2010年09月30日

「心張り棒」 という緊張感

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 昨日のちょっとした失態とは?

 実は 「心張り棒」 が外れてしまいました。夫が仕事で不在になって、24時間自由になってみたら急に生活のリズムが狂ってしまったのです。良くも悪くも自由業。やることさえきちんとやっていれば、それをいつどこでやろうが自由です。何時に起きようが、何時に寝ようが、食べようが食べなかろうがかまいません。おまけに、この時とばかりに、たまっていた口約束を律儀に果たしていくものですから、夜遅く帰ることも多くなります。

 同居人という 「心張り棒」 があれば、相手に合わせて常識ある時間帯の中で、仕事をも含めた日々の暮らしの段取りを組み立てなければいけません。だいたいは同じ時間に起きて、同じものを一緒に食べて、同じ時間に眠ります。「心張り棒」 という縛りは、家の中もそこそこに片付けさせて、恥ずかしくない状態に保ちますし、まとめて洗おうなどと台所のシンクにお皿を置きっぱなしにさせることなどもありません。頭にクルクルとカーラーなんぞを巻きつけたまま、朝のコーヒーを作ることなども絶対にありえません(笑)。

 「空気のような関係」 となるまでには、まだまだ年月も浅い私たちの間には、いまだにある種の緊張感が漂っています。私にとってそれは決して居心地の悪いものではありません。だからこそ 「心張り棒=緊張感」 が弛緩してしまうと、昨夜のようなことになってしまうのです。

 一仕事を終えて夕方から泳ぎに行きました。珍しく空いていたプールに喜びすぎたのがいけなかったようで、ちょっとばかり泳ぎすぎました。妙に心地よく眠いのです。それでも一通りのことを片付けて、さて一休みとソファーに深々と腰をおろしたのがたぶん10時頃。そして、「ここはどこ? 今何時?」のぼんやりまなこがとらえたのは、3時を指す時計の針!かなり慌てました。

 他のことは翌日まわしにしても、一つだけどうしても書いて送らなければならない原稿があったのです。

 家人がいれば、「そんな所で眠ったら風邪をひくよ」 とでも起こしてくれたのでしょうが、まあまあ、縛りのない自由人というのは困ったものです。

 生活評論家の吉沢久子さんは、1918年生まれですから、すでに90を越えていらっしゃいます。「ひとり暮しだけれども、ひとりぼっちではない。」 という素敵な生き方をなさっていますが、そんな彼女でさえこんなことを言っています。

「ただね、自分を慎まなくてはいけないこともあります。ひとり暮しだと、だんだん自堕落になることもある。なんとなしに散らかって、生活が汚らしくなっていく。戒めるためには、何か自分に課すものがあった方がいい。私はメダカを飼っているんです。世話をする生命がいる、面倒をみる責任がある、それが自分に緊張感を持たせてくれるのです。」

 とは言え、急ぎメダカを飼うわけにもいきません。ということで、今日は自分のためにきちんと料理を作ってみました。アメリカ東海岸風クラムチャウダーを大鍋にいっぱい、コーンマフィンをたくさん焼きました。

 大きなテーブルにきちんとマットを敷いて、背筋を伸ばして食べているうちに、だんだんと心張り棒が戻ってきました。

 これはこれでシャッキリしていい感じなのですが、まだ半分緩んだ頭の中ではこんな思いも見え隠れしています。

「期間限定なのだから、思いっきり心張り棒はずしちゃったら?」

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10月1日(金)予定: マトンぶった切り?〜二つの分かれ道
9月30日(木):最高にローカルな夕食
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:32| Comment(0) | その他メッセージ

月ごとに見る月なれど

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 目下朝の5時半。いえ、早起きではありません。ちょっとした」失態でこれから寝ます。詳しくはまた明日。

 「日々是ブログ」を目指す身、苦し紛れにアップするのは、22日に載せたのになぜか消えてしまったもの。やはり残しておきたいものだったので、、、、「また、同じもの?」と言われることを覚悟でどうぞお許しくださいませ。さあ、始めます。消えたブログの再現です。
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 暑さが舞い戻ってきたような日の夜でも、「中秋の名月」 という言葉を呟けば、目の前にススキが揺れ、静けさの中に虫の音が聞こえ、遠い人に思いを馳せて、源氏物語の姫君になったかのように 「もののあはれ」 を感じるのは、日本語の素敵なマジックでしょうか。

 夕方の天気予報では、「夜には雲がかかり中秋の名月は見られない模様」 などと言われていたのに、澄んだ空に美しい満月が浮かぶ夜となりました。

 昨晩、ミキモトの庭にコスモスが揺れる銀座で、それはそれは贅沢な時を過ごしました。430年の歴史を抱く 「香十」 の庵で、御家流香道の体験会が開かれたのです。その名も、「名月香会」。

 銀座で仕事をしていたおかげで、たくさんの素晴らしい方々とのご縁をいただきました。「香十」 の稲坂良弘社長もその一人です。

 お招きいただいた会は、いつもながらに心の奥まで響く、稲坂さんのお話に始まり、香元・丸山師範にいざなわれて、「組香」 という洗練美の世界へと続きました。畳の上にきちんと正座をした15人が、左の人から渡された香炉を聞いて、また右の人へとまわします。名前が伏せられた4つの香〜朧夜の月、短夜(みじかよ)の月、雪夜の月、名月〜を聞き分ける雅やかな遊びです。香は嗅ぐのではなく、その声を聞くところから、聞香(もんこう)と呼ばれます。

 銀座の真ん中とは思えぬ、人の息遣いすら聞こえぬ静寂の中で、心を香に委ねます。嗅覚という領域に神経を集中させていくことで、五感の全てが目覚めていきます。「人のみ心地 いと艶なり」 というのは、こんな時を言うのでしょうか。

 「香(こう)満ちました。」

 と言う香元の言葉で、何もないところから始まった時間は、再び何にもない空間に戻って終わりとなりました。その何もない空間に、最後の香りが漂っています。奉書には、平安時代と同じように、その夜集った15名の名前と、私たちが聞いた香の名が記されました。誰がいつどんな香を聞き、その香を共有し、人生のほんの一時を一緒に過ごしたかという、「一期一会の記録」 です。

 去年の中秋は10月3日でした。私は台湾で、夜空に高く輝く満月を祝う賑やかな人群れの中にいました。デパートの食品売り場では、卵黄が入った月餅を買う人たちが長い列をなしていました。

     月ごとに見る月なれどこの月の
     こよいの月に似る月ぞなき
               (続古今和歌集 村上天皇)

 若い頃にはまるでわからなかったこんな句が、いやに身にしみるようになりました。
 静かで美しい中秋の夜が更けていきます。
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 「香十庵」での季節の組香、次回は11月13日(土)、「錦秋香会」です。紅葉の色合いの違いを香木の香りに託して楽しむ「紅葉香」。香体験をなさりたい方は、03−3574−6135 香十本店までどうぞ。18名限定です。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 05:25| Comment(0) | 日記

2010年09月28日

はい、這って行きますから。

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 19時半から始まった自由が丘での打ち合わせが、楽しく膨らんでいくアイディアの応酬で、気づいた時には随分と時間がたっていました。雨上がりの夜道は爽やかで、足取りも軽く夜空を見上げれば、重なった雲の間から、お月様がまさに顔を出すところでした。暑い季節も美しければ、涼しさが戻ってきた季節も美しい。春は春で、冬は冬で美しく、美しくない季節などはありません。四季のある国に暮す恵みでしょう。

 気持ちよく疲れたからだと頭と、ほどよい酔いで、今夜はちょっと軽口を。昨日の「日本語考」の続編です。

 つい先日のことです。出かける支度をしながらいつものラジオを聴いていたら、ドキッとする言葉が聞こえてきました。

 赤坂泰彦さんが、最近出産をした某元アナウンサーの女性にこうたずねました。

「赤ちゃん、かわいいでしょう。」
「はい、食べたいです。」

 もちろん 「食べたいぐらいにかわいい」 と言いたかったのでしょうが、これではちょっとまずいですよね。しゃべりのお仕事をしている方なら、もっと言葉に敏感になってほしいと思うのです。

「体調が悪いそうだけれど、明日の会議は大丈夫?」
「大丈夫です。這って行きますから。」

 これも昔、実際に耳にした言葉。
「這ってでも行きます」 と言うポジティブ表現のつもりだったのでしょうけれど、「這って行きます。」 では何やら派虫類を思い浮かべてしまいます。もっとも、「這ってでも行きます。」 と言われても、実際に這っている人など、ただの一度も見たことがありませんが(笑)。

 日本語の比喩は本当に面白い!

 ごくふつうに、無意識のうちに使っている日本語ですが、もし私が外国人だとしたらこんな難しい言葉はとっくにお手上げです。日々の暮らしの中で、連れ合いからあまりに様々な質問をされるものですから、意を決して、一昨年、日本語教授法の集中コースで初級の資格を取りました。以来ますます日本語の難しさを感じるようになりました。

 夜も更けてきました。最後に一つ私の大好きな小話で終わりにしましょう。

 昨日登場した 「バイリンガルの娘」 が、カナダの高校時代にやらかした快挙です。

 日本語のクラスの生徒たちが、試験の前ともなるといっせいに彼女のところに助けを求めにきました。日本語で特に難しいのが助詞です。私たち大人だって、「沖縄に行く」 と 「沖縄へ行く」 の違いをきちんと説明できる人は少ないでしょう。

 試験問題はこんな感じでした。(  )の中に適切な助詞を入れなければなりません。

1.山(  )登る。
2.海(  )泳ぐ。
3.東京(  )行く。
4.映画(  )見る。

 豪傑の娘は、同級生たちにこんな入れ知恵をつけてしまったのです。

「そんなの簡単だよ。全部 『さ』 を入れればいいんだから。」
 後になって先生から大目玉をくらったのは言うまでもありません(笑)。
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9月29日(水)予定:南国の3Sビュッフェ
9月28日(火):マイルームの朝ごはん
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2010年09月27日

こんな面白いこと、目が離せません!

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 もちろん私は日本語が母語です。
 日本語ならばほとんどの言葉を聞き取り、理解することができます。

 英語を習い始めたのはごく普通に中学の1年からです。
 どんどんと面白くなって、大学は英文科に進みましたけれど、読み書きこそすれ、話すとなるとだいぶ怪しいものでした。何とか言いたいことが言えるようになったのは、ギリシャで暮し始めた頃からでしょうか。その後、英語を使って仕事をする中で、だんだんと楽になっていきましたけれど、まだまだ恥ずかしいことばかりでした。

 日本語と英語の2つのモードが、ワイヤレスがネットワークをキャッチするように、無意識のうちに切り替わるようになったのは、やはり夫と暮し始めて、日常生活を英語で送るようになってからでしょうか。

 ギリシャ語もある程度、私の回路に組み込まれています。これは、3年弱のギリシャ暮らしとそれに続くギリシャ大使館時代に言葉のシャワーを浴びたためです。もちろんアテネで学校にも通いましたけれど、教室で学ぶよりは、やはりシャワーのほうが手っ取り早かったように思います。いったん回路ができれば、突然シャワーを浴びてもきちんと記憶が反応してくれます。

 よい例が私の娘です。
 日本の中学を卒業するや、無謀にもほとんど英語も話せない状態で、一人カナダに渡った娘は、完全に英語回路を組み込まれました。しかも、日本で授業をさぼっていたために、文法やら構文やらの教室英語がきわめてお粗末であったのが功を奏しました。白紙の頭にシャワーが驚くほどに吸収されていったのです。

 言語学者の友人スーザンは、留学する前の彼女を知っていただけに、その変貌振りに度肝をぬかれました。「ああ、追跡調査をすればよかった。」と言うのが、いまだにスーザンの口癖です。

 高校と大学で7年以上もシャワーを浴び続けた娘のことを夫がいつも言います。「○○と話していると日本人であることを忘れてしまうよ。発音も表現も全てが僕たちと同じだ。バイリンガルとはこういうことを言うのだろうね。」

 そんなことを思い出しながら、今、私がとても興味を持っているのが、孫息子が言葉を習得していく過程です。そうそう頻繁には会えないだけに、会うたびにその進歩に驚きます。自分が子供を育てていた時にはとてもそんな余裕はなかっただけに、今からでもスーザンと同じように追跡調査をしたいぐらいです。

 一緒に過ごした昨日までの4日間は、そんな意味でも、とても新鮮な発見にあふれた興味深い時間でした。

 ようやくいくつかの単語が言えるようになった子が、「パパのブーブ乗る」と、「主語+動詞+目的語」で文を組み立てられるようになったこと。

 こちらの問いかけに「そう」とか、「ちがう」とか答えながら、コミュニケーションができるようになったこと。

 「グランマ 来て」などと、きちんと動詞の活用をしていること。

 「イルカさん、こわい?」
 「ううん、こわくない。」
 「イルカさん、こわくない?」
 「うん、こわくない。」

 しかも、同じ「こわくない」でも、答え方が微妙に違うのです。
 ここらへんは、この先もう少し注意して見続けたいことのひとつです。

 Are you afraid of a dolphin?
 と聞かれれば、No, I’ m not.
 Aren’t you afraid of a dolphin?
 と聞かれれば、やっぱり No, I’ m not.

 けれども私たちの日本語は、「こわくない?」と聞かれて、「うん、こわくない。」とも言うし、「ううん、こわくない。」と言ったりもする曖昧な所があります。2歳4ヶ月の子供がこの先、どのようにそうした日本語独特の曖昧さを身につけていくかを見るのは、目下の私の大きな楽しみです。

 ところで、私たちは沖縄でとても面白い遊びを発明しました。彼が私にモノを投げる格好をします。私はそれを手で受け止めて口に入れたり、直接口で受け止めたりする振りをします。すると彼が言うのです。

 「甘い?」

 「甘い!」と答えれば、今度は「すっぱい、すっぱい、すっぱい」と言いながらたくさんの何かを連射してきます。そして一言、「すっぱい?」

 この言葉を使った想像力の遊びに二人で打ち興じながら、言葉を習得していく過程の面白さをあらためて思いました。こうして何にもない白紙の領域に言葉のシャワーを浴びながら、彼の母語が形成されていくのでしょう。

 こんなに面白いこと、まだまだ目が離せやしません(笑)。 
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9月28日(火)予定:マイルームで食べる朝ごはん
9月27日(月):フルーツIN沖縄
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2010年09月26日

優しい思い出という力

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 4日目の朝は早くから眩しい日差しにあふれ、海はいつも以上にキラキラと輝き、真夏のような暑さに、去り行く季節を取り戻したかのような一日となりました。私の羅針盤は、南へ行けばいくほどに、そこが島であるならばなおのこと、針が揺れます。魚座の生まれだからでしょうか、水のそばにいれば、持って生まれた自分らしさが、自然に花開くような感じに包まれます。

 愛する人たちとの至福の4日間は、「こんな時間がもっと続けばいいのに」 と言う余韻を残しながら終わりました。けれども、一方では、「限られた時間だからこそ」 だということも、日常生活に再び片足を踏み入れた頭の中ではわかってもいるのです。祭は、普通の日々があってこその祭なのですから。

 光の中のサンルームで朝食をすませ、最後の一泳ぎをいつくしみ、またダックスフントのように長い、真っ白な車に送られて那覇空港に着きました。そして、荷物を預け街に出ました。ずっと過ごしていた村を出て、汗をぬぐいながら歩く街は、活気にあふれ、私たちの心を、それまでとは違った形で躍らせました。

 いえ、たぶん、いとしい人たちと一緒ならば、そこが村であろうが町であろうが、嬉しさに変わりはないのでしょう。

 離陸が少しばかり遅れて、シルバーウィーク最後の日の満席の飛行機が羽田空港に下り立った時には、すでに暗闇の中に東京の灯が輝いていました。

 つい先ほど帰ってきました。そして、そぼ降る雨のこの涼しさに身をすくめています。
 
 朝になれば別々の日常が始まります。娘夫婦は気を抜くことの許されぬ仕事に戻り、孫息子は保育園での日々が始まり、私もキッコさんも社会の中で与えられた役割に戻ります。この4日間がなければ私たちは4日前の日常を続けていたでしょう。けれども、明日からの私たちは全く違う私たちです。

 たかだか2歳4ヶ月の子にとって、この4日間の記憶がどこまで残るものかはわかりません。けれども、明日からの小さな少年は、全く違う少年のはずです。

 後ろ向きというのではありません。
 優しい思い出は、「生きる力」であり、「前へ進む力」です。
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9月27日(月):フルーツIN沖縄
9月24日(金):さて、ここはどこ?
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2010年09月25日

幸せな頭の使い方

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 沖縄に来て3日目。頭の使い方が全く違います。
 あるいは、使う部分が全く違うと言った方がいいかもしれません。仕事モードで使われていた部分がお休みして、休んでいた部分が猛然と働き始めています。

 「旅は生活の一部」 とでも思わなければ、とうていやってはいけない暮しぶりになったとは言え、夫との旅生活では、こんな風にユルユルとすることはありません。ある種の緊張感が知的能を必死に動かそうとします。

 けれども今は、同じ緊張感でも種類が違います。小さな子の身を守らねばならない、その母である娘も守らねばならないという、母としての本能、動物としての守りの本能による緊張感です。たとえば、バルコニーで遊ぶ小さな少年が、まさか隙間から落ちはするまいとは思っても緊張して目が離せませんし、浮き輪をつけてプールで遊ぶ子が、まさか溺れることなどあるまいとは思っても同様に目が離せないのです。

 そんな緊張感がひとたび緩んで安全な場所に戻れば、心はとめどなくユルユルして、フカフカになります。

 今日は朝からよく晴れて、海の色がひときわ鮮やかなトルコ石色になりました。若い人たちに合わせて一緒に動き回りながら、次のプログラムまでのしばしの休息です。

 同じ部屋のキッコさんは、バルコニーの白い椅子に深々と腰を下ろし、さっきから海を見続けています。内扉で繋がれた隣のコネクティングルームからは、覚えたばかりの言葉で意思表示をし続ける小さな男の子の声が聞こえてきます。

 うっかりしていようものなら、その小さな子は扉をそっと抜けてきて、いつの間にやら私の背後にしのびより、私のPCを奪取しようとします。

「あいた時間でやればいいさ。」 などと思ってカバンの隅っこに入れてきた仕事は、いまだに日の目を見ることがありません。自分自身の甘さに苦笑いしながらも、そんな苦い笑いがいつしか甘い笑いに変わっています。

 バンドウイルカのティーラ君とニライ君を、ファミリーで独占しました。ここにはそうしたプログラムもあるのです。来たばかりの時には、こわくて亀のそばにも寄れなかった都会っ子が、何と水に入ってイルカたちに触れるまでになりました。

「こんな幸せな時間を当たり前と思わずに感謝をしようね。」

 キッコさんと二人、仲良しおばあちゃん同士で顔を見合わせて呟きました。

 仕事頭は完璧に使い物になりませんが、完璧に幸せな時間が流れています。

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9月24日(金):さあ、ここはどこ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:34| Comment(0) | 日記

困りました!

 木曜日の早朝の飛行機で那覇に飛び、空港で待っていてくれた車に乗り込んで一路北へと40キロ。ここ恩納村の海岸にいます。
朝起きればすでに南の太陽が。
窓をあければ絶え間ない波音とともに、レースのカーテンを揺らす風が吹き込みます

 こんな贅沢な時間の中にいるのに、とても困った問題と格闘中です。ブログがどうしてもアップできないのです。

 たくさん感じて、たくさん思って、写真もたくさん撮りましたのに、何度やってもできません。

 「さくらのブログ」さん、いったいどうなっているんでしょう。せっかっくこんな素敵な場所にいて、こんなストレスに振り回されているなんて何とも馬鹿らしい話。

 いけない、エイの餌付けの時間です。
 写真なしの愚痴ブログですけれど、載るかそるか(笑)。
 だめならだめで「ま、いいか」。

 「どうにもならないことには、大切な心を使わないように」
 
 というパートナーの言葉を思い出しながら、PCを閉じます。
 
 そうそう、何とかアップできた24日のブログは、何と22日の
後に載ってしまいました。どうしても動かせません。
よろしかったら遡ってご覧ください。それとも22日を削除してしまえば時の流れに戻れるのでしょうか。


 あとでそちらもやってみます。
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9月24日(金):さあ、ここはどこ?
 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:19| Comment(0) | その他の国ライフ

2010年09月24日

沖縄最初の夜も満月

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(朝起きてみたらもう太陽がいっぱいで、ベランダへ続く窓を開けたら大きな波の音。昨夜は「さくらのブログ」が不調で、何度やってもどうしても更新できませんでした。これが昨夜載せようとしたものです。)

 中秋の名月の後の早朝、こんな所まで飛んできてしまいました。
 女3人、男2人の家族旅行です。

 場所は沖縄。しかもかなり贅沢な旅行です。
 何たって、那覇市内は通り越して、いきなり40キロ北の恩納村の美しい海に面したリゾートホテルに直行してしまったのですから。しかも迎えに来てくれたのは、写真のような真っ白なリムジンです。

 ここでしばらく、観光とは無縁の、のんびりとした日々を過ごします。今日も随分泳ぎました。温泉にもつかりました。おいしいものもたくさん食べました。
 
 今、こそこそと部屋のデスクでPCに向かっている私の背後で、時々シーツのかすれる音がするのは、キッコさんが寝返りをうっているのかもしれません。キッコさんと私は、一人の孫の二人のおばあちゃんです。

 今回の滞在の間、私たちは同じ部屋で過ごします。女同士でこうして一部屋で過ごすなんて、何だか随分久しぶりで、私たちはお互いかなりの寝不足にもかかわらず、ちょっとばかり楽しくおしゃべりをし過ぎてしまいました。

 沖縄は深い縁のある場所です。
 幸せな思い出も、せつない思い出も、たくさんつまった島です。
 いつかまたそんなこともお話しできる時がくるもしれませんけれど、今日から始まった沖縄での日々は、大きく広がった私たち家族の、新しい時間を刻み始めました。

 これもまた、2年4ヶ月前の満月の夜、私たちのところにやってきた小さな少年のおかげです。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:04| Comment(0) | 日記

2010年09月21日

山で出会う幸せな人たち

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 「山で出会う幸せな人たちは、山に来る前の下界の話は一言も話さない。」

 これは今日会った長年の親友が口にした素敵な言葉です。「下界」 とは、自分が過去に属していた世界。もっとシンプルに 「仕事」 とか 「会社」 に置き換えてみても良いでしょう。

 「それで、みんなどんなことしてるの?」

 という私の月並みな質問に友が続けます。

「元○○大学の教授は料理とバイオリン。山の仲間と合奏団を作ってる。それから雲の写真を撮ること。」

「○○銀行の元トップは、知的障害児の施設で子どもたちと一緒に丸太小屋を作ってる。子どもたちから 『お父さん』 『お父さん』と慕われながら、元いた世界のことなんてお首にも出さない。」

 そう言う友の顔も最近は随分おだやかになりました。この春押しも押されもせぬ第一線を退いてからは、適度な仕事と共に山の家と東京を行ったり来たりしています。だんだんと山での生活の度合いも増えてきました。「仕事の話をしない△△さんを初めて見た。」 と、最近会う人から驚かれているようです。

 下界の話はしない山族もいるかと思えば、何年たっても下界を引きずっている人たちもいます。二言目には 「僕が○○の営業部長だった時には、、、、、」 とか、「私が○○に居た時には、、、、」(○○に入るのはもちろん会社名です。) などと言う言葉を聞くたびに、「今のあなたは?」 と突っ込みの一つも入れたくなります。

 山上人の彼に言わせると、

「団体戦で戦う場しかなかったってことなんじゃない?
○○に入る名前が有名であればあるほど自分の価値も高くなるように思うんだろうねえ。
いつまでたっても 『○○の誰それ』 から抜けられないなんて、何かちょっと気の毒だよね。」

 しかり!です。
 山族にはなれなくても、下界でもそんな洒脱さを身につけていきたいものです。
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9月22日(水):サモサはサモサ
9月21日(火):ホテキューことホテルのBBQ
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2010年09月20日

愛する人に遺すノート

P9204732.JPG 10代、20代、30代、、、、、、、
 そんな風に十進法でくくられる人生ですが、50代、それも後半になってからずっと考えていた60代の夢がありました。夢というよりは、やらねばならぬ仕事、と言った方がいいかもしれません。認知症という哀しい病の中で、日々記憶が薄れ混沌としていく母との日々は、とりわけ私を急かせました。

 けれども、そんな思いはあっても、「まだいいだろう」 とばかりに、いつもの怠け癖が出て、ノートばかりは用意してみたものの、「巻頭言」 の花火が打ち上げられたまま、いっこうに先が進みません。いったい何をどのように書いたらいいのか、それがまだ整理されていないのです。

 そんな折も折、私の思いをナビのように先導してくれる素敵な本に出会いました。同じ講座を受講している木村恵子さんが、7月に出版した 「ノート」 です。

 純白の表紙に金色のエンボスで、「エンディングノート 愛する人に遺す私のノート」 と書かれている、そのシンプルで上品な本のページをめくれば、テーマごとに私たち自身が書き込まなければいけない真っ白な空白が続きます。

T 私のこと
U 私の備忘録
V 私が不治の病で死期が迫ったとき
W 私からの愛の贈り物
X 私の葬儀
Y 私の埋葬
Z 私の遺言

 「縁起でもない」 とページを閉じるのではなく、今の思いを少しずつでも記すことで、それはこれからの人生をどう生きるか、どう生きたいか、今大切なものは何なのか、大切な人は誰なのか、という前向きの意思になります。順番に埋めていく必要もありませんし、書きたい時に書きたいところだけを書きながら、ベストセラー本のように版を重ねていくことだってできます。40代の私と50代の私が違ったように、60代の私と70代、80代、90代の私が違っていたって当たり前なのですから。

 何曜日であろうとも9月15日が 「敬老の日」 と決められていた頃からはや7年。、新聞に素敵な笑顔付きで紹介されていた5人の方々はみな90代。5人が語る「幸せに年齢を重ねるヒント」とは、、、、、

 91歳のマラソンランナーの男性は、「毎日、生活の中で動くこと。」
 94歳のボウラーの女性は、「昔のことはみんな忘れちゃうの。今が大事ね。」
 98歳の書道家の女性は、「家族と仲良くしていることが私の幸福のもとです。」
 同じく98歳の陸上選手の男性は、「くよくよしないことだよ。」
 そして99歳の浪曲師の男性は、「腹を立てないこと。怒った顔をしないこと。」

 この分でいけば、動いて、忘れて、良い家族に恵まれて、くよくよしても三日坊主、まずめったに腹も立てない私は十分幸せに年を重ねられそうです。初版を書き始めたばかりの白いノートだって、きっと何版も重ねられることになるでしょう(笑)。
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9月21日(月):ホテルでBBQ 
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2010年09月19日

乗ってよかった船

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 乗ることをためらっていたのには、いくつかの理由がありました。というよりは、そんな気分の時には、往々にして後ろ向きな自分を正当化したくて、いろいろと理由をつけたがるものです。

 その1:いくらなんでも開催日までに時間がなさすぎる。これでは十分な準備ができない。

 その2:何だか最近疲れている。無理をしない方がよい。(これは 「面倒くさい」 の同義語)

 その3:たった3名の参加者では、来ていただく方々にも失礼。(これは 「赤字になる」 の同義語)

 そんな理由から、「すみませんが、今回は中止にして、またの機会にお願いします。」 と、思い切って電話をしたのがちょうど1週間前の日曜日の夜でした。

 その時、まさに、ジャミールとリサコは、仕事が終わった後、池袋のインド食材の店に今日のための買出しに行くところでした。私たちの当初の打ち合わせでは、15名分の材料を準備することになっていたのです。3名と15名では大違いです。

 私の中止の申し出は、ジャミールの毅然とした一言でくつがえされました。

「僕はたとえ3名のお客様のためでも、お客様がいらっしゃるなら料理を作りたいのです。今日は少なめに食材を購入しますのでどうぞ心配しないでください。」

 そんなプロ根性とホスピタリティーあふれる言葉を聞いたら、いったい私がそれ以上のどんな言葉を言えるでしょうか。

 そうして迎えた今日、ありがたいことに20代から70代までの8名の方がおいでくださることになりましたけれど、それでも今朝の今朝まで、正直、私は気が重かったのです。

 けれども朝の10時に大きな荷物を両手に持って玄関に立っていた、ピカピカに磨かれた革靴のジャミールと、その横に立つチャーミングなリサコの満面の笑顔を見た時に、初めて私は船に乗りました。

 そうして、「夏を惜しんで 秋を待ちながら Indian Cuisine Party By Chef Zamir」 と題したパーティーが始まりました。

「どうせなら遊んじゃいましょう!どんなモノでもかまいません。インド風あるいはエスニックなものを1点身につけておいでくさい。もちろんサリー姿も大歓迎(笑)!」 という謳い文句で、インド料理のシェフ、ジャミールに腕をふるってもらいながら、インド料理10品を目の前で作ってもらうパーティーです。

 ジャケットを脱ぎ、丁寧にたたみ、私のピンクのエプロンを身につけたジャミールは、台所に立つやいなや、人が変わったように、ある種の威厳さえ漂わせながら、私たちの前でインド料理の数々を作り始めました。その手さばきはまるで魔術師。その手際のよさはまさにプロフェッショナル。誰をも感嘆させる素晴らしいパフォーマンスでした。

 14歳から料理の道に入り、18歳で来日。以来17年間をも日本の某有名インド料理のレストランで腕をふるってきた 「匠職人ジャミール」 です。そんな彼が、日本を去る前に 「たとえ3人でも」 という気概と共に見せるパフォーマンスが素晴らしくないはずはありません。

 ことの発端は今月初めのこと。私が通う美容室の店長のリサコとの、鏡の中での会話でした。彼女のボーイフレンドのジャミールが故郷のカルカッタに帰ることになったと言うのです。「それならばぜひその前に私のキッチンでインド料理を教えてほしい。」 という即席の思いつきが、今日の日へと繋がりました。

 楽しいパーティーでした。夜、こんなメールが届きました。

「こんばんは。ジャミールです。
 今日はとても楽しかったです。自分のウチで料理を作ってるような気分でした!
 みんなよい人たち、楽しんでいたみたいで嬉しいです。
 残ったサモサの具はパンやごはんと一緒に食べるとおいしいです。
 そのときは必ず電子レンジで温めてください。冷たいものはカラダによくないからです!

 リサコです。
 お疲れさまでした!
 とってもステキな一日でしたね!
 お礼やワインまでいただき、ありがとうございます!
 ナオミさん発、宇宙行きのグローバルキッチン、今日な何星まで行ったかな?」

 私たちのために一生懸命働いてくれた二人のそんな言葉に、あの時、一瞬でも乗ることをためらった自分が恥ずかしくてたまらなくなりました。そして、心の底から 「乗ってよかった!」 と思いました。

「迷っている時は思い切って乗ってしまえ!」
 これが長い人生で得た私の教訓です。
 ありがとう。
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9月20日(月)シチリア島発インド行き〜驚きの手さばき
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2010年09月18日

「らしくない」 という魅力

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 爽やかに晴れわたった日、都心のビルの上にも青空が広がりました。夏でもなく秋でもない、「移ろい」 という、短く、美しい季節です。

 そんなビルのひとつに友を訪ねました。初めて会ってから7年、彼女とは、銀座で会ったり、渋谷で会ったり、映画に行ったりランチをしたり、パートナーと一緒にそれぞれの住む家を訪ねあったりしてきました。

 ついこの間も、夏の休暇から帰ってきた週末に、フィジーの太陽をまだ肌の上にまとわせて、ご夫婦で私たちの家に食事にいらっしゃったばかりです。食事の後には、珊瑚礁の海で泳ぐ、獲りたてならぬ撮り立ての魚たちの写真を、テレビ画面で思いっ切り楽しみました。もちろん望郷と羨望の一番大きなため息をついていたのは、この私です。

 そんな風に交流を重ねてきたのに、彼女の職場に行ったのは今日が初めてのことでした。

 きっかけはこんな一言。

 映写会で、最後のため息と共に陶然としていた私に彼女が言ったのです。画面を食い入るように見つめすぎていたせいかもしれません(笑)。

「ナオミさん、目の検査やったらどうですか?」

 というわけで、都心の大きな大学病院に足を運ぶことになりました。

 2階の眼科の前には若い人もそうではない人も、男も女もたくさんの人が名前を呼ばれるのを待っています。隅っこで小さくなってうつむいていたら、私の前に白衣の彼女が立っていました。

 ずっと年下の、小柄で華奢な可愛い妹のような人が先生となって、患者の私を検査室にいざないます。その姿は惚れ惚れするぐらいに凛として、颯爽としています。検査はテキパキと要領よく進められ、その姿にますます惚れ惚れして、患者の分際で思わず叫んでしまいました。「トモコさん、素敵! かっこいい!」

 今の視力にもう少し合ったメガネを作った方がいいこと以外には、幸い白内障も緑内障も他の病気もないことがわかってほっとして、近くのカフェでコーヒーを飲みながら、つくづく思いました。

 男だろうが女だろうが、自分の専門を持ったプロフェッショナルというのは何て素敵なんだろう!と。
 そして、その素敵さは、ふだんの姿から離れていればいるほどキラメキが増すものだ!と。
 「いかにも」 ではなく、「らしくない」 方がずっとかっこういいもんだ!と。

 トモコさんとご主人のマサオさんは、まとまった時間が取れれば、すぐに南の海の魚になってしまいます。二人の出会いは都心のジャズバーでした。ジャズピアノの名手でもあるマサオさんと、同じくドラムをたたかせたらピカイチのトモコさんが、店のマスターが即席に組んだデュオで演奏をしたのです。

 私たちのウェディングパーティーでは、二人がジャズを奏でてくれました。繊細な音色を自在に奏でるピアニストが弁護士さんで、細いからだで豪快にスティックを振るドラマーがお医者さんだなんて、会場の誰にもわからなかったことでしょう。

「らしくない」って、やっぱり魅力的です。

 そういえば、高校時代の私も、大学時代の私も、ガリ勉とか優等生とか呼ばれるのがいやで、一生懸命遊んでいるふりをしては、陰で一生懸命勉強をしていました。今にして思えば、すでにしてこれも、小さな女の子の 「らしくない」 願望だったのかもしれません(笑)。
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9月17日(金)シチリア島のデザート「カノーリ」
 
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家の中でもまだ千鳥足

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 こんなこと何年ぶりでしょうか。
 どうやって家に帰ったのかもさだかでないほどに飲みました。
 深夜の電車なのに座る座席もなく、力いっぱい釣り皮につかまって、何とか下りたところで、駅のベンチで一度目のダウン。

 よろける足でタクシーに乗り、家についたところで二度目のダウン。安心して玄関の前でヘナヘナと。

 夜風の心地よさの中で酩酊しながら、ムクムクと立ち上がってようやく家の扉をあけて、今度は三度目のダウン。

 「とりあえず」 の生ビールのあとに、女3人でワインのボトルを1本あけて、その後焼酎に切り替えてからがいけません。あまりの楽しさ、あまりの嬉しさ、あまりの心地よさについつい杯を重ね過ぎました。

 惚れた男性とならば決してこんな無様なことにはなりません。
けれども惚れた女性と、未来を語り、現在を語り、過去までも語ってしまうことが、「家の中でもまだ千鳥足」状態になりました。

 今夜の私の、「エンパワーメンター」(この勝手な造語については昨日のブログをご覧ください。)は小島貴子さんです。そして、貴子さんが引き合わせてくれたハナさんです。

 いまだに千鳥足ながら、「ありがとう」の呟きはいつも以上に正気です。それにしてもまあ何ていう時間!もうすぐ夜が開けてしまいます。

 ありがとう。
 おやすみなさい。
 また明日。

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9月17日(金):シチリアのデザート「カノーリ」
 

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2010年09月16日

エンパワーメンター 湯浅先生

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 目まぐるしい一日が過ぎて、昨夜帰って来た時はかなりヘロヘロ。書きたいことはたくさんあるのに、時間と気力がなくてギブアップ。

 その分、早起きして書き上げようと思っていたら、急いで送らねばならない資料が出てきて、アタフタしているうちにアポの時間が近づいてきて、またしてもギブアップ。

 ダブルギブアップで始まった肌寒い雨の木曜日となりました。
 勝手なもので、時間がたくさんあれば忙しい日々が懐かしく、忙しさに追われれば退屈を羨んで、、、、、
 暑さの最中にいる時には秋を待ち焦がれ、いきなり秋になった日には夏が惜しまれて、、、、、

 そんな揺らぎの中で落ち込みながら出かけた先で、思いもかけぬ言葉に出会いました。閉塞した心に吹き込んだ爽やかな風と、優しい光に、表に出さないように一生懸命我慢しながら心の中で泣きました。

 尊敬する湯浅裕子先生の、今年後期の講座のテーマは「自由・七つの大罪・能ドラマ」。その第一回目が、今日、3時から秋葉原で開催されました。銀座の真ん中で昨年末まで開講されていた社会人講座が、先生を敬愛する生徒たちの自主的運営によって、場所を変えて継続されています。今日も小さな部屋に、男女合わせて12名が、京都から出てきてくださった先生を囲みました。

 ドキッとしたのは、先生がこんなことをおっしゃった時です。あまりに動揺して、その一語一句をハッキリとは覚えていないのですが、確かこんなお言葉でした。

「2006年の秋、『海に続くオリーブの林を見下ろす家で、書いて、料理をしたい。』 と言った人が、今、テーブルをレモンとブーゲンビレアで飾っています。夢が育って形になっていることを本当に嬉しく思います。」

 驚いたのは2つのことです。先生が4年も前の私の言葉をちゃんと覚えてくださっていること、そして、お忙しい先生が私のブログをご覧になって、今の私のことも知ってくださっていること。

 それは2006年の秋のことでした。「能ドラマと聖書の響き合い」と言う授業の第一回目で、先生がこうおっしゃったのです。

「時間をあげますので、皆さん、自分の将来の夢を頭の中で絵にしてください。一人ずつ発表してもらいます。」

 そんな先生の言葉に、生徒たちが頭をかかえました。「夢?夢?夢の絵?」と必死に考えました。すると不思議や不思議、自分でも思ってもみなかった絵が少しずつできあがってきたではありませんか。ラフなデッサンに段々と色がつき始め、なんと最後には音と匂いまで伴った動画になっていたのです。前もって宿題を出されて描いた絵と違って、こういう予想もしない変化球を投げられた時には、深層心理が首をもたげるのかもしれません。

 私の絵はこんなものでした。大きな台所でコトコトとシチューの鍋が湯気をたてています。開け放たれた窓からは、オリーブの林と黄色い実をつけたレモンの木々、そしてその向こうにキラキラ光る静かな海が見えます。私は心地よい風を受けながら、鍋のそばのテーブルでなにやら書き物をしています。かなり集中している様子。お昼を知らせる鐘の音に、「あら、もうこんな時間!」 とテーブルの上を片付け始め、できあがったシチューの火を止めます。そして、「ご飯ですよ〜!」 と誰かに呼びかけています。絵の中の私は皺も白髪もだいぶ増えてはいますが、とても穏やかな笑顔を浮かべています。

 私自身も忘れていたことを先生が覚えていてくださった。そして、「いったいこの私は何をやっているんだろう?こんな自分でいいのだろうか?」 と、沈んでいた私の心を見透かしたように、「いいのよ、ナオミさん。あなたは、あなたの夢へ向かう道を歩いていますよ。」 と、私にだけわかるメッセージをくださった。何ていうことでしょう!

 初めてお会いした時、先生は 「エンパワーメント」 という言葉を何度も口になさいました。「誰かに力を与える」 という意味のこの言葉は、以来私の大切な言葉の一つとなりました。

 人に力を与えられるように生きたいと願ってはいても、まだまだ未熟な私が、先生に会うたびに励まされ、希望をもらっています。先生こそ、最高の 「エンパワーメンター」 です。(この言葉、たった今、私が作りました。「Empower+Mentor」、なかなかいい言葉だと思いません?)

 朝、急にやってきた秋にとまどって、私の仕事部屋の窓に逃げ込んだセミが羽を休めていました。元気づけにこれから栓を抜くロゼワインのキャップに、ふと気づいたらこんなセミがいました。

 夏が終わろうとしています。
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9月17日(金):シチリアのデザート「カノーリ」〜チョーすごくない?
9月16日(木):組み合わせで遊ぶ超簡単スープ
 
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2010年09月15日

たぶん気のせい?

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 オリーブオイルジュニアソムリエコースの第一回目の授業は 「オリーブオイルの起源と神話、歴史との関連」です。これは私の大好きな分野。そして、「好きこそものの何とや ら」 で得意な分野です。

 けれども、人様に教えるのはまた別。午前中いっぱい自らの復習も含めて講義の準備をし、資料をそろえいざ出陣。「教える」 ことはいつだって 「学び」 です。

 時間が押してきて、今日もまた、読みそこなった新聞をひっつかんで家を飛び出ました。車内で立ったまま昨日の夕刊を広げると、私の大好きな連載記事 「仕事中おじゃまします」 に遭遇。このシリーズ、それぞれの分野で活躍している人たちの時間の使い方がわかって、これまた、私の 「学び」 になるのです。

 紹介されていたのは、作家の黒木亮さん。
 黒木さんの時間の流れに、憧れのため息をつきました。

「執筆活動でも 『ペースを守ること』 にこだわる。起床は午前7時半。銀行員の妻が作り置きした朝食を食べ、午前10時に仕事開始。1日に書く量は原稿用紙10枚前後と決め、筆が進んでもそれ以上は書かない。晩酌を楽しみ、だいたい午後11時頃には就寝。」

 雑然とした書斎で資料の山と戦う姿だけは、この私も似たようなものなのですけれど、後は全く比べようもないほどにひどいものです。

 仕事から帰ってきて、明日のグローバルキッチンの準備に走り回り、さて資料の印刷にとりかかろうか、と思ったら、どうしたことでしょう、プリンターが突然ストライキを起こしてしまったのです。動くことは動くのですが、印刷されたページの字があちこちで躍っています。

 よくわからぬマニュアルと首っ引きであれこれいじってみたのですが、全く効果がありません。かなり途方に暮れてから、何とか落ち着きを取り戻し、夜の時間にも開いている店を探して、車を走らせました。修理に出したところですぐに直るわけでもなく、とにかく印刷ができなければ本当に困るのです。急いで代替用に一番安いプリンターを買ってきました。

 ところが、全くもって恥ずかしながらのメカ音痴。CDRのインストールにつまづいたり、諸々の接続につまづいたりしながら、夜がドンドン更けていきます。何とか目処がついたと思ったら、もうこんな時間。夜中の2時を過ぎました。

 「ペースを守る」黒木さんの規則的な一日に思いを馳せながら、わが身の未熟さ、稚拙さ、時間管理の拙さ、突発事態の処理能力の貧しさ、加えて機械音痴という様々な弱点を恨みながら、どうしてもあと1つだけやらねばならぬことを前に、少々涙モードになっています。

 「私は5時間眠れば十分なの。」 という友の顔。
 やらなきゃならないことがあるのに疲れていたり眠かったりする時はこう呟くんです。『気のせい、気のせい。眠くなんかない。』 って。」という若い友人の言葉。

 そんな言葉にすがって、あともう一頑張りです。
 疲れました。でも、たぶん気のせい?(笑)。
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9月14日(水)予告:お握りコロッケ アランチーニ
 

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2010年09月13日

私のウロウロパワースポット

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 近頃良く目にする「パワースポット」という言葉。
 実はこれ、「Power Spot」 と英語の会話の中で使っても、?と首をかしげられてしまう和製英語ですけれど、パワースポットという「日本語」は、私たち日本人ならだいたいは同じようなイメージを思い浮かべます。

 そこへ行けば何となく元気になれる場所。
 何だか癒されたり、落ち着いたり。
「ま、いいか。」 とふっきれたり、「なあんだ、そうなのか。」 と安心したり。
「きっと大丈夫!」 と前向き気分になったり。

 8月半ばの新聞全面に、「東京パワースポット15選」が紹介されていました。たとえば、

 幸運ならば明治神宮
 商売繁盛なら花園神社
 健康長寿なら浅草寺
 合格祈願なら皆中稲荷神社
 金運なら浜離宮、、、、、、、、、、、

 こんな便利な記事を切り抜いていまだに持っているぐらいですから、私の他力本願度がわかるというもの(笑)。

 けれども、私のパワースポットは、この15の中にはありません。それでも私は、長い人生の節目節目や、迷い悩んだり、ちょっと肩を押してもらいたい時には、いつも私のパワースポットに足を向けてきました。何回、その境内をウロウロしたかわかりません。

 そもそもの発端は、40年以上も前の、私の大学受験まで遡ります。当時、一期校と呼ばれる国立大学の入試は、何日かにかけて行われるのが常でした。私も、たしか7科目を3日にわたって受けたように覚えています。

 娘のこととなると我がことのように一生懸命になってしまう母は、小柄な私が、家と大学の間の往復4時間の移動で体力を消耗しないようにと、試験会場に近い旅館を取って、3日の間、ずっと私と一緒に過ごしました。私を送り出した後の母が何をしていたかと言えば、、、、

 デパートに買い物に行くでもなく、東京見物をするでもなく、毎日、湯島にある天神様にお参りをしていたのです。私が答案用紙を前に鉛筆を握っている間、母は境内をウロウロしながら、娘の受験がうまくいくようにと祈り続けていました。

 念願の大学に合格して、母の見つけたパワースポットは私にとってもパワースポットとなりました。以来、いつのまにかあの時の母のように、娘の受験や留学のたびにそこを訪れ、落ち着かない気持ちでウロウロとし、夫の仕事が花開くようにとウロウロし、友の病が治るようにとウロウロするようになりました。

もちろん自分自身のためにもウロウロします。先が見えなくてどうにも辛い時にはウロウロし、大切な願いがある時にもウロウロします。

 実は今日もウロウロしてきました。絵馬まで書いて、ぶら下げてきてしまいました。まるで受験生みたい(笑)。

 ウロウロの後に尊敬する先生にお会いしてそんなことを話したら、「何も悩むことないじゃないか。ここまでたくさんやってきたんだから、後はもう 『オマケ』 ぐらいに思って気楽に人生を楽しみなさい!」と言われてしまいましたけれど、やっぱりまだまだウロウロしたいのです。

 先生がおっしゃるように、確かに一生懸命働き、一生懸命生きてきましたけれど、そしてその分きちんと年もとりましたけれど、実はまだやり残していることがあるのです。恥ずかしくて言えませんけれど、いつか夢が叶ったら、真っ先にこのブログでご報告するつもりです。

 ここまで書いてきてふと気づきました。
 確かに、気持ちが軽くなってる!
 何だかできそうな気になってる!

 やっぱり天神様は私の筋金入りのパワースポットかもしれません。そんなわが身の単純さに苦笑をしながらも、「マイスポットがあってよかったじゃない?」 と思う深夜です。
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9月14日(火)予告:シンプルドレッシングの蛸サラダシチリアン
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2010年09月11日

「ま、いいか。」のホテキューデイ

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 一時、秋らしくなったと思ったのに、またまた夏が舞い戻ってきたようです。

 今日の日を迎えるまでに、「拡大家族」 の間で、随分たくさんのメールが飛び交いました。その件名はいつだって、「ホテキュー」。

 「ホテキュー」?
 わかる訳がありませんよね。
 「ホテルでバーベキュー」 の略語です。娘が言い出した、この、どことなくノホホンとした響きの言葉は、今では私たちの間では、何か楽しいことを意味する新しい日本語となりました。

 「○月○日、ホテキューをしようと思いますが、皆様のご都合はいかがですか?」
 「夏が終わる前にホテキューしませんか?」

 こんな具合です。本日のホテキューは、夕方5時半開始。
 場所は高輪の、緑が美しいホテルの中庭です。

 ここなら、やんちゃ坊主だって飽きることがありません。広い芝生を駆けまわることだってできますし、ゴルフの真似事だってできます。池にはたくさんの鯉が泳いでいます。食事の間にウロウロしたって、いつものように怒られたりはしません。

 ホテキューの前に、少し早目にキッコさんと会ってお茶をすることにしました。キッコさんと私は、やんちゃ坊主の祖母たちです。最近の私たちの合言葉は、「ま、いいか。」

「ああしなきゃ、こうしなきゃ、じゃなくて、最近は 『ま、いいか。』なの。
 思い通りにならなくても 『ま、いいか。』。
 腹が立って、昔なら言い返していた時でも、『ま、いいか。』
 『ま、いいか。』 のおかげで、何だか気持ちがフンワリして楽になってきた。」

 そんなキッコさんの 「悟り」 を聞いてからは、私も 「ま、いいか。」 と呟く機会が増えてきました。あきらめるのとも違います。理想の姿のためにしゃかりきに頑張るのではなく、肩の力を抜いて、できる範囲でできることをするという感じでしょうか。あるいは、現状を優しく受け止める感じ?

 東京都心にこんな癒しの空間があることに驚きながら、そして、家族が集う幸せに感謝をしながら、

 もう少しお肉が食べたかったけど、ま、いいか。
 仕事の都合で、全員集合とは行かなかったけれど、ま、いいか。
 孫息子がなかなかなついてくれなかったけれど、ま、いいか。
 明日の準備がまだできていないけれど、ま、いいか。
 その分これから一仕事、こんなに眠いけれど、ま、いいか。
 また寝不足になりそうだけど、ま、いいか。
 何だかデジカメの具合が悪いけど、ま、いいか。

 そんな、「ま、いいか。」 の素敵なホテキューデイです。

 今日の集まりを企画してくれた娘にありがとう。
「ま、いいか。」を教えてくれたキッコさんにありがとう。

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9月9日(木): シチリア島の風に吹かれて

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | 日記

揺らぎの「第二思春期」

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 働き者になったり、怠け者になったり。
 世の中面白いことだらけに思えてワクワクしたり、何だか何にもしたくなくなったり。
 予定をたくさん立てて外に出て行くかと思えば、面倒くさくなって家に引きこもったり。
 会いたい人がたくさんいるかと思えば、誰に会うのも億劫になったり。
 時間がなくて焦ったかと思えば、時間がありすぎてウンザリしたり。
 自分だってまだまだ世の中の役に立っていると充実感に満たされたと思えば、 「もう自分なんて 」とひがんでみたり。
 自分が好きになったり、自己嫌悪に陥ったり。

 拡大家族の一人、キッコさんは私とほとんど同い年。
 とても気の合う大好きな友でもあります。
 そんなキッコさんから、つい一昨日、こんなメールが届きました。

「感動した本がありました。もう知ってるかな?
 98歳、柴田トヨ 『くじけないで』。アマゾンで取り寄せました。突っ張りで弱音はくのが嫌いでしたが、最近、人知れずに弱くなったり、欝っぽくなったりするこの頃です。ナオミさんはそんな事ないですよね。」

 それに対して、代々木上原のティーハウスから、「ごめんね、ちょっと1本だけメール書かせてね。 」と、娘よりも若い友を前に、送った返事がこんなものでした。

「キッコさん、私もけっこう還暦欝。社会の中での立ち位置を模索しています。」

 思春期が難しいなら、進退の駆け引きが変化を始めるいわば 「transition period」」 の私たちの年代の女もとっても難しい。思春期が、子どもから大人への心身ともに移行の時期ならば、これは、逆のベクトルをもった 「揺らぎの第二思春期」 かもしれません。

 昨日はあんなに格好良く仕事ができたのに、一夜明けたら、何だか空気が変わっていました。今日の私の、格好悪い自己嫌悪の一日は、、、、、

 朝起きて、「さあ、今日は一日自由!」、昨日の片付けを終えたら、あれをして、これをして、うん、映画に行くのもいいかもしれない、などと考えているうちに、その 「自由」 が何だかとても寄る辺なく、果ては寂しくて仕方なくなってきました。その結果、何だかんだと理由をつけては、自分の前向き行動にブレーキをかけようとします。

 家人が居ればそんなこともありません。家族の役割の中でやらねばならないこともありますし、最高の話相手にも、相談相手にもなってくれます。反面、私の時間の使い方にもしばりがかかってきますから、こんな馬鹿な時間にブログを書いたりすることは決してありえません。けれども、たまたま今は全てが自分の時間。
 
 突然襲ってきた寂寞に、思い切って 「寂しいコール」 をしたら、娘が飛んできてくれました。こんなことは全くもって珍しいこと。まさにキッコさんいわく、

「突っ張りで弱音はくのが嫌いでしたが、最近、人知れずに弱くなったり、欝っぽくなったりするこの頃です。」

 掃除をしたり、お茶の準備をしたりしているうちに、気持ちがだんだん軽くなり、娘を前に母としてのアドバイスをしたりするまでに回復して、「さあて、たまった仕事を片付けるかな、でもその前に一泳ぎして来よう!」 と、いい具合に水に乗って1キロを泳いできました。

 ここまでは良かったのですが、この後でまた自己嫌悪につながる番狂わせが、、、、、

 いい具合にからだが疲れて、ちょっと横になったら、あるまじきことに寝入ってしまったのです。馬鹿みたい、いえ本当に馬鹿。

 目下、3時半。このまま静かで涼しい夜を過ごすか、良識を取り戻して再び眠りに就くかは思案のしどころです。しばりのない自由は時として孤独です。かくして、私たち 「第二思春期人」 たちは、揺らぎの日々を送っています。そんな 「揺らぎ」 は、人生をここまで歩んできた者の特権であり恵みなのかもしれません。そう思うことにいたしましょう。
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9月9日(木): シチリア島の風に吹かれて

 

 

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2010年09月09日

だから女って

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 朝ブログで 「バタバタしてます。」 と書いたまま、本当にバタバタと一日が過ぎていきました。

 いきなり気温が下がってしのぎやすくなったとは言え、小さな台所に女が9人も入り込んで、バナーを4つもフル稼働させていれば、局所的に猛暑が舞い戻ります。

 女をたった3つ並べただけでも 「かしましい」 のですから、9つも並べたら、そのパワーたるや、その3倍です。もともとが好奇心旺盛で、暑かろうが寒かろうが楽しんじゃいましょ!と言う面々が集まってくるのですから、作って食べるだけですむはずもありません。身の周りの話題から、大きな世界のことにまで、井戸端トークは休む間もありません。共感したり、心揺さぶられたり、笑ったり、しんみりしたり、新しいことを知ったり学んだりしながら、日の移ろいと共に月に一度の時間を過ごします。

 そんな時、決まって誰かが呟きます。
「昼間からおいしいワインなんて飲んじゃって、こんな贅沢な時間過ごしちゃっていいのかしら?」

 そんな女たちが、また、日が暮れる頃には一人また一人と、それぞれに迷いや悩みをかかえる日常の中に戻っていきます。
 
 受験生の母になり、就職活動中の子の母になり、ソムリエの口頭試問を前に猛勉強中の身となり、病気の家族の世話をする者となり、忙しさに身を引き締める仕事人になります。

 一番最後に残ったサツキさんは、塾通いの男の子2人のお母さんにして、ご自分の会社を経営する企業人。二人で並んでビール缶をあけながら、新しくスタートさせる彼女のプロジェクトの概要を聞きました。年季を積んでいる分だけ、若い彼女の力になれる部分もありそうです。

 それまで、キリリとしてビジョンを語っていた彼女が、帰り際に残り物の鰯のパスタや、パプリカのトマト煮や、パンをつめこんだ袋を持たせると、フンワリとしたお母さんの顔になりました。

「助かります!息子たちの夕飯にします!」
 
 そして急ぎ足で立ち去って行きました。

 だから女って素敵なんです。 
 
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バタバタしてます。

 
 昨日の久方ぶりの雨が、涼しさを運んできたというのに、早朝から汗をかきながら、階段を上ったり下りたりしています。

 もうすぐ皆さんをお迎えするのに、まだ準備が整っていません。
 あわててまた台所に戻ります。

 バタバタの理由はこれです。
 失礼します。また、夜に。

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