2010年07月31日

DNAの旅

PDNA.JPG.jpg
 今週あたりからだいぶ忙しくなってきて、定時に書くということが難しくなってきました。昼と夜それぞれに食事の約束が入ったり、パーティーがあったり、あるいは家にお客をお迎えしたりすることが続いています。アメリカでの社交の意味、パートナー社会の様子などについてもどこかで一度は書いてみたいところです。

 昨夜も、ダウンタウンのビストロで弟夫婦と食事をしてから帰ったら、予想以上に遅い時間になってしまいました。しかも困ったことに、ベルギービールの小瓶を一本と、スペインの白ワインをグラスに1杯飲んだだけなのに、結構まわっています。

 ということで、夜書きから、確実に時間が取れる早朝書きに変えてみようかと思います。今は、土曜日の朝が明けたところです。日本は土曜日の夜が更けていくところ、、、、、、
  ――――――――――――――――――――――

「唾液(だえき)から癌を見つけることができる!」 

 そんなニュースがここ、アメリカでも話題になっています。
 慶応大先端生命科学研究所とUCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス校)が共同開発をしたものです。20年も前から進められてきたこの研究、アメリカの国立保健研究所は少なくとも10億円以上の予算を投入しているとのこと。

 まだ実用化されたわけではありませんが、「癌発見キット」 などが簡単に手に入るような時代が、近々来るかもしれません。

 エイズウイルス感染を簡単に判定できるキットも発売されていますし、口の中の粘膜を試験管に入れて返信用封筒に入れて送れば、私たちのDNAの跡を遡ってくれて、8週間後には分析結果が届くキットもあります。

 いえ、決して占いなどの種類ではなく、れっきとしたNational Geographic Societyの科学的プロジェクトです。口の中の粘膜を採取する道具やら、DNAの旅についてのDVD、地図や返信用封筒までついて一式99.95ドルです。

 これは何も今始まったことではなく、すでに2年半前に、友人の大学教授が、日本から口の中の粘膜を送ってDNA鑑定をしてもらったことがあります。

 その結果、彼の祖先は5万年前にアフリカのタンザニアあたりで生まれ、その後アフリカを脱出してエチオピアの高原を経てアラビア半島の草原地帯にたどり着いたということがわかりました。

 そこで5千年を過ごした後、東へ東へと進み続け、3万5千年前に中国の雲南省に到着。その後何世代にもわたって農耕生活をしながら暮していたこともわかりました。さらに続ければ、新たな氷河期の到来と共に、暖かい場所を求めて移住しようと船出をし、黒潮に乗って日本本土に到着したのだそうです。

何と言う壮大なロマンでしょうか。彼の祖先と私の祖先、いえ今こ の地球上でこの同じ時を生きている人たちの祖先だって、どこかで一緒だったことがあるかもしれません。並んで同じ星を見ていたことだってあるでしょう。

 そんな悠久な時の流れに思いを馳せる時、今、自分がここにいることは決して単なる点ではないのだということ、長く長く、とてつもなく長く続いた線の上にいるのだということ、そんなことを思い、背筋がぴんと伸びるような気がします。そして家族や友人は言うに及ばず、周りの人たち、たまたま行き交う見知らぬ人たちでさえ何だか愛しく感じられます。そして、小さな世界で、どうでもよいようなチマチマしたことに心を砕く自分が、何だか馬鹿らしく思えてきます。

DNAの旅プロジェクト:https://www.nationalgeographic.com/genographic/

―――――――――――-
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月30日(金):サーディンのパスタ

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 21:53| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月30日

人は見た目が勝負でしょうか

P7236727.JPGRs[ ` P7246795.JPG 
 耳にすると、気持ちが引いてしまう言葉たちがあります。
 「cliché (クリシェ)」 と呼ばれる「使い古された陳腐な決まり文句」です。特に、話し手の気合が感じられてしまったりすると、ますます居心地が悪くなって引いてしまいます。

 その一つが、「メラビアンの法則」 というヤツです。きっとどこかで一度や二度は目にし、耳にしたこともおありでしょう。人の印象は、視覚が55%、聴覚が38%、残る7%が話の内容だというものです。結果、「人は見た目が大事」「人は見た目が9割」 と単純に解釈されて、就職活動の面接対策で 「見た目が大事。だから髪はこうして、化粧はこうして、服はこうして、カバンはこうして、靴はこうして、、、、、、、」 という、まるで制服をまとわせるような指導が行われてしまいます。

 もちろんそれが全て間違っているわけではありません。
 同じ内容を持っている2人がいたとしたら、襟の汚れたシャツと泥で汚れた靴を身につけて、下を向いてボソボソと面白くなさそうに話す人よりは、そこそこに清潔な身なりで、背筋を伸ばし、相手の目を見てニコヤカに明るくハキハキと話す人の方が、同じ内容のことを話しても、俄然印象がいいでしょう。
 
 けれども、決して、「何を話すかなんてたった7%、それよりは見た目を磨いて、話し方のコツを身につける方が得。」 ということではないのです。私はやはり「 話す内容ありき」 だと思っています。内容がしっかりしていてこそ、それをどのように伝えるかにおいて、視覚や聴覚が意味を持ってくるのではないでしょうか。

 大学で学生たちの就職支援をしていた時代に、外部講師を招いて色々な講演をしてもらいました。その中で必ずいらっしゃったのが、「皆さん、メラビアンの法則というのをごぞんじですか?」 で始める方々。  

 その後に続く年月、大人のためのセミナーを企画・開催していましたが、マナー関係の講師の方々の中にはやっぱりいらっしゃるのです。「皆さん、メラビアンの法則というのをごぞんじですか?」

 そして、必ずその後に続くのは、「人は見た目がだいじなんですよ。第一印象は何を話すかではなくて、見た目で決まってしまうんですよ。ですから、、、、、」

 その度に、私は引いてしまうのです。

 こちらに来る前日に、ある新聞社の方から電話で 「メラビアンの法則についてどう思うか?」と聞かれました。私が答えたのは、ここに書いた通りのことです。 

 そして、偶然同じ日に、就職活動中の学生にビジュアルな部分のガイダンスをしている団体から、200字ぐらいの簡単なメッセージを書いてくれないかと頼まれました。飛行機の中で書いて、こちらに着く早々送ったのは、こんなメッセージです。

「もちろん見た目が全てではありません。けれども、同じぐらい素晴らしい中味でも、私たちが手にしたくなるのは、きちんとしたマナーで清潔に、自分の側だけでなく相手の立場にも立ってプレゼンされたモノの方ではないでしょうか。あなたが伝えたいメッセージを、どうぞ最も効果的な方法で相手に届けてください。社会はそんなあなたを待っています!」

 けっこう気の弱いところのある私は、メラビアンの法則を片手に、一生懸命見た目の指導をしている方々に対して、そのご尽力もわかるだけに、これが精一杯でした。

 ところで、これもまたこちらに来る直前の話です。

 大きなドラッグストアに旅発ちのための買い物に寄りました。常備薬やら化粧品のスペアやら、長いリストを手にあちこちの棚を探している私の横で、すらりとした足を惜しげもなく出した若い女性が、試供品の化粧品を試しています。よくあることですので、初めは気にも留めなかったのですが、ファンデーションから、眉描きから、アイシャドウ、アイライン、マスカラ、口紅、、、、とにかくフルコースの化粧を、あちらの棚、こちらの棚へと移りながら、食い入るように鏡をのぞいて、念入りに、念入りにしているのです。

 客も、店の人も、あきれた顔で見つめていても全く我関せず。そうしてたっぷり30分、お試し用の化粧品で完全武装した美女は、鏡に向かって満足そうに微笑んで、高いハイヒールで颯爽と店を出ていきました。

 話が少々飛躍しましたが、いくら見た目が完璧な美女でも、私には決して美しい人とは思えませんでした。

 ちなみに、「メラビアンの法則というのをごぞんじですか?」 に加えて、「ホウレンソウ」(報告、連絡、相談)とか、「アンキンタン」(安近短)とか、「メイゲンソ」(明るく、元気に、素直に)などという、言葉を縮めたクリシェもちょっと苦手です(笑)。
―――――――――――-
 グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月30日(金):サーディンのパスタ




posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:52| Comment(0) | その他メッセージ

2010年07月29日

オールドタウンフォトツアー〜不覚への反省の中で

P7296973.JPGP7296975.JPGP7296976.JPGP7296978.JPGP7296985.JPGP7296994.JPGP7296995.JPGP7296998.JPG 
 うわあ、こんなことってあるんでしょうか。
 戻ってきたのが、たしか夕方の4時半だったはず。
 夕食の前に一働きしようとPCの前にすわったはず。
 それなのに気づいたら8時!

 外はまだ昼間のように明るいのですが、それでも確かに夜の8時なのです!
 そういえば、何だか 「起きなければ、起きなければ 」という気持ちの中で、からだに錨がつけられたように重くって、色々な夢を見ていたような、、、、、

 今から、いつものように夕飯の買い物も準備もできませんし、夕飯前の一泳ぎもできません。いまだ重い頭とからだでぼんやりしながら困っていたら、天の一声が。

「ナオミ、今晩は君が行きたがっていたタイレストランに行こう。
 今日はリラックスしなさい。今からだって泳ぎに行けるよ。」

 ありがたいものです。もしこんな時に、「ナオミ、えっ、寝てたの!? 信じられない! バカじゃないの? ご飯どうする気?」 などと叱責調で言われたら、すでに十分自責の念にかられているところに、ますます追い討ちをかけられて、どうしてよいやらうろたえてしまいます。

 対子どもでも、対夫、対妻でも、対友人でも、実はこんなちょっとした配慮がとても大切です。どうしようもできないこと、本人が気にしていることを責めたり、不満を言ったり、馬鹿にしたりしては絶対にいけません。それが優しく心地よいコミュニケーションの極意の一つです。

 たとえば姿形のこと、成績のこと、仕事のこと、お金のこと、、、、、

 まあ、成績やら仕事やらお金やらは、運や努力で変えられないものでもありませんから時と場合によっては許せるとしても、絶対になじってはいけないのは、どう頑張ったって無理なことに対してです。

 相手の背格好とか、毛の生え具合とか、、、
 今の私のように、不覚にも失ってしまった時間だってそうです。
 どう言われようと、こればかりは変えることも、取り戻すこともできないのですから。

 なぜこんな不覚が起こってしまったのかと言えば、たぶん歩きすぎたせい、日に当たりすぎたせい、そしてお昼からアイリッシュパブでビールを飲みすぎてしまったせい(笑)。

 実は「オールドタウン」まで買い物に出かけました。家のすぐそばから、1時間に3本、こんなかわいい無料のシャトルバスが出ているのです。途中何箇所かで止まってくれますので、好きな所で下りて、好きな所で乗ることができるのでとても便利。出発地のキングストリート駅から、終点のポトマック川まで、ガタゴト走ってたかだか15分ですけれど、ちょっとした遠足気分で心が浮き立ちます。

 ここ、ワシントンDCに隣接するアレキサンドリアは、アメリカ建国前の1749年に港町として造られた、とても美しい町です。建国の志士たちがこの町に集い、熱い政治論議を交わしたとくれば、何やら「龍馬伝」のようです(笑)。オールドタウンと呼ばれる旧市街は歴史保存地区に指定され、石畳に煉瓦作りの建物が残されています。人呼んで 「アメリカの古都」、「アメリカの鎌倉」(笑)。木々の間に洒落たレストランやアンティークショップが立ち並び、ちょっと歩けばすぐに水際という、私の大好きなところです。

 今日は、不覚を反省しながら、皆様にそんなオールドタウンのフォトツアーをお届けします。
 
 日本との時差はほぼ昼夜が逆。そちらは今、木曜日の朝10時になろうとするところですね。こちらはまだ水曜日の夜の9時です。

 それでは、これまた不覚を反省しながら、一度行ってみたかった近頃人気のタイレストランに行ってまいります!
―――――――――――-
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月29日(木):シチリア風ペペロナータ

 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:59| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月28日

年金よりもいい積み立て貯金

P7276957.JPGP8060158.JPGP8190284.JPG
 東京から、先日こんなメールが届きました。

「こんばんは!こちらは日曜日の朝です。ニュースで99歳になるという方の詩がいくつか紹介されていました。柴田トヨさんという方です。その詩によって元気をもらったという28歳の看護士さんの話なども数分報道されました。紹介されたいくつかの詩は私にとっても慰められる詩でしたので、すぐに検索をしてみると、なんと、もともとは自費出版だったものが今では1万部以上も売れていることがわかりました。詩を書くのに年齢は関係ないのだなあ、と思うと同時に、99歳だからこそお書きになれる詩なのかなあ、とも思いました。」

 私はもちろんテレビは見ていませんが、柴田トヨさんのことは日本を発つ前の新聞のコラムで目にしていました。そこで引用されていた詩があまりに素敵でしたので、切り抜いて東京の部屋の引き出しにちゃんとしまってあります。

 優しく話しかけてくるようなその詩は、今でもよく覚えています。たしか 「貯金」 という題でした。

   私ね 人から
   優しさを貰ったら
   心に貯金をしておくの
   さびしくなった時は
   それを引き出して
   元気になる
   あなたも 今から
   積んでおきなさい
   年金より
   いいわよ

 「年金より いいわよ」 という最後の2行が何とも軽妙でウィットがあって、やたら同感したことを思い出します。

 「優しさ貯金」 の利子は優しさです。
 「ありがとう貯金」 の利子は 「ありがとう」 です。
 「愚痴貯金」の利子は愚痴ですし、「憎しみ貯金」 の利子は高利回りの憎しみで す。

 どうせ貯金をするならば、素敵な配当がある方がいいですよね。

 こちらは一時の異常な暑さがだいぶ落ち着いてきました。
 朝起きて一番先に目にしたのは、こんな楽しい空でした。まるで綿片を敷き詰めたよう。
 表に出たらこんなきれいなダリアのそばで、こんな大きなヒマワリが咲いていました。
 
 私の 「嬉しい貯金」 の残高がまた増えました。
―――――――――――-
 グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月28日(水):続いてクラブスープのことも




posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:16| Comment(0) | その他メッセージ

2010年07月27日

光と影の渡り〜移ろいのショータイム

PP7216715.JPGP7276932.JPGP7276943.JPGP7206646.JPGP7266914.JPGP7246818.JPG
 たとえ一歩も出ずに、一日中じっとしていたとしても、時の移ろいを感じられる場所ならば、伸びやかに過ごすことができます。いっそ時計も外してみれば、光と影の織りなす文様の微妙な変化は、人知の及ばぬ大きな世界の一端を垣間見せてくれたりもします。

 いえ、たぶんそれは逆かもしれません。心身が伸びやかでいられる時にしか感じられない移ろいであり、世界であるのかもしれません。だとしたら、今日の私は、ちょっとばかり退屈をしながらも、光と影の中でとても伸びやかでした。

 この家が好きなのは、窓がたくさんあることです。しかも、広く、遠く、上を、下を見晴らすことのできる窓です。

 朝の5時半には空のずっと下の方が、夕陽よりも優しい茜色に染まり始めます。

 すっかり明るくなって、昼間の空が広がり始めると、光が差し込んで、影ができ、時の移ろいと共に、光と影が動いていきます。私はひそかにこれを 「光と影の渡り」 と呼んでいます。そしてそれを、ひとりひそかに楽しんでいます。

 運がよければ家の中に小さな虹ができることだってあります。たまたま、その時間にその場所に居合わせて、たまたまその瞬間に、それを感知する 「伸びやかな心」 を持っていればの話ですが。

 今日は運が良かったのです。夕方、台所の床に虹を見つけました。そんな小さな瞬間だけだって人は随分幸せになれるものです。

 昼が長いこの季節、西空が朝焼けよりももっと華やかな橙色に彩られ始めるのは、かれこれ9時に近くなった頃です。その最後のページェントへの途中にも、私の好きな時間があります。太陽がだんだんと低くなって行く時に見せる 「移ろいのショータイム」 です。白い壁がオレンジ色に染まり、影が遊び始めます。

 昨夜のにわか豪雨が、たまった塵を一掃したのでしょうか。今日の夕映えの美しさは息を呑むほどでした。

 思えば日がな一日、光と影と戯れていたように思います。
 時々やってくるこんな時間は私の大切な宝物です。
-----------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月27日(火):クラブケーキあれこれ〜野生派?洗練派?インスタント派?

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:14| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月26日

See you in Milano!

P7256851.JPGP7256871.JPGP7256873.JPG 
 島から帰ってみたら、気温がとうとう100度を超えていました。会う人ごとに、皆、同じ言葉を口にします。

「This is the worst summer! (今年の夏は最悪だ!)」

 華氏100度といえば摂氏にしたら38度。たしかに暑い夏です。
 日本のような湿気がない分、救いといえば救いですが、それでも日中コンクリートの道を歩けば、火鉢の前に座っているように顔が火照ります。家の中はクーラーが効いているだけに、一歩外へ踏み出した時の衝撃もひとしおです。

 昨夜は、日が沈んだ後も熱気がおさまることもなく、むしろ、昼間の熱がよどんだように滞留して重い空気となりました。そんな中、で私たちの恒例の集まりがありました。それぞれに色々な地で暮らしたり、仕事をしたりしている我々全員がそろうのはたいていこの季節です。中でも一番離れている期間の多い私に合わせて、今年もこの時期になりました。うまくいけば、冬のクリスマスか大晦日の頃にもう一度全員集合ができる年もあります。

 男たち3人は仕事の上でも共通のフィールドを持っています。
そして、何と、近年は相次いで同じ病気を通り抜けたという深い仲間意識と連帯感があります。

 女たち3人は、仕事はみな違いますし、生まれ育った国もみな違いますが、興味の方向や、好奇心の領域、泣いたり笑ったりの感性と人生への向かい方がとてもよく似ています。

 たとえば昨夜は、、、、、、

 オールドタウンと呼ばれる古い町のイタリアンレストランの丸テーブルを予約して、男女男女男女とまあるくすわり、ワインを選ぶところからして真面目な論議が始まり、それぞれに好みのものを注文して、飲んで食べて、閉店間際までおしゃべりに打ち興じ、、、、、、

 シェフと支配人に送られて店の外に出たところで、立ち止まったまま男組と女組に分かれてまた話が盛り上がり、、、、、、

 さすがに分別を取り戻して、みんなで道を渡ったところで空を見上げたら、まあるいお月様があんまりにも美しくてまた足を止め、深夜にまだ残る暑さの中で立ち話の続きが始まりました。

 いつもながらに全く十代の少年少女たちのようです。

 でも、十代からはほど遠い所まで歩いてきてしまった私たちには、誰も口には出さずとも、実はわかっているのです。こうして全員がそろってこんな風に楽しく過ごせる時がどんなに貴重であるかということを。だからいつだって、何だかんだと理由をつけては、いつまでたっても別れようとしないのです。

 ジリーとレイは来週初めにはフロリダに移ります。レイがフロリダの病院で5週間の治療を受けることになりました。

 ジュディーとマークは秋の地中海クルーズを楽しみにしています。そのついでに私たちがいるであろうミラノにも来ることになりました。

さ ようならの代わりに、「See you in Milano!」と言う二人に追い討ちをかけるように、レイが叫びました。

「We’ll see you in Milano, too, dear!」(僕たちもミラノでみんなに会うからね。)

 私は満月を仰ぎながら、指折り数えてレイの治療が終わる日を探します。
 本当にそんなことが実現したら、どんなにどんなに嬉しいことでしょうか。

-----------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月26日(月):突然の来客だって大丈夫
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:14| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月25日

思い込みには気をつけて〜シンコテーグ島のブルーベリー祭

1P7236776.JPG1P7236778.JPG1P7236779.JPG1P7236783.JPG1P7236775.JPG11P7246813_01.JPG1P7246831.JPG1P7256844.JPG
「太陽がいっぱいの海岸、青い空、休暇」、こんな月並みな謳い文句は軽くすっとばしても、

「年に一度、真夏の週末に開催される『ブル-ベリー祭』は、この島の輝かしい季節へのキックオフイベントです。」

 と来れば、ちょっとばかり心がひかれます。加えて、

「ブルーベリーはスープにもマフィンにもアイスクリームにもプディングにもショートケーキにもなります。おばあちゃんのおばあちゃんの、そのまたおばあちゃんの時代から受け継がれてきた古典的なブルーベリーパイは、我々の舌も心もとろけさせます。地元の主婦たちは、7月4日の独立記念日を境に熟し始め、収穫されたブルーベリーを大量に箱買いして、家庭の冷蔵庫に冷凍します。」

 などと書かれているのを見れば、地元の主婦ではなくても、なんだかブルーベリーを箱買いしたくなるというものです。車の旅なら、たとえ後部座席一杯をブルーベリーにしたって誰も
文句は言いません。

 ここらへんですっかり舞い上がってしまった我々の想像力は、止める者とてなく膨らんで、、、、、

 いつしか、「何とか狩り」 状態。苺狩り、桃狩り、葡萄狩り、みかん狩り、、、、、、
ここに「ブルーベリー狩り」 が加わったってちっとも不思議ではありません。

 たわわに実るブルーベリーの木が立ち並ぶ中で、つまみ食いをしながらバスケットいっぱいにつぶらな実を収穫するおのが姿の何と言う牧歌的なことでしょう(笑)。空はどこまでも青く、太陽はさんさんと輝き、鳥たちは歌い、島を渡る風は心地よく、、、、、

 ところが、フェスティバルの会場に心躍らせながら到着してみれば、ブルーベリーの林も森も農園もありません。入り口には建物の中に入る人たちが行列をなし、入場料を払って中に入ってみれば、まるで幕張メッセを小さくしたような展示会。小さなブースが軒をつらね、ハンドメードのアクセサリーやら、キルティングやら、ジャムやら木彫りやら、石鹸やらカバンやら、もう何が何だかわからないぐらいのごちゃまぜ状態。

 ようやくブルーベリーパイを食べさせているコーナーをひとつ見つけました。大きなパイにたっぷりの生クリームを載せてもらって、立ったまま嬉しそうに食べている人たちでいっぱいです。

「自分が摘んだブルーベリーで古典的パイを作る!」 と言う夢が無残にも破れてしおれていたら、見かねた夫が一声。「そのパイ、まるごとください!」

 あきらめて外に出てみたら、真夏の太陽の下、地元のミュージシャンたちが古きよき時代のアメリカ音楽を奏でています。人々は露店をのぞきまわり、木陰でブルーベリーパイなど食べながら真夏のひと時を楽しんでいます。これはこれで、地元の人たちが毎年待ち焦がれる楽しいお祭の形なのでしょう。

 丸買いしたパイの箱をかかえて会場を出てみたら、道端でようやく見つけました。フレッシュブルーベリーです!嬉しくて思わず12個入りの大きな箱を買ってしまってから、

「農園はこの近所ですか?」
「いいえ、ニュージャージー産です。この辺りではもう採れませんので」

 かくしてまたひとつ、夢が破れていくのでした(涙)。

 とはいえ、おいしいものはおいしい!などと負け惜しみを言いながら、今も買ってきたばかりのブルーベリーを食べながらPCを叩いています。

 行き当たりばったりの私と違って、おおかたの場合はきちんと調べてから行動を起こす理論的な夫です。それでも今回ばかりは、私と一緒に、「ブルーベリーの夢」 を見てしまったのでした。

「思い込みには気をつけなくては」という楽しい教訓です(笑)。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:51| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月24日

中途半端な優しさは

1P7236774.JPG1P7236789.JPG1P7236790.JPG1P7236792.JPG 
 Chincoteague (シンコテーグ) 島は「バードウォッチャーのパラダイス」とも呼ばれているほど鳥の種類も多く、生態系がきちんと保たれている所です。1万4千エーカー (約57平方キロ) にもわたる 「Refuge」 と呼ばれる保護&避難地区には、北米では珍しく、野生のポニーまでが生息しています。

 Refugeには、森や沼地ばかりでなく砂丘や海岸も含まれ、私たち一般の者にも足を踏み入れることが許されている 「Nature Trail」 (自然の歩道) が、あちこちに見られます。

 そこで厳しく禁止されているのは次の2つです。

その1: 
植物や動物を持ち出すこと。
ただし、貝殻に関しては、一日一人につき1ガロン (約4リットル) 以下なら可。
しかし、人に売ったり、商用として用いてはいけません。

その2: 
野生の動物に餌を与えること。
動物たちに餌を与えることは一見、優しい行為のように見えて、実は逆のことです。
餌をもらうことで、動物たちは人間への恐怖をなくしていき、交通事故などに巻き込まれる可能性も多くなります。
また、人間の食物は消化不良などの問題も引き起こします。
動物たちの健康と安全のためにも、彼らの生活を尊重してあげてください。

 この 「その2」 が、とても面白いと思うのです。動物に限らず、生き物ならおよそ何でも好きな私は、つい彼らを擬人化してしまう悪い癖があって、お腹が空いているのではないだろうか?とか、暑くはないだろうか、寒くはないだろうか、、、、などと自分の側に立って考えてしまいます。

 けれども、この文章をつきつけられて、「中途半端な優しさ」 について考えることとなりました。それはもちろん、対動物だけではなく、対人間にだって広げられることかもしれません。

 自然との付き合いでも、人間同士の付き合いでも、大切なのは 「適切な距離感」 です。そんな距離感が取れることが 「良いコミュニケーション」 なのだろうと思っています。

 外がだんだんと明るくなったのを機に、バルコニーに出てみれば、今まさに眼下でアヒルが朝の大集合。「そう言えば残りのパンがあったな。」 と、思わずカバンの中に伸ばしかけた手を止めました。

 見ていれば、彼らは彼らなりにきちんと草の間をつついては何かを食べている様子。私がバルコニーから投げたパンを競って、平和が乱されることもありません。そのうちリーダーらしい一羽が歩き始めるや、一羽また一羽と腰をあげて、お尻を振りながら同じ方向に行進を始め、いつしか私の目の前からいなくなりました。
-----------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月23日(金):ブラボー!BRABO



posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:56| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月23日

島ではない島、シンコテーグ島から

P7236728.JPGP7236729.JPGP7236733.JPGP7236737.JPG 
 午前10時ちょっと前に車に乗り込んで、チェサピーク湾にかかる橋を渡り、南東へと走り続けて4時間、大西洋に面した島、「Chincoteague」 に到着しました。距離にしたらだいたい300キロぐらい。

 たったそれだけで、空気も匂いも色も、全てが変わります。
 半島から島へは、両側が湿地帯のような一本道が結んでいます。湿地帯は途中から海へと変わり、コンクリート二車線の道となります。

 島へと近づくにつれ、両側に並ぶ看板が、いやがおうにも 「アイランドムード」 をかき立てます。たとえば、

 Enchanted Island (魅惑の島)
 Waterfront Restaurant (水際のレストラン)
 Seashell Café (貝殻カフェ)
 Island Sun (島の太陽)
 Sunset Bay (夕陽の沈む湾)
 Lighthouse Inn (灯台旅館)
 Harbor Inn (港旅館)
 Waterside Inn (水辺旅館)
 Fisherman’s Market (漁師の市場)
 Sleepy Seagull (眠いカモメ)    etc.etc……

 今いるこのホテルの、大きなウッドデッキのベランダからの景色も、随分鄙びた田舎風ですし、
時折遊びに来るカモメたちは、いかにもアイランドリゾート風。

 着いてすぐに荷物を置いて水着に着替え、大西洋まで泳ぎに出ました。

 私がこれまで馴染んできたどの海よりも波が高く、どんなに一生懸命泳いでも、すぐに岸に押し戻されてしまいます。乗りそこなった波にまかれて、ほうほうの体(てい)で陸に逃げ戻り、砂の上に身体を投げ出しました。

「大西洋で泳いだのって生まれて初めてだと思う。」
「僕は、、、、、16年ぶりだ。」

 この年になって、まだ 「生まれて初めて」 の経験ができるなんて随分幸せなことだと思います。けれども、「君が島好きだからここを選んだんだよ。」 と言われながらも、何か今ひとつ心が沸き立たないのはなぜでしょう。

 砂だらけのからだで、日焼けを気にしながら太陽を全身に浴びているうちに、ようやく謎が解けてきました。

 私にとっての島とは、まわりがグルリと海で囲まれているものなのです。太平洋であろうと、地中海であろうと、インド洋であろうと、大西洋であろうと、島は海に浮かぶ孤立した存在でなければなりません。

 ここ、シンコティーグ島は、対岸から橋で繋がっていました。
 となれば、もう向こう岸の一部、島ではありません。

 いえいえ、そんな贅沢を言ってる場合ではありませんね。
繋がっていようがいまいが、夕方になれば島特有の涼風が吹き渡り、
 繋がっていようがいまいが、小さな目抜き通りに並ぶシーフードレストランは、名物のオイスターや、クラブケーキで私たちを幸せにしてくれるのでしょうから。
-----------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月23日(金):ブラボー!BRABO



posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:31| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月22日

血の誇りしかと抱いて待つ明日〜The Arts of Gaman

P7216667.JPGP7216670.JPGP7216664.JPGP7216676.JPG 
 誰でもどこかで耳にしたことがある 「スミソニアン」 という名前。これは、ワシントンDCの真ん中にある美しい公園に点在する、世界最大のミュージアム群です。その数たるや18にも及びますし、いつもどこかで特別展をやっていますから、この町ではまず退屈することはありません。しかもほとんどは入場無料です。

 日本航空に入った翌年に、世界がオイルショックと呼ばれる危機に見舞われました。新米の私にも、アメリカ政府へ燃料割り当てを陳情するために、ワシントンへの出張命令が下りました。右も左もわからぬ中、緊張に身を硬くして、顧問弁護士に書類を渡し、ようやく一息ついた最後の日に、ひとり行ってみたのが憧れの 「ホワイトハウス」 でした。

 以来、その前を通ることはあっても、なんだか恥ずかしくて足を止めることもなかったのですが、今日はあまりに空が青く美しかったので、ついゆっくりと写真などを撮ってしまいました。

 いえ、ホワイトハウスが目的地だったのではありません。行き先は、その先にある 「スミソニアンアメリカ美術館」 の 「Renwick Gallery (レンウィック・ギャラリー)」 です。実は、今、そこでちょっと衝撃的な作品展が開催されています。

 その名を 「The Arts of Gaman」 = 「我慢の芸術」 と言います。「我慢」 と言う言葉がその全てを表しています。

 1941年の日本軍による真珠湾攻撃の後、ルーズベルト率いるアメリカ政府は、日本人の血が流れる全ての日系人たちを、第二次世界大戦が終結するまでの4年もの間、10箇所の 「キャンプ」 に抑留しました。その数は12万人、そしてその3分の2がすでにアメリカの市民権を持っている人たちでした。もちろんアメリカで生まれたいわゆるNiseiたちも含まれています。

 彼らは職を捨て、家を捨て、鉄条網に囲まれた埃まみれのバラックで、監視をされながら新たな生活を始めることになりました。初めのうちは絶望と共に、寝て、起きて、食べるだけの暮らしでした。それがほどなくして変わっていったのです。

 それまで農業や商業などの経験しかしてこなかった多くの人たちが、創作を始めたのです。決して特別な物を使うのではなく、身近にあった針金や紙、豆や種や玉ねぎの袋、マヨネーズの瓶までがその材料となりました。

 今回の展示では、今までアメリカの各地に無造作に散らばっていたものが集められています。

 たとえばアイヌの木彫りのような熊や牛や山羊を力強く松ノ木で作ったのは、Akira Oyaという農夫。彼は戦争が終わりキャンプを出てからは二度と彫刻刀を握ることはありませんでした。

 George Tanakaという15歳の少年は、「何の意味もなかった。ただ身に見えるものを描きたかった。」 という言葉と共に、その荒涼とした景色の中に人物の姿が見えない理由をこんな言葉で残しています。

「I felt that this was simply no place for people to be living.
 単に、そこが人間の住む場所だとは思わなかったから。」

 10代で広島に勉学で渡り、アメリカに戻るやいなやキャンプに抑留されることになって、たくさんの作品を残した青年もいます。

「キャンプの中は迷路のようだから」 と、立派な表札を作るようになった者もいます。縦長の木の板には、きれいな字体で 「山市兼一」 という4つの漢字が深く刻まれていました。

 作者不詳の作品も多い中で、プロのアーチストたちが残した作品も何点か展示されています。

 Isamu Noguchiは、大理石で女性の顔を掘りました。

 アメリカの美術大学で学んだSadayuki Unoは、バターナイフで松の木を彫り、ヒトラー・チャーチル・スターリン・ムッソリーニという、時の四大人物を残しました。彼はどのような思いで、一彫り、一彫りを重ねていったのでしょう。キャンプを出てからは、カリフォルニアに戻り、庭師となり詩吟をたしなみながら生涯を送ったということです。

 婦人たちの作品も多々展示されています。胸に留めるピンや、息子のために作った千人針の上着などもあります。これを身につけてイタリアの戦線に向かった息子は、最期の時までこの上着を身から離すことはなかったと言います。

 大きな木の船は作者不詳です。戦後、キャンプが閉鎖されることになって、帰る家とてない人が、隣の人に託した木の船です。船は、キャンプ地からはるか遠く、託された人が持ち帰ったカリフォルニアで見つかりました。

 その他にも、裁縫箱、箸、洗濯板、下駄、仏像、仏壇、三味線から花札まで。
 ちなみにキャンプ地には、カメラだけでなく、仏壇の持ち込みも禁止されていました。

 48年たった今、彼らの 「声にならない声」 が、こうして私たちのもとに届き始めました。それらの声を受け継いだ少なからぬNiseiの人たちが、今やアメリカ社会の中でアメリカ国民として重要な役割を担っていることを思う時、人として生きることの哀しみが心の奥にさしこみます。同時に、どんな状況でも生きるために創作をする人間の強さに感動を覚えます。

 展示場は写真撮影が禁止されているため、拙い文章でしかお伝えできないのはもどかしいばかりです。

 長くなりましたが、最期に、心に残った2つの言葉をお伝えします。

「Only what we could carry was the rule, so we carried Strength, Dignity and Soul.」
これは、Lawson Fusao Inadaの言葉です。あえて原語のままにしておきます。

 そして、縦書きに墨のようなもので書かれていた短冊の中の言葉です。

「血の誇り しかと抱いて 待つ明日」

「The Arts of Gaman」 は、来年1月末まで開催されています。もしワシントンDCにおいでになる機会がありましたら、ぜひご覧になってみてください。
----------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月22日(木):ラム変じて肉じゃがもどき
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:10| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月21日

捨てるには面白すぎる、3日坊主にするには惜しすぎる

P7216671.JPGP7216663.JPGP7206660.JPG 
 メトロの駅前に並んでいるのは新聞や雑誌の箱です。
 お金を入れて持っていくものもあれば、自由に取ってよいフリーペーパーもあります。

 ニューヨークタイムズやウォールストリートジャーナルなら一部2ドル、ワシントンポストなら75セント、地元のアレクサンドリアタイムズならたった25セントです。

 家から歩いて5分のキングストリートの駅には、数えてみたらなんと72ものボックスが並んでいました。日本のように便利なキオスクがないだけに、電車の中で何かを読みたい人たちにとって、これはとても便利です。電車の中だけでなく、夫などは毎朝のランニングの途中で、2〜3紙をかかえて走って帰ってくるのが日課です。

 私もいつのまにかそんな癖がついて、今日、ダウンタウンへ向かう車内で目を通そうと 「今週の映画・観劇・コンサート・美術館情報」 のフリーペーパーを掴んでメトロに飛び乗ったつもりだったのですが、、、、、、、椅子に座って広げてみたら、なんと大間違い! 「The Radiant」 という、アフリカンアメリカンの人たちのための新聞でした。

 けれども、間違って手にした新聞には、捨てるには面白すぎる記事がたくさん載っています。こんなことでもなければ縁もなかったであろうことを考えれば、まさに偶然の出会いです。

 たとえば、
* アメリカに移住するための法的手続きについて
* アメリカで暮しても心臓病にならないようにするために
* あなたの子どもを責任感ある市民に育てるための方法
* 年金と健康保険あれこれ
* アフリカンアメリカンの髪と美の価値

 2ページ目の 「Lost in Translation」 (例の映画と同じタイトル!) と題する論説には、こんな
ことが書いてあります。

「最近のアフリカ系の親たちは、子どもたちに自分たちの母語を教えようとしない。
 『正しい英語』 の習得に母語が邪魔をすると信じているようだ。
 言葉だけならまだしも、伝統に培われた美しい文化をもあえて伝えようとしない。
 おそらく、英語を話せるようになるまでの自らの苦労と同じ経験を、子どもたちには背負わせたくないという配慮から、家庭内でも英語だけを使わせるようにしているのであろう。
 しかし、子どもを持つ親の皆さんにここでぜひお願いしたい。それらが将来必ず実りとなることを信じ、どうか故国の伝統と文化と言葉を子どもたちに教えて欲しいと。
 バイリンガルであるということは、それ自体が魅力的であるばかりでなく、子どもたちが将来、より高い収入の仕事を得る可能性にも繋がるのだ。」

最後の 「より高い収入の仕事を得る可能性 (probability of obtaining often higher paid employment)」 という、あまりに率直で現実的な価値観に面白く目が留まります。

 ところでワタクシ、自ら宣言した通り、こちらに来てからイタリア語の勉強を始めました。とは言うものの、「30日で話せる」 などという謳い文句に惹かれて買ったテキストを開きながら、3日目にしてすでに根を上げかけております(涙)。

 メトロで隣に座った夫は、いつものようにポケットから漢字が書かれたメモを取り出して、今日も何やらぶつぶつ呟いています。そして、、、、

 早速来ました、質問が。
「ナオミ、『止まる』 と 『泊まる』 はどう違うの?」

 今日は簡単な質問でよかったと、胸をなでおろしながら、私は一生懸命丁寧に答えます。

 夫も私も、別にいまさら新しい言葉を身につけて 「より高い収入の仕事」 を得ようなどとは、これっぽっちも考えてやしませんが(笑)、新しい言葉を学ぶというのは、
P7206661.JPG3日坊主にするにはあまりにも惜しい楽しみです。
----------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月21日(水):まさか!の男の手料理〜ラムシチュー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 10:16| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月20日

先生はいつまでたっても先生?

3P7196611.JPG2P7196641.JPG1 PA061161.JPG  
 30年も前と言えば、「うわー、あの頃!」 とはるか昔に思えるぐらいの年月です。わが身で考えれば二番目の娘を産んだ頃。今のように出産後の育児休暇制度などもなかった時代のこと、とりわけ、当時は日本の中にして日本ではない治外法権の地(笑)、在外公館で仕事をしていたものですから、産前産後休暇などあってもなきがごとし。

 「ナオミ、いつまで来てくれる?」
 と、おろおろしている若い商務官に言われれば、つい大きなお腹で直前まで出勤し、
「ナオミ、いつから来てくれる?」
 と、ますますおろおろしている若い商務官から再三電話があれば、6週間を待たずに早々に仕事復帰。

 5歳になった長女と、小さな赤ん坊を別々の保育園に連れて行きながら、よくもまあ、あんな綱渡り生活ができたものと思います。それもまた、若さゆえの、母ゆえのパワーでしょう。今ではとてもできることではありません。

 さて、そんな30年前に、師弟関係にあった3人の男たちがおりました。アメリカ人の先生と、本気で勉強するために太平洋を越えてやってきたアジアの留学生たちです。

 30年たって、その頃のオズオズとした彼らも、ひとかどの人物になりました。ひとりは押しも押されもせぬ環境法の教授としてその名を知られるようになりました。もう一方は、香港の大きな船会社の幹部となりました。

 そんな2人の元学生が、たまたま同じ時期に出張でアメリカに来ることになって、昨夕、元先生の家にやってきました。私から見たら、先生も生徒も同じように「おじさん」にしか見えませんが(笑)、元生徒たちはやたらと緊張していて、何かといえば、「Yes, Professor!」。

 Professorの方はと言えば、今や対等に大人の話ができるようになった教え子たちを目を細めて見守りながら、

「ちょっといいレストランがあるから、7時にテーブルを予約しておいたよ。今日は私のtreat (おごり、もてなし) だからね。」

などと言って立ち上がり、彼らと肩を並べて歩き始めます。

 すぐに「Hi Peter!」「Hi Tom!」 などとフレンドリーに呼び合うアメリカ的師弟関係を見慣れた目には、「Yes, Professor!」 のアジア的律儀さが新鮮で、年かさの身にはなんだかとても可愛いらしく見えます。

 先生お気に入りの 「ちょっといいレストラン」 で食事を楽しんで帰ってきて、眠りに就いたら、おかしな夢を見ました。

 私の卒論指導教授の野島秀勝先生が出てきたのです。昨年2月に78歳でお亡くなりになったはずの先生は、女子学生の人気を集めていたあの頃と同じにダンディーで素敵でした。先生の前に緊張して立っているのはこの私。先生が何か言うたびに、ドキンとして、

「はい、先生!」

 先生はいつになっても先生?
 たとえ、私がだんだん先生の年に近づいて行って、先生の年を追 い越したとしても、やっぱり先生は先生。

 小学校1年7組の担任は吉田キミ先生。卒業以来一度もお会いできないままでしたが、今でも先生の涼やかで美しい顔をよく覚えています。先生を思い出す時の私は、何歳になろうと、いつも小学1年生の小さな女の子になって、ちょっとドキドキしています。先生って、やっぱりいいもんです。

----------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月20日(火):いつだって、どこでだってペペロナータ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 03:57| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月18日

日常の続き

rOQ.JPGejXR[g.JPGRs[ ` v[Q.JPGC.JPG
 昨日は長い一日でした。東京での目覚めから、機内で多少の居眠りはしたものの、30時間という長い昼の後で、ここ、ワシントンでの最初の朝を迎えました。時差のせいで、たとえ2時間ごとに目が覚めても、一日中適温に保たれたセントラルクーリングの家の、馴染んだ部屋の、柔らかなお布団に包まれて、良いことだけを考えながらフーッと眠りにひきこまれていく瞬間は、幸せです。

「行ってらっしゃい、良い旅を!」 とか、
「ヴァカンスですか、いいですねえ。」 とか、
言われるたびに何だかこそばゆく、むきになってに否定するのも大人気ないしで、「いえ、そんなもんでは。。。。。」 などと、何となく曖昧に返してきました。

私にとっては、そうせざるを得ない、単なる生活の続きです。
旅でも、ヴァカンスでも、お祭でもありません。
日常生活が東京から引き継がれているだけです。

常日頃、「あなたは私のロールモデルよ。」 と言っている、イギリス人の親友ジリーは、もう随分長い間、アメリカ人の夫と共に、ワシントンDCと、ロンドンと、南仏の3箇所の家で暮しています。しかもその間に、それぞれの場所を拠点に、世界中を旅しています。

ある時、ジリーに聞いてみたことがあります。

「移動って疲れない?」
「荷物を詰めたり、解いたりするのって、めんどうくさくない?」
「そのたびに大荷物を運ぶのって、大変じゃない?」

そしたら、どこから見ても美しい彼女の顔が、一瞬キョトンとした後に、こんな答が返ってきました。

「それぞれの場所に全部置きっ放しなの。服も靴もあれば、化粧品も、車も、コンピューターも、日常の暮らしに必要なものは全て。USBと何冊かの本と資料を持っていきさえすれば、どこでもすぐ、同じように仕事もできるし、、、、」

テレビのキャスターだった彼女は、今ではイギリス、アメリカの新聞や雑誌に連載を持つライターです。

「隣町のおいしいパン屋にパンを買いにいくようなもの。私たちにとってはこれが暮しなの。二人が元気でいる間はこうやって移動をしながら生活していくわ。だって、これが私たちにとっての快適な暮らしだから。」

見習おうと思っても、なかなか先輩ジリーのように格好良くはできません。それでも、ここ数年、だんだんと身軽になってきました。来るたびに潔く、モノを置いていくようにしたのです。今では、クローゼットをあければ最小限の四季それぞれの服や靴、私の書棚には料理本と、退屈することのないように次第に増やしてきた日本語の本。

それにこの何年かで、驚くほど進出してきた日本の食材のおかげで、多少値段が高いことさえ厭わなければ、最初の頃のように鞄の中いっぱいに日本食を詰め込む必要もなくなりました。歩いて5分の大きなスーパーには、日本よりも広い面積で 「TOFU」 コーナーがあるぐらいです。

こうして、年々、荷物も心も身軽になってきました。
身重になって嬉しいのは新しい命を育む時ぐらいで、あとは人生、身も心も軽いほうが嬉しいに決まってます。

だんだんと大好きになった土地の、だんだんと大好きになった家の、私の部屋に最初の朝がやってきました。旅でもヴァカンスでもない 「日常の暮らしの続き」 と言えども、ここでは、時間の流れ方が違います。そして、それに合わせて心の形も違ってきます。

作って、食べて、飲んで、読んで、書いて、仕事をし、
聞いて、泳いで、町を歩き、友や家族たちと会い、
時には小さな旅をする、、、
笑って、泣いて、そんな、東京と変わらぬ日常が始まります。

一昨年、夫がプレゼントしてくれたロッキングチェアに深々と身を沈め、膝にPCを載せ、両足をお行儀悪くオットマンに投げ出して、朝の光の中でモーニングコーヒーを飲みながら、これを書いています。書斎の机にきちんと向かうよりは、最近はこんな「身軽さ」がお気に入り。
----------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月19日(月):これさえあればあとは楽チン〜サンドライドトマトのオリーブオイル漬け
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:55| Comment(0) | アメリカライフ

2010年07月16日

シューカツはショーカツ?

P7166576.JPG
青い空に浮かぶ白い雲がことのほか美しい、けれどもひたすら暑い夏の日でした。

夏の旅立ちを前に、いくつかの用件を片付けるために都心へと向かう電車の中で、若い男女と隣り合わせました。

初めは本に集中していたのが、トーンの高い早口の若者言葉にさえぎられ、あきらめてページを閉じると、こんな言葉が聞こえてきました。

「今日、朝マック全部食べた?」
「マミさ、ホットケーキにさ、お茶こぼしたら全部吸い込んじゃってさ、、、」
 
二人の話は朝食に始まって、次第に就職の話に移ります。

「エントリーシートなんてさあ、『野球鑑賞』 とか書いとけばいいじゃん。おまえ女だからさ、結構意外に思われて突っ込まれるじゃない?そしたらさ、言えばいいんだよ、『見るだけじゃありません、自分でもやります!』 って。そうすりゃ 『えっ〜、女で?』 と来てさ、一発よ。やったことにすりゃあいいんだから。」

「言える、言える。○○君だってさ、特技のところ、スペゴとかチャイゴとか書けばいいんじゃないの?面接で聞かれたら 『スペイン語の辞書を持ち歩いています。』 とか言ってさ。ばれやしないよ。もしさ内定したら、それからちょっと勉強すればいいじゃ?」

どうやら、スペゴはスペイン語、チャイゴは中国語らしきこともわかりました。それにしても何と言うあっけらかんとした学生たちでしょう。

先日、シューカツ (就活) はショーカツ (将来に向けた活動) と言う女子学生の話を書きましたけれど、こうなるともう、シューカツはショーカツ (ショー活動) です。

舞台の上では、できるだけきらびやかにショーを演じる。たとえ、現実とはかけ離れていようとも、シナリオ通りにうまく演じることができれば勝ち、とでも考えているようです。

「君たち、大人をあなどるんじゃないよ。」 と小言の一つも言いたくなりながらも、「これはこれで一つの能力なのかしら」 などとも思えてきます。もしも、面接官の目をだませればの話ですけれど(笑)。

こんな学生たちが増えてくれば、面接をする大人たちの目も試されるというものです。

驚きました。天下の 「なだ万」 が、8月末までの平日、就職活動中の学生には通常の半額で懐石料理を提供するそうです。名づけて 「リクルート懐石」。対象は、大学3、4年生と、高校3年生、そしてその同伴者3人まで。

シューカツは、大人たちをも巻き込んで、もはや一つの文化現象です。

明日、太平洋を渡ります。ちょっと時間が空いてしまうかもしれませんけれど、マイナス14時間の町からおしゃべりを続けます。

----------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月16日(金):ベジタブルカービング
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | その他メッセージ

2010年07月15日

何が嬉しいかって、、、、、

P7156557.JPGP7156558.JPGP7156565.JPG
南イタリアから帰ってからの3週間、この蒸し暑さの中で、よく遊び、よく学び、そして、実によく働いたものです。

今日、東京で、7月最後の仕事を終えました。
一連の、「グローバルキッチン夏のスペシャルメニュー」、本日の最終回は、「ベジタブルカービング第二回」。小さなカービングナイフ1本で、野菜を切ったり彫ったりしながら、食卓を飾る花を作るタイの伝統工芸です。

もちろんこの不器用な私が先生であるわけがありません。
大学生から70代までそろった生徒さんのうち、私は紛れもなく、一番もたついた劣等生です。
それでも一生懸命やりました。
そして、何とか人参の葉っぱも、大根の花もできるようになりました。一緒に同じものを作るという、まるで小学校の工作のような楽しい時間でした。

機械にさわらなければ、機械のことはわかりません。
物に触れなければ、物のことはわかりません。
そして、人と接しなければ、人のことはわかりません。

私の仕事は長年、人を相手にするものでした。もちろん今だってそうです。
毎年毎年、数え切れないぐらいたくさんの人たちに会っていれば、おのずと身につくある種の感覚があります。アンテナに引っかかってくる何かがあります。

その感覚を頼りに、随分、無謀なこともしてきました。けれども、おおかたの場合は勘が当たりました。たとえば、銀座で毎年数多くの講座の企画をしていた昨年までの4年間には、素晴らしい講師をたくさん発掘できました。

たとえば、こんな具合です。
ある講座の生徒さんの中に、何だかアンテナに引っかかる人がいたとします。
その方と話しているうちに、ますます、「もしかしたらこの方は」
 と言うある種の感覚が働きます。
そんな風にして、生徒さんから講師になった方々がたくさんいらっしゃいます。

「赤毛のアン」 の受講生が 「交渉術」 を教えるようになったり、「銀座学」 の生徒さんが 「マーケティング」 の先生になったり、「英国貴族の実情」 に来ていた方が 「紅茶」 の先生になったり、、、、、
おおかたの場合、皆様、素晴らしい才能を開花させてくれました。

今日の講師に迎えたのも、そんな感覚に響いた方です。初めは、「私が人にものを教えるなんて」 とためらっていたのが、いざ開講が決まってみれば、機会を捉えては教える経験を積み、自分でも何度も何度も練習をし、押しも押されもせぬ素晴らしい講師姿を見せてくれました。

初心者の人参組6名と、二回目の大根組3名のグループの間を行ったり来たりしながら、堂々と、満足度120%の時間を私たちに与えてくれたのです。

「私がものを教えるなんて」 とためらっていた頃とは、まるで別人のように凛として美しい姿に、ナイフを持つ手を止めて、しばし見惚れていました。

教えることによって、大きく成長した彼女をまのあたりに見ながら、つくづく思いました。
「私のアンテナ、まだまだ錆付いていないかも!」と。

何が嬉しいかって、こんな風に、誰かを表舞台に立たせて、その輝きを見ることです。

私の大根は、同級生の中でも一番格好悪く仕上がりましたけれど、とても幸せなひと時となりました。
--------------------------------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月15日(木):男の料理〜想像力と創造力と遊び心
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | マイワーク

2010年07月14日

ヒクソン先生の「Very nice rest of life」

P7146529.JPGP7146539.JPGP7146536.JPGP7146542.JPGP7146540.JPGP7146535.JPG
 昨年暮までの4年間をコンサルタントとして働いていた学園の本部には、会議やらイベントなどのたびにしばしば足を運んでいました。エレベーターを3階で下りれば、小さな部屋の中には私の机もありました。

 しばらく行くこともなかったその場所へと商店街を歩けば、懐かしい店々の間に、新しくできた見知らぬ店や、テナントを求める貼紙が貼られたガランとした店に出会いました。朝早く通れば、小さな豆腐屋さんでは 「おから」 がまだ湯気を立てていて、一声かけようものなら、白い上っ張りのおじさんが、「持ってきな」 とビニール袋にたくさん入れてくれるような昔ながらの商店街も、時の流れの中で少しずつ姿を変えています。

 学園のホールで14時から始まった 「ビル・ヒクソン先生によるレクチャー&デモンストレーション」 は、終了予定を30分過ぎても、先生の熱意あふれるパフォーマンスで、会場の私たちを最後まで惹き付け続けました。

 大柄で陽気なヒクソン先生はいかにも古き良き時代のアメリカ人と言う風貌。

 14の年から花に向かい、今ではもう81歳。伝統的なヨーロッパのフラワーアレンジメントと日本の生け花を、現代の感覚の中に巧みに融合させてきた方です。ホワイトハウスのクリスマスの装飾や、国賓の方々のためのパーティーの装飾なども手がけてきまた。

 日本との繋がり、学園との繋がりは、1966年に初めて来日されて以来、もう40年以上にわたります。

「初めて日本に行ったときはたった一度だけのつもりだった。
 何たってボクの視線はヨーロッパを向いていたからね。」

という先生が、なぜか日本にとっぷりと漬かることになり、こうしてこの時期になると毎年アメリカのクリーブランドからおいでになります。

 2時間の間に、私たちの目の前でお作りになったのは、それぞれに異なる個性を持つ15のアレンジメントです。先生のマジックハンドにかかれば、あっと言う間に、モネの睡蓮の庭もできれば、ゴッホのヒマワリもできます。

 どんな時代にどこに住もうが、たとえ食費を削ろうが、花だけは切らしたことがない暮らしをしてきた私にとって、今日の講義&デモは、「ヒクソン先生の創造力あふれるダイナミックかつ繊細なアレンジメントの数々は、あなたに新たな 『美』 と 『個性』 を気付かせ、多くのインスピレーションを与えてくれることでしょう。」という、ご案内通りのものとなりました。

 アレンジメントそのものの勉強もさることながら、先生の言葉の数々も深く印象に残っています。

「辞書で 『美』 をひいたら、『完成された形。割合、優美さ、色において整備されたもの』 と出てきてボクはショックを受けたね。『美』 というのは定義しにくいもの。でも、見ればわかる、そんなものだと思う。しかも人によって違うんだ。受け取る側がそれぞれの美を感じればいいんだ。」

「ボクはもう81歳だけど、今だって勉強していて面白いし楽しいね。時代とともに我々の生活様式も変わってきているのだから、アレンジメントだって変わらなければいけないんだ。」

「ボクは今、『very nice rest of life (人生の残りの最高の時) 』の中にいる。毎日、ありがたくて仕方がない。ドライブしたって道しか見ない人も多いけれど、ボクには道端の枝や小さな花が見える。冬の間だって、葉を落とした枝の美しさを見ることができるんだ。」

「豊かな人と言うのはお金をたくさん持っている人ではないんだよ。たとえばゴッホの絵があるとしよう。『こんな高いものをボクは持ってるんだ。これを手に入れるのにいくら払った。』 ではないと思う。高価な絵が買えなくたって、美術館でいくらだって鑑賞できる。お金のない人こそ、鑑賞を楽しめる豊かな心を持っているとは思わないかい?」

 「こんな風に年を取りたい」 と言う道を示してくださった先生の言葉でした。

 ちなみに、私が一番好きだったのは、「モノクロマティック」 という手法を使った緑色だけのアレンジメントでした (最後の写真)。最近はとみにシンプルなものの中に美しさを感じるようになりました。

 ヒクソン先生ならきっとこう言ってくれるでしょう。
「それでいいんだよ。美しさは人それぞれ、人生の歩みと共に変わっていくものなんだから。」 と。
--------------------------------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月15日(木):男の料理〜想像力と創造力と遊び心

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:58| Comment(0) | その他メッセージ

2010年07月13日

深夜の雨に広がる思い

P6135382.JPG 
 夕立のように降ってきた深夜の雨が、冷房も要らない涼しい空気を運んできました。

 11月の仕事の打合せで横浜へ向かう電車の中で、朝刊を広げていたら、10日に62歳で亡くなった劇作家つかこうへいさんの遺書が載っていました。「死んだら開けるように」 とマネジャーに手渡されていた遺言です。

 最後はこんな言葉で結ばれています。

「信仰する宗教もありませんし、戒名も墓も作ろうとは思っておりません。通夜、葬儀、お別れの会等も一切遠慮させていただきます。しばらくしたら、娘に日本と韓国の間、対馬海峡あたりで散骨してもらおうと思っています。」

 これを見て、すぐに思ったのが、この3月に急逝した友のことでした。亡くなった直後に、40年以上も仲間であり続けた私たちに届いたのは、彼からのこんなメッセージでした。偶然にも彼もつかさんと同じ62歳です。

「このたび末期がんであることが判明致しました。
やや早逝の感がありますが、それは、本質的なものだとは考えておりません。
これは、強がりではなく、生あるものいつかは滅するものであり、人生の意義はいかに自分にとって充実したものであり、宇宙の素晴らしさを認識するものだと考えて来、その点については、充分達成できたものと考えているからです。決して、不幸な感じで旅立つわけではないので、くれぐれも、ご心配なきよう、お願い申し上げます。」

 そんな友が自ら選んだ 「人生の店じまい」 の形は樹木葬でした。使い残しの彼の命を受継いだ木が、今、暗闇の中で、恵みの雨を全身に浴びて、葉を茂らせ、明日へと続く命を育んでいます。

 つかさんから友へと発展した私の思いは、ある一つの光景へと繋がって、雨音の中で静かに涙を流させます。

 34歳の若さで乳癌に倒れた女性の話です。ご両親が彼女の遺志であった樹木葬の場所を探し歩き、ようやく地元に彼女にふさわしい地を見つけました。5月の連休明けに掲載された新聞のコラムにはこんなことが書かれています。

「木を植える穴に、痛いほど白い遺骨。夫に続いて皆が土を入れていく。もうすぐ2歳の長男もシャベルを握ったが、あとは土いじりに興じていた。墓標の木を囲むのは、故人が望んだローズマリーだ。学名のロスマリヌスは 『海のしずく』 の意味という。葉は香料になり、ほぼ四季を通して淡青の花をつける。花言葉は <追憶> と聞いた。」

 ローズマリーに囲まれた木の周りで、事の意味もわからぬままに楽しそうにシャベル遊びを続ける小さな男の子、、、そんな一枚の絵は美しくも悲しく、こんな雨の降る夜には私を限りなくセンチメンタルにさせます。

 愛が増えていくにつれて幸せも増えていきます。
 けれども、愛とともに培われた想像力は、涙の量も増やし続けます。
----------------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月14日(水):自分で作る八宝茶
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | 日記

2010年07月12日

つらい体験を乗り越えれば、、、

2P8030284.JPGs1ora.JPGP8040347.JPG
 いくら企業側の 「倫理憲章」 があったって、いくら大学側の適正化の 「申し入れ」 があったって、その二つを尊重するべきだといくら文科省が 「ガイドライン」 を示したって、大学生の就職活動=シューカツの早期化、長期化は依然として改善されないままです。

 私が大学の就職相談室長をしていた2000年から2004年の頃からもう随分年月がたったと言うのに、事態はいっこうに変わらぬどころか、ますます拍車をかけているようにすら見えます。

 夏休みには3年生に向けてのインターンシップが行われ、それすらも今や選考を経た者でなければ機会を与えられないのは、すでにして 「シューカツ」 の火蓋がが切られたようなものです。最初の就職ガイダンスを、3年生になりたての4月に開く大学も増えてきました。

 こうして至る所から煽られた学生たちは、慣れないスーツに身を包み、シューカツと言う長い旅路に足を踏み出すことになります。

 今日も電車の中で何人かの、いかにもそれとわかる、黒い上下に黒い靴、黒い鞄の学生たちを見かけました。けれども、それが昨秋からシューカツを続けている4年生なのか、今まさにスタートラインに立った3年生なのかが傍目にはわからないのが、この時期です。

 昨年の秋、同じ高校を出て別々の大学に進学した3年生3人組の就職ガイダンスをしました。一人一人が全く違う素晴らしい個性の女子3人組は、数回にわたるガイダンスを実に真剣に取り組んでくれました。

 「卒業」 をさせててからも、思うような結果が出ずに希望を失いそうになる彼女たちを励まし続けてきましたが、私からは決して、「そろそろ内定は出ましたか?」 という質問はしませんでした。そんな質問がどんなに彼女たちにプレッシャーをかけるかがわかっていたからです。

 3人組の一人、リサさんから最初の内定報告が届いたのは4月半ばのことでした。
 次にリオさんから、5月半ばに報告が届きました。
 そして、たった今、最後に残ったマサヨさんから嬉しい報告メールが届きました。

「長くかかってしまいましたが、『XX』 と 『YY』 に内定を頂き、本日、『XX』 に就職することを決め、無事に就職活動を終えることができました。『XX』 は現在業績を伸ばしつづけている会社です。総合職の新卒採用第一期生として採用して頂き非常に満足しています。昨年はエントリーシートの書き方から就職活動のノウハウまで、細かくご指導いただき本当にありがとうございました。」

 これでやっと、「全員落ち着いたらみんなでお祝いの会をやろうね。」 の約束が実現できることになりました。

 話は変わって、今度は個別にガイダンスをしていたC大学の学生さんです。彼女もまた、育ちのよさからくる天性の魅力にあふれた子でした。たとえ今はただの原石でも、近い将来きっと輝き出すだろうと思わせる何かがありました。

 一つまた一つと壁にぶちあたっては失望を繰り返し、一時は 「もう私はこの社会では必要とされていない」 とまでに思いつめながら、彼女もまた、つい先月、「ナオミ先生!」 と真っ先に内定の喜びを伝えてきてくれました。

 そんな彼女に1週間前に会ってみて本当に驚きました。しばらく会わないうちに、すっかり顔つきが大人になっていたのです。持ち前の愛くるしさの中に、何かキリッとしたものが見えるようになり、昨秋からの苦労が彼女を大きく成長させたことを物語っていました。

 先日、新聞の投書欄に、大阪の大学4年生からこんな一文が寄せられていました。

「ただ今大学4回生。今も続けるシューカツはかなりきつい。そこで今の状況を、『ショーカツ』(将来に向けた活動) と前向きに呼ぶことにした。シューカツを機に自分を見つめなおす時間はつらかったが、情けない自分の姿と、それでも、将来の希望を捨て去ることはできない現実が、はっきりと目の前に現れてきた。
シューカツに行き詰る仲間たちに、覚悟を決めた 『ショーカツのススメ』 を届けたい。」

 早期化、長期化には多々問題がありますが、つらい体験は必ず将来の力になります。つらければつらいほど、それを乗り越えた自信は学生たちを大きく成長させます。

 そしてそれは、何もシューカツ学生だけではありません。とうにそんな時代を通り過ぎて社会に出た私たち大人にだって充分に言えることです。私自身も、彼らから毎年多くのことを教えられています。
----------------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月13日(火):ギリシャ神話と夏の星座〜お料理篇
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:58| Comment(0) | キャリア

2010年07月11日

都心の小さなグローバル空間

P7116484.JPGP7116488.JPGP7116507.JPGP7116503.JPG 
 昨夜のイベントの後片付けも、疲れも残っている中で、目覚まし時計にたたき起こされ、しばしぼんやりしていると、電話が鳴りました。急いで受話器を耳にあてれば、一声、「ンママ!」

 冷水を浴びせらるよりも早く目が覚めました。キッチンのお皿とゴミの山をどうしよう?とか、大勢の来客ように変えてしまった部屋のレイアウトを元通りにしなければ、とか、「ああ、疲れた」 などと言っている場合ではありません。初めて電話口で名前を呼ばれたグランマは、浮き足立っていそいそと出かける支度を始めます。

 「ンママ!」 と呼ばれたとたんに、昨夜のいちおうキリリとした仕事人の顔から、ユルユルのグランマ顔に変身して、「まっててね、グランマしゅぐいくからね。いいこにちてまっててね。」 などと答えます(笑)。

 今日はかねてからの約束通りに、孫息子の体操教室の参観です。駆けつけた先は、都心のとある一角。ちょっと早く着いてみれば、前のクラスの大きな子供たちが歌を歌ったり、駆け回ったりのミニ運動会の真っ最中。

 月齢別のこの体操教室、かなり面白い!
 カリフォルニア発、世界に200箇所以上もある0歳から13歳までの子供たちのためのフィットネスクラブです。Playerと呼ばれる先生たちは、元気一杯、ハイテンションの若者たち。全員が英語のネイティブスピーカーです。

「子供は英語が全く話せないのですが急に英語だけの環境に入れてしまって大丈夫なのでしょうか?」 という質問には、「全く問題ありません。子供は言葉の意味がわからなくても他の子供やプレイヤーの真似をしながら自然と体で言葉を吸収していきます。」

「まだ言葉も発しない月齢ですが、英語の環境に入れることで何か変わりますか?」 という質問には、ずばり、「乳幼児からネイティブスピーカーの発音を聞くことで、英語で入れて、英語で考え、英語で出すという英語脳が身につきます。」

 そんなQ&Aなんかあろうがなかろうが、とにかく楽しいプログラムがてんこ盛りで、1時間があっという間に過ぎました。傍観者のはずのグランマも、一緒になって歌って踊って、人生初体験のトランポリンまでやってしまいました(笑)。

 優れているのは、ただ遊ばせるだけではなく、それぞれのプログラムにきちんとした裏づけがあることです。

 たとえば、子供たちだけが円陣の中に入って、親は遠くに離れて行われるものは、子供の自立心を育むため。動ばかりではなくプレイヤーの話を聞く静の部分が盛り込まれているのは、わかろうがわかるまいが子供に人の話を聴く姿勢を身につけさせるため、、、、、

 プラスチックの小さなテニスラケットは、赤、青、紫、緑と色を確認させた後で、目玉焼きを焼くフライパンにもなったり、ビーバーの尻尾にもなったり、、、、、

 色々な国の子供たちが混ぜこぜになって、中には泣き続ける子や、我関せずと全く別のことに夢中になっている子もいたりする中で、元気一杯のお姉さん、お兄さんが素晴らしいチームワークで次々と趣向をこらした遊びを展開していきます。

 時代は変わったものです。私たちの年代にはこんな体験を子供にさせることはできませんでした。

「グローバルとは何でしょう?」 とはよく聞かれる質問です。

 世界9カ国に住み、30カ国で仕事をしてきたアメリカ人の夫は、こう言います。

@ 異文化経験 
A 自分と異なる考え方を受容すること
B 他者への好奇心
C 母国語に加えて、英語、中国語、スペイン語のうち少なくともひとつを話せること
D これら4つのことを楽しむ能力

 でも、私はこう考えています。
「グローバルとはごちゃ混ぜ。グローバルとは寄せ鍋。」

 単に英語ができるとか、外国に住んでいたとかではなく、内側の視点。どのような視野でどのように自分のまわりと関わっていくかというスタンス。どこに住んでいようがグローバル。

 自分と異なる人たちを理解し、受け入れ、好奇心を失わず、「どうせ○○」 とか 「○○に決まってる」 とかいった類の思い込みや偏見の壁を突き破ってみるところから始まるものだと思っています。
 
 都心のフィットネスクラブの子供たちも大人たちもまさにごちゃ混ぜ。楽しく快適なグローバル空間でした。
----------------------------------
グローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
7月12日(月):中世の町のレストラン1位〜Laconda
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | グローバル

2010年07月10日

ギリシャ神話と天の川〜私たちの浪漫遊泳

P7106428.JPGP7106430.JPGP7106448.JPGP7106451.JPGP7106453.JPGP7106460.JPG 
 ふーっ、、、、
 終わりました。ついさっきまで家中がどこもかしこもあんなに賑やかだったのに、今は物音ひとつ聞こえません。

「ギリシャ神話と天の川〜夏空のロマン」は、年齢も性別も関係なく、25名のお客様がお見えになりました。飛び入り参加で、ギリシャ人のお客様もいらしゃったりして、私たちの浪漫遊泳が始まりました。

 天井に次々に星座を写しながら、石本先生のお話を聞くうちに、まだ夏の明るさに華やいでいた下界は次第次第に落ち着いた闇に包まれ始め、居間の電気を全て消してしまえば、もう私たちに見えるのは、夏の美しい夜空だけです。

 オムニバスのように紡ぎだされるエピソード、、、、
 小熊座と大熊座、カシオペア座、さそり座、、、、、
 冥界の王ハーデスとペルセポネ、髪の毛が蛇になってしまったメデューサ、そしてゼウス、ヘラ、アポロン、アルテミスと言ったオリンポスの神々、、、、

 涙あり笑いありの展開に、本当ならば一番熱心な生徒として、特等席に座って天井を見上げながら先生のお話を聞きたかったのに、そこは裏方の悲しさ。皆様に喜んでいただくためには、そんな贅沢は許されません。お飲み物をお配りし、暗い台所でせっせと料理の仕上げをし、それでも聞き逃すまい、見逃すまい、と門前の小僧をしていました。

 25名のお客様はもちろん皆、私の大切な知り合いです。絵を描くことができればさだめしこんな感じになるでしょうか。私が真中にいて、それぞれの皆様が別々に直線で繋がっている25の頂点を持つ25角形です。中には頂点同士がすでに繋がっていて、直線が引けるところもあります。

 正直、楽なことではありません。夜6時半の開演のためには、昨日のうちに買出しをし、今日は早朝から掃除やら、料理やら、音楽の選択やら、ちょうど良い時間にうまく冷えたビールが届くように手配をしたり、講師をお迎えに行ったり、、、、、、友の助けがなければ到底できることではありませんでした。

 でも、25の頂点の間にたくさんの線が引けて、皆さんが終了予定の時間を過ぎてもちっともお帰りになろうとせず、あちこちでいくつもの小さな輪ができて、その小さな輪が華やいで、もう一つの小さな輪と繋がって、最後の最後に残った輪が引き潮のように退けて行くのを見た時に、やっぱりやって良かったと思うのです。

 そんな時、頂点と頂点を繋げることのできた「触媒の喜び」に浸ります。

 ほっと一息ついて、たくさん取り寄せてしまったギリシャワインを静かに飲んでいたら、もうこんなメールが届きました。

 「次回はいつですか?」

 私の浪漫遊泳にお付き合いくださったたくさんの皆様、今日は本当にありがとうございました。素敵な夜でした。
 
 長い人生、一生懸命歩んできて、ようやくこんな贅沢ができるようになりました。

By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | マイワーク