2012年01月28日

割れてくれなかった「身代わり札」

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 物に対しても、おそらく人に対しても、およそ執着心というもののない家人がよく言います。「世の中には自分でコントロールできることも、できないこともある。できないことには、だいじな心を使わないことだ。」

 今回の事故で打ちひしがれている私にも、あっけないくらいにけろりと言います。「起こってしまったことを悔やんでもしょうがないじゃないか。」

 「君が不注意だったからだ。」とか、「そんな靴、履いて行かなきゃよかったのに。」などとなじることもありません。これには助かります。だって、誰よりもそれがわかっているのは、当の本人なのですから。

 それなのにやっぱり私は、ついくよくよと、あきらめねばならなくなったたくさんのことを考えてしまうのです。こうしている今だって、こんなことにさえならなければ、家族全員が集まって「おとうさん」のお誕生日祝いをしていたはずなのです。プレゼントもとっくに用意していましたし、築地での買い出しの予定だって、それぞれの持ち込み料理の段取りだって、準備万端整って、みんな、それはそれは楽しみにしていたのです。

 お正月に同じ面子で繰り出した初詣で買った「身代わり札」だって、いつも鞄に入れていました。もちろんあの、滑って転んだ日にだってちゃんと。持ち主に降りかかる災厄を、割れたり、なくなったりすることで代わりに引き受けてくれるはずの札です。話が違うではないですか!

 けれども、割れもせず、破れもせぬ姿で依然として私の目の前にあるということは、、、
 つまり、これは「災厄」ではないということ?
 そう、きっとどこかで、いいことに繋がっているのかもしれませんね。
 お札が守ってくれなかったと恨むよりは、そう考えた方がずっと素敵。

 とは言え、やっぱりみんなでわいわい、鮑シャブシャブが食べたかったかも(涙)。
 
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 19:18| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月27日

To be, or not to be〜手術? ギプス?

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 考えて考えて、泣きたくなるほど考えて、自分で結論を出したはずなのに、また揺らぎ始めてかなり辛い状況です。

 娘たちの骨折には何度も立ち会ってきましたけれど、わが身にとっては初めてのこと。母として一生懸命冷静に対処することはできても、自分のこととなると、もう本当に情けないぐらい。

 動かせなくなった右手を守りながら、タクシーでなじみの整形外科に駆け込んだのが3日前のこと。レントゲンを何枚も撮って、「いいですか、我慢してくださいよ。こうするかどうかでその後の経過が違うんですからね。」と先生に言われ、「はい、どうぞやってください!」と答えるやいなや、処置室で横になった私の腿の上に乗っかって、折れた部分を力いっぱい上下にひっぱる先生。

 診察室ではレントゲン写真を見ながら、「物書く人でしたよね。手術しちゃったほうがいいかもしれないなあ。でもともかく明日、この病院の専門の先生のところに行ってください。」

 翌日、紹介状とレントゲン写真を持っていけば、大病院の先生は、手術とギプス、それぞれのリスクを説明したあとで、「どっちにするかよく考えてお昼までに決めてください。手術なら金曜日入院で月曜日。入院はだいたい1週間。ギプスなら5週間ぐらい。」

 病院の外でぶるぶる震えながら、家族と親友に長電話をしました。それでもまだ決められません。もう一度先生にお会いし、正直にそんな思いを口にすると、先生は、からりと、

「そんなに迷うんなら手術はやめなさい! いつかは骨もくっつくんだから。」

 というわけで、ようやくきっぱり決断をしたというのに、、、、、

 今日、最初のドクターの所に戻ったら、今度はこんなことを言われてしまいました。

 「手術にしたほうが良かったと思いますよ。でもまあもう決めたことなんだから、後悔しない! 月曜日にきちんとギプスをはめましょう。1週間後にレントゲンを撮って、様子次第で手術ということにしたらどうですかね。」

 かくして私はまたもや先行きも見えぬ霧の中。「自分で決めてください。」ではなく、「僕は手術を勧めます。」とただの一言ででも言ってくれれば、迷いもなく今日入院していたのに、、、、、などとつい思ってしまって、、、

 2週間前には固い蕾だった百合がこんなに開きました。
 残る蕾は、ひいふうみいよお、あと4つ。
 蕾がひとつ開くたびに、肩の荷がポロッとひとつ軽くはならぬものでしょうか。

 明日は穴をあけられない講義がひとつ。
 ホワイトボードは左手でチャレンジするとしても、
 いったい、何を着ていったらいいのかしら。
 ストッキングはうまくはけるかしら(涙)。
 

 

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 18:38| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月26日

ポカポカのポッカポカ

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今や良くも悪くも、情報の広がり方と言ったら驚くばかり。

「だぶだぶ袖」の」ことを書いて、ものの1時間もたつかたたないかのうちに、ピンポンとチャイムが鳴りました。待っている本が届いたのだろうと思えば、そこに立っていたのは、大きな紙袋を持った明美さんです。

 袋の中には、ポンチョのような千鳥格子のかぶりものと、グレイのグラデーションが美しい大振りのセーター。どちらも、すぐに羽織って出かけたいぐらいに素敵です。しかも「どこまでだぶだぶ?」と言いたいほど。

 仕事場でたまたま「だぶだぶ袖」のことを書いた私のブログを読んで、急いで家に戻り2着を届けてくださったのです。「これならきっと着られるだろうと思って」と。

 まだ雪が溶けきらぬ道を仕事場へと大急ぎで自転車を走らせる明美さんの後姿にポカポカと暖められて、明美さんの前で着込んでみせた二着を脱ぐのがもったいなくて、私は今、心もからだもポカポカのポッカポカ。

 そんなところに届いたのが転倒の日にアマゾンに注文していた本です。
 何度も読んだはずなのに、また読みたくなって、ポカポカのポッカポカのだぶだぶ袖三角巾姿の私は、これからしばらく「ノアノア」と一緒にタヒチへと逃避行。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:43| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

転倒不便生活3日目

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 転倒不便生活も3日目となりました。ああ、こんなこともできないんだ!と日々発見の連続です。それでも、一昨日は介助なしでは着られなかったコートに何とか自力で手を通せるようになりましたし、固定された右腕の肘と二の腕の内側、そして唇と歯を使うことを覚えました。たとえば、、、、、

 コーヒーカップを左手に持ったままドアノブを右肘にひっかけてドアを開ける方法とか、瓶を二の腕とからだの間にはさんで固定して左手で蓋をあける方法とか、、、、ハサミで切りたいところを右肘でボール紙の上に押し付けて左手でカッターナイフを使う方法とか、、、、

 それでも昨日、どうしてもできずにあきらめたことがありました。

 病院からの帰り道、恵方巻きのように太くまかれた右腕でも袖を通せる服を買いに行きました。だって昨日の私といったら、何着も取り出してはあきらめたあげく、結局、フレンチスリーブの夏物姿。

 「寒くないの?そんな恰好で」と診察室で言われ、
 「しょうがなかったんです。着られるものがほかに見つからなくて」
とうなだれて、「そうか、なるほど」とお医者様を妙に納得させてしまったぐらい。

 だぶだぶ袖の服を2着見つけて、レジでカードを出しました、いつものように。
そこではたと気が付きました、いけない、サインができないんだ!(笑)

 かくかくしかじか、かなり漫画的な日々となりました。
 このくらいまで書いただけでけっこう疲れます。
 しばらくはショートショートでいくしかなさそうです。

 一休みして、あとでまた書きます。
 だってまだ、手術か長期ギプスかの重大決断のお話しをしていなかったですものねえ。



posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:18| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月25日

オリーブの木とテオの訃報

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 すぐに手術をしてしばらく入院するか、骨がくっつくまでの間をギプスと一緒に暮らすかという、どちらにしても決して楽ではない選択を目の前に置かれて病院から戻って来たら、私の部屋の前にオリーブの木。

 仕事に出かける前に、私がこの木をこよなく愛していることを知る夫が、どこかで見つけて買ってきてくれたのでしょう。

 何年か前、「オリーブの海(イ サラサ ティス エリエス)」と言う小さな木札が立った小道を通り抜けたことがあります。アポロンの神託で知られたデルフィを下って、海沿いに車を走らせている途中でした。その名の通り、オリーブの木が、寄せ来る波のようにどこまでも連なる「海」でした。地中海の眩しい太陽も届かぬ薄暗い細道は、あまりに幻想的で、ギリシャ映画の巨匠と呼ばれるテオ・アンゲロプロスの、曇り空に覆われた一連の映画を思わせました。

 痛みも忘れてそんなことを思い出していたら、今しがたテオの訃報が届きました。
 何と新作映画の撮影中に交通事故で亡くなったとか。76歳でした。

 彼の作品の多くは、時に退屈ともいえる言葉少ない長編映画でしたが、なんとも言えぬ美しいまでの哀しさに溢れていました。初めて見たのは「旅芸人の記録」。当時住んでいたアテネのアパートの隣にあった「エリゼ」という名の小さな映画館だったと思います。1975年でした。

 私は今、彼の代表作のひとつである「永遠と一日(ミア シオニオティタ ケ ミア メラ)」のサウンドトラックをかけながら追想に耽っています。それにしても、この映画の中で繰り返し流れるテーマ曲の、何と美しく、何と哀しいことでしょう。

 もう一度会いたい人でした。

(ものすごく時間がかりましたが、何とかここまで左手で書けました!)

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1月23日(月): 大切な人に食べてもらいたいチャウダー
  グローバルキッチンはしばらく閉店します。


posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:11| Comment(2) | ギリシャライフ

初めてのことだらけ

左手さんがどんなに頑張ってくれても、日常生活の中で、できないことがこんなにたくさんあることに驚きました。突然の事故でしたから、準備もなく、ごく普通のことができないことに直面しても、ではどうしたらよいかの知恵も働きません。

昨日困ったこと。これはまだきっと序の口。

料理ができない。
レストランでお箸が使えない。
朝着たセーターの袖が太巻きギプスを通らず脱げない。
ミラノで思い切って買ったカシミヤなのに切るしかない。
鋏で切ろうと思っても鋏を使えない。
リボン結びができない。
ペンダントができない。
化粧水を手の上に出せない。
クリームの蓋をあけられない。
指輪が外せない。
時計も外せない。
ブラのフックも外せないし、とめられない。
トイレには余裕を持っていかないといけない。

まだまだたくさんあったはずですのに、なにせ字を書くことができません。
メモがとれないのです。

これから病院に行ってきます。

ところで、打った右腕は1時間後にはこんなに膨れ上がり、
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待っている間に重い氷を載せられました。
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何もかも初めてのことだらけ。

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 08:45| Comment(2) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月24日

頑張れ、私の左手

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 10時の歯医者さんの予約に間に合わせようと、足早に歩いていたら、凍っていた道で滑って転びました。私のからだの重さを支えようとした右手首に激痛が走りました。整形外科で何枚ものレントゲン写真が撮られ、かなりひどい骨折をしていることがわかりました。明日、紹介状を持って大きな病院に行きますが、そのうち手術をすることになりそうです。

 痛みはなんとか我慢していますが、とにかく不便です。右腕がギプスで固定されていて、全く使えません。これだけ書くにも左手で一苦労。三角巾なんて初めてです。

 しばらくは、ぼちぼちと、悲劇の主人公ではなく漫画のヒロインにでもなったつもりで、日々の不便生活を綴ります。メールのお返事なども滞ることと思いますが、どうぞお許しください。
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:59| Comment(0) | 不覚の骨折顛末記

2012年01月23日

ケサパメラの失敗

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 忘れ物名人の私が、出かける前に呟く言葉は「ケサパメラ」。
一時はギリシャ語の「さあ、行こう=パメ」にこじつけて、「ケサパメ=今朝行こう!」だったのですが、いつの間にやら「ラ」が増えました。
絶対忘れてはならないアイテムです。

 ケは携帯電話
 サは財布
 パはパスモ (今はスイカですけれど)
 メはメガネ
 ラはカメラ

 けれども、毎度呟くにも関わらず、非常にしばしば失敗をやらかします。一番多いのは「メ」でしょうか。昨日もそうでした。ちょっとした打ち合わせがあって、電車の中で下準備をするべく書類とメガネケースを取り出したのですが、、、、、

 パチンと開いたケースの中はまさかのもぬけの殻でした(涙)。あとはもう、ひたすらうつむくばかり。

 きちんと中身の入った「メ」をバッグの中に入れて出たところで、出先で性懲りもなくアクシデントを引き起こします。最近一番真っ青になったのは、昨年暮れの事でした。昔の同僚夫妻との忘年会で、あっという間に過ぎてしまった楽しい時間を惜しみながら、さてお勘定という時になって、どこをどう探しても、私の大きな紫色のお財布がないのです。バッグをひっくり返しても、薄暗い居酒屋の床を這いつくばるようにして探しても、どこにもありません。とりあえず、飲み代と、帰りに必要となるかもしれないお金を友に借りて急ぐ家路、頭の中はちょっとしたパニックです。だって、たくさんのカードと運転免許証と健康保険証とありったけの現金、全てが入っていた長四角のものが、手品のように消えてしまったのですから。

 呆然と帰ってみたら、深夜に留守電が点滅しています。

 「落し物のお財布を当方でおあずかりしております。明日の開店時間は9時でございます。ご連絡をお待ちしております。」

 何と、居酒屋に向かう前に寄った薬局からでした。そのまた前に立ち寄ったクリニックでの処方箋に電話番号が書いてあったのでしょう。アメリカの夫にすぐさま事の顛末を電話したら、ただ一言。

 「う〜ん、ありえない。さすが日本だ!」

 すぐに、心配をかけた友に報告のメールを出したら、翌日になって奥様からお返事が届きました。

 「財布がすぐに見つかりよかったですね。きっと、今年の厄落としを 財布がして戻ってきてくれたんですよ。昔は神社からいただいた晦日の大祓いの人形に息を吹きかけて、『今年の厄を払うのよ』とやっていました。」

 なるほどお財布の厄払いトラベル。でも、もし出て来なかったとしても、優しい彼女はきっとこう慰めてくれたんでしょう。
 
 「きっと、来年の厄落としを先立ってやってくれたんですよ。よかったですね。」
 
 それにつけても、手厳しいのはわが娘。元旦早々言われました。暮れのお財布トラベルについては秘密にしておいたはずなのに。
 
 「ママ、今年はもう少し物に注意を払いなさいよ!」
 「ハイ、気を付けます!」
 と、私はまたしてもうつむくばかり。

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1月23日(月): 大切な人に食べてもらいたいチャウダー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 12:35| Comment(0) | 暮らしの知恵

2012年01月22日

そんな寒い雨の、私の、たくさん歩いた愛しい土曜日

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 雪は降りやんだものの、冷たい雨の降る土曜日となりました。カナダ人の心理学者の友人は、長年、お天気と心の関係を研究していますけれど、そんな研究結果を詳しく聞いてみたいぐらいに、こんなに寒い雨の日には、気持ちも何だかしぼみます。加えて、浮かない事の原因だって、実際いくつかあります。

 そんな日の過ごし方は、、、、

 朝10時からの1時間番組、レインボータウンFMの「まじかる☆ママ」のゲストに呼ばれて、「元祖ワーキングマザー」として、「現役ワーキングマザー」たちを励ましてきました。「元祖」などというのはもちろん大袈裟ですけれど、行きがかり上そんな表現で紹介されてしまって、2人の現役ワーママと、1人の現役ワーパパのパーソナリティーと一緒におしゃべりをする、面映ゆくも楽しい1時間。これまでずっと考えてきたことを、言葉という形でマイクの前で表現することもできました。またあらためて書かせていただければと思います。

 ちょっと元気になって向かった先は、丸の内の三菱一号館美術館です。ここで17日より、「ルドンとその周辺〜夢見る世紀末」が開催されています。けれども、「黒の画家」とも呼ばれるルドンの絵をこんな日に見るのは、正直なところあまりふさわしいとは言えません。元気になった気分が再びへこみます。ただ、こんな日だからこそ、人も少なく、ゆっくりと見ることができます。

 黒の時代を過ぎて、ようやく色の時代へ入っても、「ハムレット」の中の美しいオフィーリアは、鮮やかな緑色が縁どる絵の中で死に顔ですし、一際眼立つ真紅のマントをはおって棒を振り上げるカインは、裸の弟アベルの息の根を今まさに止めようとしています。バラ色の岩は孤独ですし、春のような柔らかな色彩の中では殺されたオルフェウスが横たわっています。

 ちなみに、第一部「黒のルドン」は68点、第二部「色彩のルドン」は20点が展示されています。次に展示は「ルドンの周辺」と題して、象徴主義の画家たちの作品50点に移ります。聞きなれない名前も多い中で、ムンクやゴーギャンなどの作品も見られます。タヒチを描くゴーギャンの水彩画で、沈み込んだ気分がようやく上向きになって外に出てみれば、まあなんという美しさでしょう。建物も中庭の木々も花も、時折そこを抜けていく人もみな雨に濡れ、これもまた絵を見ているようです。煌々と照る太陽の下で人々の賑わいを見せている時とはまた別の、深々とした佇まいです。そして気づけば、時代を潜り抜けてきた本物の絵が持つオーラを浴びた心も、まるで雨にでも濡れたように潤っています。

 この美術館、もとはと言えば、イギリスの建築家の設計によって明治時代になってまもなく、丸の内の真ん中に立てられた古い建物です。なぜか落ち着く、私の好きなスポットの一つです。

「この建物は老朽化のために1968(昭和43)年に解体されましたが、40年あまりの時を経て、コンドルの原設計に則って同じ地によみがえりました。今回の復元に際しては、明治期の設計図や解体時の実測図の精査に加え、各種文献、写真、保存部材などに関する詳細な調査が実施されました。また、階段部の手すりの石材など、保存されていた部材を一部建物内部に再利用したほか、意匠や部材だけではなく、その製造方法や建築技術まで忠実に再現するなど、さまざまな実験的取り組みが行われています。19世紀末に日本の近代化を象徴した三菱一号館は、2010(平成22)年春、東京・丸の内のアイコン、三菱一号館美術館として生まれ変わりました。」   (三菱一号館美術館HPより)

 遅い昼食には、いつもミラノで飲んでいた「Moretti」ビールと、なつかしいシチリアの「Messina」、続くワインは12月に訪れたトスカーナ州モンテプルチャーノの赤。

 長い間会えなかったギリシャ時代の旧友の作品展は、日本橋高島屋で始まったばかり。丸の内から雨の中を日本橋まで歩くのも、また乙なもの。

 遅い夕食のBGMは、たまたま手に触れたエディット・ピアフ。
 フランス語はわからないけれど、
 Un refrain courait dans la rue
「街には歌が流れていた」
 一日の最後に、リフレインが心地よく響きます。

 別に特別な日ではなかったけれど、なんだかいつまでも覚えていたい、期間限定の東京暮らしの中の、寒い雨の、私の、たくさん歩いた愛しい土曜日。
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1月16日(月):出版感謝会のスペシャルランチ
1月17日(火):夫のおみやげ「シャクシュカ」のレシピ
1月19日(木):まるで暗号「アーミッシュの帆立貝コーン」
1月20日(金):予定外の超特急ディナー@フィッシュログ
1月22日(日)予定:マッカッカのビーツサラダ

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 09:37| Comment(2) | 日記

2012年01月20日

サモア島の消えた12月30日

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 一つだけ外で片付けなければならないことがありますけれど、時間の決まったアポではありません。要するに開いている時間に行けばいいだけの話。その後予定していることだって、何も今日絶対しなくてはいけないことでもありません。

 外を見れば、怠け気分を後押ししてくれるかのように雪が降り続いています。深く積もる気配はないものの、すでに庭の一部はうっすらと覆われています。何年も前の雪の日、通勤途中でスリップして車のフロント部分を大破して以来、雪となるとかなり臆病になってしまいます。「様子を見て、車が出せるようになるまで待ちましょう」と、自分に言い訳をしながら、午前中は、PCもなるべく触らず、ヌクヌクと暖かな部屋にこもって、好きなBFMを小さく流して、コーヒーを飲みながらの読書タイムと決めました。なんという贅沢! なんという幸せ!

 こんな時は、思い切って現実からなるべく遠い世界に遊ぶことです。仕事がらみで読み進めていた2冊の本は見えない所に置きました。
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 そして取り出したのはこの2冊です。こんなお天気の日にはとりわけ、南太平洋のあの風景の中に帰りたくなりますし、行ったこともない古代ギリシャを彷徨いたくもなります。
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 −島は夜空にただ一際黒い塊になって横たわっていた。星がひどく美しかった。聞こえるものといっては絶え間なく砕ける波の音だけだ。

 −それに多分この南海の浪漫的な島々が彼の骨身に浸み込んでしまったのだ。この南海という奴は、時々人を奇怪な魅惑の虜にしてしまう、そして一旦こいつにやられたが最後、蜘蛛の巣にかかった蠅も同然だ。

 −海は濃紺青で、それが日没には、ホーマーの描いたギリシャの海さながらに、葡萄酒の色に変わるのだ。だが礁湖(ラグーン)の中は、藍玉(アクアマリーン)、紫水晶(アメシスト)、翆玉(エメラルド)、それこそ無限の変化を示すのだ。そして落日はたちまちそれらを一面の金色の海にかえて見せた。それにまだ褐色、白、淡紅、真紅、紫、とりどりの珊瑚の色があり、更にその形状に至ってはただ驚くよりほかはない。まるで魔法の庭だ。                                      (モーム「赤毛」より)

 モームが描くサモア島の浪漫の中で、いきなりホーマーの葡萄酒色の海が出てきて、私は無限空間をあっちへこっちへと、ますますたゆたい始めます。ふと正気に返れば、現実世界の外では、花弁のような雪がまだひらひらと舞い落ちています。そして、もう少し、もう少し、外に出るのはやめましょうか、と、またページを開きます。

 ところで、これは現実世界での話。とは言え、まるでファンタジーのように不思議な話。

 ごぞんじだったでしょうか。サモア島がつい先日、日付変更線を移動させてしまったことを。これまで島の西側を通っていた変更線がなんと東側に引き直されてしまいました。この結果、これまで「日付が最も遅く変わる国」だったのが、「早く変わる国」に一転し、結局サモア島から2011年12月30日が滅失してしまいました。12月29日の翌日は31日だったわけです。

 地図読みとメニュー読みが大好きな私は、地図帳の中でもおよそ一番好きなページに引いてしまった日付変更線の赤い線を、どうやって引き直そうかと目下思案中です。
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 雪は降り止まぬものの、積もる気配はなさそうです。そろそろ本も地図帳もパタンと閉じて、重い腰をあげましょうか。

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1月16日(月):出版感謝会のスペシャルランチ
1月17日(火):夫のおみやげ「シャクシュカ」のレシピ
1月19日(木):まるで暗号「アーミッシュの帆立貝コーン」
1月20日(金):予定外の超特急ディナー@フィッシュログ
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 13:10| Comment(2) | 日記