2010年02月28日

2月最後の漣(さざなみ)

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 2月最後の日は雨で始まりました。そして、今日が今月最後の回の 「グローバルキッチン」 でした。雨の中を一人また一人とお客様が扉を開け、今日もまた、賑わいと笑い声に満たされて、女たちの贅沢な時間が始まりました。

 全ての料理を作り終え、全ての料理を食べ終えて、それでもまだ誰一人席を立つこともなく、雨上がりの太陽が眩しく差し込む午後のテーブルで、おしゃべりは続き、時が流れ夕暮れとなり、一人また一人と扉を開けて去って行きました。

 静けさの戻った夜には、澄んだ空に大きなまあるいお月様が輝いていました。

 1月から始めたこの集いは、人から人へと繋がって、全ての回が満席となりました。
 3月の 「タイの台所」 も、すでにしてどの日もご予約で一杯です。

 長い間、銀座という花のような町で講座の企画と運営にあたってきた身です。人に足を運んでいただくことの難しさは誰より身に染みています。だからこそ、貴重な時間を共に過ごしてくださる方たちのいることが、本当にありがたいのです。

 一番若い方は二十歳の大学生、一番年長の方は古希を迎えて今なお世界中を飛び回っている方。今まさに仕事の円熟期の方もいれば、キャリアのスタートラインに立ったばかりの方もいます。定年後の第二の人生の時間を、新しい目標に向かって歩み始めた方もいます。独身の方も、そうではない方もいます。お子様がいらっしゃる方も、お孫さんがいらっしゃる方も、そうではない方もいます。日本人の夫を持つ方も、外国人の夫を持つ方もいます。

 けれども、ここではそんなことは一切関係ありません。まるで同じ学年の同じクラスの級友たちのように、初めて会った人同士が苗字ではなく名前で呼び合います。一度いらした方が、次にはお友達を連れていらしたりして、人と人が繋がり、湧き上がる泉のように漣が広がり、人の輪が広がっていきます。そしてそこからまた新しい何かが生まれようとしています。

 私自身は大して力がなくとも、そんな漣の広がりを作る小さなきっかけになれたこと、それを本当に嬉しく思っています。

 トルコ料理の会にちなんで、一作年、イスタンブールで買ったラグを引っ張り出してきて床を飾ってみました。トルコの国花であり、数々のイスラム寺院の壁を飾る美しいタイルとと同じ形のチューリップの花が描かれています。毎日のように行きつ戻りつして、お店の外から、その色合いと文様のあまりの美しさにため息をついては眺めていた一枚です。まさかこんな風に皆様の目に触れることになるとは思いもしませんでした。思い切って買って本当に良かった!

 雨降りの朝にも、初春の光の午後にも、月明かりの差し込む夜にも、素敵によく似合います。

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先週のグローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
月曜日:ロクムとルクーミ
火曜日:オスマントルコの宮廷料理
水曜日:ひよこ豆二変化
木曜日:ブルグル小麦のサラダ
金曜日:サルタンのお気に入り肉料理
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2010年02月27日

完璧に幸せな時代へのセンチメンタルジャーニー

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 引越しの回数が生まれてから6回というのは、いったい多い方なのでしょうか、それとも少ない方なのでしょうか。よしんば少ない方だとしても、得意か苦手かと言えば断然苦手です。友人たちの中には、引越しが趣味の人もいて、「そろそろ気分転換したくなったから」 などと言いながら、いとも気軽に新しい場所へと住処を移します。

 彼ら、彼女らは、引越しのたびに不要なものが整理できて身が軽くなる、と嬉しそうに言うのですが、私はそのたびに、もう金輪際まっぴら、と思うぐらいに、引越しは苦手です。

 ギリシャから帰ってきて、私たちはローンで小さなマンションを買いました。都心から30分ほど電車に乗った場所の、6階建ての建物の601号室でした。コーポラティブハウスの走りで、まずは住人が決まって、定期的に会合を開きながら自分たちが住みやすい集合住宅を作りあげるという、なかなか面白い試みでした。できあがった建物を何と名づけるかについても自主的に討論し、メゾン何とかだの、何とかパレスだの、色々とあがった中で、一番シンプルな 「ハウス●●」 という名が採択されました。

 それぞれの住まいは、大きさこそ均一ながらも、それぞれの間取りで、それぞれのデザインが施され、どれ一つとして同じものはありませんでした。

 私たちの家は、白い漆喰の壁に緑の扉。どことなくギリシャを思わせるものでした。

 建物ができあがって、それまで喧々諤々の会合仲間が移り住んでくると、すでにたがいの良いところも悪いところも知っている同士、なかなか良いコミュニティーができました。

 子供たちはたがいの家を自由に行き来し、屋上は子供ばかりでなく大人の遊び場にもなりました。住人仲間たちは時折、屋上でお祭をしました。

 そんな暮らしが数年続き、その間に次女が生まれました。
 そこから東京に引っ越して26、7年がたつでしょうか。

 今日、初めてその場を訪れました。私の大切な親友であり、頼りがいのある妹分であり、仕事のパートナーでもあるユウコさんの新居が完成したのです。ユウコさんに出会って一緒に仕事をするようになった最初の時に、私たちは本当に驚きました。彼女が子供の頃からずっと住んでいる場所が、何と私たちが住んでいた建物の目と鼻の先だったのです。

 ユウコさんは長女の小学校の先輩で、行き着けのお医者様も同じでした。将来、こんな風になるなんて思いもせずに、私たちはきっと何度もすれちがっていたのに違いありません。こんな偶然と出会うたびに、いつも神様が 「フフフ」 と楽しげに笑っているような気がします。

 心温まるおもてなしの後の夕暮れ時においとまをして、私はやっぱり「私たちの家」に足を向けてしまいました。あの時の仲間たちはたぶんもう誰も住んではいないでしょうが、玄関に私たちがかけた看板はあの時のままでした。「ハウス●●」 と言う、その名前も同じでした。エレベーターで6階まで上がって、廊下の一番奥の601を訪ねてみたい。どんな人が住んでいるのだろう、内装はまさかあのまま白と緑であるはずがない、、、、そんな思いを打ち消して、背中を向けました。

 そして、長女が1年生を過ごした小学校を訪ねました。暗くなり始めた中で、ポッと明かりが灯る教室がありました。門をあけて、校庭を横切り、教室の扉をあけてみたい、、、、あの時、授業参観に行ったように、、、、、そんな思いを打ち消して、やはり背中を向けました。

 たくさんの、たくさんの思い出が切なく心をよぎります。
 長いこと思い出すことさえなかった数々の思い出たちが。
 完璧に幸せな時代でした。
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2010年02月26日

5つの 「ありがとう」

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 長い長い一日でした。まだ薄暗いうちから起きて、今日の料理の会の準備をし、9名のお客様を迎えました。山のようなお皿や鍋を洗って、また元通りのキッチンに戻してから、着替えをして急ぎ日本橋のレストランへと向かいました。帰ってきたらもう日付が変わる直前。時々、こんな風に、文字通り休む間もない一日があります。

 眠気との戦いの中で、今日の復習です。
 
 お布団の中で眠りに落ちるまでの短い間に、その日の嬉しかったことを5つ数えるようにしています。どんな小さなことでも、5つのうちに数えてかまわない、というのがこのゲームのルールです。
 
 たとえば、洗濯物がよく乾いたなあ、とか、駅まで歩く道でかわいいいワンちゃんに出会ったなあ、とか、お月様がきれいだったなあ、とか、、、、、、、、、

 1つ嬉しかったことを見つけるたびに 「ありがとう」 をつけます。
 最後に5つの「ありがとう」が貯まります。
 これが日々の私の貯金です。

 今日ならば、こんな5つのありがとう。

@ 朝早く、宅急便で、こんな素敵なオリーブオイルソムリエの学位記 (ディプロマ) が届きました。ありがとう。

A グローバルキッチン2月の回の第二回目も本当に楽しく開催できました。お料理も、皆さんに喜んでいただけました。ありがとう。

B 昨日のブログを読んでくださった方から、早速、地球温暖化の絵本を3セット買いたいという嬉しいメールが入りました。ありがとう。

C 去年までコンサルタントをしていたある大学の学園長と事務局長が、ねぎらいの食事会に招いてくださいました。日本橋コレドの松江料理の店で、おいしい料理とおいしいお酒と、打てば響くような楽しい会話で幸せな時間を過ごしました。ありがとう。

D 雨の雫が玄関前の葉牡丹に一滴残って、こんなに美しいダイヤモンドになっていました。ありがとう。

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2010年02月25日

私のできる温だん化対さく

P2253272.JPGP2253273.JPG 赤ん坊の時からと言っても過言ではないぐらいの長い付き合いの相棒が、そのまた相棒と一緒に、柄にもなく、絵本や紙芝居で、子供たちに地球温暖化について知ってもらうための活動を続けています。手弁当で全国をまわり、一生懸命子供たちに語りかけています。

 3年前に、そのための絵本を作りたい、という話を聞いて、これまた私の長い付き合いの小さな出版社の社長を紹介したら、本当に絵本ができました。それが縁で、2冊目の絵本が出版され、そしてまた、つい5日前に、3冊目の絵本ができあがりました。

 そんな、まだ出来たてホヤホヤの絵本をいただきました。
 南の海に住むサンゴのスーと、魚のクーのお話です。
 スーは動けませんけれど、クーは自由に泳ぎまわることができます。
 スーは、クーが話してくれる遠くの海のいろいろなできごとを聞くのが大好きでした。

 そんな始まりの後に、オニヒトデがスーを襲おうとしたり、水温が上昇して藻がなくなってスーの体が白くなってしまったり、サンゴの危機が続きます。「サンゴがたいへんだ!」 と言う 「さわみつはる」 さんの絵本です。

 最後のページに、「家庭でできる温だん化対さく」 として、16の方法が子供たちに向けて書かれています。

 たとえばこんな具合です。

* 電気をつけっぱなしにしないで!
* シャワーや水を流しっぱなしにしないで!
* テレビをつけっぱなしにしないで!
* 使っていない時はテレビやポットのプラグをぬきましょう。
* おふろはつづけて入るように!
* 電気せい品を買いかえるときは省エネがたにしましょう。

 16あるうちのいったいくつを自分が実践しているかと数えたら、ひどいものでした。もともとが大雑把で面倒くさがりやなものですから、人様から見たら随分無駄の多い暮らしをしているのだろうと思います。

 まるで先生にさとされた子供のように、この絵本から我が身の反省をしていたら、折しも今朝、こんなメールが届きました。昨日の私のブログを受けて、

「地球温暖化防止に一役と思って、先日お話した冷蔵庫を買い替えました。本日納品されます。年間1280kwh-->290kwhとほぼ75%以上の削減になります。次はブラウン管のテレビから、LEDバックライトの液晶テレビへ買い換える予定です。」

 別の友人は、ご夫妻そろって夜寝る前には家中の全部のプラグを抜いて回ると言います。面倒くさがりの私にはどうやってもできないことです。

 反省しながら考えました。
 適材適所、無理をせずに自分のできる形でいいのだと。

 プラグは抜けなくとも、幸い友人の数には恵まれています。この絵本を紹介することができます。お誕生日や、お祝いごとや、クリスマスのプレゼントにだってできます。人と人を結びつけて絵本ができたように、触媒役ならできると。

 それはそれで「私のできる温だん化対さく」。

 明日は「グローバルキッチン」2月の会の第二回目。
 5時には起きて仕込み始めなければなりません。きっと早朝からたくさん電気もガスも使うことでしょう。
 ごめんなさい。
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2010年02月24日

春のような一日の終わりに

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 春のようなうららかな日でした。我が家も一足先に春爛漫です。
 居間では菜の花が咲き、固かった桃の蕾が開き始めました。薄桃色の啓翁桜も一枝まぎれこんでいます。階段の途中の踊り場ではストックが香り、階下では蕾がポンとはじけて、薄紙のような可憐なポピーが開きました。

 と、ここまで書いたところで、ワシントンDCに居る夫から電話が入りました。日本政府とアメリカ政府の間の地球温暖化会議に臨むために、一足先にワシントン入りした夫です。

「明日はまた大雪になるらしい。この間のように空港が閉鎖になってしまったら、明日、日本から到着するはずの7名も降り立てなくなってしまう。」

と、予定された会議の成り行きを心配しています。

 今年にはいってからワシントンが異常気象に見舞われています。2週間前には88年ぶりという大雪が、かつてないほどの積雪をもたらしました。22万世帯が停電し、空港は閉鎖され、バスも電車も運行を停止。一時は、学校も病院も政府機関までもがお休みとなりました。

 ようやく積もった雪も溶け始めたという頃に、またそんな大雪警報です。
 毎年、3月末から開催される桜祭りは、ワシントンの人々にとって、春の到来を告げる心躍る催しです。今年の桜祭りは、3月27日から4月11日まで予定されているとのこと。

 百年近く前に、当時の東京市からワシントンに贈られたという3千本の桜の苗木は、春ともなれば一斉に川辺をピンクに彩ります。ところが、先日の新聞記事によれば、桜の名所ポトマック河畔で、雪の重みに耐えられなかった枝が折れたり、幹が裂けたりしているばかりか、根こそぎ倒れてしまった大木もあるというのです。

 降るかも知れない大雪のために日米の会議の開催が危ぶまれるように、私は遠く東京で、今年の桜祭りの開催を心配しています。地球温暖化と大雪、こんなミスマッチからも、私たちの地球が病んでいるような気がしてなりません。

 とは言え、東京は一日一日、春へと近づいています。今年の桜の開花も、全国的に平年より早まりそうな気配。1月後には、我が家の庭も、町の並木道も、ピンクのベールに覆われ始めているのでしょう。
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2010年02月23日

果物売りのお嬢さんとのコミュニケーション対決

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 仕事のためにほとんど毎日外に出ていた昨年までの日々に比べたら、今年は随分と家で過ごす時間が多くなりました。と言ってもほとんどは、なんだかんだと仕事部屋にこもっていることが多いのですが。

 私の小さな仕事部屋の、2メートル以上もある大きな2つの机の上は書類やら本やらPCやら、電話やらファックスやらで大賑わい。ひどい時には、床の絨毯の上にまで物が散乱していますけれど、雑然とした中にもそれなりに秩序があって、私にとってはとても居心地がいいのです。回転椅子をくるりとまわせば、後ろの机のものにだって手が届きます。

 それに、いちおうはオフィス用に設計したものですから、位置する場所は玄関に一番近い所。ドアのチャイムが鳴ってもすぐに飛び出せます。

 それにしても、日中、こんなにも色々な方がやってくるものとは、、、、、、

 宗教がらみの本を置いていく方もいれば、集会やイベントのご案内、新聞の勧誘、「1週間だけお試しになってみませんか?」 という乳製品や水やお掃除道具。

 なりふり構わず仕事に没頭している時や、出かける準備であたふたとしている時以外のおおかたは玄関にお入りいただいて話を聞くようにしています。「もしも自分が知らない家をアポなしで訪ねてまわる身だったら、どんなに勇気を振りしぼってドアを叩くのだろう。」 と想像すると、無下に追い返すことができなくなってしまうのです。

 しかも職業柄、「どういうアプローチで話を進めるのだろうか?」 というコミュニケーションのプロセスを見るのがとても面白いのです。加えて言えば、ほとんどの皆さんは、昔の 「押し売り」 タイプと違って、時に恥じらいながら、時におずおずとしながらも、一生懸命なのです。こちらも、いかにして相手のプライドを傷つけずにお断りをするかを一生懸命考えて、言葉を紡ぎだします。これはこれで、仕事の合間のちょっとしたコミュニケーション研修です。

 時折、情が移ってどうしてもNOと言えなくなることがあります。「情が移る」 ということは、もうその時点で、相手のコミュニケーション力がこちらよりも勝っているということなのでしょう。

 たとえば先日のこんなお嬢さんたち。
 大きな箱をいくつも積んで、ガラガラとやってきました。
話を聞けば、飛び込みで一軒一軒まわりながら、旬の国産フルーツを買ってもらっているとのこと。重い箱をいくつも玄関に運び入れて一生懸命説明する様子が、何だか就職活動中の学生の模擬面接をしている場面と重なって、ついついリンゴとミカンを買ってしまいました。

 「どこからいらしたの?」 と聞くと、「渋谷です。」
 「車で?」 と聞くと、「いえ、電車です。」
 「エレベーターやエスカレーターのない駅だってあるでしょう?」
「大丈夫です。慣れてますから。私たち、けっこう力持ちなんです。」

 ここでまたホロリと来て、もひとつおまけにデコポンまで買ってしまいました。

 お嬢さんたちは、再び重たい箱をカートに載せて、慣れた手つきで紐でくくると、「ありがとうございました!」 と深々と頭を下げて、ガラガラと帰って行きました。
 
 買い込んだ果物の山を見て思いました。
 このコミュニケーション対決、見事に負けた!と。
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2010年02月22日

心地よい疲れの中で

P2213226.JPGP2223240.JPGP2223252.JPG 1月から始めたお料理と食文化のサロン。
 今日は2月の回の1回目でした。今月のテーマは 「オスマントルコの宮廷料理」 です。

 今の仕事と今の生活を考えると、月に3回が限度です。皆様に立ち働いていただく台所の広さと、すわってお食事とおしゃべりを楽しんでいただくテーブルの大きさを考えれば、8名で手一杯です。それでもありがたいことに、1月の 「真冬のギリシャ料理」 も、2月の回も全回満席となりました。

 仕事の評価基準には色々あります。
 費用対効果、コストパフォーマンス、社会的貢献、使命感、モティベーション、、、、、
 
 けれども、たぶん一番だいじなことは満足度ではないかと思います。それが自分のやりたいことで、それが自分だからできることだと実感することができれば、たとえ一日の終わりに綿のように疲れても、それはむしろ心地よい疲れです。

 土曜日に試験を終えるやいなや、頭のスイッチを切り替えて、今日の会のために猛ダッシュで準備をしてきました。料理には事前にしておけることもあれば、直前でなければできないこともあります。今日も早朝から時間に追われました。

 前菜からデザートまで、8品の料理を完全に仕上げてはいけません。それぞれに、「ここまで」 という点を見極め、後はあえて皆様に腕をふるっていただきます。台所は大賑わいのラッシュアワーに変じます。私はその間を縫うように行ったり来たり。

 できあがった作品が次々にテーブルに並べられ、ワインのコルクが開く音がして、笑いさざめきの中で穏やかな時間が流れ始めます。テーブルを囲む人たちのリラックスした幸せそうな顔を見渡しながら、仕掛け人もとても幸せな気持ちになります。これが自分のやりたかったこと、自分らしい、自分だからできること、という満足感が心をヒタヒタと潤します。ようやくこんな贅沢な仕事ができるようになりました。

 お客様がお帰りになって、そんなヒタヒタの余韻と疲れの中でソファーに沈みこんでいたら、朗報が届きました。

 合格しました!
 晴れて「オリーブオイルソムリエ」として一歩を踏み出します。
 いえ、変身でも転身でもありません。兼身です。
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2010年02月21日

ふと立ち止まって考えること

P3170276.JPGP3170277.JPGRs[ ` tJtF.JPG なぜか毎年、この時期は訃報が届きます。
 ようやく春がすぐ近くまで来たというのに、悲しい知らせは心を冬に逆戻りさせてしまいます。

 ギリシャの友、コジリスが亡くなりました。ギリシャの大学で法学博士号を取り、アメリカに渡り、コーネル大、シカゴ大、ペンシルベニア大のロースクールでさらに学位を取った努力家でした。オハイオ州立大学の現代ギリシャプログラムを創設した国際法の学者であり、弁護士でした。

 アメリカの大学の教授職を退任してからは、故郷ギリシャに戻り、広大なバルコニーから町全体が見渡せるような家で、夫人と二人、執筆と読書の静かな生活を楽しんでいました。

 孫の話になると突然相好が崩れました。居間には家族の写真が壁を飾り、個性豊かにデザインされた部屋部屋の一角には、絵本と玩具の 「孫部屋」 がありました。バルコニーには木馬が置かれ、一見怖い学者風のコジリスの、もう一つの側面が表れていました。

 コジリスは、夫とは学者の顔で、私とはおじいちゃんの顔で話しました。

 一作年、ギリシャ北部の町、テサロニキの彼の家を訪ねた時に、コジリスは二つの顔でまだまだ先に続く未来を語りました。忙しい現役生活ではできなかった仕事にようやく集中して取り組めるようになったこと、1週間後にやってくる孫たちのこと、夫人との旅行の計画の話、、、、、、、、

 コジリスとリツァは、今年の春には長い間の念願だった東南アジアへの旅行に出るつもりでした。そして、日本で私たちと温泉に行くはずでした。

 ついこの間も、電話で新年の祝いを交わし、5月の旅行の段取りを楽しそうに話していましたのに、、、、、もうその時には、彼のからだは癌に蝕まれていたのです。

 こんな心構えもできていない訃報が届くたびに、雷鳴に打たれたように、日々の生活を考えるようになります。今、こうして生きていることが、決して当たり前のことではないことに気づきます。生きているこの一瞬をありがたいと思い、愛する人たちとの時間を大切にし、限られた生、限られた時間を良きことのために使いたいと願います。今、自分にとって大切なものは何なのだろうか、やるべきことは何なのだろうか、やりたいことは何なのだろうか、、、、ふと立ち止まって、そんなことを考える時間を、コジリスもまた、私に与えてくれました。

 思い出の写真をひっぱり出しました。私たちは、ポカポカと春の日差しに溢れたカフェで、ゆっくりと休んでから、コジリスとリツァの家へと向かいました。テーブルの上のチューリップは二人のために買ったものです。コジリスの好きな花はチューリップでした。
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先週のグローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
月曜日:アシェットのバレンタインディナー
火曜日:ライフスタイルに合わなければ〜水の話
水曜日:女神クープラのスープ
木曜日:B級グルメ?〜スパゲティナポリタン
金曜日:オリーブオイル風味のカツオのカルパッチョ

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2010年02月20日

終わりました!

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 終わりました。フーッ。
 われながらよく頑張ったと思います。

 大学受験の時の世界史で、四大文明から始めた勉強が、結局、第二次世界大戦までしか行き着かずに、上りの電車の中でかなり焦っていたことが相当トラウマになっているようで、車内で教科書を開いて呆然としている自分が、いまだに夢に出てくることがあります。

 「何とか出ないでほしい!」 とご先祖様、神様、仏様にお願いをしたことが功を奏したのか、試験問題に現代史が出ることはありませんでしたけれど、あの時、心底思いました。「こんなことなら現代から過去へと遡ればよかった」 と。

 そんな教訓から、今回は、初めからやってみたかと思うと、おしまいからやってみたりのゲリラ戦。それが良かったのか悪かったのかはわかりませんが、今日の試験は70問。大きなことから小さなことまで、過去も現在も将来も網羅された設問に、時に見事に山が外れてうなだれたりもしましたけれど、とにかく終わりました。

 終わってしまえば、とても楽しい経験でした。同じように明日、ある資格試験に臨む若い方のブログで、こんなコメントが寄せられているのを見て、書き手も同じように若い人なのだろうと思いながらも、随分と励みになりました。

「知りたい事を知るって楽しい事ですよね。受かるための勉強なら、合格した途端に終わるけど、自分の世界を広げるために、自分がしたくて始めた勉強なら後々までずっと残ります。」

 確かにそう。それは受かるにこしたことはないですけれど、目的は合格することではなくて、合格したところから新しい世界に向けて一歩を踏み出すこと。そこからが長い道のりなのです。

 資格は記号。資格は背骨。
 あればあったで背筋がピンと伸びます。
 「資格にふさわしくきちんと勉強をし続けなければ」 という覚悟にもなります。

 結果が出るのにはもう少し時間がかかりそうです。受かっていれば嬉しいし、駄目だったら、また何度でも受け直します。そのたびに、自分の中の知識が堅固になっていくと考えれば、それも悪くはありません。

 ヤマカンは外れました。最後に、どうしてもわからない問題が5問残りました。けれども、最後の最後まで迷って、書いたり消したりしながら、「あと5分」 と言う時に書いた答がほとんど当たっていました。

 実は昨日の夕刊の 「明日の運勢」 のところにこんなことが書いてあったのです。
「玄関を掃除してから出かけるといいことがあるでしょう。」

 出かける間際に、やおら掃除機を引っ張り出してきて、ノートを片手にブツブツと呟きながら玄関の掃除をしまくったのは正解だったようです(笑)。
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2010年02月19日

スイマーズ・ハイの力を借りて

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 「やっぱり甘かった、なぜもっと早く始めなかったのだろう。」 と呻吟する受験生です。昨日の続きで、今日も一日勉強の日と決めたのに、やってもやってもまだ先があります。チャンネルをカチカチと回しながら、色々な種類のことをやるのが日常なものですから、一つのことにこうも長時間向き合うなどということは、そうそうあることではありません。グループワークならまだしも、ひたすらひとりで黙々と記憶するという実に孤独な仕事。

 こんな時には決まってすることがあります。行き詰った時、悩んでいる時、悲しい時、落ち込んだ時、めちゃめちゃ忙しい時、恐ろしく疲れた時、風邪をひいた時、、、、そんな決してポジティブな場面ではない時の私の行き付けの場所は、ずばりスイミングプール。

「恐ろしく疲れた時」 とか、「風邪をひいた時」 に泳ぐなど、常識で言ったらおよそ考えられないことですけれど、魚座の生まれ、自称半水棲動物の私には何よりの特効薬です。そのおかげでしょうか。ありがたいことに思い出す限り、子供の病気で休んだことは多々あっても、自分の病気で仕事を休んだことというのは一度もありません。

 歩いたり、音楽を聴きながら車を走らせたり、好きな香をたいたり、ペットとゴロゴロしたり、ゴルフ練習場で球を飛ばしたり、庭仕事をしたり、料理をしたり、、、、、何かひとつ自分の特効薬を持っているといいですね。

 仕事仲間の出版社の社長が、「こんな本を出しましたよ。池澤さんにピッタリでしょ。」 と持ってきてくれました。表紙に 「水泳・水中運動の医力〜うつ・メタボ・美肌に効果」 と書いてあります。お医者様が書いた本なのですが、目次を見れば、最初から最後まで泳ぐことの効能が述べられています。

 パラパラ頁を繰っていたら、こんな言葉を見つけました。「スイマーズ・ハイ」。

 プールで泳いでいる間中、脳が体温中枢に 「体温を上げろ」と指令を出し続けるそうなのです。プールから上がってもこの指令が続くために、からだがポカポカと温まり、爽快感が倍増し、リラックス効果があるのだということ。

 かくして私も、スイマーズ・ハイの力を借りて、これから深夜の受験勉強にとりかかります。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年02月18日

ただ今、猛勉強中

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 ただ今、猛勉強中の受験生です。十代の頃と大きく違うのは、このザルのような頭。しっかりと受け止めて、たとえ意味はわからなくとも無闇に詰め込むことのできたあの頃とちがって、覚えるそばから忘れていきます。

 実はあさっての土曜日に、オリーブオイルソムリエの試験があります。深い思いがあって、昨年夏のワシントンで、オリーブオイルソムリエになろうと決意。そのための講座に通い始めたのが9月初めのことでした。無事、皆勤賞で、ジュニアソムリエの資格を頂戴し、いよいよ今度はちゃんとしたソムリエになるための試験を受けるのです。

 こんな分厚いテキストは計ってみたら厚さ2センチ半。ページ数にして382ページです。もともとが土壇場にならないと腰を上げない困った性格、いよいよ土壇場にさしかかったと観念して、先日以来、かなり集中して勉強しています。

 ここでも自分の得手不得手がわかって面白いのは、第一章の 「オリーブの歴史」 に始まり、「オリーブの栽培方法」 「オリーブの品種」 「オリーブオイルの種類と格付け」 あたりは、なかなか楽しく読み進むことができるのですが、その次の、「油脂学の基礎とオリーブオイル」 「基礎栄養学と油脂」 「食用油脂の製造」 などと言った化学、生化学の章になると、何だかんだと理由をつけては、コーヒーブレーク。そしてまた、その次の 「オリーブオイルの製造」 や「テイスティング技法」 になってまた救われて、「オリーブオイルの料理への応用実践」 では俄然張り切る受験生。

 昔はもうちょっとこらえ性があって、興味のないことでもいちおうは満遍なくしっかり勉強した優等生でした。

 それでもやらないわけにはいきません。暗記は直前にすることにして、目下、膨大な量の暗記すべき部分をノートに書き付けています。ようやく3分の2が終わったところでしょうか。いったい残りの部分を明日一日でできるのかどうか、かなり自信がありません。かくなる上は、あれしかありません、ヤ・マ・カ・ン。

 かつてある大学の広報課長をしていた頃、受験生たちによく言っていたものでした。

「大事なのは暗記することじゃないの。コロンブスがアメリカ大陸を発見したのは1492年と言えたって、『なぜ発見することになったのか?』 『発見してどうなったのか?』 『発見された方はどうなったのか?』、そう考える方が大事なの。そんな考える力を身につけてください。」

「大事なのは、暗記することじゃないの。たくさんある引き出しのどこをどう開けたら知りたいことがわかるか、を、わかることなの。この情報社会の中で、そんな力を身につけてください。」

 そんな私が今やひたすら暗記のための猛勉強中。矛盾してやしません?
 でも世の中ってそんなもんなんです。とはいえ、こんな膨大な知識、直前にいったいどこまで詰め込めるでしょうか。
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2010年02月17日

ミキモトのホスピタリティー

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 ミキモトと言えば世界に冠たる真珠のブランド。銀座で仕事をしている時には、中央通りに面した本店玄関の、季節感を美しく取り入れたディスプレーに足を留め、毎日、どんなに心を癒されたことでしょうか。ある時は、銀座の一角が紫陽花の庭になり、ヒマワリが咲き、コスモスが揺れ、11月に入れば大きな本物のモミの木に飾られたイルミネーションが、道行く人々を照らしました。

 去年の11月に、中央区との連携講座でミキモトの森田社長を講師にお迎えしました。森田さんは、そんなディスプレーの話に始まって、真珠王・御木本幸吉のこと、ミキモトの歴史、日本の文化とジュエリーの歴史、ミキモトのこだわり、などを、謙虚なお人柄がにじみ出るような優しい語り口でお話しくださいました。

 実は昨日、控え室でのお打ち合わせの後の森田社長との楽しい雑談などを思い出しながら、思い切って贅沢をしてしまいました。今年の春のスプリングコレクションの中に、それはそれは春らしい、可愛いバッグを見つけたのです。ミキモトらしく、取っ手には淡水真珠のチャームまでついています。お値段も、何とか手に届くぐらいのもの。

 これを、日ごろお世話になっている友人たちに贈りたくてたまらなくなりました。どうも私には亡くなった父の血が流れているようです。

 53歳で逝ってしまった父は、隣近所の子供たちまで引き連れて、私たち姉妹をよくデパートの食堂に連れて行ってくれました。自分はラーメンを頼んでも、子供たちには 「食べろ、食べろ」 と五目そばを食べさせて、おまけにクリームソーダまで注文しては、子供たちが喜んで食べる様子をニコニコと眺めていました。そんな後には決まって、「また、そんな無駄遣いをして」 と、母にたしなめられていたものでした。

 ミキモトの春のバッグは5人の友の顔を思い浮かべて買いました。丁寧に包装された5つの箱が入った2つの大きな紙袋を持って帰ろうと立ち上がった時、お店の方が、とても丁寧な物腰で、こんなことをおっしゃいました。たぶん、小柄な私が、いくら軽い物とは言え、両手に大きな袋を持って帰るのが心配になったのでしょう。

「お客様、よろしかったらお届け申し上げますが。」
「そんなことしていただけるんですか?配送料はおいくらでしょう?」
「いえ、無料でございます。」
「それは助かります。もう一箇所寄る所があるものですから。全然急ぎませんので、お手すきの折に送ってください。」
「かしこまりました。」

 昨日の夕方5時過ぎのことでした。それが何とまあ、今日の午前中にはしっかりと段ボールに入った品物が届けられたのです。それだけではありません。箱を開けて驚きました。一つ一つの箱が「MIKIMOTO」と書かれた薄紙にふわりと巻かれ、箱が動かないように空気を入れたビニールが隙間に詰められています。段ボールの内面はエアクッションで覆われ、しかも一つ一つの箱を入れるための紙袋と、贈り主がメッセージを書き込めるようなギフトカードまでが添えられていたのです。どこからどこまでもが、完璧な心づかいでした。

 一流のホスピタリティーとは、決して押し付けがましくなく、決して誇らしげでなく、何百万もするような宝石を買ったお客にも、小さなバッグを買ったお客にも、同じようにさりげなく、同じように気を配ること。

 さすが世界のミキモトです、いえ、だからこそ世界のミキモトになったのでしょう。
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2010年02月16日

運気予報に乗せられて

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 昨日のことです。待ち合わせの場所に車を止めて、まさにエンジンを切ろうとしたその時に、ラジオから男の人の声が流れてきました。

「2月14日に大きく変わるんです。」

 それまでぼーっとしていて、ほとんど聞いていなかったものですから、いったい何の話をしているものやらわかりません。さだめしバレンタインの話でしょ、と思ったら大外れ。

「2月14日から運気の流れが変わります。14日、15日、16日の3日間が初詣に行くチャンスです。」

 一瞬耳を疑うような天気予報ならぬ運気予報。ここで待ち人がやってきましたので、その先を聞けなくなってしまいましたが、やけに耳に残るその言葉、やけに気になるご託宣。

 こんな時は乗ってしまうに限ります。やらなかったことの後悔は、やってしまった後悔より根が深い、と言うではありませんか。乗らなかったことを後悔するよりは、いっそ乗ってしまえとばかりに、仕事が終わった後で、とある場所に駆けつけました。

 都心の真ん中、どちらかと言えば下町に、古くから社を構えるその神社は、この時期になると梅がほころび、祀られた人が詠んだという歌を思い起こさせます。

 東風(こち)吹かば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ

 学問の神様、菅原道真を祀ったこの神社は、今や受験生たちの合格祈願の場として広く名を知られています。今日も薄暗がりの中で目をこらせば、幾重にも重なった絵馬の一つ一つに、受験生たちの願いが書かれています。中には、おじいちゃんやおばあちゃが孫の合格を祈って書いた絵馬もあれば、母親が息子の就職を願って一字一字丁寧に書いた絵馬もあります。

 実は、私もこの神社とは長くて深い縁があります。当時、国立一期校の入学試験は3日間にわたっていました。私は母と一緒に淡路町の旅館に泊まりながら、試験に通いました。私が答案用紙と格闘している間、母は私の合格を祈って、天神様でお百度を踏んでいたのです。

 母の気持ちを汲み取ってくれた天神様は、無事、私を志望校に合格させてくれました。以来、事あるごとにお参りに行くのが習慣となりました。とりたてて何の宗教もありませんが、そこに行くと何だか守られているような気がして落ち着くのです。

 長女の入試の時も、次女の入試の時も、長女の留学の時も、次女の留学の時も、夫の仕事がうまくいくよう願う時も、私自身の様々な節目にも、いつもそこに行っては手を合わせてきました。

 実は、今年はまだ初詣もしないままに、2月も半ばになってしまい、何だか気になっていたのです。そんな折に、ラジオから流れてきた運気予報はまさにグッドタイミングでした。

 運気予報に乗せられて駆けつけた文京区の湯島天神。
 人気もまばらな闇の中で、白梅とともに、受験生たちの思いが香ります。
 私も何だか、素敵な運気の波に乗り始めたような感じです。
 いえ、そう思うことが、だいじなんです、たぶん。
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2010年02月15日

祝開店! 「BHMA BHMA」(ビーマ ビーマ)

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 朝早くに嬉しいメールが届きました。

「おかげさまで、どうにかオープンまでこぎつけました。
私のやりたい、『BHMA BHMA』 のまずは一歩。踏み出しました。
背中をぐいっと押していただいたおかげです。
ありがとうございました!
皆さんに喜んでいただけるような、お店にしていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。」

 差出人は 「小さい絵本屋さん BHMA BHMA」 の店長さん、ミワさんです。

 その同じミワさんから、突然ネーミングをお願いされたのは、昨年の11月28日のことでした。

「はじめまして。池澤ショーエンバウム直美さんのブログの大ファンで、いつも日々の反省、元気や勇気をもらっています。そして、自分になにかできることはないかと考え出すきっかけにもなりました。」

 こんな風に始まるメールの後に、3人の小さな子供の母親であるミワさんの、絵本の古本屋さんを開きたいという思いが綴られていました。

 「そんなことを考えるきっかけとなった池澤さんにぜひお店の名前をつけていただきたいのです。」

 何通かのメールのやり取りの後に、決まったのは、ギリシャ語で 「一歩、一歩」 という意味の 「ビーマ ビーマ」 でした。地方に住む若い母親の夢が、一歩ずつ実現に向かっていくように、という私自身の思いもこめられていました。

 けれども、この時点では、それがまさか実現するとは思っていなかったのです。ビジネスの厳しさは痛いほど知っているつもりでしたし、1歳、4歳、7歳の子供を持つ、子育て真っ最中の母親の忙しさも身を以ってわかっていました。

 それがまあ、何と言うことでしょう!
 ミワさんは、2月14日開店の予定に合わせて着々と準備を進め、本当に 「BHMA BHMA」 を開店させてしまったのです!

 時として、どころか往々にして、ヤングマザーたちはスーパーパワーを発揮します。子供がいるからあきらめていた私たちの世代と違って、「子供がいたってできるのよ。」 と同時に、「子供がいるからできるのよ。」 を見事なまでにしなやかに身につけて世の中を渡っていきます。そんな彼女たちが見せてくれる新しい女の時代に、私たち先輩の女たちは、リレーのバトンを渡し終わって、声援を送っているような気分です。

 走らなくてもいいですよ。
 一歩一歩でいいですからね。
 ビーマ ビーマ
 その一歩が あなたの道になります。
 あなただから歩ける道に。

 開店したてのお店のHPです。
 http://bhma-bhama.shop-pro.jp/
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2010年02月14日

Happy Valentine’s Day!

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 久しぶりに太陽が顔を覗かせて、明るい日差しにあふれたバレンタインデーとなりました。大切な人たちへ、感謝の気持ちを表せましたでしょうか?たとえ言葉や態度で伝えられなくたって、心の中で 「ありがとう。」 と呟くだけでも、素敵なバレンタインデーだと思います。遠い人を気遣い、幸せを願うことだけだって、十分に素敵です。

 若く美しい友がいます。彼女が去年、一袋の塩をくれました。

「別れた夫が今、これを輸入して販売し始めました。まろやかなのにとてもコクのあるお塩なんです。ナオミさん、使ってみていただけますか?そしてもし気に入ったら、お友達にご紹介してくださいますか?」

 人生を共に歩むと決意した人と別れなくてはならなくなった時、そこには人には言えぬ様々な悲しみと苦しみがあります。それを乗り越えて、優しい気持ちでその人のことを思う彼女の言葉に、何だかとても感動しました。いただいた塩を使って料理を作るたびに、心がひたひたと潤います。

 半面、別れた人への恨みつらみを語り続ける人もいます。
「この子の視力が悪いのは、やっぱりあの人の血をひいているせいだわ。」 とか、
「彼女のせいで僕の人生、台無しだよ。」 とか。

 そんな言葉を聞くたびに、心が薄ら寒くなってどうしようもなく寂しくなります。

 私はとても幸せです。なぜならば、もう一度生まれ変われたとしても、やっぱりもう一度同じ人と出会い、もう一度、同じ人と暮らしたいと思うからです。たとえ、その先に別れが待っていると知っていたとしても、そうしたいと願うのです。

 今夜もまた、私たちは、その人が結婚のお祝いに届けてくれた真っ赤なランチョンマットで食事をしました。かつてその人がプレゼントをしてくれた私の大好きな布をテーブルに敷いて。「さすがナオミのex-husbandだね。とてもいい趣味をしている。」 と、屈託なく言ってくれる夫に感謝をしながら。

 今の私があるのは、その人のおかげです。
 今、私がここにいるのは、娘たちと夫と、たくさんの友人たち、そして私をこの世に送り出してくれた父と母のおかげです。

 「ありがとう」 の言葉を贈りたい人がこんなにたくさんいるのは、本当に幸せなことです。
 幸せを願う人たちがこんなにたくさんいるのは、本当にありがたいことです。

 娘たちへ、新しくできた家族へ、小さな孫に
 夫へ、別れた人へ、
 たくさんの友人たちへ、仕事仲間へ、
 天国の父と母へ、
 クーへ、
 ありがとう。

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先週のグローバルキッチンお品書き
http://blog.goo.ne.jp/naomiwakuwaku
月曜日:0勝2敗のカマへの挑戦
火曜日:スプーンスイート〜ギリシャの伝統的おもてなし
水曜日:簡単お遊びカレー
木曜日:かぼちゃとほうれん草のクリームニョッキ
金曜日:ベトナムの食文化あれこれ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | その他メッセージ

2010年02月13日

Happy Anniversary! 〜花弁雪の舞う夜に

2P2133085.JPG1P2133089.JPG1P2133101.JPG  一日中、太陽が顔を覗かせこともなく、みぞれのような雨の降る週末となりました。夜、出かける直前までは家の中、しかもかなり局所的に仕事部屋に閉じこもっていたものですから、外の気配がわかりません。こんな冷たい雨の中でも、街のチョコレート売り場はいつもの大賑わいを見せていたのでしょうか。

 この日に消費されるチョコレートが、年間消費量の2割とも4分の1とも言われる私たちのバレンタインデー。「本命チョコ」、「義理チョコ」 に加えて、最近では女性同士の「友チョコ」 とか、男性から女性へ送る 「逆チョコ」 なども現れてきたとか。そうそう、女性が自分自身へのご褒美として、義理チョコが10個は買えるぐらいの高級なチョコレートを買っていくことも多くなったそうです。こちらは 「マイチョコ」。

 でもやはり主流は女性から男性への流れ。ラジオの街頭インタビューでも、「あなたは今年誰にチョコをあげますか?」 という質問が向けられたのは全員女性でした。

 けれどもヨーロッパやアメリカでは全く違います。ニューヨークでもパリでも、この日は花屋さんの前に男性の行列ができると言われるぐらい、男性から女性にも、男性同士、女性同士の間でも愛情や友情を伝え合う日です。

 夫と知り合って初めてのバレンタインデーに、小さなチョコレートボックスを用意していたら、渡す前に先手を取られてしまいました。目の前のミキモトの青い包み紙に驚いていたら、「だって、今日はバレンタインデーでしょう?」

 以来、我が家のバレンタインはアメリカ風の双方向。だったはずなのに、今年はうっかりとこの日に仕事を入れてしまったら、やんわりと言われました。「君、その日はSt. Valentine’s Dayではないの?」

 というわけで本日は前倒しのお祝いです。二人とも、直前までそれぞれの部屋に閉じこもって、ひどい格好で仕事をしていましたが、7時半の予約に合わせて、魔法使いのおばあさんに杖を振られて、大分年かさのシンデレラと王子様に変身しました。そして、カボチャの馬車こそありませんでしたけれど、花弁雪(はなびらゆき)の中、わが町で一番お気に入りのレストランへと歩いて行きました。

 2月には私たちのたくさんの記念日があります。バレンタインデーのお祝いと一緒にそれら全てをひっくるめて祝ってきてしまいました。出会い記念日、結婚記念日、お引越し記念日、、、、、、

 どうぞ皆様、明日は素敵なバレンタインデーをお祝いください。まずは表現から。パートナーに家族に、友人に、どうぞ優しい気持ちを伝えてください。Happy Valentine’s Day!
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | その他メッセージ

2010年02月12日

太陽の下の喧騒 雪の上の静寂

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 一時春に近づいたと思ったのに、また冬に逆戻りしてしまったかのような日々が続いています。

 かつて暮らしていた地と、今、片足の半分ぐらいを突っ込んで暮らしている地で、同時に大変なことが起こっています。

 ギリシャ政府で働く友から、「国がなくなってしまうかもしれない!」 と深刻な声を聞いたのは、昨年の12月のことでした。「まさかそんなことが!」 と、一笑に付したものの、その後聞こえてくるのは暗いニュースばかり。とうとう一昨日には、政府の財政再建策に反発して、50万人もの国民が一斉ストライキを行うまでになりました。

 国内の全空港が閉鎖され、国際線も国内線も全便が欠航。加えて、電車もバスも運休。お役所も学校も病院もお休み。まさに一国の首都の機能が完全に麻痺した状態です。

 24日にはもっと大規模なゼネストも計画されているとか。古代ギリシャの昔から、弁論の文化を培ってきたギリシャに、私たち日本人のような 「秘すれば花」 の文化はありません。思うことはすぐに口に出す、ある意味とても正直で明解です。

 アテネの日本大使館時代に、仕事中にちょっと黙りこくって考え事をしていれば、すぐに隣から、運転手のエウリピデスさんが突っ込みを入れてきました。

「ナオミ、ティ スケプテセ?」(ナオミ、何考えてるんだい?)

 一昨年の3月に滞在していたギリシャ北部の町、テサロニキでは、ゴミの回収業者たちがストライキを起こし、街中がゴミの山で溢れかえっていました。

 かたや太平洋を越えて、アメリカ大陸を横断した東海岸の町、ワシントンが、88年ぶりという大雪に見舞われています。継続的に降り続いていた雪が、一昨日、再び大吹雪となって、かつてない75センチの積雪になりました。22万世帯が停電し、ダウンタウンは静まり返り、町の真ん中でスキーを履く人の姿さえ見られます。

 空港は閉鎖。バスや鉄道も運休。小学校も大学も、政府までもが休みになりました。理由こそ違えど、ギリシャと似た状況です。

「クリスマスから2人でクルーズをするの。私の長い間の夢だったのよ。」

 と、去年会った時に、目を輝かせて語った親友のジュディーは、予定通りに昨年末に連邦図書館の司書としての定年を迎え、弁護士の夫、マークと共に、6週間の船旅に出ました。先週にはワシントンに戻ってくるはずが、

「パナマで船を下りたのだけれど、ワシントンに戻れないの。雪で空港が閉鎖されちゃって、私たち、ここで足止めをくってるのよ。いったいいつ帰れるのかしら。」

という、メールをよこす羽目となりました。

 アテネと同じく、一国の首都の機能が麻痺しています。

 けれども、雪はいつしか止むでしょう。そしたら町は元に戻るでしょう。
 でも、ギリシャはいったいどうなってしまうのでしょうか
 ストが終わって元の町にもどることはあるのでしょうか。

 そんなところに、少しばかり朗報が届きました。朝夕の新聞記事によれば、昨日、EUが臨時首脳会議を開き、財政危機に陥ったギリシャの救済策を講じ始めたと言うのです。人種も言葉も文化も異なる複雑なEUです。まだまだ紆余曲折があるのでしょうが、いつものように、優しい静かな光に溢れる春がやってくることを祈っています。同時に、ワシントンの町が一日も早くいつもの活気を取り戻すことも。。。。。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | その他メッセージ

2010年02月11日

カドキキキ〜母性に救われて

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 一つのそれなりに安定していた状態が終わって、次へと向かう時はいつも心が不安定になります。「自由になった!」 という開放感に気持ちが高揚する時もあれば、「こんなことをしていていいのだろうか?」 「いったいこの先どうなるのだろうか?」 という焦りと不安で一杯になる時もあります。

 5年前に自らの意思で一つの安定した職場を去った時がそうでした。悩みに悩んで、考えて考えて、自らの意思で選択した道でしたのに、交互に押し寄せる二つの感情の波に翻弄されました。
「これで何でもできる!」 と言う希望は、いともたやすく、「できるわけがない!」 という失望に変わりました。

 一定の時間に一定の場所に居て、一定の業績をあげて、決まった日に決まった額の給料を得る生活と、24時間を自由に組み立てて何かをしなければならない生活との差は、思っていた以上に大きいものでした。それでも自分で選んだ道、後悔こそはしませんでしたが、初めの頃は、夜中に何度も目覚めて再び眠りに就けなくなることもありました。朝が来ないで欲しいと思うことすらありました。

 こんな状態を、私はひそかに 「トランジション クライシス」 (過度期危機 )と呼んでいます。
日本語ではカドキキキと、何だか滑稽な響きになってしまうので、あえて英語にしています。

 トランジション クライシスは、まさに過度期だけのことであって、そんな状態に慣れて、それを受け入れられるようになれば、次の安定期がやってきます。あるいは、不安の中で、おぼろげにでも歩いて行く道が垣間見えれば、すっと抜け出せることもあります。

 5年前ほどではありませんが、1月からの私も、ミニサイズの 「トランジション クライシス」 の中にいます。「こんな時間の使い方でいいのだろうか?」 「これが本当に自分のやりたいことなのだろうか?」 という疑問が渦を巻いて、なかなか、達観した 「余裕」 に到達できません。引き算のシンプルライフを目指しているはずなのに、気づいてみれば、なんだか色々なものが手の上に乗っかってしまっています。

 もう少しで抜けられると思うのですが、このどんよりとしたお天気のせいもあって、このところなかなか気持ちがすっきりしません。

 そんな状況の中で、突然、母になりたくなって、朝から料理を作り始めました。夫との食事のために日々作る料理とも、仕事のために作る料理とも違って、母として作る料理は同じ料理でも全く違います。料理を作る時は、いつも無意識のうちに食べる人のことを考えています。つまり、台所にいるうちから、母になり祖母になっているのです。

 たとえば、できあがったニョッキにトッピングする砕いたピスタチオナッツ。いつものようにパラパラとふりかける手を止めて、別の小さな容器にしまいます。孫息子がナッツは食べられないかもしれない、と思うからです。料理をする手もしっかり消毒し、まな板も包丁もいつも以上に念を入れて洗います。

 できあがった物を運搬用の袋に入れていくうちに、朝起きた時の自分がすっかり変わって、随分と穏やかな心になっていることに気づきました。やらなければいけない仕事の山など、大したことではないような気にすらなってきて、やけに太っ腹になってきました。これが母性というものの効用でしょうか。

 重い袋を運ぶ我が姿に、私の母の姿が重なりました。生前の母は、私に会いに来るたびにいつもたくさんの物を持ってきてくれました。「お母さん、そんな物、持ってこなくていいのよ。私だって自分でそのくらい買えるから。」 と言うのに、いつだってまた重いカバンを背負ってやってくるのです。お米だったり、お味噌だったり、郵便局の景品の細々したものだったり、、、、、

 母もたぶん、私と同じように 「母性」 を呼び起こすことで、何かから救われていたのかもしれません。それがわかっていたら、もっと甘えて、もっとたくさんお願いをしていたのに、と、今さらながらに思います。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年02月10日

キキ姐さんの企みに乗せられて

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 「初めてご連絡をさせていただきます。突然のメール、大変失礼致します。」 という丁寧な書き出しで始まるメールを頂戴したのは1月も末のことでした。

 メールをくださったのは、一昨年の秋に新婚旅行でギリシャにいらっしゃったという若い女性の方です。昨年、思いもかけないことから友情が復活したキキが、たまたまこのハネムーンカップルのツアーガイドだったのです。(http://blog.platies.co.jp/archives/20091117-1.html

「キキさんのツアーは本当に勉強になりました。とても素敵な方でしたので、帰国後もお便りを送らせていただいたところ、池澤様をご紹介いただきました。」

 相変わらずの熱血漢、相変わらずのお節介、相変わらずの姉御肌のキキが、たまたまアテネで出会った知的でチャーミングな若い日本人女性に惚れ込んで、どうやら 「ナオミに会え!」と、指令を出したようなのです。 

「今回キキさんが池澤様のことをご紹介くださったのは、私も池澤様と同様、国は異なりますが、大使館に勤務していること、ワーキングマザーであること、お料理に興味があること、などから、人生の先輩として、私の人生にきっと良いインスピレーションをくださるからということでした。大変お忙しいと存じますが、もしよろしければ、ぜひお話を伺わせていただくことができたら嬉しく思います。」

 というわけで、本日、キキの筋書き通りに、ユウカさんとウイークデーのランチをすることとなりました。お父様のお仕事の関係で長いこと海外で暮し、大学卒業後は投資銀行でハードワーク。忙しい時は、2週間も自宅に帰らず、仕事場の近くで寝泊りをするほどの修羅場をくぐりぬけてきたユウカさんは、今はヨーロッパのある国の大使館でエコノミストをしています。目下育児休暇中とあって、仕事の顔からすっかり優しいママの顔になっています。

 前菜からパスタへ、パスタからデザートへと進むにつれて、初対面の私たちも饒舌になりました。キキが企んだだけあって、世代は違うのに、考え方や興味、エネルギーの方向などがとても重なっているのです。しかも、あの人の知り合いの、そのまた知り合いの、と言う具合に辿っていくと、「まさか!」 と思うところで、おたがいの世界が繋がっていたりするのです。

 さすがキキ姐さん、今頃はるかギリシャで 「ほらね、だから言わないこっちゃない。」 とほくそ笑んでいるか、私たちがあまりに噂をしたのでいまだにクシャミをし続けているかもしれません。

 「繋がったよ!」 とすぐにも連絡をしたいのに、姐さんたるや、「私はね、パソコンなんてさわらないわよ。メールなんてやらないからね。」 と、公言してはばからない人種。しょうがない、これから手紙を書いて、明日航空便で送ります。姐さんが先週、ギリシャから、パンパンに膨らんだエアメールの封筒でピスタチオを送ってきてくれたように。

 キキ姐さんの企みに乗せられて、また、何かが始まりそうな予感です。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年02月09日

ホームカミングデー

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 62万平方メートルと言えば、東京ドームが13個はすっぽりと入るほどの広さです。そんな広大で、しかも東京だとはにわかには信じられないような自然に溢れた美しいキャンパスに、,3千名の学生もいないのです。いえ、一学年の数ではありません。大学院生も、海外からの留学生も含めた全ての学生数です。人口密度にしたらどんなに贅沢な世界でしょうか。

 2005年3月までの16年間、私はそこに車で通い続けました。入り口には24時間、守衛さんのいるゲートがあって、許可証を見せなければ中に入ることはできません。一般の車両は、いったん駐車して、行き先と目的を記入します。

 最初の16年は職員としての入構証でした。
 続く2年は学内居住者としての入構証でした。
 今は、夫の送り迎えをする時にだけ、一時的な入構証をもらいます。

 それが、今日は、職員でもなく、居住者でもなく、一時でもない、初めての入構証をもらいました。「講師」 と書かれた入構証です。

 ゲストスピーカーとして、外国人留学生の 「上級日本語」 の70分の授業を受け持ちました。テーマは、「面接の日本語、大人の日本語」。世界各国から集まった学生たちの中には、卒業後、日本で働きたい人たちもたくさんいます。

 休み時間の学生たちのなつかしいざわめきを抜けて、慣れ親しんだ建物の廊下を歩き、252の教室に入りました。

 この机、この黒板、この教壇、窓から見えるこの風景。
 こうして何度、受験生たちに大学について熱く語ったことでしょう。
 こうして何度、学生たちに就職の心構えを話したことでしょう。

 熱心に授業に臨む学生たちは、私がその昔、同じ教室にいたことがあるなんて、これっぽっちも思いやしません。誰も私を知りません。私は彼らにとって、外から教えにやってきたただの講師、「外の人」 なのです。

 ちょっと感傷的になりながら、こんな巡りも人生の面白さかな、などと思っています。
 次の講義は3月始めです。また、「講師」 の入構証で故郷に戻ります。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記