2011年01月31日

やっぱり素敵なノリコさん

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 1月最後の日は、窓から差し込む明るい陽射しが美しい影を織りなす朝で始まりました。雪が降った形跡はどこにもありません。おだやかな朝に、カイロの友人たちのことを思い、その無事を祈りました。
 
 昨年は「繋がりの年」でした。ひとつの縁から始まった繋がりが、また別の場所へと繋がって、さらにまた広がっていく、、、、そんな嬉しい連鎖の中で出会ったのがノリコさんでした。

 ノリコさんは長いこと大手化粧品会社で仕事をしていました。当然ながら、使う化粧品もいわゆる高級化粧品でしたが、38歳の時に顔にシミができているのを見つけました。普通ならそこでさらにグレードの高い化粧品に切り替えて、シミを直そうとするのかもしれませんが、ノリコさんは違いました。手元の化粧品を潔く全て捨て去り、庭のアロエを使って自分自身で化粧品を作ってしまったのです。

 「毎日使う化粧品だから納得したものを使い続けていきたいと思った。自分で作ったものなら、良い所も悪い所もよくわかるから。」と、今ではシミひとつない優しい顔で語ります。

 それが新しいキャリアへの出発となりました。見た目は静かでフンワリとしているノリコさんのどこにそんなパワーが潜んでいたのかと驚きますが、何と彼女は「自然派化粧品」の会社を作ってしまったのです。自分の信念と夢を貫きながらも無理をせず、本人いわく「身の丈ビジネス」で一歩一歩を踏みしめてここまで歩いてきました。

 そんな彼女と過ごす時間はいつだってワクワクと心躍ります。共感し合うところもたくさんあり、次から次へと話の花が咲き続けます。今日だって、笑いが止まらなくなったり、ちょっぴりセンチメンタルになって涙ぐんだりしながらも、随分長い時間を銀座で過ごしてしまいました。おたがい全く別の分野の仕事をしているだけに、斬新なアドバイスに目が開くこともしょっちゅうです。

 新年早々から会える日を探していて、いったんは昨日の日曜日に決まったのですが、その後すぐにノリコさんからこんなメールが届きました。

「ナオミさん、本当にほんとうに本当にごめんなさい!!!30日はボサノバ教室の発表会の日でした。」

 この時初めて、私は忙しいノリコさんがボサノバを習っていることを知りました。そして今日また、こんなことがわかりました。

 長いことボサノバを歌ってみたかったノリコさんは、仕事の合間にインターネットで探した教室に通い始めました。「ノリコさんがどんな仕事をしているか、皆さんは知ってるの?」という私の質問に続いたのは、こんな素敵な答でした。

「ううん、私が作ってる化粧品のことなんて誰も知らない。『仕事は何をしてるの?』なんて一度も聞かれたことがないし、私も聞かない。誰も仕事の話なんてしないの。私はボサノバが好きな、ただの○○ノリコなの。それがとてもいい感じなのよ。」

 そんな友はやっぱり素敵です。
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2月1日(火)予定:讃岐うどんでユルユルと
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2011年01月29日

包丁砥ぎができなくてよかったかも、、、、、、

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 いったい何年ぶりでしょうか、やっちゃいました、終電乗り遅れ。
 大好きな仲間たちと、神楽坂で飲んで食べて、思いっきり話し込んで、「もう一軒だけ私の思い出の店に行こう!」と言うタカコさんの後をゾロゾロ歩いていったら、そこがまた、時計なんか見たくもないほどに居心地が良くて、、、、、

 止まってしまった私鉄の代わりに、まだ動いているJRで大回りをして、タクシーでロングドライブ。帰ってみたらとっぷり深夜でした。というわけで、不肖にもブログが一日抜けました。

 昨日はとりわけ長い一日でした。今月最後のグローバルキッチンの準備のために、目覚ましを3つもかけて早朝に起き上がり、すぐに労働開始です。テーブルを整え、キッチンを磨き、さて床掃除に移ろうかと掃除機のスイッチを入れたとたんに、ドアのチャイムが鳴りました。お客様をお迎えするには早すぎる時間です。

 寒さの中で立っていたのは、出勤途中のミチヨさんでした。何事かと思いきや、

「あのお、包丁砥がせてもらってもいいですか?今日も皆さん、お魚をさばくだろうと思って、、、、ワタシ、砥ぐの得意なんです。」

 ミチヨさんはグローバルキッチンの仲間です。つい2日前の第二回目の会に参加したばかり。数ばかりあっても、切れ味の悪い包丁できっと苦労をしたのでしょう。そんな私の不精をなじるでもなく、朝の出前仕事で優しく気持ちを表してくれました。そして、慣れた手つきで10本の包丁を砥ぎ終えるやいなや、足早に仕事に向かって行きました。

 おかげさまで手さばきも驚くほどに軽くなり、最終回のグローバルキッチン「地中海ダイエットとアンチエージング」も楽しく賑やかに終えることができました。

 片付けもそこそこに駆けつけた神楽坂では、すでにタカコさんとハナさんがビールのグラスを前に話に花を咲かせています。「小動物みたいなナオミさん」と、タカコさんが私を呼びます。格好良くて優しい母ライオンのようなタカコさんからそう呼ばれると、私はいつだって何だか嬉しくなってしまいます。タカコさんもハナさんも、私よりもずっと年下なのに、二人は親身になって、小動物を一人前に仕立て上げようと画策を練ってくれているのです。昨夜はそんな戦略会議でした。

 そして今日、出かける直前に届け物を持ってやってきたのはミナコさん。「これ、けっこうおいしいラスクなんですけど、朝御飯にでもどうぞ。朝、ちゃんと召し上がってないんじゃないかと思って。駄目ですよ、ちゃんと食べなきゃ。」と言いながら、突然大声で笑い出しました。

 「そ、そのセーター、裏表が逆ですよ。全くもうナオミ先生ったら。」と、笑いながら私が慌てて着直すのを手伝ってくれました。「もっとも、そんな抜けているところが、ほっとけなくていいんですけどね。」

 というわけで、昨日からこのかた、たくさんの友たちに世話を焼かれながら、その暖かさが嬉しくて、つい思ってしまうのです。

 「包丁砥ぎができなくてよかったかも。小動物でよかったかも。抜けていてよかったかも。」と。
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1月28日(金)見栄え抜群〜サーモンタルタル
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2011年01月28日

たとえハチドリの一滴でも

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 この1年近く、グルグルまわっていたのは、決して頂上が見えなかったからではありません。登り口が見つからないとか、登り方がわからないとか、登る時間がないとか、あれやこれやの理由をつけては登ろうとしなかったのは、きっと真正面から向かい合うのが怖くて、逃げていただけなのです。

 その山はいつも私の前にそびえていました。いつかは登ってやると思いながらも、その実、誰かが手をひっぱってくれるのを待っていたようにも思います。結局は怠けていたのです。

 でも、もう怖がっている時間も、怠けている時間もありません。今登らなければ、山影は次第次第と薄れ、遠ざかり、結局は蜃気楼のように消えてしまい、もっともっと年を取ったら、きっとこんな風に語るのにちがいありません。「私も昔はこんな夢を持っていたものよ。」

 昨年11月、前々から請け負っていた仕事のために一時ミラノから戻ってきました。その時にある方が言った言葉がずっと心の中で響き続けています。私と同じ年の大変高名な方です。社会に対する影響力も並ではありません。これまでだってたくさんのメッセージを発信してきたその方が、こんなことを言ったのです。

 「僕にはまだまだ伝えたいものがある。次世代に残したい言葉がある。これから2年かかるか3年かかるかわからないけれど、僕は七転八倒してでもそれを書き残すつもりだ。」

 私にも残したいメッセージがあります。あれほどの方でも七転八倒するのなら、私ごときが怠け、逃げていてよいものでしょうか。それが「第一の開き」でした。

 けれども、まだ私は何だかんだと自分の中で理由を並べては逃げていました。けれども、つい先週、一緒に仕事をした積年の友からこんな言葉を言われたのです。

「人任せで待っていられるってことは、結局それだけの思いしかないってことじゃない?本当にやりたいなら、できることからともかく始めてみたら?」

 それが「第二の開き」でした。もしやりたいことが3つあるとすれば、それまでの私は、一番目ができたら二番目に、二番目ができたら三番目に、という変に律儀なプロセスの図式にとらわれていました。ひたすら一番目を待ちながら、二番目から始めたっていいんだ、ということに気づくこともなかったのです。

 突如生じた、私のそんな思いを整理するために、昨夜、ユウコさんがブレーンストーミングに駆けさんじてくれました。夜遅くまで話し合う中で、私の頭の中にあった構図が次第に明確な形をとり始めました。

 1人でやらねばならないと思っていたからこそ、怖くて踏み出せなかったことに、仲間たちが加わった7名のプロジェクトチームができあがり、「私の思い」が「私たちの思い」になり、「私の夢」が「私たちの夢」になりました。そして、今日、最初の一歩を踏み出しました。あっと言う間のできごとでした。今はまだ恥ずかしくて言えませんが、秋にはひとつの形になるはずです。

 深深と冷え込み始めた帰り道、冬の夕空を、西日が美しく彩って、木々が影を作っています。たとえ「ハチドリの一滴」でも、考えているだけでは、一滴にすらなりません。日は昇り、日は沈み、また日が昇り、それらは永遠に繰り返されても、私たちの人生は決して無限ではないのです。
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1月28日(金)見た目も味も〜サーモンタルタル
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2011年01月27日

メガネの覚悟 後編

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 メガネをかけるということになかなか馴染めないでいたのは、長い間必要がなかったために慣れていないという理由のほかに、心の奥底では、年齢のせいでメガネを必要とするようになった自分を潔しとしなかったこともあるのだろうと思います。

 日本の「老眼鏡」と言う名もいけません。英語のようにさらりと「Reading Glasses」(読書用メガネ)とでも名づけてくれた方がよほど粋です。

 とは言え、実際には小さな字を読むのも不便になってきました。これはかなりのストレスです。しばらくは格好をつけて、講演の原稿などもポイントを大きくして何とかやっていましたけれど、次第次第に印刷をする字が大きくなっていきました。視力を測る時の検査表がだんだん上に昇っていくようなものです。当然ながら、印刷枚数もかさむようになりました。

 これでは資源の無駄遣いと、最近ではかけたり外したりを繰り返すようになりましたが、それでもなるべく存在感のないものを選んでいたのです。それが、、、、、

 振り返ってみれば、ちょうど2年前の1月に、香山リカさんの講演会のコーディネーターをしたことがあります。JRの小さな駅の改札口で待ち合わせて、タクシーで会場に向かうお約束をしていたのですが、時間になってもそれらしき方が見つからないのです。改札口に立っているのは、私の知らない女性です。もしかして、いえ、まさか、と、ためらいがちで声をおかけしたのが、まさに香山さん、その人でした。香山先生と言うよりは、「リカさん」とお呼びしたくなるような、ファッショナブルで素敵な女性でした。

 何となく釈然としないながらも、会場に着いて、いざ講演開始の時間になるや、香山さんはすっくと立ち上がり、おもむろにあの黒ぶちメガネをかけたのです。そのとたん、「リカさん」は「香山先生」となり、圧倒的なオーラを放ち始めました。

 その瞬間の目も覚めるような格好良さは、以来、私の中で忘れられない鮮烈な映像となりました。今回、思いきって黒いフレームのメガネを選んだのは、そんな映像をなぞったあげくのことでした。「メガネをかける」という行為を意識的に行うことによって、今までよりももう少しジャキッとした自分になれるような気がしたのです。いえ、ならなければいけないという覚悟があったのです。

 それほど最近の私は弛緩気味で、うんざりするぐらいしょっちゅう、探し物に追われています。このお正月だって、家族総出で出かけた先で、どうしても車の鍵が見つからず、大ヒンシュクを買いました。結局、ある場所で運よく見つけることができたのですが、カバンをひっくり返して探しまわる様をこれまで飽きるほど見続けてきた連中から、とうとう鍵よりも大きなキーホールダーをつけられてしまいました(笑)。それ以来、おかげさまでまだ一度も行方不明にはなっていません。

 鍵についたミニーマウスのように、私の新しいメガネが、新しい自分への水先案内人になってくれることを願っています。
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1月27日(木)予告:ライムのむき方
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2011年01月26日

メガネの覚悟 前編

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 そろそろ白状してもいい頃でしょうか。今回のイタリアでも実は随分失くし物をしてきました。人様に言えば「またですか!」と失笑を買うことでしょうし、家族に言えば「いい加減にしなさい!」と怒られることがわかっていますから、一人心の中にしまっておいたのですが、、、、、

 いえ、いつものお財布やクレジットカードなどに比べれば大したものじゃありません。まずはバスの中に頼りにしていたガイドブックを、ヴェローナのホテルのクローゼットの中にセーターとブラウスを置き忘れ、シエナのホテルでは鏡の前のコンセントにホットカーラーをさしたままチェックアウトしてしまい、、、まあ、そんなもんです(笑)。

 と言いたところなのですが、実はもうひとつ。致命的なものを雪の中に落としてきてしまいました。遠近両用のメガネです。幸い、近くを見るためのPC用のメガネが別にありましたから、読み書きは続けられたものの、近くだけを見て暮らせるわけがありません。その後、随分と不便をしましたけれど、慣れというのは便利なもので、いったん潔くあきらめたら、それはそれでボンヤリ世界もさほど悪くはないと思えるようにまでなりました。

少しばかり事の顛末をお話しすれば、事件は、長靴の踵の上の方にポコリと飛び出た瘤(こぶ)、がルガノ半島を一回りする途中で起こりました。アドリア海の海岸線がぐるりと囲む半島の真ん中は山岳地帯です。1000メートルの山々が連なり、「Foresta Umbra (日陰の森)」と言う名の古代の森が眠っています。この時期には雪が覆う場所も多く、人はおろか、車とすれ違うこともほとんどありません。

 美しい風景の中を通り抜ける道は、ウネウネと続くワインディングロード。ここでかなり酔ってしまったのです。喉元までやってくる不快感に何度も車を止めてもらい、外に出てはじっとかがんでいました。何度目かのかがみの後にふと気づけば、メガネがありません。手に持っていたのを落としたのか、頭に載せていたものを落としたのか、あるいはポケットに入れていたものを落としたのか、、、、走ってきた道を戻ったところで、探せるはずもありません。

 ま、自分の分身のようなものが、今でもあの森と一緒に眠っているとでも考えれば、これはこれでまたロマンチックですけれど、現実の世界で全うに生きていくためには、何とかしなければなりません。

 というわけで、眼科医の友人に紹介された店に飛んで行って頼んだメガネが、先日できあがってきました。

 子供の頃から近視も遠視も乱視とも無縁の身でした。メガネというものを身につけざるを得なくなったのは、近年のことです。縁がなかっただけに最初のうちは随分抵抗がありました。なるべく目立たないフレームのものにして、必要に迫られた時にだけかけていたのです。

 それなのに今度のメガネは黒縁です。顔の上でかなり存在感があります。あえてそうした物を選んだ裏にはある覚悟があります。ちょっと長くなりそうですし、夜も更けてきました。一日中働いて、かなり頭も朦朧としてきましたので、続きは明日にゆずります。

 明日はグローバルキッチンの2回目。口紅をひくことによってきりりと覚悟ができる人もいるでしょうし、ネクタイを締めたとたんに背筋が伸びる人もいるでしょう。明日へ向けての私の深夜の覚悟は、銀のナイフとフォークとスプーンを、1本1本柔らかな布で磨いては静かにテーブルの上に置いていく時間です。そして、お迎えするお客様1人ひとりの顔を思い浮かべながら、お皿の上にネームカードを置き終わった時です。
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1月26日(水)予告:受験生のお夜食にも〜トスカーナ風豆のスープ
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2011年01月24日

意外性の魅力

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 昨年12月、フィレンツェを一望のもとに見下ろす丘の上の小さな町、フィエゾレに招いてくれたのは、「European University Institute」(EUI)のフランチェスコ・フランチオーニ教授でした。EUIは、欧州連合(EU)が約40年前に創立した大学院大学です。キャンパスは、ヴィラと呼ばれる10の館となって、この町に点在しているのです。そして教授は国際法の分野ではかなり名の知れた方です。

 トスカーナの丘陵を見渡すレストランでの長い昼食の大半は、フランチェスコと連れ合いとの、私には皆目わからぬ専門的な話が続きました。ビジネストークが終了し、ようやく仲間に入ることができたのは、デザートに移る頃でした。

 平日にはフィエゾレで一人暮らし、週末には自宅のあるシエナに帰るというフランチェスコです。「シエナのウィークエンドライフはいかがですか?」と月並みな質問をすると、返ってきた答は月並みどころか、あまりに意外なものでした。

「オリーブオイルとワインを作ってますよ。農園を持ってるものだからけっこう忙しくてね。」

 オリーブオイルと聞けば黙ってはいられません。私のたくさんの質問にひとつずつ答えてくれるフランチェスコは、さっきまであの大きなホールでEU各国から集まってきた俊英たちを前に、朗々と知的財産法の講義をしていたのと同じ人とは思えません。

「僕は大きい実は使わない。モライオーロとレッチーノとフラントイオとコレッジョラの4種を混ぜて作るんだ。シエナはいいオリーブが実ってくれるから、いいオイルができる。来年でも収穫に来るかい?ワインもね、祖父のそのまた祖父から受け継がれたやり方で作っている。オリーブオイルもワインももちろん自家用さ。」

 こうした、「まさかの顔」に遭遇すると、実にドキッとします。「らしくない意外性」は「いかにも〜〜」以上に鮮やかな印象を残します。往々にしてそれはとても魅惑的です。楚々とした大和撫子が週末には一人、ハーレーでツーリングをしていたり、どう見ても体育会系の男性が実は美術館めぐりを楽しんでいたり、自分のことだけ考えていそうな、いかにも我が儘勝手な人が、人知れずベトナムストリートチルドレンの支援をしていたり、、、、、

 つい先日もこんなことがありました。秘書協会の理事にして昼間は有能な秘書である方が、実はフラメンコダンサーだったのです。その華麗なる手さばき、足さばきをパーティーで披露してくれて、私たちの目を釘付けにしてしまいました。

 こんな「らしくない意外性」っていいですよね。
 フラメンコにすっかり陶酔してしまって、「私も習いたくなりました、フラメンコ!」とそばにいた大先輩に呟いたら、すかさず言われてしまいました。

「ナオミさんはやっぱりフラダンスじゃない?ホンワカ、フラフラ、ユラユラしてる方が向いているわよ。」

 はい、おおせの通りでございます。
 でもそれじゃあ「いかにも」で、憧れの「意外性の魅力」にはならないんじゃないでしょうか(笑)。
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1月25日(火)予告:デート前にはご注意ください〜ジャジキ
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2011年01月23日

地中海ダイエット〜クレタの憂鬱

 
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 明るい陽射しに恵まれ、絶え間ない賑わいと笑い声に溢れて、今年最初のグローバルキッチンが終わりました。からだは疲れているはずなのに、心は高揚しています。素敵な仲間たちとの心温まる時間を創ることができた達成感、、、、仕事の喜びはこんなところにあります。

 今月のテーマは「地中海ダイエットとアンチエージング。」
 キッチンで一斉に立ち働く前に、1時間の講義があります。

 今日、皆さんにお話ししたのは、

* 無形文化遺産について
* 「地中海ダイエット」がユネスコの無形文化遺産に選ばれるに至った経緯
* その裏側にあったこぼれ話
* そして、地中海ダイエットについて

 ちょっと経緯をたどってみれば、最初に申請リストの精査が行われたのは、2008年11月、イスタンブールでのことでした。6カ国からなる当時の委員会のメンバーは、エストニア、ケニア、メキシコ、韓国、トルコ、アラブ首長国連邦です。

 翌年の8月には無形文化遺産の申請が締め切られ、37カ国から147の候補が挙げられました。うち145件が単独の国によるもの、残る2つが複数国による共同申請でした。

 10月にはアブダビで第二次審査が行われます。ここで147件が54件に絞られました。
続いて昨年の1月には、54件の申請国がさらに詳しい書類の提出を求められました。フランス語で書かれたものが5件、英語が41件、残る8件はその他の言語によるものでした。

 5月、入れ替えもあった6ヶ国から315のコメントが寄せられて、7件が辞退をした後で、昨年11月15日〜19日、ケニアのナイロビで無形文化遺産決定最終会議となり、新たに47件が無形文化遺産に加わりました。日本からも、結城紬と沖縄の組踊りの2件が登録されました。

 「地中海ダイエット」は、イタリア、ギリシャ、スペイン、モロッコの4カ国による共同申請でした。そして、イタリアの外務省を代表して一連の会議に出席していたのが、私たちの友人、トゥーリオだったのです。

 イタリア人にしては生真面目な(笑)トゥーリオは、「時差のことは考えなくていいから、決まったらすぐに電話をしてね。」という約束を律儀に守り、「ナオミ、通ったよ、地中海ダイエットが正式にユネスコの無形文化遺産に登録された!」とナイロビから真夜中の東京に電話をしてきてくれたのです。

 その後、再びミラノに戻った私は、彼からたくさんの裏話を聞くことになりました。その1つがこんな逸話でした。

 実はギリシャのクレタ島がこんな抗議文を送っていたのです。

 「地中海諸国の食材は確かに共通点も多い。けれども、『地中海』という用語でそれらを一括りにしてよいものだろうか。食材は同じでも、食習慣は異なることに目を向けるべきだ。食習慣というのは往々にして、その土地土地の文化的、社会的、経済的、宗教的な基盤の上に成り立っているものなのだから。

 もしも『地中海ダイエット』が無形文化遺産として認められるのならば、なぜ『バルカンダイエット』がないのか。つまり、『地中海ダイエット』とは単に地理的なまとめ方に過ぎない。

 地中海ダンス、地中海ソング、地中海宗教行事などを無形文化遺産として申請することなど誰も考えはしないだろうし、思いつきさえしないであろう。『地中海ダイエット』ではなく、『クレタダイエット』『○○ダイエット』こそが真の意味で、無形文化遺産としての価値を問われるべきである。」

 クレタの人々は、地中海ダイエットを支えているとも言うべき、オリーブオイルの消費量が、ダントツに多いのです。おまけにギリシャで一番大きな島、全地中海の中で5番目に大きなこの島には、独自の文化とライフスタイルがあります。そして、「プライド」もあるのです。

 4カ国の共同申請による今回の「地中海ダイエット」は、彼らのプライドからすれば、当然受け入れがたいことでした。彼らからすれば、今回の成り行きは、単にその商業的価値のためだという反論を出したくなるのも、ある意味正論かもしれません。

 残念ながら、クレタの人々の物言いにもかかわらず、審議は進められ、結局は「地中海ダイエット=地中海的食習慣」が無形文化遺産の名誉を担うことになりました。「地中海ダイエット」にについて学んできた身としては痛し痒し。これが長い時間をかけて世代から世代へと受け継がれてきた遺産であり、次世代に繋いで行くべきものである、とはよくわかってはいても、同時にギリシャを愛し、クレタをこよなく愛する私は、クレタ人の憂鬱についても「そうだ、そうだ、そうかもしれない。」とつい呟きたくなってしまうのです。どうしたものでしょうか。

 今日のテーブルを飾ってくれたのは、トゥーリオがお餞別にくれたムラノグラスの繊細なキャンドルスタンドでした。
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1月24日(月)予告:1月のグローバルキッチン〜地中海ダイエットとアンチエージング

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2011年01月22日

土壇場力で迎える明日

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 月に一度、いえ、最近では二月おきになることも多くなってしまったのですが、てんてこ舞いになる日があります。その様たるや文字通りすさまじい「てんてこ舞い」です。それが「グローバルキッチン」初回の前日です。

 階段を上ったり下りたりして、仕事部屋からキッチンへ、キッチンからリビングへとバタバタ数え切れないほどの移動を繰り返し、掃除をし、せっせと資料を作り、次から次へと人数分の印刷をし、長いリストを片手に買い物に駆け回り、テーブルを作ります。イメージに合った花が見つからなければ花屋の梯子をします。

 要するに、いかに土壇場まで何にもしてないかということ。とは言え、名誉のために弁明すれば、頭の中ではちゃんと考えているのです。これは何もグローバルキッチンに限ったことではありません。わかっちゃいるけど止められない「土壇場集中型」なのです。

 ここが私とパートナーとの一番の違いです。彼は早々と準備をし、「えっ、そんなにのんびりしていて大丈夫なの?」と、私を心配させるぐらいに「先に片付けちゃえ型」なのです。そんな余裕のある姿を見るたびに、ひたすら我が身を反省するのですけれど、こればかりは持って生まれた性癖とでもいうのでしょうか、なかなか路線変更をすることができません。「いよいよ間に合わなかったら眠る時間を削ればいいだけの話」などと思うところが、まさに困った天然性能天気。

 その裏には、「いつだって土壇場力でちゃんとできてきたではないの。」と言う経験則があってのことなのですけれど、これは冷静に考えればかなりリスキーです。今日だって、一気に進めるために他の予定を入れずに、丸一日を土壇場力発揮のために空けておいたのですが、もし予定外の急用でも起こってしまったらいったいどうなってしまったというのでしょう。

 今月のテーマは「地中海ダイエットとアンチエージング」。いずれまた別の機会にお話しますけれど、実はこれ、とてもタイムリーなトピックなのです。何たって、「地中海ダイエット」は、昨年11月半ばにナイロビで開催されたユネスコの会議で、「無形文化遺産」に登録されたばかりなのですから。

 そんな華やかなことになるとも知らず、長年関心を持っていましたので、手元にはたくさんの関連書籍があります。今回はこれらをかなり読み込みました。加えてイタリア生活の間に資料を集め、インタビューをしてきました。偶然にも、親友のトゥーリオが、この件でのイタリア政府代表だったこともあって、貴重な裏話もたくさん聞けました。というわけで、今回作った配布資料はいつもの3倍。明日から始まる1月の「グローバルキッチン」はかなり面白くなりそうです。

 何箇所もまわって、ぬかりなくリスト通りに買い物をしてきたはずなのに、やっぱりドジをしてしまいました。パンとコーヒー用のクリームを買い忘れてしまったのです。もう一度出るには遅すぎる時間です。そんなところにアシスタントのカズコさんから「大丈夫ですかあ?何か買い足す物でもあります?」

 長年の付き合いのカズコさん、さすがに私の至らぬ所をよくわかっています。早速、明朝、こちらに来てもらう途中で、忘れ物の買い足しを頼みました。

 ワインのセレクションを安心して任せているアケミさんからは、「夜遅くなりますけれど、今日お持ちになったワインの説明書きを郵便受けに入れておきますからね。」

 ありました、ありました。封筒に入って、きちんと人数分作ってくれた説明書きが、、、

 こんなに出たり入ったりになると、期間限定東京暮らしは、公私共々色々なことがいっぺんに詰め込まれて、かなり忙しい日々となります。そんな中で「グローバルキッチン」の継続について思い悩むこともありましたが、カズコさんやアケミさんを始めたくさんの仲間たちに助けられてここまで育ってきたことを思えば、これはもう私だけのものではありません。みんなのものです。ありがたいことにいつだって満員御礼のこの広場を、一緒に育てていかねばなりません。

 ようやくあらかたの準備が整いました。深夜の暗闇の中でテーブルがひっそりとお客様を待っています。頑張ります!
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1月21日(金):楽しいですね、香り付きオリーブオイル
1月20日(木):マイブレックファーストメモリー 2

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2011年01月20日

秘すれば花 でも待ちきれなくて、、、

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 3年以上も前のこと、某新聞社のウェブサイトで団塊世代の人達向けのコラムを持っていたことがあります。不定期に書いていましたが、確か最後の回はNo.65でした。このNo.33(2007年10月)にも、実は昨日登場した宿場の拓ちゃんが出てきます。

 タイトルは「男女の品格〜秘すれば花」

 遠過ぎず近すぎず、最適な距離感を保つ、口数少ない「いい男たち」の品格について書いたものなのですけれど、そこに登場している3人の男たちの一人が拓ちゃんでした。となれば、「あとの二人は?」ということになりますけれど、一人は事あるごとに駆け込んでいる歯医者の永山先生、そしてもうお一方が、能役者の味方玄(みかたしずか)さんでした。

 味方さんは、人間国宝、片山幽雪さんの高弟で、観世流を背負う若手のホープ。数々の賞を受賞なさり、「テアトル・ノウ」を主宰する方です。縁あって、銀座で開催していた講座に来ていただいたのが2007年6月のことでした。

 羽織・袴のすっくとした涼やかな立ち姿で、聞き手との絶妙な距離感を保ちつつ、多くを語らぬながらも心に響く言葉をたくさん残して、薫風のように去って行かれました。品格のある方でした。今でも深く印象に残っているのはこんな言葉です。

「世阿弥も『風姿花伝』の中で言っています。『秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず。』人の心を魅了するには全てを見せてはいけないのです。ほんの少しにしてあとは相手の想像力に訴えなければなりません。」

 これこそが味方玄という能役者の姿勢でした。そんな姿勢にすっかり魅了された私は、またいつかお会いしたい、そしてもっともっと話を聞いてみたいと思うようになりました。けれども、それはまさに心のうちに秘めたる思い、誰に語ったこともありません。

 それが何としたことでしょう。冬のミラノでびっくりするようなメールをもらったのです。

「味方玄さんが上京なさるのに合わせて、舞台と客席ではない場所で、味方さんと向き合い、話を聞きながら、日本文化の本質を肌で感じる試みを企画したいのですが、適当な場所が見つかりません。ナオミさんの家をお借りできないでしょうか。」

 その後、東京との間で何通ものメールが交わされ、日程の再調整がなされ、湯浅裕子先生の「能と聖書の響き合い」のグループと、私の「グローバルキッチン」のグループを1つの輪にして、味方さんを囲むという形になりました。ギュウギュウ詰めのラッシュアワー状態を厭わなければ、30名ぐらいなら行けるはずです。

 「能と聖書の響き合い」は、「異文化同士の魂の響き合いを探る」というのが目的です。そして私の「グローバルキッチン」も、「思い込みや偏見や狭量による境を取り払う」ことを目指しています。私の家でこの二つの輪が重なって、大きな輪になり、その真ん中で味方玄さんが、能楽を語り、ひと節を謡ってくださるなんて、そんな響き合いはあまりに荒唐無稽で、想像だにできないことでした。こんな風に秘めたる思いが形になるなんて、本当に不思議なめぐり合わせです。

 本当はこの情報、今週末から開催されるグローバルキッチンで皆様にお伝えするまでは黙っているつもりでした。けれども何だかソワソワ。秘すれば花、わかってはいても待ちきれなくて、、、、
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1月21日(金)予告:楽しいですね、香り付きオリーブオイル
1月20日(木):マイブレックファーストメモリー 2

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2011年01月19日

ありがとう、さようなら、宿場

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 ビールを飲みながらちょっとメソメソしています。
 今月末だったはずの「宿場」の閉店が早まってしまい、今日がとうとう最後の日。
 理由は聞きません。拓ちゃんが一生懸命考えた末のことでしょうから。

 でも、たとえいつものように、「宿場行く?」「行こう、行こう」となったって、明日からはもう私たちの宿場はないのです。

 どうしても最後のお別れをしたくて、夜の都心でオリーブオイルのテイスティングが終わってから、宿場と拓ちゃんに会いに駆けつけました。もしかしたらカウンターが1席ぐらいは空いていて、最後の夜に身を置くことができることを願いながら引き戸を開けました。

 そんなうまい具合に行くわけがありません。何たって「宿場」最後の夜は今夜一夜だけなのに、その最後の夜を、今までと同じように飲んで食べて、しゃべって泣いて笑いたい、と思う人たちは、席の数の何十倍、何百倍といるのですから。

 店内は長い間慣れ親しんできた賑わいと匂いにあふれ、拓ちゃんはいつもと変わらずカウンターの向こうで寡黙に働いています。誰が信じることができるでしょうか、明日からは蜃気楼のように全てが消えてしまうなんて。

 少しでもその雰囲気にひたりたくて佇んでいたら、拓ちゃんがカウンターの向こうから出てきました。「すみません、いっぱいで。」

 「いいんです。どうしても来たくて来てしまっただけなんですから。最後に一言お礼を言いたくて。これ、落ち着いたら読んでください。」

 と、兎のお菓子の箱と一緒に手紙を手渡すと、拓ちゃんが涙目になって、私もまた涙目になりました。すると拓ちゃんがカウンターを台にして何やら書き始めました。領収証の裏紙に書かれていたのは拓ちゃんの連絡先。そこに付いていたのは、なぜかウルトラセブンのストラップ。

 ストラップを目の前に、もしかしたら拓ちゃんは故郷の星へ帰らねばいけなくなった宇宙人なのかもしれない、などと思ったら、なんだかやけに寂しくてまたメソメソです。

 幾度となく喜びも悲しみも語り合ったユカリさんからも、こんなメールが届きました。
「あのお店は私の人生の激動の始まりから安寧を得たこの10年間通った思い出の場所、感無量です。言葉もありません。」横浜に移ってからも、足繁くここまで通って来ていた我が友です。

 そしてこれが今日、私が拓ちゃんに書いた手紙です。

拓ちゃん、

なんて気安くお呼びしてしまってごめんなさい。でも、私たちの間ではいつも「拓ちゃん」でした。

「そろそろ宿場行かない?」
「拓ちゃんの顔も見たいし」

そんな「拓ちゃんのいる宿場」は、私たちにとって、たくさんの思い出がつまった所でした。ここでどんなに笑い、どんなに泣いたかしれません。そして明日への一歩を踏み出す勇気を与えられてきました。

何かがあれば宿場に行きたくなりました。
人生の節目にはいつも宿場にいたような気がします。
私が連れていった友人たちは、みんな宿場の大ファンになり、その友がまた友を自慢げに連れていき、輪がどんどんと広がっていきました。

私ばかりではありません。宿場は文字通り、私達の人生の「宿場」でした。

拓ちゃん、お疲れ様でした!
そして長い間、本当に本当にありがとうございました。

卒業は英語では「Commencement」と言います。
「Commencement」とは『始まり』と言う意味です。

またいつの日か私たちのところへ帰ってきてください。
私たちはいつまでも、いつまでも待ち続けます!!
 

 大げさなことは十分承知です。多少センチメンタルになっていることも十分にわかっています。それでも言います。これで私の人生の1つの時代が終わってしまいました。あれほどの場所にはもう決して出会うことはないでしょう。

 ありがとう、さようなら。
 そしてどうか元気になって、帰ってきてください、ウルトラマンセブンさん。
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1月19日(水):マイブレックファーストメモリー 1
1月20日(木):マイブレックファーストメモリー 2
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見つかったガラスの靴

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 砂時計の砂がどんどんと落ちていくように、次の移動を控えた東京暮らしの時間が、日一日と短くなっていきます。まだまだ会いたい人たちがたくさんいるのに、、、、、

 昨夜の二人もどうしても会っておきたい人たちでした。元々は男同士の仕事の繋がりから生まれた私たちの距離が、今や男共を離れてグングンと狭まっています。夫たちの国籍は異なっても、私たちには、いくつかの場所の間を移動する暮らしという共通点があり、長年一生懸命続けてきた仕事の道でちょっと足を留めて、これからの人生の方向を模索している、という共通点があります。

 私が2人に会いたかったのは、それが楽しいからという理由だけではなく、ある特別の思いがあったからでした。模索度が一番高い私は、もちろん迷いの度合いも一番高く、迷子になる前に、同年代のウイコさんと、やっと50になったばかりのエミさんから、先へ進むきっかけをもらいたかったのです。バンクーバーの家での冬休みを終えて、東京に戻ってきたばかりのウイコさんを捕まえて、ようやく3人の逢瀬が叶ったのが昨夜でした。

「どこにする?我が家だったら、2,3種のつまみとチーズ、サラダとラザーニャみたいなオーブン料理と美味しいパン、後はワイン。それとも外で集まる?」と言うエミさんのメールに始まった場所の選定は、最終的には3人の住む中間点の町の、ちょっと大人ムードの居酒屋に決まりました。

「いいですねぇ。娘の持ってくるホットペッパーとかに『女子会』とか出てるのを見ても、私には縁のないものと思っていました!やりましょう、やりましょう、居酒屋女子会万歳!熟女会Go Go!」

 砂時計のスピードが3倍ぐらい早まったかのように、時は過ぎ、ひとつ話が終わればまた別の話が始まって、、、、男どもには話せないような、「熟女の歴史」が語られ続けます。なかなか波乱万丈でドラマチックなその歴史は、3人まとめて、すぐにでも1冊の本になりそうです。

 「いくら楽しめてもせいぜい10年。さて何を取る?」
 「私のプライオリティーは1つだけ。2番目と3番目は捨てるの。」
 「今ある時を楽しむこと。あとは何とかなります!」
 「出てこないお化けを怖がらないこと。」
 「私はあえてパンドラの箱は開けないわ。」
 「2人そろって健康で過ごす時間は限られているのよ。一人でもできることはその後でもできる。」
 「とにかく今という時間を愛しむこと。」

 心に響くそんな潔い言葉たちが、ワイングラスの間を飛び交って、私の迷いの霧が少しずつ晴れていきました。気づけばとっくに深夜です。

 12時をはるかにまわって、カボチャに戻ってしまった馬車で帰ってきましたけれど、探していたガラスの靴の片方が見つかったような気がしています。

 2月も3月も、それぞれの国、それぞれの場所に動いている私たち。全員揃う次の「女子会」は4月です。その時には2人にちゃんと歩く姿を見せられるよう、ガラスの靴を履いて練習を始めなければ、、、、、
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1月19日(水):マイブレックファーストメモリー 1
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2011年01月17日

タイガーマスクが普通名詞に変わる日

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 クリスマス以来、巷にタイガーマスクが出没しています。千里を走るという虎は、とうとう広島の捨て犬、捨て猫の施設にまで鰹節とお金を届けてくれたようです。私の住む区の警察署にも「子供達の為に使って下さい。伊達直人」と書かれた手紙と10万円の商品券の入った紙袋が届けられました。

 今や神出鬼没のタイガーマスクは、「社会現象」とも「運動」とも呼ばれ、前橋市の児童相談所玄関にランドセル10個を届けに来た初代タイガーマスクの志が、まるでリレーのように受け継がれて津々浦々に広がっています。

 これを単なる流行だとか、自己陶酔だの英雄気取りだのと言う人たちもいるかもしれません。けれども、「私も幾度か何かをしてあげたいと思いながらも行動ができずにいました。伊達直人さんが一歩踏み出させてくれたことに感謝しています。」と言う何人目かの伊達さんの言葉を聞けば、あちら岸から何やかや言う人たちよりも、こちら岸で一歩を踏み出した伊達さんに軍配を上げたくなります。

 善意を表すのは難しいものです。このブログを書き始める前に、2年連続でチャリティーコンサートのお手伝いをしたことがあります。受付や会場整理の学生たちから、プロのディレクターやプロデューサー、カメラマンや音響や照明の人たちが、自分たちが得意とする分野で、文字通り無償で働きました。営業のプロは足を棒にして歩き回り、くじ引きの景品を提供してくれる企業を探しまわりました。1000名を越すお客様が足を運んでくれて、私たちは世界の子供たちに5万本のワクチンを贈ることができました。お金勘定も力仕事もできない不器用な私の役割は、拙い司会でした。

 このチャリティーコンサートの報告を、ある新聞社のウェブサイトに載せたところ、思いもかけないコメントが寄せられました。「自分達ばかりがいい気になってやっている偽善だ。本当のチャリティーなんていうのは大っぴらにやるものではない。」と言うのです。事務局の仲間たちは、そうしたとらえ方をする人もいることを知り、驚きながらも、自分たちが至らぬがために誤解を招いたのかもしれないことを反省しました。

 「名乗りをあげて」と言う声も聞かれる中、私はやっぱり、たくさんのタイガーマスクさんたちには、タイガーマスクのままで居てほしいと思います。花巻市のスーパーで現金と一緒に入っていた手紙には、こう書かれていたといいます。

 「全国にタイガーマスクが居るんですよ、きっと」

 普通の人たちが普通に持っているはずの心の中のタイガーマスクが、こうして目覚めていけば、タイガーマスクは固有名詞ではなく、普通名詞に変わっていく日も来るのですから。

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1月18日(火)予告:さかなセンター名物バーベキュー


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2011年01月16日

寒さつれづれ

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 それにしても寒くありません?
 今朝なんて氷が張っているのを見つけちゃいました。

 昨日はゆっくり温泉につかって、今日だって午前中いっぱい水着を着てバーデゾーンでぬくぬく温まっていたというのに、帰ってきて暖房の入っていない部屋に一歩入れば、もうブルブルと震え始めます。

 冷気の中でも、みんなで歩く早朝の林の小道は笑い声が絶えず、
山茶花や水仙の花にもつい足を留め、
空は澄み渡り、光は明るく、海は輝き、、、、、

 大人数から再び少人数になって、共通の時を過ごした人たちが、またそれぞれの生活に戻っていきました。賑わいの後の静けさが、やけに深深と身に染みます。
 
 PCを持たずに出かけて本当に良かったと思っています。大切な人たちと過ごす時間は、たとえ外には繋がっていなくとも、十分に満たされていましたから。

 1人でも楽しい、2人でも楽しい、3人でも4人でも5人でも、もっと大勢でも、、、、、、
そんな風に生きていきたいと思います。それにはたぶん自立していながら、適度に依存し、受け容れ、協調する力が必要ですね。

 ところで話は変わりますが、先週末、偶然にも素晴らしい陶磁器展に巡りあいました。気づけば明日が最終日。銀座三越の8階で開催されている「陶磁物語〜葉山有樹展」です。

「この星は生命の星 無意味な生命などありはしない。」

 キツネがいて、熊がいて、豹も蛇も鹿も兎も山猫も、
 馬がいて、鶏がいて、リスもトンボも蜂もフクロウも、
 龍や鳳凰だって見つかりました。

「森羅万象図」という名の、いつまで見ても見飽きぬ壷でした。
 場内の写真撮影は禁止されていましたので、これは地下鉄コンコースで見つけた別の作品の写真です。これもまた息を呑むほど美しいものでした。
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1月17日(月)予告:わんこそば?はい、犬子(ワンコ)そば

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2011年01月15日

勇断は正解!

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 あと10分でお迎えの車が来ます。荷物もまとまりました。いえ、家出ではありません(笑)。
海のそばの室内プール付き温泉に行ってきます。メゾネットコテージ2棟の大所帯です。最後の最後まで迷いましたが、PCを置いていくことにしました。私にしては勇断かも、、、

 昨夜から現地入りした先発隊から、こんな朝日の写真が届きました。
 どうやら勇断は正解!
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1月14日(金)素敵なレトロ〜日本の洋食屋さん
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2011年01月14日

点と点が線になり、線と線が面になる瞬間

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 プーリア州アンドリアの駅から何とかバスらしきものが出るのは、1年のうちに夏場の3ヶ月だけ。しかも日に3本。それ以外の季節はまさに陸の孤島とも言うべき丘の上に、不思議な建物が周囲を威圧するようにそびえ建っています。それがユネスコの世界遺産にも登録されている「カステル・デル・モンテ」という城です。

 オリーブやブドウの木に覆われた丘陵をいくつも走り抜けて、ようやくたどり着いた城は薄暗く、日がな一日めったに来ない客人を待ち続ける受付さえ通り抜ければ、あとはもう人影を見ることもありません。私たちの足音だけが怖いほどに響きます。

 この城が異彩を放っているのは、その形です。外壁も、吹き抜けの中庭を取り囲む内壁も、几帳面なほどの八角形なのです。ここは、13世紀初めに神聖ローマ帝国の皇帝になったフリードリッヒ2世によって建てられた城です。

 8つの部屋を持つ1階から、暗い螺旋階段を上ってみれば、2階の窓から臨む景色は遥かに続く林です。6ヶ国語を話し、学問にも秀でていた皇帝が愛してやまなかったのは、故郷ドイツではなく、この南イタリアでした。この城で彼はいったい何を思い、どのような日々を過ごしていたのでしょう。

 フリードリッヒ2世が初めてプーリアを訪れたのは皇帝に即位した翌年、1221年のことでした。
その2年後にはシチリア島のパレルモに移ります。パレルモの大聖堂の霊廟には、皇帝自身ばかりか、皇帝の妻と母の石棺までもが天蓋の下に安置されています。

 歴史に弱い私の知識は断片にしか過ぎません。けれども、たまさか点と点が繋がって線をなし、線と線が繋がって面をなすことがあります。線になった瞬間、面になった瞬間は、まるで冷水を浴びたように背筋が震えます。

 昨年6月にシチリアを訪れて、パレルモの大聖堂で見たあの石棺に眠る人が、12月に訪れたこの八角形の城を建てたのと同じ人であったなんて、、、、、、、ある意味それは、正確な鳥瞰図と共に全てを心得て、繋がる線を確かめて歩く連れ合いと違って、無知なる者の新鮮な驚きであり、点と点を繋げることの素人の喜びです。

 私の旅の醍醐味はそんな所にあります。
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1月14日(金)素敵なレトロ〜日本の洋食屋さん
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2011年01月12日

居心地の悪さを力に換える力

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 緩の後の急、朝早くから夜遅くまでの長い一日に、たくさんの場所に行き、たくさんの人と会った日でした。文化の花開いた大正14年に創業したという老舗の洋食屋で、お昼をご一緒したのは、長年お世話になっているワダ先生。もう15年もの間頼り切っている我が家の税理士さんです。私たち夫婦の遺言の証人でもあります。

 いつの間にやらすっかり仲良くなって、私が先生の事務所をお訪ねするのは、11時と決まっています。なぜなら諸々ご指導をいただいた後に、ランチに出かけるのが定番コースだからです。

 先生は73歳。でも初めてお会いした時からちっとも変わってやしません。私がランチタイムに先生のお話を聞くのが大好きなことも変わりません。人生の先輩として、尊敬するキャリア女性として、姉のような親しみの中で、先生のストーリーに耳を傾けます。そして最後にはいつも、「お元気でいてくださいね。」と、名残を惜しみます。

 先生が若くして嫁いだ先は大家族でした。黙々と9人の食事を用意したと言います。加えて新聞記者だったご主人は、いつもたくさんの後輩たちを家に連れてきました。先生はそんな時にも、黙って皆さんのために食事を作りました。

 「昔はお財布なんて持ったことがなかったわ。」というお義母様は、在りし日の繁栄を懐かしみながら、一家の経済状況が変わった後でも、黒い羽織で歌舞伎を見に行く方でした。先生はよく、そんなお義母様のお供をして出かけました。

 そんな若い嫁であり、専業主婦であった一人の女性が、35歳にして、どうしてプロフェッショナルな税理士の道を志し、勉強をし、資格を取り、立派に事務所を構え、たくさんのクライアントのために働くようになったのでしょう。女性が社会に進出して男と同じに働くことに対して、まだまだ向かい風が吹く時代です。

 「居心地が良かったら、ずっと嫁さんやってたでしょうねえ。人生、ものは考えようよ。」

 と笑顔でサラリと言う先生。とっくに退職した5つ上のご主人様は、近年3度の入院を繰り返しました。それでも先生は、「ま、あまり深くは考えずに、できるうちは続けることにしてるの。」と、相変わらずテキパキと仕事をこなしています。朝食をきちんと用意し、仕事から帰ればすぐに台所に立って夕食の支度をし、待っていたご主人様と一緒に、その日のできごとなどを話しながら食事をする、兼業主婦の大先輩です。

 「平日は黙っているけれど、私の仕事が休みになる土日になると色々言うのよ。」などと屈託なく言いながらも、お互いの世界を尊重し合っている様子は、まさに私たちのロールモデルです。

 私の古いメモ帳に、「この私の人生の中で最大の快挙はこの人と出会ったことだ。」と言う走り書きがあります。今日のように、ご一緒に食事をして、ライフストーリーをお聞きした日のページです。

 これが、先生の言葉だったのか、ご主人様の言葉なのか、あるいはお友達の言葉なのか、今となっては記憶を呼び戻すことはできません。次のランチタイムにお聞きしてみるつもりですが、たぶん先生の、そしてご主人様の思いでもあるのでしょう。

 10人にいれば、10のストーリーがあります。
 時にそれらは1冊の小説を読むほどに心に染みいります。

 「居心地が良かったら今の道はなかった。今の自分もいなかった。」
居心地の悪さを力に換える力を持てるかどうか、それによって私たちのライフストーリーは大きく変わっていきます。

 全ての予定が終わっての帰り道、見あげた夜空にかかっていたのは、船のような月でした。まるで揺ら揺らと動きそうです。この月も時が満ちれば満月になります。
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1月13日(木)予告:まるで女工哀史のようなガリポリのオリーブオイル少年たち
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2011年01月11日

1が5つとラベンダー色

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 引きずる風邪を水に流したくて、この4日間、朝に夜に泳いでいたのが、プールが保守点検のためしばらく閉館になったとたんに水切れ状態を起こしてしまった自称半水棲動物です(笑)。

 どうも鬱々として気持ちが晴れません。そんな時は大したこともしないのに時間ばかりが過ぎていき、それがまた気持ちを滅入らせます。何とか気持ちを奮い立たせようと、とりあえずは遅まきに朝刊など広げてみれば、1がたくさん目に入ります。気づいてみれば、今日は「2011年1月11日」。

 「2011年11月11日」には負けますけれど、充分見事に並んだ1の列!何だか特別な日のように思えてきて、験をかついで、書こう書こうと思いながらも何とはなしに逃げていたある企画書を書き始めました。

 いい具合に興が乗ってくるのと同時に、心の雲の隙間からすうっと陽射しが差し込み始めます。こうなればしめたものです。1が5つに救われて、面白半分、先日いただいた紫色の「風水手帳」などを開いてみれば、「2011年のラッキーカラーはラベンダー色。ラベンダー色は、不運を逃れ、厄を落とし、金運と夢を引き寄せます。」とあるではありませんか。

 あります、あります、ラベンダー色のものならたくさん。不思議なことに、昨年からこのかた、無意識に選ぶものが気づけばみんなラベンダー色。家族や友人からもらった物たちもなぜかほとんどがラベンダー色。特に好きな色でもなかったのに、いったいどうしたことでしょう。こんなラベンダー色大集合はこれまでになかったことです。

 調子に乗って並べてみれば、春のビクトリアで夫が買ってくれた大判のスカーフも、お財布を失くしてウイーンで泣く泣く買った新しいお財布も、アメリカのデパートの大安売りのバッグも、「ナオミさんは忘れ物や落し物ばかりしているから、イタリアではこれを首からかけなさいね。」と友がくれたカバンも、友人たちの分まで8つも買ってしまったバンクーバーのエスプリの手提げ袋も、妹がお誕生日に送ってきてくれた小さなトートバッグも、年末にミラノで買ったセーターまでも、、、、、、

 まだまだ探せば出てきそうなラベンダー色の洪水です。と言っても、「ラッキー」という言葉につられて、紫色までも勝手にラベンダー色の仲間に入れてしまった上での話ですが(笑)。

 知らず知らずのうちに、2011年のラッキー準備をしていたのかとでもこじつければ、これはこれで楽しいもの。ふだんはめったに占いだの風水だのに頼ることはありませんけれど、今日は、11111とラッキーカラーたちに救われて、うまい具合に気持ちを方向転換できました。全く単純なものですけれど、必ず決まった所作をしてから気持ちを落ち着けて舞台に出る役者さんのように、こんな風にこじつけて自分に発破をかけるのも、時にはモヤモヤ解消の一手段。

 そういえば小さかった娘たちは、何かあるたびに私のところに飛んできて、「ねえ、ママ、あれやって。」とくるりと背中を向けたものでした。そのたびに、私は後ろから両手で肩をたたいて、「大丈夫、大丈夫!」

 (写真にしたら、ラベンダー色がまるで水色!でも実物はちゃんとラベンダー色なんです。)
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1月12日(水)予告:お好きなオリーブオイルでどうぞ
1月13日(木)予告:まるで女工哀史のようなイタリアオリーブ少年哀史
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2011年01月10日

Bon Voyage!

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 思わずコートの襟を立てて前かがみで歩きたくなるような寒い一日でした。
 今日大人の仲間入りをした新成人は124万人。私の頃に比べたら半分近くの少なさです。新聞の社説にも、「初めて人口の1%を切った。数の上ではマイノリティーだ。」

 寒さのせいでしょうか、マイノリティーのせいでしょうか、それとも単に私のウロウロ度が足りなかったせいでしょうか、あまり晴れ着姿も見られぬままに帰路につきました。

 それでも十分に嬉しい日でした。
 今日成人式を迎えた一人の学生の夢を、少しばかり後押ししてあげることができたからです。

 アメリカの大学に進学したエミカさんは、すらりと伸びた手足の美しい学生です。花のような笑顔を絶やさずに、強い意思と人一倍の頑張りで、次々と高いハードルを越えていく彼女を見ていると、私たちの世代の女たちにはなかった「たくましさ」を感じます。

 そんな彼女が、もっと厳しい環境の中で自分を成長させたいと、ハーバード大学への転学を望むようになりました。普通なら夢で終わってしまう望みを、彼女は驚くほどの行動力で実現へと近づけていきます。そして、嬉しいことには、何名かの推薦人の一人に私を指名してくれたのです。

 高校時代から彼女の夢を聞いていた私は、「私なんて。。。」という慎ましさを捨てて、彼女の将来のために真摯に推薦状を書くことにしました。その5通の推薦状を、成人の日の今日、書き上げることができたのです。封筒を糊付けして、割り印を押し、表に丁寧に「Letter of Recommendation」という言葉と共に、彼女の名前を書きました。

 エミカさんが式に臨んでいるであろう頃、私は表参道で24歳のチエミさんと食事をしていました。24と言えば、ついこの間成人になったばかり。年齢から言えば娘のようなものなのに、一時一緒に仕事をして以来、私はたくさんのことを彼女から学んできました。人生に対するまっすぐな姿勢とか、潔さにとか、飽くなき知的好奇心とか、、、、

 私が彼女にできることと言えば、話を聞いてあげて、人生の先輩、仕事人の先輩としてちょっとしたアドバイスをすることぐらいのものでしたけれど、それでも彼女は私を姉のように慕ってくれました。聡明で、感性も豊かな彼女なのに、なかなか自分の能力を発揮できる仕事にめぐり会えずにいたのが、やっと今、厳しい選考を通り抜け、外資投資銀行というハードながらもチャレンジングな職場で、自分を鍛え、磨きをかけています。

 久しぶりに会ったチエミさんは、ますます美しくなり、毎晩11時までの仕事だと言うのに、「お休みだったので、このスカート、昨日ミシンで縫っちゃいました。」などとケロリと言うのです。そして、私がちょっとトイレに立った間に、何食わぬ顔で二人分の会計を済ませているのです。何だか立場が逆転してしまったかのようです。

 エミカさんの将来も、チエミさんの将来も、私は本当に楽しみにしています。
こうしたパワフルで、しなやかで、美しい女性たちこそが社会を変え、これからの世界を担っていくに違いないと思うからです。

 思い出します。
 緑色の振袖を着て、大きな会場で緊張していた成人式のこと。
 あれから幾星霜、何て長い年月がたったのでしょう。

 そして今、この困難な時代の中でも、私たちのバトンを安心して渡すことのできる人たちが、着実に育っています。

 おめでとう、新成人たち!
 Bon Voyage!
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1月11日(火)予告:デンマーク風オープンサンドはアンデルセンで

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2011年01月09日

閑散としたお伽の町 アルベロベッロ

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 テレビはあってもめったに見ないことを知っている友人たちが、時々、リアルタイムで連絡をしてきてくれます。「今、こういう番組やってますよ。」とか、「コルフ島の料理が出てるから録画しておいてあげるね。」とか。

 今日も、そろそろ泳ぎに出かけようかと思っていたところに、「アッピア街道が映ってる!」と携帯メール。予定を変更してテレビの前に陣取ると、確かに懐かしい光景が広がっています。夕方6時からの「世界遺産 新春の旅 ローマ街道」と言う番組でした。

 アッピア街道と言えば、「すべての道はローマに通ず」のたくさんの道の中でもとりわけ賑やかだった道。ローマ帝国繁栄の礎ともなった道です。人や物が行き交う主要ルートであったことから「街道の女王」とまで称されていました。出発点のローマからナポリを通り、さらに南下してアドリア海に面したブリンディシまで、距離にして約600キロ。そのブリンディシに、ついこの間、下り立ったばかりです。

 高速道路を走っている限りはあまり馴染みもありませんが、ちょっと下りてみればアッピア街道だったということが往々にしてありました。両側から覆うように傘のような大きな松が茂っている立派な道もありますし、「こんな細い道が?」というような所もありました。どちらにしても、いにしえの行き交いに思いを馳せながら、車のスピードを落としてゆっくりと走りたい道に変わりはありません。

 この街道沿いにある6つの世界遺産のうち、番組でも紹介されていた「アルベロベッロ」に立ち寄ったのは、暮れも押し迫った12月26日のことでした。イタリア語で「すばらしい木」という意味を持つ、舌を噛みそうに可愛い名前のこの町は、標高415mの丘の上にあります。トゥルッリと呼ばれる、石を積み上げただけの円錐形の屋根と、真っ白な壁の家がどこまでも続く旧市街は、まるでお伽の国に迷い込んだようです。

 オフシーズンとあってほとんど人通りもない店先に、「どうぞお入りください。」などと日本語で書かれた標示を見るにつけ、この場所がいかに日本からの観光客を招き入れている場所かがわかります。イタリア暮らし最後の9日間にプーリアを随分グルグルとまわりましたけれど、日本語を見たのは後にも先にもアルベロベッロだけでした。

 白い家の間を歩きまわって冷えたからだを温めようと、やっと空いているカフェを見つけて中に入ると、暇をもてあましていたおじさんが、カウンターの向こうから話しかけてきます。

「暖かくなれば日本人がたくさんやってくる。みんなナポリからシチリアへ行く途中にちょっとだけ寄るのさ。でもね、日本のお客は忙しくて大変だよ。嵐のように来たかと思うと、写真をたくさん撮って、また嵐のように行ってしまう。ある時、日本の旅行会社から言われたんだよ。『泊まるにはお風呂がないと』って。それでさ、ここのホテルがみんな頑張ってシャワーをお風呂に変えたのに、せいぜい1泊しかしてくれないのさ。日本人てそんなに忙しいのかい?」

「日本語を誰が書いたかって?いるのさ、ここにも一人日本人の女性が。イタリア人と結婚して観光客のガイドをやっている。」

 あわよくば、そんなお伽の国に住む日本の女性とすれ違いでもしないものかと願いましたが、残念ながらお会いできませんでした。

 新聞を開けば、全面にわたる旅行広告の中に確かにありました。
「カプリ島、シチリア島を含む南イタリア旅行の決定版!!美しき世界遺産アマルフィ海岸と、とんがり屋根のお伽の国、世界遺産トゥルッリで有名なアルベロベッロ泊に1泊 8日間」

 フーッ、おじさんの言う通り。
 ともあれ、しばし閑散としたお伽の国の写真をお楽しみください。
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1月10日(月)予告:ハバを利かす贅沢雑煮
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | イタリアライフ

2011年01月08日

みんな良かったねえ。

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 お正月のお飾りもはずされて、町も家も人間も、日常の顔に戻ってきました。「お正月だから」と逃げていられなくなった私も、頭を少しずつ仕事モードに切り替え始めました。まずは延び延びになっている案件から片付けようと、来週のどこかで会合を開くためのメールのやり取りをしている最中に、相棒から突然こんな連絡が入りました。

「恥ずかしながら、今朝、庭で思いっきりコンクリートの上に転び、顔の左半分がお岩さんのように腫れてしまいました。1週間もすれば外出できるとのことですが、来週末までは自宅安静が必要となりました。幸い、レントゲンとCT検査では、骨と脳の異常は見られないことがわかり、不幸中の幸いと胸をなでおろしています。しばらくの間、幾分痣にはなるようですが、命あっての日々に感謝をしています。来週の会合は無理になりましたが、片目で書類を読むぐらいはできますので、できることがあれば何なりとおっしゃってください。」

 急いでお見舞いのメールを送って、今後の段取りについて考えていたら、今度はアメリカの親友ジリーからのメールです。

「夜中に目が覚めて、台所にお水を飲みに行こうと思ったら階段から滑り落ちてしまいました。いやというほど腰を打ち付けて、新年早々病院通いですけれど、顔や頭じゃなくて良かったわ。手も頭も使えるので感謝しています。ナオミも気をつけてね。」

 全く何が起きるかわからないもの。「気をつけてね。」と言われて、「はい、気をつけます。」と答えたって、いったい何をどう気をつければいいのでしょう。こんな話を相次いで聞くと、とりわけ粗忽者の私が無傷ですんでいるのが不思議なぐらいです。

 身近なところでは、正月早々インフルエンザにやられた娘。9度を越す高熱は何とか薬で下がったものの、まだまだ回復への道は遠し。そんな中で、キャンセルすることもできない仕事の山に取り組んでいる姿を見ると、無理をしなければならない状況であることは重々承知の上で、ついつい「無理しないでね。」。

 「ママが移したからだ!」となじられるかと思えば、やけに明るい声で、
 「大丈夫よ。今やっちゃえばもうこれからかかる心配もしなくていいし、感謝してるぐらい。」

 日本の友も、アメリカの友も、わが娘も、そんな大変な状況の中で使った共通語は「感謝」。彼らなら大丈夫、きっと我が身の不運を呪う人たちよりもずっと楽に山場を越えられるでしょう。

 私の母が生きてたら、きっとこう言ったに違いありません。それが母の口癖でしたから。
「みんな良かったねえ。これで今年の災難を全部使っちゃったから、あとはもう大丈夫!」

 元旦にいただいた黄色い百合の花が、数えてみたら15輪も大きく咲いていました。残る蕾はあと5つ。がんばれ、がんばれ。
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1月7日(金):拡大家族の祝宴

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) |