2010年08月31日

ノスタルジックに振り返ってみれば

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 さて昨日お約束した『時代をたどる小旅行』、始めてみましょう。

 1939年、1948年、1950年、1975年、1980年という、全くもって連関性も規則性もない5つの年の 「Remember When」 を目の前にして、作ったチャートにどんどんと書き込んで行ったら、面白くて止まらなくなりました。

 この時期、この作業、何だかやたら懐かしいなあ、、、、としばらく考えていましたら、ずばり思い出しました。小学生時代の夏休み自由研究です!狙ったわけでもないのに、日付もぴったり同じ、8月最後の日の半べそかきながらの追い込みでした。

 それに引き換え、ゆったりとページを繰っては、表に書き込んでいく作業は全くもって大人の遊び。一生懸命やろうがやるまいが、先生の評価もなく、自己満足の無駄仕事と言えなくもありませんが、いいではありませんか、大人なんですから。成績を気にしながら頑張っていた時代のご褒美です。

 本当は、あの頃の自由研究のように、表題でもつけて、絵を描いたり表やグラフにしたりしながら得々と発表できればいいのですけれど、ここでは大ハショリで、特に面白そうな部分だけをご報告します。そして最後に、だいぶ大雑把で勝手なまとめをしてみます。たまたま、生まれ年と重なっている方には面白いでしょうけれど、そうではない人は、この際、近い年で我慢してください(笑)。

 1939年は、世界初のエアコン車が、シカゴのモーターショーで発表された年でした。
 1948年は、自動車の普及にあいまって、85年の長きに亘って運航されていたハドソン川の定期船が廃止された年であり、ワシントンDCで高速ファックス機のデモが行われた年でした。
 1950年には、ジェームス・ディーンがペプシコーラのCMに登場し、ダイナースクラブが最初のクレジットカードを発行しました。
 1975年の1月にはディズニーランドにスペースマウンテンが登場し、1980年4月には最初のセクハラ規定ができました。

 もう少し加えれば、1939年にスーパーの棚にポテトチップが並び、1948年にはテレビが100万所帯に広がり、たった2年後の1950年にはそれが800万所帯にまでなりました。1975年には、ビル・ゲイツとポール・アレンがマイクロソフト社を作り、世界初のPCを発表しました。

 興味深いのは、平均寿命と生活費の変遷です。
 寿命は、1939年の59.7歳に始まって、62.9歳→68.2歳→72.6歳と延び、1980年には73.7歳になりました。

 1939年には3850ドルで買えた新築の家は、1980年には18倍の86714ドルになりました。
 もっとも平均収入の伸びも、年1729ドルから19173ドルですから、11倍です。
 新車の値段は700ドルから10倍の7201ドルに。
 家賃月額は28ドルから11倍の300ドルに。
 映画は25セントから9倍の2ドル25セントに。
 ハーバード大学の授業料は、年420ドルから12.6倍の5300ドルに。

 挿入されている広告に電化製品が増えていくのを見てもわかるように、生活はどんどんと便利になっていきながらも、暮らし向きが楽になったかと言えば、年収の伸びを見る限り、少々懐疑的です。

 面白かったことは、最初の3つの年には、「この年の人気テレビ番組」 などというページがなかったのに、新しい2つの年にはしっかりと、そうしたページが存在して、当時人々をブラウン管に釘付けにした番組が紹介されていることです。

 それにも増して面白かったのは、当時の広告から垣間見ることのできる人々の 「憧れの暮らし」 です。つまり、何が求められていたのか、何を持てば幸せになれたのか、、、、、

 1939年版に掲載されていたレトロ広告は、丸いボンネットの車、キャンベルのトマトスープ、シンガーミシンの洋裁教室、女性(Lady)を喜ばすためのタオル、ビスケット、化粧品。

 9年たって1948年になれば、圧倒的に家電製品が多くなります。蓄音機、オーブンレンジ、洗濯機、冷蔵庫。加えて電話の架設工事。

 そのわずか2年後には、ラジオ付き時計やサムソナイトの旅行カバン、歩きやすい靴底。人々の目が旅行に向いてきたのでしょうか。

 いっきに25年も跳んで1975年になれば、これがまた俄然面白いのです!
 働く女性のための頭痛薬とか、下着、サングラス、スニーカー、アイロン、皿洗い機の洗剤の広告などが目立ちます。女が手厚く守られていたレディーファーストの国に、男と同じに働くために必要な物への関心と需要が生まれているのがわかります。

 そして最後の1980年は、なぜかやっぱり頭痛薬、コーンフレークに歯磨きに洗剤にカロリーカットのセブンアップ、そしてポロシャツにジーンズ。かなりカジュアルアメリカンになってきました。

 まだまだ続けたい所なのですが、自由研究もいいかげんに終わりにしましょう。
 このシリーズ、今度アメリカに行ったら、全部の年を買ってしまいそう、、、、、

 でも、本の副題「A Nostalgic Look Back In Time」通りに、こんな風に後ろを振り返って面白がるなんて、やっぱり年をとったってことなんでしょうか(笑)。

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8月31日(火):秋茄子が出る前に〜夏野菜とグリーンオリーブ

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:44| Comment(0) | アメリカライフ

2010年08月30日

人生の豊かさは忘れてしまった思い出の中に

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 「姐さん」と呼ぶ友の誕生日は7月最後の31日。PCの前で待ち構えながら、東京が31日になったイの一番の時刻ピッタリに、13時間遅れのワシントンから 「おめでとうメール」 を送りました。
それから一ヶ月、ようやく今日、姐さんと、さしでバースデイランチができることになりました。

 なぜに 「姐さん」 なのかを思い出してみれば、ただ気づいたらそう呼んでいたのです(笑)。

 白黒はっきりしていて、太っ腹なのに細やかな気づかい・心づかい、面倒見がよくて、悩んだりウジウジしている私に、いつだって的確なアドバイスで背中を押したり、引き止めたりしてくれます。だから敬意をこめて「姐さん」と呼ぶのです。かたや姐さんの方は、話した覚えもないのに、なぜか私のことを 「なおちゃん」 と呼びます。これは、私の両親、親戚、ご近所が、小さい頃の私を呼ぶ時の特別な名前でした。

 そんな姐さんのために私がひそかに予約したのは、謳い文句についひかれて、とある都心のホテルのレストラン。

「フカヒレのコラーゲンで美肌を促進し、ランチタイムのひとときに花を咲かせてくれる、女性のお客様限定のヘルシー中国茶付きローカロリーランチ」。

 プレゼントはこんな小さな本!
 アレキサンドリアのオールドタウンをブラブラしていた時に出会いました。

「1948 Remember When…….
A NOSTALGIC LOOK BACK IN TIME」

 開いてみれば、1948年のそれぞれの月の世相が紹介され、世界のニュースをかいつまみ、
国内のニュースをなぞらせて、時の有名人、1948年の生活費、同い年生まれの著名人たち、流行っていた音楽、映画、そして1948年のカレンダーまでがついています。

 しかも、雑誌や新聞に掲載された当時の広告が、そのままの色で、ページの間に散りばめられているのです。「レトロ」 などと言っては、生まれ年の姐さんに怒られそうですけれど、本当に素敵にレトロなのです。

 面白いことに、この年の広告は家電製品が多く、レコードプレーヤーの前で思い思いの姿でくつろいでいる家族や、洗濯機から出てきた洗濯物があまりにきれいになってビックリ仰天する子ども、大型冷蔵庫の扉をあけて 「こんなに入ります!」 とばかりに両腕を広げる主婦、、、、、細部にまで目を配れば、エプロンをつけた母親が家の中でハイヒールを履いていたりするのです。まさにアメリカ、しかも、私たち世代が白黒テレビの画面を通して憧れと共に眺めていたアメリカです。

 あまりに面白くて、姐さんの分だけでなく、こんなに買い込んでしまいました。1939年、1950年、1975年、1980年、、、、大切な人たちの年です。

 1939年と1980年の物価を比べてみると本当に面白い、、、、
 それぞれの年の広告を眺めるのも本当に面白い、、、、、
 粋で楽しい歴史ガイドです

 どの年の本も、最初のページにこんな言葉が記されていました。

The richness of life lies in the memories we have forgotten.
(人生の豊かさは、我々が忘れてしまった思い出の中にある。)

 
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8月30日(月):暑さウンザリ記念日はアシエットワインバーで
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:29| Comment(0) | 日記

2010年08月29日

うらやましいぐらい素敵な共同社会

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 「大泉ジャンクション越えてまっすぐ→関越自動車道に入る→鶴ヶ島インターをぐるぐる下りて左」 などと言う、文字化されたお手製ナビを持って出発した8月最後の土曜日。言わずと知れた猛暑です。クーラーをかけた室内でじっとしていれば楽なのものを、道路はどこもいやになるほどの渋滞です。

 最後の週末、最後の夏、、、、そんな思いが拍車をかけて、私たちを涼しく快適な場所から、目も眩むような灼熱の世界へと連れ出したのでしょう。暑そうだけど、日に焼けそうだけど、混んでそうだけど、「行っちゃうかァ」 「遊んじゃうかァ」みたいな、そういう乗りって、分別くさくなくて大好きです。 

 一般道も高速道路も大渋滞の結果、集合時刻に間に合ったグループはほとんどいなかったようで、だいぶ予定を遅らせて、「BBQ&川遊び」 の会が始まりました。河原にはすでに色とりどりのテントが立ち並び、炭火の煙が立ち、いい匂いが風に運ばれてきます。浅瀬で泳ぐ子どもたちや、釣り人たちの姿も見られます。

 分別くさい我々が(笑)、3時間もかけて車を走らせたのには深い訳があります。

 平日も週末もあまり関係のない身、「この夏最後の週末」 (夏を暦上8月までとした場合ですが )という言葉に踊らされたわけではありません。実は、孫息子の保育園のイベントだったのです。

 この保育園はもちろん私立です。東京都心にあります。そして、実に素晴らしいし、面白いのです。地の利の良さと、月曜日から土曜日までの朝7時から夜9時まで、しかも、ゼロ歳児からをきちんとした方針のもとに預かってくれるとあって、忙しい職種のフルタイムのパパ・ママたちが集まっています。外国人の子どもたちもたくさんいます。笑顔いっぱい、元気いっぱいの保育士の方々の中にも、外国人の伴侶を持つ方々も多いと聞きました。

 季節ごとにさまざまなイベントを企画しては、お父さん、お母さんのみならず、私たちのようなもう一つ上の世代までをも受け入れて、巻き込んでしまう力はたいしたものです。父母同士は当然仲良くなり、情報交換の中で助け合いますし、お父さんの育児への関与も増します。私たち祖父母だって、機会あるごとに自分の孫ばかりか、他の子どもたちの成長ぶりにも驚き、感動もします。赤ん坊の時から一緒に過ごしてきた子どもたちの周りに、肌の色だの、髪の色、目の色などはまるで関係のない世界が構築されていきます。

 この園は、山梨に120坪もの有機農園を持っていて、そこで育てられた野菜が園児たちの給食に使われます。年長児になれば農園での体験も待っています。

 昨日、日高市巾着田の河原でみんなが枝を集め、石を集め、火を起こして、釜戸の上で焼かれた野菜たちも、川で冷やされたスイカも、この有機農園から運ばれてきたものでした。

 ついこの間までは歩くこともできなかった子どもたちが、今では様々なものに興味を示し、川の中に入って水遊びに夢中になり、おたがいに声をかけあって会話らしきものをしています。

 捕まえられた網の中のセミとトンボに、初めは遠巻きにしていたのが、だんだんと近づいて行き、そのうち勇敢な誰かが網の上から突っついてみようとします。そして、まだ怯えている子に、「大丈夫だよ」と目で伝えます。

「これはセミよ、セ ミ」と言えば、口々に
「メミ!」「フェミ!」「シェミ!」

「これはトンボ、ト ン ボ」と言えば、口々に
「オンボ!」「ンボ!」「ボンボ!」

 新しいことを一緒に経験し、知恵を身につけ、言葉を学ぶ、、、、、、
 小さな、うらやましいぐらい素敵な共同社会&協働社会です。
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8月27日(金):ギリシャ〜トルコ〜レバノン みんな隣組
8月26日(木):5品目の15分サラダ


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2010年08月28日

準備万端のはずですが、、、、行ってきます!

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 レースのカーテンを通して、もうこんな日差しが差し込む週末の朝。今日も暑い一日になりそうです。

 日焼け止めと、
 大きな帽子と、
 サングラスと、
 虫除けと、
 うちわと、
 もしもデジカメが壊れた場合にと、予備に古いカメラまで引っ張り出して、
 変なところで心配性(笑)。

 私にとって準備万端などという言葉はなきがごとし。
 忘れ物をしなかったことなどありません。
 でもおおかたの場合は何とかなるものです。
 そう思うから、よけい忘れ物をするのですよね。

 関越方面はイマイチ苦手だし、
 ウチのナビは超古いし、
 隣に座る人に日本語の地図を読めと言うのも無理な話だし、
 かくいう私は、地図ときたら左右上下の感覚で、やたらグルグルまわすタイプだし、、、

 しょうがない、早起きして一生懸命調べた道順の「文字」を持って出発します。

 たとえばこんな具合。
「大泉ジャンクション越えてまっすぐ→関越自動車道に入る→鶴ヶ島インターをぐるぐる下りて左」

 不安だらけですが、とにかく行ってきます。
 着きさえすれば楽しい一日になるはずです。

 皆様、どうぞ熱中症に気をつけて良い週末をお過ごしください!

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2010年08月26日

新しい時計が刻む新しい時間

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 夫婦っていうのは不思議なものです。「似た者夫婦」 などという言葉がありますけれど、似た者同士だから一緒になったのか、あるいは一緒になったから似た者同士になったのか、これはもう例の卵と鶏の関係と同じで、堂々巡りになるに決まってますから追求は致しませんけれど(笑)、同じ空気を吸って、同じ物を食べているうちに、何となく似てくるということもあるのでしょうか。

 私たちのように年季も浅く、見た目だって似ても似つかぬ夫婦でさえ、時として驚くような 「一致」 があります。昨日がまさにそうでした。

 偶然に二人とも外でのアポがありました。別々に出て、別々の場所に向かいました。いつもなら終わった頃にどこかで落ち合って、一緒にぶらぶらすることなども考えるのに、この暑さでは 「ぶらぶら」 なんて考えただけで汗が噴出しそうです。結局は、別々の場所から、別々に帰ることになりました。

 私の会合は銀座でした。せっかく馴染みの銀座に出たからにはひそかに行きたい所がありました。実は3日前に、大切にしていた腕時計を失くしてしまったのです。確かに腕につけていたはずなのに、気づいてみたらありません。そういえばベルトの部分の留め金がちょっと外れやすくなっていたな、などと思っても後の祭。

 私にとっては特別な時計でした。4年前のお誕生日に夫からプレゼントをされたものなのです。

 落としたことを告げるわけにもいかず、できるだけ早く、なるべく似た時計を買わなければと焦りました。そして買うならどうしてもある店で買いたいと思いました。それが銀座の松屋通りを築地方面にまっすぐ歩いた右側にある、小さな時計屋さんでした。どんなお店なのか、どうしてそこで買いたいと思ったのかについては、よろしければこちらをご覧ください。
http://blog.platies.co.jp/archives/20090711-1.html

 おじさんはあの頃と同じように水色の上っ張りを着て、すみっこで時計の修理に専念していましたが、久しぶりの客をよく覚えていてくれて、嬉しそうに挨拶をしてくれました。そして私が選んだ時計のベルトを何度も何度も短くしたり、長くしたりしながら、腕にピッタリと合うように調整してくれました。私は腕時計と一緒に、目覚まし時計を買いました。

 腕時計は内緒でも、目覚まし時計を見せたくて、小さな箱を持って二階に駆け上がってみれば、一足先に帰った夫が、デパートの包装紙に包まれた大きな箱をかかえています。そして、

「時計を買ってきたよ!」
「私も時計を買ってきたの!」

 おたがい時計の話なんて全くしたこともなかったのに、いったい何ていうことでしょう!

 こうして昨日、3つの時計がいっせいに時を刻み始めました。表向きには置時計と目覚まし時計の2つですけれど、私の手首でも新しい時計が、新しい時を創っています。

 おかしなもので、たったこれだけで何だか心機一転、私たちの新しい時代が始まったような気分です。そしてそれが良い時代のような気がしてならないのですから、全くもって不思議なものです。

 ちょっと空気が澱んできたら、思い切って時計を変えてみるのも手かもしれません。
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8月25日(水):クノール! Knorr!

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2010年08月25日

熱帯夜の季節

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 いったん出れば何だかんだと時間が過ぎて、この灼熱の中、動き回った分だけ確実に汗をかき、消耗し、結局、続きも書けなくなってしまった昨日の火曜日でした。あまり汗をかかない体質だと信じていたのが、そんなものは単なる思い込みでした。ふとさわってみれば、喉のあたりがザラザラしています。「この感触、何だか懐かしい、何だろう、何だろう?」 と考えていたら、はたと思い出しました。子どもの頃の 「汗も」 です。見かねた母が、毎朝 「シッカロール」 という粉白粉のようなものをはたいてくれて、ある時期、小さな痩せっぽちの私の首は真っ白でした。

 25度以上の夜を「熱帯夜」と呼ぶようになって久しくたちます。とりわけこの夏は、6月28日に東京で今年初の熱帯夜が報じられて以来、この3文字がやたらと目に飛び込むようになりました。

 昔、東カロリン群島のポナペという島に、父と呼ぶ人がいました。その名をセピオ・バーマニスと言います。もちろん、母も兄弟姉妹たちも。要するに島の家族がいたのです。

 セピオ父がよく言っていました。

「日本では眠れないほど暑い夏のことを 『熱帯夜』 と言うらしいけれど、そりゃとんでもない間違いだ。ここ熱帯の島の夜は、ほら、こんなに涼しくて気持ちいいじゃないか。暑くて寝られない者なんかおらんよ。」

 そうして兄弟姉妹たちがそれぞれに枕を持って集まってきては、椰子の木陰の高床式の木の家の、遠くに暗い海を見晴らす大きなベランダでゴロゴロと横になりました。父が言うように、風は涼しく心地よく、時折大きな葉を揺らす椰子の木のサワサワとした音は、まるで子守唄のように優しい、熱帯夜ではない熱帯の夜でした。
 
 ところで、この3つの石鹸は、先週末の土曜日に遊びにいらしたご夫妻がフィジーの島から持ってきてくださったココナッツの石鹸です。そして、12個並んでいる方は、ポナペ島のココナッツ石鹸です。

 フィジーの石鹸はワインで言えばたぶんヌーボー。
 ポナペの石鹸は30年近くたつかなりの年代物です。今ではもっと進化した形で色々できているのでしょうが、これは当時、島の新しい産業として試験的に作られたものの名残であり、使えば泡となって消えてしまう私の宝物です。ココナッツと一緒にイランイランが香り、夢のような泡が生まれる素晴らしい石鹸なのですが、残りが12個になってしまってからはもうもったいなくて使えません。

 いただいたフィジーの石鹸も、ふんわり同じ香がします。お風呂場でゆったりとそんな香に包まれていたら、はるか昔の娘たちの声が聞こえてきました。それを風呂場のドアの外で聞きながらクスクス笑っている若い母の私も見えました。

「ねえねえ、ピーシーピーってなあに?」(妹)
「ええと、ええと、、、、そんなの決まってるじゃ、ポナペ ココナッツ ペッケンだよ。」(姉)
「そうか、ポナペじゃセッケンのことをペッケンって言うんだ。おねえちゃんすごいねえ。」(妹)

(解説:PCPとは石鹸を包むセロハン紙に書かれているアルファベット。本来はPonape Coconut Productsのこと。ペッケンとはもちろん苦し紛れのオリジナル)

 12個の石鹸と同じく、大切にしまっておきたい思い出です。
 熱帯夜の季節には、そんな奥底に眠っていたはずのものが心に里帰りをします。
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8月25日(水):クノール! Knorr!
8月24日(火):2歳の子もはまる乾燥クランベリー


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2010年08月24日

花の色はうつりにけりないたづらに

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 15日の夫のお誕生日のお祝いで、いただいた純白の百合の花。
 数えてみたら30のまだ緑色の固い蕾をつけていました。

 それから誰も居ない暗闇の中で、冷房も切られた熱帯夜をいくつ通り越したのでしょう。ひとつ、またひとつ、と、ほのかな香りとともに、その美しい花を開かせていきました。

 先に咲いた花が、花弁を茶色く変色させている今朝の百合たちです。そのうち、ひらひらと花びらを落とし始めるのでしょう。

 それでもまた蕾が7つも残っています。

 蕾も、開き始めた可憐な花も、華麗に開いた花も、色褪せてしまった花も、落ちる準備をしている花も、そして落ちていく花も、みんないとしい、みんな大好きです。

 大変、時間を間違えました。急ぎ、打ち合わせに出かけます。
 続きは帰ってきてから。
 それにしてもまあ何と言う暑さでしょう!
 どうぞ皆様、ご自愛ください、そして良い一日を!
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8月23日(月):2歳の子もはまる乾燥クランベリー


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:16| Comment(0) | 日記

2010年08月23日

人前には現れない小さな少年

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 手元に、と言っても、遠い遠い場所の小部屋の中のどこかに、その本はあります。
 子どもが持つにはずっしりと重く、それなのに小さな少年の宝物で、何度も何度も繰られたページには丁寧に丁寧に書かれた小さな文字の書き込みが見られます。

 6歳の子どもが読むにはかなり難しかっただろうと思わせる、その淡々としていながら精緻な文体は、ところどころに美しい絵をはさんで、どこまでも続きます。少年は、どこに何が書いてあるかがすぐにわかるように工夫して、巻頭に自分で索引を作りました。毎朝、まだ日が昇り始める前に双眼鏡を手にそっと家を抜け出して、川岸まで自転車を走らせました。

 少年の頭には、ほとんど全ての鳥の産卵時期も、孵化時期も、渡りの時期も頭に入っていました。姿は見えなくともその鳴き声を聞き分けることができました。毎朝、川から帰ってきては、見た鳥、聞いた鳥を索引で引き、開いたページを読みふけりました。

 少年は大きくなるにつれて、ほかにやらねばならぬこともたくさん出てきて、いつしか川岸へと自転車を走らせることもなくなってしまいました。転々といくつもの場所へ移るうちに、川辺は遠い思い出の中の場所となってしまいました。

 ほかのたくさんの知識を身につけて、社会の中で一角の人間として生きていくためには、当然たくさんのモノを捨ててきました。モノにこだわらない、という知恵も学びました。大人になった少年が書く文字は、忙しさに追われる者が書きなぐる文字になりました。けれども、たとえ何回引越しを繰り返そうと、何回生活が変わろうとも、何でも捨てる人が、この重い本だけは捨てませんでした。

 クリスマスのプレゼントにようやく買ってもらった鳥類図鑑を手にした時の飛び上がらんばかりの喜び、早朝の川辺で過ごす至福の時間、鳥たちとの会話、それを確かめるために真剣に宝物の本に向かい合う少年、、、、、そんな姿は今のその人からは一片だって見られません。そんな少年がいたことなど誰も知りません。

 でも、私は知っています。その人の中にいた小さな少年を。
 そして時折、本当に時折、姿を現すその少年を。

 この夏も、私は夫にお願いをして、あの本を見せてもらいました。美しい本でした。美しいページでした。60年以上もの年代を経て、大切に扱われてきたモノだけが持つ気品に満ちていました。

 ある時、こんな質問をしたことがあります。

「今の仕事に就いていなかったとしたら、何になっていたと思う?」

 それにはしばし答えられなかった人が、「じゃあ、何になりたかった?」という質問には、すぐさまこう答えました。

「鳥の学者かなあ、、、、、」

 昨日書いたように、「らしくない別世界」 を持っている人もそうですけれど、男女を問わず惚れてしまうのは、人前には現れない小さな少年や少女を、心の中に住まわせている人です。
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8月23日(月):またまた登場 春巻きの皮


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2010年08月22日

らしくない別世界

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 職業を表す 「profession」 という言葉。もともとの西欧社会では、3つの職種がそれを代表していました。医者と弁護士と聖職者です。特別な勉強をしなくては就けない仕事であり、特別な訓練が必要であり、資格を取らねばならず、社会になくてはならぬ仕事であり、世のため人のためになるはずの仕事であることから、いつの時代も、色々な意味で憧れの対象でもあった 「profession」 です。

 今や私たちの社会はそうそう単純ではなくなって、仕事の種類もどんどんと増えてきました。私たちの目を釘付けにした、村上龍さんの 「13歳からのハローワーク」 には514の職業が紹介されていましたし、それから7年たって今春出版された新しい版には、さらに89の仕事が加わりました。

 その公式サイトの 「人気職業ランキング」 には、1位から1024位まで、ありとあらゆる職業が列挙されていて、その 「職業名」 を眺めているだけでも、世相がわかって面白いのです。刺青師、マタギ、パチプロ、傭兵、クワガタ養殖なんていうのだって出てきます。

 今年の7月の最新ランキングの一位から五位までには、保育士、パティシエ、プロスポーツ選手、中学・高校教師、ファッションデザイナーという職業が並んでいます。「これぞprofessionである」 とされていた医師は7位、弁護士は42位、聖職者にいたっては、1024もの順番をつぶさに見るのも目が疲れて、あきらめました。

 昨夜、我が家に遊びにやってきて、飲んで食べておしゃべりをして、ふと気づけば夜も更けかかっていたというカップルは、弁護士さんとお医者様です。つまり、古来からの名誉あるプロフェッションのご夫妻。それなのに、全くもって 「らしくない」 のです。もちろん、仕事の場にいれば押しも押されもせぬ、堂々としたプロフェッショナルなお二人。けれども、、、、、

 二人が出会ったのは都内のジャズバー。ジャズピアノの腕だってちょっとした彼と、華奢な身体で小気味良いドラムを叩く彼女が、即興の組み合わせで演奏をしたことがそもそもの始まりでした。ジャズばかりか、南の海という同じ目線を持つこともわかりました。となれば、それはもう単なる偶然ではなく、きちんと仕組まれて、出会うべくして出会ったのでしょう。

 忙しい仕事の合間で、時間さえあれば南の島に飛んでいく二人は、つい何日か前にフィジーの島から帰ってきたばかりです。昨夜は、海の中にいれば何時間だろうが退屈しないという二人が私たちに見せるために、撮りたてホヤホヤの映像を持ってきてくれました。そして、今回の旅で初めて使ったというコンパクトな水中デジカメを、慣れた手つきで我が家のテレビにつないで、本邦初公開の映画が始まりました。

 珊瑚の林の上を魚たちと一緒に泳ぐ二人、夕陽の浜で遊ぶ二人、サメを見つけてカメラで追っていく二人、、、、、、画面の中の二人の笑顔と来たらとびっきりに素敵ですし、映像を解説してくれる二人と来たら本当に楽しそう。それなのに、また明日になれば、スーツと白衣に身を包み、厳粛な顔に戻っているのでしょう。

 たとえ 「profession」 と格付けされてきた仕事であろうがなかろうが、たとえ1024番目にランクインしている仕事であろうが、たとえランキングのどこにも出てこない仕事であろうが、全ての仕事はあまねく良い仕事です。自分がその仕事を愛し、働くことに誇りを持っていさえすれば。

 そして、どんな仕事をしていようが、「らしくない別世界」 を併せ持っている人たちは、いつだって、とっても格好良く、とっても素敵に見えます。

 写真がピンボケな理由は、カメラのせいでも、カメラマンのせいでもありません。「メールで送ってあげますから」 と言うのを待ちきれずに、南の島とくればすぐに夢見る目になってしまう私が、待ちきれなくてテレビ画面を撮ったからです(笑)。著作権侵害になっていたらゴメンナサイわーい(嬉しい顔)
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8月20日(金):気分はトロピカル


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2010年08月21日

会いたい人がいる幸せ

1P7236728.JPGP8183924.JPG 今週は旧交週間です。
 昨日も、ランチタイムにゆっくりポカポカ旧交を温め、夜は馴染みの居酒屋でくつろぎながらのフンワリタイム。

 最近は、「会ってよかった」「 会えてよかった」の確率が良い辺りで安定してきました。組織の中で役割を担っていれば、たとえ「何となく気が進まないなあ」と思っても、決められた方とお会いしないわけにはいきませんが、そんな時代も過ぎ去って、人生もほどよい所まで来てみれば、残された貴重な時間の中で、「会いたい人に会う」 という一見ごく当たり前のようなことが、実はどんなに贅沢なことかもわかるようになります。

 冷静に思い巡らしてみれば、「会いたい」 とは逆に、何となく気が重くなってしまうケースには、いくつかあるように思います。

 まず、会話が成り立たない場合。一見こちらの話を聞いているかのように見えて、実はまるで聞かずに、自分のことだけを話し続けている場合。仕事がら 「聴く」 のは得意な方だと思ってはいても、聴き疲れをしてしまうことだってあります。

 次に、愚痴が多すぎる場合。
 そして、人様の批判や悪口が多すぎる場合。
 最後に、未来を語らず過去ばかりを語る場合。
 もう一つ加えれば、根掘り葉掘りの質問が多すぎる場合。

 不思議なことに、最近はちょっとしたセンサーが働くようになりました。そんないくつかの 「場合」 を事前察知してくれて、渋滞を避けて道を選んでくれるナビのようです。というか、だんだんと我が儘になってきたと言う方が正しいのかもしれませんが、どちらのおかげにせよ、最近は嬉しい機会ばかりです。

 昨日のランチタイムのムツコさんは、ジャーナリストとしての決してぶれない視点を持っている人です。30年近い付き合いですが、それは決して揺らぐことがありません。困難の中にいても明るく乾いた愚痴で笑い飛ばし、一緒に明日を語ることができます。そんなムツコさんのアドバイスはいつだって的確です。

 なかなか思うように進まない仕事について、「打ち合わせがまた先に延びちゃってがっかりしてるの。」 と言ったら、

「良かったじゃない。それは時がまだ熟していないということよ。ナオミさんの準備がまだ不足だっていうこと。時間が与えられたわけなのだから、じっくり取り組んで、きちんといいものをプレゼンできるようになったわけでしょう?がっかりすること、ちっともないじゃない。」

 こんな具合に素敵な視点で、私の目の前の薄雲を払ってくれます。

 夜にお会いした政治学のシン先生は、いつだって温厚誠実。どんな時だって、決して人の悪口を言いません。たとえ、10人のうち9人が悪く言っているような人の中にも、ちゃんと良い部分を見つけては、「僕は彼のそんな所を尊敬してるんですよ。」 などと言います。もちろん目の前にいる人を褒めるのもとても上手です。

 シン先生と過ごす時間はいつだって暖かく過ぎていきます。

 会いたい人がたくさんいます。
 マユミさん、タカコさん、ノリコさん、キキ、ユーコさん、ケイコさん、ヒメコさん、、、、、、、
 もちろん男性にだって。

 会いたくない人の100倍も会いたい人がいるというのは、何て幸せなことでしょう。

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8月20日(金):気分はトロピカル

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:27| Comment(0) | その他メッセージ

2010年08月20日

夕方から始まる新しい一日に祝福を!

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 夕方6時を過ぎた頃、まだ明るさの名残をとどめる中で、若い男女がバギーを押しながら歩き始めます。手をしっかり握って歩いている親子もいます。仕事直帰の服装で、カバンを持ったママやパパたちに、もう一つ、園から持って帰る大きな袋が加わります。中味は着替えやら、食事のエプロンやら、連絡ノートやら、時には寝具まで。

 外のウッドデッキの片隅から、しばらくそんな光景を眺めていて思いました。

「何てみんなイキイキしているのだろう。
 この人たちと来たら、まるで、これからまた新しい一日が始まるようにキラキラしている!」

 長女と次女が5歳の開きがあった上に、今のように産前産後の休暇もきちんと取れるわけではなく、育児休暇など存在もしていなかった時代のこと、朝晩に2つの保育園を行き来しながら、足掛け9年近くも園のお世話になりました。朝起きて雨が降っていようものならしばし途方にくれ、まるで小さな幌馬車のようなバギーに下の娘を乗せ、上の娘の手をひいて歩きました。今思えば、どこに傘をさす手があったのかしら、と不思議に思います。

 こんなこともありました。随分無謀なことをしたものですけれども、あの線路沿いの道の親と子の光景は、「幸せ」 と言うタイトルをつけて額縁に入れて飾っておきたいぐらいです。あんなに大変だったはずなのに、人生っていうのは全く不思議なものです。

 自転車をこぐ夫、その前の小さな子ども椅子に、黄色い肩掛けカバンを斜めにかけてチョコンと座る小さな娘、夫の後ろには大きなお腹をしたマタニティードレス姿の私。まずは園で娘をおろし、それから大急ぎで、一人+お腹の中のベビー を最寄り駅まで連れて行くために、一生懸命ペダルを踏む夫の姿。

 私たちも、園仲間のお父さん、お母さんたちも、みんな一生懸命でしたし、みんなとても疲れていました。それでも、昨日、私が垣間見た若いママとパパのように、人から見たらそんな私たちだって、もしかしたらキラキラと輝いていたのかもしれません。

 シッターさんのお盆休みで、2歳3ヶ月の息子の保育スケジュールを組み直さなければならなくなった娘夫婦。昨日は、仕事を早めに切り上げて、娘が園に迎えに行くと聞いて、私のほうからこんなお願いをしました。

「6時半までに行くから、どうやって園に入り、どうやって挨拶をし、どうやって、、、、、
そういう 『どうやって』 を見せてもらいたいの。何かがあった時には、ママでもお迎えができるように。」

 これはたぶん、完全に私の勝手な理由。少しでも誰かの役に立つ自分でいたい、という(笑)。

 さて、そんな理由でソワソワと外で待機をしながら待っていると、スーツ姿の娘が飛んできました。一緒に中をのぞけばどうやらお夕飯を食べている最中のよう。娘の後に続いてロックのかかったドアをそっと開け、若く明るい先生方にご挨拶をし、一日の様子を聞いて、見えないところで静かに食事が終わるの待ちます。

 家では我が儘な孫息子も、きちんと 「お友達」 とテーブルにすわり、きちんと食事をし、しかも自分よりも小さな子の世話まで焼いてます。そんな自立した姿を見て、ホロホロとしていたら、食事の後の手洗いの場でとうとう見つかってしまいました。

 なぜ私が突然そこに居るのかを全く理解できないままに、一言、 「ンラマ?」
 けれども、グランマと認識されて大喜びしている私の後ろにママを見つけるや、もういけません。「ママァ!」 と飛んでいって、その後はひたすら抱っこ。グランマは忘れられました(涙)。

 そうこうする間にも、「おかえりなさい! 」と保母さん、保父さんに迎えられて、若いママやパパたちが次々と入ってきます。そして、歩ける子も、まだ歩けない子もみんなママとパパに飛びついていきます。それまでどんなに激務の中にいようが、その瞬間に彼らの顔は母になり父になり、両の手で受け止めた子どもたちと同じように、キラキラと輝き始めます。

 そうして、翌朝まで続く、彼らの新しい一日が始まります。
長い間繰り返されてきたことのはずなのに、自分自身だって通り抜けてきたことのはずなのに、そんなしなやかさが何だかひどく新鮮に見えて、彼らの新しい一日と、それに続くたくさんの日々を祝福していました。
                   By 池澤ショーエンバウム直美

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8月20日(金):気分はトロピカル

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:50| Comment(0) | ワーキングマザー

2010年08月19日

遠くだけを見ていた一日

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 2つの目的があって、一日を軽井沢で過ごしました。
 1つは、会いたい方がいたこと。
 そしてもう1つは、初めてこの時期を日本で過ごす夫に、夏の軽井沢を見せたかったこと。

 たった1時間ちょっとなのに、新幹線と名がつけば何だか心も躍ります。そんなに読めるはずもないのに、車内で読む本やら新聞やらをドサリとバッグに詰め込んで、朝からビールなんて許されるはずもないのに、おつまみまで詰め込んで(笑)。

 ところが大事件が発覚しました。
 なくてはならぬメガネを家に置いてきてしまったのです。

 あわてて携帯を取り出して、勘を頼りにこんなメールを車内から送りました。

「先生、メガネを忘れて本も新聞も読めません。きっとお昼のメニューも読めません。着いたらすぐに、どこか簡単なメガネを買える所に連れていっていただけませんでしょうか。百円均一だってかまいません。」

 われながら情けないと思うのは、実にこんな時です。無理して小さな活字を読もうとすれば、なにやら乗り物酔いをした時のように気分が悪くなります。子どもの頃から目だけは自慢の種で、40代半ばまでは遠くを見るのも、近くを見るのも何の苦労もなかったのに、ある時期から、がくんと不自由になりました。広報の仕事をしていた時期で、仕事上からもかなり色々なものを読まねばなりませんでしたので、とても困りました。その頃、覚悟をして初めてかけたメガネが、いわゆる 「老眼鏡」 でした。

 ところで、この 「老眼鏡」 という言い方、最初のうちはかなり抵抗がありました。
 英語では、婉曲に、「Reading Glass」 と言うのに、どうして日本語はこんなに直接的なのでしょう?昨日だって、もしやと思って飛び込んだ軽井沢駅のキオスクで、

「あのお、簡単な老眼鏡なんて置いていらっしゃいませんか?」 と聞くよりは
「あのお、簡単な読書鏡なんてありませんか?」 と聞きたかった(笑)。

 さて、改札口まで迎えに出てくれていた先生が、会うなりこう言いました。

「僕のと家内のと2つ持ってきてみたから試しにかけてごらんなさい。」

 ところが、どちらも全く合いません。相変わらず字が霞みます。困り顔の私に先生が、爽やかに言い放ちました。

「今日は一日、遠くだけを見ていなさい!」

 というわけで、昨日は遠くだけを見る一日となりました(笑)。
 どうしても読まなければならない小さな字は勘と想像力を駆使して、
 カメラのシャッターは大雑把に。

 とてもとても不便でしたけれど、そうと決めたらそれはそれでけっこう気楽。気にすることもできない細かいことが、気にならなくなりました。

 そして、撮ったたくさんの写真を、メガネをかけてじっくり眺めてみれば、それはそれでちゃんと撮れていますし、美しい写真だってあるのです。

 1週間に1度、いえ、月に1度ぐらいは「遠くだけを見る一日」を作るのも悪くはなさそうです。

By 池澤ショーエンバウム直美

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8月19日(木):パントリーの秘密
8月18日(水):我が家の「土用の丑の日」

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:53| Comment(0) | 日記

2010年08月18日

何がしたい? 何ができる? 何をするべき?

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 自分の娘たちよりも若い学生たちからアドバイスを求められて、年相応の経験と、自分が属してきた世界での知恵を使って答えながら、時に冷水を浴びせられたように、はっとする瞬間があります。

 自分がいつの間にか失ってしまったものに気づく時です。
 固定観念からは自由でいるつもりだったのに、世の中の常識や慣習に沿った楽な道に逃げようとしていた自分を知る時です。

 どうせ駄目に決まっている、とか
 そんな恥ずかしいことはできない、とか。

 昨日もそうでした。アメリカの州立大学での1年間を終えたミエさんが、より困難な環境の中で自分を成長させるために、天下の名門、ハーバード大学へ転入したいと言うのです。今の大学で、この1年間本当によく頑張って、GPA(成績の平均値)もトップクラスに入り、大学を代表して、ハーバードでの学生会議に派遣されました。その時に、「ここだ!これこそ私が勉強をしたい所だ!」 と、全身に電撃が走ったと言うのです。

 けれども、アメリカの私立大学の授業料は、いわゆる名門大学であればあるほど、半端な額ではありません。ミエさんは、親にこれ以上の負担をかけたくないという思いから、東京の、ある大きな外資系会社の社長に、学費の補助を求める手紙を書くことにしました。なぜなら、その会社が高校生のアメリカ留学に奨学金を出していることを知っていたからです。

 「読んでみてください。そしてどう思うか教えてください。」 と、A4,4枚にびっしりと書かれた手紙を目の前に差し出されて、正直、私は読む前から随分と引いていました。

 「そんなこと、いかに何でも無理でしょう。」
 「あんな大会社の社長が読んでくれるとも限らないし。」
 「仮に読んでくれたところで、社長一人の意志でどうにかなるものでもないでしょう。」

 そんな 「大人の良識」 と言うフィルターで目を通し始めた4枚の書面は、少々ごたついてはいるものの、最初の一行から最後の一行までが、彼女の熱意にあふれていました。読み終わった後に、私は自分自身の先入観や良識が恥ずかしくなりました。そして、ミエさんと同じ年頃だった自分の姿を思い出していました。

 私はやたら元気よく、
 私はやたら勇敢で、
 私はやたら大きな夢を持っていて、
 私は何だってできるような気がしていました。
 自分の目の前に広がる広大な未知の世界は、きっと自分に味方をしてくれるはず、と信じていました。

 ミエさんと同じ状況だったら、きっと私も彼女と同じことをしたに違いありません。

 そう気づいた時に、私はこう言っていました。
「やってみようか、やらなければ何にも起こらない。駄目でもともと。それに撒いた種はいつか芽が出るかもしれないしね。」

 そして、その為に必要な6つのアドバイスをしていました。

@ 半分ぐらいに短くすること。
A 言い足りないのなら、この1年間に成し遂げたことなどは、別紙に箇条書きで書くこと。
B 言いたいことを最後に書くのではなく、一番最初に書くこと。
C なぜハーバードなのか、そこで何をしたいのか、を具体的に書くこと。
D 求める援助の内容と、自分自身の経済的状況をきちんと数字で提示すること。
E Give & Take のバランスを忘れないようにすること。自分は援助のお返しに何ができるのか、受け取った 「take」 を、将来どのような形で社会に 「give」 できるのかをきちんと書くこと。

 ミエさんはもう一度よく考えて、社長宛の手紙を書き直すことでしょう。
 そうするために、もう一度、じっくりと自分自身に向かい合うことでしょう。
 何がしたいのか、何ができるのか、何をしなくてはいけないのか、、、、、、、、

 それは私自身への課題ともなりました。
 私は今、何がしたいのか、何ができるのか、何をするべきなのか、、、、、、、

 まさかと思っていた玄関前の小さなオリーブの木が、小さな小さな緑の実を2つ結びました。この実だって、秋が深まる頃には黒く熟しているのかもしれません。

                        By 池澤ショーエンバウム直美

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8月18日(水):我が家の「土用の丑の日」
8月17日(火):初めての出会い ドーナツピーチ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:10| Comment(0) | その他メッセージ

2010年08月17日

暖かい場所で育てること 過度な直射日光は避けること

P8173896.JPGP8173897.JPGP8173900.JPGP8173901.JPG それにしても暑いですね。怠けている自分を弁護しようと、「夏ばて」「夏負け」 という言葉を辞書で引いてしまいました(笑)。

 日曜日にいただいた時は、まだ花開く前の固い蕾だった百合の花が、2日もたたないうちに、こんなに開いてしまいました。

 そう考えれば、この暑さは成長や進化のプロセスを早めているとも言えなくはありませんが、ということはエージングに拍車をかけているということなのかもしれません(涙)。

 押しなべて花は好きですが、中でもセンチメンタルに好きな花がいくつかあります。そのひとつがジンジャーです。ジンジャーの花には色々な思い出があり過ぎます。
http://blog.platies.co.jp/archives/20090624-1.html

 去年の6月にハワイから運ばれた球根を植えました。説明書き通りに2インチの深さに埋めて、まめに水をやっていたのに、ジンジャーは伸びこそすれ、ちっとも蕾をもつ気配がありません。けれども、いつか花を開き、小さな庭を香で満たす日を夢見ながら、その青々とした葉っぱを見ているだけでも、十分に幸せでした。

 それが、、、、、、
 何だか花も咲かせぬままに、この夏は一気に老化を早めているようなのです。
「暖かい場所で育てること。過度な直射日光は避けること」という注意書きを守れなかったのかもしれません。熱帯のあの島のあちこちで、あんなに豊かに葉を茂らせ、美しい花を咲かせ、スコールの後には、島中をその香で覆ってしまう花にとっても、この東京の気温は高過ぎ、直射日光は過度なのでしょうか。

 先日書いたような、西洋の人たちから羨望の眼差しで見られている、私たち日本人の肌や体型や若さも、この気温と過度な直射日光から守ってあげないことには、いったいどうなってしまうことでしょう。

 さて、暑気払いに何ともかわいい 「言いまつがい」 をお一つ。何回見てもおかしくて、一人でクスクス、時にはゲラゲラ笑っています。

 写真は、ワシントンDCに隣接した、古都アレキサンドリアの真ん中にある 「ICHIBAN(一番)」 という日本料理レストランの広告なのですが、ご覧になれますか?この一文。

「Come and experience our Donguri, Udon and Teriyaki dishes.」
(さあ、どうぞいらしてください。そして、私たちのドングリとウドンとテリヤキを堪能してください。)

 まるで宮沢賢治の「山猫軒」のような謳い文句。もちろん、言いたかったのは「Donburi」(ドンブリ)。
                     By 池澤ショーエンバウム直美

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8月17日(火):初めての出会い ドーナツピーチ
8月18日(月): お誕生日のクルーズランチ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:48| Comment(0) | 日記

2010年08月16日

Over the Rainbow

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 お祝いされるのはありがたくて、嬉しいのですが、時に気恥ずかしいこともあります。
 でも、お祝いするのならいつだって、どこでだって大好きです。
 どうしたら喜んでもらえるだろうと計画を進める過程は、創造と想像の宝庫です。

 昨日は連れ合いの誕生日。しかも、二つのめったにないことが重なりました。
 一つは、ちょうど日曜日だったこと。
 そしてもう一つは、何十年の人生の中で初めて、東京で迎えた誕生日だったこと。

 となれば、ひっそりと祝うよりは、賑やかに楽しく祝うに越したことはありません。
 年を重ねていけばいくほど、お誕生日と言うのは重みを持っていくものですし、まるで損益分岐点のように、ある辺りからは、過ぎたお誕生日の回数よりも、迎えるお誕生日の数のほうが明らかに少なくなってしまうのです。

 昨日、私が計画したのはちょっとした変化球。家でのパーティーでもなく、レストランでの食事でもなく、東京湾の船の上。嬉しいことに年々拡大してきた家族10人が集まるにはちょうど良い大きさの個室です。

 船は竹芝桟橋を出て、レインボーブリッジの下をくぐり、お台場を抜け、東京第二トンネルを越え、羽田空港を過ぎたあたりでぐるりと大きく旋回して、元来た航路を辿ります。プライバシーが完全に保たれた個室の窓は、水面と、その向こう側の景色を一面に映し、ほとんど揺れもせずに静かに進んでいきます。

 栓を抜かれたシャンパンと、家族たちからの大きな百合の花束と、夫の好きな藍色のポルトガルのお皿たち、最年少の少年からはグランパに小さなブーケ。続く宴の食卓も楽しく、騒々しく、そして美味しく、、、、、

 最後のコーヒーが終わってアッパーデッキに出てみれば、クラクラとするぐらいに眩しい太陽が大きな船を包んでいます。2度目にくぐるレインボーブリッジにさしかかる頃合を見計らって、流れてくる 「Over the Raibow」 を、橋の下=Under the Rainbow で聞きながら(笑)、家族たちの素敵な笑顔の中で、こんなことを思っていました。

 たとえ損益分岐点をとっくの昔に通り越してしまっても、虹の向こうにはまだ素敵な何かが待っているかもしれない、、、、、、と、思えるような、、、、、、そんな風に年を取っていきたい、、、、、そんな風に年を取ってもらいたい、、、、この日、お誕生日を迎えた人にも。

Somewhere over the rainbow
Bluebirds fly.
Birds fly over the rainbow.
Why then, oh why can't I?
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:29| Comment(0) | その他メッセージ

2010年08月15日

睡眠不足 七つの大罪

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 帰ってきてから4夜目にして、初めて朝まで眠ることができました。久しぶりにさわやかな目覚めです。

 「時差ぼけはあまり関係ない体質」 などと言っていたのですが、寄る年波のせいでしょうか(笑)、ストンと眠って、きっかり3時間後に目が覚めてしまう夜が3日続きました。そのあげくどういうことになったかと言えば、、、、

その1:当然ながら昼間はボーっとしています。
その2:ついつい思考が後ろ向きになってしまいます。つまりふだんなら何でもないことや、楽しんで取り組めることも何となく面倒くさくなります。
その3:出不精になります。アポをキャンセルしたりします。
その4:集中度が落ちて、一つのことにやたら時間がかかるようになります。
その5:優柔不断になって、決断にも時間がかかります。
その6:「自分なんかもう世の中から忘れられてるんだ!」などと、なぜかひがみっぽくなります(笑)。
その7:根暗になります。

 つまり、これが身を持って体験した 「睡眠不足あるいは睡眠障害における七つの大罪」。
 やはり眠りというのは私たちの身体ばかりでなく、心の状態にも大きな作用を持つようです。

 「眠れた!」 と言う自己暗示も手伝ってか、今朝は朝からすっきり、前向き志向で色々やりたいことがたくさん、この暑さの中でも外に出たくてたまらないし、人に会いたくてたまらないし、家事でもメールの返事でもキビキビと処理し、延ばし延ばしにしていた決断もさきほどからさっさと片付けています。そして、変なひがみからも解放されて、何だかやたら根明 (ネアカ) です(笑)。つまり本来の自分が戻ってきた、ということ。

 実は昨夜、「七つの大罪」 が働いて、迷いに迷ったことがありました。何せ面倒くさくて、色々理由をつけてはネガティブな方向に持っていこうとする自分がいます。絵に描いたような優柔不断さの中で何とか自分自身を叱咤激励して、ようやく一つの決断に達した後でも、こんなことを思うのです。

「もしかしたら閉まっているかもしれない、お盆だもの。
うん、閉まっているに違いない。」

 明らかに、「行くつもりだったのに閉まっているから行けなかった」 と他人のせいにして、怠け者の自分を正当化しようとしています。ふだんはまず取らない思考法です。全く持って、睡眠不足のなせるわざ。

 さて、そんな葛藤の後で、結局は閉まっていなかったある場所に行ったのですが、それはいったいどこだったのでしょう。そして、それこそがたぶん、健全な睡眠へと結びつく鍵となったのです。

 スイミングです。閉まる直前のプールで、まだ面倒くさい、という気持ちを引きずりながら、とにかく泳いできました。とにかく早く切り上げたい (これも七つの大罪の余波?) 一心で、ひたすら1、2、3、、、と数を数えて16往復=800メートル。

 あがってみれば何かが違う、もやもやしていた雲海の合間からちょっと光が差してきたような、、、帰ってからのビールも夕食も何かが違う、、、

 思えば今までもずっとこうして水に救われてきました。
 水の中で数を数え続けることで、マイナスの思いを水に流し、プラスの思いを育ててきました。

 ところで、先日まで居たワシントンでは、「毎日同じ距離を泳ぐ」 ことを自分の日々の 「discipline(規律)」 にしてみました。「くたびれた」 「忙しい」 「雨が降りそうだ」 など、何だかんだと理由を見つけてきてはさぼらせようとする自分と喧嘩をしながら、初めての連続記録を達成しました。途中の小旅行が邪魔をしましたけれど、それでもやりました!「連続17日スイミング」 です!

 効果ですか?明らかに身が軽くなりました。
 短い時間でもよく眠り、7つの大罪とも無縁な、軽やかな心でいられました。

 私にとってはたまたま 「水」 ですが、何でもいい、何か一つそうしたものがあると楽ですよね。 
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8月14日(金):お気楽 おひとり様ランチ&おやつ
8月13日(木): 今お気に入り! マウイ島のビール

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:45| Comment(0) | その他メッセージ

2010年08月14日

母からの最後の贈り物

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 最近は英語でも 「Bon Week」 などと言う言葉を聞くほどに、私たちの生活の中に定着した「お盆」。本来の宗教的行事は別にしても、この時期は里帰りや、旅行へと、ゴールデンウィーク夏版のように人の動きが活発になります。

 キュウリの馬と茄子の牛を飾り、家の前でオガラを燃やす母の手。
「ほら、煙に乗ってご先祖様が帰ってきてくれるのよ。」 という母の声。

 いつもとは違う人混みの中で、はぐれないようにぎゅっと握っていた母の手。
 揺ら揺らと揺れる蝋燭の炎が暗い水面に映って、怖いぐらいに美しかった灯篭流しの夜。
「ほら、ご先祖様がお帰りになるのよ。」 という母の声。

 遠い思い出の中の母は、はつらつと若く、綺麗で、
 そばにいる私は、おどおどと小さく、無力で、、、、、

 亡くなった母の新盆に、故郷に帰りました。
いつもは人影もまばらな大きな公園墓地は、車も列を作り、お線香の匂いと一緒に、人のさんざめきが風に運ばれてきます。墓石には花が飾られ、さっきまでそこにいた人たちの息吹がまだ残っているようです。アメリカから、当初の予定を早めて帰ってきたのも、新盆に間に合わせるためでした。

 昨年秋、母の死はあっけないほどに早くやってきました。連絡を受けて駆けつけた時には、もう母はそこに静かに横たわったまま、私の呼びかけに応えることもありませんでした。在宅介護の域を超えてからは専門家の手に介護をゆだねることにしていましたが、それでも私と妹は交代で、定期的に母のもとに通っていました。毎週行ける時もあれば、2週間に1度しか行けない時もありましたけれど、どこにいても母のことは心の中にありましたし、すぐには駆けつけられない場所に長く滞在しなければならない時には、ひたすら何も起こらないことを願いながら暮しました。

 夫が日本の大学での定年を迎える2010年を前に、私たちは毎日のように、私たちのそれ以降のライフスタイルのことを話題にしてきました。けれども、夫の言葉をうなづきながら聞いてはいても、心の中ではいつもこう言っている自分がいました。

「それはとても素敵だけれど、できないかもしれない。
 そんなに頻繁に日本を離れることも、そんなに長く母から離れることも私には無理。」

それが何ていうことでしょうか。今、私はこんなにも自由になってしまいました。
 灯篭流しの時にぎゅっと握ってくれていたあの母の手が、ふっと離れてしまったかのように。

 墓前で手を合わせていたら、母がにっこりと微笑んだような気がしました。
 そして気づきました。
 この寄る辺ない自由は母から娘への最後の贈り物だったことに。

 おかあさん、私はあなたからの贈り物をしっかりと受け止めて、いただいた自由な時間を、一生懸命私らしく生きていきます。見ていてくれますか?

 花屋の店先で、母の大好きだった葉鶏頭がこんなに美しく色づいていました。
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2010年08月13日

オリエンタルウーマンへの憧れ

P8133795.JPGP8133796.JPGP8133797.JPGP8133798.JPG 「こんな暑い夏は初めてだ!」 と、友人たちが一様に愚痴をこぼすぐらいに、ワシントンも例年以上に高温が続いています。私が滞在中にも100度を越した日が何日かありました。

 35度を越える日を猛暑日と呼ぶ私たち同様、100という数字は彼らにとっての、「越えてはならぬ一線を越えてしまった!」というもののようです(笑)。ちなみに100はもちろん華氏です。摂氏に換算すれば、37.78度。

 ほとんど毎日 「かんかん照り」 でした。それなのに勇敢な女性たちは、サングラスこそかけはすれ、日傘をさしたりはせずに、強い日差しの中を平気で歩いています。「郷に入っては郷に従え」 で、私も頑張っていましたが、日傘を差しなれた身には何とも辛いのです。へこたれて、一人で歩く時には、思い切って差すことにしてみましたら、結構人の目が気になります。あげく、すれ違った女性から、「What a nice umbrella! (まあ、何て素敵な傘でしょう!)」 と言われたり、そんな私の勇姿(笑)を見た友人からは、「ナオミ、今度来る時に私にも1本買ってきてくれない?」 と言われたり。。。。。

 そんな風に差したり差さなかったりで、いつもの何倍も紫外線を浴びてしまったような気がします。加えて、今年の夏は自分にひとつの 「discipline(規律)」 を課しました。これについてはまた別に書くつもりですが、とにかくできるだけ泳ぐことにしたのです。そのためにまた、随分紫外線にさらされました。

 こんな時には早めのケアが大切と、昨日エステサロンに駆け込んだら、開口一番 「お焼けになりましたねえ!」。わかっていたとは言え、少々がっくり。 

 さて、上の写真は雑誌の中の広告です。
 いきなり大きな漢字が飛び込んできます、「美肌」。
 そして、その表題がふるっています。
「Ever Wonder Why Oriental Women Look Younger?」
 ちょっと大げさに言えば、「東洋の女性が若く見える永遠の謎」(笑)。

 読み進めてみればこんなことが書いてあります。当たり前!と思う所も、思わず笑ってしまうところもあります。

「オリエンタルウーマンのほとんどはフェイスリフト(皺取り)をする必要がありません。
 オリエンタルウーマンになれない私たちは、彼女たちの食事法やライフスタイル、スキンケアー戦略を盗むしかありません。

 顔を太陽から遠ざけましょう。40代、50代になってからの皺の多くは、若い時に浴びた紫外線の影響です。良質の日焼け止めを使い、将来のダメージを今から防ぎましょう。

 お肌に水分を与え、エアコンやヒーターはほどほどに使いましょう。オリエンタルウーマンは、アメリカンウーマンが1度の手間で済ませてしまうお肌のケアーを、いくつかのステップを踏んできちんと行います。アジアの文化では顔のマッサージはスキンケアーの一部、針灸や指圧、ツボ押しなどの伝統に基づいたものなのです。

 今からでも遅くはありません。私たちもオリエンタルウーマンを目指そうではありませんか!」

 結局これは、特別に開発されたというスキンケアプログラムと化粧品の宣伝です。

 もう一つ、こんな本がありますのでご覧ください。何年か前の夏に本屋で山積みにされていたものです。表紙には黒髪の日本人女性がニッコリと微笑む姿、そして、そのタイトルが、
「Japanese Women Don’t Get Old or Fat(日本の女性は年も取らないし太らない)」!
 著者は、日本人女性とアメリカ人男性のご夫婦です。

 そのひときわ目を引くタイトルと装丁の本を手に、洋梨のような婦人たちがページを繰る姿が印象的でした。

 東洋人だの、日本人だのと括って話すのはあまり好きではありませんし、話されるのにもちょっと抵抗を覚えてしまいますが、まだまだ私たち東洋の女性、日本の女性に対する一種の神話と憧れは健在です。

 それならそれで、日本のように 「夏の日傘文化」が根付いたって良さそうなものなのですが(笑)。
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posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:26| Comment(0) | アメリカライフ

2010年08月12日

寝不足&オオボケの木曜日の朝

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 東に向かう時は時間が逆戻りするのに、西へ帰る時には、きちんとその分、早送りになります。

 あげく何が何だかわからなくなって、わからないままに、それなりに体内時間が調整されていきます。幸いなことに、いわゆる時差ぼけにはあまり悩まされずに、すぐに移動した地での生活を始められる方ですが、昨夜はやっぱり深夜に目が覚めてしまいました。

 ちょっと復習をしてみれば、日本時間の火曜日の夜6時にワシントンで起きて、途中の機内で少しばかり居眠りはしたものの、東京で横になって眠りに就いたのは昨夜12時。つまり、30時間起きていたことになります。それならそれで、起きていた分長く眠れるだろうと思いきや、そうはいかないのが辛いところ。 3時間で目が覚めました。それもかなりはっきりと。

 なのに寝ぼけました。自分が居るのが、つい昨日までいた家だとばかり思っていたのです。お昼寝から覚めて一瞬、「おや、ここはどこだろう?」 と思うのと似た感じです。

 かくして始まった8月12日、寝不足&オオボケの木曜日の朝です。

 写真は昨日の夕方の空です。
 いつものように成田から車に乗って、いつものようにレインボーブリッジにさしかかる頃に渋滞となりました。運転しながら暮れなずむ空の写真が撮れたのも、渋滞のおかげです(笑)。今あらためて眺めてみれば、橋ひとつ渡る迄にこんなに時間が流れていたのかということがわかります。

 空を見るのが大好きです。朝の空も、真昼の空も、夜の空も。
 そこに浮かぶ雲を見るのも大好きです。春の雲も、夏の雲も、秋の雲も、冬の雲も。
 町の真ん中であろうと、大海原であろうと、山の頂であろうと。
 晴れていようが、曇りだろうが、嵐だろうが。

 嬉しい時も、悲しい時も、空を見てきたような気がします。
 これからもきっと。
 そうして時に運ばれていくのだろうと思います。
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8月13日(木): 今お気に入り! マウイ島のビール
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:17| Comment(0) | 日本ライフ

2010年08月11日

再び渡り鳥に

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 東風に乗って、再び海を渡る時がやってきました。
 長い夏休みが終わろうとしているのに、まだまだ遣り残した宿題や、中途半端な自由研究を前に、うろたえている小学生のような心境です。

 3日前に、
 育てていたバジルを、友人に渡しました。
 昨夜、
 冷蔵庫を、空っぽにしました。
 今朝、
 まだ美しく咲いている花を、捨てました。
 
 決して特別なことではない「私の生活・私の日常」のはずなのに、一つの場所から別の場所へと移る時には、いつも後ろ髪をひかれながら、新しい生活、新しい日常への期待の裏に、小さな不安と緊張を併せ持っています。

 それでも飛ばなければいけません。
 下り立てば、また線がつながって、時は同じように流れていくはずですから。

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8月10日(火):冷蔵庫の大掃除〜ラタトゥイユ
8月11日(水)予告:フルーツさん いらっしゃい!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 00:55| Comment(0) | 日記