりません。その半分が就職やキャリア関連のもの、残りの半分がアカデミックなもの、つまり教授の研究室での場面でした。

 就職やキャリアについては我々のフィールドですからさして苦労なく作れますが、アカデミックなものについては、いくら想像力と創造力を駆使しても限界があります。現場を知らないのですから。さてどうしたものかと悩んでいたら、このプロジェクトのリーダーの超多忙な先生が土曜日の夜に言いました。

「私が書きましょうか、よくわかっているから。」

 実は、心の底でそれを望みながらも、我々の立場ではお願いをすることはできません。それを、こんな具合にサラリと言ってくれる「場の読み方」。「場の読み方」、これも、いえこれこそがコミュニケーションの極意中の極意です。

 忙しいスケジュールの中でいったいいつおやりになったのでしょう。先生は、臨場感あふれる7ページものシナリオを作って、つい先ほど送ってくださいました。申し訳なさいっぱいでguiltyに思って、「本来は我々がやるべきものを、先生にお願いしてしまうことになり申し訳ありません。いただいたシナリオは素晴らしいものでした。ありがとうございました。」とお礼のメールをお出ししたら、すぐにこんなお返事が届きました。

「実はですね〜、ストーリーを考えまして、セリフは娘に書いてもらいました(笑)。実は娘は作家でして、たいした賞ではございませんが受賞したりもしています。」

 たった2行のこの言葉で、どんなにこちらの気持ちが軽くなったでしょうか。しかも、そのほのぼのとした母娘ぶりに、心もポッと暖かくなります。

 さすがのコミュニケーション力です!

 ところで写真のリス君、アメリカを発つ直前にマサチューセッツのマウント・ホリオーク大学構内で出会いました。なぜか二人(?)でしばし見つめ合い。これも立派なノンバーバルコミュニケーション。

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2011年05月16日

Expressive(表現)コミュニケーション

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 およそ予想だにしなかったことが、こんな爽やかな5月の、しかも日曜日に起こりました。とんでもない失態、いえ、とてつもない快挙?

 しっかり目覚まし時計を6時間後にセットしたはずなのに、目が覚めて時計を見たら午後の2時!!何と12時間以上もたっぷり寝ていたことになります。同じ年頃の仲間が集まれば、たいてい、「若い頃は昼まで寝ていたことがあったけど、もうできないよね、そんなこと。」とか、「最近は目覚まし時計も必要ないぐらいに、朝5時になるとパチッと目が覚めちゃって」だの、、、、こんな時の結論は、いつだって、「年のせいかしらねえ。」

「年だから」とか、「年のせい」だとか、「年甲斐もなく」などという枕詞が好きでないのと同様に、ことさら若ぶるのも嫌い。要するに「別にどうだっていいんじゃない。人それぞれ違うんだから」ってな具合のいつものアバウト思考。

 それでも確かに、近年は良くも悪くも何時に寝ても、だいたい同じ時間に目が覚めるようになりました。それなのに、いったいどうしたと言うのでしょう。からだのメカニズムが狂ってしまったのでしょうか。いえいえ、たぶん、、、、、

 1週間前の日曜日にワシントンから戻ってからというもの、実はかなりの睡眠不足でした。眠ろうと思っても頭がなかなか休まらず、平均したらたぶん2〜3時間ぐらいの睡眠でやってきたように思います。実際、友との合宿生活で、ついつい深夜まで仕事をしてしまったり、おしゃべりが終えられなかったりで、友が休んだ後からガタガタとブログを書いたり、アメリカの友から急ぎで頼まれた翻訳などをやっていれば、時間は面白いほどに過ぎていきます。

 けれども、昨日書いたように、コミュニケーションの基本のひとつは、相手を「guilty」にさせないこと。「私、寝不足」「ちょっと忙しくて」などとは口が裂けても言いたくありません。「ごめん、もっと早く切り上げればよかったね。」などと言われ様なものなら、後ろめたさはますばかり。こちらの勝手な事情ですもの。

 というわけで、少々頑張りすぎました。昨日、請け負った仕事の山場が超えたとたんに気が緩んでこの体たらくです。やっぱり、言いたくないけど年のせい?と、同時に、こうも思います。「こんなに眠る力がまだあるなんて若い証拠かしら」って(笑)。

 さてさて、昨日の「Guiltyコミュニケーション」に続いて、今日もまたコミュニケーション考です。

 相手を後ろめたくさせないことが、押さえたコミュニケーションなら、その逆に押さえてはいけないコミュニケーションもあります。人呼んで、いえいえ私が勝手に呼んでいるだけですが(笑)、「Expressive コミュニケーション」です。

 つまり、良い思いは恥ずかしがったり、面倒がらずに、どんどんと表現すること。お世辞を言えというのではありません。嬉しければ嬉しい、楽しければ楽しい、幸せなら幸せ、相手をだいじに思っているならその気持ちを、愛しているならその愛を、素直に表現することです。

 これは、「秘するが花」、「言わなくたってわかるでしょう?」、「阿吽の呼吸」、「男は黙って〜〜」のような美しい慎みの文化を受け継いできた私たち日本人にとってはけっこう苦手なことです。「表現しなければなかったも同じ」というような欧米文化で育った人たちのようにはいきません。

 ギリシャ人と働いていた時には、私がじっと黙って何かを考えていると、決まって同僚たちが言いました。「ティ スケプテセ?」(何考えてるの?)

 今だってそうです。一緒に食事をしながら、私が黙ったままでいると、必ず夫が言います。「What are you thinking?」

「いいじゃあないの、人が何を考えていようが。」と、思いながらも、「Nothing particularly.」(別に何も)などと答えようものなら、大変です。「ナオミ、僕が何か気に障ったことした?」「ひとりで心配事かかえてないで話して」とか、、、(笑)。仕方なく私は適当に、「ああ、あのね、そろそろお醤油がなくなるなあ、って考えてたの。」などと、訳のわからぬことをとにかく口にしています。これもまた、相手を「guilty」にさせないための苦し紛れのコミュニケーションです(笑)。

 二つの異なる文化の間で暮すようになって、そのどちらの良さも悪さもだんだんとわかってきました。そして思うのです。どうせ中途半端な暮しなら、両方から「いいとこ取り」しちゃうのも悪くはないんじゃない?と。

 日本へと発つ日の朝、せっせと荷造りをしている私の部屋のドアのすき間からなにやら見慣れぬ封筒がさしこまれているのに気づきました。まるでチェックアウトの早朝に、ホテルの部屋にさしこまれている請求書のようです。

 何だろうと手に取れば、封筒にはものすごくアブストラクトな漢字で書かれた私の名前。中を開ければ「FOR MY WIFE」と書かれたカード。中味の言葉はさすがに気恥ずかしくて(日本文化です)書けませんが、気に入ったフレーズをひとつだけご紹介すれば(アメリカ文化です)、

From the lucky man
who could never say it enough---
I love you
and I’m glad we’re in this life
together

 これぞまさしく「表現コミュニケーション」です。やっぱりこんな文化も大事です。

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2011年05月15日

ヒヤヒヤドキリのコミュニケーション

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 朝早く、東京郊外へ向かって車を走らせていたら、ラジオから流れてきたのは男性DJのこんな言葉。

「五月晴れの素晴らしい週末ですね。皆さん、今日は何日和でしょうか? バーベキュー日和? サイクリング日和? ガーデニング日和? 皆さんの『○○日和』を教えてください!」

 確かに若葉薫る眩しい土曜日。それなのに私は一日中「仕事日和」です。10人の学生たちへのコミュニケーション・カウンセリングがありました。磨けば玉になる子もいれば、すでにして玉の輝きを見せている子もいます。同じような素晴らしい素質を持っていても、それをどのように伝えられるか、あるいは伝えられないか、を左右するのがコミュニケーション力です。

 ニューハンプシャーへと発つ前に、ようやく予定が合ってDCの真ん中でランチをしたのは、ワシントンの大学で仕事をするジェーンです。彼女はコミュニケーションの分野でドクターを取ったバリバリのカウンセラー。学生たちの前では威厳のある彼女も、女同士のたわいのないおしゃべりの場では、ごくごく普通の女性です。そんな彼女が言いました。

「この間、あるご夫婦のお宅にパーティーに呼ばれたのよ。私、メイシーで買ったポプリのバスケットを持っていったらね、こう言われちゃった。『あら、私、同じものを持ってるわ、ほら見て。2つあってもしょうがないからいらないわ。これ、あなたの家で使って。』」

「渡すはずだったポプリをそのまま持って帰ったらね、今度は学生から真夜中にこんなメール。『先生、レポートを送ります。かなり疲れました。眠いです。』」

「翌朝大学に行ったら約束の相手から電話が入って、『ジェーン、30分ほど遅れます。あなたに言われた資料をそろえるのは大変でした。』。私ね、何だか自分がみんなに迷惑をかけたように思えて、正直ちょっとへこんだ(笑)。」

 その後、私たちは「コミュニケーションの難しさ」について、しばしおしゃべりをしました。そして、専門家のジェーンがこんな結論を出しました。

「相手をguiltyにさせるのって、やっぱりよくないよね。」

 この「guilty」という言葉、実に言いえて妙。ニュアンスは多少違いますが、大雑把に日本語に置き換えてみれば「後ろめたい感じ」とでもなるでしょうか。

 「じゃ、ジェーンだったらどうする?」と聞いたら、

「う〜ん、私だったら『同じ物がもうひとつ増えて嬉しいわ。』とでも言ってひとまず受け取るだろうな。『かなり疲れました。眠いです。』とか、『あなたに言われた資料を、、、、』とかは言わないと思う。余計なことだから。」

 実は私もそう思います。そして私が最近目にしたこんな例を彼女に話しました。

 アメリカに発つ直前、突然の震災にもかかわらず何とか予定通りに行程を終えたプロジェクト会議の最後で、リーダーが、「お疲れ様でした!これ皆さんに飾っていただけたらと思って。」と、可愛らしい花の鉢を全員に差し出しました。

 一瞬、「今いただいても留守中に枯れてしまうかもしれない」と思いながらも、そんな心遣いが嬉しくて、「ありがとうございます。」と喜んでいただきました。(大丈夫、この可憐な花はちゃんと家族に世話を頼みましたので、いまでもきれいに咲いています。)

 ところが、いつもは心配りあふれるカオルさんが、たぶん疲れていたのでしょうか、ふだんの彼女らしくもなく、

「いりません。今、わが家の庭には花がたくさん咲いてますから!」と一言。

 この言葉に私は内心ヒヤヒヤドキリ。コミュニケーションツールのひとつである「アイコンタクト」で必死にカオルさんに、「お願い、そのままいただいて。いらなかったら後で私がもらうから。」と語りかけたのですが、パワー不足。

 プレゼントの主はいったん伸ばした手をそのまま引っ込めてよいものやら一瞬とまどいを見せた後に、ニコリと笑って、「そうですか、じゃ、私の家に飾りましょう。」

 いやはや難しいものです。けれども、もしごくシンプルなテクニックがあるとしたら、やっぱりジェーンの言うように、「相手をguiltyにさせない。」と言うことが、心地よいコミュニケーションのひとつだと思うのです。

 こんなことって実はけっこう日常茶飯事。つい先日も、日本へ帰る前の日に、義理の娘が母の日のカードにプレゼントのマスカラを添えて持ってきてくれました。どこのファーマシーでも売っているようなマスカラです。実は、その前日、私は同じマスカラを買っていたのです。「あ、それもう持ってる。」と言うのをぐっと押さえて、

「ありがとう、嬉しいわ。私、このマスカラちょうど買おうと思ってたの。」

 すると彼女が満面に喜びを浮かべて、

「やったァ、そんな感じがしたんだ!」

 彼女が帰った後に全く同じものを二本並べて一人ニヤニヤ、ジェーンの教えに感謝をする私でした。
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2011年05月14日

3つの策で乗り越えた恐怖のMRI

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 もともと肩こりがひどいところに持ってきて、一月ほど前から、左肩がとりわけ重くなりました。そのうちだんだんと腕がしびれ始め、とうとう指先までがチリチリチリチリ。どんな感じかと言えば、長い間正座をしていて立ち上がった時の、あの感じです。

 一日中続くわけでもありませんし、良くなりもせずさりとて悪化するでもなく、日常生活にはさほど支障はないものですから、「もしかして、、、」などと、時折悪い想像をすることはありながらも我慢をしていました。その代わり、ずっと心の中で思っていたのです。「とにかく日本に帰ったらすぐに医者に行こう!」と。

 これにはちょっとしたわけがあります。最近ではすっかり、アメリカを理解するための私の辞書ともなった、小国綾子さんの著書「アメリカなう」の中にもこんな箇所が出てきます。「オバマ大統領の医療保険改革に対するアメリカ国民の反発はすごい。」という行で始まる「『国民皆保険』には銃で対抗!?」という章です。上のイラストも小国さんの本から。

「『皆保険』が当たり前の日本から見ると、アメリカは最悪だ。低所得層と高齢者を対象にした公的保険のほかは、基本的に民間医療保険。これは主に企業の団体加入だから、リストラされれば無保険者の仲間入りってことも。保険の範囲外の医療費はバカ高いし、歯科治療までカバーする保険に入れば、今度は保険料がクソ高い。安い保険は治療の選択肢まで制限する。それでもアメリカ人の約8割が『現在の制度におおむね満足』らしい。」

 それを裏付けるかのように、同じマンションに住む友人のジュディスが憤慨しながら言います。彼女はアメリカに住んで10年になるスイス人。ご主人のラミーンは、いつぞや銃撃事件があったバージニア工科大学の教授で、めちゃめちゃ男っぽいチュニジア人です。

「ねえ、ナオミ、保険入ってる?私、スイスでは入ってるけどここでは入ってないのよね。何かあったらスイスに帰ればいいと思って。それがね、この間ふくらはぎが痛くなってね、病院に行ったの。いくつか検査をしてもらってね、まあ大したことはなかったのだけれど、いったいいくら請求されたと思う?1000ドルよ、1000ドル、信じられる?」

 1000ドルと言えばいくら円高の今だって8万円を越す金額。そりゃジュディスじゃなくたって驚きます。

 3月で仕事を辞めて、目下夏からのイタリア留学に備えている義理の娘のセシリアも言います。

「ねえ、私、しばらくは病気にもなれないの。学生に戻ればまた国の保険がつくけれど、今は無職だから何の保険もないのよ。」

 そんな国で、「あのお腕と指がチリチリとしびれて、、、」などと医者に行くのも馬鹿らしく、第一、「チリチリ」などという微妙な表現、いったいどう英語で説明したらいいのでしょう(笑)。それにどうせ行ったところで、治療も中途半端なままで日本に帰ることになります。それならそれで覚悟を決めて、と、帰国の翌朝に駆け込んだのが日本のクリニックでした。

 真面目そうなドクターが丁寧に診察をした後に、「まあ、大したことはないと思いますけれど」と薬を処方してくれて、「でも万一ということがありますから、脳のMRIを受けてください。」と紹介状を持たされたのが、今日の大病院行きへとなりました。

「MRIですか!?あのトンネルに入るやつですか!?あのお、私、せまい所が苦手なんです。一度やった時もやたら怖くて、、、、」

 と半泣きで言う私に、優しいドクターがむずがる子をなだめるように言いました。

「大丈夫ですよ。一度やったことがあるんでしょ? できたんでしょ? じゃ、大丈夫ですよ。それでも怖いならお守り代わりに軽い安定剤を出してあげます。これを検査の前に飲みなさい。そうすりゃ怖くなくなりますよ。」

 と言ったってやっぱりおっかなびっくり。大きく深呼吸して待合室に入るやいなや安定剤を飲み込んで、順番を待ちました。名前を呼ばれて寝台の上に横になれば、「はい、それでは始めますからね。大きな音がしますが大丈夫ですからね。もし途中で気分が悪くなったらこのブザーを力いっぱい押してください。」と言う青年技師。

 からだがトンネルの中に入れられます。目を開けばもっと怖くなることがわかっているので、固く瞼を閉じたまま、私は3つのことをひたすら思います。

 その1:一度できたんだから大丈夫。

 その2:これってまるでアレみたい。きっとアレだ。

 その3:お薬だって効いてるはず。

 アレっていうのは、咄嗟に思いついたアレです(笑)。お母さんの子宮の中に安心して入っている赤ちゃん。ガーガーゴーゴーガンガン聞こえるのは外界の音。

 3つの策は見事に功を奏し、パニックになることもなく検査が終わりました。次にやる時は〜もっともそんなことがないように願いますけれど(笑)〜もう大丈夫。二度もできたんですからね。

 いつだって成功体験の思い出は、次の成功への力となります。(ちょっと大げさ)

 結果が出るのは1週間後。「出来たッ〜!やったッ〜!」と外に出たら、お日様は眩しく、花は美しく、気分は上々。でも指はチリチリ。
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5月11日(金):友のパワーブレックファースト
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 00:35| Comment(1) | 日記

2011年05月13日

桜ストーリー

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 朝刊を取りに出てみたら、郵便ポストに住所の書かれていない封筒が一つ。中から出てきたのは短い手紙と写真が一枚。

 「おかえりなさい!お疲れ様でした!
  お留守の間に咲いて、散ったお庭の桜がとても見事だったので、写真を撮ってみました。わが家の階段の窓からこんなにステキに見えるんです。 」

 手紙の主は左隣りに住む若くて素敵なお母さん。添えられていたのは、夏には窓を緑で覆い、秋にはその葉を美しく染め、裸の枝で寒い冬を乗り切って、ようやく訪れた春には、1年に1度の晴れ舞台を華麗に勤める桜の姿でした。

 この土地に最初の家を建てた時、この桜は今の場所より1メートルほど手前にありました。設計図を手にした建築家が、「この木を切らないといけませんねえ。」と言うのを、何とか切らずに済ませる方法はないものかと、私たちは一生懸命考えました。

 それは義理の父が愛でていた桜の木。春ともなればこの桜を見上げては、あれこれと去来する思いに心漂わせていたに違いない桜の木。そんな木を切るのはとても忍びないことでした。

「何とか移植することはできませんか?」

 という問いかけに、植木屋さんが言いました。「う〜ん、たとえ植え替えたとしても、根付く確率は半分です。それでもいいですか?」

「かまいません。50%の可能性があるのなら。」

 そうして、根元深くから掘り起こされて、1メートル向こうに移し替えられた大きな桜の木は、健気にも翌年の春にはこれまでとちっとも変わらずに蕾を抱き、花を咲かせたのです。それからかれこれ28年、枝はご近所の庭に張り出すほどに広がって、風格すら感じさせる木となりました。

 この木は私たち家族の歴史を全て見てきました。笑いも涙も、幸せも悲しみも。
娘たちが可愛がっていた金魚もハムスターも、ミントもフィリもみんなこの木の下に眠っています。

 ひとときの春を華麗に彩ったあとには、風の一吹きと共にハラハラとその花弁を散らし、秋が深まればまた落ち葉を舞わせます。そんな風流も見方を変えればとんだはた迷惑。風に乗った小さな旅人たちは右隣にも左隣にも、前にも後にも勝手気ままに下り立ちます。そんな無作法に誰ひとり文句を言うでもなく、「お庭の桜があまりに見事だったので、写真を撮ってみました。」と言ってくださる方の心意気。
 
 右隣りのお宅にもいつものように、ちょっとしたお土産を持って帰国のご挨拶に行ったら、去年の青葉の頃に生まれた赤ちゃんを腕に抱いた若い母親が、「今年も桜が綺麗でしたよ。」。そして、抱かれたベビーが、小さな顔で花のように笑ってくれました。

 付かず離れずほどよい距離で暮らす、優しいコミュニティーです。
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5月8日(月):サウスウェストフィエスタサラダ
5月9日(火):便利抜群冷凍ジュース
5月11日(金):予定:何と贅沢な朝食!
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2011年05月12日

花から葉へ、葉から実へ、実から収獲へと言う自然の営み

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 「時差ぼけ?ないと思う。」などと小さな声で豪語していたのに(笑)、どうも今回ばかりはいけません。太平洋を渡る時差旅の後で、荷物を解く間もなく仕事に突入してしまったのがいけなかったのか、珍しいことにうまく眠れません。昨夜も合宿仕事の後で、1人になってブログを書いたり、メールに返信をしていたりしていたら、あっと言う間に4時。あわてて横になったものの、眠れません。

 来し方の後悔はしょうがないとしても、行く末の諸々のことが不安となって、頭の中でわけもわからぬシュールな映像ばかりが断片的に流れ続けます。ユルユルと緩むことに関しては得意なはずなのに、どうしたことか緊張が緩まないのです。そうこうしているうちに外はだんだんと明るくなり始め、敏感になった耳が朝の音をとらえ始めます。郵便受けに朝刊がポトンと落ちる音を聞いたような気がした時には焦りました。そして眠ることをあきらめました。

 そのまま長い昼間が始まりました。それなのにちっとも眠くならないのです。たっぷり眠っていたって、昼間の会議の後で、「池澤さん、どこか悪いのですか?今日は居眠りしていませんでしたけれど。」などと言われたことも一度や二度ではない身。横になれば10も数えないうちに眠っているのが常習の身。明らかに少々異常事態です。

 ともかく一山終えました。少しばかり気が楽になりました。今日はきっと眠れるはず。

 月曜日から一緒に仕事をしていた友は桃を育てています。毎年7月には、14本の木から収獲の時期を迎えます。収獲を終えた8月には、「ありがとう」と声をかけながら、翌年の実りのために肥料を撒きます。秋が過ぎ、冬になる前に、そして春になった頃にもう一度、桃の木に養分を与えます。

 こうして育てられた木は、4月になれば濃いピンクの花を開かせます。花は淡い緑色の小さな実をつけます。

 2〜3週間して実が十分に大きくなったら、今度は間引きです。脚立に乗って、形と大きさと角度を見ながら、養分を行き渡らせるために、残す実と捨てる実を選別しなければなりません。

 選ばれた実には丁寧に袋がかけられます。毎日袋の外側から注意深く色や形を見ながら、袋の下に口を開け、木の根元に、シルバーと呼ばれる銀色の紙のようなものを敷き、反射した太陽が袋の下からも桃の実に届くようにします。

 収獲の7月には、たとえ雨が降ろうが、毎日桃を見てまわり、タイミングをとらえます。一つ一つ手で摘まれた豊かな実りは、入念なチェックを施された後に慎重に容器に並べられます。朝の6時に畑で収獲された桃が、昼の12時は出荷されます。

 友は言います。

「桃はまず花を眺める楽しみ。葉がとんどんと繁っていく時には宇宙が広がる。実がなってからは可愛くてたまらなくなる。けれども全部の実を生かすことができないのが自然の摂理。どんなにたくさんの実がついても、一つの実を実らすために捨てられなければならない実がたくさんある。2つ並んだ両方を生かすことはできない。自然というのは何て厳しいものだろうと思う。人間は自分の力で競争できるだけずっと幸せ。」と。

 そんな友の言葉がことさら心に染み入るのは、昔、スーツとハイヒールで闊歩しながら組織を動かしていた彼女を知っているからです。そして月曜からこのかた、ある大学のあるプロジェクトのために、寝食を惜しんで共に働き続けているからです。そうした彼女が桃を育て、夏になれば収獲をする人となるからです。一緒に桃を育てるご主人様も、教育の世界で業績を上げられた方。

 一つのこととてなかなか実らせることのできない我が身が、つくづく小さな存在に思えます。

 昨夜、彼女が昨年の夏に収獲して瓶詰めにした桃をゼラチンで固めて、シンプルなゼリーを作ってくれました。懐かしい母の味でした。
 
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今週のグローバルキッチン http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
5月8日(月):サウスウェストフィエスタサラダ
5月9日(火):便利抜群冷凍ジュース
5月11日(木)予定:何と贅沢な朝食!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 00:03| Comment(0) | その他メッセージ

2011年05月11日

時が移り流れて行こうとも

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 相変わらずバタバタと過ぎて行った合宿生活の2日目。ようやく一人になった深夜、先ほどまで降っていた雨が止みました。きちんと自分に向かい合い、過ぎて行く時を見つめながら、もっと落ち着いて書きたいのに、今はそれができません。予定よりも長くなったアメリカ生活の中から、まだまだ書きたいことが山のようにあるのに、それもできません。気持ちのスイッチがなかなか切り替わってくれません。この山さえ乗り越えれば、来週にはきっと自分らしい日々が戻ってくるさ、と一生懸命早足で登り道を歩いています。

 けれども、もしかしたらこのバタバタだって自分らしい日々かもしれないのです。なぜならその原因はまさに自分にあるのですから。こうなることがわかっていて、それでもあの時もうひとつの地へと移ってしまったのですから。

 思えばあれから今日でまる2ヶ月が過ぎました。あの日あの時、私はひとり台所にいました。6時にやってくる仕事仲間たちのために、ニュージーランドで覚えてきたばかりの料理でメニューを組み立て、午前中からせっせと立ち働いていたのです。前菜もスープもできて、サラダの仕込みも終え、デザートも早々に焼き上がり、メインのポークをキウィソースに漬け込んでいるところでした。

 初めは眩暈がしたのだろうと思い、すぐにそれが尋常でない揺れであることを知りました。急いでガスの火を止め、階下の自分の部屋に駆け込み、大きな机の下に逃げ込みました。目の前で、自分で組み立てた安物のユニット家具から、轟音をあげる滝のように本が落ちてきました。

 家族とも、夜に来るはずだった仲間たちとも連絡が取れず、何とか全員の安否が確認できた時は、すでに時が随分過ぎた後でした。私以外の4人の仲間たちのうち、遠方からの一人は電車が止まって動きが取れず、一人は社員たちを家族のもとまで送り届けるために、何度も車を会社から走らせていました。別の一人は孫の保育園に駆けつけなければならず、もう一人だけが、「大丈夫、車が動かせますからこれからうかがいます。」と連絡をくれました。

 けれども、私は会合の中止を決めました。それは当然の判断でした。今と同じような深夜、山のような料理の前でしばし呆然としてから、それらを容器に移したり、ラップをかけたりして一つずつ冷蔵庫にしまっていきました。そしてテレビから流れてくる被害の報道に朝まで涙を流し続けました。

 あれから2ヶ月なんて本当でしょうか。今夜また同じ面々が同じ時刻に集まりました。同じ料理でもてなしたかったのに、合宿中のバタバタの身、台所に立つ時間がどうしても取れず、外からお弁当を買ってきました。それでも再会が嬉しくて、みんな、いつも以上の饒舌になりました。粗末な食事も、再び同じ目的のために集まることができた喜びの前では贅沢な食事となりました。

 いったいこの2ヶ月、私は何をしていたのでしょう。何を考え、何を思い、どこに行き、何を見、何を感じていたのでしょう。心の根っこのどこかが随分と変わってしまったようにも思えます。と、同時に、変わらぬ友の笑顔と心温まるおしゃべり、そして共に語る未来を前にすれば、「カサブランカ」の中でクラブのピアニストが弾き語りをしたあの名曲のように、こんな言葉が口をついて出てくるのです。

 本当に大切なことは変わりはしない。
 時が移り流れていこうとも  (池澤私訳)

 The fundamental things apply
 As time goes by

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 03:05| Comment(1) | その他メッセージ

2011年05月09日

一日遅れの母の日に

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 昨夜遅くに帰ってきました。成田に下りた時はまだ日の明るい夕方だったのですが、まずは人の多さにびっくり。それもそのはず昨日は大型連休最後の日でした。いっこうに出てこない荷物をいいかげん待ちくたびれた頃、ようやくターンテーブルがゴトゴトと荷物を載せて動き始めました。外へ出たらまたびっくり。なんと言う暑さでしょう。長袖のセーター姿の私は明らかに季節はずれです。

 ことさら合わせたわけではないのに昨日は母の日。主賓の一人のはずなのに、ボサボサの髪と、よれよれの顔をした母は、東関東自動車道を途中でおりて、3家族が集まっての「母の日ディナー」へと向かいます。

 いくら寝不足だろうが、どんなに疲れていていようが、家族たちとの再会は心躍るものです。私の車が見えるのを今か今かと道に出て待っていたリトルボーイが、小さな手をふって「グランマー!」と叫ぶのが聞こえます。ちょっと会わない間に驚くほどに語彙が増えて、いっぱしに日本語を話すようになりました。

 仕事で来られなかったもう一人の娘からは、春の女神のティアラのような花が届きました。

 一夜明けて光の中で見る光景は、まるで早送りをした画面のようです。とうとう見ることもなかった庭の桜は、すっかり若葉で覆われています。美しい季節を後にしてやってきた場所は、嬉しいことに、やはり美しい季節の中にありました。

 今日から仕事の相棒が泊り込みでやってきて合宿が始まりました。かなり切羽詰った状態の仕事です。今週は巻きを入れて取り組まなければなりません。それもこれも、私の不在のなせるわざ。時差ぼけなどを理由に、先送りにするわけにはいきません。けれども、長いこと一緒に仕事をしてきた私たちは、心のどこかでわかってもいるのです。「本気になって二人で取り組めば、きっと仕上がるよね。大丈夫、大丈夫。」と。そんな楽観的余裕が今夜もまた、長いおしゃべりに繋がってしまいました。それでも懲りずにまだこんなことを言っています。「明日しゃかりきにやれば大丈夫よ、ね。」

 相棒が階下の部屋で眠りに就きました。私はもう少しやらねばいけないことがあります。5月の夜はどんどんと更けていきます。その前にちょっと一休み。女神のティアラの前で、ベリーが香るワインと共に、昨夜の余韻にたゆたって、ひとり静かに母を思っています。もう花を贈る母も、食事を共にする母もいませんが、母を思う私はたしかにここにいます。

 人間誰もが母になるわけではありませんが、母のいない人は誰一人としていやしません。地球の人口の数だけ母がいます。それらの母たちがいなければ、男であろうと女であろうと、大人であろうと子供であろうと、どこの国の人であろうと今ここには居ません。だから母の日は平等で、だから母の日は素敵です。そしてそんな日が、たまたまこんなに美しい季節にあるなんて、それもまた素敵な計らいです。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(1) | 日記

2011年05月07日

こんなに美しい季節なのに

 中庭では待っていた薔薇が花開き、
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 花屋の店先は、昨日から大好きな芍薬でいっぱいになり、
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 スーパーでは、苺の野原がサクランボの山となり、
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 私のプールが、昨日覆いを外されて
 3分の1まで入れられた水が、揺ら揺らと朝の光に躍りながら
 その日を待っているというのに
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 春が夏へと移り変わろうとする
 こんなに美しい季節なのに

 春を知り
 夏を知り
 秋も冬も知っていると思っていたのに
 移ろう季節は初めてだなんて

 移ろいはこんなに美しいのに
 私は来た時よりもふくらんでしまった鞄を前に大きなため息
 どうやったって入りきらない本の山の前で 
 もっと大きなため息

 2つの地で暮すということは
 こんなに膨らませてはいけないことなのに

 また帰る日のためにみんな置いていけばいいのに
 トラベラーではないのだから

 それでも私は大きな荷物をひきずって
 こんなに美しい季節を後にして
 もうひとつの愛しい国に帰ります

 そこもきっと美しい季節にちがいありません。

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今週のグローバルキッチン http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku 
5月2日(月):ニューロンドンインの夕食
5月3日(火):本場のシーフードチャウダー?@サナペー湖
5月4日(水):なかなかどうしてアメリカ的な朝御飯
5月5日(木):ニューロンドンの面白すぎるスーパー
5月6日(金):日常と旅の間で
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 21:25| Comment(0) | 日記