2011年04月30日

ニューハンプシャー〜遅い春を見つけに

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 ゴールデンウィークの週末、いかがお過ごしでしょうか。インターネットで天気概況を見たら、明日日曜日の日本列島はおおむね傘マーク。でもまた明後日には回復してお日様が戻ってきそう。と、書いてふと気づけば、こちらがもたもたと4月最後の朝を迎え、あたふたと15分後に控えた出発を前に最後の荷造りをしている時に、そちらは13時間も早く5月を迎えるのですね。ということは、次にお日様が連れてくるのはさだめし「五月日和」。

 お昼の飛行機でマンチェスターに飛びます。ワシントンDCに再び戻ってくるのはゴールデンウィーク最後の日、それともまだ真っ最中?の5月5日です。

 マンチェスターと言ったら早とちりした友が、「イギリスに?」とメールをよこしましたけれど、いえいえ、ニューハンプシャー州のマンチェスターです。アメリカには、マンチェスターもあれば、ロンドンもパリもウイーンもアテネもケンブリッジもオックスフォードもあります。私が住む町もアレクサンドリアです。

 友のことを笑えません。夫と初めて出会った時、「アレクサンドリア」と聞いて、てっきりエジプトに家があるのかと思いました(笑)。アメリカで車で走っていたり、地図をつぶさに見ていたりすると、不思議な世界地図ができるぐらいに、世界あちこちの町の名前がみつかりますが、なぜか「TOKYO」には出会ったことがありません。

 出かける時間が迫ってきました。ほんの1週間前に出会って、どうしても東京に戻る前にもう一度会いたくて、昨日3時間半の弾丸トークランチで盛り上がった友〜たった2度しかお会いしてませんが、私の中ではもうすっかり『友』です。〜のことを書きたいのですけれど、こんなセカセカした状況では何を書いてしまうか知れたものではありません。ひとまず別の機会に譲ることにして、まずはこの3月に出たばかりの彼女の本をカバンに入れて、小さな旅に出ます。

 ニューハンプシャーと言うと、こちらの友人たちが口をそろえたように言います。

「きれいな所よ。豊かな自然の中に古いアメリカが残っていて、、、、ナオミがこれまで見たどのアメリカとも違うかもしれない。遅い春を満喫してらっしゃい。」

 これから行く土地が春爛漫なら、これから去る土地はすでに初夏の装いです。ついこの間までチューリップや水仙で飾られていた花屋さんのウインドーも、昨日は紫陽花がいっぱいでした。今週初めには小さな蕾だったツツジの花も、こんなに満開になりました。

 行ってきます! 
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4月29日(金):招くもまた楽し〜北イタリアノスタルジー篇
4月30日(土):アメリカ田舎のマックとダンキン
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:32| Comment(1) | アメリカライフ

2011年04月27日

「内のち外そしてまた内」というお天気の心地よさ

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 先週からずっと続いていたテンヤワンヤが一段落して、また次のウェイブが来るまでの、昨日今日は、何だかとってもいい感じ。こんな暮しをしていても、まだ少しは日本とも繋がっていて〜ここらへんの深刻な悩みもそのうち聞いてくださいね〜ゴールデンウィーク前に送らねばならない仕事があったりするのです。日本のGWに合わせたわけではないのですが、私たちも土曜日から6日間、ニューハンプシャーとマンチェスターに行きますので、その前に段取りをつけておかねばならない事なども多々あります。

 この2日は家から出ずに仕事をする日と決めました。幸い冷蔵庫には2日続きの来客ディナーの残りがたくさん。2日ぐらいは優に食いつなげます。外がどんなにいいお天気だろうが関係ありません。やる時はやるんです(笑)。

 早く起きました。6時から仕事を開始しました。
 午前中にかなりのことができました。
 これだけでけっこういい気分。
 1時間のお昼休みはノンアルコールビールと残り物のギリシャシチューとサフランのリゾット。なかなかいい組み合わせです。お行儀悪く自分の部屋に持ち込んで、本を読みながら食べます。ここでまたまたいい気分。

 長い午後にはさらに色々なことが片付きます。疲れてくればいきなり立ち上がり、なぜか床掃除を始めたり、新聞記事のクリッピングを始めたりします(笑)。気まぐれにピアノの鍵盤を叩いたりもします。こんなブレークの後はまた仕事に戻ります。

 とは言えやっぱり飽きるもの。肩は凝るし、すわりっぱなしのお尻もぶつぶつと不平不満を呟きだします。一番うるさいのが足たちです。「むくむじゃないですか、歩いてくださいよ、歩いて」とばかりに私を急き立てます。

 仕方なく夕食前に散歩に出ることにしました。3月第二日曜日の午前2時からサマータイムに変わるアメリカでは、今年は3月13日の深夜から時計の針が1時間進みました。そのせいもあって夕方の7時といえどもまだ外は明るいのです。

 家の周りをぐるぐる歩いて「発見の旅」をしました。華やかに咲いていた花々が次の季節の仲間たちへと役割を譲っています。ただの黒い土だったところから先週顔をのぞかせた小さな芽は、もうこんなに伸びています。薔薇はもうすぐやってくるおのが晴れ舞台に向けて、着実に準備を進めているようです。

「発見の旅」の最終目的地はここに決めました。こんな素敵な所があるなんてずっと忘れていました。私たちの住むコンドミニアムの庭のテニスコートです。4面あるコートは一番離れた1面だけに人の気配。一人でネットにボールを打ちつけている男性が、スコーン、スコーンという規則的な音を届けます。パラソルの下には沈む準備を始めた太陽の最後の光がやわらかに差し込みます。

 何て素敵な季節の、何て素敵な時間でしょう。
 そして何て素敵な場所でしょう。
 仕方なく、などと言っていた自分が恥ずかしくなります。
 暗くなるまでの間、私はここで読んで、考えて、書きました。

 夕食タイムぎりぎりまでここで過ごしていたって大丈夫。何たって残り物を暖めてお皿に移せばいいだけなんですから。

 2日目の今日はパートナーも朝早くから引きこもって仕事をしています。「今日はどこにも出かけない。家で仕事をする。締め切りがせまってるんだ。」と言う言葉と共に書斎に入りました。ところがこれを書いている途中でこんなことが、、、、、

「トントントン(ノックの音)。いい天気だね。ちょっと散歩に出ない?お昼にバスティーユに行くのはどう?どうせ今晩もまた残り物でしょう?仕事はまた帰ってきてからしようよ。」

 バスティーユというのは牢獄ではありません(笑)。ここ、アレクサンドリアのオールドタウンにあるなかなか素敵な雰囲気のフレンチレストランなのです。どうやら、私の2倍ぐらいは集中力のある夫の肩やお尻や足たちが、いい具合に抗議の声を上げだしたのにちがいありません。

 ということでこれをアップさせたらすぐにお化粧をして着替えをしてランチ休憩に出かけます。なりふりかまわず机に向かっていたのが「バスティーユ」の一声でいそいそと化粧を始めるんですから、まったく女っていうのはいつまでたっても女です(笑)。

 こんな2日間が毎日続くわけではありません。むしろ続いたとしたらけっこう退屈なことでしょう。明日からはまた出入りの多い多忙な日々が始まります。だからこそ、ドタバタの間の「内のち外そしてまた内」「内たまに外」のお天気がこんなにも心やすらぐのでしょう。

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4月25日(月):パーティー術ハード篇〜サンドストローム家のパーティー
4月26日(火):パーティー術ソフト篇〜サンドストローム家のパーティー
4月27日(水):招くもまた楽し〜準備篇
4月28日(木)予告:招くもまた楽し〜ギリシャ料理(ギリシャ人?)篇
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2011年04月26日

されど憧れの暮しにはほど遠く、、、

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 せめてもこのブログ、毎日同じ時間に書こう!と思っても、凡人にとってはそれがなかなか大変なこと。願ってもできることでもありませんが、我が究極の憧れは、実はこんな暮しです。

「そのようにして朝の五時前に起きて、夜の十時前には寝るという、簡素にして規則的な生活が開始された。一日のうちでいちばんうまく活動できる時間帯というのは、人によってもちろん違うはずだが、僕の場合のそれは早朝の数時間である。その時間にエネルギーを集中して大事な仕事を終えてしまう。そのあとの時間で運動をしたり、雑用をこなしたり、あまり集中を必要としない仕事を片づけていく。日が暮れたらのんびりして、もう仕事はしない。本を読んだり、音楽を聴いたり、リラックスして、なるべく早いうちに寝てしまう。おおよそこのパターンで今日まで日々を送ってきた。」 (村上春樹さん 「走ることについて語るときに僕の語ること」から)

 決まった時間に起きて(起きなければいけなくて)、決まった時間に出勤し(しなければいけなくて)、決まった時間を働いて(働かなければいけなくて)、、、、のような生活を長いこと続けてきましたが、その頃は「不規則型自由人」というパターンにひたすら憧れていたものでした。ところが、いざそれに近い生活になってみると「自由」と言うのは何と寄る辺ないことでしょう。怠惰と紙一重でもあるだけに、「規則型不自由人」であった頃にはまずなかった「ああ、今日もダラダラとしているうちに一日が終わっちゃったなあ。」などという悔恨と自己嫌悪の何と多いことでしょう。

 反省の結果、襟を正して春樹さんのように、自分で自分を律する規則的生活を開始しようともくろめば、それはちょっとしたことでもろくも崩れさります。

 たとえば一昨日の日曜日。時はイースター。イースターと言えばギリシャでは日本のゴールデンウィークにも似て、長い休みを取る人も多いのです。案の定、アテネからニューヨークに飛んで、車でアメリカ国内をグルグルまわる旅を始めたのが友人のギオルゴスとレアの夫妻です。私たちよりはだいぶ年の若い彼らとは、夫同士が国際法つながり、妻同士がギリシャ商務省つながり、という縁あって、付かず離れずのなかなか快適な友人関係を保っています。ギリシャに行けば必ず会いますし、ギオルゴスも、しばしば仕事でワシントンにやってきます。去年のミラノでも一晩一緒に大騒ぎをしました。

「イースターサンデーにワシントンに行くから。ついでに大使館のヤニスも連れていくけどいい?」という連絡を受けて、すわっ!とばかりに準備をし始めた日曜日のイースターディナー。買い物やら料理やらで昼日中アタフタし、客人がそろい食事が始まれば、そこはもう断然夜更かし型のギリシャ人。食べるわ飲むわしゃべるわで、いっこうに腰を上げる気配もなく、睡魔と闘う私が時折カクンと頭を落とすも意に止めず、「明日はボストンに行くから、そろそろ帰らなきゃ。」と言いだしたのがすでに深夜2時。

 それから膨大な量のお皿を洗ってようやく眠りに就いた身が、早朝5時に起きられるわけがありません。しかも重なる時は重なるもので、昨日の月曜日の夜も2組の夫婦を招いてしまったのです。ギリシャの友なら、何を失敗しても「ミピラージ」(気にしない!)、「アフティ イネ イ ゾイ」(これが人生さ!)で軽く流せるものを、昨晩はそういうわけにはいきません。

 一日中キッチンで北イタリアのフルコースを作るために働いていました。2組のうちの1組が、昨年ミラノから北イタリアを一緒に車でまわったアメリカ人の親友夫婦だったのです。大雨のガルダ湖で、一緒に医者のところに駆け込んでくれた、私の帯状疱疹の証人でもあります(笑)。共に食べた思い出の北イタリア料理を再現することが、お礼の約束でした。

 それやこれやで夢に描いた規則的生活とはほど遠いテンヤワンヤの不規則生活が続いていますが、それはそれでまた楽しいものなどと思えば、いったい自分自身にこんな突っ込みの一つも入れたくなります。

「それであなたはいったいどっちがしたいのよ?」

 これに対する答えはいつものあれです、「ま、いいか。」
 修行の足らぬ身、まだしばらくは「ま、いいか」で川の流れに身を任せ、規則的になったり不規則になったり、自由になったり不自由になったりすることでしょうが、「ま、いいか。いつかきっと憧れの生活ができる時もあるさ。」

 ところで、昨夜のもう一人のお客、我が自慢の美貌の友にして、これまた我が憧れのロールモデルのイギリス人のジリーがこう言いました。別れ際に、「今週女たちだけでランチしない?ついでにミュージアムにも行かない?木曜日あたりはどう?」という帯状疱疹証人のジュディーの提案に、

 「しよう、しよう、大賛成!」とは私。
 「ごめんなさい、毎週木曜日は原稿を書く日なの。私の『discipline』なの。」とはジリー。

 「discipline」とは自分に課した規律、つまり自制のことです。まずはこうしてジリーのように、たとえ一日でも曜日を決めて、規則的生活を断固守るというあたりから始めましょうか。

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2011年04月25日

あ、ワシントンつながり!

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 静岡の「はしけい」さんからメールが届いたのはつい6日前、4月18日のことでした。「はしけい」さんは静岡のテレビ局でお仕事をしているキャリアウーマンであり、とびっきり素敵なワーキングマザーです。もちろん私よりもずっと年下。嬉しいことにふとしたご縁がずっと繋がっていて、私はいつも影ながら、「頑張れ、頑張れ、ワーママ(ワーキングマザーのことです。)道!」と声援を送り続けています。

「静岡の『はしけい』です。ご無沙汰しております。さまざまな思いを抱えつつワシントンの桜を愛でる直美さんの姿にブログを通して、共感させていただきながら日本の春を過ごしております。さて、本日、ふとメールをしましたのは私が尊敬している、元新聞記者の「小国綾子」さんのことです。小国さんは今、ワシントンに住んでいらっしゃいます。

私のブログのお気に入りページとしても直美さんのブログと並んで、ご紹介している方ですが今更『あ、ワシントンつながり』と気付いたわけです。その小国さんが、日本のお仲間たちと一緒に今週末、ワシントンでコンサートを開くということです。もし、ご興味がありましたらブログをのぞいてみてください。さすがに、新聞記者さんで、歯切れのよい文章が、直美さんのブログとはまた違ったパワーを私に与えてくれます。取り急ぎ、ご連絡まで。」

 そして飛んできたボールをラケットで打ち返すように、間髪を入れずに出した私の返事はと言えば、

「『はしけい』さん、ありがとう!!行きます、絶対に23日のチャリティーコンサート行かせていただきます。小国さんのような方が、ここからさほど遠くはない所に住んでいらっしゃったんですね。こちらでは無力な自分が情けなくて仕方がなかったのです。たとえ受付でも、ビラ配りでも何でもしたかった、、、次回は、と言ってもまた、地震は困りますけれど、何かお手伝いさせていただければと思います。」

 本当に、水木金と日月火に挟まれた昨日の土曜日だけはポッカリと空いていたのです。まるで「はしけい」さんからの知らせを待っていたかのようです。

 こう言う時に腰を重くするか軽くするかで、その後の展開がガラリとちがってくるというのが、長い間の経験から学んだことです。実際これはキャリアカウンセリングの分野でもしっかりと確立されている理論で、Dr.クランボルツの「計画された偶発性(Planned Happenstance)」と言います。キャリアカウンセラー仲間でもこの理論の信奉者はたくさんいます。私もその一人です。ここでこれに触れるとページがいくらあっても足りなくなりますのではしょりますが、ご興味のある方は検索してみてください。

 「面白そう!」とか「行きたい!」と思ったら行ってみることです。「どうしようかなあ」と思う時にもまず乗ってみることです。偶然は自分から呼び寄せるものなのですから。

 ということで行ってきました。「SING OUT FOR JAPAN! 歌でつなごう支援の心〜東日本大震災復興支援コンサート」です。行ってよかった、本当に行ってよかったと思っています。素晴らしいコンサートでした。決して押し付けがましくなく、私たちには母国の復興を願わせ、他の国の人たちには日本という国への思いを抱かせました。

 このコンサートについても、ここで出会った方々についても、書きたいことがたくさんあります。けれども今日はイースター。ギリシャからお客様がやってきます。私は朝から台所との間を行ったり来たり。今夜は半分ギリシャ料理、半分日本料理、デザートだけがカリビアンという節操のなさ(笑)。あと1時間半で皆さんがやってきます。また台所に戻らねばなりません。

 ここはひとつ手抜きをお許しいただいて、昨夜、「はしけい」さんへ送った報告メールを貼り付けます。

「『はしけい』さま お知らせしていただいて以来、自分で作った日めくりカレンダーを一枚めくるたびに心躍らせていたコンサートに昨日行ってきました。私の住む町からは高速で小一時間の所でしたが、道々、春の風景を楽しみながら会場の教会に着きました。

会場の雰囲気も、教会のまわりの緑あふれる環境も、そしてコンサート自体も本当に素晴らしいものでした。丁寧に手作りで作られた10ページのパンフレットも、控えめな募金システムも、全てに、小国さんをはじめ、取り組んできた皆様のお心が感じられました。

開演前にはご挨拶することができませんでしたので、さてさて舞台の上のどの方が?と一人一人のお顔を見ていましたが、途中で判明!4人で「When You Wish upon a Star」を歌われた中の左から2番目の方でした。

歌う時のお顔の何と涼やかで、何と嬉しそうだったこと!『はしけい』さんにも見ていただきたくて写真を添付します。とにかく最初から最後まで感動でした。一番初めに大声で『BRAVO!』と叫んだのは我が夫でした。その後たくさんのブラボー!が続き、最後の最後には総立ちで拍手が鳴り止みませんでした。『うさぎ追いしかのやま〜』を歌いながら私は必死にティッシュで目と鼻をぬぐい、隣の方も同じようにメガネをはずして涙をぬぐっていました。夫は結局5回はブラボーを叫んだと思います。

終わった後、手作りの食べ物を持ち寄ったレセプションがあり、ここで晴れて小国さんとご挨拶を交わすことができました。『はしけい』さんのおかげで初めてお会いした方とは思えずに、『綾子さん?』『直美さん?』と抱き合ってしまいました。

このコンサートを指揮し、自らもソプラノの美声を轟かせてくれた嶋田貴美子さんが何と私の大学の後輩だったこともわかったり、その息子さんが夫が教える大学の学生さんだったりと、思わぬ繋がりに興奮しました。

出会う日本の女性たちが、みなしっかりとこの地で生きているように見えました。
いまだに覚悟を決めかねている私にとっては、とても眩しく映りました。夏にここに戻ってきた時には、小国さんとゆっくりお会いすることができるように願っています。
『はしけい』さん、お繋ぎくださって本当にありがとうございました! 直美」

「はしけい」さんのブログ:「ワーキングマザーのすすめ」 http://hashimotokeiko.cocolog-nifty.com/hashikei/

「小国綾子」さんのブログ:「おぐにあやこの行った見た書いた」 http://oguni.blog56.fc2.com/

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4月25日(月):パーティー術ハード篇〜サンドストローム家のパーティー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:13| Comment(0) | 友人

2011年04月24日

キーンさんが来るまでには、願わくば(hopefully)、、、

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 走る車の中から、春を数えながら約1時間。メリーランド州ロックビルの教会で開かれた「SING OUT FOR JAPAN!〜東日本大地震復興支援コンサート」から帰ってきました。この不思議なご縁とその感動については明日にして、今日はやはりこちらから。

 朝起きてすぐ、ということはもう16時間以上も前のことですが、いつものようにネットを立ち上げてすぐに目に飛び込んできたのが、ドナルド・キーンさんの日本永住への決意についての記事でした。キーンさんと言えば、何となく身近に感じる個人的な繋がりがありますが、それはまたそれとして、、、、

 今朝のニュースのあまりのタイミングには驚きました。時々こんな偶然に出会うことがあって、そのたびに自分が「予言ができない預言者」なのかと疑ったりもします(笑)。あるいは、自分で考え、自分で話しているように見えも、実は単に何かに動かされているだけなのかしら、と。

 急な移動にあたふたと荷造りをして、成田空港の本屋さんで手当たり次第に文庫本を買ったのが3月21日のことでした。どれだけ長い滞在になるかもわからなかったために、いつもより多くの本を買い込みました。その一つが三島由紀夫さんの「仮面の告白」でした。別にさしたる理由があったわけではありません。搭乗口に向かうまでの限られた時間で、たまたま目に付いたものを選んだだけです。もちろん闇雲に買ったわけではなく、この本で言えば、学生時代に読んだ本をもう一度読むのも面白いだろう、と思うぐらいの判断基準はありました。

 それをようやく数日前から読み始めたのです。そして、3日前の水曜日の夜、サンドストローム家での晩餐会のテーブルのあらかじめ決められた席で、私の左隣りに座ったのが初対面のヴィヴィアンでした。

 食事の途中でこんな質問が飛んできました。

「日本の文学を読みたいのですけれど、何を読んだらいいでしょうか。」

 それを機に、私たちはひとしきり源氏物語の話をし、源氏物語の翻訳者、サイデンステッカー氏の話になり、同じく日本文化と日本文学への造詣が深いドナルド・キーン氏へと移ったのです。たまたま足元に置かれたバッグの中には、読みかけの「仮面の告白」がありました。それを見せながら、うろ覚えでこんなことをヴィヴィアンに言ったのです。

「この小説の作者の三島由紀夫さんは、たしかキーンさんが日本の大学に留学中に知り合って以来の友人だったはずですよ。三島の翻訳も手がけていると思います。ぜひお読みになってみてください。とても日本を愛してくださっている方ですから、今回の日本の震災にはどんなに心を痛めていらっしゃることでしょう。たしか今はニューヨークにお住まいと聞いています。」

 正直な話、三島由紀夫のことも、彼の作品のことも、キーンさんのことも長らく忘れていたことでした。それが成田空港での気まぐれからこんな風に繋がって、加えて今朝のニュースです。ただでさえ心に熱く響くキーン氏の言葉が、ますます深く心に届きます。

「日本国民と共に何かをしたいと思った。」
「日本は震災後、さらに立派な国になると信じる。明るい気持ちで日本へ移る。」
「被災地の東北地方は松尾芭蕉の『奥の細道』の研究で度々訪れた。」
「日本留学時代は無名の私を助けてくれる人たちに囲まれた。」
「日本国籍取得でこれまで示せなかった日本への感謝を伝えたい。」

そんなキーン氏は、震災後に多くの外国人が日本を離れている事実に対しても、遺憾の思いを語っています。

 時は遡って、3月11日からちょうど1週間後の18日、ワシントンポストにこんな記事が載りました。

「Why I won’t leave Japan」(私はなぜ日本を離れないか)と言う、ポスト紙の元東京特派員、ポール・ブルスタインさんが鎌倉から発したメッセージです。かいつまんでお伝えすれば、、、

「私は去年日本に移り住んだ。自分はスピリチュアルな人間でもないし、仏教徒でもないけれど、大仏から1.52マイル(約2.4キロ)の所に住んで、いつも大仏様のお顔をうかがいに行く。太平洋の向こうから大切な人たちがたくさん心配の気持ちを届けてくれるけれど、私は日本を離れない。日本国内でも国外でもオーバーアクションは日本をますます窮地に追い込む。おそらく2〜3ヶ月もすれば、日本はきっとこれまで以上の生命力と活力を見せるはずだ。電車は再び驚くほどに時刻表通りに動き、食べ物はおいしくふんだんにある。いったんそうなれば、我々外国人たちは、日本は大仏様がおわす国であり、願わくば(hopefully)変わらぬ安全な国であるように思うだろう。」

 キーンさんは9月までには東京の住まいに移るそうです。願わくば(hopefully)それまでにブルスタインさんの言う通りになっていますように。

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4月20日(水):プエルト・リコの市場フォトツアー
4月21日(水):まさかの天ぷら 青バナナ
4月22日(金):メキシコからタイへ〜石臼トントンの思い出
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:52| Comment(0) | 地震

2011年04月23日

アメリカ社会のパートナー文化

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 先週プエルト・リコから帰って来るや、なんだかんだと忙しい日々が続いています。パートナー文化が定着しているここ、アメリカでは、当然のことのようにカップルでの参加が求められる場合が多く、招く側に立った時も、招かれる側に立った時も、疲れているから、めんどうだからと言ってひっこんでいるわけにはいきません。きちんとした場に出れば出るほど、身も心も引き締まると同時に、知識の浅さや、マナーの至らなさ、語学力の貧しさなどに赤面をします。

 それでもここ数年、そうしたいわゆる「社交」(この言葉はどうも好きにはなれませんが)の場を経て、少しずつ度胸がついてきました。どういう場にはどういうものを着て、どういうことをどういう具合に話せばよいかについても、何となくわかってきました。

 そう思えばこれもまた良い機会。パートナーをサポートするための仕事のうちと割り切って、たくさんの恥をかきながら、学び、成長させてもらうにこしたことはありません。

 ただこれが重なると、時としてとても疲れます。今の私がまさにそうです。たとえば、、、、、

 食べることもコミュニケーションです。立席のパーティーならまだ誤魔化しがきいても、フォーマルな着席の場となると、見苦しくお皿に食べかけのものを残すわけにはいきません。特に、招いたホステスが料理人の場合にはなおさらです。

 こうした機会がたまたま一日のうちに昼と夜に続いたとしたらどうなるでしょう。どんなにおいしい食事でも空腹でなければ食べるのは辛いものですし、とりわけ今のこの時期にそうした食べ方をすることはひどく気が引けるものです。

 そうした機会が重なってとうとう胃がストライキを起こし始めました。朝起きるとすでに車酔いのような感じです。それが昼日中ずっと続き、食欲が全くありません。食べることを考えるとますます酔いが激しくなります。困ったものですけれど、今夜もまた、これから出かけなければなりません。

「具合が悪い」と言えば周りの方に気を使わせることになりますし、「食べてきたばかりで」などと言えば「何て計画性のない!」とあきれられるでしょうし、「これこれのお昼の会食があって」などと本当のことを言えば、自分の一日の予定を事細かに他人に語る人のように、とても野暮です。結局は胃薬の力を借りながら、ほどよく上手に切り抜けなければなりません。これもまた知恵とスキルのひとつです。

 ところでこのパートナー文化、面白いのは別段、夫婦でなくてもかまわないということ。結婚をしてなくたってパートナーはパートナー、誰も何とも言いません。しかも昨年と違う人と一緒だからと言って、これまた誰も何とも言いません(笑)。ここらへんがアメリカ社会の実に大らかなところです。

 帰りがけに市場を通ったら、農家の方が春らしい花束をたくさん並べていました。今夜はこれを抱えて出かけます。ついでに言えば、招かれた場合に手ぶらというのもまた無粋。花かワインかチョコレートボックス、というのがこちらの定番アイテムです。

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2011年04月21日

ガチョウのモルテンはどこに行ったら?

 
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 初夏のように気温が上がった昨日、ハイウェイのすぐ脇のがらんとしたコンクリートの道で、ガチョウのカップルに遭遇しました。どうしてこんな所に?と思いながら、しばらく目が離せません。誰かに飼われていたのが抜け出して迷子になってしまったのでしょうか。それとも旅の途中で仲間とはぐれてしまったのでしょうか。

 ニュージーランドの博物館でやはり足を止めたのは、「オオソリハシシギ」という長い名前の鳥の剥製と、その横に描かれた地図でした。この鳥は何とアラスカからニュージーランドまでの1万1千キロもの空の道を、一度も休まずに無着陸で飛び続けるのだそうです。全長40センチのくちばしの長い鳥です。

 たまたまこの鳥について書かれた2008年の新聞記事の切り抜きが手元にあります。アメリカの地質調査所が、南へと渡る9羽のオオソリハシシギに発信器をつけ、人工衛星を利用した追跡調査では、8日ちょっとでニュージーランド北部に到着したと言いますから、ざっと計算しても一日に飛ぶ距離は1300キロを越えています。

 「鳥はアラスカを飛び立つ前に十分にえさを食べて太り、追い風に乗って高度数千メートルを飛び続ける。ハワイなど途中の島にはえさが少ないことや、降下や上昇による無駄なエネルギー消費を抑えることなどから、ノンストップ飛行をしているらしい。南への渡りを終えると体重は半減する。」

 高度数千メートルの世界は想像だにつきませんが、さぞや寒いことでしょう。さぞや暗く寂しいことでしょう。いったいどうやって目的の地へと方向を見失わずに飛び続けることができるのでしょう。私たちがとうの昔に失ってしまった、あるいは元々備えてすらいなかった内なる羅針盤を、渡り鳥たちはいまだに持っているのでしょうか。不眠不休で食べることもせずに、ひたすら飛び続ける彼らの目的とはいったい何なのでしょうか。目的を達成するための、もっと安易な道はないのでしょうか。そんな鳥たちの「ひたすら」に、測り知れない自然の神秘を思います。

 オオソリハシシギと違って、中には途中で羽を休める鳥たちもいます。シベリアに渡る鳥たちの休息の場であった仙台市の伊豆沼も被災してしまい、渡り鳥の飛来地として国が「海浜鳥獣保護区特別保護地区」に定めていた仙台市宮城野区の蒲生干潟も今回の津波で壊滅してしまったそうです。ニルスが乗ったガチョウのモルテンはどこへ行ったらいいのでしょうか。

 案の定、昨日の陽気でツツジの花が開き始めました。
 藤の花が満開です。
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4月20日(水):プエルト・リコの市場フォトツアー
4月21日(水):まさかの天ぷら 青バナナ
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2011年04月20日

復活の祭へと

 
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 まあ、いったい何ていうことでしょう!
「msn」の天気予報を見れば、今日の最低気温は10度、最高気温は27度。こちらはまだ水曜日のお昼前ですが、すでにして22度です。とは言え、明日はまた平年並み、あさっての金曜日には予想最高気温は今日より15度も低い12度、そしてまた週末にかけては気温が26度にまで上がるというのですから、全くもう、気まぐれな春に翻弄されまくっています。

 そんなアレクサンドリアの町を歩いてみれば、季節が確かに変わっているのがわかります。いえ、進んでいるというべきですね。私が来た1月前には満開だったチューリップと水仙が、今ではしどけなく花弁を緩ませ、次に控える「季節の走者」へとバトンを渡す準備をしています。蕾すら見えなかったツツジたちが、こんなにたくさんの蕾を持って、今か今かと出番を待っています。この陽気では今日あたり、バトンが渡されてしまうかもしれません。RIMG7090.JPG

 色々なことを中途半端なままにして、当初の予定よりも1月近く早く東京を飛び立ってから、今日でちょうど1月がたちました。手帳を広げてみれば、書かれた予定が線で消されて、思いもしなかった予定が新しく書き込まれています。楽しみにしていた家族や友人たちとの集まりにも心残りの線が引かれ、仕事のアポには申し訳なさの線が引かれ、やらなければならなかったはずの諸々の事もみんな線の下になってしまいました。チケットを見ては心躍らせてその日を待っていたものたちも、みんな砂浜の足跡のように消えてしまいました。
 
 友人にせっかく取ってもらった、4月5日の「愛の賛歌」も、
 ニュージーランドからネットで予約をした、4月7日の「クラナゾ」も、
 能役者の味方玄さんから事前に学んでいた、4月9日の「野宮」も、、、、、、

 失ったものを数えれば心はどんどん落ち込みますけれど、いつものあの言葉、「ま、いいか」を呟いて、水仙の後のツツジのように新しく来たものたちのことを考えながら、ふーっと大きく春の空気を吸い込んで、もう一度「ま、いいか」と呟けば、、、、、、、受け入れ度量が広がるような気がします。

 イースターが近づいてきました。今年は珍しく、東の教会も西の教会も同じ日にキリストの復活を祝います。かつて住んでいたあの国では、明日の「聖木曜日」には、ゆで卵に色を塗って、パスハ(イースター)のための特別なパンを焼くのでしょう。24日、日曜日のイースターをはさんで、金曜日から月曜日までは銀行も郵便局もお休みになって、アクロポリスだって、金、土は半日、日曜日は全日クローズのはずです。

 ここでも、イースターに向けて家々の扉が玉子や花で彩られ始めました。今日はそんな写真達をご覧ください。昨日のブラブラ歩きで撮ったものです。ちょっとたくさん景気づけ。

 イースターは復活のお祭。子だくさんのウサギが運ぶ卵は繁栄と復活と生命のシンボル。この地でイースターを迎えるなんて思ってもみませんでした。そして、イースターに母国と、母国の人たちの、復活と繁栄と生命への願いを重ね合わせるなんて、これまた思ってもいないことでした。
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4月18日(月):ビールの浪漫と物語
4月19日(火):Au Bon Painで宝探し
4月20日(水):プエルト・リコの市場フォトツアー
4月21日(水)予告:まさかの天ぷら 青バナナ
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2011年04月19日

カンラカンラのジム物語

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Dear Jim,
Happy Birthday!!
You have already lived a long and magnificently successful life,
and have many years to come!
What a journey since we met in 6th grade!
Love Tom & Naomi

これは昨日、日本からのプレゼントと一緒に、22日にお誕生日を迎えるジムに渡したバースデーカード。日本語に置き換えればさだめしこんな感じでしょうか。

ジム、お誕生日おめでとう!!
君はすでに随分長いこと、堂々と素晴らしい人生を歩んできた。
そしてまだまだこれから何年も歩み続ける。
何ていう旅だろう、6年生の時に出会ってからずっとだなんて。

ジムは夫の小学校以来の親友です。見た目はまるで、とっぷり太ったお髭のサンタクロースです。大学院で数学を勉強してすぐに就職したNASAでの35年間を終えて、リタイア生活を始めてからもう随分たちます。

「大学院は居心地が悪かったけど、NASAでの仕事は毎日が実に楽しかったよ。代数や位相幾何学、グループ理論などの知識もどんどん勉強してね、それを実際の場で応用できる喜びがあった。論理的に物を考え続けることは素晴らしい頭脳訓練になったね。」

そんなNASA時代の思い出話を話す中でよく出てくるエピソードは、1969年7月のアポロ11号の月面上陸瞬間の感激です。ジムはその6年ほど前からアポロチームの一員として働いていたのです。

「アームストロング船長の声が大きなスピーカーを通して聞こえてくるんだよ。まさに『歴史の証人』という思いだった。」

退職してからは、ワシントンに住みながらも1年のうち2ヶ月はフロリダで子供や孫たちと過ごし、大きなからだでどうやって乗れるのかと思いながらも自転車旅行を楽しんでいました。その合間にステンドグラスの教室に通い、持ち前の器用さからめきめきと腕を上げ、あちこちから依頼が来るようにもなりました。

「なぜ突然ステンドグラスかって?そうだなあ、子供の頃は模型飛行機ばかり作っていたからなあ。たぶんNASAで仕事をしている間はずっと眠っていた思いが目覚めたんだろうね。人生ってそんなもんじゃないかな。年を取ってからまた、忘れていたことや、やり残したことに戻っていく。」

そんなジムでしたが、本人にとっても、家族にとっても、そして私たち友人たちにとっても、予想もしなかったことが起こりました。3年前のリーマンショックで、彼の余生の財源であった株の値が暴落してしまったのです。ジムは自転車に乗ることも、ステンドグラスを作ることもできなくなり、ただ家に閉じこもるようになりました。豪放磊落な笑い声も聞かれなくなりました。

回復には長い時間がかかりました。一昨年の夏に一緒に植物園に行った時には、何をするにもしんどそうに、言葉もなく、笑顔もなく、ただ私たちと一緒にゆっくりと歩くだけでした。どんな薬も画期的な回復には繋がりませんでした。それでも私たちは、いつもと同じようにジムのそばにいました。

今、ジムはしょっちゅう電話をしてきては、私の下手な冗談にガラガラと大声で笑います。昨日は涙を浮かべながら、私が語る震災の話に耳を傾けてくれました。そして、夫と二人、まるでいたずら盛りの少年に戻ったように、何だかんだと早口でしゃべりあっては笑い転げます。そんな少年たちの英語は私にはわかりません。

「どうして私、あなたたちの英語がわからないんだろう。」と聞いたら、「そりゃそうだろ、僕たち子供に戻っちゃってるからさ。」と、またカンラカンラ。

お誕生日を迎えたジムは、こうしてまた、私たちの大好きなジムになってまだまだ長い道のりを一緒に歩いて行ってくれるのでしょう。一緒に年を重ねて行く友がいるというのはなんと嬉しいことでしょうか。

ところで、昨日のオールドタウンは大変なことになっていました。先日の暴風雨でポトマック川の水が溢れ、川に近い一帯が水浸しになっていたのです。いったいどうなることかと案じていたら、大きな排水車がやって来て、私たちが外テーブルでコーヒーを飲みながら長いおしゃべりをしている間に、水がどんどんと引いていきました。帰る頃には元通りの道。

「まるで僕のようだね。」と、またジムがカンラカンラ。

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2011年04月18日

HOHOの優しい春の日

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 一昨日、アメリカ南部を襲った竜巻は、はるか離れたここワシントンでも警報が出るほどの強風をもたらしました。一夜あけての昨日は、まるでそんなことが夢だったかのように、明るく暖かな春の日です。しかも週末の日曜日です。

 それなのに、私たちは二人とも急ぎの仕事をかかえて、朝からそれぞれの部屋にこもりっきりです。目指してきた「HOHO」が、東京でもワシントンでもだいぶ板についてきました。

 HOHO、つまり「His Office Her Office」。
 一つ屋根の下にいながらも、おたがい領域は守りまショ、という不可侵条約のようなものです。一人集中したい時には、あるいは人には見せたくない姿でだらけていたい時には(笑)、ドアを閉めておきます。そんな時には、おたがい、なるべく邪魔をしないようにしますし、もしも用事があれば、きちんとノックをして相手の意思を確かめます。

 「いつでもどうぞ」と言う時には、もちろんドアを開けておきます。出入り自由です。とは言っても、名前を呼んだり、「Hi!」と外から声をかけたり、もっと丁寧には、「May I come in?」と言葉をかけて、黙って入って行くことはしません。

 いきなり開かれる「障子文化」で育った私が、そんなアメリカ文化に慣れるまでにはけっこう時間がかかりましたけれど、いったん慣れてしまえばとても快適です。

 昨日のお昼過ぎ、トントントンとノックの音が。
 扉をあければ、「いいお天気だねえ。ちょっとオールドタウンまで散歩をしない?アイスクリームを食べたくなった。」というお誘い。なかなかグッドタイミングです。私もそろそろ室内篭りに飽きてきたところでした。窓の外は春景色。「ちょっと散歩」の誘惑に勝てるものではありません。

 ここ、ワシントンDCに隣接するアレキサンドリアは、アメリカ建国前の1749年に港町として造られたとても美しい町です。建国の志士たちがこの町に集い、熱い政治論議を交わしたとくれば、何やら「龍馬伝」のよう。オールドタウンと呼ばれる旧市街は歴史保存地区に指定され、石畳に煉瓦作りの建物が残されています。築200年の歴史的な家々にも人が住み、「中は変えてもいいけれど外観は変えないこと」という約束をきちんと守っています。

 並木の間には洒落たレストランやアンティークショップが立ち並び、ちょっと歩けばすぐにポトマック川という私の大好きなところです。お散歩にももってこい、しかも昨日のような春の日には。

 春の日曜日、町はワクワクとするような賑わいです。気の早い人々が、春の光を一杯に浴びて外テーブルで食事をしています。季節はずれの「聖者の行進」や「アメージングブルース」を吹きまくる人もいれば、子供連れ、ワンコ連れでそぞろ歩きを楽しむ人たちも、、、、、、いつものアイリッシュパブでさえ、急遽通りにテーブルを並べてソワソワと浮き足立っています。

  またやって来たからといって
  春をうらんだりしない
  例年のように自分の義務を
  果たしているからといって
  春を責めたりはしない

  わかっている
  わたしがいくら悲しくても
  そのせいで緑の萌えるのが
  止まったりはしないと

 これは、4月5日の朝日新聞夕刊のエッセイ、池澤夏樹さんの「終わりと始まり」で、彼が引用していたポーランドの女性詩人シンボルスカさんの言葉です。春の日が美しければ美しいほど、優しければ優しいほど、心に深く染み入ります。

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2011年04月17日

コキ蛙君の受難

 
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 昨日一日中降り続いた雨は、夕方になって強い風を伴い始めました。夕飯の買い物に出てみれば、道のあちこちに骨が折れて変形した傘が捨てられています。傘をさすことをあきらめた持ち主が置いていったのでしょう。水溜りには吹き飛ばされた帽子まで見られます。メリー・ポピンズのように傘ごと吹き飛ばされそうになって、私も傘を閉じて歩きました。

 一夜あけた今日は柔らかな日差しにあふれた暖かな朝です。PCの後の若草色の壁に小さな虹がたくさん揺ら揺らと揺れています。写真を撮ろうとカメラを向ければ、虹たちが逃げていきます。そんな追いかけっこを繰り返しているうちに、はたと気づきました。小さな虹は、私が着ているセーターの胸のラインストーンの反射だったということに。ラインストーンが虹を作るなんて、何ていう素敵なお日様マジックでしょう。

 部屋の窓から春が見えます。めったに開けることのない分厚い窓を力いっぱい曳いてみれば、ガラスの向こうにはこんなにたくさんの音があったのかと驚くぐらいに色々な音が待っています。車の音、クラクション、ガタゴトとニューヨーク行きのアムトラックが線路を走る音、飛行機が飛ぶ音、犬の鳴き声、鳥のさえずり、ラケットに当たるボールの音、子供たちの歓声、、、、、人も動物も今日を生きています。

 プエルト・リコで夜になると聞こえてきたのは、初めて聞く不思議な音でした。甲高く澄んだ声で、「コキッー、コキッー、、、、」といつまでも続くのです。もしも♪に当てはめるとしたら、2オクターブぐらい上の「ソレッー!」と言った感じでしょうか。もちろん「ソレッー↓」ではなくて、「ソレーッ↑」です。

 これがプエルト・リコのあちこちに生息し、この国のアイドルともなっている「コキ蛙(Coqui)」の鳴き声だと知ったのは2日後のことでした。レストランで食事中に聞こえてきた「コキッー」の声に、オーナーのヴィクトリアに聞いてみれば、目を細めるようにして、「ねっ、可愛いでしょう?あれが『私たちの』のコキ蛙なの。」と言いながら、私の手をとって廊下の大きな鉢の所まで連れていきました。

「この中にコキがいるのよ。だいたいこのくらいの大きさかしら。」と、指を広げたのは3センチぐらいでしょうか。コキ君は、我々のかしましさなどどこ吹く風で、「コキッー、コキッー、、、」を熱唱し続けています。聞くところによれば、この蛙は水かきがないために、ほとんど泳がずに繁みの中や木の上で生活をするとのこと。

 「美しい」「愛らしい」「可愛い」と言われる鳴き声は、CDにもなっています。買ってきたCDを先ほどからかけているのですが、まあ驚いたことに45分もずっと「コキッー、コキッー、、、、」が続くだけ(笑)。申し訳なさそうに最後の5分だけが熱帯雨林の水音と鳥のさえずりです。けれども、この最後の5分でさえエンディングは「コキッー、コキッー、、、、」です。

 45分も聞き続けて、波音のように心が癒されるかと言えば、そういうわけでもありません(笑)。ずっと聞いていたいと思ったのはむしろ、熱帯雨林に水が流れる音でした。とはいえ、国鳥ならぬ国蛙であるコキ君は、色々な形でこの国のお土産品になっています。わが家の冷蔵庫に、洗濯物のレシートを止めてあるのもコキの栓抜きマグネット。ビールの栓を開けるのにサン・ファンのスーパーで買った栓抜きです。

 面白いもので、ちょっと調べてみたら、植木鉢に入っていたらしいコキがプエルトリコからハワイ島に上陸し、瞬く間に繁殖し、今では騒音公害を引き起こしているらしいのです。同じコキ君の鳴き声が、ハワイ島では「うるさい」と嫌われて、「ハワイの不動産価値を下げ観光業界が頭を悩めている。」とまで言われているとは!あげくのはてには、2006年にはハワイ州政府がコキを法的に害虫として正式登録をして、さまざまな方法で「害虫駆除」を始めたというではありませんか!長旅の末にようやく安住の地を見つけたコキ君にとっては、たまったものではありません。

 美しいと言えば美しいし、
 愛らしいと言えば愛らしいし、
 可愛いと言えば実に可愛い、、、、、、
 
 うるさいと言えばうるさいし、
 耳につくと言えば耳につくし、
 騒音だと言えば騒音かもしれない、、、、、

 全く人間っていうのは不思議なものであり、勝手なものです。
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2011年04月16日

4月の思いを捕まえて

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 雨降りの土曜の朝です。窓ごしにどんよりと曇った空を見上げれば、灰色の雲が北から南へと動いていきます。外は風も吹いているのでしょう。ちょっとしたことにも心が揺さぶられて泣いてばかりいたあの頃に比べれば、最近では良くも悪くも耐性がついてきたのか、涙を流す頻度もだいぶ少なくなってきました。それでも今朝目にしたこんな記事には、やっぱり泣きました。日本時間、16日(土)の17時45分に配信された読売新聞の記事です。

 仙台の海岸の砂浜に長さ6〜9メートルの松の木を並べて書かれた「ARIGATO」の7つのアルファベット。ナスカの地上絵のように、空から見て初めてわかるメッセージ。

 泣かせるじゃありませんか。これは仙台空港の滑走路の瓦礫撤去や、輸送機で水や食料を運んで、被災地とその人々の支援にあたったアメリカ空軍への、被災者の方々からのメッセージだったのです。上空からこの文字を見つけたアメリカ空軍第353特殊部隊のロバート・トス司令がこんな言葉を残しています。

「驚いたのは自分たちも被災しながら日夜、復旧に努める日本人の姿だった。ありがとうは日本の人々に送りたい。」

 もう一つ、最近心の奥底まで揺り動かされたメッセージがあります。これこそ言葉の力、言霊というものでしょうか。すでにもう多くの皆様がどこかでお聞きになったり、お読みになったりしていることと思います。

 「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ」と題する同校の渡辺憲司校長のメッセージです。高校を卒業する若者たちでなくとも、今、この時代を共に生きる人たち全てに読んでもらいたい言葉です。http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

 渡辺先生は、大学で学ぶことの意味を問いかけながら、受け手を揺さぶり続けます。そして、最後にこう言うのです。

「学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。大学に行くとは『海を見る自由』を得るためではないか。言葉を変えるならば、『立ち止まる自由』を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。」

「いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。」

「今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。」

 泣いたり喜んだり、感動したり失望したりしながら歩いている私たちが、今、ここにいます。どうかその思いを忘れることのないように。たとえこの先、今までと同じ豊かな日々がやってきたとしても。

 Sometimes an April day will suddenly bring showers
 Rain to grow the flowers for her first bouquet
 But April love can slip right through your fingers
 So if she’s the one don’t let her run away

 4月は時に突然の雨を降らせ
 花を育て、最初の花束を作る
 でも、4月の思いは指の間をスルリと抜けていくもの
 あなたの思いをどうか捕まえておくように
(Pat Boone “April Love“  和文は私の勝手な意訳です。)

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4月15日(金):サン・ファンのNYC
4月18日(月)予告:ビールの浪漫と物語
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2011年04月15日

ごちゃ混ぜも統一も

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 昨日まだ朝が明けぬうちにタクシーに乗り、がらんとした道を走り続け、サン・ファンの空港からボルティモアへと飛び立ちました。アメリカの首都ワシントンには3つの空港があります。これは「東京には成田と羽田の2つの空港があります。」という矛盾した言葉と同じで、「ワシントンに行くには3つの空港があります。」と言うのがより正しい表現でしょう。

 日本からの直行便が着くのは一番大きなダレス空港ですし、私たちの住むキングストリートの駅から2つ隣りにあるのがロナルド・レーガン空港です。こちらは国内線のみ。そして、もう一つが今回のプエルト・リコとの往復に使ったボルティモア空港です。ここは国内便と、近隣諸国への国際便が離発着します。

 プエルト・リコはまさに近隣諸国です。飛行時間は行きが3時間半、帰りが4時間。とういうことは、成田からグアムまでほとんど同じということに気づきました。さらに気づけば、この南下は他にも随分似たところがあるような気がします。この突然の気づきを書いてみたくなり、別のテーマで書くはずだったテーマを急遽路線変更します(笑)。

 その前にちょっと言い訳を。帰りの機内で突然鼻水が出始め、クシャミが止まらなくなりました。しかも左鼻だけです。ただでさえ熱帯の地から乗り込んだ機内は寒く、毛布もない小さな飛行機です。ラックからコートを取り出そうと立ち上がった途端にコーヒーをひっくり返し、上も下もコーヒーまみれ。からだはますます冷たくなるし、突然の花粉症なのか風邪なのかもわからぬままに、くしゃみをし続けていました。

 家に戻ってからもおさまらないので、非常用の鼻炎薬を飲みました。ところが忘れてました、これ、ものすごく眠くなるのです。おまけに前の晩に3時間しか眠っていなかったことも重なってうっかりウトウトと、、、、知らない間に過ぎていってしまった時間にあわてましたけれど仕方がありません。夕食の支度やら後かたづけやらでブログの更新をあきらめました。一晩たった今でもまだクシャミ。熱帯花粉症なんていったい全体あるのでしょうか(笑)。

 さて話を戻します。グアムもプエルト・リコも熱帯ゾーン、一年中泳げる常夏の島です。
大きさで言えばプエルト・リコは鹿児島県、グアムは淡路島と同じぐらいです。政治的な位置づけで言えば、プエルト・リコはアメリカ合衆国のコモンウェルス(自治領)であり、グアムは準州。それがいったいどう違うの?という疑問はさておいて、大雑把に言えば、アメリカと緊密な関係にあることは事実です。けれども、両島とも大統領選挙への参政権はなく、公選によって選ばれた知事が内政を執行しています。

 初めてグアムに行ったのは1969年の春、まだ1ドルが360円に固定され、外貨持ち出し制限があった時代です。今はなきパンナムことパンアメリカン航空が唯一運航をしていました。私たちはグアムの空港のベンチで夜を明かし、翌朝トラック島へと飛びました。グアムが周辺の島々への交通の拠点であるならば、プエルト・リコも小さなカリブ海の島々への拠点と言えるかもしれません。そこは広大な大洋へと繋がっています。

 以来ミクロネシアの島々を訪れる際に何度もグアムに下り立ちましたが、ここしばらくは寂しいことにそんな機会もありません。けれども私の古い思い出の中に残っているグアムは、南の島でありながらアメリカであり、けれどもいまだにスペインの色を残す場所です。島のはずれの村々の、色とりどりな建物が忘れられません。グアムもプエルト・リコもスペイン人に発見され、長らくスペインの植民地でした。

 プエルト・リコの家々はまるで絵の具箱のように、さまざまな色に彩られています。面白いことに同じ色が並ぶことはありません。ピンクの隣りがミントグリーンで、その隣がライトブルー、次は紫になったりローズ色になったり明るい黄色になったりで、そんなごちゃ混ぜの色彩が、眩しい陽射しにぴったりなのです。けれどもその雑然さは、白いフレームという共通項で不思議な調和を見せながら、スペイン時代のコロニアル(植民地)スタイルが今でも継承されています。

 帰ってまず感じたのは、陽射しと色彩の違いでした。ここでは私たちが住む建物も、向かいのホテルもオフィスも、まるでどれがどれだわからないぐらいに同じ色調で統一されているのです。色彩の豊穣と統一、そのどちらをも美しいと思えるほどに、私も年を取りました。

 ちょっと離れていただけなのに春が随分進みました。テニスコートに向かう道には無数のタンポポが咲き、裏庭の八重桜が満開になりました。常夏の国も素敵なら、四季のある国もやっぱり素敵です。

 クシャミの数だけ思考も散って、散漫な文章になりました。
 それにしてもこの鼻水とクシャミ、何とかならないものでしょうか。
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4月14日(木):波音ヒーリング付き三色チップス
4月15日(金):サン・ファンのNYC
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2011年04月13日

羨望と望郷の熱帯雨林へ

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 それにしても「熱帯」という言葉はどうしてこれほどまでに人を魅了するのでしょう。いえ、「私を魅了する」と言うべきでしょう。そんな習性は若い頃からのもののようで、レヴィ・ストロースの「悲しき熱帯」などという難解な古い本を、初めはただそのタイトルだけにひかれて読み始めたのは、大学に入って間もない頃でした。

 そんな「熱帯」という二文字に、さらに別の二文字がつけば、その魔力はますます強まって、憧憬と望郷で私をがんじがらめにします。それが「Rain Forest」であり「熱帯雨林」です。

 絵画の知識や鑑識眼はなくとも、きわめて個人的な好みはあります。そんな尺度で言えば、ルソーが描いた一連の「熱帯雨林」ものはいつまで見ていても見飽きることがありません。ワシントンのナショナルギャラリーには何度足を運んだことでしょうか。そこには、「熱帯雨林の猿」という絵が所蔵されているのです。「赤道のジャングル」もあります。

 同じように単純な理由から、ゴーギャンの絵と、彼の生涯にも心惹かれます。国家予算の見直しの中で、国が運営するスミソニアンの美術館をしばらく閉館する、などという突拍子もない案が出て、先週はワシントニアンたちを怒らせましたけれど、幸いなことに美術館はこれまで通り人々に開放されることになりました。プエルト・リコから戻ったら、すぐに「ゴーギャン展」に行きます。

 そもそも熱帯とは、単に地理的な括りです。北回帰線から南回帰線までの間の帯状の区域です。その真ん中に赤道があります。具体的には北緯23度26分22秒から南緯23度26分22秒までの間。

 そこは日射量が多いために一年中高温となり、上昇気流が多量の雨をもたらし、その下に熱帯雨林が作られます。豊かな雨は地を潤し、動植物を育て、また空に昇り、また雨となって戻ってきます。自然の変異がない限り、そして人間が何らかの方法でこれを壊そうとしない限り、この連鎖は永遠に続くはずです。

 昨日、プエルト・リコの首都、サン・ファンから43キロほど南東にある「El Yunque」に行きました。ここはアメリカがその生態系を管理する唯一の熱帯雨林です。2万8千エーカーですから約113平方キロメートル。森の中をコンクリートの道が通っていて、入り口で入場料を払えば、中の「レインフォレストセンター」で、お勉強のための映画を見ることもできますし、カフェで青バナナのフライも食べられます。ギフトショップでは用意のいいことに、ひとつ6ドルの使い捨て雨よけポンチョまで売られています。

 舗装された道は、滝やら展望塔だのの観光スポットを用意して、熱帯雨林の奥まで私たちを運んでくれます。車では入れないトレイルもあり、車を置いた人たちが20分の初心者コースや2時間の中級者コースなどで熱帯雨林体験ができるようにもなっています。

 熱帯雨林への回帰は、私にとってはそれはそれは嬉しいことでした。でも、こんなに至れり尽くせりでは、まるでテーマパークの中を走っているようにしか思えないのです。いくら保護をするための管理でも、これはやっぱり本来の「熱帯雨林」ではないような気がします。自然の善意を信じて手付かずのままにしておかなければいけないように思うのです。もちろん車で通り抜けたりしてはなりません。

 などと複雑な面持ちでいたとは言え、そこはやはり熱帯雨林です。突然の豪雨がからだをビショビショにしたかと思えば、すぐにまた熱い太陽が照り付けます。雨に打たれた後の緑の、何と言う躍動的な美しさでしょうか。

 懐かしい仲間たちにたくさん出会うことができました。タロイモ、キャッサバ、ブレッドフルーツ(パンの実)、バナナの林、、、、、名前も知らないたくさんの懐かしい植物たち。
滝のほとりに群生していたのは、確かにジンジャーでした。花をつけ、花が開けば、辺り一帯をクラクラとする香りで満たすことでしょう。

 雨が降り、全てを湿らせ、土を潤し、木々を育て、虫やけものたちの生を運び、
 空に帰り、暗い森に光を届け、また雨となって降り落ちる、、、、、

 何て素敵な連鎖でしょうか。
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4月12日(火):始まりはピナコラーダで
4月13日(水):ただ青いだけでロマンチックな青バナナ
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2011年04月12日

魚になれなかったカリブ海

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 ここプエルト・リコは、ぼぼそのまま南へ下っただけあって、ワシントンとは同じタイムゾーン、日本との時差はマイナス13時間です。どこにいても私の頭の中にはいつもふたつの時計がまわっています。たとえて言えば、右側の頭は日本時間、左側の頭は現地時間。携帯メールなどは、右側の頭でしっかり考えて出さないと、変な時間に届いて迷惑をかけることになります。それでも時々混乱して大ドジをします。

 マイナス13時間の場合は比較的簡単。日本とは昼夜が入れ替わったようなものですから。こんなロマンチックなことだってありえます(笑)。

男:「外を見てごらん。太陽が昇りだしたよ。オレンジ色の光が木々を染め出した。何て素敵な一日の始まりだろう。」
女:「ええ、見てるわ。なんて美しいんでしょう。茜色の空がだんだんと暗くなっていくの。何て素敵な一日の終わりなのかしら。」
男:「僕たちは今同じ太陽を見てるんだね。昇る太陽と沈む太陽を。」
女:「ええ、地球は動いているの、今こうしている一瞬も。私たちが息をしているように。」

最近一番混乱したのはシアトルとバンクーバーでした。途中からサマータイムに切り替わったりもして、マイナス17時間と言うのは、数字に弱い私の頭ではどうやっても上手に体感できずに、指ばかり折っていました。

 さて、こうしている今、右側時間は火曜日の夜で、左側時間は火曜日の早朝です。日本の家族や友人から、こんなメールが届いています。

「今日は朝一から千葉震度3、昼と何回か結構ゆれました。阪神大地震の時は9ケ月も続いたそうです。地震も暴れるだけ暴なければ気が済まないのでしょうかね。大事に至らなければよいかなと開きなおりですかね。震災地の事をかんがえると忍耐あるのみです。一緒に河口湖に行く時までには治まってくれるといいですね。」

「今日もね、朝8時過ぎと、午後2時過ぎに大きな余震が2回。朝のは千葉沖で、午後のはまた福島で震度6弱。もう揺れにも慣れてきたけど、感じるのが嫌だから地震警報が鳴り響くたびにフロア中をうろついてるわ。一体なにが起こっているのか・・・原発レベルは7に引き上げられたし。大丈夫と思うべきなのか、過大評価をして恐れるべきなのか、、、、」

「朝8時過ぎ又少し大きく揺れました。お部屋にいると地震か眩暈か解らなくなります。母はあれ以来眩暈がなおらず、医者に行ったら、同じような患者さんがたくさんいたそうです。後遺症ですね。部屋から見える公園の桜が満開です。早く揺れない日を待ちます。」

 昨日、午前中に予定の仕事を終えて、午後、海へ行きました。太陽がサラサラの砂を熱く照らし、心地よい風が椰子の葉を揺らし、十分に暖められた海は優しく私たちを受け容れてくれます。トルコ石色の水面はしばらく行くと突然、紺碧に変わります。そこまで行けばからだがひんやりとして、きっと魚になれるはず。

 暖かい水の中で、波が来るごとにフワリフワリと漂いながら、紺碧の水面へと泳ぎ始めた途端に大きな波がやってきました。うまく乗れずに水を飲みました。せっかく進んだ私のからだがまた岸に戻されます。その時襲ってきた何とも言えない恐怖の心をいったいどう表したらいいのでしょう。まるでからだが硬直したように感じました。こんなことは初めてのことでした。私は急いで向きを変え、あとはひたすら岸に向かって手足を動かし続けました。

 これもまた後遺症なのでしょうか。

 サン・ファンの町にはたくさんの色があふれています。建物も、花々も、人々が着るものも。そんな色彩の豊穣が、底抜けに明るい空と、快適な暑さに何とぴったり合っていることでしょう。静かな午前中が、だんだんと活気付いていき、午後になれば町のあちこちで誰かが音楽を奏で始めます。叩く人もいれば、かきならす人も、歌う人もいて、時には踊る人もいます。

 今日は車を借りて島をまわります。
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4月12日(火):始まりはピナコラーダで
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 21:24| Comment(1) | プエルトリコ

2011年04月11日

いったいあなたってやつは、、、、、プエルトリコ最初の朝に

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 ワシントンのバルティモア空港から南へ南へと3時間半、サン・ファンに着きました。ここはアメリカの自治領、コモンウェルスと呼ばれるプエルトリコの首都です。コモンウェルスと言っても、そんなものは一切もたない国の人間からしてみればいったい何のことやらわかりません。とは言え、どうやらそれは大変特別なものであるようです。

 まずここの住民はアメリカの市民権を持ち、アメリカ合衆国にある種の形で所属をしながら、、、、たとえば出入国に際して、私はパスポートが要るのに夫は必要ありません、、、、、アメリカへの納税義務はありません。その代わり、大統領選挙の投票権もありません。義務もなければ権利もないわけです。ここにはここの知事がいて議会があります。公用語はスペイン語です。

「コモンウェルスになってからもう60年近く立つのに、こんな中途半端な形のままで快適なんだろうか。」
「次はきっとアメリカの51番目の州になるよ。」
 
 などと言われながら、実際、長い間、アメリカ合衆国への州になることを希望する「州昇格派」と、現状維持の「自治派」と、独り立ちして歩き出すことを唱える「完全独立派」が論争を繰り返してきました。アメリカの51番目の州昇格を巡る最後の住民投票が行われたのは今から13年前、1998年のことでした。

 そんな政治的な迷いをかかえながらも、プエルトリコというカリブ海のこの島は、あざやかな色彩に彩られる美しい地です。気候は、私が長い間肌で覚えてきたあの南の島々にも似て、1年を通してほぼ同じ気温の熱帯海洋性気候です。たとえば今日から先1週間の最高気温は28度です。春も夏も秋も冬もなく、あるのは雨期と乾期。4月〜11月の雨期には湿度、気温とも高い蒸し暑い日が続くとは言っても、貿易風がいい具合に爽やかさをもたらしてくれるのは、あの熱帯の島々も同じでした。気をきかしたホテルが部屋の冷房をつけっぱなしにしてくれましたが、元を止めてもらいました。冷房は全く必要ありません、少なくとも私には。観音開きのよろい窓を開ければ、まぶしい日の光が飛び込んでくるのと一緒に、優しい風が吹き渡ります。

 時々雨が降ります。これも「私の島たち」のスコールと同じです。
 昨夜も気持ちの良い星空の下で食事をしていたら、いきなり大雨が振り出しました。パラソルの位置を動かして食事を続けていたら、案の定10分もたたないうちにカラリと止みました。

 こんな心地よい気候の所にパスポートも持たずに移動できるとあって、アメリカの友人たちの中には、この島にヴィラを借りて、冬は毎年この島で過ごすという人たちもいます。

 さてそんな熱帯の島で迎えた最初の朝に、PCを立ち上げたとたん飛び込んできたのは、スカイプでの娘の一言でした。「来たァ!」

 いったい何事かと思えば、11日午後5時16分頃に、また大きな地震が起きたというではありませんか。その後、立て続けに友人たちから連絡が入り、続く余震の状況を知りました。ここではワシントンの自宅と違ってすぐにテレビの前に飛んで行きNHKに見入ることもできませんから、しばらくは家族や友人たちからの報と、ネットで得られる情報だけが頼りです。

 ここまでみんなで一生懸命歩いてきたと言うのに、自然はどうしてこんな悪戯をし続けるのでしょうか。美しい花を咲かせ、高い青空に光り輝く雲を浮かべ、豊かな葉を茂らせ、優しく木々を揺らし、トルコ石色のおだやかな海に招くのも同じ自然だとしたら、私たちはもうその気まぐれな力に翻弄されることしかできないのでしょうか。

 今日この日は私の大切な娘のお誕生日。これを書いている途中でたった今、21時4分、「また揺れてる!」と言う娘の言葉。娘をこの日に授けてくれたのも自然なら、こうして今もなお人々を不安な夜の中に置いているのも自然。いったいあなたってやつは、、、、、
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4月11日(月):ビールとポテチ、ポテチとワイン、、、、、
4月12日(火)予定:始まりはピナコラーダで
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 21:44| Comment(0) | プエルトリコ

2011年04月10日

南へ 海へ、、、

 こちらは日曜日の午前7時。ようやく外がうっすらと明るくなってきました。早起きして荷づくりを終えました。これから初めての地へ飛びます。カリブ海の島、プエルトリコです。キューバやジャマイカなどが並ぶアンティル諸島の一番東。海をへだてて西のお隣はドミニカ共和国とハイチです。

 いくつか取材をしたいことがあります。

 その理由は何であれ、私にとって、「南+海」という組み合わせは、心身の状態に化学変化を起こさせるには最適の「触媒」です。5日間、この気温28度の島に身を置いて、これからのことをきちんと前向きに考え、元気になって戻ってきます。

 何度も読み返している本があります。村上春樹さんの「走ることについて語るときに僕の語ること」というエッセイです。その中にこんな箇所が出てきます。

 「たくさんの水を日常的に目にするのは、人間にとって大事な意味を持つ好意なのかもしれない。まあ『人間にとって』というのはいささかオーバーかもしれないが、でも僕にとってはとりあえず大事なことであるような気がする。しばらくのあいだ水を見ないでいると、自分が何かを少しずつ失い続けているような気持ちになる。それは音楽の大好きな人が、何かの事情で長期間音楽から遠ざけられているときに感じる気持ちと、多少似ているかもしれない。僕が海岸のすぐ近くで生まれて育ったということも、いくらか関係しているかもしれない。」

 この時期、また不謹慎とか自粛とかの言葉が飛んできそうですが、私は再びしっかりと歩き出すために、春樹さんが旅行バッグの中にいつもランニング・シューズを入れるように、水着を隅っこにおしこんで、「少しずつ失い続けているような気がする何か」を取り戻しに旅立ちます。

 時間になりました。また、プエルトリコからお便りします。

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4月4日(月):DCのど真ん中で日本の味に!
4月5日(火):「我が儘」ではなく「Wagamama」という和食世界
4月6日(水):Edamame?
4月7日(木):ワシントンにアテネの町が!
4月8日(金):ポークのキウィソース〜フュージョン万歳!
4月9日(土):フラリぷらぷらタイ料理
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2011年04月09日

開いて咲いてまた散って〜さくらリフレイン

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 東京の桜は今週末が見納めでしょうか。3月26日に始まったワシントンの桜祭りも、明日の日曜日で幕を下ろします。

 私が住む東京の町は桜並木で知られた所。毎年町をあげて行われる「さくらフェスティバル」は、ピンク一色に覆われた並木の両側にずらりと出店が並びます。苗木が配られたり、並木の途中に作られた赤い毛氈の茶席で、道行く人々にお抹茶がふるまわれます。そんな「さくらフェスティバル」は外から足を運ばれる方々と同じように、私たち住人にとっても心躍る週末でした。いつもは静かな町が、この2日間ばかりは大賑わいに姿を変えたのです。

 開花予想とにらめっこをしながら4月3日〜4日に開催を決めたはずの今年の「さくらフェスティバル」は、地震の後に中止が決まったそうです。熟考があってのことだったのでしょうが、人間たちのそんな葛藤などは意も解せずに、桜はいつもと寸分たがわず美しく咲き開き、人々の心にさまざまな思いを与えた後に、またハラハラと散っていくのでしょう。

 残念なことです。フェスティバルが中止になっただなんて。こんな時こそつかの間の賑わいの中で共に上を向き、美しく咲いた花を愛で、毎年変わらずに咲いてくれるその律儀さに感謝をする良い機会だったでしょうに。

 一斉に咲き、一斉に華やぎ、一斉に散る潔さに、おのれの人生を重ね合わせる人も多いことでしょう。桜の下を歩く時には、たくさんの思い出、たくさんの思いがセンチメンタルに渦を巻かせます。

 紫色の着物姿の母と手をつないで、桜のトンネルを抜けた小学校の入学式、
 恋をして、切なくて苦しくて、それなのに飛び上がりたいぐらい嬉しい気持の中で桜を仰ぎ見た時、
 小さな娘たちと一緒に針と糸を持って花びらの首飾りを作った時、
 別れの予感の中で、散る桜を祈るように手のひらに受けた時、
 娘と大きな桜の枝をかついで運び、寝たきりになった人と部屋の中で最後のお花見をした時、、、

 2年前の春、お弁当を持って母を訪ね、桜咲く山の坂道を車椅子を押しながら登りました。あれほど好きだった花なのに、もう上を見あげる力もなくなった小さく萎んだ母は、その半年後に逝きました。

 こんな風に、桜という花は次から次へと数知れぬ思い出を呼び起こします。不思議な花です。これはたぶん私たち日本人だけの感性だろうと思います。いくらワシントンの桜祭りの華やぎの中を歩いても、その感性が呼び起こされないのに、ここにいて日本の桜を思うだけで、心がザワザワと騒ぎ出すのも不思議なことです。

 先日、桜咲く池のほとりでリスに出会いました。私が近づいても平然としています。そして一昨日、「はしばみ色の目の老婦人」に出会ったレストランの外の桜の木の下で、こんな赤ちゃんリスに出会いました。まるで母親と勘違いしたのかと思うほどに、私についてまわります。踏みつけないようにするのが大変でした。
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2011年04月08日

はしばみ色の目の老婦人

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 昨日の朝=日本時間の深夜11時半頃、「あっ、大きな揺れが!」の一言でとだえてしまった東京の友人とのスカイプチャット。何が起こったのだろうかと、あわててオンラインニュースを開いてみれば、宮城県沖を震源とする地震の速報です。テレビをつければ、M7.4という、あれ以来起きた最も大きな余震の様子を伝えています。マグニチュードの数値は、後にM7.1に修正されたようですが、とにかく大きなものであることはうかがい知れます。

 その後、イギリス人の友とオールドタウンのレストランで昼食を食べていたら、遠くのテーブルに一人で座って食事をしていた、はしばみ色の目をした小柄な老婦人が、食事の手を休めて私たちのテーブルに近づいてきました。

「日本の方でいらっしゃいますよね?先ほど日本の地震のニュースを聞きました。度重なる災害で皆様さぞやお苦しみのことと思います。一日も早く希望の日が来るように私も祈らせていただきます。」

 そう言ってまたテーブルに戻って行きました。思いをそんな風に形にしてくれたのがありがたくて、私は何度もお礼を言いました。

 かたやこちらは夜の集い。
 ワシントンDCの中心部にある歴史的ホテル「ウィラード・インターコンチネンタル」で、昨夜、ケンブリッジ大学卒業生のインフォーマルな集まりがありました。このホテル、何が歴史的なのかと言えば、1860年の日米修交条約の批准書を交換した折に、日本から派遣された使節団が宿泊した所なのです。以来150年近く、世界各国の要人たちが滞在をしてきました。

 館内は息を呑むように豪華な美しさです。あちこちに置かれた大きな花瓶にみごとに桜が生けられています。けれども、豪華だからと言って、美しいからと言って、それが必ずしも快適とは限りません。

 もちろん私は卒業生ではありませんけれど、縁あって何となく末席に加わっていたのです。15人が一つのテーブルを囲むような小さな会ですが、昼間の「はしばみ色の目の老婦人」に励まされて、もし機会があればと、日本の被災地の子供たちのための募金についての案内をカバンの中に入れていました。

 どこから見たってケンブリッジの卒業生には見えない小さな日本人の私はこの場では明らかに「よそ者」です。一目見れば日本人であることはわかるだろうに、みんな「共通の」話題と「個々の」仕事の話に夢中で、期待していた「はしばみ色の目の老婦人」なんて一人もいやしません。見かねた家人がやっと、日本に住んでいたことがあるという世界銀行の女性を見つけてきてくれましたが、

「日本にお住まいだったんですね。どちらにですか?」

の質問にきちんと答えてくれた後はすぐにまた、彼女の仕事がどんなに大変か、どんなに忙しいか、という話に戻ってしまいました。例えて言えばこんな感じです。せっかく誰かが投げてくれたボールを、全く返さないのです。ボールは自分の側からばかり投げられて、行ったり来たりになりません。

 彼女だけではありません。おおよそそこに居たエリートたちが、ちょっと離れて眺めてみれば、みんなきわめて内輪の話に終始しているのです。グローバルであるべき人たちが、なぜかとってもローカルなのです。

 失望した私は中座をして、ロビーの片隅の桜の下で売店で買ったばかりの本を読み始めることにしました。「Excuse me. ちょっと化粧室に行ってきます。」と言って席を立ったまま、いつまでも帰らないなんていう不作法は、後にも先にも初めてのことでした。落ち着いて考えてみれば、それほどに今の私の心の振幅は安定していないのかもしれません。

 それにしても、豪華だからと言って、美しいからと言って、それが必ずしも快適ではないように、IQがいくら高いからと言って、必ずしも共感能力やコミュニケーション力、つまりEQの高さにはならないということを、何となく感じることになった会でした。もちろん、世の中にはIQもEQもそろって高い人たちもたくさんいるでしょうが、、、、、

 私はどちらかと言えば、「はしばみ色の目の老婦人」になりたい、、、、、

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2011年04月07日

この際、日本式慎みは忘れて〜ニュージーランドの募金方式

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 明るい陽射しに恵まれた木曜日の朝を迎えました。今私がこれを書いている仕事部屋の床にも、隣の居間にも、サンルームにも豊かな光が差し込み、影を作っています。光と、それが織りなす影を見るのがとても好きです。その影の移ろいを見るのもとても好きです。私はこれをひそかに「光の渡り」と呼んでいます。光の渡る家に住むのが私の願いでした。

 ヤマト運輸が今年度中に取り扱う宅配便1個につき10円を、東日本大震災の被災地の支援に寄付すると発表しましたね。宅配便の料金は変えず、つまり委託者の我々には負担を与えずに、彼らの利益の中から支払う形だそうです。

 ニュースによれば、同社の昨年度の宅配便取り扱い数は約13億個。今年度も同レベルの扱いがあるとすれば、たった10円でも塵も積もれば何とやら、130億円です!これまで発表された一企業の拠出額としては最大規模だそう。

 もちろんこれほどの規模ではありませんが、最近立て続けに同じような形の支援についてのメールを受け取りました。

 ひとつは東京で私が時々行くフットケアのお店「フットアドバンス」の店長から。

「このような大変な時期にいつもと変わらぬ生活を送ることができ、店舗も営業ができることに感謝し、また被災地の復興と被災者の生活に役立つことを願って、明日から当面の間、1コースに付き100円の義援金を日本赤十字社を通して被災地に送ることにいたしました。お客様にご負担を強いるものではございません。あくまでも当店がいただく御代の中から、一部を義援金とさせていただくものでございます。」

 もうひとつはFujisan.co.jpから。

「期間中に右記ギフト券を使って新規で雑誌を定期購読していただくと、申込み1件につき500円を被災地に寄付させていただきます。特別協賛雑誌につきましては、申込み1件につき1000円を被災地に寄付させていただきます。デジタル雑誌は敵講読、最新号、バックナンバー全商品で、購入1件につき販売金額の5%を、また特別協賛雑誌は10%を寄付させていただきます。」

 規模の大小に関わらずありがたいお心です。でも、ここでふと思うのは、ニュージーランドでの対応との違いです。

 昨年から今年にかけての私たちは、行く先々で自然災害に立ち会うという稀有な経験をしてきました。昨年の4月、オーストリアのウイーン滞在中にアイスランドの火山が火山灰を噴き上げ、空港が閉鎖されました。夫は次の講演地のハンブルグに行くことができなくなり、私たちは結局、日本への飛行機が飛び始めるまでずっと、予想外に長いウイーン滞在を余儀なくされました。

 そして今年2月のニュージーランドでは、夫のオークランド大学での集中講義を終えて、今まさにクライストチャーチに飛ぶ寸前に、地震の報せが届きました。私たちの宿泊するはずだったホテル一帯は、多くの建物が崩壊しました。私たちはもちろんクライストチャーチ行きをあきらめて、もっと南の小さな町、クイーンズタウンで数日間を過ごしました。

 2月22日の地震発生からしばらくニュージーランドに滞在する間、行く先々で目にしたのはこんな貼紙でした。

「このたびのクライストチャーチの地震への被害への寄付として、お会計の最後に2ドルを余分につけさせていただきます。」

 ちなみに2ニュージーランドドルは、今のレートで言えば130円ちょっとです。いくら了解なしに2ドルをプラスされたからと言って、お客の誰がそれについて文句を言うでしょうか。むしろ、そうした形で代わりに気持ちを届けてもらえるのなら大歓迎です。

 面白いことに、ここに垣間見られるのは二つの文化の相違です。「皆様にはご負担はかけません。」という日本式は、我々日本人の慎みを表しているようです。対して、「ご寄付分を上乗せしてお払いいただきます。」というニュージーランド式は、大げさに言えば市民としての義務に気づかせてくれます。

 ご意見は色々あるでしょうが、私はこの際、日本式慎みはとっぱらって、100円なりなんなりをどんどんと上乗せして、消費者市民を巻き込んでいってもいいのではないかと思うのです。それがひいては私たちの経済の活性化にもつながります。もちろんそれを明確に謳い、「私はいやだ」という人たちにも拒否権を与えての話ですが。

 皆様はいかがお考えになりますか?

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