2013年12月11日

アジア海外就職〜そして旅立った彼らたち〜

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ご無沙汰しております。2014年の幕開けを前に、皆さまお元気でお過ごしでしょうか。
本日はご案内のみにて失礼いたします。12月10日、「アジア海外就職〜そして旅立った彼らたち」が出版されました。機会がございましたら、書店、amazon等でどうぞご覧になってくだいませ。

「バブル崩壊後の日本の閉塞感とアジアの経済成長。その二項対立が生み出す新たな自由が目の前に存在している。まず一歩を踏み出せば、海外就職への扉が意外にも開かれていたことに気づかされる。若者を中心に130人以上をアジアへ送り出した著者たちが、新時代の息吹と未来への方向性を示してくれる一冊」(開高健ノンフィクション賞受賞作家 水谷竹秀氏)
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 00:49| Comment(0) | お知らせ

2013年03月03日

心からの感謝をこめて

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このブログを書き始めたのが2008年の10月。
早いものであれからもう4年と4ヶ月がたってしまいました。

ブログと言う初めての世界に足を踏み出した時に思いました。
「大学は4年。それならこれも4年を目ざしてみようか。」と。

それなのに、一学期分も留年をしてしまい、卒業が遅れてしまいました。

書くことは喜びでした。ブログという場で書く機会がなければ、私の記憶のいくつかは遅かれ早かれ消えてしまったことでしょう。書きたい、書き残したい、伝えたい、という思いから、いつも小さなノートを持ち歩いて、心に去来したことを書きとめる癖がつきました。行く先々で知ったこと、学んだことをせっせと書き留めました。電車の中のこともあれば、飛行機の中も、走る車の中のこともありました。誰かと話している時に素敵な言葉に出会えば、あらかじめお許しを願った上で走り書きをしました。

いつのまにかそんなノートがたくさんたまって、どこかに書いたはずなのに探しても見つからなかったり、見つかっても急いで書いた自分の字がどうにも読めなかったり、、、、

書くことは、たしかに私の喜びでした。生きている証(あかし)でした。
書きたいという思いがなければ見えなかったであろうたくさんのものを見ることができました。聞こえなかったたくさんの音を聞くことができました。

新聞にコラムを書き続けるイギリス人の友にたずねてみたことがあります。実際彼女は3つの国に住みながら、ご家族の世話にもたくさんの時間を取られていたのです。

「ねえ、どうしてそんなに忙しいのに書き続けるの?」

すると、ちょっと呼吸を置いた後で彼女がこう答えました。

「たぶん、、、、、それが私の『discipline』だからでしょうね。」

「discipline=規律」という、その時にはまだよくわらからなかったその言葉が、おぼろげながらにもわかってきたのは、日々の生活の中で「書く」という行為が定着してきた頃でした。私にとってもそれは生きる上での「感性」であり、一本の「背筋」のようなものになっていたのです。

同時に、私はもうひとつの「discipline」を自分に課すことにしました。醜い言葉で人を蔑んだり、卑しめたりすることは決してすまいと。特に、特定の誰かをたとえどんな思いがあるにせよ誹謗中傷するような手段にだけはするまいと。できれば、読んだ人がふんわり優しくなったり、心地よくなったりするものを書きたいと。

そうした「discipline」と共に書き続けてきた「ナオミライクな日々」でしたが、いつの間にか大勢の方が読んで下さるようになったのは、なんともありがたいことでした。

4年4ヶ月、時は3月、生まれ月。
ちょっと遅れた卒業になりましたが、本日、「ナオミライクな日々」を卒業し、新しい水平線へ向けて船出をしたいと思います。「終わり」は「始まり」への入り口です。また別の形で始まることもあるかもしれません。

今、目の前に4つの土地への4枚のチケットがあります。
初めて足を踏み入れる未知の地もあれば、すでに十分に馴染んだ場所もあります。
北にも、南にも、東にも、西にも、二人一緒に元気でいられる限り、私たちの旅は続きます。夏には、おそらく今年を逸してはもう二度とできないであろう冒険の旅に出ます。

これまでと同じように一日一日を大事にし、いつかまた皆さんとたくさんの良き思い、人生の素晴らしいワンダー、世界の広さと美しさ、そして今、同じ時代に、同じ地球の上で生きていることの喜びを分かち合える日を楽しみにしています。

長い間、お読みくださいまして本当にありがとうございました。
ごきげんよう。

By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 06:27| Comment(1) | お知らせ

2013年03月01日

南洋ポナペの女t書

(昨日の続き)
友が見つけてくれた貴重な絵葉書が手元にあることを思い出しました。
「行発屋葉二ペナポ」(ポナペ二葉屋発行)の日本時代の南洋ポナペ島の「女t書」です。
全11枚のうち、取り急ぎいくつかご紹介します。
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南洋群島始政十年記念
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長官舎ノ庭
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ジョカージヲ背景ニシタ椰子
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ポナペ海岸通ノ一部
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ナンマタール城址全景
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By 池澤ショーエンバウム直美




posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 11:04| Comment(0) | その他の国ライフ

2013年02月28日

飛び回れMy Heart〜内地から南洋群島へ

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(T)表定豫期定間島群洋南地内
社會式株船郵本日
月三年九和昭至一月九年八和昭自

どうぞ右から読んでください。
すると意味がわかります。
昭和八年九月から昭和九年三月までの
内地(日本国内)と南洋群島の間を結ぶ
日本郵船定期路線の時刻表です。

たとえば、
九月五日神戸發の東廻り「丸江近」(近江丸)ならば
門司に寄って、横濱に寄って、サイパンに寄って、トラックに寄って
ポナペに着くのが廿四日。
翌日の廿五日にポナペを出た船は、クサイに寄って、ようやっと
九月廿九日に最終目的地のヤルートに到着します。
神戸からヤルートまでは25日間の航海ということになります。

丸江近(近江丸)はそのままヤルートに滞留し、再び元来た航路をたどって神戸へと帰ります。潮の流れのせいでしょうか、帰りは行きよりも短く20日で帰り着きます。

西廻りならば、航路は、神戸〜門司〜横浜〜サイパン〜テニアン〜ヤップ〜パラオです。航海日数は17日です。9月から翌年3月までの7か月の間に出航する9本の西廻り船のうち、6本はダバオにも寄りますし、5本はメナードに、3本はアンガウルにも寄ります。もちろんその場合には航海日数も長くなります。「西廻線山城丸ハリンジ『ソンソル』及『ゴロンタロ』ニ寄港スルコトアルベシ」と欄外に書いてありますから、時にはさらに長丁場になったのでしょう。

昭和8年と言えば1933年、第一次世界大戦も終わって15年たった頃です。当時、近江丸や山城丸が行き来していた南洋の島々は日本の統治下にありました。パラオ島には開発のための南洋庁が置かれ、最盛時には1万人以上の日本人が住んでいたと言います。

主な島々に設置された学校では日本語による教育が施されました。私が父と慕っていたポナペ島のセピオさんも、地酒のシャカオで上機嫌になると、「あの時代はよかった。日本の学校でたくさん勉強させてもらった。」と言うのが口癖でした。実際、とてもきれいな日本語を話す人でした。「私の中には大和魂がありますから。」というのもセピオ父の口癖でした。

私が好きな彫刻家に、「土方久功」という人がいます。1900年に生まれ、35年前に亡くなりましたが、彫刻家の域を飛び出して、詩人としても民族誌家としても素晴らしい方です。

1929年3月7日、土方久功は「山城丸」で横浜を発ち、パラオへと向かいます。パラオ島のコロールに着いた土方は南洋庁の嘱託に雇用され、島内各地の学校で2〜3か月ずつ生徒に彫刻を教えることになりました。けれども、文明の波に浴されていくパラオに馴染めずに、まるでゴーギャンのように、僻地へ、僻地へと移り住んでいくのです。再びパラオに戻ったのは、サタワルという離島で7年を過ごした後でした。

娘たちが小さかった頃から、私たち家族は随分といろいろな冒険をしてきました。日本郵船の定期予定表に載っている南洋の島々にはおおかた行きました。ある時は、小さな島から島へと食物や雑貨や薬を運ぶ貨物船の甲板で、島の人たちや、豚や鶏などと一緒に何日も航海をしました。寄港した島の民家で水を借りて顔を洗い、日がな一日、水平線と島影だけを見、時には釣りをしたり、船酔いに苦しんだりしながら、「おそろしく退屈な日々」を過ごしました。

なんという贅沢な退屈だったでしょうか。あんな退屈は後にも先にもありません。

今では飛行機の飛ぶ島も多くなり、神戸からヤルートまでなら乗り継ぎさえうまく行けば一日で行けるかもしれません。退屈をする暇もないでしょう。

でも、今、ここに、「パソコン片手に一っ跳び」、「おそろしく退屈な航海」、という二つの選択肢があったなら、まず迷うことなく選ぶのは、「おそろしく退屈な航海」の方でしょう。甲板で日に焼けたって気にやしません。水平線と島影と、時々飛び跳ねる魚たちにしか会えなくたってかまいやしません。「浪漫飛行」流に鼻歌など歌うとすれば

何もかもが 知らないうちに
形を変えてしまう前に
   ・
   ・
トランク1つだけで 浪漫航海へ On the Sea
飛び回れ このMy Heart

By 池澤ショーエンバウム直美

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2月27日(水):白苺との初めての出会い

posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 07:21| Comment(0) | マイドリーム

2013年02月18日

女たちのカーラー論争

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気心知れた女たちが5人も集まれば、「姦しい」など通り越して「女女姦しい」おしゃべりが途切れることもありません。ひとつの話題から次の話題へと連歌のように連なって、しんみりしたかと思えば大笑いしたりして。

中でもとりわけ盛り上がったのはこんなこと。
「カーラーを巻いて人前に出られる?」

いつの間にやら、YES-NOの大論争になっていました(笑)。

東の横綱は、毎朝ホットカーラーを20本巻くという艶やかな美女。
パートナーの前だろうが、宅急便のお兄さんの前だろうが全く平気だと言います。

かたや西の横綱は、4本のカーラーをご主人の足音が聞こえたらすぐに外すという、これまた美しい人。宅急便のチャイムがなった日には大慌てで頭からむしり取ると言います。

東の横綱さんにしてみれば、「カーラー姿も見せられないような緊張した関係なんておかしい!」になりますし、西の横綱さんにしてみれば、「そういう緊張感がだいじ!」となります。

どちらが正しくて、どちらが間違っているという問題でもありませんが、論争の間に頭をよぎったのは、アメリカと日本の夫婦の在り方の違いでした。

先回も書いた「アメリカの心と暮らし」の著者によれば、

「日本社会では夫婦はしっかり一体です。ですからお互いを褒める必要もないし、きれいに見せようなどという努力もしなくていい。夫は暑ければ妻の前でステテコ姿でもいられるし、妻も夫の前では化粧もしないし、おしゃれもしなくていい。なにせお互いに分身なのですから。

妻が書類に夫のハンコを押したり、夫の名前を署名しても別段不思議に思いません。だって夫婦一体なのですから。

ところが、アメリカ人の夫婦ではそうはいきません。メリーとビルが結婚しても、二人はメリーとビルのまま。それぞれ別の個人として、お互いに尊重し合っているので、メリーは夫の前ではいつもきれいにお化粧をしているし、ビルも妻の前で下着姿になることはありません。どんなに暑くても、たとえ家の中に二人しかいなくてもちゃんとシャツを着て、ズボンをはいています。お互いに違う人格の男と女としてふるまっているのですから、当然のことなのです。

もしメリーがビルの文書に署名をしたら、偽造罪になってしまいます。たとえそれが簡単な子供の学校宛ての連絡の手紙であっても、相手の名を署名することはありません。メリーはメリー、ビルはビルだからです。」

ということは、さだめし東の横綱は日本カルチャー代表、西の横綱はアメリカカルチャーの代表?

かくいう私は、たぶん、半分日本、半分アメリカ。
素顔のままでいることには抵抗ありませんが、カーラー姿で夫の前に出ることはできません。ちなみに5人の仲間たちは、CANが2人、CAN’Tが2人、残る1人は「カーラーなんて巻いたこともないから想像もできない!」でした(笑)。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2月18日(月):二種類の生ハムとチョリソーのバラ園
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:47| Comment(2) | パートナーシップ

2013年02月16日

日本式&アメリカ式バレンタインデー

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一昨日のバレンタインデーに運転しながらラジオを聞いていたら、最近では女同志でチョコレートを贈り合ったり、自分へのご褒美として贅沢チョコを買ったりすることも増えてはいても、まだまだ「女性→男性」というのが主流だとか。となれば、この日本的戦略にまんまと乗せられて、贈られたチョコの数を数えながら一喜一憂する方々も多々いらっしゃるということでしょうか。

ある青年からユーモアたっぷりのこんなメールが届きました。私の親しい友人の息子さんです。

「お母さん以外からチョコをもらえませんでしたので、ナオミさん、もしよろしければ僕にチョコをくださいませんか。」

数年前に初めてお会いして以来、「颯爽とした素敵な女性だなあ」と、ひそかに憧れていた方が、偶然にも長いことワシントンDCに暮らしていたことがわかりました。となれば、おたがい何となく親近感が増すもので、彼女が早速、自著の「アメリカの心と暮らし」(木村恵子著、2008年、冨山房インターナショナル)を送ってきてくれました。表紙はワシントンの町のイラストです。

私のようにフラフラと行ったり来たりばかりしている者とは違って、ご家族ともども22年もアメリカで暮らしてきた方です。腰のすえ方が違えば、見えてくるものの広さ、深さも違います。

「30代から50代という人生の成熟期をアメリカで過ごせたことは、私にとってなんと幸運なことだったでしょう。私はアメリカ社会の中に住んで、まるで水を得た魚のように自由に、楽しく暮らしてきました。アメリカという国が移民で成り立った国であるために、私のように肌の色が違い、まともな英語も話せないような者でさえも『仲間』として受け入れてくれる、おおらかさがあったからです。」

そんな彼女が書いた本はみずみずしい感性に溢れ、アメリカという国に根付いて暮らした者だけが持つ視点に、「なるほど、そういうことだったのか!」と学ぶことだらけです。「そう、そう、その通り!」と共感することだってたくさんあります。

バレンタインについて、恵子さんはこんな風に書いています。

「アメリカでは老若男女関係なく、みんながこの日を祝います。幼児から老人まで、みんながバレンタインのカードを交換するので、アメリカではこのバレンタインの日が、一年で一番カードが売れる日なのです。

子供たちはクラス全員とカードを交換するので、前日はカード書きに大忙しです。(中略)チョコレートやお花を贈る人もいます。でも義理チョコなんていうのはありません。」

たしかに、私のアメリカの友人たちも、バレンタインには夫婦でプレゼントを交換したり、家族で特別な食事に出かけたりしています。私たちも一緒にいる時には、そうした「アメリカ式両面通行バレンタイン」の習慣に則っています。たまたま離れている時には、朝一番に夫から「Happy Valentine's Day!」の電話が入ります。バレンタインデーとはどうやら、男も女も関係なく360度に愛情や友情を表す日のようです。

とはいうものの、女→男の「日本式一方通行バレンタイン」にだって良いところもあります。お世話になっていながらなかなかお礼の気持ちを表す機会がない方々に、バレンタインにかこつけて、本命チョコでも義理チョコでもない「ありがとうございますチョコ」をお贈りすることができるのですから。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2月16日(土):タパス タパス タパス〜今年最初のグローバルキッチン
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:54| Comment(2) | その他メッセージ

2013年02月13日

グラナダのパラドール(国営ホテル)

スペインには「パラドール」と呼ばれる国営ホテルが全国にあります。手元のリストを数えてみたら、AのAiguablavaからZのZamoraまで94か所も記載されていました。だいたいは古城や修道院、由緒ある貴族の館などの歴史的な古い建物ををホテルに改装したものです。

国営と言う響きからしてなんとなく質素な感じがしますが、スペインの場合はその格式からでしょうか、民間のホテルよりも高いぐらいの料金です。94のパラドールは均一料金ではありません。一番安いメリリャで1泊125ユーロ(1万6千円)、一番高いグラナダはシーズンを問わず一泊330ユーロ(4万2千円)です。スペインの物価からすれば随分と高いように思えます。

とは言えグラナダのパラドールはアルハンブラ宮殿の敷地内という特別な場所にある上に、たった40部屋しかないものですから、「数か月前には予約を」と言われるぐらいの人気です。私たちも半年前の6月に現地に電話をして予約をしました。このパラドールは、15世紀に建てられた修道院を改装したものです。パティオや礼拝堂には宿泊客しか入れません。

私たちは結局ここに数日間滞在しましたが、結論から言えば、「First but the last」(最初で最後)と言ったところでしょうか。確かにそのたたずまい、それをとりまく重厚な空気にはそれなりのものがあり、一度は宿泊する価値がありますが、いかんせん不便です。町まで下りればまた帰りには上らねばなりません。しかも夕飯を済ませての帰り道はほろ酔い加減の満腹状態です。アルハンブラの門から延々と続く坂道は、いくら美しいとはいえ息切れがします。次に来る時はこっちにしようと、すでに町の真ん中のホテルの下見もしてきました(笑)。

忘れないうちに、94のパラドールのうち一番人気と言われるグラナダのパラドールをご案内させていただきます。

高速を下りてアルハンブラへと上っていきます。正面に見えるのは雪をかぶったシエラネバダです。
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アルハンブラの入り口にはバーがあって、タクシー、宿泊客、宿泊客のゲストしか通れません。
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ここで名前を言ってバーを開けてもらいます。
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林の中の道を進みます。
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ホテルのエントランスに着きます。
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車を専用駐車場に止めて門をくぐれば美しい中庭が続きます。
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レセプションデスクから部屋までは、いくつもの扉を開けて、まるで迷路のようです。
パティオを囲む回廊にそって部屋が並びます。
2階と3階に40室。エレベーターはありません。
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室内は決して広くもなく、決して豪華でもありませんが、ある種の落ち着きがあります。
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窓の外にはアルハンブラの風景が広がります。
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町に出るには壮大な門を出入りします。
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途中の坂道には「アルハンブラ物語」を書いたアメリカの作家、ワシントン・アーヴィングの像もあります。
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アルハンブラから町へと、町からアルハンブラへのこんな抜け道もあります。
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ホテルの共用リビングにはここに泊まった数々の有名人の写真が貼られていました。
たとえばこれはモーガン・フリーマン。
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こちらはウンベルト・エーコ
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オマー・シャリフもいました。
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何はともあれ良い経験でした。

By 池澤ショーエンバウム直美

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2月11日(月): パンプキンスープを使った簡単ムニエル
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:58| Comment(0) | スペインライフ

2013年02月12日

増える記念日

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立春が春めいた空気を連れてきてくれたと喜んでいたら、三連休明けの今日は、また冬に逆戻りしてしまったような肌寒さです。おまけに雨まで降り出しそう。寒さが苦手の私は、今頃はハワイにいたかも知れないのに、などと、変更になってしまった予定に未練を残しながら、コートにマフラーをしっかり巻いて冷気の中に飛び出します。

「マウイ島の西、ラハイナ・キャナリー・モールの波打ち際に続く芝生の上で、毎晩開催されているのがオールド・ラハイナ・ルアウです。ルアウとは、本来は宴会という意味。」

こんなことを以前書いたことがありました。
水平線をオレンジ色に染めた太陽が姿を沈ませ、松明の灯りと共に始まった「宴会」がたけなわになった頃、MC役の美しい女(ひと)が言いました。

「この中にお誕生日の方はいますか?」
「この中に結婚記念日の方はいますか?」
「この中に記念日の方はいますか?幸せな記念日ならどんな記念日でもかまいません。」

記念日コールに促されて次々に立ち上がった人たちが、「さあ、今日の特別な日を祝って踊ってください。」という言葉を受けて、砂の上で踊り始めました。

皓皓と照る月と松明の揺らぎ、頬をなでる風、規則的な波音によく合う椰子の葉擦れの音、、、、その場に居合わせただけでも、それは記念日でした。問いかけは続きます。

「お誕生日や記念日の人たちに『おめでとう!』を言いたい人はいますか?」

それまで座っていた人たちが、一人、また一人と立ち上がります。見回せば、誰かの記念日に居合わせた全員が立ち上がって、記念日がまた新しい記念日を創って広がっていきました。

2月には記念日がたくさんあります。
出会い記念日も、結婚記念日も、バレンタインも、お引越し記念日も、尊敬する方や幼馴染のお誕生日も、、、、失敗記念日や反省記念日だって(笑)。

2月ばかりではありません。考えてみれば、来月だって再来月だって記念日がいっぱいです。マウイの宴会のように、誰かの記念日を祝うことだって記念日なのですから。

つい先日の記念日に、出会えたことを感謝したくて、こんな言葉を贈りました。

Thank you for finding me among7billion people in the world.
I love you just the way you are.

記念日の嬉しいところは、年と共にどんどんと増えていくことです。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2月11日(月): これっくらいのおべんとばこに〜久しぶりのお弁当作り
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 15:01| Comment(0) | エイジング

2013年02月08日

Short Short Spain 29

バルセロナ ゴシック地区
古いカテドラルで
祈り続ける人
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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:59| Comment(0) | スペインライフ

2013年02月07日

嬉しい齢(よわい)の重ね方?

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おかあさんのお腹の中にいる時から知っていた子が
大学を卒業し、就職をし、結婚をしました。
それだけだって、「あの小さな○○ちゃんがねえ」と感無量なのに
1月には女の子のベビーのママになりました。

ベビーのママの、そのまたママである私の友は
長年憧れていた「おばあちゃん」になって大喜びです。

家族が減ってしまったことを知らせる喪中葉書のほとんどは
ひっそりと事実を知らせるだけですけれど
結婚だの、出産だの、増えたことを知らせる年賀葉書のほとんどは
手書きの文字が嬉しそうに踊っています。

ひっそり葉書の数が増えるのに比例して
踊る葉書の数も増えていくように感じます。
送ったり、迎えたり
悲しくもあり、嬉しくもあり
それがたぶん、齢(よわい)を重ねるということなのでしょうか。

教え子というには大げさですが
大人の知恵を授けると同時に、若い知恵を与えてくれた学生たちも、
毎年のように、夫になったり妻になったり
父になったり母になったりの、嬉しい報告をしてくれます。

この青年もそうでした。

「池澤さん、2月3日は日本にいますか?」
と問われて、「いますよ〜。」と答えたら
結婚式とパーティーの招待状が届きました。

やたら物知りで、大人びた口をきくのに
やさしくてナイーブな子でした。

「パーティーで乾杯の音頭をお願いしますね。」
と頼まれて、「やっと○○君に認められるようになったか、、、」と喜んだら
「何しろ池澤さんは僕より年上のお客の中で一番『古い』人ですから。だって16年も僕を知っているんですからねえ。」

なるほど、夜のパーティーで見まわしてみたら
たしかに一番古そうな人でした(笑)。

これもまた、齢(よわい)を重ねるということなのでしょう。
なかなかどうして嬉しい重ね方ではありませんか。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2月7日(木): オリーブとサーディンのタルト
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:28| Comment(0) | エイジング

2013年02月05日

Short Short Spain 28

バルセロナのケーキ屋さんで出会ったハリネズミ君
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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 23:46| Comment(0) | スペインライフ

2013年02月04日

立春の良き日に

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立春という言葉にぴったりの一日が始まりました。週末の土曜日にいきなり暖かくなって、羽織っていたコートが重くなりました。Tシャツ姿も見られる中で、一緒に歩いていた方が言いました。「またすぐに寒波が戻るそうですよ。」

それなのに、昨日も今日も昼日中は嬉しいほどに暖かです。

昨日、長い間仕事をしていた大学のキャンパスを歩きました。
四季折々の自然に恵まれたこの美しいキャンパスには、たくさんの思い出がありすぎます。
広報の仕事をしていた時代、キャンパスツアーの時期ともなれば、受験生たちと一緒に毎日のように広いキャンパスを歩きましたし、海外からのお客様のご案内もしばしばありました。

何を聞かれてもいいように、歴史を学び、建物の由来を調べ、草木や花についてまで覚えましたから、この小道を抜けた先には何があって、あの森の中にはどんな花が咲いていて、あそこでは昔こんなことがあって、、、、と、今でもすぐにガイドができるぐらいに頭に入っています。映画やテレビの撮影場所を選ぶのも仕事のひとつでした。

そんな、いわば公けの思い出に加えて、あそこにもここにも、至る所にたくさんの私だけの思い出がありすぎます。天にも昇るような幸せな気持ちでここを歩いたとか、ここであの方に出会ったとか、ここで誰にも見られないように泣いたとか、、、、

結婚式が行われるチャペルに行くのに、あえて遠回りをして、梅林を抜けました。
梅が咲き始めると、あたり一帯がほのかな香りに包まれて、その香りの中を歩く時、「あ、もうじき入学試験だな。」と思ったものです。16回も繰り返された毎年の思いは、年ごとに少しずつ違って、梅の花の下には16の思いがありました。

今にして思えば、それらすべてをひっくるめて、かけがえのない年月でした。

学生たちの姿も見られない立春前の静かな日曜日の梅林で、澄んだ青空に向かって開きかけた蕾を見つけました。

春がやってこようとしています。
立春と一緒に、新しい一年が始まろうとしています。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2月4日(月): バレンシアのホテルで寿司デリバリー
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 14:17| Comment(0) | マイワーク

2013年02月02日

Short Short Spain 27

マドリッドの住宅街
バルコニーに寿司提灯!
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By 池澤ショーエンバウム直美
posted by 池澤ショーエンバウム直美 at 22:11| Comment(0) | スペインライフ

プライベートアワーから始まった古典の世界(前回からの続き)

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先生はまわりに人がいなければ、「栄花物語」を声に出して読みます。語調もいいですし、その方が理解もしやすいからです。

高校時代には夕食後の30分から1時間が受験勉強から離れて自由になれる時間でした。先生はこれを「プライベートアワー」と呼びます。プライベートアワーには、こっそり隠れて源氏物語を読んだり、血沸き肉踊らせながら平家物語を読みました。ですから、古文の勉強など何一つしなくても、入学試験はいとも簡単だったそうです。

「だって、ふつうの人が小説を読むように僕は古典を読んでいたのだから。」

その後、数学者になってから、物の感じ方、表現方法、人情の機微に対する感覚が「とても数学者には思えない。」と周りの人たちから言われたのも、おそらくは読み込んだ古典の影響だろうとおっしゃいます。

ドナルド・キーンさんもまた、コロンビア大学時代に、「Great Books of Western World」という西洋古典を読破しました。西洋文明へと繋がるアメリカ人としての自己を見出したことが、キーンさんをして日本への関心へと向かわせたように、日本の古典を理解した人こそが真の意味の国際人になれる、というのが先生の持論です。

昨今、イギリスの名門オックスフォード大学でも、ビジネスではなく文学・芸術などの分野に進む優秀な学生が増えているとのこと。そうしたリベラル・アーツ(教養教育)への回帰はとても意義のあることだと先生は語ります。

同じような意見を、今日のフォーラム「グローバル人材の育成と活用」でもお聞きしました。「すぐに役立つ人間はすぐに役立たなくなる人間」と、慶応の清家篤塾長が即戦力要望の是非を問いました。これもまた、たいへん有意義なフォーラムでした。この模様はまた機会をみてまとめてみたいと思います。

ところで、古代ギリシャから現代までをとらえたリベラル・アーツ教育の集大成とも言える先生の本が、ようやく最初の校正の段階に入りました。発端から3年あまり、その過程をご一緒させていただけたことは、私にとっても大変嬉しいことでした。昨年のクリスマスカードには、いつものように丁寧な字でこんなありがたい言葉が書かれていました。「あなたが傍にいておだてたりしなかったら、本は書けなかったかも、、、、」

いずれ出版の詳細が決まりましたら、何らかの形でご案内をさせていただきます。

By 池澤ショーエンバウム直美


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2月1日(金):らしくないの面白さ バルセロナの日本レストラン「MIU」
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2013年02月01日

Short Short Spain 26

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2012年 グラナダ
アラビア語の本が並ぶ
アルハンブラの麓の本屋さん

(1238年、グラナダ王国がイベリア半島における最後の、そしてたったひとつのイスラム文化の都として大輪の華を咲かせ、13世紀の初代王から14世紀の7代目の王まで、歴代の王たちによってアルハンブラ宮殿という目も眩むような美しい世界が構築されました。)

By 池澤ショーエンバウム直美
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